1 : 名無しさ... - 26/05/07 00:04:08 nn6A 1/41

【注意】
・このSSは、大阪にある小さな芸能事務所である728プロに所属するアイドルとプロデューサー、その周辺の人々を描くシリーズの一作です。独自設定と独自解釈が多数あります。
・地の文があります
・過去作「つきはいつだって」と関連する部分があります。

以上を踏まえ、お付き合いくださいませ。

前作 【デレマス】あなたと過ごす午前2時【728プロシリーズ】
https://ayamevip.com/archives/59817880.html

大槻唯「つきはいつだって」
https://ayamevip.com/archives/59165610.html

元スレ
【デレマス】こころをゆいあげて
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1778079848/

2 : 名無しさ... - 26/05/07 00:04:44 nn6A 2/41

 プロデューサーは黙々と仕事をしていた。春にしては随分と暴力的な日差しは、ひとしなみに人々を照らし出す。多くの人々は、それを爽やかなものだと捉えていた。だが彼だけはそうではありたくないと願っている。

 自分には違えるわけにはいかない使命がある、そう彼は信じていたからだった。であるならば、光に当たるのはそれを果たしてからでも遅くないというわけだ。

 一つの文書を書き終えたちょうどそのとき、ドアが勢いよく開いた。何だと思う間もなく黄色い影が飛び込んできて、

「PちゃんPちゃん!ねーねー聞いてよー!」

「おわっと、いきなりどないしたんや」

 彼の机を小さく揺らした。

3 : 名無しさ... - 26/05/07 00:04:49 nn6A 3/41

 現れた金髪の女の子ー大槻唯は極めて明るい人間だ。出会った頃こそ苦悩していたが、今となってはその面影は無い。誰からも愛される、この事務所の大切なアイドルだ。すなわち、彼が全てを賭けてでもより良い未来を与えるべき存在である。

 唯は無垢で眩しい笑顔を見せた。

「さっきさ、トレーナーちゃんからめーっちゃ褒められちゃって!」

「やるやん。何て言われたん?」

「最近の大槻はどんどんかっこよくなってる、練習やりこんでるって!」

「やろうな。最近の唯はほんまに頑張っとるもんな、休日の自主練とか」

4 : 名無しさ... - 26/05/07 00:04:53 nn6A 4/41

 事実だった。大槻唯がこの事務所に来て数カ月、彼女は順調にアイドルとしての階段を登っている。その要因はもちろん彼女が持つ明るさにあったが、かなりの努力家であるという点も見逃せない。天才が敬されるのと同様に、努力家も敬されるのだ。

 彼女のその一面をより見せていくべきかと彼が考え始めたところで、唯は爆弾を投げた。

「最近ネットでもみーんな言ってくれてるもん!」

5 : 名無しさ... - 26/05/07 00:06:01 nn6A 5/41

「唯、お前エゴサしとんの?」

 思ったより低くなった彼の声は、しかし唯には響かなかったようだ。

「うん!自分のアカでもしょっちゅー話してるんだー☆!」

「ネットには色々おるやろ、気ぃつけてるか?」

 彼は10年は前のインターネットの知識で話していた。

 彼はSNSを見ない。アカウントすら持っていなかった。世の中から急速に淘汰されつつある愚者ーSNSの害毒のみを聞かされて育ち、その言葉を信じていられた最後の世代であるからだった。ほとんどの人間は世の中に適応しつつある中で、その貴重な例外として知られていた。

6 : 名無しさ... - 26/05/07 00:06:35 nn6A 6/41

 なお、呆れたことに事務所の広報は基本的にアイドル任せである。この世紀に入ってから現れたいわゆる「会いに行ける」アイドル像を好んでいたのもあるが、人手不足という、自業自得でしかない現実も原因だ。

 それが厄介事を引き起こすのだが、これは可能性の話に過ぎない。すくなくともこの物語の時点では。

 視点を古びたビルの3階、安物の机の周辺に戻す。

「もち!ブロックや通報って機能もあるし、ぜんぜんへーわだもん!」

「やとええんやがな……」

7 : 名無しさ... - 26/05/07 00:06:42 nn6A 7/41

 眉間に皺が寄る。彼が唯を守ることが出来なければ、彼がここにいる意味がない。そうなる前に止めさせるべきか?いや、唯本人が楽しんでいるのならいいのか?

