【関連】
妹と俺との些細な出来事【1】
妹と俺との些細な出来事【2】
妹と俺との些細な出来事【3】
妹と俺との些細な出来事【4】
<仲直り>
兄「これはどうすんの?」
妹「布団は畳んで元通り押し入れにしまって。その間に洗濯したシーツを干しておくから」
兄「わかった」
妹「それが終ったら部屋を掃除機で掃除しておいてね」
兄「帰る前に別荘を元通りに戻しておけって父さんから言われたのをすっかり忘れてたな。これじゃここを出発するのってどう考えても午後になりそうだよな」
妹「最初は四人でする予定だったから、午前中には終るはずだったんだけどね」
兄「まあ二人でやるしかないけどさ」
妹「・・・・・・ごめんね」
兄「姫が謝ることはないけど。とにかくさっさと終わせようぜ」
妹「・・・・・・うん」
兄(妹が俺の彼女になるって言ってくれて)
兄(普通なら二人でいて一番楽しいときのはずなのに)
兄(伯父さんの別荘の片づけで帰りが遅れることも、渋滞で車が動かないことさえ)
兄(妹とそれだけ長く近くで二人きりになれるんだから)
兄(付き合いたてならそんなことすら嬉しいはずだよな)
兄(・・・・・・姫のせいじゃない)
兄(俺には姫を責める資格なんかない。こいつだってもう高校二年だし、付き合っていたんだから彼氏とキスしたって何の不思議もないんだ。妹の言うとおりだ。俺や父さんは勝手に姫に対して自分たちの幻想を押し付けてるだけなのかもしれない)
兄(姫だって、いや姫なんて呼ぶこと自体がおかしい。妹だって単なる女子高生だし本人だってそのつもりでいただろうに。妹を姫君とか勝手に祭り上げていた俺や父さんの自分勝手な思い込みが妹にとっては一番の負担だったかもしれないじゃんか)
兄(そもそも中学受験させて富士峰女学院に入学させることだって、今にして思えば妹は自身は全然望んでもいなかったんじゃないか。むしろ近所の公立中学に進学する友だちとお別れするのを嫌がってたくらいだし)
兄(それでもあいつは俺や父さん母さんが大好きだって言っている。妹に勝手にお嬢様路線を押し付けたのはその大好きな家族だって言うのにな)
兄(そんな妹が普通に彼氏君のことを好きになろうとして、その結果ファーストキスの相手があいつになったのなんてむしろ祝福してもいいくらいじゃないか。言うに事欠いて俺が妹の初めてのキスの相手じゃなかったなんて、そんなことに拗ねている俺の方が異常だ)
兄(俺は妹が好きだ。それだけはもう間違いようもない。でも、自分の勝手な幻想を妹に押し付けるのはやめだ。妹が俺のことを好きだと言ってくれただけで十分だろ。これ以上妹に何を求めようって言うんだ)
兄(昨日の夜の俺の態度は最悪だったから、もう手遅れかもしれないけど。それでも今からでも態度を改めよう)
兄(妹が許してくれるかどうかはまた別問題だけど。たとえ振られても妹の味方になろう。父さんが妹に変な幻想を抱いて無茶言うなら俺が父さんに反対してやる)
妹「シーツ干すのと食器片付けは終ったよ」
兄「・・・・・・(妹が大切と言いながら俺は妹を追い詰めていたのかもしれない)」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・もうやだ。お願い。無視しないで」
兄「・・・・・・え」
妹「ごめんなさい。彼氏君にキスを許しちゃってごめんなさい。何でもするからあたしのこと嫌わないで」
兄「ち、違うって」
妹「もう絶対しないから。もうお兄ちゃん以外の男の人には絶対何もさせないから・・・・・・。だからあたしのこと許してよ」
兄「そうじゃないんだ。ごめんな」
妹「え。何?」
兄「ごめんな。俺、もうおまえのこと二度と束縛しないから」
妹「・・・・・・」
兄「おまえを苦しめてごめん。俺ようやくおまえの気持が理解できたよ」
妹「・・・・・・何言ってるの?」
兄「彼氏君とキスしたなんて普通のことだよな。普通の女子高生ならそんなことは当たり前のことなのに、俺が勝手に自分の幻想をおまえに押し付けて」
妹「ちょっと待って。意味わからない」
兄「辛かったろ? 今まで。全部俺や父さんが悪いんだ」
妹「・・・・・・お願いだから日本語で喋ってくれる?」
兄「さっきから日本語以外では喋ってないけど」
妹「何であたしのこと姫って呼ばないの?」
兄「それがおまえの負担になっていたと気がついたからさ。おまえはもううちの家族の呪縛から逃れていいんだ」
妹「・・・・・・何かさっきから話が噛みあってないよ」
兄「そんなことはない」
妹「ねえ」
兄「うん」
妹「あたしはお兄ちゃんにファーストキスの相手が彼氏君だったことを黙っていたんだよ? というかあたし、最初はお兄ちゃんだって嘘を言ったんだよ」
兄「うん」
妹「なのに何でそこでお兄ちゃんが謝るの? もっとあたしを責めてよ」
兄「それはだな。さっきも言ったけど」
妹「ううん。お兄ちゃんはちょっと黙って」
兄「え・・・・・・うん」
妹「もう一度最初からやり直そう。お兄ちゃんはあたしに俺の彼女になってくれってあたしに告白したよね」
兄「確かにした」
妹「本気だったんだよね?」
兄「当たり前だろ」
妹「あたしはそれに応えた。最初の返事はなしにして、喜んでお兄ちゃんと付き合うって。それでお兄ちゃんもそれでいいってことになったよね」
兄「うん」
妹「昨日の夜、お兄ちゃんはあたしと彼氏君の関係にむっとしたでしょ?」
兄「だからそれは単に問題の一端い過ぎないんであって。おまえがこれまでうちの家族の勝手な思い込みのせいでどんだけ普通の生活ができなかったと考えると俺は」
妹「ちょっと黙って。それは全く別の話でしょ」
兄「いや、そうじゃな」
妹「黙れ。お兄ちゃんは問題をすりかえてるじゃん」
兄「どういうこと?」
妹「家族の話は今はいいよ。それはいろいろな思いがないとは言わないけど。でもさ、そんなことは承知のうえであたしはお兄ちゃんの彼女になりたいって言ったんだよ。そのあたしの気持はどうなっちゃうのよ」
兄「え」
妹「え、じゃない。変な話だけど、昨日の夜お兄ちゃんが拗ねてくれて嬉しかったの。もちろん悪いことしちゃったし、許してくれなかったらどうしようって不安でもあったけど。それでもあたしと彼氏君の関係に嫉妬してくれたから、あたしはそれが嬉しかった」
兄「・・・・・・嫉妬した。正直に言うと。でも、そんなことに嫉妬することが間違っていると思った。普通の高校二年の女の子なら当たり前のことをしているだけなのに。そんなことも妹に許せない兄って最低だって。自分の中のお姫様伝説を勝手に美化して、それがおまえを苦しめてるんじゃないかと」
妹「そんなことはどうでもいいのよ。そうじゃなくて、お兄ちゃんはあたしのことが今でも好きなの?」
兄「そんなことは聞かれるまでもない」
妹「あたしはお兄ちゃんより先に彼氏君にキスされたし身体も触られたけど、それでもあたしのことを愛してくれるの?」
兄「もちろんだ。昨日の夜拗ねたのは嫉妬したからで、嫉妬するくらいおまえのことを愛しているからだし」
妹「なんだ。じゃあ単純な話じゃない。もっかいやり直すよ」
兄「やり直すって何を」
妹「お兄ちゃんごめんなさい」
兄「・・・・・・」
妹「あたしが馬鹿だったせいでお兄ちゃんにファーストキスをあげられなかった。本当にごめん。でもお兄ちゃんのことが昔から大好きでした。たまにはお兄ちゃんにむかつくこともあるし、お兄ちゃんが意地悪なことを言うこともあったけど。でもそんなあなたが昔からとっても好きでした。一緒に手をつないで小学校に通っている頃から」
兄「えと」
妹「もう二度とあんなことはしません。お兄ちゃんが嫌なら一生家族以外の男の人とは仲良くしないから。だから、あたしと付き合ってください。あたしの彼氏になって」
兄「・・・・・・(俺は何回間違えば気が済むんだろ)」
兄「俺の方こそ喜んで(・・・・・・妹)」
妹「あ・・・・・・やっと抱きしめてくれた」
兄「ごめんな。俺さ、いろいろ間違った方向に考えが行ってたみたいだ」
妹「本当だよ。でも許す。今はお兄ちゃんのすることなら何でも許すよ」
兄「・・・・・・大好きだよ、妹」
妹「もうあたしのことは姫って呼んでくれないの?」
<渋滞>
妹「さっきから全然動かないね。もう暗くなってきたよ」
兄「出たのが遅かったからな。でもいいじゃん」
妹「いいって何が?」
兄「渋滞しているってことは、姫と二人きりでドライブできる時間が増えるってことだし」
妹「ふふ。そう考えればいいのか。本当にそうだ」
兄「・・・・・・姫」
妹「なあに? お兄ちゃん」
兄「すごく可愛いよ」
妹「前見てないと危ないよ」
兄「うん。でも完全に止まっちゃってるし」
妹「あ・・・・・・だからだめだって」
兄「姫はこうされるのいやなの?」
妹「・・・・・・ううん。お兄ちゃんにされるなら大好き」
兄「さっきはごめんな」
妹「もう何も言わないで。今が幸せならいいじゃん」
兄「うん」
妹「前の車が動いたよ」
兄「・・・・・・うん」
妹「でもすぐ止まっちゃうのね」
兄「・・・・・・」
妹「だから危ないって」
兄「可愛いよ姫」
妹「お兄ちゃん。この間から本当にそれしか言わない」
兄「・・・・・・そう言われてみればそうだ」
妹「お兄ちゃんも格好いいよ。実の兄じゃなかったら皆にこの人があたしの彼氏ですって大声で自慢したいくらい」
兄「・・・・・・・」
妹「あ、違うの。別にそういう意味じゃなくて」
兄「わかってる」
妹「ごめん」
兄「・・・・・・わかってるって」
兄「さっきは変なことを言ってごめんな」
妹「本当だよ。お兄ちゃんは勝手にいろいろ思いついて勝手に煮詰ってるし」
兄「そうかもしれない」
妹「さっきは何であんなことを言ったの。あたしはお兄ちゃんもうちの家族も大好きだよ」
兄「そうかもな。おまえは素直に父さんや母さんに従って来たんだろうけど。もっと普通に青春できた人生だってあったかもしれないのに」
妹「それはどうかなあ」
兄「我が家ではおまえはいつも無垢で純真な姫君扱いだったもんな」
妹「何よ。本当はあたしは純粋無垢じゃないとでも言いたいの?」
兄「普通の女子高校生だろうな、本当は。彼氏とデートもするしキスもする」
妹「だからそれは。お兄ちゃんごめんなさい」
兄「いや、そういうことじゃないって。おまえは昔から部活以外で遅くなることもないし、親に心配をかけたことなんか一度もないじゃん。そもそも部活だって調理部だし」
妹「あたしはそれでいいんだって。外にいるよりも家にいる方が楽しかったんだから」
兄「ストレスとか感じない?」
妹「別にないよ。むしろあたしなんかをこれだけ大事にしてくれている家族のことが何よりも好きだもん」
兄「さっきさ」
妹「うん」
兄「姫は言ってたじゃん。いろいろな思いがないとは言わないけどって」
妹「そうだね」
兄「いろいろ不満があったからそう言ったんじゃないの」
妹「そうじゃないの。あたしはパパとママが大好き。だから決心はしたんだけど、それでも今はいろいろ考えちゃうの」
兄「どういう意味?」
妹「後悔はしないと思うし、お兄ちゃんの彼女になれて長年の夢がかなったので今はすごく幸せな気分」
兄「・・・・・・(あ、そうか)」
妹「でも、お兄ちゃんと恋人同士になるっていうこと自体がパパとママへの裏切りだよね。こんなに大事にしてもらっていたのに、ばれたら絶対二人とも悲しむよね。そう思うとちょっと恐い」
兄「・・・・・・悪い」
妹「自分で選んだんだもん。お兄ちゃんが謝る必要なんかないよ」
兄「姫」
妹「・・・・・・うん」
兄「そうなったら俺が姫を守るよ」
妹「今だって守ってくれてるじゃん」
兄「そういうのだけじゃなくてさ。精神的にも姫に頼られるようになるから」
妹「そうか。まあ、いつまでも昔の空手だけでしか守ってくれないんじゃ不安だしね」
兄「・・・・・・」
妹「別にお兄ちゃんが頼りないなんて言ってないよ?」
兄「今のはちょっと傷付いたぞ」
妹「やだ。ごめん。そんなつもりで言ったんじゃ」
兄「お詫びに姫の方からキスしろよ」
妹「お兄ちゃん姫に対して偉そう。でもいいよ」
兄「・・・・・・どうした」
妹「前の車が動き出したから後でね」
兄「まじかよ」
妹「だって危ないじゃん」
兄「貸しだからな」
妹「貸しって何?」
兄「キスの貸しだよ。後で取り立てるから返せよな」
妹「はいはい」
兄「全く中途半端に動きやがって」
妹「もう七時だね。いったい何時ごろに家に着けるんだろ」
兄「見当もつかないけど。まあまだこんなところにいるんだし、確実に日付は変わるだろうな」
妹「そんなにかかるんだ」
兄「それも早くてだぞ」
妹「ちょっと家に電話しとくね。心配するといけないから」
兄「連休中ずっと仕事だって言ってたじゃん。家にはいないと思うけどな」
妹「じゃあママの携帯に電話しとく」
兄「姫って本当に父さんと母さんが好きなのな」
妹「別にいいじゃん」
兄「別にいいけどよ」
妹「嫉妬しなくたって一番好きなのはお兄ちゃんだよ」
兄「・・・・・・電話するなら早くしろよ」
<これであたしにはもう、お兄ちゃんに対して何の秘密もないよ>
妹「うん、そうなの。ママは今日はアパートの方にお泊りなの?」
妹「そうか。パパもなんだ」
妹「あたしは大丈夫だよ。お兄ちゃんと一緒だし」
妹「へ? あ、あのさ。ちょっと予定があるみたいで電車で先に帰っちゃったの」
妹「お兄ちゃんは早くても十二時過ぎるんじゃないかって」
妹「別に疲れてないよ。大丈夫だってば。むしろずっと運転しいているお兄ちゃんの方が大変かも」
妹「うん。休みは明後日までだけど」
妹「え~。いきなりそれはないよ」
妹「ちょっと待って」
妹「お兄ちゃん」
兄「どうした」
妹「何時間も渋滞の中で運転するのは危ないからいっそどこかで泊まっていきなさいって、ママが」
兄「泊まってけって。予約もなしにいきなりかよ」
妹「今夜ならもう連休も終わりに近いから海辺さえ離れればビジネスホテルの部屋なら空いてるんじゃないかって」
兄「これからホテル探してチェックインなんか面倒くさいよ。心配しなくても俺なら運転は平気だから」
妹「じゃあママにそう言ってみる」
妹「お兄ちゃん面倒くさいし、運転は心配ないって」
妹「変われって言われてもお兄ちゃんは運転中だよ」
妹「そうか。携帯をお兄ちゃんの耳と口に当てればいいのか」
兄「何だって」
妹「お兄ちゃんに変われって。あたしが携帯を持っていてあげるから。はい」
兄「もしもし。母さん? 心配してくれなくても俺なら大丈夫」
母『あんたのことなんか誰も心配してないわよ、このバカ息子。妹が疲れちゃうでしょ。何でそんなこともわからないのよ』
兄(いかん。母さんも父さんほどじゃないけど妹ラブなことを忘れてた)
母『だいたいあんたは昔から妹に対する愛情が足りないのよ。こんなことくらい親に言われる前に自分で配慮できるくらいになりなさいよ。全く』
兄「いやその」
母『いいわね。海辺を抜けて町中に入ったらどっかビジホに当たってみなさい。万一事故でも起こしたら妹がどうなると思ってるの』
兄「わかったよ。わかったから」
母『お金はあるでしょ。ちゃんと休んで明日ゆっくり帰ってらっしゃい。じゃあね』
兄「どっかに泊まってけって」
妹「お兄ちゃんはどうしたいの?」
兄「これからビジホ探すのは面倒くさいし。おまえがつらくなきゃこのまま車で帰りたいけど」
妹「お兄ちゃんがしたい方でいいよ」
兄「おまえは疲れてねえの?」
妹「平気だよ。一緒だし」
兄「・・・・・・それならこのまま帰ろうか」
妹「お兄ちゃんが平気ならそれでいいよ」
兄「大丈夫だって」
兄(ようやく海を離れたけど相変わらずノロノロとしか進まねえなあ)
兄(もう九時過ぎだ。俺はともかくいくらなんでも姫には食事させてあげないと)
兄「なあ」
妹「・・・・・・あ、ごめん。ちょっとうとうとしてた」
兄「そうか。起こしちゃってごめんな」
妹「ううん。あたしの方こそお兄ちゃんが運転してくれてるのに自分だけ寝ちゃってごめん」
兄「何言ってるんだよ。俺のことなんか気にしないで寝てていいんだって」
妹「お兄ちゃんって優しいね。昔からそうだけど」
兄「当たり前だろ。姫のことなんだし」
妹「ありがと」
兄「一々礼なんか言うなよ、このバカ」
妹「姫なのかこのバカなのかはっきりさせたいなあ」
兄「・・・・・・ごめん」
妹「冗談だって。それで?」
兄「そろそろ夕飯にしないと」
妹「ああ、そうか。もうこんな時間だ」
兄「どっかファミレスがあったらそこに寄るから」
妹「わかった。お兄ちゃんもちょっとは休めるしね」
兄「おまえの方こそな」
妹「・・・・・・大好き」
兄「俺が姫のこと可愛いってばかり言うって言ってたけど。姫だって大好きってばっか言ってるじゃんか」
妹「何よ・・・・・・嫌なの?」
兄「すげえ嬉しいよ」
妹「ふふ。そうか」
兄「ようやく飯が食える」
妹「席に案内されるまで一時間は並んだよね」
兄「こんなとこまで混んでるのな。連休だからしかたないけど」
妹「こういうのもいつかは懐かしい思い出になるよ。二人が恋人になったときの記憶なんだし」
兄「・・・・・・そうか」
妹「そうだよ」
兄「そうだな。で、何食う?」
妹「ちょっとあたしにもメニュー見せてよ」
妹「ほらあーんして」
兄「う、うん」
妹「美味しい?」
兄「うん」
妹「本当は別荘に向う途中のファミレスでお兄ちゃんとこうするつもりだったのに」
兄「あれはおまえが彼氏君と並んで座るから」
妹「おまえって呼ぶな。名前か姫かどっちかで呼んで」
兄「・・・・・・あのときは姫が彼氏君とずっと一緒にべったりしてたから」
妹「あたしを彼氏君から奪って欲しかったのに」
兄「ごめんな」
妹「半分は冗談だよ」
兄「半分は本気かよ」
妹「あのときはあたしはお兄ちゃんと妹友ちゃんに嫉妬してたから。だから半分はお兄ちゃんに見せ付けようと思ってたから」
兄「そうだったんだ」
妹「これであたしにはもう、お兄ちゃんに対して何の秘密もないよ」
兄「・・・・・俺だって姫と彼氏にすげえ嫉妬してたよ」
妹「お互いにそんなこと思いながらバカなことしてたんだね」
兄「俺にもこれでもう姫には何の秘密もないぞ」
妹「よかった」
<謎>
兄「なあ?」
妹「なあに? お兄ちゃん」
兄「彼氏君って本当は姫と妹友とどっちの方が好きなんだろうな」
妹「何よ突然」
兄「いや。行きのファミレスで俺と姫がお互いに嫉妬しあってたってさっきわかったじゃん?」
妹「そうだね。わかりあえてよかったじゃん」
兄「そうなんだけどさ。よく考えたら、彼氏君と妹友も俺たちと全く同じ状況だったじゃんか。まるで合わせ鏡をしてるみたいにさ」
妹「そう言われてみればそうか」
兄「あのときの彼氏君は姫を独占できて嬉しかったのかな。それとも妹友を俺に独り占めされて嫉妬してたのかな」
妹「さあ」
兄「妹友はどうなんだろうな。姫に彼氏君を独り占めされて悔しかったのか、それとも俺と二人で話せて嬉しかったのか。どっちなんだろ」
妹「彼氏君はあたしと一緒で嬉しいのかと思ってたよ。昨日の夜まではね」
兄「俺も妹友は俺と二人で嬉しいのかと思ってたよ。身勝手な考えだけど」
妹「妹友ちゃんに何か言われた?」
兄「ああ。俺と一緒にメニューを決めるとかそういうのが楽しかったって。兄貴のことが気にならないくらいに」
妹「別に嫉妬して言うわけじゃないよ? でもそれって本当かな」
兄「よくわからん。妹友は彼氏君のことが好きだったんだ。でも実の兄妹の関係なんて不毛だとも思っていて。だから姫と彼氏君をくっつけようとしてたし、俺にも姫のことは諦めろって言ってたよ」
妹「そんなことじゃないかとは思ってたよ」
兄「問題は昨日のことだよな。ほとんど裸でもつれあってたあいつらのこと」
妹「・・・・・・うん」
兄「あれって何だったんだろな。勝手に別荘に帰っちゃうし、いきなりリビングであれだもんな」
妹「あのときは本当にびっくりした」
兄(・・・・・・姫が赤くなってる。可愛いぜちくしょう)
兄「彼氏君って妹友の自分に対する恋愛感情に気がついていたんでしょ?」
妹「うん。それであたしに付き合う振りをしてくれって言ったの。相手があたしなら妹も諦めるだろうからって」
兄「ということは、彼氏君は妹友の自分に対する愛情を諌めようとしてたんだろ? そのために妹友におまえとの仲を見せびらかそうとしたんだし」
妹「うん」
兄「それなら何であいつは妹友をレイプしようとしたんだろ。矛盾してるじゃんか」
妹「うん。よくわからない」
兄「それともレイプなんて妹友の嘘で、本当は二人で愛を確かめ合っていたのかな」
妹「実の兄妹なのよ? あり得ないでしょ」
兄「確かに実の兄妹だね。俺たちと同じで」
妹「あ」
兄「・・・・・・姫の言うとおりだ」
妹「違うの。今のは違うの。あたしそんなつもりじゃ」
兄「わかってるよ」
妹「本当にお兄ちゃんが好きなのよ? あたし」
兄「わかってるから落ちつけ。でも姫の言ったことは正しいよ。」
