1 : VIPに... - 2012/03/22 11:12:42.74 2R8tP0cW0 1/37



(“天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず”)

(この一文には、続きがある。)



  “天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず
   と言われているけれども
   世界を見渡すと
   賢い人、愚かな人、貧乏な人、金持ちの人、身分の高い者、低い者とある。

   その違いは、何だろう?”



(……答えは、明白だ)

元スレ
男「自殺に、勇気などいらないよ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1332382362/

2 : VIPに... - 2012/03/22 11:15:05.08 2R8tP0cW0 2/37


人は誰しも生まれつきは平等であった。
それが成長してゆくにつれ、人と人との差異、優劣が、顕著になってゆく。
何故か。


福沢諭吉は言った。



  “賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるに由ってできるものなのだ。
   ただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり、富人となり、
   無学なるものは貧人となり下人になるのだ。”





(……愚人、下人。)

(俺も、どこかで、見下していた。ずっと、見下してきた)

(学ぼうとすればいくらでも学ぶことのできる時代に、俺たちは生まれたんだから。)

(俺たちはきっと幸せだ。)

(…………諭吉さんに言わせれば。)

3 : VIPに... - 2012/03/22 11:18:28.98 2R8tP0cW0 3/37


バタン



「あら、どこ行ってたの?」

「…………本屋」

「そう。もうすぐ夕飯だからね」

「……」



ガチャ



「あ、お兄ちゃんおかえりー!お母さん、私ちょっと本屋さん行って来るね」

「あら!試験近いんでしょう?いいわよ、お母さんが代わりに行ったげるわ」

「ううん、いいよ。気分転換になるし。いってきまーす」

「夕飯までには帰るのよー」

「……」



バタン



「偉いわね、妹」

「あぁ」

「……あんたも、たまには――」

「じゃ俺部屋に戻ってるから」

バタン



「…………」

4 : VIPに... - 2012/03/22 11:20:42.85 2R8tP0cW0 4/37


自室に戻るなり、ベッドに倒れこむ。
目を瞑り、体を沈める。


そして日課のように、半年ほど前の会話を回想する。

5 : VIPに... - 2012/03/22 11:25:12.89 2R8tP0cW0 5/37


医師『睡眠障害っていっても色々あってね』

医師『男くんの場合は“内科・精神科的睡眠障害”、それと断定は出来ないが“睡眠相後退症候群”、これに当てはまると思う』

医師『“内科・精神的”――この部分についてだけど』

医師『前にも言ったけど……
   勉強へのプレッシャー、家族――特に両親の不和、それらが幼少の頃より積み重なったためのストレス……
   原因はこんなところだろうね。
   これらの問題は、不登校に繋がることがとても多いんだ。
   逆に言うと、不登校の子どもの半数以上は、これらの事例に当てはまっている。』

『それで……今の俺の状態は……その、病名とかは』

医師『うーん、難しいことを言うね。
   精神的な問題にはっきりとした病名をつけるのは難しいんだけど……
   まぁ“うつ病”それに“不安障害”が掛け合わされたもの。
   そんなところですね。』

『そうですか……』

医師『最近、調子はどうですか?』

『最近……は、なんだか、勉強が頭に入ってこなくて……教科書とか開いても、ちょっと、座って居るのが辛くて』

医師『……うん。今の君はたぶん、まだ勉強できる段階ではないと思う』

『えっ』

医師『今までのストレスで、物事を集中して考える、暗記する、そういった思考回路が壊れてしまっている。
   これはいったん壊れると、そうすぐに元通りにはならない』

『……どうしたら、また、ちゃんと勉強出来るようになりますか』

医師『うーん、難しいんだ、こればっかりはね……しっかり休んで、気持ちを落ち着けて、徐々に治していくしか……』

『徐々に……。具体的には、どこくらい……?』

医師『数ヶ月で治る人も居れば、何年かかっても難しい人もいる。
   まぁ君の場合、治すのが難しいってことは無いと思うけど』

『……』

医師『でも君は良くやっているよ。
   家庭環境が良くない家に育つと、自然と兄弟の仲も悪くなってくるものなんだ。
   でも、妹さんとはうまくやってるんでしょ?』

