1 : VIPに... - 2013/08/06 23:41:52.30 AtSs9Wk7o 1/712妹スレ
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非エロ
それでもよかったらご覧ください
元スレ
妹と俺との些細な出来事
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375800112/
妹と俺との些細な出来事・2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1388669627/
<ネタは誰?>
兄「ただいま」
兄(また誰もいないのかよ)
兄(何か俺って、四月からの一人暮らしを始めるまでもなく、既に家で一人ぼっち・・・・・・)
兄(ぼっちって何か不吉な単語だな。一人暮らしはまあ既定路線だけど、まさか大学で友だちができないとかじゃねえだろうな)
兄(ま、まああまり心配するまでもない。中学高校とそれなりに友だちもいたんだしな。いくら地元から離れた大学といったって友だちくらいはできるはず)
兄「親父とお袋はともかく、高一の妹がこんな時間まで外出とはどういうことだよ」
兄「・・・・・・」
兄「ま、まあ、年頃だしな。しかもあいつは見た目は可愛いし、しかも、幼馴染の話によるとイケメンの先輩三人に言い寄られているらしいしな」
兄(つうか、いつのまにか独り言を言ってるじゃねえか、俺。もう、一人暮らしの準備は十分だな)
兄(どうせ誰もいないんだから自分の欲望を開放してもいいかも)
兄「・・・・・・妹はいねえよな」
兄「うん、いない」
兄「親父もお袋もいない・・・・・・」
兄(誰にも聞かれていないなら、こういう時こそ妹に俺の熱い思いをぶつけねば)
兄「・・・・・・妹」
兄「いや、いくら何でも声が低すぎる。誰もいないんだから今日こそ自分のリビドーを解放して」
兄「・・・・・・妹、妹! 妹!!」
兄「大好きだよ妹。おまえが欲しい。俺の恋人、いや奥さんになってほしい」
兄「おまえが幼い頃からおまえだけを見てきた。幼馴染の美少女に小六のとき告白されたり、中二のときクラス委員の優等生に迫られたりもした」
兄「高校に入って生徒会長だけど実は腐女子の先輩に、一緒の大学に行こうと口説かれたこともあった」
兄「でも、俺が好きなのは俺が愛しているのは妹、おまえだけだよ。親友の男に相談した時にはどん引きされたけど、それでも俺は後悔していない」
兄「おまえが幼いときからずっとおまえだけを見つめてきた。おまえの胸のささやかな成長も、おまえの髪が伸びるのも」
妹「・・・・・・お兄ちゃん、脳みそ沸いてる?」
兄「いつから帰宅していた」
妹「『大好きだよ妹。おまえが欲しい。俺の恋人、いや奥さんになってほしい』ってとこ
から」
兄「・・・・・・そうか。それは学園祭の演劇のセリフを練習していただけだけどな」
妹「お兄ちゃんの学校の学園祭って去年終っているよね」
兄「それはそうだ。本番で納得がいかない出来だから学祭終了後も一人で練習してた」
妹「去年の学園祭はお兄ちゃん、ビラ配りしかしてないじゃん」
兄「なぜそれを」
妹「あたしとしてはもう少し納得できる釈明を要求したいな」
兄(これは言い訳は無理だな。ここまできたらいっそ)
兄「いや、素直に思ったとおりの言葉を口に出しただけなんだけど」
妹「何々・・・・・・開き直り? あたしはどんな反応をすればいいの?」
兄「何わけのわからんこと言っているんだ。素直に俺の愛情に応えれ・・・・・・」
妹「・・・・・・死ね」
兄「え?」
妹「え、じゃねえだろ」
兄「いや・・・・・・。つうかそもそもおまえ、何で俺の部屋にいるの?」
妹「何でって。声かけてもノックしても返事しなかったじゃん」
兄「だからって、普通兄貴がオ○ニーしているときにドア開けたりするか」
妹「妹にオ○ニーとかって言うな!」
兄「だってしてたんだもん」
妹「あのさあ」
兄「おう」
妹「聞きたくもなかったけど、あたしの名前を叫んでいるお兄ちゃんの声が聞こえちゃったんだよ」
兄「うんうん」
妹「うんうんじゃねえよ。まさか、お兄ちゃん。あたしの名前を呼びながら。あ、あたしのことを想像しながら」
兄「男なら普通だぞ。そんなことも知らないのかおまえは」
妹「・・・・・・何で偉そうなのよ。開き直ってるのかよ。ママとパパに言いつけるよ」
兄「すいません」
妹「それに言うにこと欠いて、ささやかな成長ってどういうこと?」
兄「いやだって・・・・・・。本当にささやかだし、おまえの胸」
妹「死ね。何で知っているのよ。見たこともないくせに」
兄「見たことあるし」
兄(あ、やべ。鬼のような表情)
妹「いつ」
兄「はい?」
妹「いつだって聞いてるの!」
兄「一昨日です。お風呂あがりでタオルを落としたあなたが、ソファに座っている俺の前で前屈みに」
妹「・・・・・・見たの」
兄「おう。屈むとシャツの隙間から見えちゃうんだぞ。まあ、見えたっていうほうどはなかったんだけどね。今後は気をつけるがいい」
妹「何で上から目線で忠告とかしてるのよ。結局覗いてるんじゃん」
兄「覗いたというか見せつけられたというか不幸な事故だったというか」
妹「もういい。今夜はパパとママ帰って来ないんだって」
兄「ほう」
妹「夕食作ってあげようと思ったけどやめたから。キッチンにカップラーメンあるからね。じゃあね」
<切ないコピペ>
(パソコンのディスプレー)
妹が
義理だからねとチョコをくれ
君が義理ならどんなにいいか
兄(名作だ)
兄(単なるコピペに過ぎないとはいえ)
兄(妹に惚れた兄貴の気持ちを繊細かつ的確に表現しているな)
兄(何だか泣けてくるほど切ないな。あいつが義理の妹なら、告って付き合えていたかもしれないと考えると)
兄(・・・・・・)
兄(待てよ)
兄(・・・・・・冷静に考えると、義理ということは血縁がないということで)
兄(つまり同じ学校の可愛い子と同じ分類になるな)
兄(ということは)
兄(・・・・・・考えてみれば、というか考えるまでもなく)
兄(妹が学校の後輩だとしたら俺なんかがあいつと知り合って仲良くなれるわけなんかねえじゃんか)
兄(現に、卒業までの三年間、親しくなれた女の子なんかいなかったんだし)
兄(ということは妹が俺の実の妹じゃなけりゃ、あいつは今頃俺なんかと話すらしてくれていなかったということだ)
兄(あいつが妹でよかった。肉親だからこそ俺なんかと話もしてくれるしたまには飯も作ってくれるわけだし)
兄(そう考えるとこれって全然名作じゃないじゃん。いや、このコピペの一人称の主人公はきっとリア充なんだろうな。妹が赤の他人であっても十分落せるほどの魅力がある奴なんだろう)
兄(だからこそ、目の前にいる相手が実の妹だということが苦しくて仕方ないのか。リア充であるこの兄なら妹が学校の後輩なら簡単に付き合えるスペックなのに、なまじ実の妹だから手を出せないという)
兄(そう思うとこれは意外と深いコピペだぞ)
妹「妹が 義理だからねとチョコをくれ 君が義理ならどんなにいいか」
兄「そうそう。切ないよな」
妹「そうかな。これ、意味わかんない。妹から本気チョコもらって、それが義理チョコだったらよかったのにって話?」
兄「おまえって本当に読解力ないのな。どう読めばそういう解釈になるんだよ」
妹「妹が本気チョコをくれたって話でしょ。でも、それじゃあ近親相姦の禁断の関係になっちゃうから、義理チョコなら悩まなくて済んだのにって兄が悩んでいるって話じゃないの?」
兄「そういう意味ちゃうわ。どこまで洞察力ないんだよ。だから、おまえは国語の成績が悪いんだ」
妹「お兄ちゃん、ひどっ」
兄「って・・・・・・いつからいた」
妹「今から」
兄「だからおまえは何でノックするという簡単な習慣が身に付かないんだよ。びっくりしたじゃねえか」
妹「あたしだって恐る恐るお兄ちゃんの部屋のドアを開けたんだよ」
兄「何で」
妹「またオ○ニーしてたら気まずいから。ましてあたしの名前呼びながらされてたら気持ち悪いじゃん」
兄「もうそろそろ俺のオ○ニーネタの話題はよせ。それにいつもいつもしてるわけじゃないぞ」
妹「そうなの? いつもあたしでしてるわけじゃないんだ。じゃあ他には誰でしてるの」
兄「いろんな意味でちげーよ。いつもおまえでしてるわけじゃねえし、そもそもオ○ニーばっかしてるわけじゃねえよ!」
妹「なに逆切れしてるのよ。そもそもあたしでオ○ニーしていいなんて許可した覚えはないんですけど」
兄「ああいうのって許可がいるのか」
妹「何言ってるのよ。当事者の意思を無視して勝手にしていいことじゃないでしょ。普通に考えたらわかるでしょうが」
兄「いやだって実際におまえにああしたりこうしたりされるわけじゃないのに、妄想するだけでも規制されるのか」
妹「妄想される方はいい気持ちがしないでしょ。気持ち悪いでしょうが。てか、あたしにするんじゃなくてあたしにされる妄想してんのかよ」
兄「A cat may look at a king」
妹「・・・・・・はい?」
兄「猫だって王様を見ることができる」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・そう、わかった。ちょっと自分が成績が良くて偏差値も良くて上位私大に合格したからって、そう来るか。いいよ、せっかくカップラーメンじゃ可哀想だから仲直りして夕食用意してあげようと思ったのに」
兄「もちろん、オ○ニー目撃から切ないコピペの件も含めて、俺が全て悪かった。心より謝罪する」
妹「またふざけて言うし。どんだけあたしをばかにすれば気が済むのよ。もういい」
兄「あ、ちょっと。本当に悪かったって」
兄(行っちゃった)
兄(結局今日の夕飯はカップラーメンか)
兄(それにしてもあのコピペの意味って、妹の解釈は正しくないよな。どう考えても実の妹に惚れた兄貴の切ない戯言というのが正しい)
兄(でも何か妹の解釈に毒されてきたぞ。あれって近親相姦を避けたい正しく道徳的な兄貴の想いの発露なのだろうか)
兄(その場合、妹は兄に本気チョコを渡したってことになるんだけど、そのへんあいつはわかって言ってたのかな)
兄(・・・・・・)
兄(腹減った)
<嫉妬するわけないじゃん!>
女「よう兄」
兄「おはよ」
女「何で朝からそんなにげっそりした顔してるのよ。晴れて第一志望に合格してさ。あとは卒業式を待つだけの幸せなモラトリアムの時間なのに」
兄「おまえこそ発言に棘がある。モラトリアムって言うなよ。生々しい」
女「だってそうじゃん? 普通なら今は進路も決まって惰性で卒業式の予行練習しに登校しているだけだから、身も心も軽いでしょ?」
兄「それはまあ。でも浪人決定したやつとか第一志望を逃したやつ以外はみんなそういう心境なんじゃね」
女「それが甘いね。むしろ、今は戦々恐々として不安に苛まれていなければおかしいでしょ」
兄「何でだよ。長かった受験生活が成功に終了したんだぞ。どう考えたって明るい未来しか浮かんでこないじゃんか」
女「あんたさあ、目前に迫った大学生活をどう考えてる?」
兄「どうって・・・・・・。そりゃ、前から行きたかった大学だし、夢も希望もあるけど」
女「うふふ」
兄「うふふじゃねえよ。何が言いたいんだよ」
女「夢と希望かあ。そうだよね、それが普通だよね」
兄「おまえだって志望校に合格したんだろ? 嬉しくねえのかよ」
女「合格した時は嬉しかったよ。でも、その後に不安が豪雨前に暗雲に覆われる空のようにあたしの心を灰色に塗り潰したね」
兄「おまえ、修辞語下手だな」
女「想像してみてみ? 希望して入学した大学。憧れていたキャンパスライフ。でも、眩しくさざめく新入生たちの間にはあんたの居場所はない。講義でも期待して入ったサークルでもあんたはぼっち。周囲は知り合ってすぐに、さっそく友だちトークを繰り広げているのに、あんたは学食で一緒に食事をする友人すらできない。そんな光景を」
兄「おい、やめろ。・・・・・・やめろ」
女「やはり気づいてはいたのね。ひょっとしてだからあんたは暗い顔してたの」
兄「いや、それは関係ない」
女「何よ。大学でぼっちになるかもしれないのに、それ以上の悩みがあんたにはあると言うの?」
兄「ま、まあな」
女「相談してみ? あたしだってあんたのこと心配なんだしさ」
兄「・・・・・・いつから?」
女「へ?」
兄「いつから俺のこと好きだったの?」
女「どうしてそうなる」
兄「だって心配なんでしょ? 俺のこと」
女「おまえはな。あたしは兄友と別れてないぞ。なんであんたなんかと浮気しなきゃいけないのよ」
兄「何だ、つまらん」
女「つまらんって、あんたもしかしてあたしのこと好きなの」
兄「何顔を赤くしてるんだよ。そんなわけねえだ、って痛えだろ」
女「あたしは兄友一筋です! つうか親友の彼女に何てこと言うのよ。あんたに好かれても迷惑です」
兄「まあ、俺も好きな子いるからさ。おまえに好かれても困るんだけどな」
女「あんたなんかどうでもいいけど、それでもそんなこと言われると腹立つわ」
兄「そう?」
女「誰?」
兄「はい?」
女「あんたが好きな子は誰だって聞いてるの」
兄「妹」
女「・・・・・・」
兄「どした?」
女「・・・・・・真面目に答えろよ。ふざけてると殺すぞ。で、あんたが好きな女は」
兄「うちの妹」
女「・・・・・・妹ちゃん?」
兄「うん」
女「マジで言ってるならドン引きだわ~。妹ちゃん可愛そう。実の兄貴に変な目で見られて」
兄「あいつのこと好きだってそんなに変かな」
女「変に決まってるでしょうが」
兄「妹が 義理だからねとチョコをくれ 君が義理ならどんなにいいか」
女「バレンタインデーに妹ちゃんからチョコもらったんだ」
兄「・・・・・・そう言われてみればもらってない」
女「義理とか悩む以前の問題だね」
兄「何で俺にそんなに冷たいんだ」
女「だって慰めようがないよ。あんた痛すぎ」
兄「あれか。ひょっとしておまえ、俺に嫉妬してる? 俺がおまえじゃなくて妹が好きなことに対して」
女「嫉妬するわけないじゃん!」
兄「やっぱおまえ顔赤いよ」
女「うるさい! 先に行く」
兄「そうですか」
<待ち合わせの正しいマナー>
妹「遅い」
兄「遅いと言われても。何時に来てれば遅くなかったかすらわからんのに」
妹「何でそんな簡単なことがわからないのよ。お兄ちゃんもしかしてバカ?」
兄「それはそうかもしれないが、少なくとも偏差値が痛いおまえに言われる筋合いはないと思う」
妹「そう言えばたまにいるよね。成績だけはやたらいいけど、常識とか社会性とかが欠けている男子って」
兄「ちょっと待て」
妹「あ、社交性もだ」
兄「・・・・・・」
妹「そういう男の子に限って必ずぼっちなんだよね。何でだろう?」
兄「俺はぼっちじゃないぞ」
妹「休み時間はいつも一人教室の自分の机で読書してない?」
兄「してるけど」
妹「お昼休みは本を机に立てて、その陰にお弁当箱を広げて最速十分くらいで昼食を終らせてない?」
兄「まあ、昼飯ごときに時間をかけるなんて意味ないからな」
妹「極端なときには一日誰とも会話がなかったりしない? 先生は別として」
兄「いや、待て。さすがにそこまでは」
妹「お兄ちゃんかわいそう」
兄「だから待て。聞いてもいない待ち合わせに勝手に遅れたことで、何で最愛の妹からそんなひどいことを言われにゃならんのだ」
妹「最愛とか気持ち悪い言うな」
兄「・・・・・・いったい何時に来てれば遅刻認定されずにすんだんだ?」
妹「あたしがお兄ちゃんの学校の校門前に到着する三十分前に決まってるでしょ」
兄「はい?」
兄「そもそもおまえが何で校門前で俺を待っているのかすら理解できていないんだけど」
妹「嬉しい?」
兄「まあ、そりゃ」
妹「そ、そう。あたしが突然お兄ちゃんを迎えに来て本気で嬉しがってるんだ」
兄「まあそりゃあ最愛」
妹「だから気持ち悪いって」
兄「・・・・・・」
妹「まあ、いきなり来たのはあたしだから、今日だけは特別にあたしを三十分以上待たせたお兄ちゃんを許してあげるよ」
兄「事前に断りもせず、勝手に迎えに来て勝手に待たされたと怒っているおまえに、何でそんなに上から目線で許してもらわなきゃいかんのか、正直理解できていないんだけど」
妹「だってあたしが迎えに来てお兄ちゃん嬉しいんでしょ?」
兄「おう」
妹「じゃあ仕方ないじゃん。こういうのは好きになった方が負けなんだよ」
兄「・・・・・・さいあ」
妹「最愛って言うな。周りの人が聞いているでしょ」
兄「それでいったい何しに来たの?」
妹「女さんからメールもらったからさ」
兄「あいつから?」
妹「うん」
兄「何だって」
妹「大学でぼっちになるんじゃないかってガクブルしている兄貴を慰めてやってね」
兄「・・・・・・」
妹「あとお兄ちゃんは絶対に手の届かない女の子に片思いしているから、そんな兄貴を元気づけてやってね」
兄「・・・・・・」
妹「だって。だからとりあえずお兄ちゃんを慰めようと思って部活休んで迎えに来た」
兄「うん。いろいろ突っ込みたいがとりあえずここにいると目立つから、家に帰ろうか」
妹「そうだね。帰ろ」
<綺麗な女の子たち>
妹「さっきから何きょろきょろしているの」
兄「いや。人が大勢いるなあって思って」
妹「都心のターミナル駅なんだから人が多くたって不思議じゃないでしょ」
兄「まあ、そうなんだけど」
妹「本当にさっきから何見てるのよ」
兄「だから別に」
妹「そう? 今日もお母さんたちいないから駅前のスーパーで買物して行こ」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん聞いてる?」
妹「・・・・・・」
妹「女子大生かな?」
兄「いや、もっと年上だろ。それにあの服装は大学生というよりむしろOLだな」
妹「やっぱり綺麗な女の人を見つけてはガン見してたか」
兄「まあ、目の保養になるからな」
妹「・・・・・・何でよ」
兄「何が」
妹「せっかくあたしがお兄ちゃんを慰めようとして一緒にいてあげてるのに」
兄「え?」
妹「・・・・・・何でお兄ちゃんはあたしだけを見てくれないの。そんなにあたしって可愛くない?」
兄「おまえちょっといつもとキャラ変わりすぎ」
妹「まあ、どうでもいいって言えばどうでもいいんだけどね。それにしたってくやしいじゃん。周りにいる無関係な女たちの方があたしよりいいんでしょ?」
兄「涙目のセリフなら可愛かったのに、いきなり冷静に言うなよ。萎えるじゃんか」
妹「そんなにさっきの女の人が好みだったの?」
兄「いやまあ、さっきから十人くらいは綺麗な女の人を発見してたけどね」
妹「好みの女を見つけるたびにじろじろと下心丸出しでガン見するなんて、気持ち悪いよ」