妹「・・・・・・正しいって?」
兄「兄妹で恋し合っている俺たちですら人のことになると反射的にそんなことはおかしいと思うんだぜ。それが普通の感覚なんだよ」
妹「・・・・・・そうかも」
兄「それでも俺は姫のことを愛してる」
妹「あたしもお兄ちゃんのこと愛してる。もうお兄ちゃんじゃなきゃだめなの」
兄「嬉しいよ。でもさ。妹友と彼氏君の場合はどうなんだろうね」
妹「妹友ちゃんはブラコンだよ。お兄ちゃんも知っているとおり。お互いにはっきりは口にしなかったけど、それで親友になったようなもんだもん、あたしたちは」
兄「そうなのか」
妹「お互いに兄貴の悪口ばかり飽きもせずに話し合える友だちなんか他にはいなかったし」
兄「悪口かよ」
妹「そうだよ。でも外でお兄ちゃんのことを話せるならそれすらあたしにとっては貴重な時間だったんだよ。多分妹友ちゃんも」
兄「そうか。嬉しいよ」
妹「でも、今ではよくわからない。妹友ちゃんは彼氏君のことを諦めてお兄ちゃんを好きになったのかと思ってたけど」
兄「ああ」
妹「でも裸で抱き合ってたし。本当は彼氏君のことが諦め切れなかったのかしら」
兄「彼氏君にレイプされたって言うのが嘘だったらな」
妹「うん。でももういいじゃん」
兄「いいって?」
妹「もうあたしたちには関係ないじゃん。考えなきゃいけないのはあたしたちのこれからのことなんだし」
兄「それもそうか」
妹「ねえ?」
兄「うん」
妹「あたしがお兄ちゃんの大学に受かるまでは、お兄ちゃんは実家であたしと一緒に暮らしてね」
兄「うん。いいよ」
妹「通学時間が長くて悪いけど。その代わりにこれからは毎日早起きしてお兄ちゃんのお弁当を作るから」
兄「そんな無理しなくていいって」
妹「あたしがしたいの。それで毎日駅まで一緒に行くの」
兄「姫の出かける時間より大分早いじゃんか」
妹「学校には入れる時間だし、授業が始まるまで勉強する」
兄「・・・・・・両親がいるときは無理だと思うけど」
妹「そうか。じゃあパパとママが都内でお泊りの翌朝だけはそうする」
兄「・・・・・・」
妹「迷惑?」
兄「嬉しいよ」
妹「ふふ。それでさ。あたしが再来年に合格したら大学の近くのアパートに住むの」
兄「そんなにうまく行くかな」
妹「通学時間が辛いって言えばパパは絶対OKだし。一人暮らしは不安だって言えばママは絶対にお兄ちゃんと一緒に暮らしなさいって言うよ」
兄「越後屋。その方も」
妹「水戸黄門じゃないし」
兄「でもいいね、それ(妹と二人きりで同棲か。夢みたいだ)」
妹「でしょ? もう彼氏君と妹友ちゃんのことは忘れよう。これからはあたしたち二人のことだけを考えようよ」
兄「そうだな」
妹「お兄ちゃん?」
兄「どうした」
妹「もう十一時近いよ。そろそろ帰ろうよ」
兄「ああ、そうだな」
<今は不思議と迷いがないの>
兄(ようやく寝てくれた。ぎりぎりまで俺に悪いからって頑張って起きていようとしたけど)
兄(・・・・・・姫)
兄(可愛い寝顔だな。もう十七年間も姫の顔を見続けてきたのに。今でもいつまでだって姫を眺めていられる)
兄(渋滞でファミレスを出てから多分まだ一キロも進んでないと思うけど。姫とこうして二人きりで車内で過ごせるなら全然気にならないな)
兄(・・・・・・だけど。手放しで喜べるかと言うと)
妹『そうじゃないの。あたしはパパとママが大好き。だから決心はしたんだけど、それでも今はいろいろ考えちゃうの』
兄『どういう意味?』
妹『後悔はしないと思うし、お兄ちゃんの彼女になれて長年の夢がかなったので今はすごく幸せな気分』
兄『・・・・・・』
妹『でも、お兄ちゃんと恋人同士になるっていうこと自体がパパとママへの裏切りだよね。こんなに大事にしてもらっていたのに、ばれたら絶対二人とも悲しむよね。そう思うとちょっと恐い』
兄『・・・・・・悪い』
妹『あたしが自分で選んだんだもん。お兄ちゃんが謝る必要なんかないよ』
兄(俺は結果的にすげえ残酷な選択を姫に強いたんだ。俺が最初に姫に告ったときはそんなことは何にも考えてすらいなかった。本当に俺って考えなしの大バカ野郎だ)
兄(姫は最初からわかってたんだ。俺の告白に応えるというのがどういう意味なのか)
兄(両親は姫を溺愛している。姫も他の何よりも自分の家族が大好きだ)
兄(俺と付き合うということは、その大切な家族を裏切って捨てるということだもんな)
兄(だから妹は最初は俺の告白を断った。それはそうだ。あいつにとっては何よりも大事な家庭を捨てるなんて選択肢はなかったんだから)
兄(そんな妹の想いを踏みにじって俺は勝手に一人暮らしを始めたんだ。今にして思えば考えなしの大バカだった。妹にとっては両親と俺とセットではじめてあいつの好きな家族が成り立っているというのに)
兄(そう考えると俺のやったことは一種の脅迫のようなもんだ。わざとではないけど、結果として俺と付き合わなければ俺はもう今までどおりの家族の一員にはならないって脅したんだもんな)
兄(最初に姫に告ったときあいつは)
妹『卑怯だ』
兄『何でそうなる』
妹『それって脅しじゃん。あたしがお兄ちゃんの告白に応えなきゃ、これまでどおりの仲のいい兄妹関係はお終いだって言ってるんでしょ』
兄『脅しじゃねえよ。それにお終いと言ったって、表面だけ取り繕った最低限の会話くらいはおまえとするように努力はするし。まあ、仮面兄妹っつうの?』
妹『やっぱり脅しじゃない』
兄『おまえが俺のことを好きじゃないならそんなこと気にならないだろうが。おまえには友だちも彼氏君もいるんだし』
兄(最低だ。よくもあんな残酷なことが言えたもんだ。俺が後悔していい兄貴になるって姫に言ったのだって姫に振られてから一月もたった後だもんな)
兄(・・・・・・)
兄(・・・・・・それでも俺は)
兄(・・・・・・もう後戻りはできない。自分勝手だけど俺はもう姫を手放せない)
兄(せめてさっきの約束だけは守ろう。俺は全力で姫を守るんだ)
兄(姫の寝顔。さっきから車が止まるたびに眺めては目を奪われている)
兄(・・・・・・やっぱり姫って可愛いな。いや、外見だけじゃねえ。ちょっと生意気な性格も、年下の妹のくせに俺の世話を焼きたがったり、俺に細かく指示したがったりするところももう全部が全部可愛いとしか)
兄(何とかしよう。つっても具体的にはどうすりゃいいんだ?)
兄(まあ物理的な暴力から姫を守るのはともかく、精神的な意味ではひょっとしたら俺より姫の方が大人なのかもしれないし)
兄(偏差値だけは俺の方が上だったけど、そういう意味じゃないところでは何か姫の方が俺よりも数倍賢いかも・・・・・・)
兄(とりあえず目先のことから考えよう。将来のことを考えようとしても霧がかかったみたいで先のことなんか何も見えねえし)
兄(何だっけ? 姫が言ってたこと)
妹『ふふ。それでさ。あたしが再来年に合格したら大学の近くのアパートに住むの』
兄『そんなにうまく行くかな』
妹『通学時間が辛いって言えばパパは絶対OKだし。一人暮らしは不安だって言えばママは絶対にお兄ちゃんと一緒に暮らしなさいって言うよ』
兄(当面はこれだな。姫が大学生になったとき俺は三回生だし、これで少なくとも二年間は一緒にいられる)
兄(でもその先は? 甘い考えは捨てないといけない。もう少し先を考えよう)
兄(とにかく勉強するんだ。少しでも成績を良くして就職を有利にするように)
兄(これから先は何が起こるかわからねえんだから、いざとなっても姫を養えるようにしなきゃいけないな。父さんたちを裏切っているわけだし、親バレしたら最悪は勘当されることだってあり得る)
兄(・・・・・勘当されるとしたら俺だけだろうな。きっと姫にはお咎めなしかも)
兄(いや。今ならわかる。姫の性格からして一度覚悟を決めたらあいつはぶれない。どんなに大切な両親を悲しませようとも、俺が勘当されれば姫は何もかも捨てて俺についてくるだろう。自惚れじゃなくてそう思う)
兄(ちくしょう。免許とか連休の旅行とか言ってる場合じゃねえぞ。とにかく勉強して就活に備えねえと。まだ一回生だからとか甘えてる場合じゃない)
兄(そう考えると今親バレしたらすべてが終わりだ。せめて俺の大学卒業までは気が付かれないようにしねえと)
兄(心が痛む。ついこの間まで両親と俺は妹好きの同志だったのに、俺はそれを裏切っちまったんだ。今さらそんなことに気がつくなんて)
兄(でも。姫は俺の告白への返事を考えている間、こういう心の葛藤を抱えて悩んでいたんだ。それでも姫は俺を選んでくれた)
兄(俺はバカだ。でもこうなったらもう覚悟を決めよう)
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「うん? 起こしちゃったか」
妹「あたし寝ちゃってたの?」
兄「うん」
妹「ごめん。お兄ちゃんの方が運転で疲れてるのに」
兄「いいんだよ。姫は寝てろよ」
妹「お兄ちゃんに運転させてるんだもん。そうはいかないよ」
兄「眠っている間に姫の可愛い寝顔をゆくっりと見せてもらったしさ。俺はそれで十分だ」
妹「あたしの寝顔が好きなの?」
兄「好きだよ」
妹「起きているときのあたしよりも?」
兄「そんなことはないよ」
妹「誤魔化したな。はっきりと言え」
兄「全部好きだよ。寝顔も起きている顔も、笑っている顔も怒っている顔も」
妹「・・・・・・それならいい」
兄「うん?」
妹「それならいいよ。安心した」
兄「どういう意味?」
妹「もうあたしたちにはお互いしかいなくなったんだね」
兄「・・・・・・ああ」
妹「いつかはわかってくれるかな」
兄「何を」
妹「あたしとお兄ちゃんのこと」
兄「・・・・・・誰が」
妹「パパとママ。あと妹友ちゃんとか女さんとか」
兄「後悔しているのか?」
妹「してないよ。決めるまではすごく悩んだけど。そのせいでお兄ちゃんをすごく待たせちゃった。ごめんね」
兄「・・・・・・いや」
妹「あたしね。確かに決めるまでは悩んだけど、お兄ちゃんの彼女になった今は不思議と迷いがないの」
兄「(俺だってそうだ。もう結論なんてとうに出てたじゃないか)姫?」
妹「・・・・・・うん。して」
兄(これで姫とキスするのって何度目かな)
<ファーストキス>
妹「・・・・・・もうだめ」
兄「え?」
妹「そんなに傷付いた目をしないでよ。前の車が動いたってだけじゃない」
兄「びっくりした。姫に嫌われたかと思った」
妹「・・・・・・ばか」
兄「ちぇっ。ちょっと動いたけどまたすぐに止まっちゃったよ」
妹「・・・・・・」
兄「どうした?」
妹「あたしのこと信じられない?」
兄「何言ってるんだ。んなことあるわけねえだろ」
妹「だって」
兄「姫にもうだめって言われたからさ。ちょっとあせっただけだよ」
妹「どうしてあたしを信じてくれないの」
兄「いやその」
妹「・・・・・・じゃあ、取って置きの話をしてあげるね」
兄「おまえ何言ってるの」
妹「彼氏君とファーストキスしちゃったのに、お兄ちゃんとのキスが最初だってあたし言ったじゃない?」
兄「気にするなよ。おまえらは付き合ってたんだからそんなのは当然だよ。俺は気にしてないよ」
妹「嘘」
兄「え? 何で」
妹「あの夜、お兄ちゃんはあたしを抱きしめもしてくれないで。不貞腐れて寝ちゃったじゃん」
兄「・・・・・・不貞腐れたって。おまえなあ」
妹「本当はこんな恥かしい話は絶対にするつもりなんかなかったんだけど」
兄「何なんだよ」
妹「あたしの最初のキスの相手はね」
兄「何なんだ」
妹「本当はお兄ちゃんなんだよ」
兄「え」
妹「たいした話じゃないの。そんなに驚かないでよ」
兄「いや・・・・・・。ってどういうことだよ」
妹「お兄ちゃんが中学に入ったばっかで、あたしが小学校の5年生になったばかりの頃だったかな」
兄「ずいぶんと昔の話だな」
妹「そうだね。あのときがさ。あたしの人生でお兄ちゃんとあんまり会えなくなった最初の時だった」
兄「学校が違ったからな」
妹「うん。今までは一緒に通ってたのにね。昼間はほとんど会えないし、夜だってお兄ちゃんは昔みたいにあたしの相手をしてくれなくなっちゃったし」
兄「よく覚えてるな(俺の方こそ全部覚えてるぞ。俺だって姫と一緒に学校に行けなくなくなって寂しかったからな。それに、妹は当時はもう中学受験の勉強をしてたから、いくら待ってても妹が俺の中学に来ることはないとも理解していた。寂しいけどしかたがないとも思っていたっけ)」
妹「それでね。ある日受験塾から帰ったきたらパパとママもいなくて、これまで滅多に会えなくなっていたお兄ちゃんがソファで寝ていたことがあって」
兄「そんなことあったかなあ」
妹「それでね。あたしはその頃はもうお兄ちゃんに恋していたから」
兄(・・・・・・嬉しい。もう今死んでも悔いはねえ)
妹「寝ているお兄ちゃんにキスした。お兄ちゃんの唇に」
兄「・・・・・・マジで?」
妹「うん。だから、本当はあれがあたしのファーストキスなの。あたしの最初のキスの相手は彼氏君じゃなくてお兄ちゃんなんだよ」
兄「おまえなあ」
妹「何々? 何で怒ってるの」
兄「俺だってその頃はもうおまえへの愛情を実感してた頃なのに。何で黙ってたんだよ。何で俺が起きているときにキスしなかったんだよ」
妹「うるさいなあ。少なくともあたしは行動したじゃん。お兄ちゃんなんかうじうじ悩んでいただけで何にも行動しなかったくせに」
兄「それは」
妹「もう安心したでしょ。あたしはお兄ちゃんだけを昔から大好きだったって理解できた?」
兄「ああ。完璧にな」
妹「じゃあそれを態度で示しなさいよ」
兄「・・・・・・そうだな。姫・・・・・・」
妹「ちょ・・・・・・いきなりそれは卑怯だって」
兄「俺、ちょっと計画を考えたんだけどさ」
妹「・・・・・・」
兄「まあ、少なくとも姫が俺の大学に合格するまでは、親バレしないように慎重な付き合いをしてさ」
妹「・・・・・・ちょっと待って」
兄「どうした?」
妹「今は無理。いきなりあんなことしておいてすぐに真面目な話をしないでよ。対応できないって」
兄「何で?」
妹「・・・・・・あんなことされた後ですぐに頭を切り替えることなんてできないよ。この鈍感」
兄「(もしかして)感じちゃった?」
妹「死ね」
兄「悪い。おまえっていつも冷静だからさ。何か嬉しくて」
妹「んなわけないでしょ。お兄ちゃんにキスされるときはいつだってどきどきしてるのに。ましてあんなことされたら」
兄「姫があんまり可愛いいんでつい」
妹「・・・・・・もう」
兄「怒った?」
妹「怒ってない! つうか何でそんなに上から目線で偉そうなのよ。何かむかつく」
兄「そんなつもりはねえけど」
妹「はぁ。全く。それでお兄ちゃんの計画とやらの続きは?」
兄「俺の大学卒業までは何としても親バレしないようにしよう。それで俺が就職しちゃえば最悪両親に勘当されてもおまえの学費くらいは何とかなるし」
妹「あたしが寝てる間にお兄ちゃんはそんなことを考えていたのか」
兄「何だよ。何かまずいことでもあるか?」
妹「別にないけど」
兄「姫と一生一緒に暮らすためには、いろいろと計画しないとな。ただ、いちゃいちゃしているだけじゃどうしようもないしな」
妹「いろいろ考えてくれてたんだね」
兄「愛する姫のため、いや。愛する姫と一生添い遂げるためだしな」
妹「うん。ありがと」
<ラブホテル>
兄「しかしなあ。やっぱり俺の初キスの相手は姫だったのかあ」
妹「やっぱりって何でよ。まあ、パパがあたしの初めてのキスを奪っていなければだけどね」
兄「・・・・・・父さんめ」
妹「冗談だって」
兄「とても冗談には聞こえないよ(マジで父さんならやりかねん)」
妹「あたしの初めては全部お兄ちゃんだよ」
兄「・・・・・・だってよ。おまえが覚えていないほど小さなときならさ。父さんがおまえにキスしたって不思議じゃないだろ。あいつは姫のことが大好きなんだし」
妹「パパのことをあいつなんて言ったらだめ」
兄「悪かったよ」
妹「あたしの初めては全部お兄ちゃんだって。信じられないの?」
兄「・・・・・・そうだな。信じるよ今は」
妹「よかった。やっと理解したか」
兄「おまえ、ちょっとこっちに来なよ」
妹「無理だって。ちょっと」
兄「姫を抱きしめたい」
妹「すごく無理があるし。だいたい運転中でしょうが」
兄「・・・・・・そうだね」
妹「その表情は反則だよ全く。ほら」
兄(妹が抱きついてきた。もう死んでもいい)
妹「・・・・・・ねえ」
兄「うん」
妹「大好き」
兄「俺も大好きだよ姫」
妹「もうあたしにはお兄ちゃんしか残っていないのかなあ」
兄「・・・・・・」
妹「もう親も友だちもいないのかもね。あたしたちには」
兄「ごめん」
妹「あたしこそごめん。とっくに覚悟なんかしてたのに変なこと言っちゃった。もう二度と言わないから許して」
兄「・・・・・・姫。顔をあげて」
妹「・・・・・・うん」
兄「姫、疲れてないか? 何だったらシートを倒して横になれば」
妹「お兄ちゃんこそ疲れた?」
兄「多分まだ平気だと思うけど。姫と一緒にいるし」
妹「でもお兄ちゃん、顔が疲れてるよ」
兄「そんなことはないよ」
妹「こら。あたしが何年間妹やってると思ってるのよ」
兄「十七年間だろ」
妹「言ったでしょ? それくらい妹をやってるともうベテランの妹になるんだって」
兄「・・・・・・大丈夫だよ」
妹「絶対大丈夫じゃない。お願いだから無理しないでよ」
兄「だからしてないって」
妹「家に着くまであとどのくらいかかるのかな」
兄「まだこんなところにいるくらいだからなあ。下手したら夜明けになるかも」
妹「それじゃ、お兄ちゃんの身体がもたないでしょ」
兄「今さらこんな時間にビジホなんて探すのも面倒だし」
妹「だって」
兄「あ。でもおまえがつらいなら」
妹「・・・・・・」
兄「どうした?」
妹「あの、さ」
兄「うん」
妹「休めればいいんだから、別にビジネスホテルじゃなくてもよくない?」
兄「へ?」
妹「だからさ。さっきから、そのさ。いっぱい通り過ぎてるじゃない?」
兄「何が?」
妹「だからさ。空室って表示されてるのが」
兄「ひょっとしてラブホテルのこと?」
妹「・・・・・・うん」
兄「いやちょっと待て。おまえはちょっと落ちつけ」
妹「むしろお兄ちゃんの方が落ちつきなさいよ」
兄「それはやばいって。兄妹で入るような場所じゃねえし。だいたい姫みたいな子が出入りするようなところじゃねえって」
妹「あたしみたいな子ってどういう意味? またあたしにお兄ちゃんの勝手な幻想を押し付ける気?」
兄「まさかおまえ」
妹「ないよ。入ったことなんかない。でも休めるならもどこでもいいじゃん」
兄「そうは言ってもおまえ」
妹「お兄ちゃんと一緒なら平気だよ。どこでも」
妹「何か部屋の写真のパネルがあるね」
兄「この中から部屋を選ぶんだろうな」
妹「この部屋、何かちょっと可愛い感じ」
兄「そこは暗くなってるから使用中で選べないんじゃないかな」
妹「・・・・・・何でそんなに詳しいのよ」
兄「詳しくないって。初めてだよこんなとこ来るの(つうか童貞だっつうの)」
妹「じゃあここにしよう」
兄「本当に寝るだけだからもうどこでもいいよ」
妹「だって・・・・・・じゃあ、ここにする」
兄「パネルにタッチしてみ」
妹「うん。どっちを押すの?」
兄「宿泊の方でいいんじゃないか」
妹「わかった」
兄「鍵が出てきた」
妹「お金は?」
兄「自動会計で出るときに払うって書いてあるぞ」
妹「何だか勉強になるねえ」
兄「まあ、お嬢様学校の富士峰の生徒がこんなところに入る機会なんてないだろうなあ」
妹「わからないよ。他校の彼氏がいる子だって結構いるし」
兄「そうなのか。意外だな」
妹「先入観は捨てないとね。あたしのことといい」
兄「わかったよ」
妹「何かペンションの寝室みたい」
兄「思ったより普通の部屋だよな」
妹「まあベッドは一つしかないけどね」
兄「それはラブホだし」
妹「ねえ」
兄「おう」
妹「明日まではまだ休みなんだしさ。せっかく今日もここに泊まるんだから、明日も真っ直ぐ帰らないでどこかでデートして行こうよ」
兄「いいよ」
妹「やった。今度こそ恋人同士になってから初めてのデートだね」
兄「(そういやそうか)そうだね。じゃあもう寝るか」
妹「シャワー浴びないと」
兄「お先にどうぞ。姫」
妹「覗かないでよ」
兄「わかってるって(姫とラブホ。何か急展開過ぎてエッチな事すら考えられない)」
兄(何てもったいないんだ。でも、姫のことは大切にしなきゃ。エッチなんてもってのほかだ)
兄(・・・・・・)
<・・・・・・ロリコン>
妹「シャワー出たよ。お兄ちゃんも入って来て」
兄「あ、ああ」
妹「・・・・・・どうしたの」
兄「(素肌にガウンだけまとった姫。・・・・・・可憐だ)いや。行ってくる」
妹「行ってらっしゃい」
兄(今日は掃除とか渋滞の中での長時間ドライブで疲れたので、シャワーがすごく気持い)
兄(・・・・・・)
兄(あのガウンの下ってどうなってるのかな。パンツは履いてるだろうけどブラは?)
