【関連】
妹と俺との些細な出来事【1】
<妹友>
『もはや愛してくれない人を愛するのは辛いことだ。けれども、自分から愛していない人に愛されるほうがもっと不愉快だ』
『~ジョルジュ・クールトリーヌ フランスの劇作家、小説家』
兄(愛してくれない人を愛するのは辛いなんて当たり前だ。こんなのは格言でも何でもない)
兄(でも後半とセットになるといきなり人生の真実みたいに感じられるから不思議だ)
兄(でも俺は違うよな。確かに愛してない人に愛されるのは別に嬉しくもないのかもしれないけど、俺には女への愛情は確かにある・・・・・・はずだ)
兄(妹が帰ったあと、女も今日は自分の部屋に帰るねって言っていなくなっちゃった)
兄(そして食卓の上には食いかけの女が作ってくれたオムライス)
兄(手提げの中のタッパーには妹が作って来てくれたオムライス)
兄(妹は逃げるように帰っちゃったし。女も泣いて部屋に戻っちゃったし。)
兄(どうしたものか。つうか妹と女を泣かせたのってもしかして俺のせい?)
兄(俺は妹に振られたわけだし、理論的に因果関係を整理すればどちらかというと泣いてもいいのは俺の方だと思うんだけどなあ)
兄(それに女に至っては一方的に妹を責めてたわけで、何で女自身が泣く理由があるんだろう)
兄(う~ん)
兄(・・・・・・そもそも妹は今さら俺のところに何しに来たんだ。女が言ってたとおり優越感混じりの同情か。いや。妹はそんなことをするようなやつじゃない)
兄(そもそも昔から妹は我が家のアイドルだった。父さんも母さんも俺も、皆妹が大好きで、妹の塾への送迎とか買物に付き合うときとかは妹のエスコート役を取り合いしてたくらいだ)
兄(それでも妹はそれに付け上がるでもなく、いい気になってわがままを言うわけでもなかった。本当に性格のいい優しいやつだった。だから女の言っていることは多分違う)
兄(何で妹は女に反論しなかったのかなあ)
兄(俺なんかが恋愛対象なんて考えられなかったのか、それとも兄妹の交際を嫌ったんのかはさておいて、あいつの性格なら自分が振った俺の気持を考えてつらくなったのかもしれないな。それにあいつは家族が大好きだったから、俺とも普通の兄妹関係に戻りたかっただけなのかも。家族を壊したくなくて)
兄(そのためにオムライスを作って俺に会いに来たのかな)
兄(・・・・・・それとも)
兄(あいつ言ってたよな)
妹『ええとね。あと話もしたいなって思って』
妹『・・・・・お兄ちゃん』
妹『・・・・・・違うよ』
妹『だから電話のこと』
妹『あのさ。お兄ちゃん。あたし本当は』
兄(あいつはこのあと何を言おうとしてたんだろうな)
兄(・・・・・・いや。この目で見たことだけが現実だ。彼氏と手を恋人つなぎして寄り添って歩いている妹を俺はあのときはっきりと見た)
兄(結局あれが全てだ。妹の曖昧な態度に対する俺の勝手な期待なんかで否定できるほど、あれはやわな証拠じゃない)
兄(・・・・・・)
兄(とりあえずオムライスどうしよう。どっちのも通常サイズの1.5倍はあるサイズだから両方合わせて三人前のくらいの量だな。どっちを優先して食えばいいんだ)
兄(だから俺は優柔不断なんだ。考えるまでもなく彼女のオムライスが優先だろうが)
兄(でも妹のオムライスもわざわざ俺のために作ってここまで持ってきてくれたんだよな)
兄(妥協案で行くか。食べかけの女のオムライスは今食べて、晩飯に妹のオムライスを食おう。冷蔵庫に入れておけば大丈夫だろう)
兄(明日も休日だけど、女と会えるのかな。このままでは気まずい)
兄(いや、妹の方も何とかしなきゃいけないんだけど)
兄(・・・・・・とりあえず女のオムライスを食っちゃおう)
<年上なんだから譲歩してください>
兄(チャイム? こんなに朝早くから?)
兄(女かな。とにかく女を逃がさずに俺の気持を伝えて)
兄「今開けるよ」
妹友「おはようございます」
兄「・・・・・・」
妹友「おはようございますお兄さん」
兄「何でいるの」
妹友「お兄さんに合いに来たからです。いちいち聞くことですか? それって」
兄「いやいや。おかしいだろ。だいたい何で俺の住んでいる場所を知ってるんだよ」
妹友「ふふ」
兄「ふふじゃねえ」
妹友「世の中にはお兄さんが知らない方が幸せな特別なコネとかルートとかがあるんですよ」
兄「妹から聞き出しやがったか」
妹友「なぜそれを? まあそうなんですけど。お兄さん、部屋には入れてくれないんですか」
兄「何の用だよ」
妹友「それとも部屋に入れるとまずいことでもあるんですか」
兄「別に何もねえよ」
妹友「よくそんなことが言えますね。どの口が言ってるのかな」
兄「って痛てえよ。口を手でひねるな」
妹友「本当にお兄さんは洞察力とかないんですね」
兄「何だ」
妹友「あたしが妹ちゃんから聞いたのがお兄さんの住所だけだったと思っているのですか」
兄「え」
妹友「妹ちゃん泣いてましたよ。どういうわけか今日のお兄ちゃんとのデートまでキャンセルしちゃったし。おかげでお兄ちゃんまで落ち込んで大変でした。いったいどうやってこの責任を取るつもりなんですか」
兄「責任って言われてもなあ。妹とあいつの彼氏ことなんか俺には関係ねえし」
妹友「無責任もいいところですね」
兄「何でだよ」
妹友「お兄さんは年上なんだから譲歩してください」
兄「譲歩って何だよ。それに兄貴なんだから妹より俺が年上なんて言うまでもないことじゃんか」
妹友「ずっとここで立ち話も何ですから部屋の中で話しましょう」
兄「おい、勝手に入るなよ」
妹友「お気遣いなく」
兄「むしろおまえがもっと気を遣えよ」
妹友「ホストはお兄さんの方ですから」
兄「まあいい。適当に座れよ」
妹友「これ、つまらない物ですが。一応気を遣ってみました」
兄「え? いやそんなつもりで言ったんじゃねえよ」
妹友「大した物じゃないんで気にしないでください。たかが、朝の五時に起きて作っただけですから」
兄「重いって。朝の五時とか気にするなと言われても無理なレベルだ」
妹友「だからつまらない物ですって」
兄「じゃあありがたく頂くよ。で、これ何?」
妹友「手づくりのオムライスです」
兄「何だって?」
妹友「チキンライスに薄く焼いた玉子焼きを載せて、ケチャップをかけた料理です。日本オリジナルの洋食と言われています」
兄「そんなことを聞いてるんじゃない」
妹友「お兄さんの好物がオムライスであることは特別なコネ」
兄「妹から聞きだしたのか」
妹友「・・・・・・はい」
兄「ずいぶん大きいな」
妹友「通常の1.5倍位の分量を目安に作りました」
兄「(三食連続オムライス・・・・・・しかも全部大盛り)ま、ありがとう」
妹友「どういたしまして」
兄「・・・・・・」
妹友「・・・・・・どうしました」
兄「何が」
妹友「食べないのですか? あたしに遠慮はいりません。あたしは朝食を済ませてきましたから」
兄「いや。俺も朝は食べたから、これはお昼にありがたく頂くよ」
妹友「そうですか」
兄「で、話の続きだが年上だからどうこうって言ってたけどどういう意味なんだ」
妹友「ああ。別にお兄さんと妹ちゃんのことではありません」
兄「じゃあどういうこと?」
妹友「うちのお兄ちゃんはあたしと妹ちゃんより一つ上です。つまりお兄ちゃんは高三なので、お兄さんより一つ下になるわけです」
兄「ふーん。そう」
妹友「だからお兄さん。年上の男の余裕を見せてください」
兄「意味がわからん」
妹友「妹ちゃんが彼氏を好きな気持を理解してあげてください」
兄「(本当に妹はこいつの兄貴に惚れてんのかなあ。そう考えると何かとてもつらい)理
解しろと言われても。妹とおまえの兄貴が好きなようにすればいい話じゃねえの」
妹友「昨日、妹ちゃんは泣いてました」
兄「おまえ妹と会ったの?」
妹友「はい。泣き腫らした目で電車から出てきたところを見かけたんで、とりあえずスタバに連れて行って話を聞きました」
兄(泣いてたのか。女に責められたからか。いや、あいつは優しいけど気は強い。それがいわれのない中傷なら怒りこそすれ泣くようなやつじゃない。やっぱり女の話に思い当たる節があったんだ)
妹友「聞いてるんですか? お兄さん」
兄「聞いてるよ」
妹友「何かわからないこととか単語とかあったら、悩まないで素直に聞いてくださいね。そうでないと正確に意図が伝わりませんから」
兄「わかった」
妹友「ちなみにスタバというのは、スターバックスカフェの略称で、米国発祥の日本でも大規模展開しているチェーンのカフェです」
兄「いやそのレベルで説明してくれなくてもいいから」
妹友「そうですか。まあ、それで妹ちゃんを宥めているとようやく彼女が泣いていた理由を話してくれました」
<妹友の回想>
妹友『どうしたの? 今日はお兄さんのところに行くんじゃなかったっけ?』
妹『行ってきた』
妹友『それにしちゃずいぶん早く帰ってきたのね。お兄さんと喧嘩でもした?』
妹『・・・・・・』
妹友『まさか、お兄さんにその。無理矢理変なことを』
妹『・・・・・・違うよ。お兄ちゃんはあたしが嫌がるようなことをする人じゃないもん』
妹友『じゃあ、どうしたの』
最初、妹ちゃんは俯いているだけで何も話してくれなかったんですけど、あたしが辛抱
強く質問を繰り返しているとようやくぽつぽつと話し出してくれました。
お兄さんに告白されてそれを断ったこととか。
妹『だって。二人きりの兄妹だしお兄ちゃんのことは大好きだけど、ずっと家族として生きてきて、それは何よりも大事な家族だけど、それでもやっぱり恋人として付き合ってくれって言われても素直にはいって言えなかった』
妹友『まあ、それが普通だよね。妹ちゃんが悩むことじゃないじゃん』
妹『・・・・・・でも。お兄ちゃん、あたしが妹友ちゃんのお兄さんと手をつないでいるところを見たらしくて』
妹友『そうか』
妹『タイミングが悪いよ。これじゃまるであたしがお兄ちゃんじゃなくて、妹友ちゃんの彼氏の方を選んだって思って傷つけちゃったのかも』
妹友『だってそれ、別にもう誤解じゃないんじゃ・・・・・・』
妹『・・・・・・』
妹友『そんなことをお兄さんに言われたの? それで泣いて帰って来たの』
妹『お兄ちゃんの部屋に行って、お兄ちゃんに謝って今までどおりの兄妹の関係でいてくださいってお願いしようと思ったんだけど』
妹友『うん。それで』
妹『お兄ちゃんの部屋に女さんがいた』
妹友『女さんって誰だっけ』
妹『妹友ちゃんは多分知らないと思う。お兄ちゃんの昔からの友だち。嫌な女だよ』
妹友『そんで?』
妹『女さんに怒られた。あたしがお兄ちゃんを振ったくせにのこのこ慰めに来るなんてって。あたしには彼氏がいるくせに女さんに嫉妬するなんてって』
妹友『ちょっと待て。お兄さんって彼女いたの?』
妹『女さんは自分がお兄ちゃんの彼女だって言ってた。夜も一緒にお兄ちゃんの部屋で泊まったって』
妹友『お兄さん最低。彼女がいるのに妹ちゃんに告白するなんて』
妹『・・・・・・あたしに断られてから付き合い出したっぽいけど』
妹友『そっか』
妹『女さんに言われた。どうせあたしに振られて落ち込んでいるはずのお兄ちゃんを慰めてあげよとかって軽い気持で来たんでしょって。そしたらお兄ちゃんの部屋に彼女がいたんでかっとなったんでしょ、自分は彼氏がいて兄を振ったくせに、その兄に彼女ができることが許せないんでしょ。どこまで身勝手なのよって」
妹友『う~ん』
妹『あと女さんに言われた。どうせお兄ちゃんのところに来るなら、彼氏と別れて兄に告白するくらいの覚悟で来いって』
妹友『いやいや。それはおかしいでしょ。妹ちゃんが好きなのはうちの兄貴なのに』
妹『・・・・・・』
妹友『何とか言いなさいよ』
妹『しばらく妹友ちゃんのお兄さんとは会わないほうがいいのかも』
妹友『ちょっと待ってよ。あんたら付き合ってるんでしょ。何でそんな女に言いがかりを付けられたくらいでそういうことになるのよ』
妹『でも・・・・・・』
妹友『でも、何よ』
妹『お兄ちゃんはあたしと彼氏のことを目撃して傷付いたと思うし』
妹友『何でそこまで自分の実の兄貴に遠慮するわけ? ちゃんと断ったんでしょ。それで何も問題ないじゃない』
妹『あたしさ、お兄ちゃんと前みたいに仲良くなりたい。恋人としては付き合えないけど、それでも昔みたいに口げんかしたりからかいあったりしたい』
妹友『それはわかるけど。でも何でうちの兄貴と会わないって話になるのよ。普通の兄貴は妹の彼氏に嫉妬したりしないよ』
妹『それはそうだけど』
妹友『妹ちゃんさ。まさかと思うけど、お兄ちゃんの部屋に女さんがいるのを見て嫉妬したの』
妹『・・・・・・』
妹友『だから女さんっていう人のことを、嫌な女だなんて言ったの?』
妹『・・・・・・違うよ』
妹友『何であたしから目を逸らして答えるのよ。うちの兄貴のこと好きなんでしょ』
妹『多分』
妹友『あんたねえ。あたしの兄貴をその気にしておいてそれはないでしょ。まさか、あんた。お兄さんのことが本気で異性として気になりだしてるんじゃ』
妹『・・・・・・』
妹友『何か言ってよ』
妹『わからない。ちょっとよく考えてみる』
妹友『・・・・・・妹ちゃん』
<妹にメール>
妹友「というわけです。どうですか」
兄「どうと言われても何がなんだかわからん」
妹友「妹ちゃんが自分のことを好きかも!? やったー! って単純に考えなかったのはお兄さんにしては立派です」
兄「まあ、そんなに都合よくはいかないだろうしな。それに今では俺は」
妹友「お兄さんには女さんという彼女がいますしね。今さら妹ちゃんに告られても困りますよね」
兄「・・・・・・うん。まあそう・・・・・・かな」
妹友「その女さんって兄友さんっていう人から別れたばかりだって聞きましたけど、そのうえお兄さんにまで振られたら自殺しかねませんよね」
兄「・・・・・・」
妹友「うちのお兄ちゃんだってそうです。できたばっかの彼女に会えないって言われて落ち込んでますし、このうえ振られでもしたら」
兄「そうだけど」
妹友「年上の男の余裕を見せてください」
兄「どうすればいいの」
妹友「妹ちゃんと仲直りしてください。単なる仲のいい兄妹として」
兄「・・・・・・」
妹友「そんで、お兄さんは女さんと、妹ちゃんはうちのお兄ちゃんと付き合えば何の問題も生じないじゃないですか」
兄「そうかもな」
妹友「そうですよ」
兄「妹のことはわかった。俺だって一度は振られてるんだし妹に付きまとう気なんかねえよ。ちょっと意地になってたけど、妹とは普通に話せるように努力するよ」
妹友「それが一番いい解決策だと思います。誰も傷付かないし」
兄「じゃあ、善は急げだな。妹にメール出すぞ」
妹友「見直しました。優柔不断な人だと思ってましたけど、こうと決めたら無駄に実行力がある人だったんですね」
兄「無駄には余計だ。ちょっと待ってろ」
妹友「はい」
兄「これでどうだろう」
妹友「拝見します」
to:最愛の妹
sub:無題
『昨日は悪かったな。いろいろおまえを悩ましちゃったことを後悔している。おまえの言うとおり、俺とおまえはいい兄妹の仲に戻るべきだ。それがようやくわかったよ』
『もうおまえと彼氏の仲に嫉妬したりもしない。だからおまえも俺と女の仲を祝福して認めてくれ』
『これからはなるべく実家に帰るようにするし、おまえが寂しかったらいつでも電話して来い。まあ、おまえには彼氏がいるから余計なお世話かもしれないけど』
『じゃあ、もうわだかまりはなしな。また昔のようにバカな冗談を言い合おう』
『あ、そうだ。おまえのオムライス美味しかったよ。彼氏のを作るついででいいから、たまには俺にも作ってな』
兄「こんなメールでどうだろう」
妹友「最愛の妹って。普通に妹って登録しとけばいいじゃないですか」
兄「それはちゃんと修正する」
妹友「何か微妙にうちのお兄ちゃんを引き合いに出して拗ねている雰囲気が感じられるのですが」
兄「それはおまえの思い過ごしだ」
妹友「まあいいでしょう。じゃあ、早速送信しちゃってください。それで兄貴も妹ちゃんも女さんもみんな幸せになれますから」
兄「そうだな。でもその前に聞かせてくれ」
妹友「はい?」
兄「俺のことはいい。これで俺が幸せにあるかどうかはどうでもいいけど、おまえはこれで幸せになれるの?」
妹友「頭沸いてるんですか?」
兄「おまえ、前に言ってなかったっけ? 俺のことが大好きだって。妹なんかに俺は渡さないって」
妹友「それは」
兄「あれ、嘘だよな?」
妹友「嘘じゃないです・・・・・・。何でそう思うんです?」
兄「あれが本当だったら、俺と女の仲を固めようなんてしないはずだろ」
妹友「あたしは」
兄「何を企んでるんだ」
妹友「別に。妹ちゃんやみんなが不幸になるのは嫌だから、自分がお兄さんから身を引く方がいいのかと。それだけです」
兄「半分は嘘だな。身を引く気になったのは本当だろうけど、俺からじゃなくておまえの兄貴からだろ」
妹友「・・・・・・何言ってるんですか」
兄「おまえ、自分の兄貴のことが好きだろ?」
妹友「それは兄妹ですから」
兄「異性として好きだろ?」
妹友「頭」
兄「沸いてねえよ。何で俺の妹とおまえの兄貴の仲を取り持ったりしたんだ? おまえがつらくなるだけってわかっていたのに」
妹友「・・・・・・本当に無駄に察しがいいんですね。恋愛スキルもないくせに」
兄「お互い様だろ。俺もおまえも自分の実の妹とか兄とかしか見てこなかったんだから。おまえを見てるとまるで鏡を見てるようだしな」
妹友「覚えていたんですね。前にうっかり失言しちゃったことを・・・・・・」
妹友が泣き出した。普段は気の強いこいつの涙は、昨日の女の涙と変わらないほど大粒
だった。
お兄ちゃんが好きです。
妹友がようやく素直に話し始めた。
<正直、結果はわかっていたんですけど>
妹友「あたしもお兄さんの仲間なんです」
兄「兄貴のことが好きなんだね」
妹友「はい。男性として好きです。多分ずっと小さい頃から」
兄「やっぱりそうか。てか全く俺と同じ状況じゃんか」
妹友「そうですね。ふふ」
兄「(泣き笑いか。見ててつらくなるな)何でおまえの兄貴とうちの妹との仲を取り持っ
たりしたの?」
妹友「それは、前にお話したとおりなんです。お兄ちゃんはあたしが妹ちゃんを家に連れて来るうになった頃から妹ちゃんが好きだったみたいです。まだ三人とも中学生だった頃なんですけど。それからずっとお兄ちゃんは妹ちゃんに片想いしてたんですって」
兄「それおまえの兄貴から聞いたの?」
妹友「そうです。実は二ヶ月前くらいなんですけど、お兄ちゃんに話しがあるって言われて。で、聞いてみたら妹ちゃんが好きなんで何とかならないかって」
兄「(情けない兄貴だな。自分で告白くらいしろよ。何で妹なんかに頼るんだよ)それで、
おまえが兄貴のためにうちの妹との仲を取り持ったっていうわけか」
妹友「ええまあ」
兄「おまえは平気だったの? 兄貴のために妹との仲を何とかするなんてどういう罰ゲームだよ」
妹友「それは平気なわけないです。お兄ちゃんが部屋から出て行ったあと一晩中声を出さないようにしながら泣いてました」
兄「それが普通だよな。好きな相手に彼女を作る手助けをするなんて」
妹友「ただ、一方でこれでよかったんだっていう気持もありました」
兄「どういうこと」
妹友「兄妹の恋愛なんて叶うはずはないし叶ったとしたって幸せになれるわけはない」
兄「・・・・・・」
妹友「あたしはそう思っていましたから。だからもう終わりにしようって思いました。妹ちゃんがお兄ちゃんの彼氏ならかろうじて祝福できる。妹ちゃんのことは大好きでしたし。そしてお兄ちゃんとは仲のいい兄妹でいようって思いました」
兄「そうか」
妹友「だからあたしは妹ちゃんを呼び出して、お兄ちゃんが妹ちゃんのことを好きなことを伝えたんです。正直、結果はわかっていたんですけど」
兄「わかっていたとは?」
妹友「妹ちゃんもお兄ちゃんとは親しく冗談を言い合える仲ではあったんですけど、男性としてのお兄ちゃんへの好意が妹ちゃんにないのはわかっていました。これまでずっとそんな気配も素振りもなかったですし」
兄「だが実際あの二人は付き合い出したじゃないか」
妹友「あたしが妹ちゃんにお兄ちゃんの好意を伝えたとき、妹ちゃんは考えさせてと言いました。正直、そのときは仲のよかったお兄ちゃんやあたしへの配慮に過ぎなかったんだろうと思いました」
兄「それで?」
妹友「というかその話は前にお兄さんにお話しました。あれは別に嘘じゃないですよ」
兄(何だっけ?)
