女「飲み会いこうよ」
男「飲み会?」
女「うん。このゼミのみんなで」
男「あー、教授とかもくるんだ?」
女「教授は来れないんだって。奥さんがうるさいらしいよ」
男「あ、そうなんだ」
女「だから来てよ」
男「だからって何さ」
元スレ
女「ねぇ、アドレス教えてよ」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1334845421/
女「教授苦手なんでしょ?」
男「……よくわかったね」
女「あれだけ言い寄られてれば、さすがにね」
男「あはは、困るよね。でも、飲み会は遠慮しておくよ」
女「なんで」
男「一人だけ年上ってのもさ」
女「だれも気にしてないって。わたしなんかタメ口きいてるし」
男「……いや、それはまぁ、いいんだけど」
女「だったら、ね?」
男「あー! その日バイト入ってたんだ」
女「狼にでもなる気?」
男「……少年の方だろ。ていうかなんで知ってるの」
女「友の彼女から聞いた」
男「友くんって、同じゼミの人だよね。でもなんで彼女?」
女「世間はせまいってことよ」
男「ちょっと気になるんだけど」
女「今度聞いてみたらいいわ」
男「だいたい見当はついた」
女「で、わざわざあなたがバイト休みの日を選んだの」
男「それは、ありがとう」
女「そんなに来たくないの? ウソをついてまで」
男「んー。逆に、俺はいなくても問題ないんじゃないの?」
女「質問に質問で返されるのって、少しいらっとくるものよ」
男「君、A型だろ」
女「レッテル貼りはかなりくるわ」
男「年下にタメ口きかれるのはどうなんだろう」
女「友達なら別にいいと思う」
男「じゃあ君はタメ口禁止ね」
女「仲良くなりたいから、飲み会に誘ってるんでしょ」
男「別に、普段仲悪いわけでもないじゃん」
女「このゼミであなたとしゃべったことがある人は」
男「いっぱいいるよ」
女「それは事務的なものでしょ。あなたいつも一人でいるし」
男「いつも一人だから、みんなと仲良くなってもらおうと?」
女「……そんなかんじ」
男「そして大失敗なわけだ。笑えるね」
女「寡黙だけど、誘いを断るような人じゃないと思ってたんだけどね」
男「……かなりくるね、たしかに」
女「……はぁ。そんなのじゃ、社会に出たとき困るよ」
男「むしろ今困ってるよ」
女「これからもずっと飲み会を断る気なの?」
男「勘違いしないでね。バイト仲間とは何度も行ってる」
女「じゃあわたしたちともいこうよ」
男「知ってて言ったな、今の」
女「友の彼女とは高校からの付き合いなの」
男「素敵な三角関係だね」
女「ね、いこうよ」
男「やだよ」
女「あなたって友達はいるの?」
男「君は違うの?」
女「いらっ」
男「口にださなくても、顔でわかるよ」
女「いつも、一人のときはなにをしてるの?」
男「何もしてないよ、いろんな意味で」
女「セクハラはいつか必ず訴えるからね」
男「そのとらえ方がえろえろだよ」
女「寂しくないの?」
男「別に一人だろうと大勢でいようと、寂しいときはあるだろ」
女「あ、寂しいから慰めてるのね」
男「それはセクハラに含まれますか?」
女「バナナは含まれます」
男「君の前では絶対食べないようにするよ」
女「体、やわらかいのね」
男「さすがにそれはムリ」
女「まぁ、いいけど。一人がそんなに好きなのね」
男「それは違う」
女「……?」
男「好きで一人でいるのと、一人が好きなのはぜんぜん違うよ」
女「なぜ一人でいようとするの」
男「……いっしょにいたい人が、いないから」
女「人と関わらないと見つからないわよ、そんなの」
男「……もう、どこにもいないんだ」
女「……」
男「……」
女「教授が言ってた。あなたって留年も浪人もしてないそうね」
男「現役合格だよ。単位も落としたことない」
女「なのにわたしたちと同じ学年。休学したのね、一年間」
男「……」
女「何かあったの?」
男「……帰れ」
女「……」ビク
男「もう暗くなる。やることが終わったんなら早く帰った方がいい」
女「なんで?」
男「それは、危ないからだよ」
女「じゃあ帰らない」
男「君は人をイラつかせる資格でも取ってるの?」
女「あぶないってわかってるんなら、送ってくれるよね」
男「……少年の方だ、って言ったろ」
女「わたしはその方が安心よ」
男「別にいいけど、変態に襲われても助けないよ」
女「もやしっ子にそんなこと期待してません」
男「大根に言われたくはないね」
女「蹴るわよ。カモシカのような足で」
女「ずいぶんあっさりOKしたね、送ってくれるって」
男「妥協点だと思った」
女「お世辞の一つでも覚えたほうがいいわ」
男「覚えてるよ。使ってないだけで」
女「デリカシーがないっていうのよ」
男「私生活?」
女「それはプライバシー」
男「配達?」
女「それはデリバリー」
男「……」
女「もう打ち止め?」
男「悔しくはないよ、ほんとだよ」
女「そういえば、お酒は飲めるの?」
男「今更かよ。週一くらいで飲んでるよ」
女「意外かも。何が好きなの?」
男「何だと思う?」
女「いらっ」
男「……スカイブルー」
女「あなたって、かっこつけなのね。喋り方といい」
男「いらっ」
女「夜なのに青空をあおる俺かっこいい!」
男「本気でごめん」
女「でも、飲んだことないわ」
男「おいしいよ、飲みやすいと思う」
女「どんな味?」
男「飲めばわかるんじゃないかな」
女「……スーパー寄るわよ」
男「じゃあ俺帰るね」
女「カモシカキック!」ゲシッ
男「いて、大根でたたくなよ!」
女「グーが良かった?」
男「可愛らしいじゃがいもですこと……っいてぇ!」ドカッ
女(さりげなくおごりか……こういうところは年上なのね)
男「まだつかないの?」
女「もうすぐよ。もちろんあがっていくわよね」
男「……まさか君が狼だったとは」
女「ちゃんと二人分買ってあるでしょ」
男「俺は帰るからね」
女「遠慮しないで」
男「はっきり言うとめんどくさい」
女「二人分わたしに食べさせる気なの?」
男「俺のだけ持って帰るよ」
女「そっちのほうがめんどくさいと思うけど」
男「……」
女「……」
男「……はぁ」
女「……あなたの過去になにがあったかなんて、わたしには関係ない」
男「当たり前だ」
女「でも興味はあるわ」
男「動物虐待だね」
女「わたしは猫、好きよ」
男「よかった。俺は犬派だ」
女「わたしたち、もう親友って呼ばれてもおかしくないと思わない?」
男「そのペースだと来週には結婚しそうだね」
女「来週はゴールデンウイークよ」
男「そっか……はやいなぁ」
女「だから、ね」
男「……」
女「ねぇ、アドレス教えてよ」
おわり
女「それでは、二人が無事親友になれたことを祝して、かんぱい!」カラン
男「……おっぱーい」カラン
女「決めた。あなたが内定をもらったら訴えることにする」
男「じゃあそれまでにいっぱいセクハラしないとね」
女「もはやハラスメントを感じないけど」
男「たぶんセクシャルの部分が重要なんじゃないかな。男からすれば」
女「自分を貶めてるわよ」
男「22才だからね、盛りなんだよ」
女「よく見ると右腕がだいぶ太いわね」
男「それはない。……はず。ないよな?」
女「もやしのいか風味。吐き気を催すわ」
男「ちょっと傷ついた」
女「慰めてなさい、一人で」
男「それよりお酒、どう?」
女「うん、けっこうおいしい。それにビンがすごくキレイね」
男「青空っていうよりは、深海って感じだけどね」
女「居酒屋にもあるの?」
男「無いときもあるけど」
女「そういうときは何を飲むの?」
男「ウォッカトニック」
女「あなたが言うと気障ったらしいね」
男「……梅酒」
女「ありがちね。あとはどうせカシオレとか、カルーアでしょ」
男「テキーラを、ショットで」
女「それは罰ゲームですね」
男「じゃあ君は何を飲むんだよ」
女「ウーロン杯。愚問よ」
男「あまり飲み過ぎると雌豚になっちゃうよ」
女「ならプーアル茶を飲むことにする」
男「知ってるんだ」
女「お父さんが持ってたの」
男「あー、なるほどね」
女「お母さんが全部古本屋に売ったわ」
男「臨時収入にしてはいい額になるから、気持ちはわかる」
女「あなた、家族は?」
男「……」
女「……ごめんなさい」
男「……父親と母親、あと妹。元気だよ」
女「いらっ」
男「他人のいらだち密の味」
女「謝り損ね」
男「謝って損することはないよ。誤って損することはあってもね」
女「酔ってる? 日本語が通じないわ」
男「ごめん、俺お酒弱いんだ」
女「……早くいいなさいよ、バカ」
男「でも、まさか一本で酔うなんて」
女「わたしに酔ったんじゃない?」
男「大根にアルコール成分ってあったっけ」
女「ダイコンキック!」ゲシ
男「酔ってるよね、君が」
女「認めちゃった……」
男「いつか食べてもらえるといいね」
女「すでに食べ残しかもよ?」
男「残さず食えよって言いたい」
女「あなたもA型なのね」
男「いらっ」
女「よし」
男「それにしても殺風景だね」
女「すっきりしてるでしょ」
男「テレビすら無いってどういうこと」
女「おもしろくないもの、最近は」
男「それは同感だけど、ニュースとかは?」
女「やふー」
男「マリオ?」
女「ヤッフー↑じゃなくて、ヤフー↓」
男「ゲームもするんだ、意外」
女「お父さんがね……」
男「若いね、お父さん……」
女「あなたは?」
男「最近はあんまり。DS持ってる?」
女「ピンクよ、かわいいでしょ」
男「ラジアントヒストリアはおすすめだよ」
女「ナニゲー?」
男「ナニゲーではないことだけは保証する」
女「小学生のころはよくゲームしてたな。インドアだったの」
男「ていうと、PSとか?」
女「SFC」
男「いいね、思い出がつまってる」
女「昔を語るのは大人になった証拠ね」
男「ついこの間までは未来に夢をはせていたのになぁ」
女「どんな夢?」
女「聞いてほしい?」
男「聞き返してほしい?」
男・女「いらっ」
男「もうそれはいいよ」ケラ
女「けらっ」
男「それはいいから」
女「ごめんなさい」
男「変な人だね」
女「死にたいの?」
男「そこまでいく!?」
女「かなりきたから」
男「いや、レッテルじゃなくて事実だよ」
女「事実をレッテルって言うのよ」
男「都合がいいなぁ」
女「事実に価値なんかないわ。認められてはじめて真実になるのよ」
男「……じゃあ、それから逃げ続けたら?」
女「道は必ずとぎれるわ。いつか、追い込まれる」
男「……」
女「そこが崖なら、飛び降りるのも一つの方法かもね」
男「……人生何回目?」
女「わからない。途中で数えるのをやめたんじゃないかな」
男「おもしろいな、ほんと」ケラケラ
女「誰にでもこんなこと言うわけじゃないわよ」
男「親友だもんね、俺たち」
女「遠慮します」
男「言い出しっぺのくせに」
女「言い出しっぺが一番に逃げるのよ」
男「期待させるだけさせといて、置いていくんだよな」
女「……」
男「酔ったいきおいでさ」
女「えっ、うん」ドキドキ
男「ぶちまけちゃおうかなと、思ったんだけど」
女「……」ドキドキ
男「親友じゃないなら、いいや」
女(そっちの話ね)
男「酒が入ると、どうにもダメだね」
女「……話したいんなら聞くし、受け止めるよ」
男「……もう、今日は帰るよ」
女「……」
男「今日のことは、お互いに忘れよう。明日からはまた、ただの他人として」
女「それでいいの?」
男「どうでもいいの」
女「じゃあ、もう何も言わない」
男「ありがとう」
女「謝らないで」
男「うん、謝ってないからね」
女「帰り道、わかる? 帰れそう?」
男「バスで帰るからだいじょうぶ。その前に、片付けやっておくよ」
女「明日やるからいいよ」
男「あ、そう? ならお言葉に甘えて」
女(そこは食い下がってよ)
男「今日は楽しかった。本当にありがとう」
女「いいよ、わたしも楽しかった」
男「ばいばい」
女「ばいばい」
女「でもね、今日のことは忘れても」
女「アドレスはしっかり残ってるわ。だから」
女「またね」
女「なんだかんだ言って来てくれるわけね」
男「頼むから深夜に何十通もメール送らないでくれ」
女「じゃないとあなた、来なかったでしょ」
男「これ訴えたら勝てるんじゃね?」
女「すぐ訴えるとか言うんだから。なんとかの一つ覚えね」
男「それ自分に突き刺さってるぞ」
女「首が飛びそう」
男「ヒゲは生えてないみたいだけど」
女「女にヒゲは生えないわ」
男「そうなの? 俺の母さんはうっすら生えてたけど」
女「それはきっとお父さんよ。みなまで言わせないで」
男「ごめんなさい」
女「デリカシーを叩き込む必要がありそうね」
男「使ってないだけだって」
女「なおさらダメでしょ、それ……」
男「使う相手がいないからね」
女「よくわたしを前にして言えるわね」
男「君だからだよ」
女「親しき仲にもなんとやら」
男「歯の浮くようなセリフをお望み?」
女「そのセリフがすでに浮いてるわ」
男「軽い言葉ってやつだね」
女「もっと気持ちをこめなさい」
男「こめるほどあればいいんだけど。それより」
女「なに?」
男「謝らなきゃいけないことがある」
女「心当たりが多すぎるんだけど」
男「結局飲み会をパスした俺は、今夜君と二人で飲みにいかなきゃならないハメになったわけだけど」
女「どんだけイヤなのよ」
男「昨日、君からメールもらったとき、バイト中だったんだ」
女「どおりで、返信が遅かったわけね」
男「で、俺バイト中は携帯をカバンの中に入れっぱなしにしてるんだけど」
女「当然よね。で?」
男「勝手に先輩に見られて、私も行く、って」
女「……」
男「お前に女友達? ホントかどうか確かめてやるよ、って」
女「……もちろん、空気読んだわよね?」
男「空気を読んだ結果がこれです」
先輩「よーっす、お疲れ!」
女「……」
男「……こればっかりは心から謝る。ごめんなさい」
先輩「なにしけた面してんだよお前は」
男「先輩のせいだよ……」
先輩「知らねーよ。で、お前のお友達ってのは?」
女「……わたしですが、何か」
先輩「おー……。おぉう!? えぇー!」
男「なんなのさ」
先輩「いやいやいや、お前これホームランだわ。ホールインワン目指すべきだわこれ」
女「……ねぇ」
男「……つまり、想像以上に可愛かったから、お突き合いまでいけたらいいね。そう言ってるんだと思う」
女「……これでこの人が男だったらはっ倒してるところだわ」
男「いや、むしろやってくれ」
先輩「はっはっは、いやーテンション上がったわ。女ちゃんだっけ」
女「はい。あなたは?」
先輩「このアホのバイト先の先輩。先輩でいーよ、よろしくな」
男「まぁ、ちょっとうるさいラジオ程度に思っておけば問題ないよね」
女「そうね、今日は二人で飲み明かしましょ」
先輩「無視かよ。いや、つれない態度もそそるねぇ。女ちゃん彼氏いるの?」
男「それ完全にチャラ男だから。いいから店入るよ」
先輩「女ちゃーん待ってー!」
男「……疲れる」
