アイドルって、なんなんだろう?
かっこいい女の子のこと?それとも、かわいい女の子のこと?きっと、答えは何個も何個もある。
じゃあ。
何であたしは、アイドルでいられないんだろう?
今のあたしは、月だ。太陽の光が当たって、やっとぼんやりと光ってる。ずっと。ずーっと。大事なことだけど、それって、とってもつまんない。
……あたしは、自分で輝けないのかな。
元スレ
大槻唯「つきはいつだって」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1746538612/
2 : 名無しさ... - 25/05/06 22:37:59 8TMp 2/47輝く日のために進み続ける女の子の話。
前作 橘ありす「開幕戦を、いつもの皆さんと」
https://ayamevip.com/archives/59083822.html
ライブが終わった後の大歓声の中、振り向きもせずにシンデレラが駆け下りていく。いつもなら挨拶ぐらいはしてくれるんだけどな、大槻唯は心の中に、自分を包む服にも似た色の思いが浮かび上がってくるのを感じた。
一瞬だけ仲間を見る。一様に疲れた顔をしていた。何人かの目には不信感と怒りが渦巻いているのが、感受性の高い唯にはよく分かった。
悪いことに、今日のメンバーは唯が最年長だった。ついでに言えば、彼女たちのプロデューサーはこの場にいない。つまり。
「おっつかれー!今日はみんなばっちしだったし、うちらもアイドルに近づいてってるはずっしょ!また明日からガンバル系で行こー!」
「「はいっ!」」
唯が、照らさねばならないのだ。彼女たちの歩む暗い道のりを。
大槻唯はアイドルである。少なくとも事務所の名簿の上では、そういうことになっている。皮肉なことにそれは、極めて悪意のある言い方でもあった。持ち曲も無ければステージの真ん中で踊る機会も無いバックダンサー
をアイドルと呼ぶ人間は普通存在しない。彼女をこの状況に追い込んだ当の本人たちがそう言うのだから尚更だ。
だが、それでも彼女は養成所で自分を見出した担当プロデューサーを恨んではいなかった。金髪ギャルといういかにも学力の低そうな見た目とは裏腹に、彼女は賢明だった。自分がアイドルになれない理由を正確に理解していたのである。
唯のいる346プロダクションは、ホームページで「どんな子でも輝ける」と謳っている。その言葉に嘘はなく、確かに事務所には唯のようなギャル系統の女の子からそれとは正反対の文学少女までさまざまな人がいた。
しかし。実際にステージの主人公となって、ファンからアイドルとして認知される人々の見た目には奇妙なまでに共通点があった。皆一様に黒髪で、清楚で、氷のようなオーラを漂わせていたのだ。その裏には政治があっ
た。伝統ある芸能プロダクションはカリスマ性のある清らかな女性をアイドルにしなければならないのだ。
では何故唯が仮にも事務所に所属できたのかといえば、それもまた政治が原因だった。この多様性の時代において、346プロの方針は差別的だとある種の人から言われる可能性を考慮したのだ。だが、経営陣は唯たちが
346プロに相応しくないという見解を変えるつもりまでは無かった。それに対する答えが、アイドルとして名簿に乗っている黒子のダンサーたちの誕生だったのだ。
事務所の古いレッスンルーム。カビの臭いが漂うそこが、唯たちの居場所だった。ダンスレッスンを終え、人がいなくなった頃を見計らって唯はCDプレーヤーのスイッチを入れた。先ほどまでのレッスンと同様、「お願
いシンデレラ」が流れ出す。違っていたのは、流れているのがカラオケバージョンであり、
「♪おーねがいー シーンデレラー 夢はゆーめでおーわれーない」
特段褒められるほど上手くはないが、彼女が歌っていることだった。バックダンサーとしてではなく、アイドルとして踊りながら。踊り、違和感のあるところをやり直し、実際のライブでの他のアイドルのパフォーマンスを見ながら修正する。それが日課だった。
