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<真実>
兄「ちょっと待て。別れさせる会って・・・・・・。何言ってんだおまえら」
女「本当にごめん。みんなで集まったとき、何となくそういう話になって」
兄「よくわかんねえけどさ。俺と妹の仲のことでさ、俺たち一度だって誰かに迷惑かけたことあったか?」
女「・・・・・・ない」
兄「みんなってこの面子?」
女友「あと妹友ちゃんもね」
兄「妹友が?(結構ショックだけど無理はないかもしれない。俺ってあいつに告られてたし、しかもその気持に応えないでうやむやに妹と・・・・・・)」
兄友「妹友は関係ねえだろ。言いつけるような真似はよせ」
女友「関係なくないじゃん。実行犯は妹友ちゃんじゃないの」
兄「・・・・・・実行犯? 何のことだよ」
女「妹友ちゃんは反対してたじゃない」
女友「だから?」
女「だからって・・・・・・」
女友「最終的には同意して、しかも実際に作戦まで立てて実行したんだもん。責任は全部妹友ちゃんにあると言っても過言じゃないと思うけど」
兄友「おまえだって妹友と一緒に手を下したんだろうが」
女友「あたしはその場で躊躇したの。今さらだと思われるかもしれないけど、人としてこんなことをしていいのかって悩んだの。でももうそれは後の祭りで、妹友ちゃんは冷静に兄のお母さんに兄妹が近親相姦してるって告げ口したのよ。全くそれこそ何のためらいもせずにね」
兄友「てめえ。兄の前だからって都合よく記憶を改竄しやがって」
女友「あたしが嘘を言ってる証拠があるなら出してみなさいよ。その場にいなかったくせに」
女「でもさ。兄と妹を別れさせる会を作ろうって言い出したのは女友じゃない」
女友「・・・・・・今では後悔してるよ。それだけあたしは兄が好きになって追い詰められてたんだけど、もちろんそのことを言いわけしようとは思わない。兄、本当にごめん。でもさ、実際に君と妹さんの仲をお母さんに言いつけたのはあたしじゃない。妹友ちゃんなの。それだけは信じて」
兄(何が何だかわからねえ。両親に俺と姫の仲をばらしたのが妹友だったってこと? )
兄友「自己弁護もいい加減にしろよ。自分から言い出したくせに。もうおまえは黙ってろ」
兄(兄友?)
兄友「悪かったな兄。つうか俺の話なんか聞きたくもないだろうけど、女友に喋らせておくと自分に都合のいい話しかしないからな。俺が説明させてもらう」
女友「都合のいい話なんかしてないよ」
女「してるじゃない。さっきからずっと妹友ちゃんだけを悪者にして」
女友「だって、妹友ちゃんは妹ちゃんから兄を奪うために」
兄友「だからおまえは黙れ。全部話すよ。兄、聞いてくれるか」
兄「(だから何なんだ)聞くから内輪もめしてないでさっさと話せよ」
兄友「わかった。そもそもは、女と女友がおまえを好きになったことから始まったんだ」
兄「・・・・・・ああ」
兄友「まあ、それだけならよくある話だ。同じ男を取り合う親友同士ってな」
女「兄友・・・・・・」
兄友「もう全部話した方がいいって。その方がおまえだって楽になる」
女「わかった」
兄友「おまえはこの二人を振ったよな」
兄「ちょっと待て。俺は女のことは振ってない。つうか逆に振られたんだぜ」
兄友「言いたいことはあると思うけど、結果的にはおまえは女を振ったんだよ。俺のせいでもあることはわかってはいるけど」
兄(・・・・・・何なんだ)
兄友「振られたこいつらには納得のできないことがあった。それはおまえの相手だ」
兄「姫のことか」
兄友「自分の妹を姫って呼ぶなよ。二人きりのときだけにしろ」
兄「・・・・・・別にいいだろ。誰にも迷惑はかけてないし」
兄友「そこが問題なんだよ」
兄「どういう意味だよ」
兄友「恋愛なんか基本的には自由だ。俺だって女と付き合っていながら後輩ちゃんと浮気してたんだからよ。そのことは本気でそう思うよ。だけどよ、おまえのことが好きすぎて、おまえには不幸な恋愛はしてほしくないって思った女の子がいたとしたら、おまえはその子を責められるか?」
兄「意味がわからん」
兄友「確かに余計なお世話だろうさ。おまえと関係のないやつがそう言ったのなら。でもよ、女も妹友ちゃんも、それにこんなバカな女友だっておまえが妹ちゃんと付き合うことによって不幸になることを見過ごせなかったんだ」
兄「大きなお世話だよ。俺と姫のことは放っておいてくれ。不幸になったとしても俺たち二人の問題だ」
兄友「そうじゃねえって・・・・・・。まあ、とりあえず話を続けるけど。それで妹友ちゃんを含めた俺たちはおまえと妹ちゃんを別れさせる会を作った。それが『兄と妹を別れさせる会』だ」
兄「やっぱりおまえらが」
兄友「ああ。実際におまえの母親に言いつけたのは、女と妹友ちゃんだ。妹友ちゃんは最後まで反対してたけど、一度決めたら全く迷いを見せなかった」
兄(あいつは最初から言ってたもんな)
妹友『その関係には将来があるんですか』
兄友「もちろん、みんなにはエゴもあったと思うよ。でも将来の見えない関係からおまえと妹ちゃんを救いたいという気持だって、あながち嘘じゃねえと思うんだ」
兄「・・・・・・そうか」
兄友「だからさ。少なくとも妹友ちゃんと女の気持だけはわかってやってくれ。許してやれとは言わねえけど」
女友「ちょっと。あたしは?」
兄友「おまえは自分勝手な動機しか持ち合わせてねえだろ」
女友「ひどいよ」
<妹友ちゃん、あんたの腕の中で泣いたのか>
兄友「妹友ちゃんからおまえ達たちの両親が離婚したって聞いた」
兄「今度はその話かよ。おまえらどんだけ俺たちのことに興味あるんだよ」
兄友「好奇心だけで聞くわけじゃねえんだけどさ。迷惑じゃなかったら教えてくれよ。おまえと妹ちゃんは今どういう状況なんだ」
兄「迷惑だ(・・・・・・母さんのおかげで姫と一緒に暮らしていることは、こいつらにだって秘密にしとくべきだ)」
兄友「おまえ、姓は変ってないんだろ?」
兄「(これくらいならいいか)ああ。最初は俺の一人暮らしに親父が反対して揉めてさ。母さんの方の籍に入りそうだったんだけど、結局親父が折れて一人暮らしを認めてくれてな。その条件として親父の方に親権が行くことになった。あと数年間だけの話だけどな」
兄友「じゃあ池山って姓は変わってねえんだ」
兄「ああ」
女「あんた、今はどこで暮らしてるの」
兄「それは秘密。悪いけどもうお前らには関係ない」
女「・・・・・・」
女友「妹ちゃんはどうなったの?」
兄友「だからそういうことを聞かれるのは兄は迷惑だって言ってんだろ」
兄「・・・・・・(ここはフェイクをかましておくか。黙ってると変に勘ぐられないとも限らないし)姫はおふくろと暮らすことになったよ。新しい姓は結城だってさ」
兄友「結城って・・・・・・。おまえの母ちゃんの旧姓か?」
兄「いや。おふくろの再婚相手の姓だよ。厳密に言うとまだ入籍していないらしいから、今はおふくろの旧姓なんだけど」
女友「何で?」
兄友「離婚したら女性の方は半年経過しないと再婚できないんの。そんなことも知らないなら黙ってろよ」
女友「あんたさ。いくら何でもさっきからあたしに厳しすぎじゃないの?」
兄友「自覚しろ。おまえはそれだけのことやらかしてるんだぞ」
女友「・・・・・・」
兄(しかし、告げ口したあと俺と姫がどうなったかは誰も聞かないんだな。さすがの女友も聞きづらいのかな。まあ、聞かれたら別れさせられたことにするだけだけど)
女「あれ?」
兄友「どうした?」
女「兄友の話だとさ。妹友ちゃんはママの方と一緒に暮らしてるんでしょ?」
兄友「そうみたいだな」
女「ってことはさ。半年して兄のお父さんと妹友ちゃんのママが結婚したら」
兄友「・・・・・・あ」
兄(あ)
女「兄と妹友ちゃんって兄妹になるんだよね。同じ戸籍に入って」
兄(げ。今まで全然気がつかなかった。姫は気がついていたのかな。つうか、姫と俺って同じ戸籍じゃないんだな。別にどうでもいいっていやどうでもいいことだけど)
兄友「兄が親父さんの説得に応じて一人暮らしを諦めていたら、妹友ちゃんと同じ家で暮らしていたってことかよ」
女友「兄友、何でそこで嫌そうな顔するのよ」
兄友「してねえよ」
女友「嘘付け。あんたは単純だからすぐに感情が表面に出るからね」
女「もしかして兄友って・・・・・・」
兄友「ち、違えよ。何勝手に想像してるんだよ」
女友「やっぱり妹友ちゃんって頭いいよね」
兄友「・・・・・・どういう意味だよ」
女友「だってそうじゃん。別れさせる会を作ったときにはきっともう離婚のこともお母さんの再婚相手のことも知ってたんじゃないかな。それで渋る振りをしながら兄と妹ちゃんの関係を打ち明けて二人を別れさせた。で、その後はなし崩しに兄と同居して兄に迫るつもりだったんでしょ。まあ、兄が一人暮らしを選んで当てがはずれたんだろうけどさ。それでも戸籍上は兄妹だし、これまでよかお兄さんとの接点は増えるよね」
兄友「妹友はそんなことを計算する子じゃねえよ」
女「それはそうだけど」
兄友「おまえまで何だよ」
女「でも妹友ちゃんってすごく頭のいい子だし」
兄友「おまえらいい加減に」
女友「惚れた弱みで現実が見えなくなっているのかな。兄友君は」
兄(何さっきからどうでもいいことで盛り上がってるんだ。俺と姫は別れてないし、今でもそしてこれからもずっと一緒だっつうの。妹友には悪いけど今さらもう後戻りはできん)
兄(それに俺と姫のことをチクったのが本当に妹友だったとしたら、俺の彼女への罪悪感はだいぶ軽くなる)
兄友「とにかく妹友ちゃんだって計算づくでしたことじゃない。その証拠に最後に会ったとき、妹友ちゃんは泣いてたし」
女友「あんたの腕の中で? したたかな女は違うわ。さすがのあたしでもそこまでは真似できないな。兄友なんか一発で騙せちゃうのね」
兄友「何だと」
女「ちょっと。やめなよ二人とも」
兄(俺、もう帰っていいよな。これ以上こいつらの内輪もめに付き合う義理はないし。何より今日から姫の手を煩わせず夕飯くらいは自分で作るって決めたばかりだしな)
兄「俺、帰るわ」
女「兄、いろいろとごめんね」
兄「うん」
兄友「おい」
兄「許すとか許さないとかどうでもいい。別に恨んじゃいないよ」
兄友「・・・・・・そうか」
兄「正しいかどうかはわからないけど、俺たちはずっと一緒にいるって決めたんだ。恋人同士じゃないとしても、単に兄妹の関係だとしても」
兄友「・・・・・・一緒って。妹ちゃんはおふくろさんと住んでるんじゃねえの」
兄「(やべ)比喩的な意味でだよ。離れてても心は繋がっている的な」
女友「なんか怪しいなあ」
兄「(これ以上ぼろが出る前にさっさと帰ろう)じゃあな」
兄友「おう。また大学であったら相手してくれよな」
兄「・・・・・・うん(遺恨を残してもしかたないし、姫から自立する必要もある。こいつらとも仲直りするか)」
<神の与えたもうた挽回のチャンスなのかも>
「おかえりなさい」
あたしは夜遅く帰宅した池山さんに声をかけた。
「ただいま。まだ、ママは帰ってないの」
「うん。つうかこんなに早くには帰って来ないでしょ」
「休日だというのにね。妹友ちゃんも寂しいでしょ」
あなたが言うか。たまたま今この人が帰宅したのは、今日は仕事をしないで妹ちゃんと面会していたからだ。それももう夜の十一時近い。本当にあたしが寂しく過ごしていることが心配ならさっさと妹ちゃんとの面会を切り上げて帰ってきてくれればいい。夕食の時間を一緒に過ごすだけならこんなに遅くなるわけがない。食事の後も池山さんは妹ちゃんとどこかで一緒に過ごしていたのだろう。彼女だってまだ未成年なのにこんなに遅くなるまで引き止めて。
「妹ちゃん元気だった?」
「あ、う~ん。元気は元気なんだけどね」
「元気なのに何か問題があるの」
「元気すぎるというか。何だか心配でいろいろ聞き出そうと粘ったんだけど、なかなかうまくいかなくてね」
池山さんが遅くなったのはそのせいなのだろうか。自分の大切な「姫」のことが心配で、彼は妹ちゃんを引き止めていたようだ。比較する必要なんかないけど、あたしは妹ちゃんと自分の境遇を比べて悲しくなる気持を抑えられなかった。
妹ちゃんには何の責任もないことはわかっているけど、それでもあたしは今置かれている立場を考えてしまう。
選択を誤ったのかもしれない。あたしは家族を失った。今ではあたしはほぼ毎日この広い新居で一人ぼっちだ。学校だってそうだ。妹ちゃんはあたしと距離を置いているし、彼女以外の友人はいないわけではないけれどあれだけ親しくできる友だちはいない。お兄ちゃんとパパからも何の連絡もないし最近では唯一あたしの慰めだった兄友さんは、あたしのひどい言葉以来連絡がつかない。
それに比べて妹ちゃんはどうだ。あたしのパパがあたしに面会しようとすらしないのに、彼女は池山さんから熱望されて面会に呼び出されこんな時間まで引き止められるほど池山さんに溺愛されている。
学校では寮で同室だった地味で目立たなかった地方出身者の子と毎日仲良くつるんでいる。まるで親友同士のように。この間の旅行までは彼女の代わりにあたしが妹友ちゃんの隣にいたというのに。
何よりも妹友ちゃんはお兄さんと一緒に暮らしている。あたしがどんなに望んでも手に入れられない位置を平然として占めているのだ。ただ、実の兄妹だというアドバンテージを最大限に活用し、あたしやお兄ちゃんをだしにしてお兄さんの嫉妬を煽るような卑怯な手法を使って。
いろいろあたしの考えや詰めが甘かったことは認めざるを得なかった。あたしはあまりにも場当たりすぎたのだ。旅行中にチャンスはあった。夜明けの海岸でお兄さんにキスしたこともそうだ。お兄さんは驚いてはいたけどあたしを拒否していなかった。その後あたしは間違えた。お兄さんの言葉にほだされ、パニックになった妹ちゃんを可愛そうに思ってお兄さんが妹ちゃんの所に向うのを許容してしまった。妹ちゃんが手段を選ばなかったようにあたしもあのとき心を鬼にすべきだったのだ。
兄と妹を別れさせる会のときだってそうだ。あたしのしたことは中途半端だ。決めたら迷わないとか偉そうなことを女友さんには言ったけど、結局あたしの密告は一時的には兄妹を別れさせたけどわずかな間にあの二人は同居を果たした。どう考えても妹ちゃんのママがお兄さんと妹ちゃんの味方に付いたとしか思えない。
ここまで来たらもう自分勝手になってもいいのかもしれない。ある意味、女友さんは潔い。自分の願望だけを原動力にして突き進んでいたのだから。あたしとお兄ちゃん、兄友さんと女さんは負け組みなのかもしれない。中途半端にモラルに囚われ、そのわりには嫉妬心を原動力にその場しのぎの行動に組して。
池山さんは妹ちゃんが彼女のママとそのお相手の男性と三人で暮らしていると信じている。前の奥さんと兄妹がそう信じ込ませたのだ。あたしは自分がそのことを池山さんに密告していいとは思っていなかった。それは正々堂々とお兄さんを争う姿勢にもとると思っていたからだ。
でもこれはそもそもフェアな勝負じゃない。妹ちゃんのお兄さんに嫉妬させる作戦の時点でなんでもありの乱戦になっているのだ。モデルを稼業として厳しい世界で活躍している女友さんにはそれがわかっていたのだろう。だから彼女は手段を選ばなかった。華やかな世界にいる人が何でお兄さんを好きになったのかは知らないし興味もないけど、そういう意味では女友さんは妹ちゃんとは似た者同士なのかもしれなかった。
もう変な遠慮はしない方がいい。もう手遅れかもしれないけど、こんな寂しい状況で悶々として悩んでいるよりはできることをした方がいいのだ。
お兄さんと妹ちゃんが二人きりで暮らしていることを池山さんに教えたらどうなるのだろう。一人娘を姫と呼んで溺愛してきた彼ならそんなことを許しておくはずはない。きっと何らかの手を打つだろう。妹ちゃんの親権も監護権も失った彼だけど、すくなくとも未成年であるお兄さんについては、口を出す権利はあるのだから。
そう。離婚から半年たてばあたしの姓は正式に池山となる。お兄さんと同じ戸籍に入るのだ。あたしたちはまだ若い。今までの妹ちゃんのアドバンテージを超える年月をあたしはお兄さんと兄妹として過ごすことってできるのだ。妹ちゃんがお兄さんと一緒に暮らしている生活さえ阻止することができたならば。
「そういや、妹友ちゃんは来週の土曜日は何か用事が入っているかい」
池山さんが言った。
「いえ。別にないですけど」
「それはよかった。君のママに言われたんだけど、兄はまだママと会ったことすらないんだよね。一人暮らしをしているとはいえ同じ家族なのにこれは確かに変だよね。ママもそれをだいぶ気にしていてね」
「はあ」
「兄を土曜日にこの家に呼んでママに紹介するよ。君も兄の妹になるんだ。初対面じゃないだろうけど一緒にいてくれるかな」
ちょとだけ驚いたあたしはすぐに自分を取り戻した。
「もちろんです。久し振りにお兄さんに会えるのがすごく楽しみだよ」
「よかった。じゃあ早速兄にメールしよう」
とりあえずあたしは兄妹の同居を池山さんにチクることを延期した。お兄さんにうらまれることなく挽回することができるかもしれない。家族の絆って意外と影響力があるものだ。それは急ごしらえの家族であっても。これは神があたしに与えてくれた挽回のチャンスなのかもしれない。
兄(自立への第一歩として自分で夕飯を作ったぜ。まあ、米を炊いてスーパーのお惣菜とインスタントの味噌汁を作ったくらいだけど。少なくとも外食じゃないし、姫からの自立の第一歩ってことで)
兄(いろいろ微妙ではあったけどあいつらとも普通に話せるようにはなったみたいだし)
兄(これなら依存しすぎて姫にうざがられて嫌われることもないいはず)
兄(・・・・・・)
兄(急ぐことはないんだ。自分に自信がないからつい姫に保障を求める意味で過剰な反応をしている俺だけど)
兄(原点は姫を守る、見守ることなんだから。姫とキスできなくても手をつなげなくても、エッチできなくてもそれはそれでいいと思わなければいかん)
兄(一時期は一生童貞のまま独身で姫の幸せを見守る覚悟をしてたんだ。それに比べれば今は幸せすぎて恐いくらいじゃねえか)
兄(姫と結ばれたことは事実なんだし、姫と同棲までしている。これ以上高望みをしてどうする)
兄(・・・・・・姫があまりにも可愛らし過ぎて手を出せないことは確かにつらい。つらいけど、姫の気がすすまないことを無理強いするなんてもってのほかじゃねえか)
兄(とにかく今が幸せなんだ。こんな幸運を逃がさないようにしないとな)
兄(・・・・・・)
兄(今何時だろう。十時半か)
兄(いくら何でも遅すぎねえか)
兄(夕食はしょうがないけど。それでもなるべく早く帰って来るって姫は言ってたのに)
兄(いや。そんな嫉妬じみたことは考えちゃいかん。それは姫を束縛することになるんだからな。俺には姫を束縛したり嫉妬したりする権利なんかないんだから)
兄(姫が俺なんかと一緒に暮らしてくれるだけで奇蹟なんだ。このうえあれこれ文句を付けたら姫に本当に嫌われてしまう)
兄(だけどそれにしても遅いな。父さんは姫を送って来てくれるんだろうな)
兄(いや。そんなわけねえだろ。父さんがそう言い出したとしても姫は絶対に断るはずだ。俺と一緒に暮らしていることがばれちまうもんな)
兄(つうことは駅から徒歩で帰る気か。姫は)
兄(それは危険だ)
兄(・・・・・・姫を束縛する気はないけど、姫の安全には変えられん。その辺まで迎えに行ってみよう)
兄(よし)
<姫の様子がおかしい>
兄(さて。ここでずっと待っていてもいいんだけど、もうこんな時間だからメールしても許されるだろう)
兄(いや。この間姫とLINEのIDを登録し合ったことだし、こっちで)
兄(トーク画面で迷うほど登録している友だちの数が少ないから便利でいいな)
兄(登録しているとき姫のトーク画面をチラッと見たら画面が友だちで埋め尽くされていたけど、何でこんなに友だちの数が違うんだろうな。ははは)
兄(・・・・・・まあいいや。大切な人は自分の実の妹だけだけど、もう少し外に目を向けて姫にうざがられないようにしよう。とりあえず、今日会ったあいつらを今度登録させてもらおう。メアドは知っているからメール出せばいいんだよな、たしか)
兄(って今はそんなことはどうでもいい。姫にメッセージを)
妹「お兄ちゃん?」
兄「姫。LINEでメッセージを送るまでもなく会えてしまったな」
妹「何々? いったいどうしたの」
兄「いや。遅かったから姫のこと迎えに来た。駅から家までって結構暗いし」
妹「そか。ありがと。遅くなってごめんね」
兄「いやいや。勝手に迎えに来たりしてうざかったか?」
妹「そんなことないよ。来てくれて嬉しい」
兄「(何かちょっと元気ないな)それならよかったよ。帰ろうか」
妹「うん」
兄「え」
妹「・・・・・・どしたの」
兄「いや。帰ろう(何だろう。別にいつものことではあるんだけど、久し振りに姫の方から手を繋いでくれた。嬉しいけど、何だろうこの違和感は)」
妹「お兄ちゃん、夕ご飯はどうしたの」
兄「もちろん作ったよ。ご飯も炊いたんだぞ」
妹「そか。ごめんね」
兄「ごめんって。姫は俺の食事係じゃないんだし。何謝ってるんだ」
妹「そうだね。変なこと言ったかな」
兄「別に変じゃねえけど」