兄(ああ、そうだ。妹と彼氏のツーショットを目撃した日、下校時の校門前にこの子が俺を待っていたんだった)
妹友『はい。前から彼氏の方から妹ちゃんが好きだって相談されていたんで、妹ちゃんに彼氏の気持ちを伝えたんですね』
兄『そ、そうだったんだ』
妹友『はい。それで、しばらく妹ちゃんは煮え切らなかったんですけどね。その間、生殺しみたいで彼氏も気の毒で』
兄『それで?』
妹友『何か急に昨晩妹ちゃんから連絡あって、友だちからなら付き合ってみてもいいよって』
兄『・・・・・・そう』
妹友『それで急きょあたしがセッティングして、二人を待ち合わせさせて今朝、一緒に登校させたってわけです』
兄「あのときの話か」
妹友「はい。これまで煮え切らないで返事を引き伸ばしていた妹ちゃんが、急に友だちからならって連絡してきたんです」
兄「まあ、いろいろおかしいよな。友だちからならって、親しくない男に告白されたときのセリフじゃねえか。中学の頃から仲がよかったおまえの兄貴に言うことじゃねえな」
妹友「そうは思ったんですけど、とりあえずお兄ちゃんにとっては前進だと思ったんで、二人の待ち合わせをセッティングして一緒に登校させたわけです」
兄「おまえの兄貴ってどこの高校?」
妹友「うちらの学校の近くの男子校です」
兄「そうか」
妹友「妹ちゃんが友だちからならって連絡をくれたのは、お兄さんと一緒に帰る妹ちゃんと駅前で出会った日の夜でした」
兄「そういやそんなこともあったな。おまえと初めて会った日のことだよな」
妹友「はい。あの日、妹ちゃんと何かありませんでしたか」
兄「えーと。あったといえばあったな、確か」
妹友「何です」
兄「妹と一緒に帰ったんだが、その途中で妹を無視して周りの可愛い女の子たちを眺めてたら妹が切れた」
妹友「・・・・・・」
兄「どした?」
妹友「何だ自爆じゃないですか」
兄「何が」
妹友「自業自得というのかもしれません」
兄「・・・・・・あんなつまらないことで妹がおまえの兄貴に走ったとでも言いたいのか」
妹友「つまらないことかどうかは妹ちゃんの主観的な問題ですから何とも言えませんが、あたしが妹ちゃんの立場ならお兄さんに平手打ちの百発や二百発くらいは食らわしていたと思います」
兄「え~。それほどのことかあ」
妹友「お兄さん」
兄「どうした」
妹友「あたしの秘密がばれた以上は、もういろいろ誤魔化すのはやめます」
兄「そうしてくれるとありがたい」
妹友「妹ちゃんのお兄さんへの感情が異性への思慕なのか仲のいい兄貴への想いなのかは、多分誰にもわかりません」
兄「そうかもな」
妹友「というか、妹ちゃん本人にだってよくわかってないんじゃないですか」
兄「何でそう思う」
妹友「お兄さんのことが本気で異性として好きなのか、あたしが妹ちゃんに聞いたとき、彼女はわからないからよく考えてみるって言ったましたけど、あれは多分本音だと思います」
兄「・・・・・・」
妹友「お兄さん?」
<妹はアイドル>
兄「ああ」
妹友「年上の余裕を見せてください」
兄「まだ、それを言うのか」
妹友「隠していた自分の秘密をお兄さんには気がつかれてしまったわけですけど、やっぱりお兄ちゃんと妹ちゃんが付き合うのが一番うまくいくと思います」
兄「・・・・・・」
妹友「あたしもお兄さんも、自分の気持を追求していってもその先は行き止まりです。仮に相思相愛になれたとして、ラブラブな恋人同士になったとしてもそこから先には行き場所はありません」
兄「どういうこと」
妹友「解説なんていらないでしょう。お兄ちゃんと妹さんなら、あるいはお兄さんと女さんなら恋人同士の先にはいろいろと行く先があるんですよ。実際にそこまで行き着けるかどうかは別としてですが。可能性としては、婚約して結婚してパパとママになって孫ができて」
兄「まあな」
妹友「あたしやお兄さんの恋は違いますよね? 奇跡的に想いがかなったとして、恋人同士にはなれるかもしれない。でもその先はどうなるんです?」
兄「あくまでも仮定の話だけどさ。別に結婚とか出産とか育児とか、それだけが目標じゃないカップルがいたっていいんじゃね」
妹友「一生恋人同士、それも人には言えない関係でっていうのもあるのかもしれませんけど、他の選択肢があるのにわざわざそんなつらい一本道に入ることを選ぶ必要なんてないでしょう」
兄「・・・・・・」
妹友「いろいろお兄さんを騙してしまってごめんなさい。あたしは別にお兄さんを好きでも何でもないです」
兄「それは別にいい。俺だっておまえを好きになったわけじゃないし」
妹友「正直なのも過ぎると罪悪ですよ」
兄「何だって?」
妹友「まあいいです。でも、その上でやっぱりあたしはお兄さんにお願いします。うちのお兄ちゃんのためだけではなく、お兄さんとあたしのためにも」
兄「何だよ」
妹友「そのメール。今すぐ送信してください。お願いします」
兄「・・・・・・」
兄(妹友の本心を無理矢理聞きだす形になったけど、妹友の兄貴への恋愛感情はよくわかった。けれどもど結局メールを打ったときと今と何も状況は変わっていないんだ)
兄(妹の俺への感情はわからない。つうか妹友によると妹自身にもわかっていないらしい。ちょっと期待したい感情はあるけど)
兄(だめだ。女のことを考えるともう迷っちゃだめだ)
兄(それに妹友の言っていることも本当だ。俺の感情だけで将来のない行き止まりの関係に大切な妹を巻き込んでいいのか。妹友は多分そう考えて兄貴への気持を思いとどまったのに)
兄(・・・・・・もう迷うまでもねえ)
妹友「お兄さん?」
兄「うちの妹ってさ」
妹友「はい」
兄「生まれときから我が家の中心というか、家族のアイドルでさ」
妹友「はあ」
兄「別にシスコンの俺だけじゃなくて、父さんも母さんも妹を溺愛してるんだよね」
妹友「確かに妹ちゃんは幸福な家庭で大切に育てられたという感じはしますね」
兄「うん。だから妹ラブなのは俺だけじゃなくて、妹を巡る俺のライバルは父さんと母さんだった時期もあったんだ」
妹友「まあ、その程度なら微笑ましい家族のエピソードじゃないですか」
兄「妹の塾の送迎する権利を俺と父さんがマジで争ったり、妹の買物に付き合う権利を俺と母さんが争ったりとかな」
妹友「妹ちゃん、ちょっぴりうらやましいなあ」
兄「だからわかった。おまえのいうとおりにする」
妹友「はい?」
兄「俺も目が覚めたよ。妹が俺のことをどう思うかなんてどうでもいいや。むしろ妹をそこまで追い詰めて悩ませていることが問題なんだな」
妹友「よくわかりませんが」
兄「こんなところを両親に気がつかれたら申し訳ないぜ。同じ妹ラブ同盟の同志として」
妹友「はあ」
兄「というわけで送信っと」
妹友「あ・・・・・・」
兄「そ、送信したぞ」
妹友「・・・・・・無駄に」
兄「妹に関することなら行動力はあるぞ」
妹友「不覚にもちょっとだけ真面目にときめきました」
兄「え」
妹友「何でもないです。深く考えないでください」
兄「・・・・・・」
妹友「・・・・・・」
妹友「返事来ませんね」
兄「うん。来ないな」
妹友「メールに気づいていないのかもしれませんね」
兄「俺もよくそういうことはあるよ。特に家にいると油断するよな」
妹友「そうですね」
兄「・・・・・・」
妹友「・・・・・・まあ、悩みながら返信メールを入力中かもしれません」
兄「妹はフリック入力が苦手だったぞ、確か」
妹友「ああ。スマホにしたばかりだとあれ慣れるのに時間かかりますよね」
兄「そうそう。俺もしばらくは苦手だった」
妹友「でも妹ちゃんはあたしにはすぐに返信してくれますけどね」
兄「・・・・・・」
妹友「あ・・・・・・。ごめんなさい」
兄「いや」
妹友「あ、あの。そろそろお昼ですよ」
兄「うん」
妹友「よかったらオムライス食べてください」
兄「あ、そうか」
妹友「・・・・・・自分を騙した女の作った料理なんか食べられそうもないなら無理しなくてもいいんですけど」
兄「いや。頂こうかな」
妹友「いいんですか」
兄「何が?」
妹友「いえ」
兄「そうだ。これ量が多いから一緒に食おうぜ」
妹友「はい?」
兄「おまえも昼飯まだなんだしちょうどいいじゃん」
妹友「あたしはそろそろ失礼しますから」
兄「そうか」
妹友「ごめんなさい」
兄「何で謝る」
妹友「・・・・・・」
兄「妹の返信が気になる?」
妹友「はい」
兄「じゃあ、返事が来たらおまえにも連絡するよ」
妹友「はい。じゃあ、あたしのメアドと携番です」
兄「わかった」
妹友「じゃあ失礼します」
兄「またな」
<俺はひょっとして妹に続いて女にも失恋したのか>
兄(意外なことに、妹より女より、妹友のオムライスが一番美味しいとはどういうことだ)
兄(腹が減ってたからかな。もう夜だ)
兄(夕飯はどうしようかな)
兄(妹からの返信はまだ来ない)
兄(女も今日は全然顔を見せないな)
兄(・・・・・・つうか、隣なんだから俺が行けばいいじゃん)
兄(もう決めたんだから迷わずに女の部屋に突入すればいいんだ)
兄(妹の返信を待ってからにしようかな。女と一緒にいるとことに妹からメールが来たら、開くのも悪いしかといって読まずにいられるほど神経は太くない)
兄(いっそこっちから妹に電話しちゃうか)
兄(いや。それはいくらなんでもハードルが高い)
兄(・・・・・・酒でも飲もうかな)
兄(確か女が持ち込んできた缶ビールが冷蔵庫にまだあったはず。どれ)
兄(ってえ!!)
兄(メールの着信音だ)
兄(妹からだろうか。恐くてディスプレーが見られない)
兄(とにかく開いちゃえ)
from:兄友
to:兄
sub:悪かった
兄(兄友? 妹じゃねえのかよ)
『本当に悪かったな。別に女のことは俺の自業自得でおまえのせいじゃないのに。電話するのはちょっと敷居が高いからメールした』
兄(何なんだ)
『女に対する態度は今思うと言い訳のしようもねえよ。おまえに言われたとおりだ。今は反省している』
『それでさ。これも言いにくいんだけど。俺、勇気を出して最後に謝ろうと思って女にメールしたんだよ。いつもの待ち合わせ場所で待ってるから会いたいって』
兄(また無駄なことを。どこまで自分勝手なやつなんだ)
『来てくれなくてもしようがないって思った。でも、あいつは待ち合わせ場所に来てくれた』
兄(え? 何で)
『俺は本気で謝った。たとえ女が俺とやり直してくれなくても兄と付き合うにしても、俺なりのけじめとして後輩とも別れるって言った』
『兄、悪い。本当にごめん。女はそんな俺を許してくれた。やり直そうって言ってくれた』
兄(何これ? 悪い冗談か)
『女はおまえへの罪悪感から、おまえとは直接話をしたくないって言ってるから俺が代わりに言わせてもらうな。兄、本当にごめん。俺たちのごたごたに巻き込んだ挙句結果的におまえの感情を持て遊ぶことになっちまった』
『俺と女はやり直すことにした。悪いが女のことは忘れてくれ。信じられないかもしれないので、一応写メ添付しとく』
『俺と女の問題に巻き込んでお前を傷つけてすまん。女はおまえとはもう会えないって言っているけど、俺はおまえを親友だと思っているんで許してくれるならこれまでどおりの付き合いをしようぜ』
『じゃあな』
兄(何これ? 画像って、これか)
兄(・・・・・・誰がどうやって撮影したかしらないけど、兄と女が恋人つなぎで微笑みあっている写真だな)
兄(ご丁寧に日付と時間まで入ってる。何だよ、ついさっきじゃんか)
兄(俺はひょっとして妹に続いて女にも失恋したのか)
兄(って電話だ・・・・・・え)
兄(妹)
<いますぐあたしのところに来て>
妹「お兄ちゃん?」
兄「ああ」
妹「メール読んだよ」
兄「うん」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・あのさ」
妹「・・・・・・うん」
兄「いろいろ悪かったな」
妹「ううん」
兄「まあ、メールのとおりだ。俺もおまえとぎくしゃくするのあこんなつらいとは思わなかったし」
妹「あたしも。お兄ちゃんと一月以上も喧嘩して口聞かないのって初めてだったから」
兄「うん。だから仲直りしようぜ」
妹「本気?」
兄「本気って。本気に決まってるだろ」
妹「違うよ。あのメールって本気なの?」
兄「まあ、本気って言えば本気だし」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「女さんと本気で付き合ってるんだよね?」
兄「え? ああ、いやその」
妹「誤魔化さないで」
兄「付き合ってた。でももう振られたみたい」
妹「何でそうなるのよ。昨日は一緒にお兄ちゃんの部屋にいたのに」
兄「よくわからんけど、どうも振られたみたいだぞ。まあ、本人から聞いたわけじゃないんだけど」
妹「ひょっとしてあたしのせい?」
兄「関係ないんじゃね」
妹「お兄ちゃんの言ってることよくわからない」
兄「まあ、俺だってよくわかっていないんだし無理もない」
妹「あのメールって本気なの?」
兄「だから本気だって・・・・・・多分」
妹「あたしと彼氏君のことを認めてくれるの」
兄「うん。俺はおまえのいい兄貴になる」
妹「じゃあ、あたしもお兄ちゃんと女さんの仲を認めればいいの?」
兄「いや。その部分だけは無効ってことで」
妹「・・・・・・本当に女さんに振られたの。昨日の今日で」
兄「よくわかんないんだけど、写メを見るにその可能性は相当高そうだ」
妹「写メ?」
兄「悪い。何でもないや」
妹「もしかして、あたしのせい?」
兄「だから違うって。多分だけど」
妹「何で違うって言い切らないのよ」
兄「今知ったばかりだからまだ情報が整理できていないんだよ」
妹「じゃあ、あたしも彼氏君と別れる」
兄「ちょおま、何言って」
妹「別れる。あたしだけ付き合ってたら不公平だから」
兄「おまえ、脳みそ」
妹「沸いてないよ」
兄「・・・・・・」
妹「今、お部屋?」
兄「うん」
妹「明日は講義あるの」
兄「ああ」
妹「夕食はどうするの」
兄「(さっきから何の話だ)適当にコンビニ弁当でも買いに行くよ」
妹「・・・・・・家に帰って来て」
兄「何を言っているのだおまえは」
妹「メールでなるべく実家に帰るようにするって言ってくれてたじゃん」
兄「いや、そらそうだが」
妹「いますぐあたしのところに来て」
兄「ちょっとおまえ」
妹「・・・・・・来て」
兄「え~と」
妹「お兄ちゃんが来てくれないなら、あたしがお兄ちゃんの部屋に行く」
兄「あほか。夜におまえを一人で外出させられるか。父さんと母さんに殺されてしまうわ」
妹「お兄ちゃんが来ないなら本気でこれから外出するからね」
兄「(脅迫かよ)・・・・・・わかった。今からすぐに行く」
妹「パパもママも仕事で帰ってこないから」
兄「え?」
妹「夕食の支度しておくね」
兄「・・・・・・うん」
妹「なるべく早く帰ってきてね」
<初めて妹と手をつないでしまった>
兄(全力で駆けつけてきたから思ったより早く家に着いてしまった)
兄(・・・・・・)
兄(何やってるんだ俺。自分の家なんだから鍵をあけてさっさと家の中に入ればいいのに)
兄(何か緊張する。自分の妹、それも最愛の妹に会うのに何で足ががたがたと震えてるんだろう)
兄(これは妹に非常識な告白して、あっさり振られたときと同じ症状だ)
兄(つうかあのときは絶対に自分の恋が成就するなんて思っていなかったから、返事を聞くまでは余裕だったんだよな)
兄(いつまで玄関の前で震えながら立っているつもりなんだ俺は)
兄(もはや緊張する理由なんて何もないじゃんか。妹友のおかげで目が覚めた。とにかく妹が悩まないで過ごせるようにすることだけを目的にすればいいんだ)
兄(つまりメールのとおりにすればいい。さっきの電話で妹は彼氏と別れるって言ってたけど、こんなことを言わせてしまうこと自体、俺が妹を悩ませてしまっているってことなんだろうな)
兄(俺が兄貴でなければ、俺が家族じゃなければ好きでもない俺なんかのために、彼氏と別れるなんて言い出すわけがない)
兄(妹はうちの家族全員から溺愛されて育った。でも、妹の方も本当にこの家族全員が好きだったんだ。だから、俺のことは異性としては考えられないけどそれでも俺を悲しませたり、兄貴との仲が変に壊れるのが嫌で仕方ないんだ)
兄(妹友は妹が俺のことを男として意識し出しているかどうかはわからないって言ってたけど、それはどうでもいい。結局、前に妹友が俺に言ったとおりだったんだ)
兄(正直、妹は俺を好きででも禁断の関係に踏み込めなくて俺を振ったのならいいと思っていた。それなら俺にとっては救いがあるもんな)
兄(でもそうじゃない。妹は俺のことなんか男としてはこれっぽちも意識していなかったんだ。だから驚いて俺の告白を断った)
兄(でも、振られた俺が女々しく拗ねて、実家にも顔を出さず妹にも連絡しなかったから、兄妹の仲が家族の仲が壊れそうになったことに妹はうろたえ、混乱した)
兄(それで滅多に作ってくれなかったオムライスを持って俺の部屋に来たり、挙句の果てには自分の好きな彼氏と別れるとまで言い出した。全部、家族が大切なためだ)
兄(・・・・・・よし。さっき妹友に言ったことは間違ってない)
兄『俺も目が覚めたよ。妹が俺のことをどう思うかなんてどうでもいいや。むしろ妹をそこまで追い詰めて悩ませていることが問題なんだな』
妹友『よくわかりませんが』
兄『こんなところを両親に気がつかれたら申し訳ないぜ。同じ妹ラブ同盟の同志として』
妹友『はあ』
妹「こんなところで何してるの」
兄「いや。ちょうど今ここに着いたところだ」
妹「そうなの?」
兄「そうなのって何で」
妹「人の気配がしたからリビングでモニター見てたんだけど」
兄「・・・・・・いや」
妹「何で十分も玄関の前でじっと立ってたの?」
兄「大した意味はない。気にするな」
妹「でもお兄ちゃんが久し振りに家に帰ってきてくれて嬉しい」
兄「・・・・・・泣くなよ」
妹「いいの。家に入ろ」
兄(え。何これ)
妹「夕ご飯先に食べる? それともお風呂入ってからにしたい?」
兄(幼い頃はいざ知らず物心ついてから初めて妹と手をつないでしまった)
妹「さわらの西京漬け焼いたよ。オムライスの次に好きなんでしょ」
兄(俺の手汗ばんでないかな)
妹「お兄ちゃん?」
兄(恋人つなぎはさすがにしてくれないか・・・・・・って当たり前だろ俺。何考えてるんだ)
妹「お兄ちゃんてば」
兄「ああ」
妹「お風呂どうすんの」
兄「うん、入る」
妹「着替えあるの? 下着とか」
兄「持ってきてないよ」
妹「泊まるのに寝間着も持って来なかったの」