女「へー、院生だったんですね」
先輩「そーだな、だから実際は男と同級生なんだ」
男「学部は違うし、休学してたせいで接点はなかったけど」
先輩「私のバイト先にこいつが入ってきたんだよ。ま、だから私のが先輩ってわけ」
女「バイト仲間とは飲みに行く、って」
男「こういうこと。わかっただろ」
女「ご臨終です」
男「なんか違う」
先輩「あっはっは、私にとっては弟、いや弟子、いやいや舎弟みたいなもんだからな」
男「上がこんなだと苦労がたえないよ」
女「お察しします」
先輩「ほーう?」
女「な、なんですか?」
先輩「いーや、やたら男の肩持つなーと思ってさー?」
男「そりゃ先輩はすでに形なしだからね」
先輩「上手くねーから。てかどーいう意味だよ」
女「そのまんまですよ」
先輩「おいおい女ちゃん、そんな態度をとっていいのかな?」
女「と、言いいますと」
先輩「ネタはあがってんだぜ。まー同じ女だからな、わかるんだよ」
男「聞き流しといたほうがいいよ。ろくなこと言わないから」
女「あなたは黙ってて」
男「なんで!?」
先輩「はっはっは、お前は自分の首でも絞めてろよ」
女「……一応言っておきますけど、そんなんじゃないですから」
先輩「あ、お花摘みに行ってくんなー」
女「聞いてます!?」
先輩「はいはいおしっこおしっこ」
女「なぜ言い直す……」
男「ご愁傷様」
女「誰のせいよ」
男「だから最初に謝ったろ」
女「まぁ、悪い人ではなさそうだけど」
男「悪気がないだけの悪人だよ」
女「……ずいぶん仲がよろしいみたいね」
男「すごくトゲがあるんですが」
女「よろしくやっちゃってる仲なの?」
男「少し変えただけで卑猥に聞こえる。日本語の不思議だね」
女「言葉遣いと見た目が正反対ね、先輩さん」
男「黙ってればお淑やかなんだけどね」
女「……」
男「……何で黙るの?」
女「うるさい。努力よ、努力」
男「女の股に力が入る、ね」
女「私の股には心があるわ」
男「……埋め合わせはいつか、必ず」
女「よろしい」
男「……はぁ」
先輩「うぃー。いやー飲んだぶん全部でちゃったよ」
女「お帰りなさい」
先輩「お、いい顔してんね。どったの?」
男「強いて言うなら、先輩のせい」
先輩「あっはっは、私ってば悪女だからなー!」
女「ふふ。先輩さんもスカイブルー、好きなんですね」
先輩「……まーな」
女「……悪女、ですか」
先輩「うるせーやい。悪女である前に女子大生なのさ!」
男「カシオレうまー」
先輩「最初はグー!」
男「じゃん、けん!」
女「ぽーん」パー
先輩「いえす!」パー
男「ぐあっ、なぜだ!」グー
先輩「ほらほらイッキ!」
女「ちょっといいとこ見てみたーい」
男「くっそ……ん゛っ!」テキーラ
女「ご臨終です」
先輩「はっはっは、情けねーなぁ」
男「あっちぃー、のどが焼ける!」
先輩「じゃあ今度は私だ!」
女「じゃんけんの意味は?」
女「……さすがに飲みすぎたわ」
先輩「飲んだあとの夜の空気。もー最高だね」
男「なんで俺のおごりなの?」
先輩「驕るな小僧! なーんてな、はっはっは」
男「給料日までは待つからね」
女「あなた、小さいのね」
男「どこ見て言ってるの?」
先輩「どっちにしろ否定できねーだろ」
男「ベッドまで送ってやろうか?」
女「あなた、狼の皮かぶってたのね」
男「だからどこ見ていってんの」
先輩「あっはっは、どっちにしろ否定できねーだろ」
男「病院のベットまで送ってやろうか」
先輩「コスプレの準備はできてねーよ。っと、それより」
男「ひどくなぶられた気がする」
先輩「お前ら帰る方向一緒だよな。バス?」
女「バスはもうないから、歩きです」
先輩「そっか! じゃあ男、ちゃんと送ってやれよー」
男「わかってるよ」
先輩「ベッドまでだぞ?」
男「君もなんか言ってやれ」
女「あら、それは素敵ね」
男「……はぁ」
女「先輩さんは?」
先輩「私はこっから友達と飲みに行くのさ」
女「ザルなのね……」
先輩「はっはっは、お前らはサルみたいにやってんじゃねーぞ!」
男「もう勘弁して」
先輩「……」
男「先輩?」
先輩「……いや。女ちゃん、ちょっと」
女「はい?」
先輩「男」
男「はいはい」スタスタ
女「なんですか」
先輩「やー」
女「……」
先輩「……あいつのこと、よろしく頼むわ」
女「え?」
先輩「私は、ムリだったからさ」
女「先輩さん」
先輩「でも、お前なら、もしかしたら。ってな」
女「……」
先輩「あいつは自分の不幸に酔ってるだけなんだ」
女「……わたしはまだ、何も聞いてないわ」
先輩「不幸に酔わせるくらいなら、人に酔ったほうがまだマシってことさ」
女「……」
先輩「涙で溺れるくらいなら、恋に溺れたほうが健全だろーよ」
女「せ、先輩さんは」
先輩「いいのさ! 話は終わりだ。ほら、さっさと行きな」
女「……」
先輩「また飲もーぜ。今度はあのアホ抜きでさ」
女「……はい、必ず」
男「……何か言ってた?」
女「さぁ、どうかしら」
男「答えてるようなものだよね、それ」
女「ねぇ、まだゴールデンウイークは始まったばかりよ」
男「そうだね」
女「だから、またメールするから」
男「……ほどほどにね」
女「それはあなた次第よ」
男「バイト中には絶対するなよ」
女「それは、もちろん」クスクス
男「不安だ……」
女「じゃあ、またね」ヒラヒラ
男「うん、また」ヒラ
女「なんだか最近飲んでばっかりね」
男「お酒はおまけ」
女「語呂がいいわね。本命は?」
男「ダーツ」
女「どこに行くつもり?」
男「前に、先輩に連れて行ってもらったんだ。ダーツバー」
女「そんなのがあるの?」
男「ダーツやってるんでしょ?」
女「カラオケのついでだったり、ビリヤードのついでだったり」
男「でも今日の本命はダーツだよ」
女「嫌いじゃないけど、得意でもないわ」
男「優しく教えてあげよう」チャキ
女「それは……?」
男「マイダーツさ」チャキン
女「うわぁ……」
男「ひくなよ」
女「感心したのよ。かっこつけもここまでくるとね」
男「君は誤解してる。これはれっきとしたスポーツだ!」
女「よくやるの?」
男「自分の部屋でね。お店でやるのは久しぶりかな」
女「勝てる勝負しかしないのは臆病よ」
男「そもそも勝負にならないかもね」
女「あら、ゼロワンなら自信があるのよ」
男「……俺はクリケットしかしない」
女「あなた、かっこつけて失敗するタイプね」
男「……いや、いくら何でも君には負けないはず」
女「吠え面かくといいわ、ポチ」
男「負け犬にはおしおきだからね?」
女「あなたの遠吠えはうるさそうね」
男「減らず口め」
女「まずは練習だから」
男「まぁ、いいよ。教えてあげる」
女「いらないわ。元バスケ部の腕前見せてあげる」
男「関係あるの?」
女「フリースローみたいなものよ」
男「両手うちがよく言うよ」
女「女子は両手って思ってる時点で、もうね」
男「違うの?」
女「わたしは片手よ。かっこいいもの」
男「あの漫画読んで始めたクチ?」
女「いえす。でもワンハンドの人って多いのよ」
男「よく届くね」
女「ロングシュートは両手だけど」
男「おい」
女「刮目しなさい」
男「じゃあ俺も、元野球部の意地を見せてやろう」
女「大人げないことはしないでね」
男「バーで大人げないもなにもないよね」
女「男気見せてね」
男「本気でやろう」
女「おごり決定ね」
男「なんで!?」
女「男気に期待してるわ」
男「甲斐性はないから」
女「お金もね」
男「ぐっ」
女「デリカシーもね」
男「使ってないだけだって」
女「女っ気もね」
男「君がいるだろ」
女「それでいいの」
男「わけわからん……」
女「もうすぐ?」
男「そこのビルの三階」
女「わたしは烏龍茶で」
男「飲まないの?」
女「飲みません、勝つまでは」
男「バーなのに……。じゃあ俺もそれでいいや」
女「さっそくやりましょう」
男「小手調べだね」
女「練習だから、罰ゲームはなしよ」
男「おっけー」
女「ずるいわ」
男「負けたやつはすぐそう言う」
女「あなた、マイダーツ禁止ね」
男「弘法は筆を選ばず」
女「あなたはブタよ。木から落としてあげる」
男「せめて猿って言ってくれ……」
女「あ、次も練習だから」
男「うやむやにする気じゃないよね?」
女「本気の勝負は一回だけよ」
男「早く本気だしてね」
女「ほら、ブヒブヒ鳴いてないで」
男「わかりましたよ、女王様」
男「あと34か……。17のダブルで終わりだね」
女「はずれろはずれろ」
男「気が散るからやめて」
女(ふふ……)
男「それっ、あ!」バシュンバシュンバシュン
女「よっし! ぷぷぷ~」
男「ま、まぁよくあるミスだしね……」
女(羽を曲げてたのには気づいてないみたいね!)
男「おかしいなー……」ブツブツ
女「わたしの番ね。あと112か……」
男「はずせはずせ」
女「キック!」ゲシ
男「い゛っ、理不尽!」
女「真ん中、真ん中、12で行くわ」
男「絶対ムリだよね」
女「ほっ」ドギュン
男「!?」
女「やっ!」ドギュン
男「うそ!?」
女「たぁっ!」バシュンバシュン
男「おい待て」
女「やったー! なによ」
男「なんで最後6のダブルなんだよ……」
女「ね、ねらったのよ! かっこいいでしょ」
男「うわー、初めて負けた。ちょっと悔しいかも」
女「このくらいBBFだから」
男「だれか通訳してー」
女「朝飯前ってことよ」
男「なるほどね……。いやいや、ビギナーズラックだろ」
女「BLではないから」
男「それは略すな」
女「罰ゲームね」
男「いきなりすぎるだろ」
女「わたし、本気だったもの」
男「ずるいぞ!」
女「あら、吠えるの?」
男「まてまて、ゼロワンは苦手だって言ったでしょ? クリケットで決着をつけよう」
女「わたし、もう右手があがらないわ」
男「情けないね」
女「いつも1人でしてるあなたと違って、鍛えられてないから」
男「反論できない……」
女「ちょっと休憩。ね?」
男「わかったよ。お酒飲も」
女「腕が疲れたぁ……」
男「久しぶりだと、なにげにくるよね」
女「ふだんスポーツはしないの?」
男「サークルや部活にも入ってないから、機会がないよ」
女「友達もいないものね」
男「そういうこと。筋トレは適当にやってるけどね」
女「もやしなのに?」
男「脱いだらすごいよ」
女「わがままボディ?」
男「着やせするタイプなんだ」
女「奇遇ね、わたしもよ」
男「見栄はるなよ」
女「見たことないくせに、勝手なこと言わないで」
男「この前、バイトの時先輩が言ってた」
女「なんて」ヒク
男「あれはBもないなー、って」
女「かっちーん」
男「あ、これ口止めされてたんだ」
女「あなたはわたしの味方ね」
男「ちなみに先輩はどれくらいだと思うの?」
女「わからないわよ、そんなの」
男「なんで先輩はわかったんだろうか……」
女「あの人が女でほんとによかったわ」
男「いや、どっちにしろダメじゃないか……」
女「ところで、あなたはなんて答えたの?」
男「……今度包丁あげたらどうですか、って」
女「あなたを捌いてやる!」
男「君の胸の上でなら本望です」
女「元凶は先輩さんね」
男「バイト先でもトラブルメーカーだからね」
女「メールしとこ」
男「なんて?」
女「あなたはもうまな板の上の鯉です、って」
男「喜ぶからやめとけ」
女「なんだか認めてるみたいで、癪だものね」
男「いっそ開き直ればいいのに」
女「それ以上言うと、あなたを開きにするわよ」
男「あはは、なんか初めて上回ったような気がする」
女「……罰ゲーム」
男「はっ!」
女「今から、楽しみねぇ?」
男「か、軽くいこうよ。ね」
女「公開処刑してあげる」
男「ノー!」
女「いえ、イエスよ」
男「磔にでもするつもりか」
女「復活するかもよ?」
男「そんな力ないからね」
女「つまんない」
男「もっとおもしろい罰ゲームにしよう」
女「先輩さんにご助言願おうかしら」
男「土下座して謝る所存です」
女「女王様にひれ伏すのは当然よ」
男「わかった。じゃあ来週は君のことをそう呼ぼう」
女「一回でも呼んだら蹴り飛ばすからね」
男「ごほうびです」
女「ムチ、買っておくわ」
男「目が本気じゃないか」
女「こっち向いて」
男「?」
女「えいっ」
男「どしたの?」
女「……あごに手をあてられて、嫌がらなかったらMなんですって」
男「聞いたことはあるな。君は?」
女「試してみる?」クスクス
男「……試すまでもなかったね」
女「罰ゲームはちゃんと考えておくわ」
男「任せるよ。それより、そろそろ出ようか」
女「もう?」
男「混んできたからね、こういう時は先にきた方が譲らなきゃ。会計してくるよ」
女「……だてに長く生きてないわね」
男「1つしか違わないくせに」
女「1年たったら、あなたみたいになれる?」
男「大人にはなれるんじゃないかな」
女「だれが大人にしてくれるのかしら。ね?」
男「えっ」
女「どうしたの?」
男「いや、えーっと」
女「なにを慌ててるの?」
男「ん、んん。あー、っと……そっちは、まだ子どもなの?」
女「……」
男「……」
女「そっち、の意味がわからないからノーコメントね」
男「……イエスコメントじゃなくて良かったよ。いや、どっちでもいいけど」
女「聖母とはまさにわたしのことだけどね」
男「あ、あー……なるほどね」
女「それも先輩さんが言ってた、とかいうオチはないわよね」
男「安心して」
女「……はぁ。顔がほてっちゃった」
男「え、見せて」
女「綺麗な生足でも見てなさいよ」
男「どこにあるのさ」
女「顔の前まで持ってこようか?」
男「ごめんなさい」
女「罰ゲームはおって連絡するから」
男「来週からは大学だね」
女「改めてよろしくね」
男「……こちらこそ」
女「素直ね」クスクス
男「学んだのさ」
女「それじゃあ、またね」ヒラヒラ
男「また、ね」ヒラ
友「おーい男、修正ペン貸してくんね?」
男「いいよ」
友「サンキュ!」
男「……そういえば友くんって、あの人と仲良かったよね?」
友「ん、女か?」
男「うん」
友「あー、俺がっていうより、俺の彼女がな」
男「あのさ、ちょっとしてもらいたいことがあるんだけど」
友「お前が頼みごとって珍しいな。なに?」
友「おーい、女」
女「ん、どうしたの?」
友「B!」
女「……はい?」
友「だから、B!」
女「……死ね」ビュン
友「ぐぼぁっ!」ザシュ
女「買っててよかったマイダーツ」
友「なぜ投げ出し……」シクシク
女「あの人の差し金ね……」ゴゴゴ
男「やっぱ年下からタメ口聞かれるの、少しいらっとするよなぁ……」
女「もしもし」
先輩『おぅっ、ビューティーボイス!』
女「先輩さん?」
先輩『よう、久しぶりだな。どったの?』
女「ちょっと聞きたいことが」
先輩『なんでもござれ。ちなみに私はDカップ』
女「中途半端は逆に需要がないですよ」イラッ
先輩『あっはっは、過ぎたるは及ばざるが如しっつってな!』
女(蹴り飛ばしたい)
先輩『まぁそれはいーや。で、何を聞きたいんだい?』
女「実は……」