兄(何か姫の様子がおかしいような。どこがって聞かれてもはっきりとはわかんないけど、いうもと様子が違うっていうか)
兄(父さんと何かあったのかな)
兄(・・・・・・)
妹「やっと帰れた。やっぱあたしは自分の家にいるのが一番好きだな」
兄「うん(姫の好きな自分の家って離婚前の家のことなのかもな)」
妹「あたし、先にお風呂入っていい?」
兄「いいよ(そういや、姫と二人で暮らせることになってあまり考えなかったけど)」
妹「じゃあ先に入るね」
兄「うん(この間までみんなで一緒に暮らしていたあの家、今じゃ誰も住んでないんだよな)」
妹「・・・・・・覗いたり入って来たりしないでね」
兄「しねえって(いつもの冗談なのに。何か無理に明るく振る舞っている感じがするな)」
兄(あの家、売りに出しているって母さんが言ってたな。母さんは同じ会社の男の家に行ったし、父さんは妹友のお母さんと新しくマンションを買ってそこに住んでる)
兄(姫が好きだったあの家の中に入ることはもう二度とない)
兄(母さんには約束したけど、姫はここでの暮らしで満足できるのかな。最初のうちは目新しかったし、寮で住むより嬉しいと感じてくれたんだろうけど)
『お兄さんと妹ちゃんの関係に将来ってあるんですか』
兄(何でこんなときに妹友の言葉が思い浮ぶんだろう)
兄(日常に追われて流されて暮らしていれば、そのうちに二人だけで暮らして行くことに姫が閉塞感を感じたとしても無理はないよな。何せこの先にはこの暮らしがずっと同じように続いていくだけで、目新しいイベントなんか何も起こらないだもんな)
兄(姫と俺が血の繋がっていない恋人同士だとしたら。大学で知り合ってお互いに恋に落ちて同棲したカップルだったとしたら)
兄(プロポーズしたりお互いの両親にあいさつしたり、婚約して結婚があって。そのうち子どもができて姫が仕事を止めて専業主婦になって)
兄(子どもが成長して育児の悩みもあって)
兄(そういうことがこの先には何もないんだもんな。俺たちって)
兄(いや。そんなことは承知のうえで一緒に暮らしてるんじゃないか。姫は俺と付き合っていくことを後悔しないって言ってくれた。たとえ大好きな両親を失ったとしてももう迷わないって)
兄(俺が迷ってどうする)
兄(あのとき・・・・・・)
妹『パパとママには悪いとは思うけど、でももうそれは覚悟したの。最悪、勘当されたとしてもお兄ちゃんと引き離されなければいいって』
妹『あたしの不安はね。お兄ちゃんがパパとママのことを気にしてあたしから離れて行ったらどうしようってこと』
妹『まあでも。お兄ちゃんとはもう結ばれちゃったんだから絶対に逃がさないけどね』
妹『ちゃんと責任取ってね、お兄ちゃん』
兄(あれは姫と結ばれたあとの車内でのことだったよな)
兄(姫にあそこまで言わせてるんだ。俺が今さら迷ってどうする)
兄(・・・・・・姫の気持が変わっていなければだけど)
兄(まあ姫だって父さんと何時間も会っていれば混乱するだろうし、いつもと様子が違っていても無理はないか。こいつは本当に家族が大好きだったしな)
兄(それに。二人きりで暮らし始めた夜)
兄『なあ』
妹『なあに』
兄『・・・・・・そのさ』
妹『何よ』
兄『あのさ。その。俺は・・・・・・。おまえのこと愛してる』
妹『へ?』
兄『父さんたちの離婚とかいろいろあったけど、今こうしておまえと一緒に暮らせて、おまえが料理してくれて。俺、本当に幸せだわ』
妹『お兄ちゃん・・・・・・』
兄『ずっとこうして俺と一緒にいてくれるか』
妹『・・・・・・』
兄『・・・・・』
妹『・・・・・・・はい』
<今日はちょっと変じゃないか>
兄(いかん。思い出したら泣けてきた)
兄(人間って贅沢なものなんだなきっと。両親に引きはがされていたときは、お互いに一緒に暮らせるだけで幸せを感じていたんだ)
兄(それが日常になっちゃうといろいろ不安や不満が生まれてくるものなのかもしれない。でも原点に立てば迷うまでもない。将来がない? あのときは再び二人で一緒に暮らせるだけであんなに幸せだったじゃんか)
兄(少なくとも俺は迷っちゃいけないんだ)
兄(・・・・・・そろそろ姫がお風呂から出てくるかな。軽口を叩いていつもどおりに姫と接しよう)
兄(あれ? 携帯か)
兄(メール? げ。父さんからじゃんか)
兄(いったい何なんだよ)
兄(・・・・・・)
妹「お風呂出たよ。お兄ちゃんもまだなら早く入っちゃって」
兄「うん」
妹「どうかした」
兄「父さんからメール」
妹「パパ? 何だって?」
兄「明日、再婚相手に紹介したいから家に来いって」
妹「そうか」
兄「父さん今日は何かそういうこと言ってた?」
妹「ううん。お兄ちゃんのことは全然話題にしなかった。・・・・・・多分わざとそうしてたんだと思う」
兄「まあ、そうだよな。どうしようかな」
妹「行ってくれば?」
兄「でも俺、正直父さんの不倫相手にあいさつなんかしたくねえんだよな」
妹「でもお兄ちゃんは池山の籍に入ってるんだし、しかたないんじゃない?」
兄「そんなの形だけだ。俺は一人暮らしを父さんに認めてもらってるんだから」
妹「それでもさ。休みとかにはお兄ちゃんはパパたちの家に帰って来るって期待されてると思うよ」
兄「そんなつもりはないけど」
妹「いいじゃない。久し振りに妹友ちゃんとも再会できるし」
兄「・・・・・・姫さ。今日はちょっと変じゃない?(やべ。こんなこと言うつもりはなかったのに)」
妹「別に変じゃないよ」
兄「それならいいけど。俺、別に父さんの籍に残りたくって残った訳じゃないし」
妹「世間からはそうは見えないでしょ。お兄ちゃんはパパと妹友ちゃんと妹友ちゃんのママと四人家族なんだよ」
兄「俺はおまえと二人家族だよ。今はもう他に家族なんかいらない」
妹「そんなことはわかってるよ。そういう意味じゃなくて」
兄「・・・・・・うん(落ち着け俺)」
妹「とにかく割り切って一度会ってきたら?」
兄「そういやおまえは? おまえだって母さんと相手の男の家にあいさつとかしてないだろ」
妹「ママはあたしたちのことを、一応は応援してくれているから。あまり無理は言わないようにしてくれているみたい」
兄「夏休みとかどうすんの」
妹「どうもしないよ。ここで暮らす」
兄「だったら俺だけ父さんのとこに帰るっておかしくない?」
妹「あたしたちのことを秘密にするためにはそれしかないと思う。一人暮らしの学生が長期休暇に実家に帰らないって不自然じゃん」
兄「姫をここに一人には絶対にしないからな」
妹「長く一緒に暮らすためじゃない。子どもじゃないんだから駄々をこねないでよ」
兄「だってよ(こういう態度が姫にとってうざいのかもしれないな)」
妹「とにかく明日は行ってきなよ。日曜日だし断る理由なんかないでしょ」
兄「まあ姫がそう言うなら」
妹「でも気をつけてね。あたしたちのこと気がつかれないようにしてよ」
兄「それはわかってる。へまはしないよ」
妹「じゃあパパに返事したら?」
兄「・・・・・・わかった」
兄(何だろう。姫のいうことは正論だけど。正論過ぎて違和感がある。これまではわがままなくらいにもっと普通に甘えてきてくれてたのに)
兄(考えすぎかな。メールに返事するか)
兄「じゃあ行って来る」
妹「行ってらっしゃい。あ、ちょっと待って」
兄「何?」
妹「襟が曲がってる。はい、これで大丈夫だよ」
兄「なるべく早く帰って来るから」
妹「疑われるかもしれないし、ゆっくりしてきなよ」
兄(またこれだ。何か姫が達観しているというか。だいたい妹友とだって顔を会わせるんだぞ。少しは不安に思ったり嫉妬したりしねえのかな)
兄「疑われない程度に早く帰って来るよ」
妹「・・・・・・うん」
兄「姫は今日はどうするの」
妹「お部屋の掃除したり勉強したりしているよ。あたしのことは気にしなくていいって」
兄「じゃあな」
妹「あ、そうだ。夕ご飯をあっちで食べてくるようならメッセージ入れといて。支度の都合もあるから」
兄「そんなもん、ここで食うに決まってるだろ」
妹「・・・・・・お兄ちゃんは本当にやさしいね」
兄「え?」
妹「何でもないよ。万一食べてくるなら連絡してね」
兄「・・・・・・ああ」
兄(何が変だとかはっきりとはわからないけど)
兄(何か変だなという感じはする)
兄(これは感情の問題だからいくら理詰めに冷静に考えても納得できないんだよね)
兄(考えすぎなののはわかってるけどさ)
兄(とにかく最低限の義務を果たしたらなるべく帰ろう)
兄(妹の言うことも一理ある。あまり連れなくして疑われたら元も子もない。せっかく奇蹟的に母さんが俺と姫の同居に理解を示してくれたんだし)
兄(考えてみれば母さんだって危ない橋を渡ってくれてるんだ。俺と姫のためにも母さんの足を引っ張るわけにはいかないしな)
兄(・・・・・・ここか。結構いいマンションに住んでるんだな)
兄(俺と姫のアパートとは偉い違いだ)
兄(どうすりゃいいんだ? このインターフォンで部屋の番号を呼び出せばいいんだな)
兄(・・・・・・)
妹友『はい』
兄「えと。その(いきなり妹友かよ)兄ですけど」
妹友『お兄さん・・・・・・。お待ちしてました。今開けますね』
兄(待ってたって。やっぱ俺を? 昨日のあいつらの会話が蘇ってくるじゃねえか)
<もう一人ぼっちは嫌です>
女友『やっぱり妹友ちゃんって頭いいよね』
兄友『・・・・・・どういう意味だよ』
女友『だってそうじゃん。別れさせる会を作ったときにはきっともう離婚のこともお母さんの再婚相手のことも知ってたんじゃないかな。それで渋る振りをしながら兄と妹ちゃんの関係を打ち明けて二人を別れさせた。で、その後はなし崩しに兄と同居して兄に迫るつもりだったんでしょ。まあ、兄が一人暮らしを選んで当てがはずれたんだろうけどさ。それでも戸籍上は兄妹だし、これまでよかお兄さんとの接点は増えるよね』
妹友『どうぞ。三十五階の部屋ですよ』
兄「あ、ああ。どうも」
兄(あれってマジなのかなあ。でも兄友は違うって言ってたし)
兄(今さら兄友のことを信用するのもなんだけど)
兄(あいつ、妹友ちゃんのことが好きなのか。まあ、節操もない惚れっぽいやつだから別に不思議はねえけど)
兄(湾岸のマンションの三十五階? 何か腹立つな)
兄(ロビーもやたらぴかぴかで豪華だし。エレベーターってこれか。特急って何だよ。エレベーターじゃなくて鉄道かよ)
兄(・・・・・・三十五階だっけ。何でこんなに不自然な高度で暮らしたがるんだろうな。窓から都会の夜景が見えるとかって父さんから自慢されるんだろうか)
兄(これなら売りに出ている前の家の方が全然居心地がいいのに)
兄(ここか)
妹友「いらっしゃい。お久し振りです」
兄「(いきなりドアが開いた。びっくりしたあ)や、やあ。ご無沙汰」
妹友「どうぞ」
兄「お邪魔します」
妹友「・・・・・・そのあいさつは間違っています」
兄「はい?」
妹友「ここはお兄さんの実家ですし、一人暮らしをしている兄が実家に帰ってきたというだけですから、お兄さんはただいまと言うべきです」
兄「いやそんなこと言われても。ここに来るのは初めてだしおまえの母さんとも初対面だし」
妹友「そんなこと。すぐに仲良くなれますよ。あたしだってお兄さんたちのお父さんとはすぐに親しくなったくらいですから」
兄「いやそういう問題じゃ」
妹友「ともかくこんなところで立ち話をしている場合じゃないです。リビングに行きましょう」
兄「お、おう(いよいよ対面か。柄にもなく緊張するな。とにかく姫との同居のことだけは勘付かれないようしよう。その他のことはもうどうでもいいから)」
兄「すごい景色だな」
妹友「ええ。高いところから街中を一望できます。夜はもっと綺麗ですよ」
兄「そうか(この部屋には誰もいねえ)」
妹友「ほら。あそこの丘の上に立っているのが富士峰です」
兄「おまえの学校が見えるんだな」
妹友「はい。それから、あっちには小さくだけどお兄さんの母校も見えるんですよ」
兄「ああ。それよかさ」
妹友「いけない。お茶も出していませんでした」
兄「お構いなく。それよか父さ」
妹友「その言葉も誤用です。どこの世界に妹に向ってお構いなくという兄がいるんですか」
兄「いやそれはいても不思議じゃないだろう。つうか兄妹って」
妹友「あたしとお兄さんは家族ですから。なのでもうあまりあたしに遠慮しないでくださいね」
兄「(何だか埒があかん。この際ストレートに)父さんはどこかな。ひょっとしてまだ寝
てる?」
妹友「・・・・・・・まさか。寝ているどころかあたしとお兄さんを養うために一生懸命働いていると思います」
兄「・・・・・・また急な仕事かよ。人のこと呼び出しておいてそれはねえだろう」
妹友「ごめんなさい」
兄「いや。妹友が謝ることじゃねえけど。じゃあ、おまえのお母さんは」
妹友「あたしたちに不自由させないために」
兄「ひょっとしてこの家にはおまえしかいないの」
妹友「厳密に言うとあたしとお兄さんの二人きりです」
兄「・・・・・・俺帰るわ」
妹友「待ってください。お兄さんへの伝言があります」
兄「伝言?」
妹友「なるべく早く帰るからそれまで家でくつろいでいてくれ」
兄「父さんがそう言ったのか」
妹友「お兄さんに伝えるように頼まれました」
兄「・・・・・・(何なんだよいったい)」
妹友「コーヒーがいいですか? お兄さんの好きなほうじ茶もありますけど」
兄「いやいいや。のど渇いてねえし(とりあえず今日のところはさっさと逃げ出そう)」
妹友「じゃあ、お兄さんのお部屋に案内しますね。家具は全部前の家から持ってきたそうですから、住み慣れた感じがすると思いますよ」
兄「部屋? そんなもんまであるのか」
妹友「それはお兄さんもこの家族の一員ですから。別に不思議なことじゃないでしょ」
兄(父さんのやつ。まさかまだ一人暮らしを解消させようと狙ってるわけじゃねえよな。仮にそうだとしたらまだしも母さんに親権が行ってた方がましだった)
妹友「こっちですよお兄さん」
兄「・・・・・・」
妹友「どうですか。このお部屋も景色がいいでしょ」
兄「まあな」
妹友「よくベッドが変わると眠れないとか聞きますけど、このベッドはお兄さんがずっと使っていたものだそうですね」
兄「うん」
妹友「これなら今のアパートのベッドよりもよく眠れると思います」
兄「なあ。今日のところは俺、そろそろ」
妹友「あ、あと。これ」
兄「これって。俺の漫画とアニメのコレクションじゃん」
妹友「あと段ボール箱に入っていたのも一応本棚に並べておきました」
兄「おい!(エロゲじゃねえか。しかも妹物の)」
妹友「・・・・・・何だかお兄さんの妹なのに、お兄さんの妹物のエッチなゲームを整理するのは少し恥かしかったですけど」
兄「すまん(何謝っているんだ俺)」
妹友「でももう平気です。むしろお互いに隠し事が減ったようで嬉しいです」
兄「・・・・・・」
妹友「ねえ」
兄「何だよ」
妹友「あたしだって両親が離婚してパパともお兄ちゃんとも一緒に住めなくなったんですよ」
兄「え」
妹友「お兄さん、そんなにあたしと二人でいることが嫌なんですか」
兄「そういうわけじゃないけど」
妹友「あたしだって笑顔を見せているけどつらいんです」
兄「それはまあ、おまえもいろいろ大変だったとは思うよ」
妹友「そう思ってくれているなら、ここに一緒にいてください。二人が帰って来るまで。もう一人ぼっちは嫌です」
兄「・・・・・・泣いてるのか」
<はっきり言わないとわかってもらえないの?>
妹友「泣いてないよ」
兄「どう見たって泣いてるだろ、おまえ」
妹友「泣いてたらどうだっていうの? 肩を抱いて慰めてくれるともで言うつもりなの」
兄「え」
妹友「もういい。同情されたってしかたなかったのに。変なこと言っちゃった」
兄「いや。大丈夫かおまえ」
妹友「帰って」
兄「あのさ」
妹友「帰りたいんでしょ。さっさと帰ればいいじゃん」
兄(かわいそうとは思うけど俺だって姫だって被害者なんだぜ)
妹友「帰んないの? さっきまでずっと帰りたがっていたくせに」
兄(正直うぜえ。こいつに罪悪感があるのも事実だけどよ)
妹友「・・・・・・同情でいてもらって嬉しくないよ」
兄(声に元気がなくなった)
妹友「・・・・・・ずっと夜明けの海が続いていたならよかった」
兄「それって」
妹友「もういい」
兄「おい。どこ行く」
妹友「・・・・・・」
兄「(この部屋に。こいつの部屋かな)なあ」
妹友「・・・・・・放っておいて」
兄「悪かったよ。父親に会いたくなかったから早く帰ろうとしてたけど、妹友と一緒にいるのは別に嫌じゃねえよ」
妹友「・・・・・・」
兄「嘘じゃねえって」
妹友「・・・・・・」
兄「本当に悪かったって。おまえだって両親が離婚して彼氏君とも別居になってつらかったのに」
妹友「・・・・・・」
兄(やべ。何か急にこいつにひどいことしちまったような気がしていた。さっきまでうざいとか思ってたし)
妹友「・・・・・・ごめんなさい」
兄「え」
妹友「ごめんなさい。お兄さんに八つ当たりしてしまいました」
兄「いや。俺の方こそ」
妹友「・・・・・・あの」
兄「うん」
妹友「今日は本当にごめんなさい」
兄「何で妹友が謝る」
妹友「池山さんに」
兄「え」
妹友「・・・・・お兄さんのお父さんとママにあたしが頼んだんです」
兄「頼んだって何を」
妹友「最初だけでもお兄さんと二人きりにしてって」
兄「え」
妹友「大丈夫です。あたしが連絡するまでは二人ともここには帰ってきません」
兄「そういうことか」
妹友「はい・・・・・・。二人ともあたしが連絡したら仕事から帰って来ることになっています」
兄「何でこんなこと」
妹友「はっきり言わないとわかってもらえないの?」
兄「いや」
妹友「それならよかった」
兄「・・・・・・うん」
妹友「・・・・・・あの」
兄「何だよ」
妹友「・・・・・・もう決めちゃったんですか」
兄「何を」
妹友「いい兄貴になるって言ってたじゃないですか」
兄「あ、ああ」
妹友「もうあれは撤回しちゃったんですか」
兄(ここは正直に言わないと妹友ちゃんがかわいそうすぎる。変に期待を持たせちまうかもしれないし)
兄(いや。でも姫と約束したんだ。ずっと一緒にいるって)
兄(・・・・・・どうすりゃいい? でも妹友ならつらくても理解してくれて、秘密にしておいてくれるかもしれないし)
妹友「本当のことを教えて。でないとあたしいつまでも先に行けないの」
兄(まずい。本当にやばい。姫が好きと言うだけなら簡単だけど、俺と姫は別れさせられたことになっているし、そもそもそれを仕掛けたのは妹友だって話だ)
兄(それならこいつのことなんか放って置けばいいんだけど、やっぱり傷付いている妹友を見ていると・・・・・・)
兄(それにこいつからははっきりと告られてたのに、俺はそれうやむやにして姫と)
兄(部屋から出てきた)
妹友「・・・・・・リビングに戻りましょう」
兄「う、うん」
妹友「大丈夫です。連絡するまでは池山さんもママも帰ってきませんから」
兄「それは聞いたけど」
妹友「座ってお話しましょう。もう泣きませんから」
兄「別にいいけど(どうしよう。姫にLINEで相談するか)」
妹友「座っててください。お茶をいれてきます」
兄「うん」
兄(今のうちに)
兄『妹友が悩んでるみたいでさ。その、はっきりと振ったほうが妹友のためじゃないかと思うんだけど。やっぱり姫との同棲のことは妹友にも話したらまずいかな』
兄(何やってるんだ。これじゃ全然意味わかんないだろ。姫に切迫感も伝わらねえだろうし)
兄(・・・・・・)
兄(既読になんねえ。掃除でもしてて気がつかねえのかな)
<もう帰って>
兄(返事こねえ。妹友が帰ってきちゃうだろ)
兄(・・・・・・)
兄(つうか。こんなことまで姫に尋ねないと決断できないなんて)
兄(もう決めたんだろ。姫に依存しないって。お互いの人格を尊重しあうんだ。自分で決めるときは自分で決めないと、それこそ依存症から抜け出せないじゃん)
兄(まだ既読にならない)
兄(どうする? 妹友を信用して全部打ち明けるか)
兄(こいつは姫の親友だ。今は仲違いしてしまっているけど、本気で姫が不幸になることまではしないと思いたい)
兄(・・・・・・俺と姫の関係をチクったのにか。あれは嘘じゃないよな)
兄(でも、今泣いていたのは本当だ。きっと、今妹友がつらい思いをしているのも嘘じゃねえだろう)
兄(人間って面倒くさいな。いいやつとか悪いやつとか簡単には判断できねえもんな)
兄(姫だってきっとそうだよな。女とか女友とかから見れば、とんでもない悪女に見えてるのかもしれないし)
兄(いや。俺だってどんな目で見られているか)
兄(そんなことはどうでもいいんだよ。それよか妹友に真実を告げるべきか告げざるべきか。そっちの方が問題だから)
兄(あれ)
兄(メッセージ来た)
『意味わかんないよ。よくわからないけどお兄ちゃんに任せる』
兄(姫の方が意味わからん・・・・・・)
兄(いや。わかってるだろう。いつもいつも決断を姫に任せるなってことだな、うん)
兄(人は単純にいいやつとか悪いやつとかは決められん。そうでないなら兄友なんかに女とか妹友が今になって心を許すわけはないんだ)
兄(よし決めた)
妹友「お待たせしました」
兄「ああ」
妹友「どうぞ」
兄「うん」
妹友「あの」
兄「・・・・・・」
妹友「ごめんなさい」
兄(え?)
