一つ前
美希「デスノート」 2冊目【1】
【二週間後・東応大学講義室】
(講義前の休憩時間)
月「…………」
月(竜崎と星井美希が一対一で会ってから二週間……)
月(今のところ、あれから特に大きな動きは無い)
月(星井係長も自宅で竜崎と顔を合わせることになったものの、事前の打ち合わせ通りに対応でき、特に問題は無かったようだし……)
月(これはもう、星井美希の竜崎に対する疑念は晴れたものとみていい、ということか……?)
月(いや、だがまだ二週間……あまり高い頻度で接触すると怪しまれると考え、暫く様子を見ているだけとも……)
月(だが星井美希としても、早く“L”との決着をつけたいとは思っているはず)
月(だとすれば竜崎のみならず、その友人ということになっている僕に対しても……何らかのアプローチを仕掛けてくる可能性は十分にある。いつどんな形で接触されてもいいように、警戒は常に怠らないようにしておかなければ……)
月(そしてまた僕の方も、天海春香の家庭教師は続けているが……特に決定的な何かを掴めているわけではない)
月(もっとも、まだ星井美希が竜崎を疑っている可能性がある以上……僕としても、天海春香に不用意に探りを入れることはできない)
月(もし竜崎のみならず、僕の素性・正体についても天海春香、または星井美希から疑念を抱かれるような事態になれば……最悪、僕も竜崎もいつ殺されてもおかしくないからだ)
月(そのような事態になることだけは絶対に避けなければならない……たとえ僅かでも疑念を生じさせることの無いよう、慎重に行動しなければ……)
月(一方、星井美希とは対照的に……天海春香の方は、今のところ特に僕に探りを入れてくるような気配は無い)
月(一応、僕に好意があるかのような素振りを見せてきてはいるが……それも、あくまでほのめかす程度にとどめている)
月(また相沢さんと松田さんの尾行捜査によると、星井美希および天海春香は、いずれも外出時の行動には不審な点は無い)
月(事務所から二人で一緒に帰ることも珍しくはないが、その際も特に怪しい動きは無く普通に帰っている)
月(そしてもちろん、その際に『黒いノート』を授受している様子なども無い)
月(ただ星井美希については、外出時は常に少し大きめのバッグ――ノート大の物なら十分入る大きさのもの――を所持しているとのこと)
月(しかし、これも不自然なほどの大きさのものなどではないし……これだけで何かが決まるというものでもない)
月(やはりこのまま膠着状態が続くようなら……僕が個人的に弥海砂に接触し、信頼を取り付け……こちら側の協力者として引き込むしか……)
月(もっとも、星井美希の友人である弥海砂に対して積極的に接触するのは、天海春香に対してそれをするのと同様のリスクがある……)
月(竜崎からも『一旦は天海春香との接触のみに専念するように』と言われているところではあるし……)
月(だがこのまま何もしないでいるというのも……)
月「…………」
「あの……夜神くん?」
月「? ……ああ、高田さん。この講義、取ってたんだ」
清美「ええ、まあ。……隣、いいかしら?」
月「ああ、もちろん」
清美「ありがとう。ではお言葉に甘えて……失礼します」スッ
月「…………」
清美(……や、やった……やったわ!)
清美(夜神くんと初めて会話してから早三週間……彼と同じ講義に出る度、話し掛けようとするも結局話し掛ける勇気が出ないまま講義が終わってしまうことの繰り返しだったけど……でも今、遂に……!)
月(……そうだ。このまま何もしなくても今より安全になるわけでは決してない……ならばやはりここは一か八か、弥海砂に接触を図るべき……)
清美(でも今の反応からするに、夜神くんの方は、私も同じ講義を取っていたことに気付いていなかったようね……。私は一回目の講義の時から気付いていたのに……)
月(確かにリスクはあるが……しかしこちらから攻めなければ勝てないのも事実……)
清美(まあ、いいでしょう。一度こうして隣同士の席で講義を受ければ、次回以降も同様に隣り合わせても不自然ではないし……それに他の講義でも……)
月(……やるしかないな。弥海砂に接触し味方に引き入れ、なおかつ星井美希にはそのことを決して気付かれないようにする……)
清美(大丈夫……私ならできる。いえ、やってやる!)
月(大丈夫だ……僕ならできる。いや、やってやる!)
(隣同士の席で講義を受けている月と清美)
教授「――したがって、近代民法の祖であるボアソナードが……」
清美「…………」カリカリ
月「…………」カリカリ
清美(さて、どうしようかしら。この講義の後は……)
清美(もし夜神くんが四限入れてないようなら、少しお話でも……)
月(しかし接触といっても、仮にも弥海砂はアイドル……いきなり一対一で会うというのも難しいかもしれない)
清美(でも何の話をすれば……やはり定番だけど趣味の話とかかしら?)
月(ならばとりあえずはまた前のメンバーで集まるように持ち掛けた方が良いか……。元々『またこのメンバーで集まろう』という話にはなっていたことでもあるし……)
清美(あっ。……趣味といえば、夜神くんはオンラインゲームであの人……竜崎さんと知り合ったと言っていたわね。でも私はやったことがないし、あまり話を膨らませられないかも……)
月(それにあのメンバーで集まれば、星井美希と天海春香の両名を同時に観察できるというメリットもある……また星井美希の竜崎に対する態度を観ることで、彼女がどの程度竜崎の素性を怪しんでいるのかも推し量ることができるかもしれない)
清美(でも夜神くんも『受験勉強の合間に暇潰しでやっていた』という程度だったそうだし……そこまでのめり込んでいる趣味というわけでもないのでしょう。きっと)
月(よし。念のため竜崎にも相談した上で……特に問題無ければ今日中にも集合の連絡を入れよう)
清美(まあいいわ。本人に聞いてみるのが一番ね。それに話題としても一般的だし何ら不自然さは無いわ)
教授「――では、今日はここまで」
月「…………」ガタッ
月(幸い、今日の講義はこれで終わりだ。このまま本部へ……)
清美「あ、あの、夜神くん」
月「? どうしたの? 高田さん」
月(ああ、高田清美……そういえば隣にいたんだったな。というか、この女も例のメンバーに入ってるんだったな……すっかり忘れていたが)
清美「え、えっと……その」
月「?」
清美(な、何まごついてるのよ私。同じ大学の学生同士、講義後に少しお話しするくらい何もおかしくはないじゃない)
月「高田さん?」
清美(いけない。これ以上言い淀んでいたら怪しまれる……言え、言うのよ! 清美!)
清美「……ちょ、ちょっと、その……お話でもしていきませんか?」
月「え?」
清美「あ、ああ、その……もしこの後、四限の講義が無ければ、だけど……」
月「今日の講義はもうこれで終わりだけど」
清美「! ……じゃあよかったら、その、少し……お話を……」
月「……ああ。構わないよ」
清美「あ……ありがとう。夜神くん」
清美(よ、よかった……ちゃんと言えたわ)
月「…………」
月(早く本部に行きたいのはやまやまだが……この女も例のメンバーに入っている以上、あまり無下に扱うわけにも……今は余計な軋轢を増やしている暇はないしな)
【東応大学キャンパス内・中庭】
(中庭にある二人掛けのベンチに腰掛けている月と清美)
月「……でも、こうして大学内で普通に話すのは初めてだね」
清美「ええ、そうね。この前はちょっと特殊な状況だったし……」
月「ああ。正直言って意外だったよ」
清美「意外?」
月「うん。高田さんのことは知っていたけど、なんとなくああいう場に出るようなタイプじゃないように思っていたから」
清美「そ、そうかしら?」
月「でも、将来の志望を聞いて納得したよ。高田さん自身も言っていたけど、アナウンサー志望なら確かにああいう経験は大事だもんね」
清美「ええ。就職活動でもアピールできますし」
月「ははは。結構打算的なんだね」
清美「それほどでも。……なんてね」
清美(よかった。夜神くんの話が上手いおかげでもあると思うけど、結構自然に盛り上がっているような気がするわ)
月(早く本部に行きたいな……後十分くらい適当に会話して切り上げるとするか)
清美「あっ。そういえば……夜神くんは何か趣味とかってあるの?」
月「趣味? うーん、難しいな。中学まではテニスをやっていたけど」
清美「そうなの?」
月「ああ。こう見えても全国大会で優勝したこともあるよ」
清美「! ぜ、全国大会で優勝!? すごい……夜神くんって文武両道だったのね」
月「それほどでもないよ」
月(しまった。予想以上に食いつかれてしまった……少し早いが、もうこのへんで切り上げた方が良いな)
月「……っと。ごめん、高田さん。そろそろ……この後ちょっと用事があって」
清美「えっ。ああ……そうだったのね。ごめんなさい」
清美(夜神くん、用事があったのね。せっかく良い感じに盛り上がっていたのに……残念だけど仕方ないわね)
月「じゃあ、また」
清美「ええ。また……」
清美(……いえ、だめよ。折角こうして二人きりで話せたんだから、少なくとも、次に会う約束くらいは取り付けておかないと……)
清美「あ……ま、待って。夜神くん」
月「え?」クルッ
清美「え、えっと……」
月「……?」
清美「…………」
月「…………」
清美(な、何押し黙ってるのよ、私。早く次に会う約束を……)
清美(でも約束って言っても……何て言えばいいのかしら?)
清美(『またお話ししませんか?』……いえ、駄目ね。内容が抽象的だし目的が不明確だわ)
清美(もっと具体的かつ明確に約束内容を示さないと……)
清美(でもどう言えば……そもそも私、今まで一度も男の人にこんなこと言ったことないし……)
清美(『また今度会いませんか?』……だめね、これでもまだ会う目的が曖昧なままだわ)
清美(もっと端的に、かつこちらの意図が正確に伝わるように……)
清美(そもそも私は夜神くんとどうしたいのか……どうなりたいのか……)
清美(……そうよ。それを考えれば答えは簡単)
清美(私は夜神くんと……もっとずっと一緒に居たい)
清美(なぜなら、私は夜神くんのことが――……)
月「? 高田さん?」
清美「…………」
清美(そうよ。なら端的に、ストレートに言えばいいのよ)
清美(『今度、私とデートしてくれませんか?』……って)
清美(少し直球過ぎるような気もするけど……でもこれなら趣旨も意図も確実に伝わる)
清美(よし。そうと決まれば後は実行あるのみ)
清美(……言え。言うのよ。……清美!)
清美「あ、あの……夜神くん」
月「うん。どうしたの? 高田さん」
清美「好きです。私と付き合って下さい」
月「えっ」
清美「えっ」
月「…………」
清美「…………」
清美(い、今、私……普通に告白した!?)
月「……えっ、と……」
清美「…………」
清美(ど、どうしよう……単にデートのお誘いをするだけのつもりだったのに……思わず本心が口を……)
清美(いえ、でも……これが私の嘘偽らざる本心なら……今ここで夜神くんの答えを聞こうが、一週間後、一か月後……あるいは一年後に聞こうが同じ事)
清美(ならば今、この機に……聞くべき!)
月「ごめん。高田さん」
清美「…………え?」
月「気持ちは嬉しいけど……僕達、こうしてちゃんと話すのもまだ今日で二回目で、お互いの事もよく知らないし……」
月「だから今はとりあえず……友達から、ってことでもいいかな?」
清美「……は、はい……」
月「ありがとう」
清美「…………」
清美(ふ、振られた……こんなにあっさり……何の溜めも無く……)
清美(い、いえ。でもある意味、当然といえば当然の結果……夜神くんの言うとおり、私達がまだお互いの事をほとんど知らないのは事実なんだし……)
清美(そうよ。それならまだ……チャンスはあるわ)
清美(まずは友達から入り、親交を深め……お互いの事がよく分かるようになってから、その時にもう一度……)
清美(そうよ清美。落ち込むのはまだ早いわ。むしろこれまで『一度話しただけの知り合い』程度の関係だったのが『友達』になれたのだから……まずはその事を喜ぶべき)
清美(そして告白自体は断りつつも、『とりあえず友達から』と言ってくれた夜神くんに……ちゃんとお礼を言うべきだわ)
清美「……夜神くん。確かにあなたの言うとおり、私達はまだお互いの事をよく知らないわ。だからまずはお友達になってくれてありがとう」ニコッ
月「え? い、いや……そんなお礼を言われるほどの事じゃ……」
清美(そうよ。勝負はまだ始まったばかり……頑張らなくちゃ!)
月(……どうでもいいから早く本部に行きたいんだが)
清美「え、えっと、夜神くん。じゃあ折角なのでもう少し、夜神くんのことを聞かせてほしいのだけど……って、ごめんなさい。用事があるんだったわね」
月「……いや、いいよ。もう少しくらいなら」
清美「! 本当?」
月「ああ」
清美(やったわ。ここで話が盛り上がればまだ十分可能性が……)
月(面倒だがやむを得ない……またあのメンバーで集まるとなるとこの女とも顔を合わせることになる。キラ事件以外の部分でまで不必要に気を遣う関係を作りたくはない)
清美「えっと、ああ、そうだわ。中学の時とはいえ全国大会優勝なんて……すごく上手なのね。テニス」
月「ははは。昔の話だよ。高田さんは何かスポーツの経験は?」
清美「私はこれといって特に……」
月「そうなんだ。でもアナウンサー志望なら、多少はスポーツにも興味を持っておいた方が良いかもね。スポーツニュースの担当になったりするかもしれないし」
清美「そうね。今よりもっと勉強する分野を広げるようにしないといけないとは思っているのだけど、なかなか実践できていなくて……」
月「今より……ってことは、もう既にアナウンサーになるための勉強を始めてるの?」
清美「ええ。といっても、まだそんなに大したことはしてなくて……。せいぜい、世間で注目されているニュースを自分なりに研究したりとか……それくらいだけど」
月「へぇ。それでも十分すごいよ。ちなみに、たとえば最近ではどんなニュースを研究してるの?」
清美「最近では、もっぱらキラ事件関連ね」
月「! ……まあ、そうだよね。……現在、最大の社会問題でありながら、未だに犯人も見つからず、それどころか犯行方法すらも解明されていない、世界規模の大量殺人事件……」
清美「ええ。いくら研究しても謎だらけだわ」
月「…………」
清美「? どうかしたの? 夜神くん」
月「……高田さん」
清美「? はい」
月「……世間的には、もう『キラ』という呼称が定着して久しいけど……そもそも『キラ』なんて本当にいるのかな?」
清美「え?」
月「だって『心臓麻痺で人を殺す』なんて……どう考えても馬鹿げているじゃないか。非科学的だし、その殺人方法が直接証明されたわけでもない」
清美「確かに……もう結構前になるけど、キラ事件が起こった当初……TVでキラを挑発した人がいたけど、その人も殺されなかったものね」
月「ああ、あれか。リンド・L・テイラー……通称“L”だっけ」
清美「ええ。よく覚えているわね。夜神くん」
月「これでも一応警察志望だからね。大きな事件の動きは常に追うようにしているんだ」
清美「流石ね。でもさっきの言い方からすると、夜神くんは『キラ』はいないものと思っているの?」
月「いるかいないかと聞かれたら『分からない』としか答えようがないが……でもやっぱり、俄かには信じがたいからね。『直接手を下すことなく、心臓麻痺で人を殺せる』なんて」
清美「……じゃあ、『犯罪者が心臓麻痺で死んでいる』という報道自体が実は嘘で、本当は政府が秘密裏に犯罪者を抹殺している……とか?」
月「ほう。でもそれなら、あえて『犯罪者が心臓麻痺で死んでいる』という嘘の情報を流す必要までは無いんじゃ?」
清美「確かにそうね。……では、こう考えることはできないかしら? 政府は、将来的な犯罪抑止まで視野に入れた上で、『罪を犯せば何者かによって裁かれる』という意識を国民に根付かせるべく、『犯罪者が心臓麻痺で死んでいる』という嘘の情報を流している……」
月「なるほど。それなら現在報道されている情報についても合理的に説明ができる。流石は高田さん。目の付け所が違うね」
清美「そ、そんな……これくらい、誰でも思いつくようなことだわ」
月「しかし世間では、『キラ』なる者が存在しているということが、まるで自明の事実であるかのように謳われている……今ではそのことを前提に、『キラ賛成派か、キラ反対派か』なんて議論がTVでもネットでも毎日されているような状態だ」
月「無論、そのような議論の報道自体、政府による世論操作という可能性もあるが……そんなことまで疑っていったらキリが無いので、ここでは一旦そのような可能性は捨象して考える」
清美「そうね……。そういえば、夜神くんはお父上が警察におられるということだったけど……何かそういう話は聞いていないの? たとえば、表向きは警察もキラを追っている形を取っているが、実際はそんな捜査は何もしていない……何故なら『キラ』が実在しないことは初めから分かっているから……とか」
月「さあ……それはちょっと分からないな。父は昔から、そういった捜査情報のような類のものは僕達家族にも絶対に話さないからね。自分がどんな事件を担当しているのかといったことも含めて」
清美「まあそれはそうよね。今のご時世、どこから情報が漏洩するか分からないものね」
月「ああ。……話は戻るけど、世間ではもう『キラ』という犯罪者裁きをしている者がこの世界のどこかに存在している……もうそのことが当然の前提のように語られていて、今ではそのこと自体に異論を差し挟む者はほとんどいない」
月「まだその実在性も証明されておらず、殺人の方法も解明されていないのに、だ。それに『直接手を下すことなく、心臓麻痺で人を殺せる』なんて非科学的な能力を持っている者がこの地球上のどこかに存在している……などと考えるよりは、さっき高田さんが言っていたような、政府の陰謀論などの方がまだよっぽどか現実的だし信じやすい……」
月「なのに何故、世間ではそのような考えよりも、『キラ』が実在していることを前提とする考え方の方が主流なのか……なんて、ちょっと気になってね。もしよかったらこの点について、キラ事件関連のニュースを研究している高田さんの考えを聞かせてもらえないかな?」
清美「……そうね。あくまでも私個人の考えだけど……」
月「ああ」
清美「それはきっと……世の人々の『願望』なんじゃないかしら」
月「……『願望』?」
清美「ええ。多分、この世界に生きているほとんどの人が、凄惨な事件や理不尽な犯行を伝えるニュースを耳にした際……一度や二度はこう思ったことがあると思うの。……『こんな奴、死んでしまえばいいのに』って……」
月「…………」
清美「かくいう私もその一人……幸いにも、まだ自分や自分の周りの人がそういう事件に巻き込まれたりしたことは無いけど……弱者をいたぶるような犯罪や、何の罪も無い人が犠牲になるような事件の報道を見る度に思うの」
清美「『なんでこんなにひどいことをした人が、まだ平然と生きているんだろう』……って」
月「…………」
清美「もちろん、中には本当に死刑になる極悪人もいる……でも全員が全員そうなるわけじゃない……」
清美「おかしいと思わない? なんで平気で人を傷つけたり、殺したりした人が……まだ生きていることを許されているのか……」
清美「だから多分、今までそういう思いを抱えて生きてきた人たちにとって、『キラ』は……まさに自分が思っていたことを実現してくれている……いわば、救世主のような存在」
清美「だから世の人々は『キラ』に存在していてほしいと、そう願っている……つまりそれが……」
清美「『キラ』の存在を自明の事実たらしめている……世の人々の『願望』」
清美「――私は、そのように考えているわ」
月「! …………」
月(この口ぶり……感情の入り方……間違い無い)
月(この女……キラ崇拝者だ。それもかなりの……)
月(キラに付け入るにはキラ信者は最適……そしてこの女……高田清美はもう既に星井美希・天海春香の双方と接点を持っている)
月(ならばさっきの告白……受けておいた方が良かったか? いや、だがこの女の持つ星井美希・天海春香との接点はまだ小さい)
月(あの学祭の日の翌日から、相沢さんと松田さんが手分けして星井美希・天海春香を対象とした尾行捜査を行っているが……今のところ、この二人のいずれかが高田と接触した形跡は無い)
月(だとすると、高田と星井美希・天海春香との接点は僕や竜崎と同程度……いやむしろ、僕と天海春香、または竜崎と星井美希の方が接点としては強いだろう)
月(それに今、この女と本格的に交際を始めると……僕の行動が大幅に制限されてしまう可能性がある。今後、僕が弥海砂にも積極的に接触していかなければならないことを考えるとそれはデメリットでしかない)
月(ただそうは言っても、キラ信者という特性はいずれ利用できるかもしれない……本命はあくまで弥海砂だとしても、この女もいざという時のための予備として……動かせる駒は多いに越したことは無い)
月(つまり今必要なのは、この女の好意を保持したまま、いざという時には利用できるように一定の信頼関係を築いておくこと……大丈夫だ。それくらい、僕にとっては造作も無い)
月(正直、女性の好意や好感といった感情を利用することに抵抗が無いわけではないが……今の現状……僕や竜崎、そして父さんすらもいつキラに殺されるか分からないという状況を考えると……最早手段を選んでいる余裕は無い)
月(あとはこの女との信頼関係を維持したまま、弥海砂にも早めに接触を……ん?)
月(……メール……? 誰からだ?)ピッ
月「! ……これは……」
清美「? どうしたの? 夜神くん」
月「ああ。メール……海砂さんからだ。高田さんにも来てるよ」
清美「! 本当だわ。どれどれ……」
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From:弥海砂
To:星井美希、天海春香、高田清美、夜神月、竜崎ルエ
件名:第2回『竜崎と愉快な仲間達』開催のお知らせ
ミサだよー!
皆、元気にしてた?
前に皆と会ってからもうすぐ一ヶ月になるし、
またそろそろ皆で集まらない??
で、何をするかというと……これ↓
765プロダクションオールスターズ出演映画『眠り姫』鑑賞会!!
実はミサのマネージャー(ヨッシーっていうの)が、
美希ちゃんや春香ちゃんの事務所のプロデューサーさんと昔からの知り合いらしいんだけど…
なんと今回、そのよしみで↑の映画のチケットをただでもらえたんだって!^^
ちょうど6人分あるから、皆で観に行こー!
美希ちゃんや春香ちゃんの晴れ姿を皆で拝むのだ☆
じゃあそんな感じで、皆の都合とかまた教えてねー!
よろしく♪
ミサミサ@映画はまだ出演オファー無し。。。
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月「…………」
月(いいぞ、弥海砂……これで僕の方から集合を持ち掛けるまでもなく、自然な形で接触することが可能になった)
清美「『眠り姫』……って、確か今、観客動員数がすごいって話題の映画よね?」
月「ああ。このままのペースでいけば、今年度最高動員数となるのはほぼ間違い無いだろうって言われてる」
清美「そんなすごい映画に出演しているような人達と、当の映画を一緒に観に行くなんて……なんだかすごく不思議な感じね」
月「本当にね。まあでもタダ券があるようだし、行かない手は無いね」
清美「ええ、そうね。海砂さんにはよく御礼を言っておかなくちゃ」
月「そうだね……ん?」
清美「? どうしたの?」
月「……ごめん。何でもないよ」
清美「? そう?」
月「…………」
(自然な仕草で携帯の画面を確認する月)
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From:弥海砂
To:夜神月
件名:ライトくんへ
えへへ
さっきは一応皆にお誘いしたけど、
ミサが今一番会ってお話ししたいって思ってるのは実はライトくんなんだよ
これっていったいどういう意味なんだろうね?笑
……なーんて、続きは会ってからのお楽しみねっ!
ミサミサ@アイドルは恋愛禁止?そんなの関係ねぇ!笑
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月「…………」
清美「夜神くん? あ、そういえば用事って……」
月「……ああ、そうだった。流石にそろそろ行かないと……ごめんね。高田さん」
清美「いえ、こちらこそ引き留めてしまってごめんなさい」
月「それとさっきは、貴重なご意見ありがとう。とても勉強になったよ」
清美「いえ、そんな……あれは前置きしたように、あくまで私個人の考えでしかないから……」
月「いや、流石はキラ事件関連のニュースを研究している高田さん……とても説得力のある意見で、大変参考になったよ。……ああ、それと……」
清美「? 何?」
月「もしよかったら、今後もまた、高田さんの隣で講義を受けさせてもらってもいいかな?」
清美「えっ?」
月「もちろん、お邪魔でなければ……だけど」
清美「! そ、そんな……お邪魔なんて、そんなことあるわけ……こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
月「ありがとう。ではこれからも、お互いの目標に向かって頑張っていこう。じゃあまた明日」
清美「は、はい! また明日」
(清美と別れ、東応大学を後にする月)
月「…………」
月(この僕個人宛のメール……間違い無い。弥海砂は既に僕に好意を持っている)
月(これならもうすぐにでも……それも僕の方からアプローチをするのではなく、弥海砂からということであれば……)
月(仮にこのことが星井美希に伝わっても何ら問題は無い。弥の方から僕にアプローチをしてきている以上、この状況で僕の方が弥に探りを入れようとしているなどと疑えるはずもない)
月(そして高田清美……いきなり告白してきたのは多少面食らったが……あの女と今後も大学で定期的に接触できるのは都合が良い)
月(かなりプライドの高そうな女ではあるものの……自分が認めた相手には従順に尽くすタイプとみえる。そうであれば、ああして僕の方から今後も接点を持ち続ける意思を示した以上、告白を断られたこと自体はさほど気にはしていないだろう)
月(弥海砂、そして高田清美……最終的には、キラ信者という特性を持つこの二人のうちのいずれか、または双方を意のままに動かし、キラ……星井美希と天海春香から、キラとしての直接的な証拠を得る……!)
