第三十九夜 妖精の輪
幸子「142’sの!」
小梅「ら、ラジオ……」
輝子「百物語だぜーっ! フハハハハー!!」
小梅「白坂小梅のラジオ百物語」
https://ayamevip.com/archives/58362726.html
小梅「白坂小梅のラジオ百物語」 Season 2
https://ayamevip.com/archives/58470972.html
小梅「白坂小梅のラジオ百物語」Season3
https://ayamevip.com/archives/58664483.html
元スレ
小梅「白坂小梅のラジオ百物語」Season4
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381326554/
幸子「輝子さん、音割れしない程度にってスタッフさんが」
輝子「あ、はい。すいません」
小梅「え、えっと、白坂小梅のラジオ百物語……今日は、二人に来てもらって、さ、三人でお送りします」
幸子「改めまして、こんばんは。輿水幸子です」
輝子「こ、こんばんは。フヒッ……星輝子、だよ」
幸子「いつもは、小梅さんと、鷹富士茄子さん、白菊ほたるさんの三人なんですよね?」
小梅「うん。そう」
幸子「番組的には、茄子さんっていう大人が一人いるから、まとめやすそうですね」
小梅「そう……かも。茄子さんにはお世話になってる……」
幸子「まあ、今日はこのボクにその役目が期待されているんでしょうけど。もちろん、しっかりと果たしてみせますよ。ボクはカワイイですから!」
輝子「う、うん。幸子は……カワイイ」
小梅「うん。さっちゃんはカワイイよ」
幸子「当然です! さて、今日からこのラジオは第四シーズンの開始と言うことでしたね」
輝子「……そんな……おめでたい時に、私たちがゲストで……いいのかな?」
小梅「偶数シーズンの初回は……私の仲良しの人に来てもらってるから……」
幸子「メインパーソナリティの小梅さんがやりやすいようにするのが一番ですからね! ボクたちはユニット活動もしてるから話しやすいでしょう」
輝子「……そっか、なるほど」
幸子「それでは、進めていきましょうか。第三シーズンの感想なども来ているようですが、それは後回しとしまして……」
小梅「うん……。まずは、メインコーナーの……アイドル百物語から」
輝子「さ、幸子はもうやってるよね。こっくりさんの……やつ」
幸子「そうです。ボクの体験談でしたね」
小梅「かっこよかったって……リスナーの人からも、好評……だった」
幸子「それはうれしいですね。まあ、あんな経験、しないにこしたことはないと思いますけど」
輝子「だから……きょ、今日は私の……親友の話」
小梅「やっぱり……キノコにまつわるお話?」
輝子「そう……。妖精の輪の、お話」
幸子「あ。あれって、キノコ関連だったんですか?」
輝子「そうだよ。まず菌糸が……」
小梅「あ、そ、その話は、ちゃんとコーナーに入ってから……」
輝子「あ……そうだった」
幸子「ふむ。では、早速輝子さんのお話を聞くとしましょうか。アイドル百物語。本日は星輝子さんのお話です」
小梅「どうぞ……お聞きください」
輝子「……うん。フヒヒ」
○一言質問
小梅「急に自分がキノコ人間になってたら……どうする?」
輝子「トモダチと同化……。きっと、楽しいね……フフ」
えっと、星輝子です……。
え?
もう自己紹介はいい?
あ、うん。
あの……。
ええと、このお仕事……アイドルをやってると、いろんなお仕事をすることになる。
……昔は想像しなかったようなことも。
幸子のはちょっと別な気もするけど。
うん。
私はトモダチ……キノコのことが好きって業界で話題になってるらしくて……。
クイズ番組とか、キノコ関連の話題だと呼ばれることが……多い。
その中で……大学でキノコの研究をしている先生の取材とかも……したりする。
これは、そのときに聞いたお話、だよ。
ここでさっきの話に戻るけど……。
妖精の輪っていう現象が、あるんだ。
輪っかの形に植物が枯れたり、逆に……輪の部分だけすごい成長したりする。
これを昔の人は妖精が踊り狂った後だって言ってたみたい。
実際には……キノコの菌糸がある一ヶ所から地下で伸びていくのが原因。
菌糸の先端の部分が栄養を吸い取って植物を枯らしたり、逆に植物の栄養になる物質を出して、にょきにょき生やしちゃったりする。
これが菌輪っていう現象。
他にも世界のある地域では、土の中の虫が同じような役割を果たして、できあがることもあるんだって。
でも、今日は菌輪の話。
その研究室では菌輪を作る種類のキノコを研究してたんだけど……。
ある学生さんの地元で、よく見られるってことで、調査しに行ったんだ。
学生さんによると、山に入ると立派な妖精の輪がいくつも見られるんだって。
ただ、地元では、それは……なんとなく避けられてるような感じがあった。
まあ……森の中で、いっぱい下生えも生えてるところに、急に丸く草が枯れてたら、びっくりするよね。
うん、私もびっくりする。
地元では、それは忌み地って呼ばれてて、特に子供は近づかないようにって言われてたらしいよ。
神隠しにあうかもしれないからって。
西洋の妖精も……人をさらったりするらしいから、似たような言い伝え……かも?
実際、その山のある村に着くと、先生は、村の人たちから言われたらしいんだ。
忌み地をいじるのは構わないけど、絶対にその中に体の全部を入れちゃいけないって。
先生は不思議に思って、体の一部ならいいんですか、と聞いてみた。
そうしたら、腕を入れるくらいは大丈夫だって。
ただ、体の全部じゃなくても、出来れば頭は入れない方がいいだろうな、と言ってる人もいたみたい。
いろいろな風習があるものだなと思ったって。
でも、そういう……地方の言い伝えに口を出すのは先生の分野とは違うから、村の人の言うことを尊重することにしたんだって。
その土地の菌輪はそこまで大きなものではないから、体を入れなくても土とかのサンプルは採れる。
それに、それよりも、周囲の状況を記録したりのほうが多いから。
そうして、調査が始まって……。
だいぶ記録やサンプルが集まったと同時に、ちょっと慣れてきて、気が抜けはじめた頃。
先生は、輪の中に頭をつっこみそうになった。
足が木の根っこにひっかかって、転びかけた拍子に、体が輪の中に入っちゃったんだね。
途端に、目の前が真っ暗になったんだって。
めまいとかそういう暗さじゃなく、急になにかに包まれたみたいな感覚。
それと同時に、とんでもない恐怖を感じて、先生は体をひねった。
どさっと地面に倒れたときは、輪の中から体は外れてて、同時に、目の前に元通りの風景が戻っていたって。
『後から考えてみたんですけどね、星さん』
先生は困ったような顔で笑いながら、私に言ったよ。
『あれは、巨大な猛獣かなにかの口の中に頭を突っ込んだような、そんな恐ろしさでしたよ』
って。
幸子「……体を全部入れてしまうとなにかに喰われる、ということでしょうか」
輝子「そ、そうなのかな。よく……わからないけど……」
小梅「妖精の宴に遭遇すると……人はあちらの世界に連れて行かれてしまう……とか、そういうお話はよくあるけど……」
幸子「どう連れて行かれるか、というのはよく考えたらあんまり思い描いたことがありませんでしたが……」
輝子「食べられちゃう……か。怖いね」
小梅「う、うん……。そういえば……なにかの取材だったのに、このお話、ここでしちゃって大丈夫だった?」
輝子「フヒッ、それは大丈夫……。この部分、没になったし……」
幸子「そりゃ、キノコの取材で、このお話はカットでしょうねぇ」
小梅「……面白いのに」
幸子「いやいや」
輝子「でも、もっと……面白い話も聞いたよ。キノコの中毒症状を、先生が自分で試してみた話とか……」
小梅「……危なくないの?」
輝子「生きてたから……たぶん、大丈夫? いわゆる毒キノコもおいしいらしいし……」
小梅「おいしいんだ……」
幸子「いやいやいや! 危ないですからね! 専門家だから出来ることですからね!」
小梅「な、なるほど」
輝子「幸子は賢い」
幸子「そこはかとなく脱力感を覚えるのですが、気のせいでしょうか!」
小梅「えっと、それはともかく、次のコーナーに……」
輝子「そうだね……。ええと、次は、マジックマッシュルーム……」
幸子「だけではなく! 幻覚にまつわるお話ですね。いいんですかね、これは……。まあ、どんなお話があるのかを……」
第三十九夜 終
14 : ◆E31EyGNamM - 2013/10/09 23:02:45.36 Pd7txWKco 13/129
さて、そんなわけで、第四シーズン開幕です。
この第四シーズンは三十九夜~五十夜までの予定ですから、これが終わればちょうど折り返し地点となりますね。
今シーズンも二、三日に一本の割合で進めて行けたらと思っております。
それでは、今シーズンもおつきあいいただけると幸いです
第四十夜 悪寒
茄子「みなさん、しばらくぶりとなりますね。こんばんは、鷹富士茄子です」
ほたる「こんばんは……白菊ほたるです」
小梅「きょ、今日から……また、この三人……」
茄子「はい。ついに第四シーズンが始まりましたね。前回は幸子さんと輝子さんが来てくださったんですよね」
小梅「うん。楽しかった」
ほたる「……私も聞いていて楽しかったです。主に幸子さんのつっこみとか……」
小梅「さっちゃんは……ユニットでのトークでも、メイン、だから……」