妹友「さっきからのあたしって、好きな人に対する態度じゃないですよね」
兄「何言ってるんだ」
妹友「忘れてください。あたし、お兄さんを試すような真似をしちゃった」
兄「試すって?(何が何だか)」
妹友「本当は聞くまでもないのに。もうわかってたことなのに。こんなことすれば、お兄さんと二人きりになって自分の寂しさをアピールすれば何とか気持が取り戻せるかもなんて思って」
兄「・・・・・・妹友」
妹友「ごめん」
兄「わかんねえだけど」
妹友「・・・・・・はい」
兄「何でいきなり後悔して謝ったりした(実際、俺はこいつに全てを話す気になっていた。姫と別れてこいつと付き合うとかありえないけど、それでも正直にこいつに向き合う気になっていたのに)」
妹友「もともとぎりぎりでやってたことだし。キッチンから戻ってお兄さんの顔を見たら」
兄「見たら?」
妹友「ごめんなさい。でもすごく追い詰められた表情だった」
兄「・・・・・・」
妹友「好きな人を追い詰めてまで自分の気持を優先するなんてやっぱり間違っているって」
兄「おまえ」
妹友「もう諦めました。もういいんです」
兄「(・・・・・・姫。俺は自分で決めるよ)あのさ。実は俺と姫は」
妹友「わかってます。二人で一緒に暮らしているんですよね」
兄(!)
兄「な、何でそれを(何で知ってる。誰がこのことを知っているんだ)」
妹友「ふふ」
兄(泣きながら笑ってる)
妹友「ふふふ・・・・・・ふふ」
兄「どうした」
妹友「前に妹ちゃんが寮の同室の子と話しているのを聞いちゃったの」
兄「おまえ」
妹友「安心して。誰にも話してません。池山さんにもあなたのお母さんにも」
兄「・・・・・・」
妹友「どうせ知ってるんでしょ? お兄さんと妹ちゃんが抱き合ってキスしてたことをあなたちのお母さんに知らせたのがあたしだってこと」
兄「兄友たちから聞いたけど」
妹友「あたし一人が悪者にされてたんでしょ。どうせ」
兄「兄友はおまえを庇ってたよ」
妹友「・・・・・・そう」
兄「・・・・・・」
妹友「さっきお兄さんの表情を見てもう止めようと思ったのは本当」
兄「別に疑ってねえけど」
妹友「でもね。お兄さんを見てたらわかちゃった。さっきお兄さんが悩んでたのはあたしの気持に応えようかどうか悩んでたんじゃない」
兄「・・・・・・何だって」
妹友「お兄さんが悩んでたのはあたしを選ぶか妹ちゃんを選ぶかなんてことじゃ全然ないのね」
兄「・・・・・・」
妹友「お兄さんはあたしを誤魔化して振り切るか、あたしに正直に妹ちゃんとの関係を告白してあたしを振るかどっちにするかを悩んでただけなんでしょ」
兄「・・・・・・ごめん」
妹友「しかもその程度の選択すらお兄さんの大事なお姫様に指示を仰ごうとしてた。だっていらいらしながら何度もスマホを眺めてたもんね」
兄「そうじゃねえって(・・・・・・だめだ。全部ばれてるし)」
妹友「もう帰って。お兄さんと妹ちゃんのことは誰にも言わないから」
兄「いや(しかも俺が都合よく考えていたとおりになんか全然行きそうもない)」
妹友「バカな期待をしてたあたしをかわいそうだと思うならもう帰ってください」
兄「・・・・・・わかった」
<二年後>
その日あたしは学内にあるコンビニの前で待ち合わせをしていた。入学式から一週間が過ぎて、キャンパス内の部活やサークルの勧誘もだいぶ落ち着いてきていて、入学直後のような喧騒はもう見られない。歩いていてもサークルの勧誘の先輩に声をかけられることも少なくなっていた。
既にオリエンテーションも履修登録を済ましてはいたものの、今週はまだほとんどの講義が始まっていなかったので、あたしは主に入会したサークルの部屋で先輩たちにいろいろと大学のことや近くのお店のことなどを教わりながら過ごしていた。あたしと同じ新入生の友だちも結構できたので、そこで過ごす時間を退屈することはなかった。
待ち合わせの時間が近づいていたので、あたしはそろそろ部室を出なければならなかった。
「あれ。妹友ってもう帰っちゃうの」
立ち上がったあたしに三回生の女の先輩が話しかけた。
「すいません。待ち合わせをしているので」
あたしたちのことはもうサークル内では知れわたってしまっているので、ここで誤魔化す必要な何もなかった。
「いいなあ。入学時にもう彼がいるなんてさ」
「って言うより彼のあとを追ってうちの大学に来たんだもんね、妹友ちゃん」
別な先輩が笑いながら口を挟んだけど、二人とも別に嫌がらせで言っているわけではないことはわかっていたから、からかわれても別に不快にはならない。それにこの大学に彼を追い駆けてきたことは事実だった。それでもこういう形で新入生が目立つことに少しだけストレスを感じる。
「はい。合格できてよかったです。でももう行きますね」
「またね」
先輩たちと親しくなった同期の子が大きな声であいさつしてくれたせいで、周囲にいた他の部員たちの注目まで集めてしまった。
もう行こう。あたしは何となく周囲の人にあいさつして部室を出た。少しだけ暗い部室から外に出ると外は明るかった。キャンパス内に植えられている桜がまだ少し残っていて、何となくだけど華やかな雰囲気が漂っている。あたしはその雰囲気に包まれてだんだんと気分がよくなってきた。考えてみればあたしはもっとリラックスしていいのだ。受験生ならみんな同じだろうけど、大変だった受験生活も無事に終了した。第一志望の国立大学に現役入学という結果を残して。
両親も喜んでくれたし、富士峰の先生方も祝福してくれた。そして何よりも、受験中にあたしを支えてきてくれた彼氏と同じ大学で一緒に過ごせる日が来た。多少のやっかみ半分のからかいくらい何でもない。それに先輩たちには悪気はないのだし。
コンビニの前まで行くと彼が先に来ていた。もう見慣れたはずの彼の横顔だけど、キャンパス内で見ると少しどきっとする。年上の彼氏なのだけど、出合ったころからどちからかというとあたしの方が彼を振り回してきた。生意気な言葉も口にしたしバカにしたような態度を取ったこともあった。付き合い始めてからもそれは変わらなかったのだけど、最近ようやく本当の意味で彼に対して素直になれるようになってきた。そうなって彼を見ると、この人は今まで思っていたよりずっと大人だった。もちろん大学でもサークルでも彼は先輩なのだから、そういう意味であたしが彼を見直すのは自然だったけど、それだけではない。今まで上から目線のあたしをずっと包容してくれていたのは彼の大人としての余裕だったのだ。
昨日今日付き合った関係ではないけど、どうも最近ではあたしが一方的にかれにベタ惚れしている状態かもしれない。昔のあたしならプライドが許さなかっただろうけど、今のあたしにとってはそんなことはどうでもいい。何よりも彼のことが好きで彼もそれを受け止めている関係がすごく心地いい。
「だーれだ」
あたしは気がつかれないように何だか物思いに耽っている彼の後ろからそっと抱きついて言った。
「また子どもみたいな真似をして」
両目を後ろからあたしに塞がれながら彼はそっと笑った。
「遅えよ。妹友」
「ごめんね、お兄さん」
あたしは手を離し、自分の大切な彼氏、親友だった妹ちゃんを失ってまで手に入れたお兄さんの顔に微笑みかけた。
「まあ、そういうところも可愛いからいいんだけどさ」
お兄さんが苦笑してあたしの手をそっと離してあたしの方に向き直った。
「サークルに顔出してたの?」
「うん。先輩とかみんなにお兄さんとのことからかわれちゃった」
あたしは微笑んで言った。
「あそこには変なやつはいないけど、あまり新入生が目立たない方がいいんじゃね?」
お兄さんが苦笑して言った。
「あたしが言い触らしてるわけじゃありません」
「・・・・・・怒るなよ」
「知らない。お兄さんのばか」
拗ねたあたしを見てお兄さんが慌てたように抱き寄せた。あたしは少しだけ抵抗して見せた。
「いい加減に機嫌直そうぜ。飯おごるからさ」
「・・・・・・」
「謝るって。ようやく一緒の大学で過ごせるようになったんだ。仲直りしようよ」
「・・・・・・デザートもありですか」
「もちろん」
「じゃあ、特別に許してあげます。お兄さん?」
「ありがと。って何?」
「噂になったっていいの。というか噂になってほしい。お兄さんとあたしが付き合っているって、学内の全員に知ってほしい。お兄さんには迷惑かもしれないけど」
お兄さんは黙ってあたしを抱き寄せた。
「お兄さん?」
「別に迷惑じゃねえよ。俺だって隠す気なんか全然ないんだぜ」
「うん」
あたしは背伸びしてお兄さんの首に両手を巻きつけてキスした。普段はお兄さんの方から背を屈めてくれる。そのときのキスはあの日、早朝の海辺でお兄さんにキスしたときみたいだ。
「何か懐かしい感じだな」
お兄さんもそのことを考えていたようだった。
「キスなんか何百回ってしてるでしょ」
内心嬉しかったあたしだけどあたしはわざとそういう言い方をした。たまに二人の出会いを思い出して感傷的になってくれるのも嬉しいけど、キスなんかもう慣れてしまい新鮮でも何でもない関係、そう例えて言えば何十年も一緒に暮らしてきた夫婦の関係を気取るのもまたあたしにとっては嬉しいのだ。
<兄と妹と妹友を救う会>
女友「こっちだよ兄友」
兄友「おう。お待たせ」
女「・・・・・・大丈夫? すごい顔してるよ」
兄友「顔に出てる? いや、大丈夫だけどよ」
女「つらい役目をさせられているんだから、せめてあたしたちにだけは愚痴を言いなよ」
兄友「いや本当に平気だから」
女友「まあ、惚れた女のためだもんね」
女「またあんたはそういうことを言う。ちょっとは人の身になって考えなよ」
女友「なってるよ。なってるから兄と妹ちゃんを救おうとしてるんでしょ。別に自分の得にも何にもならないのにさ」
女「罪悪感を感じてるくせに」
女友「それは確かにそうだけど。でも、正直ここニ年間は池山兄妹のことも、妹友ちゃんのことも忘れてたんだよね。ほら、あたしってば専属契約切れてフリーになったじゃん。そしたらすごく忙しくなっちゃってさ。まじで単位ヤバイくらい」
女「だから協力してあげてるでしょ」
女友「感謝してるって」
兄友「それで今日は何の打ち合わせ? 妹友ちゃんのことなら相変わらずで何の進展もないぞ」
女「うん。今日は情報が入手できたんで二人に教えようと思ってさ」
女友「情報って・・・・・・え? まさかマジ?」
兄友「・・・・・・おい」
女「苦労したけど、今年富士峰に年の離れた従姉妹が入学したんだよね」
女友「それは聞いた。でも中坊だし情報を得るのは難しいんじゃなかった?」
女「期待しないで頼んでたんだけどさ。その子が妹ちゃんの進学先を噂で聞いたんだって」
兄友「うちの大学じゃないよな? 散々探しても見つからなかったもんな」
女「うん。富士峰女学院大学だって。内部進学したみたいだよ」
女友「・・・・・・妹ちゃん、うちの大学が第一志望だったのに」
兄友「あそこって、富士峰からはほとんど内部進学しないんだろ」
女「富士峰は進学校だからね。併設の大学は偏差値も低いしほとんどが外部からの受験組らしいよ」
兄友「やっぱり兄とのことで進路を変えたのか」
女「まあ、そう考えるのが妥当かもね」
女友「よし。今までは妹ちゃんの進路を探ることに全力を傾けていたけど、これからは今後の作戦方針を立てよう」
女「作戦って。目標は何なのよ」
女友「そんなの会の名称が物語っているでしょうが。あの三人を救うのよ」
兄友「いやそれはわかってるよ。具体的にどうするのかって聞いてんだろ」
女友「それをこれから決めるのよ」
女「根本的な話としては、どういう状態を実現すれば三人が幸せになるかってことを考える必要があるよね」
女友「それだ。まず兄と妹は現在お互いに二年間会ってもいない。当然、付き合ってもいないわけだけど。まず考える必要があるのは二人を復縁させるかどうかね」
女「それが二人を救うことになるの」
女友「仮にそれができればなると思うよ。もともと別れたくて別れたんじゃないんだから」
兄友「そもそも最初に兄妹を別れさせたのはおまえだろうが」
女友「わかってるよ。だから罪滅ぼしにこんな自分にとっては何の得にもならないことをしてるんじゃないの。本当ならお仕事と講義でこんなことをしている場合じゃないのに」
女「兄と妹ちゃんがわだかまりなく仲直りしたら、二人を救うことにはなるかもしれないけど。でも、妹友ちゃんを救うことになるのかな」
女友「それは・・・・・・」
兄友「・・・・・・」
女友「それでもこのままじゃ兄だって壊れちゃうよ。あいつ、相変わらず学校に顔出さないんでしょ?」
兄友「ああ。メールしたり電話したり、あいつのアパートに押しかけたりしてるんだけど。何か人生そのものに興味がないような感じでさ。この二年間、バイトしてるか部屋に閉じこもってゲームしてるかどっちかだ」
女「ゲームってあれ?」
兄友「うん。実妹物のエロゲだな」
女友「やっぱり少なくとも兄妹を再開させるところまではお節介を焼いてもいいと思うな。その先は彼らに任せるにしてもさ」
女「じゃあ妹友ちゃんは」
女友「妹友担当の兄友としてはどう思う?」
兄友「わからん。家族が崩壊して兄貴と別れさせられたという意味なら妹友だって妹ちゃんと同じ状況だしな。そのうえ好きだった兄を再び妹ちゃんに盗られたと知ったらどうなるか」
女友「特に妹友ちゃんは今だって半分壊れてるようなものだしね」
女「そういう言い方やめなよ」
兄友「妹友は普通だよ。講義にも出ているしサークルにも入ったし。それに・・・・・・・好きだった男と結ばれてデートだってしているしな。あいつの心の中では」
女「あんたもつらいね」
女友「よく頑張ってるよ。兄友は。精神疾患の症状が出ている子の恋人ごっこに付き合うなんて、あたしだったら耐えられないな」
女「だからよしなって。言葉に出すほどの悪意があんたの心の中にないことはわかっているけど、それにしても不用意すぎるってば」
女友「わかったよ。ごめん兄友」
兄友「いや。俺が勝手に好きでやってることだしな」
女「じゃあどうするよ。兄妹のために二人を再会させるのか。それとも妹友ちゃんの心のケアを優先するか」
女友「妹友ちゃんを優先した場合、あたしたちはどうするの」
女「どうもしないんじゃない? 兄友の妹友ちゃんへのケアをそれとなく手伝うくらいで」
<行動開始>
女友「あれは正直きついわ。何でこんなやつのことを兄君とか呼ばなきゃいけないのよ」
女「そうしないと妹友ちゃんが混乱するからね」
兄友「俺だっておまえらに兄なんて呼ばれたくねえよ」
女友「妹友ちゃんにそう呼ばれるのは平気なのかよ」
兄友「・・・・・・平気なわけねえだろ。毎日甘えられてキスまでされるんだぞ。『お兄さん』って呼ばれながら」
女「あんたは頑張ってるよ。いつか妹友ちゃんにわかってもらえる日が来るって」
女友「問題はそれまでこの浮気男のメンタルがもつかどうかだよね」
兄友「正直そろそろ自信ないわ。俺」
女友「やっぱりこんなのいつまでも続けられるもんじゃないね。あたしたちが兄友を炊きつけて妹友ちゃんの面倒を見させてからもう一年以上たつけどさ。そろそろ限界かもしれないね」
兄友「今まではよかったんだけど、大学で一緒にいるだろ? 俺の友だちの前で俺のことを『お兄さん』って呼ぶんだよな。俺が近親相姦の疑惑をかけられてるよ」
女「しかたないか。とりあえず妹ちゃんの意向を探る?」
女友「そうだね。今のままじゃよくないことは確かだし、どうするにしてもそれはしておかないといけないのかも」
兄友「おまえらが妹ちゃんに会いに行くのか?」
女友「今、思い出したけどさ。富士峰女学院大に知り合いがいたわ。昔のモデル仲間、てかその子読モしてるんだけど。その子に連絡とってみる。小さな大学だから調べてもらえるかも。少なくともその子に会いに行くことはできるし、そこで妹ちゃんを探せるかもしれないし」
女「そうだね。それしかないか」
女友「じゃあ、あたしはお仕事だから。ついでにその子の連絡先をスタッフの人に聞いてみるわ」
女「よろしく」
女友「あんたは出席票とノートをお願いね」
女「しかたない。引き受けてやるよ」
女友「じゃあね。また連絡するよ、『兄と妹と妹友を救う会』の諸君」
女「これでいいのかなあ」
兄友「まだどうするか決まったわけじゃないだろ。それにとにかく兄のやつが何も語ろうとしない以上、妹ちゃんに接触できれば何があったのかわかるだろうし」
女「そうだね。実際、あのときに何が起こっていたのかあたしたち三人の誰も知らないんだもんね」
兄友「俺たちのうちの誰かが嘘をついていない限りはな」
女「それはないでしょ。確かに最初に兄と妹ちゃんのことを密告したのはあたしたちだよ。別れさせる会なんか作ってさ。でも、それであの二人の仲は終ったと思っていたんだもん。それにご両親の離婚だってあったじゃん。兄は妹ちゃんとは戸籍が別れたって言ってたし」
兄友「結局、二人は一緒に暮してたんだよな。妹友が壊れるわけだよ」
女「問題は二度目にあの兄妹を別れさせたのは何が原因なのか、てか誰なのかってことじゃん」
兄友「両親のどっちかにばれたんじゃね」
女「そうならいいと思うけど・・・・・・」
兄友「何が言いたいんだよ」
女「妹友ちゃんはきっと知ってたんだよね。兄と妹ちゃんが両親の離婚後に二人で同棲してたって」
兄友「そんな証拠はねえだろ。妹友だって何も言わないし」
女「あんたも一時期は妹友ちゃんと距離を置いていたじゃんか。だから知らないだけかもよ」
兄友「どうしても妹友のせいにしたいのかよ」
女「そうじゃないけど。でも、妹友ちゃんがこんな状態になったのが、自分が二度にわたって兄と妹ちゃんの関係を壊した罪悪感が原因だとしたらさ。いろいろ納得できるっていうか」
兄友「・・・・・・まあいいよ。おまえらが妹ちゃんと再会できればわかるだろ」
女「そうだね」
兄友「じゃあ俺もそろそろ行くわ。妹友とコンビニ前で待ち合わせなんだ」
女「あんたもつらいね」
兄友「言うなよ。自分で決めたことだから。じゃあな」
女「また連絡するよ」
妹友「だーれだ」
兄友「また子どもみたいな真似をして」
兄友「遅えよ。妹友」
妹友「ごめんね、『お兄さん』」
兄友「・・・・・・(耐えるんだ俺。こいつの心の平安のためだ)まあ、そういうところも可愛いからいいんだけどさ」
兄友「サークルに顔出してたの?」
妹友「うん。先輩とかみんなに『お兄さん』とのことからかわれちゃった」
兄友「(幸せそうに笑ってる)あそこには変なやつはいないけど、あまり新入生が目立たない方がいいんじゃね?」
妹友「あたしが言い触らしてるわけじゃありません」
兄友「・・・・・・怒るなよ」
妹友「知らない。『お兄さん』のばか」
兄友「(拗ねている妹友って可愛いな。これが俺に対する態度だったらどんなに幸せか)いい加減に機嫌直そうぜ。飯おごるからさ」
妹友「・・・・・・」
兄友「謝るって。ようやく一緒の大学で過ごせるようになったんだ。仲直りしようよ」
妹友「・・・・・・デザートもありですか」
兄友「もちろん」
妹友「じゃあ、特別に許してあげます。『お兄さん』?」
兄友「ありがと。って何?」
妹友「噂になったっていいの。というか噂になってほしい。『お兄さん』とあたしが付き合っているって、学内の全員に知ってほしい。『お兄さん』には迷惑かもしれないけど」
妹友「『お兄さん』?」
兄友「別に迷惑じゃねえよ。俺だって隠す気なんか全然ないんだぜ」
妹友「うん」
兄友「何か懐かしい感じだな(俺にはそのときの記憶はないけど。こいつは前から兄とドライブしたときのキスのことを何度も話してたもんな)」
妹友「行きましょ。いつものカフェでしょ?」
兄友「うん。いい?(・・・・・・神様)」
妹友「いいですよ。っていうか『お兄さん』と一緒ならどこでもいいです」
兄友「じゃあ行こう(顔を赤らめている。こいつが妹ちゃんと再会したらどうなっちゃうんだろ)」
兄友(本当に妹友が二度目に兄と妹ちゃんを別れさせた犯人なんだろうか)
妹友「『お兄さん』、その手の繋ぎ方は違うでしょ」
兄友「ああ。恋人繋ぎね」
妹友「そうですよ。『お兄さん』はいつまでたっても奥手なんですから」
兄友(・・・・・・神様。もうそろそろ許してくれよ)
<妹を待ちながら>
女「何か小さな大学だね」
女友「生徒数も少ないみたいだね。十年前くらいまでは短大だったらしいよ」
女「何かそんな感じはするね」