自主レッスンをしながら考える。以前は同じようにレッスンをしている子がいたのに、今は唯だけだ。誰も彼もがアイドルであることを諦めてしまっている、唯にはそう見えた。
仕方ないと言い聞かせる。シンデレラからは忘れられ、ファンとはそもそも会う機会すら無く、上層部はライブに出られるだけで満足しろと言わんばかりの扱い。もちろんこんな曲を踊れるチャンスなんて永遠に来ない。でも、そんな世界だからこそ。
「……頑張んなきゃ」
大槻唯は、絶望しようとはしなかった。月明かりであっても、道を照らすことは出来るはずだから。ひび割れたつま先の痛みなんか気にしてる暇があるなら、練習しなくちゃ。
音楽がもう一度流れ、再びステップが踏まれる。その姿を小さな人影がこっそりと見ていることに、唯は気が付かなかった。もっとも、彼女の場合気付いていても気にしようとはしなかったに違いない。
服の洗濯ー彼女たちの立場はその程度のものだったーを済ませ、きっちりと畳んでオフィスへ向かう。彼女のプロデューサーはそこでいつも通り仕事をしているはずだ。すれ違う清楚な女の子の憐憫と侮蔑の目も、そうで
はない女の子の尊敬と軽い恐怖の混じった目も気にしない。
この事務所の中で強く、明るくあること。それが彼女のペルソナだった。自分が太陽になれないからといって砕けようとする月はいない。
机の上には飲みかけのコーヒーがあるだけだった。どうやら席を外しているらしい。少しだけ心が落ち込む。プロデューサーは堅物だが、彼女にとっては話を受け止めてくれる優しい人間だった。
「Pちゃんもうっかりさんなんだからー」
机の3段目の引き出しを開ける。プロデューサーの机の3段目の引き出しには各々の担当アイドルのことを色々と書いているノートが入っていることは、公然の秘密だった。ところが。
「……ありゃ?」
自分の分のノートが無い。盗まれたのかな、と考えてすぐに捨てる。流石に他人の担当に直接の加害をするほど野蛮で愚かなプロデューサーやアイドルはいなかったはずだ。どこかに持ち出して一人で読むようなものでもない。
ということは、誰かに見せるために持ち出しているのだろう。上層部に見せているのかな?いや、前「俺は上司には見せん」なんて言ってたっけ。
誰かが言っていたことがふと思い出された。プロデューサーが変わる時にノートも引き継がれるらしい。つまり。
1つの可能性が頭の中を巡った。それを口に出すことはしなかった。現実になりそうだったから。恐怖は渋い顔を浮かべたプロデューサーが戻ってきて、唯の肩を何度か叩いた後でも収まらなかった。
プロデューサーは彼女を喫茶室へと連れていった。コーヒーを飲んでいたスーツ姿の男が、そっと手を挙げる。彼に会釈を返すプロデューサーのことを、唯は睨むことしか出来なかった。
「紹介するぞ。姫川友紀さんの担当プロデューサーだ」
「どうも」
高めの声が耳に入る。唯は顔を上げ、油断なく目の前の男を観察した。
見た目には大きな特徴はない。特徴としては眼鏡をかけていることと、覇気がないこと、背が低いー唯より数センチ高い程度だろうかーこと、あと童顔なことぐらい。着られている感じがするスーツを直して似合わない眼鏡を外せば、一部の年上女性のストライクゾーンにはかするだろうか。
性格は歪んではいなさそう。嘘がつける人間には見えない。そこはプロデューサーと同じだ。
仕事についてはどうだろう。姫川友紀さんとは何度か一緒にしたことがあったっけ。ギャルではないけど、唯と同種の人だった。どこかの野球チームの大ファンで、お酒と野球が大好きで面倒見のいい20歳。世間からは
アイドルだと認知されてはいないけど、少し前に始球式の仕事が決まったと大はしゃぎしていた覚えがある。