兄「ああ(そういや俺、今日ここに泊まるのか)」
妹「お兄ちゃんの部屋から適当に持ってくるからお風呂入ってて」
兄「自分で探すからいいよ」
妹「駄目だよ。夕ご飯遅くなっちゃうじゃん」
兄「うん・・・・・・」
<もうこれで十分じゃないのか>
妹「出たの?」
兄「うん。暖まったよ」
妹「じゃあ座って。用意できてるから」
兄「う、うん」
妹「どう? この西京漬け。スーパーのじゃなくてデパ地下の名店街で買ったんだよ」
兄「うまい(本当にうまい)」
妹「よかった」
兄「おまえは食べないの」
妹「食べてるじゃん」
兄「いや。いつもより食べるの遅くない? しかも普段は好きなものから先に食べるくせに」
妹「これお兄ちゃんにあげる」
兄「おまえ、さわらって嫌いだっけ」
妹「いいから食べて」
兄「じゃあ」
妹「うん」
兄(・・・・・・何か安らぐなあ)
妹「何か落ち着くね」
兄「そうだな」
妹「ご飯は」
兄「もういいや」
妹「じゃあお味噌汁」
兄「もらおうかな」
妹「赤味噌だよ。久し振りでしょ」
兄「うん。うまいな」
妹「ちょっと待ってて」
兄(やっぱりこれでいいんだよ。妹と一緒にいても安らぐだけで妹の彼氏への嫉妬なんて心配したほどは感じないし)
兄(やっぱり家族なんだなあ。もうこれで十分じゃないのか)
兄(振られて拗ねて。偽装兄妹になれるよう努力するなんて言った俺って最悪だ。妹のためとかというより、自分のためにもこれでいいんだ)
妹「お粗末さまでした。はいほうじ茶」
兄「うん。ありがと」
妹「ううん」
兄「久し振りにおいしい飯を食えたよ。母さんの帰りがいつも遅かったからさ。俺のお袋の味って実はおまえの作ってくれる飯の味だったんだなあ」
妹「・・・・・・何言ってるの」
兄「あやうく大切なものを失うところだったよ」
妹「意味わかんない」
兄「やっぱり俺にとって一番大事なのは家族だったんだなあってさ。わずかな間だけど一人暮らししていて思い知らされたよ」
妹「いまさら何言ってるの。あたしはそんなことは昔からわかってたよ」
兄「そうか」
妹「そうだよ。あたしを一番大切にしてくれるのは、パパとママとお兄ちゃんだもん。彼氏君と比べたってあたしにとって一番大事なのは家族だよ」
兄「おまえにはわかってんだなあ」
妹「うん。だってあたしは申し訳ないほど家族に愛されて育って来たって自分では思ってるし」
兄「それは本当だよ。おまえは生まれたときから我が家のお姫様だったしな」
妹「お姫様って」
兄「本当だって。父さんにいたってはおまえが生まれてからしばらくの間おまえのことを妹姫って呼んでたぜ」
妹「ふふ」
兄「ばかだよな父さんも本当に」
妹「・・・・・・お兄ちゃんは」
兄「うん?」
妹「お兄ちゃんもあたしのことをお姫様って呼んでたの?」
兄「何でそこで赤くなる」
妹「うっさい」
兄「口に出すのは恥かしかったからさ。心の中で呼んでたよ。つうか妹姫妹姫ってうるさい父さんは死ねって思ってた」
妹「うふふ。でもあたしのことなんかをそこまで大事で好きになってくれるのなんてうちの家族だけだよね」
兄「そうかな」
妹「そうだよ」
兄「妹友のお兄さんは同じように思ってるんじゃね」
妹「あ・・・・・・」
<恋人つなぎ>
兄「そうじゃなかったらおまえと付き合いたいなんて思わないだろ」
妹「お兄ちゃん?」
兄「ああ」
妹「あたし、彼氏君と別れるよ」
兄「何でそうなる」
妹「だって。お兄ちゃんって女さんに振られたんでしょ」
兄「いやそれは」
妹「やっぱりあたしってまだ子どもなのかなあ」
兄「何だそれ」
妹「よくドラマとか漫画とかでさ。彼氏とか彼女さえいれば何もいらないとか、全てを棄てて駆け落ちするとかっていうシチュエーションがあるでしょ?」
兄「定番表現だな。家族とか仕事かと比較させることによってその恋愛がどんなに至高であるかを視聴者とか読者にわからせるための手法だ」
妹「あたしには少しもそんな風に思えないんだもん」
兄「どういうこと」
妹「この家族を棄ててとかお兄ちゃんと会えなくなってまで恋愛を優先したいとかって全然考えられないの」
兄「そらそうだろ。そんなレベルの恋愛にいきなり遭遇するわけないじゃん。誰だって普通はうまく彼氏と家族を両立させてるんだよ」
妹「だって両立できなかったもん。お兄ちゃん全然帰ってこなくなっちゃうし」
兄「それは悪かったけど、俺のメール読んだだろ」
妹「二百回くらいは読んだよ」
兄「さすがにそれは言いすぎだ」
妹「でも十回くらいは読んだ。これは本当」
兄「ならもうわかるだろ。いろいろ情けなく拗ねちゃって悪かったけど、もうそんな心配はいらないから」
妹「ねえ、お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「後片付けは明日するから今日はもう寝ようか」
兄「うん? (突然何なんだ)まあ、いいけど」
妹「じゃあ、今日は一緒に寝よう」
兄「はい?」
妹「一緒に寝ていい?」
兄「な、何でそうなる。これまでだって一緒に寝たことなんかないし、それはいい家族の域を逸脱しているぞ」
妹「一緒に寝たことなんか何度もあるじゃん」
兄「それは小学校低学年の頃までの話だろうが」
妹「あたしってさ。今でもお兄ちゃんにとってお姫様なの?」
兄「・・・・・・」
妹「ねえねえ」
兄「まあ今でもそう・・・・・・かな?」
妹「じゃあお姫様抱っこして」
兄「はあ?」
妹「昔あたしがリビングで寝ちゃったとき、パパやお兄ちゃんがそうやって部屋まで連れて行ってくれてたでしょ」
兄「確かにあったけど、あくまでも小学校低学年の頃な」
妹「久し振りにしてよ」
兄「体重が」
妹「何だと」
兄(今日くらいは何でも言うことを聞いてやるか)
兄「じゃ、じゃあ」
妹「うん」
兄「触るけど騒ぐなよ」
妹「変なとこは触らないでよ」
兄「触んねえよばか」
兄(じゃあ妹の首に手を回して、足にも片手をかけ)
妹「ひゃあ」
兄「・・・・・・変な声出すな」
妹「くすくす」
兄「笑うなよ~。って、おまえ軽いな」
妹「じゃあ、あたしの部屋のベッドまで連れて行って」
兄(ベッドに連れてけって・・・・・・)
妹「抱っこされたまま階段を上るのって結構恐かった。何か遊園地の絶叫系の乗り物に乗っているのに近い感覚だね」
兄「安上がりでいいよな。遊園地と違って」
妹「・・・・・・もっと乱暴にドサっていう感じでベッドに下ろされるかと思ったのに」
兄「あそ(もうやだ。早く自分の部屋に引きこもりたい)」
妹「じゃあ、今夜はお兄ちゃんが壁と反対側の方に寝てね」
兄「はい?」
妹「今日は一緒に寝て」
兄「あのさ」
妹「・・・・・・」
兄「俺も悪かったよ。でも反省して前みたく仲のいい兄妹になるよ。何よりおまえと気軽に話せないと俺が寂しいし」
妹「・・・・・・うん」
兄「でもよ。今までだって手をつないだりとか一緒に寝たりなんかしてねえじゃん。小さな頃は別だけど。今さらわざわざこんなことなんかしなくても俺たちは大丈夫だよ。おまえを不安にさせて悪かったけど、もう俺は家族の仲を悪くしたりはしねえから」
妹「お兄ちゃんあたしね」
兄「うん」
妹「何度も繰り返して考えたんだけど、やっぱりお兄ちゃんとは付き合えない」
兄「わかってるよ。てか何を蒸し返してるんだよ(何で付き合えないのかが問題だけど、多分答えはわかっているから聞かない)」
妹「メールも読んだけど、お兄ちゃんが女さんに振られちゃったのなら前提が狂っちゃうし」
兄「何でそうなる。たまたま女に振られる前のメールだったからああいう書き方になったけど、俺に彼女なんかいなくたっておまえは彼氏と付き合ってればいいんだよ。もう二度と拗ねたり嫉妬したりしねえから」
妹「嘘よ。お兄ちゃんは今までどおり仲のいい兄妹として振る舞ってくれると思うけど、それはお兄ちゃんのつらい思いのうえに成り立っている関係じゃないの」
兄「・・・・・・それは。努力するとしか」
妹「昔は違ったもん。お互いに嫉妬したりどっちかが一方的につらくなったりしないで仲がよかったじゃん」
兄「だから時がたてば俺の痛みだって薄れるって」
妹「お兄ちゃんとは付き合えない。でもあたしも彼氏君と別れる。それで昔のとおりじゃない。もうそれでいいよ。ずっとお互いに彼氏彼女なんか作らないで、パパとママと四人でずっと仲よく一緒に暮らそうよ」
兄「・・・・・・その関係って行き場があるの?」
妹「うん?」
兄「それって行き場のない関係じゃん。お互いに恋人を作らずにずっと兄妹仲よくとか。ある意味、俺とおまえが付き合って恋人同士になるのと同じくらい行き場のない関係じゃんか」
妹「・・・・・・どういう意味?」
兄「もうよそう」
妹「隣に寝て」
兄「ああ」
妹「手つないで」
兄「(何なんだ)ほら」
妹「そうじゃなくて、こうだよ」
兄(恋人つなぎ・・・・・・)
<ついに一緒に寝ちゃったね>
兄(右腕がちょっと重い)
兄(朝?)
兄(げ。妹?)
兄(物心ついてからこんなに妹と密着したのって初めてじゃん)
兄(腕枕・・・・・・。こんなことは幼い頃だってしたことがなかったのに)
兄(俺に向かい合うように身体を横にして・・・・・・。まだ寝ているみたいだ)
兄(何かとてもいい匂い。心が落ち着く)
兄(妹を起こすのも可哀想だし、何よりも俺がもっとこうしていたいから)
兄(昨夜はいろいろ中途半端になっちゃったのに。不思議と今はいい気分だ)
兄(・・・・・・もう少し寝てようかな。このまま二度寝しちゃおうか)
兄(・・・・・・全く俺のお姫様は。無邪気な顔をして)
兄(こいつのためなら俺は一生独身で、こいつが恋愛して結婚して子どもを産んで俺抜きで幸せになっていくのを、密かに眺めているだけでも俺は幸せなのかもな)
兄(やっぱり妹を悩ませちゃだめだ。こいつが彼氏と別れるなんてとんでもない)
兄(女に振られたことも何だかあんまり気にならなくなってきた。女があのクズの方がいいならしかたない)
兄(平和だ。やっぱり二度寝しちゃおう。こんなに幸せな瞬間はこの先もう二度とないだろうから。妹の彼氏君、今日だけは妹の駄目な兄貴のことを許してくれ)
兄(・・・・・・)
兄(・・・・・・えーと)
兄(あれ? 何だか寝てはいけないような気がする)
兄(今何時なんだ。っていつもの場所に時計がない)
兄(そうか。ここは妹の部屋だからな。時計は・・・・・・・)
兄(あった。九時四十分か。休みのわりにはそんなに寝過ごしてないな)
兄(・・・・・・休み? 今日は月曜じゃん)
兄(げ)
兄「おい妹」
妹「うーん」
兄「(俺の腕に両手でしがみついてきた)起きろって」
妹「なあに」
兄「なあにじゃない。目を覚ませって」
妹「うー・・・・・・。あ」
兄「起きたか」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「やっと目を覚ましたか」
妹「うん。えへへ」
兄(う・・・・・・可愛い)
妹「おはよお兄ちゃん」
兄「おはよう」
妹「ついに一緒に寝ちゃったね」
兄「な、何言って(俺のお姫様よ。それってダブルミーニングになってるぞ)」
妹「お兄ちゃんが隣にいると落ち着くな。やっぱり家族っていいね」
兄「いや。それどころじゃねえから」
妹「お兄ちゃんは落ち着かないの」
兄「さっき時間に気がつくまではすげえ安らいでいたけど」
妹「時間って?」
兄「おまえ、今の時点で既に学校遅刻してるから」
妹「何だ、そんなことか」
兄「へ」
妹「昨日寝る前に目覚まし時計止めちゃった」
兄「そういやアラームの音に気がつかなかったな」
妹「今日は学校はサボり。お兄ちゃん、もう少ししたら担任に電話してね」
兄「何で俺が」
妹「父兄でしょ。あたしの」
兄「確かに父兄とは父と兄とは書くけど、そういう連絡は普通母さんの役目だろうが」
妹「サボりの連絡なんてママに頼めるわけないじゃん」
兄(・・・・・・こいつ確信犯かよ)
妹「・・・・・・もう少しこのままでいたいな」
兄「何で学校休むの? おまえ、いつもはどんなに体調が悪くても学校に行きたがってたのに」
妹「誰かさんが一月以上もあたしを放って置いたからね。お兄ちゃん成分が不足しているから今日は不足していた分を摂取するの」
兄「おま・・・・・・。まあいいか」
妹「お兄ちゃん」
兄「うん?」
妹「もしかしてすごく迷惑だった?」
兄「あほ。そんなわけねえだろ。俺はシスコンだぞ」
妹「えへへ」
兄「でも、あんまりくっつくなって」
妹「いいじゃん。あたしもブラコンになるんだもん」
兄「(夢を見ているみたいだ)おまえってやっぱりすげえ可愛いよな」
妹「え?」
兄「いやごめん。忘れて。いい兄貴は妹にそんなことは言わないよな」
妹「いいよ」
兄「あの」
妹「いいお兄ちゃんに戻ってくれるんでしょ? もっと誉めていいよ。てかむしろもっと誉めてよ」
兄「あのなあ」
妹「こらこら。姫君に口ごたえしない」
兄「・・・・・・お姫様」
妹「なあにお兄ちゃん」
兄「いい兄貴でいるためにもさ。あまり俺にくっつかないでくれ」
妹「何でよ。お兄ちゃん分を取り戻しているのに」
兄「俺だって男の端くれだからさ。あまりおまえが胸を押し付けてくると」
妹「エッチ」
兄「(赤くなった)だってよ」
妹「ささやかって言ったくせに」
兄「ささやかながら感触はあるから」
妹「臣下のくせに姫に欲情するなんてどうよ」
兄「すいません。反省します」
妹「しかたないなあ。じゃあ、起きようか」
兄「・・・・・・もう起きちゃうの」
妹「クス」
兄「笑うなよ。頼むから」
<デートみたいだね>
兄「本当に付いてくるの?」
妹「何よ。迷惑なの?」
兄「そうじゃねえけどさ。学校休んでまで俺の大学見に来る必要なくない?」
妹「一緒にいたいからって言ったら?」
兄「それなら俺も大学休むから一緒に家にいようぜ」
妹「うそだよ。でもさ、お兄ちゃんの入学式ってパパもママも行かなかったんでしょ」
兄「仕事があったらしいからな」
妹「あたしが代わりに行くって言ったんだけどさ。学校休んで兄貴の入学式に行く妹がどこにいるって言われて怒られた」
兄「まあ無理もない(両親は妹を溺愛しているけど、決して猫可愛がりはしないからな。妹のために叱るところは叱るやつらだし)」
妹「だからあたしくらいはお兄ちゃんの大学を見ておきたいの」
兄「何でそんなに必死よ」
妹「・・・・・・不公平じゃん」
兄「何だって」
妹「あたしのイベントのときはパパもママもどんなに忙しくても仕事をやりくりしてくれて参加してくれたじゃない? 何でお兄ちゃんのときは同じようにしないんだろうって、あたし前から悩んでたんだ」
兄「・・・・・・そうか。おまえは優しいよな」
妹「え? 何言ってんの?」
兄「あれだけ甘やかされても、スポイルされないでいい子に育ったよな」
妹「お兄ちゃんこそ、あたしやパパとママを恨んだことはないの?」
兄「ないな。つうかおまえは根本的に勘違いしてるよ」
妹「どういうこと?」
兄「俺はおまえとは立場が違うんだよ。おまえは家族から可愛がられ大切にされる側。俺は父さんや母さんと同じでおまえを可愛がる側の人間だから」
妹「そんなに年齢は変わらないのに」
兄「年齢の問題じゃなくてな。まあ、家は昔からそう言う風なんだよ。俺自身がおまえをお姫様扱いしてるんだから別におまえが気にすることじゃない」
妹「納得できません」
兄「だからそういうものだって割り切れよ。うちは昔からそうなの」
兄「俺、そろそろ大学行かないと」
妹「あたしも連れてってくれないなら、二度と腕枕もさせてあげないし恋人つなぎもしてあげないからね」
兄「・・・・・・」
妹「ちょっと・・・・・・何か言ってよ。あたしがばかみたいじゃん」
兄「ええと」
妹「もうオムライスだって作ってあげないし、さわらの西京漬けだってスーパーの安いやつしか買ってあげない」
兄「・・・・・・それは困る」
妹「へへ。でしょ?」
兄「ついてきてもいいけど講義の間はどうする?」
妹「どっかで時間潰してるよ。キャンパス内にカフェとか本屋さんとかいろいろあるんでしょ」
兄「・・・・・・あるけど」
妹「じゃあ行こうよ。ね?」
兄「退屈しても知らないぞ」
妹「しないよ。ちょうどいい機会だから志望校を見学しておくよ」
兄「うちの大学受けるの?」
妹「仲のいい兄妹は同じ学校に行くんだよ。あたしは中学高校と女子校に入れられちゃったから、せめて大学くらいは同じ学校に行こうよ」
兄「いや」
妹「何よ。お兄ちゃんあたしと一緒の大学って嫌なの」
兄「もちろん嫌じゃないけど」
妹「じゃあ何よ」
兄「お姫様には非常に言いづらいのだけど、おまえの成績じゃとても」
妹「う」
兄「ま、まあ。これから頑張って偏差値を上げていけばあるいは」
妹「頑張るから」
兄「お、おう」
妹「マジで今日から勉強に集中する」
兄「本当にうちの学校に合格したいなら今から学校に行って勉強した方が」
妹「明日から頑張る。じゃあ、出かける前に電話して」
兄「どこに?」
妹「今ちょうど休み時間だからうちの担任に電話して。具合悪いから妹は休ませますって」
兄「大丈夫か」
妹「上りの電車って結構混んでるんだね」
兄「まあ平日の午前中だから」
妹「うちから大学までどれくらい時間かかるの?」
兄「一時間半くらいだな」
妹「・・・・・・・だから迷わず実家を出たんだ」
兄「まあね。毎日これはつらいからさ。せめて座れればいいんだけど」
妹「お兄ちゃん」
兄「どうした」
妹「あたしもう足ががたがただよ」
兄「次の駅で降りて少し休むか」
妹「お兄ちゃんが大学の講義に遅刻しちゃうじゃん」
兄「別にいいよ」
妹「だめ」
兄「おまえ自分だって休んだくせに」
妹「今までお兄ちゃんやパパたちがあたしにしてくれたことを、あたしそのままお兄ちゃんに返すことにしたの」
兄「はい? おまえ脳みそ」
妹「沸いてないって。もうこの話はおしまい。でもちょっと疲れたから身体を支えてくれる?」
兄「おう。ってどうしたらいいの」
妹「あたしおにいちゃんに寄りかかるから、お兄ちゃんはあたしの身体に手を回して支えて」
兄「こ、こう?」
妹「そこじゃ寄りかかれないよ。もっと下。そう腰の辺りを抱いて抱き寄せて」
兄(せっかくいい兄貴になろうと決心したのに。こいつ、俺の決意を邪魔して楽しいのか)
妹「うん。これなら何とか行けそうな気がする」
兄「そ、それはよかったな」
妹「お兄ちゃん」
兄「ああ」
妹「何かデートみたいだね」
兄(やめてくれ。何とか興奮を押さえないと)
<あたしにとって本当に大切な用事があったから>
兄「本当に一人で大丈夫か」