女友「学内の案内があるな。どれどれ。幼児教育学科、保育学科、栄養学科、あと看護学科・・・・・・そんだけか」
女「妹ちゃんってどの学科なんだろう」
女友「そこまではわかんないや。でも友だちに聞いたら併設の高校から二人だけここに進学したみたいって言ってたよ」
女「そんだけしかわからなかったの」
女友「うん。友だちもモデルが忙しくてあまり学校に行ってないんだって。不真面目だよな」
女「あんたと一緒じゃん」
女友「うるさいよ。さて、来たのはいいけどどうしたもんか」
女「いくら小さな学校つっても歩いていて発見できるとも思えないよね」
女友「人もあまりいないな。講義中だからか」
女「とにかくこうなったら地道に張ってるしかないよ。何日か通えば見つかるんじゃないかな」
女友「無理だって。仕事もあるしそんなに抜けられないよ」
女「じゃあどうする」
女友「あんた頼むよ」
女「おい」
女友「だってしかたないじゃん。講義は抜けられても仕事に穴は開けられないよ」
女「まあ、あんた一応プロだしね」
女友「一応は余計だよ。兄友にも応援頼むか」
女「それは無理でしょ。あいつは今は妹友ちゃんのケアで精一杯だと思うよ」
女友「そうだよね。妹友ゃんとなまじ同じ大学になっちゃったから一緒にいる時間が増えちゃったんだよなあ」
女「とりあえず今日だけでも一緒に探そうよ」
女友「そうだね。どっかでお茶でもしながら」
女「あそこにカフェテリアって書いてあるよ」
女友「こんなところで立っていてもしかたない。そこに行くか」
女友「もうすぐお昼だね」
女「うん。妹ちゃん、ここにお昼食べに来ないかな」
女友「カフェっていうかここ学食じゃん。来る確率は高いんじゃないかな」
女「これくらいの広さならそんなにいっぱいは学生も来ないだろうし。入り口を見張ってれば妹ちゃんに気づけるかもね」
女友「あたしたちもここで食事しちゃわない?」
女「あんた食べなよ。あたしは食欲ない」
女友「珍しいじゃん」
女「これから妹ちゃんと会うかもしれないと思うと、とても落ち着いて食事する気にはなれないよ」
女友「ああ。まあそうだね。二年前に妹ちゃんのママと待ち合わせしたときも緊張したもんね」
女「それはそうでしょ」
女友「あたし一人じゃ絶対無理だったよ。あのときは妹友ちゃんが冷静だったからちゃんと話ができたんだよ」
女「妹友ちゃんは一度決めちゃうと迷わないからね。彼女は強い子だから」
女友「・・・・・・」
女「何よ」
女友「あたしもそう思ってたんだけどさ。本当に強い子だったらこんなことにはならないと思う」
女「それは・・・・・・そうかも」
女友「あの子ってさ。昔はもっと人を少しだけバカにしたような言い回しつうか言葉をよく使ってたけど、最近は全然そんなことないしね」
女「うん。それはそうだけど」
女友「兄友のことをお兄さんと呼ぶことよりも、あたしにはそっちの方が気になるよ」
女「確かに妹友ちゃんらしくはないけど」
女友「きっといろいろ無理してたんだろうな。それでぷつんと切れちゃったんだよ。きっと」
女「でもさ。兄友とのことを除けば、あの子は外から見て全然おかしくないし、普通じゃない? それは少しは性格が丸くなったかもしれないけど」
女友「だから性質が悪いよね。あれじゃ両親だって妹友ちゃんがおかしいなんて思わないだろうし、現にサークルの連中にだって普通に人気あるじゃん」
女「やっぱり何かあったんだろうなあ」
女友「それも兄と妹ちゃんと関係することがね」
女「しかし兄友も思ったより尽くすタイプだったのね」
女友「お・・・・・・見直した?」
女「少しはね」
女友「よりを戻したくなってきたとか?」
女「冗談言わないでよ」
女友「結構本気で聞いてるんだけどね」
女「見直したというかさ。ほら、あいつが高校の部活の後輩の子を妊娠させたとかって言ってたことがあったじゃん」
女友「あったね。懐かしい」
女「それであたしはあいつに振られたんだけど、あれだって妊娠した後輩の子を見捨てられなかったからだったしさ。だから見直したというか、あいつって前からそういうところはあったよ」
女友「あのときはやることはやってたんでしょ? 責任とって当たり前じゃん」
女「まあ、そうだけど」
女友「何? あんた本気であいつとやり直したいの」
女「まさか。それに今の妹友ちゃんから兄友まで取り上げたら彼女がどうなっちゃうことか」
女友「そらそうだ」
女「それにさ。今の兄友には妹友ちゃんしか見えてないと思う」
女友「それにしても何で兄友が妹友ちゃんに対して責任とか感じなきゃなんないわけ?」
女「妹友ちゃんは両親の離婚のとき、お母さんと兄のお父さんとの家庭の方を選んだでしょ」
女友「うん」
女「あのとき、兄のお父さんに言われたんだって。ぜひうちの家庭を選んで、それで兄と付き合ってくれって」
女友「何それ? 無茶苦茶じゃん」
女「兄が妹ちゃんと付き合うのが許せなかったんでしょうね。それに、兄のお父さんも妹友ちゃんが兄のことを好きなのもうすうす感じていたんじゃないかな」
女友「兄の気持なんかガン無視じゃん。そんな言葉に乗せられたのか」
女「兄友もそう言って諌めたみたい。それで妹友ちゃんと気まずくなったらしい」
女友「それって妹友ちゃんの自業自得で兄友が責任を感じるとこなんかないじゃないじゃん」
女「自分があのとき妹ちゃんをもっとうまく引き止めていたらって言ってたよ。兄友は」
女友「・・・・・・あほか」
<パンドラの箱>
女「そうなんだけどね。結局兄友は妹友ちゃんのことが好きになっていたからね」
女友「惚れっぽいやつだなあ。あんた、後輩ときて妹友ちゃんか」
女「みんな人のことは言えないでしょ。あんただって」
女友「あたしは兄一筋だったよ。そんで振られたからもう当分は男はいいやって」
女「仕事が恋人ってわけ?」
女友「まあね」
女「・・・・・・」
女友「・・・・・・」
女「ねえ?」
女友「うん」
女「妹ちゃんにさ、まだ兄のことが好き? って聞くんでしょ」
女友「とりあえず妹ちゃんの気持を確かめることになったしね」
女「本当にそれいいのかな。もうお節介焼かないで放っておいてあげる方が親切なのかもよ」
女友「誰にとっての親切なのかが問題でしょ」
女「・・・・・・どういうこと?」
女友「あたしさ。昨日も撮影の最中ずっと考えてたんだよね」
女「うん」
女友「ちなみに撮影中に写真撮られることに集中しないでほかのことを考えていた方がカメラマンに誉められることがわかった。いい表情だよって三回くらい言われたし」
女「それが言いたかったのかよ」
女友「いや。つまりさ『兄と妹と妹友を救う会』なんて言ってるけど、よく考えるとあたしたちにはその全員は救えないと思ったの。少なくともこのやり方じゃ」
女「どういうこと?」
女友「ゼロサムゲームじゃん。兄と妹ちゃんが復縁したら、妹友ちゃんはひょっとしたら今以上に壊れちゃうかもしれない」
女「・・・・・・」
女友「かと言ってこのまま放っておいたら三人とも不幸になるかもしれない。まあ、妹ちゃんはもう立ち直っている可能性はあるけど」
女「それは確かに。少なくとも兄と妹友ちゃんはどうなっちゃうかわからないよね」
女友「もう一つの選択肢としては、行方の知れない妹ちゃんを放っておいてさ。兄と妹友ちゃんをくっつけちゃうっていうのもある」
女「・・・・・・それは思いつかなかったよ。それならひょっとしたら兄と妹友ちゃんは救えるかもしれないけど」
女友「そうでしょ? 妹ちゃんが現状維持って感じになるだけだしさ」
女「でも。そしたら兄友が・・・・・・」
女友「そうなんだよね。今度は兄友が壊れちゃうかも」
女「・・・・・・どれを取っても誰かが泣くのか。まさにゼロサムだね」
女友「もうごちゃごちゃでしょ。だからさ、初心に帰ってとりあえず妹ちゃんが今どんな状況か、何を望んでいるかを確かめるのよ。もうそれしかない」
女「妹ちゃんは何と言うかなあ」
女友「パンドラの箱」
女「え?」
女友「いろいろな不幸の種を妹ちゃんが一人で抱え込んでいてくれているとしたらさ。あたしたちはその箱を開こうとしているんだよね。いったい何が出てくることか」
女「ギリシャ神話だっけ?」
女友「そうだよ。神話のように最後に希望が残っていることを期待するしかないよね」
女「本気で胃が痛くなってきた」
女友「気持ちはわかる。かと言って何も注文しないでここにいるのも気が引けるな」
女「コーヒーでも注文してこようか」
女友「あたしが行って来る。あんたはこの場所を取っておいて。すぐに混み出すと思うから」
女「わかった」
女(女友も意外と考えてたんだなあ)
女(それにしても救いようのない話になってきちゃった。結局どううまく言っても誰かが今より更につらい思いをするだけなんて)
女(妹友ちゃんが兄友のことを、兄友本人と認識して好きになってくれれば)
女(・・・・・・女友は触れなかったけど。結論がどう出てもきっとあたしも女友もダメージを受けることになる)
女(あたしも彼女もまだ兄のことを)
女(・・・・・・)
女(いや。でも兄友に比べたらあたしのつらさなんて)
『兄友って妹いなかったよな。その子って彼女? 何でおまえのことお兄さんって呼んでるの』
『兄友さあ。おまえ彼女に自分のことお兄さんって呼ばせてるのかよ。趣味わりいの』
『兄友ってさ。近親相姦物の深夜アニメとか見すぎなんじゃね?』
『可愛い子なのになあ。彼氏の言うとおりお兄さんなんて呼ぶとこ見るとちょっとひくわ』
女(あいつは笑っているだけで何も反論しない。できないんだろう。これ以上、妹友ちゃんを混乱させたくないんだろうし)
女(このまま何もしなければいつかは妹友ちゃんも兄友のことを兄友本人と認識する日が来るのかなあ)
女(そして真実に気がついた妹友ちゃんはどうするのだろう。お兄さんではなく兄友だと知ってあいつから距離をとるか。それとも兄友自身を好きになってくれるか)
女(なんかいつの間にか混んできたな。女友遅い)
女(・・・・・・)
女(あ・・・・・・。あの子)
女(間違いない。妹ちゃんだ。友だちと一緒みたい)
女(久し振りだからかな。妹ちゃん、何だかすごく大人びたなあ。すらっとして綺麗になったかも。まるでモデルみたい)
女(女友にだって負けてないかな)
女(それどころじゃない。ど、どうしよう。声をかけなくちゃ)
女(こんなときに限って女友はいなし)
女(・・・・・・)
女(今さらためらっていてもしかたないよね)
女(よし)
『今日いつもより混んでない?』
『ちょっとね。でもまだ席空いてるよ』
『注文するより先に席を確保しとこうよ』
『うん。看護学科の人たちが実習で抜けるから今週は空いてるって先輩に聞いてたのにね』
『あたしが注文しに行くから、妹は席を取っておいてよ』
『わかった。あたしはいつものランチでいいや』
『じゃあね』
『うん』
女(席なんかどうでもいい。妹ちゃんに接近して)
女(しかし本当に綺麗になったなあ。昔から美少女だとは思っていたけど、前はもう少し可愛らしいって感じだったのに)
女(入学したばっかなのにもうちゃんと女子大生してるのね)
女(こんな子とずっと一緒に暮してきたらそれは妹だとしてもね)
女(何か妹ちゃんには全然勝てる気がしない)
女(・・・・・・)
女(てか、勝てる気がしないって何よ。勝つ必要なんてないじゃん。今はそういうことじゃなくて妹ちゃんの気持ちを)
女(こんだけ綺麗なら男の一人や二人はいそうだなあ。そしたらどうすればいんだろ)
女(・・・・・・どうしよう。何か声をかける勇気がない)
女(女友を呼んでくるか。連帯責任ということで)
女(妹ちゃんがどこに座るかだけ確かめて・・・・・・て。え?)
妹「え?」
女「・・・・・・あ」
妹「もしかして女さんですか」
<再会>
妹「どうしたんですか。こんなとこで」
女「(妹友を連れてくる前に見つかっちゃった。どうしよう)こ、こんにちは」
妹「何でここにあなたがいるんですか」
女「あのね。あたしたち妹ちゃんに話しがあって。ここにくれば会えると思って」
妹「あたしたちって」
女「女友も一緒なの。ちょっと今は席はずしているけど」
妹「話・・・・・・ですか。っていうより何であたしがここに進学したって知ってるんですか」
女「うん。知り合いに聞いて知ったんだけど」
妹「・・・・・・兄から聞いたんですか」
女「(兄・・・・・・お兄ちゃんって呼ぶのやめたのかな)違うよ。兄とはそういう話はできな
いし」
妹「じゃあ誰に聞いたんですか」
女「あたしの従姉妹から。その子、今年富士峰に入学したんだ」
妹「ああ。それで」
女「いきなり尋ねてきて迷惑だった?」
妹「・・・・・・ちょっと待っててください」
女(え)
女(ああ、お友だちのところに行ったのか)
女(このすきに女友を見つけて)
女(いないなあ。たかがコーヒーを注文するだけのためにどこまで行ったのよ、あいつは)
女(あ、妹ちゃん戻ってきちゃった)
妹「すいません。友だちに用事ができたと断わってきました」
女「あ、そう? 何か悪いね」
妹「じゃあここじゃなんですから場所を変えましょう」
女「(え? 女友抜きであたし一人で対応するの?)別にここでもいいんじゃないかな」
妹「ここはお昼はすごく混むので話ができる環境じゃないですから」
女「えーと(女友出て来い)」
妹「話があるんでしょ」
女(えい。もう覚悟を決めるか)
女「わかった。案内してくれる?」
妹「・・・・・・こっちです」
女「静かな場所だね」
妹「ここは女さんたちの学校みたいに大きくはないんですけど、生徒数も少ないのでわりとこういう人気のない場所も多いんです」
女「そうか。緑が多くて気持いいね」
妹「・・・・・・そのベンチでいいですか」
女「うん(いよいよ)」
妹「・・・・・・」
女「・・・・・・」
妹「・・・・・・話があるんじゃないんですか」
女「そうそう。話があるんだった」
妹「・・・・・・には」
女「はい?」
妹「兄はどうしてますか」
女「妹ちゃん」
妹「兄とはそういう話はできないって言ってましたよね」
女「あ、うん」
妹「兄は今どうしてるんですか」
女(やっぱり兄のこと気になるのか。つうか思ったとおり兄とは全然連絡を取ってないのか)
女「うん。それは全部話すよ。だから妹ちゃんの話も聞かせてくれる?」
妹「・・・・・・」
女「お節介なのはよくわかってるって。でもさ、兄はあんな状態だし妹友ちゃんは精神に異常をきたしちゃうし。こっちはこっちで大変なんだ。だから教えてくれるかな」
妹「兄と妹友ちゃんがどうかしたんですか」
女「本当に知らないの?」
妹「もう二年近く二人とは会っていないし話もしてませんから」
女「・・・・・・じゃあ、こっちの近況から話そうか」
妹「お願いします」
女「そのかわりその後であたしからの質問にも答えてくれる?」
妹「・・・・・・わかりました」
実際、あの当時何が起きたのかあたしたちには全くわからなかったのだ。兄と妹ちゃんは、別れさせる会の密告をきっかけとして両親によって別れさせられていたはずだけど、あたしたちはそのとき実際に二人ふたりがどうなっているのかよくわからなかった。わかっていたのは二人の両親が離婚したこと、そしてその原因となった二人のお父さんの不倫相手が妹友ちゃんのお母さんだったことと、結局兄と妹はそれぞれ別々な家に引き取られたことくらいだった。
そのことをあたしと女友は兄友から聞かされた。兄友の情報源は妹友ちゃん自身だったから、そのこと自体には疑う余地はなかった。
わからなかったのは兄と妹ちゃんが本当に別れたのかどうかということだった。一度ファミレスで偶然に兄と会ったことがあった。場の雰囲気を読まない女友はそのときストレートに兄に聞いたのだ。
『わかんなくていいって。そんで? 相変わらず妹姫とは仲良くやってんの?』
『まあ、そこそこな』
あのとき兄は妹ちゃんとの交際が続いていることを否定しなかった。だから、あたしたちは複雑な想いを抱えつつも自分たちのしでかしたことが結局不発に終ったことに対して内心少しだけほっとしていたのだ。これで兄と妹ちゃんに対して罪の意識を抱かずに済む。あれだけ二人の幸せのために別れさせるとか息巻いておきながら、結局自分たちのエゴだけがあの行動の理由であることは、実際には内心わかっていたのだ。
それでも後で知って意外だったことに。二人は交際を続けていただけではなく、両親の離婚後一緒に暮していたのだ。ファミレスであった兄が両親の離婚後なのにそれなりに落ち着いていたのは、妹ちゃんと一緒に暮していたからだったのだろう。でもその安堵心はすぐに打ち砕かれた。
妹友ちゃんの様子がおかしいと最初に言ってきたのは兄友だった。それまで疎遠だった兄友はすっかり妹友ちゃんに嫌われているものだと思い込んでいたのだけど、その妹友ちゃんがどういうわけか積極的に兄友に声をかけ一緒に過ごしたいと言うようになったのだ。
妹友ちゃんは兄友に告白し恋人同士になった。ただし、その後の妹友ちゃんは彼のことを『お兄さん』としか呼ばなくなったのだ。
あたしたちと一緒にいる時でさえそうなのだ。最初は困惑し、いちいち訂正しようとしていたあたしと女友は、すぐにそれを諦めた。兄友のことを兄友と呼ぶだけで妹友ちゃんが不安定になったからだ。それ以降今に至るまで二人が一緒にいるときは、あたしたちは兄友を兄と呼ぶことになった。
それだけではなく兄の方も大学に顔を見せなくなった。それまでの兄は真面目に単位を取得しようと努力していたのに、バイトか部屋に引きこもってゲームをするか以外の行動をしなくなった。これは兄友から聞いた話だった。兄友は兄と仲直りしていたから、兄の新しい部屋にも招かれたらしいのだけど、一人暮らしにしては広すぎるそのアパートには妹ちゃんの暮した痕跡は一切残っていなかったという。
兄は妹ちゃんと二度目の別れを経験して変ってしまったのだ。それがあたしたちが「救う会」を設立した理由だ。
妹「そうですか。兄は大学に来ていないんですか」
女「うん。正直単位がヤバイと思う。うちの学部は四回生までは留年ってないから三回生にはなれてはいるけど、このままだと確実に卒業できないと思うよ」
妹「・・・・・・あたし、兄は妹友ちゃんと恋人同士として付き合って、普通に心穏かな日常を送っているんだと思っていました」
女「何ですって」
妹「それなのに。兄ばかりか妹友ちゃんまでそんな状態になっていたなんて」
女「・・・・・・今度はあたしが質問する番よね」
女(誰かがミスリードしたんだ。正直、妹友ちゃんだと思っていたけど。でも妹ちゃんが兄と妹友が普通に付き合っていると思っていたのが本当だとしたら)
妹「わかりました。約束だから話します」
女(・・・・・・この子。泣きそうじゃない)
<真実>
妹「・・・・・・」
女「・・・・・・(何か予想どおり空気が重い)」
妹「何から話せばいいでしょうか」
女「ご両親の離婚後、兄とあんたが同棲していたことまでは知っている。それで。何で別れちゃったの?」
妹「一緒に暮していたことはママ以外には秘密にしてたんですけどね。妹友ちゃんにはばれてたみたいですね」
もう二年も前のことなんですけど。正直記憶もだんだんあやふやになっているんですよね。
妹ちゃんはそう前置きをして話し始めた。一度話し出すと彼女は考えずにすらすらと話し出した。多分、記憶が曖昧だというのは嘘で全ての出来事がまだ真新しいままで彼女の心にしまいこまれているのだろう。妹ちゃんはもう何も隠すつもりもないようだ。あたしは何となくそう思った。
あのときは本気でもうお兄ちゃんとの記憶以外の過去のことは全て捨ててもいいと思ってたんです。これまで本気で女さんたちの質問に答えてこなかったけど、本当はあたしは昔からお兄ちゃんのことが好きでした。男性として。初恋もお兄ちゃんだったし、それから今までお兄ちゃん以外に好きになった男の人なんかいなかったんです。
妹ちゃんが俯きがちに話し始めた。その態度こそ殊勝で可憐ささえ漂っていたけど、その言葉には迷いの欠片さえ伺えない。今度こそ本当に妹ちゃんは自分の本当の心情を吐露し始めたのだ。あたしはそう思って少し緊張しながら彼女の言葉の続きを待った。
本当はわかっていました。妹友ちゃんにも彼氏君にもひどいことをしているって。あの旅行中の態度なんか最悪でした。あの二人をだしにしてお兄ちゃんの関心を惹こうとして。あれが誰か他の女の子がしたことなら、あたしはその子を引っ叩いてそれで二度とその子とは話をしなかったと思います。それだけのことをあたしはしたんです。でも、今でもそのことを後悔はしていません。結局そのおかげもあってあたしはお兄ちゃんの彼女になれたんですから。
