1 : 名無しさ... - 26/07/31 01:23:17 NtDR 1/20【注意】
・このSSは、大阪にある小さな芸能事務所である728プロに所属するアイドルとプロデューサー、その周辺の人々を描くシリーズの一作です。独自設定と独自解釈が多数あります。
・オリP出ます。
・地の文ありです。
・短いです。
以上を踏まえ、お付き合いくださいませ。
前作 藤居朋「きっと、あたしが掴むもの」
https://ayamevip.com/archives/59925099.html
元スレ
【デレマス】20センチの背伸びをあなたに
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1785428597/
それは他のものよりは少し目立つ形で置かれていた。ちらりと目を向け、人は静かに通り過ぎていく。帯に与えられた言葉がやけに大げさに見えた。
まあ、たしかに嘘は言っていないのだろうが。穏やかな音楽と虚構まみれの言葉に囲われた、人形にも似た小説。かたわらの少女と重なる。真剣な目線はせわしなく上下に揺れ動いていた。
少女―橘ありすにとっては、あれはいくらか難解だろうか?彼は心の中だけで呟いた。彼女の好きそうな作品だが、古い作品だ。せめて新訳であれば聡い彼女なら読むことは出来るだろう。もし買うならそっちやろうな。
だが、不釣り合いな電子音にかき消されそうなほどの声で、彼女はなにごとかを呟いた。視線をあの小説へ向ける。見上げた瞳の底にある透き通った意志は、彼女に呼びかけるようで。一歩を踏み出そうとした傍らの男の足を止めるには十分過ぎた。
ありすはゆっくりと手を伸ばし……空気を何度か掴んだ。
「……なんであんなに高いところにあるんですか。非合理的です」
憮然として見上げるありすは、たしかに12歳の顔をしていた。円い輪郭が本来の主人を取り戻し、人心地ついているようにも見える。普段どれだけ22歳の顔をさせていたのだろうか、男は自らの首を絞めたくなった。いやそもそも俺は―いや、後悔はいい。自宅で首でも絞め直すさ。
「あそこの踏み台取ってこようか?届かんやろ」
目線を揺らしつつ、どうにか押し込んで抑えた声で尋ねる。独断専行を以て鳴る彼にしては珍しく、信念に従って取ってはならないような気がした。もっとも彼自身もそのまま手を伸ばしたのでは届かないのだが。
ありすはちいさく頬を膨らませた。こちらも抑えた声で主張する。瞳は真っ直ぐに彼の顔を見上げていた。こういったあたり、ありすの方がよほど大人なのかもしれない。
「いえ、自分で取ります!」
「そう?ほんまにいけるん?」
「もちろんです。踏み台なんかに頼らなくても、私の力で取ってみせます」
鼻息を荒くしたありすの姿に安堵を覚えた自分が、一番子供なのだろう。男は仮想のメモ帳に大きく乱れた字で書いた。
それからの三分間は永遠にも思えました。手を伸ばすだけでは届かない。なら、背伸びを。それでもあと少しのところで、私の小さな指では背をつかむことはできません。
やっぱりプロデューサーが言ったように、最初から踏み台を借りたら良かったのかな、そんな雑念を振り払います。私が自分の力だけで取ることに意味があるんですから。
ちらりと右に目を向けます。父親のような眼をしたプロデューサーと目が合って、きっと睨んですぐに本棚へと向き直ってしまいました。この人はいつもこう。私のことをどこかで子供扱いしています。そしてそうあるべきだと信じてるんです。
おまけに、私が考えてることに気がついてて。まるで私が本の登場人物みたい。世の中をもしかして長い長い小説だと思ってるのかも。だからあんなに老け込んで見えるんです。古風で、おじさん臭くて、皮肉っぽくて、でも私たちのことは見守っていて。
そこまで考えたときにふと気がつきました。いつか聞いたプロデューサーの年齢と、プロデューサーの行動。それがどうしても合わないことに。まるで10年は老け込んでいるような……
(あ、もしかして)
あの人も、背伸びしてるのかな。私みたいに何度も背伸びして、そのなかで何度も間違って。そしてできたんだとすれば。私はあの人が何年も前に歩いた道を、同じ方向に進んでるのかもしれない。
なんだか気に入らないけど、とにかく私は分かった、そんな気がしました。なら次は、今ここにいるんですよと、伝えなくちゃ。でもその前に。
足指の付け根が痛くなります。一回止めようとしたその瞬間、人差し指と中指が背に触れて。
くるりと一回転しながら、私が慌てて広げた小さな手の中で、本が何か言いたげな音を立てました。私の背伸びのおかげで、自分の力だけで本を取ったんです。
「取れましたよ!ほら!」
プロデューサーは喜ぶありすの顔を黙って見ていた。その表情は普段の彼を知るものには信じ難いほど柔らかい。どのような人間であっても父性は備わっているものなのだろう。
その表情に相応しい声で彼は言った。左手に持った鞄から財布を取り出すのも忘れない。
「よう頑張ったやん。ほな、買いに行こか」
「いえ、大丈夫です」
「え?」
間の抜けた声が出て、無意味に明るい店内BGMが一段と大きくなったように聞こえる。店内のざわめき、レジの音、店員の声、その全てがいちどに襲い掛かってきて、それを押し流すように答えが訪れる。
「あ、あの、自分で!自分で買うってことで!」