月(僕や竜崎、父を含め……捜査本部の大多数の者がいつキラに殺されてもおかしくない状況にある以上、後はもう時間との戦い……)
月(大丈夫だ……僕ならできる)
月(キラに殺される前に、キラを捕まえてみせる)
月(……必ず!)
【一週間後・春香の自室】
(勉強休憩中の月と春香)
月「合宿?」
春香「はい。ライブに向けての全体練習に特化した合宿で、バックダンサーをやってくれるアイドル候補生の人達ともダンスを合わせる予定なんです」
月「へぇ。いつ行くの?」
春香「再来週の水曜から四泊五日で行く予定です」
月「じゃあ学校も休んで行くんだね」
春香「はい。……で、またまたで申し訳ないんですけど、その週は家庭教師をお休みにして頂けないかと……その週は他の日もお仕事で埋まっちゃってまして……」
月「ああ、それはもちろん。仕事優先でいこう」
春香「なんかすみません……こんなのばっかりで」
月「いやいや、気にしないで。4月から家庭教師を始めてもう二か月になるけど、春香ちゃんの学力は着実に上がってるしね」
春香「! 本当ですか?」
月「ああ。この調子なら、当初の志望より大分上のランクの大学にも手が届くと思うよ」
春香「やったぁ。よーっし。じゃあ今から一層頑張っちゃいますよ!」
月「その意気だ。今日は午後からのお楽しみもあるし、集中してあと一時間頑張ろう」
春香「はい!」
月(合宿、か……そこまで尾行……は流石に危険か。場所にもよるだろうが……)
月(まあ今はいいか。とりあえずは今日この後――……)
月「…………」
春香(はぁ……今日も進展は無いなあ。やっぱり警戒されてるのか、隙が無いなぁ)
春香(まあでも仕方無いか。私もキラ容疑者の一人に入ってるのは間違い無いだろうし……多分お父さん……夜神総一郎からそう聞いてるんだろうな)
春香(だからこそ、私としてはそこからLの正体を探りたいんだけど……)
春香(今のところ、ライトさんから何か情報を得るのは難しそうだし……ちょっと違う方法を考えた方が良いかな……)
春香「…………」
【同日午後・都内某映画館前】
美希「あれ? 竜崎」
L「こんにちは。美希さん」
美希「もう来てたの? 随分早くない?」
L「いえ。つい一時間前に着いたところです」
美希「ミキ的には十分早過ぎって思うな」
L「なんといっても春香さんの晴れ姿を拝める機会ですからね。精神統一の為に必要な準備時間です」
美希「……一応ミキも出てるんだけどね。それもけっこーなメインどころで」
L「もちろん知っています」
美希「なら許すの」
L「ありがとうございます」
美希「あっ、そうそう。あれからね、パパが竜崎のことすごく気に入っちゃって」
L「えっ」
美希「是非ミキのお婿さんに来てほしい、って」
L「!?」
美希「なんてね。ウソなの。あはっ」
L「…………」
L(しまった。二人の間でそんな会話がされているはずが無いことは分かっていたのに……不意打ち過ぎて少し動揺してしまった)
L(しかし今の揺さぶり……まさか父親との会話を聴かれていることを見抜いた上で……? いや、いくらなんでもそれは無いか)
L(これもやはり『天才アイドル』ゆえの天性の嗅覚というところか……)
L(本当に読めないな……星井美希)
L(だがここはとりあえず“竜崎ルエ”として相応しい反応をしておかなくては……)
L「……良かったです」
美希「え? なんで?」
L「私は春香さんのファンですから。申し訳ありませんが美希さんと結婚することはできません」
美希「今ミキ生まれて初めてフラれたっぽいの」
海砂「やっほおー」
清美「こんにちは」
美希「海砂ちゃん。高田さん。こんにちはなの」
L「こんにちは」
美希「二人は一緒に来たの?」
海砂「うん。駅の改札出たとこで会ってね。清美ちゃん女王様オーラあったからすぐ分かったわー」
清美「じょ、女王ってなんですか! 失礼な……」
海砂「えー。褒めたつもりだったのに。で、ライトくんと春香ちゃんはまだかな?」
美希「うん。午前中が春香の家庭教師だから、その後一緒に来るって」
海砂「! つまり同伴……!」
L「発想がやらしいですね。ミサさん」
海砂「な、何よ! あなたこそヤキモチやいてるんじゃないの? 春香ちゃん、ライトくんに取られちゃってさ」
L「いえ。二人はただの家庭教師と生徒の関係ですし、私の無二の親友である月くんとアイドルである春香さんとの間に間違いなど起こるはずもありませんので」
海砂「あ、ああ……そう……」
美希「…………」
清美「でも二人で一緒にいるとマスコミとかメディアに嗅ぎ付けられたりしないのかしら? アナウンサー志望の私が言うのも何ですけど……」
美希「それは多分大丈夫なの。変装してたら結構ばれないし」
海砂「確かに……私達は見慣れてるからすぐ美希ちゃんって分かるけど、知らない人から見たら案外分からないかもね。今日みたいに帽子と眼鏡姿だと」
美希「あはっ。伊達眼鏡だけどね、これ」クイッ
清美「そういえば、海砂さんは変装しなくて大丈夫なんですか?」
海砂「えっ? ミサ? ミサはほら、まあなんていうかその場その場でアイドルオーラ消したりできるし?」
L「ミサさんはまだ春香さんや美希さんほどには売れていないのでそこまでする必要が無いということです」
海砂「はっきり言わないでよ!」
清美「あ、その……ごめんなさい」
海砂「清美ちゃんも謝らなくていいから! かえって傷付くから!」
春香「こんにちはー」
月「もう皆来てたんだ」
海砂「もー! ライトくん遅いよー!」
月「すみません。思ったより時間が掛かってしまって」
L「家庭教師が長引いたんですか?」
月「いや、予定通りに終えたつもりだったんだが……電車の乗り換えの度に少しずつ遅れていったのかも」
美希「春香の家は遠いから仕方無いの」
清美「そうなんですか?」
美希「うん。都内まで電車でだいたい二時間くらい」
海砂「二時間!?」
清美「それはまた大変ですね……」
春香「いやまあ、慣れたらそうでもないですよ? 朝早い時間だと電車も混んでなくて座れますし……」
美希「ミキならよゆーで寝過ごしちゃうの」
春香「美希は立ってても普通に寝そうだもんね」
美希「春香はミキのことバカにし過ぎって思うな」
海砂「はーい。じゃあ全員揃ったことだしチケット配るよー」
美希「あはっ。なんか海砂ちゃん、遠足の時の学校の先生みたいなの」
春香「でも今更だけど……これ、私達がもらってもいいのかなあ? 元はプロデューサーさんが海砂さんのマネージャーさんにあげた物らしいけど……」
美希「まあいいんじゃない? そこはあんまり深く考えなくても」
海砂「そうそう。どうせ誰かが観に行くんだしさ。気にしない気にしない」
春香「うーん……分かりました。海砂さんにそう言って頂けるのなら」
清美「それにしても楽しみです。今一番話題の映画を、まさかそれに出演している方達と一緒に鑑賞できるなんて」
春香「い、いえ、そんな……今日は私も一観客のつもりで来ていますので……」
美希「そうそう。ミキも春香も、今日はただのお客さんなの」
海砂「でも二人とも、映画館で観るのは今日が初めて、ってわけではないんでしょ?」
春香「あ、はい。事務所の皆とはもちろん、両親や、学校の友達とかとも観に行きましたし……なんやかんやで五回くらいは観てますね」
海砂「へー、やっぱりそれくらいは観てるんだ。美希ちゃんも?」
美希「んーと。ミキも学校の友達とも観たりしたから……今日で三回目かな」
清美「やっぱりそれなりに観てるんですね。ごめんなさい、私は今日が初めてで……」
春香「いやいや、高田さん。それが普通ですから」
海砂「まあまだ公開して二週間くらいだしね。ミサも今日が初鑑賞だし……ヨッシーからもらったこのチケットで皆と観に行くつもりだったからだけど」
美希「竜崎は? 春香の大ファンなんだし、もう四、五回くらいは観てるとか?」
L「私は今日で十七回目です」
美希「!?」
春香「じゅ……え?」
海砂「想像の斜め上をいくわね……てかそれ一日一回以上観てる計算になるじゃん……」
L「はい。ちなみに舞台挨拶があった回にも四回行っています。そのうち春香さんとは二回、美希さんとは一回お会いしています」
春香「そうだったんですか……全然気付いてなかったです」
L「無理もありません。いずれも大きな映画館でしたし、私は後ろの方の席でしたから」
美希「ていうか、それなら前もって言っておいてくれたらミキ達も探せたのに」
L「それも考えましたが、私はあくまで春香さんと、あと一応美希さんの一ファンとして映画館に赴いていましたので……お二人との個人的なつながりを使うのはファン道に反するような気がしてやめました」
美希「……一応って……」
清美「じゃあ夜神くんも竜崎さんと一緒に観に行ったの?」
月「ああ、最初の一回目だけね。竜崎はまだ人の多い場所は苦手だろうと思ったから、念の為についていったんだ。そしてもちろん僕自身、春香ちゃんと星井さんの晴れ姿を早く見ておきたいという気持ちもあったしね」
清美「そうだったのね」
月「でも不安は杞憂に終わり……結果的に、前の学祭の時に、ステージの上で海砂さんに面を取られ、大勢の人達の前で素顔を晒したのが荒療治になったんだろうね。もう竜崎は人の多い映画館でも、面を着けなくても至って普通に過ごせるようになっていたよ。だからその後は特に付き添いはしていない」
海砂「なるほどね。……で、竜崎さんはそこからさらに十五回も観に行ったと……」
L「はい。おかげでほぼ全てのシーンの台詞を暗唱できるまでになりました」
春香「な、なんか……ありがとうとしか言えないのがもどかしいですけど、ありがとうございます」
L「私には勿体無いお言葉です。春香さん。むしろお礼を言わなければならないのは私の方です。こんなにも素晴らしく感動的な映画を――……」
海砂「はいはい、ここにはまだ観てない人もいるんだから、そういう内容に踏み込んだやりとりは観終わった後で! ね?」
L「それもそうですね。すみません」
春香「あはは……」
美希「…………」
海砂「よーし。じゃあ、早速中に入りましょっ!」
【映画館/シアター内】
(映画『眠り姫』を鑑賞している六人)
(劇中)美希『みんな消えちゃえばいいって思うなっ!!』ドォオオオオン
(劇中)千早『あれが、アイドルの力だというの!?』
海砂(美希ちゃんの演技、すごっ……こりゃハリウッドに呼ばれるのも納得だわ)
清美(すごい迫力……演出の効果もあるんでしょうけど、このゆるい感じの子がこんな演技をするのね)チラッ
美希「…………」
(劇中)美希『待ってたよ、春香……』
(劇中)春香『帰ろう? 美希。ここは私たちの居ていい所じゃない』
海砂(いよいよクライマックスかな)
清美(天海さんの演技も光っているわね)チラッ
春香「…………」
(劇中)伊織『一体、アイドルって何なのよ……』
リューク「なあ、レム。俺もミキの撮影の時からずっとこの映画観てるけど、未だによく分からないんだよな。結局この映画でいう『アイドル』って何なんだ?」
レム「人が真剣に観てる時に急に話し掛けて来るなよ……。順にストーリーを追っていれば普通に分かるだろう」
リューク「それが分からないから聞いてるんだろ。ていうかお前も飽きるほどこの映画観てるはずなのによく今更真剣に観れるな」
レム「……ハルカのアイドル活動を見届けるのは私にとっては使命のようなものだからな」
美希(普通にアイドル映画談義する死神ってシュール過ぎるの)
春香(聞こえてないふりしないといけないせいもあってか、なんか妙に気恥ずかしい……)
(劇中)美希『この力……! お前もアイドルの器を持っているというの!?』
(劇中)亜美真美『だめ! 新たな眠り姫が生まれてしまう!』
海砂(亜美真美ちゃんもかわいいなー)
清美(765プロの子達って皆普通に演技もできるのね……すごいわ)
(劇中)春香『千早ちゃんなら、大丈夫』
(劇中)千早『春香。私、アイドルになるわ!』
(劇中)千早『私、あなたのこと忘れない……!』
リューク「なあ、レム。コレって、ハルカとチハヤが合体したってことでいいんだよな?」
レム「厳密に言うと少し違う。ハルカのアイドルとしての存在がチハヤの内に取り込まれたんだ。ほら見ろ、チハヤの目の色が片方だけハルカのイメージカラーである赤色に変わっているだろ」
リューク「あっ。ホントだ。お前よくこんなの気付けるな」
レム「つまりこれはハルカのアイドルとしての力をチハヤが取り込み、新たなアイドルとしてデビューしたということを意味しており……」
美希(もうレムは映画評論家にでもなればいいって思うな)
春香(むしろ何でレムは死神やってるんだろう)
月「…………」
月(弥海砂はもうすぐにでもこちら側に引き込めるとして……後はタイミングとシチュエーション)
L「…………」
L(二人とも、やはり大人数で集まっている時にはボロを出さないな……。しかし相沢と松田の尾行捜査にも限界がある)
月(いずれにせよ)
L(早く決着をつけなければ……)
月・L「…………」
【映画『眠り姫』上映終了後・映画館近くの喫茶店】
海砂「あーっ! すごい良かった~。ミサ、絶対あと三回は観る!」
清美「私も……一回観ただけだとよく分からなかった所が結構あったから、もう一回は観たいですね」
海砂「あっ。じゃあ清美ちゃん、私と一緒に行く?」
清美「…………前向きに検討させて頂きます」
海砂「何その間!?」
清美「でも本当に素晴らしい映画でした。天海さん、星井さん」
春香「ありがとうございます。高田さん。そう言って頂けると嬉しいです」
美希「ありがとうございますなの」
海砂「同時上映の『ハム蔵のだいぼうけん』も面白かったしね。あとこれ、『光る! おにぎりエンブレム』! もすごくかわいーし」
美希「でしょ? ミキもお気に入りなの」
海砂「あっ。でもこれ、竜崎さんはもう十七個目……?」
L「はい。全部ちゃんと家に飾っています」
海砂「そ、そうなんだ……」
清美「でも何でおにぎりなのかしら?」
美希「ミキがおにぎり好きだからなの」
清美「えっ。そんな理由で?」
美希「そうなの」
春香「普通に考えたら主人公の千早ちゃんなんですけどね……でも千早ちゃんってこれといって分かりやすい好物が無いから」
海砂「なるほどね。でもそれなら準主人公的なポジションの春香ちゃんでも良さそうだけど」
春香「私も特にそういう好物って無いので……作るのは好きなんですけどね。お菓子とか」
月「ああ。春香ちゃんのお菓子は絶品だからね」
海砂「えっ! ライトくん食べたことあるの?」
清美「! …………」
月「ええ。家庭教師の時、勉強の合間の休憩中に頂いてます」
海砂「あ、ああ……そういうことね」
清美(手作りのお菓子……! そうか、そんな手もあるのね……!)
L「……春香さんの手作りのお菓子を頂いているなんて羨ましいです。月くん」
海砂「あ、そこは普通に羨ましがるんだ」
L「私は春香さんの手作りのお菓子が食べられるなら死んでもいいとさえ思っていますから」
春香「竜崎さんにそれ言われると重いんですけど!? ていうか、お菓子くらいなら今度作って持って来ますよ」
L「! 本当ですか」
春香「はい。でも死んだらだめですからね?」
L「はい。大丈夫です。春香さんの手作りのお菓子が食べられるなら絶対に死にません」
月「お前、さっきと言ってることが……いや、まあいいが……」
美希「…………」
海砂「どうかしたの? 美希ちゃん」
美希「ううん。なんでもないの」
海砂「そう? じゃあ春香ちゃんがお菓子作って来てくれるんなら、次は皆でピクニックにでも行こうか! あ、それか遊園地とかの方がいいかな?」
月「どちらもいいですね。是非行きましょう」
海砂(そしてその時までにミサはライトくんと……!)
清美(手作りお菓子……ピクニック……遊園地……夜神くんと……)
春香「あ、でも私と美希はライブに向けての合宿があるから……その後くらいの時期でもいいですか?」
海砂「もちろん! ていうか合宿なんてあるんだ。すごいね。どこ行くの?」
春香「福井です」
美希「民宿に泊まって、練習はすぐ隣にある市民会館でやるの」
海砂「いいな~楽しそう!」
清美「全体の総仕上げのような形でやるんですか?」
春香「そうですね。あと、バックダンサーの人達ともダンスを合わせる予定なんです」
海砂「そっか。今回のライブはバックダンサーも入れるって言ってたもんね。いいなあ、ミサもバックダンサーでいいから呼んでくれないかなあ」
L「……この前の学祭のライブを観る限り、ミサさんはダンスの方はそんなに得意そうには見えませんでしたが」
海砂「地味に傷付く!」
月「まあ海砂さんのダンスはさておき、話を『眠り姫』に戻そうか。折角今回こうして皆で一緒に鑑賞できたわけだし、各自の好きなシーンを順番に挙げていくっていうのはどうかな?」
海砂「ライトくんもひどい!?」
L「そうですね。では早速ミサさんからお願いします」
海砂「……ぐすん、いいもん。ちゃんと言うもん。えっと、ミサの好きなシーンはね……うん。やっぱり、『眠り姫』だった美希ちゃんが目覚めた後のバトルシーンで――……」
【三十分後・喫茶店前の路上】
月「では今日はこのへんで。海砂さん、また次のセッティングもお願いします」
海砂「はーい! まっかせといってー! 『竜崎と愉快な仲間達』の代表幹事・弥海砂にお任せあれ!」
L「……結局、サークル名はそれになったんですね」
美希「ミキ的にはまあ何でもいいんじゃないかなって思うな」
L「美希さんももう少し関心を持って下さい」
美希「ミキは細かい事にはこだわらないタイプなの」
春香「まあこれはこれで、慣れてきたらしっくりくるような気もするけどね」
海砂「でしょ? 流石春香ちゃん。違いの分かる女だわ」
L「皆さんがそれでいいなら私も別に構いませんが」
海砂「おっと。もうそろそろ事務所戻んないと……この後CM撮影なのに、またヨッシーに怒られちゃう」
美希「海砂ちゃんお仕事頑張ってなの」
海砂「ありがとう美希ちゃん。またお茶しよーね」
美希「はいなの!」
L「では私達も行きましょうか。月くん」
月「ああ。そうだな」
清美「じゃあ夜神くん。また明日、講義で」
月「うん。よろしく。高田さん」
清美「あ、それと……天海さん」
春香「? はい。何でしょう。高田さん」
清美「あ、えっと……その……」
春香「?」
清美「あ、後で、その……メールを送らせて頂いてもいいですか?」
春香「? メール……ですか?」
清美「ええ」
春香「はい。それはもちろん」
清美「! 良かった。それではよろしくお願いしますね」ペコリ
春香「? え、ええ。……えっと、じゃあ途中まで一緒に帰ろっか。美希」
美希「うん」
清美(やったわ。これで……)
海砂(よーし。早速今日の夜にでもライトくんに……)
清美・海砂(……ふふふ……)
月「…………」
(L、月、海砂、清美と別れた後、並んで家路を歩いている美希と春香)
春香「それにしてもすごいよね。竜崎さん」
美希「……え?」
春香「だって十七回だよ? 事務所宛てのファンレターでも『十回観ました』って書いてきてくれた人はいたけど」
美希「……あー」
春香「それに皆が『あのシーンが良かった』って言うと、すぐに『それは誰々がこの台詞を喋っていたシーンですね』って言って、台本通りの台詞喋っちゃうし」
美希「…………」
春香「多分竜崎さんって、普通の人より記憶力が良いんだろうね」
美希「…………」
春香「普通、いくら十七回観たっていっても、あそこまで完璧には覚えられないもの。私達だって何十回も台本読んでるけど、流石に他の人の台詞をあそこまで正確には覚えてないしね」
美希「…………」
春香「美希? どうかしたの?」
美希「……春香」
春香「? 何? 美希」
美希「…………」
美希(違うの。春香)
美希(竜崎が台詞を完璧に覚えるくらいにまでミキ達の映画を観ているのは……ミキと春香をキラとして疑っていて、その捜査をしているから)
美希(ミキと春香に探りを入れるために、“竜崎ルエ”というキャラクターを演じているからなの)
美希(だからね、春香)
美希(竜崎は――……)
――春香のファンなんかじゃ、ないの。
美希「……なんでもないの」
春香「? 変な美希。まあ、なんでもないならいいけど……」
美希「…………」
春香「じゃあ今日はこのへんで。合宿も近いし、頑張ろうね! 美希」
美希「うん。頑張ろうね。春香。じゃあまた明日」
美希「…………」
美希(あの学祭の日以来、Lの事についてはほとんど話していない)
美希(春香はもう竜崎の事をほとんど疑っていない……しかもそれは今日の件で一層強まったような気がする)
美希(こんな春香に『やっぱり竜崎はLかもしれない』なんて言ったら……)
美希(それを否定するために……否定するための根拠を探すために……どんな無茶な行動に出るか分からない)
美希(だからこのことは春香には言えない)
美希(ミキが……ミキが一人で、なんとかするしか……)
美希「…………」
(春香と別れた後、家路を歩いている美希)
美希「……ところで、リューク」
リューク「ん? 何だ? ミキ」
美希「……今日は、どう?」
リューク「……ああ。昨日までと同じ……だな」チラッ
リューク「……かなり距離を取ってはいるが、相変わらずつけてるな」
美希「……同じ人?」
リューク「多分な。……とはいっても、これも昨日までと同じ、帽子を目深にかぶった上にサングラスとマスクのフル装備……これなら正直言って、似たような背格好の奴なら入れ替わっていても分からない」
リューク「それにここまでされちまうと、流石に俺の死神の目にも名前も寿命も映らない。……もっとも、仮に名前が見えたところで、俺はそれをミキに教えることはできないわけだが……」
美希「…………」
リューク「……それにしても……」
美希「? 何? リューク」
リューク「いや……こうしてミキがつけられていることに気付いてからもう一か月近くになるが……正直言って、いい加減ウンザリだと思ってな。そいつに俺は見えていないが、いつも見られてる気分だからな」
美希「……ワガママ言わないの。顔さえ見えてれば、春香の死神の目で名前を見てもらうこともできなくはないけど……顔が見えない以上はそれもできない。今のままじゃ、どうやったって殺せないの」
リューク「……ククッ」
美希「? 何?」
リューク「いや……最近のミキは、犯罪者以外に対しても普通に『殺す』って言うようになったなあ、って思ってな」
美希「…………」
美希(ただそうは言っても、実際のところは……顔が見えていようが見えていまいが、今の状態でミキをつけている人を殺すわけにはいかない)
美希(もし今そんなことをしたら、『ミキがキラです』って言うようなものなの)
美希(だからどちらにしても、今のミキには何もできない。ただ普通に、何も知らないふりをしたまま行動するしかない)
美希(ただでも、気になるのは……ミキをつけている人が『顔を隠している』ということ)
美希(前に事務所に聞き取り調査に来た刑事……夜神月の父親の、夜神総一郎。……そしてもう一人の大柄な体格の刑事……春香が死神の目で見た名前によると『模木完造』っていうらしいけど……)
美希(この二人は偽名を使ってはいたものの、普通に顔を晒して、ミキ達の前に『キラ事件の捜査をしている刑事』として姿を現した)
美希(これは『キラが人を殺すには顔と名前が必要』と考えていたから……つまり『顔を見られても名前が偽名なら殺されない』と考えていたからとみるのが自然)
美希(しかし今、ミキをつけている人は顔を隠している……)
美希「…………」
美希(春香が殺したアイドル事務所の関係者の中には、芸名で活動していて、本名がすぐには分からない人もいた)
美希(それに去年のファーストライブの日に死んだ春香のファンの人も……普通に考えて、春香がその時に名前を知ることができた可能性が高いとはいえないはず……)
美希(だからもしLが、この人達も『キラの能力によって殺された可能性がある』と考えていたとしたら……この人達は『本名が分からなかった可能性があるにもかかわらず、キラの能力によって殺された人達』ということになる……)
美希(だとしたら……Lが『キラは顔だけでも人を殺せる』ということに気付いている可能性は十分にある)
美希(そう考えれば、今ミキをつけている人が顔を隠していることや……キラ事件の捜査をしているであろう竜崎が、最初は面を着けた状態で東大の学祭に来ていたらしい、ってこととも辻褄が合うの)
美希「…………」
リューク「でもミキにこれだけずっと尾行がついてるってことは……普通に考えて、ハルカにもついてるよな?」