茄子「小梅さんと輝子さんは、あまり前に出るタイプではありませんしね」
小梅「……うん」
ほたる「はきはき話せる人は……あこがれます」
茄子「そこは努力と経験ではないでしょうか。それに……ほたるさんはしっかりやれてると思いますよ」
ほたる「そうだと……いいんですが。ともあれ進めましょう……。ええと、今日も最初はアイドル百物語から、ですよね」
小梅「うん。今日のお話は……ある意味で、古典的な話」
茄子「ほうほう」
ほたる「どなたのお話なんですか?」
小梅「比奈さん……荒木比奈さん」
茄子「なるほど。では、聞いてみましょう。荒木比奈さんのお話です。どうぞ」
○一言質問
小梅「合わせ鏡の中から悪魔が語りかけてきたら……どうする?」
比奈「んー……。鏡を上下に据え付けてみますね。もしかしたら、ずっと落ち続けてくれるかもしれませんし」
どもども、小梅ちゃん。
今日は怖いお話っスよね。
実を言うと、今日に備えてネットでなにか漁ってこようかとも思ったんですけど、どうもしっくりこなかったんスよね。
だから、あんまり怖くないかもしれませんが、私の体験談を話すことにします。
私は、漫画を描くのが趣味で……。
まあ、このあたりは、小梅ちゃんたちにリクエストもらってイラスト描いたりしてますから、知ってますよね。
それでも、あくまで趣味っスから、なんていうか、生活の時間とは別の時間をひねり出さないといけないわけですよ。
いまだったら、アイドル活動以外の時間っスけど……。
結局の所、夜更かしして描くことが多くなるわけですね。
あんまり健康にはよくないんですけど……。
で、ある時期に連続して、夜遅くに作業してたことがあったんですよ。
ところが、作業をしていると、急に寒気を感じる瞬間がある。
こう、ぞくぞくっとね。
そうして、何日目かに、気づいたんです。
ぞくっと背筋に冷たいものを感じて目を上げる……。
それで習慣的に確かめた時間が、いつも同じだって。
もちろん、夜中の話ですからね。
体のほうがそのあたりの時間で限界になって、自然と集中が途切れるんだろう。
そう思う方が当たり前ですし、私もそのときはそれで納得することにしました。
ただ、それからさらにしばらくした頃。
友達がうちに遊びに来たことがあって。
まあ、漫画描きの仲間なものですから、二人して夜中まで絵を描いたりして遊んでたんです。
そのときは、普段私が座ってる作業台を友達に貸して、私はこたつに入っていたと記憶してます。
ふと友達が顔をあげて、不思議そうに辺りを見回すんです。
どうしたのかと聞くと、
『ねえ、いま、風とか吹いた?』
と言ってくる。
さすがにすきま風が入るような部屋じゃないんですよ。
さすがに、女性の一人暮らしですから。
だから、気のせいじゃないかと言うと、友達もそれ以上はなにも言いませんでした。
その後は、普通に過ごしてましたしね。
ただ、私は気づいてたんです。
それが、『あの時間』に起きてたってことを。
私の体が悲鳴を上げる時間というだけなら、同じような時間でも、おかしくはない。
でも、関係ない友達も妙なものを感じるのなら、それはなにかあるんじゃないか。
そう考えるのは、ある意味当然っスよね?
だから、私は調べてみたんです。
その部屋で、その時間になにか起きたことはなかったかって。
でも、ありませんでした。
そのマンションが建てられた頃までさかのぼっていろいろと調べて、人に頼んでみても……なにも出てきませんでした。
ただ……。
もう、ずっと前。
マンションが建つ前には、その土地に、とある団地が建っていたそうです。
そして、その団地では、何件か飛び降り自殺があったそうです。
それも、決まって真夜中に。
時間までぴったり同じなのか。
さらに言えば、それが私や友達が悪寒を覚えたそのときと同じなのか。
それはわかりません。
そこまでは調べがつかなかったんです。
ただ……。
そのマンションは団地とその周辺の土地をまとめて買い取り、建設されたものです。
だから、団地自体はマンションよりも小さい。
つまり……屋上から飛び降りたその軌跡は、いまではマンション内にあるということで。
もしかしたら、いまでも、その時間に誰かが飛び降り続けてるのかも。
……そんなことを思ったりもするんです。
え?
ああ、その後は作業台の場所を変えましたよ。
はい。
なにも感じてません。
時間がきまってるように、飛び降りるルートも厳密にきまってるんじゃないですかね、きっと。
茄子「亡くなった後も、ずっと飛び降り続けている、ですか」
ほたる「地縛霊とかも聞いたことはありますが……」
小梅「死の瞬間をずっと繰り返してるっていうのは……たまに聞く話では、あるかな」
茄子「それに囚われている、ということですか?」
小梅「……というよりも、死の記憶だけが焼き付いている、のかも。霊とかじゃなくて」
ほたる「……わかるようなわからないような……」
小梅「実際どうなのか……。今度……見せてもらってくる」
ほたる「え?」
茄子「比奈さん、引っ越してないんですか!?」
小梅「うん。別に自分はなにか見たわけじゃないからって……。その場所でなければ、なにも感じないみたいだし……」
ほたる「以前の……杏さんの時も思いましたが、すごいですね」
小梅「あのときは……事務所が引っ越させちゃったから……。見に行けなかった。残念」
茄子「小梅さんは小梅さんで、なかなかの剛の者ですね、相変わらず」
小梅「そう……? えへへ……」
ほたる「いや、なんか違うような……。番組的にはこれでいいような……」
茄子「あはは。ともあれ、次へ参りましょうか。次のコーナーは、先ほどほたるさんが言ったような地縛霊といったものを……」
第四十夜 終
第四十一夜 四階
ほたる「それではそろそろ次のコーナーへと……」
茄子「次はアイドル百物語ですね。今日はどのような?」
小梅「今日は……怪談としては、正統派」
ほたる「ありそうな……ということでしょうか?」
小梅「ううん。人づての話……だから」
茄子「ああ、なるほど。体験談ではなく、人の間を伝わってきた話なんですね」
小梅「……うん。今回は体験談は、難しいと思う」
ほたる「え? それはなんででしょうか?」
小梅「こ、今回は、安部菜々さんに、お話聞いてきたから……」
茄子「ふむ。たしかに、菜々さんはウサミン星人ですからね」
小梅「そう。ウサミン星人と、ち、地球人は常識が違う……から」
ほたる「……そ、そういうものですかね?」
小梅「うん。た、たとえば、ウサミン星人はテレパシーが使えるから、化かされるようなことはないって言ってたし……」
ほたる「……そうなんですか」
小梅「あ、あと宝石みたいな……きらきら光る結晶で出来た猫がいて、みんなの悪夢を食べてくれるらしい……」
茄子「さすがですね、ウサミン星」
小梅「う、うん。すごい……」
ほたる「ええと……。ともあれ、今日はウサミン星の特集ではないので、そのあたりにして、菜々さんのお話へと参りましょうか」
小梅「うん。では……聞いてください」
○一言質問
小梅「ウサミン星人の霊って……いる?」
菜々「え? ええと……ウサミン星では、年を取ると、みんな銀河鉄道に乗って別の宇宙へ向かうので……」
……えーっと、ウサミン星の話で盛り上がっちゃいましたけど、そろそろ始めましょうか。
はい。
みなさん、こんばんは!
ナナです!!
今日は、よろしくお願いしますね。
それで、さっきも小梅ちゃんと話していたんですけど、ウサミン星人の怪談はきっとこの番組の趣旨にはあいません。
だから、人から聞いた話になるんですが、なんだか忘れられない、不思議な話をしようと思います。
これは、ナナが高校生の頃……じゃなかった、高校一年の時に学校の先生に聞いた話です。
その先生が高校生だった頃に経験したと言ってましたから……。
実際に起きたのは、結構前のことになりますね。
さて、当時高校男子だった先生は修学旅行に行きました。
みんなでいろんなところを回って、そして、旅館に入ってわいわい騒いで……。
このあたりまでは当たり前の光景ですね。
事が起きたのは、さすがの高校生も眠くなり始める真夜中近く。
消灯時間もとっくに過ぎ、布団に入って語り合ったりするものの、だんだんと脱落者が出て静かになる時間。
先生の部屋では、昼間にはしゃぎすぎたのか、みんなして結構あっさりと眠りに落ちてしまったそうです。
ただ一人、先生を除いて。
先生は慣れない環境故にか目がさえてしまい、しかたなく、飲み物でも買おうと廊下に出たそうです。
ただ、廊下に出てみて思い出したのですが、その旅館には、各階に自動販売機があったりはしなかったんです。
自販機コーナーがあるのは、先生たちの部屋がある新館からだと地下でしかつながっていない、旧館のロビー部分。
引率の教師の目を盗んで買いに行くには遠い距離です。
泊まってる部屋のそばの廊下に出てるだけならまだしも、そんな遠くまでいってるのが見つかれば、怒られるのは確実ですからね。
まあ、いまどきは、そんな一部にしか自販機がない旅館なんて、ほとんどないでしょうけど……。
なにしろ、昔の話ですし。
ともあれ、どうしようかと考えていると、ふと上の階への階段が見えました。
そちらへと目をやってから、先生は首を傾げたそうです。
あれ、おかしいな、と。
その旅館の新館部分は、先生たちがいまいる三階が最上階のはずでした。
それなのに、階段の向こうには、自分がいまいるのと同じような廊下があるように見えます。
なによりも、そこには自販機がぴかぴかと光を放ちながら鎮座していたのです!