離婚のせいもあったんでしょう。浮気されたママがパパに対抗意識を持ったせいかもしれないけど結果的にママが味方をしてくれて、あたしたはお兄ちゃんと二人で暮らすことを許されました。無計画なセッ○スは駄目よと言われましたけど、正直そういうことなんか、なければなくてもよかった。きっとお兄ちゃんもそのときは同じ気持だったと思います。
あたしたちは同じ部屋で暮すことにしました。新しいアパートには一応別々に暮せるだけの部屋数はあったんですけど、そっちはクローゼット代わりにしてあたしはお兄ちゃんと同じベッドに寝ると主張してお兄ちゃんもそうしようかと言ってくれたのです。あのときは本当に幸せでした。両親の離婚というあたしにとっては人生を変えかねないくらいの出来事が嘘のように、自分でも信じられないくらいに薄れていったのです。
お兄ちゃんを毎朝起こして大学に送り出す。早起きして作ったお弁当を渡して、家を出る前にする軽いキスもそのうち照れずにできるようになりました。お兄ちゃんにはうざいくらいにメールを送ったし、お兄ちゃんがLINEをスマホに入れてからはそっちでしょっちゅうメッセージを入れていました。本当は高校ではスマホは電源を落す規則になっていたのですけど。
今にして思うとあの頃は幸せすぎてあまり先々のことを考えていなかったんだと思います。お兄ちゃんは真面目に単位を取って成績もあげて、有利な条件で就職することだけを考えるって言ってました。それがあたしに対してできる一番のことだからって。将来のことをお互いに話すことはあまりなかったんですけど、お兄ちゃんが考えていることはなんとなくわかってはいました。お兄ちゃんもあたしのことが好きだと言っていましたし、何の展望が見えないとしてもこの先ずっとあたしと二人で生きてくれるつもりなんだということを。
あたしもそれだけを望んでいたし、あのときはお兄ちゃんとあたしの気持ちはぴったりと一致していたんです。そのまま永遠に時が過ぎればどんなによかったのか。
その当時のあたしは、お兄ちゃんとの生活が充実しすぎていたせいもあって、高校生活で喜びを見出そうなんてちっとも思えなくなっていました。妹友ちゃんとは旅行以来あまり会話をしなくなっていたけど、それすらあまり気にならなっくなっていました。お兄ちゃんと別れさせられ寮に入れられていた頃の同室だった子と仲よくなっていたせいもあってか、あたしは妹友ちゃんと疎遠になっていること自体そんなに気にすることはなかったのです。
そんなに幸せで平穏な日々にひびが入る日がやってきました。
あたしは両親の離婚の際、ママと一緒に暮すことを選んでそのことはパパも不承不承納得してくれていましたけど、パパとの面会だけは離婚の条件になっていたのです。
パパから面会したいっていうメールが来た頃、お兄ちゃんはあたしのことを姫って呼んでくれなくなっていました。きっとお兄ちゃん本人も気がついていなかったと思いますけど、それはあたしの勘違いではなくお兄ちゃんはあたしのことを妹って名前で呼ぶようになっていたのです。そんなことに不満を感じるべきじゃなかったのだけど、それが不満ではないにしてもあたしはその態度に不安を感じるようにはなっていました。
パパとの面会についてお兄ちゃんは別に反対はしませんでした。パパとの初めての面会では、とくに言っておかなければいけないほどのことは起きませんでした。パパは久し振りに会えて嬉しそうでしたけど、あたしは以前のように素直な気持ちでパパに甘えたいとは思えなかったのです。確かにあたしはファミコンです。ブラコンでありファザコンでありマザコンでもあったということは自分でも自覚していました。そんなあたしでしたけど、あたしの愛する家族を破壊したのが誰なのかはよくわかっていましたから。
パパはあたしに何度も謝りました。離婚が決まって親権を決めるときも謝ってはいたんですけど、その場にママもいたせいもあってか、そのときのパパは必要なこと以外は話そうとはしませんでした。でも、このときのパパは違いました。あたしが大好きだった家庭を破壊してしまったことを、それこそ土下座でもしかねないくらいの勢いで謝ってきたのです。
いろいろ複雑な感情を抱えていたあたしはパパの謝る言葉を聞きたくもなかったし、かといってパパを許すという言葉を口にすることもできませんでした。このときあたしはとにかく早くパパとの面会を終らせてお兄ちゃんの待っている家に帰りたかった。お兄ちゃんはあたしがパパに会いに出かけるとき、珍しく不安そうな表情で何時に帰って来るのかって聞いてきました。ついでに自分の夕食がどうなるのかも気にしていたみたいですけど。
表情には出しませんでしたけど、そのときの弱気なお兄ちゃんの表情を見てあたしはなるべく早く帰ってお兄ちゃんに夕ご飯を作ってあげようって思ったのです。でも、そのときのパパは簡単にはあたしを離してはくれませんでした。あたしの方にもパパに内緒でお兄ちゃんと暮しているという弱みもあり、あまり無下にはできない。パパにばれるよりもここで少しだけパパと付きあってあげた方がいいのだろう。あたしはそう思い、夕食をパパと一緒に過ごすことを了解したのです。
ひとしきりあたしに謝ったパパは、あたしの反応に薄いことに気が付いたのか、謝罪をやめて自分の新しい家庭について話しはじめました。パパと新しい奥さんの下に妹友ちゃんが一緒に暮すことを選んでくれたこと。それなのに仕事が多忙で妹友ちゃんを一人で新居に放置気味になって心苦しいこと。正直に言えば今さらな話です。パパが滅多に家にいないのは昔からのことですし、あたしだってその状況に耐えてきたのですから。
ただ、あたしにはいつだってお兄ちゃんがそばにいてくれました。そのおかげであたしはあまり悩むこともなく両親不在の家庭でもそれなりに幸せに暮せてきたことは事実でした。パパの話によると妹友ちゃんは本気で一人ぼっちらしい。もう自分には関係ないと思いながらも、両親の離婚によって彼氏君さえも失った妹友ちゃんのことは少し気になりました。
結局その最初の面会は夜中に終りました。ママの家まで送って行くと言われたら断固として断るつもりだったけど、パパは一人にしている妹友ちゃんのことが気になったようで、あたしをタクシーに乗せてそのまま帰るように言ったのです。本当にばかみたい。妹友ちゃんのことが気になるのならあたしを引き止めたりせずさっさと帰ればいいのに。それでもパパにお兄ちゃんと一緒に住んでいることがばれなくてよかった。あたしはそう思いました。
『じゃあね。また来月に』
『うん。お休みなさい』
『あ、一つ言い忘れてた』
パパが急に言い出しました。
『なに?』
『いや。これ以上姫を帰すのが遅くなるとママに怒られるな。メールするよ』
『・・・・・・そう?』
『ああ。気をつけて帰るんだよ』
『わかった。じゃあ』
『お休み、妹姫』
<疑い>
それからあの日までは平穏な日々が続きました。平穏と言っても微妙なすれ違いや行き違いのようなことは、お兄ちゃんと二人で生活している中でいくつかはあったのですけど。
お兄ちゃんはあたしに遠慮しているようでした。今まで何度言ってもわかってもらえないことなのだけど、お兄ちゃんはあたしに迫り告白したことによってあたしを不幸にしたのではないかという強迫観念を前から抱いていました。勝手に悩んで勝手に自爆するな。あたしがこのときのお兄ちゃんに望んでいたのはそれだけだったのに。
そのせいか、このときには既に身体の関係があったというのに、お兄ちゃんはあたしのことを求めようとはしませんでしいた。別にそういうことはなくてもいいと思ったのは嘘ではないけど、彼氏から全く求められないというのも何だか気になります。自分に魅力がないからではないかという否定的な考えを抱いてしまい、それによってお兄ちゃんへの態度が少し素っ気なくなる。この頃はそういう負のスパイラルに陥っていくことが多くなってきました。
パパとの面会は定められた回数を超えることはなかったのですけど、メールの回数まで規制されていたわけではなかった。そのせいかパパからしきりにあたしあてにメールが届くようになった。それは珍しいことではなく一緒に暮していた頃、仕事で不在がちのパパはよくあたしにメールをくれていました。その習慣は離婚で揉めていた時期に中断していたけど、最近パパはその習慣を再開してもいいと思ったようだったのです。
あたしはまだ家族を失った心の整理がついていなかったしパパについても同じだったから、この時期に一日に何通も到達するメールには正直困惑していました。メールは予測できないタイミングで送られてきました。お兄ちゃんと寄り添って買物から帰るときや、自宅でお兄ちゃんに甘えているときにも。
それでお兄ちゃんの不審を招かないようあたしは夜、お兄ちゃんがお風呂に入っているときを待って、パパのメールに目を通すようになったのです。
最初の半年くらいはそれはあたしにとってはほとんど内容のないメールに過ぎませんでした。あたしの近況、成績、志望校はどうするのか。そんな内容をあたしへの愛情の言葉に織り交ぜたメールにあたしは心を動かされなかったし、実際ほとんど返事をしませんでした。それでもパパは懲りずに同じようなメールを送ってくるのをやめようとはしませんでした。あたしは半ば鬱陶しく、そして少しだけパパの気持ちに心を動かされていました。そのメールはパパなりの贖罪の表れではないかとも考えたのです。
でも二週間くらいするとメールの内容が変わってきました。その二週間はあのアパートでお兄ちゃんと過ごした最後の日々になってしまったのですけど。
『最近妹友ちゃんの様子が心配だったんだけどね』
パパからのメールはそういう書き出しで始まっていた。
『姫には心配をかけたくないと思ったから知らせていなかったんだけど、妹友ちゃんのメンタルが明らかにおかしくなっているんだ』
それは両親の離婚と父親と兄との別れを経験させられたうえ、新しい家庭では一人で放置されていればそうもなるでしょうね。妹友ちゃんのその姿は、両親の離婚に際して仮にお兄ちゃんと暮すことなく寄宿舎で一人で暮すことになった場合のあたしそのものだったのです。そしてその原因を作った犯人は明らかに妹友ちゃんのことを心配しているパパその人なのでした。何を今さら。あたしはそう思わないでもなかったけど、とにかくお兄ちゃんがお風呂から出るまでにそのメールを読んでしまおうと思いました。
『ところがね。嬉しいし一安心でもあるんだけど、最近妹友ちゃんが落ち着いてきてね。昨晩、珍しく客先から直帰できたんで二人で夕食をとりながらいろいろ話ができたんだ。明らかに今までは態度が違うんだ。いったいどうしたのかと思って彼女に聞いてみたら』
『姫はもう立ち直ってくれていると信じているから。面会したときも兄に会いたいなんて一言も言わなかった姫だから大丈夫だと信じて話すことにするよ』
『妹友ちゃんもいろいろ悩んでいたらしいけど、ついに勇気を振り絞って兄に告白したんだって。そして兄も妹友ちゃんの気持に応えたらしい。よかったよ。恋人同士になった兄と妹友ちゃんの父親として心から祝福したよ。兄とはいろいろあったけど、もうこれで本当に仲直りできそうで、そのことも嬉しいよ』
『姫も本当に好きな人ができたら遠慮なくパパや一緒に暮しているママに相談しなさい。私たちは姫の節度を持った恋愛まで禁止する気なんかないんだからね。それが普通の恋愛なら大歓迎だよ。もしそういう人ができたらパパにも紹介するんだよ』
『じゃあまたね。相変わらずママも仕事で帰宅が遅いかもしれないけど、姫も身体に気をつけてね』
妹友ちゃんがお兄ちゃんに告白? お兄ちゃんがその気持ちに応えて二人は恋人同士になった?
何をふざけているのだろうとあたしは思いました。お兄ちゃんはあたしの彼氏です。お兄ちゃんは大学とこのアパート、そしてバイトで講師をしている塾以外に過ごす場所も時間もないのです。妹友ちゃんの彼氏? お兄ちゃんは現にあたしッ二人暮しのこのアパートで今でもお風呂に入っているではありませんか。ふざけた話でした。冗談だとしたら悪質すぎるし、パパが本当にそう思っているのだとしたら、妹友ちゃんがひどい嘘を付いていることになります。でも、妹友ちゃんが嘘を付く理由はあるのでしょうか。
いろいろ落ち着いて考えなければいけないとあたしは乱れた心で思いましたけど、今はその時ではないことくらいはわかりました。お兄ちゃんが今にでもお風呂から出てくる時間でしたから。そう思いついたとき、ドアが開いて浴室からお兄ちゃんが出てきました。風呂あいたぞ。さっさと入れよ。お兄ちゃんはそう言って共同の寝室にしている部屋に入って行ってしまいました。ここでお兄ちゃんを問い詰めてはいけないことを理解できる程度の理性はまだあたしには残っていたのです。
翌日、あたしは学校で妹友ちゃんと会おうと思いました。でも、あの旅行以来ほとんど会話を交わしていなかったので、そのこと自体もハードルが高かったのですけど、たとえ勇気を出して彼女に話しかけたにしても、お兄ちゃんとの仲がどうなっているかを聞ける気がしない。あたしは思い切って妹友ちゃんに話しかけようと席を立つたびにそう考え直し、結局彼女と話すことはありませんでした。
妹友ちゃんと直接話すことを諦めたあたしは、そのかわりその日一日中真実はどうだったのかを必死に考え続けました。
妹友ちゃんの話は真実なのか。それは考えるまでもないことでした。というか考えること自体が無益なことです。それが真実ならあたしとお兄ちゃんがようやく手に入れたこのひどくちっぽけな幸せは全て偽りだということになるのです。お兄ちゃんがあたしを騙していることなどは考えられない。というか考える必要すらないことだったのです。いろいろな意味で。あたしはまずその可能性を排除しました。
それならば妹友ちゃんが嘘をついているのか、パパが嘘をついているのかどちらかということになります。
<妹友の電話>
仮に妹友ちゃんがお兄ちゃんと付き合っていると嘘を付いたのだとしたらその理由は何だろうか。
それをパパに伝えればパパ経由であたしに伝わることは妹友ちゃんにはわかっていたでしょう。その結果、あたしが悩むだろうということも。これは揺すぶりなのかもしれない。妹友ちゃんはあたしがお兄ちゃんと一緒に暮していることを知っていたのだから。
そのときあたしは、ふと以前のできごとを思い出しました。あれはお兄ちゃんがパパの家に呼ばれたときのことでした。
『妹友が悩んでるみたいでさ。その、はっきりと振ったほうが妹友のためじゃないかと思うんだけど。やっぱり姫との同棲のことは妹友にも話したらまずいかな』
『意味わかんないよ。よくわからないけどお兄ちゃんに任せる』
そう応えた結果、お兄ちゃんは妹友ちゃんにあたしたちが密かに一緒に暮していることを話したそうです。妹友ちゃんをもう中途半端に期待させないために。
妹友ちゃんはあたしたちのことを知っていました。寮で同室だった子とあたしとの会話を聞いていたらしいのです。ただ、妹友ちゃんはそのことを誰にも話していないし、この先も話さないとお兄ちゃんに約束してくれたということでした。あのときのあたしは少なくともお兄ちゃんの愛情を妹友ちゃんに奪われるという心配は全くしていなかったので、これだけの出来事にも関わらず、そのことをあまり気にしなかったのでした。
そうして考えると妹友ちゃがお兄ちゃんの気持ち自分に振り向かせることを諦めたとしても、持ち前の思い込みからあたしとお兄ちゃんを不幸にさせないために別れさせようと考えたとしたらどうなのだろう。パパからそれを聞いたあたしは現実にこんなに動揺しているのです。妹友ちゃんの狙いがあたしを動揺させることだとしたら、その作戦は成功していると言わざるを得ない。それがこの件の真実なのでしょうか。
もう一つの可能性もありました。それはパパがあたしにわざと嘘を教えているということです。
パパはあたしとお兄ちゃんが一緒に暮しているとは思ってはいないでしょうけれど、それでもあたしたちの仲を、もっと言えばあたしのお兄ちゃんへの気持ちを引き続き警戒しているであろうことは予想に難くはありませんでした。
そう考えればパパがあたしの気持ちを探るため、そしてあたしの心を挫くためにこれくらいの揺さぶりをかけることはありえるのかもしれない。しかもパパとの面会やメールのやり取りを通してパパがこれ以上あたしから嫌われたくないと考えているらしいことは何となく感じていたことでもありました。だからパパは直接あたしを確かめたり諌めたりはしないだろう。パパがあたしのためを思って何かを仕掛けるとしたら、お兄ちゃんと妹友ちゃんの仲をあたしに大袈裟に言い立てる可能性は十分に考えられました。
結局あたしは考えをまとめることも、直接妹友ちゃんに事実を確認することもできませんでした。毎日、真実を知ることができないまま悶々として悩んでいたのですけど、学校から帰宅すればやがてお兄ちゃんが帰ってきます。あたしのお兄ちゃんへの態度はひどく辻褄の合わない素っ気ないものになってしまっていたと思います。そしてお兄ちゃんもそういうあたしに態度に対して不信感を覚え始めていたようでしたけど、それをお兄ちゃんが表面に出すことはありませんでした。
あたしとお兄ちゃんの言葉に出さない相互不信は日が立つにつれだんだんと大きくなっていきました。互いに口に出して疑問を解決しようとできない分、それは心の奥底く次第に沈潜し堆積し続けていったのです。これが本当にお互いに心からの望んで得た生活なのか。あたしは疑問に思いましたけど、きっとそれはお兄ちゃんも同じだったのだろうと思います。
そうやって行き違いが大きくなっていっても、あたしはお兄ちゃんとの生活を壊す勇気はありませんでした。表面上は非常に仲のいい兄妹だったと思います。でも、もう既にその頃にはその生活は愛する彼氏との二人暮しではなくなってしまっていたのです。
もうこれ以上曖昧にしておくのは無理でした。たとえお兄ちゃんと妹友ちゃんの仲が欺瞞でありあたしに対する嫌がらせであったとしても、現実にあたしとお兄ちゃんの共同生活に影響を与えそれを脅かしている以上、事実を確認しないでおくわけにはいかないとあたしは次第に思いつめるようになったのです。
その日の放課後、あたしは教室の遠い片すみで一人で黙って帰り支度をしている妹友ちゃんを眺めていました。そういうことは珍しいことではありません。あたしはそれくらい彼女の動静に気をつけていったのです。そうして彼女を観察していると、妹友ちゃんからは一時期のような暗さが消えて、彼女は何というか学校で見えている範囲の外で満たされているかのようでした。両親の離婚と家族の離散。そして新しいマンションでほとんど一人ぼっちの生活。妹友ちゃんを取り巻いていたのはそういう生活のはずだったけど、そのわりには学校での彼女は以前とは違って落ち着きを取り戻していたのです。あたしと仲違いしたあと、取り立てて親しい友人ができたわけでもないのに。
ほんの気まぐれに近かったけど、あたしは帰り支度をしている妹友ちゃんを何となく眺めていました。話しかける勇気はなかったけど。そのとき妹友ちゃんは手許のスマホを取り出して眺めました。彼女は画面を見て幸せそうに微笑んで、急いで教室を出て行ったのです。
あたしはそのあとを尾行することにしました。
人気の無い中庭で妹友ちゃんはスマホを取り出しました。どうも誰かに電話しているみたいです。さっき教室で電話を取れなかった彼女は電話をしてきた人にコールバックするのでしょう。卑劣な態度だとわかってはいたけど、あたしは中庭のまばらな木陰伝いに目立たないよう妹友ちゃんの近くまでそっと近づきました。嬉しそうにスマホに向って話しかけている彼女はあたしに気がつく様子はありませんでした。
これ以上は無理というところまで妹友ちゃんに近づくと、彼女の声が聞こえてきました。
「ううん。怒ってなんかいません。むしろ嬉しかったし」
「それはそうですけど。これが他の人にだったらあたしだって怒ると思いますけど、好きな人にされるんなら嬉しいですよ」
「嘘じゃないですよ。信じてください。あたしの気持ちはあの海岸で告白したときから少しも変わっていないんですから」
