1 : 名無しさ... - 26/02/23 21:11:07 an20 1/23

いいわけを考える人々の話。

前作 姫川友紀「728プロ日常譚」
https://ayamevip.com/archives/59697864.html

元スレ
【デレマス】いいわけはいちどだけ
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1771848667/

2 : 名無しさ... - 26/02/23 21:13:14 an20 2/23

「これからあたしのことをどうするの?」
 そう、彼女は言った。期待を込めた眼差しで。
 この場での最適解は分かっていた。でも、俺は答えられなかった。だから、俺は用意していた答えを与えた。
 それが、アイドル姫川友紀のプロデューサーとしての責務と意地だったから。姫川友紀という女性の責任を墓場に入るまで負い続ける選択肢など、どこのプロデューサーが選べるだろう?

3 : 名無しさ... - 26/02/23 21:13:30 an20 3/23

 むすっとした顔の彼女の足音が消えるのを見て、俺は小さくため息をついた。ここは事務所、そして俺はその中の圧倒的な少数派。うら若い女性というものの性質を考えるのならば、あっと言う間に俺の発言は広まるだろう。その評価は……考えるまでもない。
 濃いコーヒーを淹れて、口に含む。いい具合に熱くなったそれが舌をついて、思考を整えてくれた。
 やはり、あれで良かった。そうとしか考えられなかった。論理的に間違ってもいないし、プロデューサーとしての倫理的にも間違ってはいない。例え彼女が俺に対して好意(そう、信じがたい話だが)を抱いていて、俺が彼女のことを好きだったとしても。

4 : 名無しさ... - 26/02/23 21:13:51 an20 4/23

 まぁ、人間としては間違っているのだろうが。御堂筋へと流れていく数台の車をぼんやりと眺めながら、そのようなことを考える。
 それでも、人間として正しくあることのみを重視できる身分では無いことは自分が一番分かっていた。人間性より重視すべきものなど、世の中には掃いて捨てる程にある。他ならぬ自分自身が、その事実を嫌い続けていたことさえも。
「……あの頃が、一番楽やったな」
 記憶が、走馬灯のように流れ込んできた。

5 : 名無しさ... - 26/02/23 21:14:01 an20 5/23

 数年前、俺は大手プロダクションのアイドルプロデューサーだった。売れっ子アイドルの担当ではない。むしろ、担当していた彼女はプロダクションの政治の道具に過ぎなかった。未だに学生の気分が抜けていなかった俺には、それがどうあっても許せなかった。
 だから俺は動いた。学生の頃に幸運にも出来上がったツテと若者にのみ許される熱量は無論、信じた試しの無い神にすら縋っただろうか。人生を歪めた対価は歪めた側が支払うべきである、その一心だけでありとあらゆる行動を取った。そこには信じるべき正義と、救う方法があった。

6 : 名無しさ... - 26/02/23 21:14:06 an20 6/23

 だが今はどうだ。人生を不可逆的に歪めたことの対価を俺は取らなければならないが、それはもはや人生一つですら補いがつかないほど大きくなっているように見える。それ以上に、そうすることで彼女の人生は取り返しがつかないほど歪むだろう。
 それに、冷静に考えるならばアイドルとプロデューサーの恋愛とは許されざるものである。そもそも好意を抱くこと自体があってはならないものだった。万一、その事実が露見すれば。考えたくも無かった。
 今まではプロダクションの社長にして彼女自身のプロデューサーという立場であり続けることで、問題を先送りし続けられていた。不誠実なその態度を続けていられるのも、無限のものではない。

7 : 名無しさ... - 26/02/23 21:15:27 an20 7/23

 相変わらずプロデューサーは強情だった。自慢じゃないけど結構ストレートな方だと思うんだけどな、とぼやいて水面に目を落とす。波にくしゃりと歪んだ顔とスタイルは言うまでもなく標準以上のそれだった。あたしはこれでもアイドルだ。
 プロデューサーがあたしのことを大切にしているのはよくわかる。今やトップアイドルの背中すら見えているあたしであっても、仕事の量を巧みに調整し続けているんだから。あたし自身のイメージが崩れないようにしながら、趣味や休みへの配慮も忘れない。有能な人、なんだと思う。