不思議に思いながらも、先生は喜んで階段を上り、お金を投入。
いそいそとジュースを買いました。
ジュースを飲み干しながらその階を眺めたかぎりでは、普通に客室もあるようでした。
『うちの学校が使う部分が三階までってことだったのかな?』
先生は、そう考え、初めて飲んだジュースに満足しながら、部屋に戻ったとか。
ところが。
翌朝、朝食を食べに部屋を出てみると、夜中に見た、そして、上ったはずの階段がありません。
教師や友達に確認してみても、宿の人に聞いてみても、上への階段なんてあるはずがないと言われます。
三階が最上階なのに、上の階があるわけがない、と。
しかし、先生は上ったんです。
ジュースを買って飲んだんです。
あまりにしつこく食い下がったからでしょうか。
宿の人は、従業員スペースの奥にある、外階段を見せてくれたそうです。
それは保守点検用に作られた、屋上へとつながる短く狭い階段で……。
もちろん、四階なんかそこにはありませんでした。
『思い返してみると、見たことないジュースばかり並んでいたよ。でも、別の地方だし、そんなものかと思っていたしなあ……』
先生はそんな風に言って残念がっていました。
『あの自販機に並んだものを買い込んでおけばよかったよ。証拠にもなったし……』
なによりも、そのとき飲んだものは、実に美味しかったそうですよ。
大人になっても、それに匹敵するものが見つからないくらいに。
先生はその夜、どこへ行ったんでしょうね。
もしかしたら、不思議な場所っていうのは、本当に身近なところにあるのかもしれません。
ウサミン星と同じくらい……身近に。
茄子「どんな味だったんでしょうねぇ」
ほたる「でも、別の時空の……飲み物ですよね? たぶん……」
小梅「うん……」
茄子「神話や伝説だと、違う世界の飲み物や食べ物を摂取すると、人の世界へ戻って来られないというのがありますよね?」
小梅「……うん。イザナミとかペルセポネーとか……」
ほたる「そういうものなんですか……」
小梅「うん……。その土地のものを凝縮した象徴的なものが、食べ物や飲み物だって意識があるから……」
ほたる「なるほど……」
茄子「この先生はするっと戻ってこられたということは、そこまで違う世界でもない、本当に近い場所だったのかもしれません」
ほたる「というと?」
茄子「たとえば、その時だけ、十何年後かにつながっていたとか……。今頃は増築されて四階があるとか」
小梅「……タイムスリップ……」
茄子「……まあ、これはたとえばですけど。そんな風に考えると楽しくなってきますよね」
ほたる「たしかに……」
小梅「ただ……この先生は素直に飲み物を買っただけだからよかったけど……」
ほたる「けど?」
小梅「余計なことをしたら……戻ってこられなくなる、ってお話もたくさんある」
茄子「あるはずのない四階を探検してみたりしたら……とりのこされてしまっていたかもしれませんね」
ほたる「そうなったら……神隠しですね」
小梅「うん……」
茄子「あまり不思議なことに深入りしすぎても……ということでしょうかね」
小梅「そうかも……しれない」
ほたる「うむぅ……」
茄子「なにごとも程々がよいということでしょうか。それでは次のコーナーですが、今日は、『場違いな存在』、いわゆるオーパーツについて……」
第四十一夜 終
第四十二夜 月下
ほたる「……なかなか興味深いメールでしたね。では、そろそろ次のコーナーに……」
小梅「次は……アイドル百物語」
茄子「さてさて、今日はどんなお話なのでしょうね」
小梅「今日は肝試しが舞台……だから、典型的と言えば典型的」
ほたる「なるほど……。たしかによく聞きます」
茄子「肝試しとはいうものの、実際に怖いことに出会うことを想定していることってあんまりないですからね」
ほたる「そこに『なにか』が紛れ込む恐ろしさ、ですかね」
小梅「うん。スリルを楽しもうとする人が多くて……。本当に、事が起きるのを期待している人は……あんまりいないから……」
ほたる「小梅さんはどちらかというと……期待してますよね?」
小梅「う、うん。……えへへ」
ほたる「……やっぱり」
茄子「ふふ。さて、そんな想定外の出来事に巻き込まれたお話をしてくれるのは、さて、どなたなのでしょう?」
小梅「今日は……橘ありすさん」
茄子「ほうほう」
小梅「しかも、この夏……経験したばかりのお話をしてくれた」
茄子「それは楽しみですね。では、橘ありすさんのお話です。どうぞお聞きください」
○一言質問
小梅「怖いものは……好き?」
ありす「急に驚かされるのは好きではありません。でも、出来事を通じていろんなことを考えられるのは嫌いじゃありませんよ」
どうも、小梅さん。
今日は怪談でしたか。
素人語りで果たしてどこまで面白くできるものかわかりませんが、なんとかやってみましょう。
え?
そんな難しく考えなくていい?
……そういうものでしょうか。
まあ、小梅さんがそう言うのならそうなのでしょうね。
ともあれ、話を始めます。
これは、今年の夏……。
まさに夏真っ盛りの頃のお話です。
私の地元で夏祭りの期間があって、その中で、肝試し大会がありました。
その時のお話です。
正直、地域の人々の主催というだけあって、子供だましのイベントです。
大人たちが驚かせ役をやっていることくらい、小学校低学年でも気づいているような。
やっている場所も、夏祭りの中心となる神社の枝宮がある山ですからね。
地元の子供たちには土地勘ばっちりのところです。
いくら周囲が暗いからってそうそう恐ろしく思うものではありません。
とはいっても、イベントごとです。
参加する人たちはそれなりに楽しんでいたんじゃないでしょうか。
私はというと、その夏祭りでライブステージがあるということで、そちらのほうが気になっていました。
正直、肝試しについては私たちを呼んでそのステージをやってもらうことへの……義理みたいな気持ちで参加していましたね。
ああ、呼ばれていたのは、私と結城さんです。
ええ、結城晴さん。
ですから、肝試しの時も、彼女と一緒に行動しました。
二人組で歩くということだったので。
さすがに、アイドルを見知らぬ子と組ませるわけにはいきませんからね。
さて、そうして、肝試しは始まり……。
一組ごとに出発していきました。
安全のことも考えているんでしょうね。
前後の組の持つ懐中電灯が見えるくらいの出発間隔でした。
ただ、組になった同士は必ず手をつないでいろと言われたのはちょっと辟易しましたね。
いえ、別に嫌なわけではないのですが……。
ただ……いくら同じ事務所のアイドルとはいえ、普段はそんなことしないでしょう?