妹「平気だって」
兄「何か心配だ。俺やっぱ講義サボって」
妹「必修なんでしょ。だめ」
兄「いいか。男に声をかけられても無視するんだぞ。あ、かと言ってあまり冷たくあしらっても逆切れされて無理矢理変なことされるかもしれないから、うまく断るんだぞ」
妹「よくわからないけど、わかった」
兄「つうか何かあったら電話しろ。すぐに駆けつけてやるから」
妹「大丈夫だって。ナンパされるのなんて慣れてるし」
兄「え」
妹「いつものことだもん。大丈夫だよ」
兄「おまえ、いつもそんなに危険な目にあってるの」
妹「そんなに毎日じゃないけど」
兄「・・・・・・ちょっと父さんに電話するな」
妹「え? いきなりパパに何を話すの?」
兄「妹が危険だから学校の行き帰りはなるべく車で父さんが送迎しろと」
妹「こらやめろ」
兄「だってよ」
妹「ママはともかく、パパとお兄ちゃんはちょっと過保護だよ」
兄「おまえに何かあってからじゃ取り返しが」
妹「何もないって。ちょっと心配し過ぎ。あたしだってもう子どもじゃないんだから」
兄「そうか?」
妹「そうだよ」
兄「わかった。俺は講義に出るけど何かあったらすぐに電話するんだぞ」
妹「講義中は電話になんか出られないでしょ」
兄「何があっても電話に出るから」
妹「もう。何もないって」
兄「・・・・・・」
兄(一般教養の第二外国語。履修のときに全部同じ科目を選択したから当たり前だけど)
兄(やっぱり女がいる。しかも女の友だち数人と一緒に何か楽しそうに会話しているな)
兄(今は女と話すべきときじゃないからして、なるべく離れた席に座ろう)
兄(つうか、ほぼ全部のコマが女と被ってるんだよな)
兄(一つ教訓になったよ。履修登録時には、彼女と別れた後のことも考えて講義を選択しておく必要があるって)
兄(これから毎日女を避けなきゃいけねえのかよ)
兄(あ)
兄(やべ。女と目を合わせてしまった)
兄(え・・・・・・? 女の方が目を逸らした。何か気まずそうな表情だった)
兄(今度こそ兄友は嘘を言っていなかったのか。兄友からのメールは・・・・・・・)
『それでさ。これも言いにくいんだけど。俺、勇気を出して最後に謝ろうと思って女にメールしたんだよ。いつもの待ち合わせ場所で待ってるから会いたいって』
『来てくれなくてもしようがないって思った。でも、あいつは待ち合わせ場所に来てくれた』
『俺は本気で謝った。たとえ女が俺とやり直してくれなくても兄と付き合うにしても、俺なりのけじめとして後輩とも別れるって言った』
『兄、悪い。本当にごめん。女はそんな俺を許してくれた。やり直そうって言ってくれた』
『女はおまえへの罪悪感から、おまえとは直接話をしたくないって言ってるから俺が代わりに言わせてもらうな。兄、本当にごめん。俺たちのごたごたに巻き込んだ挙句結果的におまえの感情を持て遊ぶことになっちまった』
『俺と女はやり直すことにした。悪いが女のことは忘れてくれ。信じられないかもしれないので、一応写メ添付しとく』
『俺と女の問題に巻き込んでお前を傷つけてすまん。女はおまえとはもう会えないって言っているけど、俺はおまえを親友だと思っているんで許してくれるならこれまでどおりの付き合いをしようぜ』
兄(まあ、もういいや。正直何が起こったのかわからずに悩んだけど。もういい)
兄(俺にはもう彼女なんかいらないんだ。彼女にはなってくれないけど。それどころか彼氏さえいるけど、それでも俺の大切なお姫様がそばにいてくれれば)
兄(やっと講義が終了。妹からは電話もメールもなし)
兄(終ったとたんに女は俺の方を見もしないで友だちと一緒に部屋から出ていっちゃった。やっぱ兄友のメールは嫌がらせじゃなくて本当のことだったのか)
兄(それどころじゃない。妹を放置してしまった。電話もメールもないし)
兄(電話しよ)
兄(・・・・・・)
妹『お兄ちゃん?』
兄「講義終ったけどおまえどこにいるの」
妹『ええと。ここどこだろ。ちょっと待って』
妹『すいません、ここってどこですか』
兄(げ。あいつ誰に話しかけてるんだよ)
妹『ああ、そうなんですか。お兄ちゃん?』
兄「おう」
妹『三号館と五号館の間の中庭だって。なんか噴水のあるところ』
兄「すぐに行くから」
妹「お兄ちゃん」
兄「(一人でいた。よかったあ)おう。おまえさっき誰に話しかけてたの」
妹「さあ」
兄「さあっておまえ」
妹「何かうろうろしてたら話しかけてくれて。それで高校生? って聞かれたから」
兄「何ナンパされてんだよおまえ」
妹「ええ? ナンパじゃないよ。受験のアドバイスとか校内の案内とかしてくれたんだよ」
兄(こいつは今日は私服姿とはいえ見た目は幼いからな。一目で高校生だとわかったはず。高校生だと承知して妹に近づく男なんて)
妹「お兄ちゃん?」
兄「ああ(もう今日は以降の講義は全部ブッチだ。妹が危険すぎる)」
兄(それにさすがに今日は女に無視されるのはつらいし)
妹「おなかすいた」
兄「じゃあ何か食おうぜ。学食は危険だから」
妹「危険って?」
兄「いや。学食は混んでいるから大学の外で食おう」
妹「そうなんだ。うん」
兄「何食べる?」
妹「お兄ちゃんがこんなお洒落なオープンカフェを知ってるなんてびっくりだよ」
兄「あんまり俺を舐めない方がいい(女に教えてもらったんだけどな)」
妹「周りはカップルだらけだね」
兄「そういやそうかな」
妹「あたしの学校って女の子しかいないからさ。何か新鮮」
兄「まあ、そうだよな。で、何食う?」
妹「この本日のオープンサンド、ドリンク付きっていうのにする」
兄「じゃあ俺も」
妹「ドリンクって何があるの?」
兄「メニューの下に書いてあるだろ」
妹「本当だ。わあ、ファミレスとは違うねえ。知らないドリンクがいっぱい」
兄「経験から言うと、どれ頼んでも味はそんなに変わらないぞ」
妹「人の楽しみに水を差さないでよ。この、アイスマンゴーハーブティーって美味しいかな」
兄「それはだな。あ・・・・・・。電話出なよ。って切るなって。せっかく昼休だから彼氏から電話してくれたんだろ」
妹「別にいいの!」
兄「・・・・・・出てやんなよ」
妹「・・・・・・いいの?」
兄「俺に聞くなよ」
妹『はい』
妹『うん、ごめんね。ちょっと今日は家の用事があって学校休んじゃった』
妹『妹友ちゃんから聞いたの?』
妹『大丈夫だよ。別に病気じゃないの。本当言うと仮病なんだ』
妹『いいじゃない別に』
妹『わかってるよ。でも今日はあたしにとって本当に大切な用事があったから』
妹『・・・・・・彼氏君? 何か怒ってる?』
妹『・・・・・・違うって。もういい加減にしてよ』
妹『もう切るね』
妹「・・・・・・何でこうなっちゃうんだろ」
兄「泣くなよ」
妹「・・・・・・お姫さまなんでしょ」
兄「え」
妹「あたしはお兄ちゃんのお姫様なんだよね?」
兄「・・・・・・うん」
妹「じゃ、慰めてよ」
兄「おい」
妹「さっきみたいにあたしを抱きしめてよ。だってあたし、お兄ちゃんのお姫様なんでしょ?」
兄「・・・・・・ああ、そうだよ。おまえは俺の大切なお姫様だよ」
妹「じゃあ抱き寄せて。違うよ、もっと肩に手を回して強く抱きしめるの」
兄「・・・・・・こう?」
妹「それでいいよ」
<俺のこと祝福して迎えてくれよな>
兄「落ち着いた?」
妹「うん」
兄「いつまで並んで肩を抱いているのも目立つから、向かいの席に戻るわ」
妹「ありがと」
兄「いや」
妹「何を話してたか聞かないの」
兄「うん」
妹「そう」
兄「おまえが相談したいなら話聞くけど」
妹「うん・・・・・・いいや」
兄「(少しだけ笑った)オープンサンド来たぞ」
妹「うん。何これ大きいね」
兄「ここは洒落ているように見えて実は質実剛健な学生向け大盛り料理が出て来るんだぞ」
妹「でもおいしそう。お腹すいちゃった」
兄「遠慮せず食べろよ。何ならデザートも頼んでいいぞ」
妹「やった」
兄「・・・・・・(可愛い)」
妹「なに?」
兄「いや。口の端にマヨネーズついてるぞ」
妹「やだ」
兄「ほれ」
妹「へ? あ、ありがと。って指舐めるな」
兄(赤くなった。でも元気になったみたいだな)
妹「お兄ちゃん」
兄「どした」
妹「これ、食べても食べても無くならないよ」
兄「ここの仕様だからな。残せばいいよ」
妹「うー。せっかく美味しいのに」
兄「デザート食えなくなるぞ」
妹「じゃあ、これお兄ちゃんが食べて」
兄「いや、俺だって普通に一人前食ってるんですけど」
妹「食べて・・・・・・ね?」
兄「(その下から見上げるような可愛い目線はよせ)おう。任せろ」
兄(しかし考えてみれば不思議だ。妹とここまで仲良くデートみたいなことをするのって初めてだな)
兄(昔から仲は良かったと思うけど、一緒に手をつないで寝たり、外出時に妹の肩とか腰を抱き寄せたりなんてしたことなかったよな。あーんだって初体験だったし)
兄(どういうわけか、妹に告って振られた後の方が妹との距離が縮まった。もちろん大学に入って一月以上妹と会わなかった反動はあるんだろうけど)
兄(今ならもう本気で大丈夫な気がする。やっぱり妹友の言うとおりだ。俺は妹とたまにこうして過ごせるなら、妹と彼氏のことだって本気で祝福できる気がする)
兄(どうして今まで気がつかなかっただろう。いくら妹が好きだからって、こいつに告ったのは妹のためじゃなくて俺自身のためじゃねえか。俺自身が幸せになるためのどうしようもない身勝手な行為だったんだ)
兄(それが結果的に妹を苦しめた。悲しませた。こんなの本末転倒だ。俺は父さんや母さんと同じで、妹の幸せだけを考えてやらなきゃいけなかったのに)
兄(妹が彼氏と付き合って、それで今までどおり仲のいい家族と一緒に過ごせるようにしてやること。それが俺の目標じゃんか。今まで俺は何を血迷ってたんだろう)
兄(父さん母さん。俺もようやくあんたたちと同じ境地に辿り着いたよ。俺のこと祝福して迎えてくれよな)
妹「お兄ちゃんさっきから何嬉しそうに笑ってるの?」
兄「おまえの食べ残したサンドイッチを食えたからさ。間接キスじゃん」
妹「何よいまさらそんなこと」
兄「嬉しいからいいんだって」
妹「変なの。ねえ、このアイスマンゴーハーブティーってあまり美味しくないね」
兄「だから言っただろ。経験者のアドバイスを信じろよ」
妹「じゃあデザートはお兄ちゃんに決めさせてあげる」
兄「俺が選ぶの?」
妹「うん。どうせ食べられないから一つでいいや。一緒に食べよ」
兄「お、おう(ほら。妹を彼女にすることを諦めただけで、俺だってこんなに幸せになれるじゃないか)」
<・・・・・・・手を出して>
妹「これ、本当に大丈夫? 何か量だけ多くて大味そう」
兄「大丈夫だって。甘すぎず酸っぱすぎずでさ。このフルーツがマジで美味い」
妹「まあフルーツパフェでフルーツが適当なのってよくあるけど、フルーツが美味しいなら大丈夫かな」
兄「保証する。大きいけど絶対全部食べちゃうぜおまえ」
妹「いくらなんでも一人じゃ無理。お兄ちゃんも責任とって」
兄「(何気ない言葉なのに深読みするんじゃない)おう、いくらでも責任取るぞ。何なら
結婚してもいい」
妹「そっち方面の責任じゃないって」
兄「冗談だよ」
妹「わかってるよ。でもまたお兄ちゃんとこういう会話ができるようになって楽しい」
兄「ああ。俺もだ」
妹「こんな話はお兄ちゃんとしかできないもんね」
兄「・・・・・・彼氏とだってできるだろうが」
妹「彼氏君は真面目だから・・・・・・こういう話し出したら冗談じゃすまなくなっちゃうっていうか」
兄「・・・・・・そうか」
妹「あ、パフェきた。って何これ大きすぎ」
兄「山盛りになったフルーツもすごいだろ」
妹「本当に」
兄「あと生クリームも甘すぎず美味しいぞ」
妹「じゃあさっそく」
兄「何だよ」
妹「あーんして」
兄「おまえが食えよ」
妹「毒見だよ。ほら」
兄「だってよ」
妹「そちは姫君の命令が聞けぬと言うのか」
兄「お姫様の命令ならしかたな・・・・・・っておま。口をあけてからスプーンを近づけろよ。顔にクリームが付いちゃったじゃねえか」
妹「はい、動かないでね」
兄「おい。おまえの手が汚れるって。つうか舐めるなよ」
妹「確かに美味しいね」
兄「おまえなあ」
妹「さっきの仕返しだよ。じゃあ、食べるか」
兄「結局、俺は食えてねえじゃん。顔にクリーム付けられただけで」
妹「・・・・・・本当に美味しい」
妹「もう動けないよー」
兄「結局、完食したもんな。おまえ」
妹「途中でやめようと思ったけど、麻薬的な美味しさだった」
兄「だから言っただろ。絶対に美味しいって。そろそろ行くか?」
妹「だからまだ動けないって。苦しいー」
兄「おまえはちょっとそのまま休んどけ」
妹「お兄ちゃん、次の講義の時間じゃないの」
兄「今日は自主休講」
妹「だめだよ。真面目に出席しなよ」
兄「仮病使って休んだやつに言われるとはな」
妹「・・・・・・う」
兄「今日はおまえとデートする気分なの」
妹「え」
兄「何だよ」
妹「これってデートだったの?」
兄「兄妹の健全なデートだろ? 違うのか」
妹「まあ、もうそれでもいいか」
兄「とにかく今日は休む。だから、このあとどっかに遊びに行こうぜ」
妹「じゃあ、カラオケ行きたい」
兄「却下」
妹「却下早すぎだよ」
兄「何でこんなに天気もいいのにカラオケなんぞに行かなきゃいけないわけ? 大学のと隣の自然公園でも散歩しようぜ」
妹「あんたはジジイか」
兄「何でジジイだよ。有名なデートスポットなんだぞ」
妹「・・・・・・デートスポット?」
兄(ああ、いかん。妹に意識させるような言葉を言ってしまった)
妹「お兄ちゃんがそこに行きたいなら別にいいよ」
兄「いや。よく考えたらそんなに行きたくないや。別に俺たちって恋人同士じゃねえしな」
妹「・・・・・・」
兄「よし。カラオケ行こうぜ。お姫様の命令は絶対だし」
妹「お兄ちゃん、それでいいの」
兄「聞き返すなよ。言いに決まってるだろ」
妹「・・・・・・・手を出して」
兄「へ」
妹「テーブルの上に手を出して」
兄「こうか」
妹「・・・・・・」
兄(俺の手を包むように両手で握った・・・・・・)
妹「ちゃんと聞こうと思ってたんだけど」
兄「うん」
妹「お兄ちゃん本当に女さんに振られたの?」
兄「多分」
妹「多分ってどういうこと。ちゃんと教えてくれてもいいでしょ」
兄「本当にわからねえんだよ」
妹「ねえ、お兄ちゃん」
兄「ああ」
妹「あたしも同じだから」
兄「何が」
妹「あたしも同じ。お兄ちゃんが言ってくれたことと同じ気持だから」
兄「・・・・・・」
妹「うちの家族が何よりも誰よりも大切で大好き。だからお兄ちゃんのことも大好き」
兄「うん」
妹「最初にお兄ちゃんの部屋にいる女さんを見たときはちょっと混乱しちゃったけど。でもお兄ちゃんがあたしと彼氏君とのことに嫉妬しないって言ったでしょ」
兄「言ったけど(何なんだ)」
妹「だからあたしも女さんには嫉妬するのやめたの」
兄(もうこういうのやめてくれ。せっかく父さんと母さんの心情の域にまで達したというのに。何で俺と女の仲におまえが嫉妬するんだよ)
妹「女さんと付き合いなよ。本当は振られてないんでしょ? お兄ちゃん、あたしのために女さんと別れようとしてるんじゃないの」
<お兄ちゃんには強力なライバルがいるんだよ>
兄「それ思い切り誤解だから」
妹「嘘つくな」
兄「嘘じゃねえって」
妹「もしお兄ちゃんが本当に女さんに振られたんだとしたら、絶対あたしのせいだよね」
兄「何でそうなる」
妹「こんなうざい妹がいる男なんて面倒くさくなったんじゃないの」
兄「何でおまえがうざいんだよ。妹に迫って告白したうざいやつは俺の方だろうが」
妹「・・・・・・」
兄「しようがねえなあ。ほれ、これ見ろ」
妹「携帯?」
兄「メール読んでみ」
妹「うん」
from:兄友
to:兄
sub:悪かった
『本当に悪かったな。別に女のことは俺の自業自得でおまえのせいじゃないのに。電話するのはちょっと敷居が高いからメールした』
『女に対する態度は今思うと言い訳のしようもねえよ。おまえに言われたとおりだ。今は反省している』
『それでさ。これも言いにくいんだけど。俺、勇気を出して最後に謝ろうと思って女にメールしたんだよ。いつもの待ち合わせ場所で待ってるから会いたいって』
『来てくれなくてもしようがないって思った。でも、あいつは待ち合わせ場所に来てくれた』
『俺は本気で謝った。たとえ女が俺とやり直してくれなくても兄と付き合うにしても、俺なりのけじめとして後輩とも別れるって言った』
『兄、悪い。本当にごめん。女はそんな俺を許してくれた。やり直そうって言ってくれた』
『女はおまえへの罪悪感から、おまえとは直接話をしたくないって言ってるから俺が代わりに言わせてもらうな。兄、本当にごめん。俺たちのごたごたに巻き込んだ挙句結果的におまえの感情を持て遊ぶことになっちまった』
『俺と女はやり直すことにした。悪いが女のことは忘れてくれ。信じられないかもしれないので、一応写メ添付しとく』
『俺と女の問題に巻き込んでお前を傷つけてすまん。女はおまえとはもう会えないって言っているけど、俺はおまえを親友だと思っているんで許してくれるならこれまでどおりの付き合いをしようぜ』
『じゃあな』
妹「・・・・・・そもそも女さんと兄友さんの二人には何があったの」
兄「兄友が後輩の女の子と女と二股かけていてな。そんで後輩ちゃんが妊娠したって嘘をついて、焦った兄友が追い詰められて女を振ったってことだな」
妹「本当なのそれ?」
兄「さあ。俺が直接見たわけじゃないしな。そんで俺もおまえとその、まあ何だ。振られた者同士慰め合っているうちに付き合おうかという話になって」
妹「そうだったんだ」
兄「だけど妊娠は嘘だったらしいよ。だから、兄友が本気で謝れば女だって一度は好きだった男のことなんだからさ、兄友のことを許しても不思議じゃねえよな」
兄(女の話も嘘だったのかもな)
女『これで兄友に罪悪感とか感じないで自分の気持に素直になれるから』
女『兄友のことを、あんたへの気持を忘れるために利用したから』
女『あんたが好きだったの』
女『あたしはどうしたらよかった? 妹ちゃんしか見えていないあんたに玉砕覚悟で告ればよかったの? それともずっとあんたに片想いし続ければよかったの?』
女『あたしさ。あんたのことを諦めようと思ったとき、兄友に告られてさ。自分を変えたかったこともあって兄友と付き合ったの』
女『うん。でも、あんたのことを忘れたことなんかなかった。というか、忘れるために付き合ったのに、一々いろいろ兄友とあんたのことを比較しちゃってさ。いつまでたってもあんたを忘れられなかった』