どうやらこの人は友紀さんをアイドルとしてではなく、タレントとして売り出すつもりらしい。賢明といえば賢明かもしれない。プロデューサーとしてなら。
でも、アイドルにとってその世界に引き込んだプロデューサーとは、魔法使いなのだ。シンデレラが舞えなくても最後まで信じ続ければならない人なのだ。
結論。嘘はつかないだろうけど、それだけの人。アイドルという世界に呼んでおいて、芽が出なかったからといってほいほいとタレントに転向させるサイテーな人。
「……ゆいにキョーミあるの?」
「まぁそんなところですが……なぁ吉岡、言っていいんだよな?」
吉岡というのは唯のプロデューサーの名字だった。プロデューサーは憂鬱げに頷いた。
「……吉岡さんが別の事務所に引き抜かれるって話は知っていますか?」
その後の話はほぼ入ってこなかった。辛うじて覚えているのは、プロデューサーが唯以外の担当ー村松さくらちゃんと大石泉ちゃん、土屋亜子ちゃんの幼馴染トリオのプロデューサーとして他の事務所に引き抜かれるとい
うことだけ。
その事実については、唯は素直に受け入れていた。喜んでさえいたほどだ。彼女たちの移籍する事務所は大きくはないが、その分余計なしがらみも少なく実力主義の気風があるところだった。
それでも心が漂っているのはなぜだろう。ゆいは月。暗闇で迷っている人がいるのなら、優しく照らし出さなきゃいけないのに。だいじな後輩が光を見つけて、未来を掴みかけているっていうのに。いくら考えても、答え
は一つしか出てこなかった。
ゆいは、嫉妬してるんだ。ゆいじゃなくて、後輩のみんなが選ばれたことに。血の滲むような努力をしてきたゆいじゃなかったことに。
ペルソナが剥がれ落ちる。どうして、どうして、どうして?何でゆいじゃないの?ぐるぐると言葉が動き回る。その中に新しい言葉が加わって、唯の心はさらに追い詰められていった。
ーゆい先輩って、マジメだよねー。マジメすぎてやんなっちゃう。
ーどうせなれないんだしさ、うちらがここまでやる意味なくない?
ーその見た目で、アイドル?笑わせる。
あえて気にしてこなかった、数々の悪口たち。それが情けなくなって、また涙がこぼれる。いつしか、子供のようにうずくまって泣き出していた。声を掛ける者は、誰もいない。
「……ふぇ?」
「ね、あたしに話してみない?」
一人だけを除いて。
「唯ちゃんは真面目だねぇ」
人気のない屋上。セピア色の空を眺めながら、唯の話を聞き終えた姫川友紀はぼやいた。手にはどこからか持ち出してきたノンアル。唯は小馬鹿にされたような気がして睨みつけた。
「ねぇ、何なの?」
「褒めてるんだよ?あたしには絶対出来ないし。プロデューサーに言われたから何となく事務所に入団したようなものだからね」
悪意はないのだろう。笑顔を浮かべながらも、目は真剣にこちらを見つめていることから簡単に分かった。でも。
「……だから、アイドルになれないんじゃないの?」
放っておいてほしかった。この子にゆいのことなんて分かんない。絶対に。ゆいと姿勢が違いすぎる。ゆいは、本気でアイドルになりたいんだ!
「?なれるよ?」
帰ってきたのは、ふざけてるとしか思えない言葉。殺気すら抱いた唯が何事かを叫ぼうとしたのと、さっきの小男がのんびりとした関西弁を発しながら入ってきたのは、ほぼ同時だった。
いつの間にか日が沈んでいた。ぼんやりとした三日月の下、冷たい水銀燈とひんやりとした夜風が身にしみる。今のゆいにはちょうどいいや、なんて思ってたらよれたスーツをかけられた。男の人の、あまり好きじゃない匂い。
「……いらないんだけど」
「知らんがな。寒いんやからごちゃこちゃ言わんとありがたく羽織っとけ」
「それで機嫌とってるつもりなの?ゆいはそんなちょろくないかんね」
「はいはい。まずは話聞こか」
子供をあやすような声に、荒っぽい関西弁。この人はゆいのことを何だって思ってるんだろう?