兄「そうじゃないんだなあ、これが」
妹「どう違うの」
兄「男ならみんなそうだろ。可愛い子を見かければじっと見る。電車の中で綺麗なお姉さんが隣に座れば、どきどきしてチラ見する。こんなの俺だけじゃないって」
妹「お兄ちゃんさあ、その」
兄「顔を赤くしてどうした」
妹「その、あたしがお兄ちゃんの最愛の人じゃなかったの」
兄「おまえは俺の最愛の女だぞ。おまえ以外に俺がここまで抱きたいと思い詰めた女はいないし、もっと言えばこの先の将来を共に手を取り合って進んでいきたいと決めた女はおまえだけなんだけど」
妹「声でかいって。聞かれちゃうでしょうが。もういい、もういいから。恥かしいからやめて」
兄「だっておまえが聞いたんじゃんか」
妹「それにしても、そんなにあたしのことがその・・・・・・・た、大切なら、何であたしと一緒にいるときまで他の女をぼけっと馬鹿面して眺めるのよ」
兄「おまえもたいがい口が悪いな」
妹「いいから答えろ」
兄「・・・・・・ふぅ」
妹「何でこれみよがしにいかにも疲れたっていう風なため息をつくの」
兄「おまえは男性の心理が根本的にわかってない」
妹「どういうこと」
兄「現代アメリカ文学の旗手と言われている作家、アーウィン・ショーが1930年代に発表した処女作なんだが」
妹「・・・・・・もういい。てか1930年代でも現代って言われるんだ」
兄「まあ聞けって。夏服を着た女たちというタイトルのスケッチ風の短編なんだけどさ。ある夫婦がニューヨークを散歩しているんだ。奥さんの方は旦那にラブラブで、旦那の方も奥さんが好き。それでも旦那は路上でいい女がすれ違うたびにその彼女たちをじっと見つめる。それも一人や二人じゃなく」
妹「ふんふん。それで」
兄「旦那のそんな様子に気がついた奥さんは当然のことながら嫉妬する。あたしが一緒にいるのに何で旦那は他の女の子に興味を持つのだろう。旦那が一瞬でも目を奪われた女の子と比べたってあたしは全然負けてないのに、何で旦那はあたしを見ずに知り合いでもない女の子を眺めるんだろうってな」
妹「それでそれで」
兄「(珍しく食いついてきたな)それで二人は軽い仲違いをして、奥さんは旦那から歩み
去っていく。そんな奥さんの後姿を、旦那は他の女の子を見ていたのと同じくらい熱心に
興奮して思わずガン見するんだ。何ていい女なんだろう、何て綺麗な脚なんだろうって」
妹「うーん。その心は?」
兄「街中で綺麗な女を目で追ってしまうのは浮気でも何でもなく、単なる男の本能だってことだな。だからその行為によって奥さんや彼女への愛情や関心が薄れているわけじゃない。その証拠に自分の奥さんのことだって熱心に見つめることができたんだからな。もちろん、俺の最愛な人であるおまえへの愛情もまたしかり」
妹「だから、最愛って言うな」
妹「それって解釈違くない?」
兄「何でだよ。これ以外にどう解釈の仕様があると言うのか。まさか、旦那は奥さんを嫌っているとでも言うつもりか。だいたい国語の偏差」
妹「偏差値のことは言うな!」
兄「ああ、はいはい」
妹「そうじゃなくてさ。好きの反対は嫌いじゃないって言うじゃない」
兄「好きの反対は嫌いで正しいだろ」
妹「嫌いっていうのは相手のことを引き摺っている感情だと思うな。だから、好きの反対は嫌いじゃないよ」
兄「珍しく議論で俺に反論してきたな。よし、いいだろう。その議論受けてやろう」
妹「お兄ちゃん、目が恐い」
兄「そんなことはどうでもいい。結論を言ってもらおうか」
妹「お兄ちゃんって議論に関しては負けず嫌いだよね。相手から論破されると自分の全存在を否定されたように考えちゃうタイプでしょ。自分への価値を議論にしか見出せてないんだね」
兄「むしろ俺は議論よりも、そういうおまえの言葉に自分の存在意義を否定された気がするぞ」
妹「好きの反対は無関心だよ」
兄「え?」
妹「思い出してみて? お兄ちゃんがこれまで告白してことごとく振られた相手のことを」
兄「おまえなあ・・・・・・隠していたのに何で知ってる」
妹「相手の子って、お兄ちゃんを振った後だって別にお兄ちゃんを嫌ったりしなかったでしょ。むしろ、お兄ちゃんに対してはそのへんの虫けらを眺めるように無関心なうつろな視線を向けるだけで」
兄「・・・・・・俺さ、確かにおまえをネタにオ○ニーしたけど、それ以外におまえにひどいことなんか何一つしてないのにさ。何でおまえはそんなに俺を傷つけたがるんだ」
妹「ご、ごめん。あたし、そんなにお兄ちゃんが傷つくなんて思わなくて」
兄「振られたことだってトラウマになるくらい、PTSDで精神科に通おうかと思ったくらい悩んだのに(あ、あの子可愛い。セーラー服がよく似合っているな)」
妹「おいこら」
兄(妹と同じ高校の制服だな。やっぱお嬢様校だけあってどことなく気品がある。何年生くらいかな)
妹「あたしの方見ろって」
<妹の友だちって何か萌える響きだな>
兄「あ、ああ。見てるし聞いてるぞ」
妹「聞いてたかどうかはわからないけど、見てたのはあそこにいる高校生の女の子でしょうが」
兄「まあそうだけど」
妹「まあ、いいや。お兄ちゃんの言うその小説の解釈はそれで決まりだね」
兄「どう決まったんだよ」
妹「奥さんへの愛情は薄れてはいないって言ってたけど、思い切り薄れてんじゃん」
兄「何で? 旦那が奥さんを綺麗だなあってガン見するとこで終ってんだぞ。これは奥さんにまだ愛情とか関心がある証拠だろ」
妹「旦那の方は他の女の子と同列な感情で奥さんの後姿とか足を眺めたんでしょ? それはもはや無関心だよ。つまり旦那の方にはもう奥さんへの愛情はなかったってことじゃない」
兄「うん? 言われて見れば結構説得力がある解釈だな。偏差」
妹「だから偏差値のことは言うなと」
兄「確かにそう言う解釈も成り立つな。奥さんを特別な存在ではなくて他の女たちと同じレベルで綺麗だと思う。脚がスラットして綺麗だと考える。つまり他の女たちと同じ位相で奥さんのことも記号化してしまっているということか。これはまさしくまさしく無関心」
妹「お兄ちゃんが何言ってるかわからないけど。要するにお兄ちゃんはあたしに対する特別な愛情をなくして、他の女の子と同じレベルでしか見ていないってことだね」
兄(・・・・・・あの子可愛いな。清楚だし間違いなく処女だろう)
妹「死ね」
兄「言葉遣いを何とかした方がいいぞ。おまえだってせっかくお嬢様の集う女子校に通っているというのに」
?「妹ちゃんだ。妹ちゃーん」
妹「妹友ちゃん」
妹友「わあ、偶然だね」
妹「そうだね。今、帰り? 部活終ったの」
妹友「うん。今日はミーティングだけだったから。それよか今日はお家の事情で部活休んだんじゃなかったの」
妹「え。ああ、そうなの」
妹友「じゃあ、何でまだこんなとこにいるの」
妹「そ、それはさ」
兄「こんにちは~。妹の兄です」
妹「げ! 何話しかけてるのよ」
兄「妹の友だちって何か萌える響きだな」
妹「黙れ!」
妹友「あ。こ、こんにちは。妹ちゃんの同級生の妹友です。初めまして」
兄「初めまして。いつも妹がお世話になってます(たまたま見かけて可愛いなあって思ってガン見していた子が妹の友だちとは)」
妹友「ああ。妹ちゃんのお兄さんですか。こちらこそ妹ちゃんにはいろいろお世話になってます」
妹「こんなやつにあいさつしなくていいから」
妹友「こんなやつって」
兄「こんなやつって」
妹「いいからお兄ちゃんは黙ってて」
兄「・・・・・・」
妹友「なあんだ。妹ちゃんの用事ってお兄さんと一緒に帰ることだったのかあ」
妹「違うよ」
兄「違うのか」
妹友「違うの?」
妹「違うって」
兄「だって明らかに俺の学校の校門前で俺を待っていて、しかも俺が来るのが遅いって怒ってけど、なんだ、あれてって待ち合わせじゃなかったのか」
妹「だ か ら あ ん た は 黙 っ て ろ」
妹友「じゃ、じゃあ。家の用事を邪魔したら悪いしあたしはこれで」
兄「ぷ・・・・・・って痛え」
妹「じゃあまた明日学校でね。妹友ちゃん」
妹友「うん。お兄さん失礼します」
兄「またね」
妹「またねって言うな。会ったばっかなのに図々しい」
妹友「ふふ。妹ちゃんもお兄さんもまたね」
兄(可愛い)
妹「あたし、先に帰る」
兄「何で?」
妹「何でも。じゃあね」
兄「おい、待てって。せっかく迎えに来てくれたのに何でだよ。しかも行く先は完全に同じ家なのに」
兄(早足で駅の構内に行っちゃった)
兄(妹の後ろ姿)
兄(小柄だけどすらっとして華奢な背中のライン)
兄(制服のスカートから覗く細い脚)
兄(胸が切ない。やっぱあいつは今日ガン見したどの女の子よりも可愛いな)
兄(記号化されてなんかいないし。妹の読解力はやっぱりまだまだだな)
兄(期せずして自分の小説の解釈が正しいことを身をもって再体験してしまった。これも俺の最愛の妹のおかげかな)
兄(妹を追いかけよ)
<妹の彼氏に嫉妬するなんてありえなくね?>
兄(夕食どころか朝食まで何の用意もなかったな)
兄(そんなに怒ることか? 妹と一緒にいたときに他の女の子を気にしたことは確かだけどさ)
兄(だからって俺が妹をガン見したらしたで、気持ち悪いって言って切れるくせに)
兄(それにしても昨日妹が一人で俺を置いて帰っちゃってから、一度もあいつと会話してない。というか顔すらあわせていない)
兄(よく考えてみれば、こんな危機的な状況は生まれてから初めてじゃないかな)
兄(何か寂しいな。アーウィン・ショーの短編なんか引き合いに出すべきじゃなかったかな。たとえキモイと罵倒されようと素直に妹の可愛らしい肢体だけを舐めるようにガン見すべきだったのかもしれないな)
兄(たかが昨日の夕方から妹に会えないだけで、何でこんなに動揺しているんだろうな、俺)
兄(あ、あの女の子の後姿、すらっとしてていいな。スカートから覗く脚も白くて細くて)
兄(・・・・・・あの子とお近づきになりたい。かといって声をかける勇気はないし)
女「何か背後から嫌らしい視線がすると思えば」
兄「え?」
女「やっぱりあんたか。登校時間に女の子の身体を嘗め回すような変態は誰かと思えば」
兄「げ。おまえか」
女「げって何よ」
兄「・・・・・・いや、何でもない(後姿だけ見ればこいつだって美少女なのに。もったいない)」
女「もしかして寝不足? すごい情けない顔してるよ」
兄「ほっとけ」
女「前からいつも情けない表情だと思っていたけど、今日は特にひどいね。何かあった?」
兄「だからほっといてくれって」
女「・・・・・・」
兄「何だよ」
女「妹ちゃんと喧嘩でもした?」
兄「何でそう思う」
女「何となく」
兄「別にそんなんじゃねえよ」
女「何かあったんだね。正直にお姉さんに言ってみ?」
兄「誰がお姉さんだ誰が」
女「で? 何があった」
兄「・・・・・・」
女「・・・・・・」
兄「いや。特には何も」
女「何があった?」
兄「・・・・・・いや」
女「なるほどね。あんたって心底からバカだな」
兄「何でそうなる」
女「妹ちゃんはその妹友って子にやきもち焼いてるに決まってるじゃない」
兄「あ?」
女「あ、じゃねえよ」
兄「前にさ、俺が好きな女は妹だといったとき、おまえドン引きしてたじゃないか」
女「うん。正真正銘実の妹が好きな兄貴なんて気持ち悪いわ」
兄「まあ、そういう反応は十分に予測内なのでその程度で動揺したりはしないけどな。それよりも、そんなことでどうして俺の最愛の妹が嫉妬するとかって結論になるのだ」
女「最愛な妹とかキモイんですけど。聞きたい?」
兄「・・・・・・聞きたい、かな」
女「自分でもわかってるんじゃないの? 本当は。それでも禁断の近親相姦の道を目指すとはさすが筋金入りの妹スキーね」
兄「あんまり誉めないでくれ。照れるから」
女「・・・・・・本当に本気なの?」
兄「何が」
女「何がってさ。あんたマゾ? そんなにあたしに言わせたいの」
兄「俺が妹が好きなこと? 別におまえには隠してないじゃん。昨日カミングアウトだってしたし」
女「カミングアウトとかって真面目な顔で言うな。あんた、口調は軽いくせに話す内容は重過ぎる」
兄「まあ、そんなにマジに取るな」
女「まあ、いいか。これ以上あんたなんかの悩みに深入りする気なんかない・・・・・・ってあれ」
兄「あれって何だよ」
女「何でもない。つうか、何でもない・・・・・・」
兄「おまえ、何言って。って、あれ?」
兄「・・・・・・」
女「・・・・・・」
兄「・・・・・・早く学校行こうぜ」
女「あれは単なる友だちだと思うな。登校中にたまたま出会って一緒に登校してるだけでしょ」
兄「・・・・・・そうだね」
女「そうだよ。だいたい、そんなに親密そうじゃないでしょ、妹ちゃんとあの彼って」
兄「何か恋人同士みたいだよな。妹のやつあの男にあんなにべったりと」
女「ああ、そうそう。妹ちゃんってまだ子どもだと思うな。きっと男の子に慣れてないから距離感とかがわかってないんだよ」
兄(そうは見えないなあ。寄り添って歩いている妹とあの男は恋人同士としか見えないじゃんか)
女「おい兄、大丈夫?」
兄(うちの妹に限って彼氏とかできるわけがない。そうだ、あれはたまたま登校中に出会った同級生なんだ)
兄(『よう妹じゃねえか』『あ、同級生君おはよ』『妹っていつも朝早いよな』『そんなことないよ。同級生君こそ朝練?』『まあな。学校まで一緒に行こうか』『別にいいよ』)
兄(まあ、こんなところだろう)
女「あのさ」
兄「・・・・・・うん?」
女「気にするなよ。妹ちゃんみたいな可愛い子がこれまで彼氏がいなかった方が不思議なんだしさ。いくらドン引きするほどのシスコンのあんただって兄貴なんだから、妹ちゃんが普通に正常な男女交際をしていた方が安心するでしょ」
兄「いや・・・・・・。それって考えすぎだろ、あれは単なるクラスメートだと思うよ」
女「クラスメート? 妹ちゃんって女子校じゃん」
兄「・・・・・・」
女「何とか言えよ」
兄「ああ」
女「まさか本気で落ち込んでるの?」
兄「ああ・・・・・・。割と本気で」
女「妹の彼氏に嫉妬するなんてありえなくね?」
兄「・・・・・・」
女「・・・・・・本気で妹ちゃんのこと好きなの?」
兄「・・・・・・うん」
女「ちょっと言い過ぎた。ごめん」
<シチュエーション萌えしているだけじゃないんですか?>
兄(卒業式典の予行練習しかなかったから、学校はすぐに終ってしまった)
兄(みんなは卒業を前にして名残惜しいのかなあ。せっかく学校が早く終ったんだからさっさと帰えればいいのに)
兄(俺も早く帰ろう・・・・・・って、家に帰って妹に顔を合わせるのはとてもつらい)
兄(かといってこのまま教室に残っていれば、そのうち女が俺のことを心配する振りをして俺をからかいに来るかもしれないし)
兄(そんなことないか。あいつは今日は兄友とデートだろうけどな)
兄(何というか卒業前のクラスの生温い馴れ合いの雰囲気に、今はは耐えられそうにない)
兄(俺は傷心なのだ)
兄(家に帰るのは嫌だけど、とりあえず学校を出るか)
兄(・・・・・・・)
兄(あのとき、妹が男に寄り添って、男の方を見上げて優しく微笑んでいた)
兄(あの微笑みって俺に悪口を言ってたとき、最後にいつも仲直りするように俺に見せてくれた笑顔と同じだったような気がする)
兄(・・・・・・頭の中に何にも浮かばねえな。気の聞いたセリフとかこういうときこそ出すべきだろう)
兄(自虐ネタというのは本来妹とか女に対してではなく、こういうときこそ自分に対して言うべきものなのにな)
兄(・・・・・・帰ろうかな)
妹友「こんにちは~。お兄さん」
兄「・・・・・・はい?」
妹友「こんにちは」
兄「はあ」
妹友「こんにちは」
兄「・・・・・・こんにちは」
妹友「昨日は妹ちゃんとのデートを邪魔しちゃってすいませんでした」
兄「はい?」
妹友「今、ちょっと時間あります?」
兄「はい?」
妹友「ちょっとお話しませんか」
兄「・・・・・・わざわざ校門前で待っていてくれたの?」
妹友「はい」
兄「えと~」
妹友「行きましょ。駅までは一緒に帰れますよね」
兄「はあ(何なんだ)」
妹友「・・・・・・」
兄(お話しませんかと誘われたわりには何も話しかけてこない)
兄(女の子に無視されるのは慣れているけど、自分から誘っておいて無視はねえだろ)
兄(だいたい、今は最愛の妹の浮気についてじっくりと考えかつ悩むべきであって、いくら可愛くても綺麗でも、そして胸がときめいていたとしても、妹友ちゃんと一緒に帰る気になんてならねえよ)
妹友「お兄さん」
兄「うん(そこでにこっと微笑むなよ。突然だったから胸がときめいちゃったじゃないか)
兄(あやうく妹の浮気を責めるどころか自分が浮気してしまうところだった)
妹友「お兄さん?」
兄「何?」
妹友「お兄さん、何か悩んでいるみたい」
兄「べ、別に」
妹友「・・・・・・」
兄「何でそんなこと言うのさ」
妹友「ひょっとしたら、お兄さん目撃しちゃいましたか?」
兄「・・・・・・何を」
妹友「今朝、初めて妹ちゃんと彼氏が一緒に登校したんですけど、お兄さんもしかして」
兄「・・・・・・彼氏?」
妹友「はい。前から彼氏の方から妹ちゃんが好きだって相談されていたんで、妹ちゃんに彼氏の気持ちを伝えたんですね」
兄「そ、そうだったんだ」
妹友「はい。それで、しばらく妹ちゃんは煮え切らなかったんですけどね。その間、生殺しみたいで彼氏も気の毒で」
兄「それで?」
妹友「何か急に昨晩妹ちゃんから連絡あって、友だちからなら付き合ってみてもいいよって」
兄「・・・・・・そう」
妹友「それで急きょあたしがセッティングして、二人を待ち合わせさせて今朝、一緒に登校させたってわけです」
兄「・・・・・・」
妹友「お兄さん?」
兄「うん?」
妹友「余計なことしてごめんなさい」
兄「何で俺に謝るの?」
妹友「お兄さんって妹ちゃんが好きでしょ」
兄「・・・・・・何言って」
妹友「好きでしょ」
兄「ま、まあ」
妹友「それが間違っていると思います」
兄「え?」
妹友「お兄さんが好きなのは妹ちゃん個人じゃなくて、一般的な兄妹関係における妹に萌えているだけだと思います」
兄「・・・・・・何言ってるのかわからねえんだけど(自分でもよくわからんけど、何かちょっとムカッとしたぞ)」
妹友「お兄さんって、妹ちゃん自身が好きなんではなくて自分の妹というステータスを身にまとった抽象化され、記号化された妹に惹かれてるだけなんじゃないんですか?」
兄「厨ニ病的な内容全開だし、初対面に近い男に言うことかよ、それ」
妹友「お兄さんが好きなのは生身の妹ちゃんじゃない。お兄さんは実の妹に恋するというラノベみたいな状況に、そういう現実的じゃないシチュエーションに萌えているだけじゃないんですか?」
別にそれは妹ちゃん本人じゃなくても『妹』というラベルが貼ってあれば誰でもいいんじゃないですか?