女『信じられない? 兄友に振られてからあんたに告ったのは確かだけど、昔からあんたのことが好きだったのは本当だよ』
兄(あの言葉自体が甘い嘘だったのかもな。振られた自分を救うために、最初から兄友なんか好きじゃなかった、本当に好きだったのは俺だったって自分に言い聞かせていたのかも)
兄(女とは昔から悪友だったから、そういうことがあっても不思議じゃねえもんな。だから女の言葉を俺は疑わなかったし、女も自分にそう言い聞かせることができたのかもしれない)
妹「これ本当なのかな」
兄「本当って?」
妹「兄友さんのメール、何か現実感がないっていうか。まるで安っぽいドラマみたい」
兄「そうかな」
妹「これ、兄友さんが嘘ついてるんじゃないの?」
兄「何でそう思うの」
妹「あたしのせいで、お兄ちゃんと女さんは仲違いたんでしょ」
兄「違うよ」
妹「少なくともあたしが部屋に行ったせいで、女さんとはあの晩から話してないんでしょ」
兄「それはまあそうかもな」
妹「そういう行き違いを兄友さんが知って、こういうメールで揺さぶりをかけてきたんじゃないかな」
兄「そんなの俺が女と話したらすぐにばれるじゃねえか」
妹「それはそうだけど」
兄「それにさ。さっきおまえを待たせていたときにさ。教室で女を見かけたんだよな」
妹「女さんどんな感じだった?」
兄「一瞬、目が合ったんだけどすぐに気まずそうに目を逸らされた」
妹「そうか・・・・・・」
兄「兄友のメールの内容と一致するだろ?」
妹「うーん」
兄「もういいって。それに俺だって女には悪いことしたっていう気持があるんだし」
妹「何でお兄ちゃんが?」
兄「俺が好きなのはおまえだけだったし。あのときは女の言葉が正しく思えて付き合おうって言っちゃったけど、やっぱりおまえを忘れるために女と付き合うなんて最低じゃん」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「だからもういいんだ。俺には女へ未練もないし、女から振られたことで女への罪悪感も覚えずにすんだ。おまえに告白して振られたことももう整理できた。おかげでおまえとの関係もようやく正しい道がわかったんだから」
妹「正しい道って」
兄「昨日から何度も言っているじゃんか」
妹「なに」
兄「おまえは永遠に可愛い俺のお姫様で俺の妹だよ」
妹「ふふ。そうか」
兄「やっと理解してくれたか」
妹「念のために妹ラブなお兄ちゃんに言っておくけど、お兄ちゃんには強力なライバルがいるんだよ」
兄「知ってるよ」
妹「あ・・・・・・違うよ。彼氏君じゃなくて」
兄「父さんと母さんだろ?」
妹「・・・・・・うん」
兄「じゃあカラオケ行くか。俺の大切な可愛いお姫様」
妹「やっぱりいい」
兄「何が」
妹「カラオケはいい。お兄ちゃんが言ってたデートスポットの森林公園に行こう」
兄「おまえがいいいならそれでいいけど」
妹「あたしもそれでいいよ」
兄「じゃあ行こう・・・・・・手を離せよ」
妹「もうちょっとだこのまま握っていたい」
<無視すんな>
兄(公園でのデート以来、うざいくらいに妹からメールが来るようになったな)
兄(他愛のない内容なんだけど、何も自分の写メ付きで二時間おきに近況報告してくれなくてもいいのに)
兄(いい家族ってこんなことまでしてたっけ? いや、しないな)
兄(思わず反語を思い浮かべちゃった)
兄(でも、正直に言うとすげー嬉しいし、楽しい)
兄(今まで知らなかった妹の学校生活をガイド付きツアーで見学しているようで)
兄(ただ、彼氏とのデートの報告メールだけは来ないな。もちろん写メも)
兄(・・・・・・当たり前だろ。そこは考え込むところじゃねえだろ)
兄(期せずして妹のセーラー服画像コレクションが充実してしまった。それも今までみたいな盗み撮りじゃなくて妹本人が自撮りして送ってくれたやつだし)
兄(スマホの壁紙に設定しよう。どれにしようかな)
兄(何か楽しい。昔と違って合意なしに黙って撮影したわけじゃないから、堂々と選べるな。何しろお姫様自ら送ってくれた画像だし)
兄(かといって一々返信もできん。万一、妹が彼氏と一緒だとすると何か気まずいしな。きっと妹だってそうだろう。最も今は校内だろうからさすがに彼氏はいないだろうけど)
兄(あ、またメールだ)
from:最愛の妹
to:兄
sub:無視すんな
『何でメール返して来ないの? 最愛のお姫様からのメールを無視するってどういうことよ』
『これ以上、あたしを無視するならパパとママに、お兄ちゃんが意地悪するって言いつけるからね(はあと)』
兄(冗談にしても笑えねえ。うちの両親って普段は温和なくせに妹のこととなると人柄変わるからな。こんなことを言いつけられたら俺だってただじゃすまん)
兄(してないよ、無視してないって。講義中だったから返信できなかったけど姫からのメールはちゃんと見たって・・・・・・。親バレは勘弁したって、と。よし送信)
兄(これでご機嫌を直してくれるといいんだけどな。って、あ)
兄(・・・・・・女が俺の方を見ていた)
兄(気のせいじゃないよな。一瞬だけど確かに目が合った)
兄(まあ、講義のときはいつもわざと離れた席に座っているから、そんなに至近距離じゃなかったけど、目が合ったのは気のせいじゃない)
兄(ずっと俺のこと無視しているくせに、今さら何なんだ)
兄(別に今となっては恨む気はないけど、それにしたって兄友の浮気で別れたくせに、浮気される心の痛みは自分が一番わかってたくせに)
兄(結局女自身が浮気したんだもんな。俺と付き合ってたくせにさ)
兄(はあ。まあいいや。俺は一生一人で童貞のまま姫を見守って生きていくんだから)
兄(・・・・・・それにしても俺のことなんか何で見てたんだろ。一応、気にしてんのかな)
兄(携帯が振動してる。妹からメールだ・・・・・・てか返信早すぎだろ)
from:最愛の妹
to:兄
sub:Re:Re:無視すんな
『まあ、講義中なら許してあげる。あれから女さんと話した? あ、返事は講義終ったらでいいからね。あと、今度はいつ帰ってくる? あんまりあたしを放置して構ってくれないならあたし夜遊びしちゃうよ。何かあったらお兄ちゃんのせいだからね』
兄(可愛い。俺の姫って本当に可愛い)
兄(前にも思ったけど、こんなに妹との仲が改善されるんだったらもっと早く振られとくんだった)
兄(・・・・・・)
兄(あいつもまだ女のこと気にしてるのかな。女に振られたのって全然あいつのせいじゃねえのにな)
兄(女と話してもう気にするなって言ってやろうかな。実際、俺の方も妹を忘れるために女と付き合ったっていうひけめもあるし)
兄(講義終ったら女に話しかけてみるか。女も気が楽になルるろうし妹だって安心するかも)
兄「(よし。講義終了。女が消える前に側に行って話しかけるか)よ、よう」
女「え」
兄「ちょっといいか」
女「・・・・・・うん」
兄「あのさ俺」
兄友「講義終ったんだろ? 飯食いに行こうぜ」
兄「え」
兄友「あ。兄か」
兄「・・・・・・おう」
女「兄。あ、あのね」
兄友「兄、悪いな。早く行かないと学食混んじゃうからさ。女、さっさと行こうぜ」
兄「・・・・・・そうか」
女「ちょっと・・・・・・。引っ張らないでよ」
兄友「じゃあまたな。兄」
女「あ、兄・・・・・・ってちょっと」
兄(兄友に引っ張られて行っちゃったよ)
兄(何か兄友も必死だな。でもまあ、兄友と女が一緒に消えたわけだから兄友のメールは嘘じゃなかったってことか)
兄(・・・・・・いけね。姫にメール返さないと)
<あたしと寝たい?>
from:兄
to:最愛の妹
sub:Re:Re:Re:無視すんな
『さっきは悪かったな。明日は土曜日だからそっちに帰るよ。だから夜遊びとか冗談でも言うなよ。父さんと母さんがマジでへこむから』
兄(女のことは黙ってようかな。変に妹に悩まれても困るし)
『女とは体育実技以外の講義は全部一緒だけど、離れたところに座って顔を見ようともしてないよ。てか、女のことはもういいよ。おまえが気にすることでもないしな』
『明日の晩も両親いないの? いないならまたオムライスお願い』
『じゃあ、明日の夜にまたな』
兄(さて、飯食うか。学食にでも)
兄(いかんいかん。兄友と女に出くわすかもしれん。妹と一緒に行ったカフェでオープンサンドでも食うかな)
兄(・・・・・・敗残した。まさか満席とは思わなかった)
兄(しかたない。駅前の吉牛で牛丼でもって、あ)
兄(妹から返信だ)
from:最愛の妹
to:兄
sub:Re:Re:Re:Re:無視すんな
『あたしも別に鬼ってわけじゃないからお兄ちゃんが明日帰ってくるなら夜遊びはしないであげるよ』
『あと明日もパパとママいないよ~。オムライスは考えておいてあげる』
『女さんのことはわかった。しつこく聞いちゃってごめんなさい。あたしにはどうすることもできないことなので、もうそのことを口に出すのはやめます。お兄ちゃん、本当にごめんね』
『あとさ。せっかく両親いないんだし、明日もあたしと寝たい?』
『じゃあね。明日遅くならないでね』
兄(寝たいって、おまえ。誤解しそうになるような表現はよせ)
兄(せめて一緒に寝たいとかって言うならエッチ的な意味じゃなくて添い寝的な意味だってわかるのに。まあでも前から語彙に乏しい姫にそこまで求めても無理だろう)
兄(でも。妹と添い寝か。したいかしたくないかって言えばしたいに決まってる)
兄(・・・・・・もう女のことはいいや。俺には家族がいるんだからそれで十分だ)
兄(早く明日になんねえかな)
兄(いくらなんでも早く着きすぎかもしれない。気合を入れてほぼ始発の電車に乗って実家に帰って来てしまったからな)
兄(どうしようかな。ここから歩けば十五分で実家に帰れるんだけど)
兄(さすがに朝七時前の家に入っていくのは何となくためらわれる。実家なんだし気にし過ぎなのかもしれないけど)
兄(駅前のファミレスが営業してるな。朝飯食ってないし、あそこで飯を食いがてら時間を潰すか)
兄(さすがに土曜日の朝だから店内も空いてるな)
兄「あ、はい。一人です。禁煙席で」
兄(何、食うかな。どうせならこの和風モーニングセットとやらにするか)
兄「すいません」
妹友「あれ? お兄さんじゃないですか。おはようございます」
兄「げ」
妹友「・・・・・・今あたしの顔を見て、げって言いましたね」
兄「いや。おはよう妹友さん」
妹友「げって言いましたね」
兄「いや。おまえの気のせいだろう」
妹友「言いましたよね」
兄「ごめんなさい。ちょっとびっくりして思わず」
妹友「・・・・・・まあ、いいでしょう。お兄さんは何でこんなところにいるんですか」
兄「何でって言われても。朝飯を食おうとして」
妹友「何でですか」
兄「いや。俺だってお腹は空くし」
妹友「ここから徒歩圏内にご自宅があるじゃないですか。家で食事ができないような事情でもあるんですか」
兄「そんなもんあるか。いいじゃんか、ファミレスで飯くらい食ったって」
妹友「まあ、別にどうでもいいんですけどね」
兄「なら聞くなよ」
妹友「失礼します」
兄「何で俺の席に勝手に座る」
妹友「別にいいじゃないですか。別にご馳走しろって言ってるわけじゃないのに」
兄「そういう問題じゃない」
妹友「じゃあどういう問題ですか」
兄「・・・・・・まあいいや」
妹友「すいません。オーダーお願いします」
兄「俺は和」
妹友「あたしは和風モーニングセットをください」
兄「・・・・・・洋風モーニングセットAを」
妹友「意外ですね。朝は和食派かと思ってました」
兄「何を根拠に言ってるんだ」
妹友「ソースは妹ちゃんです。うちのお兄ちゃんは朝はいつもご飯とお味噌汁がないとだめなの。ママがいつも面倒がってるって言ってました」
兄「そんなこと話してるんだ」
妹友「そのくせオムライスが大好きなお子様味覚だとか、焼き魚もさわらの西京漬けみたいな面倒なものが好きだとか」
兄「妹ってそんなことまで話してたのか」
妹友「妹友ちゃんはお兄さんの話ばかりしてますからね」
兄(え)
妹友「興味の欠片もないお兄さんの話しばかり毎日聞かされて、正直あたしも最近少しいらっとしてました」
兄「(妹のやつ何なんだ)それは悪かったな」
妹友「お兄さんが謝る必要なんてないですよ」
兄「そうか」
妹友「お兄さんごときに謝ってもらっても少しも気分は晴れないですから」
兄「・・・・・・(そうかよ)それで? おまえは朝早くからこんなところで何してるんだ」
妹友「お兄さんと話しながら朝食が運ばれて来るのを待ってます」
兄「・・・・・・いや、そうじゃなくて」
妹友「ここで時間を潰して駅の出口を監視しようと思って」
兄「何のために」
妹友「妹ちゃんが昨日嬉しそうに明日お兄ちゃんが帰ってくるのって、目を輝かせながら言っていたので」
兄「もしかして俺を待ってたの」
妹友「はい。お話しがあって」
兄「話って?」
妹友「お兄さんって妹ちゃんとはいい兄妹に戻ったんですよね」
兄「おまえも知ってのとおりだ。妹に送信する前にメールを見せたじゃんか」
妹友「そうですか。おかしいなあ」
兄「何か気になることでもあるのか」
妹友「実はそうなんですよ。で、てっきりお兄さんが性懲りもなくまた妹ちゃんを惑わせてるのかと」
兄「そんなことを疑ってたのかよ」
妹友「一番妥当な推論ですからね。お兄さん。嘘言ってないですよね」
兄「言ってねえよ。ちゃんと妹にも会っていい兄貴になるって、もうおまえを口説いたりしないって宣言しったぞ」
妹友「嘘じゃなさそうですね」
兄「嘘じゃねえよ」
妹友「じゃあ、何で妹ちゃんはうちのお兄ちゃんと会おうとしないのかなあ」
兄「え」
妹友「お兄ちゃん落ち込んで悩んじゃって。最近妹ちゃんが冷たくて、登校時も下校時も休日のデートも全部断られてるんですって」
兄(・・・・・・まじかよ)
<本当は嬉しいくせに>
妹「あ、お兄ちゃんお帰り」
兄「ただいまお姫様」
妹「へへ。やっと帰って来た」
兄「おい。家の中で手をつながなくたって」
妹「パパとママ、もう出かけちゃったし平気だよ」
兄「そういう問題じゃ」
妹「何よ。嫌なの?」
兄「・・・・・・嬉しいけど」
妹「おまえはツンデレかよ」
兄「俺はおまえとは正しい兄妹関係で行こうとだな」
妹「何意識してるのよ。こんなの兄妹なんだから普通でしょ」
兄「いやいや。ってそうなの?」
妹「そうだよ。それに兄妹の数だけ兄妹の関係のあり方があるんだから。うちは家族みんな仲がいいんだからこれでいいの」
兄「おまえがそういうなら」
妹「本当は嬉しいくせに」
兄「まあ、そうだけど」
妹「ふふ。ね、今日はどうする?」
兄「どうって?」
妹「昼間何して過ごす? デートする。それとも家でゆっくりしたい?」
兄「おまえは予定ねえの」
妹「別にないけど」
兄「だってせっかくの休日じゃん。彼氏君とデートとかしねえの」
妹「・・・・・・別に約束してないし」
兄「だってさ。おまえらって学校違うから普段はあまり会えないんだろ?」
妹「そうだけど」
兄「だったら休みの日くらいは毎週でも会いたくなるんじゃねえの」
妹「うるさいなあ。約束してないったらないの!」
兄「何きれてるんだよ」
妹「きれてない! お兄ちゃん、そんなにあたしを彼氏君とデートさせたいの?」
兄「そうじゃねえけど。俺なんかに気を遣ってるならいらん心配だぞ。俺はもう嫉妬しないって決めたんだから」
妹「・・・・・・ちょっとくらいは嫉妬しろ。ばか」
兄「聞こえないよ。もっと大きな声で話せ」
妹「もういい。お兄ちゃんが嫌なら別に無理に一緒にいてくれなくたっていいよ。アパートに帰ったら?」
兄「そんなこと言ってねえだろ」
妹「あたしのこと大切にするって言ってたのに」
兄「だからそれは嘘じゃねえって」
妹「おまえは俺の大切なお姫様だよって言ってくれたのに」
兄「・・・・・・おまえは俺の大切なお姫様だよ。これは本当」
妹「本当?」
兄「(また出た。妹の必殺上目遣い。可愛い)本当だって」
妹「何で意地悪したの」
兄「いや、意地悪じゃなくて心配したんだよ。おまえこの間、彼氏君と別れるって言ってたし」
妹「・・・・・・大丈夫だよ」
兄「何が大丈夫なの」
妹「お兄ちゃんのお姫様なんでしょ? あたし」
兄「うん」
妹「じゃあ、姫からお兄ちゃんへのご褒美ね」
兄「ちょ、ちょっとちょっと。おまえ何やって」
妹「・・・・・・へへ」
妹「お兄ちゃんにファーストキスあげたの」
兄「おまえなあ」
妹「こないだのカフェで間接キスしたって喜んでたじゃん、お兄ちゃん」
兄「う、うん(キスしてしまった。告って振られた妹に)」
妹「嫌だった?」
兄(こんなに心配そうな顔をされたら・・・・・・それに正直すげえ嬉しいし)
兄「いや。すごく嬉しかったよ」
妹「ならよかった」
兄(妹って彼氏君とは手をつないだだけなのか。初キスって言ってたし)
妹「お兄ちゃん」
兄「・・・・・・抱きつくなよ。襲うぞ」
妹「お兄ちゃんは姫にそんなことできないでしょ。信用してるよ」
兄(男ってそんなに単純じゃねえんだけどな)
妹「じゃあデートに行こう。うちで二人きりでもいいけど、天気もいいし外出しよ」
兄「おまえがそれでいいなら」
妹「着替えるからちょっと待っててね」
兄「わかった」
妹「覗かないでね」
兄「しねえよ」
妹「あはは」
<いくら何でもこれは行き過ぎじゃねえの>
兄「で。どこ行くの」
妹「お兄ちゃんはどこに行きたい?」
兄「いや。どこって言われても」
妹「何にもデートプランを考えてこなかったの」
兄「何で軽く非難しているような目で俺を見る」
妹「だって、そういうのは男の人の役目なんじゃないの」
兄「それは違うな」
妹「何でよ」
兄「おまえは性差による役割分担論という一時代前の固定観念に何の疑いも抱いていないようだな。この守旧主義者め」
妹「あたしバカだから何言われてるかわからないけど、お兄ちゃんひどい」
兄「更に言えば今日外出するなんて聞いていなかったのに、行く先なんて考えているわけはないだろうが」
妹「ちょっとはっきりさせようか。お兄ちゃん」
兄「おう。望むところだ。おまえなんかに論破される気は全然しないしな」
妹「論破するとかされるとか、ちょっとお兄ちゃん必死すぎでみっともないよ」
兄「いいから反論してみ」
妹「あたしってお兄ちゃんにとって守旧主義者なの。それともお姫様なの」
兄「え」
妹「どっち?」
兄「・・・・・・」
妹「何か言ってよ」
兄「お姫様」