 答えは唯の方から示した。

「ねぇPちゃん、ゆいのこと信じてくれないの?」

「いや、信じてないとかや無くてやな」

「じゃあさ、ほんとにヤバいの来たら言うから!それやんなかったらゆいがちゃんとアカ消す、でどう?」

 彼女は自分から責任を背負おうとしていた。

8 : 名無しさ... - 26/05/07 00:07:15 nn6A 8/41

 プロデューサーの反応は滑稽ですらあった。慌てて彼女が責任を持つ必要などないと言い出したのだから。だが唯は冷静だった。

「ゆいのアカウントなんだから、ゆいがなんとかするもん!それがスジってやつっしょ?」 

 こう言われてしまえば、彼も何も言えなかった。彼自身が背負うものを減らすという利にもかなっていて、唯の意志も通すことができ、ファンは彼女とSNSで交流できる。損するものが誰もいない、さえたやり方。損得勘定に厳格な面のある大阪人たる彼が、それを拒む理由は無かった。

9 : 名無しさ... - 26/05/07 00:07:32 nn6A 9/41

 意気揚々と引き上げる唯をやや不安げに見送る彼は、しかし少し心が軽くなった。コーヒーブレイクを取ろうかと思い立ち、席を立つ。

「スジ、か」

 彼の言葉に訳すのなら、責任。彼女もまた、背負うべきもの。彼は小さく何度か呟いた。それが聖書の一節であるかのように。

10 : 名無しさ... - 26/05/07 00:08:54 nn6A 10/41

 すっかり日も暮れた頃。街をライトアップする光はこの事務所からも放たれていた。もっともプロデューサーの残業している3階のオフィスだけがその源ではない。事務所の4階、レッスンルームもそうであった。

 レッスンルームの大型の鏡の前で、姫川友紀はダンスをしていた。

 流れているBGMと同様にその顔つきは明るいが、紅潮していてどこか張り詰めたようなものさえある。滝のような汗はレッスンウェアに染みついてその重みを増やし、準備していたはずのスポーツドリンクは開封される事無く足元に転がっていた。

11 : 名無しさ... - 26/05/07 00:09:07 nn6A 11/41

 普段は自宅でやる自主練を事務所でしているのには理由があった。

 数日後に迫ったライブバトルー他事務所のアイドルとパフォーマンスを競い合うイベントだーに何としても勝とうと躍起になっているのだ。今まで勝ってきたように、今回も勝つ。そう決めたからには、捧げられる全てを捧げて備えなければならない。

 ステップ、ステップ、一周回って決めポーズ。また身体がブレた。疲労?そんなの言い訳でしかない。どんなシチュエーションでも、たとえ消化試合でも、最高のパフォーマンスを出す。もし情けない負けを晒してしまえば、あたしが今まで倒してきた相手に申し訳ない。

12 : 名無しさ... - 26/05/07 00:09:11 nn6A 12/41

 だから、妥協は絶対にしない。少しでもブレるなら、それはあたしがまだ完璧になっていないだけ。完璧になるまで繰り返す。それが練習だから。

 淡々とCDを操作して、先程ミスした部分を反復する。階段を登る誰かの足音が聞こえたような気がしたが、気にしようともしなかった。

13 : 名無しさ... - 26/05/07 00:09:52 nn6A 13/41

 学校帰りに事務所に立ち寄った唯がレッスンルームで最初に感じたものは、恐怖だった。熱のこもった部屋、畳まれたままのタオル、色の濃くなったレッスンウェア。彼女が何をどの程度していたかを、それら全てが雄弁に語っていた。

