【関連】
妹と俺との些細な出来事【1】
妹と俺との些細な出来事【2】
妹と俺との些細な出来事【3】
<忘れてあげない。一生覚えているからね>
妹「お兄ちゃん、十二時からシャチのショーやるって書いてあるよ」
兄「見たい?」
妹「見たい」
兄「昼飯はどうすんの」
妹「そんなの見てからでいいじゃん。あれだけ朝お代わりしたんだから少しくらい平気でしょ」
兄「いや。俺はいいけどさ。妹友と彼氏君はどうかな」
妹「そしたら別行動でもいいんじゃない?」
兄「ええと。さすがに昼飯くらいは一緒に食べた方が・・・・・・」
妹「・・・・・・」
兄「いやあの」
妹「・・・・・・じゃあ聞いてみるね」
兄「うん。あの二人はどこだろう」
妹「さっきまで一緒だったよね」
兄「はぐれたか? 全くあいつら」
妹「お兄ちゃんは人のことは言えないでしょ。あたしを放置したくせに」
兄「いやまあそうなんだけど。電話してみるか」
妹「うん。電話するからちょっと待って」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
兄「どうした」
妹「妹友ちゃん電話出ないよ」
兄「そしたら彼氏君に電話してみろよ」
妹「え? ああ、そうだね」
兄「早くしろって。シャチ見るならそろそろ並ばないと」
妹「ええと」
兄「いったい何だよ」
妹「彼氏君の電話番号わからないや」
兄「(え?)そんなわけねえだろ。何で彼氏の電話番号がわかんないんだよ」
妹「そんなこと言ったってわかんないんだからしかたないでしょ」
兄「何切れてんだよ(何でなんだ。一番大事な人の携番を登録してないとかあり得ないだろ)」
妹「切れてないよ」
兄「じゃあメールしろよ」
妹「・・・・・・わかった」
兄(まあ最近の連中は電話よりメールをするのかもしれないな)
妹「したよ」
兄「返事ないのか」
妹「もう。妹友ちゃんメール見てないのかな」
兄「じゃあ彼氏君にメールしろよ」
妹「メアドわかんない」
兄「はあ?」
妹「何よ。あたしが彼氏君の携番とかメアドを知らないことがそんなに悪いことなの?」
兄「いや、そういう問題じゃなくて」
妹「じゃあ何よ」
兄「普通、彼氏のアドレスなんてすぐわかるだろ。つうかアドレス帳で検索できないなら彼氏から来たメールに返信すりゃいいだろうが」
妹「彼氏君からメールなんてもらったことないもん」
兄「何でだよ」
妹「何でって・・・・・・」
兄(何なんだ)
兄(妹が彼氏君と付き合っているのは間違いない。こいつらが恋人つなぎで図書館に入っていたところを目撃したし、何より妹友から馴れ初めまで聞いているんだから)
兄(昨日だって今日だって二人で仲良く寄り添って歩いていたし)
兄(まさか。今までずっと妹友を介して連絡を取り合っていたのか)
兄(付き合っているのにメアドも携番も教えあってない? あり得ないだろ。彼氏君よ。おまえはどこまで奥手なんだ)
兄(人のことは言えないけど、俺だって女とか女友とかの携番とかアドレスを知ってるつうのに)
妹「あ。入場が始まったよ。早く列に並ばないと」
兄「だっておまえ。妹友と彼氏君はどうするんだよ」
妹「ほら急いで。シャチのショーを見られなかったらお兄ちゃんのせいだからね」
兄「こら。ちょっと待てって」
妹「全くもう。こんなに後ろの席になっちゃったじゃん」
兄「俺のせいじゃない。それに前の方が濡れるってアナウンスしてたぞ」
妹「別に濡れたっていいじゃん。せっかくでかいシャチを目の前で見ようと思ってたのに」
兄「いや。それはまずいだろ」
妹「何でよ」
兄「おまえのその白Tだと濡れるといろいろまずいことに」
妹「・・・・・・ブラしてるもん」
兄「下着が透けて見えることはおまえ的にはOKなのかよ」
妹「そうじゃないけど。こんだけ人がいれば誰も気がつかないよ」
兄「俺が困る」
妹「何でよ」
兄「何でって言われても」
妹「いい兄貴になるんじゃなかったっけ」
兄「そのとおりだ」
妹「じゃあ、妹の貧乳なんて興味ないでしょ」
兄「おまえな。自分で貧乳とか言うなよ」
妹「え? あたしそれなりに胸あるかな?」
兄「・・・・・・いや。あまりないとは思うけど」
妹「じゃあ別にいいじゃん。どうせ透けて見えたってAカップのブラなんだし」
兄「おまえ・・・・・・せめてBじゃねえの?」
妹「・・・・・・死ね」
兄「いやさ。カップの問題じゃなくておまえの肢体が濡れたTシャツ越しに露わになるのが問題なんだって(Bじゃなかったのか。さすがにそれは微乳過ぎる気がするけど)」
妹「だから誰も気にしないって」
兄「何度も言わせんな。俺が困るんだ」
妹「何で? お子様体型のあたしの上半身なんて見たくないんでしょ」
兄「舐めるなよ。俺は貧乳、スレンダー体型、華奢な身体が一番好きなのだ」
妹「・・・・・・そうなの?」
兄「おう。細ければ細いほど好みだ」
妹「・・・・・・」
兄「な、何だよ」
妹「ロリコン」
兄「ちげーよ。小さな子になんか興味ねえよ」
妹「だって」
兄「俺はロリコンじゃなくて、おまえが好みなの。おまえの体型も性格も何もかも」
妹「・・・・・・」
兄「あ。今のはなしね。忘れて」
妹「ふふふ」
兄「何だよ」
妹「何だ。ロリコンじゃないのか」
兄「あたりまえだ」
妹「このシスコン」
兄「いや。そうじゃなくて」
妹「忘れてあげない。一生覚えているからね」
<奇妙な組み合わせ>
妹「すごいすごい。あんなに高くジャンプしたよ」
兄「そうだな」
妹「あ。ほら、シャチの背中に飼育員の女の人が乗って走ってる」
兄「おう」
妹「ジャンプした!」
兄「ジャンプしたな」
妹「すごいね。あんなに大きな動物があそこまで高くジャンプするなんて」
兄「うん(あれ)」
兄(正面の席に並んで座っているのって妹友と彼氏君じゃね)
兄(あいつらもこのアリーナに来てたのか)
兄(客席が狭いせいかあいらのことよく見えるな)
兄(・・・・・・何かシャチを仲良く見ているっていう雰囲気じゃねえな)
兄(何かあいつら、真面目な顔で話し合ってるみたいだ)
兄(いや。あれは話し合いというよりもはや喧嘩だな。ここから見てもそうとしか思えねえ)
兄(言い争い? 彼氏君が伸ばした手を妹友が振り払った)
兄(何揉めてるんだあいつら)
兄(俺たちと違って、妹友には兄妹間の恋愛感情は少なくとも彼氏君にはないし)
兄(妹友もうあまり妹と彼氏君の仲を心配しないようになったって言ってたのに)
兄(あ。妹友が席を立った)
妹「ほら、お兄ちゃん。シャチが皆に頭を下げてる。あたしたちもお辞儀しようよ」
兄(彼氏君は妹友の後を追わないのか。一人で座ったままだ)
兄(いったいあいつらの間に何があったんだろう)
妹「面白かったねえ」
兄「うん」
妹「じゃあ、ショーも終ったし出口が混む前に外に出ようよ。彼氏君たちを見つけなきゃいけないし」
兄「そうだけど」
妹「何?」
兄「いや。そうだな。早くあいつらを見つけないとな」
妹「ねえお兄ちゃん」
兄「おう」
妹「さっきはお兄ちゃんとはぐれて、あたし本当に悲しくて寂しくなっちゃったんだけど」
兄「悪かったよ」
妹「お兄ちゃんさ。この旅行って家族旅行だと思う? それともカップル同士のダブルデートだと思う?」
兄「連休は家族みんなで過ごす予定だったしな。これはその代わりだから家族旅行だろうな」
妹「うん。あたしもそう思うの」
兄「それがどうした?」
妹「四人で一緒にいるけどさ。その中であたしの家族ってお兄ちゃんだけでしょ」
兄「そうだけど」
妹「じゃあ家族旅行なんだからさ。あたしとお兄ちゃんが旅行中いつも一緒にいないのって変じゃない?」
兄「・・・・・・おまえが言っている意味がよくわからん」
妹「これが正しい姿じゃないかな? お兄ちゃんとあたしがカップルで、彼氏君と妹ちゃんは一緒に行動しているのが」
兄「ある意味、グループ行動つう四人旅行みたいなものだからそんなにこだわらなくていいんじゃね(俺と姫、妹友と彼氏君が行動する方が組合せとしては奇妙だろ。何せ姫と彼氏君は恋人同士なんだし)」
妹「だってここにはパパもママもいないじゃん」
兄「え」
妹「本当なら家族四人で香港に旅行していたはずでしょ」
兄「まあそれはそうだ」
妹「そしたらさ。絶対パパとママはべったりと一緒にいるに決まってるから、あたしとお兄ちゃんが一緒に行動することになるでしょ」
兄「んなわけねえだろ」
妹「絶対そうだよ」
兄「あの妹ラブな父さんがおまえと離れて行動するわけねえじゃんか」
妹「そんなことないと思うよ。パパはママがいるときはいつだってママと一緒だったもん。あたしのことは大好きだと思うけど、あたしにはいつもお兄ちゃんに守ってもらえって言ってたし」
兄「(マジかよ)そんなこと聞いてねえぞ」
妹「物覚えがよくないんだね。お兄ちゃんは」
兄「(全然思い出せねえ)それにしてもさ。いくら家族旅行といったって彼氏が一緒にいたら彼氏の方を優先するだろ、普通は」
妹「だからお兄ちゃんはこの旅行中はいつもあたしの隣にいなきゃだめ。そうしないならパパとママに言いつけるからね」
兄「・・・・・・おまえがよければ別に俺もそれでいいけど。でも、さっきだっておまえが彼氏君と二人でどんどん先に行っちゃっただろうが」
妹「ばれてないつもりなの?」
兄「何言ってるんだよ」
妹「お兄ちゃんと妹友ちゃんがなるべく二人きりでいようといろいろ企んでたのなんて、あたしに気づかれないとでも思ってた?」
兄「それはおまえの誤解だ」
妹「お兄ちゃんが妹友ちゃんと付き合うのを邪魔する権利なんてあたしにはないよ。そんなことはわかってる。それにお兄ちゃんと女さんの復縁を応援するようなとを言ったのもあたしだし」
兄「・・・・・・」
妹「でもさ。これだけは聞かせて。お兄ちゃんが一番ん大切にしているお姫様は誰なの?」
兄(・・・・・・)
妹「誰なのよ」
兄「・・・・・・それは。おまえだけど」
妹「あたしのいい兄貴になるって言ったよね」
兄「言ったよ」
妹「じゃあこれは家族旅行なんだから。今から家に帰るまではいつもあたしの隣にいて。あたしを放っておかないで」
兄「うん。わかった」
妹「妹友ちゃんから電話だ」
兄「おう」
妹「うん、あたし。もう、さっき電話したのに出ないんだもん。うん、そうだよ」
妹「シャチのショーをお兄ちゃんと二人で見てたの。妹友ちゃんは?」
妹「え。会場にいたんだ。わからなかったよ」
妹「でさ。そろそろ爬虫類パークに移動したいんで、出口で待ち合わせしようよ」
妹「へ。彼氏君と一緒はなかったの?」
妹「うん。じゃあ、彼氏君に電話して。どこかでお昼食べてから爬虫類パークに行くから」
妹「よろしくね」
妹「妹友ちゃんもシャチのショー見てたんだって。でも彼氏君とは一緒じゃないみたい」
兄(何か揉めてたもんな)
妹「とりあえず出口まで移動しよう」
兄「俺、彼氏君を探してこようか?」
妹「・・・・・・ずっと一緒にいてって言ったでしょ」
兄「ああ、そうだった」
<姫は迷わず俺の隣に座った>
妹友「やっと会えました」
妹「何で電話にもメールにも反応しないのよ」
妹友「ごめん。ちょっとトラブってて」
妹「何かあったの」
兄(やはり彼氏君と何かあったのかな)
妹友「ああ、別にたいしたことじゃないんだけどさ。ちょっとつまらないことでお兄ちゃんと喧嘩しちゃって」
妹「何で喧嘩なんかしたの? いつもは仲がすごくいいのに」
妹友「・・・・・・別に」
妹「妹友ちゃん?」
妹友「別に妹ちゃんが心配することじゃないよ」
兄「それにしても今はぐれてるのはまずよな。ただでさえ混み合ってるんだしさ。さっさとここを出て昼飯食って、爬虫類何ちゃらとかに行かないと。まあ、爬虫類を諦めるなら別に急ぐ必要はないけど」
妹・妹友「そんなわけないでしょ!」
兄「・・・・・・こわ。つうかそれなら誰か彼氏君と連絡を取れよ」
妹友「あたしはお兄ちゃんと喧嘩しちゃって気まずいから。妹ちゃん、お願い」
兄(・・・・・・)
妹「あ・・・・・・。ごめん妹友ちゃん。あたし彼氏君の携番もメアドも知らないの」
妹友「え? 何で」
妹「何でって・・・・・・」
妹友「付き合ってるのに何でそんなことも知らなかったの?」
妹「うん」
妹友「何でよ?」
妹「別に理由はないけど。何となく」
妹友「・・・・・・よくそれで今までお付き合いできてたね」
妹「それは・・・・・・」
妹友「信じられない。お兄ちゃんの彼女なのにお兄ちゃんと連絡手段さえないなんて」
妹「・・・・・・・」
兄「多分、彼氏君のほうも同じじゃねえか」
妹友「そんなはずないです。お兄ちゃんに限って」
兄「姫さあ。おまえ彼氏君に携番とかメアド教えたの」
妹「教えてない。妹友ちゃんが教えてなければ多分彼氏君もあたしの連絡先は知らないと思う」
妹友「あたしが勝手に教えるわけないでしょ」
妹「じゃあ」
兄「じゃあ彼氏君も妹の連絡先を知らないんだな。仕方ない。妹友、おまえが彼氏君に電話しろよ」
妹友「あたしはお兄ちゃんと喧嘩して」
兄「このまま彼氏君を放置して出発するわけにもいかねえだろ」
妹友「・・・・・・それはそうです」
兄「じゃあ頼むから彼氏君に連絡して出口で待っていると伝えてくれ」
妹友「わかりました。お兄さんの頼みならしかたないです」
妹「・・・・・・」
妹友「・・・・・・」
妹友「お兄ちゃん?」
妹友「電話切らないで。お兄さんと妹ちゃんと合流したからお兄ちゃんもすぐに出口にきて」
妹友「だから。あたしたちの喧嘩で妹ちゃんたちに迷惑はかけられないでしょ。とにかくすぐに来て。食事して爬虫類パークに行くんだって」
妹友「うん、そう。喧嘩の相手は夜になったらまたしてあげるから」
兄「何だって?」
妹友「すぐに来るそうです」
兄「おまえら。何で喧嘩なんかしたの?」
妹友「それはお兄さんにだけは言われたくないです」
妹「・・・・・・」
兄「何でだよ」
妹友「言いたくありません」
兄(何なんだ)
妹「彼氏君」
彼氏「妹ちゃん、遅れてごめん」
妹「それは別にいいけど」
妹友「じゃあ、行きましょう。誰かさんが遅れたせいでだいぶ時間を食ってしまいました」
彼氏「・・・・・・うるせえ」
兄(姫は迷わず俺の隣に座った)
兄(そして後部座席ではお互いに目も合わせない妹友と彼氏君の兄妹が、なるべくお互いから離れるように座っている)
兄(何なんだ)
妹「お兄ちゃん、行こう。前に調べておいた金目鯛とか伊勢海老がおいしい店に行こうよ」
兄「そいうのって混んでるし高いんじゃねえの」
妹「パパからお金もらってるし、予約もしてくれてるから」
兄(父さんめ。どこまで姫に甘いんだ)
<半分こしよう>
妹友「お昼のメニューは二種類しかないんですね」
兄「伊勢海老の鬼殻焼き定食と金目鯛の煮付け定食だな」
彼氏「妹ちゃんはどっちにする?」
妹「ねえお兄ちゃん」
兄「うん?」
妹「お兄ちゃんはどっちにするの」
彼氏「・・・・・・」
兄「俺はお品書きを見た瞬間から伊勢海老に決めているけど」
妹「やっぱりね。お兄ちゃんなら絶対そうだと思った」
彼氏「・・・・・・」
兄「どうせおまえは金目鯛だろ? 昔から煮魚系が大好きだもんな」
妹「うん。でも伊勢海老も食べたい」
兄「二種類なんて食えるか。結構高いんだし」
妹友「お兄ちゃんはどうするんですか」
彼氏「・・・・・・」
妹友「お兄ちゃん?」
妹「じゃあさ。お兄ちゃんの伊勢海老とあたしの金目鯛を半分こしよう。そしたら両方食べられるじゃん」
彼氏「あ、うん。俺も妹ちゃんと同じやつで」
妹友「じゃあ、あたしはお兄さんと同じで伊勢海老にする」
彼氏「あの、妹ちゃん?」
妹「何?」
彼氏「よかったら俺のも半分あげようか」
妹「え? ・・・・・・ええと」
妹友「同じ金目鯛を半分こすることに何か意味があるの」
彼氏「あ。いけね。そうだった」
妹「お兄ちゃんいいよね? 伊勢海老半分ちょうだいね」
兄「しようがねえなあ」
妹友「お兄ちゃんが伊勢海老を食べたいなら、あたしのを分けてあげるけど」
彼氏「いや。別にいい」
妹友「・・・・・・」
妹「どっちもおいしかったねえ」
兄「しかしさ。あの伊勢海老小さすぎじゃねえの」
妹「ランチタイムのサービスメニューなんだからあんなもんだって」
兄「何か損した気分だ」
妹「パパが言ってたんだけどさ。あのお店は夜とかに行くと本当に大きな伊勢海老とか出てくるんだって」
兄「じゃあ夜に行けばよかったじゃん」
妹「その代わり値段もさっきくらいじゃ済まないよ」
兄「うう」
妹「また来ればいいじゃん。伯父さんはいつでも別荘を使っていいよって言ってたらしいし。今度は家族全員で来て夜にあのお店に連れて行ってもらおうよ」
