――私は自分の名前が嫌いだった
――本当に本当に大嫌いだった
――そんな私を変えてくれたのは
プロデューサー、『ありす』って聞いたら何を思い浮かべますか?
え、私のこと……ですか?
もう……担当プロデューサーなんですから、当たり前だと思います
そうじゃなくて、こういう時は普通聞いてる本人は外してください
じゃないと私が自意識過剰みたいじゃないですか
不思議の国のアリス、ですか
そうですよね、多分多くの人がそれを思い浮かべると思います
他にも私のやっているゲームや、読んでいる小説……
色々な物に『ありす』という名前は出てきます
最初は思っていたんですよ
私の名前は普通なんだって
私、自分の名前が嫌いだって言ってましたよね?
でも、最初から嫌いだったわけじゃないんです
……当然ですよ、お父さんやお母さんが考えてくれた名前ですから
むしろ可愛らしくて、素敵な名前だと思ってました
……きっかけは本当に些細なことでした
学校の男子がこう言ったんです
『お前の名前って変な名前だな』
私は、そんなことない、って言い返しました
けれどそれから、私は名前のことで色々と言われることが増えました
なんでこういうのって、一度言われると定着しちゃうんですかね?
今思うとそれは、男の子特有の好きな女の子をいじめるみたいな
そう言うことだったのかもしれませんね
それに最近はもっと変な名前の人も多いみたいですし
キラキラネームって言うんでしたっけ?
……ちょっと話がそれちゃいましたね
それで言われた私は、やっぱり傷つきました
もちろん庇ってくれる子もいましたけれど
私はこの時から、段々とこう思うようになっちゃったんです
……ああ、私の名前って普通じゃないんだ
一度両親に当たったりもしました
どうしてこんな名前にしたの、って
こんな名前をつけたお父さんもお母さんも嫌い、って
とても悪いことをしたと思ってます
だってその時の両親の顔は今でも思い出せますから
とても申し訳なさそうにしてたのを
都合がいいですよね
最初は可愛らしくて素敵だ、って喜んでいたのに
当たり散らすくらいしかない、子供だったんです
……えっ、今も子供じゃないか、って?
まあ……そうですけれど……
子供扱いはあまりしないでください、もう……
そう言えば『Alice』って名前は欧米じゃ一般的な女性名みたいですね
気になって色々と調べたこともあるんですよ?
だから日本人ぽくない名前だって言われるのも、当然なんですよね
ふふっ、今なら笑って言えますけれど
またお話がそれちゃいましたね。えっと……
そう……それから当時の私は、自分の名前が段々と嫌いになっていきました
そして段々とゲームや本の世界にのめり込む様になったんです
だってほら、ゲームや本の中なら変わった名前が出ても
みんな普通に受け入れているのが多いじゃないですか
趣味の読書がミステリー物になった理由も
ただ『ありす』って名前の出てくる本があって
それがたまたまミステリーだった、それだけですよ
そうしてるうちに友達と遊ぶ機会は減っていったんです
理由は休み時間に本を読んだり
休日は一人でゲームをしたりで自然と付き合いが悪くなったせい
……要は自業自得なのですが
私はそれすらも自分の名前のせいだと思うようになりました
友達が私を誘ってくれたこともありましたが
でも私はみんなにきつく言ってしまうんです
「みんなも本当は私の名前のことを変だと思っているんでしょう……!?」
そしてますます周りを遠ざけて行きました
当然ですね、こんなことを言っていれば
いつからか笑うことも少なくなりました
いつからか一人で居ることが多くなりました
そんな自分を変えたかったけど
名前で呼ばれるとやっぱりモヤモヤした気分になって
いつからか名前で呼ばれるのが嫌になって
いつからか苗字で呼ばれることを願うようになりました
なんでそう思ったのかは解りません
ただ頑固なだけだったかもしれません
それから私は周りと近づいたつもりでした
苗字で呼ばせるようにすることで、です
友達とも一緒に遊んだりもしましたけど
以前のようにとはいきませんでした
当たり前ですよね
近づいたつもりで、私が距離を取ろうとしているのですから
多分当時の私って、周りから見たら相当キツイ子だったと思います
えっ、出会った頃の私を思い出すって?
……そうですね、最初会った頃はそうでしたね
今思うとかなり恥ずかしいです
学年が上がってクラス替えがありました
私はそこで少しは変わろうとしたんです
初めて知り合う子に『ありす』って呼ばれて
そこから親しくなろうとしたけれど……
やっぱり名前で呼ばれると駄目で
ついつい辛く当たっちゃって
ある時こんなこと言われたんです
『名前は可愛いのに、態度は可愛くないんだな』
……正直、自分でも周りに対する態度が良くなかったと思ってます
でもやっぱり面と向かって言われると堪えました
私はますます自分の名前が嫌いになりました
『ありす』って名前のせいで、自分のイメージが決めつけられる
勝手にそんなことを思い込みました
実際『ありす』って聞いたら、可愛らしい女の子を思い浮かべる人が多いんじゃないでしょうか?
プロデューサーの言った、不思議の国のアリスの印象もありますし
でも実は男性名でも使われることもあるらしいですよ?