『ええ、まぁ』

医師『とにかく、前回と同じ薬出しておきますね。様子を見ましょう。』

『……はい』

医師『大丈夫、時間はかかっても必ず治るから。焦らずにね。』

『……はい、ありがとうございました』

6 : VIPに... - 2012/03/22 11:33:50.64 2R8tP0cW0 6/37


(“様子を見ましょう”……)

(そう言われ続けて、もう何ヶ月経つだろう)

(いつまで様子見なんだよ、俺は)

(いつになったら、前進するんだよ)

(…………)



コンコン



「夕飯できたから、食べちゃいなさい」

「妹待ってなくていいの?」

「何言ってんの、あんたの分だけよ。
  別々に食べたほうが……あんたもその方が良いでしょ?」

「……ん、そうだね」

10 : VIPに... - 2012/03/22 13:44:41.94 2R8tP0cW0 7/37


「……学校、もうどれくらい休んでるかしら」

「……」モグモグ

「半年くらいかな?でも最初の頃は途中登校してたし、
  実質4ヵ月半くらいかしら」

「……そうかもね」カシャカシャ

「……勉強はどう?うまくやれてる?」

(ドキッ)

11 : VIPに... - 2012/03/22 13:47:24.27 2R8tP0cW0 8/37


「あのね、あんたは昔から真面目で、頭が良かったし、T大学も夢じゃないと思ってる。
  でもやっぱり、休んでる分、勉強しないことには……」

「……分かってるよ」カシカシ

「それにこのままじゃ卒業だってできな」

「ごちそうさま」ガシャン

「…………」

「……部屋に戻るよ。もうじき妹も帰ってくるだろうし」


ガチャ


「あのね男、これは、男のために言って」

「勉強ならするよ。いや、してる。心配しなくていいから」



バタン


「…………」


(…………はぁ)

12 : VIPに... - 2012/03/22 13:51:05.36 2R8tP0cW0 9/37


ギシッ バサ バサ



(一応、机に向かって、教科書を広げてみたものの)

(……やっぱりダメだ)

(文章が全く頭に入ってこない)

(日本語なのに……外国語を訳して噛み砕いている気分……)

(これじゃ集中力が続くわけがない……ましてや問題を解くなんて……)



  『しっかり休んで、気持ちを落ち着けて、徐々に治していくしか……』



(…………)


(ネットでもするか。しばらくパソコン触ってなかったし)

(気分転換、気分転換)

13 : VIPに... - 2012/03/22 13:56:02.68 2R8tP0cW0 10/37


ガチャ


「ただいまー」

「あ、おかえり妹。早かったわね」

「うん。お兄ちゃんは?」

「部屋にいるけど……どうして?」

「受験勉強の差し入れ買ってきたんだー」

「気が効くわねぇ。今勉強中だからあんまり邪魔しないのよ」




(やっべ)パタン バサバサバサ

14 : VIPに... - 2012/03/22 14:02:43.63 2R8tP0cW0 11/37


コンコン


「お兄ちゃん、ちょっといい?」

「あぁ」


ガチャ


「あ、ごめん、勉強中だった?」

「いいよ別に……何?」

「受験勉強大変だと思って、ハイ、お夜食」

「わざわざ、良いのに」

「そんな!だってT大目指すなんて尊敬するもん、私」

「……センターまでまだあるし、受けると決まったわけじゃ」

「もう、お兄ちゃんの謙遜は小さい頃から聞き飽きてるよ。
  はい、お兄ちゃんの好きなビターチョコと、無糖のコーヒー、鮭おにぎり……
  あとはちょっとしたお菓子と、そしてコレ!」

「?」

「眠眠打破と、メガシャキ!お兄ちゃんのお供でしょ?
  私もたまに飲むけど、よく効くよねー。
  睡魔は勉強の大敵だもんね!」

「……ハハハ、そうだな」

「じゃ私、夕飯食べてくるね」

「あぁ、ありがとう」

「ううん。がんばってねー!」


バタン


(…………)

15 : VIPに... - 2012/03/22 14:07:57.21 2R8tP0cW0 12/37


“この瞬間を頑張りたい人に!がんばるあなたにこの1本!!”