例えばそれがあたしでも。
妹友はそう言ってにっこりと笑った。
<お兄ちゃん、何で不機嫌なのよ!>
妹「おかえり」
兄「・・・・・・」
妹「何で返事しないのよ。しかも何か不機嫌そうな顔してるし」
兄「ただいま」
妹「何食べたい?」
兄「何で?」
妹「何でって、今日もパパとママが帰って来ないからさ。いくらあたしでも二晩連続してお兄ちゃんにカップラーメンを食べさせるほど鬼じゃないし」
兄「・・・・・・」
妹「ねえ。お兄ちゃん、何で不機嫌なのよ」
兄「・・・・・・」
妹「何で何にも喋らないの? ひょっとして、昨日あたしを無視して他の女の子を見ていたことであたしが怒っているとかって悩んでる?」
兄「・・・・・・」
妹「そうなんだ。全く何キモイこと考えているのよ。お兄ちゃんがどの女の子を眺めたって本気であたしが気にしたりするわけないじゃん」
兄「そうか」
妹「そうだよ・・・・・・ねえ。本当にいい加減にしようよ。あたしは別に気にしてないから仲直りしよ?」
兄「別に気にしてなんかねえよ」
妹「え」
兄「おまえにだって一緒にいちゃいちゃと登校する彼氏もできたようだし、俺なんかと仲良くしすぎたらそいつに嫉妬されちゃうぞ」
妹「え・・・・・・」
兄「俺、今日は風呂入って寝るわ」
妹「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん」
兄「俺のシャツを掴むなよ。切れちゃうだろうが
妹「だって・・・・・・あ」
兄「携帯鳴ってるぞ」
妹「行かないで。電話切るから」
兄「出ればいいじゃん」
妹「はい・・・・・・。ああ、彼氏君? ごめん、いまちょっと電話できない。またメールするから」
妹「だから、後でメールするって。違うよ、そうじゃないって。あ、お兄ちゃん待って」
兄「風呂行く。じゃあな、お休み」
妹「待ってよ・・・・・・え? 違うよ、今のは君に言ったんじゃないの。ごめんね、もう切るから」
妹「お兄ちゃん」
兄「彼氏に電話してやったら?」
妹「なんで・・・・・」
<こういうのもNTRって言うのかな>
兄(NTRという分野の作品がある)
兄(小説とかアニメとかドラマとか、もっと言えば2ちゃんのコピペでも確立されたジャンルと言えよう)
兄(俺、あれ嫌いなんだよな。何かむずむずしてカタストロフィーのない決着のつかないイライラ感しか感じないし)
兄(だけど今の俺の感情はNTR物のコピペを読んだ後のそれと同じだ)
兄(・・・・・・何か胃の下あたりが持ち上がってきて胸を締め付けるような嫌な感覚)
兄(だが、待て。確かに俺が妹のことが好きなことは自他共に認めているところだが)
兄(どう考えてもそれは一方通行で片道切符な恋愛感情なんだよな)
兄(つうことは、妹は俺のことなんかせいぜい良くても仲良く喧嘩できる兄貴としか見ていないわけで)
兄(こういう状況もNTRって言うのかな)
兄(俺と愛しあっているわけでも何でもない妹相手じゃ、NTRなんか成り立たないじゃないか)
兄(寝取られでさえないのか。じゃあ、これは単なる片想い野郎の失恋感情だということだな)
兄(なるほど。いろいろ辛いことは確かだけど、こうやって自分の状況と感情を分析してみると少しは気持ちが楽になるな)
兄(・・・・・・あれ)
兄(だけど、あの時女は言ってたな)
女『なるほどね。あんたって心底からバカだな』
兄『何でそうなる』
女『妹ちゃんはその妹友って子にやきもち焼いてるに決まってるじゃない』
兄『あ?』
女『あ、じゃねえよ』
兄(あんなやつが適当に言った言葉なんか信用できないことは確かだが)
兄(・・・・・・それにしても、女は何で妹が妹友に嫉妬したなんて考えたんだろうな)
兄(妹も俺のこと気になっているのかな。恋愛的な要素ではないにしても)
兄(さっきは彼氏の電話を無理矢理終らせてでも俺のことを引き止めたいように見えたし)
兄(自分に都合いい推論かもしれないが、とりあえず仮説として考えてみよう)
兄(仮に妹が俺のことをどういうわけか気にしているとする)
兄(そう考えるとさっきの妹は俺と話したくて、あと彼氏と携帯で話しているところを俺に見られたくなくて、彼氏との電話を即切りしようとした)
兄(うーむ)
兄(・・・・・・あれ?)
兄(視点を変えるとこれはこれでNTRが成立しそうだな)
兄(彼氏の視点に立ってみれば、せっかく彼女に電話したのに他の男のことを気にしている妹に電話を切られたんだからな)
兄(必死で俺に話しかけていた妹の声も届いていたかもしれないし、彼氏にとっては正しくNTRだったのかもしれん)
兄(・・・・・・)
兄(何か不公平だな。何で妹ごときの勝手な行動によって俺とその彼氏がNTRされたようなショックを受けなきゃならんのだ)
兄(自分のことを好きな男二人を手玉に取っているのは妹じゃねえのか)
兄の妄想
燃えさかる男二人の嫉妬の炎を前にして高らかに笑う妹
『おーほっほっほ。悩むがいい。惑うがよい。この汚らわしき男どもめ! わらわに愛されようなどと百万年早いわ』
兄(・・・・・・でも、さっき妹は泣きそうになって俺を引き止めていたしな)
兄(やめやめ。もう寝よう。だいたい実の妹に恋したって本気で報われるなんて思ってたわけじゃねえし)
兄(・・・・・・じゃあ、何で俺妹スキーを公言してたんだろう)
兄(そういや妹友ちゃんが言ってたことって)
<妹友の呪縛>
妹友『お兄さんが好きなのは妹ちゃん個人じゃなくて、一般的な兄妹関係における妹に萌えているだけだと思います』
兄『・・・・・・何言ってるのかわからねえんだけど』
妹友『お兄さんって、妹ちゃん自身が好きなんではなくて自分の妹というステータスを身にまとった抽象化され、記号化された妹に惹かれてるだけなんじゃないんですか?』
兄『厨ニ病的な内容全開だし、初対面に近い男に言うことかよ、それ』
妹友『お兄さんが好きなのは生身の妹ちゃんじゃない。お兄さんは実の妹に恋するというラノベみたいな状況に、そういう現実的じゃないシチュエーションに萌えているだけじゃないんですか?』
兄(最近の女子高生は恐い。しかもお嬢様学校の生徒なのに、あんな穿った見方ができちゃうだもんな)
兄(そうなのかな。俺って妹本人が好きなんじゃなくて、実の妹に恋する俺っていうシチュエーションにはまってただけなんだろうか)
兄(まあ、有名なセリフがあるよな)
兄(「あたしはお兄ちゃんだから好きになったわけじゃない。本気で好きになった男の人がたまたまお兄ちゃんだっただけだよ」)
兄(俺の妹萌えがシチュエーション萌えだとすると、このセリフとは対極な感情だよな)
兄(ちょっと対極のセリフを考えてみよう)
兄(「俺はあいつが自分の妹だったから好きになったんだ。別に妹本人のことを本気で好きになったわけじゃない)
兄(うーん)
兄(こうしてセリフにしてみると結構最悪だな。とても他人には相談できん)
兄(それにしても、ごめんお兄ちゃんって泣きながら俺の部屋に来るはずの妹は全然来ないな)
兄(さっきの件で本気で嫌われたんだろうか)
兄(・・・・・・眠れねえ)
兄(ひょっとして妹は彼氏と話でもしてるのかな)
兄(さっきの電話の言い訳をしてるとか。でも、あの対応の言い訳するのって大変そうだな。彼氏もショックだったろうし)
兄(さっきの妹の対応に彼氏がどう感じていたか脳内でシミュレートしてみるか)
兄(いや、無意味だ。それよりさっさと寝た方がいい。つっても大学に合格した今となっては明日もろくに授業はないんだけど)
兄(少しだけ想像力を使ってみるか)
<逆の視点で再生>
兄の想像
彼氏(妹友さんを頼って正解だったな。かなり待たされたけど憧れの妹さんと今朝一緒に登校できたし)
彼氏(友だちからって言ってたけど、俺が本気になれば妹さんも俺に惚れてくれるはず)
彼氏(ここまできたら時間の問題かもね。そうだ、まだそんなに遅い時間じゃないし。今日ゲットした妹さんの携番に電話して見るか。メールもいいけど、あの可愛い声を間近で聞きたいしな)
彼氏「いきなりごめんね。彼氏だけど」
妹『はい・・・・・・。ああ、彼氏君? ごめん、いまちょっと電話できない。またメールするから』
彼氏「え? ちょっとだけ話せない?」
彼氏(何だよ。いきなり電話できないって)
妹『だから、後でメールするって』
彼氏「ちょっとでいいんだけど。それに何で慌ててるんだよ。まさか浮気じゃないよな
(ちょっとしたジョークで妹ちゃんを笑わせてやろう)」
妹『違うよ、そうじゃないって。あ、××ちゃん待って』
彼氏(なんだか本気で慌ててるんですけど。それによく聞こえなかったけど、××ちゃんって誰だよ。しかも追いすがるように待ってとか言っちゃってるし)
彼氏「待ってってどういうこと? 俺ならいつまでも君を待ってるのに(いったい誰と話してるんだよ)」
妹『え? 違うよ、今のは君に言ったんじゃないの。ごめんね、もう切るから』
彼氏「浮気してるのかよ? 初日から俺のことコケにしてるのかよ。××って誰だこのくそビッチ」
彼氏(って、電話切れてるし)
兄(こんな感じかな)
兄(彼氏にとっても結構きついな、これ。正直、俺とそう変わらないくらいショックを受けたかも知れん)
兄(そう考えると少し気が楽になってきた。別に妹が俺のことを好きだということじゃないにしても、あいつの彼氏が悩んでいるならそれはそれで嬉しい)
兄(あいつにとってみればこれはこれで、十分にNTRだもんな)
兄(俺って性格悪いな。今にして気がついたわけじゃねえけど)
兄(今日はもう寝るか)
兄(それにしても妹は来ねえな)
兄(ごめんお兄ちゃんって泣きながら俺の部屋をノックするはずだったのに)
<視点を変えてみれば>
兄(起きて階下のダイニングに行ったらもう妹はいなかった)
兄(どうやら本当に兄妹関係の破局が来たのかな)
兄(とりあえず登校しよう。学校に行ってももうろくな授業はないんだけど)
兄(この駅から電車に乗るのもあと半月か)
兄(このまま妹と仲直りしないまま引越しするのかな)
兄(・・・・・・)
兄(昨日想像した彼氏の気持ちって結構生々しかったな。事実がどうかはともかく)
兄(そういや昔、妹系のコピペを読んだときは素直に感動したんだけど)
コピペの妹『お兄ちゃんは、何であたしにこんなに優しくしてくれるの? プレゼントをくれたり遊びにつきあってくれたり』
コピペの兄『何でって・・・・・・。おまえは大切な俺の妹だからな。情けない兄だけどさ、母さんが亡くなってから仕事で遅い父さんが当てにならないんで、二人で協力して何とか暮らしてきたんじゃないか。おまえは大事な戦友だよ』
コピペの妹『お兄ちゃん・・・・・・』
コピペの兄『俺はおまえに感謝してるんだよ! こんなだらしない俺をおまえは支えてくれた。俺が大学に行けたのだって就職できたのだって、全部おまえのおかげだよ』
コピペの妹『だって。じゃあ、何で最近まであたしのことを無視してたのよ! あたし寂しかったのにお兄ちゃんは滅多に家に帰って来ないし、帰ってきてもあたしの相手をしてくれなかったじゃない!』
コピペの兄『泣くなよ。だってしようがないじゃんか。おまえには○○君っていう彼氏がいるんだぞ。今さら俺が兄貴面しておまえと並んで歩けるかよ。俺だって悩んだし辛かったんだよ!』
コピペの妹『お兄ちゃん?』
コピペの兄『何だよ』
コピペの妹『もしかして。もしかしてだけど、お兄ちゃんあたしのこと好き?』
兄『・・・・・・ああ。好きだよ。文句あるか? 気持ち悪いって笑ってくれてもいい。俺はおまえのことが一人の女性として好きなんだよ!!!』
コピペの妹『やっと言ってくれた。嬉しい。あたしもお兄ちゃんが大好き』
コピペの兄『おまえ、彼氏君はどうするの』
コピペの妹『お兄ちゃんは心配しないで。彼氏君には本当に悪いことしたけど、あたしはもう自分の気持を偽れない』
コピペの兄『妹』
コピペの妹『お兄ちゃん。もうあたしのことを離さないで』
兄(つうストーリーだったな、確か。今思い出しても泣きそうなほど素晴らしい話だった)
兄(ここで終ったんだけど、今にして思えば彼氏には何の罪も落ち度もないんだよな。この後彼氏は妹に振られてどういう感情を抱いたんだろう)
兄(視点を変えてみたらどうなるのか)
兄(このシチュエーションでNTR物のコピぺ風に想像してみよ)
彼氏(何かおかしい。付き合い出してからあれだけラブラブだった俺と妹なのに)
彼氏(今日もキスしようとしたら拒否された。唇が荒れてるからごめんねって妹は言っていたけど)
彼氏(今日だってせっかくの休みなのにデートに誘ったら断られた。女友だちと映画に行く約束をしたからって言っていたけど。最近、何か妹って俺に冷たくねえか)
彼氏(妹を信じたいけど、やはり心配だ。よし、突然妹の家に行ってみよう。あいつはアパート暮らしだけど、一応俺、合鍵もらってるから)
彼氏(妹の部屋の前まで来たけど。何か男の声が聞こえる・・・・・・)
男の声『泣くなよ。だってしようがないじゃんか。おまえには○○君っていう彼氏がいるんだぞ。今さら俺が兄貴面しておまえと並んで歩けるかよ。俺だって悩んだし辛かったんだよ!』
彼氏(え? つうか○○って俺のこと?)
妹の声『お兄ちゃん?』
男の声『何だよ』
妹の声『もしかして。もしかしてだけど、お兄ちゃんあたしのこと好き?』
男の声『・・・・・・ああ。好きだよ。文句あるか? 気持ち悪いって笑ってくれてもいい。ずっと黙っていたけど、俺はおまえのことが一人の女性として好きなんだよ!!!』
妹の声『やっと言ってくれた。嬉しい。あたしもお兄ちゃんが大好き。小さな頃からずっとお兄ちゃん以外の男の人を好きになれなかったの』
男の声『おまえ、彼氏君はどうするの』
妹の声『お兄ちゃんは心配しないで。彼氏君には本当に悪いことしたけど、あたしはもう自分の気持を偽れない』
彼氏(・・・・・・はい? 俺に大好きって言ったのは、俺に抱かれて喘いでいたのは、全部嘘?)
男の声『妹』
妹の声『お兄ちゃん。もうあたしのことを離さないで』
彼氏(ま、まさか。妹に浮気されてたなんて。しかも相手はは実の兄? というか)
彼氏(お兄ちゃん以外の男の人を好きになれなかったって。俺はいったい)
兄(うわー。最悪。これって最悪のNTRじゃんか。しかも相手が実の兄ってどうよ。ドン引きだわー。この彼氏もかわいそうだな)
兄(・・・・・・)
兄(同じ状況のコピペなのに視点を変えればずいぶん印象も変わるんだな)
兄(俺もよく考えないといけないな)
<お兄ちゃんって呼んでいいですか>
妹友「おはようございます」
兄(いったい俺は寝取られたのか寝取ったのか)
兄(俺は神の視点にしまったのかもしれない。自分の無駄に優秀な洞察力を恨みたい気分だ)
妹友「お兄さん? おはようございますってば」
兄(よりによって俺の恋のライバルである彼氏なんてやつに共感してしまうとは)
兄(・・・・・・俺って、妹にとってどんな存在なんだろ)
兄(妹ネタでオ○ニーまでしている俺を罵りながらも許容してくれる妹)
兄(ひょっとしたら母性愛みたいな義務感で俺と接してくれていたのかな、妹は)
兄(両親が多忙で滅多に家にいないから、しっかりしている妹にそういう気持ちが生まれたって不思議はないよな)
妹友「・・・・・・わっ!」
兄「な、何だ? 耳元で大声が」
妹友「おはようございいます」
兄「おはよう」
妹友「何であたしを無視したんですか。お兄さん」
兄(ちょっと恐いこの子)
兄「ああ、ごめん。ぼうっとしてて気がつかなかった」
妹友「ふーん」
兄「つうか、何でいるの?」
妹友「何でって、お兄さんと一緒に登校しようと思って」
兄「何で?」
妹友「もう答えましたよ? 頭沸いてるんですか」
兄(こいつも見た目は可愛いくせに妹と同じで口が悪いな)
兄「何で一緒に登校する必要があるんだって聞いてるんだよ」
妹友「主に罪悪感からですね」
兄「はい?」
妹友「罪悪感って単語、まだ習っていませんか? 解説しましょうか」
兄「そうじゃねえよ。何でおまえが罪悪感なんて感じてるんだって聞いてるの」
妹友「妹友ちゃんと彼氏の間を取り持ったのはあたしですから」
兄「え」
妹友「そのこと自体には全く後悔はしていないんですけど、ただ、お兄さんがそのために妹ちゃんと一緒に過ごす時間が減ったためにへこんでいることは、さすがのあたしでも理解できますし、ちょっと気にもなります」
兄「何言ってるんだ。俺は別にへこんでねえっつうの」
妹友「隠しても駄目ですよ、お兄さん」
兄「だからそうじゃねえよ」
妹友「お兄さんのこと、お兄ちゃんって呼んでもいいですか」
兄「・・・・・・・頭沸いてるの?」
妹友「ずいぶんとひどいことを言いますね」
兄「最初にこの言葉を口に出したのはおまえの方だ」
妹友「・・・・・・そんな、いきなりおまえだなんて。最初は君とかから始めたほうがよくないですか」
兄「黙れ。いったい何でお兄ちゃんと呼びたいのか説明しろ。俺と妹のことをからかうつもりだったら二度と君とは話をしない」
妹友「何で君? おまえじゃなかったんですか?」
兄「黙れ」
妹友「じゃあ、これからもお話できますね。あたしにはお兄さんをからかう意図なんて一ミリだってありませんから」
兄「じゃあ、何で妹と同じ呼び方で俺を呼びたいんだよ」
妹友「決まってます。お兄さんは妹ちゃん萌えじゃなくて、自分の実の妹に恋しているお兄さん自身萌えですから」
兄「わかりづらいが、まあわかった。でも・・・・・・仮にそうだとしても妹友には関係ないだろ」
妹友「関係はありますよ」
妹友は今まで浮かべていた薄笑いをひっこめて、どういうわけか急に真面目な目で俺を
見つめた。情けないことに年下の女の子の視線に俺は怯んだ。
「お兄ちゃんって呼べばあたしのことを意識してもらえるかもしれないじゃないですか」
妹友は真面目な顔でそう言った。
「何のために俺に意識させたいの」
「お兄さん、じゃなかった。お兄ちゃんのことが大好きだからですよ。妹ちゃんなんかにお兄ちゃんは渡しませんからね」
彼女は俺の手を握った。妹の手に比べるとそれは酷く冷たい手だった。
<そんなこと法律に書いてあるんですか>
兄「あのさあ」
妹友「何ですか? お兄ちゃん」
兄「お兄ちゃんって言うのよせ」
妹友「嫌です」
兄「俺のことをお兄ちゃんって呼べるのは世界で一人だけなんだよ」
妹友「そんなルールってどこで決まってるんですか」
兄「どこでって」
妹友「条約ですか」
兄「え?」
妹友「法律ですか、施行令?、それとも施行細則かな。条例とか施行規則?」
兄「法制度に詳しいんだね」
妹友「それともまさか自分で勝手に決めたルールなんですか」
兄「悪いかよ。俺のことをお兄ちゃんと呼ばせるのは妹だけだ。自分のことだから自分で決めただけだ。だからおまえはお兄ちゃんと呼ぶな。どうしてもそう呼びたいなら他の男を探してそいつのことをそう呼べばいいだろ」
妹友「・・・・・・また、あたしのことをおまえって呼んでくれましたね」
兄「いや、そんなことはどうでも」
妹友「それにお兄ちゃんなんて呼び方、あたしにとっては日常茶飯事で、単に誰かをお兄ちゃんと呼びたいだけなら他の人を見つける必要なんてないんです」
兄「どういう意味?」
妹友「あたしにも兄がいますから。いつもお兄ちゃんって呼んでますよ? 兄のこと」
兄「兄貴がいるのかよ・・・・・・」
妹友「そんなに意外ですか?」
兄「だからお兄ちゃんはよせ。いや、考えてみれば兄貴がいるなんて別に珍しいことじゃないか」
妹友「そうですよ」
兄「いや、だったら自分の兄貴に迫ればいいんじゃね? 何も友だちの兄貴に告んなくても」
妹友「あなたもしかしてバカですか?」
兄「お兄ちゃんと呼ばなくなったのはいいけど、バカはねえだろ。せめて苗字で呼んだって・・・・・・呼び捨てでもいいから」
妹友「あたし、バカな人は嫌いです。せっかくのあたしの恋心を否定するような言動はつつしんでいただきたいです」
兄「はあ?」
妹友「あたしはお兄ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんが好きなんです。何でそんなことも理解できないんですか」
兄「ちょっと待て。混乱してきた。俺じゃなくて俺が好きなのか。ってどういう意味?」