「自分で?」
誕生日プレゼントの名目で来たのを忘れたのか、そう言いかける。だが少し考えて、あることに思い至った。まあ、言う必要も無いだろう。
「分かった、行っておいで」
ありすは先ほどのプロデューサーに負けないぐらい、間の抜けた顔をしていた。
地下駐車場のなかに止めたのに、車の中はとても蒸し暑く感じました。最近のものには車外から冷房を入れる機能があるらしいですが、この車にはそんなものはありません。プロデューサーは冷えた珈琲に目を向けていました。私にはまだ分からないけど、美味しいのかな。
とにかく。素知らぬ顔で煙草臭い助手席に座って、意を決して聞いてみます。はぐらかされないように。
「―して」
「ん?」
「どうして、私が自分で買いたいって言ったのを止めなかったんですか。普段なら絶対に『甘えるのが子供の役割やー』ぐらい言ったはずです」
「……何でこっち来てんの?」
「誕生日特権です」
自分でも無理のある理屈だとは思いました。でもプロデューサーは低く笑いました。いつもの学校の先生みたいな声とは少し違う、ちょっとだけ固い声。
「ほなしゃーないな」
それが何のことを言っているのかは、言われずとも分かりました。彼は無言で車のエンジンをかけます。社用車とは少し違った、重いエンジン音がしました。私の沈黙と一緒に坂を上って、太陽の下に出ます。
赤信号の少し手前で止まった時、プロデューサーは重い口を開きました。
「人間は役者で、俺たちは演じきらなきゃならん。ありすもそうだってことを、その時思い出したんだ」
「……意味が分かりません」
「やろうな。そうなるように言うてるもん」
さっきまでの軽い笑いと一緒に、口元に笑みが浮かびます。いつの間にか景色が後ろに流れていくことにも気づきませんでした。
「ま、いつかわかってしまうんやろな。大人になってしまったときに。その時答え合わせに来てくれや。待つから」
「またそうやってはぐらかすんですか?」
「大人やもん」
「子供に答えるのも大人ですよ」
「天国を信じさせるのと同様に、な」
「だったら、なおさら言わないといけませんよ?このままでは無知の罪を犯してしまいますから」
小さく、本当に小さく。今までのどれとも違う笑いを浮かべたような気がしました。声を出す前に死刑台に呼ばれた囚人みたいな顔に変わって、プロデューサーは冷房の風を弱くしました。彼の言葉がけっして流されないように。
「……長くなるぞ」
「待つのは慣れてます」
「人間はな、立場に応じた役割がある。生徒、アイドル、娘、何でもいいが」
自分に置き換えなくても、言いたいことはわかりました。
「俺は普段ありすを子どもとして見てるのは、それが素を出せると信じてるからだ。ありすはどうも背伸びしがちだからな」
車は信号で止まり、そこで小さく息をつきました。片手でハンドルを握ったまま、コーヒーに手を伸ばします。一口飲んで、今度は深い息。フロントガラスの中のしぐさが舞台のワンシーンに見えたのは、きっと気のせいではありません。
「だがな、思ったんだよ。ありすが背伸びして本を掴んだ時。背伸びしてでも欲しいものを自力でつかむ、それがありすの見せたい橘ありすそのものなんじゃないかって。だったら俺も背伸びを止めて、目線を合わせるべきだって」
「!」
背伸び。私が、しなきゃいけないからしてたこと。それはもう、きっと私自身になっていたんだ。
「なら、後はわかるよな」
「いいんですか、それで」
「当たり前だよ。すくなくとも誕生日に望むことではないな」
普段よりも落ち着いた、ほの暗い声。眼鏡の奥から見定めるような目線。これがこの人の素なのかもしれない、そんな場違いなことを思います。やっぱり間違ってなかったんだ。
私の目線に気付いたのか、にっと口元が上がりました。あの見慣れた表情が戻ってきます。
「ま、そういうことやね。ちょっとドライブするか?誕生日プレゼントあげそびれてもうたし」
「いいえ、もっと欲しいものがあります」
たった今出来ました、そう付け加えて視線を向けます。真面目な瞳がちらりとこちらを見て、続きを促しました。
「私はこれからずっと背伸びをすると思うんです。プロデューサーの目の前では特に」
言葉を切ります。一瞬だけ目があいました。昔、駅で私の話を聞いてくれたあの時の眼差しと重なりました。話を真剣に聞いてくれた、あの時の。
きっと、この人なら。私の言葉を真剣に聞いてくれる。それが嬉しくてくすりと笑みがこぼれました。それに合わせるように言葉がすらりと流れます。
「だから、忘れないでくださいね?背伸びした橘ありすの目線が、あなたの隣にあることを!」
完
20 : 名無しさ... - 26/07/31 01:51:36 NtDR 20/20(ここでは)1ヶ月ぶりのSSです。去年のありす誕生日SSは長くて細切れになって気持ち悪いとかいう理由で速報に流した覚えがあるので、こちらに書くありす誕生日SSは初めてですね。あれ結構好きなんだけどな……
ちなみに20センチ背伸びするとありすは161センチになります。作中のPの設定がだいたいこれぐらい(正確には決めてません)というのもありますが、もう一人このSSのメインキャラに161センチの人がいるんですね。
それを踏まえた上で数ヶ月前のあのSSを読んでいただくと、また違ったものが見えるかもしれません。
完結報告してきます