“負けられないその瞬間に!”

“仕事、勉強、ドライブに、 活 性 持 続 !”



(……)カサカサ



“寝るまえ 1日1錠 マイスリー10mg グッドミン0.25mg

 短期型睡眠導入剤 自然な入眠を誘い、中途覚醒を防ぐおくすりです”






(…………はぁ)

16 : VIPに... - 2012/03/22 14:14:17.17 2R8tP0cW0 13/37


ガラガラガラ


(お。)

(今日は星がよく見えるな)



空を仰ぐ。
しばらく星空に惚ける。




(やること無いなぁ)

(昔は空いた時間は勉強だけだったからなぁ)

(友達とも……もうしばらく会ってないな)

(休み始めた頃は連絡もあったけど、今ではすっかり無くなった)

(時間のつぶし方が分からない。……って、贅沢な悩みだよな)

(デスマーチ真っ最中の人に言ったら、本気で殺されそうだ)

(だから世間じゃ、甘えなんて言われてるんだろうなぁ)

(ハハ……)

19 : VIPに... - 2012/03/22 14:20:44.07 2R8tP0cW0 14/37


(……あ!)



窓から見下ろすと、中学校の頃の同級生2人が歩いていた。
同じ学ランを着て、忙しそうに家路を急いでいる。



(アイツら、同じ高校に行ったんだ)

(2人とも受験生だから、塾帰りかな?)

(何話してんだろ……って、センター近いしやっぱ受験の話かな)




同級1「あ、そういやココ、男の家だ」

同級2「男?男ってあのT高受かった?」

同級1「そうそう」



(ん?あれ、俺の話……?)

20 : VIPに... - 2012/03/22 14:22:45.71 2R8tP0cW0 15/37


同級1「めっちゃ頭良かったよなぁ、男」

同級2「あぁ、確かに。凄ぇヤツだと思ってたけど」

同級1「? けど何だよ」

同級2「いや、でも今はなんか、不登校なんだろ?」



(あ……)



同級1「マジ?なんでアイツが?」

同級2「さぁ。でもあんな頭良いヤツが学校行かなくなるんだから、イジメとかじゃね?」

同級1「ふーん……でもありうるなぁ。アイツちょっと真面目すぎるトコあったし」

同級2「勉強だけ出来てもね。今の時代コミュ力大事じゃん?学歴もだけどさ」

同級1「天は二物を与えずってヤツか」

同級2「中学ん時はあんなエリートもいんのかーと思ってたけどね。案外俺らの学年でアイツが一番悲惨なんじゃね」




(……!)

21 : VIPに... - 2012/03/22 14:29:38.16 2R8tP0cW0 16/37


同級2「俺らも落ちこぼれないようにしねーとなー」

同級1「就職氷河期とかいうし……先が見えねーよホント」

同級2「就職よりもまず受験だろ」

同級1「そうだけどさー、不安じゃん」

同級2「まぁなー……俺も将来は不安だよ」







(…………)

(“落ちこぼれ”…………)

(ちゃんと高校行って、勉強してるアイツらでさえ、先が見えないような世の中なのに)

(まして、俺は)

(…………)







零れそうな星空が、とても味気なく見えた。
風が流れ込み、教科書がぱらぱらと揺れた。

22 : VIPに... - 2012/03/22 14:39:15.60 2R8tP0cW0 17/37


(俺は)

(取り柄だった。勉強が。ずっと。)

(コミニュケーションだって、上手くやってきたつもりだ。)

(…………)




(いつから……どうして、こんな風になったんだろう)




――ダンッ!