……そんなことはどうでもいいですね、えへへ
それから私はゲームなどで『ありす』の名前を使うことはなくなりました
本で『ありす』の名前が出てくるのは、読まなくなりました
……今までは感情移入が出来てたんですが
その一件から出来なくなっちゃったんですよね
そんなとき、プロデューサーに初めて会ったんですよ
最初はナンパかなにかと思いましたよ?
いきなり名前を聞いてきて、アイドルにならないか、なんて言われたら
怪しいと思って当然ですよ、ふふっ
そんなかしこまらないでください
今は感謝しているんですから
プロデューサーに会えたことに
アイドルにしてくれたことに
ああ、そうでしたね
最初は私、全く相手にしませんでしたね
仕方ないですよ、怪しかったんですから
それで名刺を渡されて
もし興味があったら連絡してみて、そう言われて
ほんのちょっとだけれど、興味がわいたんです
帰ってからインターネットで調べて
ちゃんと実在する事務所だって解って
プロデューサーの名前もちゃんと載ってて
ああ……本当に私ってスカウトされたのかな?
私がアイドルになんて……なれるのかな?
そんな気分になりました
プロデューサー、初めて自己紹介したときなんて言ったか覚えてますか?
アイドルに興味なんてない……そう言いましたよね?
実はあれって嘘です
本当は調べていくうちに、どんどんと興味がわきました
名前のコンプレックスのせいで、あまり笑えなかった私には
いつでも笑顔でいられるアイドルは眩しい存在に見えました
そんなアイドルに自分がなれるなんて
そう考えると、自然と渡された名刺に書いてた番号に連絡していました
……えっ、なんでそんな嘘ついたのかって?
だって正直に言って詳しく聞かれたら……
名前のコンプレックスのせいで、周りと壁をつくるような
そんな子だって知られて……軽蔑されたら嫌じゃないですか
プロデューサーなら……問題なかったのかもしれませんけれどね
こうして語ることが出来るんですから
そういえば、面接をしたときのことはまだ覚えてます?
忘れるわけがない?
そ、そうですよね、私ったらあんなこと言いましたから
私が名前を名乗って、プロデューサーが可愛い名前だねって言った後
「あなたも名前だけで私のイメージを決め付けるんですか? そんなの迷惑です……」
私、よく落ちなかったですね
形式上の面接とは言え、あんな事言ったのに
……その通りだと思ったから?
ふふっ、あんな子供の勝手な考えに同調してくれるなんて
改めてプロデューサーが、私のプロデューサーで良かったです
だから私はこうして変われたんだと思います
それからプロデューサーとの、アイドル業が始まりました
最初は実はプロデューサーのこと煩わしく思ってたんですよ?
なんで、って……ずっと名前で呼んでたからですよ
苗字で呼ぶように毎回言ってたのに、聞かないんですから……もうっ
おまけにその理由が、私と親しくなりたいから、って……
はっきり言って、変な人だと思いました
あの頃の私は、あまり愛想が良くなかったですし
そんな私とわざわざ仲良くなろうなんて人、いませんでしたから
だからプロデューサーは、ちょっと他の人とは違うなって思いました
実は、仕事する上で仲良くなってたほうがいいからってだけじゃないですか?
……ふふっ、慌てて弁解しなくても
解ってますよ、プロデューサーはそんな器用なこと出来ませんよね
まだ一緒になって短いですけど、それくらいは解ります
小さなお仕事をこなしていって
私のことをよく気にかけてくれて
一緒に少しずつ進んで行きましたから
プロデューサーが私のことを理解してくれるように
私もプロデューサーのことを理解してるつもりですよ?
……何かすごい恥ずかしいこと言ってますね、私
ああ、もう……今きっとすごく顔赤いですから見ちゃ駄目です
そんなところも可愛いって……?
も、もうっ、からかわないでください……
……ふふっ……あはは……
あ、ごめんなさい
ただ、プロデューサーの前だとこんなにも素直になっちゃうなんて
本当に不思議ですね……
こうやってよく笑顔になれるようになったのも
本当に感謝しています
本格的にデビューが決まった時は嬉しかったです
綺麗な衣装を来て、笑顔でみんなの前に立つのが
名前で悩んでいた自分だったなんて、信じられなかったです
もちろん今では『ありす』って名前は大好きです
日本人ぽくないけど……それも含めて『私』だし
個性的な名前なら、みんなに覚えて貰えますもんね
……少しプラスに考えるだけで、こんなにも変われるんだから
要は気持ち次第ですね
昔みたいに、なんでも否定的に考えてた私は
もうどこにもいませんよ?
こんなお話に付き合ってもらってすみませんでした
でもプロデューサーには知って欲しかったんです
私が今、こんなにも笑顔でいられるのは
こんなにも変われたのはプロデューサーのおかげだって
あ、おかげさまで学校での交友関係も良好ですよ?
ちょっと変わりすぎてびっくりしてる子もいますけれど、えへへ
お仕事もとても楽しいですし
今は私はみんなを笑顔にしているんだ……そう考えると
アイドルという仕事に誇らしく思います
あの……だから……えっと
プロデューサーと一緒にいたら、私は頑張れるから
一緒だと笑顔になれるから
もしかしたら、これから甘えちゃうことが増えるかもしれません
子供っぽいかもしれないけれど、そうやって素直になっていくと
私はもっと笑顔になれると思うんです
アイドルとして輝けると思うんです
だから……ずっと……
これからも一緒にいてくださいね、Pさん
END