妹友「世界には兄と妹なんて数え切れないほどいるわけですけ、その兄と妹の全員が異性的な恋愛感情を持っているとでも思っているのですか」
兄「そんなわけねえだろう。妹スキーな俺みたいな兄なんて、性的なマイノリティーなくらいは理解しているるもりだ」
妹友「何でそこで誇らしげな態度に出れるのか理解できませんが、わかっているのならまあいいでしょう。世間の兄妹のほとんどはお互いに恋愛感情を抱いたりはしません」
兄「だからそれは理解しているって」
妹友「それならわかるでしょう。あたしは自分の実のお兄ちゃんになんてこれっぽっちも恋愛感情はないのです」
兄「お前がそう思うのならそうなんだろう」
妹友「・・・・・・お前ん中ではな」
兄「何? 少年ファイト好きなの?」
妹友「何でもありません。そんなことより、あたしには実のお兄ちゃんには恋愛感情はないことは理解していただけましたか」
兄「おまえになくてもおまえの兄貴にはあるかもしれないじゃん。おまえに対する欲求が。たまに夜寝る前にパジャマ姿のおまえを見つめている兄貴の刺すような視線とか感じたことがあるだろ? あるいは両親が留守の晩に執拗におまえと一緒にいようとする兄貴の姿とかを見て怯えた夜だってあるんじゃないか?」
妹友「・・・・・・何で息が荒いんですか? それとも本当にそんなことを妹ちゃん相手にしてたんですか」
兄「・・・・・・あ、いや。つい」
妹友「してたんですね」
兄「まあ、妹のことは本気で愛しているからね」
妹友「開き直りましたか。まあ、いいです。とにかくあたしだけでなくあたしのお兄ちゃんもあたしに対しては恋愛感情はありません」
兄「何で言い切れるんだよ。兄貴の妹への恋は本人にも誰に対しても隠して表に出さず悩むというのは基本だぞ」
妹友「それはよくわかります。とても人様に言えるようなことじゃないですからね」
兄「ま、まあそうだ」
妹友「でも、うちのお兄ちゃんは違います」
兄「何でそう言い切れる」
妹友「さっき話したじゃないですか。あたしが妹ちゃんと彼氏の仲を取り持ったって」
兄「うん、聞いた。正直余計なことをするなって思ったけど」
妹友「あたしも恋愛感情こそないですが、肉親に対する情はあります」
兄「はあ」
妹友「なので、お兄ちゃんが妹ちゃんが好きだとあたしに相談してきたときは、間を取り持つくらいはしたいと思いました」
<妹ちゃんは別にお兄ちゃんのことなんか好きじゃなかったんですね>
兄「じゃあ、妹の彼氏って」
妹友「あたしのお兄ちゃんですよ。お兄ちゃん」
兄「ややこしい呼び方はよせ。じゃあ、おまえが妹を誑かしておまえの兄貴の情欲に塗れた腕に俺の可愛い妹を引き渡したのか」
妹友「確かにあたしはお兄ちゃんとはそんなに仲良しじゃないですけど、知り合ったばかりのお兄ちゃんからあたしのお兄ちゃんのことを情欲塗れとかって言われる筋合いはありません」
兄「ややこしいな。おまえの呼び方は。これでは人称を差別化できないから俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのはよせ。最大限に妥協してお兄さんと呼ぶことは許してやるから」
妹友「嫌です」
兄「何でだよ。わかりづらいだろうが」
妹友「誰かを呼ぶのに人の指図は受けません。それとも法律とか・・・・・・」
兄「法律とかには書いてねえよ」
妹友「A cat may look at a king」
兄「わかった。それ以上言わんでいい」
妹友「あたしのお兄ちゃんは中学生だった妹ちゃんを最初に見たときから一目ぼれだったんですよ」
兄「妹とおまえの兄貴ってそんなに前から知り合いだったの?」
妹友「そうです。中一のとき、あたしと妹ちゃんが知り合って親友になって、そのうちうちに何度も妹ちゃんが遊びに来てくれたんですけど、そのころからお兄ちゃんは妹ちゃんのことが好きになったみたいです」
兄「おまえらって中一の時から友だちだったの?」
妹友「はい」
兄「全然知らなかったわ。つうかおまえと知り合ったのだって昨日だしさ」
妹友「それはあたしの責任ではありません」
兄「別におまえのせいとか言ってないだろうが」
妹友「あたしは妹ちゃんがいつ家に来ても構わなかったんですけどね。妹ちゃんの方は滅多に自分の家にあたしを誘ってくれなくて」
兄「何で?」
妹友「あたしだって妹ちゃんに誘われてお兄ちゃんの家に行ったことはあるんですよ」
兄「おまえと家で会ったことねえなあ。俺って帰宅部だし基本引きこもりなのにな」
妹友「妹ちゃんはいつも帰宅前にお兄ちゃんに電話するでしょ」
兄「確かにそういう習慣になってるな。親があまり家にいないんで自然にそういう習慣付いたんだよ。買物とかそういう都合でさ」
妹友「あたしが何気なく注意していると、妹ちゃんがあたしを自宅に招いてくれるのは、電話の結果お兄ちゃんが帰宅していないときに限っていることに気がついたのです」
兄「本当か」
妹友「本当です。あたしは自分のお兄ちゃんに妹ちゃんを紹介したというのに、妹ちゃんはお兄ちゃんをあたしに紹介しないばかりか、あたしに会わせないようにしていたのです」
兄(妹のやつ。バカだ。本当に。俺が妹友に心を奪われるとでも思って心配したんだろうけど。確かに妹友は可愛いけど、俺にとって一番可愛いのはおまえに決まってるというのに)
妹友「何で急ににやにやしてるんですか」
兄「いや。別に」
妹友「まあ、最初は妹ちゃんがお兄ちゃんとあたしを合わせまいとしているのかなって思ったんですけど」
兄「ああ」
妹友「うちのお兄ちゃんと仲よく登校したところを見ると、妹ちゃんは別にお兄ちゃんのことなんか好きじゃなかったんですね」
兄「・・・・・・」
妹友「駅に着いちゃいましたね。ここからは反対方向の電車ですよね」
兄「ああ」
妹友「じゃあ、またです。お兄ちゃん」
兄「・・・・・・」
<お兄ちゃんってさ。本気であたしのこと好きなの>
兄「ただいま」
妹「お帰りお兄ちゃん」
兄「おまえいたの? 早かったな(何か昨日いろいろあったわりには普通に会話してくれるのな)」
妹「今日は卒業式の練習だからって、関係ない生徒は午前中で下校だったの」
兄「そうか」
妹「お兄ちゃんは遅かったね。もう卒業まで授業ないんでしょ」
兄「うちも卒業式の練習があったからな(あんなやりとりした後だけど、俺って普通に妹に話せてるな)」
妹「そうか。そうだよね」
兄「ああ」
妹「・・・・・・今日もパパとママ帰れないって」
兄「ああ。どうせそんなことじゃないかと思ってたよ」
妹「あと、ママからお兄ちゃんに伝言がある」
兄「うん? 何だって」
妹「明日の土曜日、外で待ち合わせして一緒に出かけようって」
兄「何で? 俺はマザコンじゃないぞ。母さんと二人出かけても嬉しくないしな。どっちかって言うと俺はむしろシスコンだし」
妹「・・・・・・四月からお兄ちゃんが住むアパートを探すんだって」
兄「ああ、そういうことか。確かに、そろそろ決めないとな」
妹「・・・・・・あのさ」
兄「うん?」
妹「今、お兄ちゃん言ったじゃん?」
兄「何を」
妹「何をって・・・・・・。その、お兄ちゃんがシスコンだって」
兄「・・・・・・言ったよ」
妹「お兄ちゃんってさ。本気であたしのこと好きなの」
兄「うん」
妹「ちゃんと答えてよ」
兄「ちゃんと答えているじゃんか」
妹「その・・・・・・。それって本気?」
兄「本気だよ」
妹「・・・・・・あたし、お兄ちゃんに何て言えばいいの?」
兄「そんなことは俺が知りたいくらいだ。それとも俺がおまえが言うべき言葉を教えればおまえはそのとおりに言ってくれるのか?」
妹「そんな・・・・・・でも実の兄妹だよね?」
兄「聞くまでもなく実の兄妹だな」
妹「あたし、お兄ちゃんに答えを言うように求められてる?」
兄「俺としてはそんなつもりはなかったんだが」
妹「だが?」
兄「ここまで事態をはっきっりとさせたのはおまえだ。俺はこれまでひた隠しにしていたおまえへの感情を、おまえによってはっきりと口にさせられた」
妹「・・・・・・あれで、隠していたつもりだったんだ」
兄「ここまで来ちゃったらもう仕方ないだろ。おまえの返事を聞かせろ」
妹「そんなこと言われても」
兄「じゃあ、何で俺の気持を確認した?」
妹「それは・・・・・・」
兄「まあ、いい。さすがにすぐにとは言わん」
妹「うん」
兄「俺はこれから風呂に入る」
妹「ちょうどお風呂沸いたところだよ」
兄「だから、俺が風呂から出るまでに答を決めとけ」
妹「それはさすがに早すぎだよ。無理」
兄「おまえさ。妹友の兄貴のことを気にしているの?」
妹「何で知ってるの」
兄「それとも近親相姦の禁断の関係になることを気にしている?」
妹「・・・・・・自分でもよくわかんない」
兄「俺だって自分の気持を強要しているわけじゃないぞ。これまでおまえから何回も告白みたいなことをされたこととか、何通ももらった手書きのお兄ちゃん大好きレターとか、おまえが携帯を持ってから毎晩俺に送ってくるハート付きメールとか、そう言う積み重ねによって実の妹を好きになった俺がいるわけだし」
妹「それは全部そのとおりだけど、そこまで深く考えていなかったよ」
兄「じゃあ、今考えろ。いくら偏差値が低いおまえでも誰が好きかくらいは簡単にわかるだろ」
妹「偏差値はどうでもいいけど、あたしがお兄ちゃんを振ったら気まずくなっちゃうじゃん。昨日の電話のときみたいなのは嫌だよ」
兄「じゃあ俺の愛を受け入れればいい」
妹「だって・・・・・・」
兄「妹友の兄貴のことが好きなのか?」
妹「別に好きじゃない」
兄「でも、友だちからならなんて言ったんだろ」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「どした」
妹「妹友ちゃんから聞いたの?」
兄「あ、ああ。今朝、彼女が俺を迎えに家まで来てくれて」
妹「・・・・・・」
妹「ふざけんな」
兄「え」
妹「え、じゃないでしょ。あたしがこんなに真剣に悩んでるのに。お兄ちゃん、何であたしに告白したのよ? 告白したのに何で妹友ちゃんとベタベタしてるのよ」
兄「ベタベタはしてないけど」
妹「不誠実だ。お兄ちゃんは誠実じゃないよね」
兄「おまえだって彼氏君と一緒に登校してたんじゃね?」
妹「そ、それは」
兄「まあ、不誠実と思うならそれでもいいよ」
妹「・・・・・・」
兄「風呂出るときまでとかも撤回。でも、明日には返事くれ。明日は土曜日だから何時になってもいいから」
妹「・・・・・・うん」
<そういうのって何かやだなあ>
妹「お兄ちゃん、もう少し早く歩かないと電車に間に合わないよ」
兄「まだ時間には余裕がある。逃したら次の電車に乗ればいいだろう」
妹「今日は休日ダイヤなんだから、一本遅れたら十五分くらい待つよ」
兄「・・・・・・というか、おまえは何で一緒に外出しているのだ。母さんからおまえもついて来いと言われたのか」
妹「別に言われてない」
兄「じゃあ、なんで」
妹「お兄ちゃん、あたしと一緒じゃ嫌?」
兄「それは嫌なわけはないが、おまえにしてみれば俺の部屋探しなんかに一緒に来るメリットがないだろう。それとも俺の部屋探しのどさくさに紛れて母さんから洋服でも買ってもらう気なのか」
妹「先月買ってもらっちゃったから、今日はちょっと無理かな」
兄「じゃあ何のために着いて来た?」
妹「何となく」
兄「何となく?」
妹「何となく。天気もいいしこんな休みの日に一人で家にいるのもつまんないし」
兄「一人ではないはずだぞ。昨日は職場で泊り込みだった母さんとは違って、父さんは深夜に帰宅していたし朝食のときに今日はオフだって言ってだろ」
妹「パパがいたって一人でいるのと同じだよ」
兄「おまえもひでえな。父さんって娘ラブの人なのに」
妹「知ってるよ。パパもお兄ちゃんもあたしのことが大好きなのは」
兄「うん」
妹「パパのラブよりお兄ちゃんのラブの方がだいぶ重いけどね」
兄「・・・・・・おまえは今日は一日部屋に閉じこもって悩むんだと思っていたんだけどな」
妹「ちゃんと今日中には返事するから。だから一緒に行かせて」
兄「おまえな。返事が決まってるなら今返事してくれよ。俺だって内心はどきどきして緊張してるんだぞ」
妹「そんなにどきどきしてるの?」
兄「ああ。俺の胸に触れて確かめるか?」
妹「いい。どうせ触ったら不公平だから俺にもおまえの胸を触らせろとか言い出す気でしょ」
兄「俺だっていつもふざけているわけじゃない」
妹「冗談だよ」
兄「冗談は時と場合を考えないとな」
妹「・・・・・・ねえ。お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「あたしがお兄ちゃんの告白を断ったら、お兄ちゃんはどうするの?」
兄「どうするって。そしたら失恋するな」
妹「違うよ。どうなるのじゃなくて、どうするのって聞いているの」
兄「どうするって。多分泣くよ」
妹「それだけ?」
兄「何だよ。おまえに振られて逆上した俺に、無理矢理レイプされるとでも心配しているのか」
妹「ばか。そんなんじゃないよ」
兄「泣いて、それからおまえを忘れるように努力するよ。そんで他に恋人でも作ろうとするかもな」
妹「・・・・・・誰? 女さん? それとも妹友ちゃん」
兄「何で俺にはその二択しかないって決めつけるんだよ」
妹「ああ、あと去年卒業した腐女子の生徒会長さんだっけ? お兄ちゃんに同じ大学を受けようって言った人」
兄「あの先輩は大学で無事オタクの彼氏ができたそうだ。結局全然違う大学になっちゃったしな」
妹「そういうのって何かやだなあ」
兄「何を自分勝手なことを言っているのだ。振られてもずっとおまえに片想いしていろと言うつもりか」
妹「だってお兄ちゃん、あたしのこと好きなんでしょ。一度振られたくらいで女さんか妹友さんに乗り換えるつもりなの」
<今日はやっぱり家に帰れよ>
兄「さっきから俺が振られる前提で話が進んでいるんだけど、それがおまえのファイナルアンサーってことなのか」
妹「違うよ。回答期限は今日中でしょ? まだ時間あるじゃん」
兄「とにかく。おまえに振られたら俺だってこの先も生きていかなきゃいけないんだから、全力でおまえを忘れて他の女の子を好きになる努力をするしかないだろうが」
妹「そしたらさ、あたしたちの関係はどうなっちゃうの?」
兄「どうって?」
妹「お兄ちゃん、あたしのこと好きじゃん? これまでどおりの兄と妹の関係が続くの?」
兄「それは無理だ」
妹「何で」
兄「だって振られたらいくら俺だって冷静におまえと一緒に過ごしたりできるかよ」
妹「卑怯だ」
兄「何でそうなる」
妹「それって脅しじゃん。あたしがお兄ちゃんの告白に応えなきゃ、これまでどおりの仲のいい兄妹関係はお終いだって言ってるんでしょ」
兄「脅しじゃねえよ。それにお終いと言ったって、表面だけ取り繕った最低限の会話くらいはおまえとするように努力はするし。まあ、仮面兄妹っつうの?」
妹「やっぱり脅しじゃない」
兄「おまえが俺のことを好きじゃないならそんなこと気にならないだろうが。おまえには友だちも彼氏君もいるんだし」
妹「だからお兄ちゃんのことは嫌いじゃないって」
兄「おまえ、好きの反対は嫌いじゃなく無関心だと言ってたよな」
妹「うん」
兄「嫌いの反対は何なの?」
妹「え」
兄「嫌いじゃないという感情を表わす単語を次の中から一つ選べ」
妹「あたし国語は苦手でだよ」
兄「1好き 2好き 3好き」
妹「・・・・・・ふふ」
兄「何笑ってるんだよ」
妹「ベタなジョーク。そんなにあたしに好きって言わせたいの?」
兄「言わせたい」
妹「お兄ちゃん好きだよ」
兄「・・・・・・FA?」
妹「ううん。好きだけど、嫌いじゃないけど。でもやっぱり無理」
兄「・・・・・・好かれているのに振られるとはさすがに予想していなかった」
妹「うん。そうだよね。ごめんね」
兄「っていうか俺振られたのか」
妹「あ、思わず無理とか言っちゃった。今日の夜に返事するつもりだったのに」
兄「FAだよな?」
妹「うん、ごめん。お兄ちゃんとは付き合えない」
兄「まあ、しかたないよな」
妹「お兄ちゃん・・・・・・」
兄「もともと自分の実の妹に本気で告るなんてこと自体が非常識なんだし。それでもおまえが気持悪く思わず悩んでくれただけでも幸せだよ」
妹「ねえ」
兄「うん」
妹「ふざけあったりからかいあったりとか、今までみたいな兄妹の関係って、もうお終いなの?」
兄「努力はしてみる」
妹「・・・・・・」
兄「最低でもあいさつとか事務的な会話はするように頑張る」
妹「・・・・・・」
兄「泣くなよ。どっちかって言えば泣きたいのは俺の方なんだし」
妹「・・・・・・」
兄「今日はやっぱり家に帰れよ」
妹「・・・・・・どうして」
兄「振られた直後だけに母さんと一緒にいておまえと普通にしている自信がない。おまえだって泣いちゃってるし」
妹「お兄ちゃん」
兄「じゃあ、次の電車には乗りたいから俺は行くな」
妹「・・・・・・」
<おまえに言われたくない>
兄(大学まで徒歩二十分のワンルームマンション。ロフト付き)
兄(一人暮らしなら十分だし、何より大学に近い)
兄(結構あっさりと決まったな。つうか母さんが勝手に探し出して勝手に決めたに近いけど)
兄(まあ、部屋に不満があるわけじゃないし、金を出すのは親だし文句を言うことでもない)
兄(それにしても部屋を契約した後、母さんがまた仕事に戻るとは予想外だった)
兄(昼過ぎなんだし、可愛い息子にお昼をご馳走してくれるんじゃないかと思っていたんだけど)
兄(今日は朝飯も抜きなのに。まあ、妹の返事を待つプレッシャーに負けて飯を食う気になんてなれなかったんだけどな)
兄(・・・・・・)
兄(やっぱり振られたか。半ば予想どおりの結末だったから、そんなにショックを受けることはないと思っていたけど)
兄(母さんがいなくなったらいきなり手が震えるとは。何か足もがくがく震えてるような感覚があるし)
兄(俺ってこんなに打たれ弱かったのか)
兄(それでも腹は減っている。朝、昼抜きとか考えられないしな)
兄(俺のこと好きだって言ってたな、あいつ)
兄(兄としてだろうけど)
兄(変な告白とかしてあいつにもプレッシャーかけちゃったから、明日からなるべく今までどおりに接してやりたいけど)
兄(正直、自信がない)
兄(・・・・・・マックがあるな。昼飯食って行くか。妹がいる家にこんなに早く帰りたくないし)
兄(結構並んでるな)
兄(・・・・・・前に並んでいる子、スタイルいいな)
兄(後姿だけでもい女であることが想像できる)
兄(どんな顔しているのかな)
兄(・・・・・・)
兄(あと一人だ。前の可愛い女の子がオーダーを終えれば俺の番だ。まさかこんなに待つとは思わなかった)
兄(・・・・・・)
兄(・・・・・・いくらなんでも前の子、注文に時間かけすぎじゃね? ある程度は並んでいる間に決めておけよ。何でカウンター前まで来てから悩みだすんだよ)
兄(いくら後姿が可愛いからって台無しだよ。だいだい、こういう気が遣えない女って性格も優柔不断なんだよな)
?「あ、じゃあ、やっぱりシェイクは止めてアイスコーヒーにします」
兄(早くしろ)
?(で、テリヤキマックとポテトのSをください)
店員(それだとセットの方がお得なのでセットに変更させていただきます)
?(え? どういう意味ですか)
兄(こいつアホだろ)
?(はあ。じゃあそれでいいです)
兄(やっと注文が終ったか)
女(あれ、兄じゃん。何かさっきから背中にいやらしい視線を感じると思ったら)
兄「女かよ。いろいろ納得だわ。てか一瞬でも可愛いとかときめいた自分が情けないわ」
女「何よ。可愛いって何が?」
兄「何でもねえよ。おまえ、何でこんなとこにいるの」
女「四月から住むアパートを探しに来たの。なかなかいいとこって見つからないね」
兄「おまえもか」
女「あんたもアパート探し?」
兄「ああ。もう決めちゃったけどな」
女「いいなあ。あたしはまだ・・・・・・って、あんたも早く注文しなよ。こんだけ並んでいるのに後ろの人に迷惑でしょうが」
兄「おまえに言われたくない」
女「何で?」
兄(自覚ねえのかよ)
兄「ついてくんなよ」
女「あんたも一人なんでしょ? 一緒に食べようよ」
兄「まあ、いいけど」
女「で、で? 決めたのってどんなとこ?」