兄「その前に香港だろ。あいつら約束破ったんだから」
妹「パパとママのことあいつらって言ったらだめ」
兄「わかったよ」
妹「遅くなったけど爬虫類パークに行こう」
兄「ああ」
妹「妹友ちゃん、そろそろ出発しようよ」
妹友「うん。イグアナ楽しみだなあ」
兄「理解できん」
妹「何でよ?」
妹友「お兄さんも実際に見ればあの可愛らしさがわかりますよ」
兄「ヘビの仲間の可愛さなどわかりたくもないわ」
妹「・・・・・・絶対に爬虫類好きにさせてやるから」
妹友「お兄ちゃん、行くよ」
彼氏「う、うん」
兄(また当然のように助手席に妹が座った)
兄(いくら何でもさすがに彼氏君が気の毒じゃんか)
兄(でも、姫に後部座席に行けなんていいづらいし。それでまた姫を悲しませたら・・・・・・)
兄「じゃあ、行くか」
妹「安全運転で急いでね」
兄「初心者マーク付けてる俺に無茶言うな」
妹「あたしの頼みが・・・・・・」
兄「わかったって」
<・・・・・・迷惑?>
兄「着いたけど、今度は駐車場待ちの自動車が並んでるし」
妹「連休だからそんなの当たり前だよ」
兄「この調子じゃ熱帯植物園はなしだな」
妹「ええ? そんなのだめだよ」
兄「だって時間ねえよ。ここだって駐車場に入ってから更に切符を買うのに並ぶんだぜ」
妹「うーん」
兄「植物園はまた別の機会でいいだろ」
妹「お兄ちゃんは姫の願いを無視する気?」
兄「姫だろうが女帝だろうがこれっばかりはどうしようもないぞ」
妹友「じゃあこうしましょう」
妹「妹友ちゃん、聞いてたの?」
妹友「うん。お兄ちゃん拗ねて寝ちゃったし」
妹「・・・・・・拗ねてって」
妹友「お兄さんたちが駐車場待ちしている間に、あたしが先に窓口に並んでチケットを買っておくよ」
妹「・・・・・・いいの?」
妹友「水族館じゃ妹ちゃんとお兄ちゃんが並んでくれたし、今度はあたしの番だよ」
妹「あ、でもだめだ」
妹友「どうして?」
妹「パパの会社の割引券って、使うときに本人か家族の身分証明書がいるんだよ」
兄「そうなのか」
妹「あたしが行ってくるよ」
妹友「だって妹ちゃんはさっきも」
妹「いいって。妹友ちゃんはお兄ちゃんが順番待ちの間に寝ちゃわないように注意してて」
妹友「わかった」
彼氏「じゃあ、僕も一緒に行くよ」
妹友「お兄ちゃん起きてたの?」
彼氏「今起きた」
妹「いいよ。さっきも付き合ってもらったし。彼氏君は寝てていいよ」
彼氏「お兄さんが眠れないのに僕だけ寝てるわけにはいかないし」
兄(てめえ。さっきまで普通に寝てたじゃねえか)
妹「気を遣わなくていいって」
彼氏「・・・・・・迷惑?」
妹「え」
妹友「・・・・・・」
妹友「結局、水族館のときと同じ組み合わせになりましたね」
兄「そうだな」
妹友「お兄さん、寝ちゃだめですよ」
兄「わかってるって」
妹友「お兄さんには不満もあるでしょうけど、お兄ちゃんも今日は辛かったと思うので許してやってね」
兄「別に不満なんかねえよ」
妹友「・・・・・・あたしと二人きりでも?」
兄「ああ」
妹友「そうですか。それで? 妹ちゃんは救えたんですか」
兄「うん。多分これでしばらくは平気だと思う」
妹友「お兄さんも大変ですね」
兄「何が」
妹友「この調子だと、お兄さんは一生妹ちゃんの面倒をみることになりそうですね」
兄「・・・・・・妹が結婚するまでだけどな」
妹友「そうでしょうか」
兄「何で?」
妹友「今だって妹ちゃんには彼氏がいるんですよ。うちのお兄ちゃんが。それでも妹ちゃんはお兄さんに依存しているし、お兄さんもそんな妹ちゃんを構うことが使命みたくなっちゃってるし」
兄「妹は寂しがり屋のうえに、昔から家族が大好きだったから」
妹友「昔からそうなんですか」
兄「そうといえばそうだけど・・・・・・・。でも最近は少し行き過ぎではあるね」
妹友「それはわかるような気がします」
兄「多分、それは俺のせいだ」
妹友「どうして?」
兄「俺が妹にマジで告白なんてしたから」
妹友「妹ちゃんには断られたんでしょ?」
兄「ああ。それで拗ねた俺は妹を一人にして一人暮らしを始めたり別に彼女を作ったりした。妹は親が帰って来ない家で一人きりになってしまった。それからだな。妹の行動がエスカレートしたのは。でもこれは前にも話したよな」
妹友「妹ちゃんはお兄さんに嫉妬しただけでは?」
兄「違うと思うよ。自分が俺を振ったせいで俺が妹から離れて行くって理解して、あいつは悩んだんだと思う。うろたえるほどに」
妹友「本当にそうですかね」
<共依存じゃないんですか>
妹友「妹ちゃんとお兄さんってちょっと普通じゃない感じがしますよね」
兄「あのなあ。おまえにだけは言われたくねえよ」
妹友「あ、違います。そういう意味じゃなくて」
兄「・・・・・・」
妹友「何て言うんでしょうか。無駄にお互いにお互いを必要だと思い込んでるっていうか」
兄「どういう意味だよ。妹には俺への恋愛感情なんてないぞ。俺だってもうそういう不健全な感情はきっぱりと諦めたし」
妹友「それだけなら理解できるんです。あたしだってそうでしたから」
兄「ああ、まあな」
妹友「そうじゃないんですね。お兄さんは言ってたじゃないですか。妹ちゃんは昔から家族が何よりも誰よりも大好きだったって」
兄「まあな」
妹友「それが一応真実と仮定してですけど」
兄「本当だって」
妹友「お兄さんと妹ちゃんって。ご両親の不在とかそういうことが原因かもしれませんけど」
兄「何だよ」
妹友「お兄さんと妹ちゃんって、結果的に共依存じゃないんですか」
兄「何だって」
妹友「共依存です。聞いたことはありますよね」
兄「聴いたことはあるような気はするけど、ちゃんとした意味はわかってない」
妹友「共依存とはお互いに精神的に過度に依存しあっている状態をいいます。それは決して精神的に健全な状態ではないです」
兄「どういうこと?」
妹友「例えばですけど」
兄「ああ」
妹友「麻薬に依存している彼氏を献身的に介助する彼女がいるとしましょう」
兄「それで?」
妹友「一見、美談に思えるでしょ」
兄「まあそうだな」
妹友「でもそれは実は非常に不安定で危険な関係なのです」
兄「どういうこと?」
妹友「麻薬中毒の彼は生活の全てを彼女に依存します。彼女はそんな彼の面倒を献身的にみます。食事の支度や禁断症状が出たときの救急車への連絡まで。つまり彼にとっては献身的な彼女がいないと生活が成り立たないのです」
兄「うん」
妹友「一方でそんなクズの彼氏に依存されている彼女にとっても、中毒者の彼氏が必要なんですよ」
兄「何でだよ。そんなクズのことなんか放置して別れればいいのに」
妹友「普通に考えればそうなんですけど。この場合の彼女にとっては、自分を頼ってくる彼の面倒を見ることが自分の生き甲斐、つまりアイデンティティになってしまっているとしたらどうですか」
兄「クズの女もしょせんはクズだなって思う」
妹友「そんなに簡単な話じゃないでしょ。彼女は麻薬中毒の彼氏を支えることが自分の第一目標になっているんですから。そうしたら彼女にとって、何をすることが正しい方法なんでしょうね」
兄「そのクズ男を薬物依存症治療の専門病院に放り込むことだろうが。んなことは考えるまでもねえよ」
妹友「そうじゃないですよ。客観的に自分を見られる人なんてあんまりいないです。その彼女の立場に立ってみればそんな選択肢はないでしょうね」
兄「じゃあ、その女の子はどうしたいの?」
妹友「徹底的に彼氏を甘やかすでしょう。彼氏が禁断症状で苦しんで再び麻薬に手を伸ばしても彼のことを許容すると思います」
兄「それはそのクズのためにならねえじゃん」
妹友「そのとおりですけど、その彼女の行動原理だって自分のためなんですよ。彼氏が治療によって治癒されてしまったら、薬物依存の彼を支えるという自分のアイデンティティがなくなっちゃうじゃありませんか」
兄「おまえ恐いこと言うな。それはずいぶんと病的な関係だな。つまり何か? 自分が彼氏を支えたいために彼氏の薬物中毒を放っておくということか」
妹友「極端に言えばですけど。それは意識的なものではなく無意識かもしれませんけど。だから片方からの一方的な依存ではなく共依存なんですよ」
兄「おまえさ。さっきから黙って聞いてれば、俺と妹もそういう関係だといいたいのか」
妹友「薬物依存みたいな悲惨な例とはちがうでしょうけど。根本的には同じじゃないですか」
兄「俺と妹は仲がいい兄妹だってだけだろうが」
妹友「それだけの関係なら、何で妹ちゃんはさっきあたしたちが姿を消しただけでパニックになったんですかね」
兄「それは」
妹友「両親が不在がちな環境。寂しがり屋で家族大好きな妹ちゃん。そんな妹ちゃんが側にいてくれる唯一の肉親であるお兄さんに依存したって別に変な話じゃないですよね」
兄「・・・・・・まあ、そこまでは」
妹友「そして。お兄さんも妹ちゃんが大好きだった。それが妹への肉親的な感情なのか男女間の愛情なのかは別として」
兄「・・・・・・今は妹に変な感情なんて抱いてねえよ」
妹友「それでも、お兄さんにとっては妹ちゃんのそんな依存が嬉しかったんでしょ? それが唯一の生き甲斐になるくらいに」
兄「・・・・・・」
妹友「そうしてお兄さんと妹ちゃんの共依存の関係が始まった。妹ちゃんはお兄さんに依存して心の平穏を得た。お兄さんは妹ちゃんの心の平穏を保つことに自分の生き甲斐を感じてきた」
兄「・・・・・・そうかなあ」
妹友「ね? 見事に教科書どおりの共依存関係が成立しているじゃないですか」
兄「・・・・・・」
妹友「さっきも言いましたけど。共依存は決して精神的に健全な状態ではないと言われています」
兄「だからって急に妹を突き放せるわけねえだろ」
妹友「そうですね。あたしもそこまでは言ってません」
兄「おまえの言うとおりだとしてさ。俺はどうすればいいんだよ」
妹友「お兄さんも彼女を作ればいいんじゃないですか」
兄「何でそんな極端な話になるんだ」
妹友「一生独身で妹の幸せを見守るなんて真顔で言っていること自体が共依存の典型的な症状じゃないですか」
兄「いや、でも」
妹友「妹ちゃんにはお兄ちゃんがいます。お兄さんもいっそ女さんと復縁したらどうでしょう」
兄「・・・・・・女のことは自分でもどうしたらいいのかわからん」
妹友「じゃあ、あたしでは駄目ですか?」
兄「え?」
妹「お待たせ~」
妹友(!)
兄(!)
妹「チケット買えたよ。つうか、まだ駐車場に入れてないんだ」
兄「ああ、まあな」
妹「お兄ちゃん疲れたでしょ」
兄「いや。平気だよ。姫こそ二回も並んで疲れたんじゃないのか」
妹友「・・・・・・」
彼氏「姫?」
妹「・・・・・・このバカ兄貴。二人きりじゃないところで姫って呼ぶな」
兄「あ、ああ。悪い」
妹「全くお兄ちゃんは。何でそういう常識的な配慮ができないのかなあ」
兄「悪い」
妹「え? 何マジになってるの? 冗談だよ。別にあたしを姫って呼びたければ呼んでもいいんだってば」
兄「いや。本当にごめん」
妹「ちょっと・・・・・・。冗談だって。やだ、真面目に受け取らないでよ」
兄(共依存か。妹友の言うとおりかもしれん)
妹「ねえ」
兄(だってだからと言って俺が彼女を作れば解決するのかよ)
妹「お兄ちゃん。何か言ってよ。ごめん、あたし謝るから」
妹友「・・・・・・」
彼氏「・・・・・・」
<お兄ちゃんの携番とメアドを妹ちゃんに送付しておくから>
妹友「何だ。真剣な顔で相談とか言うから何かと思ったじゃん」
妹「結構マジで悩んでるのに」
妹友「だってさあ。お兄さんとのトラブルとか相談されてもねえ。せめて好きな人のこととか相談されたんなら真面目に相談に乗ろうとか思うけどさ」
妹「あたしにとっては大問題なの!」
妹友「・・・・・・誇らしげにブラコンを公言するのはいい加減にしなって」
妹「そんなんじゃないよ」
妹友「昨日妹ちゃんとお兄さんのデートを邪魔したのは悪かったけどさ。妹ちゃんの部活を休むほどの用事が、お兄さんと一緒に帰ることだったとはねえ」
妹「・・・・・・別にいいじゃん。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし」
妹友「まあ、いいけど。それにしても何? いったい夜中に電話してきて相談って何かと思ったら。自分と一緒に歩いているのにお兄さんが他の女の子をガン見してるのどうしようって。そんなことで一々電話して来るなよ」
妹「だってさ」
妹友「まさか兄妹喧嘩の相談をこんな夜中に受けるとは思わなかったよ」
妹「ごめん」
妹友「で? 妹ちゃんはどうしたいの?」
妹「どうって」
妹友「じゃあ聞き方を変えるけど、お兄さんとどうなりたいの」
妹「どうって・・・・・・。仲のいい兄妹になりたい」
妹友「それなら今でも仲良すぎるくらいじゃん。それ以上仲良くなってどうすんのよ」
妹「だって。せっかくあたしがお兄ちゃんの学校に迎えに行ってあげたのに、他の女の子のことばかり見てるとかあり得ないじゃん」
妹友「何であり得ないって言い切れるのかよくわかんないけど。じゃあさ。いっそ妹ちゃんもお兄さんに嫉妬させてみたら?」
妹「どういうこと?」
妹友「そろそろさ。うちのお兄ちゃんの告白にも返事してやってよ。断るなら断るでいいからさ。このまま保留じゃお兄ちゃんだって落ちつけないじゃん」
妹「彼氏君のことは嫌いじゃない。でも、男の人と付き合うのってあたしにはまだ早いような気がする」
妹友「もうすぐ高校二年になるのに付き合うのが早すぎるって」
妹「あたしにとっては、だよ。あたしは家に帰って家族と一緒にいるのが一番好きだから、男の人とデートとかしたいとも思わないし。だからあたしはまだ子どもなんだと思う」
妹友「しょっちゅう他校の男の子に告らてくるくせに、いつも断っていたのはそういう理由だったのか」
妹「うん」
妹友「でもさ。あたしがうちのお兄ちゃんの気持ちを伝えたときは、少し考えさせてって言って保留したよね?」
妹「彼氏君は中学一年の頃からの知り合いだし、何よりも妹友ちゃんのお兄さんだし」
妹友「何を気にしてるのか、よくわかんないなあ。結局振るんだったら早いか遅いかの差だと思うけどなあ。つうか待たされた分お兄ちゃんも余計につらいと思うけど」
妹「・・・・・・妹友ちゃんは平気なの?」
妹友「何が」
妹「彼氏君に彼女ができても妹友ちゃんは大丈夫なの」
妹友「どういう意味よ」
妹「だって妹友ちゃんって彼氏君のこと大好きじゃん」
妹友「ちょっと待ってよ。あたしは妹ちゃんみたくブラコンじゃないって」
妹「とてもそうは見えないよ」
妹友「本当だって。もしそうならお兄ちゃんの気持を妹ちゃんに伝えるなんてしないでしょ」
妹「・・・・・・」
妹友「話が逸れちゃったけどさ。お兄さんに嫉妬させてみたらお兄さんの妹ちゃんに対する気持もわかるんじゃないかな」
妹「どうやったらお兄ちゃんが嫉妬なんてするんだろ」
妹友「他の男の人と一緒にいるところを見せればいいだけでしょ」
妹「そんな人あたしにはいないもん」
妹友「うちのお兄ちゃんでいいじゃん」
妹「え」
妹友「お兄ちゃんなら喜んで妹ちゃんと一緒にいようとすると思うな」
妹「それはだめでしょ」
妹友「何で?」
妹「だって・・・・・・彼氏君を利用するようなことはできないよ」
妹友「お兄ちゃんは妹ちゃんが好きなんだから別にいいじゃん」
妹「それって本当のことを話して彼氏君に協力してもらうってこと?」
妹友「さすがにそれは無理。お兄ちゃんには珍しく妹ちゃんが一緒に登校したいって言ってるよって言う」
妹「それじゃまるで・・・・・・」
妹友「お兄さんの反応が見たいんでしょ?」
妹「彼氏君に悪いよ」
妹友「妹ちゃん、お兄ちゃんの告白を断るって決めたの?」
妹「・・・・・・それはまだ」
妹友「まだ決めてないならいいじゃん。心を決める参考になるかもしれないよ?」
妹「だって」
妹友「じゃあ、決まりね。早い方がいいから明日の朝お兄ちゃんに学校まで送ってもらってね。お兄ちゃんにはこれから話しておくから」
妹「本当にやるの」
妹友「そうだよ。明日の朝七時に妹ちゃんの家の前の公園で待ち合わせね。それであたしは別なところから妹ちゃんの家を監視してるから。それでお兄さんが出てきたら妹ちゃんにメールするね。そしたらお兄ちゃんと一緒に駅の方まで歩いて行って」
妹「あたしが彼氏君と一緒のところをお兄ちゃんが見たら傷つくかも」
妹友「そうかなあ。それなら妹ちゃんと一緒にいるのに他の女の子なんかをよそ見したりしないんじゃない?」
妹「・・・・・・まあそうかも」
妹友「お兄ちゃんと手くらいつないでね。お兄ちゃんにも言っておくけど」
妹「・・・・・・」