「・・・・・・あ。別にお兄さんを責めているんじゃないんです。妹ちゃんとのことも今では必要なプロセスだったんだって思っていますし」
「うーん。あたしの言っていることって、そんなに難しいかな。とにかくようやくお兄さんの彼女になれてすごく嬉しいんです。だからもう謝らないで。謝るくらいならもっと好きだって言ってくださいね」
「うん。ありがとう」
「泣いてなんかいません。お兄さんのばか」
「うん。大丈夫だよ。今までは一人で夜を過ごすのはとても辛かったのだけど。今はとっても心が温かいの」
「うん、わかった。じゃあ明日お会いするのを楽しみにしてます」
妹友ちゃんがお兄さんと呼びかける人は一人しかいなかったのです。彼女はお兄ちゃんと電話をしていた。あたしがいることを知らない彼女がそう話している以上、それはフェイクでも何でもない。もう自己逃避する材料はありません。何がおこったのかはわからないけど、幸せそうにお兄ちゃんに話しかけている妹友ちゃんの姿には、もう誤解する余地はありませんでした。
<誤解>
「まさか。そんなことで兄と別れちゃったの?」
「あなたにはそんなことで済むようなことなんでしょうけど」
これまで表情を動かすことなく淡々と平坦な声で話し続けていた妹ちゃんの声のトーンが高くなった。別に激怒したわけではなかったけど顔に少し赤みがさしている。
「あ、ごめん。そういう意味じゃないんだ」
どうしよう。今日妹ちゃんから事情と彼女の望んでいることを聞きだそうとする以上、こちらも正直に話すべきだ。少なくとも今、妹ちゃんが真実を話そうとしていることは疑いようがない。でも真実を話したらどうなるのだろう。自分の早まった選択に悩み妹ちゃんは今まで以上につらい思いをすることになるのかもしれない。
「まあいいです。別に女さんに理解してもらう必要なんかないですし」
「ごめん」
「実際はそれからしばらくおにい・・・・・・兄があたしに別れ話をするのを待っていたんです。あたしは物心ついたときからおに、兄といつも一緒でしたからたとえ何らかの理由で兄があたしと別れることを決めたとしても、そのことをはっきりとあたしに告げてくれるだとういうことだけは、あたしは疑わなかったから」
「そうか」
女友がここにいてくれたら。そうしたら彼女と相談できるのに。あたしが学食にいなかったら外を探してくれればいいのに。そう思いながらあたしは妹ちゃんの話の続きを聞いた。そうしている間だけは猶予が与えられていたのだ。
実際、あたしはそれからしばらく耐えた。耐え続けました。それはお兄ちゃんが妹友ちゃんの想いに応えたと知ったときの痛みと同じくらいの痛みでした。自然に振舞おうと努力はしましたけどと、近いうちに待ち受けているだろう兄の言葉を想像すると、どうしてもあたしの態度も不自然になってしまいました。これでは自分から兄に愛想をつかされようとしているのと同じです。お兄ちゃんがあたしに対してやさしくしようとすればするほど妹友ちゃんの電話を思い出し、意固地になり素直になれない。そんな負のループにあたしは落ち入りいました。こんな生活はお兄ちゃんだってきっと気が重かっただろうと思います。
浮気や不倫というのは世間的には避難されるべき事項なんだと思います。あたしだって自分の彼氏がこそこそとあたしに黙って他の女のこと恋愛をしていたら、そんな彼氏のことを許せないだろうと思うのです。でも、その彼氏が実の兄だったとしたらどうなのか。
あたしはそう考えました。浮気や不倫は道徳的ではないけれど、それを言い出したら近親相姦だって道徳的ではない。どっちもどっちだと思いたいけど世間的には浮気や不倫はありふれているけど実の兄妹同士の本気の恋愛はそうはないと思います。そう考えると、兄がそういう行く先のない関係から逃れたいと思い、妹以外の女の子のことを好きになったとしても果たしてそのことをあたしは責めることができるでしょうか。何より、一番最初にお兄ちゃんに好きだと告白されたとき、それを断ったのはあたしの方でした。世間体とかを気にしたというより両親のことを気にしていたからですけど、それでもふざけた様子を装いながらも真面目に告白してくれたお兄ちゃんを傷つけたことは間違いないのです。
今度はあたしの番でした。お兄ちゃんはあたしに振られてあたしの前から姿を消しました。そう。今度はあたしの番なのです。お兄ちゃんがどういう理由にせよあたしと暮すことに消極的になったのならその気持ちに応えよう。あたしより妹友ちゃんのことが好きになったのなら黙って身を引こう。それがあたしが大好きな人にできる最善の行動だとあたしは密かに決めました。
もちろんそう決めてもまだ未練はあったし、何よりもお兄ちゃんの行動に全く疑わしい様子がなかったことがあたしを悩ませました。大学とバイト。それ以外にお兄ちゃんが不審な時間を過ごしている様子なんか全くなかったのです。お兄ちゃんの日頃の様子もそうでした。この頃になると不審なあたしの行動に、お兄ちゃんもきっと何かおかしいと考えていたことは間違いないと思いますけど、それでもお兄ちゃんはあたしに精一杯優しく振舞ってくれたのです。正直迷惑でした。はっきりと冷たくされた方がまだよかった。その頃のあたしはただお兄ちゃんに振られることだけを待っていたというのに。
それでも破局の日はついにやってきました。その日はお兄ちゃんが塾講のバイトの日だったので、あたしは夕食を用意してお兄ちゃんの帰りを待っていました。
一人でテレビを見ていると9時過ぎにチャイムが鳴りました。あたしたちは帰宅するときは鍵を開ける前にチャイムを鳴らすことにしていたので、あたしはてっきりお兄ちゃんが帰って来たのだと思いました。ただ、バイト帰りにしてはずいぶん早い帰宅でしたけど。しばらくしてまたチャイムが鳴りました。ドアの鍵を開ける様子もありません。これは宅急便か何かだと思ったあたしがドアの前まで行くと。
「ドアを開けなさい」
それはパパの声でした。
もちろんパパがここに来たということはお兄ちゃんとの同棲がばれたということなのですけど、あたしはそのときどういうわけかそのことには全く頭が回らなかったのです。普通に何でこんな時間にパパが来たのだろうと不思議に思っただけで。
ドアを開けると外にはパパとママが並んで立っていました。不思議なことにあたしは全くパニックを起こすことなく、むしろ離婚したパパとママが一緒にいることに不可解な希望を感じて胸がときめいたのでした。パパとママが一緒にあたしの部屋に来てくれた。これはひょっとしたら二人は話し合って復縁することにしたのではないだろうか。あたしの大好きだった、あたしの生き甲斐だった家族が奇跡的に再生しようとしているのではないか。
あたしはそのときはそういうことだけを考えていたのです。ママが泣き出しパパが厳しい声であたしに話しかけだすまでは。
女「そうだったのか。その日のうちにアパートから連れ出されたってわけ?」
妹「パパに怒られてその場で問答無用で家から連れ出されましたからね。パパの車でママの家まで連れて行かれて。パパはママのことは信用できないからあたしを引き取りたいって言ってましたけど、ママが泣きながら兄と妹友ちゃんと同じ家族にするなんてありえないって反論していて。お兄ちゃんとあたしを一緒に住まわせたのは悪かったけど、それでもこうなったらママがあたしを引き取って一緒に暮すからって。結局ママの言うとおりになったんですけどね」
女「それから兄とは話していないの?」
妹「していません。帰宅した兄がどう思ったか、パパとママとお兄ちゃんの間でどんな話し合いがされたのかとか全然知らないし」
女「・・・・・・妹ちゃん志望校ってうちらと同じ大学だったでしょ? 何でここに進学したの?」
妹「聞くまでもないでしょ」
女「じゃあ、さっきあたしが話したことって意外だったでしょ」
妹「ええ。兄は妹友ちゃんと付き合っているんだと思っていましたし、まさか引きこもりみたいになって大学にも行ってないなんて思ってもいませんでした」
女「あのさ。わかっているとは思うけど」
妹「わかってますよ。パパが嘘を付いたか騙されたのかはわからないけど、お兄ちゃんと妹友ちゃんは付き合っていなかったってわけですよね」
女「それがさ。さっきははっきり言わなかったけど。つうか今でも言っていいのかわからないんだけど」
妹「何ですかそれ。お互いに全部話すんじゃなかったんですか」
女「うん。まあそうなんだけど」
女「兄と妹友ちゃんが付き合っていないって聞いてショックだったでしょ?」
妹「はい。それを聞いて嬉しいというよりも、もう取り返しが付かないことをしてしまったと思います。あのときあたしがお兄ちゃんを信じていればこんなことにはなっていなかったんですね」
女「・・・・・・・何て言えばいいのかわからないけどさ。でも約束だから全部話すね」
妹「はい」
女「(真実を話そう。もうここまでひどいことになっていたらそうするしかないよね)さっきも言ったけど兄は幸せに平穏に暮してなんかいないよ。家に引きこもって大学の単位もヤバイくらいだし」
妹「・・・・・・」
女「つうかそもそも兄は妹友ちゃんと付き合ってなんかいないし。完全にあんたの誤解だね」
妹「・・・・・・そうですか」
女「何でそんなに冷静なの? 本当は泣きたいんでしょ」
妹「・・・・・・」
女「頑固なんだね。自分の誤解で兄を失ったばかりか、兄の人生まで変えてしまいそうだというのにさ(何であたし妹ちゃんを責めているんだろ。救う会の会員なのに)」
妹「妹友ちゃんはどうしていますか」
女「兄と付き合っているよ・・・・・・って睨むなよ。どっちも嘘じゃないんだって。ちゃんと話すから」
妹「・・・・・・どういうことです?」
女「妹友ちゃんはね。兄友に告白したの。離婚とか失恋とかでいろいろ彼女がつらかった時期にさりげなく優しく慰めて支えていたのが兄友だったみたい」
妹「妹友ちゃんは兄と付き合っているって」
女「そう。妹友ちゃんの中ではね。精神的な病なのかわざとしているのかは誰にもわからないけど、彼女は兄友を兄であるかのように振舞っているのよ。兄友のことをお兄さんと呼んで、海に旅行したときのファーストキスのことを嬉しそうに話してね」
妹「意味わかんないです」
女「誰にもわかってなんかないよ。それでも兄友は健気に話をあわせて兄を演じているよ。妹友ちゃんの心の平穏のためにね」
女「さあ、これからどうしようか」
妹「どういう意味ですか」
女「兄とあんたはお互いに好きあっていたんだし、今からでも遅くないじゃん」
妹「でも」
女「復縁しなよ。兄だってそれでもう一度人生をやり直す気を起こすだろうし。何よりもあんたさ、今でも兄のことが好きなんでしょ」
「お兄ちゃんが好き」
結構たってからいつも強気だった妹ちゃんらしからぬ小さな声で、彼女はそう言った。
<最後の作戦>
女友「で? 話は理解したけどさ。この先どうすればいいのよ」
女「それは兄と妹ちゃんを会わせたら自然によりを戻すんじゃない?」
女友「んなこと聞いてないって。その場合妹友ちゃんはどうなるのかって言ってるの」
女「どうって。今だって本当の兄とは会ってないんだから別に問題ないでしょ」
女友「んなわけねえだろ。今妹友ちゃんが兄君に会ってないのは兄君が大学に来ないからでしょうが。兄君が妹ちゃんと復縁してラブラブになったら、兄君だって大学に来るようになるでしょうが」
女「あ、そうか」
女友「そうだよ。本当に兄君がいないから妹友ちゃんは兄友のことを兄君扱いして心の平穏を保っているんじゃない? そこに本物の兄君が大学に現れてさ、幸せそうに妹ちゃんのキャラ弁なんか見せびらかしだしたらどうすんのよ」
女「・・・・・・そしたら妹友ちゃんどうなっちゃうのかなあ」
女友「全くちっとは頭使えよ」
女「あんたに言われたくないけど。でもさ、このままじゃ妹ちゃんも兄も不幸すぎるよ。あいつらを救うための会でしょ」
女友「それはそうだけど」
女「とにかくさ。兄友の意見を聞いてみようよ。妹友ちゃんに相談できることじゃないし」
女友「それしかないか。じゃああいつを呼んで」
女「今すぐ?」
女友「悩んでたってしようがないじゃん。こういうことは早い方がいい」
女「わかったよ。こういうときだけ無駄に行動的だなあんたは」
女友「よけいなこと言うな」
女「あ悪い。講義中だった?」
女「そか。妹友ちゃんと一緒か」
女「ちょっと相談ごとがあってさ。うんそう。救う会関連の話だけど」
女「妹友ちゃんの講義が始まってからでいいけどちょっと会えないかな。うん、女友も一緒」
女「悪いね。じゃあ中庭の噴水のとこで待ってるわ。後でね」
女友「来るって?」
女「妹友ちゃんが講義に出たらその隙に顔出すって」
女友「そうか」
女「何か胃が痛い」
女友「心配すんな。あたしもそうだよ」
女「ねえ」
女友「何よ」
女「兄たちのお父さんに二人が同棲してるって告げ口したのってやっぱり妹友ちゃんかな」
女友「客観的に考えて他にいると思う?」
女「・・・・・・」
女友「それを知ってたのは妹友ちゃんだし、兄君のお父さんの身近にいたのも妹友ちゃんじゃん」
女「何かやだな。こういうのって」
女友「妹友ちゃんのことだって救いたいよ。そういう会だし兄友の気持だってあるしさ。でも近親相姦なことは別にして、一番罪がなくて巻き込まれて別れさせられたのって誰よ」
女「うん。そうだよね。兄と妹ちゃんが一番の被害者なのかもね」
女友「二組の両親の離婚とかで複雑になってるけどさ。考えたら単純な話じゃん。好きあっている二人を親とか横恋慕した妹友ちゃんとかが引き裂いたっていう」
女「横恋慕って」
女友「冷静に考えたらそうなるんだよ。それに妹友ちゃんだって本心から兄のことを好きなのかわからないよ」
女「それはないって」
女友「そうかなあ。あたしは意外と兄友が好きなんじゃないかって気がする。兄友だから兄と付き合っているような振る舞いができるんじゃないかな」
女「演技だっての?」
女友「それはわからん。その辺は兄友と話しようよ」
女「それしかないか」
女友「とにかく早く片付けようよ。あたしは仕事が忙しくてこんなことに付き合っている場合じゃないっつうの」
女「自分が救う会とかって言い出したくせに」
女友「だから付き合ってるでしょうが」
兄友「よう」
女「いきなり呼び出して悪かったね」
兄友「いや。俺も気になってたからさ。妹ちゃんに会えた?」
女「・・・・・・うん」
女友「全部話すよ、女が。だからあんたの意見を聞きたい」
兄友「わかった。話してくれ」
女「というわけで兄と妹ちゃんは、少なくとも二人が別れた件に関してだけは純粋な被害者っぽい」
兄友「・・・・・・そのようだな」
女友「もともとの救う会の趣旨のとおり兄と妹ちゃんの誤解を解こうと思うんだけどさ」
兄友「そうだな。妹ちゃんがそれを望んでいるのならそれが正解かもな」
女「いいの?」
兄友「いいって?」
女「兄が大学に出てきて幸せそうだったらさ、妹友ちゃんって平気かな」
兄友「それは多分、平気じゃないかもな」
女友「それでも兄と妹ちゃんを復縁させていいってこと?」
兄友「もともとそういうことで始めた会だもんな。いいも悪いもねえだろ」
女「妹友ちゃんのことは?」
兄友「わからんけど、支えられる限りは俺が支えるよ」
女友「あんたさあ。それで本当にいいの」
兄友「いいも悪いもねえだろ。妹ちゃんはどうかわからんけどこのままじゃ兄が壊れちゃうよ。俺は妹友ちゃんのこともは好きだけど兄の親友でもあるつもりだぜ」
女「そうか」
女友「じゃあ、妹友ちゃんのことは兄友に任せて作戦を実行するか」
女「作戦って?」
兄友「兄に真実を伝えればそれでよくね?」
女友「ここまでこじれたらそういうんじゃだめじゃないかな。もっとドラマティックに演出しないと」
兄友「・・・・・・おまえ絶対面白がってるだろ」
女友「ちげーし。つうかあんたにも役割があるからね。妹友ちゃんのフォローだけだと思うなよ」
兄友「それはいいけど」
<女友の観察>
兄「やだよ俺」
兄友「そう言うなよ。たまには俺に付き合ってくれたっていいだろ」
兄「そんな気になれないって。また今度付き合うから今日は勘弁してくれよ」
兄友(兄をさりげなく合コンに連れて来いとか全く無茶を言ってくれるぜ、女友もよ)
兄友(こんな状態の兄が了解するわけがねえじゃんか。だいたい大丈夫なのかこの計画)
兄友(兄と妹をコンパで再会させよう作戦とかって頭悪すぎだろ。普通に真相を話して再会させた方がいいんじゃねえかな)
兄友(妹ちゃんには女が事前に打ち合わせしとくって言ってたけどさ。正直こんな穴だらけの企みにあの頭のいい妹ちゃんが乗るとは思えないんだよな)
兄友(・・・・・・まあ、兄だって意固地になってるだろうし素直に妹ちゃんと会えって言われても微妙だろうけど)
兄「とにかく俺は行かないよ。今大事なところなんだし」
兄友「大事ってさ。おまえそのゲームのそのルート何回目だよ。何年も前にコンプしたゲームをいつまでやり続けてんだ」
兄「杏って可愛いしさ。俺もあんな妹が欲しかった」
兄友「・・・・・・おい(こいつマジでヤバイ)」
兄「とにかく俺は忙しい。合コンなんか今まで出たことないし今だって興味なんかないし」
兄友「なあ頼むよ。親友だろ? 俺たち(今になって初めて気がついたわけじゃねえけど、こいつ完全に現実逃避してやがるな)」
兄「やだって。だいたい服だってここ最近買ってないから外出なんかできないって」
兄友「んなもの何だっていんんだって。何ならそのジャージ姿のままだってかまわねえよ」
兄「何でそんなに必死なわけ? おまえなら合コンなんか得意分野だろうが。俺が行く必要なんかなくね?」
兄友「男が足りないんだって。それに合コンなんかもうずっと出たことねえよ(妹友のことでそれどこじゃねえっての。何年ぶりだよ合コンなんて)」
兄「じゃあ何で今さら行きたがる」
兄友「・・・・・・それはよ」
兄「・・・・・・」
兄友「つまりよ」
兄「ありがとな」
兄友「何がだよ」
兄「ありがとう。でももう俺のことなんか気にしないでくれ。時間の無駄だから」
兄友「そうはいくかよ。おまえこのままじゃ将来真っ暗だぜ。大学にも来ねえしよ。このままじゃ単位だってヤバイしよ」
兄「だから放っておいてくれって。それに心配してくれてるんだろうけど、それが何でおまえと一緒に合コンに行くことにつながるわけ?」
兄友「それは(それはそうだ。真面目に大学に行ってやり直せよって励ますために合コンに誘うやつがどこにいるんだよ。俺だってただでさえ妹友ちゃんのことで頭がいっぱいなのによ。だいたいこの作戦って俺にだけ負荷かかり過ぎじゃんか。女友は何にもしてないし)」
兄「兄友には感謝してるよ。でもさ、もう俺に関っても時間の無駄だぞ」
兄友「(兄の言っていることは正論だ。もうこうなったら泣き落としで)とにかく俺を助けると思って黙って今夜の合コンに参加してくれ。つまんなかったらすぐに帰ってもいいからさ。とにかく来るだけ来てくれよ」
兄「・・・・・・そんなこと言われてもよ」
兄友「頼む。俺のことをまだ友だちだと思っていてくれるなら頼むよ」
兄「・・・・・・すぐ帰るぞ」
兄友「おう。それで全然いいよ。ありがとな」
兄「何か企んでるだろ? おまえがそこまで合コンごときに必死なんてよ」
兄友「とにかく来てくれ。今は話せないけど来てくれたらいろいろわかるよ」
兄「・・・・・・」
女友「妹ちゃんは何だって?」
女「やるって」
女友「よかった。やっぱり彼女も諦めたようでいて今まで相当我慢してたんだろうね」
女「さあ。兄のことが好きだとは言っていたけど、コンパ計画にどこまで期待しているかはわからないね」
女友「期待してるに決まってるじゃん。いい計画でしょ?」
女「妹友ちゃんのことはおいておくとしても、それでも正直よくわからんない。何で合コンの場なんかで二人を再会させる必要があるのか」
女友「何度も説明したじゃない。あんたって耳ついてんの」
女「聞いたけど何度聞いても理解できなかったよ」
女友「簡単なことじゃない」
女「そうかなあ」
女友「もっかい説明しておいてあげるよ。もうすぐ時間だけど」
女「・・・・・・うん」
女友「あの二人はね、普通の別れた恋人同士みたいに再会させたって駄目なんだ」
女「何で? 妹ちゃんがその気になっているのに。そもそも誤解が元で別れたのに」