兄(何か気になる。が、邪念は払わないといけない。ここには文字通り寝るためだけに入ったのだから)
兄(もう出よう。俺もパンツはいてガウンに着替えて)
妹「ずいぶん早かったね。ちゃんと体洗ったの?」
兄「洗ったって」
妹「それならいいけど。こっちに来て隣に座って」
兄「うん(ベッドで姫の隣に・・・・・・。理性を保つんだ俺)」
妹「お兄ちゃん・・・・・・」
兄「な、何寄りかかってるんだよ」
妹「お兄ちゃんに甘えたい気分なの。だめ?」
兄「もちろんいいけど(姫の上目遣いマジ反則だよな)」
妹「お兄ちゃん」
兄「うん(姫の身体の細い骨格まですごく身近に感じる)」
妹「大好き」
兄「俺も姫のこと好きだよ」
妹「あたしってバカだよね」
兄「何で?」
妹「結局こうなるんだから最初にお兄ちゃんに告白されたときにOKしておけば、その後一月もお兄ちゃんと会えないなんてこともなかったのに」
兄「いや。姫にとってはそんなに簡単なことじゃなかっただろうし、しかたないって」
妹「あたしね」
兄「うん」
妹「決めた以上は絶対迷わないから」
兄「そうか」
妹「うん。だからお兄ちゃんもこの先何があっても迷わないでね」
兄「約束する。俺と姫が同じ家で兄妹として生まれたのだってきっとこうなるためなんだって考えてるし」
妹「そうだね。誰も理解しなくてもあたしたちだけはそう信じよう」
兄「おう」
妹「よかった。先のことを考えるとちょっと不安だけど。それでも今はあたし幸せだな」
兄「俺もそうだ」
妹「それならよかった。ちょっと安心した」
兄(あれ? 電話かな。でも今は姫と寄り添って話をしていたいから無視しよ)
妹「・・・・・・スマホ鳴ってるよ」
兄「うん・・・・・・」
妹「出たら?」
兄「誰だろ? (げ)」
妹「誰から?」
兄「母さん。ちょっと出るな」
兄「ああ俺。うん。そうまだ帰ってない。え?」
兄「ああそうだよ。結局ビジネスホテルに泊まった。渋滞全然解消しないし。明日の方が混みそうだから朝早めに起きて帰るわ」
兄「妹? いるよ。ちょっと待って」
兄「おまえに代われって」
妹「ママ? うん。大丈夫だよ」
妹「え? あ、それはねその。つまり、確かにお兄ちゃんと同じ部屋だけど、ツインのお部屋だし。それにこの部屋しか空いてなかったからしかたないし」
妹「うん、だってお兄ちゃんだもん。別に全然平気だよ」
妹「わかった。そうする。もう寝ようと思ってたところだから」
妹「そう。明日の夜は帰れるんだ。パパも?」
妹「わかった。じゃあお休みなさい」
兄「何だって?」
妹「・・・・・・心臓に悪いよ。何でお兄ちゃんと同じ部屋にいるの? って結構恐い声で聞かれちゃったよ。誤魔化しておいたけど」
兄「俺もビジホだって嘘ついちゃったよ」
妹「しかたないね。きっとこれからはこういう嘘つくことも多くなるんだよね」
兄(姫にこんな日陰の道を歩ませることになるんだな。今さら気がついてもどうしようもないけど)
妹「はい。電話返す」
兄「うん・・・・・・どうした?」
妹「このホーム画面・・・・・・」
兄「(やべ)ちょ、返せよ」
妹「いいからちょっと見せなさい」
兄「いや、マジでよせって」
妹「どれどれ」
兄「やめろって」
妹「・・・・・・これってさあ」
兄「だってさ(いっそ死にたい)」
妹「あたしの写真なのは嬉しいけど。さすがにこれは」
兄「(もう開き直るしかない)いいだろ。好きな子の写真なんだから。何が悪い」
妹「それにしてもさ。これってあたしが保育園でビニールプールで遊んでたときの水着写真じゃん」
兄「・・・・・・そうだけど」
妹「何でよ」
兄「何でって。家族のアルバムからちょっとこの写真を借りてスキャナーでjpegに」
妹「うわあ・・・・・・。まあ、あたしの写真だったってことだけは評価してあげるけど。何でこんなに幼い頃の写真なのよ。この間制服とか体操服の写メを送ってあげたじゃん」
兄「だってこの写真の姫ってすげえ可愛いし」
妹「・・・・・・ロリコン」
兄「違うって」
妹「これはどう考えても言い訳できないよね。保育園児の女の子の水着画像をホーム画面に設定するなんて」
兄「いや。保育園児って。これはおまえだっつうの」
妹「そんなことはわかってるよ」
兄「だったらいいじゃん」
妹「誰かに見られたら変質者扱いされちゃうでしょ。変えなさいよ」
兄「やだよ」
妹「・・・・・・何でよ」
兄「だって俺は今の姫も大好きだけど昔の姫も好きだったし。それにこの頃の姫の写真って紙にプリントしてあるのばかりだからさ。俺の姫画像コレクションには幼い頃の姫の画像は極端に少ないんだよな」
妹「・・・・・・コレクションって何よ」
兄「あ、いやその」
妹「全く変態なんだから」
兄(顔を赤くしたけど怒っている様子はない)
<相手があたしじゃなかったら完全に犯罪だよね>
兄「まあ、そこまで言うなら設定を変えるよ」
妹「それがいいよ。本当にロリコンだと思われちゃうよ」
兄「まあぼっちだから見られる心配はあまりないけどね」
妹「胸張って言わないでよ。聞いている方が悲しいよ。それに女さんとか女友さんとかに見られたら」
兄「・・・・・・それは確かに。恐ろしくて考えたくもないな」
妹「じゃあ今変えようよ。何の画像にする?」
兄「姫の写真がだめならもう何でもいいや。デフォの壁紙に戻すか」
妹「だめなんて言ってないでしょ。保育園のはやめてって言ってるの」
兄「姫の画像使っていいの?」
妹「いいよ。あたしも嬉しいし」
兄「よし」
妹「急に元気になったね」
兄「じゃあどれにしよう」
妹「最近のならどれでもいいよ。高校入学後なら」
兄「いっそ姫が選んでくれ」
妹「いいね。そうしようか」
兄「じゃあ、設定画面で候補を表示するから」
妹「でも選ぶほどないんじゃない? ってうわあ」
兄「うわあって」
妹「何で百枚以上のあたしの画像がコレクションされているわけ? この間送ってあげたのだって十枚くらいだったでしょ」
兄「隠し撮りしてたから。何年間にもわたって」
妹「偉そうに堂々と言わないでよ。これって盗撮じゃん」
兄「ごめん。でも姫のことが好きだったから」
妹「・・・・・・相手があたしじゃなかったら完全に犯罪だよね」
兄「う」
妹「やっぱりあたしが彼女になってあげないと、お兄ちゃんが犯罪者になっちゃうのか」
兄「・・・・・・」
妹「じゃあ選ぼうかな」
兄(思ったよりも怒られなかったぞ)
兄(さっきからなにやら真剣に画像選びをしているな。こんなに本気で選ばなくたっていいのに。姫ならどんな姿でも可愛いんだしさ)
妹「本当はこの体操服のもいいんだけど、さすがにホーム画面じゃあまずいよね」
兄「別にまずくないのに」
妹「足とか思い切りむき出しだしね」
兄「そこがいいのに」
妹「何か言った?」
兄「いや。別に」
妹「あたしさ。うちの学校の制服好きなんだ」
兄「そうだね。この辺の学校ってブレザーが多いもんな」
妹「うちの学校のセーラー服が着たいから受験したって子も結構いるんだよ」
兄「富士峰のセーラー服って可愛いよな。特に姫が着ていると本当に可愛い」
妹「何で息が荒いのよ」
兄「ごめん。ちょっと興奮しちゃって(その清楚なセーラー服を身にまとっている姫が今ではラブホのガウン姿で俺の肩にもたれかかっている。これで興奮するなという方が無理だ。無理無体な話だ)」
妹「これなんかどうかな」
兄「どれどれ(姫の顔がすげえ近くにある・・・・・・)」
妹「あたしが送ってあげたやつだよ」
兄「却下」
妹「何でよ。可愛く写っているのに」
兄「同級生とツーショットはやめてくれ。姫が一人で写っているやつがいいな」
妹「ああ、そうか。彼女だってきっと気持悪いよね」
兄「それはそうかもしれんが、別に俺はそういう意味でやめてくれと言った訳じゃないぞ」
妹「わかってるよ。単なる冗談じゃん」
兄「姫単独の写真を選んでくれ。俺が盗撮したのでもいいけど」
妹「盗撮のはだめ。カメラの方を向いていないし」
兄「じゃあ体操服」
妹「だからだめだって。これなんかどう?」
兄「・・・・・・いいね(セーラー服姿の姫の自撮り画像。にっこり笑っているけど、これって俺に送るために撮ってくれたんだから、つまり姫は俺に向って微笑んでいるってことだよな)」
妹「じゃあこれにしようか」
兄「おう」
妹「じゃあ明日も早いしそろそろ寝ようか」
兄「渋滞が始まる前に少しでもここから離れたほうがいいからね」
妹「じゃあ六時には起きてでかけよう」
兄「ちょっと早すぎる気もするけど」
妹「渋滞してたらデートする時間がなくなっちゃうじゃん」
兄「それもそうか」
妹「じゃあ寝ようか」
兄「あ」
妹「どうしたの?」
兄「そういや何か俺だけって不公平だなあ」
妹「何が」
兄「おまえのスマホの壁紙見せてよ」
妹「ごめん。単なる初期設定の壁紙のままだよ」
兄「え~」
妹「しょうがないでしょ。学校で誰に見られるかわからないんだし」
兄「休み中だけでも俺の写真にしてほしいな」
妹「そんなこと言われても」
兄「姫とのツーショットでもいいけど」
妹「そんな写真は持ってません」
兄「水族館で一緒に撮ったじゃん。インナーカメラでさ」
妹「もう」
兄「テーブルに置いてあるじゃん。俺が設定してやるよ」
妹「だめ! 勝手に触るな」
兄「何でだよ」
妹「こら。携帯から手を離せ」
兄「向きになるなって。おい危ないって・・・・・・うわっ」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
<初夜>
妹「・・・・・・お兄ちゃん重いよ」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん?」
兄「・・・・・・姫」
妹「うん?」
兄「・・・・・・可愛い」
妹「だからそればっか。ちょっとは語彙を増やしなさいって・・・・・・あ」
兄「・・・・・・姫」
妹「だめ」
兄「愛してる」
妹「・・・・・・え? ちょ。やだ」
兄「大好きだ」
妹「・・・・・・」
兄(もう止められん)
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄(妹が抵抗を止めて力を抜いた)
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・・もうおしまい?」
兄「ごめん」
妹「何で謝っているのかなあ。あたしに突然襲い掛かったこと?」
兄「本当にごめん」
妹「それともすぐに終っちゃったからかな」
兄「う。俺だって初めてだし・・・・・・・」
妹「お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「いいよ、許す。どっちも」
兄「ありがと」
妹「でも、ちょっと乱暴だったぞ。痛いって言ったのに」
兄「ごめん。余裕がなくて」
妹「急がなくてもいいじゃん。この先はきっと嫌になるほど長いんだし」
兄「うん。そうだな」
妹「でも、一応これであたしはお兄ちゃんのものになったのね」
兄「うん。確かに一瞬だったけど一つにはなったよ」
妹「知ってる。痛かったし、ほら少しだけど血も出てる」
兄「今拭くからな」
妹「自分でやるからいいよ」
兄「いや」
妹「ふふ」
兄(半ば勢いだったし。入れたらすぐに終っちゃったけど、そのわりには姫の機嫌がすげえいいな。何かにこにこしてるし)
妹「ねえ」
兄「うん」
妹「さっきは恥かしかったから見せなかったんだけど、やっぱり特別に見せてあげる」
兄「何?」
妹「はい。これ」
兄「え? これって」
妹「うん。あたしのスマホのホーム画面」
兄「え? だっておまえ初期設定だって」
妹「これ買ったときからずっとお兄ちゃんの高校入学式に撮った写真だったんだよ」
兄「・・・・・・姫」
妹「これに機種変する前のスライド式の携帯のときか待ち受け画面もずっとこの画像だったの」
兄「付き合う前からじゃんか」
妹「うん。あたしも前からお兄ちゃんのことは好きだったしさ。まあ密かに待ち受けのお兄ちゃんに話しかけたりしてた。彼氏君と付き合う振りをしてたときも、スマホの画面のお兄ちゃんによく心の中で相談してたなあ」
兄「おまえ(これで何度目だろうか。もう本当に死んでも悔いはない)」
妹「でもせっかくだから画像を変えようかな。水族館の時の写真に」
兄「あれってツーショットだぞ」
妹「記念だし。いいよそれで」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん?」
兄「姫」
妹「ちょっと。やだ、こんなことで泣かないの」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・よしよし」
妹「お兄ちゃん?」
兄「うん。おはよ」
妹「今何時?」
兄「まだ五時前だよ」
妹「ずいぶん早起きしたね。何してたの」
兄「姫の可愛い寝顔を眺めてた」
妹「こら」
兄「うん」
妹「・・・・・・ねえ」
兄「ああ」
妹「まだ、起きるには早いよね」
兄「うん。起こしてやるからもう少し寝とけ」
妹「そうじゃなくてさ。その・・・・・・続き」
兄「・・・・・いいの」
妹「うん。何かそんな気分になっちゃった。すごく胸が切ないの。もっかいしようか」
兄「・・・・・・妹」
妹「今度は落ちついてしてね」
兄「・・・・・・努力するよ」
<普通の恋人同士ならあり得ないじゃん>
兄(何か妙に姫が無口だな)
兄(かと言って不機嫌とも違う。ときどき黙って俺を見て少し微笑むし)
兄(ラブホの部屋を出たときも黙って俺に寄り添ってきたし。つまりあれか)
兄(体の繋がりができたからかな。もう言葉がなくても心が寄り添っていられるような関係になったということなのかな)
兄(・・・・・・姫)
妹「・・・・・・なに?」
兄「いや」
妹「・・・・・・」
兄(黙ったまま俺の左手を握った。やっぱそうなんだ)
兄(・・・・・・感動だ。俺と姫はもう言葉なんかいらないくらい深くわかりあったんだな)
兄(もちろん問題は山ほどあることはわかっている)
兄(女とのこと。彼氏君と妹の関係。それに妹友のことすら何にも片付いていないのに)
兄(その上、父さんと母さんとのことまで心配しなきゃいけないような関係になってしまった)
兄(俺って考えなしだよな。最初に告ったときにこんなことは考えておくべきだったのに。本当に今さら過ぎる)
兄(でももう引き返せない。姫と心だけじゃなくて身体まで一つになっちゃったんだから)
兄(でも後悔は全くしてねえ。実の兄妹同士の恋愛なんて世間じゃ理解されないかもしれないけど。こればかりは実際に体験しないとわからないだろう。生まれたときから我が家のアイドルだった姫への恋のことは。昔から誰よりも好きだったし、誰よりも身近にいたんだから)
兄(まるで自分が本来帰るべきところに帰った感じだ。俺たちが兄妹だってことは別に悪いことじゃないんだ。少なくとも俺にとっては。俺たちは昔から仲が良かったけどそれでもそれは不完全だった。それが今では完全な関係になったんだ)
兄(・・・・・・妹だから好きになったんじゃない。たまたま好きになった子が妹なんだっていうよく聞くセリフがあるけど。それは俺たちの場合は正しくないかもしれん)
兄(多分、兄妹としてのこれまでの積み重ねがあって俺たちはお互いを愛し合うようになったんだ。いきなり初対面で妹と会ったとしても、可愛いなとは思うかもしれんけどいきなり好きになったりはしないだろうな)
兄(そして姫に至っては、今までの兄妹としての関係がなければ俺なんかを意識すらしないだろう)
兄(姫の俺への気持はこいつの家族好きの延長なのかもしれないけど、もうそれはそれでいいような気がしてきた。俺と姫ってやっぱり家族が一番だったんだし。そう考えるとうやはり両親を裏切っていることは重い)
兄(ずっと両親に気が付かれないで済めばそれが一番いいのかもな)
兄(もう結婚とか子どもとかどうでもいいかもしれない。世の中には一生独身の人だっているはずだ。そんな独身の兄妹が一緒に暮らしたって別にそれ自体は変な話じゃない)
兄(よく考えれば児童書の赤毛のアンのマシュウとマリラだってそうじゃんか。あの二人は両親亡き後兄妹だけで暮らしていたわけだし。アンを養子に迎え入れるまでは)
兄(子どもの頃あの本を読んだときには、別にマシュウとマリラが兄妹だけで暮らしていることに疑問なんか抱かなかったよな)
兄(・・・・・・いや)