男「見ざる」
女「おかえり」
男「聞かざる」
女「ただいまでしょ」
男「言わざる」
女「バイトお疲れさま。今から夜ご飯?」
男「……なんでここって知ってるの?」
女「情報屋がいるの。優秀な、ね」
男「あの野郎……! いやまて、あの人も部屋までは知らないはずだぞ?」
女「履歴書」
男「……プライバシーもなにもあったもんじゃないな」
女「仕返しよ、バカ」
男「あれは友くんが悪い」
女「人のせいにしないの。元凶は先輩さんだけどね」
男「わかってるんならさ」
女「あの人にはかないそうもないもの」
男「なっとく」
女「さぁ、あがりましょ」
男「待てよ。もう暗くなるから、早くお帰り」
女「ここまできてそんなこと言うの?」
男「どこにもきてないから」
女「いいじゃない、減るもんじゃないし」
男「今、汚いからさ」
女「それを見に来たのよ。仕返しだって言ったでしょ」
男「性悪め……!」
女「あ、でもティッシュは処分しなさいね。生臭いの苦手だから」
男「換気するよ……」
女「ファブリーズ買ってきたわ」
男「準備いいな、おい」
女「女性の嗜みね」
男「節度って意味もあるんだよ?」
女「わたしの辞書にはのってなかったわ」
男「ていうかね、男なんてみんな狼なんだよ? わかってる?」
女「言うようになったじゃない、ポチ」
男「ポチは一人ぼっちでワン! ってね。はぁ、もういいよ」
女「安心して。狼の皮ならむいてあげるわ」
男「はぐ、って言わない? 普通」
女「さっさと開けなさい」
男「先輩よりもたちが悪いかもしれない」ガチャ
女「それは心外……。お邪魔します」
男「いらっしゃい」
女「……」
男「どうしたの?」
女「思ってたより小綺麗でつまんない」
男「物がないだけだよ。適当に座って、テレビでも見てて」
女「ゴミ箱チェック!」
男「おい、それはやめろ!」
女「ファブリーズファブリーズ!」シュッシュ
男「無いから。無いからやめてくれ!」
女「仕返しその1、大成功」
男「続くのかよ……。夕飯つくるから、おとなしくしててね」
女「することないとつまんないわ」
男「本棚の本は適当に読んどいていいよ。あ、音楽聴く?」
女「そうね、テレビよりはいいかも」
男「て言っても、あんまり持ってないけどね。とりあえずランダムで」カチ
女「あ、伊右衛門ね」
男「お茶みたいに言うな」
女「何だっけ、バラ色の日々?」
男「そうそう。よく知ってるね」
女「例によって、お父さんだけどね」
男「一体いくつだよ……」
女「ご飯は、何を作るの?」
男「パスタでいいでしょ?」
女「一人暮らしの定番ね」
男「君が作ってくれるんなら嬉しいんだけどな」
女「仕返しその2よ」
男「小さいなぁ」
女「どこ見て言ってんのよ」
男「あはは。じゃ、作ってくるから」
女「はーい」
女「枕の下にエロ本があったわ」
男「報告しなくていいから!」
女「隠す場所がおかしいって言いたいの」
男「いや、枕の高さがね」
女「苦しいわよ」
男「いい夢見れそうだし……」
女「あなたの目の前にいる女は現実よ?」
男「冗談だよ」
女「ほんとは?」
男「……昨日の夜見てから、しまうのがめんどくさかったから」
女「ファブリーズファブリーズ!」シュッシュ
男「ちょっ、やめ!」
女「仕返しその3ね」
男「俺今日死ぬのかな……」
女「ん、これも聴いたことあるわ」
男「あ、FOVだね。突然」
女「ポカリのCM曲だったわよね」
男「そうだったそうだった。懐かしいなー」
女「さっきから、古くない?」
男「CD集めてたのが中学の時だったからね、仕方ない」
女「ふーん」
男「もうちょっとでできあがるよー」
女(……あれ? 本棚の一番下にあるのって、医学書、よね。うわ、ハードカバー。高そう……)
女「……折り目がついてる」
男「お待たせ」
女「見た目は悪くないわね」
男「味で勝負だよ」
女「いただきます。……うん、おいしいわ」
男「それはよかった。じゃあ俺も、いただきます」
女「パスタをまずく作るほうが難しいけどね」
男「簡単なことを簡単にできるのがすごいのさ。うん、オリーブオイルは至高だね」
女「……」
男「どうしたの?」
女「なんでもないわ」
男「そうだ、食べたら帰るんだよ? 送るから」
女「送るのは当然だけど、いつ帰るかはわたしが決めます」
男「泊まりだけは絶対に許さないからね」
女「だいじょうぶ、わたしがベッドで寝るから」
男「放り出すぞ」
女「ねぇ、アルバムとかないの?」
男「高校の卒業アルバムならあるけど」
女「見せて」ワクワク
男「はぁ……。押し入れにしまってるから取ってくる」
女「……」
女「坊主!」プ
男「……」
女「頭のかたち変ね!」ププ
男「……」
女「うわぁ、個人写真一人だけピースしてる!」プププ
男「……」
女「半目!」ブッフォ
男「いっそ殺せ」
女「ブレザーだったのね」
男「うん、制服は市内で一番かっこいいって言われてた」
女「女子も可愛いわね。いいなぁ」
男「そっちは?」
女「地味なやつ。典型的な制服ってかんじの」
男「俺はそっちのほうが好きだけどね」
女「見慣れてないからかな」
男「そうかもね」
女「そしてちょうどいいタイミングで……」
男「尾崎豊の卒業」
女「これも中学の時に?」
男「うん」
女「なんとなく、中学生のあなたが想像できたわ」
男「それは間違いだから、すぐに取り消しなさい」
女「あ、これは寄せ書きのページね」
男「恥ずかしいからあんまり見ないでくれよ」
女「やっぱり、多いね」
男「そう? 普通こんなもんじゃないかな」
女(やっぱりこの時は、まだ今みたいな感じじゃなかったんだ)
男「8時だよ、そろそろ帰ろうね」
女「そんなにわたしの部屋がいいの?」
男「まぁ、ここよりは」
女「でもまだ帰らないわ」
男「何する気だよ……」
女「シャワー」
男「へ?」
女「シャワーを貸しなさい」
男「いや、何で?」
女「浴びるからよ」
男「何で浴びるの?」
女「今日一日の疲れを癒やすため。ひいては、夜のために」
男「ちょっと待て。やたらバッグが膨れてるなって思ったら、まさか!」バッ
女「きゃー」
男「……なんで寝間着と下着が入ってるのか、聞いていい? いや、やっぱ聞きたくない」
女「さすがにちょっと恥ずかしくなってきたわ」
男「ムリするなよ……」
女「言ったでしょ、女の股には心があるの」
男「男の股にあるのは欲望だけだよ」
女「とりあえずシャワー浴びるから、離して」
男「おいおい」グイ
女「それとも一緒に浴びたいの?」
男「おいって!」グイ
女「きゃっ」ステン
男「うわっ!」バタン
女「……」
男「わ、わるい……」
女「……今よ!」
男「え!?」
先輩「シャッターチャーンス!」カシャ
男「……」
先輩「はっはっは、若いねーお前も! お姉さんハラハラしちゃったよ!」
男「……なんでいるんだよ」
女「仕返しその4、大成功ね」
先輩「そゆこと!」
男「グルだったのか!」
女「ちなみに発案は先輩だから」
先輩「いやー、一人で二時間も待ってたんだぜ? 寂しかったよ」
男「通報されろよ。ほんとに」
先輩「男の股にあるのは欲望だけだよ」キリッ
男「うわあー! やめてくれ!」
女「罰ゲームもこれで勘弁してあげる」
男「ちっとも嬉しくないんだが」
女「あら、残念なのはわたしも同じよ?」
男「……別に、残念じゃないよ」
先輩「ほんじゃ帰りましょうかねー。女ちゃん、送っていくぜ!」
女「お言葉に甘えようかな」
男「なにしにきたの?」
女「ふふ。股ね」ヒラヒラ
男「やめてくれー……」ヒラヒラ
先輩「……で、どうよ? ちょっとは進展あったかい?」
女「えぇ、そこはかとなくは」
先輩「そっか」
女「先輩さんは、あの人の口から聞いたんですか?」
先輩「ぐてんぐてんに酔わせてな。あいつは覚えてないだろーよ」
女「そうですか」
先輩「ま、いつかあいつから切り出すんじゃねー?」
女「どうでしょうね」
先輩「今日のあれを見たら、そう思うよ。二人とも顔真っ赤だったじゃん」
女「……」カー
先輩「平静を装うのが精一杯だった、って感じかい?」
女「……はい」
先輩「あっはっは! 初々しい上に、愛いやつだなー」
女「……」
先輩「がんばりな。応援してるからさ」
女「……はい!」
友「おーい女、付箋何枚かくれよ」
女「いいわよ」
友「サンキュ!」
女「……そういえば友って、最近あの人と仲がいいわね」
友「ん、男か?」
女「ええ」
友「前よりは話すようになったよ。おもしれーんだ、あいつ」
女「あのね、ちょっと頼みがあるんだけど」
友「お前が俺に頼みって珍しいな。なに?」
友「おーい、男」
男「ん、どうかした?」
友「ファブリーズ!」
男「……」
友「ファブリーズファブリーズ!」
男「……」
友「あれ、無反応?」
男「お疲れさま」
友彼女「あ、男くんお疲れー」
男「そういえばさ、友くんなんだけど」
友彼女「なになにー?」
男「いや、なんか最近貧乳に目覚めたとかうるさいんだよね」
友彼女「……」タプン
男「うっすら見えるあばら骨が最高! とか」
友彼女「……」ピクピク
男「小学生くらいが好みかな? とか」
友彼女「!」ブチン
女「おはよう。……どうしたのその顔」
友「なんか殴られた。彼女に」
女「なんで?」
友「好きで大きくなったわけじゃないんだから! だって。とりあえず謝ったら許してくれたけど」
女「へんなの」
男「雨降って地固まる、か。良いことしたなぁ、俺」
先輩「だからお前はアホなんだよ! なんだこれは!」
男「……アンパンマンチョコです」
先輩「うちの立地を言ってみろ」
男「……オフィス街」
先輩「客層は?」
男「20代から50代の男性が大半です」
先輩「わかってんじゃねーか。ガキ向けの商品なんて最低限でいーんだよ!」
男「ミス、ですね。すいません」
先輩「それとこれ、ボンタン飴」
男「あ、それは在庫がなかったので」
先輩「売り場見てみろ! 腐るほどあるじゃねーか!」
男「え、あっ、ほんとだ」
先輩「ストコンだけ見て決めるからそんなことになるんだよ!」
男「あー、誰かが売るときに漏らしちゃったんだね」
先輩「人のせいにしない!」
男「……はい」
先輩「このアンポンタンめ」
男「……上手くないよ」
先輩「……うるせーぞ」ギロ
男「反省します、はい」
友彼女「ずいぶんしぼられたみたいだねー」
男「あはは、やっぱりヘコむね」
友彼女「先輩さんは普段あんな感じだから、怒るとよけい怖いんだよー」
男「怒られたことあるの?」
友彼女「仕事に慣れてきたころにね、収納代行ミスしちゃって」
男「あー……」
友彼女「それはもう、鬼! って感じだった」
男「泣いちゃった?」
友彼女「うん! 逆に店長から慰めてもらったよ」
男「……うちは店長がダメだよね」
友彼女「それでね、バイトでミスして怒られるのって初めてだったの!」
男「あ、なんとなくわかる」
友彼女「?」
男「い、いや。続けて」
友彼女「だからー、なんか、うまく言えないんだけど、嬉しくなったのかなぁ」
男「……うん」
友彼女「叱ってもらえるのって、悲しくて悔しいんだけど、ちょっと嬉しいんだよ、多分」
男「大学生ともなると、叱ってくれる人って少ないからね」
友彼女「そうそう! だから先輩さんは、憧れの人なの」
男「後輩で、しかも女の子ってなるとどうしても甘くしちゃうもんだけど」
友彼女「先輩さんはそういうの無いからねー、信頼できるよ」
男「うん、下心も裏表もない人だもんね」
友彼女「……心配になったりもするけどねー」
男「?」
友彼女「痛むのがヤだから表と裏を使いわける人とは違って」
男「……」
友彼女「先輩さんはきっと、傷ついたら傷ついた分だけ、傷つくんだよー」
男「……それでも笑ってるよ、あの人は」
友彼女「笑顔なんて、くすぐられただけで浮かぶものだよ?」
男「……」
友彼女「女の子って弱いんだから!」
男「そっか、そうだよね」
友彼女「誰かさんが支えてあげればいいのにねー」
男「先輩ならよりどりみどりでしょ」
友彼女「よく言うよ、ほんとに」
男「あー、もしかして先輩、なにか言ってた?」
友彼女「当日に、泣きながら電話きたよ。ビックリしちゃったもん」
男「そっかぁ……」
友彼女「詳しく聞いていーい?」
男「聞かなかったの?」
友彼女「男くんから聞きたいのー」
男「……うん」
―クリスマス―
先輩「いやー、今日も今日とて冷えるな」
男「雪降ってるからね、そりゃ寒いよ」
先輩「ホワイトクリスマス、ってやつか」
男「生まれて初めてかも」
先輩「私もだよ。ま、ゲン担ぎにはちょうどいーかもな」
男「なにかあるの?」
先輩「それはあとの祭さ!」
男「使い方おかしいよね」
先輩「いーからほら、イルミネーション見に行こーぜ!」
男「え、どこまで!?」
先輩「市立公園までだよ、うだうだ言うな」
男「寒いよー」
先輩「う、腕組んでやるから! そそ、そうすりゃあったかいだろー」ガシ
男「え、ちょ」
先輩「ん……。ほ、ほら、行くぞ!」グイグイ
男「ま、まって……」
先輩「はぁー……」
男「うわぁー……」
先輩「すげー、綺麗だな」
男「うん、なんか神秘的」
先輩「夢の中みたい……」
男「あはは、先輩がそんなこと言うとは」
先輩「うっせーな、私も乙女なんだよ!」
男「はいはい……。それにしても人少ないね」
先輩「あぁ、みんな海の方のお祭りにいってんじゃねーか」
男「なるほど」
先輩「お、あっちのゲートくぐってみよーぜ!」タッタッタ
男「わ、わかったから引っ張らないで」
先輩「写メとってー!」ピース
男「写りませんよ」
先輩「フラッシュたけばいいだろ?」
男「ん……、おぉ、ほんとだ」カシャ
先輩「いい加減覚えろよな……」
男「このツリー、ハリボテなんだね」
先輩「電飾のおかげで遠目にはわかんねーけどな」
男「デジカメ持ってくれば良かったかな」
先輩「頭の中に焼き付けときな」
男「空き領域がー」
先輩「片っ端から消去しとけ! 私との思い出は優先度最大だ」
男「恥ずかしいこと言うね。素面?」
先輩「言ったろ、夢の中なんだよ」
男「現実だよ。……確かになんか、ふわふわするけどね」
先輩「あっはっは、クリスマスっていーもんだな!」
男「あはは。……ありがとう、先輩」ボソ
先輩「うん?」
男「なんでもー」
先輩「あ、そこのお父さん、写真撮ってくれませんか!」
男「わわわっ」グイグイ
先輩「おおぅ、ここプラネタリウムみてーだ!」
男「屋根一面に……すごいな」
先輩「ん? あれミッキーじゃね?」
男「ただのネズミでしょ」
先輩「あー、はしゃいだ」
男「さっきより更に人少なくなってるね」
先輩「家族連れは帰ったんだろーよ。……雪も、止まないな」
男「うん。イルミネーションが反射して、キラキラ光ってる」
先輩「……なぁ、丘の方に行かねーか? あっちのがいい景色だろ」
男「うん、行こうか」
男「確かにいい景色、すごいなー」
先輩(……ここまでくるともう誰もいないな)
男「先輩」
先輩(……よし。よっし!)