妹友「そろそろ電話切るね。あとでメールする。万一会えなかったときのためにお兄ちゃんの携番とメアドを妹ちゃんに送付しておくから。お兄ちゃんにも妹ちゃんのを教えるけどいいよね?」
妹「・・・・・・」
<偽装デート>
彼氏「おはよう妹ちゃん」
妹「・・・・・・おはよ」
彼氏「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
彼氏「何かこういうのって照れるね」
妹「うん」
彼氏「昨日夜中にいきなり妹に言われたときはびっくりしたよ」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いやいや。むしろ嬉しい驚きっていうの? そういう感じ。マジで昨日はよく眠れなかったよ」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「じゃあ行こうか」
妹「ちょっと待って」
彼氏「え」
妹「もう少しここにいて」
彼氏「もちろんいいけど。妹ちゃんと一緒にいられる時間が長くなるんだしむしろ大歓迎だよ」
妹「ごめん」
彼氏「何、謝ってるの」
妹「ごめん」
彼氏「・・・・・・えと」
妹「・・・・・・」
彼氏「どうした?」
妹「ごめんね。ちょっとメール」
彼氏「あ、うん」
妹「・・・・・・」
from:妹友
to:妹
sub:無題
『お兄さんが家を出てきたよ。妹ちゃんはお兄ちゃんと寄り添って、なるべく仲よさそうな振りをして駅に向って』
妹「あの」
彼氏「どうしたの」
妹「そろそろ行きましょう」
彼氏「うん」
妹「・・・・・・」
彼氏「・・・・・・妹ちゃん?」
妹「うん」
彼氏「そんなにくっつかれると歩きにくいんだけど」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いや。もちろん僕としては嫌なわけなくて。大歓迎と言うか」
妹「・・・・・・」
彼氏「いや。変なこと言ってごめん」
妹「・・・・・・あたしの方こそごめん」
彼氏「・・・・・・」
妹「ごめん。またメールだ」
彼氏「うん」
from:妹友
to:妹
sub:緊急事態
『お兄さんは予定どおり妹ちゃんたちの後ろを歩いて駅に向っているけど、何か途中で結構綺麗な女の人と出合って一緒に歩いてるよ』
『女の人の方も親し気にお兄さんに笑いかけてるし。ひょっとしてお兄さんってあんなに綺麗な彼女がいたの?』
『気がつかれないように背後を見ることができるなら、ちょっと見てみ』
妹「・・・・・・」
妹「・・・・・・女さん。いったい何でお兄ちゃんと一緒に」
彼氏「うん? どうした」
妹「ごめん。何でもない」
彼氏「それならいいけど」
妹「ちょっと急ごうか」
彼氏「あ、うん」
妹「今日は学校まで送ってくれてありがと」
彼氏「いや。僕の方こそ一緒に登校できて嬉しかった。夢を見ているみたいだったよ」
妹「・・・・・・大袈裟だよ」
彼氏「嘘じゃないって」
妹「・・・・・・」
彼氏「あ、あのさ。せっかく電話とかアドレスとか交換したんだしさ」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「たまには電話したりメールしてもいい? あ、もちろんうざければ返事とかいらないし」
妹「うん」
彼氏「やった」
妹の同級生たち「妹ちゃんおはよう」
妹「あ。おはよ」
妹の同級生たち「朝から校門前で男の人と何やってんのよ。先生に見つかったらマズイよ」
妹「別にそんなことじゃないし」
彼氏「じゃあ行くね。さすがに富士峰女学院の校門前に男がいるのってまずいと思うし」
妹「うん。今日はありがとう」
彼氏「こちらこそ。じゃあまたね」
妹友「妹ちゃんお疲れ」
妹「・・・・・・もう。本当に疲れたよ」
妹友「しかし意外な邪魔が入ったね」
妹「・・・・・・女さんね」
妹友「知ってるの?」
妹「うん。お兄ちゃんの昔からの友だち。嫌な女だよ」
妹友「嫌な女って」
妹「妹友ちゃんはお兄ちゃんの後をつけたの?」
妹友「うん。女さんっていう人と一緒になったんだけど、会話は聞けたから」
妹「・・・・・・」
妹友「よかったね。妹ちゃん。お兄さんは妹ちゃんに嫉妬全開だったよ」
妹「・・・・・・それ本当?」
<爬虫類パーク>
兄(何とか妹が落ちついてくれてよかった)
兄(しかし思わず妹のことをこいつらの前で姫と呼んでしまうとは大失敗だったな)
兄(共依存。本当にそうなのかな。俺と妹が共依存の関係だって言うなら前からそうだしな。確かにここ最近の妹は少し行き過ぎている感じはあっるけど)
兄(精神的に不健全な関係だって? そんなことを言ったらうちの家族の基礎が全否定されちまうじゃないか)
兄(妹友の言っていることには確かに説得力はある。客観的に見れば他人からはそういう関係に見えるかもしれん)
兄(でもそれって本当に悪いことなのか。俺は妹と彼氏君の関係を受け入れた。妹も俺に女と復縁するのを応援している)
兄(そう考えると、そういうことを前提に俺と妹が多少仲が良すぎたって別に問題ないじゃないか)
兄(・・・・・・妹友は俺に彼女を作ればいいと言った。そんな単純な問題でもないだろうけど)
兄(女とか? それとも)
妹友『・・・・・・・お兄さんに言われたとおりにキスしましたよ』
妹友『今日はあたしとずっと一緒にいてください』
妹友『じゃあ、あたしでは駄目ですか?』
兄(あいつ、前はおれのことなんか好きじゃないって言ってたんだよな。本当に好きなのは自分の実の兄貴の彼氏君だって)
兄(でも。それにしては前から俺に接近してきたし)
兄(考えてみれば恋人つなぎとかキスとか、全部初めてはあいつとだったじゃんか)
兄(・・・・・・何を考えてるんだろうな。あいつは)
兄(今の俺には行動の自由がある。女とは一度は別れるてるし、姫は俺とは付き合えないとはっきり言った)
兄(妹友と付き合うか?)
兄(確かにあいつは可愛いし、体型も妹に似て華奢でスレンダーだし)
兄(・・・・・・そういや、あいつ。水着持って来たって)
兄(・・・・・・・)
妹「お兄ちゃん」
兄「どうした」
妹「ほら。あれがイグアナだよ。可愛いでしょ」
兄「・・・・・・ノーコメント」
妹友「ええ? 何でですか。あのつぶらな黒い瞳を見てください」
兄「・・・・・・見たけど」
妹「可愛いでしょ?」
兄「いや。別に」
妹友「妹ちゃん。お兄さんって意外とつまらない人だったね」
妹「本当。全くお兄ちゃんにはがっかりだよ」
兄「・・・・・・彼氏君は?」
彼氏「はい?」
兄「あれ、可愛いと思う?」
彼氏「いやその」
妹「彼氏君ならわかるよね」
妹友「お兄ちゃんならそこのだめだめ男とは違って理解できるでしょ」
彼氏「えーと」
兄「えーとじゃねえよ。遠慮せず思っていることを言え」
彼氏「正直気持悪いです」
兄「・・・・・・友よ」
彼氏「いやあの」
妹「二人ともセンスないの」
妹友「本当だ。最低」
兄「何でだよ」
妹「あ。あっちに大きなトカゲがいる」
妹友「え。マジ? 行ってみよう」
兄(ここに来てから四人行動になったのはよかった。またニ対ニじゃいろいろ気を遣うしな)
彼氏「二人とも行っちゃいましたよ」
兄「どうでもいい。おまえはついって行ってやれよ」
彼氏「いや。僕もヘビの類いは正直苦手で」
兄「だよな。あそこのカフェみたいなとこで休んでるか」
彼氏「そうですね。そうしましょう」
兄(・・・・・・ある意味もっとも揉めなさそうな二対ニに分裂したか。これはこれで気が楽だ)
妹友「二人ともこんなところにいたんですか」
妹「せっかくチケット買って入ってるのに、二人とも何も見てないじゃん」
兄「いや。俺たち二人は爬虫類とは折り合いが悪くてな」
彼氏「妹ちゃんたちが楽しんでくれれば十分だって」
妹「つまんないの」
妹友「全くだよ」
妹「一とおり見たから、お土産買いに行こう」
兄「お土産?」
妹「パパとママと、あと伯父さんにも」
兄「まあ伯父さんには買っていかないとまずいか」
妹「そうだよ。別荘を貸してくれたんだし」
妹友「お兄ちゃんもほら。両親に何も買って帰らないつもり?」
彼氏「ああ、まあそうだね」
妹「あとさ。超可愛いぬいぐるみがあったから。自分用に買いたいし」
兄「何が超可愛いだ。どうせヘビかなんかだろ」
妹「全然違うし」
兄「イグアナか」
妹「ガラパゴスオオトカゲのぬいぐるみだよ。等身大なの」
兄「・・・・・・あ、そ」
兄(妹のやつ。何か夢中でお土産を選んでるな)
兄(やっぱり姫って可愛いな。正直、ここにいっぱいいる女の子の中でも飛び抜けて可愛いじゃんか)
兄(まあ、これは家族補正がかかってるのかもしれないけど)
妹友「お兄さん」
兄「おう。おまえお土産買ったの?」
妹友「ええ、まあ」
兄「ガラパゴスなんちゃらか」
妹友「あれは大き過ぎます。何せ等身大だそうですから」
兄「そうか」
妹友「あたしは諦めましたけど、妹ちゃんはまだ悩んでましたよ」
兄「あんなでかいぬいぐるみ、そもそも車に乗せられないだろうが」
妹友「お兄さん」
兄「うん?」
妹友「さっきは妹ちゃん、何でお兄ちゃんに電話しなかったんでしょうね」
兄「番号を知らなかったからだろ」
妹友「そんな訳ないです。妹ちゃんはお兄ちゃんの携番とメアドは登録していますよ」
兄「(そう言えばそうだ。前に俺の目の前で彼氏君から電話が来たことが何度かあったじゃんか)どういうこと?」
妹友「さあ? 共依存にしても行き過ぎてますよね」
兄「・・・・・・さすがにそうかも」
<クズ、鈍感、ロリコン、シスコン!>
妹友「何であそこまでお兄ちゃんに拒否反応を示すんでしょうね」
兄「さあ?」
妹友「お兄ちゃんのことが嫌いなのかな」
兄「でもさ。図書館デートのときなんて彼氏君と妹は恋人つなぎして寄り添ってたし」
妹友「結局、お兄さんがいない場合に限って、妹ちゃんはお兄ちゃんに素直に寄り添えるんですよね」
兄「何だよそれ」
妹友「いったいどっちが妹ちゃんにとって正しい姿なんでしょうね。お兄さんに依存している妹ちゃんか。お兄ちゃんと普通に恋人同士ができている妹ちゃんか」
兄「何かよくわからんけど」
妹友「わからないじゃなくてそろそろ考えた方がよくないですか? どっちが妹ちゃんにとって幸せなのか」
兄「あのさ。おまえ本当に俺のこと好きなの?」
妹友「好きですよ」
兄「即答かよ」
妹友「常にそのことだけを考え続けてましたから」
兄「嘘付け」
妹友「まあ嘘ですけど。でもイグアナのことを考える合間にお兄さんのことも考えてました。これは本当です」
兄「俺はイグアナの次かよ」
妹友「あたしがあんまり思いつめちゃったらお兄さんだって嫌でしょ」
兄「・・・・・・おまえ思ってたより気を遣えるやつなんだな」
妹友「何ですかいきなり」
兄「まあ、でもさ。兄貴のことを忘れるために次の恋を見つけようとしてるんだったら考え直した方がいいぞ」
妹友「え」
兄「実際にそれをやってさらに傷口を深くした俺が言うんだから間違いない」
妹友「・・・・・・お兄さんのばか」
兄「ばかって」
妹友「クズ、鈍感、ロリコン、シスコン! もう知らない」
兄「おい待てって」
妹「お兄ちゃんお待たせ」
兄「その様子だと等身大とやらは買わなかったようだな」
妹「あんなの持って帰れないもん。妹友ちゃんは?」
兄「どっかに行っちゃった」
妹「どっかって・・・・・・喧嘩でもしたんじゃないでしょうね」
兄「いや」
妹「嘘じゃないよね」
兄「う、うん」
妹「・・・・・・目を逸らした。やっぱりあたしに嘘ついたんだ」
兄「おまえだって嘘ついたじゃん」
妹「何のこと?」
兄「彼氏君の電話番号とメアド。本当は知ってたんだろ」
妹「・・・・・・あ」
兄「別にいいけど」
妹「違うの。あれは」
兄「今度からもっと上手に嘘ついたら。妹友があんな嘘信じるわけねえだろ」
妹「妹友ちゃんから聞いたの? あたしが彼氏君の携番知ってるって」
兄(あれ。まずかったかな。姫に嘘つき呼ばわりされたんでつい勢いで言っちまったけど)
妹「・・・・・・妹友ちゃん、また約束を破ったんだ」
兄「約束って何だよ」
妹「言わない」
兄「何で?」
妹「もうお兄ちゃんには嘘つきたくないから」
兄「・・・・・・本当のことを言えばよくね?」
妹「もう行こう」
兄「だって妹友が」
妹「彼氏君に電話してもらおう」
兄(さっきとは逆か。それにしても妹友はさっき彼氏君と喧嘩したって言ってたけど。その後俺と気まずくなり、今度は妹を怒らせた。これじゃ旅行なんか全然楽しめないんじゃないの? あいつ)
彼氏「ああ、お兄さんに妹ちゃん。ここにいたんですか」
妹「うん。そろそろここは出ようよ」
彼氏「そうですね。妹友はどこかな」
兄「さっきまでいたんだけどな。彼氏君ちょっと電話してよ」
彼氏「いいですけど、さっきちょっとあいつと言い争いしちゃったから電話でないかも」
兄「喧嘩しててもさっきは妹友ちゃんは彼氏君に電話してたぞ」
彼氏「そうですね。じゃあかけてみます」
彼氏「ああ出た。おまえ今どこにいるの? もうここ出るぞ」
彼氏「うん、そうか。じゃあな」
彼氏「妹はもう建物の外にいるので直接駐車場に行くそうです」
兄「そう。じゃあ俺たちも行こうぜ」
彼氏「はい」
妹「・・・・・・」
兄「いたいた。おまえどこ行ってたんだよ」
妹友「ごめんなさい」
妹「・・・・・・」
兄「別にいいけど」
妹友「・・・・・・ごめんなさい」
兄(今度は俺にだけ聞こえるように小声で言った)
妹「行こうお兄ちゃん」
兄「ああ。え?」
彼氏「どうしました?」
兄「いや(妹め。後部座席の彼氏君の隣にさっさと乗り込んでしまった)」
彼氏「妹ちゃん、また席をシャッフルするの」
妹「別にいいでしょ」
彼氏「う、うん」
兄(まあいいか)
妹友「・・・・・・あの、隣に座ってもいいいですか」
兄「いいも何もそこしか席ないじゃん。早くすわんなよ」
妹友「・・・・・・はい」
<それだけは信じて欲しかった>
兄「あのさ」
妹友「はい」
兄「さっきはごめんな。勝手におまえの行動の意味を決め付けるようなこと言って」
妹友「あたしこそひどいことを言ってごめんなさい。それに出会い方がああだったからお兄さんには誤解されてもしかたないです」
兄「悪い」
妹友「でも今朝、夜明けの海岸で話したことは嘘じゃないです。それだけは信じて欲しかった」
兄「今さらだけどわかったよ」
妹友「よかった」
兄「(おいおい)ちょっとさあ」
妹友「大丈夫です。妹ちゃんからは見えません」
兄「・・・・・・うん」
妹友「大丈夫ですよ。こんなことでお兄さんに選んでもらおうなんて考えていませんから」
兄「別にそんなこと考えてたわけじゃねえよ」
妹友「何か急がなくてもいいような気がしてきました。妹ちゃんとの関係とか女さんとかお兄さんはゆっくり考えたらいいんじゃないかと思います」
兄「そうだな」
妹友「それで少しでもいいからあたしのことも候補に入れておいてください」
兄「・・・・・・わかった」
妹友「お兄さんと仲直りできてよかった」
兄「やっと笑ったな」
妹友「へへ。あまり顔を見ないでください。さっき少し泣いちゃったから変な顔してるでしょ」
兄「全然変じゃねえよ。むしろ可愛い」
妹友「・・・・・・やだ」
兄「いやそのだな」
妹友「でも、前向いてください。よそ見運転はだめです」
兄「確かに」
兄「あれ?」
妹友「どうしました」
兄「何となく運転してたけど、これからどこに行けばいいの」
妹友「最初の予定だと熱帯植物園に行く予定でしたよね」
兄「でも、もうこんな時間だぜ。今から行くの?」
妹友「もう五時ですね」
兄「ちょっと無理があるだろ。それに結構道も混んでるから植物園についたら六時近いと思う」
妹友「どうしましょう」
兄「俺に聞かれても」
妹友「妹ちゃん。これからどうする? 熱帯植物園に行くのは無理っぽいって」
妹「・・・・・・」
兄(露骨に無視かよ。何で怒ってるんだろうなあ。約束っていったい何だろ)
妹友「妹ちゃん?」
彼氏「妹ちゃん、呼んでるよ」
妹「・・・・・・」
兄「(これはまずい)おい妹」
妹「・・・・・・あたしのこと、もう姫って呼ぶのやめたんだ」
妹友「え」
彼氏「え」
兄「(な!)そうじゃなくて。今日はもう家に帰ろうぜ」
妹「そう」
兄「それでいいな」
妹「・・・・・・」
兄(無視かよこいつ。いくらなんでもこの態度はねえだろ。どんだけ約束とやらを破られて傷付いたのかは知らねえけど)
兄「おまえいい加減に」
妹友「お兄さんやめて」
兄「・・・・・・ちぇ」
妹友「妹ちゃんは植物園で食虫植物を見るのを楽しみにしてましたし」