美希「そうだね。ミキの推理が間違ってなければ、春香もミキと同じくらいにはLから疑われてるはずだから」
リューク「じゃあやっぱり、ハルカにも『尾行がついている可能性がある』って教えてやった方がいいんじゃないか?」
美希「ううん、それはいいの。春香がミキと同じくらいの頃から尾行されてるとしたら、もう一か月近くになるわけだし……だとしたら、春香自身は気付けなくても、レムは絶対気付いてると思うの。それでレムの性格なら、気付いた時点ですぐに春香に伝えてると思うの」
美希「リュークでさえ『見られているような気がして気持ち悪い』って気が付いたくらいなんだし……レムはリュークとは違って、純粋に春香の事を心配してるからね」
リューク「……でさえ、ってお前……。それに前にも言ったが、俺はミキの敵でも味方でもないからな」
美希「だから……それならあえて、ミキの方から春香に伝える必要は無いし……それにミキがそんなことを伝えたら、春香はきっと『ミキも尾行に気付いていて、不安になっている』って思って、またミキの事を心配しちゃうの」
美希「もうこれ以上、春香に心配は掛けられないからね」
リューク「じゃあ逆に、ハルカがミキに尾行の事を伝えてこないのも同じ理由か? 『ミキにも尾行がついているかもしれない』なんて言おうものなら、またミキが不安になるから、っていう……」
美希「多分ね。実に春香らしいの」
リューク「……なるほどな」
美希「それにミキ的には……尾行よりも心配なことがあるの」
リューク「? 何だ? それは」
美希「尾行はミキも……そしてきっと春香も……既にそれに気付いている以上は、どうやってもボロは出さないの」
リューク「まあそうだろうな。外でデスノートを使ったり、つけてる奴を殺したりしない限りはまず大丈夫だろう」
美希「うん。だからそれは大した問題じゃなくて……ミキが気になってるのは……夜神月の事なの」
リューク「? 夜神月? 竜崎じゃなくてか?」
美希「うん。竜崎はキラ事件の捜査をしている……まあ正確には『していた』かもしれないけど……でも今日の映画の件からしても、あそこまで“竜崎ルエ”というキャラクターを完璧に演じようとしているところからすると……今も『している』とみてほぼ間違いないと思うの。……彼がL本人かどうかは別にしてもね」
美希「そして夜神月は……その竜崎と『完璧なまでに』会話を合わせている。つまり普通に考えて―――竜崎と夜神月は、グルなの」
リューク「……いや待てよ、ミキ。竜崎が身分を偽って夜神月に接触したっていう可能性もあるんじゃないか? お前やハルカに対してそうしたみたいに。つまり夜神月は何も知らないってことも……」
美希「ううん。それは無いの」
リューク「? 何でだ?」
美希「竜崎がキラ事件の捜査をしているのなら……同じくキラ事件の捜査をしている、夜神月の父親の夜神総一郎とも既に顔見知りだった可能性が高いの」
美希「キラ事件の捜査本部に居たミキのパパと竜崎が顔見知りだったのと同じようにね」
リューク「ああ、確かに」
美希「だとしたら、普通に考えて……既にキラ事件の捜査の関係で知っている人の息子に、わざわざ『キラ事件の捜査をしている』ということを伏せて接触したりすると思う?」
リューク「…………」
美希「もちろん、リュークがさっき言ったように、竜崎からみれば、『既にキラ事件の捜査の関係で知っている人の子ども』っていう、ほとんど夜神月と同じ関係にあたるミキに対してはそうしたわけだけど……でもそれは、ミキをキラとして疑っていたから」
美希「だから竜崎が夜神月もキラとして疑っているなら、ミキに対してしたのと同じように、身分を偽って接触してもおかしくないのかもしれないけど……現状、特に夜神月が疑われる理由は無いはずなの。まあ実際、彼はキラじゃないんだから当たり前なんだけど」
リューク「……じゃあ、何で竜崎は夜神月に接触したんだ? わざわざややこしい嘘の片棒を担がせてまで」
美希「あはっ。リュークったら、もうほとんど自分で答えを言っちゃってるの」
リューク「?」
美希「『わざわざややこしい嘘の片棒を担がせてまで』、竜崎が『既にキラ事件の捜査で知っている』夜神総一郎の息子に接触する理由……そんなの、一つしか考えられないの」
美希「――それはつまり、『夜神月にもキラ事件の捜査に協力してもらう』って事なの」
リューク「! …………」
美希「元々、東大を首席で合格するくらい頭の良い人だし……その上、将来は警察志望。それに何と言っても、既にキラ事件の捜査本部に入っている刑事局長の息子さんなワケだから、素性も確かだしね」
美希「ここまで条件が揃えば、竜崎じゃなくても目を付けるのがフツーなんじゃないかなって思うな」
リューク「……じゃあ夜神月も竜崎と同じく、既にキラ事件の捜査本部に居て……ミキやハルカをキラとして疑っているってわけか」
美希「うん。おそらくね」
リューク「……待てよ。じゃあ夜神月がしているハルカの家庭教師はどうなるんだ? あれもキラ事件の捜査の一環ってことか?」
美希「ううん。あれはやよいと粧裕ちゃん経由で春香の方から頼んだはずだから、偶然の一致だとは思うけど……でも夜神月からしたら、その偶然を利用して春香に探りを入れようとしているのはまず間違い無いと思うの」
美希「だからミキ的には、尾行よりもこっちの方が心配なの。……まあそうは言っても、竜崎の件を言えない以上、夜神月の事も春香には言えないんだけどね」
リューク「……なるほどな。でもそうすると、現状で分かっている範囲では……竜崎、夜神総一郎、夜神月、そしてお前の父親……が、キラ事件の捜査をしている連中、ってことになるのか」
美希「うん。まあパパは今もそうなのか分かんないけどね。あと、夜神総一郎と一緒に事務所に来た模木って人もその中に入るの」
リューク「ああ、そうか。そしてこの中にLがいるのか、または全然別の奴がLなのか……ってことか」
美希「流石にパパがLってことは無いだろうけど……でも、夜神月がLっていう可能性は意外とあるかもね。今リュークに言われて気付いたけど……彼の方が竜崎よりも先に捜査本部に居たっていう可能性も、それはそれで十分にあるの」
リューク「……ククッ。まあ誰がLであろうと、今言った奴らはもう全員顔も名前も分かってるんだ。いっそ皆殺しにしちまったらどうだ? 今ミキをつけている奴だって、既にミキに顔を知られているからこそ隠しているのかもしれないだろ?」
美希「……そうだね」
リューク「えっ」
美希「……なんてね。もしそんなことして、今言った人達の他に、ミキが顔も名前も知らない人が捜査本部に居たら一発アウトなの。だからそんな危険な事するわけないの」
リューク「…………」
美希「? どうしたの? リューク」
リューク「……いや……」
リューク(てっきり『何があっても自分の父親は殺せない』とでも言い出すのかと思ったが……いや、以前のミキなら確実にそう言っていただろうが……)
リューク(今はそこまで現実的な問題として考えていないだけだとしても……しかしいずれ、そう遠くない未来に……)
リューク(父親の命と仲間の命……そのどちらかを選ばざるを得なくなった時……)
リューク(こいつは一体、どういう選択をするのか)
リューク(映画はもう見飽きたが……現実の方の『眠り姫』はまだまだ見応えがありそうだぜ。……ククッ)
(美希と別れた後、家路を歩いている春香)
春香「……どう? レム。今日もいる?」
レム「ああ。いるね。いつもと同じ、帽子にマスク、サングラス……明らかに不審者って出で立ちの男がハルカをつけている。相変わらず、距離はかなり取っているがね」
春香「……そっか。まあ私もキラ容疑者の一人ではあるからね。仕方ないっちゃ仕方ないね」
春香(でも美希は別にしても、それ以外のキラ容疑者って765プロの関係者全員と……後は美希の去年のクラスメイトの人達……だよね)
春香(それだけの人数を相手に毎日尾行を……ってなると、キラ事件の捜査本部って実は相当大所帯なのかな……?)
春香(まあいずれにしても……特に不審な動きをしない限り、私は『その他大勢』に埋もれたままだろうし……そこまで気にすることでもないけど)
レム「なあ、ハルカ」
春香「? 何? レム」
レム「ハルカがLに疑われる理由があるとすれば、前のプロデューサーの件だけ……そんなハルカにまで尾行がついているってことは、当然、ハルカ以上にキラとしての疑いを掛けられているであろうミキにも……」
春香「うん。ついてるだろうね」
レム「……いいのか? そのこと、ミキに教えてやらなくて……」
春香「いいよ。前の監視カメラの設置から四か月以上が経って、美希もようやく普通に日々を過ごせるようになってきてるのに……ここでまた『美希にも尾行がついていると思うから気を付けて』なんて言ったら……また美希を不安にさせちゃうからね」
レム「そうか。それならいいが……いや、待てよ。ミキ自身が気付いていなくても、リュークの方が先に気付いていて、既にミキに伝えているという可能性はあるか……?」
春香「ううん。それは無いよ」
レム「? 何でだ?」
春香「もしそうなっていたら、美希は不安を覚えて必ず私にそのことを伝えに来ているはずだからね」
春香「それが無いということはリュークも気付いていないか……または気付いていても美希にはそれを教えていないってこと」
春香「リュークは前々から『自分は美希の敵でも味方でもない』って言ってたからね。後者の可能性も十分あると思う」
レム「なるほど」
春香「それに美希だって、尾行に気付いていないとしても、外で不用意にノートを出したりなんかするはずが無いしね。結局のところ、こっちが普通に行動している限りはキラとしての証拠なんて掴まれるわけないんだから……わざわざ不安を煽る必要は無いよ」
春香「もうこれ以上、美希を不安にさせたくはないからね」
レム「……分かった。お前がそこまで考えているのなら、私はもう何も言わないよ。ハルカ」
春香「うん。ありがとう。レム」
春香「ん? ……メールだ」
春香「高田さんから? ああ、そういえば『後でメール送ります』とかって言ってたっけ。何々……『今度、お菓子作りを教えてもらえませんか』……?」
レム「そういえば今日話題になっていたな。ハルカの作る菓子のこと」
春香「…………」
春香(高田さん……ライトさんと同じ大学の人……)
春香(そういえばライトさん、今日の別れ際……高田さんに『また明日、講義で』って言ってたな。あの二人、実は結構仲良いのかもしれない)
春香(だとしたら、高田さんからライトさんに探りを入れてもらうよう、それとなく仕向けてみる……?)
春香(ただそうは言っても、私の最終目的はLの正体を掴むこと……そしてその足がかりはライトさんじゃなくてそのお父さんなわけだから、大分遠回りにはなるけど……)
春香(でも正直なところ、今の家庭教師の時間だけじゃ、なかなか私からライトさんに今以上には踏み込めそうにないし……)
春香(……うん。今はLにつながる可能性があるルートは少しでも多く確保しておくべき)
春香(それにLの件は別にしても、アナウンサー志望の高田さんと今のうちに親交を深めておくことは……私自身にとってはもちろん、765プロ全体にとってもプラスになるだろうしね)
春香「……よし。そうと決まれば……『もちろんいいですよ』……っと。送信! えへへっ」
レム「楽しそうだな。ハルカ」
春香「……まあね。もちろん、美希の為にも……『早くLの正体を掴みたい』とは思ってるけど……」
レム「…………」
春香「そのことを別にしても……最近、すごく充実してるんだよね。『眠り姫』が大ヒットなのはもちろん嬉しいし、アリーナライブに向けての合宿ももうすぐだし……」
春香「もうここまで来たら、私達765プロが名実共にトップアイドルになれる日も、そう遠くないんじゃないかなって……そういう実感もあって」
レム「……そうか」
春香「後は……そうだね。やっぱり竜崎さんに出会えたことが大きいかな」
春香「あそこまで真摯に、アイドルとしての私をずっと見てくれていたファンの人がいたんだって思うと……今までアイドルやってきて、本当に良かったなって」
レム「…………」
春香「もちろん、今までにもファンの人と触れ合うイベントは沢山やってきたし、ライブでもいつもすごく盛り上げてもらっているけど……」
春香「やっぱり、ああいう『生の声』っていうか……直に伝わる想いって、素直に嬉しいんだ」
春香「まあ竜崎さんの場合、直球過ぎてちょっと気恥ずかしいけどね」
春香「でも彼のおかげで、私は『アイドルの原点』っていうのを思い出せたような気がするんだ。だからそれもあって……私は今、すごく楽しいの」
レム「……そうか。良かったな。ハルカ」
春香「うん。だから見ててね? レム」
春香「私はこのままアリーナライブまで一気に駆け抜けて……必ずトップアイドルになってみせるから。765プロの皆と一緒に!」
レム「……ああ。頑張れ。ハルカ」
春香「うん!」
春香(見ててね。ジェラス。もうすぐそこまで来てるから)
春香(私が私の使命を果たし……そしてあなたの夢を叶える、その瞬間が!)
【同日夜・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
(他の捜査員の帰宅後、二人だけで捜査本部に残っているLと月)
L「弥海砂から……ですか?」
月「ああ。おそらく今日中か……遅くとも二、三日中には向こうから連絡が来ると思う」
L「すごい自信ですね」
月「こう見えても僕は結構モテるんだよ。竜崎」
L「…………」
月「で、一応確認だが……もしそうなった場合は当初の予定通りに動いて問題無いな?」
L「……そうですね。月くんからならともかく、弥の方からということであれば……その結果、月くんと弥が親密になり、その事実が星井美希に伝わったとしても……月くんが疑われることはまずないと思いますので」
月「分かった。ではそこは問題無いものとして……後は具体的に弥海砂に動いてもらうシチュエーションだが……」
L「それは大丈夫です。私の中ではもうほぼ構想は固まっています」
月「! そうなのか?」
L「はい。相沢さんと松田さんが尾行捜査を頑張ってくれており、またその捜査結果の分析を夜神さん達が詳細に行ってくれているおかげです。ただ……弥海砂に動いてもらう前に、最後の確認を行いたいと思っています」
L「それをいつ、どこで、どうやってするかについて、ずっと考えていたのですが……今日ちょうど、絶好の情報を入手しました」
月「? 今日?」
L「はい。再来週の水曜から四泊五日で行くという……765プロダクションの合宿です」
月「! …………」
L「そしてその合宿地は福井……となると、普通に考えて移動は飛行機……ですよね?」
月「? まああれだけ売れている事務所だし、そうだろうとは思うが……?」
L「では一応、次の家庭教師の時にでも、天海春香にさりげなく確認しておいてもらえませんか」
月「ああ、それは別に構わないが……。しかし何故…… ! 」
L「…………」
月「……なるほど。それで『最後の確認』ってわけか」
L「はい」
月「……分かった。聞いておくよ」
L「ありがとうございます。それが私の思い通りなら……合宿後、すぐにでも計画を実行に移したいと考えています」
月「ああ。そのつもりで心構えをしておくよ」
L「それから、高田清美の方ですが……少し前に月くんからお聞きしていた話を前提にすると……弥海砂と同様、彼女についても……こちらの思い通りに動いてもらえる、と考えていていいんでしょうか?」
月「ああ、それは大丈夫だ。高田も既に僕に好意を持っているし、何よりキラ崇拝者でもある……条件としては十分過ぎる。もっとも、高田と星井美希・天海春香との接点は今のところ例の会合くらいしかないから、あくまでメインは弥海砂とし……高田はそのサブ、という位置付けにはせざるを得ないだろうとは思うが」
L「分かりました。それで十分です。私の構想でも、サブがいた方がより安全に計画を実行できるだろう、という程度ですので」
月「よし。ならそれでいこう。……ん? メールか……」
月「! …………」
L「? どうしましたか? 月くん」
月「……竜崎。どうやら、僕の方が先に『思い通り』になったようだ」
L「! と、いうことは……?」
月「ああ。―――弥海砂から、デートのお誘いだ」
【一週間後・都内某駅/改札口前】
海砂「あっ。ライトくん!」
月「海砂さん。どうも」
海砂「ごめんね、急に誘っちゃって」
月「いえ」
海砂「……むー」
月「? どうしたんですか?」
海砂「やっぱりカタいよ! その話し方!」
月「そう言われても……僕の方が年下ですし」
海砂「年下って言っても一コしか違わないじゃん! ね、今日だけ……ううん、これから二人だけのときは『ミサ』って呼んで! あと、丁寧口調もナシで!」
月「え、でも……」
海砂「いいじゃん別に。その方が話しやすいし。ね? いいでしょ?」
月「……分かったよ。ミサ」
海砂「!」
月「でも君だってアイドルなんだ。こんな風に男と親しげに話しているところを誰かに見られでもしたら……」
海砂「いいのいいの! どうせまだミサそんなに売れてないし」
月「……自分で言うか? それ」
海砂「いいのいいの。ちゃんとそのうち売れるようになるから! 前に美希ちゃんからも『海砂ちゃんならすぐ売れるようになる』って言ってもらったし!」
月「まあ、それならいいが……」
海砂「ねっ。それより早くいこっ! ミサ、前から行ってみたいお店があったの」
月「ああ、いいよ」
海砂「あ、それから……」
月「? 何?」
海砂「ミサも、二人だけのときは『ライト』って呼んでもいい?」
月「……どうぞ、ご自由に」
海砂「むー。なんかどうでもよさげー」
月「別にそんなことはないけど」
海砂「フンだ。いいもん。じゃあ勝手に呼んじゃうもーん。ほらいこっ。ライト!」ガシッ
月「わっ。急に引っ張るなよ」
海砂「えへへー」
月「…………」
月(想定以上だな……これなら思ったよりも早く……)
海砂「? どうしたの? ライト」
月「いや、なんでもないよ。早く行こう」
海砂「うんっ!」
【同日夜・都内の公園】
海砂「は~、遊んだ~っ」
月「はは、お疲れさま。はい。ジュース」
海砂「あっ。ありがとう! ちょっと待ってね。お金……」
月「いいよ、これくらい」
海砂「……えへへ。ごめんね、ありがとう。いただきます」
月「こちらこそ、今日はありがとう。ショッピングに水族館にカラオケ……なんかあべこべな取り合わせだったけど楽しかったよ」
海砂「えへへ……ごめんね。ミサが行きたいとこばっか連れ回しちゃって」
月「いや、おかげですごく楽しかったよ。是非また行こう」
海砂「! ほ、ホント?」
月「ああ」
海砂「そ、それって……『また二人で』ってコト……だよね?」
月「うん。もちろん」
海砂「…………」
月「? ミサ?」
海砂(また二人で会ってもいいってコトは……それって、つまり……)
海砂(……よし。こういうのはタイミングが勝負! 本当はもう後一、二回デートしてからって思ってたけど……)
海砂(ダメ。もう抑えられない。この気持ち……)
海砂「……ライト」
月「?」
海砂「……もし、ライトがよかったら、なんだけど……」
月「…………」
海砂「彼女にしてください」
月「! …………」
海砂「…………」
月「……ああ。いいよ」
海砂「! ホント?」
月「うん。僕も今日一日、君と過ごしてすごく楽しかったしね。こちらこそよろしくお願いします」
海砂「……ライト!」ギュッ
(月に抱きつく海砂)
月「わっ。おい」
海砂「えへへ……嬉しい! ありがとう。ライト……」
月「ったく……もしこんな所、誰かに見られでもしたら……って、『まだ売れてないからいい』って言ってたな……自分で」
海砂「えへへ、そういうこと! でもホント、まだ売れてなくてよかったぁ……もしミサが美希ちゃんや春香ちゃん達くらい売れちゃってたら、外でこんなこと絶対できないし……」
月「…………」
海砂「だからミサが、それくらい売れるようになるまでは、こうやって外でも思いっきりライトとイチャイチャしたいな~。なんちゃって。えへへ……」
月「…………」
海砂「? ライト?」
月「ミサ。ちょっと聞いてくれ」
海砂「? 何?」
月「僕も君とこうしていたいのはやまやまなんだが……実は少し事情があって……次にこういう風に君と会えるのは少し先になりそうなんだ」
海砂「え? 少しって……どれくらい?」
月「今からだと……そうだな。二週間後くらいかな」
海砂「えーっ! 付き合ったばかりなのに二週間も会えないの? しかも事情って何? はっ。まさか……」
海砂「……今既に付き合ってる彼女がいるから、その彼女と縁を切るための時間が要るとか……?」
月「違うよ」
海砂「じゃあ何? 事情って……」
月「それも二週間後にはちゃんと全部話すから」
海砂「むぅ……わかった……」
月「それと次に会う時まで、僕と付き合っていることは絶対に誰にも言わないでくれ。絶対にだ」
海砂「え? な……なんで?」
月「なんでもだ。これについても、理由は次に会った時にちゃんと話すから。……頼む」
海砂「……わかった。なんでかわかんないけど、ライトがそこまで言うなら……そうする」
月「ごめんね。あともし、どうしても僕に会いたくなった時は電話してくれ。会えるようになるかは分からないが、努力はするから」
海砂「……うん」
月「だから間違っても、いきなり僕の大学に来たりするのだけはやめてくれ。いくらまだそこまで売れていないとはいっても、前の学祭のライブの影響で、少なくとも東応大学内ではミサの知名度はかなり上がっている。突然来て騒ぎになるとまずいし、君の事務所にも迷惑が掛かる」
海砂「うん。わかった。ありがとう。ライト。そんなことまで心配してくれて……」
月「いや、いいよ。これくらい、彼氏として当然の事さ」
月(……これで突然大学に来たりすることはないだろう。今、ミサと二人でいる所を高田に見られたりしたら面倒な事になるからな……)
月「よし。じゃあ今日はこのへんで……」
海砂「え!? 何? まだ七時じゃない。恋人の時間はこれからでしょ?」
海砂「二週間も会えないっていうなら、せめて今日くらいは……二人でゴハン食べに行ったりとかして、その後がいよいよ本番って感じで……」
月「…………」
月(正直、あまりこういう手は使いたくなかったが……仕方ない)
月「ミサ」
海砂「ん? …………ッ!?」
(海砂にキスする月)
月「…………」スッ
海砂「ライト……」
月「いいな。今日は帰るんだ」
海砂「はい……」
月「さっきも言ったが、どうしても僕に会いたくなった時は必ず事前に連絡するように。いいね」
海砂「はい……」
月「じゃあ帰ろう。駅まで送って行くよ」
海砂「はい……ありがとう……ライト」
月「…………」
月(これでもうミサはいつでも動かせる……。後は高田……だが、こっちは『確認』ができてからだな。今下手に動き過ぎるのは危ない)
月(大丈夫だ。全て予定通りに……事は進んでいる)
【一時間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
L「! 月くん。お疲れ様です」
月「ああ。お疲れ様。他の皆は?」
L「私以外の方は皆帰宅されました」
月「そうか。なら都合が良い」
L「! ということは……」
月「ああ。今日、弥海砂と付き合うことになった」
L「! ……ということは……随分早かったんですね」
月「ああ、向こうから告白してきたからな」
L「いえ、そういう意味ではなく……せっかく恋人同士になったのに、随分早く解散されたんですね、と」
月「……彼女と付き合うことにしたのは、あくまでもキラ事件の捜査の為だ。その為に必要なことであればするが、必要でないことはしない」
月「今必要なのは、ミサをこちらの思い通りに動かせるようにしておくこと……そのためには僕に心底惚れさせておけば十分だ。過度に好意を示して期待をさせるのは彼女を傷付けるだけだし、何より人道に反する」
L「流石月くん。お父さん譲りの正義感ですね」
月「……それよりも竜崎。具体的にミサに動いてもらう方法についてだが……この前、『もうほぼ構想は固まっている』と言っていたな」
L「? はい」
月「それでその後、僕なりに……『おそらく竜崎はこう考えているのではないか』というレベルまで考えてみたんだが……今、それを聞いてもらってもいいか?」