男「先輩!」
先輩「は、はいっ!」
男「どうしたの? ぼーっとして」
先輩「あ、いやいやなんでも……。なくは、ないけど」
男「はい、これ」
先輩「えっ?」
男「プレゼント」
先輩「え、あ、えっと、私も! はい!」
男「ありがとう」
先輩「……うん、ありがとう」
男「……」
先輩(……らしくねーよな、ほんとに。自分からなんて)
男「……」
先輩(あれこれ考えてもわかんねーよ。私、バカだもんな)
男「……」
先輩「男」
男「んー?」
先輩「好きだ」
男「……」
先輩「お前が、好きだ」
男「……あ、あはは。軽いね、相変わらず」
先輩「当たり前だ」
男「……」
先輩「言葉が重かったら、私の口から出た瞬間、地面に落っこちちまう。誰にも、届かない」
男「……」
先輩「でもな、想いは、重いんだ。心にずっしりと在って、時が経てば風化しちまうかもしれねーけど、誰にも動かせない」
男「……」
先輩「お前が好きだ。私と付き合え」
男「……」
先輩「……」
男「……ごめん」
先輩「……ん」
男「……」
先輩「……ふーん、あっそ」
男「先輩」
先輩「……へー、そっか」
男「……泣かないで」
先輩「……ん」ポロポロ
男「泣かないで」
先輩「ん、ん。……泣いてねーよ、バカ」ポロポロ
男「……先輩」
先輩「あー、ぐす。お前、あ、あれだぞ」ポロポロ
男「うん」
先輩「ぜったい、ん、ぜったいいつか後悔するか、らな」ポロポロ
男「うん」
先輩「……そ、その時は」ポロポロ
男「……」
先輩「わたし、が。いてやる、から」ポロポロ
男「……ありがとう」
先輩「うぅ、ん。……帰る」グス
男「……また、ね」
先輩「……」タッタッタッ
男「最低だよな、俺」
先輩「ちくしょー。大好きだぞ、バカヤロー……」
男「誰かがそばにいると、お前がもうそばにいないんだって思い知る」
先輩「雪降ったって、意味ねーじゃん……」
男「……でも、一人にはなりたくない。お前がもう、そばにいないんだって思い知るから」
先輩「……私じゃ、ダメなんだよな」ポロポロ
男「……最低だ」ポロポロ
友彼女「……そっかー」
男「うん、こんな感じ」
友彼女「罪深いねー」
男「言わないで。わかってるから」
友彼女「ううん、言うよ!」
男「……」
友彼女「うちさ、先輩は大好きだけど、女も大切な親友なの」
男「らしいね」
友彼女「だから、困っちゃうんだよなー」
男「……?」
友彼女「男くんはアンポンタンだってこと!」
男「そ、そっか」
友彼女「うちあっちだから。バイバイ」ヒラヒラ
男「うん、バイバイ」ヒラヒラ
先輩「……はーぁ、彼氏ほしいなー」
女「いきなりどうしたんです?」
先輩(想いは風化する、か)
女「先輩さん?」
先輩「いつの話だよ、マジで……。女ちゃーん、壁は高いぞー」
女「……はぁ」
友「一人暮らしはじめてさ」
男「うん」
友「一年目の冬かな、風邪ひいたんだ」
男「インフルエンザ?」
友「や、ただの風邪。でもさ、買い置きの薬とかもなくて」
男「あー」
友「俺は絶望したよ、あの時」
男「このまま一人で死んじゃうんじゃないか、って思っちゃうよね」
友「まさにそれ。大学はおろか買い出しもできなかったし」
男「よく生きてたね」
友「彼女に……、その時はまだ彼女じゃなかったんだけど、世話してもらって」
男「えー、ここでノロケかよ」
友「いやいや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな」
男「うん?」
友「弱ってるときは誰だって人肌恋しくなるもんだ、ってこと」
男「……うん」
友「ほらよ」
男「……なにこれ」
友「ポカリとプリンと、一応風邪薬」
男「俺、健康だよ?」
友「女のとこに持って行けってことだ」
男「な、なんで俺が」
友「ほんとは俺と彼女で行くとこだったんだが、なんか急な用事に付き合わないといけないらしくて」
男「あいつ……」
友「つーわけで、お前に行かせろとのご命令です」
男「まて、本人の許可は?」
友「おりました。がんばれ」
男「なんなんだ……」
男「寝てていいよ」
女「プリン……ちょうだい」ケホッ
男「はいはい。あれ、スプーンないや」
女「プッチンしてくれたら、流し込むから……」
男「そんなはしたないことをしないで。水屋にあるよね?」
女「う、けほっ。うん」
男「もってくる」
女「ん……。風邪ひいてるときのプリンは最高ね」
男「一応、途中でアイスも買ってきたよ」
女「アイスはいいわ。でも、リンゴは食べたい」
男「お腹空いてるの?」
女「ううん。久しぶりだから」
男「そっか。じゃあすってくる」
女「するの?」ケホッ
男「そっちの方が食べやすいだろ」
女「……あなた、甲斐甲斐しいわね」
男「君がしおらしいからね」
女「汗いっぱいかいたから」
男「ポカリも飲んどきなね」
女「はーい。けほっ」
男「とは言っても、リンゴの皮むきなんて俺も久し振りだな。ピーラー使うか?」
女「それなら、そこのポーチの中に」
男「どうせビューラーだろ」
女「……つまんない」ケホッ
男「大人しく寝てなさい」
女「ちぇっ」
男「おい」
女「どうしたの?」
男「なんで台所にビューラーがあるんだよ」
女「だから言ったじゃない」
男「ネタが巧妙すぎるんだよ……」
女「あなたが来ると聞いて嬉しくなったから、ちょっとはしゃいでしまったわ」ケホッ
男「ほんとに風邪ひいてるんだよね?」
女「それはほんと」
男「熱は?」
女「朝計ったら、38度」
男「けっこう高いな。もう一回計っといて」
女「うん」
男「ほい、できたよー」
女「うわぁ、すりりんぐ」
男「危ないものみたいになってるからね」
女「いただきます」
男「どうよ?」
女「……これはりんごね」
男「今更だね」
女「おいしいわ。懐かしい味って感じ」
男「りんごって言ったら、やっぱり小さいころを思い出すよな」
女「よくお母さんに作ってもらってたわ、うさぎさん」
男「まぁ、俺は梨派だったけど」
女「梨だなんて。いっそ水でも飲んでたら?」
男「おい、梨をバカにするな!」
女「ずいぶん思い入れがあるのね?」
男「いや、ただ好きなだけ。思い入れがあるっていったら、リンゴかな」
女「なにそれ、へんなの」ケホッ
男「そういえば、熱は?」
女「37度6分」
男「うーん。一晩寝て良くなるかなぁ」
女「さぁ。体に聞いて?」
男「布団をめくるな。冷えるだろ」
女「一つ、いい?」
男「なんでもどうぞ」
女「なんでずっとマスクしてるの?」ケホッ
男「移ったら困るもん」
女「人と話すときくらい外したらどうかしら」
男「移ったら嫌だもん」
女「……ほんとはあなたに移すつもりでいたんだけど、ね」
男「やっぱりかよ……」
女「言ったでしょ。あなたが来るって聞いて嬉しかった、って」
男「そういう意味ね」ハァ
女「ふふ、じょーだん」ケホッ
男「話すよりは、寝てたほうがいいと思うよ」
女「じゃあ、手」
男「ん?」
女「握ってて」
男「……」
女「ね?」
男「……眠るまでな」
女「……話さないから、離さないで」
男「話さないなら寝てくれ。離さないから」
女「……うん」
男「人肌恋しくなる、か」
女「なぁに?」ケホッ
男「なんでも」
男「……寝た、よな」
女「……」スースー
男「16時28分、寝息確認。さて、お粥でも作るか」
女「……」スースー
男「……手、離すね」
男「……なんで布巾に混じってブラジャーがあるんだ?」
男「……コップの中にリップがあるのは、なぜ」
男「……食パンの下にはインスタントの紅茶が」
男「……エプロンにくるまってる博多の塩。これは苦しいな」
男「……仕込みすぎだろ」ハァ
女「……ん」
男「起きた?」
女「……ぅん」
男「どうしたの?」
女「手が、さびしい」
男「手は2つあるんだから、さびしいことないよ」
女「……3つ目がほしいの」
男「猫の手借りるほど忙しくもないでしょ」
女「……いじわる。バカ、アホ」
男「い、言い過ぎじゃないか」
女「……良い匂いがする」
男「卵粥作っといた。食べる?」
女「……その前に汗拭いて着替えたいわ」ケホッ
男「……」
女「なに、その、ついにきたかって顔は」
男「いや、ついにきたかって思ったから」
女「おあずけしててごめんね、ポチ」
男「いい加減人間にあげてくれよ……」
女「……背中」
男「え?」
女「……背中だけ、おねがい」
男「……い、いやいや、そうだよね! うん、そうだ!」
女「前は、自分でやるわ。……は、恥ずかしいから」カー
男「……」
女「……?」
男「りせいの種って、運命の壁だったっけ」
女「北の山よ」
男「ちょっととってくる」
女「……バカなこと言ってないで」
男「う、うん。ごめん」
女「……空飛ぶベッドでも、いいんだけどね」ケホッ
男「着替えは?」
女「押し入れの引き出しに、ジャージとシャツが」
男「ん、これね。……はい」
女「ありがとう」
男「じゃ、じゃあ俺外に出ておくから」
女「……そこまでしなくても」
男「いいの! 終わったら呼……ぶのは辛いか。メールして」
女「ふふ、うん」
女「おいしいわ。隠し味は、愛情ね?」
男「真心くらいなら入ってるかもね」
女「それでも重畳よ」
男「後片付けやったら、帰るね」
女「ね、眠るまで」
男「ダメ」
女「……人でなし。やっぱりポチよ、あなたは」
男「……いっそポチになっちゃおうかな」
女「……」
男「……」
女「わ、わたしは」
男「……ごめん。なんか変なこと言ったね、俺」
女「……そうね」
男「さぁ、ちゃっちゃと食べて、ゆっくり休みな」
女「急かさないでよ、もう」
男「あはは」
女「……ねぇ、明日も会える?」
男「体調が良くなったら、大学で会えるよ」
女「悪かったら、会えないの?」
男「……会えるよ。きっと」
女「じゃあ、安心して眠れるわ」
男「うん、おやすみ」
女「またね」ヒラヒラ
男「またね」ヒラヒラ
女「お見舞いの定番よね、りんごって」
女(りんごに思い入れがある、かぁ。……そういうことなのかな)
女「けほっ。……ふふ、風邪を移す勇気は、わたしには無かったみたい」
女(あなたにも、きっと)
女「それとも、寝てる間にしたのかしら。ね?」
先輩「ちょっとバックはいるわ。レジよろしくなー」
男「ほい、了解」
友「よっす! やってるか?」
男「おー。あれ、今日彼女さんは休みだよ?」
友「や、近くまで来たから寄っただけだよ」
男「そっか。せっかくだから何か買っていってよ」
友「友人に催促すんなっての」
男「友人だからだよ」ニコッ
友「うわ、営業スマイルだ」
男「いらっしゃいませー」ニコッ
友「いいぜ、チロルチョコ買ってやんよ」
男「札だしたら怒るからね」
友「ぐぬっ」
バタン
先輩「……」
男「ん? 先輩、トイレかな」
友「お、あれが噂の」
男「噂?」
友「彼女がよく話してんだ」
男「あぁ」
先輩「……」ガンガンガンガン
友「!?」
男「ちょっ、先輩! そっちは男子トイレだよ!?」
先輩「お客様ー! お客様ー!」ガンガンガンガン
友「な、なんだ?」
先輩「エロ本をトイレに持ち込むのはご遠慮くださいませー!」ガンガンガンガン
友「……」
男「……またか」
友「よくあんの?」
男「名物だよ、この店の」
先輩「お客様ー!」ドカンドカン
友「しかし、よくわかったな」
男「監視カメラで見てたんでしょ」
先輩「エロ本のトイレへの持ち込みは禁止されておりますのでー!」バカンガンガン
友「……この店、よく潰れないな」
男「……常連さんでもってるようなものだよ」
友「ほい」
男「うわ、ぷっちょって」
友「なんだよ」
男「AKBのオマケ目当てだろ」
友「当たり前だろ」
男「……誰が好きなの?」
友「……と……と……」ゴニョゴニョ
男「わかった、伝えとくね」
友「まてこらぁ!」
男「どうせビンタ一発ですむでしょ」
友「2人の愛が一瞬でも揺らぐのが嫌なんだよ」
男「その愛はガラスのハートかもね。ひび割れろ」
友「……」
男「以上で合計132円になりますー」ニコッ
友「……はい、一万円」
男「まてこらぁ!」
友「俺、客。お前店員。両替はやく」
男「一番めんどくさいパターンできやがったな……」
先輩「お客様ー! 早く出し終えて、出て来てくださいませー」ガチャンガチャンガチャン
友「……」
男「……」
先輩「いらっしゃいませ、おはようございます!」
男「ありがとうございました、行ってらっしゃいませー」
友彼女「よっす! やってるかーい?」
男「ノリが友くんと同じだね」
先輩「お、どうしたー?」
友彼女「シフトの確認に来ましたのよ」
先輩「あ、お前来週入ってないから」
友彼女「なんで!?」
男「クビらしい」
友彼女「うそっ!」
先輩「こらっ」ゴチン
男「あいてっ」
友彼女「うち、クビなのー?」グスン
先輩「ウソだよウソ」
男「KさんとDさんが来週までだから、多めにいれてあるらしいんだ」
先輩「てか言ったろーが」
友彼女「ありゃ、そうだっけ?」ケロッ
先輩「ま、たまにはゆっくり休みな」
友彼女「あれ、でも新人は?」
男「しばらくは入ってこないかも」
先輩「ああ」
友彼女「え゛っ」
先輩「店長が求人忘れてたんだと。私らは出勤増えるから、覚悟しとけよ?」
友彼女「こ、これ以上増えたら死んじゃうよ……」ゲッソリ
男「こういう時、客が少なくてよかったよね」
先輩「いや、ダメだろ」
友彼女「もうお客さん来なくていいよ……」
先輩「あっはっは、なに言ってんだよ看板娘」
友彼女「! うちが!?」
先輩「うん。いや、多分な」
男「確かに、友彼女さんの時だけ客多いよね」
友彼女「えへへぇ、そうかなぁ?」
先輩「あぁ、だから頼むぞ!」
友彼女「頼まれました!」タプン
先輩「はっはっは、良い返事だ」
男「なんとかやっていけそうかな?」
先輩「安心しろ、店長には早く求人するよう言っとくから」
友彼女「じゃあうち、帰るねー」
先輩「待てよ」
友彼女「んー?」
男「せっかく来たんだから」
友彼女「えー、財布持ってきてないよ」
男「そんなこと言ってないでしょ」
先輩「ドリンクの発注頼むわ」
友彼女「……」
男「今からタバコの検品あるから」
先輩「ちょっと働いてこーぜ!」
友彼女「もぉーっ!」
先輩「あっはっは、店長にはイロつけるよう言っとくからさ!」
男「お願いしますね」
先輩「足取り軽いね、やっぱ働くの好きなんだろーな」
男「先輩がいるからじゃないかな」
先輩「あっはっは、なんだそりゃ」