妹「ふーん。お兄ちゃんは姫に向って守旧主義者だとか、行く先なんて考えているわけないとかって言うんだ」
兄「いや。ちょっと待て」
妹「パパとママに」
兄「悪かった。俺が少し考えなしだったよ」
妹「ふふ」
兄「・・・・・・何?」
妹「冗談だって。お兄ちゃんと一緒にいるとついうきうきして冗談を言いたくなっちゃうの。それだけ嬉しいからかな。あたしの方こそごめんね」
兄「いや(いくら何でもこれは行き過ぎじゃねえの。俺って妹から付き合えないって言われたのにさ)」
妹「じゃあ行こう」
兄「どこに」
妹「どこでもいいよ。とにかく行こうよ」
兄「はいよ(何か告白が受け入れられたかのような錯覚に陥る。振ったやつにこんな思わせぶりな態度しちゃだめだろ。いくら仲のいい兄妹になることにしたにしても)」
妹「公園に行こうか」
兄「いいけど。確か前も大学の側の公園に行ったよな」
妹「そうだね。お兄ちゃんのお勧めの場所だったよね。行ってみたらカップルしかいなかったけど」
兄「別にそんなつもりで誘ったわけじゃ」
妹「わかってるよ。嫌だったなんて言ってないじゃん。楽しかったよ」
兄「(わかんねえなあ。こいつ本心では俺のこと、異性として好きなのかなあ)」
妹「あたしも穴場の公園を見つけたの。こないだのほど大きくなんだけど、結構雰囲気がよくて人もあまりいないんだよ」
兄「そうなんだ。じゃあそこに行こうぜ」
妹「うん」
兄(・・・・・・変な話だよな。振られた後の方が以前より妹が俺にベタベタするようになった気がする)
兄(確かに昔から俺たちは仲のいい兄妹、つうか両親を含めてすごく仲のいい家族だったし)
兄(妹に告白なんて余計なことをしてそれを壊しかけたのは俺なんだけど。妹はそのことを本気で嫌がってたんだろう。こいつは家族が大好きだったし)
兄(それにしても最近のこいつの態度は少し行き過ぎだ。昔に戻るどころか通り越しちゃってるじゃん。むしろ恋人同士みたいな反応を要求されている気がする)
兄(俺の思い過ごしならいいけどさ。確かにこいつのことをお姫様扱いしたり姫と呼んだり、今までだってなかったことを言い出したのは俺の方ではあるけどさ)
兄(・・・・・・妹も俺が自分に振られて傷付いてることに気がついて気を遣ってるのかなあ)
兄(そうだとしたら兄貴失格だ。つうかそんなことを父さんに知られたら確実に俺が終ってしまう。いろいろな意味で)
妹「何かよけいなこと考えてない?」
兄「ね、ねえよ」
妹「・・・・・・本当」
兄「本当だって!」
妹「なら、いいけど」
兄「それよかさ。いったいその穴場の公園っていうのはどこにあるんだよ」
妹「電車に乗るよ」
兄「わかったけど」
妹「図書館の横にあるの」
兄「へ」
妹「ね? 知らなかったでしょ。あたしもこの間知ったんだけど、市立図書館の横にある公園がすごく雰囲気がいいの。小さな公園なんだけど」
兄「そうなんだ」
妹「楽しみでしょ」
兄「うん(図書館って。前に妹が彼氏と一緒に恋人つなぎをしながら行った場所じゃん。二人で勉強でもしに来たのかと思ったのに、あのときちゃっかりと公園デートしてたのかよ)」
<誤解されたらおまえに迷惑かけるしな>
妹「休みなのに座れないね」
兄「まあ休日ダイヤだと本数が極端に少なくなるからな。逆に電車とかバスは混むよな」
妹「吊り革に手が届かない」
兄「低身長乙」
妹「仕方ない」
兄「へ」
妹「お兄ちゃんに掴まろうっと」
兄「・・・・・・」
妹「何よ。嫌なの?」
兄「別に」
妹「あんたは沢尻エリカか」
兄「どんだけ昔のネタだよ」
妹「どっちなのよ」
兄「・・・・・・こっちの方が姫も楽だろうし」
妹「え」
兄「この方が楽だろ」
妹「・・・・・・確かにこれなら両手が塞がらないしね」
兄「そうだろ」
妹「でもさ。お兄ちゃんがあたしの肩を抱いて支えているところを誰かに見られたら確実に恋人認定されちゃうね」
兄「その危険性はあるな。やめとくか」
妹「しっかりとあたしの肩を抱いておいて今さら辞めるとか何言っちゃってるのかな」
兄「まあ、見回したところでは知り合いは誰もいないようだし」
妹「そうだね」
兄「知り合い以外にどう思われようと別に構わないでしょ」
妹「意外とお兄ちゃんって大胆なんだね。さすが、真面目に実の妹に告って迫っただけのことはあるよね」
兄「その話はよせ」
妹「まあいか。この方が楽チンだし。その代わりちゃんと支えててよ」
兄「わかってる」
妹「あとその手を肩以外の場所に動かさないでよ」
兄「するか。そんなもん」
妹「・・・・・・」
兄(姫の顔が真っ赤だ。何だよこれ。振られたのにまた期待しちゃうじゃんか)
妹「・・・・・・何か喋ってよ」
兄「何かって」
妹「何かは何かだよ」
兄「次の次の駅だっけ。図書館って」
妹「え。ああ図書館ね。そうだよ」
兄「じゃあ、姫の肩を抱き寄せていられるのもあと少しだな」
妹「・・・・・・残念そうに言うな」
兄「だって残念なんだからしかたない(俺は何を言ってるんだ)」
妹「そ、そか。へへ」
兄「ああ(何だか満足そうだな)」
妹「じゃ、じゃあさ。今日は特別大サービスで、公園に行くまであたしの肩を抱きよせていてもいいよ」
兄「そうはいくか」
妹「・・・・・・何で? あたしがせっかく」
兄「誰かに見られたら恋人認定されちゃうんだろ」
妹「え」
兄「誤解されたらおまえに迷惑かけるしな」
妹「何でよ」
兄「何でって・・・・・・」
妹「何でもない。次の駅で降りるよ」
兄「おう(じゃあ、手を離すか)」
妹「この駅から歩いて十五分くらいだよ」
妹「じゃあ図書館まで歩こうか」
兄「そうだな」
妹「・・・・・・」
兄(何か妹が微妙に不機嫌と言うか、さっさと先に行ってしまうというか)
妹「・・・・・・」
兄「ちょっとさあ。俺を置いてどんどん先に行くなよ」
妹「お兄ちゃんが歩くのが遅いんじゃない」
兄「いやさ。せっかく一緒にいるのにこれじゃデートっぽくないというか」
妹「これってデートだったの?」
兄「おまえがデートプランとか言い出したんだろうが(面倒くせえ妹だな全く)」
妹「まあ、お兄ちゃんがこれをデートだと言い張るならあたしは別にそれもでもいいけど」
兄「ああ、そうだよ。おまえが迷惑でも俺は妹とデートしたいの!」
妹「もう。本当に面倒くさいお兄ちゃん。したいならしたいってもっと早く言いなさいよ」
兄「悪かったよ」
妹「じゃあ、デートなら仕方ない。はい」
兄「はいって何が」
妹「手をつないであげるって言ってんの」
兄「お、おう、ありがと」
妹「そうじゃないでしょ」
兄「ああ。恋人つなぎね」
<いつ帰ってくる?>
妹「嫌だった?」
兄「んなわけねえだろ。アホ」
妹「アホじゃないでしょ。姫でしょ」
兄「そうだった。はいはい」
妹「ここだよ」
兄「ほう。これはなかなか」
妹「でしょ? 最初に来たときから気に入ってたんだ。お兄ちゃんの大学のとこの公園もいいけど、あそこはカップルがあっちこっちで変なことしてて落ち着かないし」
兄「確かにここは静かだな。人もほとんどいないし」
妹「うん。だから穴場なんだよ」
兄「本当にいいところだね」
妹「うん。一度お兄ちゃんと一緒に来たかったんだ」
兄「(深く考えるな、俺)そうなんだ」
妹「次はパパとママも誘ってお弁当もって来ようよ」
兄「いいね。ってあいつらにそんな時間があるかはともかくな」
妹「あたしが誘えばパパは来てくれるよ」
兄「まあ、確かに。両親ともにおまえを溺愛しているけど、どっちかていうと父さんの方が溺愛の度合いがいろいろひどいしな」
妹「ふふ。まあそうだね。でも、あたしもパパのこと好きだよ」
兄「俺とどっちが好きなの」
妹「え」
兄「(何言ってんだ俺)いや、何でもない。今の忘れて」
妹「・・・・・・うん」
兄「じゃあ、まあせっかく来たんだし園内を散策でもしようか」
妹「うん。ゆっくりと歩こうね」
兄「そうだな。この広さの公園だとすぐに一周しちゃいそうだしな」
妹「じゃあ行こうよ」
兄「おう(手を離すつもりはないんだな)」
妹「お兄いちゃん」
兄「うん?」
妹「何か鳥が赤い木の実を食べてるよ。可愛い」
兄「可愛いかあ? あれはヒヨドリじゃん」
妹「あれがヒヨドリかあ」
兄「冬になるとよくうちの庭にも来てるじゃん」
妹「そうなんだ」
兄「一周しちゃったな」
妹「うん」
兄「お昼どうする? 家に帰って食う?」
妹「・・・・・・ううん」
兄「じゃあ、好きなものご馳走するからさ。何食いたい? どっか行きたい店とかあるか」
妹「別に」
兄「おまえは沢尻」
妹「これ」
兄「へ?」
妹「一応、これお昼ごはん」
兄「何か手提げ袋を大切そうに抱えてると思ったら、弁当作ってくれてたのか」
妹「な! 別に大事そうになんか持ってないもん」
兄「そうかそうか」
妹「・・・・・・お兄ちゃん突然にやにやして気持悪い」
兄「そうじゃねえけどさ。それより弁当どこで食う?」
妹「この公園の中の噴水広場にベンチがあるから、そこで食べようよ」
兄「おお。いいねいいね」
妹「お兄ちゃんを餌付けするのって簡単だね」
兄「いや、まあな」
妹「誉めてないし」
兄「とにかく腹減ったな。お昼にしようよ」
妹「そうだね」
兄「いただきます」
妹「いっぱい食べてね」
兄「言われんでも」
妹「・・・・・・ふふ」
兄「何だよ」
妹「少し落ち着いて食べなよ」
兄「だって腹減ってるし」
妹「朝ごはん食べなかったの?」
兄「(げ)あ、ああ。まあ」
妹「そうかあ。じゃあ仕方ないね」
兄「う、うん」
妹「夕ご飯はオムライスだからね」
兄「やった」
妹「この間作って持って行ったのって冷たかったでしょ?」
兄「まあね。でもおいしかったよ」
妹「やっぱり作りたての方がおいしいよね」
兄「まあ、そうかも」
妹「一緒に住んでればいつでも作り立てをお兄ちゃんに食べてもらえるのに」
兄「そのことなんだけどさ」
妹「うん?」
兄「ちょっと俺も考えたんだけど」
妹「何を?」
兄「俺、実家に戻ろうかと思ってさ」
妹「本当?!」
兄「え」
妹「あ、いや。そうじゃなくてさ。実家から大学って遠いんでしょ? 通学が大変じゃない」
兄「うん。大変だからアパート借りたんだけどさ。こういう状況になると女と隣の部屋っていうのも気まずいしさ。女だって気まずいかもしれないし、兄友だっていい気分はしないだろうしな」
妹「何それ? 浮気したのは女さんの方でしょ。何でお兄ちゃんがあの二人に遠慮して引っ越す必要があるのよ」
兄「それはそのとおりなんだけどさ。まあでも俺が引っ越す方がいろいろと手っ取り早いし」
妹「何か納得できないなあ。引っ越すなら女さんが引っ越せばいいじゃん」
兄「まあそう言うなよ」
妹「お兄ちゃん、女さんに未練があるの? だから隣の部屋にいるのがつらいの?」
兄「それはない」
妹「だったらさ」
兄「俺さ。やっぱりシスコンだからおまえの側にいたいんだよね。それに両親だって滅多に夜は家にいないしさ。おまえのことも心配だし」
妹「え・・・・・・つうか、え?」
兄「そうすれば姫といつも一緒にいられるじゃん」
妹「ま、まあ、そういうことなら仕方ないかな。でもさ、引越ししたばっかでまた引越しとかさ。絶対パパとママに怒られるよ? お金だってかかるし」
兄「それが怒られないんだなあこれが」
妹「何でよ」
兄「おまえが夜家に一人でいると思うと心配でしかたない」
妹「へ? まさかそれ本当にパパかママに言ったの?」
兄「これから言う」
妹「この悪者め」
兄「俺がいない方がいいのか」
妹「一々確認しないでようざいなあ」
兄「じゃあ、しない」
妹「・・・・・・いつ帰ってくる?」
<何かあたしお邪魔みたい>
妹友「妹ちゃん」
妹「え。ああ妹友ちゃん」
妹友「偶然だね。図書館に勉強しに来てたの? 真面目だね」
妹「あ、別に」
妹友「沢尻かよ」
兄「だからネタが古いっつうの」
妹友「げ」
兄「おまえ今俺の顔を見てげって言ったろ」
妹友「あら。こんにちはお兄さん」
兄「げって言った。ぜってえ言った」
妹友「お久し振りですね」
兄「お久し振りじゃねえだろ。今朝、ファミレスで会ったばっかりじゃんか」
妹友「・・・・・・アホ」
兄「え?」
妹「何? 妹友ちゃんとお兄さんって今朝どっかで会ってたの」
兄「あ、いや」
妹友「低脳」
兄「すまん」
妹「・・・・・・何で二人だけで通じる言葉であたしをのけ者にしてくれてるのかなあ」
兄「違うよ」
妹友「全くお兄さんときたら。少しは頭を使うことを覚えたほうがいいですよ」
兄「おまえが、げっとか言うからだろうが」
妹友「今朝、最初にそう言ったのはお兄さんの方です」
兄「それはおまえが待ち伏せなんかしてるから」
妹友「お兄さんってバカでしょ」
妹「・・・・・・妹友ちゃんとお兄ちゃんって仲いいんだ。何かあたしお邪魔みたい」
妹友「ほら。どうするんですかこれ」
兄「どうするって」
妹「お兄ちゃんって、女さんの次は自分の妹の親友に手を出してたんだ」
兄「ちげえよ」
妹「じゃあ何で妹友ちゃんと密かに逢引したりしてるのよ」
兄「逢引って。言葉が古いよ」
妹友「そんなことより妹ちゃん」
妹「・・・・・・何よ」
妹友「ほら」
妹「あ・・・・・・何で」
妹友「お兄ちゃん、こっちですよ」
彼氏「ああ、そこにいたんだ。探しちゃったよ妹友のこと」
妹友「さっきからお兄ちゃんの側を離れてないじゃないですか」
彼氏「それもそうだ・・・・・・って、あ」
妹「・・・・・・彼氏君」
彼氏「妹ちゃん。何か久し振りだね」
妹「そ、そうかな」
彼氏「最近一緒に登下校してくれないから。何か久し振りに会う気がする」
妹「ごめん」
彼氏「別に君のこと責めてるわけじゃないんだ。・・・・・・今日は図書館で勉強?」
妹「う、うん」
彼氏「それなら僕のことも誘ってくれたらよかったのに」
妹「ごめん」
兄(俺の存在は全く無視されてるな)
兄(一言何か言ってやりたいな)
兄(・・・・・・)
兄(いや。俺は妹の兄貴に過ぎない。そして妹と彼氏の交際には嫉妬しないと決めたばかりだ)
兄(とりあえず邪魔にならないようにフェイドアウトしようか)
兄(さいわいなことに妹と彼氏はお互いを気まずそうに見つめ合っているし。よし)
妹友「そうそうお兄ちゃん、紹介するね。この今にもここから逃げ出そうと姿勢を低くしようとしている人が、妹ちゃんのお兄さんだよ」
兄(てめえ妹友)
妹「・・・・・・ちょっと。やめてよ」
彼氏「ああ、お兄さん。妹友からお話は伺ってます。初めまして。妹友の兄の彼氏です。妹さんとはお付き合いをさせていただいてます。よろしくお願いします」
兄「・・・・・・どうも」
彼氏「お兄さんとは初めてお会いできました。前から妹ちゃんには紹介してってお願いしてたんですけど、彼女自分の家族には絶対紹介してくれないんですよ。僕ってそんなに頼りないのかなあ。あはは」
兄「そうなんだ(あははじゃねえ。ムカつくやつだ。ちょっと顔とスタイルがいいからって)」
妹友「お兄さん」
兄「俺?」
妹友「そうです。あたしたちは恋人同士の邪魔みたいですから一緒に消えましょう」
兄「いや、だってまだ弁当食ってないし」
妹友「あたしもお弁当を作ってきましたから。妹ちゃんのお弁当をお兄ちゃんが食べて、あたしのお弁当をお兄さんが食べてくれればそれで無問題です」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
彼氏「へ? 妹友、おまえひょっとしてこのお兄さんのことが」
妹友「デリカシーがないですよ、お兄ちゃん」
彼氏「気がつかなかったよ。そうだったのか。お兄さん、ふつつか者ですが妹友のことをよろしくお願いします」
兄「ちょっと待て。何の話だ」
妹「・・・・・・」
兄(妹が俺を睨んでいる、違うぞ姫。俺は潔白だ)
妹「さっきから黙って聞いてればみんな何勝手なこと言ってるのよ! いい加減にして」
兄・妹友・彼氏「え?」
兄(妹がマジできれた)
<お兄ちゃんに謝ってよ>
妹「・・・・・・」
彼氏「あ、ごめん。妹が勝手なこと言っちゃって。妹ちゃん今日はお兄さんと用事があったんだよね」
妹「・・・・・・」
兄「もう行こうぜ」
妹友「はい。喜んで」
兄「そうじゃねえ」
妹「・・・・・・」
兄「彼氏君さあ。何か誤解しているみたいだけど」
彼氏「はい?」
兄「俺と君の妹は別に付き合ってないから」
妹友「あ、ばか。お兄さん何てこと言うんですか」
兄「だって本当じゃん。おまえ、俺のことなんか好きでも何でもないって言ってたじゃん。あと親しい間柄じゃないのに俺のことバカとか言うのやめろ」
妹友「・・・・・・何でこのタイミングでそういうこと言うんですか。いろいろ計画が台なしじゃないですか」
妹「計画?」
彼氏「計画って」
妹友「・・・・・・あ」
兄(このアホ自爆しやがった)
妹「本当?」
兄「ああ」
妹「お兄ちゃん、妹友ちゃんのことが好きなわけじゃないの?」
妹友「あたしの口から言うのも僭越なのですが、お兄さんは実はあたしのことを」
兄「好きじゃねえよ」
妹友「・・・・・・」
妹「今朝、妹友ちゃんと会っていたの?」
兄「偶然な」
妹友「いえ。偶然というか」
妹「そっか。偶然か」
兄「そ。信じるかどうかはおまえに任せるよ」
妹「信じる」
兄「うん」
妹「信じるよ。家族だもんね」
彼氏「そうだったんですか。勝手に妹と付き合っているなんて誤解しちゃってすいませんでした」
兄「あ、ああ。わかってくれたのなら気にしなくていいよ」
彼氏「それなら妹友とお兄さんを二人にするなんてご迷惑でしたね。妹がいろいろすいません」
兄「気にしなくていいから」
妹「彼氏君・・・・・・。あのね、あたし」
彼氏「いいっていいって。全部うちの妹の勘違いが悪いんだから」
妹「そうじゃないの。あたしね」
彼氏「おい、妹」
妹友「はい」
彼氏「おまえは昔から暴走しすぎだ。お兄さんのことが大好きにしたって、まず相手の気持を確かめてから行動しないといけないだろ」
妹友「お兄ちゃん、ごめんなさい」
兄(ずいぶん殊勝じゃねえか。俺に対する態度と違いすぎだろ)
彼氏「お兄さんが好きだっていう気持を咎めてるんじゃないんだぞ。むしろ人を好きになるっているのは尊いことだ。だけどまず相手も気持を思いやらないといけない」
兄(何言ってるんだこいつ)
妹友「うん。あたしが考えなしだったよ。お兄ちゃんの言うとおりだね」
兄(・・・・・・こいつも何言ってるんだ)
彼氏「人を好きな気持自体は悪くない。でも、恋人になりたいなら相手の気持も自分に向いてないとな」
妹友「・・・・・・うん」
妹「・・・・・・」
兄(これ、ずっと聞いてなきゃいけないの?)