先ほどの友紀と全く同じ姿勢で手すりにもたれかかった彼は、ノンアルの代わりに持った缶コーヒーを地面に置いて話し始めた。
「さて、俺は君を引き抜きに来たんや。アイドルとして」
「えっ……?」
「最初から話すぞ。吉岡が他のプロダクションに引き抜かれる時に、君の後輩の幼馴染3人組を連れていくことになったのは覚えとるか?」
うなずく。衝撃はあったけど、さっきよりはましだ。
「これは君だけレベルが離れすぎててそこで才能を潰すのは惜しいかららしいんやが、ともあれ君だけ立場が浮く。一方俺は俺で独立して大阪で事務所を立ち上げようとしとって、そこでノンアル飲んどったユッキを連れて行くつもりやった」
顎で友紀を指す。友紀は気まずそうに笑った。
「で、俺は吉岡の件を知って君に声をかけて新しく立ち上げる事務所にスカウトしたっちゅーわけや。君の性格や技術は向こうで入ってくるであろう後輩たちの手本になるし、何より君には華も熱意も根性もあるからな。ここのアホどもは無視しよるけど」
「そこでタレントにするわけ?」
「何言うとんの、アイドルや。君はどうも勘違いしとるようやけど、ユッキも別にタレント一本にするわけやないからね?」
「……」
沈黙。しかし唯の目はまだ探るように彼を睨んでいた。アイドルになれるという言葉を信じて裏切られた人なんて何人もいる。その瞳を見た彼は、質問を変えることにした。
「なぁ、君は何でアイドルになりたいんや?」
「……楽しそうじゃん」
「ほな何でそんなにアイドルに執着すんの?俺はあんまり嘘が好きやないから、さっさとホンマのことを言え」
射抜くような目。適当にかわしていればそのうち諦めてくれるって思ってたけど、そうじゃないみたい。いいや、何だって。この人には悪いけど、絶望してもらおう。
「……私はね、ずっと月だったの。いつだって誰かと一緒にいなきゃ、誰かに照らされなきゃ、いることだって忘れられちゃう。誰かに支えられないと生きていけない、情けなくてダサい女の子」
「……」
「だから太陽になりたかったんだ。アイドルになって、自分の力で輝いて、誰かの支えになるつもりだった」
「……」
「でもね、ダメだった。知ってる?私、後輩の子たちから怖がられてるんだって。キモいって言われてるんだって。事務所の仲間も照らせない太陽なんて、いていいわけないよ。ゆいは月にもなれないんだしさ」
言葉を発するたびに、自分の身体が、こころが、刺されてバラバラになっていく。いつだって自分を壊すのは自分自身なんだ。口元に浮かんだからからの笑いは、悪魔の笑い声にも似ていた。これで諦めてくれるかな、なんて思った次の瞬間。
ピシャンという痛烈な音が一閃すると同時に、唯の世界は90度回転した。
「何やっとんじゃ姫川ァ!やってええことと悪いことがあるやろ、ちったぁ考えろダホ!!仲間に手ぇ出してええかぐらい判断せんかい酔っ払っとるんか!?」
「こうでもしないと目が覚めないよ。仕方ないじゃん」
顔面蒼白になりながら怒鳴りつけるプロデューサーと、氷のように冷静な友紀。唯は頬が痛むのも忘れて呆然としていた。
「キモがられる?怖がられる?バカじゃん。そんなに自分をいじめて何がしたいの?『あたしは可哀想な女の子なんです』って同情してほしいだけにしか見えないけど?」
「は?」
「だからぁ、その程度の覚悟ならアイドル辞めたらって言ってんの。今の唯ちゃん見てアイドルにしようだなんて言う人いないよ。でしょ?プロデューサー」
投げつけられる辛辣な言葉。プロデューサーも「まぁそれはそうやが」と渋面を作って答えた。
「俺が一番買ってたのは根性の部分や。それが無いとなると正直なところ、君である必要性は薄れる」
やけどな、と彼は言葉を切って続ける。その口調は穏やかだった。
「俺は君を一度信じる。レッスンルームを借りておいたから、そこで一曲演って……覚悟を見せてくれ」
月は沈みかけていた。煌々と屋上を照らしながら。
流れ出したナンバーは聞き覚えのない曲だった。振り付けも教えて貰えない。結局のところ、彼があたしをアイドルにするつもりなんて無いのかも。そんな考えが頭をよぎったぐらいだ。