兄「はあ?」
妹友「だから元気がなくてもしかたないです。正直、あたしもがっかりです」
兄「んなもん一生見なくたって不都合はないだろう」
妹「・・・・・・・そんなんじゃないし」
妹友「妹ちゃん?」
兄(何拗ねているんだこいつ)
兄(せっかくの旅行が重い雰囲気になっちまったなあ。必ずしも妹だけが悪いわけじゃないのかもしれない。でも、妹ももう少し大人になって自分の感情を抑えたってよかったはずだ)
兄(今日の夕食はどうなるのかなあ。妹には聞きづらいし聞いたってどうせ無視されるだろうし)
兄(だけどこれは結構切実な問題だぞ。妹と妹友が作ってくれるならスーパーに寄って食材調達しなきゃいけないし。どっかで食っていくならそろそろ店を探さなきゃいけない)
兄(どっちにしろもう決めないと)
兄「なあ?」
妹友「はい」
兄「今日の夕飯ってどうなってるか聞いてねえ?」
妹友「・・・・・・さっき爬虫類パークで妹ちゃんと話していたときには、今日は二人で別荘で料理しようよって言ってました」
兄「そうか。じゃあスーパーとかに寄って」
妹友「でも・・・・・・」
兄「何?」
妹友「今の妹ちゃんに料理する気があるかどうかは」
兄「そうか。そうだよな」
妹友「・・・・・・」
兄「ファミレスにでも寄って行くか」
妹友「・・・・・・いえ。スーパーに行きましょう」
兄「だって」
妹友「ちゃんと妹ちゃんと話してみます。最悪の場合でも、あたしが一人で料理しますから」
兄「・・・・・・いいのか」
妹友「ええ。あたし、こう見えても料理得意なんですよ」
兄「そうなん?」
妹友「うちもお兄さんのお家と一緒で両親は共働きですし、料理は慣れてますから」
兄「じゃあ。おまえがいいならスーパーに行くか。最悪の場合は俺も手伝うから」
妹友「・・・・・・あの」
兄「うん?」
妹友「何か妹ちゃん怒ってるじゃないですか? ひょっとしてあたしに対して怒ってるんでしょうか」
兄「その話は後で。ここじゃ妹に聞かれるかもしれないし」
妹友「・・・・・・やっぱりそうなんですね」
<スーパーマーケット>
兄「着いたぞ」
彼氏「え? ここどこですか」
兄「スーパーだよ。今夜の飯の準備しないとな」
彼氏「ああ、そうですか。そうですよね」
妹「・・・・・・」
彼氏「また妹ちゃんが作ってくれるの? 楽しみだなあ」
妹「知らない。あたし食欲ないし」
兄「(こいつ。ふざけんな)いや。今夜は妹友が作ってくれるって。な、妹友」
妹友「え? ええまあ」
兄「何作ってくれるの? そういやおまえの料理を食うのって前に作ってくれたオムライス以来だな」
妹「・・・・・・」
妹友「何でそれを今言うんですか」
兄「え」
彼氏「何だ。やっぱり二人はそういう仲なんですね。僕の勘違いじゃなかったんだ」
兄「いやそうじゃない」
妹友「お兄ちゃんそれ飛躍しすぎだから」
彼氏「悪かったな。さっきはおまえと言い合いしちゃったけど。でもそういうことなら隠さないでそう言ってくれれば喧嘩なんてしなくてすんだのに」
妹友「いいから、ちょっとお兄ちゃんは黙って」
妹「・・・・・・彼氏君、行こ」
彼氏「行くってどこへ」
妹「あたしお菓子とかジュース買いたい。付き合って」
彼氏「うん。喜んで。お兄さん、すいません。買物はお二人にお任せします」
兄「おい。待てって」
彼氏「それに邪魔者は消えた方が気が利いてますよね」
妹友「・・・・・・もうあんたは黙ってろ。今すぐに消えろ」
彼氏「だから消えるって。妹ちゃん行こ」
妹「・・・・・・うん」
兄「何かごめん」
妹友「どうしてお兄さんが謝るんですか」
兄「そう言えばどうしてかな」
妹友「何でオムライスの話なんかしたの?」
兄「別にわざとでは」
妹友「妹ちゃんを挑発するようなことも言うし」
兄「あいつの態度がひどかったからだよ」
妹友「ねえ」
兄「うん」
妹友「妹ちゃんは何であんなに怒ってるんですか。お土産を買うところまではすごく和やかだったのに」
兄「よくわからんけどな。妹にさ、本当は彼氏君の携番とメアドを知ってたんだろって言ったら」
妹友「あ」
兄「そしたら妹友から聞いたのかって聞かれて。そしたらまた約束を破ったとか言って切れて怒り出した」
妹友「・・・・・・やだ」
兄「へ?」
妹友「あたし、またやっちゃった」
兄「どうしたの」
妹友「これから妹ちゃん謝りに行きます」
兄「よしとけ」
妹友「何でですか」
兄「あいつとは長年の付き合いだからな。こういうときは言い訳すればするほどあいつは頑なになるぞ」
妹友「それは確かに」
兄「もう少し時間をおいて、妹が冷静になってからの方がいいよ」
妹友「はい」
兄「じゃあ買出ししようぜ。あいつらは当てにならねえし」
妹友「そうですね。ねえお兄さん?」
兄「うん?」
妹友「今夜は何を食べたいですか」
兄「何でもいいよ」
妹友「何でもいいは禁止ですよ。お兄さん」
兄(こんなときだけど。こいつの笑顔って結構可愛いな。姫といい勝負なんじゃね)
<図書館にて>
from:妹
to:彼氏君
sub:無題
『さっきは電話切っちゃってごめん。ちょっとお兄ちゃんと揉めてたから。何の用事だった?』
from:彼氏君
to:妹ちゃん
sub:Re無題
『僕の方こそ取り込み中のところ悪かったね。明日一緒に図書館に行くって妹から聞いたから。待ち合わせ場所は聞いたんだけど、時間とか全然決めてないみたいだから直接メールしちゃった。何時にする?』
from:妹
to:彼氏君
sub:Re:Re無題
『妹友ちゃんの暴走だよ。迷惑でしょ? 無理しなくてもいいのに』
from:彼氏君
to:妹ちゃん
sub:Re:Re:Re無題
『迷惑なわけないじゃん。一緒に勉強しようよ。僕の方が年上だしわからないところがあったら教えてあげる』
from:妹
to:彼氏君
sub:Re:Re:Re:Re無題
『ちょっと早いけど八時でどうですか。本当に勉強を教えてくれるの?』
from:彼氏君
to:妹ちゃん
sub:Re:Re:Re:Re:Re無題
『任せて。お兄さんと同じ大学が志望校なんだよね? ちゃんと合格圏まで偏差値を引き上げてあげるから。じゃあ、また明日ね』
彼氏「おはよう」
妹「おはよ」
彼氏「じゃあ行こうか。ちょうど図書館の開館時間だよ」
妹「あの」
彼氏「どうしたの」
妹「今日は本当に勉強を教えてくれるだけだよね?」
彼氏「何?」
妹「え。何って」
彼氏「何心配してるの。妹からはちゃんと釘刺されてるし、君に変なことなんてしないって」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「さすがに休日の朝一だと場所取りも簡単だね」
妹「うん」
彼氏「本当にごめんね。手までつながせちゃって。嫌だったでしょう」
妹「・・・・・・あたしの方こそ。迷惑でしょ?」
彼氏「そんなことないって。じゃあ、勉強始めようか。妹ちゃんの場合はとりあえず理系科目の対策かな」
妹「はい」
彼氏「正直言って君のお兄さんの大学はそんなにレベルは高くない。地方国大だし」
妹「・・・・・・そうなの?」
彼氏「うん。まあ、皆はバカにして駅弁大学っていうんだけどね」
妹「・・・・・・」
彼氏「あ。でもね、君の成績だとそこすら合格するのは危うい。駅弁っていったってセンター試験は通過しなきゃいけないし、妹ちゃんって数学とか理科とか苦手でしょ」
妹「うん」
彼氏「数Ⅲはいらないけど数ⅡBはもう少し理解しないとね」
妹「・・・・・・そうだね」
彼氏「正直、君みたいな子があんな駅弁大学に行く必要なんかないと思うけどね。富士峰女学院大学に内部進学すればいいじゃん。あそこならすぐにハイスペックな彼氏とか結婚相手だって見つかると思うし」
妹「でもあたしはあの大学に行きたいの」
彼氏「だったら甘えてないで必死で偏差値を上げないと」
彼氏「少し休憩しようか」
妹「はい」
彼氏「中庭のベンチに行こうよ」
妹「うん」
彼氏「妹ちゃんって真面目だよね。正直こんなに集中してもらえるとは思わなかった」
妹「そんなことないけど」
彼氏「いろいろ厳しいこと言ってごめんね。でもさ、引き受ける以上は安請け合いしたくなかったんだ。本当に妹ちゃんには志望校に受かって欲しいから」
妹「彼氏君が謝ることなんてないよ。あたしの方こそ、さっきは変なこと言ってごめんなさい」
彼氏「いや。当然の心配だと思うよ。確かに僕は妹ちゃんに告った。情けないことに妹友経由だけど。でも君はすぐには返事できないって言ったでしょ」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いやそうじゃないよ。責めてるんじゃないんだ。本当なら静かに考えてもらいたい時期に、一日僕と付き合わされるなんて君にとってはいい迷惑だよね」
妹「・・・・・・」
彼氏「でも、できればうちの妹のことは恨まないでやってほしい。あいつは僕の気持ちを考えただけで」
妹「そうじゃないよ。妹友ちゃんはあたしとお兄ちゃ」
彼氏「だから今日は勉強を徹底的に教える。厳しくもする。それが君の合格のためだから」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「たださ。一つだけ妹ちゃんにお願いがあるんだ」
妹「え? 何ですか」
彼氏「妹ちゃんが僕のことを受け入れてくれるか、それとも拒否するのかは結論が出るまではいつまでだって待つよ」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いや。君を責めてるんじゃないんだ。たださ、一つだけお願いを聞いてくれないかな」
妹「何?」
彼氏「うちの妹のことなんだけど」
妹「妹友ちゃん?」
彼氏「すごく言いづらいんだけど。何かさ、あいつ僕のことを好きみたいで」
妹「そんなの前からわかってるよ。妹友ちゃんはブラコンじゃない」
彼氏「そんな軽いものなら悩まないんけどね」
妹「どういうこと?」
彼氏「最近、朝起きるといつも妹が僕のベッドで一緒に寝ている」
妹「うん」
彼氏「二人で外出するとやたらに僕と手をつなごうとしたり、抱きついてきたりする」
妹「ええと」
彼氏「びっくりしたでしょ。僕だってそうだよ。最近じゃあ、両親までおまえたち兄妹はちょっと仲良くしすぎだとか真顔で注意するようになったし」
妹「そうなんですか」
彼氏「あり得ないでしょ? 実の兄貴のベッドに潜り込んだり実の兄貴と外出中に抱きついてきたりとか」
妹「そうかなあ」
彼氏「そうだよ。妹ちゃんとお兄さんだったらそんなことはないでしょ」
妹「・・・・・・」
<彼氏君のことを好きになってたかも>
彼氏「だから君にお願いがあるんだ」
妹「何ですか」
彼氏「敬語やめてよ。君が中学生の頃からの付き合いなのに」
妹「お願いってそれ?」
彼氏「そんなわけなでしょ。君ってもしかして偏差値以上にばか?」
妹「・・・・・・」
彼氏「ごめん。そうじゃないんだ。僕は妹の僕への不毛な恋愛感情を諦めさせたい」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「君が僕の告白にどう返事してくれるかはいつまででも待つよ。でもさ、結論が出る間だけでもいいから、僕の彼女の振りをしてくれないかな」
妹「はあ? 別にそんなのあたしじゃなくても」
彼氏「頼むよ。僕だって妹は可愛いし、あいつの将来を歪めたくないんだ」
妹「でも、何で恋人の振りなんて」
彼氏「朝の登校だって今日の図書館だってあいつが仕組んだことだろ。あいつは君のことは好きなんだよ。他の子じゃだめなんだ。君なら妹だって納得して身を引くと思う」
妹「だってそんな。妹友ちゃんをだますなんてできないよ」
彼氏「でも、それがあいつのためなんだ」
妹「・・・・・・」
彼氏「頼む。このとおり」
妹「ちょっと。頭を上げてよ。周りの人が見ているじゃないですか」
彼氏「ごめん」
妹「・・・・・約束して」
彼氏「え」
妹「妹友ちゃんの前以外では恋人ごっこはなし。あたしのお兄ちゃんとか他の友だちとかに、あたしたちが恋人同士だなんて誤解させるようなことは絶対しないって」
彼氏「約束するよ」
妹「それ、妹友ちゃんにもうまく言ってもらえないかな」
彼氏「・・・・・・だってあいつのために彼女ができた振りをするのに、あいつに言っちゃったら」
妹「うまく言って。しばらくは秘密にしたいとか大事に付き会いたいとかって」
彼氏「・・・・・・わかった。何とかする」
妹「それなら・・・・・・。いいよ。何か自分を省みると複雑な心境ではあるけど」
彼氏「どういう意味?」
妹「何でもない。彼氏君の彼女役やるよ。妹友ちゃんのためなら」
彼氏「ありがとう。本当にありがとう」
妹「もういいって」
彼氏「この先、本当に妹ちゃんに振られたとしても、今日の恩だけは絶対に忘れないよ」
妹「だからいいって。でも恋人ごっこって具体的には何をするの」
彼氏「図書館でデートする」
妹「図書館で?」
彼氏「うん。本当にデートするんじゃ妹ちゃんに悪いし、かといってデートしなきゃ妹友に怪しまれるだろうし」
妹「妹友ちゃん、傷付かないかな」
彼氏「傷付くかもしれないな」
妹「そんなのかわいそうじゃん」
彼氏「あいつは可愛いし頭もいい。実の兄貴なんかに夢中になって青春を無駄にする方がよっぽどかわいそうだよ」
妹「・・・・・・へえ」
彼氏「何?」
妹「彼氏君って本当に妹友ちゃんのこと大切にしてるんだ」
彼氏「変なこと言わないでよ」
妹「ちょっと見直しちゃった」
彼氏「ありがと」
妹「で、毎回図書館はいいけど、ここで何するの」
彼氏「せめてものお礼に妹ちゃんの偏差値をお兄さんの大学を狙えるとこまで持っていく」
妹「・・・・・・本当に優しいんだね」
彼氏「そんなことないよ」
妹「あたし、悩んでいるんだけど。でもその悩みの人がいなかったら彼氏君のことを好きになってたかも」
彼氏「・・・・・・声が小さくてよく聞こえなかった。でも何か僕のことを好きになったって聞こえたような」
妹「違うよ。忘れて」
彼氏「でも」
妹「条件追加。今のは忘れること。いい?」
彼氏「・・・・・・了解」
<新婚の夫婦みたい>
妹友「ここってお魚が異様に充実してますよね」
兄「海辺だし漁港も近いからかな」
妹友「・・・・・・どうしますか。何を作ればいいのかな」
兄「何でもいいって」
妹友「だって・・・・・・。妹ちゃんも食べるんだし」
兄「あ。そうか」
妹友「・・・・・・」
兄「そうだよな。じゃあ俺が決めるよ。それならおまえが文句を言われこともないだろう」
妹友「そういうことじゃないですけど。でも、お兄さんの好きなのを作りたいです」
兄「ありがと。じゃあ何か魚が食いたい」
妹友「何がいいですか。あと、どういう風にしましょうか。焼き魚?」
兄「いっぱいあるからなあ。ちょっと一緒に選ぼうよ」
妹友「・・・・・・うん」
兄「お、この赤いのって」
妹友「金目鯛ですよ。お昼に食べたじゃないですか」
兄「俺とおまえは伊勢海老だったじゃん」
妹友「お兄さんは妹ちゃんの金目鯛食べてたでしょ」
兄「そうだった」
妹友「・・・・・・こんなときに言うのもなんですけど」
兄「どうかした?」
妹友「お兄さんと一緒にお買物とかって、何か新婚の夫婦みたい」
兄「・・・・・・変なこと言うなよ」
妹友「そうですよね。ごめんなさい」
兄「これにしようか」
妹友「それはアジの開きです。でも、明日の朝ご飯用に買っておきましょうか」
兄「朝食に?」
妹友「ええ。お兄さんは朝は和食派でしょ?」
兄「朝もおまえが作ってくれるの」
妹友「はい。妹ちゃん次第ですけど」
兄「悪いな」
妹友「ううん。今朝は妹ちゃんに作ってもらっちゃったし、お料理は好きですから」
兄「じゃあ、これは?」
妹友「穴子? ですね」
兄「さすがにこれは無理か」
妹友「あ。でもそこで捌いてくれるって」
兄「これってどうやって食べるの」
妹友「煮つけとか、甘辛く煮て穴子丼にするとかかな」
兄「おお。穴子丼いいね。食いたい」
妹友「じゃあ、これにしましょう。さばいてもらえるならあたしでも料理できます」
兄「よし。あと買うものは」
妹友「お米もお味噌もあったし、あとサラダを作りたいので野菜とドレッシングだけ買っておきましょう」
兄「野菜売り場はあっちにあったぞ」
妹友「行きましょ」
兄「・・・・・・ええと」
妹友「だめですか?」
兄「いや。別にいいけどさ。ちょっとカートが押しづらいかな(腕に抱きつかれた)」
妹友「お願い」
兄「・・・・・・何でそんなに必死なの」
妹友「妹ちゃんの前ではしませんから」