年の離れた人につないでろと言われるのはわかるんですが……。
ああ、すいません。
話がそれました。
ともあれ、手をつないで歩き出して……。
よくあるようなびっくりな仕掛けにあきれながら、コースの半分ほどを来たところで、彼女が言いました。
『おい、気づいているか?』
なにを言っているんだろうと思いました。
しかし、彼女は真剣な声で続けます。
『前と後ろの懐中電灯、見えなくなってる』
言われて慌てて確かめると、たしかに、見えません。
月の照らす中、灯りと言えば、私たちが持っている懐中電灯だけになっていました。
『ついでに、どうも……同じ所を歩いてる気がする』
さすがにこれには失笑しました。
そんな、いかにもなことで怖がらせようとするなんて。
しかし、彼女は怒るでも拗ねるでもなく、静かに『注意してろ』と言うだけです。
そして……。
私は愕然としました。
そのとき、私たちは、山腹を切り開いた遊歩道のような場所を歩いていたのですが……。
驚いたことに、どれだけ行っても、それが終わらないのです。
私たちが歩いた時間だけ進めば、すぐに次の景色……お宮の周りの森が見えてくるはずなのに。
『わかったか?』
もう一度問いかける彼女に、私はうなずくしかありませんでした。
私たちは止まることも出来ず、ただただ歩き続けました。
まるで変わらない月下の景色におののきながら。
しかし、途中で私は思い出しました。
この遊歩道には、下の街区へ向けての階段があるはずだと。
石造りの……実に古くさい、しかも急な階段ですが、そのつながる先は、人里です。
ふと横を見れば、思っていたとおりの場所に、それはありました。
これを下りましょう。
ほっとしながら私が言うのに、つないだ手の先からは、抵抗が感じられます。
私は不満に思いながら、彼女を振り返りました。
『おい、ありす』
名前ではなく、苗字で呼ぶように、と思わず訂正する間もなく、彼女は続けます。
『その先、よく見てみろ』
言われて見直した、その先……。
そこに、闇がありました。
月明かりの下、それを圧するように人工の光を放っているはずの街はどこにもなく……。
ただただ闇があったんです。
『停電、ってわきゃあねえよな』
街灯も窓から漏れる光もないその闇に言い捨てて、彼女はぎゅっと強く私の手を握りました。
『こういう時は、気合いだってさ。木場さんが言ってた』
そう言う彼女の手も……そして、私の体も震えているのに、私はようやくのように気づきました。
『行くぞ。……南無八幡大菩薩!』
急に、そんな風に叫ぶと、私の手を引っ張って、猛ダッシュを開始する彼女。
もちろん、私も走るしかありませんでした。
前も見ず、夢中で走り……。
そして、私たちはいつの間にか、皆の集合地点に着いていましたよ。
順番をすっとばして急に現れた私たちに、大人たちは目を丸くしていましたけど。
ええ。
ずっと歩いていたはずなのに、そんな時間はなかったかのように、私たちは本来あるべき順番よりずっと早く着いてしまっていたんです。
でも、正直、私たちにはそんなことはどうでもよいことでした。
月の光も通さないような……あの分厚い……息苦しい闇から逃れられたことに比べれば。
ほたる「闇……ですか」
茄子「前回の菜々さんの時も、階段でしたが……。なにかあるんですかね?」
小梅「階段は……道以上に明らかに二つの場所を結ぶから……そういう意味では……」
茄子「なるほど……」
小梅「それに、上る、下るという行為が……異界への移動を象徴する、のかも」
ほたる「天国とか地獄とか、この世の上か下にありそうな感じですもんね」
小梅「うん。……それに」
茄子「それに?」
小梅「山の上、という場所がもう、人の世界から見ると……」
茄子「神域であり異界である……というところですか?」
小梅「う、うん」
ほたる「ううむ……」
茄子「あまり気軽に考えていると、おかしなことも起こる、と。そういうことですかね」
小梅「それはそれで……楽しいけど」
ほたる「いや……出来れば平穏なほうがいいのですが……。ともあれ、次のコーナーに参りましょう。今回は各地の祭についての……」
第四十二夜 終
第四十三夜 奈落
茄子「さて、それでは本日もアイドル百物語へと参りましょうか」
ほたる「はい……。ええと、今日はどんなお話なのでしょう?」
小梅「今日は……なんだろう。芸能界のお話、かな」
ほたる「芸能界の、ですか。正直、その……。私たちにとっては、身近な分、怖いですよね」
茄子「リスナーの皆さんには、なかなかわかりにくい部分もあるでしょうけどね」
小梅「でも……今日の話は、しきたりとかそういうのとはちょっと違うし……。わかりやすい、かも」
ほたる「……そう、なんですか。それで、今日はどなたのところへ?」
小梅「今日は……日下部若葉さん」
茄子「若葉さんですかー。かわいらしい方ですよね。私、同い年なんで、仲良くさせてもらってるんですけど」
小梅「……うん。あの人は……なんだか楽しい」
ほたる「ただ……怪談とかとは、縁遠そうですよね」
小梅「それは……そうかも」
茄子「さて、怪談が身近とはとても思えない若葉さんが語る話とはどんなものなのでしょうか」
小梅「どうぞ……お聞きください」
○一言質問
小梅「人間が……怖いって思った経験、ある?」
若葉「いくら私が大人だって言っても、どうしても子供として扱おうとする人たちとかですかね~。話聞いてくれないのは怖いですよ、実際」
小梅ちゃん、こんばんは。
今日は怪談でしたよね。
ええ、もう任せてください。
なにしろおねえさんはオトナですから。
怖い話だって平気なんです。
平気だったら平気なんです~。
え? 別に疑ってない?
そ、そうですか。
なんていうか……つい、くせで。
じゃあ、早速はじめましょうか~。
アイドルをしていると、いろんなところへお仕事に行きますよね?
これは、とある地方の劇場で聞いたお話です。
その劇場は、かなり立派な、広いステージのあるところでした。
ただ、舞台袖……それも下手の袖のちょうどよく人が通るところに、急に狭くなってる場所があったんです。
こう、壁がせり出しているっていうか……。
太い柱……あるいは小部屋みたいなものが、そこにあるみたいな。
イメージ的にはいきなり用具入れのロッカーがあって道をふさいでる感じですかね~。
もちろん、実際にはなにかの板で組まれてるんですけど……。
私自身、長い間使うわけでもないのに、ここ広くなってればいいのになって思うくらいでしたね。
不思議に思う人も多いらしくて、打ち上げでも、当然のようにその場所の話になってました。
あそこの通りを良くすれば、スムーズにみんな移動できるのにって。
ところが、その劇場に長く勤めてる人がそれは無理だって言うんです。
なぜかと聞いてもなかなか教えてくれなかったんですけど……。
お酒が入ってきたら、話してくれました。
まあ……私たちがアイドルで、そう何度もその劇場に呼ばれるわけではないって考えたから教えてくれたのかもしれません。
長いことそこで公演をするような人たちだと気にしちゃうでしょうし。
ともあれ、そこで聞いた話は、こうです。
この劇場が出来た頃、奈落への転落事故が、続けて何度も起きました。
あ、奈落って知ってますよね?
そうそう、ステージ下の部分ですよね。
舞台装置とかあるところです~。
奈落への転落事故ってのは、稽古やリハーサルの間とかにはよく……というほどではなくても、あることです。
でも、それは、舞台で色んな仕掛けを使うために、口が開かれてる場合だけですよね?
ところが、その劇場の事故は、口が開いてないはずの時にも起きました。
しかも、そのとき舞台にはいないはずの人まで、落ちてたんです。
稽古が行われていて、舞台には役者さんたちがいるはずの時に大道具の製作の人が落ちていたり、逆に点検の時間に、演者の人が落ちてたり。
ありえないですよね?
でも、起きたんです。
しかも、みんなの証言を集めると、舞台袖にいたはずの人が急にかき消えて、奈落に落ちてたってことになったとか。
ええ、ここまで話したらわかりますよね。
舞台袖の板に囲まれた小部屋。
その場所から、時に人が奈落に落ちる。
再現性もないし、いつ起きるかもわからない。
けれど、それが起きるのなら、そこを覆って人が入れないようにすればいい。
結果、人の行き来が多少わるくなっても……。
たしかに怪我するよりはましですよね~。
ただ……。
その話をしてくれた人が最後に言ってたんですよね。
『俺の親戚は解体屋をやってて、古い家とかを壊すんだけど、たまに、見るらしいんだ』
なにをと問えば、こう答えてくれました。
『さっきの場所と同じような……。なんの意味もないはずの空間をさ』
そこの劇場だけではなく……。
昔のおうちにも時折あったんですかね~。
そういう場所。
茄子「なるほど……そんな落とし穴が……」
ほたる「文字通りの見えない落とし穴ですね……」
小梅「しかも……いつもあるわけでもない、らしい」
茄子「やっかいですねぇ」
ほたる「板で覆うだけで対策できているなら、それはそれで……いいんですけど……」
茄子「その場所がいつの間にか移動したりしたら……」
小梅「見えないし……。どうなんだろう」
ほたる「……といってそれを恐れて使わないっていうのも……」
茄子「難しいところですね」
小梅「……最後の部分も興味深い……。あ、開かずの間とか……」
ほたる「あ、よく聞きますが……。なにがあるかはよくわからないですよね……」
小梅「うん……。その家の人もどうしてそれがあるのか知らなかったり……。そういうの、楽しい」
茄子「ふふ。たしかに不思議な感じはありますよね。でも、そういうところを開放すると、たいていはよくないことがありますしね」
小梅「うん……」
ほたる「まずはその手の場所に出くわせるかどうかもありますが……。さて、次のコーナーでは、各地の古い家屋、蔵などにまつわるお話を……」
第四十三夜 終
第四十四夜 秘密の木
茄子「さて、オープニングトークも終わりましたが、本日はアイドル百物語からはじめさせていただきます」
ほたる「……というのも、実は……」
小梅「きょ、今日は……ゲストさんたちが……来てくれてる」
茄子「はい、それではご紹介しましょう。ファミリアツインこと城ヶ崎姉妹のお二人です」
莉嘉「わー、ようやくしゃべれるよー! 莉嘉でーす☆」
美嘉「実は最初からいたからねー。美嘉だよ★」
小梅「い、いらっしゃい」
莉嘉「うん、来ちゃったー」
美嘉「やっほー」
ほたる「お二人がいると、こう、華やかになりますね」
小梅「ま、まぶしい……」
莉嘉「三人はおとなしいカンジだからねー」
美嘉「いやあ、こういう番組だと、落ち着いてる方がいいんだろうけどさ」
茄子「そうですね。お二人は、怪談やホラーなどについてはどうです?」
美嘉「うーん。得意とは言い難いかなー」
莉嘉「映画とかは見るけどー……。こないだもお姉ちゃんと小梅ちゃんと一緒にゾンビ映画見たよ」
小梅「ぞ、ゾンビものとか、パニックものは……陰惨なほうに向かわないことも多いから……」
美嘉「バトルものっぽくなることもあるしね」
小梅「う、うん」
ほたる「でも……怖いですけどね。たいてい……心臓に悪いです」
美嘉「まあねー」
小梅「でも……楽しい、よ」
茄子「ふふ。それはたしかに。さて、今回と次回は、お二人に怪談を披露してもらうわけですが……」
ほたる「まず……どちらから?」
莉嘉「はいはーい! 今日は莉嘉だよー」
小梅「じゃあ……早速……」
美嘉「聞いてもらおっかな。じゃ、莉嘉がんばれ!」
莉嘉「はーい☆」
○一言質問
小梅「目覚めたら、まるで見知らぬ場所にいたら……どうする?」
莉嘉「うーん。まずお姉ちゃんを探すよ!」
ええとね、カブトムシっているでしょ。
うん、そう。
かっこいいよね!