不意に、居間からテーブルを叩く音がした。
父親の怒気を帯びた苛立たしげな声が聞こえる。
いつの間にか、仕事から帰宅していたらしい。


思わず耳をすます。

23 : VIPに... - 2012/03/22 14:48:01.49 2R8tP0cW0 18/37


「いいか。今の時代、大学を出ても就職が厳しいことくらい、分かってるだろ」

「ましてや高校中退だなんて」

「まだ中退すると決まったわけじゃ……」

「何を呑気なことを言ってるんだ!半年も欠席してるんだぞ。義務教育とは違うんだ」

「で、でもあの子も精一杯やっているようだし……」

「アイツのどこがどう精一杯なんだ。
  俺たちの頃とは大違いだ。
  全く、昔はもっと真面目だったのに……。
  アイツはちょっと、育て方を間違えたかも知れん」

「お前は世間の目を知らないかもしれないが、中卒より高校中退の方が質が悪く見られるんだよ」

「……」

「あいつは今どれくらい勉強している?」

「え……家で見る限りだと……3時間くらいかしら……?」

「…………はぁ、全く」

「呆れて物も言えない……。あいつはT大志望だったろ?」

「ええ、確かそうだと思うわよ」

「だったらそんなもので足りるわけが無いと、あいつだってそのくらい分かるだろ?
  学校休んでる場合じゃないだろ!何を考えてるんだ男は」ダンッ

「あなた、テーブルにあたらないで……ご近所に聞こえちゃうわ……」

24 : VIPに... - 2012/03/22 14:56:15.29 2R8tP0cW0 19/37


「……まぁ学校に行けないのは仕方ない。睡眠のリズムがおかしいとか、そういう病気なんだろ?」

「ええ……あ、でも今は薬のおかげでぐっすり眠れているみたいよ」

「まぁ受験生なら睡眠時間が足りないくらい当たり前なんだがな……」

「ただ……とにかく、家にいて勉強しないのは怠惰以外の何ものでもない。
  一度分からせたほうが良いかも知れないな……」

「…………え、ええ、そうよね。あ、夕食、用意するわね……」






(ふー……)

(…………)

(怒るのも……仕方無い……か)




傍から見ると怠けているようにしか見えない。
それは人に腹立たしさを与える。
理解など得られない。
これはそういう病気だ。
それはもう十分、身にしみて、痛いほど分かっている。
分かっている。
当然の反応だ。
分かっている。





(……もう、寝よう)

25 : VIPに... - 2012/03/22 15:04:35.34 2R8tP0cW0 20/37


(えーと)カサカサ カチカチ




・マイスリー   (睡眠導入剤)
・グッドミン   (  〃  )
・アナフラニール (抗うつ剤)
・レメロン    (  〃 )
・セパゾン    (向精神薬)
・デパス     (  〃 )




(水、水っと)ゴクゴク

「ぷはー」

「……」



(薬を飲んだ後だけだ、心が穏やかになるのは)

(心地良い眠気と、向精神薬特有の多幸感……)ボーッ

(今の俺には、これ以上の安らぎは無い)

(というか、俺にはこれしか無い)

(麻薬中毒と同じ、ただの薬漬け……)

(こんなの普通じゃない。それは分かってる)

(……きっと、同い年の人達は、今ごろ、色んな楽しい体験をしてるんだろう)

(青春……人生の春……希望……活力……夢……将来……友達)

(みんな、俺は失った。戻ってくるとも、思えない)

(俺は、何のために)

(…………考えるのは疲れる。寝よう)バサッ

26 : VIPに... - 2012/03/22 15:11:39.70 2R8tP0cW0 21/37



シーン・・・






















27 : VIPに... - 2012/03/22 15:13:08.14 2R8tP0cW0 22/37
























ガバッ!