兄(小説のことなんかどうでもいい。それよかとりあえずは姫と彼氏君のことだ。姫は彼氏君とはうやむやのうちに別れるつもりなのかなあ。それとも別れを切り出すのか)
兄(とにかくそのときは姫と一緒にいよう。彼氏君っておだやかな奴かと思ったら結構切れてたしな。姫に危害を加えるようなら姫のことを守らないと。約束したんだし)
兄(・・・・・・姫)
兄(俺の手を握りながら車の外を眺めている。いったい姫は今何を考えているんだろうな)
兄(わかりあえても。実際に姫が考えていることがわかるわけじゃないしな)
兄(・・・・・・姫)
妹「お兄ちゃん?」
兄「・・・・・・うん」
妹「今日はどうするの」
兄「うん。夕方までに家に帰ればいいからね。父さんたちも夜になるまでは帰って来ないだろうし」
妹「じゃあ、今日は一日お兄ちゃんとデートできるね」
兄「そうだね(こういう会話を姫と普通にできる幸せ。世間から近親相姦野郎って罵られてももう何の後悔もない)」
妹「あのさ。お兄ちゃんの大学の方に行かない?」
兄「大学? 別にいいけど休み中だし誰もいないと思うよ」
妹「大学に行きたいんじゃないの。大学に通える範囲で一緒に暮らせるような場所がないか下見してみようよ」
兄「いくらなんでも気が早くない?」
妹「いいじゃん。デートを兼ねて大学の周りを散歩しようよ」
兄「まあ姫がそうしたいなら別にいいけど」
妹「じゃあそうしよ。何か楽しみ」
兄「別にあのあたりって何も面白いところはないけどな」
妹「そんなことないよ。お兄ちゃんが連れて行ってくれた自然公園だっていいところだったし」
兄「おまえ、周りがカップルだらけだって文句言ってたじゃん」
妹「あのときはね。今はあたしたちだってカップルなんだから公園でも別に浮かないんじゃないかな」
兄「ああ。そうかもな」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「うん」
妹「お兄ちゃんはきっと自分の方があたしのことを好きだと思ってるかもしれないけど」
兄「何の話だよ」
<浮気とか不倫じゃないのに>
妹「本当はきっと、あたしがお兄ちゃんのことを好きな気持の十分の一もお兄ちゃんはあたしのことを好きじゃないと思うの」
兄「・・・・・・何でそう思う」
妹「今までは隠してたからお兄ちゃんにはきっと伝わっていなかったと思うけど。あたしは彼氏君のことで迷ったあの一瞬以外、物心ついてからはずっとお兄ちゃんのことが好きだったから」
兄「・・・・・・」
妹「考えてみればすごいよね。あたしたちって恋人同士になったばっかだけど、もう既に十七年間の積み重ねがあるんだもんね。十七年も一緒に暮らしていたんだよ。普通の恋人同士ならあり得ないじゃん」
兄「そうだな。まあ、幼馴染とかならそれに近いかもしれないけどな」
妹「幼馴染だって夜も一緒にいたわけじゃないでしょ。それにお兄ちゃんには女の幼馴染なんていないじゃん」
兄「残念なことにな」
妹「残念なの?」
兄「いや。姫がいればそれだけでいいや」
妹「あたしもそうだよ」
兄「まあ、姫が言ったことは間違っているけどな」
妹「何でよ」
兄「十分の一とかふざけんな。どう考えても俺の方が姫のことを好きに決まってる」
妹「何で自信満々に言い切れるのよ」
兄「だって俺は姫より二つ年上だぞ。姫が物心つく前から俺は姫のことを愛するようになっていたんだから、この勝負は俺の勝ちだ」
妹「・・・・・・いつの間にか勝負になってるし」
兄「これだけは負けられん。俺のこれまでの人生の存在意義に関わるからな」
妹「・・・・・・あきれた。そんなにあたしのことが好きなの?」
兄「今さら何を言ってるんだ」
妹「うん。確かに今さらだけど、そういう言葉は何度聞いても嬉しい」
兄「さっきまで黙ってたのに。急にお喋りになったな」
兄(安らぐなあ。客観的に考えれば問題だらけなのに)
妹「・・・・・・お互いの想いが実ったときって、普通はただ嬉しいだけじゃない?」
兄「うん」
妹「あたしたちって浮気とか不倫じゃないのにね。それでもやっぱり不安や罪悪感を感じる」
兄「・・・・・・それは。不倫とかと違って誰にも迷惑はかけていないと言いたいところだけど」
妹「パパとママのこと・・・・・・?」
兄「うん」
妹「あたしの不安はね。ちょっと違うの」
兄「違うって?」
妹「パパとママには悪いとは思うけど、でももうそれは覚悟したの。最悪、勘当されたとしてもお兄ちゃんと引き離されなければいいって」
兄「そうか」
妹「あたしの不安はね。お兄ちゃんがパパとママのことを気にしてあたしから離れて行ったらどうしようってこと」
兄(アホかこいつ。それは俺のセリフだっつうの)
妹「まあでも。お兄ちゃんとはもう結ばれちゃったんだから絶対に逃がさないけどね」
兄「当たり前だろ。それはこっちの」
妹「ちゃんと責任取ってね、お兄ちゃん」
兄「責任は取るからさ。姫もそろそろ貸しを返してくれ」
妹「よく覚えてたね。でもあれから何度も返したっていうかお兄ちゃんに返させられたじゃん」
兄「無理矢理にはしてないぞ」
妹「わかってるよ・・・・・・はい」
兄「うん確かに」
妹「キスの借りとか貸しとか本当にバカなんだから」
兄「そろそろ自動車道に入るな。これなら午前中には大学のあたりまで行けるかもな」
妹「やっぱり朝早いとまだ空いてたんだね」
兄「エッチした後寝ないでそのまま出てきたのがよかった・・・・・・って痛っ」
妹「バカ」
兄「・・・・・・よっしゃ。インターに入ったけど空いてる空いてる」
妹「ちょっと。高速に入ったから手をどけてよ。危ないじゃん」
兄「そうだった。で、どうする?」
妹「どうするって?」
兄「朝飯食ってないじゃん。どっかで食べる?」
妹「ここまで来たら混む前に帰っちゃおうよ。おなか空いてないしお昼までは大丈夫」
兄「じゃあそうするか」
<あーんってしてたでしょ?>
兄「思っていたより早く着いたな」
妹「一応ぎりぎり午前中のうちに着いたね」
兄「車どうする? どっかパーキングに入れようか」
妹「うん。それで少しこの町をお散歩したいな」
兄「じゃあそうしよう。昼飯も食わなきゃいけないし」
妹「さすがに少しおなか空いたね」
兄「そうだな。とりえず飯食おう」
兄「どういうところがいい?」
妹「普段お兄ちゃんの大学の学生が行くようなところに行ってみたい」
兄「こないだのカフェみたいなとこ?」
妹「あそこはもういいや。他にはないの?」
兄「いつもは学食ばっかだったしなあ」
妹「じゃあ散歩しながら探そうよ」
兄「まだ連休中だし、あまり営業している店はないかもしれないけどな」
妹「なきゃファミレスでもいいんだって。お兄ちゃんと二人で町を散歩することに意義があるんだから」
兄「そうか」
妹「予行練習だよ。再来年にはあたしはここでお兄ちゃんと一緒に暮らすんだから」
兄(何かいいなあ。そういうのって)
妹「婚約者同士でこれから一緒に暮らす町を散策するのってこんな感じなのかな」
兄「何かテンションがあがってきた」
妹「・・・・・・うん。あたしも」
兄「じゃあ行こう」
妹「ねえ」
兄「どうした」
妹「このあたりって大学が多いんでしょ」
兄「近くには四つくらい大学があるよ。だからこの辺は学生街みたいな感じなんだ」
妹「でも大学生なんて誰もいないよ」
兄「今は連休中だからな。普段はもっと学生街っぽい感じだけど」
妹「それにしても見事なまでのシャッター街だね。ほとんど休業中だ」
兄「学生がいないんだから店を開けても商売にならないからだろ」
妹「おなか空いた」
兄「この先に洋食屋があるんだけど、やってるかなあ」
妹「とりあえず行ってみるしかないね」
兄「ああ。最悪は駅前にマックとファミレスはあるけど」
妹「その洋食屋さんがだめならね」
兄「おう」
兄「ここだけど」
妹「営業中って札が出てるよ」
兄「ラッキーだったな」
妹「ここって美味しいの?」
兄「入ったことないけど、噂では美味しいらしい」
妹「じゃあ入ろうよ」
兄「おう」
妹「空いてるね」
兄「普段は混んでるらしいけど」
妹「まあ待たずに座れてラッキーだよね」
兄「うん。ほらメニュー」
妹「何にしようかなあ」
兄「オムライスがあるな。俺はそれにしよ」
妹「お兄ちゃん本当に好きだね」
兄「本当は姫のオムライスの方が好きだけどな」
妹「また作るよ。今日はママがいるからだめだけど」
兄「期待してるよ」
妹「美味しそう」
兄「いいなあ。俺もビーフシチューにしときゃよかった」
妹「また始まった。お兄ちゃんの悪い癖」
兄「何だよ」
妹「いつもあたしのを見てそれにすればよかったって言うんだから」
兄「いいだろ別に」
妹「何拗ねてるの。お兄ちゃんのオムライスだって美味しそうじゃん」
兄「いや。よく考えたらオムライスは姫が作ってくれるわけだし、それなら他のにしとくんだった」
妹「問題ないじゃん」
兄「え」
妹「こうすればいいだけの話でしょ。はい、あーんして」
兄「・・・・・・マジで」
妹「別に初めてするわけじゃないじゃん。はい」
兄「う」
妹「どう?」
兄「美味しい(味なんかわかるか。それは初めてじゃないけど、姫と結ばれてからこういうことするのは初めてじゃんか)」
妹「オムライスもちょうだい」
兄「ああ。ほら」
妹「・・・・・・うーん」
兄「どう?」
妹「生意気なようだけど。お兄ちゃんの好みじゃないかな。あたしの方が多分お兄ちゃんの好きなオムライスを作れると思う」
兄「そうなの」
妹「あたしの方が上手とかじゃなくてね。あたしの方がお兄ちゃんの好みをよくわかっているからね」
兄「(姫のことが大好きすぎる)姫。好きだよ」
妹「いきなり何よ・・・・・・。でも、あたしもお兄ちゃんが大好き」
女友「あれ? おーい池山兄妹。久し振りじゃん」
兄「げ」
女友「げって何よ」
女「兄と妹ちゃんお久し振り。香港はどうだった?」
女友「君たち香港に行ってたのか。つうかそんなことよりさ。君たち、今あーんってしてたでしょ? あーんって」
女「え」
女友「あたし見ちゃった。相変わらず池山兄妹は仲がいいねえ」
兄「いや、そうじゃなくて」
女「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
<二組の兄妹同士で旅行とかさ>
女友「まあ普段からこんなに仲がいいなら、あたしが二人は兄妹で恋人同士だって騙されても無理はないか。ねえ女」
女「・・・・・・そうだね」
女友「一緒に座ってもいい? 別に恋人同士のデートを邪魔するんじゃないからいいよね」
兄「あ、いや」
女「・・・・・・邪魔しちゃ悪いよ」
女友「知らない仲じゃないんだしいいじゃない。ね? 妹ちゃん」
妹「そうですね。よかったらどうぞ」
女友「さすが妹ちゃんだ。じゃあ遠慮なく。ほら女も座りなよ」
女「・・・・・・」
妹「あたしの隣空いてますよ」
女「うん・・・・・・」
女友「君たち連休中香港に行ってたの? まさか兄妹二人きりで旅行したとか?」
兄「家族旅行だよ。でも両親に急な仕事は入っちゃったんでキャンセルした」
女友「何だ。じゃあ連休中はどこにも行かなかったんだ」
兄「いや、そうじゃないけど」
妹「・・・・・・」
女友「でも何か君たちって変わってるね。大学生とか高校生になっても両親と一緒に旅行なんて。あたしだったら絶対嫌だな」
女「兄と妹ちゃんのところは昔から家族全員がすごく仲が良かったから」
女友「それにしたってさ。両親と一緒なんてうざいじゃん。両親に紹介した彼氏も一緒に連れて行ってもらえるなら、まあ我慢してついていくかもしれないけどね」
妹「・・・・・・」
女「まあ、兄は妹ちゃんと一緒ならどこにでも行くだろうけど」
兄「・・・・・・どういう意味だよ」
妹「うん。そうですね」
兄(え)
女「・・・・・・」
女友「どうした」
妹「あたしは両親と一緒に旅行するだけでも嬉しいですけど」
女友「そんなに家族が好きなのかあ」
女「・・・・・・」
妹「そのうえお兄ちゃんが一緒なら絶対にその旅行は断らないですね」
女友「相変わらずだねえ。もういっそあのときの嘘を本当にしちゃって兄妹で付き合っちゃえばいいじゃん」
女「・・・・・・」
女友「あ、ごめん。冗談だって。冗談」
兄「とにかくさ。親と香港には行ってねえの。親抜きで海辺に遊びには行ったけど」
妹「・・・・・・」
女友「海辺って? 誰と行ったの」
兄「誰とって。まあ妹と」
女友「え? 兄妹二人きりで旅行に行ってたの?」
兄「二人きりじゃないって。妹の彼氏とその妹と一緒にな」
女友「何だそうか。って何よ。兄君って女というものがありながらダブルデートしてたのかよ」
女「・・・・・・え」
兄「そんなんじゃねえよ。妹友は彼氏君の妹っていうだけだよ」
女友「何か複雑そうなダブルデートだねえ。二組の兄妹同士で旅行とかさ。あんたら兄妹も異常なほど仲いいし。何か楽しいどころじゃかったでしょ」
兄「んなことねえよ」
女友「妹ちゃんの彼氏も複雑な心境だったろうなあ。かわいそう」
兄「さっきから何勝手にどろどろした関係にしようとしているんだよ」
女友「だってそうじゃない? 人前で実の兄貴にあーんとかしちゃう子が自分の彼女なんすごく嫌じゃん。あたしだったらその場でひっぱたくけど」
妹「・・・・・・」
女「ちょっと・・・・・・言い過ぎだって」
女友「あ、いけね。ごめん妹ちゃん」
妹「そうかもしれませんね」
女友「え?」
妹「彼氏君はあたしのことを殴りたかったのかもしれないね」
女友「・・・・・・自分でもわかってるならせめて、彼氏と一緒のときくらいはお兄ちゃんだあいすきとかっていうのやめておけばよかったじゃん」
妹「・・・・・・」
女「まあさ。兄と妹ちゃんは純粋に家族として仲がいいだけだし、そんなことは妹ちゃんの彼だって理解してるよね」
兄(どうしよう。こんな会話続けたって姫が辛いだけだ。かと言っていきなり食事途中で出て行くのも不自然だし)
兄(以前の俺だったら。そうだな。最初に姫に告ったときの俺だったら喜んでこいつらに妹が俺の告白を受けてくれたって話してただろうな)
兄(別に兄妹の恋愛が普通じゃないことなんかあのときだってわかってた。でも今振り返って考えるとやっぱりちゃんと考えてはいなかったんだな)
兄(今ならわかる。たとえこいつらが理解してくれたとしても、話が広まればどこから親バレするかもしれないんだ。本当の問題はそっちの方なんだ)
兄(とりあえず話題を変えるか。女友に悪意がないにしてもこれじゃ姫がかわいそうだ)
兄「おまえらはこんなとこで何してるんだ? まだ講義始まってないのに」
女友「何って、うちら親友だもん。一緒にいたって不思議はないじゃん」
兄「・・・・・・お前ら本当に親友なの?」
女友「そうだよ。ね?」
妹「・・・・・・そう言えばこの間まではちゃん付けで呼び合っていたのに今は呼び捨てですね」
女「うん」
女友「親友同士だからね、当然でしょ。今日だってあたしは女の悩み相談を聞くために」
女「やめてよ」
女友「あ・・・・・・悪い」
兄「相談って?(何かこいつらも微妙な雰囲気だな)」
女友「何でもないよ。あんたには関係ない」
兄「そう」
女友「君たちこそ何でこんなとこにいるのよ」
兄「旅行から帰る途中だから」
女「途中って・・・・・・兄と妹ちゃんの家と全然方向が違うじゃない」
兄「えーと」
女友「何かあやしいな」
妹「帰るついでに下見に来たんです」
女友「下見って・・・・・・何の?」
妹「アパートです。女さんの隣の部屋は引き払っちゃったんでその代わりの」
女「え? 兄ってまたこっちに住むの?」
女友「・・・・・・露骨に嬉しそうだなあんた」
女「へ? あ、それは違くて。そうじゃないんだけど」
女友「兄君本当にまたこの町に戻ってくるの?」
兄「いやその(いったい姫は何を考えてるんだ。わざわざ面倒なことを言わなくてもいいのに)」
妹「すぐって訳じゃないんです。再来年にあたしがここに合格したらお兄ちゃんと一緒にこっちで暮らそうかと思って」
兄「(言っちゃったよ姫)うちから大学まで時間かかるしさ。けど姫の一人暮らしなんか
うちの両親が許さないからね」
女友「・・・・・・人前で自分の妹のことを姫って呼ばない方がいいよ」
兄「う」
女「・・・・・・」
女友「はあ。これじゃやっぱり旅行中、妹ちゃんの彼氏はきっと胃が痛くなるような思いをしたんだろうなあ」
妹「お兄ちゃん」
兄「ひ、じゃない妹。どうした」