兄「大学から徒歩二十分。日当たり良好。周囲は閑静な住宅街。ワンルームにロフト付き」
女「そこってさ、他には部屋空いていなかった?」
兄「さあ? 新築物件だったからまだ空きはあるかもしれないけど」
女「案内して」
兄「はい?」
女「その不動産屋さんに案内して。あたしもそこに済む」
兄「何でだよ」
女「何でってあたしも兄と同じ大学だし、その条件なら申し分ないじゃん」
兄「あのさ」
女「おう」
兄「おうじゃねえ。おまえってもっと広い部屋を探してなかった? 最終的には兄友と一緒に同棲するからって」
女「うるさい」
兄「え?」
女「兄は死ね」
兄「何なんだ」
女「・・・・・・」
兄「泣くなよ(妹に続いて今日二人目だよ。目の前で女に泣かれるの)」
兄「どうしたんだよ」
女「振られた」
兄「え」
女「兄友に昨日振られた。他に好きな子ができたから別れたいって」
兄(あのアホ)
女「何となく態度がおかしかったことは気がついてたんだけど、きっと受験前だから気が立っているんだろうなって思ってたの。そしたら昨日呼び出されたら、女の子と二人で一緒にいてさ」
兄「そうか」
女「二股かけてたんだよ、あいつ。半年くらい前からずっと」
兄「相手の子ってうちの学校の子?」
女「うん。二年生の女の子。部活の後輩だって」
兄「そうか」
女「ごめんね。いきなりこんな話聞かせちゃって」
兄「おまえとは腐れ縁なのかな」
女「何で?」
兄「俺もさっき振られたとこ」
女「え?・・・・・兄って好きな子いたのかよ」
兄「おまえには前に話したぞ」
女「嘘? まさか本気で妹ちゃんに告ったの」
兄「うん。本気で告った。そんで全力で振られた」
女「そらそうでしょ。兄って本当にバカだったのね」
兄「反論はできないけど。でもこれでも一応落ち込んでるんだぞ」
女「あたしは兄友と会わなければそのうち傷も癒えると思うんだけど、あんたは一生妹ちゃんの兄貴なんでしょ? これからどうやって妹ちゃんに接していくの」
兄「それが問題だ。まあ、とりあえず四月になれば引越しできるから顔を合わすことはないんだけどな」
女「それはそうだろうけど」
兄「おまえは? 兄友だって俺たちと同じ大学だろ? 辛くないのか」
女「辛いに決まってるじゃん。でも、もうあいつとは縁を切るし話もしない。もちろん一緒に住む話もなし」
兄「兄妹じゃなければそういうこともできるよな」
女「何よ。実の妹に告るんだったら、前もってそのくらいのことは考えておきなさいよ」
兄「いや、告るつもりはなかったんだけどさ」
女「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
女「まあ、いいや。とにかく不動産屋に案内して」
兄「まあ、いいけど。妹の待つ家には帰りづらいし」
女「でしょ? その後飲みに行こう。お互いを慰めっこしようよ」
兄「マジで?(それもいいかもな。夜遅くに帰れば妹友顔を会わせずにすむし)」
女「じゃ、行こうよ」
兄「ちょっと待て。まだ食い終わってないって」
<実はあたしたちって見えないところで繋がっているのかもよ>
女「あたしたちってさ」
兄「何だよ」
女「何か運命的な縁が本当にあるのかもしれないね」
兄「縁だあ? 同じタイミングで失恋しているからか」
女「でもさ。それだけじゃないじゃん?」
兄「え」
女「大学が同じ」
兄「それはおまえと兄友が、同じ大学を目指してがんばろうねとかって恥かしい約束をしたからだろうが」
女「・・・・・・二股かけられて振られたばかりの女にそれを言うか」
兄「あ、悪い」
女「まあ、それに学部も学科も一緒じゃん」
兄「おまえが兄友と同じ学部を受験する日にインフルエンザに罹ったからだろ」
女「そうだけどさ。あと、奇跡的に同じ賃貸マンションで、お互い隣の部屋同士でしょ」
兄「それは、さっきおまえが俺が契約したマンションを紹介させて、隣の部屋を契約したからだろ」
女「何かお互いに今まではただの悪友みたいな関係だったけど、実はあたしたちって見えないところで縁があったのかも」
兄「人の話聞け。おまえちょっと飲みすぎ」
女「いいじゃん。もう入学式までたいしてすることもないんだし」
兄「未成年だろうが。万一ばれたら合格取り消しになるかもしれんぞ」
女「大丈夫だよ。生ビールお代わり頼んで」
兄「おい」
女「振られたばかりで言うのもなんだけどさ。何か大学に行くの楽しみじゃない?」
兄「そうかな」
女「だってさ。初めての一人暮らしだよ。何かわくわくするじゃん」
兄「俺には面倒くさいとしか思えないけどな(唯一の救いは妹と離れて暮らせることだけだ)」
女「一人暮らしに不安を感じてる?」
兄「まあ、正直そう言うことはあるな。掃除、洗濯、料理スキルなんか全くないしさ」
女「だったら、それこそ運命的な状況だと思わない?」
兄「おまえの言っていることはよくわからん」
女「掃除、洗濯、料理スキルが備わっている高校時代の同級生の美少女があんたの隣に住んでるんだよ」
兄「美少女?」
女「美少女」
兄「あ、ああ」
女「何があ、ああよ」
兄「いや、別に」
女「あたしの後姿をガン見してたくせに。それも今日のマックだけじゃなくて前から」
兄「ガン見ってひでえこと言うなおまえ」
女「あたしの後姿を視姦してたくせに」
兄「してねえよ。つうか更に言葉がひどくなったぞ」
女「正直に言ってごらん? あたしのことを可愛いと思ってときめいたんでしょ?」
兄「・・・・・・あほ」
女「まあ、いいや。四月からよろしくね。あんたの面倒はあたしが見てあげるから」
兄「何でそうなる?」
女「お互いに振られたんだから別に誰に遠慮することもないでしょうが」
兄「おまえ、兄友に振られて自棄になってねえ」
女「自棄にはなってないよ。ただ、自ら抑えていたいろいろなことから自由になれただけで」
兄「何言ってんだかわからない」
女「あたしの後姿を熱心に見つめたことは認める?」
兄(こいつに嘘をついてもすぐにばれちゃうんだよな)
女「ほれ。何とか言え」
兄「ま、まあ」
女「酒も入っていることだし自分に正直になれ。楽になるぞ」
兄「一瞬、そう思ったことは認める」
女「え」
兄「おまえを見かけて、おまえとは知らず『あ、あの女の子の後姿、すらっとしてていいな。スカートから覗く脚も白くて細くて・・・・・・あの子とお近づきになりたい。かといって声をかける勇気はないし』とかって考えたことは確かに事実だ」
女「・・・・・・」
兄(恥かしいことを言ってしまった)
女「そうか。あんた、あたしのことをそういう目で見てたんだ」
兄(なぜ嬉しそうなんだ)
<それならあたしと付き合って>
兄「でもまあ、顔を見たらおまえだったんだけどな」
女「・・・・・・あたしさ」
兄「お、おう」
女「最初から兄友じゃなくてあんたと付き合えばよかった」
兄「へ?」
女「だって、そうじゃん。あんたはあたしのスタイルを好きなんでしょ? 後姿だけでも気になるくらいに」
兄「前を見るまではな」
女「そうなの?」
兄「え」
女「あたしの顔とかはあんたは全然無理なんだ」
兄「だから何を言っているんだおまえは」
女「あたしって、妹ちゃんに比べたら可愛くない?」
兄「・・・・・・そんなことはないけど。おまえ結構もててたじゃん。兄友と付き合い出す前はやたら告白されてたし」
女「あんたは?」
兄「うん?」
女「あんたはあたしのことどう思う?」
兄「どうって言われてもおまえは兄友の彼女だしな」
女「あたしはもうあいつの彼女じゃないよ」
兄「・・・・・・おまえさ」
女「何よ」
兄「もしかして自棄になってね?」
女「・・・・・・なってないよしつこいなあ」
兄「いや。俺の間違いならいいんだけどさ」
女「・・・・・・傷付いてはいるんだけど、ほっとした気持ちもある」
兄「そうなの?」
女「うん。兄友に振られて、二年生の女の子に負けて傷ついたけど」
兄「まあ、それは傷付くよな」
女「でも、今はちょっとだけ嬉しいかも」
兄「・・・・・・さっきから意味わかんないんだけど」
女「これで兄友に罪悪感とか感じないで自分の気持に素直になれるから」
兄「罪悪感って」
女「罪悪感って単語、知らないの? 解説しようか」
兄「(どっかで最近聞いたことのあるセリフだ)そうじゃねえよ。何でおまえが罪悪感な
んて感じてるんだよ」
女「兄友のことを、あんたへの気持を忘れるために利用したから」
兄「おい」
女「あんたが、妹ちゃんのことを好きなことなんて前から知ってたし」
兄「もしかして、ばれてたの」
女「ふふ。あれで隠していたつもりだったの」
兄「・・・・・・まあね(それも妹に言われたっけ)」
女「そんなの中学生の頃から知ってたって」
兄「だから何でそこで泣く」
女「あんたが好きだったの」
兄「え」
女「あたしはどうしたらよかった? 妹ちゃんしか見えていないあんたに玉砕覚悟で告ればよかったの? それともずっとあんたに片想いし続ければよかったの?」
兄「・・・・・・」
女「でも、あんたは妹ちゃんしか目に入っていなかったでしょ」
兄「・・・・・・それは否定はしないし、できないけど(女が俺のこと好きだったってマジかよ)」
女「あたしさ。あんたのことを諦めようと思ったとき、兄友に告られてさ。自分を変えたかったこともあって兄友と付き合ったの」
兄「そうだったのか」
女「うん。でも、あんたのことを忘れたことなんかなかった。というか、忘れるために付き合ったのに、一々いろいろ兄友とあんたのことを比較しちゃってさ。いつまでたってもあんたを忘れられなかった」
兄(・・・・・・全然気がつかなかったよ)
女「それで、兄友に振られた次の日。まあ、今日なんだけどさ。偶然マックであったあんたが、妹ちゃんに告って振られたっていうし」
兄「うん」
女「それならあたしと付き合って。振られた者同士、今なら誰も傷つけずに恋人同士になれるじゃん」
兄「いや」
女「何で? 妹ちゃんに振られたんでしょ。妹ちゃんにも大好きな彼氏が出来ちゃったんでしょ」
兄「・・・・・・」
女「あたしのこと嫌い?」
兄「そんなことはねえよ」
女「じゃあ、いいじゃん。あんたのこと慰めてあげるよ」
兄(流されてもいいときなのかもしれないな。妹とはもう付き合えないし、俺が未練を残していたら妹にも迷惑をかける)
兄(女だって兄友に振られて自棄になっているだけかもしれないけど、少なくとも一人でうじうじ悩んでいるよりは前向きになれるかもしれない)
兄(俺と女が付き合っても妹も兄友も傷付くどころか罪悪感が薄れるだけだしな)
兄(これが一番いい解決方法かもな。それに女って可愛いことは確かだし。四月からはお隣さんでもあるし)
女「何か言ってよ、兄。あたしいつもふざけていたけど、今はちょっと酔ってるけど本気なんだよ」
兄「おまえの言うとおりかもな」
女「・・・・・・ほんと? 無理してない」
兄「おまえって可愛いし。妹に振られたばかりの俺が迫るのは信用ないかもしれないけど」
女「そんなことないよ」
兄「何かおまえ、昨日までとキャラが違いすぎるんですけど」
女「信じられない? 兄友に振られてからあんたに告ったのは確かだけど、昔からあんたのことが好きだったのは本当だよ」
兄「本当にキャラが違ったな。でも、そういうところも可愛いかもな(妹と女を傷つけないために)」
女「・・・・・・ばか」
兄「俺と付き合うか? (そのためにはこれが一番・・・・・・)」
女「うん。あんたがよければ」
兄「じゃあよろしくな・・・・・・って、酒がこぼれてるぞ。いきなり抱きつくなよ」
女「へへ。悪い」
兄「いいけど」
女「やっぱり運命的な繋がりがあったんだね」
兄(・・・・・・)
<でもよかった>
兄(俺に初めての恋人ができた。そんで帰りん電車の中では、いつも俺の悪口しか言わなかった女が俺の腕にしがみついて俯いていた)
兄(そんで、どうしたって声をかけたら俺の胸に頭を擦りつけてきた)
兄(あいつの家のまで送って行って別れるとき、いきなり真っ赤な顔で俺にキスした)
兄(兄友に振られた次の日だぞ。女は悲しいとか思わないのかな)
兄(それとも女の言うとおり、本当は前から兄友じゃなくて俺の方が好きだったのか)
兄(ツンデレもいいとこだったのか。まさか女が俺のことを好きだったなんて思いもしなかったぜ)
兄(じゃあ、俺は?)
兄(俺は妹を忘れるために、妹に余計な気を遣わせないために女と付き合ったのか)
兄(・・・・・・とりあえず、四月からぼっちになる心配だけはなさそうだな)
兄(女の他には友だちができないっていうことはあるかもしれんけど)
妹「おかえりお兄ちゃん」
兄(これからは妹じゃなくて女といつも一緒なのか)
妹「・・・・・・・」
兄「まあ、それも人生だ」
妹「おかえり。って何が人生なのよ」
兄「おまえか」
妹「ママは?」
兄「仕事」
妹「・・・・・・一緒じゃなかったの」
兄「部屋を決めるまではな」
妹「そうか」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・ご飯作っといたよ」
兄「そう。無理しなくてもいいのに」
妹「無理なんてしてないよ」
兄「今までだってカップ麺だったしな。別にそれでいいのに」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「何」
妹「もしかしてお酒飲んできた?」
兄「・・・・・・お願いです親には黙っててください」
妹「どうしようかなあ」
兄「おい」
妹「お兄ちゃんの弱みを握っちゃった」
兄「・・・・・・今さらだろう」
妹「どういうこと?」
兄「母さんに言いつけたら間違いなく俺が勘当されるくらいのネタを、今日おまえに掴まれたからな。飲酒くらいじゃびくともしない」
妹「何開き直ってるの」
兄「別に。振られたからやけ酒だよ」
妹「・・・・・・ママに言えるわけないでしょ。お兄ちゃんから告白されたなんて」
兄「それならまあいいが」
妹「でもよかった」
兄「振られたんだからよくはねえよ」
妹「そういう意味じゃないよ。思ったより普通に話してくれるから、よかったって思っただけだよ」
兄「まあ、努力はすると約束したからな」
妹「努力してるの?」
兄「ちょっとは」
妹「ねえお兄ちゃん。普通に仲良しの兄妹に戻ろうよ」
兄「努力する」
妹「・・・・・・」
<愛されないということは不運であり、愛さないということは不幸である>
兄(全然眠れなかった。頭がぐちゃぐちゃだ)
兄(夜明け前にようやく寝たと思ったら抱きついてくる妹の夢を見るし)
兄(顔を赤くして・・・・・・大好きだよお兄ちゃんって)
兄(一瞬、すごく幸せな感情が心に満ちてきたけど。起きてみれば振られた日の翌日の朝なわけで、妹との両想いになったのは浅く短い夢の中だけだった。夢で幸福感を味わった反動と現実を思い出した絶望感がやばい)
兄(このまま夢を見ないで一生眠り続けたい)
兄(いやいや。それじゃあ自殺願望じゃんか。さすがにそこまで落ちてはいないぞ)
兄(今日は日曜日。学校もないしもう少し寝ようか)
兄(いや。また妹の夢、しかも妹と付き合っている夢なんか見ちゃったら起きたときにつらすぎる。それくらいならいっそ起きてしまおう。今何時だ)
兄(まだ六時過ぎ。とりあえずコーヒーでも飲んで出かけてしまおう。行く先のあてはないけど家で妹と気まずいまま一緒にいるよりはましだ)
妹「おはよう」
兄「(こいつもおきてたのか)おはよう」
妹「・・・・・・早いね。今日は日曜日だよ」
兄「知ってるよ」
妹「そか」
兄「うん」
妹「・・・・・・」
兄「おまえこそ部活でもあるの?」
妹「そうじゃないけど」
兄「? そうか」
妹「朝ごはん食べる?」
兄「いいや」
妹「・・・・・・こんなに早い時間になんで着替えてるの? どっか出かけるの?」
兄「まあな」
妹「そう」
兄「おまえは?」
妹「出かけてくる」
兄「そう」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃんは日曜日なのにこんなに早くからどこに行くの?」
兄「ちょっとな。おまえは?」
妹「・・・・・・うん。ちょっと」
兄「そうか」
妹「じゃ、じゃあね」
兄「もう出かけるのか?」
妹「ううん。自分の部屋に戻る。着替えないと」
兄「そうか」
妹「・・・・・・」
兄「じゃあ、俺はもう出かけるな」
妹「お兄ちゃん。今も努力してるの?」
兄「うん?」
妹「お兄ちゃん無理してるの?」
兄「・・・・・・ちょっとだけな」
妹「ごめんなさい」
兄「何言ってるんだ」
妹「お兄ちゃんごめんなさい」
兄「何だかわからないけど謝るなよ」
妹「あれだけお兄ちゃんに好かれて優しくされたのに。あたしのせいで仲のいい家族関係の一つを壊しちゃった」
兄「おまえバカか?」
妹「偏差値は低いけど」
兄「そんなことは聞いてねえよ」
妹「何?」
兄「おまえのせいじゃないって。どう考えたってわかるだろ。俺が実の妹に近親相姦の関係になろうぜなんておまえに迫ったのが原因じゃんか」
妹「あたしだってお兄ちゃんのこと好きだもん。でも、お兄ちゃんの彼女になったら兄妹関係は壊れないかもしれないけど、パパとママを裏切ることになるんだよ」
兄「それはそうかもな」
妹「だからお兄ちゃんの告白にはいって言えなかったの」
兄「わかった。もうわかったから」
妹「ごめんなさい」
兄「愛されないということは不運であり、愛さないということは不幸である」
妹「・・・・・・どういう意味?」
兄「アルベルト・カミュ」
妹「・・・・・・誰」
兄「フランスの作家。俺は不運だったのかもしれないいけど、不幸のままでいるよりはまだしも救いがあるのかもな(俺は本気で女にのめり込むべきなんだろうな)」
妹「・・・・・・よくわからない」
兄「うん。わからんでもいいや。とにかく努力するから。俺のせいだから俺が努力するからさ。おまえはもうあまり気にするな」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「出かけてくるな」
妹「うん。行ってらっしゃい」
<早く起きてお洒落したりメークしたりしたかったんでしょうね>
兄「何でこんな早朝にここにいる」
妹友「おはようお兄ちゃん」
兄「質問に」
妹友「おはよう」
兄「・・・・・・おはよう」
妹友「さわやかな朝ですね」
兄「そうかな。雪でも降りそうなどんよりとした曇り空だけど」
妹友「ずいぶん朝早くから出かけるんですね」
兄「まあな」
妹友「どこに行くんですか」
兄「(行き先決めてねえ)いや、おまえには関係ない」
妹友「・・・・・・」
兄「何でそこで赤くなる」
妹友「やっぱりお兄ちゃんはあたしのことを、君じゃなくておまえって呼びたいんですね」
兄「・・・・・・脳みそわ」
妹友「もしかしてお兄ちゃん。語彙が乏しい残念な人なんですか」
兄「何でだよ」
妹友「この間から同じ単語しか口に出してないですよ」
兄「それはおまえがループするように同じことしか言わないからだ」
妹友「お兄ちゃんは少しは小説とか読んだ方がいいと思います。そうすれば自然と語彙が豊富になりますよ」
兄「・・・・・・何でおまえにそこまで言われにゃならんのだ」
妹友「ずいぶん気が立っているようですね。そんなにお兄ちゃんと妹ちゃんの関係に悩んでるんですか」
兄「俺と妹の関係?」
妹友「違います。妹ちゃんとお兄ちゃんの関係です」
兄「ああ。おまえの兄貴とうちの妹の関係か」
妹友「この状況でそれ以外に聞くことがあるわけないでしょ。頭沸いてるんですか」
兄「おまえの語彙の貧困さも相当だな」
妹友「失礼なことを言わないでください」
兄「それで何の用だ? 妹なら外出前で着替え中だぞ」
妹友「そうですね」
兄「うん?」
妹友「それはあたしの予想の範囲内なので別に驚くほどのことではないです」
兄「そうなのか」
妹友「はい。なぜなら今日はうちのお兄ちゃんと妹ちゃんが初めての休日デートをする日ですから」
兄「(そうなのか。だからあいつ早起きしてたのか)そうなんだ」
妹友「そうです。まあ待ち合わせ時間はずっと遅い時間ですけど、そこは女の子だから早く起きてお洒落したりメークしたりしたかったんでしょうね」
兄「そうか」
妹友「そうですよ」
兄「まあそういうこともあるのかもな」
妹友「で話題は最初に巻き戻りますが、お兄ちゃんはどこに行くんですか」