 自然と声は低くなった。

「ゆっきー?まーたレッスンしてるー」

「唯ちゃん!ほら、もうすぐ終わるからさ」

 唯に一瞥もくれずに友紀は踊り続ける。彼女にはやるべきことがあった。それはかわいい後輩である唯との対話より優先されるべき事柄である。

 唯は事務所の先輩として、友紀を尊敬していた。友紀に大きな大きな借りもあった。だが、いやだからこそ、彼女はタオルを放り投げた。友紀の首筋に目がけて。

14 : 名無しさ... - 26/05/07 00:10:06 nn6A 14/41

「唯ちゃん!流石にタオル投げるのは無しだよ!」

「こうでもしないと止まんないっしょ。仕方ないよ」

 唯は珍しく明るさを消した声を発した。友紀の動きが面白いように止まる。このような声になっているとき、大槻唯は怒っている。例えば、彼女が散らかりきった友紀の部屋に乗り込んできた時のように。

「ごめんね、唯ちゃん。心配かけさせちゃった」

「ゆいが怒ってるから止めるんじゃないでしょ?」

「……でも」

「休むのも大事なこと!ゆっきーはすーぐボーソーするんだから!休まないと本番で身体動かなくなっちゃうよ?」

15 : 名無しさ... - 26/05/07 00:10:10 nn6A 15/41

 心配と怒りを等量混ぜたような瞳。友紀はこれに弱かった。それを差し置いても、少し熱くなりすぎたのかもしれないと気が付きつつある。すっと熱が引いて、ぼやけ気味だった全景がはっきりと見えるような感覚。

 自分が何をするべきかに気がついた友紀は、流れっぱなしになっていたCDを止めて笑った。

「じゃ、今日は後は休みにしよっかな。ありがと、唯ちゃん!」

「ほんとっ?ちゃんと休む?」

「ほんとだってば。唯ちゃん心配しすぎだよー」

16 : 名無しさ... - 26/05/07 00:10:15 nn6A 16/41

 実際、友紀の身体はその主に不満を表している。これ以上レッスンをしようものなら、腱の断裂という形でストライキが起きることだろう。自分では気付いていなかったが、そろそろ潮時だった。

 豪快にスポーツドリンクを飲み干し、シャワールームへ向かう友紀は、狂熱から解き放たれた者の顔をしていた。

17 : 名無しさ... - 26/05/07 00:10:53 nn6A 17/41

 紙の前でシャーペンが小さく揺れる。浮かべて、書いて、消して、また揺れて。数語のための永遠がそこに広がっていた。

 自分は何でこんなアンケートに答えなければならないのだろう、橘ありすは過去の自分を恨みたくなった。

 出演者が自分で立てた目標に向けて1ヶ月間行動するバラエティ。そのオファーが来た時、ありすはそれ程深くは考えなかった。自分がアイドルという道を選んだ以上、そういうオファーが来ることは当然のことである。

18 : 名無しさ... - 26/05/07 00:11:20 nn6A 18/41

 だが、今自分が何を目標にしているのか?

 そう問われたときの答えであったはずの、「歌にまつわる仕事に就く」を達成していることに気がついてしまったのだ。アイドルに求められるのは歌だけではない、という言葉は一面の事実だったが、彼女は愛らしさではなく歌唱力によって地歩を固めつつある。

 早い話、ありすは自分を見失いつつあったのだ。12歳という若さで自分に定義を与える意味の有無を別にするのなら、それは極めて深刻な問題でもあった。

19 : 名無しさ... - 26/05/07 00:12:24 nn6A 19/41

 机が急に暗くなった。疑問を挟む間もなく声が降り注ぐ。顔を上げれば、優しい瞳が見下ろしていた。

「ありすちゃーん?」

「唯さん……今考え事してるんですが」

 つっけんどんな言い方になってしまう。ありすはこの先輩が少しだけ苦手だった。彼女にかかれば全ての悩みが笑い飛ばすべきことのように思えてしまうから。

「ねーねー、遊ぼーよー!」

「はいはい、これが終わってからです」

「それ今度のお仕事のっしょ?ぱーっと書いちゃえばいいじゃん!」

「それが出来たら苦労しないんですよ!」

20 : 名無しさ... - 26/05/07 00:12:27 nn6A 20/41

 重々しく鳴った机が沈黙をもたらした。彼女の年齢を考えるなら、あまりにも大きな音。ざわめきが潮を引くように遠のいて、いくらかの間をおいてまた押し寄せる。彼女の苦悩一つで止まるには、この事務所は忙しすぎた。