妹「二人の相談の邪魔しちゃ悪いから、あたしたちはそろそろ帰ろう」
兄「そうだな。じゃあ、俺たちはこれで」
女友「これでって。まだ食事残ってるじゃん」
妹「じゃあさよなら、女さんと女友さん。お兄ちゃん行こ」
兄「ああ(姫もわざわざ手を引っ張らなくてもいいのに)」
女友「ちゃんと食べてかないと店の人に失礼じゃん。ま、いいか。じゃあねえ池山兄妹。気をつけて帰ってね」
女「・・・・・・」
<バカみたい>
兄「本当に帰るのか。アパート見たり散歩したかったんじゃないの」
妹「もういい。何だかあの人たちのせいでせっかくのデートが台無しになっちゃたよ」
兄「悪かったね」
妹「別にお兄ちゃんのせいじゃないけど。でも少しおどおどしすぎだよ。前はあたしと一緒にいるときはもっと堂々としてたのに」
兄「いや、あの頃は俺も考えなしだったから。何も考えずに俺は妹を愛しているなんて女や妹友たちに言い触らしてたんだしな。今思うと姫にもきっと嫌な思いをさせたよな」
妹「嫌な思いなんかしなかったよ」
兄「だって」
妹「嬉しかったり恥かしかったりはしたし、照れ隠しにお兄ちゃんに怒ったりはしたけど。嫌だなんて一度だって思ったことはなかったよ」
兄「まあ、そうだとしてもさ。これからは慎重にしないといけないと思うんだ。あの頃の俺は考えなしだったけどさ。やっぱりこの先長く姫と付き合っていくためにはいろいろとよく考えて行動しないといけないって」
妹「もともと世間の人から見たら非常識なことをしているんだもん。バレずに済むとか、陰口や噂されて嫌な思いをしないで済むなんてあり得ないよ」
兄「姫?」
妹「だから最初はお兄ちゃんの告白を断ったんじゃない。だけど返事をやり直した時点でもうそんな覚悟なんかできてるよ。言ったでしょ? あたし。パパとママを失ってもお兄ちゃんだけ一緒にいてくれればいいって」
兄「姫がよくても俺がいやなんだ。姫にはなるべくつらい思いをさせたくない。俺と付き合ったことで姫にいやな思いをさせたくないんだ」
妹「もうやめて。二人で苦労するならいいじゃない。それに今はお兄ちゃんが女さんと女友さんに、はっきりとあたしたちのことを話してくれない方がむしろつらいよ」
兄「・・・・・・姫」
妹「家に帰ろう。あたしとお兄ちゃんにとっては、家が一番落ちつくよ。きっと」
兄「わかった。さっさと帰ろうか」
妹「うん。そうしようよ。あたしたち二人きりだと仲がいいのに」
兄「え?」
妹「他の人と一緒だとうまくいかないね。それが彼氏君でも妹友ちゃんでも、女さんと女友さんでも」
兄(そうかもしれないな。何でかな。姫と二人きりが一番うまくいくなんてうれしいとしか言いようがないけど)
妹「お兄ちゃん?」
兄(これって。ひょっとして俺と姫との将来を暗示しているんだろうか。俺たちってもう二人きりで生きて行くしかないのかな)
兄「妹友が言ってたことってさ」
妹「え?」
妹友『あたしもお兄さんも、自分の気持を追求していってもその先は行き止まりです。仮に相思相愛になれたとして、ラブラブな恋人同士になったとしてもそこから先には行き場所はありません』
妹友『解説なんていらないでしょう。お兄ちゃんと妹さんなら、あるいはお兄さんと女さんなら恋人同士の先にはいろいろと行く先があるんですよ。実際にそこまで行き着けるかどうかは別としてですが。可能性としては、婚約して結婚してパパとママになって孫ができて』
妹友『あたしやお兄さんの恋は違いますよね? 奇跡的に想いがかなったとして、恋人同士にはなれるかもしれない。でもその先はどうなるんです?』
妹友『一生恋人同士、それも人には言えない関係でっていうのもあるのかもしれませんけど、他の選択肢があるのにわざわざそんなつらい一本道に入ることを選ぶ必要なんてないでしょう』
兄「妹友はそう言ってたよ」
妹「・・・・・・バカみたい」
兄「え?」
妹「そんなに先のことを考えて今を台無しにするなんて。お兄ちゃんも妹友ちゃんもバカみたい」
兄「いや。俺も前は考えなしだったから偉そうには言えないけどさ。でもこれって大切なことじゃね?」
妹「婚約? 結婚? 孫?」
兄「・・・・・・俺なんかと付き合わなきゃどれも全部姫のものになるはずの将来だよ」
妹「将来のことなんか知らない。どうでもいいよそんなこと。そんな先の訳わかんないことのために何であたしが今一番大好きな人のことを諦めるなんていうバカな選択をしなきゃいけないのよ」
兄「落ちつけよ。そこまでは言ってない。俺だってもう姫のことは手放せないんだし」
妹「・・・・・・それならいいけど」
兄「別に後悔しているわけじゃないんだ。でもさ、俺と付き合うにしたってせめて姫にはあんまりつらい思いをさせたくなくて」
妹「あんまり何度も言わせないでよ。もうあたしにはお兄ちゃんだけいればいいんだって」
兄「え?」
妹「・・・・・・」
兄「悪かったよ。ごめん」
妹「・・・・・・」
兄「ごめん。だから泣かないでくれ」
妹「・・・・・・もうやだ」
兄「悪かったよ本当に」
妹「・・・・・・本当だよ。いったい何回間違えば気に済むのよ。いつもいつも一人で考え込んで、一人で勝手に悩んで」
兄「ごめん」
妹「もう考えないでよ。あたしは幸せだって言ってるでしょ」
兄「わかったよ。ごめんな姫」
妹「・・・・・・ごめんお兄ちゃん。あたしも少し言いすぎた」
兄「悪かった。だからもう泣くなよ姫」
妹「ごめんなさい。お兄ちゃんも泣かないで」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・ごめんなさい」
兄「いや。ごめん」
妹「ごめんじゃなくて」
兄「姫。可愛いよ。本当に愛してる」
妹「あたしも愛してる。お兄ちゃん大好きだよ」
妹「やっと帰ってきたね」
兄「おまえ本当に家が好きなのな」
妹「うん。でもおまえって呼ばないでよ」
兄「・・・・・・前から聞こうと思っていたんだけど。姫って自分が姫って呼ばれるのいやじゃないの」
妹「人のこと散々姫とか妹姫とか呼んでおいて今さら何言ってるのよ」
兄「それはそうだけど。自分に勝手に幻想を押し付けるなって前に言ってたじゃん」
妹「ああ、そうね。だってお兄ちゃんもパパもあたしがまるで何も汚いところなんかない童話の中の純粋無垢なお姫様だって決め付けてるんだもん」
兄「俺はそこまで姫に幻想を抱いちゃいなかったよ。結局姫には彼氏君だっていたんだし、キスだってしてたんだしな」
妹「・・・・・・」
兄「あ、ごめん。そういうつもりじゃ」
妹「お兄ちゃんはどういうあたしが欲しいの?」
兄「どういうって。俺は、昔から俺の側にいるありのままの姫が」
妹「じゃあ、これがありのままのあたしだよ。彼氏君とキスもするし、妹友ちゃんや女さんに嫉妬もする。それに」
兄「・・・・・・それに?」
妹「明け方、お兄ちゃんに抱いてって迫る。それがあたしだよ。どう、姫に幻滅した?」
兄「・・・・・・しないよ。するわけがない」
妹「・・・・・・うん。そうか・・・・・・。それならよかった」
<両親>
妹「お風呂出た?」
兄「うん」
妹「ママから電話があった。これから会社を出るから一時間後くらいには家に着くって」
兄「そう」
妹「パパもそんなに遅くならないみたい。夕ご飯どうしようか」
兄「母さんは何か言ってたのか」
妹「うん。お腹空いたら適当に出前でも取って食べていてって」
兄「まあ、腹は減ったけど。昼飯はほとんど残して帰ってきちゃったしな」
妹「ごめん」
兄「姫のせいじゃない。でも、一時間くらいなら待ってようか」
妹「あたしもそう思ってた」
兄「まだ預かった金残ってるしさ。寿司でも取って母さんたちと一緒に食うか」
妹「いいね。どうせなら特上のお寿司がいいな」
兄「じゃあ近所の寿司屋に電話するわ。姫はその間に風呂入っちゃえよ」
妹「じゃあ、任せた」
兄「任されたよ。さっさと入って来なよ」
妹「・・・・・・覗かないでね」
兄「しねえよ」
妹「パパとママが帰ってくるからさ。お兄ちゃんも少し我慢してね」
兄「我慢って何を・・・・・・。うん。我慢する」
妹「あたしも我慢するから」
兄「さて。寿司屋の電話番号は」
妹「電話の下の電話帳に書いてあるよ」
兄「ああそうか」
妹「ちゃんと頼んでね」
兄「ちゃんとって。寿司の出前頼むだけじゃねえの」
妹「ママのは貝類なし。パパのはトロとか脂身のネタなし。そう言えばわかるよ。いつも頼んでるんだから」
兄「そんな注文してたんだ。知らなかったよ」
妹「お兄ちゃんはうちの家族のことで知らないことがいっぱいありそうだね」
兄「何かパーティーみたいになってきたな」
妹「まあね。何か連休中に会わなかったせいか、パパとママに会うの久し振りな気がする」
兄「つうか連休前だってほとんど顔を合わせなかったような」
妹「それはお兄ちゃんが会おうとしなかったからでしょ」
兄「いないんだから会い様がないだろ」
妹「全くいなかったわけじゃないしね。会いたかったら会えてたはずだよ。あたしはパパとママと会っていたもん」
兄「何をわけのわからないことを。俺だって自慢じゃないけど学校が終ったらまっすぐ自宅に帰ってたぞ。主に姫の顔を見たかったからだけど」
妹「そのせいかもね。お兄ちゃんはあたしだけを見てたのね」
兄「・・・・・・悪いかよ」
妹「悪くはない。でもあたしはお兄ちゃんだけを見てたわけじゃないの」
兄「え? そうなのか」
妹「うん。あたしはパパとママのことも見ていたから。お兄ちゃんと違ってパパとママに会っていたから」
兄「そう言われると返す言葉もないけど(何度も考えたことだけどやっぱり妹の俺への愛情は家族への愛の延長なんだなあ。別に今となってはそれでもいいんだけど)」
兄(俺が妹を好きなのももちろん家族としての積み重ねの延長だけど。それでも姫と俺の動機には確実に温度差が存在する)
兄(それでもいいんだ。さっき妹に言われたばかりだろ。)
妹『・・・・・・本当だよ。いったい何回間違えば気に済むのよ。いつもいつも一人で考え込んで、一人で勝手に悩んで』
妹「でもお兄ちゃんのことが好きなのは本当だから。たとえパパとママを失うことになっても後悔しないくらいにね」
兄「わかってる」
妹「あ。誰か帰ってきたね」
父「ただいま妹姫。休み中は悪かったね。寂しかっただろう」
妹「おかえりなさいパパって・・・・・・ちょっと苦しい。離してよ」
父「すまん。つい久し振りに姫と会えて嬉しくてな」
妹「もう。あたしだってパパに会えて嬉しいよ。パパ?」
父「うん? あ、うん」
兄(・・・・・・今に始まったことじゃない。散々見慣れた光景ではあるけど)
兄(姫の彼氏になってから妹が父さんにキスしているのを目の当たりにするとさすがにきついな)
父「香港に連れて行ってやれなくてごめんな、姫」
妹「お仕事が忙しいのはわかってるよ。わがままは言わないからまた今後連れて行ってね」
父「そうだね。正月休みは無理だけど、来年には必ず行こうな」
妹「うん。お風呂入って。それからご飯にしよ。お寿司取っておいたから」
父「そうか。ああ、兄。おまえもちゃんと姫を守ってたか」
兄「ちゃんとやったって(うぜえ。早く風呂行け)」
妹「お兄ちゃんがいてくれたから全然寂しくなかったよ」
父「うん。それならいい」
妹「ママが帰ってくるまでにお風呂出てね。パパってお風呂が長いんだから」
父「わかったよ姫」
妹「・・・・・・こら」
兄「何だよ」
妹「いくらなんでもパパにまで嫉妬しないでよ」
兄「別に。してねえけど」
妹「もう。ひょっとして拗ねてる?」
兄「拗ねてねえよ」
妹「嫉妬するにしても見境がなさすぎでしょ。彼氏君ならともかくパパにまで嫉妬しないでよ。お兄ちゃん・・・・・・」
兄「だから・・・・・・う」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・これでいい? 姫はパパには、自分の彼氏以外にはこんなキスはしないよ」
兄「別にそんなんじゃ(姫にベロチューされた。嬉しいけどそれを認めたらまるで俺が父さんに嫉妬していたみたいじゃんか)」
兄(いや。まあ嫉妬しちゃったんだけど)
妹「あ。今度はママかな」
兄(・・・・・・)
<親バレ>
母「あなたと一緒にお夕飯を食べるのも久し振りねえ」
妹「うん。すごく嬉しい」
母「あたしたちもね。ねえ? パパ」
父「うん。寿司も美味しいが、何よりも姫の顔を見るともっと仕事を頑張ろうっていう気になるよ」
母「本当ね」
兄(もういい加減慣れたけど、こいつら俺のことは心底どうでもいいらしいな)
妹「ちょっと大袈裟だよ。パパもママも」
母「だって本当なのよ。あたしたちが何よりも大切なのはあなた。パパとママが一番大事なのはあなたの幸せだけなのよ」
兄(・・・・・・まあ、でも俺はどちらかと言えば両親に愛されるというより両親と一緒に姫を愛する側の人間だから問題はないけどさ)
兄(それに姫は俺のことを一番・・・・・・)
妹「あたしもパパとママが一番大好き」
兄(どういうことだよ)
母「あら。ママとパパが言いたことをあなたに先に言われちゃったわ」
父「全くだね。パパとママがいつも忙しく仕事をしているのも姫の将来のためだしな」
妹「・・・・・・やめてよ。パパもママもちょっと大袈裟だよ」
母「大袈裟なんかじゃないのよ。本当のことだもの」
兄(・・・・・・何かいつもと違うな、母さん)
父「うん。お母さんの言うとおりだよ。大袈裟でも何でもない」
妹「・・・・・・ちょっと、どうしたの? パパとママ、何かいつもと違うよ」
父「そうかもな。パパとママは姫が不幸になることは見過ごせないんだよ」
妹「・・・・・・パパ。何言って」
父「残念だよ。久し振りに家族で食卓を囲めたのに、こんな話をしなければいけないとはな」
母「もう目を覚ましなさい」
妹「・・・・・・何の話だかわからないよ」
父「兄。おまえ何にも言わない気か」
兄「何言ってるんだかわからないよ」
母「いい加減にしなさい」
兄「・・・・・・え?」
父「落ちつきなさいママ。兄、よく聞きなさい」
妹「ちょっとパパ」
父「姫は黙っていなさい。兄」
兄「何だよ」
父「おまえは私たちとの約束を破ったね」
兄「何のことだかわかんないよ」
父「本当にわからないのか」
兄「ああ(何言ってるんだ・・・・・・え? まさか)」
父「おまえ、私たちに約束したよな。私たちと一緒に姫を守るって」
兄「あ、うん。したけど」
母「・・・・・・本当に情けない。おまえって子は昔からそうよ」
父「ちょっと黙っていなさい。兄」
兄「何だよ」
父「おまえ。姫に、自分の妹に手を出したな」
兄(!)
母「・・・・・・よりによって自分の実の妹を。おまえなんか産まなきゃよかった」
父「おまえが姫を守るというのはそういうことなのか」
兄「・・・・・・」
父「言い訳すらなしか?」
兄(違うって言いたい。けど父さんの言っていることは事実そのものだし)
父「何とかいいなさい。おまえ、姫に何をした」
妹「パパ違うよ。お兄ちゃんは何も悪くないの」
父「姫も黙っていなさい。おまえの話は後で聞くから」
妹「いいから聞いて」
母「あなたは部屋に戻ってなさい。あとで声をかけるから」
妹「いや」
母「妹!」
兄「・・・・・・父さんと話すから。姫は母さんと一緒に」
妹「絶対にいや」
父「姫がそう言うならいいだろう。でもつらい思いをするかもしれないよ?」
妹「あたし、お兄ちゃんの側から離れないから」
兄「おい(姫に腕に抱きつかれた)」
母「お父さん」
父「まあしかたない。それに姫にも言わなくてはならないことはあるんだ」
母「でも」
父「私たちにとっては兄も姫もどちらも大事な子どもだろ?」
母「・・・・・・そうね」
兄(何だって)
妹「・・・・・・」
父「おまえは姫を傷つけたな」
妹「・・・・・・あたしはお兄ちゃんに傷つけられてなんかないよ」
父「だから姫とは後で話したかったんだ。姫は兄に騙されてるんだ。言いくるめられてるんだよ」
妹「パパ。何を言って・・・・・・」
父「姫をこれ以上傷つけたくない。今からでもママと二階に行っててくれないかな」
妹「・・・・・・行かない。お兄ちゃんを一人には絶対にしないから」
兄(姫)
父「しかたがない。姫は兄に騙されているんだよ」
妹「・・・・・・」
兄(姫が父さんを睨んでいる。あれだけ両親が大好きだった姫が)
父「兄、おまえ姫を無理矢理犯したな」
兄「な」
妹「違う! お兄ちゃんは無理矢理なんかしてない」
兄(え?)