「眠れない……」

28 : VIPに... - 2012/03/22 15:16:19.99 2R8tP0cW0 23/37


(……どうしてだ)

(今日は通院も兼ねて散歩してきたし、本屋で少しだけ読書もした)

(心身ともに、ある程度疲れはあるハズなのに)

(ちゃんと薬も飲んだのに)

(こんなの初めてだ……いつもなら嫌でも途中で意識が途切れる……)



「何故……」



(眠っていれば、何も考えずに済むのに)

(…………)イライラ

29 : VIPに... - 2012/03/22 15:19:37.79 2R8tP0cW0 24/37


時計は夜中の0時過ぎを指している。
まだ目が暗さに順応しきれていない。
薬の副作用で口が渇く。

脳が意識を飛ばすことを許さない。







「……」イライライライラ

30 : VIPに... - 2012/03/22 15:22:49.80 2R8tP0cW0 25/37


寝転んだまま上を睨む。
目の先は闇。
自然と眉間に力が入る。

思わず歯を食いしばる。
手に汗をかく。




突如、不安が爆発しそうな感覚に襲われた。

31 : VIPに... - 2012/03/22 15:25:47.60 2R8tP0cW0 26/37


苛立つ。
辛い。
憎い。
情けない。
やるせない。
苦しい。
許せない。

何が?何を?誰に対して?何故?



終日ぼーっとしていた頭が突如フル稼動する。
頭に血が上る。
体温の上昇を感じる。
動悸の音が煩わしい。
突発的かつめまぐるしい感情の起伏に動揺する。
胸を激しく執拗に抉られる感覚。




何故俺がこんな気持ちになる?
何故俺がこんなにも苦しむ?
俺が何をした?誰を虐げ誰を傷つけた?
俺の今のこの生活は何の代償だ?




何故俺が。

何故俺が!

何故!

32 : VIPに... - 2012/03/22 15:32:56.94 2R8tP0cW0 27/37


真夜中の静寂。
刺すような、冷たさ。



ふと、枕元の水が残ったガラスのコップが目に入る。
それには僅かなヒビがあった。
そのヒビになぜか目が釘付けになる。

ひび割れた、ガラス。




「――」ド ク ン




頭に警告音が鳴り響く。
聞こえないふりをする。



自分が人前でコップを床に叩き付けるさまを想像する。

小気味良い破壊音。

無秩序に飛び散る破片。

ガラスが頭を割る。

破片が頬を切る。

誰かの悲鳴。

原形をとどめない、コップ。



「…………」ドクン


「」ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン

33 : VIPに... - 2012/03/22 15:34:18.97 2R8tP0cW0 28/37


と、不意に、静寂が破られた。





トン トン トン


足音だった。

妹が起きてきたらしい。
トイレだろうか。



「…………」ドクン ドクン ドクン ドクン



コップを手に握り締め、妹がいるであろうトイレに向かった。

34 : VIPに... - 2012/03/22 15:42:06.89 2R8tP0cW0 29/37


男は、これまでの人生において、並の人間関係を築いてきた。
大人数と共に過ごす時間もあった。
その中で、気の知れぬ人と接する機会も少なからずあった。
人を気遣うことはあっても、人を故意に傷つけるということは皆無と言ってよかった。


それ故に。



「悪意で以って人を傷つける」
その味は男にとって未知数であった。



その味は、悪感か?空虚か?
はたまた、快感か?悦楽か?



知ろうとも思わなかった。




――今この瞬間までは。

35 : VIPに... - 2012/03/22 15:44:26.40 2R8tP0cW0 30/37


「」ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン



憎い。
許せない。

誰を?

妹?

……違う。



妹が憎いのではない。
妹が許せないのではない。
そんなことは関係ない。



たまたま、妹がそこにいただけ。
たまたま、妹が背後の俺の存在に気づかなかっただけ。
たまたま、俺の手にガラスのコップが握られていただけ。

たまたま、感情の制御が効かなかっただけ。



俺じゃない。これは俺じゃない。いつもの俺じゃない。俺じゃない。誰も悪くない。俺は悪くない。









――――ガ シ ャ ン !