兄「決めてない」
妹友「はあ?」
兄「妹と同じ家にいるのが耐えられなかっただけだから、どこに行こうかなんてこれから考えるよ」
妹友「最低ですね」
兄「何で」
妹友「お兄ちゃんと妹ちゃんのデートをストーキングしようとしているんですね」
兄「ちょっと待て。おまえは何か誤解しているぞ」
妹友「早めに家を出て妹ちゃんを尾行するつもりだったんですね」
兄「だからそうじゃねえよ」
妹友「潔白を証明したいならどこに行こうとしていたか話してもらいましょうか」
兄「わかんね」
妹友「わからないとはどういうことですか」
兄「だから。妹がデートなんて知らなかったからさ。気まずいから家を出ようと思っただけだよ」
妹友「今さら何で気まずいんですか」
兄「いや」
妹友「答えないと妹ちゃんのストーカーの罪で告発しますよ?」
兄「何言ってるんだ。まあ、いいや。隠してもしようがないし」
妹友「素直ですね。誉めてあげるから言ってみなさい」
兄「昨日、妹に告って振られた」
妹友「そうですか」
兄「そうですかって、感想はそれだけ?」
妹友「当然の結末ですからね。驚く要素は何もないです」
兄「・・・・・・」
妹友「妹ちゃんには彼氏君、つまりあたしのお兄ちゃんがいるのですから、お兄ちゃんには勝ち目は最初からなかったんですよ。一ミリたりとも」
兄「追い討ちをかけなくてもいいよ。昨日はっきりと妹には振られたんだから」
妹友「そうですか」
兄「でも妹は言ってたぞ。別におまえの兄貴は好きじゃないって」
妹友「信じたんですか」
兄「え」
妹友「妹ちゃんがお兄ちゃんを気遣ったその言葉を、お兄ちゃんはそのまま信じたんですか」
兄「何を言っている」
妹友「あたしのお兄ちゃんと妹ちゃんはラブラブですよ。両想いですよ。」
兄(妹は俺たちの家族の関係を壊したくなかったって言ってた。俺を振ったのだってそれが理由だって)
兄(そして、妹は彼氏のことは好きじゃないって言ってた。そして、俺のことが好きだと)
妹友「自分のことが大好きなお兄ちゃんに気を遣って、妹ちゃんもはっきりは口にできなかったんでしょうけど、妹ちゃんはうちのお兄ちゃんにベタ惚れしてますよ」
兄「見え透いた嘘を言うな」
妹友「嘘じゃないです。何ならご自分の目で確かめて見ますか」
兄「どういうことだよ」
妹友「あたしと一緒に二人をストーキングしましょう」
兄「・・・・・・犯罪者になるのは嫌だ」
妹友「間違えました。一緒にあの二人を尾行しましょう」
兄「さっきとどう違うのかわかんねえけど」
妹友「恐いんですか」
兄「わからん」
妹友「じゃあ、はっきりと確かめた方がお兄ちゃんのためにもいいですよね」
兄「マジで言ってるの」
妹友「当然です。あ、妹ちゃん出てきました」
妹友は俺の腕を抱えるようにして、隣の家のガレージの陰に俺を引き摺っていった。
いつもより着飾った妹が俺が好きだった背を真っ直ぐ伸ばした姿勢のまま、俺たちの前
を足早に歩み去って行った。
<そのつなぎ方は間違ってます>
妹友「行きますよお兄ちゃん」
兄「尾行したなんてあいつにばれたら今度こそ本気で終わりだな」
妹友「ばれなきゃ済む話でしょう」
兄「それはそうだけど」
妹友「妹ちゃんの気持を直接確かめたくないんですか」
兄「それは確かめたい気もするが、どっちにしても振られたことには変わらないわけだし、こんなことをしてどうするんだという気持もある」
妹友「お兄ちゃんが振られたのは確定的な事実であってそのことに関しては微塵も疑いがないことは、おっしゃるとおりですが、振られた理由についてはまだ確定していないでしょう?」
兄「いやあ、あいつは俺のことは好きだけど、俺と付き合うことで家族の仲が気まずくなるのはいやだから俺のことを振ったって」
妹友「妹ちゃんは優しい子ですからね。お兄ちゃんなんかに異性としての愛情なんか欠片もなかったとは言いづらかったのでしょう。でもこの話はさっきもしましたよね」
兄「確かにさっきも聞いたけど、別に納得したわけじゃないぞ」
妹友「だからこそ、お兄ちゃんのその曇った眼差しで今こそ真実を直接確かめるべきなんじゃないですか」
兄「別に俺の眼差しは曇ってはいない」
妹友「濁った眼差しで確かめるべきなんじゃないですか」
兄「・・・・・・本当に尾行するの?」
妹友「もちろんです。そろそろ追跡に入らないと妹ちゃんを見失ってしまいます。さあ、行きますよ」
兄「おい。ちょっと待てって」
妹友「急がないと置いていきますよ」
兄「おまえ足早いな」
妹友「お兄さんは歩幅が狭いようですね。一足で前方に進む距離が他の人より短いようです。短足な人の特徴ではありますけど」
兄「おまえさ。本当に俺のこと好きなの?」
妹友「好きですよ。兄ちゃんに振り向いてもらえるように、さっきから無理に可愛らしい自分を演出したり、お兄ちゃんの胸がどきどきするような好意的なセリフを、毒舌を吐きたい気持を抑えて口にしているのはいったい何のためだと思っているんですか」
兄「おまえの愛情表現は非常に特殊だというところまでは理解した」
妹友「言いがかりです」
兄「そうじゃねえ」
妹友「お兄さん」
兄「何だよ」
妹友「そろそろ駅前で人目が増えてきました」
兄「そうだな」
妹友「このままだとあたしたちは、周囲の人たちからデートに向っている可愛い女子高生をストーキングしている怪しい二人組みだと思われかねません」
兄「それが正しい理解だと思うけど」
妹友「なので偽装工作をしましょう」
兄「何だって?」
妹友「妹ちゃんとは無関係に休日デートを楽しんでいるカップルの振りをしましょう」
兄「具体的にはどうするんだ」
妹友「手をつなぎましょう。それであたしたちは完璧に彼氏彼女の間柄に見えると思います」
兄「ちょっと待て。万が一おまえと手を繋いでいるところを妹に見られたら、俺は今度こそ本当に破滅だ」
妹友「おかしなことを言いますね」
兄「何がおかしい」
妹友「お兄ちゃんは既に完全に破滅しているじゃないですか。実の妹なんかにマジで告白するという社会常識や世間一般のモラルに反した行動を選択した時点で」
兄「いやいや」
妹友「それにお兄ちゃんに対する愛情なんて元から妹ちゃんの中には存在しないわけだから、お兄ちゃんが誰と手を繋ごうが全く気にしないと思いますけどね。むしろお兄ちゃんに対しては妹ちゃん関心すら抱かないと思いますよ。好きの反対は無関心ですから」
兄(こいつも妹と同じことを言うのか)
妹友「では手を握ってください」
兄(仕方ない)
妹友「そのつなぎ方は間違ってます」
兄「どうして?」
妹友「父親が幼い娘の手を引いているんじゃないんですから。周囲から恋人に見られなけりゃ意味ないでしょうが」
兄「どうすりゃいいんだ」
妹友「仕方ないですね。こうするんです」
兄「これは」
妹友「これが世間で言われている恋人つなぎです。お兄ちゃん、知らないんですか」
兄「見聞きしたことはあるが実際にするのは初めてだ」
妹友「勉強になってよかったですね」
兄「・・・・・・それにしてもちょっと手に力を込めすぎじゃね」
<いつもよりお洒落してますね>
妹友「下り方向の電車に乗るようですね」
兄「ホームに上がって行ったな」
妹友「このまま尾行しますよ」
兄「お、おう」
妹友「やっとその気になりましたか」
兄「ここまできたら仕方ないだろうが」
妹友「改札に入りますよ」
兄「・・・・・・」
妹友「何で改札口前で止まるんですか。妹ちゃんを見失ってしまうでしょうが」
兄「いや。それなら手を離してくれないと」
妹友「ああ。確かにそうですね。仕方ないから一瞬だけ手を解きますよ」
兄「そうしてくれ」
妹友「何してるんですか」
兄「何って」
妹友「改札を抜けたのだから手を握らないと」
兄「ああ、そか」
妹友「だからそうじゃなくて」
兄「ああ、恋人つなぎね」
妹友「そうです。やれば出来るじゃないですか」
兄「まあ、このくらいなら」
妹友「そろそろ注意してください。同じホーム上にいると発見される確率が高くなりますから」
兄「そうだね」
妹友「少し離れたところから妹ちゃんの動静を見守りましょう」
兄「わかった」
妹友「・・・・・・最初からそれくらい素直になってくれれば楽だったのに」
兄「何だって」
妹友「独り言です」
兄「そう」
妹友「妹ちゃん、いつもよりお洒落してますね」
兄「そうか?」
妹友「間違いないです。普段は付けないアクセとかもしていますし」
兄「よくわからん」
妹友「お兄ちゃんに会うくらいでそんなに気合いれなくてもいいのに」
兄(よくわからなくなってきた。あいつは彼氏からの電話を無視するくらい俺を引きとめようとしていたのに、本当は彼氏のことが好きなのかな)
兄(実の兄とかいう以前に俺なんかには全然好意なんてなかったんだろうか。妹友の話しを聞いているとだんだんそんな気もしてきた)
兄(もちろんどっちにしても妹に振られたことには違いないんだけど、その理由によっては俺は今以上に立ち直れないくらいのショックを受けるかも)
兄(いや。そんなことはもうどうでもいいと思わなきゃいけないな。俺だって今では女という彼女がいるんだし)
兄(そう考えるとこんなところで妹友と恋人つなぎをしている場合じゃない)
兄(俺何やってるんだろ)
妹友「電車が来ました」
兄「ああ」
妹友「妹ちゃんが乗り込みました。あたしたちは隣の車両から監視を続行しましょう」
兄「う、うん」
妹友「妹ちゃんさっきからずっとスマホを見てますね。メールでしょうか」
兄「さあ」
妹友「お兄ちゃんからのメールでしょうか」
兄「いや、俺は妹にはメールしてないし」
妹友「違いますよ。お兄ちゃんじゃなくてお兄ちゃんからのメールのことです」
兄「おまえさ。頼むからお兄ちゃんという呼び方を何とかしてくれないか」
妹友「いやです」
兄「だってわかりづらいじゃん。どうしても呼びたいならせめてお兄さんと呼んでくれ。おまえの兄貴のことなのか俺のことなのか混乱する。おまえだって俺に意図するところが伝わらないと困るだろう」
妹友「別にそれほどは困りませんけど・・・・・・まあいいでしょう。不本意ですがお兄ちゃんのことはお兄さんと呼ぶことにします」
兄「助かるよ」
妹友「感謝してね」
兄「何でだよ」
妹友「まずい。妹ちゃんがこっちの車両を眺めてます」
兄「ど、どうしよう」
妹友「誤魔化しましょう。妹ちゃんからは顔が見えないようにしましょう」
兄「だからどうすれば」
妹友「こうしましょう」
妹友が不意に恋人つなぎをしていた手を解き、両腕を俺の首に回した。爪先立って背伸
びした妹友は、一瞬の出来事で何が起きたかわからない俺の顔を抱き寄せキスした。
<それなら嬉しいです>
兄「な、何を」
妹友「黙って」
兄「・・・・・・おい」
妹友「妹ちゃんに不自然なカップルだと思われてはいけません。もう一度キスしましょう」
兄「いやいや」
妹友「早く」
兄「え」
妹友「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹友「・・・・・・こういうときは鼻で息をしてください」
兄「窒息するかと思った」
妹友「どんだけ奥手なんですか」
兄「ほっとけ。それよか妹は」
妹友「こっちを見るのをやめて再びスマホを眺めてます」
兄「どうにか誤魔化せたか」
妹友「はい。あたしの機転のおかげです」
兄「機転が利きすぎだ、おまえは」
妹友「そんなにいやでしたか」
兄「いやというわけでは」
妹友「じゃあ、よかったですか」
兄「よかったというか」
妹友「どっちなんです」
兄「・・・・・・悪くはなかったが」
妹友「それなら嬉しいです」
兄「・・・・・・」
妹友「妹ちゃんがドアの方に向いました。次の駅で降りるようですね」
兄「あ、ああ」
妹友「行きますよ」
兄「うん」
妹友「手」
兄「え」
妹友「手ですよ」
兄「わかった」
妹友「お兄さんだいぶ慣れてきましたね」
兄「おかげさまで」
妹友「降りましょう」
兄「妹が改札から出て行くぞ」
妹友「残念ですが改札を抜けるために一時的に手を解きましょう」
兄「ああ」
妹友「妹ちゃん駅前広場の方に向ってますね」
兄「何かどきどきしてきた」
妹友「手」
兄「うん」
妹友「あ」
兄「どした」
妹友「お兄ちゃんが駅広の噴水前にいます」
兄「どれがおまえの兄貴だ? 人だらけでわからんぞ」
妹友「噴水前でスマホを弄っている人です」
兄「あいつか(イケメンだな。何だか勝てる気がしない)」
妹友「人の兄をあいつ呼ばわりは失礼ですよ。いくら恋のライバルだと言っても」
兄「すまん」
妹友「これ以上接近するのは危険です。この街路樹の陰から見守りましょう」
兄「うん」
妹友「あ、お互いに気がついた。お兄ちゃんが手を振ってますね」
兄(妹の反応は)
妹友「妹ちゃんも軽く手を振りましたね」
兄「ああ」
妹友「08時17分。ターゲットが接触」
兄「二人で歩き出したぞ」
妹友「どこに行くんでしょうか」
兄「さあ」
妹友「あの方向には図書館がありますが」
兄「図書館でデート? ねえだろ」
妹友「そうですか」
兄「いや。よくわからんけど」
妹友「あ」
兄「どうした? あ」
妹友「・・・・・・手をつなぎましたね」
兄「・・・・・・」
妹友「恋人つなぎですね」
兄「・・・・・・」
<それは異性に対する愛情じゃない>
妹友「休日だというのに二人揃って図書館に入って行きましたね」
兄「何なんだろうな。一緒に勉強でもするつもりなのかな」
妹友「お兄さんって思ったより打たれ強いんですね。見直しました」
兄「何がだ」
妹友「最愛の妹ちゃんがお兄ちゃんと恋人つなぎをしながらイチャイチャしていたというのに、何でそんなに余裕かましていられるんですか」
兄「いや。結構距離も離れていたし、本当にそういう手のつなぎ方をしてたかどうかは確認できなかったしな」
妹友「お兄さんの視力がいいのかどうか知りませんけど、あたしにははっきりと見えましたけど」
兄「あれだけ距離が離れていたのに、手のつなぎ方まで視認できるわけはないだろう」
妹友「そんなに現実逃避したいんですか。だいたいお兄さんは妹ちゃんから嫌われたわけだし、今さら妹ちゃんに好きな男がいるってわかったって何も事態は変らないでしょうが」
兄「別に嫌われたわけじゃない」
妹友「何でそう思うんです? お兄さんの妹ちゃんへの愛情ははっきりと妹ちゃんに拒否されたんでしょ」
兄「世の中にはな。互いに好きあっていてもどうしようもないことだってあるんだ」
妹友「・・・・・・なるほど」
兄「何がなるほどだ」
妹友「よく理解できました」
兄「ようやくわかってくれたか」
妹友「はい。お兄さんは現実逃避しない方が幸せになれると思います」
兄「何でそうなる」
妹友「気持はわかりますよ。妹ちゃんもお兄さんを愛している。彼女だって実の兄妹じゃなかったら本当はお兄さんの胸に飛び込みたいと思っている」
兄「まあそうだ」
妹友「・・・・・・そう思いたい気持ちはわかります。妹ちゃんとは本当は両想いだけど、両親や世間への配慮から妹ちゃんが素直にお兄さんのことを好きだと言えない」
兄「・・・・・・お、おう」
妹友「そう思いたいんでしょ」
兄「自惚れるわけじゃないけど、実際にそれに近い葛藤があったんじゃないかなあ。妹の心の中では」
妹友「あるわけないでしょ」
兄「え」
妹友「え、じゃないですよ。いい加減に現実を見つめましょうよ」
兄「・・・・・・」
妹友「妹ちゃんは優しい子です。そのことは中学高校と一緒に過ごしたあたしが一番よくわかっています」
兄「まあ、兄貴の俺が言うのも何だが、確かにあいつは優しいな」
妹友「そうです。だから彼女はお兄さんに告られたとき、お兄さんには異性としての愛情なんかこれっぽっちもないなんて言えなかったんですよ。そう言えばお兄さんのことを再起不能なまでに追い詰めてしまうから」
兄「・・・・・・そうなの?」
妹友「そうです。お兄さんの告白なんて妹ちゃんにとっては気持悪いイベントに過ぎなかったんですよ。でも優しい妹ちゃんはそんなことをお兄さんには正直に言えなかった。なぜなら妹ちゃんの拒絶によってお兄さんが酷く傷付くだろうと心配したからです」
兄「何かひどく落ち込んできた」
妹友「なるべくお兄さんを傷つけずに断るためには、近親相姦とか両親との関係とかを持ち出すしかなかったんでしょうね。本当はお兄さんのことなんて異性として考えてもいないのに」
兄「だけど、妹は彼氏の電話を切ろうとしてまで俺と話を続けたがっていたんだけど」
妹友「どこまで優しいんでしょうね、妹ちゃんは。そのときの電話で本当に大好きなうちのお兄ちゃんを傷つけてしまった埋めあわせを今日しているんでしょ」
兄「それが恋人つなぎ?」
妹友「初めての登校デートのときは、そっと寄り添うだけで手をつないでなかったですからね。お兄さんを傷つけないように振る舞った行動の結果、妹ちゃんが大好きなうちのお兄ちゃんを傷つけてしまった。その埋めあわせがさっきの恋人つなぎなんじゃないですか」
兄「そうなのか」
妹友「妹ちゃんがお兄ちゃんを好きだとすると、埋め合わせは恋人つなぎくらいでは終らないでしょうけどね」
兄「嫌なことを平然と言うなおまえは。証拠もない話じゃんか。俺は妹を信じるぜ」
妹友「哀れですね。お兄さんが本当に妹ちゃんのことが好きだったら、もう妹ちゃんを解放してあげたらどうですか」
兄「俺の妹への好意ってそんなにあいつにとって重荷なのか」
妹友「妹ちゃんはね。お兄さんのことを好きだと思いますよ」
兄「はい?」
妹友「ただ、それは異性に対する愛情じゃない」
兄「・・・・・・」
妹友「お兄さんから告白された妹ちゃんは、悩んだと思います。妹ちゃんにとって異性として好きなのは、彼氏になって欲しいのはうちのお兄ちゃんだから。でも、妹ちゃんは自分の兄貴に傷付いて欲しくなかった。自分の兄貴、つまりお兄さんへの愛情は異性に対するものじゃないけど、兄妹として家族としてお兄さんのことは好きだったんだと思います」
兄「もういい」
妹友「聞いてください。だから妹ちゃんはお兄さんなんかに異性に対する愛情はないとは言えなかった。そう言ってしまえばお兄さんが悩むしひょっとしたら自殺しかねないと思ったから」
兄「いや、そこまでは悩んでいない」
妹友「だから彼女は便宜的に両親との関係とか近親相姦のこととかを持ち出してお兄さんを振ったんでしょうね」
兄「わかったから、もう辞めてくれ」
<おまえのおかげで目が覚めた>
兄(自分でもひょっとしたらとは思っていたけど。他人にはっきりと口に出されると本気で死にたくなるな)
兄(俺の気持があいつにとってそこまで迷惑だったとしたら。それなのに俺のことを想って優しい嘘をついてくれていたのだとしたら)
兄(もうやめよう。妹と彼氏との関係を探る意味なんてない。妹友の言うことには残酷なほど説得力がある)
妹友「・・・・・・お兄さん?」
兄「ああ」
妹友「ごめんなさい。お兄さんには真実に目覚めて欲しかったんですけど、ちょっと急ぎ過ぎました」
兄「いや。これくらいはっきりと言ってもらった方がよかったよ」
妹友「そうですか」
兄「ああ。でないと、このまま妹を監視して妹がおまえの兄貴とキスをしたところを目撃したとしても、おれはまた都合のいい幻想でその場面を解釈しちゃったろうからな」
妹友「お兄さん」
兄「しかしおまえってよくそこまで人の気持がわかるのな」
妹友「それは」
兄「それにどうしてそこまで俺に厳しい、じゃなくて俺のことを考えてくれるんだ」
妹友「まあ、お兄さんを見るのも妹ちゃんをみるのも、あたしにとっては鏡を見ているようなものですからね」
兄「え?」
妹友「いえ。何でもありません。それよりあたしたちも図書館内に侵入しましょう」
兄「俺もう帰る」
妹友「妹ちゃんとお兄ちゃんの仲を見届けないんですか?」
兄「もういいや。おまえの言うとおりだと思う。これ以上妹に迷惑をかけるわけにいかないし」
妹友「そうですか」
兄「ああ。今日はありがとな。おまえのおかげで目が覚めたよ」
妹友「・・・・・・それならよかったですけど」
兄「まあ、もう少ししたら引越しだしな。妹と物理的に離れれば俺も妹離れができるだろう。妹の方はとっくに兄離れできてるみたいだし」
妹友「そこまでは言ったつもりはないのですけど」
兄「いや。じゃあ、今日はありがと。またな」