父「・・・・・・やっぱりか。嘘だと信じたかったよ」
妹「・・・・・・あ」
兄(やられた。これは誘導尋問だ)
父「おまえがどうやって姫を騙したかはわからん。無理矢理したなんて初めから思っていなかったよ」
母「妹を何だと思ってるの。あんたの玩具じゃないのよ!」
妹「違うよ。あたしたちはそんなんじゃ」
父「あたしたちというのはやめなさい。姫は騙されてるんだ」
<誤解>
母「あなたもいい加減に目を覚ましなさい」
妹「お兄ちゃんはそんなことしてない」
父「姫は少し落ちつきなさい」
妹「・・・・・・」
兄(姫。まるでハリネズミのように父さんと母さんに向って毛を逆立てている。妹のこんなところを見るのは初めてだ)
兄(こんなに冷静に姫を観察している場合じゃないのにな。何か全てに現実感がない)
父「おまえは姫のことを・・・・・・その、つまり。つまり抱いたんだな」
兄「・・・・・・」
父「答えなさい」
兄「・・・・・・うん」
母「・・・・・・兄。あんた最低」
父「おまえはそれでも姫を守ったと言えるのか。胸を張って言えるのか」
兄(父さんと母さんが泣いている)
兄(・・・・・・それだけのことをしたんだもんな。無理はない)
兄(でも。でも、姫のこと愛しているからこそ)
兄(言い訳しても納得してもらえないだろうな)
父「おまえ。自分が妹に何をしたのかわかってるのか。おまえは姫の将来を閉ざしたんだぞ」
妹「だから聞いて。お兄ちゃんは何も悪くないの」
父「・・・・・・ストックホルム症候群って知っているか」
妹「・・・・・・」
父「人質が犯人に対して憎しみではなく愛情を抱いていしまうことを言う」
妹「・・・・・・何よ」
父「普通の感情の延長だよ。立場が圧倒的に弱い人質は生き残るためには犯人に反抗的な態度を取るよりは犯人に媚びた方が生き残る確率が高くなる」
兄(父さんは何を言ってるんだ)
父「だから犯人に媚びるための自分への言い訳として、人質は犯人のことを愛してしまったと思い込むようになる。犯人に媚びる心理的抵抗を除去するためだ」
妹「違う。何バカなこと言ってるの」
父「バカなことじゃない」
兄(本当にいったい父さんは何を言いたいんだ)
父「それに加えて姫は兄のことを悪く思いたくないという気持ちもあったはずだね。姫は家族のことが大好きだったから」
妹「・・・・・・」
父「たとえ自分にひどいことをした兄であっても、姫はそのとき兄のことを悪く思いたくないという心理的な防衛反応を取ったんだよ」
妹「何を言ってるの。それ以上言うとパパのこと嫌いになるよ」
父「嫌われてもいい。姫の将来が台無しになるよりましだ」
母「・・・・・・あなた。これからどうするの」
父「兄、何とか言いなさい。せめて自分の口で自分のしたこと話なさい」
兄「・・・・・・俺と姫は。愛しあって」
父「ふざけるな!」
妹「やめて!」
兄(殴られた。でもしかたないか)
父「何か言えよ」
兄(口の中が切れた。血の味がする)
妹「お兄ちゃん。お兄ちゃん大丈夫」
兄「・・・・・・うん」
父「おまえは姫の人生を無茶苦茶にした。こんなことがばれたら姫はもう普通の交際も結婚さえもできなくなったんだぞ」
母「やめて」
父「私たちにも悪いところはあっただろう。仕事のせいで兄と姫を二人きりにした。その結果、姫は兄に依存するようになった。その責任は私たちにもある」
兄「何が言いたいの」
父「だけど私たちは・・・・・・私とママはおまえを信じていた。おまえなら。兄なら姫を守ってくれると信じていたんだ」
兄「・・・・・・(!)」
父「姫は自分を守ってくれる兄のすることなら全部正しいと思い込んでいるだけだ。姫は自分の愛している家族が自分にひどいことをするわけがない、兄のしていることは正しいことなんだと思い込みたいだけなんだ」
妹「いい加減にしてよ! あたしはパパが思いたがっているような純真なお姫様じゃない。あたしの方からお兄ちゃんに告白して迫ったんだよ。あたしはお兄ちゃんが大好きなの」
父「そう思い込みたいという心理自体ががストックホルム症候群の典型的な心理的症状だ」
妹「・・・・・・違うよ」
父「泣くことは何の証明にもならんよ」
母「あなた。これ以上妹を責めないで」
父「そうだな。兄、おまえはこの家から出て行け。生活の面倒と学費くらいは見てやる。だから自分でアパートを借りて大学に通いなさい」
兄「・・・・・・姫は?」
父「まだそんなことを言ってるのか。姫は富士峰の生徒寮に入れる。おまえなんか信用しないで最初からそうしていればよかったんだ」
母「あたしが悪いと言いたいの?」
父「私が姫を寮に入れようと言ったとき、兄が面倒を見るから大丈夫だと言ったのは君だろう」
母「あなただってあのときは同意したでしょ」
父「君の言うことなんか信用しなければよかったよ。そのせいで姫の将来は台無しじゃないか」
母「何でもあたしのせいにするのはやめてよ。自分だって妹のことを家で放置してたくせに」
父「何だと」
妹「もうやめて」
兄「わかった」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「言うとおりにするよ。家を出て行く。明日にでも部屋を探す」
妹「お兄ちゃんだめ。もうあたしを放っておかないって約束したじゃない」
兄「悪いな。姫」
父「姫もいい加減に目を覚ますんだ。実の兄貴のことが好きなんて姫の錯覚だ」
妹「違う! あたしたちは愛し合っているの・・・・・・お兄ちゃん? 何とか言ってよ」
兄「いや(これ以上は無理だ。姫の大好きな家族を壊しちまう。現に父さんと母さんまで諍いを始めている)」
兄(とにかく一度は家を出よう。姫と全く会えなくなるわけじゃないし、家族のためにもそれが一番いいのかもしれん)
妹「やだよ。お兄ちゃんいやだよ」
兄「父さんの言うとおりにしよう。姫(姫。少しの我慢だ。親バレした以上はもうこれしか)」
妹「絶対にやだ。こんなのやだよ。お兄ちゃん」
<別離>
女友「おはよう」
兄「ああ」
女友「何がああよ」
兄「いや」
女友「まあ、このあいだみたいに、げっとか言われるよりましか」
兄「悪かったな」
女友「最近、妹ちゃん見かけないけどどうした」
兄「どうって。別にどうもしないけど」
女友「しかし意外だったよね。あんたの引越って妹ちゃんの入学と同時じゃなかったの」
兄「そのつもりだったんだけどね」
女友「何で連休明けそうそうに引っ越してきたのよ。何かあったの?」
兄「別に。両親が今まで以上に忙しくなったから、妹が高校の寮に入ることになってさ」
女友「寮? 妹ちゃんかわいそう」
兄「しょうがねえだろ。家の都合なんだから」
女友「あんたが早く家に帰れば済む話じゃない。これまでだってそうやって二人で生活してたんでしょ」
兄「・・・・・・」
女友「まあ、詮索する気はないけどさ。それよか」
兄「何だよ」
女友「ちょっと気になるんだけどね」
兄「何が」
女友「最近、女ってあんたによそよそしくない?」
兄「・・・・・・そう言われてみればそうかな?」
女友「何か変じゃない」
兄「だから何が言いたいの」
女友「あれだけ君のことが好きだって言ってたのにさ。君が一人暮らしを始めたって知ったら、女のことだからもっと君に言い寄るんじゃないかと予想してたんだけどなあ」
兄「そんなことはねえよ。現に最近あいつとは全然話してないぞ」
女友「わかってるよ。でも何でだろうねえ。何か兄友に騙されたときみたいになってるよね」
兄「・・・・・・うん。女にも誰か好きなやつでもできたんじゃね」
女友「ちょっとさあ」
兄「何だよ」
女友「いくら何でもその言い方は女に失礼じゃない?」
兄「どうして」
女友「どうしてって。女は兄友に騙され君に冷たくして以来、すごく後悔してたんだよ」
兄「女とは仲直りしたよ」
女友「とてもそうは思えないけどね」
兄「・・・・・・俺のせいかよ」
女友「そこまでは言ってないよ。でもとりあえず今、女が君を避けているのは間違いないでしょ」
兄「そうだけど。でも少なくとも俺には心当たりはないぞ」
女友「何か女を怒らせることしたんじゃないでしょうね? 妹ちゃんとのいちゃいちゃを女に見せつけるとかさ」
兄「ねえよ。だいたい今のアパートに引っ越してから妹には会ってねえよ」
女友「・・・・・・そうなの? 何であれだけ仲がよかった兄妹なのにそういうことになっちゃうわけ?」
兄「さあ」
女友「さあって。君さ」
兄(あれから姫とはずっと会ってない)
兄(メールは来る。姫の寮での生活とか授業とか部活とかの出来事を綴った何でもない内容のメールが)
兄(もっと話したいことがあるはずなんだ。俺にも姫にも)
兄(でも、結局姫から来るのは平凡な日常を語るの内容のメールだけ)
兄(俺も同じだ。講義とかバイトとか日常の話題を返信するだけ)
兄(何でなのかはわからん。お互いに深い話は避けているけど、それでも一日に数回はメールのやり取りをしている。それだけが今の俺の生き甲斐と言ってもいい)
兄(父さんたちの話題も、これまでの俺たちのことも、これからの俺たちのことすら話題になったことはない)
兄(・・・・・・)
女友「しかし君もつらいよね」
兄「・・・・・・何で?」
女友「ただでさえ君ってぼっちなのにさ。女にまで無視されちゃうと学内でつらいでしょ」
兄「別に俺は一人だって平気だよ(姫のメールもあるしな)」
女友「しかたないなあ」
兄「何だよ」
女友「せめてあたしくらいは君の友だちでいてあげるからね」
兄「余計なお世話だって。おまえだって女の他には友だちなんかいないくせに」
女友「だからさ。ぼっち同士仲良くしてあげるよ」
兄「大きなお世話だ」
女友「何よ。今をときめくファッション雑誌のモデルが君と親しくしてあげるて言ってるんじゃない」
兄「別に頼んでねえぞ」
女友「今日はもう講義ないんでしょ?」
兄「ああ」
女友「バイトもない?」
兄「ないけど」
女友「じゃあ付き合ってよ。今日はこれから撮影だからさ。一緒についてきて」
兄「・・・・・・何で俺が」
女友「撮影現場であたしを独り占めできるんだよ? ぼっちのあんたの自尊心がくすぐられるでしょうが」
兄「いい加減に」
女友「じゃあ行くよ」
兄「おい。ちょっと待てって」
<思っていたよりいいやつなのかも>
兄「隣の森林公園? 撮影ってスタジオとかでするんじゃねえの」
女友「今日は屋外で撮影だからね。本当は集合場所に行かなきゃいけなかったんだけど、今日は大学の隣での撮影だから、無理言って現場直行にさせてもらったの」
兄「そうか。つうか何で俺が一緒に」
女友「ほら。あそこにクルーがいる」
兄「ワゴン三台とか結構大掛かりなのな」
女友「そうかな。普段から外で撮影するときはこんな感じだけど」
兄「へえ。じゃねえよ。何で俺がおまえの仕事に付き合う必要があるんだよ」
女友「いい気分転換になるでしょ。妹ちゃんとも会えないんじゃ、講義が終ったら君には何もすることなんかないんだろうし」
兄「だから大きなお世話だって言うの。何度も言わせるな」
女友「無理しなくていいよ。どうせいつもアパートに帰って一人で泣いてるんでしょ」
兄「泣いてなんかねえよ」
女友「あたしの勘って昔から結構当たるんだよ」
兄「だから今までおまえの勘なんか一度だって当たってねえだろ」
女友「そうでもないと思うけどな」
兄「・・・・・・どういう意味だよ」
女「はあい。おはようございまあす。遅れてごめんなさい」
兄「・・・・・・おい」
女「ちょっと行ってくるね。この辺で適当に見てて。君のことは話しておくから大丈夫だよ」
兄「・・・・・・(勝手に帰ったら駄目かな)」
兄(しかし女のやつ。あのワゴン車の中に入っていったままもう三十分以上は出てこないじゃんか)
兄(撮影とか全然始まらないじゃん。俺、こんなとこでいったい何をしてるんだろ)
兄(・・・・・・気晴らしにさえならないな。女友は好意で俺のことを気にしてくれたんだろうけど)
兄(・・・・・・姫)
兄(ひょっとしてもう二度と姫とは会えないんだろうか)
兄(いや。今はそんなことを考えてはいけないな。姫の生活を落ちつかせることが最優先だ。今は父さんと母さんの言うとおりにした方がいいんだ)
兄(今日はまだ姫からメールが来ない)
兄(・・・・・・しかしいい商売だよな。たかが雑誌の一カット撮影するのにこんなにのんびりと時間をかけるなんて)
兄(気晴らしになるどころじゃない。暇なんでかえっていろいろ考えちまうじゃねえか)
兄(マジでそろそろ帰っちゃおうか。別に家に帰ったって一人きりだしすることがあるわけじゃないけどさ)
兄(あれ? ワゴン車から誰か出てきたけど)
兄(・・・・・・え? あれ女友か)
兄(何か印象が違うな。きっとメークとか服装のせいだろうけど)
兄(しかしあの格好)
兄(あいつ。普段はジーンズとTシャツとかラフな格好だし、すっぴんで大学に来ることもあるのにな。変われば変わるもんだ)
兄(何か人混みの中心に女友がいる。あれ、レフ板とかって言うんだっけ)
兄(何やらポーズを取ってるな。ようやく撮影が始まったのか)
兄(どれどれ)
兄(・・・・・・)
兄(へえ。何か普段の女友と全然違うな。何というかオーラがある。あれだけのスタッフがあいつを撮影するだけのために群がっているのか)
兄(まあ、それはいいとしてだ。撮影っていったいどれくらい時間かかるのかな。もうすぐ暗くなるし、自然光で撮影しているみたいだしまさか夜になってまで続くことはないんだろうけど)
兄(・・・・・・俺、何やってるんだろ。いい加減に姫のいない生活に慣れなきゃ)
兄(女は何だか俺のことを避けてるし、妹友に至っては当然と言えば当然だけど連絡するらない。まあ、妹とは同級生だし同じ部活だから何らかの交渉はあるんだろうけど)
兄(姫のメールには泣き言もないし、妹友との話もない。日常的な話題ばっかで)
兄(姫はか弱い女の子じゃないしな。親バレした日はさすがに泣いて俺にすがりついてたけど、決まってしまったことにたいしていつまでも泣き言を言うような性格じゃゃない)
兄(そんなことは本当はわかってたんだ。親や俺が常にべったりとくっついて守ってやらないといけないようなひ弱なお姫様じゃないんだって。ただ、俺たちが勝手に姫に自分たちの幻想を押し付けてたんだ。姫には俺たちがいないと駄目なんだって)
兄(姫と会えなくなって冷静に考えて、俺はようやくこのことをはっきりと理解したけど・・・・・・・。父さんと母さんは相変わらず娘はか弱い傷付きやすい女の子だと信じているんだろうな)
兄(ストックホルム症候群? あとで調べてみたけどバカ言うな。姫みたいな自我が確立した子がそんなことになるもんか。むしろ俺の方がよっぽど打たれ弱いくらいだ)
兄(・・・・・・姫。もう内容なんか何でもいいから早く俺にメールをくれよ)
女友「元気出せ」
兄「おわっ。っておまえか。いきなりびっくりするだろうが」
女友「何ぼうっとしてたの」
兄「ちょっとな」
女友「どうせ妹ちゃんのことでも考えてたんでしょ」
兄「・・・・・・うるせえよ」
女友「図星か。しかし君も見た目と違ってメンタル弱いよね」
兄「(う。図星だ)んなことねえよ。それよか撮影、終ったの?」
女友「休憩時間だよ。スポーツドリンク飲む?」
兄「え? ああ、どうも」
女友「ふふ」
兄「どうした」
女友「間接キスだ」
兄「え? おまえなあ。そんなもの人に勧めるなよ」
女友「さっきさ。メークの人に聞かれちゃった」
兄「何を」
女友「君のこと」
兄「俺?」
女友「うん。あたし、男の子を現場に連れてきたのって初めてだったからさ」
兄「ふーん」
女友「彼氏? って聞かれちゃった。マネージャーさんはいやな顔してたけど」
兄「おい。そういうのってやばいんじゃないの?」
女友「さあ? 別にタレントじゃないもん。別に平気じゃない?」
兄「そうかもしれないけどさ。何も誤解をそのまま放っておかなくてもいいと思う」
女友「それはそうか。言われてみればそうだね。あはは」
兄「・・・・・・あははじゃねえだろ(でも、こいつ。思っていたよりいいやつなのかも)」
<どちらかというと姫の性格と似ている>
女友「とにかく元気だしなよ。この人気モデルのあたしがぼっちの君の友だちになってあげるって言っているんだし」
兄「ああ、そうだな。ありがとな」
女友「光栄に思いなさいよ?」
兄「思うけどさ。でも、あんまり学内では会わない方がいいかもな」
女友「何で?」
兄「おまえって女の親友なんだろ? 何でか知らねえけどさ。女が俺を避けているのに、俺とおまえが一緒にいるってわけにもいかないだろ」
女友「別にいいじゃん」
兄「いいって・・・・・・」
女友「女はあたしの親友だけど、君だって今日からはあたしの友だちだもん。別に誰に遠慮することなんかないでしょ」
兄「だってよ。俺と親しくしてるとおまえが女と気まずくなるだろ」
女友「親友だからって自分の気持を曲げる気はないよ。あたしは女の親友。でもあんたとも仲良くする。それで女に嫌われるならそれだけの仲だったんだよ」
兄(こいつ。女とか妹友とかと違う。見た目は全く違うけど、どちらかというと姫の性格と似ている)
兄(姫は外見だけ見れば清楚でか弱そうな女の子だ。それに比べて女友は活発で人見知りしない。こいつが何で大学で友だちが少ないのか不思議なほどに。それに姫は普通の女子高生だけど、こいつは高校の頃から読者モデルとかしてて今では若い女の子向けのファッション雑誌の表紙デビューを飾ったほどの売りだし中のモデルだ)
兄(それでも性格は似ていると思う。こうと決めたらなかなか気持を曲げない頑固なとことか、芯が強くて打たれづよそうなところとか)
兄(女友の性格なんてそんなに深く知ってるわけじゃないけど、何となく今のやりとりだけでもそう思えるから不思議だ)
兄「まあ、おまえがそう言うなら」
女友「君ってぼっちだし女に慣れてる感じでもないのに、さりげなく優しいのね」
兄「何でだよ」
女友「今、あたしと女の仲のことを心配したでしょ」
兄「別に」
女友「あ、呼んでる。じゃ、ちょっと行って来るよ」
兄「俺はそろそろ」
女友「帰っちゃだめよ?」
兄「・・・・・・わかった」
兄(撮影再開か。モデルとかって華やかな仕事かと思ってたけど意外と地味で面倒くさそうだな。さっきから何度も同じようなポーズを取らされてるし)
兄(仕事なんだからそうなんだろうな)
兄(・・・・・・大学で友だちができたのはいいけど。それは女友に感謝しなきゃいけないけど。やっぱりそれで楽になれるかというとなかなかそうもいかないみたいだ)
兄(だって女友はいいやつだし感謝もしてるけど、それでもちっとも胸のもやもやが晴れないしな)
兄(女友はああ言ってくれたけど、俺ってやっぱり優しいんじゃなくて不誠実、つうか流されやすいだけなんだ。女にも妹友にも気を持たすような態度をしたけど、実際には女がそっけなくても妹友から連絡がなくても全然気にならないもんな)
兄(結ばれたからってだけじゃない。たとえあの夜がなくたってやっぱり俺は姫のことが一番気になるというか、姫のこと以外は気にならないんだな)
兄(妹なのに。つうか妹だからと言うべきか)
兄(とりあえず両親の言うとおりにしようって姫に言ったけど。ひょっとしたらもうこのまま姫とは終っちゃうのかな)
兄(こっちからメールしようかな)
兄(いや。何てメールする気だ? 前に気軽にしたみたいに三択の問題を姫に出すとでも言うのか)
兄『嫌いじゃないという感情を表わす単語を次の中から一つ選べ』
妹『あたし国語は苦手だよ』
兄『1好き 2好き 3好き』
妹『・・・・・・ふふ』
兄『何笑ってるんだよ』
妹『ベタなジョーク。そんなにあたしに好きって言わせたいの?』
兄(ついちょっと前のことなのにずいぶん昔のことみたいだ。あの頃の俺は考えなしだった。今ならとてもあんなことは口にだせねえな)
兄(メールしたくたって、妹と繋がっていたくたって姫に言える言葉すら今の俺にはないんだ)
女友「お待たせ」
兄「(びっくりした。いつのまに)もう終ったの?」
女友「うん。光線がもう弱いから終わりだって」
兄「そういうもんなんだ」
女友「屋外撮影だからね。カメラマンの先生は本当はもう少し粘りたかったみたいだけど、プロダクションの人が夜間は公園の撮影許可が下りてないからって」
兄「ふーん」
女友「車で送るよって言われたんだけど、断っちゃった」
兄「何で?」
女友「これから飲みに行こうよ」
兄「・・・・・・・はい?」
女友「せっかく友だちになったんだからさ。お近づきのしるしということで」
兄「俺、そういう気分じゃ」
女友「だからだよ。気分転換にさ。どうせ明日は土曜日だし講義ないでしょ?」
兄「ないけど」
女友「じゃあ、行こう。お腹も空いたから居酒屋にでも行こうよ」
兄「(このままアパートに帰ってもやることないしな。まあいいか)わかった」
女友「お疲れ様でした。このまま直帰しますので。あ、はーい」
兄「・・・・・・(何か俺、すげえ見られてる。スタッフの人たちの好奇心溢れる視線が痛い)」
女友「じゃあ行こうよ。学校の側の居酒屋でいいよね」
兄「あの辺りだと知ってるやつがいっぱいいるぞ」
女友「別にいいじゃん。君をぼっちだと思ってバカにしてる人たちに見せつけてやろうよ。スカッとするじゃん」
兄「おまえ、絶対面白がってるだろ」
女友「君はスペック的にぼっちだとかってバカにされるような男の子じゃないよ。あたしだってそうだよ。そう思うでしょ?」
兄「確かにおまえみたいなリア充がぼっちなのは不思議だよな」
女友「まあ、あたしが周囲からハブられてるのは高校の頃からなんだけどね」
兄「何で?」
女友「とにかく飲みに行こう。持ち合わせがないならあたしが奢ってあげるから」
兄「バカにすんな。おまえに奢るくらいの金はあるよ」
女友「なら決まりね。行こう」
兄(あれ?)