L「ええ。もちろんです。ではまず月くんの考えをお聞きし、その後で答え合わせをしましょう」
月「ありがとう。では、僕の考えとしては――……」
月「――……というのが、僕の考えだ」
L「…………」
月「どうかな? 当たらずといえども遠からず、といったところだろうとは思うが……」
L「……月くん」
月「ああ」
L「素晴らしいです」
月「! ……ということは」
L「はい。答え合わせをするまでもありません。私の構想と完全に一致……百点満点です」
月「そうか。なら良かった。では後はこれを明日、父や他の皆にも説明して了承を得る……という流れだな」
L「そうですね。具体的に動き出すのは765プロダクションの合宿後になるでしょうが……その為の準備や根回しの段取りについては、もうすぐにでも始めておいた方が良いでしょう」
月「ああ」
L「……それにしても」
月「ん?」
L「まだほとんど具体的な話をしていなかったにもかかわらず、私と完全に同じ発想をしていたなんて……」
L「これなら、もし私が死んでも……月くんがLの名を継いでいけるかもしれません」
月「何を縁起でもない事を。まずは明日、今話した内容について父達の了承を得……その後、必要となる準備を進めつつ、765プロの合宿の際に『確認』……そして『計画』の実行。……ここからが勝負だろ」
L「……はい。そうですね。頑張りましょう」
【翌日・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
L「……というのが、今後の捜査方針になります。何か質問のある方はいますか?」
総一郎「竜崎」
L「はい。どうぞ。夜神さん」
総一郎「確かに以前、ここで、危険を承知でライトが弥海砂に接近するということを了承したが……しかし、この案はあまりに……」
月「父さん」
L「夜神さんのお気持ちはよく分かります。しかし、最終的に弥海砂に動いてもらうためにはこれ以上の案は無いと思います」
総一郎「うむ……それは理解できるが……」
月「父さん。この程度は想定されたリスクの範囲内とみるべきだ。それに今の状況のまま大人しくしていても、僕達が殺される危険性が減るわけではない」
総一郎「……しかし、百歩譲って弥の方はまだ良いとしても、もう一人……お前の同級生の、高田清美……という女性に対しても、同様の作戦を取るというのは……」
月「それも大丈夫だ。高田もミサ同様、僕の言うことなら絶対に信じる」
総一郎「…………」
松田「さ、流石月くん。すごい自信っすね……」
相沢「まあいずれの女性も、出会ってからほとんど間も無いうちに月くんに告白してきたということだ……二人とも相当月くんに惚れ込んでいるというのはまず間違い無いだろう」
L「はい。そういう意味では、現在、弥海砂と高田清美の二人は我々にとって最も信用できる存在といえます。この二人は何があっても月くんを裏切ることは無いでしょう」
総一郎「…………」
月「頼む。父さん。僕達捜査本部のメンバーが誰一人欠けることなくキラ事件を終結させるためだ」
総一郎「……分かった。今まで何度こういうやりとりをしてきたか分からんが……もうここまできてしまっていることでもある。やむを得んだろう」
月「父さん」
L「夜神さん。ありがとうございます」
L「……ただ、これはあくまでも765プロダクションの合宿の際に『確認』がこちらの思惑通りにできた場合の話ですので……まずはこちらの準備から進めましょう」
松田「えっと……とりあえず、765プロの皆が飛行機で福井まで行く、っていうのは間違い無いんですよね?」
L「はい。一昨日の家庭教師の際に、月くんが天海春香に確認してくれたとおりです。もちろん、当日は念の為に……これまで同様、相沢さんと松田さんには星井美希と天海春香の両名を尾行してもらいますが」
相沢「だがそれも空港の……765プロ一行が飛行機に搭乗するまでで良いんだな?」
L「はい。これも月くんが天海春香から聞き出してくれた情報ですが……765プロダクションの合宿地はかなり僻地のようですので、そんな所まで尾行を続けたら流石に気付かれる可能性が高いと思います」
L「また、そもそもこの合宿の際の我々の目的は『確認』ですので、空港までの尾行で十分です」
L「そして765プロダクション一行が飛行機に搭乗した後、速やかに警察から空港に連絡を入れてもらいます。その手筈は夜神さんに一任させて頂きたいと思いますが、よろしいでしょうか」
総一郎「ああ。大丈夫だ。空港には事前に話を通しておき、当日は速やかに対応してもらえるようにしておく」
L「ありがとうございます。そして『確認』の結果、我々の思惑通りなら……すぐに次の対応に入ります」
L「対象期間は765プロダクション一行が合宿に行っている間……来週の水曜から日曜までの五日間。そして星井美希および天海春香に怪しまれることのないよう、対象とする犯罪者の数は一日一人程度……合計四、五人くらいでいいでしょう」
L「これも各報道機関には事前に話を通しておき、対象期間中に滞りなく対応してもらうようにしておく必要があります。この準備については星井さんと模木さんでお願いします」
星井父「……ああ」
模木「分かりました」
L「そしてまた合宿最終日にも、初日と同様の『確認』を行いますので……その際は、相沢さんと松田さんには福井の空港に先回りしてもらうことになります」
相沢「ああ。分かった」
松田「任せて下さい」
L「そして二回目の『確認』の結果も我々の思惑通りであれば、いよいよ『計画』を実行に移します」
L「まずはその第一段階として、月くんから弥海砂と高田清美の両名に対し、先ほど説明した作戦を遂行してもらいます。勿論、私もサポートします。月くん、よろしくお願いします」
月「ああ。任せてくれ」
L「その後も、特に大きな支障が無い限りは予定通りに『計画』を進めていきます」
L「ただ、これはあくまで現状から立案したものに過ぎませんので……状況が動き次第、随時変更していくことは当然あり得ます。その際は、都度速やかに連絡します」
L「そして……星井さん」
星井父「ああ」
L「星井美希……美希さんが、アイドル活動で長期の合宿に行くのはこれが初めてですね?」
星井父「そうだな。仕事のロケでも、一週間近く家を空けることは今まで無かった」
L「では、あくまでも娘を気遣う父親として……毎日、夜にメールを送って下さい。またその送信時刻は日によって適当にばらけさせてください」
星井父「? 別にいいが……何のためにだ?」
L「……これまで裁かれた犯罪者は、ほとんど例外無く、報道された日の夜10時までには裁かれています。そして美希さんも、ほぼ毎日、夜10時までには就寝している……そうでしたよね?」
星井父「! ああ……少なくとも、美希が夜10時以降にリビングなどをうろついていることはほとんどない。流石にいつ寝ているかまでの確認はしていないが……」
L「ただ合宿となると、普段と違う生活リズムとなり、就寝時刻がずれる可能性は十分にあります。普段より早くなるかもしれないし、遅くなるかもしれない」
L「そしてもし合宿中の美希さんの就寝時刻がずれた場合に、それと裁きの時刻との間に矛盾が生じなければ……」
星井父「! ……そういうことか」
L「はい。もちろん、メールが返ってこなかったからといって寝ているとは限りませんし、また返ってきたとしても起きていたとは限りません。寝ているところをそのメールで起こされた、ということもあるでしょうから。これはあくまでも念の為です」
星井父「……分かった。ただ前者はともかく、後者の可能性は無いな。美希は一度寝入ったら余程のことが無い限り朝まで起きることは無い」
L「そうですか」
L(もっとも、『キラは死の時間をも操ることができる』という可能性がある以上、これだけで何かが決まるというものでもないが……)
L(しかしこれまでずっと固定されていた裁きの時間帯が、たまたまこの『765プロダクションの合宿期間中』というタイミングに限ってズレたりするようなことがあれば……それは十分、星井美希に対する嫌疑をより強める事情といえるだろう)
L「では、皆さん。これまでの捜査を引き続き行うのと並行して……まずは来週の水曜日、765プロダクションの合宿の初日……この日までに各自、必要な準備を進めておいて下さい」
L「これは、遂に我々がキラの活動に関する物的証拠を押さえることとなるかもしれない、その捜査の端緒です。くれぐれも慎重に、かつ確実に遂行しましょう」
一同「はい!」
星井父「…………」
【三日後・都内某カフェ】
海砂「ごめんね美希ちゃん。急に呼び出しちゃって」
美希「ううん全然。ミキも久しぶりに海砂ちゃんとお茶できて嬉しいの」
海砂「最近は『竜ユカ』でしか会ってなかったもんね」
美希「う、うん。そうだね。(『竜ユカ』……『竜崎と愉快な仲間達』の略か……流石海砂ちゃん。すごいセンスなの)」
海砂「でね。今日呼び出したのは、もちろん久々に美希ちゃんと二人きりで話したいなっていうのもあったんだけど……」
美希「?」
海砂「実はね、ミサ……美希ちゃんにお礼が言いたかったの」
美希「お礼? ミキ、海砂ちゃんに何かしたっけ?」
海砂「うん。具体的にはまだ言えないんだけど……実は最近、すごくいいことがあってね」
美希「ふーん?」
海砂「それに、そのことだけじゃなくて、それ以外にも……ここ一年くらいの間に、私の周りでいろんな出来事があったんだ」
海砂「そしてそのどれもが、私にとっては、人生のターニングポイント? っていうか……とにかく、すごく大切な、意味のあることばかりで」
美希「…………」
海砂「それもこれも……振り返れば、全部美希ちゃんのお陰だなって思って」
美希「? どういうことなの?」
海砂「……実は、ミサが最初に憧れたアイドルは、美希ちゃんだったんだ」
美希「え?」
海砂「一年前の、765プロファーストライブの日……あの会場に、私もいたんだよ」
美希「!」
【同時刻・春香の自宅】
ピンポーン
春香「はーい」
ガチャッ
清美「こんにちは。天海さん」
春香「こんにちは! 高田さん」
【都内某カフェ】
海砂「少し長い話になるけど……いい?」
美希「うん」
海砂「これはまだ美希ちゃんには話してなかったことなんだけど……あ、でももしかしたらもう知ってるかもね。ネットとかでは普通に出てる情報だし」
美希「…………」
海砂「今から一年半前の冬……私の両親は強盗に殺されたの」
美希「! …………」
海砂「その顔……やっぱり知ってた?」
美希「あー……うん。海砂ちゃんのファンの人のサイトに書いてあったから……」
海砂「そっか。うん。別にいいよ。あえて隠すような事でもないしね」
美希「…………」
海砂「その当時、私は高校三年生で……一応、地元の短大に進むつもりでいたんだけど……たった一日で、全てが狂った」
海砂「まるで心の中が空っぽになったみたいに、何も考えられなくなった。学校にも行かなくなって、ずっと家でふさぎ込んでいた」
海砂「当然、受験なんてできる精神状態じゃなかったから……結局、高校を卒業した後も、進学も就職もしないまま、ずっと家に閉じこもっていたの」
美希「…………」
海砂「そのうえ、両親を殺した犯人の裁判は長引き、冤罪の見方まで出始めた」
海砂「正直言って、もういっそ死んでしまいたいとさえ思ったわ」
美希「! …………」
海砂「そんな中、私の両親が殺された年の翌年……つまり、去年の夏」
海砂「中学からの友達で、家に引きこもったままの私をずっと気にかけてくれていた友達が……私をあるイベントに誘ってくれたの」
美希「あるイベント?」
海砂「うん。それが……美希ちゃん達が出演していた、765プロのファーストライブだったの」
美希「!」
海砂「その友達、元々すごく多趣味でね。ホラーとかオカルトとかも好きだったんだけど、アイドルにも興味があったみたいで。あ、もちろん応援する側でだけどね」
海砂「当時、私は関西にいて……ただでさえ家から出る気になれなかったのに、ましてや関東のイベントなんて……って思ってたんだけど、その友達があんまりしつこく誘ってくるもんだから、結局最後はその熱意に負けて……はるばる関東まで足を運んだの」
美希「そうだったんだ」
海砂「その友達としては、あえて地元から連れ出すことで、私の気持ちを少しでも切り替えさせようとしてくれてたみたいだけどね」
美希「そうなんだ。良い友達だね」
海砂「うん。今でもしょっちゅう電話してるよ」
海砂「でも私自身は元々、アイドルに特に興味も無かったし、さっきも言ったけど、何よりその頃の心境としてはもう自殺寸前くらいにまで落ち込んでいたから……正直言って、会場にまでは来たものの、ライブに参加することについては全然前向きな気持ちじゃなかったんだ」
海砂「それに当時はまだ、美希ちゃん達765プロのことも何も知らなかったしね」
海砂「そんな中、肝心のライブが始まったんだけど……」
美希「…………」
海砂「自分でも不思議だったよ。最初は本当にどうでもいい、って感じで冷めた目で見ていたのに……セトリが進むうちに、いつの間にか、美希ちゃん達765プロの皆を真剣に応援するようになってる自分がいたの」
美希「海砂ちゃん」
海砂「それで気が付いたら、友達が持って来てたサイリウムを借りて、見よう見まねで振ったりしてて……」
海砂「そのとき、実感したの。『ああ。私は今、楽しいんだ』って」
海砂「それまで私は、自分の事を世界一不幸な人間だと思っていたけど……そんな自分でも、まだこんな風に何かを『楽しむ』ことができるんだって思うと……それが素直に嬉しかった」
美希「……海砂ちゃん……」
海砂「そしてそんな中……私はさらなる衝撃に襲われた」
美希「さらなる衝撃?」
海砂「うん。セトリの後半……美希ちゃんの連続ソロ曲」
美希「! それって」
海砂「そう。『Day of the future』と『マリオネットの心』という……あのダンサブルな2曲の連続ソロ」
美希「ああ……懐かしいの」
海砂「もうね。私……このときの美希ちゃんのパフォーマンスがあまりに衝撃的過ぎて……正直、これより後の曲についてはほとんど覚えてないの。遅れてきた竜宮小町の水瀬伊織ちゃん達には悪いんだけど……」
海砂「それでね。ライブが終わった後……まだ夢見心地のまま、私は何も疑わずにこう思ったの。『自分も美希ちゃんみたいなアイドルになりたい』って」
美希「……そうだったんだ」
海砂「そして私は、もう一度生きてみようと思った。もちろん、殺されてしまった私の両親はもう二度と戻ってはこないけど……それでも、せっかく今、自分が持っているこの命を捨てるなんて、絶対にするべきじゃない……いや、したくないって思った」
海砂「私より五つも年下の美希ちゃんが、こんなに一生懸命頑張ってキラキラしてるのに……このまま何もしないで死ぬなんて嫌だって、そう思ったの」
海砂「だから美希ちゃんは……私が最初に憧れたアイドルなんだよ」
美希「……海砂ちゃん……」
リューク「キラだけにキラキラってか。ククッ」
美希(黙ってろなの死神)
海砂「それでその後、関西に戻った私は、すぐに髪を金色に染めたの。なんでかわかる?」
美希「もしかして……ミキの影響、ってこと?」
海砂「そ! まずは形からって思ってね」
美希「そうだったの」
海砂「それからは、とにかく目に付いたアイドル事務所に片っ端から応募して……美希ちゃん達のライブを観に行ってから、一か月後くらいだったかな? 私は今の事務所……ヨシダプロに採用されたの」
海砂「あ、もちろん765プロにも出したんだけどね。あえなく書類で落とされちゃって」
美希「あー……うちは人手少ないからね。そう簡単にはアイドルの数を増やせないの」
美希(それにその頃はまだ前のプロデューサーがいたはずだから、とてもじゃないけどそれどころじゃなかっただろうし……)
海砂「それで、私も正式にアイドルとして活動することになったから、事務所のある関東に引っ越してきて……それが去年の10月頃かな」
海砂「正直、その頃はまだ自分でも信じられなかったよ。ほんの少し前まで、人生に絶望して死ぬことすら考えていた私が、まさかこんな風になるだなんて」
海砂「それも全部……あの日、あのとき、あのライブで美希ちゃんと出会えたからこそ」
海砂「だから美希ちゃんは、私が最初に憧れたアイドルであると同時に……私に生きる希望を与えてくれた恩人でもあるんだよ」
美希「海砂ちゃん……」
海砂「なんて……まるで竜崎さんが春香ちゃんに言ってた話みたいだけど」
美希「…………」
海砂「ね、覚えてる? 初めて会ったときのこと」
美希「えっと……○×ピザのCMの件で、ミキがプロデューサーと一緒に海砂ちゃんの事務所に行ったとき?」
海砂「そう。今からもう半年くらい前になるかな?」
美希「うん。それはもちろん覚えてるの」
海砂「あの日、私……最初に美希ちゃんに会ったとき、めちゃくちゃ興奮してたでしょ?」
美希「うん。なんかすごかったの」
海砂「あのときはまさに、ずっと憧れていたアイドルが、今自分の目の前に! ……って感じだったからね。私としては」
海砂「もう色んな想いが込み上げて来て……正直、抑えられなかったの」
美希「そうだったんだ」
海砂「あと……これはそのときより少し前……去年の11月の事なんだけどね」
美希「うん」
海砂「実は……私の両親を殺した強盗が、キラに裁かれたの」
美希「!」
海砂「さっきも言ったけど、裁判では冤罪の見方まで出始めていたところだったから……正直言って、もう、天にも昇る心地だった」
美希「…………」
海砂「やっぱり、罰されるべき人には、ちゃんと罰が下るんだなって」
海砂「神様はちゃんと見てるんだなって……そう思った」
美希「…………」
海砂「でね。私は、このことも……美希ちゃんのお陰だなって思ってるんだ」
美希「!」
リューク「ウホッ」
美希「え、い、いや……流石にそれはキラがやったことで、ミキは全然関係無いって思うんだけど……」
海砂「うん。それはもちろんそうなんだけど……でももしライブで美希ちゃんに出会ってなかったら、私……そう遠くないうちに自殺してたと思うし。もしそうなってたら、キラの裁きを見届けることもなかっただろうなって思うから」
美希「あ、あー……そういうことね」
リューク「ククッ。なるほどな」
海砂「だから、それも含めて……美希ちゃんにはすごく感謝してるんだ」
美希「…………」
海砂「それで、最初の話に戻るんだけど……最近、またすっごくいいことがあってね」
海砂「これもやっぱり、私がこうして生きていたからこそ起こったことだと思うの。だから、美希ちゃん」
海砂「あの日、あのライブで私に生きる希望を与えてくれて、本当に……」
海砂「ありがとう」
美希「……海砂ちゃん……」
海砂「そしてこれからも、よろしくね」
海砂「ミサの憧れのアイドルの先輩として……そしてもちろん、友達として!」
美希「……うん! もちろんなの!」
(海砂と別れた後、家路を歩いている美希)
リューク「ククッ。まさかミサにとっての憧れのアイドルがミキだったとはな」
美希「…………」
リューク「それにやっぱりキラに対しても恩を感じているみたいだし……なあ、ミキ」
美希「何? リューク」
リューク「前にも言ったが……ミサになら、自分がキラだって教えてやってもいいんじゃないか?」
美希「…………」
リューク「きっとミサならお前がキラだと知っても受け入れてくれる……どころか、むしろ喜ぶと思うぞ」
リューク「自分の憧れのアイドルと、両親の仇を討ってくれた恩人が同一人物だったなんて分かったら……」
美希「…………」
リューク「そうしたら、『自分にも裁きを手伝わせてくれ』くらいのことは言い出してもおかしくないし……ハルカとももう知り合いになってるから、そういう意味でも都合が良い」
美希「……リューク」
リューク「おう」
美希「前にも言ったけど……海砂ちゃんはミキのアイドル仲間で友達。それ以外の何者でもないの」
リューク「……ちぇっ。最近ハルカが大人しいから、そろそろまた新しいキラの仲間が増えたら面白いと思ったんだがな」
美希「言っとくけど、別にミキはリュークを楽しませるために裁きをやってるわけじゃないの」
美希「ミキが裁きをしているのは、皆が笑って過ごせる、楽しく生きていける世界をつくるため」
美希「ミキの目的は、ただそれだけなんだから」
リューク「……はいはい。それはもう耳にタコができるほど聞いたぜ」
美希「あっ」
リューク「ん?」
美希「春香といえば……確か今日……」
【同日(美希が海砂とカフェで会っていた頃)・春香の自宅】
春香「これで、後はオーブンで焼いたらお手製クッキーの出来上がりです!」
清美「ありがとうございます。天海さん。急な申し出だったのに、快くお家に呼んでいただいたばかりか、クッキーの作り方も一から教えていただいて」
春香「いえいえ、そんな。私も楽しかったですし。それにこうやって高田さんと仲良くなれて良かったです」
清美「そう言ってもらえると嬉しいです。天海さん」
春香「えへへ……でも正直なところ、結構疲れませんでした?」
清美「そうですね……確かに、思ったより重労働に感じました。お菓子作りって大変なんですね」
春香「あはは。やっぱりそうですよね。でもしんどい思いをした分、出来上がったお菓子を頬張る瞬間は至福のひとときですよ」
清美「確かに。手間を掛けた分だけ、味わい深いクッキーになりそうです」
春香「そうなんですよ! 市販のとはまた違った良さがあるんです。ところで高田さん……あっ」
清美「?」
春香「えっと、今更なんですけど……『清美さん』って呼んでもいいですか?」
清美「えっ?」
春香「あっ、その……その方が今よりもっと仲良くなれそうかなって……だめでしょうか?」
清美「いえ、駄目なんてことあるわけないです。是非そう呼んで下さい」
春香「よかった! あっ、じゃあ私のことも『春香』って呼んで下さい!」
清美「そうですか? えっと、じゃあ……春香……ちゃん? でいいですか?」
春香「はい! あっ、それと丁寧口調じゃなくていいですよ。私の方が年下ですし……」
清美「そうですか? じゃあ……こほん。改めてよろしくね。春香ちゃん」
春香「はい! よろしくお願いします! 清美さん!」
清美「ふふっ。あ、それとさっき、何か言いかけてなかった?」
春香「あ、はい。えっと……」
清美「?」
春香「その、清美さん。誰かにお菓子手作りしてあげるんですか? って」
清美「ええ、夜神くんに」
春香「えっ」
清美「あっ」
春香「…………」
清美「…………」
春香「清美さ」
清美「今のは無し」
春香「…………」
清美「…………」
春香「えっと」
清美「……まあ、いいわ」
春香「清美さん」
清美「別に隠すようなことでもないし」
春香「……好きなんですね。ライトさんの事」
清美「そうね。こんな気持ちは生まれて初めてだわ」
春香「…………」
清美「春香ちゃん?」
春香「ああ、いえ……そっか、そうだったんですね」
清美「隠すことでもないとは言ったけど……一応、他言無用で頼むわね。特に、海砂さんとかに知られたら面倒くさいことになりそうだし」
春香「あはは。大丈夫です。誰にも言いませんよ」
清美「ありがとう」
春香(清美さんがライトさんの事を……多少予想外ではあったけど、まあ同じ大学だし、この前の集まりのときも少し仲良さそうに見えたし……別におかしくはないよね。清美さんは相当な美人だけど、ライトさんのルックスならお似合いだし……)
春香(とすれば、これを上手く利用できないものか……清美さんを通じて、ライトさんに何らかの探りを入れてもらう……)
春香(まずは美希に相談……って、駄目だ。美希には、私がまだLの正体を探ろうとしてるってこと言ってないし……)
春香(……あ、そういえば美希に『今日清美さんと会う』ってことは言っちゃったけど……まあそれくらいなら大丈夫だよね)
春香(まさかそれだけで『私が清美さんを通じてライトさんに探りを入れようとしている』なんて思うわけないし)
清美「? どうかした?」
春香「ああ、いえ。なんでも。あ、じゃあクッキー焼き上がる前に片付けしちゃいますねっ!」
清美「私も手伝うわ」
春香「ありがとうございます。清美さん」
清美(これで夜神くんに手作りのクッキーを……ふふっ)
春香(うーん……正直、今すぐにはちょっと上手い方法が思いつかないな)
春香(まあいいか。とりあえず今日のところは清美さんとのパイプを作れたことを良しとしておこう)
春香(それになんといっても、来週はアリーナライブに向けての合宿ですよ! 合宿!)