あー……。
苦手な人も多い?
うーん……。まあ、いっか。
ともかく、アタシはカブトムシとか結構好きで、アタシの友達にも、そういうの好きな子がいるんだ。
それで、夏の間とか、捕まえたカブトムシを見せ合ったりするんだけど……。
そういう仲間の一人に……。
ええと、そうだな。
E君にしよっか。うん、E君。
E君っていう、すっごいクワガタとかカブトムシとか捕まえるのが上手い子がいたの。
ほんとすごいんだよー。
莉嘉たちが見つけられないような場所でも、ふっと見つけて来ちゃって……。
たとえばね……。
え?
なに、お姉ちゃん。
脱線しそうだから、先に進め?
あ、うん。
えっと……そうだね。
ともかく、E君がカブトムシとか見つけるのがうまいってことだけわかってくれたらいいや。
だけど、その子、こないだの夏休み明けに急に引っ越して行っちゃったんだ。
そんなこと誰にも言ってなかったのに、本当に急に。
それでね、友達も、E君どうしたのかなー、どこいっちゃったのかなー、なんて言ってたんだけど……。
この間、お母さんから、なんで急にE君のおうちが引っ越していったかっていうのを聞かせてもらったんだ。
これがちょっと……怖い話でさ。
今日は、その話をするね。
さっきも言ったようにE君はカブトムシやクワガタを見つけるのが得意で、その中でも、おっきなやつを見つけるのが大の得意だったんだ。
もちろん自分でもそれがわかってて、自分なりのポイントとかを見つけてたみたい。
他の人が知らないような木とか、そういう木が生えてる場所とか、ね。
その中に、ある神社があったんだって。
アタシたちや、前にE君が住んでたところからだと、結構遠いところ。
でも、E君は自転車を飛ばして、通ってたみたい。
おっきなのとかが捕まえられる、いいスポットだったんだと思うな。
それで、ある日もその神社の森に入って……一番有望な木に登ろうとしたらしいの。
ところが、ちょっと見上げるくらいの場所に、なにか打ち付けてあった……。
そう、指みたいに太い釘で、木の幹に。
ひどいことする奴がいる! ってE君は怒ったみたい。
虫取りの道具を放り出して、その釘をなんとか引き抜いたらしいよ。
釘に絡みついてた、なにかの紙も一緒にね。
そのときに誰かに相談していれば良かったんだろうね、ってお母さんは言ってた。
でも、E君はその紙をぐちゃぐちゃにして捨てちゃったし、釘を引き抜くので疲れちゃってすぐに帰っちゃった。
だから、誰にもそのことは言わなかったんだ。
そうして、しばらくして。
またE君はその神社に行ったの。
今度こそ無事にカブトムシ見つけられるかな、と思って木に近づいていくと、またなにか打ち付けられている。
今度も引き抜いてやろうと駆け寄ったE君は、そこで動けなくなっちゃったんだって。
だって、そこに打ち付けられてたのは、E君の写真だったから……。
しかも、その神社とは違う、家の近くの公園で遊んでいるのをカゲから撮ったような……そんな写真。
それが、何枚も重ねられて、釘で木に縫い止められてたんだって。
E君の心臓の位置を、釘が貫くようにしてね……。
その日、真っ青な顔で帰ってきたE君からこの話を聞いて、E君のお父さんとお母さんはすぐに警察に行ったみたい。
でも、それだけじゃ心配で、夏休み明けに引っ越して行った。
これが、E君の突然の引っ越しの真相だって。
お母さんが、E君のお母さんから聞いた話だから、間違いないよ。
莉嘉「ね? 怖いでしょ?」
茄子「たしかに……」
ほたる「……釘で打ち付けるというと、丑の刻参りを思い浮かべますが……」
莉嘉「わら人形じゃなかったけど?」
小梅「そこは……あんまり関係ない、かな」
莉嘉「そうなの?」
小梅「うん。それで……ものによるんだけど……。呪いは……呪った当人や第三者にばれると、効力を失う……って考えられてる」
美嘉「最初の釘が呪いの儀式かなにかだったってこと?」
小梅「……そう、信じている人がやったこと、かもしれない。それで、他人に知られちゃったから……」
茄子「今度はそれを知った人間を……ですか」
美嘉「だからって、それを抜いた子の写真を隠し撮りして……また釘で打つなんて」
ほたる「そもそも……どうやってE君が抜いたってわかったのか……」
莉嘉「……ずっと見てた、とか?」
美嘉「それ、もっと怖いよ」
茄子「いずれにせよ、E君に直接の危害が加えられる前に……と動いたご両親はさすがですね」
小梅「ふ、普通は……そんなに素早く判断できずに……大変なことになるのがパターン……」
莉嘉「だよねー。大げさだって言う人もいたらしいけど……」
ほたる「でも……ストーカー殺人とか、よくありますし……」
美嘉「なにか起きてからじゃ遅いもんね。アタシたちも気をつけないと……」
茄子「本当ですね。では、今日はお二人と共に番組を進めていくわけですが、次のコーナーでは、姉妹にまつわる怪談をいくつか……」
第四十四夜 終
第四十五夜 お地蔵様
莉嘉「……やー……。こわいなー」
美嘉「怖いっていうか、気色悪いのもあるよね。あーっと、次のコーナーはアイドル百物語。今回はアタシのお話だよ★」
茄子「前回の莉嘉さんは、なかなかぞくっとするお話でしたが、美嘉さんはどうです?」
美嘉「うーん。どうかな? 今回は、怨念とかそういうのは、ないよ」
小梅「い、一応、事前に聞かせてもらったけど……怖いお話、ではない、かな」
ほたる「なるほど……。すると、不思議な系統のお話ですかね」
美嘉「あー、うん。そうかな」
莉嘉「へー。どんなのかなー」
茄子「まずは聞いてもらいましょうか。では、どうぞお聞きください」
莉嘉「お姉ちゃん、よろしくぅっ☆」
美嘉「はいよー★」
○一言質問
小梅「目覚めたら、まるで見知らぬ場所にいたら……どうする?」
美嘉「まず電波チェックだよね。それから安全を確保して、莉嘉を探すかな」
ここに二人ともいるからわかると思うけど、莉嘉とアタシはちょっと齢が離れてるんだよね。
まあ、大人になったら、五歳くらい大したことないんだろうけど★
いま言いたいのは、莉嘉が生まれた時には、もうアタシはそれなりに物心つきかけてたってこと。
莉嘉が生まれたときは、そりゃあ嬉しかったよ。
お姉ちゃんになるっていうのも……あー、晴れがましいっていうの?
そういう感覚だったしさ。
それに、赤ん坊の莉嘉ったら、ちっちゃくて、くしゃくしゃで、ぷにっぷにだったしね★
いたっ。
こら、照れくさいからってアタシを叩かないの!
まったく……。
ともかく、莉嘉は可愛かったし、実際、子供なりにかわいがってたつもりだよ。
いや、まあ、五歳児だから、せいぜいなでたりするくらいだけど。
でもさ、やっぱり寂しい気持ちもあるんだよね。
それまでは、子供はアタシ一人なわけだから、んーと……言うなれば、世界の中心みたいなもんでしょ?
子供が感じ取れる狭い世界だけど、その時のアタシにとっては重要なものには違いないわけ。
そこに莉嘉も加わると……なにしろ赤ん坊だからね。
親はアタシにも注意を向けてはくれてるけど、やっぱり莉嘉の世話が大変で、そっちに意識がいくことが多いんだよね。
ほったらかしにされたわけじゃないし、うちの親は結構気を遣ってくれてたと思うよ。
お姉ちゃんだからって理不尽にされることも、世間一般に比べて少なめだったと思うし。
さっきも言ったように、お姉ちゃんになるってこと自体がアタシにとっても嬉しいことで、自分でも不満に気づいてなかったとこあったしね。
でも、やっぱり苛々が出ちゃったんだろうね。
ある時……たしか莉嘉の夜泣きが激しい時期かな。おじいちゃんの家に一人で泊まりに行かされたことがあったんだ。
そこで、ちょっとしたことで、かんしゃく起こしちゃって。
なんでだったのかとか、具体的になにしたかとかはさっぱり忘れちゃってるんだけど……。
少し収まったところで、おばあちゃんがアタシを床の間に連れて行ったんだよね。
そうして、床柱を見ろ、って言うの。
部屋のほうからは見えにくい、陰になってるところ。
たしか、その頃のアタシの頭の位置よりはちょっと上くらいにあったんじゃないかな。
すると、そこにお地蔵様がいたんだ。
木の瘤みたいなところに、穏やかな顔のお地蔵様が彫ってあったの。
『これは、うちを建ててくれた大工さんが彫ったんだよ』
おばあちゃんの説明によると、瘤の形が見栄え良くなくて、見えにくい裏側にしたものの、ちょっと気になってたらしいんだよね。
大工さんが。
そこで、お地蔵様を彫り込んだらしいんだ。
いま考えると……こう、洒落てるよね。
粋っていうのかな?