女友「表面的なきっかけはそうだよ。でも実の兄妹じゃなかったら、すくなくとも黙って身を引くなんてことはなかったはずなんだ。兄を問い詰めるなり妹ちゃんを追いかけるなりお互いにそういう行動に出ていたはず。だってそうでしょ? いくら状況証拠が揃ってたって本当に愛し合っている仲ならさ、どんなに傷付くことになっても直接話を聞こうとするじゃん。あんただってそうでしょ? 少なくともあたしならそうするな」
女「それはもう聞いた。それで考えたけどやっぱりよくわかんない。兄と妹ちゃんはそこまでお互いに執着するほど愛し合っていなかったってことなの?」
女友「そうじゃないでしょ。悔しいけどむしろそこら辺のカップルよりも真剣な恋愛をしていたと思うよ。実の兄妹っていう障害を乗り越えたんだから」
女「じゃあ何でお互いにあっさりと諦めたのかな」
女友「逆説的にいえば実の兄妹だからでしょうね。普通の大学生や高校生の恋愛みたいに執着することが許されない恋愛だと思い込んでいたんじゃないかな」
女「だってそれを乗り越えた愛なんでしょ? 今、あんたがそう言ったのに」
女友「それはそうだけど、それでも内心では常に逡巡や後悔や疑惑があったんだろうね。だって肉親だよ? みんなに祝福された結婚もできないし、普通なら子どもだって作れない。堂々とダブルデートだってできないんだよ? あの二人はいつも二人だけの世界にいたんだろうね。それで常に自分のせいで相手の将来を閉ざしちゃったんじゃないかって考えてたんじゃないかな」
女「なるほどね。だからあえて自分の欲求を優先させて相手の感情を確かめようとせずにフェードアウトしようとしたのね、二人とも」
女友「それで正解だと思う」
女「・・・・・・意外」
女友「何がよ」
女「あんたって友だち少ない割には意外と人間関係をよくわかってるのね」
女友「うっさいよ。でもまあ、渦中にいないで外から一歩引いて人間関係を観察している方がいろいろ客観的に見れるのかも」
女「寂しい女」
女友「悪かったな」
女「まあ、今ではあたしっていう親友がいてくれるじゃん。あまり気を落とさないでね」
女友「何でそんなに上から目線なのよ」
<再会>
女「それにしてもさ。兄たちの心理状態があんたの言うとおりだったとしてだよ」
女友「うん」
女「ただ真実を話して再会させればいいというわけじゃないにしてもだよ」
女友「だから何よ」
女「何で合コンなの」
女友「その方が面白いから」
女「あんたねえ」
女友「冗談だよ。でもその方がいいんだって。それよか面子は大丈夫なの?」
女「兄友が普通に知り合いを揃えたってさ。みんな単なる合コンだと思って来るんだって」
女友「前に居酒屋であたしに絡んだやつはいないでしょうね」
女「うん。そいつらとは絶交したって兄友が言ってた」
女友「それなら安心だけど」
女「安心できるかどうかは・・・・・・」
女友「まあ、兄友の知り合いだもんね」
女「・・・・・・それで女の子はどうなってるの? まさかあたしとあんただけなんじゃないでしょうね」
女友「はあ?」
女「はあって」
女友「あたしたちが参加してどうするのよ。仕掛けたことが兄にバレちゃうじゃないの」
女「ひょっとしてあたしたちは行かないの?」
女友「そうに決まってるじゃん」
女「・・・・・・じゃあ女の子って?」
女友「ばっちり。富士峰にモデル仲間がいるっていったじゃん。その子に根回しして妹ちゃんの知り合いをさりげなく誘ってもらったんだ。さすが遊んでいる子が多いという富士峰だね。読モの彼女に誘われたらすぐに面子が揃ったって」
女「妹ちゃんの知り合いなんだ」
女友「うん。つっても仲のいい子がいるわけじゃないみたいだけど、そんなことはどうでもいいのよ」
女「期待してくる子たちはがっかりするだろうね。兄友の知り合いが相手じゃあ」
女友「どうかな。富士峰は女子大だしその子たちも意外と盛り上がったりして」
女「で?」
女友「でって?」
女「合コンで兄妹が再会して?」
女友「そうだね」
女「それでどうなるの」
女友「それは実際にやってみようよ」
女「訳わかんないよ。ただ再会させるだけより野次馬が多い分もっと気まずいじゃんよ」
女友「とりあえずさ。会場の隅から観察していようよ」
女「あんたさあ。まさかと思うけど単なる面白がっている思い付きで、本当はノープラン何じゃないでしょうね」
女友「これから妹ちゃんにメールしておくから」
女「はい?」
女友「あとモデル仲間の子にもいろいろ作戦をお願いしておいたしさ」
女「・・・・・・大丈夫なんでしょうね」
女友「わかない」
女「おい」
女友「でも、これで駄目なら何しても駄目だと思うけどな」
女「・・・・・・本当に大丈夫なんでしょうね」
女友「あとは兄友の知り合いの働き次第だ」
女「何かこれ以上はもう聞きたくない。胃の痛みが酷くなってきた」
女友「正直言うとあたしも」
女「それも聞きたくなかったよ」
女友「今夜の合コン前に妹ちゃんにメールしとこうっと」
気がすすまない外出だったけど兄友に強引に連れ出されて夜の学生街を一緒に店に向っていると、久し振りの飲み会のせいか何だか懐かしい感じがしてきた。外に飲みに来るなんて何年ぶりだろう。最後は確か女友が絡まれたのを助けたときだ。あのときからはなるべく姫のことを考えないようにして、それでもこれまでどおり講義に出て勉強していい就職先を目指す動機が失われたせいで、一人では広すぎるアパートに引きもって過ごしてきた。姫のことを考えないようにするというのは言うは易く行うに難いことだった。未練を持つ意味はないとはわかっていても、ついつい一緒に暮していたときの姫が脳裏に浮かぶ。
富士峰のセーラー服に身をまとってただいまって部屋に帰ってきて俺に抱きついて来た姫。近所に買物に行くにも手を繋いできた姫。海からの帰り道のラブホで結ばれたときの姫の細身の裸身と赤身を帯びていた表情。
さすがにむなしくなって考えを切り替えると、小学生や中学生の頃の姫が脳裏に浮かんでしまう。それはまだお互いへの恋心を隠して普通の兄妹を装っていた頃の思い出だ。そこに浮ぶのは俺の初恋の相手だった、まだ幼い姫の姿だ。目の前のディスプレイでは「初恋」の杏が兄貴への想いを告白しているけど、何度も見返しているうちにそのシーンは意味を失い、感情を揺さぶられることもなくなっている。
頭を振って姫の記憶を振りさると変わりに脳内に再生されるのはいつもかあさんからの電話の声だ。
「お父さんにばれたの」
俺は夜中まで待っても姫が帰って来ない理由を電話で初めて聞かされた。
「妹友ちゃんがあんたと妹の同棲を知ったらしくて、それをお父さんに言い付けたんだって」
「さっきまで修羅場だった。不倫をしたお父さんから逆にあたしが責められる立場になっちゃったよ。おまえが兄と妹を承知のうえで一緒に住まわせたんだなって」
母さんには悪いけどそんなことはどうでもいい。姫は、姫は泣いていないのか。
「妹は泣いてたよ。お父さんはあたしのことはもう信用できないから妹を引き取るって言ってたけど、何とかそれだけは阻止したの。妹友ちゃんと一緒に暮させるなんてありえないって言って」
それで姫はどう言ったのだろう。そのとき何を考えていたのだろう。
「あんたたちには悪いけど、妹を引き取るにはあたしと一緒に暮させるからってお父さんに言うしかなかった」
「姫は・・・・・・姫は何て言ってるの」
俺はかろうじてそれだけを口にすることはできた。
「泣いてたけど結局納得するしかなかったみたい。お父さんにあんなことを言われたらね」
何を言われたのだろう。俺はそれを聞こうとしたけど、母さんはそのあと一方的に話をして電話を切ってしまった。
「まあしかたないよね。あんたのことを責める気はないわ。妹には残酷な結末になっちゃったけど。せいぜい妹友ちゃんと仲良くするのよ。先渡ししたお金はそのまま使いなさい。あれだけあれば卒業までは平気でしょ。じゃあね」
ちょっと待て。妹友と仲良くって何の話だ。でも俺が反論するより先に電話は切れてしまった。
その疑問を解いてもよかったのだけど、その後の俺はなぜかそういう気にはなれなかった。ただ、無気力に沈んでいくだけで。
最後に父さんたちの新しいマンションで会ったとき、妹友は誰にも言わないって言っていた。でも彼女の気が変わったとしても、俺のした仕打ちを考えればそのことを責める気にはなれなかった。同時に俺と妹友の仲が誤解されているとしても、そのことを父さんから聞かされただけであっさりと俺との生活を諦めてしまった姫の心情を考えると、ここで未練たらしく姫に執着してはいけない気がした。
俺は一度は姫に振られている。その後はいろいろあって姫と心が通じ合ったのだ。そのときにはお互いにもう迷わないと言いあった。でもだからといって俺たちを取り巻く不利な状況が好転したわけじゃない。姫と過ごすはずの長い人生において、姫の他の友だちと比べて俺との生活が不毛であることに姫が悩んだとしたら、俺は潔く身を引くべきだと思っていた。
勝手に悩んで勝手に煮詰まらないと姫には約束していたのだけど、しっかりしている姫だってまだ高校生の女の子なのだ。いつ考えが変わってもそれを責めることはできない。そういうときが来たら黙って未練がましくなく身を引くべきだ。
姫がいなくなった夜、俺は徹夜で考えてそう結論をだしたのだ。それからの二年間、俺は姫をおろか母さんにすら連絡しなかった。もうこの家族から縁を切って一人で行きて行くべきだ。さいわい俺は姫のようなファミコンではない。家族から縁を切るなら姫ではなくて俺の方だ。ただ、姫を失って今までどおり真面目に講義に出席しバイトをする生活は送れなかった。俺は母さんから与えられたお金を無為に消費しながら引きこもりの生活を送ることとなった。
初めて来る居酒屋に入るともう五人ばかりの男が個室みたいに仕切られたボックス席に先に来て何やら仲間内の冗談に興じていた。。
「よう。早いじゃん」
兄友がそいつらにあいさつしてから、俺に自分の隣に座るように指示した。兄友め。この後女の子が何人来るのかは知らないけど、男が不足しているようには見えないじゃんか。俺なんかが来る意味なんか本当にあったのか。
「こいつ兄だけどおまえらも知ってるな」
兄友の言葉に案の定男たちは困ったような表情をした。だから来たくなかったのに。
「ええと。おまえと同じゼミだっけ」
「違うし。俺のダチの兄だって。おまえらと同じ学部で同い年なのによ」
「悪い。そういえば会ったことあるかもな。兄だっけ」
「あ、うん」
いたたまれない雰囲気で俺は何とか返事をした。このまま何時間も過ごすのかよ。
そのとき女の子たちが店員に案内されて個室に現れた。一瞬男たちが静まった。
「よう読モちゃん」
兄友が先頭にいた背の高い綺麗な女の子に声をかけた。
「兄友君、ちょっと遅れちゃってごめん」
なんとなく女の子たちを眺めていた俺の目に、俯いたまま最後に個室に入ってきた女の子が見えた。
見覚えのない私服姿。前より少し伸びた髪。一緒に暮していた頃よりずいぶんと大人びた容姿。
姫は俯いていた顔を正して、真っ直ぐに俺を見つめた。
<初めまして>
一瞬だけ姫と目があったけど、すぐに騒々しく席割りや自己紹介が始まってしまったため、幸か不幸か姫と俺は二年ぶりの再会を懐かしむことはできなかった。兄友の友人たちは合コンに慣れているようで冗談交じりの自己紹介が始まると、すぐに女の子たちと男どもは乾杯前に入り乱れて話を始めてしまった。とりあえず兄友があいさつと乾杯までを仕切ったけど、その後は予想どおりカオスだった。
姫の方をそっと除き見ると、三人ほどの男たちが群がって姫を囲んでその機嫌をとっているようだ。
これは偶然じゃないだろう。俺はそう思った。いくら何でもでき過ぎている。兄友が仕切った合コン。面子が足りないからと無理矢理参加させられた俺。相手の女の子たちは自己紹介を聞くとみんな富士峰女学院大学の一年生たちだ。そしてその中に姫がいる。何を考えているのかはわからないけどこれは兄友の策略だ。あるいはこの場にいない女や女友たちの計画なのかもしれない。
騙されてまでこんなところにいられるか。いつ帰ってもいいという約束で参加しているのだ。さっさと帰ればいい。幸いにも男女ともに俺の方を注目しているやつなんかいない。
・・・・・・そう。俺の方を見ているやつはいない。姫も含めて。
俺は再び姫の方を眺めた。認めたくはないけど未練がましく。姫は最後に会ったときよりだいぶ少し雰囲気が大人びていて、今さらそう認めるのは悔しいけど、やっぱりすごく可愛らしかった。姫は周りから話しかけてくる男たちに言葉を返している。積極的なようにも見えないけど迷惑がっているようでもない。その様子を見ているととうに諦めたはずの姫に対して、何だか得体の知れない感情が胸の奥から湧き上がってくるようだ。それが嫉妬なのか、未練なのかはわからないけど。
帰るにしても早すぎる時間だった。ここで逃げ出したら注目を浴びるだろう。半ば世捨て人みたいな俺でも、人の目は意外と気になるものだ。俺の周囲には誰もいなかった。その場を去るタイミングを計りながら俺は目の前に出されているけど誰も手をつけていない料理を食い酒を飲んだ。もうこういうことはどうでもいいと割り切ったはずなのに、何だかとても惨めな感じがする。姫がいなければ女の子がいなくても、それどころか男の知り合いすらいなくても気にならなかったはずなのに。
何でこんなところで二年ぶりに再会した姫に無視されなければならないのだろう。お互いに男女の関係を振り切ったのだから、仲のいい兄妹とはいかなくても少なくとも昔の知り合いレベルであいさつくらいしてくれてもいいのに。俺を連れてきた兄友も何だかわからないけど、読モちゃんとかという綺麗な女の子と話しこんでいるいるようだ。
「飲んでる?」
ふいに隣に知らない男が来て俺に酒を注いでくれた。ぼっちになっている俺のことを気にしてくれたようだ。
「うん。どうも」
「さっきから一人で食ってばかりいるな」
「ああ。まあね」
「合コンとかって苦手なのか?」
「苦手も何もこういうとこ出るの初めてだよ」
そいつは笑ったけど別に俺のことをバカにしたようでもない。
「俺、井澤ね。兄友と同じサークルなんだ」
「どうも」
「気楽に行こうぜ。初めての合コンだったらラッキーじゃんか」
「ラッキーって何で」
「何でって。女の子のレベルすげー高えじゃん」
「そうなの」
「そうだって。ってああそうか。池山って初めてだから落ち着いてるんだな。普通は合コンの相手なんてこんなにレベル高くないんだぜ」
「そうなんだ」
姫にばかり気を取られていた俺は改めて離れたところで男たちに囲まれて嬌声をあげている女の子たちを眺めてみた。見たつもりだったけど。案の定目に入るのは姫の姿だけだった。
姫はもう俺の方を見ていない。隣に座っている女の子と一緒に話しかけている男の相手をしている。姫は今日ここに俺がいたことに驚いたのだろうか。姫は落ち着いているように見えた。それは内心の俺の混乱とは対照的だ。何で合コンなんかで久し振りに姫と再会しなければいけないのか今の俺にはよくわからなかった。
「こんなとこで男二人でいるのも寂しいよな」
井澤が言った。
「俺はいいからあっちに行ってきたら?」
「いやあ。俺って何か一人でいるやつって放っておけないんだよね。まあ、兄には迷惑かもしれないけどさ」
「別に迷惑じゃねえけど、俺のことなんか気にしなくていいのに」
「いいじゃんか。せっかく知り合ったんだから一緒に遊ぼうぜ。俺、女の子連れてこられるかやってみるわ。ちっと待ってて」
井澤は勢いこんで女の子の方に去って行った。そのとき俺が考えていたのは姫のことでもレベルが高いというそのほかの女の子のことではなかった。俺は自分でも意外なことに友だちの作り方について考えていたのだ。
ああそうか。友だちを作るってこういう風にすればいいのか。わかってみれば簡単なことだったんだ。これはある種の逃避なのかもしれない。姫のことを考えまいとしているのかもしれない。逃避気味に初めて話した井澤という男のことを少しいい奴だと思いかけた俺の考えは次の瞬間に早くも崩れ去った。よりにもよって彼は姫に声をかけたのだ。
井澤は俺の方を指差して姫に何か話しかけている。話しかけられた姫が俺の方を見た。姫が微笑んだ。いったいどうなってしまうのか。俺の心配をよそに何か話しが付いたらしく、姫は隣にいる女の子に声をかけ始めた。やがて井澤は姫ともう一人の女の子を連れて俺の座っている人気のない席に戻って来た。
「こいつが兄ね。でこっちが富士峰女学院大学の結城さんとそのお友だち」
井澤が紹介してくれた。
「初めまして結城と言います」
姫は俺に初めましてと言った。続いて姫の友だちが自己紹介したけど、その子の名前はよく覚えていない。
「本当はさ。俺と兄もさっき初めまして状態だったんだぜ」
「ええ? どうしてですか」
姫の友だちが食いついた。
「同じ大学だけど今日初めて知り合ったんだ。すぐ仲良くなったんだけどさ」
「じゃああたしたちも仲良くなれるかな。ねえ妹ちゃん」
「なれるって。てかもう俺たちって知り合いじゃん」
「そうだね」
井澤の厚かましいノリに姫は笑って答えた。こういう押しの強い言動は姫は嫌いなのだと思っていたのだけど。
姫は結城姓を名乗っている。俺は戸籍上は池山のままだったので井澤も姫の友だちも俺と姫が兄妹だとは考えもしていないらしい。
それから四人で会話をしたのだけれど姫も俺と兄妹であることはおろか、まるで初対面のような態度を崩さなかった。
「池山さんって静かなんですね」
姫が俺に言った。
「そうそう。こいつって女慣れしてないんだよね。二人のどっちでもいいんだけどさ、こいつの童貞をもらってやって」
「やだあ」
姫の友だちが笑い出した。井澤に悪気がないことはわかっていたけど、俺は少しだけむっとした。かつて関係を持った姫の前で童貞とか言われても動揺する必要なんかないはずなのに。
<今でも姫が一番大切女の子だ>
「栄養学科って君たちって栄養士目指してるの」
井澤が彼女たちに聞いた。
「はい。まああたしはここしか合格しなかったからですけどね」
「栄養士って何する人? 料理とか作る人?」
あほか。調理師と一緒にすんなよ。俺はそう思ったけど、よく考えれば姫が栄養士を目指しているなんてかつての俺は聞いたことがなかった。二年も会わないといろいろ知らないことが堆積している。姫のことで知らないことなんか今まではなかったのに。
井澤は姫の友だちをターゲットに決めたらしく、いきおい俺は姫と二人で会話しなければいけない状況に陥っていた。
「池山さんって静かなんですね」
姫が言った。
「それとも気分でも悪いんですか」
こいつはあくまでも俺とは初対面の他人を装うつもりらしい。そんなに俺と兄妹として再会するのが嫌なのか。気持ちが今まで以上に重く沈んだ。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん本当だ」
二年ぶりの姫との再会なのにこんな会話しかできない。やっぱり姫とはもう会うべきじゃなかったのかもしれない。
「よかった」
姫は隣で盛り上がっている井澤と友だちをちらりと眺めた。こいつらも他の連中もそろそろあちこちで勝手に盛り上がっているようで、俺たちの様子を気にしているやつは誰もいないようだった。
このままいつまでも他人の振りをしているわけにもいかないだろう。こんな中途半端に姫と話をしているくらいなら、今すぐにでも席を立った方がましだ。兄友が何を企らんでいるのか知らないけど、こういうのは迷惑だ。姫だってきっとそうだろう。そして姫が嫌がることをすることが今も昔も俺が一番したくないことなのだ。
俺は心を決めた。
「久し振りだな、姫」
そのとき姫が今日初めて俺に微笑んだ。
「二年くらい経つよね」
「元気そうだな」
「元気って。そう見えるの」
「うん。前よかずいぶん綺麗になったし」
「・・・・・・お兄ちゃんは元気なさそう」
うっかりとかわざとか、姫は俺を二年ぶりにお兄ちゃんと呼んだ。
「そんなことはないけど」
「ちゃんとした食事してる?」
「してない・・・・・・かな」
「栄養士の卵としてはそれは許せないなあ」
「そういうのはいいけど。姫って前から栄養士なんか目指してたっけ」
「ううん。前はお兄ちゃんのお嫁さんになることしか考えてなかったよ」
不意討ちを食らって俺は黙ってしまった。なんと返せばいいかわからない。
「専業主婦ってやつ? どんだけ甘えてたんだろうな。あの頃のあたしって」