<SOS>
兄「・・・・・・ここってうちの学生がよく来る店じゃん」
女友「お互い未成年じゃん。こういうところの方が目立たなくていいでしょ」
兄「大学生になってるんだからまさか飲酒で補導とかされないでしょ」
女友「ごちゃごちゃうるさい。ほら入るよ」
兄「ちょっと」
女友「やあ、混んでるね」
兄「ちょうど席が空いててよかったな」
女友「とりあえず生ビールにしようかな。君は?」
兄「同じでいいよ」
女友「じゃ乾杯」
兄「お疲れ」
女友「今日は何時間も付き合わせちゃって悪かったね」
兄「(全くだ)いや、面白かったよ」
女友「あたし、どうだった?」
兄「どうって?」
女友「だからさ。メークして被写体になってたあたしをどう思った?」
兄「いや。遠目に見てただけだし」
女友「休憩中はメークしたままあんたと話したでしょうが」
兄「あ、ああ。綺麗だと思ったよ」
女友「本当?」
兄「う、うん」
女友「ま、いいか。目は明らかに嘘だって言ってるけどね」
兄「そんなことないって」
女友「何か食べようよ。あとビールもお代わりしよ」
兄「おまえピッチ早いな」
女友「すいませーん。注文お願いします」
?「あれ、女友じゃん」
兄(誰だこいつ)
女友「・・・・・・ごめん。誰だっけ?」
?「ほら。同じ講義受けてるじゃん。俺のことわからない?」
??「おまえ何ナンパしてんだよ。って。女友さんじゃない」
兄(何かわからんけど、同じ大学の男たちか? チャラそうなやつらだな)
?「女友さんのことは兄友から聞いてるよ。モデルやってんだって?」
兄(ここで兄友かよ・・・・・・)
??「俺さ、先月号の××ティーン見たよ。表紙モデルだったよね」
?「俺、実はファンだったんだよね。よかったら一緒に飲まない?」
??「そうそう。合流しようぜ。こっちにも女の子もいるし遠慮はいらないし」
兄(なるほど。これじゃあ、いくら知り合いが増えても女友が親しくしたいやつがいないわけだ。声をかけられないからぼっちなんじゃなくて、なまじ顔が知られている分こういうやつらに声をかけられてきたんだな)
女友「兄君さ、何が食べたい?」
兄(女友・・・・・・・見事なまでにこいつらを無視したよ。だんだん女友がぼっちば理由がわかってきたぞ)
?「えええ? 無視はないでしょ」
??「そっちの彼氏も一緒にどう? 女の子もいっぱいいるよ」
兄(うぜえ)
女友「うるさいなあ」
?「え?」
??「何?」
女友「うざいから放っておいてよ。今、あたしは友だちと飲んでるの。邪魔しないで」
?「何だこいつ」
??「いい気になりやがって」
兄(あれ? ちょっとやばいかな)
女友「兄君って好き嫌いある?」
兄「別に食えないもんはないけど」
女友「じゃああたしが決めていい?」
兄「任せるよ」
?「おい。おまえぼっちのくせに強気に出てるんじゃねえよ」
兄「・・・・・・俺?」
??「他に誰がいるんだよこのばかやろうが」
兄(酔っ払いに絡まれるとは最悪だ。何でこうなるんだろうな)
?「すかしやがって。何か言えよ。てめえのことは兄友から聞いてるんだよ。この童貞のオタク野郎が」
女友「じゃあ勝手に決めちゃうね」
兄(女友も全然こいつらを相手にしてねえな。これじゃ浮くわけだ)
??「おまえ、兄って言うんだろ? この童貞のボッチ野郎。何か言えよ」
兄(何かやばそうだな。こんなところで俺のバカの一つ覚えの空手を披露するわけにはいかないし。だいたいあれは父さんに言われて姫を守るためにいやいや覚えたんだし)
?「女友さんさあ、こんなやつ放って置いていこうぜ」
女友「手を離せ」
兄「おい」
??「何だ? やる気かこいつ」
兄(しかたない。俺の駄目空手を披露するか。しかし一応国立大学なのに何でこんなアホが潜り込めるんだ。姫だって偏差値が届いてないのに。何か不合理だよな)
女友「離せって」
兄「おい(しゃあねえなあ)」
女友「・・・・・・助けてくれてありがと」
兄「いや」
女友「君って強いんだね。格好よかったよ」
兄「んなんじゃねえよ」
女友「あっという間にあいつらを追い払っちゃったね」
兄「店の人が間に入ってくれたせいで警察沙汰にならないでよかったよ。店は追い出されたけど」
女友「・・・・・・見直した」
兄「何が」
女友「・・・・・・友だちだよね?」
兄「うん?」
女友「あたしたち」
兄「まあね」
女友「・・・・・・うん。よかった。今日は帰るわ」
兄「おう。じゃあな」
女友「・・・・・・またね」
兄(あれ。妹からメールが着てた。全然気がつかなかった)
兄(もう、いや。いやだよ。お兄ちゃんお願い助けて・・・・・・ってこれ)
兄(これって)
兄(姫!)
<あれは絶対レイプなんかじゃないでしょ>
妹友「・・・・・・まだ怒ってるの?」
妹「・・・・・・別に」
妹友「黙って帰ったのは謝るよ。でもあのときはあれ以上一緒にいるべきじゃないと思ったの」
妹「・・・・・・」
妹友「それとも妹ちゃんが怒っているのって約束を破ったこと?」
妹「それもある。彼氏君はお兄ちゃんには言わないって約束したのに」
妹友「図書館のことね。あれは確かに悪かったと思う。お兄ちゃんもやりすぎたよ」
妹「・・・・・・」
妹友「でもさ。海に行ったときの妹ちゃんだって最初はお兄ちゃんとべたべたしてたじゃん。お兄さんに知られたくないならあんなことする必要なんかなくない?」
妹「四人で一緒に旅行してるんだもん。無視したりもできないし」
妹友「そうじゃないでしょ。あれはわざとでしょ? ちゃんと目的があってああしてたんだよね?」
妹「何言ってるの」
妹友「かわいそうにお兄ちゃんはその気になってしまったみたいだけど。でも妹ちゃんの目はお兄ちゃんの方なんかこれっぽっちも見てなかったよね」
妹「いい加減にして」
妹友「行きのファミレスでもそう。スーパーに行たときだってそう。妹ちゃんは自分のお兄さんの方しか見てなかったでしょ」
妹「何言って・・・・・・」
妹友「あたしとお兄さんが親しく話していると、いらいらして口を挟んできたしね」
妹「本当に何が言いたいの。遠廻しにぐちぐち言うのはやめてくれないかな」
妹友「お兄ちゃんは妹ちゃんとの約束を破ったかもしれない。でも妹ちゃんだってお兄ちゃんのことを利用したじゃない。お兄ちゃんの気持を知っていながら」
妹「・・・・・・」
妹友「お兄ちゃんとべたべたして見せて、妹ちゃんのお兄さんに嫉妬させようとしてた。そんなの誰が見たってわかるよ。まあ、お兄さんは妹ちゃんの仕掛けを間に受けてあなたにマジで嫉妬してたけどね」
妹「・・・・・・」
妹友「妹ちゃんって単なるブラコンの域を超えちゃってるよね。本気でお兄さんに嫉妬させようとするなんて」
妹「そこまで言うならあたしも言わせてもらう」
妹友「どうぞ」
妹「あんたは旅行中必死になってあたしのお兄ちゃんをこれでもかっていうくらい誘惑してたよね」
妹友「だから? あたしがあなたのお兄さんを好きになっちゃいけないの? 少なくとも自分の妹と付き合うよりはお兄さんにとってもいいんじゃないかな」
妹「・・・・・・あんたが本当にあたしのお兄ちゃんのことが好きならね」
妹友「妹ちゃんが自分で言ったんじゃない。あたしがお兄さんのことを誘惑したって」
妹「誘惑したでしょ。実際に。でもさっきの言葉は妹友ちゃんにそのまま返すよ」
妹友「はあ? 何言ってるのかわからない」
妹「妹友ちゃんだって本当は彼氏君が、自分のお兄さんのことが好きなくせに。お兄ちゃんとベタベタして見せて彼氏君に嫉妬させようとしたのはあなただって同じじゃない」
妹友「妹ちゃんって面白いなあ」
妹「何余裕ぶってるの? 図星の癖に」
妹友「あたしだってって言ったよね。つうことは自分がお兄さんのことを好きなことは認めるんだ」
妹「あ」
妹友「おかしいの。自分で認めちゃってるじゃん」
妹「とにかく。あの夜のあれは・・・・・・あれは絶対レイプなんかじゃないでしょ。むしろあたしとお兄ちゃんが予想より早く帰ってきちゃって邪魔しちゃったんだよね。せっかく長年の想いがかなったのに。邪魔しちゃってごめんね」
妹友「・・・・・・あれはそうじゃないよ」
妹「いい加減にして。もう本当のことを言うけどさ。あたしは嫌だったけど彼氏君に頼まれて彼氏君の彼女の振りをしてたの。妹友ちゃんに黙っていたのは悪かったけど」
妹友「そんなの知ってたよ。お兄ちゃんは何も言わなかったけど、妹ちゃんの態度自体がすごく不自然だったもん」
妹「じゃあ、彼氏君が何でそんなことをしたかはわかるの?」
妹友「どうせ妹ちゃんはお兄ちゃんに言われてたんでしょ。あたしがお兄ちゃんのことを好きみたいだから、あたしを諦めさせるために彼女の振りをしてくれって」
妹「わかってたみたいね。それなら何で黙ってあたしと彼氏君の仲を応援したのよ」
妹友「どうでもよかったから」
妹「何が?」
妹友「お兄ちゃんのことなんかどうでもよかったから」
妹「誤魔化すな。そう、もうあたしも正直に言うよ。あたしはお兄ちゃんのことが好き。もうずっと前から、多分小学校の低学年の頃からずっとね。でも妹友ちゃんだってそうでしょ? あたしが告白したんだからあんたも正直に言いなさいよ」
妹友「・・・・・・最悪」
妹「最悪って何が?」
妹友「実の兄を愛しちゃうなんて最悪じゃん。どうしてそういうことするのよ」
妹「何怒ってるの。だいたいあんただって彼氏君のことが好きなくせに」
妹友「兄妹だからそういう意味の情はあるけど、男性としてお兄ちゃんのことが好きなんてことがあるわけないじゃん」
妹「裸で抱き合ってたくせに」
妹友「お兄ちゃんの気持を考えると、本気で抵抗できなかっただけ。でもあれは本質的にはレイプだよ。あたしの気持ちなんか無視してだもん」
妹「無理矢理なのに抵抗しないとかあたしには理解できない」
妹友「とにかくあたしは実の兄のことなんか男性として意識すらしていません」
妹「・・・・・・じゃあ」
妹友「何よ」
妹「妹友ちゃんって、本気でうちのお兄ちゃんのことが」
妹友「・・・・・・そろそろ寮の門限じゃない?」
妹「・・・・・・うん」
妹友「あのさ。お兄さんの新しい住所とかって」
妹「教えない」
妹友「・・・・・・」
妹「妹友ちゃんがお兄ちゃんのことを好きなら、住所なんか教えない」
妹友「何で」
妹「あたしはお兄ちゃんの彼女だし、お兄ちゃんはあたしの彼氏だから。お兄ちゃんもそう言ってくれたから。だから妹友ちゃんには教えない」
妹友「そう。それならいいよ」
妹「あたしもう行く。寮の門限に遅れると怒られるから」
妹友「うん。わかった。またね」
妹「・・・・・・じゃあ」
<妹ちゃんに親しくしようとすると妹友ちゃんがすぐに邪魔するじゃん>
妹「遅くなってすいません」
上級生「ぎりぎりじゃない。これからはもっと早く寮に戻るようにしてね」
妹「はい。ごめんなさい」
上級生「急がないとお風呂の時間終っちゃうよ。食事の前までに終らせてね」
妹「はい。先輩」
上級生「あ、ちょっと。妹さん」
妹「はい?」
上級生「携帯電話を預けて行くの忘れてるよ」
妹「・・・・・・はい」
上級生「三年生になれば寮内でも携帯を持てるからさ。もう少し我慢しな」
妹「はい」
同室の友だち「今日の夕食は珍しく結構美味しかったね」
妹「そうかな」
友だち「妹ちゃんは通学生だったからそんなこというけどさ。中学の頃からずっと寮にいるあたしにしてみれば、今日の夕ご飯は珍しく美味しく食べられたんだよ。ああ、今日は幸せに眠れそう」
妹「・・・・・・そうなんだ」
友だち「どうする? 部屋に戻る? それとも自習室でおしゃべりでもする?」
妹「自習室でしゃべってたら怒られるんじゃないの」
友だち「静かにしてれば大丈夫。あと舎監の先生が来たときだけ勉強している振りをしていれば問題ないよ」
妹「任せるよ。どっちでもいい」
友だち「あんたってさあ。そういうキャラだっけ?」
妹「何が?」
友だち「昼間の学校じゃあ普通に積極的なのに。そんなに家に帰りたい?」
妹「まあね。正直寂しい」
友だち「そうか。あたしも最初の頃はそうだったよ。でも大丈夫。数ヶ月もここにいればいやでも慣れるって」
妹「・・・・・・」
友だち「あんまり悩むなって。あたしがここの過ごし方を教えてあげるから」
妹「ありがとう」
友だち「いいって。あたしの方こそ妹ちゃんと仲良くなれて嬉しいよ」
妹「え?」
友だち「えって。何で驚いてるの」
妹「ああ、別に。でもあなたとはあたしが寮にはいる前から仲良かったと思ってたから」
友だち「うーん。そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。妹ちゃんって仲良くしづらい人じゃない?」
妹「・・・・・・何で?」
友だち「だって」
妹「あたしってそんなに声かけづらい?」
友だち「そうじゃなくてさ。その。妹ちゃんには妹友ちゃんがいるし」
妹「どういう意味」
友だち「本当にわからないの?」
妹「うん」
友だち「妹ちゃんって可愛いし性格もいいしさ。友だちになりたいっていう子はいっぱいいるんだよ」
妹「可愛いとかはないと思う。でもあたしと友だちになりたいって子がそんないたなんて聞いたことないよ」
友だち「本当だって。でもみんな勇気がないんだよね。あたしもそうだけど」
妹「全然わからないんだけど。どういうこと?」
友だち「だって・・・・・・・。本当にわかってないの?」
妹「うん」
友だち「だってさ。妹ちゃんに親しくしようとすると妹友ちゃんがすぐに邪魔するじゃん」
妹「え」
友だち「妹ちゃんに声をかけようとしてそれで挫折した子が何人いたことか」
妹「うそでしょ」
友だち「うそじゃないって。まさか自分ではわかっていなかったの?」
妹「当たり前じゃん。びっくりしたよ。あたしって周りの人に好かれない性格なのかと思ってたよ」
友だち「そんなわけないじゃん。でも妹友ちゃんと喧嘩してまで妹ちゃんに近づくだけの勇気のある子なんかあんまりいないし。先輩たちだってそうなんだよ。妹ちゃんのこと可愛いって言ってた先輩もいっぱいいたんだけどねえ」
妹「・・・・・・」
友だち「もっと言えばさ。隣の男子校の子たちだって妹ちゃんのことを気になった男の子もかなりいたらしいけど、みんな妹友ちゃんに邪魔されて諦めてたしね」
妹「・・・・・・何で」
舎監「池山さんはここにいる?」
友だち「げ。妹ちゃん、舎監の先生に呼ばれてるよ」
妹「・・・・・・うん」
舎監「池山妹さんはいないの?」
妹「はい。います」
舎監「いるならもっと早く返事しなさい。ロビーの電話にお母さんからかかってきているからすぐに行きなさい」
友だち「・・・・・・携帯を持たせてくれたらこんな面倒なことしなくてもいいのにね」
舎監「何か言った?」
友だち「何でもないです」
舎監「だったら黙ってなさい。寮内は携帯禁止でしょ」
友だち「はーい」
舎監「池山さん。早くロビーに行きなさい」
妹「はい」
妹「もしもし?」
妹「あ、ママ」
妹「うん、元気だけど」
妹「・・・・・・」
妹「どうして?」
妹「どして週末の外出許可を申請してれくれないの?」
妹「ママが忙しいのはわかってる」
妹「パパも帰れないのはわかったよ。でも、どうしてあたしが週末くらいはおうちに帰っちゃいけないの?」
妹「違うよ。どうせ帰ったってお兄ちゃんは家にはいないんでしょ。お兄ちゃんと会いたいからなんて言ってないじゃん。あたしは家が好きなの。せめて週末くらいは」
妹「お兄ちゃんだって家にはずっと帰ってきてないんでしょ? もうここで暮らすのはいやだよ。お兄ちゃんと一緒に住めないならせめて家で一人暮らしさせてよ。ちゃんと家事もするから」
妹「もういやだよ、こんなの。何でうちの家族はみんなで一緒に暮らせないの? 寮にいるのはみんな地方に家がある子だけなのに」
妹「ママ? 泣いてるの」
妹「ママ? え?」
<離婚>
妹「どうしたの」
妹「・・・・・・」
妹「・・・・・・え」
妹「何でそんな・・・・・・」
妹「冗談でしょ」
妹「・・・・・・」
妹「もしかして・・・・・・あたしとお兄ちゃんのせい?」
妹「・・・・・・違うの? じゃあいったい何で」
妹「やだよ。そんなのやだよ」
妹「・・・・・・やだって。ちょっと待ってよ。何が何だかわからないよ」
妹「・・・・・・ちょっと」
友だち「お母さん何だって?」
妹「・・・・・・あのさ。預けた携帯ってどこに保管してあるの?」
友だち「何でそんなこと聞くの」
妹「どうしてもメールしたいの」
友だち「・・・・・・」
妹「教えて。お願い」
友だち「・・・・・・ばれたら一月以上外出禁止になるよ」
妹「それでもいいから」
友だち「・・・・・・つうか教えたらあたしもそうなるんだけどな」
妹「あ。そうか。勝手なこと言ってごめん」
友だち「・・・・・・」
妹「・・・・・・ごめん。勝手なこと言っちゃった。忘れて」
友だち「妹ちゃんってやっぱりいい子だよね。いつも妹友ちゃんと一緒にいたから君のいいところが見えにくかったのかな」
妹「あの」
友だち「よし。教えてあげるからついて来て」
妹「いいの?」
友だち「うん。そのかわり今日からあたしは妹ちゃんの友だちね」
妹「・・・・・・ありがとう」
兄(いったい何なんだ。姫に何が起きたんだろう
兄(つうかこの時間なら姫はもう寮内のはずだし寮内では携帯は没収されるとか言ってた。だから今までだって昼間にしか姫からのメールは来なかったんだし)
兄(でもこの文面。ただ事ではないと思う。どうしたらいいのだろう)
兄(これから妹のところに駆けつけるか?)
兄(いや。駆けつけてどうする。妹は寄宿舎にいるんだ。まさか女子校の寮に押し入るわけにもいかんだろう)
兄(週末なら妹だって実家に帰っているも知れないけど)
兄(それにしても姫の寮の門限は早いよな。もう門限なんかとっくに過ぎているはず。それでも俺にメールしてきたってことは。何があったか知らないけど妹は今携帯を手元に持ってるんだ)
兄(電話はまずいかもしれないけど、とりあえずメールに返信してみよう。よし早くしよう)
兄(どうした? 何があった。姫がつらいなら俺はすぐにでもそっちに行くぞ)
兄(送信っと)
兄(・・・・・返事来るかな)
兄(・・・・・・)
兄(来た!)