彼氏「おまえも知ってのとおり、僕だってずっと妹ちゃんに片想いしていた。でもそんな自分の気持は常に自分の心の中に秘めていたし、妹ちゃんに押し付けたことなんかない。何年も何年もだ」
妹友「そうだったね」
彼氏「それは妹ちゃんに迷惑をかけたくなかったからだ。おまえには相談してたから俺の気持はわかるだろ?」
妹友「うん」
彼氏「僕は無理強いはしなかった。でも、あの日。おまえが間に入ってくれて妹ちゃんに告白して、妹ちゃんがOKしてくれた日は本当に嬉しかったよ」
兄(やっぱりなあ。妹とこいつは正式に付き合ってたんだな)
妹「もうやめて」
彼氏「え? 何で」
妹「いい加減にして。約束が違うじゃない」
兄(約束?)
彼氏「え? でも図書館では」
妹「お兄ちゃん行こう」
<じゃあ、何であんなことをお兄ちゃんに言ったのよ!>
兄「へ」
妹「家に帰ろ。変な邪魔が入って気分が悪いし」
兄「だって弁当は? つうかデートはどうするの」
妹「外出すると外野が邪魔して鬱陶しいし。家の中なら誰にも邪魔されないじゃん」
兄「えーと」
彼氏「鬱陶しいって僕のこと?」
妹友「妹ちゃん、それはお兄ちゃんに対して言いすぎでしょ。お兄ちゃんに謝ってよ」
妹「謝らないよ。お兄ちゃん行こう」
兄「え? だってよ」
妹「・・・・・・それともお兄ちゃんは妹友ちゃんのお弁当を食べたいの」
兄「んなわけえねえだろ。でもおまえの弁当だって食いかけで」
妹「おうちで食べよう。やっぱり自分の家が一番いいよ。変な人も邪魔しないし」
妹友「変な人? もしかしてうちのお兄ちゃんのことを言ってるの」
妹「さあね。それが自分のことだって気がついていない人のことじゃないかな。約束も守れない人なんてあたし大嫌い」
妹友「人の心ってそんなにマニュアルどおりになるものじゃないでしょ! ちょっとだけでもお兄ちゃんの気持も考えてよ」
妹「その言葉そっくり妹友ちゃんに返すよ」
妹友「・・・・・・どういう意味よ」
妹「ちょっとはあたしやあたしのお兄ちゃんの気持ちも考えたら? 何で妹友ちゃんはいつも自分と自分のお兄さんの気持ばっかり優先するわけ?」
兄(話についていけないけど、とりあえず今が修羅場なのは理解した)
兄(しかし修羅場なのはわかったけど、それ以上は理解できねえ。いったいこの二人に、いやこの三人に何があったんだ。お互いに親友だったはずなのに)
彼氏「妹友、もうよせ」
妹友「だってお兄ちゃん」
彼氏「妹ちゃんのいうとおりだよ。約束を破ったのは僕の方だ」
妹友「だって好きだっていう気持はしかたないじゃん。そんなの理不尽だよ」
彼氏「それでも約束したんだし」
妹友「妹ちゃんだっていけないじゃん。だってあの図書館の日にあんたはお兄ちゃんに」
妹「あ、あれは」
彼氏「もうよせ妹友」
妹友「お兄ちゃんはそれでいいの?」
彼氏「お兄さん、いろいろお騒がせしてすいませんでした」
兄「はあ(何が何だかわからねえ)」
彼氏「妹ちゃんもごめんね。うちの妹のことはちゃんと叱っておくから」
妹「・・・・・・謝るのはそこなの」
彼氏「・・・・・・ごめん」
妹友「じゃあ、何であんなことをお兄ちゃんに言ったのよ! 何であんな思わせぶりな態度をお兄ちゃんに見せたのよ」
彼氏「もうよせ」
妹友「・・・・・・」
妹「・・・・・・いこ」
兄「(俺?)ああ」
妹「・・・・・・」
兄(何が起きたのかさっぱりわからねえ。どうも俺と妹友の仲を妹が嫉妬したとかっていう単純な話じゃなさそうだ)
妹「・・・・・・」
兄「下りの電車来たけど」
妹「・・・・・・うん」
兄「家に帰るならこれに乗らないと」
妹「うん」
兄「(しゃあねえなあ)ほれ」
妹「あ」
兄「早く来いよ。乗り遅れるって」
妹「わかったから。あんまり強く手を握らないで。痛いから」
兄「さっさと行動しないおまえが悪い」
妹「ごめん」
兄「うるせえよ」
妹「え」
兄「いちいち謝るなって。俺はな(って何言おうとしたんだ俺)」
妹「・・・・・・俺はなって、何?」
兄「俺はさ。つうかよ、あんなやつらなんかどうでもいいじゃん」
妹「何で?」
兄「おまえの親友とおまえの彼氏のことを悪く言って申し訳ないけどよ」
妹「・・・・・・」
兄「あいつらうぜえよな。せっかく家族同士のデートだったのによ。いちいち変な感情をむきだしにして絡んできやがって」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「おまえが他の男と浮気してたならわかるよ、あいつらの行動も。でもそうじゃねえじゃん。兄妹で一緒にいただけなのに、勝手に俺と妹友のこととか決め付けるし、兄貴と一緒にいただけのおまえを責めるしよ」
妹「ふふ。そうだね」
<もうあたしを放置しないで>
兄「わけわかんねえよ。俺だって今日くらいはおまえとゆっくりしたかったのに」
妹「うん。災難だったよね」
兄「あいつら勝手に修羅場にしちゃうしよ」
妹「本当に修羅場って感じだったね」
兄「だいたい、俺にとっての修羅場は、女の隣の部屋から実家に引っ越すときだっつうの」
妹「まあそうか。引っ越すところを女さんに見つかったらどうするの?」
兄「(話題が逸れた。よし。この調子で)客観的に見れば俺は女に振られたんだしさ。し
かも浮気とか不倫みたいな感じだったじゃん?」
妹「うん。さすがに女さんには弁解の余地はないよね」
兄「だから別に見つかったってどうってことはないよ。女に引越しを非難されるいわれは全くないし」
妹「吊り革って背伸びしなきゃ掴まれない」
兄「ああ、悪い」
妹「・・・・・・気がついてくれた?」
兄「うん」
妹「やっと肩を抱いてくれた。どんだけ姫を待たすのよ。転びそうになったじゃない」
兄「悪いな。慣れてないもんで」
妹「肩を抱かれるなんてあたしだって慣れてないよ。これが二度目だもん」
兄「え? 一度目は彼氏君? それとも他の男?」
妹「一度目はお兄ちゃん。さっき来るときの電車の中で」
兄「おまえなあ。慌てさせるなよ」
妹「こんなにさあ」
兄「何だよ」
妹「こんなに姫が悩んでるのに、お兄ちゃんってどんだけあたしを放置するのよ」
兄「してねえって」
妹「ちゃんとあたしを構わないとパパに言いつけるかね」
兄「それはやめて」
妹「じゃあ、もうあたしを放置しないで。あたしのわがままを何でも聞いて」
兄「何でもって」
妹「嫌ならパパに」
兄「・・・・・・常識的なわがままなんだろうな」
妹「むしろ非常識なわがままってどんなのよ」
兄「まあ、そう言われれば思いつかないけど(本当はいくらでも思いつくけどな。主に性的な意味で)」
兄「とにかく来週は引越しだ。実家に戻るぞ」
妹「通学大変だね」
兄「いいよ別に。それよか姫と夜一緒に過ごすメリットの方が全然大きいし」
妹「・・・・・・夜一緒のメリットって。お兄ちゃん何か変なことを期待してない?」
兄「深読みすんな」
妹「そういう変なことするのは嫌だからね」
兄「だから変な期待なんてしてねえって」
妹「それならいいけど。じゃあ今日はあたしのためにお兄ちゃんが振り回されちゃったし」
兄「おまえのせいじゃねえよ。あいつらのせいだ」
妹「とにかくお兄ちゃんに悪いからさ。お詫びにお兄ちゃんが引っ越すときにはあたしが一緒にいてあげるね」
兄「何言ってるんだよ」
妹「何って言葉のとおりじゃん」
兄「・・・・・・引越しは平日にしようと思ってるんだけど」
妹「何で?」
兄「平日なら女は講義でいないしな」
妹「なるほど。お兄ちゃんにしてはよく考えたね」
兄「してはは余計だ」
妹「まあ、それでもあたしも一緒に行く」
兄「学校は」
妹「休む」
兄「・・・・・・誰が担任の先生に電話するの」
妹「そんなのお兄ちゃんに決まってるじゃん」
兄「・・・・・・」
妹「嫌なの? 姫の願いをかなえるのが。だったらパパに言いつけ」
兄「かなえます。もちろん俺のお姫様の願いなら」
妹「・・・・・・ふふ」
兄「どうした?」
妹「・・・・・・嬉しい」
兄「え」
妹「引越しの途中に女さんが、お兄ちゃんにごめんとか、本当に愛しているのは兄友じゃなくて兄なのって復縁を迫ってきてもちゃんとあたしが女さんを撃退してあげるからね」
兄「ええと」
妹「電車降りよう。誰も邪魔しない家に帰ろう」
兄「うん(やっぱり姫が一番可愛い)」
妹「何か忘れてない?」
兄「ああ(手をつなぎたいのか。恋人つなぎで。でも、今俺がしたいのは)」
妹「へ? あの・・・・・・。お兄ちゃん?」
兄「ご近所さんに見られちゃうかな」
妹「・・・・・・まあ、見られてもお兄ちゃんだからいいか」
兄「兄妹だからな」
妹「お兄ちゃんに肩を抱かれるのはいいけど。ちょっと密着しすぎてない?」
兄「嫌か」
妹「ううん」
兄「それならよかった」
妹「・・・・・・へへ」
<ばかだよお兄ちゃんは>
妹「引越し屋さんって何時頃来るの?」
兄「十時頃だな」
妹「ええ? じゃあ、あと一時間くらいしかないじゃん」
兄「うん」
妹「うんじゃないって。この散らかった部屋の荷造りをわずか一時間でしなきゃいけないってことでしょ」
兄「何とかなるよ」
妹「・・・・・・付いて来てよかった」
兄「つうかおまえ、学校休み過ぎだろ」
妹「先生、何か言ってた?」
兄「いや。お大事にって」
妹「よかった」
兄「いや、よかったじゃなくてさ。万一これが親バレしたら、俺勘当されるぞ」
妹「バレなきゃいいんだって」
兄「越後屋。おぬしも悪じゃのう」
妹「越後屋じゃないもん。お姫様だもん」
兄「おまえさ。俺と同じ大学に入るつもりならマジでもう少し真面目に勉強しないとやばいって」
妹「わかってるよ。明日から頑張る」
兄「この間も同じセリフを聞いたような」
妹「とにかく今はそれどころじゃないでしょ。荷造りしないとやばいって」
兄「まあ、そうだけど」
妹「あたしが指示するからお兄ちゃんは指示どおりに作業して」
兄「ええ?」
妹「絶対その方が早いって。お兄ちゃん、片すのとか苦手だし」
兄「まあそうだけどよ」
妹「じゃあ、姫の指示に従うように」
兄「おまえ、姫って呼ばれることにはまってない?」
妹「・・・・・・うっさいなあ」
兄「じゃあ、姫。指示をくださいな」
妹「まず服からね」
兄「おう」
妹「次は本を箱詰めして。終ったら本棚を分解して箱に入れるよ」
兄「はいはい」
妹「はいは一度ね」
兄「おう」
妹「もっと早くできないの」
兄「無茶言うな」
妹「だったらもっと早い時間に来て作業を始めればよかったのに」
兄「だってよ」
妹「お兄ちゃんって意外と計画性がないよね」
兄「そうじゃないって。ないのは計画性じゃなくて意思の強さだって」
妹「何言ってるのよ。わけわかんないんですけど」
兄「いや、一応前日にここに来て作業しとこうかと思ったんだけどさ」
妹「すればよかったじゃん」
兄「だから意思が弱くてさ」
妹「言い訳すんな」
兄「・・・・・・だってよ。昨日帰ってきて準備しておこうかと思ったんだけど」
妹「面倒くさくなったわけね」
兄「いや。おまえがあんまり可愛らしく俺にまとわりついてくるからさ」
妹「え」
兄「こんなことはもうあまりないだろうし、せっかくだからおまえと一緒にいたいって思ってさ」
妹「・・・・・・」
兄「今は反省している」
妹「・・・・・・ばか」
兄「わかってるよ」
妹「違うよ。そんなのまた一緒に暮らすんだしいくらでもしてあげるのに。ばかだよお兄ちゃんは」
兄「う、うん」
妹「まあ今さらそんなことを愚痴っていてもしかたないね」
兄「悪い」
妹「じゃあ、さっさと作業してよ。あと三十分で業者さんが来ちゃうよ」
兄「おお」
<あたしはお兄ちゃんの彼女にはなれないよ?>
妹「ぎりぎり何とか荷作りできたね」
兄「おまえって意外な才能があるのな」
妹「お兄ちゃんが要領悪すぎなんだよ」
兄「そうかなあ」
妹「そうだって」
兄「まあ、これでいつ引越業者が来ても大丈夫だな」
妹「そうだね」
兄「じゃあ少し休憩しようか」
妹「だめ」
兄「何で」
妹「荷造りした段ボール箱をアパートの外まで運んでおこう」
兄「そんなのは業者がやってくれるって」
妹「わかってないなあ」
兄「何が?」
妹「この作戦の重要な目的は敵に知られないうちに密かにこのアパートからお兄ちゃんが撤退することでしょ」
兄「え? ああ、まあそうだな」
妹「だから平日午前中を作戦開始時間にしたんでしょ」
兄「女は講義中だからな」
妹「それなら万一のことを考えても少しでも早くこのアパートから撤収すべきでしょうが」
兄「うん」
妹「うんじゃない。わかっているなら休憩とかぬるいことを言うな」
兄「・・・・・・そこまでマジになるほどのことじゃ」
妹「お兄ちゃんは引っ越すところを女さんに見られてもいいの」
兄「まあ、見られないほうがいいから引越は平日に設定したんだけどさ。別に見られたら見られたで構わねえよ」
妹「目的意識が希薄だよね」
兄「へ」
妹「この作戦の真の目的は卑劣にもお兄ちゃんのことを裏切った女さんに精神的打撃を与えることでしょうが」
兄「ちょっと待て。そんな目的なんか考えたこともないぞ」
妹「女さんに理解させてあげようよ。いきなり振られたお兄ちゃんの絶望を」
兄「いや。絶望とかしてないし」
妹「帰宅したら突然隣の部屋のお兄ちゃんがいなくなっている。それほどあたしはお兄ちゃんにひどい仕打ちをしたんだって女さんに思わせないと」
兄「確信犯だなおまえ」
妹「さあ? どうなのかな」
兄「どうりで俺の引越についてくるってうるさく騒いだわけだ。最初から女に一泡食わせるつもりで一緒に来たんだな」
妹「はい、よくできました」
兄「俺はそんなつもりは全然ないぞ。もう女を恨む気持なんか微塵もないんだし」
妹「あたしの大切な家族を傷つけた人には相応の報いを与えないとね」
兄「だから俺は傷付いてないって」
妹「うそ」
兄「うそじゃねえよ」
妹「・・・・・何でひどいやり方で女さんに振られたのに傷付かないのよ」
兄「結果的にそれで姫と仲直りできたから」
妹「え」
兄「おまえには振られたけど、何か前よりおまえとの距離が縮まったみたいだしさ」
妹「・・・・・・」
兄「だからもう女に裏切られたとかどうでもいい」
妹「・・・・・・あたしはお兄ちゃんの彼女にはなれないのよ?」
兄「当たり前だ。今の俺にはそんなことくらいわかってるよ」
妹「だったら」
兄「それでも嬉しいんだよ。姫が手をつないでくれて。一緒に寝てくれて。肩を抱いても逃げないでいてくれて」
妹「バカみたい。そんなことくらいで」
兄「姫と仲良くできるならもうバカでも何でもいいや」
妹「本当にバカだよ。お兄ちゃんは」
兄「うちの家系は妹スキーばっかなんだな。きっと」
妹「あたしには彼氏がいるんだよ・・・・・・」
兄「わかってるよ」
妹「デートもキスもエッチも彼氏とするんだよ。お兄ちゃんとじゃなくて」
兄「わかってる」
妹「なんでそこまで自虐的な愛情に走れるわけ? あたしのことが本当に好きならそんなのあり得ないでしょ」
兄「いーや。あり得るね」
妹「何で」
兄「家族だからさ。兄というよりむしろ親父目線なのかもしれない」
妹「親父目線って。パパはあたしに告白したり迫ったりしないよ」
兄「それは悪かった。でももう二度とそんなことはしない」
妹「あたしと彼氏君に嫉妬しないの?」
兄「しないようにする」
妹「どういうこと? 今は嫉妬してるの」
兄「その気持は何とかするからおまえは気にするな」
妹「・・・・・・ちょっとくらいは嫉妬してくれないの?」
兄(え)
妹「ううん。今のは何でもない」
兄「俺さ。おまえのこと見続けるよ」
妹「どういうこと?」
兄「父さんと一緒だよ。おまえが恋愛して結婚して子どもができて幸せになるのをさ」
妹「そんなの何十年もかかるじゃん。お兄ちゃんはその間どうしているの」
兄「もう彼女とかいいや。独身で童貞のまま姫を見守るよ」
妹「そんなのやだよ」
兄「何で」
妹「そんなのパパとママだって許さないと思う。お兄ちゃんにだって普通に幸せになって欲しいって、両親だって願っていると思うし」
兄「だって、彼女とかできるより姫が幸せな方がいいし。それを気がつかせてくれたわけだから、女を恨む気なんかないんだ。だからさ、今日の引越だって別に女に見せ付ける必要はないけど、あえて避ける必要もないよ」
妹「そんな人生なんてあり得ないよ。お兄ちゃんがよくてもあたしがいや」
兄「わがままだなあ、姫は。簡単なことじゃん。おまえが幸せになってくれれば俺も幸せになるんだって」
妹「もうやだ。あたし彼氏と別れるから」
兄「そうじゃねえのに」
<二度とお二人はお兄ちゃんとあたしに話しかけないでください>
兄友「女~、いるか」
兄(げ。兄友の声が廊下から)
妹「お兄ちゃん?」
兄「ああ。気にするな。無視無視」
兄友「女のやつ今日は講義休んでるのに。部屋にはいないのかなあ」
兄(休んでる? じゃあひょっとして隣の部屋に女はずっといたのかな)
引越業者「兄さん、遅くなりました。○○便です」
兄友「あれ? そこは友だちの部屋ですけど、ひょっとして兄って引っ越すんですか」
兄(ええい。こんなときに面倒なやつだ)
兄「ドア開けるぞ」
妹「うん」
兄「どうもご苦労様です」
引越業者「どうも遅くなりました。梱包終ってるようですね」
兄「はい」
引越業者「じゃあ、トラックに積み込んでいいですか」
兄「お願いします」
兄友「よう兄」
兄「おう(女じゃなくてこいつが現われたか)」
兄友「・・・・・・おまえ、もう引っ越すの?」
兄「まあな(誰のせいだと思ってるんだこのハゲ)」
兄友「おまえも気まぐれだよなあ」
兄(死ね)
兄友「あ。妹ちゃん、久し振り」
妹「・・・・・・お久し振りです」
兄友「相変わらず可愛いよね。妹ちゃんは」
妹「どうも」
兄友「今日は兄の手伝い?」