 だが大槻唯にとって、愛すべき後輩の苦悩は自らもまた請け負うべきものであった。だからこそ、彼女は何事も無かったかのような顔をして横に座ったのだ。

21 : 名無しさ... - 26/05/07 00:12:45 nn6A 21/41

 唯はトーンに気を遣いつつ諭した。

「ありすちゃん、これさ、1ヶ月ぐらいのお仕事っしょ?」

「……そうですが」

「ってことはさ、1ヶ月で出来なきゃヤバくない?」

「あ」

 ありすを纏っていた思考の靄が急速に晴れていくのが分かる。少なくとも、彼女がどれほど努力した所で大きな目標を1ヶ月で達成することは出来ないことに気がついたのだ。彼女は141センチには大き過ぎる未来を確かなタッチで描いていたが、それは夢想することと同義ではない。

22 : 名無しさ... - 26/05/07 00:13:06 nn6A 22/41

 唯はありすの聡明さに感謝しつつ、そこを逃さなかった。

「だったらさ、めーっちゃシンプルなのにしようよ!コーヒー飲めるようになる、とかさ!」

「こ、コーヒーぐらい飲めます!」

「マジ?みんなにもそれ言える?」

 この事務所では、コーヒーとはブラックコーヒーのことを指す。たった一人のコーヒー愛好家がそれを定義付けてしまった。

23 : 名無しさ... - 26/05/07 00:13:22 nn6A 23/41

 やや間があって、弱々しい反論が帰ってきた。

「……いちごを入れてもいいはずです。コーヒーの楽しみ方は人それぞれですから」

「たぶん合わないと思うよ?」

 その味覚を改めた方がいいのではという言葉を飲み込むのに、唯はそれなりに苦労した。ともあれ、ありすが自分の悪癖ー思考の坩堝にのめり込む、思索家にありがちなそれーから抜け出せたのは、大槻唯という存在あってのものであった。

24 : 名無しさ... - 26/05/07 00:14:51 nn6A 24/41

 誰もいない屋上。傾きつつある日差しの下で、藤居朋は紅茶を飲んでいた。

 魔法瓶の中の紅茶には、たっぷりの砂糖といくらかのミルク。遠く鳴る喧騒とやや汚らしい空気、吹き下ろすビル風(事務所の入居するビルは近隣のものより一回り低い)の元でもなお、それは彼女を落ち着けてくれる。

 まだ事務所に来てそれほど経っていないが、この静かさが彼女のお気に入りの場所になっていた。

 小さなため息がこぼれる。正直なところ、この事務所は彼女にとってあまりにも騒がしい所でありすぎた。物理的な騒音ではない。あえてよく言うのなら、個性というのだろうか。

25 : 名無しさ... - 26/05/07 00:14:57 nn6A 25/41

 プロデューサーは全てを背負おうとしてる。姫川友紀ちゃんは全てをアイドルに捧げてる。橘ありすちゃんは全てに答えを出そうとする。そして大槻唯ちゃんはーまだあんまりわかんない。

 占いを得意とする彼女は、占いを習得する過程で必然的に人間の見方も習得した。占いとはただカードや水晶玉と対話する行為ではないからだ。ともあれ、人間観察という特技は彼女を作り上げるのに大きな影響をもたらした。つまるところ、彼女は「見えすぎる」のだ。