8 : 名無しさ... - 26/02/23 21:15:30 an20 8/23

そのちょっとだけでも、あたしの気持ちを汲み取ることに向けてくれたら良かったのに。昔から、本当に初めて会ったその瞬間から、この人はそうだった。気持ちを分かってはくれる。それを、倫理の問題で片付けてしまうんだ。

9 : 名無しさ... - 26/02/23 21:15:36 an20 9/23

 あの五月の空の下で、あたしは彼に見つかった。まだ駆け出しで担当アイドルのいないプロデューサーだった彼は、横断歩道で目が合っただけのあたしに声をかけたんだ。少し迷って、でも次の日には返事をした。その時はただ、あたしの人生にちょっとしたスパイスが欲しかっただけだった。
 スパイスの量を間違えたことに気がついたのはその日の夕方だった。その次の日には、あたしはスパイスを探す船乗りになっていた。彼さえも知らない道の先に何があるのか、それを二人で探し続けていた。

10 : 名無しさ... - 26/02/23 21:17:05 an20 10/23

 大阪へ舞台を移してからはさらに道は複雑になって、それと比例するようにあたしはトップアイドルへの階段を上っていった。ある時、ふと周りを見渡してみた。そこにいたのは彼だけで、その事実に安心感を覚えて……あたしは納得したんだ。あたしが恋をしたことに。

11 : 名無しさ... - 26/02/23 21:17:10 an20 11/23

 気がついてからのあたしは彼がどう思っているかを知りたくなった。それ自体はすぐに察しがついた。彼はあたしのことが好きだった。
 でも、それを彼なりの哲学に通すと、あたしとそういう関係になることは彼のルールに反するらしかった。あたしには何を言っているのか分かんないけど、とにかく彼の中のルールがそうだと言っていたんだ。
  あたしと彼との関係が進んでしまうなら、彼のルール……いや、世の中のアイドルのルールに反するのかも知れない。それでも、あたしは問題をこれ以上先送りしたくは無い。

12 : 名無しさ... - 26/02/23 21:17:19 an20 12/23

 日が暮れて、蛍光灯がぼんやりと照らす事務所はやたらと人影が少ない。普段なら事務所で雑談を楽しむアイドル達が、何故か急用を思い出していなくなっているのが理由だった。
 静まり返った事務所の中で、プロデューサーとアイドルとが向き合っていた。プロデューサーの方は何とか雰囲気を和らげようと苦闘していたが、アイドルの目線がその全てを無価値にした。
 プロデューサーが初めて見つけ出したシンデレラは、王子のような口ぶりで言った。

13 : 名無しさ... - 26/02/23 21:17:25 an20 13/23

「あたしはさ、プロデューサーのためなら人生をかけたっていい。だからプロデューサーも言って。誓って。人生を俺にくれって」
「俺はあまり自分に自信は持たんが、それでもユッキの人生を受け取っているつもりやったがな」
「分かってる。それでも、あたしは欲張りなんだ。だからさ、プロデューサーが連れ出した道は、あたしがアイドルを辞めたその先 ̄あたしとあなたの墓の中まで続いている。それを証明してほしい。あなたに」
 それを聞いたプロデューサーは、沈黙へと舞い降りていった。出来ることならば二度と上りたくはないと思いながら。

14 : 名無しさ... - 26/02/23 21:19:51 an20 14/23

 やはり。やはりだ。プロデューサーは自らの苦悩が寸分違わず的中したことを呪った。俺は彼女の人生を歪めていた。その事自体はやむを得ないにしても、もう少し上手くやれたはずだった。例えば、俺のような人間と彼女が結びつかないようにするとか。
 現実に無理矢理目を向けて、思考を働かせた。どうにかして、俺の人生以外の対価を彼女に支払わなければならない。だがそれはどこにも無い。例え今俺がこの場で彼女に社長の座を譲り渡したところで、彼女にとっての価値はゼロ ̄マイナスにすらなり得るのだから。