「・・・・・・何言ってるの」
「お兄ちゃんさ」
不意に周囲の雑音が蘇って耳に押しかけて来たせいで、姫の言葉を聞き取れなかった。
「妹ちゃんと池山さんって何かいい感じ」
「本当。お似合いかも」
「おい兄、おまえあれだけ合コン嫌がってたくせに何で女の子といい雰囲気になっているんだよ」
気が付くと兄友と数人の女の子たちがテーブルの反対側からこちらを眺めて囃し立てていた。
「妹ちゃん妹ちゃん」
「何?」
「池山さんと前から知り合いなの?」
「う~ん。知り合いと言えばそうかな」
何を言い出すのか。兄妹だとばらすか初対面だとシラをきるかどっちかじゃないのか。
「ええー。気になる。まさか元彼とか?」
「そういうことは俺に聞けよ」
「兄友さん何か知ってるの」
「おう。俺は高校の頃から兄のダチだしさ。結城さんのこともよく知ってるぜ」
「嘘? マジで」
「マジマジ。何でも聞いてくれよ」
兄友。てめえ何を考えているんだ。だが姫は動じていなかった。何だかわからないけどにこにこと笑っている。
姫の両腕が俺の腕に巻きついて、姫の身体が俺に密着した。抱きついているい姫の身体の懐かしい華奢な感覚。その瞬間、俺の心は過去に飛んで戻ってしまった。
「・・・・・・姫」
「え?」
「姫だって。すごーい」
「妹ちゃん、池山さんに姫って呼ばれてるんだ」
「ねえ、再会ってなんでよ。兄友さん何があったか教えて」
「本当にどういう関係なの」
「まあ落ち着けって。これから俺が詳しく説明を」
兄友の得意そうな声を姫が遮った。結構乱暴に。
「あたしと彼はね」
姫はそう言って、俺に抱きついている姿勢のまま俺の頬にすばやく口付けした。
周囲から嬌声が上がった。姫は俺の耳に口を寄せた。周囲には愛の言葉を囁いているようにしか見えなかっただろう。実際にそれはそういう言葉だった。
「お兄ちゃんの一番大切な女の子は、今は誰?」
姫はそう言ったのだ。
「・・・・・・おまえ」
純粋に反射的に俺はそう答えていた。前に一度そう聞かれたときもそうだったように。
「もっと大きな声で言って」
姫のささやきが耳の近いところで響く。
「今でも姫が一番大切女の子だ」
俺は辛かった二年間のことを忘れて素で答えてしまった。そうだ。これは女友に対して偽装カップルを装ったときと同じだ。
その部分だけ周囲のたくさんの耳に届いてしまったようだ。普通に声を出してしまったのだろう。
<あたしはファミコンを卒業した>
ひとしきりからからわれたあと、俺たちは好奇の視線から開放された。姫と俺が昔恋人同士で、事情があって別れた後今夜のこの場所で偶然再会したのだと兄友が説明したときはからかいや感嘆で盛り上がったけれど、やはりここは合コンの場なわけでいつまでも俺たちに関って盛り上がるより自分たちの出会いの方が大事なのだろう。それはそれで助かる。その後の姫は俺から離れなかったけど、とくに内容のある話もしてくれなかった。それでも不思議と俺の心は平穏になっていった。
時間が来て飲み会が終了したとき、周囲の連中は俺たちにも声をかけた。
「二次会に行く人~?」
店の外に固まって出たとき、兄友がその場を仕切っていて全員がその気になっていたようだった。
「妹ちゃんも池山さんも行くでしょ?」
井澤のそばにぴったりと寄り添っている姫の友だちが俺たちに話しかけてきた。姫は相変わらず俺の腕にぶら下がるようにして微笑んでいる。
「行こう行こう。二人の過去の話とか聞きたい」
「いやいや。ここは二人にしてあげた方がいいだろ」
相当酔っているらしい兄友がぐらつきながら言った。
「うん。あたしは久し振りに彼と話がしたいし、お酒ももういいや。ごめんね」
姫が俺に抱きついたまま笑顔で大学の友人たちに言った。
「邪魔しちゃ悪いかな」
「そうだね」
「明日はちゃんと説明してもらうからね」
「そういうことだからさ。じゃあな兄。結城さんもまたね」
兄友が言った。最初に話していた読モ女は他の男と話しこんでいる。酔っているようだけどどういうわけかこいつらしくなく、せっかくの合コンなのに特定の女の子のそばにいる様子がないことを、こんな状況なのに俺は少し不審に思った。
「じゃあねえ」
「よし次行こう」
酔っ払いの集団が賑やかに去って行くと、ここには俺と俺に抱きついている姫だけがぽつんと夜の通りに取り残されていた。
沈黙したまま姫は俺に抱きついて俯いていた。周囲を酔客たちが通り過ぎて行く。たまに好奇の視線も感じる。
「・・・・・・何か公認カップルっぽくなっちゃったけどさ」
俺は思い切って沈黙を破ってみた。「姫も話合わせてたしさ。あれじゃおまえ、明日から大学で大変じゃねえの」
「あたしは別に・・・・・・。お兄ちゃん迷惑だった?」
「俺も別に」
「そう」
また沈黙だ。あたしは別にとはどういう意味なのか。破綻した日以来二年間、このまま永久に姫と会えなくなるとは思ってはいなかった。姫と以前のような恋人同士のような関係に戻ることは全く期待はしていなかったにしても。一応は家族なので何かの機会に再会するだろうとは思っていた。
それにしてもこういう想定外のかたちで姫と再会するとは。兄友の策略だろうけど、その動機がよくわからない。それにそれにきっと騙されて参加していたはずの姫の態度も全く理解できなかった。
もう遅い時間だった。
「タクシー乗り場まで送っていこうか。夜遅いし一人じゃ危ないし」
「まだ九時前だよ。あたしももう高校生じゃないのよ」
「・・・・・・一人で帰れるから余計な世話は焼くなってことか」
「違うよ」
姫は抱きついたまま顔を上げて俺を見た。
「お兄ちゃんもいろいろ納得できないでしょ。少しどこかで話そう」
二人きりになって改めて姫の顔を見ると、これまでなるべく考えないようにしていた二年前の圧倒的な絶望感が蘇った。
『あんたたちには悪いけど、妹を引き取るにはあたしと一緒に暮させるからってお父さんに言うしかなかった』
「ファミレスでいいよね」
「うん。つうかこれ以上酒飲んでどうするんだよ。だいたい姫は未成年だし父さんと母さんがさ」
「それが違うのよ、もう」
「違わないよ。未成年だろう」
「そういう意味じゃなくて」
甘えた仕草に似合わず冷静に姫が答えた。「まあいいや。とにかく行こうお兄ちゃん」
この時間のファミレスも結構混み合っているけど、何とか待たされることなく俺たちは禁煙席に案内された。
姫が何を考えているのか今の俺にはわからない。もう姫との再会は偶然の幸運とだけ考えて、未練がましくなく別れた方がいいと思っていたけど、それでもだいぶ冷静になった俺はあのことだけでも確認しておこうと考え直した。
『まあしかたないよね。あんたのことを責める気はないわ。妹には残酷な結末になっちゃったけど。せいぜい妹友ちゃんと仲良くするのよ。先渡ししたお金はそのまま使いなさい。無駄遣いしなければ、あれだけあれば卒業までは平気でしょ。じゃあね』
あのとき、母さんは俺が妹友と付き合って姫を振ったと誤解していたのだろうか。そしてそうだとしたら姫もやはりそう考えていたのだろうか。そして、父さんにばれたことではなくそのことが姫が俺の前から黙って姿を消した理由なのだろうか。
今さらもう姫とはやり直せないのかもしれないけど、誤解を解くかどうかはともかく、せめて真実くらいは知っておきたいと俺は思ったのだ。別にそのことを知ったからといって俺のこの先の人生がいい方向に変わると思っていたわけではないけれど。
「もうはっきり言うけどさ。あたしは前とは違うからね」
「・・・・・・・何の話?」
「だからさ」
姫は向かいの席で何でか真面目な顔をしている。以前に姫の名前を呼びながらオ○ニーしていたところを姫に見られたことがあったけど、何だかそのときの表情に似ているような気がする。あのとき必死になって悪びれないふりをした俺を見透かすように姫は俺のことを眺めていた。
「お互いに昔を引きずらないで素直に再会を喜ばない?」
「いやさ」
「あたしに会えて嬉しくない?」
「・・・・・・それよか何が前と違ったの」
「とりあえずあたしはファミコンを卒業した」
「嘘付け」
「即答ですか」
「それはそうだろう。おまえが家族大好き志向から抜け出すなんて思えないし」
「おまえ?」
「え」
「もうおまえなの」
「ああ、うん。姫だった」
「このニ年間であたしが全然変わっていないと思った?」
「え」
「もう家族とかどうでもいいの。二年間もずっと考えていればそんなことくらいはいくらあたしにだって理解できるよ」
「それってどういう意味?」
「他の人よりすごく遅いと思うけど、あたしもようやく家族離れしたのかもしれない」
「おまえがねえ」
「・・・・・・お兄ちゃん」
「いや。姫がねえ」
「ママと結城さんと一緒に暮らしているけど、その生活や家族のことが前みたいに大切でかけがえのないものだとは今は少しも思えないのね」
「よくわかんないけど」
「ニ年間何もなかったの。欲しい物もかなえたい願いも。今日お兄ちゃんと再会するまではね。本当に何もなかった。別れから二年経ってようやくお兄ちゃんに会えた今は違うけど」
そのとき自分でもよくわからないけど、俺の中でいろいろと自分の中でわだかまっていたことや、理解できなくてそれでもわかりたくて苦しんでいた想いが柔らかに氷解していった。
<池山さん。あたしの彼氏になってください>
「あたしは今日お兄ちゃんに会えてとても嬉しい。お兄ちゃんのお友だちに感謝しないといけないね」
「あいつらが仕組んだことだったのか」
「うん。あの人たちもいろいろと考えたり悩んだりしてくれたみたいよ」
「そうか」
姫が微笑んだ。
「お兄ちゃん?」
「ああ」
「生意気なこと言うね」
少しの間をおいて微笑みを消した姫が真面目な顔で俺に言った。
「お兄ちゃん。あたしのこと今でも好きでしょ」
「・・・・・・」
「問題ね」
「何?」
「次の中から正解を一つ選びなさい」
「姫・・・・・・何言って」
「お兄ちゃんはあたしのことを」
「うん」
「1.好き 2.好き」
前にそんな質問を姫にしたことがあったのを俺は思い出した。
「3.すごく好き。誰よりも一番好き。ずっと一緒にいたいと思うくらいに」
「・・・・・・うん」
「はい。正解は?」
「そんなに俺に姫のこと好きって言わせたいの」
「言わせたい。お兄ちゃんにあたしのこと好きって言ってほしい」
「三番だよ。正解は」
俺の答えに再び姫は微笑んだ。
「お兄ちゃん、前に言ってたでしょ? 君が義理ならどんなにいいかって」
「ああ。そんなこともあった」
「今はそれと同じようなものだね」
「何言って・・・・・・」
「あたしは結城妹と言います。池山兄さん、あたしと付き合ってください」
「はい?」
「はい? じゃなくて。はいって言って。というか喜んであたしと付き合うよって言ってよ」
「・・・・・・いいのか」
「言ったでしょ。あたしはもうファミコンじゃない。そうなったあたしにはもう恐れることなんか何もないの」
「えと」
「それともやっぱり妹友ちゃんのことが好きなの?」
「それはない」
「それなら。お兄ちゃん、姫の願いを聞いて。これだけ聞いてくれたらもう二度と無理なお願いはしないと誓うよ」
「それは困るよ」
「何でよ」
姫の顔が翳った。
「俺は姫に無理なお願いをされて、悩みながら姫の願いをかなえるのが生き甲斐だからさ」
「お兄ちゃん」
「結城さん。俺と付き合ってください。いや、そうじゃないや。俺の奥さんになってください」
「・・・・・・気が早いよ」
「調子に乗りすぎたかな」
「ううん。そんなことない。でも、ゆっくりと普通の恋人同士のようにやっていこう。二年前みたく急がないで。一からやり直そうよ」
「そうだな。姫の言うとおりだ」
「お兄ちゃん」
「姫」
深夜とはいえ満席に近いファミレスの客の好奇心溢れる視線を無視して、俺と姫はテーブルの上で手を重ねあった。
「・・・・・・泣かないでよ」
「姫の方こそ」
「そうだね」
先が見えないという点では、前と何も変わってない。でも、妹友が言ったように俺たちの関係には将来がないというのは少し違う。俺は姫の小さな手を握りながら考えた。将来はどんな人にもどんな人間の関係にもある。それが望ましい将来かどうかが不明であるだけで。
問題は誰にとって望ましいかということなのだろう。俺と姫の関係は父さんと母さんにとっては、望ましくあるべき子どもたちの姿ではないだろう。それは今でも確かだった。
でももうそれでもいい。
俺と姫にとっての将来は確実に存在するのだ。それがどんな姿をして現れるのかはわからないけど、少なくとも一人で部屋に篭もって姫のことを考えて過ごす今から生じる将来よりは、俺にとっては、いや俺と姫にとってはあるべき将来の姿だと今は素直に思えた。
今なら胸を張って妹友や兄友、女と女友に報告できるような気がする。
「俺さ、明日から大学の講義に出るわ。四年で卒業できるかわからないけど、少なくとも姫よりは先に社会に出られるよう頑張る」
「そんなことよりさ」
「え?」
「とりあえず明日は、講義が終ったらあたしの大学に迎えに来てくれる?」
「もちろん。場所は今日中に覚えておくよ」
「うん。デートしようよ。二年ぶりの」
姫が、俺の大好きで大切な姫が微笑んだ。
「二年分のお兄ちゃん成分を補給しないとね」
「いくらでも付き合うよ。姫と一緒なら」
「じゃあ決まりね」
「今日は帰ってから姫の大学の場所を調べておくよ」
俺はそう言った。「できることからしないとな」
「まあ、そうだね。できることからしないとね」
俺と姫の言葉が重なり合った。昔一緒に暮していた頃にはよくあったことだったけど。
<エピローグ>
女「兄友からメッセだ」
女友「何だって?」
女「兄友に妹ちゃんからメール来たって。ありがとうございましたって」
女友「やったね。二年越しのこの作戦もやっと終ったか」
女「兄と妹ちゃんってこの先どういう付き合いをするんだろうね」
女友「どうでもいい」
女「何でよ」
女友「ここから先は二人の問題だからね」
女「・・・・・・そうか。そうだよね」
女友「それよか兄友と妹友ちゃんの方がね」
女「うん」
女友「そっちが終らないとなあ。何だか寝覚めが悪い」
女「どうする?」
女友「どうもこうも。できることないじゃん?」
女「・・・・・・それはそうか」
女友「あんたは?」
女「あたし?」
女友「兄友のことはふっきれた? いや兄のことだっけ」
女「あほ。どっちでもないわ」
女友「あはは。まあそう言えるのならもう平気か」
女「お互い寂しいよね。二十歳を越えたのに何やってるんだろ」
女友「まあいいいじゃん。寂しい同士慰め合おうぜ」
女「結局それか」
女友「合コンセットするからさ。よろしくね、相棒」
女「腐れ縁だね。しかたないか」
女友「あはははは」
兄と妹ちゃんは知り合いの間では公認のカップルとなった。うちの大学は学生数が多いのでそんなに目立たなかったけど、小規模な女子大である富士峰女学院大学では、栄養学科の一年生をキャンパス内でいつもエスコートしている兄のことは噂になったようだ。彼女たちの間では、兄の正体はどうも妹ちゃんの幼馴染兼彼氏らしいということで落ち着いたようだ。
兄と妹ちゃんの関係を知らない人なら、池山君と結城さんのカップルということで別に驚くようなことではないのだろう。一部にはあの結城さんが何で引きこもりの池山君なんかと付き合っているのだろうという声はあったようだけど。
それでも、あたしから見ても二人は幸せそうだった。その様子を見ていると実の兄とか妹とかなんてどうでもいいように見える。二人はもう急がないことにしたようだった。一緒に暮すこともなく、毎日会うこともない。兄が妹ちゃんのお弁当を持ってくることもない。実際のところ、兄が妹ちゃんと会うよりあたしの方が頻繁に兄と会っていたと思う。それでも兄と妹ちゃんの関係は揺るがず動じずに続いていたので、あたしと女友はもうこいつらの面倒をみる必要はないと判断した。
本当なら救う会の解散のタイミングでもあったけど、問題は妹友ちゃんだった。
そう言えば兄友は今日は妹友ちゃんとデートだって言ってたな。あたしは彼らがいつも待ち合わせの場所にしている大学校内のコンビニの方向を眺めた。
「またあなたですか」
「え」
「え、じゃないです。何でいつもあたしのいる場所に現れるんですか」
「えーと。いや、今日は待ち合わせを」
「・・・・・・待ち伏せしたりして。あなたってどんだけあたしのことを好きなんですか」
「いやまあ。どんだけと言われてもなあ。好きは好き、つうか大好きだけど」
「はあ?」
「むしろ愛していると言ってもいい」
「あのですね」
「おう」
「あたしに愛を囁くよりも先にすることがあるんじゃないですか」
「すること? 何だろ」
「妊娠させちゃった後輩さんはどうするんです? それよりも何よりも女さんのことはどう始末するつもりですか」
「・・・・・・いったい何の話だ。何年前の話をしてるの。つうかそれって兄の話じゃなくて俺の話なんじゃ」
「兄友さんに対して兄友さんの話題を振って何の不都合があるんですか」
「妹友ちゃん・・・・・・もしかして」
「今日はいい天気ですね」
「・・・・・・ああ。ここは暖かくて気持ちいいな」
「そうですね」
「連休になったら海辺にドライブしようか。前に一緒に行った海岸にもう一度」
「頭沸いてるんですか? あなたとあたしは一緒に海に行ったことなんかないですよ」
「えーとさ。俺って誰?」
「・・・・・・本気で頭が可哀そうなことになってるんですか」
「って何泣いてるんですか!」
「泣いてなんかねえよ」
「まあいいです。泣くほどあたしを好きなら、あたしだって鬼じゃないしそろそろ兄友さんの気持ちに答えてあげてもいいです。そのかわり万一他の女に浮気なんかしたら本当に生まれたことを後悔するくらいのことはしますからね」
兄友さんと彼女は俺を呼んだ。
俺は妹友から少し身を離して彼女を見た。真剣な表情をして俺を見つめてる彼女を。
「あなたのことは嫌いじゃないです」
それは俺が見てきた中で今まで最強の破壊力を秘めたツンデレだった。
「お兄さんに失恋したときも、いつだってあなたはそばにいてくれましたしね」
妹友の顔にも涙が浮かんでいた。それはとても綺麗な涙だった。
「妹友?」
「どうしました? その・・・・・・抱きしめてキスしてくれてもいいんですよ」
「え?」
「・・・・・・・抱きしめてキスしてくれても今なら許すって言ってるんですよ、兄友さん。ひょっとして理解力が欠如してるんですか」
こんな俺に対しても救いはついに訪れたのだ。俺は妹友の小さな身体をを思い切り抱きしめた。
「ちょっ。強すぎです。それにキスはどうなったんですか」
「悪い」
「兄友さん?」
「ああ」
「どうせなら熱帯植物園に連れて行ってください。まだ一度も行ったことがないんです」
「・・・・・・ラフレシアを見たいんだっけ。いいよ」
「約束ですよ。兄友さんは時に不誠実ですから。絶対に守ってくださいね」
妹友が俺の腕の中で涙を浮かべたまま笑ってそう言った。
Fin
143 : 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします - 2014/03/02 22:00:37.95 8nbIuW5Io 709/712
以上で終了となります
長々と付き合ってくれた方には本当に感謝です
それではまたどこかで
156 : 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします - 2014/03/08 20:03:20.69 49CXiexVo 710/712>>1乙
こんなのは初めて読んだ
正直びっくりしている
他に描いたものはないのか、ぜひ読みたい
このまま作者の詳細が分からなくなるのは悲しい
158 : 以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします - 2014/03/09 00:10:27.81 cvNsIsvIo 711/712>>156
この辺から読んでみたらよろし
妹の手を握るまで
https://ayamevip.com/archives/58206672.html
159 : VIPに... - 2014/03/09 09:10:09.70 jA2MHbBu0 712/712>>158
これは懐かしい。もう3年も前のスレッドなんだな