 人間の性格、思考回路、それを形作る何ものか。藤居朋にはその輪郭が見える。そのたびに、日記帳を見てしまったような申し訳なさを覚えていた。

26 : 名無しさ... - 26/05/07 00:15:01 nn6A 26/41

 もう一度ため息がこぼれた。

 もちろん、止めればいいことぐらい分かってる。それが出来たら苦労はしない。あたしという人格を作り、役に立ってくれてるものを捨てることができるぐらい、あたしはできた人間じゃない。

 なら受け入れるしかない。でもどうやって?それを決めるためのカードは一組しかなかった。

27 : 名無しさ... - 26/05/07 00:15:29 nn6A 27/41

 タロットを繰っていると扉が開いた。

「おーっす朋ちゃん!」

「唯ちゃん、どうしたの?」

 現れた唯はカードに惹かれたのか、小走りに駆け寄ってきた。そういえば、唯ちゃんを占ったことはまだ無かったわね。

「なになに?占い?」

「そ!タロットカードを使って占ってみようかなーって」

「占い!ねーねー、ゆいにもやってよー!」

28 : 名無しさ... - 26/05/07 00:15:34 nn6A 28/41

 吹き付けていた風が凪いだような気がした。反比例するように心がざわめく。もし、この場で何か大きなことを聞かれた時。あたしはちゃんとした答えを出せるの?それが出来るぐらい唯ちゃんのことが分かってるの?

 時間が引き延ばされたような感覚は、唯ちゃんの口が止めてくれた。

29 : 名無しさ... - 26/05/07 00:15:55 nn6A 29/41

「今度のお休みにどこに遊びに行ったらいいか占ってよ!」

 大阪らしいリアクションを取りそうになって、知らず知らずに入っていた力が抜ける。そうよね、占いなんて人生を左右するような大きなことばかりやるんじゃないもの。あたしが見たものが、そういう軽いことに使えるならいいじゃない。

 で、唯ちゃんの相談だけど。まぁ定番なら遊園地、あとはゲーセンとか。いやそれより聞くことがあるじゃない。

「それは誰と一緒に行くかにもよってくるんじゃないかしら……?」

「ほんとだ!えーっとね……」

30 : 名無しさ... - 26/05/07 00:15:58 nn6A 30/41

 指をくるくると回しながら考える唯ちゃん。その目は本気で遊びの予定を考えている一方で、どこか安堵も混じっているように見えた。考えてみたらちょっと変だ。「遊びに行く」って予定を立てるときに、1人で行くのかぐらい決めてるのが普通じゃない?ってことは、この話は。

 朋は見抜いてしまう自分を受け入れられた一方で、唯の輪郭をつかみ始めていた。

31 : 名無しさ... - 26/05/07 00:16:40 nn6A 31/41



 学校からの帰り、大槻唯は事務所に向かっていた。ゴールデンウィーク明けの多少憂鬱げな街の中で、それでも唯は普段通りの明るさを発揮している。

 それは数日前埼玉からやってきた両親と遊んだから、だけではない。今日は年に一度の特別な日。天気が彼女の願いを聞いてくれたばかりとあれば尚更だ。

 だが彼女の心の生真面目な部分は別のことを考えていた。今日はありすの出演する番組の収録日だったことを思い出している。あの時、あんな感じで答えてよかったのかな?ありすちゃん、怖くなかったかな?

32 : 名無しさ... - 26/05/07 00:16:46 nn6A 32/41

 いつだったか、プロデューサーから言われた言葉が頭のなかにある。「太陽のように自分の力で輝きながら、夜空を照らす月のように優しく、迷ってる人に道を示す」だっけ?それはきっとゆいにしか出来ないことで。

 ゆっきーみたいにジョーネツで示すのも、Pちゃんみたいに背負いこむのも、ありすちゃんみたいにキッチリ証明することも、朋ちゃんみたいに完ぺきに見抜くのも、ゆいにはできないから。なら、出来ることをやる!