兄「別にそんなことは」
妹友「行こ」
兄「・・・・・・」
兄「野菜って何買うの?」
妹友「レタスでいいですか」
兄「何でもいい。つうか野菜は別になくてもいいくらいだ」
妹友「だめですよ」
兄「笑うなよ・・・・・・ってあれ」
妹友「・・・・・・」
兄「喧嘩してる?」
妹友「お兄ちゃんと妹ちゃんが何か言い合ってますね」
兄「どう考えても喧嘩だな」
妹友「止めますか」
兄「・・・・・・いや。放っておこう」
妹友「お兄さんが妹ちゃんのこと放っておくなんて珍しい」
兄「痴話喧嘩に兄貴が入ってもな」
妹友「まあそうですけど・・・・・・」
兄「兄貴のことが心配か?」
妹友「・・・・・・そうじゃないですけど。まあ、でもそうですね。心配したってしかたないか」
兄「行こうぜ」
妹友「はい」
兄「これでだいたい揃ったか」
妹友「ええ。今夜と明日の朝はこれで大丈夫です」
兄「そういや明日はどうするんだろ」
妹友「明後日は帰るので丸一日遊べるのは明日が最後ですね」
兄「何か予定聞いてる?」
妹友「いえ」
兄「全くどうしようもねえな。予定立てていたやつがへそを曲げるわ誰彼となく喧嘩するわじゃ。いっそ勝手に予定立てちゃうか」
妹友「・・・・・・そういうわけには」
<仲直り>
兄「清算もしたしそろそろ帰るか」
妹友「そうですね。あ、荷物一つ持ちます」
兄「大丈夫だよ。それより」
妹友「まだ喧嘩しているんでしょうか」
兄「困ったな。これじゃ帰るに帰れん」
妹「ごめん」
兄「ああ、来たか」
妹「妹友ちゃんもごめんね」
妹友「え? ああ、とんでもない。あたしの方こそごめん」
兄(何なんだ)
妹「本当にごめん。ちょっと妹友ちゃんを恨んじゃったけど、誤解だった」
妹友「ええと」
妹「許してくれる」
妹友「うん。もちろん」
兄「おまえら今日は喧嘩したり仲直りしたり忙しいな」
妹「ふふ。本当だ」
妹友「言われてみれば確かにそうですね」
兄「ついでに姫も彼氏君と仲直りしちゃえよ」
妹「見てたの?」
兄「あれだけ派手にやってれば見たくなくても見えちゃうって」
妹「そうか」
妹友「妹ちゃん・・・・・・」
兄「妹友と彼氏君の喧嘩だってうやむやになったことだし、おまえも」
妹「仲直りはしないよ」
兄「そもそも何で喧嘩なんかしたんだよ」
妹「言いたくない」
兄「だってまだ旅行中なのに雰囲気が悪くなるだろうが」
妹「別にもう騒がないから大丈夫。でも彼氏君とは二人きりにはならない」
兄「困ったな」
妹友「まあしかたないです。別行動するときは、お兄ちゃんとはあたしかお兄さんが組むことにしましょう」
妹「ごめんね」
妹友「ちょっとお兄ちゃんを探してきます。妹ちゃんは助手席に座っちゃって」
妹「うん」
妹友「少し待っててくださいね」
兄「了解」
妹「・・・・・・さっきはごめん」
兄「まあいいけど」
妹「ねえ」
兄「うん?」
妹「いろいろな人といろいろな場所に行ってもさ」
兄「ああ」
妹「やっぱり一番安らいで一番あたしらしくいられる場所って、やっぱり家族のところなんだよね」
兄「それはわかるけど。でもそんなことを決め付けるのはまだはえーよ。おまえも俺も」
妹「ううん。そんなことないよ。あたしにはわかるもん。この先、大学に入っても就職しても、やっぱり自分の本当の居場所はうちの家庭だけだって」
兄「子どもってのはな。いつかは家族から独立して新しい家族を作るもんなの」
妹「普通はそうなんだろうね」
兄「(こいつの家族好きは今に始まったことじゃないが、何か今日は極端だな)まあ、彼
氏君とだってすぐに仲直りできるよ」
妹「そういう問題じゃない・・・・・・それに、あたしだって努力はしてみたのよ」
兄「努力って」
妹「でも全然だめだ」
兄「意味わかんねえよ」
妹「本当にわからない?」
兄「うん」
妹「あたしさ。たまに思うんだけど、お兄ちゃんってあたしとは違って別にうちの家族のことにはそんなにこだわってないよね」
兄「そんなことはない。普通に家族のことは大事だけど。特に姫のことは」
妹「そうかなあ。一人暮らし始めた時だって別に問題なく環境に溶け込んだでしょ? すぐに彼女まで作ったし」
兄「いや、あれは。姫に振られたから」
妹「一月の間、あたしにもパパとママにも電話もメールもしてこなかったよね」
兄「まあ、そうだけど」
妹「お兄ちゃんはあたしのことを好きだって言ってくれたけど、本当はあたしがお兄ちゃんを想うほどにはあたしのことなんか好きでも大切でもないんじゃないの」
兄「そんなことは絶対にない」
妹「・・・・・・もうやだ」
兄「本当にどうしたんだよ」
妹「あたしね。お兄ちゃんには彼女を作って欲しかった。それが女さんでも妹友さんでもいいし、女友さんでもいいんだけど。でもさ、お兄ちゃんは一生独身であたしのことを見守るって言ってたでしょ」
兄「言ったよ。でも、おまえに言われたよな。自分がされて嫌なことをあたしに押し付けるなって」
妹「・・・・・・言ったよ」
兄「だから俺も前を見ようかと思いだしたとこだ。姫のことを生涯見守ることには変わらねえけどさ。姫が負担になるなら俺も誰かと付き合おうかと」
妹「ねえ」
兄「うん」
妹「やっぱりあれはなし」
兄「あれって?」
妹「やっぱりお兄ちゃんは彼女作らなくていいよ」
兄「あれか? 一生童貞独身のままでおまえの幸せを見続けるってやつ? おまえ、それは駄目だって言ったじゃん」
妹「・・・・・・だからそれキャセル」
兄「何言ってるんだよ」
妹「あたしもそうするから」
兄「おい」
妹「前に一度言ったじゃん。お互いに彼氏彼女なんて作らないで一生一緒にいようよって。お兄ちゃん。もうずっとあたしの側にいてよ」
兄「それって」
妹友「遅くなってごめんなさい」
彼氏「本当にすいませんでした」
兄「いや。別にいいよ。じゃあ帰ろうか」
<俺は全てを失ったと思っていたから>
兄「なあ」
妹「何」
兄「さっきの話だけど」
妹「今はだめ。彼氏君と妹友ちゃんもいるし」
兄「そうだよな。悪い」
妹「今夜寝る前に、ね?」
兄「・・・・・・うん」
妹友「妹ちゃん」
妹「あ、うん」
妹友「勝手に今夜の夕食のメニュー決めちゃった。ごめんね」
妹「ううん。あたしこそ手伝いもしないで全部任せちゃってごめんね」
妹友「今日ね。穴子を買ったの。それで穴子丼を作ろうかと」
妹「おおいいね。手伝うから作り方教えて」
妹友「妹ちゃんに教えることなんてないって」
妹「そんなことないよ。妹友ちゃんって穴子好きなの?」
妹友「うん。それにお兄さんが食べたいって言ってくれたから」
兄「・・・・・・(このタイミングで)」
妹「そうなんだ。お兄ちゃんが穴子が好きだなんて全然知らなかったよ」
兄「好きというか、一度食べてみたいというか」
妹「・・・・・・」
妹友「妹ちゃん?」
妹「ごめん。ちょっとぼうっとしちゃった」
兄「ご馳走様でした。いや、おいしかったよ」
妹友「そんな。無理して誉めてくれなくてもいいのに」
兄「いや。マジでうまかった。今度母さんに作ってもらおう」
妹友「妹ちゃんに作ってもらえばいいじゃないですか」
妹「やだよ。こんなの面倒くさい」
妹友「もう。素直じゃないなあ」
兄「じゃあ、俺風呂沸かしてくる」
妹友「お願いします。あたしたちは洗い物しちゃいますから」
妹「風呂沸かすってスイッチ押すだけでしょうが」
兄「ちげえよ。浴槽の掃除とか水を張るとかいろいろあんだよ」
妹「全部今朝のうちにしてあるよ。あとはスイッチ押すだけだって」
兄「・・・・・・言ってくれれば俺がしたのに」
妹「お兄ちゃんなんかに期待してないよ」
彼氏「あのさ。僕だけ何にもしないのも悪いし、洗い物手伝ってもいいかな」
妹「・・・・・・」
兄(おい。無視かよ)
彼氏「いや。かえって迷惑ならいいんだけど」
妹「・・・・・・」
兄「男じゃかえって邪魔になるらしいぜ。彼氏君、風呂の支度手伝ってくれ」
彼氏「あ、はい」
妹「お風呂のスイッチを二人で押すの? ばかみたい」
妹友「妹ちゃん・・・・・・」
兄「あのさあ」
彼氏「・・・・・・はい」
兄「俺言ったよね? 妹を泣かせたらマジ殺すって」
彼氏「はい」
兄「じゃあ何で妹と喧嘩してんだよ。何で妹があんなに落ち込んでるんだよ」
彼氏「・・・・・・」
兄「何とか言えって」
彼氏「本当は僕もお兄さんに全部話して相談したいんです」
兄「おう任せろ。何でも聞いてやるぞ」
彼氏「でも駄目なんですよ」
兄「何で?」
彼氏「約束ですから。妹ちゃんとした約束は守らないといけないですから」
兄「約束?」
彼氏「はい。うっかり破っちゃったんでさっきも妹ちゃんに怒られたばかりだし、これ以上約束を破って話すわけにはいかないです」
兄「何なんだよいったい」
妹「お待たせ。お兄ちゃん」
兄「ずいぶん早かったな。ちゃんと体洗ったのか」
妹「洗ったよ。つうかお兄ちゃんのエッチ」
兄「何でだよ」
妹「妹に向って体とか言わないでよ」
兄「・・・・・・俺がシスコンであることは認めるけど、それはいくら何でも自意識過剰だろ」
妹「何よ。こういう会話をあたしとできることが嬉しいくせに」
兄「・・・・・・確かにな」
妹「え」
兄「確かに嬉しい。おまえに告って振られたときさ、俺は全てを失ったと思っていたから」
妹「そうなの?」
兄「ああ。おまえさっき言ってたろ? 俺は別にうちの家族のことにそんなにこだわってないって」
妹「言ったよ。だってそうじゃん」
兄「全然ちげえよ。俺だって寂しくてたまらなかったよ。実家に帰りたくてさ。でも、自分のせいで姫との関係を壊して、父さんたちにもとても言えないことをやらかしたんだぞ」
妹「何よ。あたしがお兄ちゃんを振ったせいだって言いたいの?」
兄「んなこと言ってねえだろうが」
妹「じゃあなんで」
兄「告って振られたけど一応これまでどおりに振る舞おうとは思ったさ。でもできねえもん。おまえを見るだけでつらくてさ。つらいって言っても俺が失恋したことじゃねえぞ。俺を振ったことでおまえが傷付いているのを見るのがつらくて」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「だからもういいだろ。俺は好きにする。彼女を作るかどうかはわかんないけど、とにかく俺はいい兄貴としておまえを見守る。もうそんでいいじゃんか。彼氏君のことを俺が応援したっていいじゃんかよ。これ以上、俺にストレスを与えないでくれよ」
妹「・・・・・・ごめん」
兄「あ、悪い。ついエキサイトしちゃった」
妹「ごめん」
兄「いや。今のは俺が悪いんだ。勝手に自分の感情を姫にぶつけただけだし」
妹「お兄ちゃん?」
兄「ああ」
妹「・・・・・・もういいじゃん。あたしたちは二人ともよく頑張ったよ。でもこのあたりがあたしたたちの限界だったんだよ」
兄「何言ってるの? おまえ」
妹「もうよそう。そろそろ現実を受け入れようよ。あたしとお兄ちゃんはきっと最初からお互いに他の人じゃ駄目だったんだよ」
兄「・・・・・・え」
妹「お互いに恋人なんか作らないでいつまでも兄妹で一緒にいる運命だったんだよ」
兄「お互いに一人身でか?」
妹「・・・・・・・あのさ」
兄「・・・・・・」
妹「あたし、お兄ちゃんの彼女にはなれないけど。でも、お兄ちゃんが辛いならできることはするから」
兄「(ふざけんなよ)おい、よせ」
妹「キスしよ」
兄「おいちょっと(何で服を脱いでるんだよ!)」
<お兄ちゃんが好き>
兄「ちょっとよせって」
妹「・・・・・・」
兄「マジやばいって。つうかおまえ上半裸じゃんか」
妹「・・・・・・」
兄(ゆ、夢にまでみた姫の)
兄「(いやそんなこと言ってる場合か)もうやめ。服着ろ」
妹「何でよ」
兄「何でって」
妹「お兄ちゃんに一生彼女作らないでなんてひどいこと言ったんだもん。できることはするよ」
兄「何言ってるんだおまえ」
妹「姫って言ってよ」
兄「あのさあ」
妹「彼女なんか作らないでずっとあたしと一緒にいて」
兄「・・・・・・」
妹「でも一生その・・・・・・ど、童貞じゃなくてもいいんだよ」
兄「・・・・・・」
妹「何か言ってよ。それともあたしの身体なんかに興味ないの?」
兄「抱きつくなよ(いろいろとやばい)」
妹「お兄ちゃん」
兄「う。何すんだよ」
妹「そういうときは鼻で息するといいよ」
兄「おまえさあ」
妹「何よ」
兄「俺とは付き合えないんじゃなかったのかよ」
妹「そうだよ。兄妹で付き合えるわけないでしょ」
兄「じゃあいったいおまえは何をしたいんだよ」
妹「だってお兄ちゃんに彼女ができたらあたしと一緒にいてくれないでしょ」
兄「ずっと姫の側にいるって」
妹「嘘つき」
兄「何で嘘だよ」
妹「だってそうじゃん。今日だって妹友ちゃんとずっと一緒にいたし」
兄「あれは姫と彼氏君に遠慮したんだよ。妹友だってそうだ」
妹「もう彼氏君とは別れる。だからもう変な遠慮はしないで」
兄「おまえなあ。俺のためにならやめとけよ。彼氏君が気の毒だろうが」
妹「ねえ」
兄「今度は何? もう寝ようぜ」
妹「妹友ちゃんから告白されたの?」
兄「(・・・・・・姫には嘘はつけねえ)多分、そんな感じ」
妹「妹友ちゃんと付き合うの?」
兄「まだ返事はしてないよ」
妹「・・・・・・」
兄「姫?」
妹「好き」
兄「え? 好きって・・・・・・え」
妹「お兄ちゃんが好き」
兄「ちょっと」
兄(ようやく服を着せ寝かしつけたけど)
兄(・・・・・・確かに最初は俺の気持悪い告白から始まったことには違いない)
兄(でも、あれから反省もした。彼女も作ったし別れもした。最初の一月を除けば妹のことを放置だってしていないはず)
兄(好きって)
兄(付き合えないけど兄としては大好きって意味だろうけど。そもそもキスしいてる時点でおかしいじゃんか)
妹『一生彼女は作らないであたしと一緒にいて』
妹『でも一生その・・・・・・ど、童貞じゃなくてもいいんだよ』
妹『何か言ってよ。それともあたしの身体なんかに興味ないの?』
兄(・・・・・・あれってつまりそういう意味だよな)
兄(付き合う気がないのに何であんなことまでしようとしたんだろ。しかも好きって)
兄(まあ、姫もいろいろ悩んで混乱してるんだろう)
兄(だから俺はあれを真に受けちゃいけないんだ。むしろ優しく姫を諌めなきゃいけない)
兄(とりあえず妹友と女のことは保留だ。ひどい仕打ちだしそれで嫌われてもしかたないけど)
兄(姫がここまで思い詰めているんだ。俺くらいは側にいてやらないと)
兄(・・・・・・泣きつかれたのかよく寝てる)
兄(・・・・・・しかし綺麗だったな)
兄(今さらだけど肌白いし華奢だし。胸は小さいけど、美少女ならそれすらも武器にしちゃうんだな)
兄(いかん。思い出すといろいろやばい。もう寝よう)
兄「おやすみお姫様」
妹「ほら起きてお兄ちゃん」
兄「うん? もう朝?」
妹「こら寝ぼけるな。朝ごはんだからさっさと起きて顔洗って」
兄「わかった(何か普通な態度だな。吹っ切れたのかな)」
妹「ほら早く」
兄「・・・・・・うん(いかん思わず姫の胸に視線が)」
妹「・・・・・・」
兄「じゃあ歯磨きしてこよ」
妹「お兄ちゃんどこ見てんの」
兄「あ、悪い」
妹「エッチ」
兄「いやその」
妹「・・・・・・もしかして思い出してるんじゃないでしょうね」
兄「・・・・・・」
妹「何とか言え。つうか今すぐ忘れなさい」
兄「無茶言うなよ」
妹「もう。さっさと顔洗ってこい」
兄「うん」
妹「だから。人の胸ばっか見つめてるんじゃないの」
兄「すまん(悩んでねえのかな。もう元気になったのか?)」
<温水プールへ>
妹友「おはようございますお兄さん」
兄「おはよ」
彼氏「今日は遅いですね。運転とかで疲れましたか」
兄「うん、まあ」
妹「ほら。さっさと食べちゃってよ。早く出かけたいから」
兄「わかった。って今日はどうするの」
妹「最後の日だからね。妹友ちゃんと相談したんだけど」
兄「うん」
妹「泳ぎに行こう」
兄「はい?」
妹「去年買った水着持ってきたし」
兄「さすがにまだ寒いだろ。無理無理」
妹友「違いますよ。海で泳ぐんじゃなくて大きな温水プールがあるんです。ドームの中なんですごく大きいんですよ」
兄「植物園は?」
妹「プールの方がいいから」
兄「おまえら水着持ってるみたいだけど、俺はねえもん。彼氏君は?」
彼氏「・・・・・・」
兄「彼氏君?」
彼氏「あ、すいません。水着は持ってません」
兄「だよなあ。どうする? 別行動するか」
妹「・・・・・・」
兄「(あ、いけね。妹に睨まれた。姫を放置しないって約束したんだったな)でも、水着
ないし」
妹「買えばいいじゃん」