春香(Lの正体を探ることも大事だけど……アイドル天海春香としては、今はこっちの方を優先しないとね)
春香(『目指す夢は、トップアイドル!』)
春香(……なーんてね。ふふっ)
【五日後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
(765プロダクション合宿・一日目)
L「…………」
L(相沢と松田からの報告によれば、星井美希・天海春香の二人はいずれも朝7時には事務所に到着。その後、他のアイドル達と一緒に事務所の車で空港まで移動)
L(現在は飛行機の搭乗手続中……)
月「そろそろか? 竜崎」
L「そうですね。先ほど相沢さんから『765プロダクション一行が保安検査場に向かった』という連絡がありましたので……もうすぐかと」
総一郎「…………」
星井父「…………」
模木「…………」
L「! 相沢さんからです」ピッ
一同「!」
L「はい。……今ですか? 分かりました。はい。……はい」
L「……ありがとうございました。一応、二人の乗った飛行機が飛び立つまでは見届けて下さい。お疲れ様でした」ピッ
月「竜崎」
L「はい。つい先ほど、765プロダクション一行が保安検査場の手荷物検査を通過したそうです。全員が通過するまでの所要時間は10時10分からの約15分間」
L「そのうち、星井美希はA検査場を10時12分に、天海春香はB検査場を10時18分にそれぞれ通過したとのことです」
一同「!」
L「では夜神さん。早速お願いします」
総一郎「ああ、分かっている。すぐに空港に連絡を入れる」ピッ
総一郎「もしもし。警察庁の朝日です。先日お伝えしていた件ですが、10時00分以降、現在までに手荷物検査を通過した全乗客の――……」
星井父「…………」
(十数分後)
総一郎「竜崎。早速送られてきたぞ」
L「! 早く見てみましょう」
月「でも、どの画像が二人のものか特定できるのか? 竜崎」
L「それは大丈夫です。画像にはそれぞれの通過時刻が記載されていますので、候補となる画像は可能な限り絞り込めますし……相沢さんおよび松田さんからは本日尾行中に撮影してもらった星井美希と天海春香の写真も送ってもらっていますので、これと照合すればほぼ特定できます」
月「なるほど」
L「では候補となる画像と二人の写真をまとめて画面に出します」
(捜査本部内のPCに複数枚の画像と写真が映し出される)
月「星井美希のものとおぼしき画像の候補は5枚……天海春香の方は4枚か」
L「はい。そしてこのうち、二人の写真と見比べてそれらしきものは……」
月「外見上、違和感が無いのは……星井美希は左から二枚目、天海春香は一番右か?」
L「そうですね。形状からして、これらの画像は写真と見比べても違和感がありません。まず間違い無いでしょう」
総一郎「! とすると……この、星井美希の方の画像に映っている……“これ”は……」
L「……はい。何かに覆われているようで一見分かりにくいですが……おそらくそうでしょうね」
星井父「! …………」
月「そして天海春香の方にはそれらしきものは映っていない」
総一郎「うむ。とするとやはり星井美希か……」
L「もちろん、最終的に確定させるのは合宿の最終日にもう一度この『確認』を行った際となりますが……一旦はこちらの思惑通りとして、次の対応に移りましょう。模木さん」
模木「はい。報道機関への指示ですね」
L「はい。手筈通りによろしくお願いします。そして夜神さんは先ほどのものと同内容の指示を今後二時間おきに空港の方へお願いします」
総一郎「ああ。あくまでも犯罪の一般予防の見地からの乗客の所持品確認……ということにしているからな」
月「定期的に確認要請を出しておけば、特定の個人に的を絞った捜査とはまず思われない……ましてやこれがキラ捜査などと疑われるはずも無い」
L「今やどこから情報が漏洩するか分からない世の中ですからね。これくらいは当然です」
総一郎「そうだな。用心はしておくに越したことは無い」
月「これで後は合宿最終日も同様の結果なら……いよいよだな。竜崎」
L「はい。その際は速やかに『計画』を実行に移しますので、月くんにはすぐに動いてもらうことになります。今のうちから心の準備をしておいて下さい」
月「大丈夫だ。それならもう嫌というほどしてきた」
L「それは心強いですね。そして……」
星井父「…………」
L「……星井さんは合宿期間中、毎晩、娘さんにメールを送るのを忘れずにお願いします。送る時間と文面は私が指定します」
星井父「……ああ。分かっている」
星井父「…………」
星井父(……美希……)
【三時間後・765プロダクション合宿所(福井県内某民宿)前】
(プロデューサーの運転する車から降りるアイドル達)
春香「ん~。潮の香り~!」
千早「海が目の前なのね」
響「ねぇねぇ、後で浜辺まで降りてみようよ!」
真「響! 後ろに山もあるよ、山!」
律子「ほら、あんた達。遊びに来たんじゃないのよ?」
響・真「はーい」
春香「私達も行こっか」
千早「ええ」
雪歩「美希ちゃん、ねえ着いたよ? 美希ちゃ……?」
美希「……うん。わかってるの」
雪歩「み、美希ちゃんが起きてる!?」
美希「何なのそのリアクション」
雪歩「だ、だって移動中の車の中で寝てない美希ちゃんなんて……。私、悪い夢でも見てるのかなぁ……?」
美希「雪歩は何気に失礼って思うな」
伊織「……まるっきり陸の孤島じゃない。携帯の電波は届くみたいだけど……」
やよい「見て見て、伊織ちゃん! なんだか学校みたいでワクワクするね!」
伊織「やよい。もう、あんなにはしゃいじゃって」
P「風光明媚で運動場も完備。楽しい合宿になりそうじゃないか」
伊織「まあね」
春香「…………」
千早「? どうしたの? 春香」
春香「ううん。別に何も。ただ……やっとここまで来たんだな、って」
千早「ええ、そうね。空港から結構遠かったものね」
春香「ち、違うよぉ! この合宿そのもののことを言ってるの!」
千早「わかってるわ。今のは冗談よ。ふふっ」
春香「なっ……! も、もー! 千早ちゃんのバカ!」
千早「ふふっ。ごめんなさい。春香」
美希「…………」
雪歩「どうしたの美希ちゃん? やっぱり眠いの? ねぇ眠いんだよね? そうなんだよね?」
美希「雪歩はどれだけ睡魔にミキを襲わせたいの」
(民宿の玄関口)
女将「遠い所ようこそ」
アイドル一同「お世話になります!」
主人「何もないとこやさけえ、びっくりしたでしょう」
P「いえ、そんな……」
伊織「とても素敵なところですね~」
美希「……でこちゃん、さっきは『陸の孤島』とか言ってなかった?」ボソッ
伊織「何か言った? 美希?」ニコッ
美希「なんでもないのー」
春香「あはは……」
(アイドル一同の宿泊部屋)
響「なんか前の旅行を思い出すな~」
真「亜美と真美がまだ着いてないから、なんか静かだよね」
伊織「いいことじゃない。それにあの二人にはあずさを無事に連れて来るっていう使命があるしね」
雪歩「四条さんも遅れて来るんだよね?」
響「夕方には着くって言ってたぞ」
真「ボクと雪歩も一度途中抜けするし……この合宿組むだけでも、プロデューサーと律子は大変だったろうね」
やよい「さすがですよね」
律子「皆ー、ちょっと下に降りてきてー」
春香「? 何だろう?」
美希「あ、春香。今は階段でこけなくていいからね」
春香「こけないよ!? 何その私がこけるタイミングを常に伺っているかのような言い草!?」
千早「えっ、違ったの?」
春香「千早ちゃんも今日はやけに攻めてくるね!?」
(民宿内・ロビー)
(アイドル達の前に、緊張した面持ちの七人の少女が立っている)
七人の少女「…………」
P「ええっと……そ、そんなに緊張しなくていいからな? はは……」
律子「皆、本業は同じスクールに通うアイドル見習いだけど、今回は特別にダンサーとして協力してくれることになったの。はい、自己紹介」
美奈子「佐竹美奈子です」
奈緒「横山奈緒です」
百合子「な、七尾百合子です」
志保「北沢志保です」
星梨花「箱崎星梨花です」
杏奈「望月杏奈……です」
可奈「や、矢吹可奈です!」
ダンサー一同「よろしくお願いします!」
パチパチパチパチ……
アイドル一同「よろしくお願いします!」
可奈「…………」ジーッ
(春香をじっと見つめる可奈)
春香「ん?」
可奈「!」
春香「ふふっ。よろしくね」
可奈「は、はい。が、頑張ります!」
美希「…………」
千早「美希?」
美希「えっ。ああ……うん。なんだか面白くなりそうだね」
千早「もしかしてまだ眠いの?」
美希「千早さんまでどれだけミキを眠くさせたいの」
P「よし。じゃあ顔合わせも済んだことだし、この後は早速レッスンの時間だ。皆、二十分後に隣にある市民会館に集合。いいな?」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
(市民会館内・練習場)
(合宿用に作られた練習着に着替えたアイドル・ダンサー達)
P「お、早速着てきたな」
雪歩「プロデューサー。ふふっ、なんだか気が引き締まります」
やよい「皆でお揃いって、いいですよね!」
P「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」
伊織「なかなか気が利いてるじゃない」
P「ま、レッスン自体は律子に任せきりだから、これくらいはな」
奈緒「私達も貰ってしもて、よかったんかな?」
美奈子「うん……」
P「よし。まだ全員揃ってはいないけど、皆で作った貴重な時間だ。有意義に使おう!」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
律子「合宿中はビシバシいくから、覚悟しなさいね」
響「望むところだぞ」
伊織「あんたのしごきには慣れてるわよ」
律子「春香」
春香「え?」
律子「リーダーとして、一言お願い」
春香「は、はい」
真「よっ、頼んだよ。リーダー!」
雪歩「春香ちゃん。頑張って」
春香「じゃあ僭越ながら……」スッ
伊織「あれ、こけなかったわね」
春香「だから人をこける芸持ってる人みたいに言わないで! ていうか最近はもうほとんどこけてないでしょ!」
伊織「まあそれはそうなんだけど、つい、ね。にひひっ」
春香「もう。えっと……こほん」
春香「……まずこうして、みんなで協力して合宿を実現できたことが嬉しいです」
春香「今回のアリーナでのライブは、過去に経験したことが無い、大きな規模のライブだよ。私達にとって大きなステップアップになると思うし、大切な思い出にもなると思う」
春香「何より、応援してくれる多くのファンの人達のためにも、力を合わせて最高のライブにしよう!」
アイドル一同「おー!」
響「よーし、やるぞー!」
真「気合入るね!」
春香「皆ー! いつもの、いくよー!」
(素早く円の形になるアイドル達)
伊織「ほら、あんた達も!」
ダンサー一同「は、はい!」
春香「じゃ、いくよー? 765プロー!」
アイドル一同「ファイトー!」
ダンサー一同「ファ、ファイトー……」
美希「…………」
春香「ん? どうかした? 美希」
美希「……ううん。別に、何も」
春香「もしかして、まだねむ」
美希「だからそれはもういいの!」
アハハ……
春香(いよいよ……いよいよなんだ!)
春香(私達765プロは……皆で一緒に、トップアイドルになるんだ!)
美希「…………」
美希(今の春香は……)
美希(なんだか、とっても眩しいの)
(同日夜・アイドル一同の宿泊部屋)
(テレビを観ながらくつろいでいるアイドル達)
真「ふぅ。ミーティングも終わって、ようやく一段落って感じだね」
貴音「真、疲れましたね」
響「いや、貴音は夕食前に来たとこなんだからそんなに疲れてないだろ……」
亜美「亜美達は結構本気で疲れたけどねー」
真美「あずさお姉ちゃんのせいで鳥取まで行っちゃったしー」
あずさ「ごめんね亜美ちゃん、真美ちゃん。今度アメちゃん買ってあげるから許してね」
亜美「あ、アメちゃんて……もういいよ、お饅頭奢ってもらったし」
真美「うんうん。『てぬぐいまんじゅう』チョー美味しかったよね!」
あずさ「そう? それならよかったわ」
(適当にTVのチャンネルを回す亜美)
亜美「さて、なんか面白い番組やってないかな~っと……あ、またキラ特番やってる」
真美「毎日毎日よくやるねぇ」
真「でも結構長くなるよね。キラ事件が始まってからさ」
雪歩「確か、前のプロデューサーが亡くなった頃からだったから……もう七か月くらい?」
真「うん。もうそれくらいにはなるね。でもこれってまだ犯人どころか、どうやって心臓麻痺で人を殺しているのかさえも解明されてないんだよね」
響「あとそういえば、うちの事務所に刑事さん達が来たこともあったよね」
亜美「あー、あったあった。結局あの一回だけだったけどね」
真美「あれってさ、やっぱり真美達もキラ容疑者に入ってたってことだったのかな?」
伊織「まさか。たまたまキラ事件と同じ時期に前のプロデューサーが心臓麻痺で亡くなったから、念の為に話を聞きに来たってだけでしょ。あの刑事達もそう言ってたじゃない」
やよい「でも、私はやっぱりちょっと怖かったかなーって。あの刑事さん達、ドラマで刑事役やってる役者さん達とは全然雰囲気違ったもん」
春香「そりゃまあ本職の刑事さんだからね……」
亜美「でもさー、正直な所、亜美はキラってそこまで悪いヤツって思えないんだよね」
真美「うんうん。本当にどうしようもなく悪い人しか殺してないもんね。キラは」
雪歩「で、でもどんな理由であれ人殺しは駄目だよぅ」
亜美「でもさー、もし亜美のパパやママや……真美が」
真美「!」
亜美「何の理由も無く殺されたりしたら……亜美だったら、その犯人を殺してやりたいって思うと思うし、もし亜美にそれができる力があったら絶対にその力を使うと思う」
真美「亜美……」
真「そりゃまあ、そういう場合は別かもしれないけどさ。でも流石に犯罪者を片っ端から殺していくっていうのは……」
あずさ「でも、その犯罪者に殺された人のご家族や大切な人たちなんかは、今亜美ちゃんが言ったような思いをきっと持ってるわよね」
真「それは……そうかもしれないですけど」
あずさ「そういう人達の中には、キラの『裁き』で救われた思いをした人だって、きっといるんじゃないかしら」
あずさ「……もちろん、だからといって人を殺すのが良いことだとは思えないけど」
貴音「あずさの言うとおりです。如何な理由があれど、人を殺した上での幸せなどありえません。憎しみが憎しみを紡ぎ、負の連鎖をもたらすだけです」
伊織「そりゃ良いか悪いかでいえば、悪いに決まってるわよ。でも時と場合によっては、悪いと分かっていてもやるしかないこともあるって話でしょ」
真美「おや? いおりんがキラ肯定派とは意外だね」
伊織「別に肯定はしてないわよ。ただ、まったく理解できないわけではないってこと」
真美「なるほどね。ミキミキはどう?」
美希「死ぬほどどうでもいいの。あふぅ」
真美「うん。安定のミキミキだね。やよいっちは?」
やよい「え? わ、私? 私は……うーん、やっぱりどんな理由があっても、人を殺すのは良くないって思うけど……」
真美「やっぱりやよいっちはキラ否定派かぁ。まあなんとなくそんな気はしてたけど。千早お姉ちゃんは?」
千早「肯定か否定か、と聞かれると……少なくとも肯定はできないわね。ただ、全てを否定するつもりもないけれど」
亜美「じゃあ正義か悪か、でいうと?」
千早「正義か悪かの二元論を述べることに意味は無いわ。キラを肯定し、認めている人からすればキラは正義。キラを否定し、認めまいとしている人からすればキラは悪。ただそれだけのことよ」
亜美「ほへー……」
真美「流石千早お姉ちゃん……何言ってるのかイマイチよく分かんないけど」
響「千早が言ってるのは、所詮正義か悪かなんて相対的な概念に過ぎないから、一義的には決められないってことさー」
亜美「ひびきんがなんか生意気なこと言ってる」
真美「ひびきんのくせに生意気」
響「何この扱いの差!?」
千早「ただ少なくとも……私なら、仮に自分がキラと同じ能力を持っていたとしても、よっぽどのこと……それこそ、さっき亜美が言っていたような状況にでもならない限りは……怖くて使えないと思うわ」
亜美「うん。それは亜美も同意見だよ」
真美「じゃあ逆に、そういう状況までいかなくても、キラキラの能力を使いそうな人は……」
春香「キラキラの能力って、そんなゴムゴムの能力みたいに」
真美「あ」
春香「えっ」
真美「はるるん」
春香「え? え?」
真美「……は、絶対使わないだろうね」
亜美「うんうん。はるるんが誰かを殺すなんて……ひびきんのエイプリルフールのウソに誰かが引っかかるくらいありえないっしょ」
響「!?」
春香「何そのたとえ!? いやまあ確かに響ちゃんのウソに引っかかる人がいるとは一ミリたりとも思えないけど……」
響「!?」
亜美「つまり絶対無いってことだよ」
春香「そ、そっか。あはは……」
響「も、もー! 二人ともひどいぞ! ていうかそもそも、この中にキラの能力を使いそうな人なんていないでしょ!」
雪歩「そ、そうだよぉ」
亜美「あっ」
雪歩「えっ」
亜美「ゆきぴょん……」
雪歩「えっ、な、何?」
亜美「ゆきぴょんって結構ヤンデレ? っぽい雰囲気あるし……」
雪歩「え、えぇっ!?」
亜美「なーんて。冗談だよー」
雪歩「も、もうっ! 亜美ちゃんのバカ!」
真「あ、ニュース速報だ」
(TV画面上部にニュース速報のテロップが流れる)
伊織「……何々、『本日21時15分頃、複数の犯罪者が心臓麻痺により死亡。警察はキラによる殺人とみて捜査を進めている。死亡した犯罪者は以下の五名……』」
亜美「キラ特番の放映中にキラの裁きのニュース速報って……」
真美「うーん、まさにキラキラな時代ですなあ」
春香「いや、キラキラな時代って……」
美希「………… !?」ガバッ
春香「美希? どうしたの? 急に起き上がって」
美希「いや……なんでもないの」
春香「?」
亜美「もー。何寝ぼけてんのさミキミキ! おりゃあ!」
(枕を美希に投げつける亜美)
美希「わぷっ」
亜美「あはは!」
美希「もー! やったの!」
亜美「ぎゃっ!」
真美「救援するぜい! 亜美!」
春香「ぷわっ! な、なんで私!?」
真美「近かったから!」
春香「理不尽!? もう怒りましたよ!」
真美「やるかーっ!」
あずさ「あらあら、じゃあ私も~」
真「ならボクも!」
響「自分もやるぞ!」
やよい「うっうー! 私もいきます~」
雪歩「ひぃい……」
伊織「もう、皆して何子どもみたいなこと……きゃうっ!」
美希「いえーい! でこちゃんにクリーンヒットなの!」
伊織「で、でこちゃんいうなーっ!」
ギャー ギャー
ガララッ
律子「あんた達! いい加減に――」
ボフッ
アイドル一同「あ……」
律子「……いい度胸ね?」
アイドル一同「ひぃっ……」
律子「覚悟なさい! とりゃー!」
ワー ワー ドタバタ……
(一階・ダンサー一同の宿泊部屋)
百合子「なんだか賑やかですね」
美奈子「夜でも元気なんて、すごいなぁ」
可奈「…………」
可奈(明日は、春香ちゃんともっとお話できたらいいな……)
(三十分後・民宿前の浜辺)
(二人きりで浜辺に佇んでいる美希と春香)
春香「う~っ。もう6月の下旬とはいえ、やっぱり夜はまだ寒いね。すぐそばに海があるからかもだけど……」
美希「…………」
春香「で? 美希。話って何? わざわざこんな所まで連れ出したってことは……キラ関係の話だろうとは思うけど」
美希「……うん。さっき、TVでニュース速報流れてたでしょ? キラの裁きの」
春香「ああ、うん。それがどうかしたの?」
美希「実は……今日ミキが裁いたはずなのに、その時に報道されなかった犯罪者がいたの」
春香「えっ。本当に?」
美希「うん。今日はミーティングの後に六人の犯罪者の名前を書いたんだけど……その中で一人だけ、報道されなかった」
春香「そうなの? 確かにさっきのニュース速報では『死亡した犯罪者は以下の五名』って出てたけど……」
美希「うん。テロップだったからミキの見間違いだったかも、って思って、後でスマホでも確認したんだけど……やっぱりその人だけ報道されてないの。どのニュースサイトを見ても」
春香「……でも、美希は確かに裁いたんだよね? その報道されてない人も」
美希「うん。ほら、これ。今日の分の犯罪者の名前を書いた切れ端」スッ
春香「あ、切れ端に書いてたんだ」
美希「流石に皆がいる部屋でノートは出せないからね。今は鞄ごとここに持って来てるけど」
春香「なるほどね。……うん。確かに六人分、名前書いてあるね」
美希「でしょ? あ、でもひょっとして……名前が間違って報道されたのかも? 前にも一回、そういうことあったし……春香、ちょっと死神の目で名前見てくれない? 今、スマホでその人の顔写真が載ってるニュースのページ出すの」
春香「うん。いいよ」
美希「……あった。この人なの」スッ
春香「! 美希」
美希「どう?」
春香「この人、もう死んでる」
美希「えっ」
春香「もう死んでる人は名前も寿命も見えないの。この人はどっちも見えない」
美希「そうなの? ってことは……」
春香「報道された名前は合っていて、だから美希が切れ端に名前を書いたのも当然有効で、それによって確かにこの人は死んだ……なのに、なぜかその事実が報道されていない……ってことになるね」
美希「一体なんで……?」
春香「さあ……。犯した罪の重さも、他の五人と比べて特に重いわけでもなければ軽いわけでもない……これまでのキラの裁きの基準から逸脱した犯罪者でもない……」
美希「…………」
春香「正直、ちょっと分からないけど……まあたまたま、警察に発見されるのが遅れてるだけなのかもしれないし……明日になったら、普通に報道されてるかもよ?」
美希「うーん……まあ、ね」
春香「さ、今日はもう遅いし、早く部屋に戻って寝よう? 明日も朝からレッスンだしさ」
美希「……うん。そうだね。……ん?」
春香「? どうしたの? 美希」
美希「……ううん。なんでもないの。すぐに行くから、春香は先に部屋に戻ってて」
春香「分かった。じゃあまた後でね」
美希「うん」
美希「…………」
美希(パパからメール……? こんな時間に……?)ピッ
美希(『合宿の調子はどうですか? あまり無理をし過ぎないように、健康第一で頑張って下さい』)
美希「…………」
美希(一見、ミキのことを心配しているだけの普通のメールに見えるけど……)
美希(今の時間は22時40分……普段のミキならもうとっくに寝ているはずの時間……)
美希(パパなら当然、ミキがもう寝ているだろうってことは分かるはず)
美希(それなのに、あえてこんな時間にメールを送ってきた……? 特に急ぐような内容でもないのに……)
美希(……なんか、引っかかるの)
美希(! もしかして……)
美希(このメールを送ったのは、パパの意思じゃない……?)
美希(もし誰かがパパに命令して、ミキ宛てにメールを送らせたんだとしたら……)
美希(……そんなの、キラ事件の捜査本部の人間以外には考えられない)
美希(リュークが言うには、ミキが福井に着いてからは尾行はついていない。東京の空港まではついていたらしいけど……)
美希(だからその代わりにパパからメールを送らせて、それに対する返信のタイミングからミキの行動を把握しようとしている……?)
美希(いや、でも……メールの返信だけで行動を把握するっていうのは少し無理がある気がするの)
美希(だったら、もっと別の……ミキがキラとして疑われている前提なら……)
美希(キラ……裁き……)
美希(! そうか。ミキは今まで、基本的にずっと裁きの時間は変えずにここまできた)
美希(でももしこの合宿期間中だけ裁きの時間が変わり、それに連動するようにミキの生活リズムも変わったとしたら……)
美希(ミキの容疑は一層深まる……ってことなの)
美希(でもお生憎様なの。合宿中も裁きの時間は変えてない。だからミキが普段より遅い時間まで起きていても何の関係も無いの)
美希(そうと決まれば……)
美希(……『パパ、メールありがとう。ミキは元気なの。今日は初日だったからばたばたしちゃって寝るの遅くなっちゃったの。でも流石にもう寝るね。おやすみなさいなの』……っと)ピッ
美希(これでいいの。合宿期間中も普段と全く生活リズムが変わらないっていうよりは、むしろこれくらいの方が自然だと思うし……)
美希(何より裁きの時間が変わらない限り、そこからミキへの疑いを強めることは絶対にできないの)
美希(捜査本部ではまだキラの殺しの方法が分かっていないから、『合宿中は普段と同じようには裁けないはず』って思われてるのかもしれないけど……実際は切れ端に名前を書くだけなんだから、ほんの数秒の隙さえあればいつでも殺せるの)
美希(こんな狡い手段でキラの尻尾を掴もうなんて笑止千万なの。おへそでお茶を沸かしちゃうの)
美希(……でも)
美希(実際のところ、捜査本部の中でパパにこんな命令を出せる人がいるとしたら……やっぱりL? それとも刑事局長の夜神総一郎?)