36 : VIPに... - 2012/03/22 15:53:37.00 2R8tP0cW0 31/37


「お……お兄ちゃん……?」






「どうしたの……コップ、落としちゃって」



「…………い、」

「いや、手が滑って……。怪我、無かった?」

「私は大丈夫だよ。……お兄ちゃんこそ、大丈夫?」

「あぁ、平気。ごめん、驚かせて」

「そう。なら、良かった……」

(……)ドクン ドクン

37 : VIPに... - 2012/03/22 15:56:03.80 2R8tP0cW0 32/37


「片付け、手伝う」ガシャ ガシャ

「いや、いいよ。トイレに起きたんだろ?俺片付けるから、妹はもう寝てろ」ガシャ ガシャ

「……そう?じゃ、私部屋に戻るね。お兄ちゃんも、無理しないで早く寝なよ」

「あぁ、ありがとう。おやすみ」

「おやすみ」


バタン


「…………ふぅ」ガシャ ガシャ ガシャ

(……)ドキドキ

(危なかった)

(何やってんだ、俺は)

(妹を傷つけるなんて……)

(そんなことしたら、俺は晴れてキチガイの仲間入りだ)

(これが、破壊衝動、ってやつか?)

(そんなものが、俺の中にあったなんて……)

(なんというか……ショック?背徳?罪悪感?)

(…………)

38 : VIPに... - 2012/03/22 15:57:06.79 2R8tP0cW0 33/37





(ごめん、妹)

(俺は…………)

(…………ごめんな)



40 : VIPに... - 2012/03/22 16:01:31.32 2R8tP0cW0 34/37


――諭吉さん、あなたは言った。


人の貴賎の格差、それは学問をするか否かに因ると。


俺は、俺の最初の四半世紀を、学問をして過ごすものだと、信じて疑わなかった。
下の者には目もくれず、進んでゆくのだと。
貧人には、ならないのだと。
幼少の頃から、ずっと。




  “進まざる者は必ず退き、
   退かざる者は必ず進む”




けれど、気付いてしまった。
思い知らされてしまった。
俺には、その器は、無かった。
争い勝ち残る度量も、勤勉と探究を惜しまない精神力も、無かった。
俺の器は、高校生半ばで精魂も気力も尽き果てるほど、矮小なものだったのだ。
精神は、とうの昔に朽ち果てていた。





  “活用なき学問は無学に等し”
    




俺は、人並み以下の、ダメ人間だったんだ。




「…………はは」

「あはは」ポロポロ

「あははははっ」ポロポロポロポロポロ

43 : VIPに... - 2012/03/22 16:15:12.13 2R8tP0cW0 35/37


「コップ落としたときの、妹の、顔……」

「脅えてたな……」

「…………もう、いい」

「俺は、もう」

「もう、だめだ」

「疲れた」





――――自殺をする勇気があるなら生きてみろ

そんな言葉を昔聞いた。


ならばそれに答えよう。
その言葉を、根本から否定してみせよう。





「自殺に、勇気など要らないよ」





自殺に勇気が要るのなら、今の生活をわずかでも愛している出来る証拠だ。
何かひとつでも、手放したくないものが残っている証拠だ。



(俺は、きっと)

(存在して許されることはあっても、居なくて困るということはない)

(そんな部類だ)

(大丈夫、きっと誰も悲しまない)

(……俺自身も。きっと)








「さようなら」

44 : VIPに... - 2012/03/22 16:16:11.82 2R8tP0cW0 36/37






















「男の奴、今日はやけに起きるのが遅いじゃないか」

「ええ。目覚ましも鳴りっぱなしだし、よっぽど疲れてるのかしら」

「ふん。今日という今日は一喝してやらんとな。
  全くいい身分だ、あの年で重役出勤か」







  “単に学ぶ事を知らず無知であるのに、
   自分に都合の良い事ばかりを言う事は恥知らずではないか。”






~完~

46 : VIPに... - 2012/03/22 16:18:56.27 2R8tP0cW0 37/37

読んでくださった方、ありがとうございました。
支援してくださった方、SSを書くのは初めてだったので、凄く嬉しかったです。
ありがとうございました。

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