妹友「・・・・・・またです。お兄さん」
兄(結果的にはこれでよかったんだ。自分でも感じていたはずなのに、妹への未練にしがみついていたからはっきりと理解できなかったんだな)
兄(ショック療法みたいなものだけど、妹友のしてくれたことは結果的には俺のためになったんだ)
兄(まあ、妹友も俺にキスとかはやりすぎだけど)
兄(あれは忘れよう。俺は女と付き合い出したんだし、覚えていられても妹友だって困るだろうし)
兄(同じ大学で同じマンションの隣同士の女が俺の彼女。もう実家に住んでいる妹、しかも好きな男がいる妹への変態的な欲望に悩むのはやめよう)
兄(好きの反対は無関心か。妹には俺に対する愛情はなかったのか。優しさはあるにしても)
兄(妹にはこれまでどおりの関係でいるよう努力すると約束したけど、こうなったらそれももう無理だ。これまでどおりに振る舞える自信なんてない)
兄(・・・・・・妹よ。弱い兄貴ですまん)
兄(家に帰って荷物をまとめよう。契約的には明日からは引越しできるわけだし、早めに引っ越して妹のそばから消えてあげよう。その方が妹も気が楽だろうし)
兄(そうと決まれば今日は引越しの準備だ。それで引越し先から卒業式までの間、高校に通えばいいんだ)
兄(それなら顔を会わせるたびに妹に気まずい想いをさせなくて済むし)
兄(女はいつ引っ越すのかな。俺もこれからはマジであいつのことだけを考えよう)
兄(女に電話しようかな)
兄(・・・・・・)
兄(妹は今頃・・・・・・)
兄(いや図書館だぞ。変なことができる環境じゃねえだろ)
兄(だから。そういうことを考えるのはやめよう。それにしてたっていいんだよ。俺にそんなことを止める権利なんかねえんだから)
兄(妹)
兄(今度こそ本当に、俺の生涯で最初で最後の妹離れをするときが来ちゃったんだな)
兄(とにかく家に帰って荷造りしよう)
<ひょっとしたら妹友って自分の兄貴のことが好きなんじゃね?>
兄(よし。そうと決めたらもう迷わず行動するのみ)
兄(荷造りをしよう。別に本格的な引越しをするわけじゃない。とりあえず見の回りの物をもって引っ越してしまえばいいだけだ)
兄(幸いにも親は多忙で放任状態だし、母さんは部屋を一緒に決めただけで親の責任を果たしたと思って満足しているしな)
兄(この鍵が手許にある以上、断固として引越しをする)
兄(妹にも黙って)
兄(・・・・・・いや、さすがに妹に黙ってはまずいか。両親が帰宅しなければあいつは一人でこの家で暮らすことになってしまうし)
兄(でも、俺がいない方があいつにとっては精神衛生上いいのかもしれない。たとえ両親不在で一人きりになったとしても)
兄(それに俺がいなくなったらさっそく彼氏を家に引き込んだりして。ははは)
兄(・・・・・・自虐ネタはよそう)
兄(あれ)
兄(スマホが振動している)
兄(・・・・・・メールか)
from:妹
sub :無題
『ママから電話で今晩はパパもママも家に帰れないって。あたしも学校の友だちと遊んでいるので少し家に帰る時間が遅くなると思うから、お兄ちゃんは適当にご飯食べてね』
『遅くなるのはママには内緒にしてね。ママすぐに怒るんだから。お兄ちゃんがあたしに告白したことは黙っていてあげるからお願いします(はあと)』
兄(学校の友だちと遊んでいるだと。彼氏と一緒にいるくせに。おまえの学校はいつから共学になったんだよ。しかも願いじゃなくて脅迫かよ)
兄(はあ)
兄(まあ、想定どおりの言い訳だ。妹友の言うとおりだ。やっぱり妹は彼氏のことが好きなんだ)
兄(妹友には感謝しなきゃな。あいつのせいで俺は客観的に妹の感情に気がつくことができたんだし)
兄(・・・・・・)
兄(・・・・・・何で妹友は手をつないだりキスしてまで俺に気を遣ってくれるのかな)
妹友『お兄さん、じゃなかった。お兄ちゃんのことが大好きだからですよ。妹ちゃんなんかにお兄ちゃんは渡しませんからね』
兄(何で妹友は俺にまとわり付くんだろ)
兄(本当に俺のことが好きなのか。会ったばかりなのに)
兄(・・・・・・あれ。前に明確に否定されたけどさ。ひょっとしたら妹友ってやっぱり自分の兄貴のことが好きなんじゃね?)
兄(今日だって、会ったばかりの俺のためというより自分のために兄貴と妹を尾行したんじゃねえか?)
兄(確証はねえけど、ろくに知らない俺のことを好きだというあいつの言葉には相当無理がある)
兄(そういやあいつ。俺と妹を見るのは鏡を見るようだって言ってたけど、あれってやっぱりそういう意味だったのかな)
兄(・・・・・・そう考えると妹友もかわいそうなやつなのか。もう少し気を遣ってやればよかったな)
兄(とにかく俺はもう迷わない。引越して女と二人で暮らすんだ。いや、もちろん同棲的な意味ではないが。そうだ早めに引っ越すってことを女に知らせておくか)
兄(・・・・・・女のやつ電話に出ねえ。付き合い出したばかりだというのに)
兄(とりあえず最小限の荷造りでもしておくか)
兄(・・・・・・よし)
妹「何やってるの」
兄「・・・・・・妹?」
妹「何でこんな散らかった部屋の床で寝ちゃってるのよ」
兄「うん?」
妹「起きた?」
兄「・・・・・・」
妹「こら起きろって」
兄「何だ何だ(目が覚めた。つうか何で妹が俺の部屋にいるんだ)」
妹「お兄ちゃん、お風呂にも入らないでこんな夜中に何やってんの」
兄「おまえ、いつ帰ったの」
妹「今さっき」
兄「学校の友だちと一緒で遅くなるんじゃなかった?」
妹「・・・・・・そうだけど。みんな家を気にして早く帰りたがってたから、思っていたより早く帰れたの」
兄(こいつ目を逸らしやがった。何が友だちと一緒だ。男と二人で一緒にいたくせに。まあ、俺なんかには平気で嘘をつけるってわけか)
妹「夕食は食べたの?」
兄「忘れてたわ」
妹「あのさあ」
兄「いや、ちょっと引越しの準備をしてたら思わず眠くなってさ」
妹「引っ越しって。いくらなんでも気が早過ぎるよ。まだ卒業だってしてないのに」
兄「後期合格組のやつが参入してくると引越屋も混むしな。何事も早目早目に動くのがコツだ」
妹「そうか。じゃあこれからご飯作るね。食べてないんでしょ」
兄「いやいい」
妹「・・・・・・え」
兄「いい」
妹「何で? お兄ちゃんの好きなオムライス作るよ」
兄「食欲ないし」
妹「・・・・・・お兄ちゃん、今まであたしが夕ご飯を作るって言ったら今までは必ずて食べてくれたのに」
兄「そんなことまでしなくても、おまえの帰りが遅かったなんてチクらねえから。それに結果的には怒られるほど遅くなってねえじゃん、おまえ」
妹「やだ。あんなの冗談に決まってるじゃん。何でマジになってるの」
兄「ごめんな」
妹「・・・・・・何で謝るの? いつもみたいに笑えない冗談で返してよ」
兄「もう寝るな。お休み」
妹「ねえ。本当にどうしちゃったの? こんなのやだよ」
兄「何か本当に疲れてるんだわ」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「・・・・・・俺、明日から新しいアパートで暮らすから」
妹「・・・・・・何でよ」
兄「何でって」
<新生活>
兄(とりあえず俺が学んだこと)
兄(大学というところはいくら講義をさぼっても、一週間行かなくても親に電話がかかってこないということ)
兄(なので一人暮らしということもあって学校側から強制されない分、規則正しく大学に行くには何らかのモチベーションが必要だということ)
兄(思うに学問すること自体が大学進学の目的になっているやつは別として、ほとんどの連中は友だちと会うとかサークルに行くとかそう言う動機で大学に通っているのだろう。つまり講義はそのついでと言ってもいいな)
兄(まあ、以前からわかってはいたことだけど、ぼっちが通学し続けるのには相当なインセティブがない限りは血の滲むような努力が必要になる)
兄(そこで負けたやつには留年とか中退とかそう言う道が待っている)
兄(言うまでもなく、半ば予想したとおりだが俺には大学で新しい友だちができなかった。まあ、そのために努力したかと問われれば微妙だけど)
兄(・・・・・・)
兄(それなのに、俺がこれまで一度も講義をサボっていない理由。しかも体育実技も含めてだけど)
兄(それはまあ)
女「ほら、もう行くよ。さっさと支度しなさいよ」
兄「わかってるって」
女「何よその顔。たかが夜中の三時まで一緒にゲームしてたくらいで何でそんなに憔悴しきってるのよ」
兄「俺はもともと一日八時間は寝ないと元気が出ねえんだよ。だからもう止めて寝ようって言ったのに」
女「勝ち逃げ禁止」
兄「もともとコンシューマーのゲームは好きじゃないんだよな」
女「何わけのわからない外国語を使って誤魔化してるのよ」
兄「いや。パソゲーの方が好きで」
女「ああ、エロゲのことか。確かに昔からあんたはそういうの好きだったんっだってね」
兄「なぜそれを。この年まで誰にも知られたことがないはずなのに」
女「『あかね色に染まる坂』、『ヨスガノソラ』、『SuGirly Wish』、『初恋』、『思春期』、『絶対妹至上主義』。まだあったけど、メモしといたのはこんなところかな」
兄「なぜそれを」
女「あんたのPCを家捜ししたら出てきた。全部実の妹とエッチするゲームじゃん」
兄「・・・・・・言いわけしていい?」
女「しなくていいよ」
兄「え」
女「あんたシスコンなんでしょ? 妹ちゃんにマジで告白するくらいの。だから今さらこんなので驚かないよ。そりゃ、ロリコンモノとか熟女モノとか女教師モノとか出てきたら引くけれども」
兄「ああ、それはない。安心して」
女「でもちょっと寂しいなあ。同級生モノとかないの?」
兄「あ、あるよ。昔のゲームの復刻版だけど」
女「そう? あんたも同級生の女の子と付き合う願望とかあったんだ。何か嬉しい」
兄「え? あ、まあ」
女「まだ大学行くまで時間あるからさ。さわりだけ見せてよ」
兄「(ここはシスコンの汚名を晴らして女ラブなところをアピールするチャンスだ)いいよ。ちょっと待って」
女「まだ?」
兄「よし。起動した。オープニング画面をカットして」
『同級生2』
唯『お兄ちゃん?』
主人公『なんだ唯か』
女「・・・・・・ねえ。何でこの女はお兄ちゃんって言ってるの?」
兄「(しまった)ち、違う。唯は妹じゃなくて」
女「ふふ」
兄「え」
女「慌てるなバカ。こんなことくらいで動じるあたしじゃないって」
兄「いや唯は別に実の妹キャラじゃ」
女「あんたのそういうとこも含めて好きになったんだから」
兄「う、うん(本当に唯は妹キャラじゃないんだけどなあ)」
女「じゃあ、行こう。今日はニ限から講義だよ」
兄「おう」
<じゃあ、何であたしに手を出さないの?>
女「ねえ」
兄「うん?」
女「あんたさ。あたしのことうざいとか思ってない?」
兄「別に思ってねえけど」
女「本当?」
兄「うん。何で突然そんなこと聞くの」
女「だってさ。中学高校のときは単なる友達同士だったでしょ? あたしたちって」
兄「ああ。おまえには彼氏もいたしな」
女「それがさ、今では大学にいるときも、大学への行き帰りも家に戻ってからもずっと一緒じゃん」
兄「まあ、履修登録のときに同じ授業ばっか登録したし、アパートの部屋は隣同士だし自然とそうなるよな」
女「そのうえ夜はいつもどっちかの部屋でゲームしたりお酒飲んだりしてるじゃない?」
兄「うん」
女「あたしってうざくない?」
兄「全然そんなことは思ってねえよ。それよかバス来たぞ。あれに乗らないと二限がやばいぞ」
女「うん」
兄「何とか間に合ったな。あそこに席が空いてるから座ろうぜ」
女「・・・・・・」
兄「何だよ」
女「本当にうざいって思ってない?」
兄「思ってねえよ(ちょっとだけうぜえ)」
女「じゃあ、何であたしに手を出さないの? 一緒に暮らし出してもう一月以上経つのに」
兄「何でって言われても。手を出すってどういう意味?」
女「ばか。何度も言わせるなよ」
兄「・・・・・・俺。童貞だし経験ないし」
女「はあ? んなこと聞いてないよ」
兄「でもよ」
女「この一月、毎日一緒に登校して学内でも一緒にいて、帰りも一緒。帰ってからもどっちかの部屋で食事してゲームしたりテレビ見たりしたでしょ」
兄「うん」
女「なのに何でキスもしないの? 何でシャワーから出てきたあたしから目を背けるの?」
兄「あのさ」
女「・・・・・・」
兄「悪い。でも、おれそういうスキル皆無なんだよね」
女「何でよ。あんた昔からもててたじゃん。言いわけしないでよ」
兄「誤解するなよ?」
女「うん?」
兄「俺って昔から妹しか見えていなかったし。でも妹にそういうことをするなんて、それは脳内ではあったことはあったけど、実際にそんなことをしようなんて思ったこともなかったんだよね」
女「何が言いたいのよ」
兄「だからさ。うつ伏せに寝転んでゲームしているおまえに、そのムラムラしたことはあったけど知識と経験と、何より勇気がなくてさ」
女「はあ? 何それ」
兄「笑うなよ。しかもそんなに大声で」
女「あはは。でもまあいいか。そういうことなら許してあげるよ」
兄「何で上から目線なんだよ」
女「別にそういうわけじゃないよ。でもまあいいか。気は晴れたし。じゃあ、これからはお姉さんがリードしてあげるよ」
兄「おまえ俺と同い年だろうが。つうか誕生日だけ言えば俺の方が年上だ」
女「どうも兄とは経験値が違うみたいだしね」
兄「何を偉そうに。おまえだって兄友しか経験ないんだろうが」
女「え」
兄「それとさ。兄友はおまえにすぐに手を出したりしたの?」
女「・・・・・・」
兄「あ、すまん。その」
女「・・・・・・気になるの?」
兄「いや。そう言うわけじゃ」
女「・・・・・・着いたね。バス降りよ」
兄「うん」
<ダーリン?>
女「じゃあ、しばらくお別れだね。ダーリン」
兄「周囲のやつらがいちいち反応してるんですけど」
女「勝手に妄想させておけばいいじゃん。あたしとあんたのラブラブの仲を」
兄「だって恥かしいじゃん」
女「気にし過ぎだって。周りだってカップルなんて山ほどいるって」
兄「それはそうかもしれないけど」
女「しかし履修登録で完璧にあんたと一緒に過ごせるように計画したはずなのに」
兄「まあ、必修の体育実技だけは男女別だしな」
女「寂しいよダーリン」
兄「ああ、はいはい」
女「ダーリン冷たい」
兄「そろそろ更衣室行かないと体育に間に合わないぞ」
女「ダーリン?」
兄「そう呼ぶのよせって。何?」
女「あたしの着替え覗きたい?」
兄「てめえ。わざとやってるな」
女「ダーリン恐い」
兄「さっさと行け」
女「二号館のロビーで待ち合わせね」
兄「わかった」
女「じゃあ、体育頑張ってね」
兄「ほい。そっちもな」
兄(じゃあ俺も男子更衣室行こう。確か今日はストレッチするとか言ってたな)
兄(大学に入ってまで体育とかうぜえ)
兄(しかし、女がいなかったら絶対この単位は落としていたな。無理矢理朝起こされて連れて来られるから何とか履修できているんだし)
?「兄じゃねえか」
兄「な、何だ」
?「おーい。久し振りじゃんか」
兄「(げ。今三番目に会いたくないやつが)おう。兄友じゃんか」
兄友「同じ大学に入ったのにおまえと会えたのは初めてだな」
兄「お、おう。そうだよな」
兄友「おまえこれから講義?」
兄「体育実技なんだけど」
兄友「何だよ。真面目にそんなの受けてるのかよ」
兄「だって必修じゃん」
兄友「体育実技は出席取らねえからさ。真面目に出席するだけ損だって」
兄「え。マジで?」
兄友「おう。サークルの先輩に聞いたんで間違いねえよ」
兄「これまで真面目に出席して損した」
兄友「おまえって情報に疎いのな。こんなの常識だぜ」
兄「まあ、友だちができないんでろくに話してないからな」
兄友「何だよ、おまえ。大学に入ってもぼっちなのかよ」
兄「ほっとけ」
兄友「まあそういうわけで、体育なんか出席しなくても平気だからよ。ちょっとどっかで話そうぜ」
兄「おまえ講義は?」
兄友「ダチに出席票頼んできたから、出なくても平気だよ」
兄「・・・・・・」
兄友「じゃあ、行こうぜ。俺、今日はおまえを探してたんだよな。ちょうどよかったぜ」
兄「何なんだ」
<後輩の子にはめられたんだ>
兄「へえ。チェーンのカフェじゃなくこういう昔ながらの学生街の喫茶店みたいな店ってあるんだな」
兄友「おう。こういう店は先輩たちに教わらないとなかなか発見できないけどな」
兄「なるほどね」
兄友「ところでさ、今日はここは俺が奢るよ」
兄「別にいいって」
兄友「いや。その代わりに聞きたいんだけどよ」
兄「何を?」
兄友「言い難いんだけどさ。俺、女と別れたんだよな」
兄「ああ(つうかそんなことは女本人から聞いて知ってるつうの)」
兄友「驚いたよな? 俺さ、女を傷つけちゃったんだ」
兄「そうか」
兄友「驚かないのか」
兄「女から聞いたから」
兄友「そうか。まあ、おまえと女って前から仲良かったしな」
兄「そうでもねえよ」
兄友「たまにお前らが一緒にいるところを見ると、俺とおまえといったいどっちが女の彼氏なんだって嫉妬したことがあるよ」
兄「おまえ、アホか」
兄友「まあいいや。俺さ、後輩の女の子に手をつけちゃってよ」
兄「手をつけるって? 手でもつないじゃったのか? それも恋人つなぎとか」
兄友「そんなんなら悩まねえよ。後輩の子を抱いちゃったんだよ」
兄「え」
兄友「笑えるだろ? そうなっちゃったらもう逆らえなくてよ。結局後輩の子の前で女を振ることになったんだけど」
兄「実はそれは聞いた。あいつ、泣いてたぞ」
兄友「そうか。でも、本心じゃなかったんだ」
兄「それ、女に言っても信じないと思うけど」
兄友「本当だって。俺は後輩の子にはめられたんだ。妊娠したって言われて」
兄「何それ」
兄友「そう言われたら責任とるしかねえだろうが。俺だってつらかったけど、後輩に言われたとおり女を振ったんだよ。俺はおまえより後輩の方が好きだから別れてくれって」
兄「・・・・・・」
兄友「あいつは別れてくれたよ。泣きながら、本当に悲しそうに泣きながら」
兄「で? 結局おまえはどうしたいの」
兄友「昨日さ、きっぱりと後輩ちゃんとは別れてきた。だって、あいつの妊娠って嘘だったんだぜ。俺を女から奪おうとしたんだって」
兄「でもよ。おまえ、子どもができるようなことしたんだろ? 女がいるのに」
兄友「わかってる。でもあれは遊びのつもりだったんだ。女が許してくれるなら復縁したい。女と一緒にこの大学で青春したい」
兄「おまえさ。その後輩とは別れたの?」
兄友「まあ。女とよりを戻せたら本気で別れる」
兄「まだ別れてないんだな?」
兄友「だってよ・・・・・・」
兄「おまえ、ふざけんな。どんだけ女が悩んだと思ってるんだよ!」
兄友「何でおまえが怒るんだよ。おまえは女じゃなくて俺のダチだろ」
兄「おまえはもう女に関わるな」
兄友「何でだよ? てめえに言われる筋合いはねえよこのシスコン野郎」
兄「・・・・・・女はおまえを忘れようとして努力してるんだ。おまえは黙ってフェイドアウトした方がいいよ」
兄友「おまえさ。やっぱり女のこと狙ってるだろ。シスコンとかフェイクかましながら」
兄「・・・・・・」
<恐いよー。だからチューして>
女「おい。何で校外の喫茶店にいるんだよ。噴水のところで待ち合わせっていったじゃん」
兄「あ、悪い」
兄友「女」
女「え・・・・・・。何で? 何で兄友が兄と一緒にいるの」
兄「気にしなくていいよ。次の講義に行こうぜ」
女「え、えと」
兄友「待ってくれ、女。俺が悪かったからちょっとだけ話を聞いてくれ」
女「・・・・・・どういうこと」
兄友「女。この間は本当に悪かったけど、俺は間違っていた」
女「何言ってんだてめえ」
兄友「悪かった。俺どうかしてたんだ。大切なおまえにあんなひどいこと言うなんて」
女「何? あんた今さら何言いたいの」
兄友「後輩ちゃんと浮気しちゃったのは事実だよ。本当に悪い。受験で気が立っていたしおまえとも滅多に会えないところに付け込まれてさ。そんで妊娠したから責任取れって言われて。もうそうなったら仕方ないと思って。本当にごめん」
女「はあ?」
兄友「悪い。本当に悪い。でも、やっぱり俺にはおまえしかいないんだ。頼むから俺とやり直してくれ」
女「・・・・・・まあ、いいか」
兄(え?)