妹「はい」
兄(まともにこんなやつを相手にするなよ)
兄友「兄のことが好きなんだねえ」
妹「はい。大好きです」
兄(おい)
兄友「そ、そうか。まあ昔から兄と妹ちゃんは仲良しだったもんな」
妹「そうですね」
兄友「しかしおまえ、今度はどこに引っ越すの?」
兄「実家に戻る」
兄友「何で? 通学つらくなるだろ」
兄「(ふざけるな。ちょっと嫌味くらい言ってやろう)女と隣りだとおまえも女も気まず
いだろうと思ってな」
兄友「ちょっと待て」
兄「何だよ。俺なんか邪魔だろ?」
兄友「俺が言うのも申し訳ないけどさ。この場合引っ越すのは兄じゃなくて女の方だろ」
兄「・・・・・・」
兄友「本当にすまん! 別にメール一本で済む話じゃねえとは思ってた。そのうち女も入れて三人で話し合って、きちんと謝ろうって女友と話してたんだ」
兄「そういうのいらないから」
兄友「だってよ」
妹「余計な言い訳をして自己満足するつもりですか? 兄友さんと女さんは」
兄友「そうじゃないよ」
妹「罪悪感を晴らしたいだけでしょ。お兄ちゃんに謝ったっていう既成事実を作って」
兄友「俺は、俺と女は兄を傷つけちゃったし」
妹「お兄ちゃんの心のケアはあたしがします。あなたと女さんなんかに期待なんかしていません。まして自分たちの心の安定のためにお兄ちゃんを利用なんかさせませんから」
兄友「何か誤解してるよ妹ちゃん」
妹「そう言うのならそれでもいいです。でも一つだけお願いがあります」
兄友「何?」
妹「二度とお二人はお兄ちゃんとあたしに話しかけないでください」
兄友「・・・・・・俺はまだ兄の親友だって思っているから」
妹「お兄ちゃん?」
兄「兄友、今までありがとな。でも、もう俺には話しかけないでくれ。女にもそう言っておいてくれな」
兄友「・・・・・・待てよ」
兄「じゃあ、作業中だから」
兄友「おい。冗談だろ」
妹「冗談なわけないでしょ。それくらいの仕打ちをあなたたちはあたしの大切なお兄ちゃんにしたんですよ」
兄友「そんなつもりじゃ。そこまでしたつもりはなかったんだ」
妹「じゃあようやく何をしたのか理解できてよかったですね」
兄友「せめて女を入れてもう一度だけ話を聞いてくれ。兄を傷つけたままじゃ俺も女も」
妹「お兄ちゃんのことはあたしが家族として責任を持ってケアをしますから。あなたたちなんかに中途半端な心配をしてもらう必要はないです」
兄(妹姫・・・・・・さすがに半端ねえな)
兄友「ちょっと待ってくれよ。女に電話するから」
妹「ご勝手に。でも、もうすぐ引越のトラックは出発しちゃいますけどね」
<海辺とかドライブしたいな>
引越業者「積み込み終わりましたのでこれから引越先まで配送します」
兄「お願いします。電車で先に家の方に行って待ってますから」
引越業者「わかりました」
兄「・・・・・・落ち着いた?」
妹「最初から最後までずっと落ち着いてるよ」
兄「そうかあ?」
妹「そうだよ」
兄「じゃあそういうことにしといてやる」
妹「何よそのムカつく言い方」
兄「ありがとな」
妹「え・・・・・・。何が?」
兄「俺、父さんや母さんと同じ心境になってこれからはずっと姫を守るんだって思ってたんだけどさ」
妹「うん。何度も聞いたそれ」
兄「図々しいのにも程があるくらい、まだ俺って思い違いしてたんだな」
妹「何言ってるのかわからない」
兄「守るどころかおまえに守られちゃったよ」
妹「・・・・・・」
兄「ありがと。さっきは助かった。兄友にあそこまで言ってくれて」
妹「兄妹じゃん。どっちが守るとかどっちが守られるなんて決めなくていいんだよ」
兄「うん、そうだな」
妹「頼りない姫だって大事な人のためには頑張れるの」
兄「うん」
妹「さっき兄友さんに言ったことは本当だよ。お兄ちゃんのケアはあたしがする。女さんなんかに余計なことはさせないから」
兄「俺、おまえの兄貴でよかったよ」
妹「・・・・・・うん」
兄「おまえ、もしかし」
妹「泣いてないよ! それよかさっさと行かないとまたあのうざい人が戻って来ちゃうよ。今度は女さんも一緒かもしれないし」
兄「しかし電車で何度も往復もするのって疲れるよな」
妹「本当に毎朝大学まで通えるの?」
兄「大丈夫。それに家に帰れば姫がいると思えばさ」
妹「うん。あたしもそれは嬉しい」
兄「だから心配するなって」
妹「朝何時ごろに出かけるの」
兄「一限がある日は七時頃かな」
妹「そうか」
兄「何で?」
妹「別に何でもない」
兄「うん」
妹「結局兄友さん戻ってこなかったね」
兄「そうだなあ」
妹「女さんと連絡取れなかったのかな」
兄「さあ(女って実は隣の部屋にいたんじゃねえかな。大学に来なかったって兄友が言ってたもんな)」
妹「何考えてるの」
兄「いや。車の免許でも取りに行こうかなって」
妹「え? 本当」
兄「うん」
妹「やった」
兄「何で喜んでるの」
妹「ドライブとかできるじゃん。あたし混んだ電車って好きじゃないし」
兄「じゃあ父さんに頼んでみようか。車があれば講義のない日とかはおまえの塾の迎えに行けるしな」
妹「マジで車で迎えに来てくれるの?」
兄「うん」
妹「早く免許取ってね。あたし車でどっか行くの大好き」
兄「そういや両親が忙しすぎて最近家族でお出かけとかしてないもんな」
妹「そうだね」
兄「免許取れたら少し遠出してみようか」
妹「うん、するする」
兄「・・・・・・やっと落ち着いてくれたな」
妹「もともと落ち着いてるって」
兄「はいはい」
妹「何かムカつく」
兄「悪い。で、どこ行きたい?」
妹「海辺とかドライブしたいな」
兄「いいね」
<紐の千切れた風船みたいに>
兄「さっき荷造りしたばかりなのにもうほどくのか」
妹「しかたないじゃん。しないと生活できないよ」
兄「とりあえず今日はもうやめようぜ。明日も学校だし」
妹「だめだって。面倒くさくなっちゃうから今やっておいた方がいいって」
兄「今日は疲れたしなあ。明日も講義だし、片付けは週末に絶対やるからさ」
妹「だってこれじゃあ寝る場所もないじゃん」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・お兄ちゃん。まさか、狙ってたんじゃ」
兄「違うって。俺はリビングのソファで寝るから」
妹「エッチ」
兄「おまえなあ」
妹「まあ、いいか。部屋が片付くまではあたしのベッドで一緒に寝る?」
兄「いいのか」
妹「もともとそれ狙いだったくせに」
兄「本当に違うって」
妹「・・・・・・絶対に変なことしないでよね」
兄「しないよ。今まで一緒に寝たときだっておとなしくしてただろうが」
妹「あたしに欲情したくせに」
兄「あれは」
妹「あたしの胸が当たって興奮しちゃったくせに」
兄「いや。あの程度の胸なら本当は大丈夫なんだ」
妹「死ね」
兄「・・・・・・俺が姫が嫌がることをするわけないだろ」
妹「うん。そこだけは信用してるよ。お兄ちゃんはあたしが嫌がることだけは絶対にしないもんね」
兄「うん。常々そうありたいと精進している」
妹「何でそんなに必死なのよ? そんなにあたしと一緒に寝たいの」
兄「えーと」
妹「まあいいか」
兄「何が」
妹「お兄ちゃんのケアはあたしがするって大見得切っちゃったしね」
兄「ああ、兄友との話ね」
妹「だから一緒に寝てあげる」
兄「なあ」
妹「狭いしこれじゃ動けない」
兄「俺のせいかよ」
妹「あたし、これ以上もう壁の方には行けないよ。お兄ちゃん何であたしの方に摺り寄って来るのよ」
兄「おまえが俺の手を引っ張ってるんだろうが」
妹「言い訳するな」
兄「・・・・・・」
妹「ねえ」
兄「何」
妹「何で離れちゃうの?」
兄「おまえが狭いって言うから」
妹「もっとこっち来てよ。離れていられると毛布に隙間にできて寒いじゃん」
兄「おまえなあ。どっちなんだよ」
妹「お兄ちゃん、姫のわがままは何でも聞いてくれるんじゃなかったけ」
兄「常識的なやつならな」
妹「じゃあ抱きしめてよ。両手であたしを」
兄「・・・・・・却下」
妹「非常識なお願いだった?」
兄「うん」
妹「・・・・・・」
兄「どうした」
妹「つなぎとめてよ」
兄「はあ?」
妹「つなぎとめて。あたしが紐の千切れた風船みたいにどっかにふらふら漂っていかないように」
兄「・・・・・・何の話?」
妹「あたしはずっとここにいたいの。お兄ちゃんとパパとママのところに」
兄「ずっといればいいじゃん。俺も父さんと母さんもおまえの側から離れない、つうか離さないし」
妹「・・・・・・うん」
兄「・・・・・・」
妹「わかった。もういいや。平気だから」
兄「・・・・・・わかったって」
妹「ちょ・・・・・・ちょっと強く抱きすぎ」
兄「こんなものでどう?」
妹「それじゃ弱すぎ。もっと強くあたしをつなぎとめて」
兄「・・・・・・うん」
妹「こら起きろ」
兄「・・・・・・へ」
妹「何時だと思ってるの。さっさと起きてよ」
兄「ああ、おはよ。今何時?」
妹「六時だよ」
兄「そか。・・・・・・ってはあ? 起きるの早過ぎだろう」
妹「七時には家を出るんでしょ。今日は一限あるし」
兄「あ、そうか。ここは実家だったな」
妹「実家どころかあたしの部屋だっつうの」
兄「今日一限があるの何で知ってるんだよ」
妹「ほれ。そこ見てみ」
兄「うん?」
妹「ね」
兄「俺の予定表、コピーしたの」
妹「うん。居間のプリンターのコピー機能使った」
兄「何でそれがおまえの部屋の壁に貼ってあるんだよ。てか、ハートの模様だらけになってるし」
妹「お兄ちゃんの行動を管理してあげる」
兄「え」
妹「美人秘書ができたみたいで嬉しいでしょ」
兄「いやいや」
妹「・・・・・・まだ寝ぼけてるの」
兄「んなことはな・・・・・・っておい」
妹「これでキスしたのニ回目だね」
兄「これも仲のいい兄妹なら普通の行動なのか?」
妹「そうだよ」
兄「そうか」
<ほんの少しの間だけ思考停止してもいいよな>
兄(きっかり七時に妹と手を恋人つなぎをしながら家を出たんだけど)
兄(そんで駅前まで妹に送られて。妹の電車は下りだから改札を入ったところで・・・・・・)
兄(・・・・・・結構、人もいたんだけどなあ)
兄(ここでバイバイだねって、妹にキスされて)
兄(俺、いい兄貴になる予定だったよな。仲のいい兄妹に戻ろうって思って)
兄(普通の仲のいい兄妹って別れ際に口にキスしたりするものなのか)
兄(・・・・・・考えるまでもない。んなことする兄妹なんていねえよ)
兄(妹は、兄妹の数だけ兄妹の関係があるんだよって言ってたけど)
兄(どう考えてもあり得ないよな。だいたい、彼氏に見られたら妹だって言い訳できねえだろうに)
兄(俺、本当に姫に振られたんだよな)
兄(いや、それは間違いないし。その後だって何回も妹にダメだしされた)
妹『あたしはお兄ちゃんの彼女にはなれないよ?』
妹『あたしには彼氏がいるんだよ』
妹『デートもキスもエッチも彼氏とするんだよ。お兄ちゃんとじゃなくて』
兄(あそこまではっきり言われたら誤解の余地なんかねえ)
兄(デートもキスも彼氏とだけするんじゃなかったのかよ)
兄(どう考えても俺ともしてるじゃん)
兄(妹のやつ、俺に気を遣ってるのかな。基本、家族思いの優しい子だし)
兄(自分に振られて、しかも女にも振られて傷付いた俺のことを思いやって、そのために彼氏とも会わないで俺にベタベタしてくれてるんだろうか)
兄(・・・・・・姫の性格なら十分にあり得るよな)
兄(どうすりゃいんだよ。正直、俺はそんなあいつの態度が嬉しいし)
兄(しかもこれ)
兄(どう考えても五時前には起きて作ったんだろうな)
兄(弁当・・・・・・。大学生なんだから昼飯なんてどうにでもなるのに)
兄(正直、今はすごく幸せだけど、同時にすげえ不安だ。こんなことをしてたら妹だってそのうち彼氏に愛想付かされるんじゃねえか)
兄(それで妹が悲しむなら本末転倒じゃん)
兄(あ、駅に着いた。降りよう)
兄(駅から大学までがまた結構距離があるんだよな)
兄(・・・・・・女と兄友には会わないようにしねえとな)
兄(つうか今日も一日女と全部講義が一緒じゃんか)
兄(鬱だ)
兄(メール?)
兄(姫からだ)
from:最愛の妹
to:兄
sub:無題
『ちゃんと大学に着いた? 電車乗り過ごしてないでしょうね』
兄(大丈夫だよ姫)
『しっかり勉強しなさいよ。せっかくお弁当まで作ってあげたんだから』
兄(うんうん)
『お弁当の中身なんだと思う?』
兄(オムライス? さわらかな)
『それはお弁当箱を開けるまで秘密です。その方が楽しみでしょ』
兄(・・・・・・可愛すぎる。彼氏君には申し訳ないけど、やっぱり今の状態は俺にとって幸せすぎて、姫と距離を置くなんてできねえ)
『あたしはこれから体育です。お兄ちゃん、あたしの体操服姿を見たことがないだろうから、特別に写メ送ってあげる。いつもこんな格好で頑張ってるんだよ』
兄(・・・・・・ほ、保存しないと。夢にまで出てきた妹の)
『じゃあね。講義頑張ってね。あと、今夜もパパとママは年末進行とかで帰れないんだって。さっきメール来た。お兄ちゃんが家に帰ってきくれてパパもママも安心したみたいよ』
『夕食作っておくけど何食べたい? 午後三時ごろまでにメールしてね。買物もあるから』
『じゃあね(はあと)』
兄(・・・・・・少しだけ、ほんの少しの間だけ思考停止してもいいよな)
兄(この幸せをしばらく味わったってばちは当たらないだろ)
兄(いろいろ先々のことはそれから考えればいいや。今は素直に可愛い姫の気持に応えようぜ)
兄(何かもう大学でぼっちでも女に手ひどく裏切られていても、そういうことはどうでもよくなってきた。大学なんて勉強してりゃいいんだ。合コンとかサークルとかどうでもいいや)
兄(家に帰れば妹がいる。一緒に寝て朝起こしてくれて朝食を作ってくれてお弁当を持たせてくれて。こんな幸せが我が家の他のどこあるっていうんだ)
兄(いつまで続くかわからない幸運だけど、これだけでもう、俺は一生一人身で妹の幸せを眺めていられる自信がある)
兄(・・・・・・早く昼休にならねえかな。中庭で妹の弁当を食べたいな)
兄(やっと昼休みだ)
兄(午前中の講義には女の姿がなかったけど、何かあったのかな)
兄(いや。気にしちゃダメだ。一年間はこういう状況が続くんだし、女と顔を合わせたくないなんて考えたら講義を全部落としちまう。平常心で対応しないとな)
兄(中庭で妹のお弁当を食おう。これだけを楽しみにしてたんだし)
兄(ではいざ弁当箱オープン)
兄(・・・・・・まさかのキャラ弁。しかもこれベジータじゃん)
兄(意表を付かれ過ぎて、ははは)
兄(姫、大好きだぞ。家族的な意味で)
?(可愛いお弁当。彼女が作ってくれたの?)
兄「へ」
?「こんにちは兄君」
兄「え、ええと」
?「あたしのこと知らない? ほとんどの講義が被ってるのに」
兄「ごめん。誰だっけ」
?「ひっどーい。あたしってそんなに存在感薄いかな」
兄「いや。俺って大学で知り合いとかほとんどいないからさ」
?「兄君が? 嘘付け、リア充のくせに」
兄「いや。君は?」
?「女友って言うの。遊び人の君が手ひどく振って傷つけた女の友だちだよ」
兄「いや、振るって。女の知り合いなの?」
女友「うん。大学に入って仲良くなったんだけどね」
兄(振るって何だよ振るって。振られたのは俺の方じゃんか)
女友「そのお弁当、新しい彼女に作ってもらったの?」
兄「そんなんじゃねえよ」
女友「女は悩んでたよ。昔から好きだったあなたとようやく結ばれたのに、すぐに振られちゃったって」
兄「・・・・・・女がそう言ったのか」
女友「厳密に言うとそうじゃないけどね。共通の知り合いがさ、女がそう言って悩んでたって言ってたの。まあ、女の方も明らかに最近様子がおかしかったしね」
兄「そうか」
女友「・・・・・・ふーん」
兄「何だよ」
女友「何も言い訳しないんだね」
兄「え」
兄「え」
女友「気に入った」
兄「何だよ」
女友「いさぎいいね君。何にも言い訳しないし、卑屈にもならないで堂々としてるし」
兄(そうかなあ)
女友「まあ正直、好きだ嫌いだなんて個人的な問題じゃん?」
兄「そうかもな」
女友「そんなことを知り合い中に触れ回ってる女の友だちもどうかと思うしね」
兄「まあ、好きにすればいいんじゃね」
女友「余裕だね。そんなに愛されてるって自信があるんだ。そのお弁当の女の子に」
兄「自信なんて全然ないし、余裕だってねえよ」
女友「そうなの?」
兄友「まあね。でも、知り合いでもないあんたには関係ないもんな。変なこと言って悪かった」
女友「・・・・・・へえ。こんなところにいたんだね」
兄「何だよ」
女友「正直、大学なんかに期待してなかったんだけどな」
兄(何言ってるんだこいつ)
女友「撮影現場にいるような男より格好いいじゃん。あたしってラッキーだな」
兄「何言ってるんだおまえ。頭大丈夫か」
女友「・・・・・・大学なんかで運命の出会いがあったとはね」
兄(何か関わりにならない方がよさそうだな)
女友「ふふ」
兄(ただ。こいつ、改めて眺めてみるとすげえレベル高いな。何、このスタイル。むき出しの足もありえないほど長くて細いし。背も高い。こいつ、モデルかなんかやってるのか)
女友「兄君、どうした」
兄「・・・・・・どうもしねえよ。昼飯食いたいからもう放っておいてくれ。女のことなら話すことなんてねえよ」
女友「兄君さ。今、あたしの身体をガン見してたでしょ」
兄「してねえてって」
女友「別に恥かしがらなくてもいいよ。あたし、この雑誌でモデルしてるんだ」
兄「何これ?」
女友「ファッション雑誌じゃん。表紙見てみ」
兄「・・・・・・これっておまえ?」
女友「可愛いでしょ」
兄「・・・・・・」
続き
妹と俺との些細な出来事【3】