美希(あるいは竜崎? 夜神月?)
美希(…………)
美希(まあ、いいの。誰の意思であっても同じこと……ここからミキがボロを出すことは無い)
美希(それにとりあえず、これではっきりしたことがあるの)
美希(パパは今もまだ、キラ事件の捜査本部にいる……か、いないとしても、捜査本部に対して捜査協力をしている立場にある)
美希(キラを……いや、ミキを捕まえようとしている……捜査本部に対して)
美希「…………」
美希(そしてさっきの報道……普通に考えて、あれもキラ事件の捜査本部が仕組んだ報道操作である可能性が高いの)
美希(ただ、死亡したことが報道されなかった犯罪者はまだ一人だけ……だとしたら春香の言うように、単に情報が遅れてるだけの可能性もあるの。最終的な判断をするのはもう少し様子を見てから……)
美希(でも、もしこれが本当にキラ事件の捜査本部が仕組んだ報道操作だとしたら……?)
美希(一体、何のために……?)
美希「…………」
【翌日・市民会館内練習場】
(765プロダクション合宿・二日目)
(アイドル・ダンサー一同のダンスレッスン中)
律子「1、2、3、4、5、6、7、8! ほら、動きなまってるわよ! まだまだそんなもんじゃないでしょ!」
アイドル・ダンサー一同「…………!」
律子「もっとキレ良く! しなやかに! ……」
律子「……よし。じゃあこのへんで少し休憩にしましょう。水分補給はしっかりね」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
雪歩「はぁ、はぁ……律子さんのコーチ、久しぶりだね」
伊織「まだまだこんなもんじゃないわよ」
響「へへっ。自分だってまだまだいけるぞ!」
律子「……ふむ……」
真「あと、ここなんだけどさ……」
千早「そのステップ、私もまだちょっと遅れてるかも……」
やよい「私もついもたついちゃいますー」
春香「難しいよねぇ」
律子「…………」チラッ
美希「…………」
美希(昨日一人だけ報道されなかった、例の犯罪者……)
美希(今朝になっても……やっぱり報道されていなかった)
美希(こんなことは今まで一度も無かった)
美希(やっぱりこれはもう……意図的に報道が操作されているとしか思えない)
美希(だとしたら、それをしているのはやはり……)
美希(……L……)
律子「美希。ちょっといい?」
美希「! な、何? 律子……さん」
律子「今のパート、踊ってみてくれる?」
美希「うん。いいよ」
美希(な、なんだ……びっくりしたの)
律子「はい皆、ちょっと注目。じゃあ美希、お願い」
美希「うん」
(自分でリズムを取りながらダンスの1パートを踊りきる美希)
美希「……どう?」
春香「すごい! 美希!」
雪歩「かっこいい!」
伊織「ま、まあまあね……ふんっ」
律子「皆。最低でも、今の美希のレベルに追いついてもらうわよ」
伊織「よし! やるわよ!」
春香「うん!」
(美希のダンスを遠巻きに観ていたダンサー一同)
百合子「す……凄かったね」
杏奈「うん……」
可奈「…………」
あずさ「はい。皆、水分補給はこまめにね」
百合子「あ、はい! ありがとうございます!」
やよい「はい、どうぞ!」
杏奈「あ……ありがとうございます……」
あずさ「はい」
可奈「あ……はい。ありがとうございます」
可奈「…………」
(あずさから受け取ったドリンクには口を付けずに、じっと体育座りをしたままの可奈)
春香「……可奈ちゃん? どうしたの? なんか元気無いみたいだけど……」
可奈「えっ! そ、そんなことないです! 元気です!」
春香「そう? ならいいんだけど」
可奈「あ、あはは……」
可奈「…………」
可奈(どうしよう)
可奈(今のままじゃ、私……)
可奈(とても、春香ちゃんのバックダンサーなんて……)
(同日夜・民宿内食堂)
律子「それじゃあ、真と雪歩を送っていきます」
P「ああ、頼む」
真「行ってきます!」
雪歩「明日のお昼には戻ってきます」
P「行ってらっしゃい。二人とも気を付けてな」
真・雪歩「はい!」
(律子、真、雪歩を見送った後、食事中の残りのメンバーの方に向き直るプロデューサー)
P「……皆。そのまま聞いてくれ。いよいよレッスンも佳境だが、明日は練習風景の取材が入る。だが特に意識せず、練習に集中してほしい」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
可奈「…………」
春香(可奈ちゃん、やっぱり元気無いような……)
美希「…………」
美希(今日の裁きの対象となる犯罪者は全部で五人)
美希(名前を書く時間は昨日と同じくらい……21時を少し過ぎた頃にするの)
美希(それでもし、今日も……昨日みたいに、死んだことが報道されない犯罪者がいたら……)
美希(…………)
【翌日・市民会館内練習場】
(765プロダクション合宿・三日目)
取材スタッフ「これ、こちらでいいですか?」
P「あ、それはこっちでお願いします」
取材スタッフ「では次、我那覇さんよろしいでしょうか」
P「分かりました。響、次頼む」
響「分かったぞ!」
取材スタッフ「では、この位置でお願いします」
響「はい! よろしくお願いします!」
P「…………」
善澤「やあ。やってるねえ」
P「! 善澤さん。はるばるありがとうございます」
善澤「何、こちらから申し入れさせてもらった取材だからね。それにしても……」チラッ
(インタビューを受けているアイドル達を見る善澤)
美希「……ハリウッド? もちろん楽しみなの。でも、今はライブのことで頭がいっぱいってカンジかな」
千早「ええ。まるで自分の中から、音楽が溢れ出てくるような感じで……。ですから、今は早く舞台に立ちたいと……」
やよい「はい! もっといーっぱいレッスンして、ファンの皆に思いっきり楽しんでもらえるようなライブにしたいです!」
善澤「――なんだか、すっかり頼もしくなったね」
P「ええ、まあ」
善澤「……ああ、でも君がここに来た頃にはもう既にこんな感じだったかな?」
P「そうですね……でもやっぱり、俺がこの事務所に来た半年前と比べて……一層輝きが増しているような気がします」
善澤「はは、そうかい」
真「ただいま、戻りました! ……あれ?」
雪歩「な、なんか人がたくさん……?」
P「お、真と雪歩、戻ってきたな。ちょっとすみません」
善澤「ああ」
P「お帰り。真、雪歩」
真・雪歩「プロデューサー」
P「いきなりで悪いが、二人ともすぐに取材の準備をしてくれ」
真「あ、はい」
雪歩「分かりましたぁ」
善澤「…………」チラッ
(インタビューを受けている春香を見る善澤)
春香「――絶対楽しいライブになると思います! 期待していて下さい!」
取材スタッフ「はい。天海さん、どうもありがとうございました」
春香「ありがとうございました!」ペコリ
善澤「春香ちゃん。僕からも一ついいかい?」
春香「善澤さん。はい。是非よろしくお願いします」ペコリ
善澤「今回のアリーナライブのリーダーに抜擢された理由……自分ではどうしてだと思う?」
春香「理由……ですか? そうですね……」
善澤「…………」
春香「私が、765プロの皆のことが大好きだから……ですかね?」
善澤「あっはっは。春香ちゃんは時々面白いねぇ。うん。でも、そういうところが必要なこともあるよ」
春香「そ、そうですか? え、えへへ……」
美希「…………」
美希(……春香……)
(取材終了後・ダンサーチームだけのレッスン中(アイドル一同は別室で休憩中))
律子「1、2、3、4、5、6、7、8! 1、2、3、4……、はーい、ちょっとストップ! 全体を意識して! もう一回!」
ダンサー一同「は……はい!」
律子「1、2、3、4、5、6、7、8! 1、2、3、4、5、6、7、8! ……よし、じゃあ一旦休憩!」
ダンサー一同「はい!」
可奈「はぁっ……はぁっ……!」
奈緒「可奈、大丈夫か? ちょっと遅れてんで」
可奈「ご、ごめんなさい……」
志保「……ついてこれないようなら、早めに言った方がいいんじゃない。後で言われても迷惑になるし」
可奈「!」
奈緒「志保! 何でそんな言い方……!」
志保「今ならまだ、他の人と交代することもできると思っただけです。本番直前になって『やっぱり駄目でした』じゃシャレにならないでしょう?」
奈緒「そ、それは……」
可奈「……いいんです」
奈緒「! 可奈」
可奈「今の時点で、私が皆についていけていないのは……事実ですから」
奈緒「せ、せやかて……」
志保「今のうちによく考えておくことね。この合宿が終われば、本番のライブまでもう後一か月と少ししかないんだから」
可奈「…………」
(レッスン終了後・市民会館の裏手)
(お菓子の袋を抱えて、一人佇んでいる可奈)
可奈「……プチシューを、食べても食べても、踊れないー……踊れないー……」
可奈「……はぁ……」
(水場で顔を洗った後、裏手に回ってきた春香)
春香「? 可奈ちゃん?」
可奈「! は、春香ちゃ……天海先輩!」
春香「こんな所で何してるの? おやつ休憩?」
可奈「は、はい! あ、あの、よかったら……たくさんどうぞ!」ガサッ
(プチシューの入った袋を差し出す可奈)
春香「あはは、ありがとう。じゃあ一つ貰うね」スッ
可奈「…………」
春香「……ねぇ、可奈ちゃん」
可奈「は、はい」
春香「やっぱり何かあった? 昨日から元気無いみたいだけど」
可奈「…………」
春香「私でよければ……話くらい聞くよ?」
可奈「……ありがとうございます。実は、私……まだちゃんと踊れてないんです」
可奈「せっかく先輩と一緒の舞台に立てるのに、焦るばっかりで……」
春香「…………」
可奈「…………」
春香「……可奈ちゃん」
可奈「はい」
春香「大丈夫だよ」
可奈「天海先輩」
春香「私も、そうだったもん。すぐにできるようになる人も中にはいるけど、上達の早さは人それぞれだから。何事も一歩ずつ、だよ」
可奈「一歩ずつ……」
春香「うん。アイドルになりたいって思った憧れを忘れなければ、いつか絶対出来るようになるって思うんだ」
可奈「憧れ……ですか?」
春香「うん。だから、焦らずいこ?」
可奈「……でも……」
春香「可奈ちゃん?」
可奈「この合宿が終わったら、本番のライブまでもう後一か月と少ししかないですし……」
可奈「私、さっきも他の子から『ついてこれないようなら早めに言った方がいいんじゃないか』って言われちゃって……『後で言われても迷惑になるから』って……」
春香「! …………」
可奈「でも実際その通りだから、私、反論できなくて……」
春香「……可奈ちゃん……」
可奈「私一人のせいで先輩方に迷惑掛けちゃうくらいなら……その子の言うとおり、もういっそのこと……」
春香「可奈ちゃん!」
可奈「! は、はい」
春香「……ちょっと、ここで待ってて」
可奈「えっ?」
春香「いいから待ってて! 絶対だよ!」ダッ
可奈「は、春香ちゃ……天海先輩!? 一体どこへ……」
可奈「……行っちゃった」
可奈「…………」
(同時刻・市民会館入口)
(一人で入口前の階段に座り込んでいる美希)
美希「…………」
美希(昨日の夜、ミキが裁いた犯罪者は五人)
美希(その中の一人が、また)
美希(――間違い無く裁いたのに――死んだことが、報道されなかった)
美希「…………」
美希(一昨日に続いて、これで二日連続……)
美希(昨日も春香に死神の目で確認してもらったから、裁き自体ができていることは間違い無い)
美希(とするとやっぱり、これはLの仕組んだ報道操作……もうそう考えるしかないの)
美希(思えばLがリンド・L・テイラーを使って行った挑発もTVを使ってのものだったし、手段としてはよく似ているの)
美希(それに前にも、名前を間違えた犯罪者の報道や、二人の犯罪者の顔写真を取り違えた報道があった)
美希(もしあれらも、Lの仕組んだ報道操作だったとしたら……)
美希(前者の報道ではキラの殺しの条件として名前が必要なこと、後者の報道では同じく顔が必要なことが分かる)
美希(つまりどっちも、『キラの殺しの条件を特定するためにLが仕組んだ報道操作』だったと考えれば辻褄が合うの)
美希(でも今回のは……どういう目的で?)
美希(『犯罪者が死んだことを報道しない』……そうすることに何の意味があるの?)
美希(当然だけど、Lは春香の目のことは知らない……つまりミキが『犯罪者が本当に死んだかどうかを確認する方法』を持っていることは当然知らないし、また知りようが無いの)
美希(だとしたら、『殺したはずの犯罪者が死んでいない』と思ったミキに、その犯罪者に対してもう一度殺しの行為をさせ……それを観察することで、キラの殺しの方法を特定しようとしている?)
美希(……いや、でもそれならミキが今も毎日行っている裁きを観察するのと何も変わらない。わざわざ同じ犯罪者に対して二回も殺しの行為をさせる意味は無いの)
美希(それにそもそも、ミキが福井に着いてからは尾行もついていないわけだから、観察しようにも……)
美希「…………」
美希(そういえば、パパからのメールは昨日も来た……一昨日に来た時間は22時40分だったけど、昨日は21時10分……微妙に時間を変えて送り、返信があるかどうかを確認することでミキの生活リズムを見定めようとしている……これは多分間違い無い)
美希(そうだとしたら、これは裁きの時間をこれまでと変えないことで十分対応可能……)
美希「…………」
美希(あとは裁いた犯罪者の一部が報道されていない理由……これだけが……)
美希(このことは春香にも伝えてあるけど、今の春香はもうほとんどアリーナライブのことしか頭にない……『Lの仕組んだ報道操作かもしれない』なんて、思いついてすらいないの)
美希(まあ春香は暴走しがちなとこあるから、正直今はその方が良いけど)
美希(でも春香が何も気付かず、自分から動かなかったとしても……)
美希(既にこうしてLがミキ達に対して色々と仕掛けて来ている以上……早めに手を打たないとまずいの)
美希(他の誰でもない――春香を、守るために)
美希「…………」
美希(だとしたら……現時点で一番効果的な手段は……)
美希(そんなの、考えるまでもないの)
美希(キラ事件の捜査本部のメンバーを―――全て殺してしまうこと)
美希(それを実現するために一番確実な方法は……今現在、顔と名前が分かっている全ての捜査員の名前をノートに書き……その死の状況を『キラ事件の捜査本部に所属する者及びその関係者の全員の顔と名前を『キラを捕まえようとする反逆者達』としてインターネット上のサイトに掲載した後、○日後に心臓麻痺で死亡』とでも設定する……)
美希(インターネット上に捜査員全員の顔と名前が掲載された後は、そこで初めて顔と名前が明らかになった捜査員……つまりミキや春香がそれまで知らなかった捜査員についても、最初に操った捜査員達と同じ行動を取らせてから心臓麻痺で死ぬようにノートに書く)
美希(こうすれば捜査本部にいる全ての捜査員が、自分も含めた全ての捜査員の顔と名前をインターネット上に掲載した後、心臓麻痺で死亡することになる)
美希(インターネット上に捜査本部全員の顔と名前が掲載された後であればその情報は万人の知るところとなるから、その後にその全員が心臓麻痺で死亡したとしても、それは単に『反逆者達がキラによって裁かれた』ということにしかならず、ミキや春香だけが特別疑われるようなことにはならない)
美希(また全ての捜査員が同じ行動を取ってから死ぬことになるから、後で警察が調べたところで特定の捜査員の行動だけを疑うこともできない)
美希(仮に『捜査員全員がキラによって操られ、全く同じ行動を取ってから死亡した』と推理することはできても、それぞれの捜査員がインターネット上に全ての捜査員の顔と名前を掲載する日時、さらにはそれぞれの捜査員の死亡する日時までをもランダムに設定しておけば……最初にキラによって操られたのが誰だったのか、すなわち最初からキラに顔と名前を知られていたのが誰だったのかも分からなくなるから、そこから足がつくこともなくなる)
美希(つまりこうすることで……ミキや春香がキラとして特定されることもなく、捜査本部のメンバーを全て葬ることができるの)
美希(……でも、それはあくまで『捜査本部のメンバー全員が互いの顔と名前を知っていること』が前提になる)
美希(もし外から捜査本部を指揮している者で……いや、あるいは捜査本部内の者であっても……)
美希(『捜査本部内の誰にも顔と名前を知られていない者』が一人でもいたら……その者だけは生き残ってしまう)
美希(そしてもしそんな人物がいるとしたら……その人物がLである可能性が極めて高いの)
美希(パパも、キラ事件が始まってすぐの頃だけど、『本物のLは俺達警察の人間もまだ会ったことがない』って言ってたし……)
美希(もちろん、その後にLがパパ達の前に姿を現している可能性はあるし……既にミキが把握している捜査本部のメンバーの中の誰かがLである可能性だってあるけど……)
美希「…………」
美希(でももし仮にそうだとした場合……その中で一番Lである可能性が高いのは……)
美希(やっぱり竜崎……“ L Lawliet”……)
美希(でもリンド・L・テイラーの例もあるし……名前が“L”ってだけではまだ……)
美希(確かに、竜崎は既にパパの前に姿を現しているけど……でも姿を現しているからこそ、むしろ逆にLではない可能性の方が高いとも……)
美希(…………)
美希(……パパ……か)
美希(Lのことは別にしても、もしミキがこの作戦を実行したとしたら――……パパも)
美希(…………)
春香「……美希!」
美希「! 春香? どうしたの。そんなに走って」
春香「あのね、美希。ちょっとダンスを……」
美希「ダンス?」
春香「うん。ダンス……教えてくれない?」
美希「え? 春香に?」
春香「あ、じゃなくて……その、ダンサーの中で一人、ちょっとまだ皆についていけてない子がいて」
美希「…………」
春香「ほら、美希、昨日律子さんにダンス褒められてたし……実際、すごく上手かったし」
春香「だから、ね? ちょっとだけ、コツとか教えてあげてくれないかなって……」
美希「…………」
春香「ダメ、かな……?」
美希「…………」
美希(こんなときに、ダンサーの子の心配って……)
美希(……いや、違う)
美希(『こんなとき』じゃない)
美希(春香にとって……ミキが守ろうとしている春香にとって……一番大切なときが……『今』なんだ)
美希(春香はいつだって、誰よりもアイドルで)
美希(ずっとずっと前から、トップアイドル目指して頑張ってて)
美希(そして何より、765プロの皆のことが―――大好きで)
美希(……そうだよ。ミキが守りたかったのは……)
美希(765プロの皆のことが大好きで、765プロの皆と一緒にトップアイドルになることを心の底から願っている――……)
美希(そんな、春香なんだ)
美希(だから春香にとっては、バックダンサーの子達も、一緒にステージを作り上げていく大事な仲間で)
美希(きっと――ミキ達765プロの仲間と同じくらい――大切な存在なんだ)
美希「……まったく、もう」
春香「み、美希?」
美希「後輩にダンス一つ教えてあげられないなんて、本当に困ったリーダーなの」
春香「えぇっ! ち、違うよぉ! そりゃ私だって教えられないわけじゃないけど、でも、どうせなら私より上手い美希に教えてもらった方が……」
美希「はいはい。もうわかったからとっとと行くの。きょーそーなの!」ダッ
春香「あっ! 美希ずるい! フライングですよ! フライング!」ダッ
美希「あははっ」
春香「もーっ! 待ってよー! 美希ーっ!」
美希(でもね、春香)
美希(ミキも、そんな春香のことが大好きなんだよ)
美希(恥ずかしいから、口に出しては言わないけどね)
(市民会館の裏手)
春香「可奈ちゃーん。ダンスの先生、連れて来たよ!」
可奈「! 美希ちゃ……じゃない、星井先輩!?」
美希「ああ、えーっと……マナちゃんだっけ?」
可奈「か、可奈です! 矢吹可奈……」
美希「ああ、可奈ちゃんね。ごめんねなの」
可奈「いっ、いえ!」
春香「よし。じゃあ早速やろっか!」
美希「…………」
可奈「…………」
春香「ん?」チラッ
美希「えっ! もうミキのターンなの!?」
春香「そりゃそうだよ! そのために来てもらったんだから!」
美希「む、無茶ぶりにもほどがあるって思うな……まあいいや。えっと、可奈ちゃんはダンスが苦手なんだって?」
可奈「は、はい。先輩方からはもちろん、他のダンサーの子達からも遅れていて……」
美希「…………」
可奈「正直、このままどんどん置いていかれちゃうくらいなら、もう今のうちに他の人に代わってもらった方がいいんじゃないかな、とか……思ったりしてて……」
春香「可奈ちゃん……」
可奈「…………」
美希「可奈ちゃん。いや、可奈」
可奈「は、はい!」
美希「可奈はどうしたいの?」
可奈「……えっ?」
美希「ミキ達のバックダンサーやりたいの? それともやりたくないの?」
可奈「そ、それは……」
美希「…………」
春香「…………」
可奈「……やりたい、です、けど……」
美希「じゃあ、いいじゃん」
可奈「えっ」
美希「ミキ的には、どうしたいか、だけでいいって思うな」
可奈「……星井先輩……」
春香「美希の言うとおりだよ。可奈ちゃん」
可奈「天海先輩」
春香「大切なのは……どうしたいか、だけでいいんだよ」
美希「それ今ミキが言ったの」
春香「み、美希!」
可奈「…………」
春香「か、可奈ちゃん? えっと、あの……」
可奈「……ぷっ」
春香「!」
可奈「くくっ……くふふふっ」
美希「可奈」
可奈「あはははっ。そっか……そうですよね!」
可奈「私はやっぱり……天海先輩や星井先輩のバックダンサー……やりたいです!」
可奈「だから、だからそのために……一生懸命練習する」
可奈「それでもし、他の人と同じくらい練習しても足りなければ……他の人よりいっぱい練習すればいい。ただ、それだけのことだったんですね」
春香「可奈ちゃん……」
可奈「ただそれだけのことだったのに……私、何を悩んでたんだろう。バカみたい」
可奈「天海先輩! 星井先輩! さっきは弱音を吐いてすみませんでした!」
可奈「矢吹可奈、もう泣き言は言いません! だから……ダンスレッスン、どうかよろしくお願いします!」ペコリ
春香「可奈ちゃん……! うん! 一緒に頑張ろう!」
美希「…………」
春香「……美希?」チラッ
美希「あ、そこはやっぱりそうなんだ。まあいいけど……」
美希「じゃあ、可奈。まずは一通り踊ってみて?」
可奈「はい! よろしくお願いします!」
(一時間後)
美希「……うん。大体こんな感じかな? だいぶ良くなったと思うよ」
可奈「はぁっ……はぁっ……ほ、本当ですか?」
美希「うん。まあまだ色々粗いけど、最初の頃よりはすごくマシになったの」
可奈「あ、ありがとうございま……」フラッ
春香「っと!」ガシッ
可奈「す、すみません。天海先輩」
春香「あはは。いいって。じゃあ今日はもう終わりにしよっか」
可奈「はい。星井先輩、天海先輩。今日は本当に、本当に……ありがとうございました!」ペコリ
美希「別にいいの。これくらい」
春香「そうそう。一緒にステージを作り上げていく仲間同士……お互いに助け合うのは当たり前だよ」
美希「春香はもっぱら応援しかしてなかったけどね」
春香「う、うぐっ。で、でも応援だって大切……でしょう?」
可奈「はい! 天海先輩の応援、とても励みになりました!」
春香「ほらぁ!」
美希「可奈は良い子なの」
春香「わ、わた春香さんの応援……」
美希「はいはい。応援ありがとうなの。春香」
春香「えへへ」
可奈「では、私はお先に失礼しますね。お疲れ様でした!」ペコリ
春香「うん。お疲れ様!」
美希「お疲れなのー」
春香「…………」
美希「…………」
春香「……なんか、意外だったよ」
美希「え?」
春香「いや、頼んだ私が言うのもなんだけど……美希があんな風に誰かに教える所って、今まであんまり見たこと無かったからさ」
美希「あー……まあ、ね」
春香「? 美希?」
美希「多分、うつっちゃったの」
春香「うつったって……何が?」
美希「春香の……キラキラ病」
春香「キラキラ……? 何言ってんの? キラは美希でしょ?」
美希「そういう意味じゃないの」
春香「?」
美希「まあいいの。ミキ達も早く戻ろう? もうお腹ペコペコなの」
春香「そうだね。私もお腹空いちゃって……」
春香「…………」
美希「? どうしたの? 春香」
春香「いや……もし以前の私なら、って思って。あ、さっきの可奈ちゃんのことなんだけどね」
美希「うん」
春香「もし以前の私なら……多分、言葉で励ますだけで……その場で具体的な行動にまでは移さなかったんじゃないかな、って」