でも。あたしは諦めない。このチャンスを逃したら、もう二度とアイドルになる機会なんて来ない、そんな気がしたから。出来ることを全力でやったら、あとはもうなるようにしかならないはずだ。だから。今ここであた
しが死んでも、悔いが残らないぐらいのパフォーマンスは見せた。その自信はあった。結果はー
大阪市内のライブ会場。規模にふさわしく広い控室で、大槻唯は心を落ち着けようと必死になっていた。ある程度場数を踏んできた彼女らしくないことではあるが、今日ばかりは仕方ない。今日は彼女の初めての誕生日ライブなのだから。
「すまん唯、遅れた!」
ドアが乱暴に開かれる。ぜえぜえと息を切らして、小男ー今のプロデューサーが飛び込んできた。他の現場での仕事を済ませるなり全速力で来たのだろう、5月だというのにひどく汗をかいている。その姿がおかしくて、唯はくすくす笑った。
「もーPちゃん、そこまで急がなくても良かったのに」
「アホ、担当のライブ当日にすっぽかすプロデューサーがあるかい」
「でもぱっと見ヤバい人だよ?」
「やかましいわ」
柔らかく頭をはたかれる。汗に混じって、あの時と似たような男の人の匂いがした。それがあの日の記憶を呼び覚まして、ずっと聞けなかった質問をさせる。
「ねぇPちゃん……ゆい、太陽になれたかな?」
「なれとるよ。月のまま」
即答。奥底にしまいこんだはずの恐怖が蘇り、顔色が青ざめる。プロデューサーは慌てて言葉を紡いだ。
「すまん、月のままってのはそういうことやなくて……太陽のように自分の力で輝きながら、夜空を照らす月のように優しく、唯は迷ってる後輩に道を示してくれてるってことや。唯は346にいた頃からそうやったやろ」
「……」
「確かに月は自分の力では光っとらん。やけどな、太陽みたいにきつい光で人を苦しめるようなこともせん。あの時の唯はあまりに眩しい太陽の光に苦しんでた。そんな人を救えるのは、間違いなく月の優しい光だけや」
「……そっか」
奥歯に物が挟ったような、唯の声。プロデューサーはこの際言いたかったことを全て言ってしまおうと決意した。必死で走ってきたおかげで、時間はまだまだある。
「なぁ、唯は月であることをあまり好んでなかったよな。それはもちろんしゃーないことやし、太陽になりたいって熱意はアイドルになる上ですごく大切なことやった。でもな」
「月であった自分を、嫌いにならないでほしい。唯っていう月の光を頼りにして進んでいる人間は、いつだっておるんやからな」
「!」
「今日ゲストに来てくれてるニューウェーブのみんななんかまさに……あっこれ言うたらあかんやつや」
ニューウェーブ。東京で人気を得つつある3人組のアイドルグループだ。そのメンバーとプロデューサーを唯が忘れたことは、一度だって無かった。
「吉岡ちゃんたち来てんの!?今すぐ行かなきゃ!」
「……聞かんかったことにしてくれへん?今行ったら逆サプライズになってまう」
「えー、どーしよっかなー♪」
慌てふためく彼を楽しげに眺めながら、唯は彼の言葉を何度も反芻した。月である彼女もまた、誰かの支えになれていたのだ。そうであるのなら、月とは。苗字の中に入って以来、彼女を呪い続けていた月とは。
「……えへへっ」
太陽のイイトコロが入った、しずくのようなものであったのだろうか。雨上がりのような、そんな感覚。
スタッフが呼ぶ声がした。明るく返事をし、バックダンサーを務めてくれる子たちに一人一人声をかけ、最後にプロデューサーにウィンクしてステージを駆け上がる。何度も聴いたイントロに、弾けるような大歓声。
あの時踊ったデビュー曲「サニードロップ」で始まったライブが大成功になるのは、もう既定の事実のようなものだった。当然だ。つきはいつだって、みんなの道を確かに照らしているのだから。
完
47 : 名無しさ... - 25/05/07 11:46:28 U7jh 47/47唯ちゃん誕生日おめでとうSSでした。誕生日要素ほぼ無いけど。
何気にこれが初めての唯メイン回です。もっと書け(自戒)