男「あはは。なんだろうね、ほんと」
女「こんにちわん」ワンッ
男「いらっしゃいませー」
女「いただきまうすー」
男「金払え」
女「ちぇっ」
男「しかもなんでアンパンマンチョコ……」
女「売り上げが芳しくないと聞いたの」
男「ありがとうさぎー」
女「店員さん、これはなに?」
男「ボンタン飴」
女「2つあわせて」
男「それもう先輩がやったからね」
女「全てにおいて上をいくのね、あの人は」
男「発想は同レベルだよ」
女「なんだか嬉しくないわ」
男「せっかくだから、何か買っていってよ」
女「あなた、誰にでも同じこと言うのね」
男「なんて言ってほしいの?」
女「お客様は神様よ?」
男「神様なんていないよ」
女「わたしは聖母マリア」
男「御歳暮は時期が違うから」
女「あなたもいつか髪の偉大さに気づくわ」
男「頭を見るな」
女「はい、これ」
男「……わざわざナプキン買いにここまで?」
女「紙の偉大さに気づいたの」
男「レストランに行ってこい!」
女「わざわざ紙袋につめてくれるのね」
男「当然のマナーだろ」
女「でも逆に恥ずかしいかも」
男「結局自己満足だから」
女「はい、お金」
男「……いじわる?」
女「なにが?」
男「二千円札って、一番いらないんだけど」
女「注文の多いコンビニね。客は少ないのに」
男「それは認めざるをえない」
女「あ、五百円玉は全部百円玉でちょうだい。一円玉は募金で。ちょっと、この十円玉は汚れすぎよ。代えてくださる? レシートはいらないわ、領収書で」
男「注文超えてイチャモンじゃないか! なんだ領収書って!」
女「宛名は友で」
男「よしきた」
女「はい、これ」
男「リポD?」
女「あなたにあげる。終わったら飲んで?」
男「あ、ありがとう」
女「友のお金だから」
男「あはは、なら遠慮なく」
女「じゃあ、帰るわ」
男「気をつけてね」
女「さよなら三角」ヒラヒラ
男「またきて四角」ヒラヒラ
先輩「男、お前に名指しでクレームが入ったぞ」
男「えっ、ほんと?」
先輩「身に覚えは?」
男「……ないと思う」
先輩「またきて四角」
男「……」
先輩「お客様に向かって言う言葉じゃねーだろ! 説教だ!」
男「あの野郎……!」
男「そして今日もぼっち飯」
女「そんなことはさせないわ」
男「なんでいるんだよ……」
女「わたしが学食にいたらわるい?」
男「悪くはないけど」
女「お昼まだだったの?」
男「うん。昼休みは信じられないくらい学食混むじゃん」
女「あれじゃゆっくり食べられないわよね」
男「だからいつも時間ずらすんだ」
女「でも、空いてる席で独りぼっちって目立つわよ?」
男「気にしてないよ。俺も他人も」
女「そうかしら。現にわたしがあなたを見つけたじゃない」
男「かくれんぼじゃないんだから」
女「隠れてるんじゃなくて、隠してるんでしょ」
男「君こそ一人なの?」
女「あっちで友達と食べてたの」
男「うん、じゃあ戻りなよ」
女「もしかして、怒ってる?」
男「何の話?」
女「クレームいれたの」
男「……呆れてるだけ」
女「キレてるの?」
男「あ、キレてるだけ」
女「ごめんなさい」
男「い、いや。別にいいけど」
女「どうもわたしは、あなたを見るとはしゃいでしまうようなの」
男「なんか、懐いてる犬みたいだね」
女「よかったじゃない。飼い主に昇格よ」
男「放し飼いでいいかな」
女「室内犬なの」ワンッ
男「ごめん、うちペット禁止なんだ」
女「野良はいやよ」
男「家に帰れよ」
女「そう言わずに。今日一日だけでも」
男「今日一日、って言葉がすごく不安だから来るな」
女「ところがどっこい。犬が飼い主の言うことを聞くと思ったら大間違い」
男「……俺の方が下の立場なのか」ハァ
女「心配しなくても対等よ」
男「じゃあ言うこと聞きなさい」
女「対等だから、お返しするの」
男「お返しっ!?」ガバッ
女「……身構えなくていいわよ」
男「な、なにするつもり?」ビクビク
女「今日、四限で終わりでしょ?」
男「うん」
女「食事に行こうよ。おごってあげる」
男「……」
女「どうしたの?」
男「いや、俺何かしたっけ?」
女「あなたにはいろんなことされたけど」
男「心当たりが多すぎて」
女「バカ。……看病してくれた分」
男「あー。いやでも、もともと俺は行く気なかったし」
女「それでもよ。もしかして、行きたくないの?」
男「ううん、お礼っていうならもらっておこうかな」
女「お礼じゃなくて、お返しだから」
男「こだわらなくても……」
女「ホワイトデーってあるでしょ」
男「うん」
女「あれと同じ。嬉しかったから、あなたにも喜んでもらいたいだけ」
男「……そっか。楽しみ」
女「じゃあ、18時に迎えに来てね」
男「うん、了解」
女「あ、わたし財布忘れるかもしれないから、あなたも一応持ってきてね」
男「おいまて!」
女「じょーだん。またね」ヒラヒラ
男「……はぁ。また後で」ヒラヒラ
男「きたよー」ピンポーン
女「こんばんは」ガチャ
男「こんばんは。準備できてる?」
女「えぇ、さっそく行きましょ」
男「今更だけど、どこに行くの?」
女「あなた、食べられないものってある?」
男「いや、ないけど」
女「好きな食べ物は?」
男「トマト、かな」
女「聞き方が悪かったかしら?」
男「……特に好きなのは、ラビオリ」
女「……ムリ」ボソ
男「え、なんて?」
女「次点は?」
男「んー……、ハヤシライスかな」
女「それならいいわね」
男「いや、まぁお店は任せるけど」
女「安心して。一流のシェフがいるから」
男「……高いところじゃなくていいからね」
女「その割にとっても安上がりなのよ」
男「へー、それはいいね」
女「二人だけの秘密よ?」
男「隠れスポットって感じなのかな」
女「着いてからのお楽しみ」
男「夕飯って、だいたい何時頃に食べる?」
女「19時かな。小さいころから」
男「俺も。大学生になってからは20時だけどね」
女「18時頃に夕飯を食べるご家庭もあるらしいわ」
男「ちょっと早いと思うんだよなぁ」
女「夕飯っていうなら、それぐらいが正しいのかも」
男「で、なんでスーパー?」
女「買うものがあるから。あなたはここで待ってて」
男「いやいや」
女「なにか欲しいものがあるの?」
男「じゃなくて、何? いったん帰るの?」
女「そういうことになるわね」
男「先にすませておけよ……」
女「待ち時間もデートのうちよ」
男「デートって」
女「ちがった?」
男「……ノーコメント」
女「あら、ずるいわ」
男「はやく行ってきなさい。待ってるから」
女「はーい」
男「結局何を買ったの?」
女「ゆゆしき事態だと思ったの」
男「なにが?」
女「わたし、まだあなたに手料理を振る舞ったことがないのよ」
男「続けて?」
女「これは女としての沽券にかかわるわ」
男「からの?」
女「骨抜きにしてあげる」
男「たかが手料理で……」
女「胃袋を掴んだら勝ちらしいわ」
男「なんの勝負だよ」
女「あ、餌付けとも言うわよね?」
男「首を縦に振れない」
女「尻尾くらいは振りなさい」
男「結局、俺が犬か……」
女「ふつう、嬉しがるんじゃない?」
男「犬扱いが!?」
女「手料理が、よ。バカ」
男「いや、嬉しいんだけどさ。そうならそうと言ってくれればいいのに」
女「サプライズよ、驚いたでしょ?」
男「驚かせるだけじゃ意味ないからね」
女「お楽しみはこれからよ。あなたの腹の虫を駆除してあげるわ」
男「お手柔らかに……」
女「ちなみにハヤシライスは初体験よ」
男「作るのが?」
女「えぇ。血が出ちゃうかも」
男「包丁使うのは初めてじゃないだろ……」ハァ
女「あ、ゴムがないわ!」
男「髪とめなくても俺は気にしないから……」ハァ
女「エロく言ってみました」
男「立っちゃうところだったよ。気が」
女「なんでエロく言ったの?」
男「そう聞こえる君がおかしいと思う」
女「本気で料理するから、しばらく話しかけないでね」
男「そこまでやる?」
女「おとなしく待ってなさい」
男「はいはい。……やっぱりな」ハァ
女「どうしたの?」
男「テーブルの上に、君の寝間着が」
女「片づけといてね」
男「じゃあ置いとくな!」
女「パジャマはお邪魔、ってね」
男「捨ててやろうか……」
女「~♪」グツグツ
男「良い匂いがしてきた」グゥゥ
男「うん、ブラってやっぱり、室内に干すんだなぁ」
男「そりゃそうだよな、二階と言えども」
男「それとも、誰かに見られるのがイヤなのかなぁ」
男「いやぁ、かわいいなぁ」
男「……しまっておけよ!」バタン!
女「うるさいわよ?」
男「この部屋は危険だ……」
女「お待たせ」
男「お、見た目はふつうだ」
女「当たり前でしょ。グチャグチャのほうが良かったかしら?」
男「じょーだんだよ」
女「はい、あーんして」ニコッ
男「なんで?」ニコッ
女「胃袋を掴むためよ」
男「物理的に!?」
女「いいから、ほら」
男「……」アーン
女(銀歯見ーつけた)
男「……は、はやふ」アーン
女「もう、がっつかないの」
男「……ん」モグモグ
女「どうよ?」
男「うん、これはうまい!」
女「ふふーん」
男「いや、すごいな。うちで作るやつとは全然味が違う」
女「カレーとかハヤシライスってそうよね」
男「ん?」
女「家庭の味、って言うのかしら。見た目は同じでも、味は全く違ったり」
男「あぁ、そっか。うん、確かに家庭の味って感じ」
女「ふふ。わたしもいただきます」
男「なんだか、あったかいなぁ」
女「作りたてだからね」
男「そうじゃなくて、なんかこう。うーん、なんて言うか」
女「心が?」
男「心……なのかな。わからないけど、すごくあったかい」モグモグ
女「隠し味はなんだと思う?」
男「真心?」
女「愛情よ。なーんて」
男「あぁ、腹の虫たちが死んでいく……」モグモグ
男「ごちそうさまでした」
女「お粗末様でした」
男「ごめんね、おかわりしちゃって」
女「ううん。胃袋はどう?」
男「いっぱいだよ」
女「掴まれてる?」
男「ラビオリだったらヤバかったかもね」
女「練習しておくわ」
男「今度は、俺がお返しする番だね」
女「いいの?」
男「俺がしたいから」
女「楽しみにしておくわ」
男「俺も手料理でいいよね?」
女「かぶるのは無しね」
男「えー、ずるいよ」
女「早い者勝ちだから」
男「うぅむ……」
女「ゆっくり考えておいてね」
男「うん、期待してて」
女「もちろん」
男「すっかり暗くなっちゃったな」
女「帰るの?」
男「うん、明日早朝からバイトなんだ」
女「送っていくわ」
男「わるいよ」
女「いいの。わたしがしたいんだから」
男「……じゃあ、そこまでね」
女「うん」
男「少し肌寒いね」
女「わたしはこれくらいが好きよ」
男「秋の空気に似てる」
女「不思議と、寂しくなるわね」
男「うん」
女「でも、二人でいるから寂しくないわ」
男「……」
女「ね?」
男「……そう、かもね」
女「ふふ、デリカシーを学んだのかしら」
男「相変わらず、使ってないよ」
女「じゃあ、本心?」
男「あはは、どうだろ」
女「……もう」
男「小学校のときは」
女「うん」
男「夕方まで外で遊んで。家に帰ると包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる」
女「お父さんはお風呂上がりの格好で麦茶を飲んでて」
男「テレビは今日一日を振り返るニュース番組」
女「台所からの匂いでわかる今晩のメニュー」
男「待ちきれなくて母さんに、ご飯はまだ? って聞くと」
女「先に宿題やっておきなさい、って言われるの」
男「いつからだろう、日が暮れてから家に帰るようになったのは」
女「もう思い出すことすら難しい、遠い昔の話ね」
男「20代前半とかさ、まだまだ子供じゃん」
女「そうね。自分がなってみてよりそう思うわ」
男「でも、いろいろ知りすぎたよな」
女「子供のままでいられない子供、ね」
男「あるいは、子供のままでいたくなかったのかも」
女「今は?」
男「戻りたいよ」
女「……わたしは、今が一番好きだけど」
男「わかってる。……いや、わかってたはずなんだ」
女「……」
男「いつまでも過去にすがってちゃいけないって、わかってたはずなのになぁ」
女「過去はすがるものじゃなくて、思い出すものよ」
男「……」
女「そしていずれ、忘れてしまうもの」
男「でも、忘れられないこともある」
女「なら、しまっておけばいいわ」
男「……」
女「気がついたときに見返せばいい。アルバムって、そういうものでしょ?」
男「……大切なものは、いつも持っていたくならないか?」
女「……大切だからこそしまっておくのよ。傷つかないように、無くならないように」
男「……君は強いな」
女「女だもの」
男「あはは、なっとく」
女「……まだいいの」
男「うん?」
女「今はまだ、いいの」
男「……?」
女「でもいつか、見せてね」
男「何を?」
女「あなたの、宝箱」
男「……そうだね」
女「きっと素敵なんでしょうね。妬けちゃうくらいに」
男「そうあってほしいと思うよ」
女「願わくばそこに、わたしの入るスペースがあるといいんだけど、ね」ボソ
男「……」
女「ふふ、ここまでね」
男「うん、手料理ありがとう」
女「また作ってあげる」
男「楽しみにしてる」
女「またね」ヒラヒラ
男「うん、またね」ヒラヒラ
友「だからな、アレがこうなって、こう……プニュッとだな」ワキワキ
男「いやいや、むしろコレがこうして、こう……ムニュッとね」ワキワキ
女「何の話してるの?」
友彼女「あやしいぞ~」
友「や、なんでもないって! なぁ男?」
男「二人羽織の話だよ」
友「男さぁん!?」
女「興味あるわ」
友彼女「二人羽織……」ゴク
男「いや、内側がいいか外側がいいかの議論で盛り上がってただけ」
友「言っちゃったよこいつ……」
女「いいじゃない、わたしもしてみたいわ」
友彼女「う、うちもー!」バッ
友「えぇっ!?」
女「それで、友はどっちがいいの? 内側と外側」
友「誰が言うか」
男「内側だってさ」
友「おーい!」
女「なぜかしら」
男「背中の感触を楽しみたいんだと」
友彼女「なるほどね……!」ガバッ
友「ちょっ! バカ、入ってくんな!」ジタバタ
友彼女「きついよー!」バタバタ
友「暴れんなぁ! ふ、服が。服がぁぁ!」ビビビビ
男「あはは」
女「ふふ、微笑ましいわ」
友「ま、マジでまってく、れ……!」ビリビリ!