女「許してあげるよ。兄友が無節操なことなんて最初からわかってたしね」
兄(兄友のこと許すのかよ。俺、また失恋するの?)
兄友「ごめん。でも、今はおまえだけだよ。二度と他の女には目もくれないと誓うよ」
女「あはは」
兄友「え?」
兄(え?)
女「わかった。兄友のことは許すよ。それにそんなにあたしに気を遣わなくていいって」
兄友「許してくれるのか」
女「うん。許すよ」
兄(・・・・・・まあ、俺なんかじゃこんなもんか。女がこれで幸せなら何も言うまい)
兄(大好きな妹。てかなんでこんな修羅場で妹のことを思い出すんだろう)
兄友「じゃあさ、仲直りのしるしに今夜一緒に」
女「はあ?」
兄友「え」
女「兄友のことは許したよ。でも、何でそれが今夜一緒にとかってなるわけ?」
兄友「だってよ。せっかく復縁したんだし」
女「してないし」
兄友「だって俺のこと許してくれたんだろ」
女「あんたがあたしを振ったことは許した。でも、誰があんたと復縁するなんて言った?」
兄友「え? そんなのねえよ」
女「あたしにはもう大好きなダーリンがいるんだし、あんたなんかとやり直す気なんてないよ」
兄友「おい。ふざけんなこのビッチ」
女「きゃあ恐い。ダーリン助けて」
兄「え」
女「兄君、助けて。恐いストーカーがあたしを襲うとしてるの」
兄「えと」
兄友「・・・・・・そういうことかよ」
女「そういうことよ。理解できたならさっさと消えて。せっかく許してあげたんだから」
兄友「おい兄。てめえはどこまで節操ねえんだよ。実の妹を好きになるわ、挙句に親友の女に手を出すわ」
兄「ちょっと待てよ」
兄友「このままじゃ済まさねえからな」
女「きゃあ、恐いよう。兄君、あたしを抱きしめて」
兄「お、おい」
女「何よ。あたしの彼氏ならもっと強く抱きなさいよ」
兄友「お前ら、俺をコケにしたことを後悔させてやる」
兄「おい女」
女「兄~恐いよー。だからチューして」
兄友「・・・・・・ふざけるな。おまえらいい加減に」
兄「これでいい?」
女「うん。うふん、何か暖かい」
兄友「・・・・・・」
<まだ少しだけ兄友に気があるからじゃねえの?>
女「あはは。あいつの顔見た? 面白かったねえ」
兄「おまえ兄友に全然未練ないの」
女「ないよ。あいつの顔なんか二度と見たくないって思ってたけど、あたしとあんたがキスしたときのあいつの顔ったら超面白かったし。あいつと会えて結果オーライだったね」
兄「そうかな・・・・・・って、おまえキスしているときは目閉じろよ」
女「細かいことは気にすんな」
兄「気になるって。俺だけ目を瞑ってたらバカみたいじゃんか。まあいいけど」
女「ごめん。これからはちゃんと目を瞑るから」
兄「いや、まあいいけど」
女「うん」
兄(可愛い笑顔。今まで全然気がつかなかったな)
兄「おまえさ」
女「なあに」
兄「(う。可愛い)そのさ。兄友ってある意味後輩の子に騙された被害者じゃん?」
女「うん?」
兄「いやさ。確かに二股かけてたのは最低だけどさ。結局後輩の子が妊娠してないってわかったらあいつはおまえを選んだんでしょ」
女「だから何が言いたいのよ」
兄「いやさ。ちょっとは心を動かされねえのかなって思って」
女「あんたバカ?」
兄「いや」
女「あたし言ったでしょ? 兄友と付き合っていてもあんたのことが忘れられなかったって」
兄「うん。わかってる」
女「じゃあ何でそんなこと言うのよ」
兄「だってさ。兄友が慌てている様子を見てさ」
女「何よ」
兄「兄友につらい思いをさせられたから、あんな腹いせみたいなことをして気が晴れたんだろ」
女「うん。すっきりしたよ」
兄「それってまだ少しだけ兄友に未練があるからじゃねえの?」
女「そんなわけあるか」
兄「ならいいけど」
女「何でそう思ったのよ」
兄「いや。好きの反対は無関心らしいからさ。さっきのことで気が晴れたっていうことは、まだ兄友に対して無関心になっていないからじゃねえの」
女「あんたも意外とよく考えているのね」
兄「何か変なこと言ってごめんな」
女「ううん。でも、本当にあいつには未練なんかないのよ。ただ、あんな振られ方して悔しかったしさ。見返してやれて嬉しかっただけ」
兄「そう。まあ、何となくそういうのってわかる気がするよ」
女「うん。でももうすっきりした。これで本当にあいつとはおしまい」
兄「そうか」
女「お互いに振られて始まった交際だけどさ。あたしはもう元彼には何の未練もないよ。あんたの言うとおり無関心。そういう意味ではやっぱりさっきあいつと会ったのは無駄じゃなかったんだね」
兄「・・・・・・そうか」
女「正直あいつのことを少し引き摺っていたからね。これですっきりした」
兄「よし。わかったよ。変なこと言って悪かったな」
女「あんたは?」
兄「へ」
女「あんたもまだ失恋を引き摺ってるんでしょ」
兄「正直に言うとな」
女「うん」
兄「まだかなり引き摺っている」
女「まあ無理もないか。ついこの間のことだもんね」
兄「まあな」
女「じゃあ、次はあんたの問題を解決しようよ」
兄「何だって?」
女「あたしだけすっきりしたんじゃ不公平じゃん? それにあたしだって自分の彼氏にはあたしだけを見て欲しいし」
兄「すまん。おまえが何を言っているのかわからん」
女「簡単なことなのに。何でわからないの?」
兄「何でと言われてもわからないものはわからないし」
女「今日のあたしの置かれた状況を自分に置き換えてみなよ」
兄「へ」
女「あ、やばい。次の講義が始まっちゃうよ。急ごう」
兄「ちょっと、待て。おまえ何言って」
女「なるべく後ろの席がいいな。そこで講義中に考えてなよ」
兄「待てって」
<つうかおまえ前とキャラ変わりすぎ>
女「こら起きろ」
兄「うおっ」
女「あんたちょっと寝すぎ」
兄「悩んでるんだよ言わせるな」
女「本気で悩んでいるやつがあんなに気持ち良さそうに眠るか」
兄「まあ、春だし寝不足だし。でも悩んでいるのは嘘じゃねえよ」
女「迷うことないじゃん。妹ちゃんを見返してやれよ」
兄「いや、俺は別にそういうのは」
女「何で? 妹ちゃんに振られたことがまだ割り切れないんでしょ?」
兄「うん。今でも胸の中はぐちゃぐちゃだよ」
女「あたしが彼女になったのに?」
兄「あ」
女「やっぱりね」
兄「ち、違う。つうかごめん」
女「どっちだよ」
兄「悪い」
女「ずっと妹ちゃんに黙っているつもり? あたしと付き合っていること」
兄「いや。そんなつもりはねえけど」
女「けど何? まさかあたしと付き合っていることを妹ちゃんに知られたら、妹ちゃんが傷付くとでも考えている?」
兄「いくら何でもそこまで楽天的じゃねえよ」
女「じゃあ未練がある? あたしと一緒のところを見られたらもう本当に妹ちゃんと終っちゃうとか考えてる?」
兄「そうじゃねえよ」
女「じゃあ、あたしのこと妹ちゃんに紹介して。俺の彼女だって」
兄「・・・・・・」
女「・・・・・・」
兄「・・・・・・あのさ」
女「ごめん」
兄「え?」
女「ごめん。ちょっと急ぎ過ぎた。やだな、あたし。これまで付き合ってたときだってこんなに嫌な女になったことないのに」
兄「いや。多分俺が優柔不断なせいだよ」
女「・・・・・・あたしのこと嫌いにならないで」
兄「え? つうかおまえ前とキャラ変わりすぎ」
女「今日、あんたの部屋で寝てもいい? もう妹ちゃんのことは言わないから」
兄「別に・・・・・・いいけど」
兄「ずいぶん買い込んだな」
女「まあ、ちょっと気合入れてるんでさ」
兄「休みの日に昼飯作ってくれるのは初めてだな」
女「ふふ。そうだね」
兄「長い付き合いだけど、おまえって本当に料理とかできちゃうの?」
女「ふふふ」
兄「何だ?」
女「意外性とかってマンネリの最良のスパイスなんだって」
兄「マンネリってまだ付き合ったばっかじゃん」
女「ちょっと早いけどさ。何か本能的にやばい気がして」
兄「何で? 俺は別に」
女「自分じゃわからないものなのかもね」
兄「本気でおまえの言うことはわからん」
女「まあいいよ。あんたがどんなに妹ちゃんのことを好きだったとしても、絶対にあたしの方に振り向かせてみせる」
兄「つうか、もう俺さ。おまえに告ったじゃんか」
女「え」
兄「・・・・・・だからさ。恋人同士になったんだろ、俺とおまえって」
女「うん」
兄「だからさ。もういいじゃん。兄友のことも妹のこともさ」
女「本気で言ってる?」
兄「ああ」
女「信じちゃうよ」
兄「何だよ。信じていいよ」
女「・・・・・・本気にするからね」
兄「女?」
女「何でもない。ご飯作るからもう邪魔すんな」
兄「お、おう。わかった」
<オムライス>
兄「おまえのオムライス、マジうめえ」
女「ほんと?」
兄「本当だよ。俺の母親って仕事してるから夕飯作ってくれなかったからさ」
女「あんたとはよく話していたのにそんなこと知らなかったよ。そういや昼がいつも購買のパンか学食だったね。じゃあ、高校のときは朝と夜は食事はどうしてたの」
兄「朝は抜き。夕飯はコンビニ弁当とか」
女「とか?」
兄「あ、うん。まああと。その・・・・・・妹が」
女「・・・・・・妹ちゃんがあんたのご飯を作っていたわけか」
兄「ま、毎日じゃないぞ。妹も忙しかったし」
女「アホ。そんなことまで聞いてないでしょ」
兄「まあな」
女「・・・・・・」
兄「何だよ」
女「もっと食べてよ」
兄「ああ。しかしおまえって意外と家庭的なのな」
女「何言ってるの」
兄「料理スキル高えよな。これじゃ兄友だって未練がましいわけだ」
女「ばか。家以外で料理したのなんてこれが初めてだっつーの」
兄「そ、そうか。光栄だな」
女「何で目が泳いでるのよ」
兄「これもうめえ。おまえいい奥さんになるよ」
女「・・・・・・」
女「やめてよ」
兄「マジだったのに」
女「・・・・・・ばか」
女「ってあれ」
兄「チャイム鳴ったな。誰か来たのかな」
女「・・・・・・出て」
兄「おう」
女「早く帰ってきてね」
兄「宅配便だろ」
女「早く帰ってきてね」
兄「お、おう(可愛い)」
兄「はい。今開けます・・・・・・って、え?」
妹「来ちゃった」
兄「・・・・・・・何で」
妹「何でって」
兄「えーと」
妹「ママから預かったの。通帳と銀行のカードをお兄ちゃんに持ってけって」
兄「そうか」
妹「うん」
兄「それでわざわざ来てくれたの」
妹「ええとね。あと話もしたいなって思って」
兄「話って」
妹「・・・・・お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「・・・・・・違うよ」
兄「(え? 何が違うんだ)何が」
妹「だから電話のこと」
兄(何が電話だ。何が違うだ。俺は恋人つなぎをして図書館に入っていったお前らを見てるんだよ)
妹「あのさ。お兄ちゃん。あたし本当は」
女「兄? どうしたの」
妹「誰かいるの?」
兄「あ、いや」
女「あ、妹ちゃんだ。やっほー」
妹「・・・・・・女さん」
兄(どうしよう。何て言い訳しよう)
妹「何で女さんがいるの?」
兄「いやこれは」
女「妹ちゃんお久さしぶり~」
妹「どうも」
兄「あのさ」
妹「・・・・・・真面目に悩んだあたしがバカだった」
女「妹ちゃん一緒に飲もうよ、じゃない。一緒にオムライス食べない?」
兄「だからおまえは少し黙っとけ」
女「何でよ」
妹「・・・・・・あたし帰る。カードと通帳は置いとくね」
兄「ちょっと待て」
妹「・・・・・・腕痛い。離してよ」
兄「いきなり帰ることはねえだろ。そんなに俺の顔が見たくないのか」
妹「さっきまではすごくお兄ちゃんに会いたかった。顔も見たかった。お兄ちゃんは四月から一度も家に帰って来てくれないし。でも、もうお兄ちゃんの顔なんか二度と見たくない」
兄「だから何で突然そうなる」
妹「悩んだのに。お兄ちゃんのこと傷つけちゃったって本気で悩んでたのに。お兄ちゃんはもう女さんを部屋に連れ込んでるんだ。そんな程度の軽い想いで人に告白したりするな!」
女「妹ちゃんもしかして怒ってる?」
妹「もしかしなくても怒ってます。ていうか女さん?」
女「なあに」
妹「兄友さんがいるのに、何でこんなやつと二人きりでいるんですか」
女「兄友とは別れたもん。そんで今ではあたしの彼は」
兄「ちょっと待て」
女「何で? あたし兄とは」
兄「あ~あ~あ~! 何も聞こえない」
妹「ちょっと黙れ。女さんの話が聞こえないでしょ」
兄「いや、これはその」
女「妹ちゃん。あたしと兄はお付き合いしてるの。お互いラブラブな仲なの。昨日だって一緒にこの部屋で寝」
兄「・・・・・・もうよしてくれ。いっそ一思いに殺してくれ」
妹「・・・・・・」
女「妹ちゃんにだってわかるでしょ? あなたにだって年上の素敵な彼氏がいるみたいだし」
妹「誰に聞いたんですか」
女「誰って兄に決まってるじゃん」
妹「お兄ちゃん・・・・・・知ってたの」
兄「いや。知ってたというか知らされたというか」
女「あたしも見たよ。一緒に登校している妹ちゃんたちの姿を。彼、背高いね。何か寄り添っちゃって超ラブラブって感じ?」
妹「・・・・・・あなたには関係ないでしょ」
女「関係あるよ。あたし、兄の彼女だもん」
妹「・・・・・・あたし帰る」
女「妹ちゃん何で不貞腐れてるの?」
妹「別に」
女「あんたさあ。兄とは付き合えないって言って兄のこと振ったんでしょ」
妹「そんなことまでペラペラ喋ったの? お兄ちゃん最低」
女「最低はあんただよ妹ちゃん」
妹「・・・・・・あなたなんかに言われたくありません」
女「じゃあさ。今日はいったい何しに来たの? 休日なのにわざわざ」
妹「通帳とカードを」
女「そんなの書留で送ればよくない?」
妹「・・・・・・」
女「自分は兄のことを振って彼氏とベタベタしてるくせに、兄があんたを忘れようとして彼女を作ったら今度は兄に嫉妬かよ。答えてみ? 今日は本当は何しに来たの」
妹「あなたには関係ないでしょ」
女「当ててあげようか? どうせ妹ちゃんに振られて落ち込んでいるはずのお兄ちゃんを慰めてあげよ! とかって軽い気持で来たんでしょ。自分には彼氏がいるくせに」
妹「ち、違う」
女「そしたら兄の部屋に彼女がいたんでかっとなったてところでしょ。自分は彼氏がいて兄を振ったくせに、その兄に彼女ができることが許せないんでしょ。あんた、どこまで身勝手なのよ」
兄「いや。妹だってそこまでは考えてないよ。もうよせよ」
女「あたしはあんたが妹ちゃんに軽く扱われているのが気に入らないの。どうせ兄のところに来るなら、彼氏と別れて兄に告白するくらいの覚悟で来いっつうの」
妹「・・・・・・らないくせに」
女「何言ってるのか聞こえませ~ん」
妹「あたしのことなんか何も知らないくせに。お兄ちゃんもあんたも大嫌い」
兄「ちょっと待て」
妹「うるさい! 離せ」
兄「おいって・・・・・・行っちゃった」
女「追い駆けちゃだめ」
兄「妹にあそこまで言うことはねえだろ。いったい何考えてるんだよ」
俺は切れ気味に女を問い詰めた。女は俯いた。妹に話していたときの威勢の良さはもう
全く感じられなかった。
「ごめん」
女の目には大粒の涙が浮かんでいた。問い詰めようとした俺は女のその様子に躊躇した。
その場を嫌な沈黙が漂った。床には妹が置いていった通帳とカードの他に布製の小さな
手提げ袋が放置されていた。泣いている女に何と話しかけていいかわからなかった俺は、
時間稼ぎにその手提げを覗いた。
その中には妹が作ったらしいオムライスを収めた透明なタッパーが入っていた。
続き
妹と俺との些細な出来事【2】