それで、おばあちゃんはこう言うの。
これまで、これがあることを知ってたのはその大工さんと、おじいちゃんとおばあちゃんだけだった。
これからはアタシとおばあちゃんたちの秘密だよって。
それで、アタシの機嫌はすっかりなおったよ。
だって、うちの親も知らない秘密をおばあちゃんたちと共有できたんだもん。
もちろん、それは赤ん坊な莉嘉も知らないことで……。
まあ、あれだね、『特別』をまた手に入れて、満足したんだよね。
それから、おじいちゃんの家に行くたびに、こっそりそのお地蔵様を見ては、なんとなく嬉しくなってた。
こう、頬をくっつけてみたりしてね。
そうするとさ、すっごい良い香りがするんだよね。
なんだっけ、オイルでもある……。
ああ、そうそう。白檀の香り。
床柱自体は別にそんな香りしないんだけどね。
そのお地蔵様が彫ってある瘤だけが、そんな香りだったんだ。
手を合わせたりとかじゃなく、なんか……もっと身近ななにかだった気がするな。うん
さて、これだけだとただの思い出話だよね。
不思議な話はここから。
おじいちゃんの家に行くたびにそのお地蔵様に頬をくっつけて良い香りに包まれるのが習慣になった頃からだったと思う。
なにか危ないことがあると、その香りがふっと漂ってくるようになってさ。
たとえば、車が間近をすっ飛ばしていく直前に香りがして、そっちに体を寄せたら無事だったとか。
そこまでじゃなくても、鉄棒で頭ぶつけそうな時にその香りがして、慌てて手を握り直したりとか。
なんなのかなー、って思ってたけど、極めつけは、中学入ってすぐの頃……。
ちょうどいまの莉嘉くらいの時に起きたこと。
放課後の校庭に、変質者が乱入してきたことがあったんだよね。
なんか、入ってきたきっかけ自体は、男子がからかったりとかしたせいっぽいんだけど……。
ただ、入ってきてからは、なにかわけのわからないことをわめきながら、女の子を追いかけ回してた。
で、追いかけられた女の子が、アタシ。
もうさ、泡みたいなの噴き出しながら、すごい勢いで突進してくるわけ。
当然、アタシも逃げまくるし、先生たちが校舎を飛び出て、こっちに向かってるのは見えてたんだけど……。
どうも間に合いそうになかったんだよね。
ヤバっ! って思いながら必死で逃げてたら、いきなり背後で轟音が聞こえたんだ。
メリメリ! メキメキ!!
……ってね。
振り返ってみたら、そいつが、倒れた木の下敷きになってる。
アタシもその横を駆け抜けたはずの立派な大木が、そいつを押しつぶしてたんだ……。
もう、ボーゼンってやつ。
しかも、念のためにって親まで呼ばれて家に帰ってみたら、またオドロキ。
なんと、おじいちゃんの家のあの床柱の瘤が、その日、急に破裂したって電話があってさ。
アタシになにかあったんじゃないかって、おばあちゃんが心配してかけてきたらしいんだけど……。
まさにドンピシャだよね。
お地蔵様が守ってくれた……なんてはっきり言うほどの実感はないけど……。
でも、なんだかあのお地蔵様の顔と、あの香りは、アタシにとって忘れられないものになってる。
莉嘉「えー、あのなんか崩れてるとこ? あれ、そうだったんだー」
美嘉「そうそう。まあ、いまは穴しか残ってないけどね」
茄子「加護、というやつでしょうかね。地蔵菩薩は子供の守り神ですし」
ほたる「賽の河原で、子供たちを鬼から守ってくれるんでしたっけ」
小梅「そ、そういう伝説も、あるね」
美嘉「そうなんだ。そういうのは良く知らないけどねー」
莉嘉「でもいいなー。そういうの」
美嘉「いやあ……。襲われたりとかしないのが一番だよ?」
莉嘉「それはそうだけど……」
茄子「守ってくれるというなら、いまは、スタッフの方たちもいますしね」
小梅「ぷ、プロデューサーさんたちが……守ってくれる、よ」
莉嘉「あー、それもそっかー」
ほたる「でも、なんだか素敵です。白檀の香りが……っていうのは」
美嘉「それは……うん。あの香りは、とっても心地よかったよ」
莉嘉「うーん、やっぱりうらやましいぞー」
小梅「……ふふ」
美嘉「ま、このあたりでアタシの話は終わりにして、そろそろ次のコーナーに行ってみよっか」
莉嘉「あ、莉嘉か。えっとね、次のコーナーは、カケーにまつわる因縁話を……」
第四十五夜 終
第四十六夜 ポケットの中
ほたる「それでは……そろそろ本日もアイドル百物語のお時間です」
茄子「さて、前回、前々回とゲストさんのお話が続きましたが、今日からは再び小梅さんの聞き取りによる形となります。今日のお話はどんな?」
小梅「こ、今回のお話は……これまでなかった、類型の一つ、かな」
ほたる「……と言いますと?」
小梅「今回は……タクシーの運転手さんから聞いたお話」
茄子「ああ、タクシー関連のお話ってよくありますよね」
ほたる「お客さんが消えちゃって……座席がぐっしょり……とか」
小梅「うん。前にも……言ったけど、車の中ってのは密室だから……お話ができあがる下地が、ある。でも……」
茄子「でも?」
小梅「欧州の怪談……。あるいは昔話は、村での生活だけじゃなく、人々が移動し始めると……。乗合馬車で語り継がれたりした……」
ほたる「……へぇ」
小梅「色んな地方の人が、色んな話を持ち込んで……。そ、それがどんどん……んと、発展していった」
茄子「そうして語っていく間に、どんな人が聞いても面白いように洗練されていく……というのもありそうですね」
小梅「う、うん」
ほたる「なるほど……。すると、タクシーがその……馬車の役割を引き継いでいる……んですかね?」
小梅「そう……」
茄子「お客さんのした話を運転手さんが別のお客さんにしたり、お客さんの退屈を紛らわせるため、いろいろなお話を仕込んでいたり……ですかね」
小梅「うん……。お話の……へ、変化度合いは昔に比べたら低いけど、一種独特の空気は……残ってる」
ほたる「ふうむ……」
茄子「そんなタクシー怪談、今回話してくださるのは、どなたでしょうか?」
小梅「きょ、今日は……間中美里さん」
ほたる「では、間中美里さんです。どうぞ、お聞きください」
○一言質問
小梅「旅先で……怖いことに遭遇したら、どうする?」
美里「そうだなぁ。まずは地元の人に相談だよね。やっぱり、いろいろ知ってるのはその土地の人だと思うんだ」
小梅ちゃん、やっほぉ♪
今日はよろしくねぇ。
ええっとぉ……。
怪談って人から聞いた話でもいいんだよね?
うん。
わかった。
じゃあ、始めるねぇ♪
これは、私がデビューしてすぐの頃に聞いたお話。
とある地方の営業に、プロデューサーと一緒に行ったのね。
まだまだ売れてない頃だから、それほど大きなお仕事じゃなかったんだけど……。
その分スケジュールも緩かったし、旅行気分で楽しかったよ。
現地ではたまたま駅に来てたタクシーを使ったんだけどね。
運転手さんが、もしかしたらアイドルの……なんて声をかけてくれて。
すごい嬉しかったんだぁ。
まだろくにテレビにも出たことのない頃なのにねぇ。
それがきっかけで、そこにいる間はその運転手さんを指名してタクシーを呼んでたの。
だから、その人にいろんなお話を聞いたよぉ。
これは、その中の一つ。
ある日、お客さんを送った帰り道。
運転手さんは、なにか違和感を覚えたらしいの。
なんだかよくわからないけど、とにかく車を止めて確認してみた。
変な気分のまま運転してたら危ないものねぇ。
そうしたら、制服の……上着のポケットがなにかごろごろするのに気づいたのよ。
探ってみると、石が三つも出てきた。
砂粒みたいな小石じゃなくて、ちゃんとした石ころ。
もちろん、そんなもの拾ってポケットに入れるわけないし、まして、それまで気づかないってのもおかしな話でしょ?
だから、とてもびっくりして辺りを見回したりしたんだけど、なにもなくて。
おかしなこともあるものだって思って、とにかく石を処分しようとした。
だけど、そこいらに捨てるには、なんだか奇妙すぎる。
だから、そのまま手近な神社に行って、参拝するついでに、石を置いてきたんだって。
まあ、いきなりポケットにわき出てきたような石を変に扱ったら、なんか気持ち悪いもんね。
それで終われば良かったんだろうけど、二週間ほどして、また同じようなことがあったの。
ポケットに、まぁるい石が四つ。
今度も同じように神社に置いてきたそうだけど、そこで運転手さんは考えた。
よくよく思い出してみると、最初の時も二度目も、とある場所を通過している。
そこは観光客の人をあるスポットに下ろした帰り道くらいしか通らない場所。
だから、その数ヶ月の間でも、石が入った二度しか通っていなかったの。
『それからは、もうどんなに頼まれてもあの道は通らないことにしてます』
なんでも、少し違う道を行けば、目当てのスポットには行けるらしいから。あえて通る必要はないのよね。
でも、なんだか面白そうなのに、って私は言ったの。
だって……。
おかしいけど、別に害はなさそうでしょう?