男「あら」
女「まぁ」
友彼女「ぷはぁーっ! 苦しかったよー」
友「……ボロボロだ。ボロボロじゃねーか」シクシク
友彼女「どうだった、背中の感触!」プルン
友「……ブラが、固かったです……」シクシク
女「……わたしたちもやってみる?」
男「……遠慮しとく」
友彼女「女子会だよー」カンパーイ
女「三人しかいないけどね」カラン
先輩「女子といえる年齢かも怪しいけどなー」グビッ
友彼女「いいの! 気持ちが大事なんだから」
先輩「あっはっは。んなこと言ってると、あっという間にオバサンになっちまうぞ?」
女「実質、あと八年もしたら……」
先輩「お前ら、それまでに好い相手見つけとけよ」
友彼女「えへへ、うちはもういるもんねー」
先輩「あー、あいつか。この前店に来てた」
女「友でいいの?」
友彼女「……実は、よくわかんない」
先輩「今はまだ若いんだしな、ゆっくり考えればいいさ」
女「いっそ、話してみれば?」
友彼女「えぇ~、なんか反応が怖いかも」
女「だいじょうぶだと思うんだけど、ね」
先輩「しかしまぁ、お前もどうなんだって話だよな」
女「わたし?」
先輩「男と。最近どうなの?」
女「さぁ、どうなんでしょうか」
友彼女「男くん、最近よく女のこと話してるよー」
先輩「そういや、私もよく聞くなー」
女「な、なんて言ってるの?」
友彼女「パジャマが放置されてる、とか」
先輩「物があるべき場所にない、とか」
女「……誉められてはいないようね」
友彼女「男くんのことだから、人を素直に誉めたりしないでしょー」
先輩「あ、でも料理はうまかったって言ってたな」
女「ほんとですか!」
先輩「あ、あぁ」
女「……よかった」ホッ
友彼女「……まさか女が、恋愛とはねー。ビックリだよ」
先輩「ん、そーなのか?」
友彼女「男の人って、ずっと苦手だったもんね」
女「苦手というか、まぁ」
先輩「へー、意外だな。初恋なわけ?」
女「……さすがに初恋はありましたよ。小学生の時に」
先輩「誰かと付き合ったりは?」
女「それは、……ないですけど」
友彼女「高校のときも、最初はいろんな人から声かけられてたけど」
女「……」
友彼女「数ヶ月したらなくなったよねー。そっけないって」
女「うまく話せないもの、仕方ないわ」
先輩「初々しいとは思ってたけど……。興味もなかったのか?」
女「それはありました。みんな、そんな話ばっかりだったから」
友彼女「あの頃の女は見てて不安だったよー」
女「別に必死だったわけじゃないんだけど、ね」
先輩「どんな感じだったの?」
女「そ、それは、その……」
友彼女「少女マンガを読みあさってたんだよね、ひたすら」
先輩「ぶっ。おいおい、乙女だなー。つーか、耳年増なわけか」
女「ちょ、ちょっと……」アセアセ
友彼女「あと、なんだっけ。男子の好きそうなものを知るために、お父さんの趣味をまねしたり」
先輩「マジかよ」
女「趣味というか……。お父さんの持ってる漫画を読んだり、CDを聞いたり」
先輩「で、効果あったのか?」
女「……最近は、ちょっとあったかな」
友彼女「そういえば、男くんとはどこで知り合ったの?」
先輩「あ、それ私も気になる。なんであいつのこと好きなんだ?」
女「……」
友彼女「ねぇねぇ」ワクワク
先輩「なんでなんで?」ワクワク
女「……恥ずかしいから、言わない」
友彼女「ちぇっ」
先輩「あっはっは。ちょっとからかいすぎちゃったかな」
女「……スカイブルー、一本追加で」
友彼女「男くんってけっこうカッコいいもんねー」
先輩「どーかな。つーか、あいつ服装が冴えないだろー」
友彼女「そうかなぁ。あの腕時計はすごく良いと思うんだけど……」
先輩「……」
女「いつも着けてるやつ?」
友彼女「うん。ちょっと高そうなの」
女「言われてみれば、あれだけ浮いてる気がするわね」
友彼女「でしょ? 似合ってはいるんだけどねー」
女「ヨレヨレのジーンズとは合わないわよね」クス
先輩「ま、いいじゃねーか。あいつの話は」
友彼女「えへへ、そうだねー」
女「ふふ。ひどい扱いね」
女(出会い、かぁ……)
教授『では、先ほど配ったプリントの通りに分かれて、レポートをあげてもらいます』
女(あの時、唯一仲のよかった友とも離れちゃって)
教授『再履習者もいるので、都合二人組のところもありますが』
女(相手は全く知らない男の人だった)
教授『協力して、がんばってください。以上』
女(協力どころか、話せる気もしなかった)
男『えと、ペアだよね?』
女『……っ』
男『よろしくね。レポート、がんばろ』
女『……』コクン
女(焦って、恥ずかしくて、泣きそうだった。でも――)
男『ねぇ、ここ。こんな感じでいいと思う?』
女『……え、と』
男『うん』
女『……あ、あの』
男『うん?』
女『……う』
男『……だいじょうぶ』
女『……』
男『ゆっくりでいいから、聞かせて? 君の考えを』
女(――たったそれだけの言葉が、とても嬉しかった)
女(そのレポートをあげて以来、彼と話すことはなかったけれど)
女(いつも一人でいる彼を、ずっと目で追っていた)
女(だから、同じゼミになったとき、チャンスだと思った)
女(思い切って話しかけてみたら、自分でも驚くくらい、自然に話せた)
女(きっかけなんて、こんな些細なもの)
女(でも、わたしにとってはとても大切なもの)
友彼女「女、ボーっとしてないで、じゃんけんだよ!」
先輩「いくぜー」
女「……うん。最初はグー」
友彼女「じゃん、けん」
先輩「ぽん!」グー
友彼女「あ゛」チョキ
女「ふふーん」グー
先輩「しゃあ! ほら、いっきだぞ」
友彼女「うぇえー……」グイッ
女「あら、いい飲みっぷりね」
友彼女「ぶっはぁ! 何コレまずい! しかも熱いぃ!」バタバタ
先輩「あっはっは! 次は私だな!」
女「だから、じゃんけんの意味は?」
女(いつだって、些細なものが熱を帯びて)
先輩「はぁー、テキーラ最高かもしんね」
友彼女「うち、カルーアでいいや……」
女(かけがえのない宝物になっていく)
女「ふふ。わたしもテキーラ、飲んじゃおうかな」
男「いきなり呼び出されて、なんだと思ったら……」
先輩「……」スースー
友彼女「……」スースー
男「車運転させるためかよ」
女「まさかあなたが免許を持っていたなんてね」
男「運転する機会もあんまりないんだけどね」
女「こうやって、先輩さんの車に乗るくらい?」
男「うん。体の良いドライバー扱いだよ」
女「信頼されてるのよ、きっと」
男「どうだろうね……」
女「……ねぇ」
男「うん?」
女「あなた、わたしと初めて話したときのこと、覚えてる?」
男「うん。ゴールデンウイークの前だろ?」
女「……」
男「あれ、違った?」
女「ううん、正解」パチン
男「じゃあなんで叩くんだよ……」
女「ご褒美よ」
男「ありがたくないから!」
女「これくらいなら、いつでもしてあげる」
男「いらないって!」
女「残念ね。……ここでいいわ」
男「うん。……はい」
女「それじゃあ、またね」ヒラヒラ
男「うん、またね」ヒラヒラ
女「……バカ」ボソ
男「……忘れるわけ、ないだろ」
男「小動物のように縮こまっていた姿が、震えているように見えたから」
男「少しだけ、手を差しのべてみたくなったんだ」
男「きっとあの日から、俺は――」
先輩「……んがっ!」
男「……」ビク
先輩「……ん」スースー
男「……はぁ」
先輩「あんなののどこがいいのか、全くわかんねーな」
友「ですから、どこがいいとかじゃなくて……」
男「あはは、なんでそんなに必死なの?」
友「バカヤロ―、同じ男ならわかれよ!」
男「男ならみんな好きってわけじゃないだろ……」
先輩「そうだぜー?」
女「最近は女性でもジャニーズ嫌いって人は多いし、ね」
友「味方はいねーのか」
女「だって、何万円もかけてるんでしょ?」
先輩「たかが握手のためにさ」
男「不健全だよ」
友「お、俺をそんなやつらと一緒にすんじゃねぇ!」
女「あら、どう違うのよ」
友「純粋なファンなのさ、俺は。強いて言うなら、父性ってやつかな」
先輩「子供がだしたCDを買ってあげる親、みたいな?」
友「イエス! さすが姉御」
男「子供の水着姿で興奮する親って……」
女「父性というより、不純ね」
先輩「不純というより、不潔だな」
友「ああ言えばこう言いやがって……!」
女「そもそも、あれって何の略なの?」
男「アッカンベーとかじゃない?」
先輩「ぶっ。48人からアッカンベーされるのかよ」
女「殺意が芽生えるわね」
男「それを快感に変えなきゃ」
友「だから、違うって。お前ら何にもわかってねぇ!」
――「じゃあ、教えてくれる?」
友「いいか、AKBっていうのはな……えっ?」
友彼女「……」ニコッ
友「……」
友彼女「……続きはあっちで話そっか?」ゴゴゴゴ
友「……はぃ」
先輩「死んだな、あれは」
女「知ってる? 般若の面って、女性の顔なのよ」
男「……うん。今、実物を見たからね」
先輩「あっはっは! 化けてでてこないように、心経でも唱えといてやるか!」
友「……やぁ、マイハニー。待った?」
友彼女「やりなおし」
友「もう許してくれよ……。謝るからさ」
友彼女「なにに謝るの?」
友「なにに、って。そりゃあ」
友彼女「うち、怒ってないよ」
友「じゃあなんでそんな顔してんだよ」
友彼女「ちょっと、悲しかっただけ」
友「……う」
友彼女「友は、悲しんでいる人に謝るの?」
友「……今日は、めいっぱい楽しもう。……や、違うな。楽しませてみせるよ」
友彼女「えへへ。よくできました」ニコッ
友(……あー、やっぱこの笑顔だよな)
友彼女「久しぶりの遊園地だからねー」ワクワク
友(作り物の笑顔より、こっちだよな!)
友「絶叫系は勘弁してくれな!」
友彼女「うん! いっぱい乗ろうね!」
友「……」
友彼女「うわー、高ーい」ガタンゴトン
友「は、ははは。全然高くねーよ、このくらい。と、東京タワーの方が数倍高いね」ガクガク
友彼女「来るよ来るよ来るよ……」
友「だ、黙ってろ! スカイツリーの高さにはかなわ――」ビュン
友彼女「きたー!」ビュン
友「ちょっ、ぷ、風ががが! 助けべべー!」ビュー
友彼女「いやっほー!」ビュー
友彼女「もう一回乗ろうね?」
友「いや、だからな、あんなのより富士山の方が高いんだって」
友「……メリーゴーランドに乗りませんか」
友彼女「えぇー、落ちるやつがいいよー」
友「ちゃんと落馬させてやっから! な?」
友彼女「必死だね……。いつものことだけど」ハァ
友「とりあえず休憩させてくれ……」
友彼女「そうだね。じゃあメリーゴーランドの次はゴーカートで!」
友「その次はお化け屋敷でいいよな?」
友彼女「……」
友「な?」ニヤリ
友彼女「ま、まだうちらには早いんじゃないかな。そういう関係じゃないっていうか……」アセアセ
友「どういう関係だよ。いいから行くぞ」
友彼女「えぇー……」
友「最後は観覧車。定番だな」
友彼女「定番が一番だよ」
友「ま、こんなのよりエベレストの方が高いわけだが」
友彼女「それはもういいから。落ちないなら怖くないでしょー?」
友「こ、怖いとか言ってねーよ。高さの問題だ、高さの」
友彼女「もうっ。……えへへ」ピト
友「……」
友彼女「あとどれくらいだろーね、こうやって会えるの」
友「さぁな」
友彼女「数えるほどしかないかもしれないよ?」
友「数え切れねーほどあるんだよ」
友彼女「……断言しちゃっていいの?」
友「未来はわからねーことだらけだけどさ」
友彼女「うん」
友「……今がずっと続けば、きっと未来も同じだ」
友彼女「うん」
友「お前を思い続けるよ。未来が今になってもな」
友彼女「……先輩さんが言ってた」
友「なんて?」
友彼女「未来とか将来とか言って、二年後三年後を想像するやつはバカだ、って」
友「……」
友彼女「友の言う未来は、いつの話?」
友「いつか、だよ」
友彼女「……うん」
友「いつか、時間に置いていかれても。俺はお前を想ってるから」
友彼女「……えへへ。くっさぁい!」
友「二人しかいねーんだ。誰にも匂わないだろ」
友彼女「あーぁ。うちも、友と同じ県で就職すればよかったなー」
友「俺は県外、お前は県内」
友彼女「男くんと女は大学院。先輩さんも」
友「……3ヶ月だけ、待て」
友彼女「え?」
友「会いにいくよ。指輪を持ってな」
友彼女「3ヶ月で買えるのー?」
友「うぐ、た、多分な。男によると」
友彼女「男くん?」
友「あぁ。あいつの話では、俺の給料でもなんとか買えそうだと」
友彼女「なんで知ってるんだろうね?」
友「知らね。まぁそれはいいとして、どうだ?」
友彼女「……えへへ。3ヶ月と言わず、いつまでだって待ってるから!」
友「つー感じで、思いがけずプロポーズになったわけだが」
男「あー、あっついなぁ」
女「おまけにくさいわ。火事かしら」
友「お前らに話すんじゃなかったよ!」
男「じょーだんだよ」
女「結婚式には呼んでね?」
友「や、そうは言っても、俺も不安なんだよなぁ」
男「何かあったら、いつでも相談にのるよ」
友「……頼もしいぜ」
女「……」
女「びっくりしたわ」
男「なにが?」
女「あなたが、あんなこと言うなんて」
男「……」
女「なにか思うところでもあるの?」
男「いや、別に。幸せになってほしいだけさ」
女「友達だから?」
男「……親友だから、かな」
女「……ふふ。じゃあ、またね」ヒラヒラ
男「うん、またね」ヒラヒラ
女「……すごく嬉しい」
女「あの人のちょっとした変化が、こんなにも愛しい」
女「……今すぐ、あふれてしまいそうなくらい」
先輩「ちっと買い出し行ってくるから、大人しく待ってろよ?」
女「はーい」
友彼女「はーい!」
先輩「……絶対なにかする気だろ、お前ら」
女「そんな、いくらなんでも先輩さんの家を荒らすようなことはしないわ」
友彼女「そうだよ!」
先輩「……じゃあ、行ってくる」
女「行ってらっしゃい」
友彼女「ベッドイーン!」ボフッ
女「お邪魔します」モソ
友彼女「いやー、他人の布団って気持ちいいねー」
女「そうね、なぜかしら」
友彼女「先輩さんの部屋ってさー」
女「うん」
友彼女「けっこうかわいいよね。少女趣味、っていうか」
女「シーツもカーテンもピンクだしね」
友彼女「クマのぬいぐるみもいっぱいあるし」
女「もしかして、クマさんパンツとかもあったりして」
友彼女「……」
女「……」
友彼女「ま、まっさかー」
女「ま、まさかね」
友彼女「……ぬいぐるみとかプレゼントしたら、喜んでくれるかなー」
女「誕生日はまだ先よ?」
友彼女「そうじゃなくって。……日ごろの感謝の気持ちをこめて」
女「サプライズ?」
友彼女「驚かせるんじゃなくて、喜ばせないと」
女「そうね。わたしも協力するわ」
友彼女「えへへ。もちろん、女にもあげるねー」
女「あなたにも、ね」
友彼女「プレゼントでいっぱいになりそうだね」
女「嬉しさで、胸がいっぱいになりそうね」
友彼女「……いつか離れても、忘れないよね?」ダキッ
女「……ちゃんと覚えてるわ。形なんてなくても」ギュウ
友彼女「でも、形に残さないと不安なの。とっても、不安なの」