兄「こんな季節に売ってねえだろ。あるにしたって街中まで出ないと無理だよ」
妹友「大丈夫ですよ。さっきスマホで調べたら施設内の売店で水着が売っているそうです」
兄「彼氏君どうする?」
彼氏「・・・・・・」
兄「彼氏君?」
彼氏「あ、すいません。どっちでもいいです。お兄さんにお任せします」
兄「そう?」
妹「こんな時期に泳げるなんて嬉しい」
兄「おまえらなあ。泳ぐなら事前に言っておいてくれればいいのに」
妹「今朝、二人で朝ごはんの支度しながら急に思いついたんだもん」
兄「全く」
妹「へへ」
兄「何だよ(今日も自然に俺の隣に座ったな)」
妹「本当は期待してるんでしょ?」
兄「期待って何が?」
妹「あたしと妹友ちゃんの水着姿」
兄「・・・・・・あのなあ」
妹「正直に言ってみ?」
兄「まあ、楽しみではあるけど」
妹「けど、何よ」
兄「昨夜もっとすごいのを見、って痛いつうか危ねえよ」
妹「だから忘れろって言ったでしょ」
兄「そんなに都合よく記憶操作なんかできるか。だいたい姫が勝手に脱い」
妹「死ね」
兄「わかったって。努力するから」
妹「全くお兄ちゃんはエッチなんだから」
兄「男なんてみんなそんなもんだ」
妹「・・・・・・ねえ」
兄「うん?」
妹「興奮しちゃった?」
兄「おまえ何言って」
妹「あたしの裸の胸を見て、思わず妹と間違いを犯しそうになっちゃった?」
兄「・・・・・・正直に言うとまあそうかも」
妹「あたしの胸なんかじゃ興奮しないって言ってたくせに」
兄「小さめだけど綺麗だった、って、おい。だから危ないからよせって。姫の方が聞いてきたんだろう」
妹「・・・・・・ねえ」
兄「もういい加減勘弁してくれ。俺が無理矢理脱がしたんじゃないぞ」
妹「違うよ。そのさ。本当に綺麗だった?」
兄「・・・・・・ああ本当だよ」
妹「じゃあ何で何もしなかったの?」
兄「姫は俺の妹だから」
妹「実の妹に告っておいて何で今さら道徳的なこと言ってるのよ」
兄「後悔したからさ」
妹「後悔って? あたしに振られたから?」
兄「違うよ。そんなのは自業自得だ。そうじゃなくて。俺が告白したことによっておまえからいい兄貴を取り上げておまえを悲しませたことだよ。悔やんでも悔やみきれん。だから俺はもう二度といい兄貴から逸脱しないし、昨日の夜みたいな状況になっても絶対におまえには手を出さない」
妹「意味わかんない。日本語で言ってよ」
兄「立派な日本語だろうが」
妹「じゃあ。もし、もしもだよ。あたしがお兄ちゃんのことが大好きだって言ったら?」
兄「そんなことは前から知ってる。おまえが好きなのは俺と父さんと母さんだろ」
妹「違うよ。そうじゃなくて、もしあたしが男として異性としてお兄ちゃんのことが大好きだって言ったら、お兄ちゃんはどうする」
兄「嘘付けって言うね」
妹「何でよ」
兄「あり得ないから。おまえが必死になってるのは俺を振ったことで兄貴を失うのが辛いからだろ。だけどもう心配するな。おまえが結婚したってずっとおまえを見守っているから」
妹「否定はしないよ。多分、自分の中ではそういう感情があったと思う。でもさ、あたしが結婚したら、お兄ちゃんは見守ってくれるかもしれないけど、一緒にはいてくれないでしょ」
兄「当たり前だ。新婚夫婦と一緒に暮らすなんてできるか」
妹「そう考えたら何か恐くなっちゃった。自分の人生からお兄ちゃんが消える日が来ると思うと」
兄「心配するな。結婚したいと思うほど好きな男ができれば、俺のことなんか自然に忘れられるよ」
妹「そんな簡単なことじゃないんだけどなあ」
兄「いや。すごく簡単なことだよ。結婚するってそういうことだろ。いつかは家庭から旅立って自分の家庭を新しく作るときが来るんだって」
<返事はもちろんイエスだよ。喜んでお兄ちゃんの彼女になるね>
妹「あのさ」
兄「まだ納得できない?」
妹「それならあたし、結婚なんかしないもん。そうすればお兄ちゃんがずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
兄「またその話かよ。いつまでも家族四人で暮らすって話だろ?」
妹「何がいけないのよ。お兄ちゃん、ずっと独身であたしを見守るって言ってたじゃん」
兄「こんなことは言いたくないけどさ。おまえが大好きな父さんと母さんだって永遠に生きていてくれるわけじゃないんだぞ。いつかは別れが来るんだよ」
妹「・・・・・・そんなのずっと先の話じゃない。今考える必要なんかないよ」
兄「まあ確かに今考える必要はないな」
妹「あたしさ。前に妹友ちゃんに言われたのね」
兄「何て?」
妹「あたしがお兄ちゃんのアパートに行って、女さんと二人でいるところを見たことを妹友ちゃんに相談したときだけど」
兄(あ。それ確か妹友に聞いた)
妹友『何であたしから目を逸らして答えるのよ。うちの兄貴のこと好きなんでしょ』
妹『多分』
妹友『あんたねえ。あたしの兄貴をその気にしておいてそれはないでしょ。まさか、あんた。お兄さんのことが本気で異性として気になりだしてるんじゃ』
妹『・・・・・・』
妹友『何か言ってよ』
妹『わからない。ちょっとよく考えてみる』
妹「自分でもよくわからなかったのね。でも、そのあのときは確かに女さんにお兄ちゃんを取られたくないって思って。だから妹友ちゃんから問い詰められたときも即答できなくて考えてみるって言ったんだけど」
兄(マジかよ)
妹「でも考えてもよくわからなかった。それからお兄ちゃんが女さんと別れて家に帰ってきてくれたから、あたしはとりあえず安心して、そのことはもうあまり考えないようにしてたんだけど」
兄「ああ」
妹「でもさ。お兄ちゃんの学校に一緒に行って公園でデートしたり、女友さんに対抗してお兄ちゃんの彼女の振りをしているうちにさ。何か変なんだけど」
兄「・・・・・・」
妹「とにかく楽しかったし気が楽なのよ。お兄ちゃんといると。それに彼女の振りをしてたとき、あたし本当はすごくドキドキして」
兄「おまえさ」
妹「ふと思ったの。これが恋なんじゃないかって」
兄「彼氏君のときだってそうだったんだろ」
妹「全然違うよ。ときめきもドキドキも何にもなかったもん」
兄「じゃあ何で付き合ったんだよ」
妹「それは言いたくない」
兄「・・・・・・(何なんだ。いかん、こっちまでドキドキしてきた)」
妹「昨日の夜、あたしが最後に言ったこと覚えてる?」
兄「・・・・・・ああ」
妹『・・・・・・』
兄『姫?』
妹『好き』
兄『え? 好きって・・・・・・え』
妹『お兄ちゃんが好き』
兄『ちょっと』
兄「あれって兄貴として好きって意味じゃねえの?」
妹「・・・・・・」
兄「えと」
妹「後ろの二人は?」
兄「寝てるよ。昨日よく眠れなかったのかな」
妹「じゃあ、言うね」
兄「言うって何を」
妹「お兄ちゃんの告白に対する返事」
兄「それはもう聞いた」
妹「前のは取り消し。あとお兄ちゃんにも彼女を作って欲しいというのも取り消し」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん。返事をやり直すね」
兄「おまえは何を言って」
妹「お兄ちゃん。あたしを好きになって告白してくれてありがとう」
兄「ちょ、おま」
妹「返事はもちろんイエスだよ。喜んでお兄ちゃんの彼女になるね」
妹友「お兄さん、あっちにウォータースライダーがありますよ」
兄「そうだね」
妹友「一人じゃ恐いので付き合ってください」
兄「ええと。妹も行く?」
妹「あたしはいいや。流れるプールでぷかぷか浮いてるから」
兄「そう?(くそ。こんなときなのに姫の水着姿から目が離せねえ)」
妹友「お兄さん。ちょっと妹ちゃんをガン見し過ぎです」
兄「ち、違うって」
妹「お兄ちゃんは昔からエッチだからね。妹友ちゃんも気をつけてね」
妹友「え?」
兄(だから胸を隠すな。隠すほどもないくせに。でもこいつも可愛いな)
妹友「ちょっと、あまりじろじろ見ないでください」
兄「見てねえよ」
妹「早く行っておいで。戻ったらお昼にしよ」
妹友「うん。あそこのレストランは水着のまま入れるんだって」
妹「いいね」
妹友「じゃ。ちょっとお兄さん借りるね」
妹「どうぞー」
兄(妹はさっきの告白で吹っ切れたみたいだ)
妹『返事は急がないよ。お兄ちゃんだって今は悩みも多いだろうし』
兄『おま、おまえ。あのとき俺のこと振ったくせに』
妹『だからあれはリセット。なかったことにしたの』
兄『おまえ、無理して言ってるだろ』
妹『無理なんかしてない。悩んだ末の結論だもん』
兄『俺はどうすればいいんだよ。せっかくいい兄貴になることにしたのに』
妹『お兄ちゃんには女さんと妹友ちゃんもいるんだから、よく考えればいいよ。その選択肢の中にあたしも入れておいてくれればそれでいい』
兄『・・・・・・マジかよ』
妹友「あ。妹ちゃんが男の人に囲まれてますよ。あれちょっとやばいんじゃ」
兄「行ってくる」
妹友「あ。お兄ちゃんだ」
兄「彼氏君?」
<父さんのおかげかな>
兄(あいつら。姫をナンパするとはいい度胸だ。ガキの頃、数年間父さんの言いつけで無理矢理空手道場に通わされた俺の実力を見せてくれるわ)
兄(かわいそうに。妹が野郎どもに囲まれて怯えてる。あいつら絶対許さん)
兄(彼氏君が野郎どもに話しかけているけど、おとなしく話を聞く玉じゃねえだろ、あいつら)
兄(あ。彼氏君が男の一人に殴られた!)
兄(妹が彼氏君を庇っているな。くそ。もう許さん)
兄(あいつら何人だ? 五人か)
兄(とりあえず妹を抱えているやつを潰して、間をおかずに彼氏君を殴ってるやつを何とかしよう。多分それで残りの三人は怯むだろうから、あとは周りの客に頼んで警備員を呼んでもらって)
兄(よし。ここまでは俺は冷静だ)
兄「姫を放せこの野郎!」
妹「お兄ちゃん!」
兄(何とか姫を捕まえていたやつはプールの底に沈めてやったけど。彼氏君救出には至らず逆に俺がボコボコにされてしまった)
兄(すぐに警備員の人が来てくれて助かったけど)
兄(情けねえ。姫の前で醜態をさらしてしまった)
兄(しかし、一度自転車に乗れたら何年乗ってなくても再び乗れるって言うけど、空手は全然駄目だな。腰の沈め方から型まで全然覚えてなかった)
兄(まあ、でも姫が無事ならそれでいい。案外、俺のこの残念な有様を見てさっきの告白の返事も思い直すかもしれないし)
兄「って体が重い」
妹「お兄ちゃん」
兄「おう、姫。無事でよかったな」
妹「・・・・・・大丈夫?」
兄「多分平気だと思う。おまえは? 何かひどいことをされてねえか?」
妹「うん。大丈夫」
兄「よかった」
妹「お兄ちゃん、すごく格好よかったよ」
兄「やられてボコボコにされたのにか」
妹「だって向こうは五人もいたんだし。それにあたしのことは助けてくれたじゃない」
兄「姫が無事でよかったよ」
妹「・・・・・・お兄ちゃん。大好き」
兄「いやその・・・・・・泣くなよ」
妹「本当にどこも痛くない?」
兄「平気だけど・・・・・・彼氏君は?」
妹「大丈夫みたい。殴られてはいたけど」
兄「あいつ、格好よかったよな。あんまり強そうには見えないけど、おまえを助けようと必死だったもんな」
妹「・・・・・・うん」
兄「ところであのバカたちはどうなった?」
妹「警備員の人が警察を呼んで連れて行かれた。あとであたしたちからも事情を聞きたいって」
兄「俺、どのくらい気を失ってたんだろ」
妹「十五分くらいだよ。さっきまでこの施設のお医者さんがいてくれた。もう大丈夫って」
兄「そうか。妹友は?」
妹「彼氏君と一緒にいる。妹友ちゃんも彼氏君が殴られるとこを見てパニックになって大変だった」
兄「あいつにとっては大好きな兄貴だもんな」
妹「そうだね」
兄「ここどこ?」
妹「医務室。気がついたらもう普通にここから出ていいって」
兄「じゃあ行くか。飯食ってないし」
妹「お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「お兄ちゃん大好き。やっぱりあたしに何かあったときはお兄ちゃんが救ってくれるんだね」
兄(妹に抱きつかれた。しかも水着姿の妹に)
妹「よくわかったよ。あたしは間違っていないって。やっぱりあたしを一番大切にしてくれるのは世界でお兄ちゃんだけだって」
兄「彼氏君だって必死におまえを助けようとしてたんだぞ」
妹「でも、あたしを助けてくれたのはお兄ちゃんじゃん。あたしを抱きかかえてたやつをやっつけてくれて」
兄「・・・・・・父さんのおかげかな」
妹「どうして?」
兄「俺が昔、空手道場のジュニアコースに無理矢理入れられたの覚えてない?」
妹「覚えてるよ。お兄ちゃんすごく嫌がってたね」
兄「正直苦痛だった。空手なんかに全然興味なかったから」
妹「じゃあ、何で通ってたの」
兄「父さんに言われたから。何かあったとき、おまえが妹姫を守れるようになれって」
妹「・・・・・・」
兄「まさか、こんなに後になって役立つとは思わなかったけどな」
妹「・・・・・・もう無理」
兄「へ?」
妹「もう無理。もう無理だよ。お兄ちゃん、大好きだよ。キスして」
兄「おいって」
妹友「妹ちゃん、お兄さんは大丈夫?」
兄・妹「え?」
妹友「・・・・・・何やってるの? 二人とも」
<もうやだ>
妹友「何やってるの? 兄妹同士でキス・・・・・・しかもそんな裸同然の格好で抱きあって」
兄「ちょっと待て。落ちつけよ(いけね。二人とも水着のままだった)」
妹友「むしろお兄さんの方が落ちいつた方がいいんじゃないですか」
兄「いや、その(よく考えたら俺、妹の裸の背中に思い切り触ってんじゃん。自分の方に抱きかかえるようにして)」
妹友「・・・・・・いい加減に離れたらどうですか」
兄「あ、ああ(つうか姫が離してくれん。むしろ俺の首に回している腕に力が篭もったし)」
妹友「もうやだ」
兄「ちょっと待て。これは違うんだ(逃げちゃった。追いかけて誤解を)」
妹「行かないで」
兄「え?」
妹「行っちゃだめ」
兄「だって妹友の誤解を」
妹「誤解なの?」
兄「・・・・・・だってよ」
妹「抱きついてキスしたのはあたしだよ。でも、お兄ちゃんの手だってあたしを肌に触れている。あたしを抱きよせてくれてるじゃない」
兄「・・・・・・(そのとおりだ。姫に抱きつかれたとき、俺は姫を抱き寄せた。どんなに自分に、そして妹友に言い訳したってこれだけは本当のことなんだ)」
妹「妹友ちゃんには悪いことしちゃったけど」
兄「・・・・・・うん」
妹「これからもっといろいろ大変なこととか嫌なこととかあると思うけど」
兄「・・・・・・どういうこと?」
妹「お兄ちゃんがもう一度あたしに告白してくれるなら、あたしはそれでもいい」
兄「俺・・・・・・」
妹「ごめんねお兄ちゃん」
兄(耳元で囁く姫の声)
兄(一時期はあれほど望んでいたことなのに)
兄(何でこんなに不安なんだろう。それでもようやく俺の腕の中に入った姫のことを俺は・・・・・・)
妹「もう一度キスして」
兄(それでも妹には逆らえる気がしねえ)
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「とっても素敵なキスだったよ」
兄(こんなこと言う子だっけ? 姫って)
妹「大切な人はやっぱり身近にいたんだね」
兄「何それ。青い鳥?」
妹「ふふ」
兄「何だよ(俺の胸に顔を埋めた。姫の髪の感触が俺の裸の肌をくすぐって。ちょっとやばいかも)」
妹「・・・・・・大好き」
兄「(ちくしょう可愛い・・・・・・が何とか冷静になるんだ)姫って、俺とは付き合えないの
かと思ってたよ」
妹「ごめん。でもあのときの返事はなしって言ったでしょ?」
兄「そうだけど」
妹「お兄ちゃんに抱かれてるとドキドキするんだけど、それでもなんか落ちつく。すごく安心する」
兄「姫(我慢できねえ)」
妹「・・・・・・それはちょっと痛いかな」
兄「ごめん(すべすべしてた)」
妹「いいよ。でもそろそろここ出ないと医務室の人に変に思われちゃう」
兄「じゃあ行くか」
妹「どこも痛くない?」
兄「平気」
妹「よかった。お兄ちゃん。妹友ちゃんには悪いけど、今日はもうずっとあたしと一緒にいて」
兄「・・・・・・そうする(流されてるな俺)」
妹「お兄ちゃん」
兄「ああ」
妹「お昼どうする?」
兄「水着で入れるレストランに行くんじゃなかった?」
妹「でも・・・・・・妹友ちゃんたちは?」
兄「そういや見当たらないな」
妹「先に行っちゃっていいのかな」
兄「携帯はロッカーの中だしなあ。少し探してみるか」
妹「そうだね」
兄(予想どおり姫に密着された。嬉しいけど何か複雑な気分だ)