でも、運転手さんはこう言ってたわ。
『二度あることは三度あるって言いますけど、三度目は……なにか嫌な予感がするんですよ』
そう言って、照れたように笑ってた。
茄子「なにか不思議なお話ですね」
ほたる「起きてるのは……石がいきなりポケットの中に入ってる、だけですけど……」
小梅「石が……降ってくるお話はたまにあるけど……。こういうのは珍しい」
茄子「ああ、天狗の石つぶてとかありますよね」
小梅「うん……。あるいは石を吐いてぶつけてくる魚がいる、とか……。でも、それはどこかから飛んでくるので……」
ほたる「まるでわいて出てくるようなことは、あまり……?」
小梅「うん……。調べてみたんだけど……。あんまり例が見つからない」
茄子「そうなると、良いことなのか悪いことなのかもよくわかりませんね?」
小梅「うん」
ほたる「ご当人は、もう二度と体験したくないようですが……」
小梅「そこは……。たぶん、石そのものを見てるかどうかなんだと……思う」
茄子「岩とか石はご神体になることも多いですからね。なにかが宿っていたのかもしれません」
ほたる「ああ……パワーストーンとかもありますよね……。なぜか私が持つと、すぐに砕けちゃうんですけど……」
茄子「私もそうですねぇ」
小梅「パワーストーンとか、パワースポットとかは……よくわからない人がいじらないほうが……いいと思う」
ほたる「やはり……そういうものなんですね」
茄子「まあ、この件に関しては当事者の運転手さんの直感が第一でしょうね。さて、それでは次に参りましょうか」
ほたる「はい。では、次のコーナーでは、世界各地の巨石信仰に関わる……」
第四十六夜 終
第四十七夜 混雑
ほたる「では……本日もアイドル百物語のお時間です」
茄子「さてさて、本日はどのようなお話が聞けるのでしょうか」
小梅「今日のお話は、因果応報な……感じかな」
茄子「ふむ。良いことには良い、悪いことには悪い報いを受ける、ですか」
ほたる「王道ですね」
茄子「実際には、聞いた方が結果からさかのぼって、原因をこうだろうと考えてしまうところもあるのでしょうけれどね」
ほたる「……たしかに」
小梅「うん……。実際には関係なかったりするかもしれないけど」
茄子「とはいえ、やはりなんらかの原因があったほうが心情的にはしっくりきますよね。怪談話の中には、意味もなく襲われたりもありますが……」
ほたる「……理不尽ですね」
小梅「もともと人間の理屈が通じないというのは、あるね」
ほたる「あちらには、あちらの理屈があるのでしょうか……」
小梅「うん、たぶん……」
茄子「まあ、我々には理解できない理屈もあるのでしょうね。さて、今日のアイドルさんは?」
小梅「今日は……川島瑞樹さん」
茄子「なるほど。では、川島さんのお話です。どうぞお聞きください」
○一言質問
小梅「オカルト系の番組のナレーションとか……したことある?」
瑞樹「あるけど……。何度も似たような文章を読まされるのが面倒なのよね、あれ」
今日はよろしくね、小梅ちゃん。
さて……と。
怪談だったわね。
そうね。
今回は、私がアナウンサーをしていた頃のことを話すことにするわ。
小梅ちゃんもアイドルやっているからわかると思うけれど。
テレビにしろ、ラジオにしろ、放送局には色々なスタッフがいるわよね。
局の社員やアルバイト、どこかからの派遣、製作会社のスタッフ。
あるいは撮影スタジオなら、そのスタジオの人間、とか。
今回は、外部の製作会社のスタッフだったA君のお話。
彼は年齢こそ私より下だったけれど、私が業界に入った頃にはすでに局に顔を出していたから、それなりの年季だったのではないかしら。
製作会社のスタッフなんて、かけずり回るのが仕事みたいなものだけれど、その中でもフットワークが軽くて、よく動いていたわ。
そう、本当によく働いていたの。
ただ、少し……周囲に都合良く働かされていた感じもあったわね。
この業界にいるにしては、あまり精神的に強くない……有り体に言えば気弱な子だったから。
そのことは当人も気にしていた様子で、飲み会なんかで、笑い話のようにして愚痴っていたこともあったわ。
でも、それは彼の人当たりの良さの裏返しでもあって。
良い部分を残しつつ克服するのは難しいと、当人もわかっていたと思う。
そう……。
わかっていたはずなのだけれど。
さて、時が過ぎA君はこれまでよりさらに精力的に仕事をこなすようになって、しかも、その態度も自信たっぷりな堂々たるものに変わっていったわ。
一皮むけたな、なんて言われるくらいだった。
ただ、同時にちょっとおかしなところも見え始めたのよね。
たとえばこれは私が実際に見た光景だけど。
局の倉庫に向かう廊下の前で、彼がなにかためらっているような顔をしている。
どうしたのかと声をかけると、口ごもった後で、こんなことを言って行ってしまったの。
『ああ、いえ。廊下が混んでるみたいですから、ちょっとあっちから回ります』
その倉庫には外からも回れるから、別にどちらを通ろうと構わないのだけれど……。
目の前の廊下には人っ子一人いないのにそんなことを言われて、正直面食らったわ。
後から聞いたところでは、似たようなことが何度か起きていたようね。
どうしても遠回りする道があるとか、絶対にA君が近寄らない飲み屋があるとか。
でも、その程度の習性、この業界には珍しいことじゃないでしょ。
奇癖って言うほどでもないわ。
験担ぎする人は、他の業界以上に多いところだし。
だから、仕事に支障がない以上、誰も気にしていなかったのね。
ところが……。
あるとき、A君が仕事に出てこなくなったの。
当人から休むという電話が入るんだけど、それもおかしいのよ。
なにしろ、その理由というのが、『部屋から出られないから』というのだから。
一体なにを言っているのかと問い詰めると。
『部屋に人がいっぱいいて、ドアにたどり着けないから、外に出られない』
と、こう返ってくる。
話だけ聞くと、軟禁でもされてるように思っちゃうわよね。
でも、そんな状況で電話なんかかけてくるわけもなし。
わけがわからないけれど、製作会社としてはA君に急に抜けられると困るので、上司が彼の部屋に向かった。
何度チャイムを鳴らしてもA君は出てこなくて、心配した上司は管理人さんに頼んで鍵を開けてもらったらしいわ。
でも、A君は部屋の中にいたのよ。
部屋の隅で、壁に体を押しつけるようにしてぶるぶる震えてた。
まるで、なにかから逃げようとするかのような姿勢で、ね。
A君は部屋の中に入ってきた上司と管理人の姿を見ると、必死な顔をして叫んだそうよ。
『すいません。この人たちを僕の部屋から出してもらえませんか!』
ってね。
その部屋には、その三人以外、誰一人いなかったって言うのに。
『卒塔婆をね、叩き折ってたらしいんですよ』
A君が入院した、と聞いてその様子を尋ねたの。
そうしたら、彼の部屋にも入った件の上司は、滅入った様子でそう教えてくれたわ。
卒塔婆……お墓にあるあれね。
塔のほうじゃなくて、板状のやつ。
彼は夜な夜な墓場に忍び込んでは、卒塔婆を引っこ抜いてたたき割っていたらしいわ。
『一枚折るごとに度胸がついたって言ってましたよ』
どれだけ罰当たりなことかしっかりわかっていて、それでもそれをやる自分に心酔する。
実に歪んだマチズモね。
だけど、彼はやった。
それをやることで、強い自分になれると信じて。
ところが、それをやっているうちに、A君は他の人が見えないものを見るようになった。
たとえば、廊下いっぱいにたたずんでいる人の姿とか。
頭が崩れてたり、内臓をぶらさげてたり、焼け焦げて炭のようになっていたりする、『人』だったらしいけれどね。
『結局、部屋いっぱいに……。奴の視界のあらゆるところに、それはあふれて……。身動き取れなくなったようですね』
彼が見ていたのが、いわゆる幽霊という奴なのか、それともただの罪悪感からの幻なのか。
そのあたりは、私にはわからない。
ただ、彼にとってそれはたしかに見える実在のなにかであったのよ。
いまのところ、彼が社会復帰したという話は聞いていないわ。
たぶん……。
いまも、たくさんの人に囲まれ続けているのでしょうね。
茄子「卒塔婆をたたき割るって……とても出来ない発想ですね」
ほたる「祟りとかそういうのを考える前に……。そもそも怖いですよね。お墓に忍び込んで……なんて」
小梅「でも……このお話の中の人にとってはその怖さも乗り越える対象だった……。結局はそれに取り憑かれたんだけど……」
茄子「見えているのが幽霊にしろ、そうでないにしろ……。彼は取り憑かれているってことですか」
ほたる「弱さを乗り越えようとして、間違った道を選んで……。そのことに取り憑かれて……」
小梅「うん……。そもそも卒塔婆を折ろうって、お、思う時点で……」
茄子「悲しいですね」
ほたる「……はい」
小梅「あと……これはあくまで個人的な予想だけど……。この人が見てたのは霊じゃないと、思う」
茄子「ほほう?」
小梅「だって……。霊が見えるだけじゃ、別に生活に支障はないし……。経験上」
ほたる「……ええと」
茄子「なにやら恐ろしい話になりそうなので、この話題はここまでとしまして、次のコーナーへ参りましょうか」
ほたる「はい。では、次は、墓地や埋葬にまつわる怪談を……」
第四十七夜 終