女「心には残るわ。嬉しかったこと、楽しかったこと。そしていつでも、あなたがいること」
友彼女「……うん」
女「あなたとの物語は、きっとありふれたものだけど」
友彼女「えへへ、そうだね」
女「全米が泣かなくてもいいの。二人の笑顔があれば、ね」
友彼女「じゃあうち、笑ってる。ときどき挫けちゃうかもしれないけど」
女「まだまだ時間はあるわ」
友彼女「うん」
女「振り返ればいつでも笑顔になれるような。そんな素敵な思い出を作りましょう」
友彼女「えへへ。女、大好き!」
女「ふふ。……わたしも」
先輩「ただいまー、ってお前ら、人のベッドで何やってんだ?」
女「先輩さんもおいでませ」
先輩「三人も入らないから。バカやってないで夕飯作るぞー」
友彼女「はーい!」
先輩(……ふぅ。クマさんパンツはバレてねーみたいだな)
女「?」
先輩(捨てちまえば話は早いんだが)
友彼女「おっ、バーモントとジャワ。混ぜるつもりかー?」
先輩(まだ、持ってて良いだろ。……もう少しだけ、な)
先輩「当たり前だ。混ぜるカレー最高!」
女「妹がくる?」
男「うん。今週の金曜に」
女「なんでまた、こんな時期に?」
男「体育祭の振替休日と創立記念日で、四連休らしいんだ」
女「でも、金曜日だけなの?」
男「電車で一時間ほどのところに従姉妹が住んでてね、本命はそっちらしい」
女「ふぅん」
男「そこで、頼みがあるんだけど……」
女「別にいいけど、わたしでいいの?」
男「先輩に頼もうかと思ったけど、あの人あることないこと吹き込むからなぁ」
女「なるほどね。わたしはないことしか吹き込まないもの」
男「ぐっ……信じてるからな」
女「信じてるのなら、態度であらわしてほしいわ」
男「人に言うと書いて信じるなんだよ」
女「あら、ほんとね」
男「とにかく、頼むね」
女「うん。任されました」
女「あ、いたいた」
妹「女さん?」
女「えぇ、よろしくね」
妹「よろしくお願いします」
女「ごめんなさい。お兄さんじゃなくって」
妹「いいですよ。……わかってましたから」
女「バイトだってこと?」
妹「……いいえ。絶対今日、用事をいれるんだろうなって」
女「聞いてもいいかしら。お兄さんと仲悪いの?」
妹「悪くはないですよ。普通の兄妹です」
女「……」
妹「ただ、普通なら妹が兄を避けるところが、あたし達は逆なだけ」
女「あの人が、避けているの?」
妹「……ごめんなさい。こんなしょうもない話」
女「……いいえ。それじゃあ、どこか遊びに行きましょうか。荷物はコインロッカーに入れておいて」
妹「はい。あたし、ここら辺はよく知らないので、案内してくれると助かります」
女「ふふ。お兄さんとは違って、礼儀正しいのね」
妹「反面教師でしたもん。あいつは」
女「うらやましいわ。身近にあんな良い教師がいて」
妹「あ、それ嫌みですね」
女「ふふ。本心よ」
妹「ふわぁ、駅の前にこんな大きいデパートが」
女「ここも都会とは言えないけど、駅周辺はなかなかのものよ」
妹「一人だったら絶対迷っちゃってますね」
女「まずは、お買い物しましょうか」
妹「あ、でも電車で荷物かさばるのもなぁ……」
女「そこはわたしに任せて、ね?」
妹「は、はい」
女「服から見ていく?」
妹「地下は雑貨屋なんですか?」
女「えぇ。かなり広いわよ」
妹「行きたいです!」
女「ふふ。じゃあさっそく」
妹「……なにこれ」
女「おどろいた? ほんとに何でもあるのよ、ここ」
妹「あたし、卒業したらこっちに来ようかな……」
女「それはいいかもね。中途半端な街だけど、ちょうどいい住みやすさよ」
妹「女さんもよく来るんですか?」
女「そうね。特に、誰かへのプレゼントを買うときなんて」
妹「プレゼントかぁ」
女「渡したい人がいるの?」
妹「……どういう意味で、ですか?」
女「もちろん、あっちの意味で」
妹「ひみつ!」
女「ふふ、かわいい」
妹「もー。そういう女さんこそ」
女「わたし?」
妹「あいつとは、どんな関係……」
女「妹ちゃん?」
妹「……なんでもないです。アクセサリーの方に行きましょう!」
女「あ、待って……」
妹「いっぱい買っちゃった」
女「電車代、だいじょうぶ?」
妹「はい。いざとなったらあいつに頼りますから」
女「あら、いい考えね。じゃあお昼はわたしがおごってあげる」
妹「え、そんな! わるいですよ、おごりなんて」
女「いいの。わたしがしたいんだから、付き合って?」
妹「そんな言われ方したら、断れませんよ……」
女「ふふ。お兄さんの数倍素直ね」
妹「あ、それはよく言われます!」
女「聞かせてくれる? あの人のこと」
妹「うーん、でも話すほどのことがないですよ。あいつには」
女「それは、話せないんじゃなくて?」
妹「……もしかして女さんって、あいつのか」
女「ちがうわ」
妹「……」
女「でも、わたしと出会う前のあの人のことを少しでも知りたいの」
妹「くだらない話でいいなら、いくらでも」
女「大好物よ。四階にフードコートがあるの」
妹「じゃあ、そこで」
妹「……で、中学のときは尾崎豊にハマってて、卒業式の夜ですよ」
女「まさか……」
妹「校舎の窓ガラスを壊そうとしたんです」
女「あいたたた……」
妹「しかも、遠くから石を投げて」
女「ふふ、なにそれ。それで?」
妹「案の定、強化ガラスでして……」
女「割れなかったんだ?」
妹「はい。脱兎のごとく逃げたらしいんですけど、それを同級生に見られてて」
女「……それは、恥ずかしいわね」
妹「高校生にもなると、不良の真似事もやめたみたいなんですけどね」
女「ちょっとあの人の評価が下がったかも」
妹「下がる余地があったんですね」
女「あなたと同じくらい、慕ってるわよ? 別の感情かもしれないけど」
妹「ちょ、直球ですね」
女「女は度胸よ」
妹「胸が行方不明です」
女「……」
妹「へへ。あたしは別に、あいつのこと慕ってないですもんねー」
女「……なんとなく、あなたたちは兄妹だなって思ったわ」
妹「反対ですよね?」
女「360度反対ね」
妹「おんなじじゃないですか!」
女「おんなじって言いたいの」
妹「そういえば、今日何時に帰るって言ってました?」
女「16時だったかしら」
妹「そっかぁ。……良かったら、連れて行ってくれませんか?」
女「構わないけど、会っていくの?」
妹「会って、言ってやりたいことがあるんです。渡したいものも」
女「それは、プレゼント?」
妹「……ううん。落とし物を届けに行くだけです」
女「……わかった。連れて行くわ」
妹「お願いします」
女「さぁ、そろそろ次に行きましょ」
妹「次は服が見たいです!」
女「ここのお店、どこも高いわよ?」
妹「だいじょうぶ、領収書きりますから」
女「宛名は?」
妹「もちろん、あいつで」
女「かわいそうに。火の車ね」
妹「せっかく免許があるんですから、車の一台くらい持ってないと、です」
女「ふふ。物は言い様かしら」
女「そろそろね。行く?」
妹「はい。バスですか?」
女「うん。でもその前に……」
妹「宅急便?」
女「荷物、送りましょ」
妹「なるほど……」
女「領収書がたまる一方ね」
妹「妹の特権です」
女「ほんとにうらやましいわ」
女「こんにちわ」
男「ノックくらいしようね」
女「呼び鈴くらいつけなさい」
男「ムリ言うなよ。……って」
妹「……久しぶり」
男「……あぁ、うん。久しぶり」
妹「元気だった?」
男「まぁ、それなりにね」
妹「……」チラ
女「……わたしはもう帰るわ。あとは兄妹水入らずで」
男「今日はありがとう」
妹「お世話になりました」
女「いいえ、楽しかったもの」
妹「メール、しますね」
女「待ってるわ。じゃあね」
男「お茶でも出そうか」
妹「水入らず、って女さんも言ったでしょ」
男「はいはい。で、どうしたの?」
妹「顔を見に来たの」
男「そういうのはいいよ」
妹「……これ」
男「……」
妹「やっぱりもらえない、って。あの人のお父さんから」
男「……そっか」
妹「それだけ?」
男「なんて言えばいいんだ?」
妹「知らない。自分で考えなよ」
男「我が妹ながら、手厳しいなぁ」
妹「やっぱ慣れない。その喋り方」
男「あはは、ごめんな」
妹「……あの人は、そんな乾いた笑い方はしない」
男「……」
妹「あの人を貶めるようなまねはやめて」
男「……ごめん」
妹「……またね」ヒラヒラ
男「あぁ、また」ヒラヒラ
男「スカイブルー。空の青、か」クイッ
――『あの空の向こうには、天国があるんだって』
男「……いるのか? そこに」
――『私が、死んだら』
男「見てくれてるか、俺を」
――『そこから男くんを、見守っているからね』
男「――幼馴染」
幼馴染『あなたを、信じています』
男「……俺は、もう」
友「おい、ドラえもんのスリーサイズを知ってるか?」
男「興味ないよ」
友「知ってるか、って聞いてるんだよ!」
男「し、知らない」
友「129.3」
男「え?」
友「129.3なんだ。全てがな」
男「……あっそ」
友「おい、反応薄いぞ」
男「別にそれくらいあっていいでしょ、ロボットなんだから」
友「バカ、バスト100超えって男の夢じゃねーか」
男「チェストって言えよ……」
友「そこでだ。見ろ、あいつら」
友彼女「?」タプン
先輩「あん?」プルン
女「……」ツルン
友「俺の彼女は文句なしだ」
男「……」
友「あの双丘の絶頂からは絶景が見えるだろーな」
男「……」
友「姉御は及第点」
男「……」
友「人によっちゃ絶好だな」
男「……」
友「女は絶望的」
男「……」
友「絶海の孤島の断崖絶壁だ、あれは」
男「……」
友「おい、なに絶句してんだ?」
男「いや、もう君は絶体絶命だと思って」
友「……絶対にチクんなよ」
男「絶交したい……」
友「ん、女から電話だ……。もしもし?」
女『わたし女ちゃん。今あの人の家にいるの』プツン
友「……言いやがったな、あいつ」
男「お祭り?」
女「うん、夏祭り」
男「あー、もうそんな時期かぁ」
女「早いわね、ほんとに」
男「行くの?」
女「わたしとあなたと先輩さんで、ね」
男「決まってるのかよ……。友くんたちは?」
女「二人で行くんだって。邪魔したら悪いわ」
男「あはは、そうだよね。いつ?」
女「今日」
男「え?」
女「夕方頃にあなたのアパート集合だから」
男「急すぎるだろ……」
女「わたしは絶壁なんでしょ?」
男「だ、だからそれは友くんが……」
女「ふん。刮目するといいわ」
男「……?」
女「今夜は絶壁に花が咲くからね」
男「……もしかして、浴衣着てくるの?」
女「心配しなくても、あなたは普段着でいいわよ」
男「いや、うん。楽しみにしてる」
女「両手に花、ね」
男「今夜は空にも花が咲くって言うのに……」
女「あら、造花なんかに目を奪われたら許さないから。ね?」
男「花火がメインだろ……」
女「今夜の主役はわたし」
男「先輩は?」
女「助演女優」
男「俺は?」
女「たった一人の観客よ。見惚れてなさい」
男「あはは、贅沢な舞台だなぁ」
女「いいの。一世一代なんだから」
男「うわぁ。人、多いね」
女「はぐれないようにしてね」
男「こっちのセリフ」
女「じゃあ、次に言うべき言葉もわかってるわよね?」
男「……俺は観客なんだろ?」
女「先輩さんがいないんだもの。代役はあなたよ」
男「……手、つなごうか。はぐれないように」
女「……はい」
男「し、しかし先輩の用事ってなんなんだろうね」
女「さぁね。バイトではないようだけど」
男「またハメようとしてない?」
女「信用ないのね、わたしって」
男「前科があるからね……」
女「安心して。今日はただのデートよ」
男「デートですか」
女「不満?」
男「ううん、認めるよ」
女「ちゃんとゴムも持ってきてるから」
男「ポニーテール、かわいいね」
女「……もう。からかいにくい人」
男「さんざん鍛えられたんだよ、君に」
女「ふふ、わたしに?」
男「……いや、いろんな人から」
女「でも、良かったでしょ?」
男「そうだね。すごくあたたかい」
女「よろしい」
男「さぁ、焼きそば食べよう!」
女「まずはかき氷よ!」
男「なんで?」
女「暑いから。手汗、ごめんね?」
男「……恥ずかしいこと言うなよ」
女「何にする?」
男「俺はブルーハワイがいいな」
女「わたしはイチゴでいいわ」
男「好きなの? イチゴ」シャクシャク
女「ううん。でも、あまり目立たないでしょ?」シャクシャク
男「なにが?」
女「舌の色」
男「なるほど。女の子って大変だね」シャクシャク
女「焼きそばもたこ焼きも、青海苔があるからあまり食べないのよ」シャクシャク
男「えー、もったいない。せっかくのお祭りなのに」
女「そんなに食べたいの?」
男「うん。青海苔抜いてもらおうよ」
女「いいのかしら……」
男「屋台だからね。気前よくやってくれるよ」
女「ねぇ、ベーってして?」
男「や、やだよ。恥ずかしい」
女「ふふ。青い舌のあなたも素敵よ」
男「口説き文句としてはダメだろ、それ……」
女「良さがわからないなんて。まだまだ青いわね、あなた」
男「あ、今見えた。ピンク」
女「……」
男「あはは、似合ってるよ?」
女「ほっぺたまでピンク色になりそう……」
男「さぁ、焼きそばを食べにいこう」
女「ずいぶん推すわね」
男「焼きそば食べたらもう帰ってもいいくらいだよ」
女「そんなこと言わないの。クレープもリンゴ飴も食べなきゃ。ね?」
女「ばったり友たちに会ったりしてね」
男「その時は手離すからね」
女「わたしが離さないわ。やっと三つ目を手に入れたんだもの」
男「まぁ、こんなに人が多いなら会わないでしょ」
女「電話してみましょうか」
男「ダメだから」
女「そんなに二人きりがいいの? しかたない子ね」
男「な、なんか今日はぐいぐい来るね」
女「女は度よ」
男「胸は?」
女「今後に期待」
男「……少なくとも、不毛の大地ではなかったよ」
女「花はちゃんと咲いたかしら?」
男「うん、すごく似合ってる」
女「きれい?」
男「和風美人、ってかんじ」
女「ふふん。もっと言って」
男「水を得た魚だね」
女「水だけじゃダメよ。花は、愛でなきゃ」
男「……明日には枯れるだろ?」
女「枯れてもまた咲くわ」
男「あはは、来年が楽しみ」
女「危ない蜂に吸われないように、守ってね」
男「……クレープの列、長いね」
女「お祭りの屋台では一番手強いわ」
男「なんだっけ。待ち時間も?」
女「デートのうち、ね」
男「今はそう思うことにしよう……」
女「ふふ。それでいいの」
男「花火まで、あと30分くらいかな」
女「そうね。そろそろ行きましょ」
男「ん、どこに?」
女「花火がよく見えるところ」
男「……?」
男「ここって……」
女「大学の部室棟の屋上よ」
男「よ、よく鍵を持ってたね」
女「天文部の権限で、ね」
男「なるほど。……すごくいい眺めだ」
女「おまけに二人きり。特等席よ」
男「あはは。その格好、ここではだいぶ浮くね」
女「そうかしら?」
男「ぷっ。学校の怪談ってかんじ」
女「あら、まさに花子さんなわけね」
男「こんなにかわいい花子さんだったら、もっと流行ってただろうね」
女「なんて言ってる、あなたの後ろ……」
男「だまされないから……」
ヒュウゥゥゥ・・・・ドンッ!