15 : 名無しさ... - 26/02/23 21:20:14 an20 15/23

 そうだ。俺の人生しか差し出せるものは無い。それがどうあっても差し出すべきでないものだとしても。ならば。
 仕方ない。彼女からありとあらゆる罵倒を受けてでも、守らなければならないことはある。覚悟を決めて、口を開こうとした、その時。

16 : 名無しさ... - 26/02/23 21:20:38 an20 16/23

 プロデューサーは苦しそうだった。彼の信念とあたしの言葉のはざまで、逃げ場もないままになっている。それを作り出したのはあたしだったけど、後悔は無かった。
 あたしは確かに彼に人生を変えられたんだと思う。もし、あの日あの場所に来るのが少し遅れていたなら。きっとあたしは、何者でもなかった。だからこそ、そのお礼はあたしの人生で支払わなきゃいけない。
 そして、あたしの人生を賭けるということは。彼の好意も含んだ全てを、あたしが受け止めるということだ。あたしはただそれだけを望んでいた。

17 : 名無しさ... - 26/02/23 21:20:44 an20 17/23

 ふと気がつく。あたしの知る限り、彼は必要なら今の自分を全て放り出してでも「プロデューサー」としてあり続けることを選びかねない人だった。それはきっと、取り返しがつかなくなる。何とかして、何とかして彼を「プロデューサー」という呪いから解放しなくちゃ。
 そうか。呪いだ。呪いを解く、魔法の呪文と言えば。

18 : 名無しさ... - 26/02/23 21:21:00 an20 18/23

「 ̄さん、公園行かない?」

 それはアイドルがプロデューサーのことを初めて下の名前で呼んだ瞬間だった。プロデューサーという肩書ではなく、彼個人の言葉が、職場では無い場所で必要とされていた。
 それは彼から呪いを解くと同時に、彼に言い訳を与えていた。プロデューサーという職業人ではなく、自分という人間として答えを求められただけであるという言い訳を。

19 : 名無しさ... - 26/02/23 21:21:48 an20 19/23

 覚悟を決めた男は小さくうなずいて、薄いジャケットを羽織った。それは彼が大きな仕事を終えたあと、全てを忘れるように飲む時に着ている、少なくとも仕事の時には決して着ない服だった。

20 : 名無しさ... - 26/02/23 21:22:07 an20 20/23

 女は、男の表情を見て一度大きく息をついた。これで良かったんだと言い聞かせる。彼にはその職業倫理よりも優先すべきものがあったのだから、と。それは、また、今まで慎重であり続けた彼女が踏み出すために必要な言い訳でもあった。
 女は公園に着いて、周りを油断なく見渡したあと、彼の首筋にキスをした。その顔は涙が浮かんでいたが、すぐに笑顔へと移る。アイドルとしても、一人の若い女としても、この世で最も美しい笑顔へと。

21 : 名無しさ... - 26/02/23 21:22:16 an20 21/23

 それから数年の後、女の戸籍上の苗字は変わり、男は育児の本を何冊も買い漁っていた。男が恐れていた事態は一切起きなかった。彼らのプロダクションの情報を漁り、報道するはずの記者たちは、正式な発表を受け取った後でさえも祝福のみを送っていた。
 その理由を男に聞かれたある記者は、女の人生最高の笑顔が映った写真を渡し、血の気の引いた男の顔を面白そうに眺めて言った。

22 : 名無しさ... - 26/02/23 21:22:36 an20 22/23

「こんなのは一度きりですよ。あなた達の恋路を邪魔する人間なんて、あっていいわけがないじゃないですか」


23 : 名無しさ... - 26/02/23 21:28:08 an20 23/23

職業倫理が問題になるのなら職業という枷から外せばいいんですよ(そんな単純なものじゃない)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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