 肩を何度も叩く手が、彼女を引き戻した。

33 : 名無しさ... - 26/05/07 00:17:31 nn6A 33/41

 声の主は朋だった。今日はオフだったような気がするけど。

「朋ちゃん!どっか行くの?」

「自主練。それより事務所のライン見た?」

「ライン?……あ、ありすちゃんだー!」 

 アイドルたちのグループラインでは、ありすが仕事前に取ってもらったらしい写真が何枚も出ていた。コーヒーの本を読むところ、缶コーヒーを買うところ、乱入してきたらしい友紀(後で聞いたがサプライズゲストだったそうだ)にコーヒーを飲ませようとするところ。

 それぞれが彼女らしさを見せている、いい写真だった。

34 : 名無しさ... - 26/05/07 00:17:41 nn6A 34/41

 ふと、悪戯心が湧いた。きっと朋ちゃんは気づいてると思うけど、大切な友達から言われるのも嬉しいもんね。

「ところで!今日は何の日でしょーか!」

「唯ちゃんの誕生日でしょ。忘れるわけないじゃない」

 あっさりとした答え。まぁ、朋ちゃんはケッコーあっさりしてるし。うん。

 不意に肩が回され、朋ちゃんの顔が近くなる。声帯を震わせる間さえなく、綺麗な声が真正面からやってきた。

35 : 名無しさ... - 26/05/07 00:17:54 nn6A 35/41

「だからさ、あたしたちにも頼ってよ。もっと」

36 : 名無しさ... - 26/05/07 00:19:09 nn6A 36/41

「へ?ゆい、しょっちゅー頼ってるよ?」

「それ以上にあたしたちが頼ってるの」

「それはゆいがやりたいからやってて!」

「そ、そういうことじゃ……」

 くりくりとした瞳が小さく歪む。やべ、言いすぎちゃった。

 朋は、怯んだ一瞬を逃さなかった。

37 : 名無しさ... - 26/05/07 00:19:15 nn6A 37/41

「いーい?唯ちゃんは月だって言ってたわよね。輝きながらでも優しく誰かを照らせる存在になりたいって。あいつや友紀ちゃんから聞いた」

「でも、月ってずっと出てるわけじゃない。それでも月はそこにあるでしょ?」

「……うん」

「それでいいの。頑張るのは大事なことだけど、それで壊れちゃったら何にもならないもの」

「見えぬものでもあるんだよ、ってこと?」

「そこまで責任感じるものでもない、ってこと。唯ちゃんには唯ちゃんのやり方があるのは知ってるけどね。それにー」

38 : 名無しさ... - 26/05/07 00:19:28 nn6A 38/41

 ーそれに、つきはいつだってここにもあるもの。

39 : 名無しさ... - 26/05/07 00:19:33 nn6A 39/41

 朋ちゃんの気恥ずかしげな声が聞こえた。ちょっと考えて気付いて吹き出す。確かに、朋ちゃんにはつきがあった。

「なにそれー」

「笑わなくたっていいでしょー?結構恥ずかしいのよ、これ」

「笑ってないもん!ただちょっと……嬉しかっただけ!」

 そう。雨はみんなに降ってくる。なら傘を差す人がいたっていい。ゆいだけが差さなくっても、もちろんおっけー。

40 : 名無しさ... - 26/05/07 00:19:46 nn6A 40/41

 見上げた青空は澄み渡っている。唯と朋はビルの狭間にあったそれを何を言うでもなく眺めた。一筋の飛行機雲が空へと溶けて見えなくなったのをみて、唯は大きく一歩を踏み出した。光溢れる未来は、確かに彼女の前に広がっているのだから。





41 : 名無しさ... - 26/05/07 00:25:24 nn6A 41/41

昨年の唯誕生日記念SS「つきはいつだって」では、唯がPに「誰かを優しく照らし出すことが出来るのは唯だけだ(要約)」と言われます。それに対して他のアイドルがツッコミを入れるとしたらこうなるのかなと思って書きました。

ふじともがこの役を担ったのは最後のセリフを言わせたかったのが半分、シリーズにおける藤居朋の動きがハマってると思ったのが残り半分、ってところです。あと年上なのでこういう時に唯ちゃんが頼りやすそうだなってのも。

完結報告してきます

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