男「! うっわぁ!」
女「タイミングばっちりね!」
男「……やられた」
女「ふふ。すねてないで、ほら、とってもきれいよ」
男「……ほんとだね」
女「次のセリフ、覚えてる?」
男「……君のほうが、きれいだよ」
女「うん、よくできました」
男「本心だったりするんだけど、ね」
女「うん?」
男「いや、花を愛でるのも悪くないなーって」
女「ふふ。でしょ?」
男「……うん」
男「祭りのあとの雰囲気って、好きかも」
女「わたしも。……人、少ないわね」
男「バスルートじゃないし、駅も反対だから」
女「……」
男「……」
女「……あ、河川敷」
男「降りてみる?」
女「うん。川沿いに歩きましょ」
男「気をつけてね、足元」
女「だいじょうぶよ、このくらい。あなたも、ほら」
男「はいはい」
女「ねぇ、まだ舞台は続いているのかしら」
男「さぁ。あまり台本読まなかったから」
女「じゃあここからさきは、アドリブでお願いね?」
男「ここからさき?」
女「わたしが主演女優」
男「……」
女「あなたが主演男優」
男「……」
女「内容は、ラブストーリー」
男「……!」
女「……結末は、もう決まってるみたいだけど。ね?」
男「……ハッピーエンド?」
女「わたしにとっては、バッドエンド」クルッ
男「……」
女「……わたしは、あなたが好きです」
男「……うん」
女「わたしと、付き合ってください」
男「俺も、君が好きだ」
女「……気の利いたアドリブね」
男「茶化すなよ。……でも、俺は」
女「うん、わかってる」
男「……聞いてくれ」
女「ううん、わかってるの」
男「……」
女「ごめんなさい。あふれだしちゃったから」
男「怖いんだ」
女「なにが?」
男「あいつは俺に、信じてるって言ってくれたけど」
女「それを、裏切ってしまいそうだから?」
男「……うん」
女「……信じるって、そういうことなのかしら」
男「わからない。わからないけど」
女「裏切るって、どういうことなのかしら」ポロ
男「……」
女「ごめんなさい。困るわよね、いきなりこんな」ポロポロ
男「いや、俺は」
女「ふふ。先に帰るわ。泣き顔、不細工だから」
男「……」
女「また、ね」ヒラヒラ
男「……」
男「……信じるって、どういうことなんだろう」
男「俺はお前を裏切っているのか?」
男「……なんで、あと一歩が踏み出せないのかな」
男「決まってる。俺は蜂でも蝶でもなく、ただの弱虫だから」
男「あはは。俺にとってもバッドエンドじゃないか」
男「……幼馴染」
―幸せだった日々―
幼馴染「男くん、今日も来てくれたんだ!」
男「ん、……どうした?」
幼馴染「あはは。うれしいな」
男「うるさい。寝てろ」
幼馴染「もうっ」
男「なんだよ?」
幼馴染「男くんって意地悪なうえに、口調も汚いんだから」
男「それがなんだよ」
幼馴染「私にはいいけど、社会に出たとき困るよ?」
男「……ま、なんとかなるさ」
幼馴染「もう。いつまでも面倒みないからね」
男「お前が俺を突き放したら、変える気にもなるかもな」
幼馴染「……そんなことできないって知ってるくせに」
男「なら、一生このままだ」
幼馴染「そうだね。一生……」
幼馴染「男くん、今日も来てくれたんだ」
男「やっほ。これ、お見舞い」
幼馴染「ありがとう。……って、またリンゴ?」
男「婆ちゃんが大量に送ってきてさ。ほら、俺梨派だから」
幼馴染「私も梨の方が好きなんだけど……」
男「食べ続けてれば、そのうちリンゴの良さに気づくだろ」
幼馴染「もう。ほんとに男くんっていじわるだよね」
男「うるさい。リンゴいらないのか?」
幼馴染「いる。むいて」
男「ほいほい。……うさぎがいい?」
幼馴染「できるの?」
男「なめるな。男子3日会わざればってやつだ」
幼馴染「あはは、ブサイクだったら笑うからね」
男「刮目せよ!」ムキムキ
―――――
幼馴染「男くん、今日も来てくれたんだ」
男「まぁな。毎日ヒマでしょうがない」
幼馴染「高校はどう?」
男「楽しいよ。部活もゆるいし」
幼馴染「私がいないからって、サボったりしちゃダメだよ?」
男「バーカ。お前がいないなんて思えないよ」
幼馴染「え?」
男「あんなに毎日一緒にいたんだからな。常に見られてる気がする」
幼馴染「ちょっと、私ストーカーみたいじゃん」
男「ずっと俺の後ろについてきてたじゃないか」
幼馴染「あ、あれはべつに、その……」
男「いいんだよ」
幼馴染「……う」
男「お前は……いや、俺たちはそれでいいんだ」
幼馴染「……うん」
―――――
幼馴染「男くん、今日も来てくれたんだ……」
男「おい、大丈夫か? 顔色わるいぞ」
幼馴染「あはは。私は、もう大丈夫にはなれないのに。変なこと言うね」
男「……手術が近いからって、お前が気負う必要ないんだぞ?」
幼馴染「うるさい!」
男「……」
幼馴染「いいよね、男くんは元気だから! 健康だから、私の気持ちなんてわかんないんでしょ!」
男「……そうだな」ギュッ
幼馴染「……優しく、しないでよ」
男「……」ギュッ
幼馴染「……怖くなる」
男「……何がだ?」
幼馴染「……死んじゃうのが」
男「それが普通だ」
幼馴染「……男くんさえいなければ、今すぐ楽になれるのに!」
男「ごめんな」ギュウ
幼馴染「もうやだ! いやだ、離して! 離してってば、もうやだぁ!」ポロポロ
男「いいんだよ」
幼馴染「ぐすっ、こんな、こんなこと言いたいんじゃないのに! もう、やだよぉ……」ポロポロ
男「……」
幼馴染「男くん。ひぐっ、男くん!」
男(俺は)
男(なんて言えばいいんだろう、こんな時に)
男(なにをしてあげられるんだろう)
男(そんなことを考えると、どんどん自分の言葉が消えていく)
男(借りてきた言葉しかなくなっちまう)
男(だからこそ俺は)
男(お前が大好きだから、この気持ちのままに)
男「……生きてくれ」
幼馴染「……」
男「俺のせいで死ねないんなら、俺のために生きてくれ」
幼馴染「……わがまま」
男「そうだ。ずっと、俺の方なんだ」
幼馴染「……」
男「俺が、お前がいないとダメなんだ」
幼馴染「……私も、だよ」
男「……好きだ、幼馴染。お前のことが大好きだ」ギュウ
幼馴染「私も、だよ。ずっと昔から、大好きだった」
男「過去形にするなよ、バーカ」
幼馴染「……いいの?」
男「それ以上言ったら怒るからな」
幼馴染「じゃあ、もう一回言って」
男「大好きだよ」
幼馴染「……ん。もう、一回」
男「大好きだ、幼馴染」
幼馴染「……ぐす、もう、一回」
―――――
男「良かったな、成功して」
幼馴染「言ったでしょ、男くんのために生きるって」
男「じゃあお前は俺より長生きしてくれよ?」
幼馴染「……うん。約束」
男「約束だ」
幼馴染「……その時はきっと。ううん、絶対見送ってあげる」
男「あぁ」
幼馴染「そうしたら、私が寂しくなっちゃうけど」
男「そんなことないって。見守っててやるよ、すぐそばで」
幼馴染「すぐそばよりも、もっと近くにいて」
男「……あぁ、安心しろ」
幼馴染「これから次第では退院も可能なんだって」
男「ムリはできないんだろ?」
幼馴染「うん。でも久しぶりの家だから」
男「なんなら、俺んちに来てもいいからな」
幼馴染「あはは、そういえば。おばさんから聞いたよ?」
男「何を?」
幼馴染「漫画を売って、医学書を買ったんでしょ?」
男「……ただ興味がわいただけだ」
幼馴染「私の病気のところに折り目がついてあったって」
男「……ぐぬ」
幼馴染「かわいいね?」
男「……うっせ、バーカ」プイ
男(手術は無事成功)
男(今後の経過次第では、一時帰宅も可能になる、か)
男(ただ、余命が延びただけじゃないのか?)
男(……そんなはずないよな。もう大丈夫なんだ、お前は)
―――――
幼馴染「まさかもう一度、男くんと同じこたつに入れるとは」
男「これからは毎年、こうやって年を越すんだぞ?」
幼馴染「それはいいけど。男くん、受験はどうなの?」
男「……」
幼馴染「……ちゃんと合格したら、いっぱい遊ぼうね」
男「……任せとけ」
幼馴染「……だいじょうぶかな」ハァ
―――――
男(年を越すと、幼馴染はまた入院した)
男「受かってたぞ!」
幼馴染「ほんと!?」
男「おうよ! 俺にかかればこんなの余裕だ!」
幼馴染「……」グス
男「……幼馴染?」
幼馴染「……よかった。ほんとによかった」
男「幼馴染」ギュッ
幼馴染「……ごめんね。遊ぶことはできなくなったけど」
男「いいって。お前がいれば、それでいい」
幼馴染「……うん」
男「……幼馴染」
幼馴染「……ん?」
男「……結婚してくれ」
幼馴染「……」
男「今すぐにはムリだけど。四年で大学卒業して、就職して必ず戻ってくる」
幼馴染「……うん」
男「その時は、俺と結婚してくれ」
幼馴染「私でいいの?」
男「怒るぞ。……お前じゃなきゃダメなんだ」
幼馴染「ありがとう。……ずっと、一緒にいようね」
男「あぁ。……大好きだぞ、幼馴染」
幼馴染「私も。大好き……」
―――――
男(大学生活。一年目は本当に楽しかった)
男(勉強にサークルにバイト。毎日があっという間にすぎて)
男(長期休みの度に、地元に帰り幼馴染と過ごす)
男(幸せな日々)
男(――幼馴染の病気は、悪化していく一方だった)
男(一年目の春休み、地元に帰った俺を待っていたのは、すっかりやせ細った幼馴染と)
男(もう大きな発作には耐えられないかもしれないという、医者の言葉)
男(すぐに俺は休学し、残された時間すべてを幼馴染と共に過ごした)
幼馴染「カーテン、開けて」
男「あぁ」
幼馴染「見える? ……私が、死んだら」
男「……」
幼馴染「あの空の、向こうにいるから」
男「……」
幼馴染「ずっと見守っているから、ね」
―――――
男(その日は、とても暑かった)
男(その日は、とにかく蝉がうるさかった)
男(なのに幼馴染は)
男(静かに、冷たくなった)
男(それからのことは、よく覚えていない)
男(葬式が終わって数日後、自室で鬱ぎ込んでいた俺に、幼馴染の親が手紙を持ってきた)
男(遺書だった)
幼馴染『伝えたいことは全部伝えたから、一つだけ』
幼馴染『あなたを、信じています』
男(……それがどういう意味なのかは、よくわからなかったけど)
男(ひとしきり泣き終えた俺は、やりのこしていたことを見つけた)
男「……エンゲージリング、買わなきゃな」
―夜の河川敷―
男「あはは、まさにあとの祭りってやつだ」
男「……いったい、どこで間違えたんだろう」
男(俺は不幸でいたかったんだ。ずっと)
男(だって、お前を失った俺は不幸なんだから)
男(それなのに)
男(先輩と出会って、友くんに出会って、友彼女さんに出会って)
男(君に出会って、幸せになってしまった)
男(……ほんとは、今すぐ君のもとへ駆け出したいのに)
男(……もう、動けない)
先輩「――よぉ」
男「……先、輩? なんでここに……」
先輩「言ったろーが。お前はいつか後悔する、って」スタスタ
男「……うん」
先輩「その時は、私がいてやるって」ピト
男「……」
先輩「歯ぁ、食いしばれ!」ブン!
男「……ぐっ」バチン!
先輩「何やってんだお前は!」
男「お、俺は」
先輩「何がしたいんだ、お前は!」
男「……俺は」
先輩「たしかにお前は不幸だったけどな」
男「……」
先輩「だからって、いつまでも不幸なままでいなくてもいいだろ!」
男「……」
先輩「後ろを見ながら歩くようなまねはもうやめろ!」
男「……」
先輩「前を向け、とは言わねーよ。でもな」
男「……」
先輩「お前の横には、お前を支えてくれるやつがいるだろーが」
男「……」
先輩「不甲斐なくて、どうしようもないお前に笑いかけてくれるやつが、いるだろーが!」
男「……」
先輩「……取り戻しに行けよ。いつか失った、宝物を」
男「……先輩」
先輩「これは、もういらねーよな」グイッ
男「腕時計……」
先輩「返してもらうぜ、クリスマスプレゼント」カチャ
男「……先輩」
先輩「早く行きな。お前の時計は、もう動き出してる。もう、だいじょうぶだ」
男「……うん」ダッ
先輩「ちっ。……バーカ」
先輩(あーぁ、私も早く彼氏ほしいなー)
先輩「あっはっは。……私も、もう卒業しなきゃな。クマさんパンツは」
友彼女「ん? おぉ、あれに見えるは男くん!」
男「!」
友彼女「急いでるみたいだねー?」
男「……行かなきゃ、いけないんだ」
友彼女「もしかして」
男「……」
友彼女「やっと、決心ついたんだね」
男「うん。……みんなのおかげだよ」
友彼女「えへへ。市立公園」
男「え?」
友彼女「女は、市立公園にいるから」
男「……」
友彼女「様子が変だったから、今友が見てくれてる」
男「……そっか」
友彼女「ほら、早く行きなさい。女心は秋の空なんだからね!」
男「うん、ありがとう!」
友彼女「えへへ。……がんばれ」
男「つ、着いた。市立公園」ハァハァ
友「おっせーぞ、男」
男「……友くん」ゼェゼェ
友「女なら、あっちのベンチに座ってるよ」
男「ありがとう、見ててくれて」
友「世話焼かせるぜ、ほんとに」
男「……それも、今回限りだね」
友「言うなぁ、おい」
男「……」
友「だったら、バッチリきめてこい!」
男「……うん!」スタスタ
友(……幸せにな、親友)
友「あ、気になるからやっぱ見ていこうかな……」
友彼女「ダメに決まってるでしょ、バカ!」パチィーン
友「いっつ! お前いたのかよ……」
―市立公園―
女(……よく、わからない)
女(悲しいのに、辛いのに)
女(心が、空っぽになってしまったみたい)
女(泣きたいのに、笑ってしまいそうになる)
女(空っぽな自分を、笑ってしまいそうになる)
女(……あぁ、一つだけ)
女(まだ、残っていた。この体を地面につなぎ止めている重し)
女(この体を高くまで飛ばしてしまいそうな想い)
女(あなたを、愛してる)
――女!
女「……え?」
男「女ぁ!」
女「……う、うそ……」ポロ
男「まだ、舞台は終わってない!」
女「……なんで……」ポロポロ
男「……俺は」スゥー
男「俺はっ! 『お前』を――」
―夏の暑い日―
男「セミがうるさいなぁ」
女「ほんとね、まるであの日のあなたみたい」
男「ぐっ。……いいだろ、別に」
女「うん。嬉しかったから、いい」
男「いつまでも言われるんだろうな……」ハァ
女「安心して。子供には内緒にしておくから」
男「気が早いってレベルじゃないからね」
女「早くても遅くても、ずっと一緒よ」
男「うん、きっと。……っと、ここだよ」
女「……キレイね」
男「命日が盆を過ぎてるからね」
女「もっとキレイにしましょう。暑いから、お水もかけなきゃ」
男「うん、もちろん。お花もね」
―――――
男「……幼馴染。お前と過ごした時間は、今もここにある」
女「……」
男「一生色あせないし、無くならない」
女「……」
男「お前は俺を信じていると言ったから」
女「……」
男「……これからの時間は、女と過ごすために使っていくことにするよ」
女「幼馴染さん……」
男「見守っててくれ。あの空の向こうから」
女(……その時、一条の優しい風がわたしたちの間を縫っていった)
男(供えられた花がその風に吹かれて、ほんの少しだけ揺れた、ような気がした)
男「……さぁて、行こうか」
女「うん。次はあなたの実家ね」
男「それ、つけていくよな?」
女「ふふ、その時までは外さないわよ」
男「大事にしろよ」
女「うん。宝物だもの。ね?」
女「……この、エンゲージリング」
おわり