兄(彼女を作る作らないに関わらず俺はずっと姫を見守る気になっていたし、そのことは姫にも伝わっていたはず)
兄(それなのに昨日の夜は・・・・・・服まで脱いで)
妹『お互いに恋人なんか作らないでいつまでも兄妹で一緒にいる運命だったんだよ』
兄「お互いに一人身でか?」
妹『あたし、お兄ちゃんの彼女にはなれないけど。でも、お兄ちゃんが辛いならできることはするから』
兄(最初はこうなって。そんで次に)
妹『・・・・・・』
兄『姫?』
妹『好き』
兄『え? 好きって・・・・・・え』
妹『お兄ちゃんが好き』
兄『ちょっと』
兄(それでさっき、前にした告白の返事のやり直しをされた。俺とは付き合えないんじゃなかったのかよ。つうか、お互いに一生独身で一緒にいるのと、俺の彼女になるって言うのって意味としては全然違うと思うんだけど)
兄(妹も混乱してるんだろうか)
兄(妹友にも女にもずるずるってわけにはいかないよな)
兄(どうしたもんか)
<姫を自分だけのものにしたい>
妹「いないねえ」
兄「どこ行ったんだろうな。いくら大きなプールっていったって見逃すほどの規模でもねえのにな」
妹「迷子の放送をお願いしてこようか」
兄「子どもじゃないんだから」
妹「じゃあどうするのよ。さすがに勝手に食事しちゃうわけにもいかないじゃん」
兄「・・・・・・じゃあ更衣室に行って携帯で電話してみるよ。これだけ探していないんだ。ひょっとしたらもう着替えて外に出てるのかもしれないし」
妹「あたしたちに黙って勝手に?」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・そうだね」
兄「それくらいのことをしちゃったんだし。しかも最中を見られたし」
妹「うん」
兄「いやさ。別に姫を責めてるわけじゃないぞ? 俺だって正直に言うと長年の夢がかなったみたいで嬉しかったし、姫に応えて、その、姫を抱きしめたりとかしちゃったし」
妹「本当に嬉しかった?」
兄「まあな」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・いやあの。別に深い意味はなくて」
妹「お兄ちゃんの長年の夢って何? 正直に聞かせて」
兄「(嘘は言えねえな。たとえ姫にドン引きされても)姫のことだけどさ」
妹「あたしのこと?」
兄「ああ。昔からそうだった。姫がまだ小学校低学年の頃から。まあ、多分そうだった」
妹「ちゃんとわかるように言ってよ」
兄「昔からそうだったんだよ。姫を自分だけのものにしたいって、姫の心も身体も全部俺だけのものにしたいって思ってたよ。姫は自分の実の妹なのにな」
妹「・・・・・・そうか」
兄「おまえ可愛かったからね。見た目も性格もさ。そんな子が身近に家庭にいるんだぞ。姫が中学生の頃さ、おまえは無邪気に俺にまとわりついていたけど。もう少しで襲い掛かりそうになったことなんか何度でもあったよ」
妹「・・・・・・何で襲わなかったの」
兄「それだと姫の心までは奪えないからな。姫の身体だけ奪ったって意味ないんだよ。だから我慢してた。オ○ニーはしてたけど」
妹「そういやあたしの名前を呼びながら変なことしてたよね、あのときも」
兄「おまえにはそんなこと許可してないとかって言われたけどな」
妹「そうだった」
兄「正直ドン引きだろ? 姫が慕ってきた大好きな家族の一人がおまえに欲情を抱いてたなんて知ったら」
妹「そんなことないよ。いまさら何言ってるの」
兄「・・・・・・だってよ」
妹「あたしの名前を呼びながら変なことしてた時点でそんなことはわかってたって」
兄(うん? そういやあれを見られたときの姫ってわりと落ちついてかな)
妹「それで?」
兄「それでって。まあ自分でも報われない想いなのはわかってたけどさ。とりあえず姫には彼氏もいないようだったから、あの頃の俺のライバルはうざい父さんだけだったんだよな。まあ、彼氏君と寄り添って歩いている姫を目撃するまではだけど」
妹「彼氏君なんてどうでもいいけど、今は?」
兄「へ?」
妹「正直に話してくれたのはわかった。けど、今の気持はどうなの? お兄ちゃんだって妹友ちゃんとか女さんとかに誘われてるんでしょ」
兄「結局さ。こうなったらどうしたって誰かを傷つけちゃうんだよな。別に俺なんかがもてもてのイケメンみたいなことを言うのも滑稽だろうけど」
妹「そんなことはないけど」
兄「今は悩んでるさ。正直、姫に振られておまえを自分のものにすることについてはきっぱりと諦めた。無理矢理そうする気なんかなかったし、そのほかの選択肢なんかなかったから。でもさ、家族の一人をそれで失った姫を見て、告白したことを心底後悔したんだよね」
妹「うん」
兄「何度も言ったことだよなこれ。しつこく言って悪い」
妹「もういいから、ちゃんと答えて」
兄「答えてるけど」
妹「そうじゃないよ。今は? あたしがお兄ちゃんの彼女になるねって言ったことを聞いたでしょ。それで今はどう考えてるの」
兄「わからん。夢にまで見た姫の身体の方は昨晩上半身のヌードを見せてもらったし、今日はおまえを抱きしめて姫の素肌にも触れることができた。姫の心と身体のうち身体の方は手に入れた気になった気がした」
妹「触っただけでいいの?・・・・・・つうか、あれだけはっきり告白に返事したのにまだ理解してくれないの?」
兄「俺の告白に応えるってことはさ。おまえの好きな父さんと母さんを裏切ったり騙すってことだぞ。そこまでわかってて俺の彼女になるねとかって言ってるのか」
妹「もしかしてお兄ちゃんって、あたしのことを本当にバカだと思ってる?」
兄「何でだよ」
妹「あたしが何でお兄ちゃんの告白を一度断ったと思ってるの」
兄「それは・・・・・・。俺のことなんか好きじゃなかったか、あるいは好きかもしれないけど近親相姦なんて無理って思ったかどっちかだと」
妹「どっちも違うよ」
兄「どういうこと?」
妹「お兄ちゃんに告白されたとき、付き合えないって言ったのはね」
兄「・・・・・・うん」
妹「大切な家族の関係を壊したくなかったから。理由はそれだけ」
兄「え? じゃ、じゃあさ。俺のことが好きじゃないわけじゃ」
妹「昨日から何回も言ってるでしょ。あたしはお兄ちゃんのことが好き。異性として。昔から」
兄「昔からって。そこまでは聞いてない」
妹「多分小学校の四年生くらいの頃かな。あたしがお兄ちゃんに初恋したのって」
兄(夢みたいだ)
妹「それからはずっと大好きで。でもそういうことをはっきり口にするとパパもママも悲しむって次第にわかってきて。それからはとにかく仲のいい兄妹でいようと思った。それだけが目標だった」
兄「全然知らなかったよ」
妹「お兄ちゃんは鈍感だからね。あたしはお兄ちゃんの気持ちなんか昔から知ってたよ。冗談めかして照れ隠しで偉そうに言ってるけど、この人って本当にあたしのことが好きなんだなあって」
兄「(マジかよ。小学校の頃から姫と俺は両想いだったってことじゃん)じゃ、じゃあ」
妹「うん」
兄「何で今になって俺の彼女になるなんて言い出した? 父さんと母さんはどうなる」
妹「もともとお兄ちゃんが一人暮らしを始めた頃から限界だと思ってたの。もう我慢できないって。それでそれからいろいろあったけど、今日お兄ちゃんがあたしを乱暴な男の人から助けてくれて。それで嫌だった空手もあたしを守るために練習してくれていたことを聞いたときにね」
兄「・・・・・・」
妹「もう自分の気持を偽るのは無理だと思った。もうあたしは選ばなきゃいけないって思ったの」
兄「選ぶって」
妹「あたし、もう決めた。お兄ちゃんがあたしを欲しいって言ってくれたら、あたしももうそれでいい。パパとママを失うことになってもお兄ちゃんがずっとあたしの彼氏でいてくれるならもうそれでいい」
兄「おまえさ。昔から何よりも家族のことが大好きだったのに」
妹「昔からお兄ちゃんのことが一番好きだった。いろいろ回り道したけど、お兄ちゃんがあたしを受け入れてくれるならもうそれでいいって決めた」
兄「・・・・・・なら俺もそれでいいや。おまえのこと昔から愛してる」
妹「お兄ちゃん。あたし、それがFAって思ってもいいの?」
兄「ああ。姫のこと大好きだ」
妹「あたしも大好き。お兄ちゃん愛してる」
<キス>
兄「これ」
妹「メールに返信があったの?」
兄「うん」
from:妹友
to:お兄さん
sub:無題
『ごめんなさい。ちょっとお兄ちゃんと話もあったので勝手にバスで別荘に帰ってきています。連絡もしないで本当にすいません。お兄さんと妹ちゃんは予定どおりプールで一日過ごしてから帰ってきてください』
『お昼も夕食も勝手に済ませますからお兄さんたちもそうしてください』
妹「そうか」
兄「とりあえず食事する?」
妹「もうプールはいいや。どっか外でお昼食べて帰ろ」
兄「おまえ、今日はろくに泳いでないんじゃない?」
妹「うん。でももういいや」
兄「そんじゃそうしようか」
妹「ひょっとして残念なの?」
兄「何が」
妹「もっと付き合い出したばかりの彼女の水着姿を見たかった?」
兄「・・・・・・まあな」
妹「真顔で答えないでよ。反則だよつうか照れるじゃん」
兄「姫と一緒で俺も吹っ切れたからね。今のは本音」
妹「じゃあ、お兄ちゃんがいい子にしてたらまた見せてあげる。今のは本音」
兄「真似するなよ」
妹「真似じゃないよ」
兄(・・・・・・また姫にキスされたけど。今度ばかりは本気で嬉しい)
妹「じゃあ着替えて入り口で待ち合わせね。遅れないでね」
兄「おう。一分でシャワー終らせるよ」
妹「そこはちゃんと洗えよ。じゃあね」
兄「おう」
兄「じゃあ行こうか。もうこの時間だから昼と夕食と一緒でいいな」
妹「いいよ。今度こそ二人きりでドライブだね」
兄「そうだな」
妹「お兄ちゃん」
兄「どうした」
妹「車の中で二人きりなんだよ」
兄「そうだけど」
妹「今日はあたしがお兄ちゃんの彼女になった記念日じゃん」
兄「そうだけど・・・・・・あんまり恥かしいこと言うなって」
妹「照れることないでしょ。これからはつらいこともあるかもしれないんだし」
兄「それはそうだね」
妹「つらいことに対抗するにはきっと大切な思い出が武器になるんだと思うよ」
兄「ま、そうかな(よくわかんねえ)」
妹「こら。ここまで姫が譲歩して言ってるんだからいい加減にあたしにキスしなさいって」
兄「・・・・・・了解」
妹「・・・・・・ちょっと!」
兄「・・・・・・うん」
妹「キスしろとは言ったけど。あ、お兄ちゃんいや」
兄「可愛いよ姫(すごく細いけどすごく柔らかい。そしてすべすべな肌)」
妹「・・・・・・もう。あんまり服とか髪を乱したら怒るよ」
兄「可愛いよ姫(夢にまで見た姫の身体のライン)」
妹「こら。信号青だって。もうおしまい」
兄「ああ」
妹「続きは夜でいいでしょ。全くエッチなんだから」
兄(妹萌えとはまさにこれか)
妹「お昼食べよう。もうあそこでいいね」
兄「またこの店かよ。伊勢海老と金目鯛しかないのに」
妹「どこでもいいじゃん。四人じゃなくて二人きりなら」
兄「そうか。そうだな(姫・・・・・・もう、どうにかしちゃいたいほど可愛い)」
妹「ほら、これ食べて」
兄「うん」
妹「もっと口開けてよ。あ~んってして」
兄「うん」
妹「美味しい?」
兄「美味しい。ほら、おまえも伊勢海老食え」
妹「食べさせて」
兄「ほら」
妹「うん。美味しい」
兄「不思議だな」
妹「何が?」
兄「四人で来たのと同じことやってるだけのに、姫と二人だと何か景色も食物の味も全然違う気がする」
妹「それはね。ずっとお兄ちゃんとあたしが一緒に生きてきたからだよ。そしてその歴史を踏まえて恋人同士になったんだもん。景色が違って当たり前だと思うよ」
兄「そうだな」
妹「着いちゃったね」
兄「何で残念そうよ」
妹「だって」
兄「(これで何度目の感想か忘れちゃったけど)姫、おまえ本当に可愛いよな」
妹「ちょっとしつこいよ・・・・・・。でもまあ、お兄ちゃんにそう言ってもらえると嬉しい」
兄「何度でも言うよ」
妹「あたしはもうお兄ちゃんだけのものだから。心も身体も」
兄「夢みたいだ。昔から片想いしてた姫が俺のものになるなんて」
妹「だから片想いじゃないって」
兄「そうだったな。そしたらもっと夢みたいだ」
妹「・・・・・・恥かしいよ。もうやめよ」
兄「だってさ。一度は永遠に諦めていたことが実現したんだし」
妹「そうか。待たせちゃってごめんね」
兄「いや。愛してるよ妹姫」
妹「あたしも愛してるよ、小さい頃からずっと」
兄「ありがとう姫」
妹「ありがとうって変だよ」
兄「そうかな」
妹「うん。別荘に入ろう」
兄「そうだな風呂入って一緒に寝ようか」
妹「あ」
兄「何?」
妹「あのね。お兄ちゃんのことは好きだし。その昨日みたいなのでもいいんだけど」
兄「(あ)そういうつもりじゃないって」
妹「・・・・・・昨日あれだけ迫ったのに今さらだと思うだろうけど。昨日は必死だったし、落ちついて考えるとね。その最後までするなら」
兄「うん」
妹「初めては隣に妹友ちゃんたちがいないときの方がいいな」
兄「わかってるよ(姫を抱きしめたい)」
妹「・・・・・・うん」
兄「(逆に妹に抱きつかれた)じゃあ、入ろう」
妹「そうね」
兄「真っ暗だな。照明のスイッチは」
妹「あ」
妹友「・・・・・・」
べったりと抱き合ってもつれるように別荘に入って照明をつけた俺たちの目の前に、妹
友と彼氏君がソファで半ば横たわりながら抱き合ってキスしている姿が目に入った。見た
くはなかったけど二人は半ば裸身のままだった。
突然明るくなったことに驚いたらしい妹友が彼氏君の腕を振り解いて、俺たちの方を見
た。
「えと。これは違うの」
「邪魔すんなよ。ふざけんな。どこまで身勝手なんだおまえらは」
妹友を離して体を起こした彼氏君が、何かを言いかけた妹友を遮るように怒鳴った。
<なぜ彼氏は自分の妹を襲ったのか>
兄(こいつら何をやって・・・・・・いやいや、全然こいつらのことをとやかく言える立場じゃないけど。それにしても穏かで礼儀正しい彼氏君とは思えない言葉遣いだ)
彼氏「何か言えよ。おまえら二人して僕たち兄妹のことを見下しやがって。わざといちゃついてるところを見せ付けて僕たちが悩んでるのをニヤニヤしながら面白がってたんだろ」
兄「彼氏君、落ちつけよ。何か誤解してんぞ(でも本当に誤解か。前にも一度想像したことがあるけど、彼氏君の立場に立てばこれは立派なNTRかもしれないな)」
彼氏「何が誤解だこの野郎。僕のことを親切に相手する振りしやがって。最初から惨めな僕たちを眺めて楽しむつもりでこの旅行に誘いやがったくせに」
兄「何を言ってるんだおまえは。とにかく少し落ちつけって。ちゃんと話せばわかるよ」
彼氏「・・・・・・それ本気で言ってるのか」
兄「当たり前だろ」
彼氏「それならてめえのビッチな妹に聞いてみるんだな。何でこの旅行に俺たちを誘ったのか」
兄「(・・・・・・こいつ俺の姫のことをビッチだと。いや我慢だ。とにかくこいつの誤解を解くのが先だ)もともとは家族旅行が駄目になったんで、親父が妹にせめて友だちとどっか行けって言ったからだよ。ただそれだけなんだけど」
彼氏「んなわけねえだろ。あんたのクソ妹にはちゃんと目的があったんだよ。聞いてみろよ、あんたの大切なクソビッチに」
兄「(・・・・・・こいつ。もう我慢できん)黙って聞いてりゃいい気になりやがって。俺の姫
のことをそれ以上悪く言うと」
彼氏「悪く言うと何ですかあ? お得意の空手で僕と妹友をノックアウトするつもりなんですかね?」
兄「・・・・・・てめえ」
妹「お兄ちゃんだめ」
兄「だってこの野郎、姫のことを」
妹「暴力はだめ」
兄(彼氏め。もう一言でも姫のことを悪く言ってみろ。姫が何と言おうとただじゃすまさん。これで見逃したら父さんにも申し訳が立たん)
妹友「お兄さん」
兄「え」
妹友「うちのお兄ちゃんの暴言についてはあたしがお詫びします。妹ちゃんも本当にごめんね」
兄「いや。おまえが謝る必要は」
彼氏「・・・・・・妹友は黙ってろ」
妹友「あと、ありがとうございました」
兄「え?」
妹「何言ってるの」
妹友「二人が入って来てくれて助かりました。あのままじゃあたしはお兄ちゃんにレイプされていたところでしたから」
兄「・・・・・・何だって?」
妹「・・・・・・妹友ちゃん、それって」
兄「おまえそれ本当なのか(最低だこいつ)」
彼氏「違う。僕たちはそこの淫乱なビッチに追い詰められて」
兄「(言うに事欠いて姫のことを)てめえ」
彼氏「離せよ! 僕は悪くない」
兄「黙れ」
妹「お兄ちゃん!」
彼氏「・・・・・・殴ったな」