兄(できたら明朝七時に校門の前にいて。お兄ちゃんに会いたい。お兄ちゃんの姫より)
兄(明日の七時・・・・・・)
兄(まだ時間が早いせいか通学する生徒の姿は全くないな。誰もいない)
兄(つうか小雨が降ってるし。傘持ってくればよかった)
兄(いや。そんなことはどうでもいい。三週間ぶりに姫に会えるんだ)
兄(・・・・・・いや違う。会えるとかそんなことは置いといてだ。姫のあのSOSを解決してあげないと。俺は姫を一生守るって決めたんだ。それは父さんたちの期待していたような守り方じゃないかもしれないけど)
兄(もうすぐ七時だ。登校するには早い時間だけど)
兄(あれ? 校門の外の方を見ててもしかたないのか。家から通っているわけじゃないんだから)
兄(富士峰の寮は学校の敷地内にある。だから姫は校門の中の方から出てくるのか)
兄(姫と会わなかったことなんかこれが初めてじゃない。前に姫に振られて俺が拗ねて一人暮らしをしたときだってそうだったけど。何か姫と相思相愛になったはずの今でも、やっぱり緊張するな)
兄(あれ。誰か来た・・・・・・姫)
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「姫」
妹「来てくれたんだ」
兄「当たり前だ。父さんたちに言うことに一時的に従ったけど、俺は姫と別れたつもりなんかない。姫がSOSを出せば何があっても駆けつけるよ」
妹「そうなんだ」
兄「そうなんだって。姫は俺のこと信じてくれてないの?」
妹「だって。お兄ちゃん勝手にあたしを放置してまた一人で出て行っちゃったし」
兄「ごめん。でも親バレしたじゃん? 今は少なくとも言うとおりにするしかないんだ。あと三年して俺が就職したら、そしたらもう姫から二度と離れない」
妹「・・・・・・一応、ちゃんと考えていてはくれたんだね」
兄「ああ。今二人で家を出たって生活することすらできないから」
妹「お兄ちゃん。あたしね」
兄「うん」
妹「あたし・・・・・・もうやだ」
兄「どうしたの? つうか傘ないの? 濡れるって」
妹「覚悟はしてたんだよ。お兄ちゃんと結ばれたときから、いつかは選ばなきゃいけないときが来るって。そのときはパパもママも捨てることになってもお兄ちゃんだけを見て行こうって」
兄「・・・・・・うん。あと三年待ってくれたら、俺も姫の気持に応えられると思う」
妹「三年も待てないの。もう待てないんだよ」
兄「どうしたの? 何でSOSなんだよ。そんなに寮がつらい? 姫の大好きな家で暮らせないことが我慢できない?」
妹「お兄ちゃんの言うことはわかってた。だから三年は我慢しようと思ってたから、つらくてもお兄ちゃんにはそういう愚痴みたいなメールはしないように努力してたの」
兄「そうか(姫。かわいそうに)」
妹「昨日ママから電話があったの」
兄「そう(どうせ俺と会ってないかとか探りを入れたんだろうな)」
妹「・・・・・・パパとママ、離婚を前提に別居するって」
兄「え? ちょおまえ何を」
妹「もうずっと前からお互いに好きじゃなかったんだって」
兄「ちょ、ちょっと待て。俺は何も聞いてないぞ」
妹「ずっと前から、あたしのためだけに夫婦を演じてたんだって。あたしが大切だから。あたしのことを愛しているから。だからパパとママはお互いに愛情なんてないのにずっと仲がいい振りをしてたんだって」
兄「嘘だろ・・・・・・それ、本当なのか」
妹「あたしだって嘘だって思いたいよ。あたしの大好きな家族は、あたしが勝手に思い込んでいた仲のいい家族なんて本当は演技の上で成り立ってただけなんだって」
兄「姫・・・・・・」
妹「あたしのせいだ。あたしのせいでパパとママは離婚するんだよね? もうやだよ。お兄ちゃん助けて」
兄「姫(今はとにかく妹を抱きしめよう)」
妹「お兄ちゃん」
兄「・・・・・・(くそが。あのバカ両親が。姫を守れなかったのはあいつらの方じゃねえか。あいつら。絶対に許さない)」
<・・・・・・最初からなかったの?>
兄「・・・・・・落ちついた?」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・うん」
兄「そうか」
妹「あたし、何て言えばいいの?」
兄「どういうこと?」
妹「あたしママとパパに何て答えればいいと思う?」
兄「何の話?」
妹「・・・・・・もうやだ」
母『親権ってわかるわよね。あなたがこれからパパとママとどっちと一緒に暮らすのかは、あたなが決めなさい。パパとママもあなとが大好きよ。あなたと一緒に暮らしたいの』
妹『だったらみんなで一緒に』
母『もうだめなの。だから選んでね。ママと一緒に暮らすかパパと一緒に暮らすかを。よく考えなさい。どっちを選んでもパパとママはあなたの決定を尊重するから』
妹『そんなの選べないよ。もうやだ』
母『もう仲良しごっこは終わっちゃったのよ。ごめんね。あなたのためならずっと我慢しようと思っていたんだけど』
妹『・・・・・・全部嘘だったの? 家族で香港に行こうって。あたしもお兄ちゃんも海外に行くのは初めてで。パパが楽しみだよって。ママは途中でパパとお兄ちゃんを放っておいて一緒に買物に行こうって。楽しみだねって言ってたじゃない』
母『ごめんね』
妹『・・・・・・最初からなかったの?』
母『・・・・・・何が?』
妹『あたしが何よりも大好きだった仲のいい家庭なんか、最初から存在してなかったってことなの?』
母『最初はあったの。本当よ。兄が生まれてその後あなたが生まれてね。パパもママも幸せだったの。あなたたちとパパとママ。ずっと四人で幸せに暮らしていけるって思ってたときもあったの』
妹『だったら何で』
母『ごめん。パパには好きな人がいるの。ママと離婚したらその人と結婚したいんだって』
妹『そんなの嘘だよ』
母『嘘じゃないいの。それでね。今はママにも』
妹『・・・・・・ママ?』
妹「・・・・・・」
兄「大丈夫か?」
妹「・・・・・・」
兄「ここにいると濡れちゃうよ。まだ学校始まるまで時間あるんだろ? どっか濡れないところで話をしよう」
妹「・・・・・・うん」
兄「じゃあちょっと歩くけど駅前のファミレスに」
兄(あいつらが離婚? 何だって言うんだよ。何がおまえは姫を守れだよ。あいつら自身が姫のことを傷つけてるじゃねえか)
兄(ふざけんな。自分の生命よりも姫のことが大切だとかって偉そうに言いやがったくせに)
兄『ねえ。僕いつまで空手の道場に行かなきゃいけないの? もうやだよ。道場に通っていたらサッカーだってできないし』
父『おまえももう大きいんだから自分のしたいことじゃなくて、自分のしなきゃいけないことを考えないとな』
兄『僕のしなきゃいけないこと?』
父『そうだ。おまえは姫のことが好きなんだろ』
兄『大好きに決まってるじゃん。あいつは僕の妹なんだから』
父『じゃあ、おまえのするべきことをしなさい。姫が悪い人に襲われたとき、もしパパがいなかったら誰が姫を守るんだ?』
兄『ええと。おまわりさん?』
父『パパもおまわりさんも学校の先生もいなかったときだよ』
兄『そのときは僕が妹を守る』
父『そうだ。よく言ってくれたな。そのためにはおまえが強くならないとな。おまえはいいお兄ちゃんだ。だから妹を守れるように強くなりなさい』
兄『わかったよ。本当はいやだけど妹のためならサッカーじゃなくて空手をやるよ』
父『よし。パパと約束しようか。ちゃんと姫を守るって』
兄『うん。わかった約束する。僕は一生妹を守るよ』
兄「・・・・・・姫」
妹「どうしよう。あのね。パパには好きな女の人がいるんだって」
兄(! ふざけんな。クソ親父。人に散々姫を守れって言っておいててめえが一番姫を傷つけてるじゃねえか)
兄「それが本当なら、姫は母さんと一緒に暮らした方がいいのかもな(くそ。現実感のないセリフだ。これって悪い冗談かなにかじゃねえのかよ)」
妹「ママもね。パパと離婚したら一緒に暮らしたい男の人がいるんだって。会社の上司の人」
兄「・・・・・・くそが」
妹「結局、全部嘘だったんだよね」
兄「姫・・・・・・」
妹「姫って呼ばないで。最初から姫なんかいなかったんだよ。騙されていたばかな女の子がいただけで」
兄「・・・・・・」
妹「あたしってバカみたいだ。家庭のことが何より大好きで、学校が終ったらちょっとでも早く家に帰りたくてさ」
兄「・・・・・・」
妹「早く帰ったってパパもママも仕事でいないのよ。でも、家に誰もいないのはいけないって思った。家族全員が仲がいいんだから、せめてあたしだけでも家にいて家庭を守ろうなんて思って」
兄「姫」
妹「全部あたしの一人よがりだったんだね。パパもママも全然うちのことなんか大事でも何でもなかったんだね。あたしのために仲のいい家族を演じてくれてただけで」
兄(どうしよう。このままじゃ姫が壊れてしまう)
妹「笑っちゃうよね。仕事で忙しいとか言いながら、パパもママも愛人と一緒に過ごしてたんだもんね。あたしってばかだ。いくら仕事が忙しいからってあんなにお互いに会わない夫婦なんているわけがないのに。そんなことにも気がつかないで、あたしのために仕事を頑張ってくれてるんだなんて考えてたなんて」
兄「姫。おまえは間違ってないよ」
妹「適当なこと言わないでよ」
兄「違うって。少なくとも俺と姫はお互いに大切な家族じゃねえのかよ」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「あんなくそ両親なんかどうでもいい。少なくとも俺は、俺だけは姫が生まれてからずっとおまえのことが大事だった。演技なんかじゃねえよ。それだけは信じてくれるだろ」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・(これだけは本当だ。頼むから信じてくれ)」
妹「うん」
兄「姫」
妹「信じるよ。お兄ちゃんのことだけは」
<寝ている場合じゃない>
妹「親権はあたしの選択を尊重するって。パパもママもあたしと一緒に暮らしたいけど、どっちと暮らすのかはあたしが決めていいって」
兄「・・・・・・そうか」
妹「選べるわけないじゃん。そんなのどっちを選んだってパパかママかどっちかが傷付くじゃん」
兄(あいつら言うにこと欠いてなんて残酷な選択を姫に強いるんだよ。姫はおまえらのペットじゃねえんだぞ)
妹「あたし、どうしたらいい? ねえお兄ちゃん。あたしはどう答えればいいの?」
兄「姫・・・・・・。俺と一緒に暮らそう」
妹「え?」
兄「姫。父さんも母さんも、もうどうでもいいだろ」
妹「・・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「遅かれ早かれどうせいつかはこうなったんだ。俺と一緒にいてくれ」
妹「・・・・・・親権の話はどうするの?」
兄「そんなもんどうでもいい。どうせ二十歳になるまでの話じゃないか。俺を選んでくれよ。最悪、大学をやめて働いてでも姫の学費と生活費は稼ぐから」
妹「ママはどっちを選んでもそういうことには不自由させないって言ってたけど」
兄「それは父さんと母さんのどっちを選んでもって話しじゃないか。どっちも選ばずに俺と一緒に暮らすとしてもそうなのか」
妹「・・・・・・わからない」
兄「俺のこと好きなんでしょ? 俺を選んでくれるよな。姫には絶対に不自由はさせない。あいつらなんかには絶対に負けないから」
妹「お兄ちゃん」
兄「姫は間違っていないよ。あいつらは姫を裏切った。だけど姫の大好きだった家族全員がおまえを騙してたわけじゃないんだ。俺は、少なくとも俺だけは姫のことが世界で一番大切だ」
妹「・・・・・・うん」
兄「別に姫と結ばれたから調子のいいことを言ってるんじゃねえぞ。単なる兄妹だったとしても俺は同じことを言うよ」
妹「うん。お兄ちゃんのことは信じる。というか疑ったことなんかないよ」
兄「姫が混乱して傷付いているのならもう俺の彼女としてじゃなくてもいい。妹としてでもいいから俺と一緒にいてくれ。姫。一緒に暮らそう」
妹「・・・・・・考えさせて」
兄「何でだよ。まだあんな嘘つきの親なんかに未練があるのかよ」
妹「ごめん。考えさせて」
兄「・・・・・(何でだよ)」
妹「そろそろ始業時間だから行くね」
兄「・・・・・・ああ」
妹「来てくれてありがと。お兄ちゃんも講義があるんでしょ」
兄「・・・・・・うん。次はいつ会える?」
妹「決めたら連絡する。ママにも一週間以内に決めてって言われてるし。パパからも今夜寮に電話があるって」
兄「・・・・・・そう」
妹「じゃあ」
兄「ああ」
妹「お兄ちゃん?」
兄「うん」
妹「・・・・・・大好き」
兄(行っちゃった。軽いキスの感触を俺の頬に残して)
兄(両親のことはショックだったし混乱もしたけれど)
兄(それでも俺が姫に提示した選択肢は間違っていないはずなのに)
兄(姫も混乱してのかな。俺に抱きついて一緒に暮らすって言ってくれるかと思っていた)
兄(姫にとってそんなにあいつらの存在ってでかかったのかな。お互いに不倫しているクソ夫婦なのにな)
兄(妹は何を迷っているんだ。だいたい、母さんと一緒に暮らすなんてありえないだろ。それは自動的に母さんの浮気相手と一緒に暮らすことになるんだぞ)
兄(父さんと一緒に暮らしたって同じことじゃねえか)
兄(それとも生活していく上で、俺のことが頼りないと思ったのか)
兄(確かにそれは否定できないな。大学を辞めて働いたらいったい給料ってどれくらい稼げるんだろ。富士峰って授業料高そうだし。そもそも妹の大学の学費とかって俺は払えるのか)
兄(俺と一緒に暮らさなければ妹はあいつらから学費も生活費も十分にもらえるだろうけど、実の兄貴と一緒になんてことになったら)
兄(・・・・・・そういえば俺だってまだ未成年だけど。俺の親権はどうなるんだ?)
兄(俺のことなんかどうでもいいのか。あいつらは)
兄「・・・・・・よう」
女「・・・・・・」
兄(また無視かよ。まあいいや。今はそれどころじゃないし)
兄(二限に間に合ったのはいいけど、結局全然集中できねえな)
兄(しかし何で姫にだけ離婚の話をして俺には何の連絡もないんだ)
兄(姫とのことで両親を怒らせたのは確かだけど。それにしたって離婚するとか別居するとか言ってなら俺に話があってしかるべきだろ)
兄(・・・・・・そういや俺の学費とか生活費とかってどっちが出してくれるんだ)
兄(あいつらが離婚したら俺の戸籍ってどうなるんだよ)
兄(何か腹立ってきたな)
兄(・・・・・・講義はともかく先々の将来設計くらいは立てておかないとな。姫に偉そうに言った手前)
兄(寝ている場合じゃない。姫がOKしてくれたら。とりあえず就職先を探して。もうこの際、仕事は何でもいいや。ちゃんと雇ってくれて給料を貰えるところなら)
女友「昨日はどうも」
兄(とりあえずの目標は姫の富士峰の授業料を稼げることか。あと姫の大学の費用も何とかしないと)
女友「・・・・・・返事くらいしなよ」
兄(それだけじゃないかな。万一俺たちの養育費すら出してもらえない可能性もあるからな。俺と姫が一緒に暮らすなんてことになったら)
女友「あくまであたしを無視する気だな」
兄(そう考えるとバイト程度じゃ無理だ。ちゃんと就職したって必要な費用を稼げるかどうか覚束ないし)
女友「こら!」
兄「何だ? ああおまえか」
女友「おまえかじゃないでしょ。あたしを無視するな」
<女のことはどうでもいいのか>
兄「悪い。ちょっと考え事してた」
女友「寝不足って感じだね」
兄「まあな」
女友「あの・・・・・・さ」
兄「うん」
女友「昨日はその。ありがとね」
兄「何が? ああ。撮影に付き合ったことか。別に気にしなくっていいよ、どうせ暇だったし」
女友「違うよ。あたしを助けてくれたこと」
兄「ああ。別に。つうかあれは俺の方が絡まれていたっぽいし」
女友「そんなことないよ。あたしがあいつらに手を掴まれたときあたしのこと助けてくれたじゃない」
兄(何だこいつ。ちょっと顔が近すぎだろ・・・・・・しかも何でこんなに潤んだ視線で俺を見る? 女友らしくもない)
女友「さっきから何考えてるの?」
兄「別に」
女友「冷たいなあ。友だちでしょ? あたしたち」
兄「まあそうだな」
女友「何か悩みでもある?」
兄「ねえよ」
女友「嘘つけ。あたしの勘は結構当たるんだって」
兄「だから今まで一度だって当たってねえだろ」
女友「お昼どうすんの」
兄「はあ?」
女友「もう妹ちゃんのキャラ弁はないんでしょ」
兄「まあ、そうだけど(今となっては姫の弁当が懐かしいよ)」
女友「じゃあ、中庭で食べようか」
兄「何でだよ」
女友「お弁当作ってきたから中庭で一緒に食べて」
兄「・・・・・・あのさ」
女友「どうかした?」
兄「親友の女のことはどうでもいいのか」
女友「・・・・・・」
兄「あ。悪い。俺が言うことじゃねえな」
女友「・・・・・・あたしって友だち少ないじゃん?」
兄「うん?」
女友「それって。別にあたしがモデルしてるからとか、あたしが綺麗だからとかじゃないのかもね」
兄(自分のことを綺麗って言ったよこいつ)
女友「こういうところが同性の子に嫌われるのかなあ」
兄「どういうこと?」
女友「女は親友だけど。でも、だからといってあんたに声をかけることを遠慮する気もないんだなあ、これが。こういうところが嫌われるのかもね」
兄「何が言いたいの?」
女友「・・・・・・何でもない。女とのことはあたしの問題だから気にしないで。それよかあたしがせっかく作ってきたお弁当を食べたくないとか言わないでしょうね」
兄「・・・・・・おまえが何を考えているのかさっぱりわからん」
女友「本当にわからない?」
兄「おまえ、ひょっとして俺のこと好きなの?(もう冗談にでもしないとやってられん)」
女友「・・・・・・」
兄(無言で赤くなるなよばか。つうかマジでこいつ)
女友「講義終ったから中庭に行こう」
兄「ええと」
女友「一緒に来て」
兄(今は姫と一緒に暮らすためのシミュレーションをしなきゃいけないんだ)
女友「兄君?」
兄「いや。悪い。俺、ちょっと考えなきゃいけないし。本当に悪いな」
女友「・・・・・・何でよ」
兄「え?」
女友「あたしが誘ってるのに何で来てくれないのよ」
兄「おまえさ。いくら女の親友だからって俺に弁当作る必要はないだろうが」
女友「・・・・・・わざと言ってる?」
兄「いや」
女友「俺のこと好きなのって聞いたよね」
兄「・・・・・・」
女友「答えるよ。その図々しい質問に。そうよ。君みたいな持てない冴えない男のことが好きになったの。そうよ、あたしは君が好き。悪い? 何か文句あるの」
兄(・・・・・・今は姫のことで頭がいっぱいなのに。何でこういうタイミングで)
女友「何とか言え。売り出し中の若手ファッションモデルに告られたんだよ。喜んで付き合うよって言えよ」
兄「・・・・・・女は?」
女友「親友だけど。でも、今はもうどうでもいい」
兄「そう」
女友「・・・・・・嬉しいでしょ? ねえ嬉しいって言ってよ」
兄「・・・・・・すまん」
女友「すまんじゃないでしょ。嬉しいよって言って」
兄「・・・・・・」
続き
妹と俺との些細な出来事【6】