春香「でも今日の私は、『今、この瞬間に動かなきゃ』って思った……いや、思えたんだ」
春香「『今自分ができる、最大限のことをしよう』って、そう思えた」
美希「春香」
春香「やっぱりこれも……竜崎さんのおかげかな」
美希「……竜崎の? なんで?」
春香「私、竜崎さんと出会ってから……思い出せたような気がするんだ。『一人一人のファンと向き合う』っていう……アイドルとしての初心を」
美希「…………」
春香「可奈ちゃんはアイドル候補生だから、ちょっと違うかもしれないけど……でも多分、『アイドル』という存在そのものに憧れを持ってるっていう意味では……ファンの人達とそう変わらないんじゃないかなって」
春香「だからそんな可奈ちゃんを見てたら、無性に何かしてあげたくなって……気が付いたら、美希を探して走ってたんだ」
美希「……春香……」
春香「それで思ったよ。やっぱり私……アイドルやってて良かったなぁ、って」
美希「! …………」
春香「アイドルやってたから、美希や他の皆と出会えたし、竜崎さんみたいな熱烈なファンの人とも出会えた」
春香「そして可奈ちゃんみたいに、未来のアイドルを目指して頑張ってる子にも出会えた」
春香「だから私はきっと……幸せなんだ」
美希「春香」
春香「……美希」
美希「何? 春香」
春香「アリーナライブ、絶対成功させようね」
美希「! ……うん。もちろんなの」
春香「そしていつか、765プロの皆と一緒に――……」
美希・春香「トップアイドルになろう」
美希「…………」
春香「…………」
美希「あはっ」
春香「ふふっ」
【翌日・市民会館内練習場】
(765プロダクション合宿・四日目)
律子「はーい、ストップストップ。……よし! だいぶ合ってきたわね。この合宿の成果が遺憾なく発揮されてるわ」
律子「じゃあ最後は765プロメンバーだけで合わせましょうか。ダンサーの皆はもう上がって……」
可奈「ま……待って下さい!」
律子「? 矢吹さん?」
可奈「もう一回……もう一回だけ、私達も込みで合わせてもらえませんか?」
志保「!」
律子「え、でも……」
可奈「お願いします! この合宿で出来ること……全部、やっておきたいんです!」
春香「可奈ちゃん」
美希「いいんじゃない? 律子……さん」
律子「美希」
美希「ミキ達ならまだゼンゼン余裕あるし。ね、皆?」
真「もっちろん!」
伊織「望むところじゃない」
響「もう一回どころか、もう十回でもいいぞ!」
可奈「皆さん……ありがとうございます!」ペコリ
奈緒「か、可奈? 一体どうしたん?」
可奈「私……決めたんです」
奈緒「? 何を?」
可奈「もう絶対に諦めたりなんかしない、って!」
奈緒「可奈……」
可奈「だから……皆も、もう一回だけ一緒に踊ってくれませんか?」
奈緒「……ま、どういう心境の変化があったんかは知らんけど……そういうことならしゃーないな」
美奈子「うん。私達も頑張るしかないよね!」
星梨花「はい! 皆で頑張りましょう!」
百合子「わ、私だって負けません!」
杏奈「杏奈も……頑張る……」
志保「…………」
奈緒「志保」
志保「一応、言っておくけど」
可奈「…………」
志保「今、無理して倒れたりするのだけはやめてよね。そんなことになったら本当に迷惑だから」
可奈「! …………」
志保「……本番のライブまで、もうあと一か月と少ししかないんだから……ね」
可奈「! 志保ちゃん。それって……」
志保「ほら。早く準備しなさいよ。もう一回合わせてもらうんでしょう?」
可奈「……うん!」
律子「よし。じゃあ全員、さっきの位置に戻って。……いくわよ!」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
(同日夜・民宿の外の庭では合宿打ち上げのバーベキューが催されており、アイドル・ダンサー一同が思い思いに歓談している)
(そんな喧騒から少し離れ、民宿の廊下で二人きりで向かい合っている春香と可奈)
春香「話って何? 可奈ちゃん」
可奈「あ、はい。えっと……」
春香「?」
可奈「実は……私がアイドルになろうと思ったきっかけは、春香ちゃ……じゃない! 天海先輩なんです!」
春香「え……えぇ!?」
可奈「だから、私にとっての憧れは……天海先輩なんです!」
春香「じゃ……じゃあ昨日、私、自分のことを……」
可奈「そ、それで、あの……一つお願いが……」
春香「な、何かな!?」
(小さなパンダのぬいぐるみを差し出す可奈)
可奈「こ、これにサインしてください!」
(一時間後・民宿前の浜辺)
(二人きりで浜辺に佇んでいる美希と春香)
春香「……ってことがあってさ」
美希「へぇ。まさか可奈の憧れのアイドルが春香だったなんて、びっくりなの」
春香「私もびっくりしたよ。昨日までそんなこと、全然言ってなかったから……」
美希「…………」
春香「? どうしたの? 美希」
美希「いや……今では春香が憧れられる立場になったんだなぁ、って思って」
春香「そ、そうだね。そう言われると、なんだか不思議な感じだね」
美希「…………」
春香「……ねぇ、美希」
美希「ん?」
春香「昨日も言ったけど……アリーナライブ、絶対に成功させようね」
美希「春香」
春香「私達765プロだけじゃない。ダンサーの皆はもちろん、最高のステージを作るために必死で頑張ってくれているスタッフの人達……」
春香「そして私達をずっと見守ってくれている、たくさんのファンの人達の為にも……絶対に」
美希「……もう、そんなに何回も言われなくてもわかってるって。リーダー」
春香「えへへ。ごめんごめん」
美希「心配しなくても――……」
春香「? 何か言った? 美希」
美希「ううん。なんでもないの」
美希「…………」
美希(今度のアリーナライブには……これまでの春香の願い、想い……その全てが詰まっている)
美希(だからこのライブだけは、何があっても絶対に成功させてみせるの)
美希(たとえ――……何を犠牲にしたとしても)
美希(…………)
【翌日・民宿内食堂】
(765プロダクション合宿・五日目)
(朝食後、プロデューサーの話を聞いているアイドル・ダンサー一同)
P「……では、四泊五日にわたったこの合宿もこれにて終了だ。今日は家に帰ったらゆっくり身体を休めて――……」
春香「あ、あの! プロデューサーさん」
P「ん? どうした。春香」
春香「えっと、実は一つ提案がありまして……」
P「提案?」
春香「はい。今、言ってもいいですか?」
P「ああ。もちろん」
春香「あの、難しいかもしれないんですけど……ダンサーの皆を、これからライブが終わるまでの間……うちで預からせてもらうことってできないでしょうか?」
P「うちって……765プロで、ってことか?」
春香「はい。ライブまでもうあと一か月と少ししかないですし……限られた残りの時間、できる限り皆で時間を合わせてレッスンした方がいいと思うんです」
律子「あ、あのね春香。そういうことをするには、まず社長とスクールに話を通してからじゃないと……」
P「春香」
春香「は、はい」
P「そのことなら、今俺の方から説明しようと思ってたところだ」
春香「……え?」
律子「ぷ、プロデューサー?」
P「ああ、すまん。律子にもまだ言ってなかったな」
P「実は……俺なりに、この合宿中の皆の様子を見ていて……今春香が言ったように、もっとダンサー組と合わせる時間が必要だと感じたんだ」
P「それにどのみち、ダンサー組も自主練だけじゃ限界があるだろうしな」
P「だからライブまでの間、ダンサー組には……空いている時間は原則としてうちで使っているレッスンスタジオに通ってもらう」
P「そしてうちの皆も、空いている時間はなるべくそっちに行って、少しでも多くの時間……ダンサー組と合わせる練習をしてほしい」
律子「……プロデューサー。もしやその件、もう社長やスクールの方にも……?」
P「ああ。昨日のうちに話を通しておいて、了解済みだよ」
律子「……言ってくれたら手伝いましたのに」
P「何、律子はずっとレッスン頑張ってくれていたからな。この程度の事務仕事まで任せきりにしてしまったら、俺がこの事務所に来た意味が無いだろ」
律子「プロデューサー」
P「……ともかく、そういうわけだ。これからライブまでの間は大人数になって皆も大変だと思うが、時間を合わせてレッスンしていこう」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
春香「プロデューサーさん……ありがとうございます!」
真「人知れずそんな動きをしていたなんて……流石は敏腕プロデューサーですね」
貴音「つくづく、優秀なお方です」
P「別にこれくらいどうってことないさ。お前達、皆の頑張りに比べたらな」
P「とにかく、そういうことだ。皆、明日からもよろしく頼むぞ!」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
美希「…………」
(一時間後・民宿前)
女将「じゃあ皆、頑張ってね」
主人「応援してるよ」
アイドル・ダンサー一同「はい! ありがとうございました!」
律子「私達は一足先に飛行機で帰るから、ここでお別れね」
ダンサー一同「ありがとうございました!」
P「さっきも言ったが、今後もできる限り練習は合わせてやっていきたいと思う。ハードなスケジュールになるかもしれないが、よろしくな」
ダンサー一同「はい!」
春香「可奈ちゃん」
可奈「! はい」
春香「良いライブにしようね」
可奈「は……はい! 天海先輩!」
美希「次に会う時、可奈のダンスがどれだけ上達してるか楽しみなの」
可奈「つ、次に会う時って……もしかして明日とかじゃないですか!?」
美希「あはっ。もちろん冗談なの」
可奈「もう! ひどいですよ! 星井先輩!」
美希「……ライブ、頑張ろうね。可奈」
可奈「はいっ!」
奈緒「ダンスはともかく……可奈はもうちょっとおやつ控えた方がええんとちゃうか? なんや、合宿前よりこのあたりの肉付きが少し……」ツンツン
可奈「ひゃあっ! じ、自覚してるから言わないでください! ちゃんと控えますから!」
志保「……ライブまでに衣装が入らなくなってしまう可能性を考えたら、今のうちに可奈の代役を探しておいた方がいいかもしれませんね?」
可奈「ひ、ひどいよ! 志保ちゃんまで!」
アハハハ……
美希「…………」
美希(この合宿期間中……結局、パパからのメールは少しずつ時間をずらす形で毎晩来た)
美希(その目的はミキが考えたとおりでほぼ間違い無いはず)
美希(またLの報道操作により、死亡した事実が報道されなかった犯罪者は……この合宿期間中、毎日一人ずついた。つまり昨日までで四人)
美希(パパのメールの方はともかく……この報道操作の方は未だに目的が分からない)
美希「…………」
美希(それでも……ミキは前に進むしかない)
美希(――皆が、笑って過ごせる世界をつくるために)
美希(だからもう、後戻りはできないの)
美希(たとえこの先に……何が待ち受けていようとも)
美希(…………)
【三時間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
総一郎「――竜崎。福井の空港から、頼んでいた画像が届いた」
L「!」
総一郎「空港の保安検査場で――765プロ一行が通過した時間帯に実施された手荷物検査の際に撮影された――X線写真だ」
L「分かりました。では早速、行きの時と同様の手順で確認しましょう」
総一郎「うむ」
月「さっき相沢さんと松田さんから連絡のあった、星井美希と天海春香の保安検査場の通過時刻……それに該当しうるものは……」
総一郎「星井美希のものとおぼしき画像の候補は6枚……天海春香の方は3枚だな」
月「これと、相沢さん達が今日空港で撮影した二人の写真……ここに写っている、それぞれが持っている鞄の形状とX線写真とを照合すると……」
L「星井美希の鞄は一番右、天海春香のは左から二番目でしょうね」
総一郎「ああ。いずれも行きの空港で撮影されたX線写真のうち、我々が二人のものと特定した写真に写っていた物と全く同じ形状だ。まず間違い無いだろう」
L「はい。とすれば、やはり……ありますね」
L「星井美希の物とおぼしき、鞄の中に」
月「ああ。これも、行きの時のX線写真に写っていた物と全く同じ形状だ」
総一郎「ビニール様の袋の中に入れられ……さらにカバーのようなものに覆われているが……」
L「はい。もう断定していいでしょう」
L「――ノートです」
L「そしてこれはほぼ間違い無く……あの日、南空ナオミが目撃した……『黒いノート』でしょう」
星井父「…………」
L「もちろん、X線写真では色までは写りませんし、ノートの表紙や中身に何が書かれているのかまでは分かりません」
L「しかし普通に考えて、もしこれが『ただのノート』なら裸の状態で鞄に入れるか……せいぜいカバーを掛けるまででしょう」
L「カバーを掛けた上でビニール様の袋に入れ、その状態で鞄に入れている……これはもう、鞄の開閉の際等に第三者に偶然ノートそれ自体を見られてしまうことを防ぐための措置としか思えません」
L「ここまでの措置をしている以上、このノートは『ただのノート』……すなわち、アイドルとしての活動を記録したノートや、勉強関係のノートなどではないことは明らかです」
L「そのような類のものであれば、ここまで厳重に外装を施す理由が無いですから」
総一郎「うむ……」
L「とすれば、これに該当しそうな『ノート』は……星井美希が天海春香から受け取っていたとされる例の『黒いノート』……もうこれしかありません」
月「また相沢さんと松田さんの尾行捜査の結果から、星井美希は外出時は常にノート大の物が入る大きさの鞄を携帯していることも分かっている」
月「現に僕や竜崎と例の会合で会っている時も、彼女はその程度の大きさの鞄を所持していた」
L「さらに付け加えるなら、私と二人で会ったときもそうでしたし……その後私を自宅に招き、星井さんを含めてリビングで歓談している間も、終始鞄を膝の上に抱えていました」
L「……そうでしたよね? 星井さん」
星井父「……ああ」
模木「係長……」
星井父「…………」
L「以上の間接事実から、星井美希は『黒いノート』を今回の合宿中のみならず、外出時は常に携行しているものと推測できます」
総一郎「……うむ。合宿中だけ持ち出していた、というのは逆に不自然だしな」
L「その通りです。普段の外出時は自宅かどこかに隠しているのなら、あえて合宿中だけ持ってくる理由がありません」
月「一方、天海春香に対する尾行捜査の結果によると、彼女の外出時には必ずしも星井美希のような傾向はみられず、手ぶらで外出することもある。この前の会合の際も、彼女が所持していたのはポーチだけだった」
月「そして今回の合宿においても……行き帰りの手荷物検査時のいずれについても、天海春香の鞄の中身を写したX線写真にノートらしき物は写っていない」
L「はい。つまり『黒いノート』を持っている……いえ、持ち歩いているのは星井美希だけ、と言ってよさそうです」
総一郎「うむ。とすると……後はこの『黒いノート』が何であるか、だな。わざわざ合宿地にまで持ち込むほどだ。常に目の届く範囲に置いておかなければならないほどに重要な物、ということではあるのだろうが……」
L「そうですね。ただ前に推理したとおり、キラ容疑者の二人が、事務所の他の者に見つからないような場所で授受していた物である以上……『キラとしての活動に関係する何らかの物』であることはまず間違い無いと思われますが……」
星井父「…………」
L「……まあいずれにせよ、これで『確認』は予定通り終了しましたので……この続きは相沢さんと松田さんが福井から戻って来てからとしましょう。といっても、もう後数時間もしないうちに着くでしょうから、それまでは各自休憩ということでお願いします」
総一郎「分かった」
星井父「…………」
模木(係長……)
月(ノート……キラの活動……殺しの能力……)
(二人だけで捜査本部内に残っているLと月(総一郎、星井父、模木の三人は別室で休憩中))
L「…………」
L(相沢と松田が尾行捜査を始めてから一か月半ほどになるが……この間、星井美希と天海春香が外でノートを授受していたことは一度も無い)
L(つまり星井美希は『黒いノート』を天海春香に渡すために持ち歩いているわけではない……?)
L(とするとこのノート……連絡用の媒体ではないということか?)
L(仮にこれが、キラの活動に関する何らかの情報を伝えるためのものだとしたら……少なくとも、この一か月半の間で一度くらいは両者の間で授受されていてもおかしくないはず)
L(あるいは尾行の及ばない範囲……たとえば事務所の中などで授受されていたとしても……一度星井美希から渡されれば、少なくともその後しばらくは天海春香が持つ期間があってもいいはずだが……これまでの尾行捜査の結果からはそのような様子もみられない)
L(それに前にも出た話だが……そもそも連絡用の道具ならもっと小さいメモ用紙等でも足りるはず。あえてかさばるノートを選ぶ理由が無い)
L(だとすれば……やはり『ノート』という媒体自体に意味があり、他の媒体では替えがきかない……?)
L(いや、というより……『連絡用の道具ではないが、常に持ち歩かなければならない物』……だとすれば)
L(『媒体』ですらなく……『ノート』それ自体が何らかの意味を持つ物……ということか?)
L(外出時に家に置いておくことができず、常に持ち歩き、自分の目の届く範囲に置いておかなければならない物……つまり、もし他人に見つかったら致命的なもの……)
L(星井美希がキラだとして……他人に見つかった場合に最も致命的なものは……)
L(一つしかない)
L(キラの殺しの――直接的な証拠)
L(つまり……『ノート』それ自体が犯罪者裁きに必要であり……キラの殺しの能力に直接関係している道具……ということか?)
L(しかし、ノートで一体何をする?)
L(ノート……通常の用途ならそこに何かを書く……だが……)
L(ノートに何かを書いて人を殺している……とでも言うのか?)
L(いや、キラの能力は『直接手を下さずに人を殺せる』というおよそ非科学的な能力……これまで『頭の中で念じるだけでも殺せる』という可能性すらも想定していたことを思えば、そこまで突拍子も無い話でもないといえるか……)
L(だが書くとしても何を……?)
L(それを書くことで人を殺せるのだとしたら……いや、むしろ逆に『それを書かなければ殺せない』のだとすれば……)
L(ノートに書く必要のある『それ』こそが……まさに『キラの殺しの条件』そのもの……ということになる)
L(以前、報道機関に指示して、名前を間違えた犯罪者の報道と、二人の犯罪者の顔写真を取り違えた報道をさせた時……名前を誤って報道された者、顔を取り違えて報道された者達はいずれもすぐには殺されず……後日、正しい名前と顔で報道された直後に殺された)
L(このことから、少なくともその時点では、キラ……星井美希が殺しの能力を使うには『顔と名前』の両方が必要だったと考えられる)
L(つまり、この当時のキラの殺しの条件は―――『顔と名前』)
L(もし仮に、そのうちのいずれかをノートに書くとしたら……)
L(普通に考えて……『名前』……)
L(! ……名前を書くと、書かれた人間が死ぬ……?)
L(…………)
L(だが名前だけでは殺す対象として特定できない……同姓同名の者などいくらでもいる)
L(だとすれば……ここで考えるべきは、もう一つのキラの殺しの条件である『顔』……)
L(『名前を書くと、書かれた人間が死ぬノート』……これにこの『顔』という条件を付加するとすれば……)
L(……『顔を知っている人間の名前を書くことで、その人間を殺せるノート』……か)
L(このように考えれば、殺す対象としては特定できる……同時に、これまでのキラの裁きを合理的に説明することができる)
L(また星井美希が常にノートを持ち歩いている理由も理解できる。殺しの道具そのもの……家の中など、誰がいつ手に取るか分からない場所に無防備に置いておけるわけがない)
L(……だが……)
L(南空ナオミが目撃したのは、天海春香が星井美希にノートを渡していた場面だったとのこと)
L(ノートで人を殺せるとしても、それを使って犯罪者裁きをしていたのは星井美希のはずだが……何故それを天海春香から受け取る形に……?)
L(! 待てよ……南空ナオミが二人の間でのノートの授受を目撃したのは、星井美希の自宅から監視カメラを撤去してから二日後だった)
L(ノートを使って犯罪者を裁いていたのは星井美希だったとしても……もし彼女が何らかの方法でカメラの設置に気付き……監視期間中だけ天海春香にノートを貸し、裁きを代行させていたのだとしたら……?)
L(説明がつく……! 監視中に星井美希が全く報道を見ていない犯罪者が心臓麻痺で死んだこと……そして)
L(またも何らかの方法でカメラの撤去に気付いた星井美希が、そのことを天海春香に伝え、ノートを返してもらった……)
L(そしてその場面を、南空ナオミが目撃した……!)
L(そう考えれば、二人の間でのノートの授受が目撃されたのがその一度だけだったことも……そしてその後はずっと星井美希がノートを持ち歩いているということも……全て合理的に説明できる)
L(ただ、どうやって星井美希がカメラの設置や撤去に気付いたのか……そこだけは分からないが……)
L(まあ星井美希は天才的な嗅覚を持つアイドル……何らかの勘……いわば第六感のようなものが常人より強く働いたのかもしれない)
L(…………)
L(ともあれ、『星井美希はノートを使って犯罪者裁きを行っていた』……このことを前提に考えるなら……)
L(星井美希が765プロダクションの前のプロデューサーを殺した時点では、天海春香とはまだ連携していなかったはず)
L(前にこの本部でも話したが……そうでなければ、天海春香が殺したと思われるアイドル事務所関係者と前のプロデューサーとの死因の違いが説明できないからだ)
L(だとすれば……『天海春香と連携することなく、星井美希は独断で前のプロデューサーを殺した』……つまり)
L(星井美希は、天海春香とは無関係に独自にノートを入手したということになる)
L(しかし一方で、天海春香は星井美希による犯罪者裁きが始まるより前に、既に複数のアイドル事務所関係者を殺していた)
L(よって、これらのことからすると……二人はそれぞれ、相互に無関係に別々のノートを入手し、所持している……ということが帰結される)
L(ならば星井美希が監視期間中、裁きを代行させるためにノートを天海春香に貸す理由は無い……? 天海春香も自分のノートを使って裁きができたはず……)
L(いや、『星井美希が監視カメラの設置に気付いていた』という前提なら……単純に、ノートを物理的に観られることを恐れ、念の為に天海春香に預けた……としても不自然ではない)
L(およそ女子中学生が好んで使うとは思えない『黒いノート』……むしろそれくらいの対策は当然に思いつくだろう)
L(また現在、星井美希がノートにカバーを掛け、さらにビニール様の袋に入れているのもそれと同じとみれば……一連の行動として矛盾は無い)
L(つまり、監視期間中はノート自体を絶対に観られないようにするために天海春香に預け……監視が終わり、天海春香からノートを返してもらってからも、自室に監視カメラまで設置されたという経緯を踏まえて警戒度を上げ、何らかの偶然で他人に見られることを防ぐためにカバーと袋という措置を施した……)
L(…………)
L(いや……だがまだ疑問が残る)
L(少なくとも、名前を間違えた犯罪者の報道と、二人の犯罪者の顔写真を取り違えた報道をさせた時点では……星井美希が殺しの条件として『顔と名前』の両方を必要としていたことは間違い無い)
L(だが一方で、これまでの捜査結果から、『天海春香は顔だけでも殺せる』……このこともまた間違い無い)
L(しかし殺しの道具が『名前を書くと、書かれた人間が死ぬノート』であるとすれば、『名前が分からなくても殺せる』というのは明らかに矛盾する……?)
L(いや、そうじゃない。『顔さえ分かれば殺せる』ということと『名前が分からなくても殺せる』ということはイコールではない。だとすれば……)
L(…………)
L(考えるんだ……もはや科学的か非科学的かではなく、論理的か非論理的かで考えなければならない)
L(『名前を書くと、書かれた人間が死ぬノート』と『顔さえ分かれば殺せる能力』……この二つを論理的に整合させるなら……)
L(! もしも……顔が分かれば、名前も分かる……としたら……?)