兄「もう一言でも姫のことを悪く言ってみろ。こんなんじゃすまないぞ」
妹友「もうやめましょう。とりあえずこの格好では恥かしいので服を着させてください」
妹「そうだね。お兄ちゃん、寝室に行こう」
兄「あ、気がつかなくて悪い」
妹友「いえ。着替えたら声をかけます」
妹「お兄ちゃん、暴力はやめてって言ったのに」
兄「だってあいつ姫のことを淫乱とかビッチとか言いやがったから」
妹「さっきのプールのときとは状況が違うでしょ。彼氏君は手を上げたりしたわけじゃないんだし」
兄「俺だって最初は我慢したぞ。でもあいつは」
妹「とにかく最初に手を出した方が悪いことになっちゃうんだから。これからは気をつけてね」
兄「・・・・・・(だが姫を侮辱されて黙っているわけにはいかん。父さんにも姫を守るよう言われてるんだし)」
妹「あたしはお兄ちゃんやパパが考えているようなか弱い女じゃないよ。お兄ちゃんたちの幻想を壊しちゃって悪いけど」
兄「・・・・・・何言ってる。姫は今にも壊れそうな繊細な子だし、俺や父さんたちが守ってやらないと」
妹「そんなことはないんだよ。本当は」
兄「・・・・・・だって」
妹「でもありがと。お兄ちゃんのしたことは間違っているけど、それでもあたしを庇ってくれて、守ってくれて嬉しかった。本当にあたしはお兄ちゃんに守られてるんだって実感できた」
兄「・・・・・・」
妹「だからありがと。これはお礼ね」
妹「ねえ」
兄「うん」
妹「彼氏君が妹友ちゃんを・・・・・・その、無理矢理って本当かな」
兄「妹友がそう言ってったんだから嘘じゃねえだろ。あんなこと冗談で言えることじゃねえよ。まして相手は自分の兄貴なんだし」
妹「何でそんなことしたんだろ。自分の妹なのに」
兄「普通は妹じゃなくたってレイプなんてしねえよ」
妹「それはそうだけど。さっき乱暴な人たちに連れて行かれそうになったあたしを、彼氏君は助けてくれようとしたわけでしょ? それなのに自分が同じことをするなんて」
兄「人間って意外と複雑だしな。本当は何を考えているかなんか他人にはわからないし」
妹「・・・・・・ねえ」
兄「うん」
妹「さっきの彼氏君が言ってた旅行の目的の話、あれはでたらめだからね」
兄「そんなのは当たり前だ」
妹「本当に連休中に予定のない友だちを探すつもりでいて。最初に一番仲のいい妹友ちゃんに声をかけたら、連休中は予定は空いてるよって言われたの」
兄「わかってるって」
妹「ただ意外だったのは、妹友ちゃんから彼氏君も一緒でいい? て聞かれたこと」
兄「そうだったのか」
妹「うん。まさかだめとは言えなくて。そしたら妹友ちゃんからはダブルデートだねって言われた」
兄「それってさ。組み合わせは・・・・・・」
妹「妹友ちゃんの中では、あたしと彼氏君がペアで、お兄ちゃんと妹友ちゃんがもう一組のカップルだったんだと思う」
兄「まあ姫と彼氏君は付き合ってるんだしな(そうだ。姫に俺の想いが通じたなんて浮かれてたけど、まだ妹と彼氏君は恋人同士なんだよな」
妹「彼氏君の言ってたことは全部誤解。それだけは間違いないけどさ」
兄「うん」
妹「でも、彼氏君が難癖をつけてるわけじゃなくて、本心から信じて言ったのかもね」
<さっきみたいな誤解をされてもしかたないのかも>
兄「あいつは、何でまたあんな捻くれたことを考えるんだ」
妹「うん。客観的に考えてさ。あたしとお兄ちゃんの仲ってどう見えたんだろうね」
兄「俺には客観的になんか見れないけどさ。前半は俺は姫に相手にされずに拗ねてたな」
妹「後半は?」
兄「夢みたいだった」
妹「ふふ。でもさ、それを彼氏君とか妹友ちゃんの視点で見るとどうなのかな」
兄「それは(まあ面白くはないよな。彼氏君にとっては彼女を奪われたように感じたかもしれない。もっと被害妄想的に考えれば、妹が彼氏君と別れたくて俺との仲を見せつけたって考えちゃっても不思議はない)」
妹「本当にそんなつもりはないんだけど。でも結果的にはいろいろあって、この旅行中にあたしはお兄ちゃんへの気持ちをもう我慢しないことにしたじゃん? だからそれを彼氏君が見たらさっきみたいな誤解をされてもしかたないのかも」
兄(そもそも姫は彼氏君のことをどう思ってるのかな。前は俺に彼女がいないなら自分も別れると言っていた。俺のためだって言ってたけど、そもそも本当に好きならこんなことくらいで彼氏と別れるなんていわないはずだ)
妹「だからさ。あながち彼氏君の被害妄想だって切り捨てるわけにはいかないかもね」
兄「あのさ」
妹「うん?」
兄「おまえはさ。彼氏君の彼女なわけじゃん? あいつのことどう思ってるの」
妹「どうって。別に嫌いじゃなかったけど」
兄「けど?」
妹「本当に妹友ちゃんに無理矢理言うことを聞かせようとしたんだったら軽蔑する。もう顔も見たくない」
兄「まあな」
妹「お兄ちゃんならあたしが嫌がることは絶対にしないもん」
兄「それだけ自信を持ってそうだと言える」
妹「それだけなの?」
兄「いや、それだけじゃないけど」
妹「・・・・・・まだ着替えてるのかな」
兄「妹友ちゃん、ほとんど裸に近かったし」
妹「・・・・・・」
兄「いや、そんなには見てねえけど」
妹「最低」
兄「だから見てねえって。彼氏君が姫を傷つけるようなことを言ってたんで、妹友を見てる余裕なんかなかったよ」
妹「・・・・・・そうか」
兄「そうだよ」
妹「まあ、でもお兄ちゃんに本当に愛されているんだっていうのはさっき感じたよ」
兄「本当に姫のこと愛しているし」
妹「・・・・・・うん」
兄「ほら」
妹「お兄ちゃん」
兄(こんなときだけど妹が俺の腕の中で上目遣いに俺を見つめると)
兄(やっぱり幸せだ。俺って姫が生まれたときからずっとこいつに恋してきたんだなあ)
妹「もっと撫でて」
兄「猫かよ」
妹「もうそんでもいいや」
兄「・・・・・・姫」
妹「お兄ちゃんがあたしを姫って呼び出したのって最近じゃない?」
兄「うん。父さんだけはおまえのこと姫とか妹姫とか呼んでたけど」
妹「だからお兄ちゃんにそう呼ばれるとなんだかちょっと恥かしい」
兄「嫌ならもう呼ばないけど」
妹「・・・・・・意地悪」
兄「別にそんなつもりじゃ」
妹「恥かしいけど嬉しいの!」
兄「それならよかった。姫って本当に可愛いな」
妹「お兄ちゃんってそればっか」
兄「だって本当に可愛いんだからしかたない」
妹「・・・・・・ばか」
兄「あれ?」
妹「どうかしたの」
兄「外で車の音がする」
妹「うちの車?」
兄「いや。エンジン音が違うよ」
妹「誰か来たのかな」
兄「そんなわけねえだろ」
妹「伯父さん?」
兄「今、家族揃ってオーストラリアに旅行中だろ」
妹「じゃあ誰だろ」
兄「ちょっとカーテンを開けるぞ」
妹「ちょっと待ってよ」
兄「何だよ」
妹「外から見えちゃじゃん。服とか直すからちょっと手を離して」
兄「そんなのわからないって」
妹「誰がこうしたと思ってるのよ」
兄「悪い」
妹「もういいよ」
兄「何か外でずっとアイドリングしてるな。開けるぞ」
妹「タクシー?」
兄「だな」
妹「あれって」
兄「荷物を乗せてるね。彼氏君と妹友が」
妹「うそ? こんな時間に出て行っちゃうの?」
兄「妹友に騙されたな。どうする? 外に出て問い詰めるか」
妹「・・・・・・いいよ。放っておこう」
兄「二人がタクシーに乗り込んだぞ。何かとても襲ったり襲われたりした二人とは思えないんだけど」
妹「そうだね。後部座席で寄り添ってるね」
兄「タクシーが出て行ったよ」
妹「うん」
<真実は?>
兄「いったいどうなってるんだろう」
妹「さあ」
兄「あいつらどこに行ったのかな」
妹「別なホテルか駅で電車に乗って帰るかどっちかじゃない?」
兄「こんな時期にホテルなんか空いてるわけねえだろ。ラブホならわかんないけど」
妹「お兄ちゃん」
兄「あ、いや」
妹「この時間ならまだ上りの特急はあるんじゃない?」
兄「ああ、そうか。連休の途中だから上りはまだ空いてるかもな」
妹「これで二人きりか」
兄「いや、今はそういう場合じゃ」
妹「何で?」
兄「だって収まりつかないじゃん。いろいろわからないことが多すぎる」
妹「わからないことって? お兄ちゃんとあたしがすっきりと初夜を向かえるために、ここは正直にお互いに確認しておこうよ」
兄「おま。初夜って」
妹「だって。さっきからお兄ちゃん、あたしの身体を触ってばかりいるし。あたしのことが欲しいのかなって」
兄「俺はだな。姫のことは大切にしたいって」
妹「じゃあ、変なことはずっとなしでもいい?」
兄「・・・・・・いや」
妹「いやってどういう意味よ」
兄「だからさ」
妹「もう全部話すよ。お兄ちゃんは今ではあたしに隠し事をしてないみたいだし」
兄「・・・・・・ああ」
妹「じゃあお話しようか。でも、一応恋人同士なんだからお布団の中で抱き合いながら話ししよう」
兄(いったいなぜそうなる)
妹「いろいろ聞きたいんでしょ? 何から話そうか」
兄「そうだな(ちょっと抱きつきすぎだろ。俺の胸に頭を押し当てているせいで姫の声がよく聞こえないじゃんか)」
妹「・・・・・・ちょっと。話が終るまでは服の間から手を入れないでよ。エッチなんだから」
兄「偶然だって。姫の誤解だ」
妹「・・・・・・あたしだって本当は勇気を振り絞って話をしようとしてるんだよ」
兄「あのさ。いろいろわかんないだけど、一番わかんないのが姫の彼氏君への気持ちだな。付き合ってたんでしょ? 彼氏君と」
妹「うん」
兄「妹友から馴れ初めは聞いてるんだ。そんで返事を保留していた姫が、俺が姫以外の女の子に目移りして姫を怒らせたときに姫が付き合いをOKしたって聞いた」
妹「そうだね。お兄ちゃん?」
兄「ああ」
妹「あたしさ。初恋はお兄ちゃんだったって言ったじゃん? それで昔からお兄ちゃんが好きだったって。あたしとお兄ちゃんは前から両想いだったんって」
兄「うん。すげえ嬉しかった」
妹「それは嘘じゃないの。でも、ほんの一時期だけど、自分の気持がわからなくなったことがあってね。パパとママを悲しませなくないから自分のお兄ちゃんへの気持は封印しなきゃって思ってて。でもお兄ちゃんが側にいないと寂しくて辛くて。そんなときにお兄ちゃんがあたしと一緒にいるのに目に付く女の子をじっと見ているのを知ってさ。少し何か違うなって思ったの」
兄「あれは本当に恋とか愛情とかとは違うんだけどな」
妹「そうかもしれないけど。あのときのあたしにはあれはいいきっかけだったの。両親のためにお兄ちゃんの恋を諦めるためには。それであたしはお兄ちゃんだってあたしだけを好きなわけじゃないんだし、あたしだけ悩むなんてばかばかしいと思うことにした」
兄「・・・・・・」
妹「結局、その決意もお兄ちゃんの部屋に女さんがいたのを見て嫉妬しちゃってさ。再び心がぐら付いちゃったんだけどね」
兄「妹友が言ってたな」
妹友『妹ちゃんさ。まさかと思うけど、お兄ちゃんの部屋に女さんがいるのを見て嫉妬したの』
妹『・・・・・・』
妹友『だから女さんっていう人のことを、嫌な女だなんて言ったの?』
妹『・・・・・・違うよ』
妹友『何であたしから目を逸らして答えるのよ。うちの兄貴のこと好きなんでしょ』
妹『多分』
妹友『あんたねえ。あたしの兄貴をその気にしておいてそれはないでしょ。まさか、あんた。お兄さんのことが本気で異性として気になりだしてるんじゃ』
妹『・・・・・・』
妹友『何か言ってよ』
妹『わからない。ちょっとよく考えてみる』
妹友『・・・・・・妹ちゃん』
兄「これか」
妹「そうこのときのこと。あのときは確かに女さんにお兄ちゃんを取られたくないって思った。だから妹友ちゃんから問い詰められたときも即答できなくて考えてみるって言ったんだけど」
兄「それで?」
妹「もともとは妹友ちゃんから言われたの。彼氏君が昔からあたしのことを好きだったって。よかったら付き合って欲しいって言ってるよって」
兄「うん」
妹「それで一度一緒に登校して、次に休みの日に図書館で彼氏君と二人で勉強したの。あのときはお兄ちゃんに友だちと遊ぶって嘘をついた。ごめんなさい」
兄「それはいいけど」
妹「図書館で彼氏君は、あたしに恋人の振りをしてくれって言ったの」
兄「はあ? 何だよそれ」
妹「妹友ちゃんが彼氏君のことを兄ではなく男として見ているから、それを諦めさせたいって。そんな関係は妹友ちゃんの将来を歪めるだけだからって」
兄「・・・・・・なるほどね。さっきの彼氏君の態度や行動を見なければ彼氏君らしいって思えたんだろうけどな」
妹「今にしてみればそうなんだけど、そのときはそういうことならって彼氏君の彼女の振りをすることにしたの」
兄「・・・・・・マジかよ」
妹「あ、でももちろん本当の恋人じゃないよ。それに絶対に付き合っていることはお兄ちゃんや他の同級生たちには内緒にする約束までして。結局約束を守ってくれなかったけど」
兄「それで?」
妹「だけどさ。そのときは妹友ちゃんを大切にする彼氏君のことがすごく優しいいいお兄さんに見えて」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん怒らない?」
兄「何がだよ」
妹「正直に言うから怒らないで」
兄「おまえが生まれてから一度だって俺が姫に対して怒ったことがあるか?」
妹「・・・・・・そのときね。彼氏君のこと少し見直しちゃったの。本当にこの人は妹思いなんだなって。それでつい」
兄「つい?」
妹『・・・・・・本当に優しいんだね』
彼氏『そんなことないよ』
妹『あたし、悩んでいるんだけど。でもその悩みの人がいなかったら彼氏君のことを好きになってたかも』
彼氏『・・・・・・声が小さくてよく聞こえなかった。でも何か僕のことを好きになったって聞こえたような』
妹『違うよ。忘れて』
彼氏『でも』
妹『条件追加。今のは忘れること。いい?』
彼氏『・・・・・・了解』
妹「でもその条件も結局守ってもらえなかった。彼氏君はあたしが彼のことを好きになったと思い込んだみたいで、恋人の振りどころかあたしの本当の彼氏みたいに振る舞うようになったのね」
兄(・・・・・・何だか気持が悪い。姫の身体を触っていたくない。こんなことを思うのって初めてだけど)
妹「お兄ちゃんが一人暮らしを始めて、あたしと会ってくれなかった一月の間に何度か彼氏君と図書館で二人で勉強したの。勉強の合間に気分転換に隣の公園を散歩したりして」
兄「・・・・・・」
妹「あたしもあのときはお兄ちゃんに会えなくて、結構へこんでて。でも会うたびに彼氏君は優しくしてくれたし。あたし、お兄ちゃんと付き合えないならもうこのまま彼氏君とってと考えちゃって」
兄「何が言いたいの?」
妹「自分でも何を考えていたかわからないんだけど。結構悩んでいたときにママから、お兄ちゃんに通帳とカードを書留で郵送しておいてって頼まれたんだけど、急にお兄ちゃんのアパートに言ってみようと思った。お兄ちゃんを訪ねる口実ができたし」
兄「あのときのことか」
妹「お兄ちゃんの好きなオムライスを作って、それを持ってお兄ちゃんの部屋に行ったら女さんが一緒にいた」
兄「あのときはもう女と付き合ってたからね」
妹「女さんに罵倒されて泣きながら最寄り駅まで行ったところで彼氏君に出合って。お兄ちゃんと女さんのことを夢中で話していたら」
兄「・・・・・・いたら?」
妹「彼氏君に抱きしめられてキスされた」
兄(キス。姫があいつとキス・・・・・・。いや、付き合っていたんだから別に不思議はないし俺だって女とはしていたし)
兄(なのに何でこんなに姫に裏切られたようなショックを受けるんだろう。あのときは俺の方から姫に距離を置いていたんだし、姫を責める理由もないのに)
妹「怒ったよね?」
兄「いや。それでどうしたの」
妹「・・・・・・ごめんなさい。頭がぐちゃぐちゃになって。彼氏君に抵抗しなかった」
兄「そう」
妹「そしたら彼氏君があたしの身体を触りだしたんで突き飛ばして逃げて、妹友ちゃんに電話して彼女とスタバで会った。でも冷静になったら彼氏君のことは妹友ちゃんには相談できないし。あたし泣き出しちゃって」
兄「うん」
妹「急にお兄ちゃんの部屋で女さんに言われたことを思い出してもっとつらくなって、妹友ちゃんに何があったって聞かれたんで、女さんとのことを全部話したの」
兄(そこで俺のことが好きなのか聞かれて、わからないからよく考えてみると答えたわけか)
妹「怒った?」
兄「俺にはそんな権利なんかねえし」
妹「そんな言い方はいや」
兄「・・・・・・今日はもう寝ようぜ。明日は混む前に早めに帰らないとな」
妹「お兄ちゃんごめん?」
兄「・・・・・・もう寝ろ」
続き
妹と俺との些細な出来事【5】