L(つまり……)
L(天海春香が持っている能力は……『顔を見れば名前が分かる能力』)
L(そして星井美希は……少なくとも、件の誤った報道の時点まではこの能力を持っていなかった)
L(このような仮定に立てば……キラの裁き、その方法、そして天海春香が持っていると思われる能力についても、全て論理的に説明できる)
L(もっともこれは、既に天海春香に顔を知られている以上、私の本名も天海春香に……いや、天海春香と星井美希の両名に知られているということを意味するが……)
L(だが、私はこれまでも『天海春香は顔だけでも殺せる』という前提の下で推理をしてきた。その推理の内容が具体化したからといって、現状における殺されるリスクが増えたわけではない)
L(むしろもうここまできたら、必要なのはこの推理に確証を与えるための行動……すなわち『計画』を速やかに実行することだけ……)
L「…………」
月「竜崎」
L「はい。何でしょう。月くん」
月「今の状況から……僕なりに仮説を立ててみたんだが、少し聞いてもらってもいいか?」
L「ええ。もちろんです」
月「この『黒いノート』は……『顔を知っている人間の名前を書くことで、その人間を殺せるノート』なのかもしれない」
L「! …………」
月「もっとも天海春香は『顔だけでも殺せる』ようだが……それも『顔を見れば名前が分かる能力』を持っていると考えれば矛盾は無い」
L「…………」
月「言うまでもなく、どちらも極めて非科学的な内容の推理だが――……しかしそもそも、『直接手を下すことなく人を殺せる』なんてこと自体が十分非科学的――」
L「――月くん」
月「何だ? 竜崎」
L「やはり私が死んだら、継いでもらえませんか」
月「え?」
L「Lの名を」
月「…………」
L「…………」
月「竜崎」
L「はい」
月「僕達はどちらも死なない。そして必ずキラを捕まえる」
月「それが僕の答えだ」
L「……月くんらしいですね」
(三時間後・相沢と松田が戻り、捜査員全員が揃った捜査本部)
(『黒いノート』およびキラの能力に関する推理を他のメンバーに話すLと月)
L「……というのが、現時点での私と月くんの推理です」
月「およそ非科学的な推理ではありますが……しかしその点さえ措けば、キラの裁きや殺しの能力を最も合理的かつ論理的に説明することができる推理だと思います」
総一郎「……名前を書いたら、書かれた人間が死ぬノート……」
相沢「そして『顔を見れば名前が分かる能力』……か」
松田「確かに非科学的ではありますけど……でも月くんの言うように、キラの裁きや殺しの能力については……」
総一郎「……うむ。極めて合理的、かつ論理的に説明できている」
月「ですが、これはあくまでもまだ『推理』でしかありません。この『推理』に『確証』を与えるには……」
相沢「ノートの現物を押さえて……検証するしかないってことか」
月「はい」
星井父「…………」
松田「で、でも……ノートの検証っていっても、具体的にはどうやるんですか?」
L「『ノートに名前を書かれた人間が死ぬかどうか』の検証ですから……当然、誰かの名前を書いてみるしかないでしょうね。一番分かりやすいのは……死刑の決まっている者の名前をノートに書き込むこととし、もし名前を書き込んでもその者が死ななければ死刑を免除する、という司法取引を交わさせる……などでしょうか」
総一郎「りゅ……竜崎! いくらなんでもそんなやり方は……」
L「……まあ、とりあえずは自白が優先です。もしノートにこれまでに裁いてきた犯罪者の名前が書かれていればまず言い逃れはできないでしょうし……書かれていないか、あるいは書かれていても認めないようであれば、こちらの推理内容を一通り聞かせた上で自白を促す……」
L「ただ、いずれにしてもノートの現物を押さえてからの話です。検証の方法はまたその後で考えましょう」
総一郎「う、うむ……」
月(上手くはぐらかしたな)
相沢「竜崎。ちょっといいか?」
L「はい。何でしょう。相沢さん」
相沢「765プロの合宿期間中……係長が星井美希に送ったメールの件だが」
L「はい」
星井父「…………」
相沢「係長が送ったメールに対する星井美希の返信のタイミングから察するに……合宿中ということもあって、生活リズムは多少変動していたようだが……それでも毎日23時までには就寝していたと推測される」
L「そうですね。23時以前に送ったメールはその日のうちに返信がありましたが、23時以降のメールについては翌朝に返信が来ていました」
L「もちろん、起きていてもすぐには返信しなかったという可能性もありますから、あくまでも推測の域を出ませんが」
相沢「ああ。だが、合宿期間中のキラの裁きはそれ以前と同様……いずれの日も22時以前だった。よって星井美希の生活リズムの変動とキラの裁きの間に相関性は無い……」
L「はい。ですが、それは彼女がキラであるとする推理を強める根拠にはならないというだけで、弱める根拠にもなりません」
相沢「ああ、それは分かっている。俺が気になっているのは『合宿期間中も裁きの時間は変わらなかった』という点だ」
L「……と、言いますと?」
相沢「竜崎や月くんの推理を前提にすると……星井美希は合宿期間中も『黒いノート』に犯罪者の名前を書いていたということになる。そしてその時間は毎日22時以前……おそらくはまだ他のアイドル達も起きているであろう時間帯にだ」
L「……つまり、『他のアイドルに見つかるかもしれないのに、あえてそんなリスクを冒すか?』ということですか」
相沢「そうだ。どうせなら他のアイドルが寝静まってから……あるいは明け方など、安全な時間帯はいくらでもあったはずだ」
相沢「それにもかかわらず、あえてリスクを冒してまでそれまでと同じ時間帯に裁きを行ったというのは……正直、可能性として高いとはいえないのでは?」
L「そうですね……。まず考えられるのは、単純に他のアイドルを信頼していた……つまり万が一、ノートに犯罪者の名前を書いているところを見られたとしても……後でいくらでも誤魔化すことができ、また他のアイドルも自分の言うことを疑うはずが無いという確信があった……といったところでしょうか」
松田「な、なんか随分楽観的ですね……」
L「……それだけの強固な信頼関係が、765プロダクションのアイドル同士の間にはある……その点については私も否定しません」
松田「竜崎……はるるんのファンの振りをしているうちに、なんだか本当にファンになってません?」
相沢「松田」
松田「はい。すみません」
L「……あともう一つ考えられるとしたら……『あえて裁きの時間帯を変えなかった』という可能性です」
相沢「あえて……?」
L「はい。前にも言いましたが……おそらく星井美希は自分が“L”に疑われているということに気付いています」
L「だとしたら……自分が合宿に行っている間だけ裁きの時間帯が普段と違っていたら、自分に対する嫌疑がより強くなる……そこまで考えた上で、リスクを覚悟で従前と同じ時間帯において裁きを行った……」
L「私としては、むしろこの可能性の方が高いのではないかと思っています」
相沢「なるほど……」
月「もしそうなら……合宿期間中に星井さんが送ったメールについても怪しまれている可能性はあるな。一応、今は星井さんはキラ事件の捜査本部から外れているということになっているが……それでも、以前捜査本部にいたということは知られているわけだから」
L「そうですね。その可能性は十分にあると思います」
星井父「…………」
総一郎「それなら……例の犯罪者裁きの報道操作についても、一日一人とはいえ、特定の犯罪者のみ裁きの結果が報道されていないという事実に気付き、いや、それのみならず……それが“L”によるものだということまで勘付いていてもおかしくはないな」
L「はい。これも星井美希および天海春香から怪しまれることのないように一日一人としましたが……もし、星井美希が星井さんからのメールを怪しむ程度にまで警戒心を強めていたとしたら……そこまで推測されている可能性は十分にあります」
松田「そ、そんな……じゃあこっちの思惑は全部筒抜けってことですか?」
L「いえ。それは大丈夫です」
松田「えっ」
L「まず、星井さんに送ってもらったメールですが……もしかしたら星井美希には、その目的……つまり『キラの裁きの時間帯と合宿中の星井美希の生活リズムとの相関性を調べる』ということには気付かれたかもしれません」
松田「! じゃあ……」
L「……ですが、それは今後、星井さんが星井美希に警戒されることにより、自ら探りを入れることが難しくなるという程度で、さしたる問題ではありません。元々、星井さんに行ってもらっていたのは家庭内における星井美希の動向の観察が主であり、彼女に対し積極的に探りを入れてもらっていたわけではありませんので」
星井父「…………」
総一郎「そもそも娘の心配をして父親がメールを送ることくらい、何らおかしなことではないからな」
月「父さんがいきなり粧裕にメールを送ったら確実に怪しまれるとは思うけどね」
総一郎「…………」
L「また、犯罪者裁きの報道操作の方も……仮に怪しまれたところで、その目的には絶対に気付けません」
L「むしろ、これらの方に星井美希の注意を向けさせることができたのだとすれば、それだけ本丸の作戦――行き帰りの空港におけるノートの『確認』――からは目を逸らさせることができたのではないかと思います」
月「確かに……行きも帰りも、手荷物検査には普通に鞄を通していたからな。僕達が既に『黒いノート』の存在を検知しており、それを持ち運んでいることの証拠を押さえようとしていたことなど……まず気付いてはいないだろう」
総一郎「うむ。仮にそのことに気付いていれば、無防備にノートの入った鞄を検査に通すはずがないからな」
L「そうですね。そしてそれはすなわち、我々が『黒いノート』の存在を検知するに至った最初の契機――『黒いノート』の授受の場面を南空ナオミが目撃していたこと――にも、やはり気付いてはいないだろうということを意味します」
相沢「しかし……今にして思えば、随分上手くいったもんだな。南空ナオミの尾行捜査は」
L「そうですね。考えられる要因はいくつかありますが……そもそも、私が南空に尾行を頼んだのは、時期的にはキラ事件が始まってから二か月半ほどが経った頃でした」
L「キラ事件の開始時は、まだ星井美希と天海春香の二人は連携していなかったはずですから……おそらく、私が南空に尾行を頼んだ時は、二人が連携し始めてすぐの頃だったのではないかと思われます。ゆえにまだ色々と隙があり、外でもノートにカバーを掛けずに受け渡しをしていたのではないでしょうか」
L(もっとも実際は、監視カメラが撤去された直後で警戒心が緩んでいた、という理由が大きかったのだろうが……)
L「この点、我々としては外の公園よりも事務所内で渡された方がまずかったわけですが……二人は事務所内の他の人間に見られるリスクの方を回避したかったのだと思われます」
L「また南空の尾行捜査自体、彼女が私用で来日していたところを、私が無理を言って夜神さんの補佐として捜査協力してもらっていたに過ぎません。ゆえに尾行期間自体、数日間しか無かったですし……合間合間の時間を使っての捜査でしたから、尾行そのものに多くの時間は割けていなかったはずです」
L「それに加えて、当時は萩原雪歩をも含めた三人分の尾行を南空一人でしてもらっていました。必然、星井美希および天海春香に対する尾行の時間はそれだけ短くなっていたはずですから……これらの点も考慮すると、南空の尾行が二人に気付かれていた可能性は相当程度低かったものと考えられます」
松田「なるほど……って、じゃあ今、僕と相沢さんはもう一か月半以上、一日のうちのかなりの時間をミキミキとはるるんの尾行にあててるんですが……それも、マスクにサングラスっていうめちゃくちゃ怪しい恰好で……」
L「はい」
松田「(はいって……)これって、尾行自体がもう既に二人に気付かれている可能性もあるってことですか?」
相沢「だからマスクとサングラスなんだろ。顔さえ見られなければ殺されない」
松田「ああ、なるほど……って、いやいや!」
相沢「しかし……殺しの道具がノートであり、キラ事件開始の当初……いや、より正確に言えば765プロの前のプロデューサーが死んだ時点では、星井美希と天海春香はまだ連携していなかった。そうだとすると、この二人はそれぞれ別個にノートを所持していた……いや、今もしている……ということになるのか?」
L「はい。そうですね」
相沢「そうだとすると……何故、天海春香は星井美希にノートを渡したんだ? 各々が一冊ずつ持っているのなら、一方が他方に貸したりする必要は無さそうだが……」
総一郎「! …………」
総一郎(そうか。監視カメラの件を知っているのは私と竜崎……と、竜崎が伝えたライトのみ。そのことを知らない相沢達に説明するには……)
L「そこはあまり気にしなくてもいいんじゃないでしょうか」
相沢「えっ」
L「二人が連携してまだ間も無い頃だとすると、互いが持っているノートの効力が同じかどうかなどを確かめる必要はあったでしょうし……また天海春香が持っていると思われる『顔を見れば名前が分かる能力』を手に入れるためには、天海春香の持つノートを一時的に所持しなければならないとか……何かそういう事情があったのかもしれません」
相沢「……なるほど。だから天海春香が星井美希に自分のノートを渡した、ということか」
L「はい。そしてその場面を南空によって目撃された……」
相沢「ふむ」
L「ですが、いずれにせよ推測の域を出ませんし……今この点を議論しても終局的な結論には至らないでしょう」
L「むしろこの二人のいずれかが『黒いノート』を外に出したのはこの一回だけだった……この事実自体が、このノートがキラの活動に関する単なる連絡用の道具などではないということの証左です」
L「もしこれが単なる連絡用の道具であれば、もっと頻繁に互いに交換なり授受なりを繰り返しているはずですから」
相沢「確かに……」
月(上手く誤魔化したな)
L「また先ほどもご説明しましたが、この『黒いノート』がただの連絡用の道具ではないと推理できる根拠としては、星井美希がほとんど常にこれを自分の目の届く範囲に置いている、ということも挙げられます」
L「もっとも、だからといって24時間常にこれを身に着けているというわけではないでしょうし、またそんなことは物理的に不可能です」
相沢「それはまあ……そうだろうな」
松田「お風呂とかもありますもんね」
星井父「……………」
相沢「松田」
松田「す、すみません」
L「ただ、極力そのような状況が生じないように相当工夫を凝らしていることは事実です」
総一郎「というと?」
L「まず、外を歩いている時は常に鞄に入れて持ち運んでいるものとみて間違い無さそうですので……注意すべきは彼女がどこかに滞在している時です」
L「星井美希の滞在時間が最も長い場所は当然自宅ですが……星井さん」
星井父「! ……何だ?」
L「念の為に確認しますが……ご自宅の中で『黒いノート』らしき物を見かけたことはありませんね?」
星井父「ああ。前に言った通りだ。一度も無い」
L「そして……このことで特に美希さんの部屋の中を確認したりしたことも無い。そうですね?」
星井父「そうだ。俺がそれをしても意味が無いと、以前竜崎にも言われたからな」
L「そうでしたね。もっとも、ノート一冊くらいならいくらでも隠し場所はありそうですし……多少調べた程度ではすぐに見つかるとも思えません」
松田「しかしそうなら、外出時も持ち運ばずに、ずっと家の中に置いていてもいいのでは?」
星井父「まあ何かの偶然で……という可能性はあるからな。たとえば美希の姉の菜緒なんかは、物の貸し借りなどでちょくちょく美希の部屋に入っていてもおかしくない」
松田「なるほど」
L「そんなところでしょうね。逆に言えば、この『黒いノート』はその程度の可能性すらも無視できないほどに重要なものである、ということです」
星井父「…………」
L「次に星井美希がよく滞在しているのは765プロダクションの事務所ですが……こちらには個人別の鍵付きロッカーがありますので、事務所にいる間は普通にこれを使用し……この中に鞄ごとノートを入れているものとみてまず間違い無いと思われます」
月「個人別の鍵付きロッカー? そんな話、僕も天海春香から聞いたことが無かったが……よく分かったな」
L「事務所が休みの日にワタリに侵入して調べてもらいました。もちろん監視カメラ等に痕跡は何一つ残していません」
総一郎「いつの間に……」
L「また現在星井美希が通っている高校ですが……こちらでは、アイドルであり私物が盗まれたりするおそれがあるということを理由に……彼女は特別に鍵付きのロッカーを学校から借りている。そうですね? 星井さん」
星井父「! 確かにそうだが……話したか?」
L「これもワタリに調べてもらいました」
星井父「…………」
L「よって、学校にいる間はここにノートを入れているものとみてまず間違い無いでしょう。体育の時間など、どうしても物理的にノートから離れざるを得ない状況はあるはずですので」
月「なるほど。理由も説得的だし、それなら特に周囲から怪しまれることも無いだろうな」
L「はい。そして最後に、今回の765プロダクションの合宿所となった福井の民宿ですが……これについても、ワタリに事前に調べてもらいました」
松田「ワタリ凄いっすね……」
総一郎「うむ。普段はあまり姿を見かけないと思っていたが、裏でそんなに動いていたとは……」
L「具体的にどの民宿に泊まるのか、ということまでは私や月くんも知りませんでしたが、例の会合時に聞いた『隣に市民会館がある福井の民宿』という条件にあてはまるものは一つしかなく……特定は容易でした」
L「そしてワタリの調査の結果、この民宿は特にセキュリティが高いわけでもない、ごく普通の民宿だったことが分かりました」
L「765プロダクションのアイドル一行が宿泊していたのは一階または二階の大部屋と思われますが……そのいずれの部屋においても、中にあるのは共用の金庫だけです」
L「その中にはせいぜい財布や携帯電話を入れるのが関の山……いくら袋に入れた状態だとしても、そんな所にノートを入れていたとは思えません。他のアイドルに不審に思われるだけです」
L「また大きなホテルのフロントならまだしも……一介の民宿の主人にノートだけをわざわざ預けるとも思えません。そんな場面を他のアイドルに見られでもしたらやはり不審に思われますし、そもそも主人からも怪しまれるでしょう」
L「以上より、星井美希は……今回の合宿期間中、『黒いノート』については基本的に部屋の中に普通に置いていたのだろうと思われます」
L「我々がX線写真で確認したとおりの状態――すなわち、ノートにカバーを掛けてビニール様の袋に入れ、それを鞄の中に入れた状態で――です」
L「もちろん、流石に鞄のファスナーくらいは常に閉めるようにしていたのだろうと思いますし、それなりに長い時間、部屋を空けることがあれば鞄ごと外に持って行ったりもしていたのでしょうが……短い時間であれば、ノートを置いたまま部屋の外に出ていた、ということもおそらく何度もあったであろうと思われます」
L「鞄にせよ袋にせよ、常に何かしらを携帯した状態で行動していれば、それはそれでやはり怪しまれるでしょうから」
相沢「いや、だが……いくらなんでも無防備過ぎないか? 誰でもノートに触れる状態であったにもかかわらず、部屋の中にそれを置いたまま外出していたというのは……それこそ、今まで竜崎が説明してきた普段の注意深い行動と矛盾するようにも思えるが」
L「はい。確かに無防備です。……ですが、これは彼女の普段の行動と矛盾するわけではありません」
相沢「? どういうことだ?」
L「おそらく、星井美希には確信があったのでしょう」
相沢「確信?」
L「はい。『仮にノートを入れたままの鞄を部屋に放置したとしても、それが他のアイドル仲間に探られたりすることは絶対に無い』という確信が」
相沢「! …………」
L「もちろん、キラ事件の共犯である天海春香がその場にいたから、という理由もあるでしょうが……自分が部屋にいないときに天海春香が常にいるという保証はありません」
L「それにもかかわらず、星井美希がこの極めて無防備な状態を是としていたのは――……」
L「『信頼』があったからです」
総一郎「信頼……」
L「はい。765プロダクションのアイドル同士を強く結び付けている『信頼』……それがあったからこそ、星井美希は、およそ他の場面では考えられないくらいに無防備な状況であっても、それを受け入れ……ノートを置いたまま部屋を離れることができたのだと考えられます」
L「なので、もし仮に……我々が765プロダクションのアイドルの中の一人を事前に懐柔できていたとしたら、その者を使って……極めて容易にノートの現物を押さえることができたでしょうね」
星井父「…………」
L「また自宅でも、一時的であれば……たとえば風呂やトイレの時、一階に降りている時などは……おそらくノートは自分の部屋に置いたままでしょう。いくらなんでも家の中でも常に持ち歩いているとは思えませんし、それなら星井さんが一度も『黒いノート』を見ていないのはおかしい」
L「これもやはり、765プロダクションのアイドル同様……星井美希が自分の家族の事を『信頼』しているからだと思われます」
星井父「…………」
L「つまり星井美希は『信頼できる者』しかいないような場所であれば、ノートを置いたままにして一時的にその場を離れるなど……ある程度の危険は受容して行動しているものと考えられます」
L「なので私達はその『信頼』を利用し、そこにつけ込みます」
L「星井美希が『この状況でノートを奪われることは無い』と確信できるような状況を作出し、そこでノートを押さえます」
L「その為に必要なのは……『信頼できる者』を星井美希の傍に置き、その『信頼できる者』の手によってノートを押さえさせること……これしかありません」
L「その具体的な『計画』は以前皆さんにご説明したとおりです。もうこの後すぐにでも『計画』の第一段階の実行に移ります。……月くん」
月「ああ、分かっている。今日中に連絡を入れ……都合がつくようなら、明日にも実行する」
L「ありがとうございます。そして『実行』の際、月くんには例の超小型マイクを身に着けてもらいますので……夜神さんと模木さんはここで月くんの発言を聴き……適切なタイミングで報道機関に連絡し、指示を出してください」
総一郎「ああ、報道機関には既に話を通してある。大体『30分後』くらいにテロップを流すよう、指示を出す予定だ」
L「よろしくお願いします。そして相沢さんと松田さんは……ノートの『確認』が済んだ以上、もう当面の間の尾行は不要ですが……もし星井美希または天海春香が尾行に気付いていた場合、『合宿が終わった途端に尾行が無くなった』と思われてしまうとまずいのと、いずれにしても『計画』の最終段階では必ずまた尾行が必要になりますので……尾行自体はこれまで通りのペースで続けて下さい」
相沢「分かった」
松田「またマスクとサングラスか……はぁ」
L「そして、星井さんは……」
星井父「…………」
L「これまで通り、この捜査本部に居る時以外は常に超小型マイクを身に着けていて下さい。またこれまで同様、美希さんに積極的に探りを入れて頂く必要はありません」
L「先ほどもお話ししたように、合宿期間中の星井さんのメールが不審に思われていないとも限らないためです。今、下手に動くと藪蛇となるリスクがあります」
L「なのでむしろ、合宿中のメールが不自然に思われないように……これからは娘を思いやる父親として、今まで以上に愛情を持って美希さんに接して下さい」
星井父「! …………」
L「『合宿中は心配するようなメールを送っていたのに、合宿から帰って来た途端に素っ気ない態度になった』……これではあまりに怪しい……その態度のギャップから、合宿期間中のメールの真の意図に気付かれないとも限りません」
星井父「……ああ。分かった」
月「…………」
月(そういうことか……竜崎)
月(合宿期間中、星井さんから星井美希にメールを送らせた目的は『キラの裁きの時間帯と合宿中の星井美希の生活リズムとの相関性を調べること』にあった。そのこと自体は間違い無い)
月(だがこの目的が達せられると否とにかかわらず……竜崎にはもう一つの意図があった)
月(それは……星井さんに『星井美希が合宿期間中のメールを怪しんでいる可能性がある』と伝え……その対応策として、星井さんに今まで以上に父親としての愛情を持って星井美希に接するように指示すること)
月(まさに今、竜崎が星井さんに指示した内容がそれだ)
月(だがこの指示の真の意図は……『父親の愛情』を盾に、星井美希に自身の父親である星井さんを殺すことを躊躇させるということにある)
月(現状、星井美希に捜査本部のメンバーとして顔が割れているのは父さんと模木さんの二人だけ。だが星井美希がメールの件を訝しみ、星井さんが今もキラ事件の捜査に関与している可能性がある、と考えたとすれば……)
月(星井美希が自分の知る限りのキラ事件の捜査に関与している人物を殺そうと考えた場合……父さんや模木さんだけを殺し、自分の父親である星井さんだけは殺さない……などということはできない)
月(もしそんなことをすれば、自分がキラだと自白しているようなものだからだ)
月(つまり、星井美希がキラ事件の捜査に関与している人間を皆殺しにするなら……自身の父親もその対象に含めざるを得ない)
月(だがキラといえども人の子……ましてやまだ15歳の少女。赤の他人ならいざ知らず……自分の父親を殺すことに抵抗を覚えても不思議ではない)
月(その結果、星井美希が父親を殺せなければ、必然的に捜査本部の他のメンバーも殺せなくなる。竜崎が利用しようとしているのはまさにその点だ)
月(父親と娘が互いを想い合う気持ち――つまり、家族としての情愛――これを最大限に利用した策)
月(まったく、これではどっちが悪だか分かりゃしない)
月(だが、まあ――……)
L「それでは皆さん。あと一息です。頑張りましょう」
一同「はい!」
月(それは、僕も同じか)
月「…………」
【翌日・都内某駅前】
【アリーナライブまで、あと37日】
(手持ち無沙汰気味に、誰かが来るのを待っている様子の海砂と清美)
(二人の間に会話は無く、二人ともどこか落ち着かない様子で並んで立っている)
海砂「…………」
清美「…………」
月「やあ。二人とも。待たせてごめん」
海砂「! ライト」
清美「夜神くん」
月「詳しいことは後で話す。とりあえずついてきて」
海砂「……うん」
清美「…………」
(二十分後・駅近くのホテルの一室)
(部屋に入った月、海砂、清美)
月「…………」
海砂「…………」
清美「…………」
月「……さて」
海砂・清美「!」
月「ミサ」
海砂「! は、はい」
月「そして……高田さん」
清美「……はい」
月「昨日、二人にはそれぞれ、電話で伝えたが……今ここで、改めて言っておく」
海砂「…………」
清美「…………」
月「僕は―――キラだ」
続き
美希「デスノート」 2冊目【3】