第四十八夜 流星
ほたる「それでは……本日もアイドル百物語のお時間です」
茄子「さて、今日はどんなお話なのでしょう」
小梅「今日は……星のお話」
ほたる「星……ですか?」
小梅「うん。空に光る……星」
茄子「星ですか。神話でも星座にまつわるものは、悲喜こもごもですよね」
ほたる「織姫と彦星みたいに引き裂かれるのもありますしね……」
茄子「美しいお話も多いのですけれどね」
小梅「今日のはどうかな? 少なくともスプラッタでは……ない」
ほたる「ま、まあ、いきなり血が流れる話は想像しにくい……ですが」
茄子「ともあれ、実際に聞いてみましょうか。さて、今日はどなたから?」
小梅「今日は……小日向美穂さん」
ほたる「では、小日向美穂さんです。どうぞお聞きください」
○一言質問
小梅「どうして……蘭子ちゃんみたいに話さないの?」
美穂「ふぇ?……あ、あの、小梅ちゃん、あれは熊本弁じゃないよ……?」
こんばんは、小梅ちゃん。
今日はよろしくお願いします。
ええっと、怪談……かあ。
怖いお話はあまり知らないんですけど、以前聞いて不思議だなあと思ったお話があるので、それをお話ししますね。
以前、戦国時代のお姫様の役をやったことがあったんですけど、そのときの衣装さんから聞いたお話です。
その衣装さんは、それなりのお年の男の方なんですけれど。
なんていうか……中性的な方で。
ああ、うん。
この業界にたまにいる、同性の人が好きな男性って感じでもなかったよ。
だからってもう枯れたって雰囲気でもなくて……。
そのあたりが不思議な人でした。
そして、その人が喋る度、とても良い香りが漂うんです。
といっても、いわゆる口臭対策の製品みたいな、嫌なにおいを消すために刺激の強めな香りを加えてるという感じの奴じゃなくて。
ほのかだけど、なんだか、とても心地良い香りでした。
そして、その人が話していると、自然とみんな黙って話を聞いちゃうんです。
わたし、そのお仕事の間一緒にいて、ほんとすごいなあと思ってて。
ある時、思い切って聞いてみたんです。
食べるものとか、気をつけていらっしゃるんですかとか、そんな感じで切り出したように思います。
すると、その人は、一つ笑ってから話してくれました。
『実は、僕は流れ星を呑み込んだんですよ』
って。
私が目を白黒させていると、その人はゆっくりと詳しい話をしてくれました。
その人が若い頃……私と小梅ちゃんの間くらいの年の頃。
その人は、天体観測が趣味だったそうです。
晴れた夜には必ず望遠鏡を覗いて、特に時間のある時は、星のよく見える場所に出かけることにしてたとか。
そして、とある夜。
その日は特によく晴れて、星の光がよく見えていたそうです。
彼は、早速お気に入りの場所へ向かいます。
そうして、その場所について星の並びを追っている時、彼は空に一つ星が流れるのを見つけました。
望遠鏡で詳しく見ようと思いましたが、すぐに消えてしまったそうです。
ところが、残念だなと思って顔を上げると、周囲がまばゆい光に包まれている。
まるで突然昼間になったかのように明るい光に、彼は呆然と立ち尽くしました。
『星が落ちてきている。直感的にそう思ったものです。夢中になって覚えた天文学の知識とかをすっとばしてね』
光はどんどん強くなり、ついには目を開けているのもつらくなるほど。
ですが、彼は目を閉じることは出来ませんでした。
光が……燃えるような光が、彼をめがけて飛んで来ていることがわかっていたからです。
逃げることすら出来ず、彼はそれを見つめていました。
なぜか、彼のいるその場所に落ちてくるというよりは、彼その人を目標としてやってくるんだという意識があったんだそうですよ。
そして、ついに彼の目もくらみましたが、不意にその光の圧力が消えました。
懸命に目をこすり、あたりを見れば、光はすっかりなくなっている。
けれど、その代わりに……。
周囲を照らしていた光が全て凝結したような、美しい女性がそこに立っていたんだそうです。
白い肌を惜しげもなくさらして、神々しいまでの美を体現した女性は、数歩で距離を詰めると、そのままの勢いで彼を強く抱きしめました。
『なんだか、泣きたくなるくらい心地よかったですよ。幼い頃、母にあやされていた時のような』
驚きも恐怖も全て消し去るような、そんな香りが、彼を包みました。
次いで、彼の唇を柔らかな感触が覆います。
キスをしている!
そう思った次の瞬間には、つるり、となにかが滑り込む感触。
なんと、彼女の体が、彼の口からするすると入り込んでいくではありませんか。
まるで水に変わったかのように、彼の口から呑み込まれていく女の人。
全て呑み込んだ後でも、彼は微動だに出来ずにいたそうです。
『正直、全てが夢だったと思いたかったんですが』
呆けたように朝までそこでへたりこみ、なんとか正気を取り戻して家に帰った後で、彼は自分の異変に気づいたとか。
『あれ以来、口を開くと、あの女性の体から立ち上っていた香りが漂うになりましてね』
そして、その香りを感じた人たちは、みな、彼の言うことを熱心に聞くようになった。
そう、言っていました。
『ついでに、僕は恋愛感情というのを持たなくなりました』
その人は、そこで、実に幸せそうな照れ笑いを浮かべていました。
『まあ、それも当たり前ですよね。なにしろ、僕の運命の女性はこの体の中にいるんですから』
そう言って。
茄子「星が女性に変じ、それが体の中に……ですか」
ほたる「聞きようによっては……素敵なお話ですが……」
茄子「奇妙ですけど、当人は幸せのようですしね」
小梅「これは……えと、天女の伝説のバリエーション、になるのかな」
茄子「天女ですか」
小梅「うん。羽衣を無くした天女……」
ほたる「羽衣がなくて天に帰れなくなる……でしたっけ」
小梅「そう……。そして、羽衣を見つけて天に帰ったその天女は……北斗七星や昴なんかの星を構成する一人だったり……する」
茄子「なるほど。まあ、今回は、あちらからやってくるようですが……」
小梅「天女が、押しかけ女房になる話も……ある、から」
ほたる「ふうむ……」
茄子「天女の加護があるというのは心強いですね。それにしても、美嘉さんのお話でもありましたが、良い香りというのは共通なのでしょうか?」
小梅「ん……。香りだけじゃなく、徳を積み、神性が高まると、五感全てに対してよい効果を発する……と考えられてる」
ほたる「それは……素直に良いですね」
小梅「うん……」
茄子「我々も自然とそうなれるといいのですけれど、凡俗には難しいですかね。さて、それでは、次のコーナーに参りましょうか」
ほたる「はい。それでは、次のコーナーでは、世界各地の星の神話にまつわる……」
第四十八夜 終
第四十九夜 塩素
茄子「それでは、本日もアイドル百物語へと参りましょう」
ほたる「……今日のお話はどんな?」
小梅「今日は……水にまつわるお話」
茄子「なるほど。一つの定番ですよね。海や水に関連したお話は」
ほたる「雫さんのお話もありましたよね」
小梅「うん……。人の思いは水に記憶される……なんて人もいるし、心霊現象も水が媒介してるって主張があったり、する」
茄子「人間そのものにも欠かせないものですしね。生活だけじゃなく、体の構成要素として水分が大きな割合を占めていたり」
ほたる「切っても切れない関係のものだけに……いろいろなお話があるということでしょうか」
茄子「それはあるでしょうね。あとは、怪談としては、やはり、水の事故のイメージが大きいでしょうね」
小梅「身近な……危険でもあるから、ね」
ほたる「たしかに……」
小梅「水に触れてるのは……気持ちいいんだけど」
茄子「安全をはかっていても、体温が奪われたりとかもありますから、注意が必要ですけれどね」
小梅「う、うん」
ほたる「それで……今日はどなたのお話なんでしょう?」
小梅「今日は……西島櫂さん」
茄子「水泳をやっておられたということで納得ですね。では、お話に参りましょうか」
小梅「うん……。どうぞ」
○一言質問
小梅「海や水辺の怪談を聞いて……どう思う?」
櫂「なんでみんなそんなに簡単に川とか海行くんだろうと思うな。流れのある場所で泳ぐのは大変だし、あたしにしてみたら一大決心だよ」
こんばんは、小梅ちゃん。
今日は来てくれてありがとうね。
怪談とかあんまり話したことはないけど、がんばってみるね。
うん、やるからにはね。
さてと……。
小梅ちゃんは泳ぐのとかどう?
あ、そう。
体動かすのはあんまり得意じゃないか。
でも、出来たら、動いておいた方がいいよー。
体が出来るときに体動かしておくと後々やっぱり……。
あー……違うね。
あたしは、水泳やってたのね。
知ってるかもしれないけど。
それでさ、プールって塩素系の消毒剤が入ってるの知ってる?
うん。
塩素のあの匂い、独特だよね。
まあ、最近はちょっと違う系統の消毒剤もあるんだけど、主流はまだまだ塩素系。
あれって、結構影響あるんだよね。
あたしたちみたいに毎日プール入ってると、髪の毛とか確実に色抜けるしね。
あとは、膚にもやっぱりダメージある。
もちろんケアはしていくんだけどさ……。
ともあれ、毎日入ってると、今日の塩素きついなあとかあるんだ。
うん。
場所とか日によって違うってわかるの。
さて、本題はここからだよ。
あたしが高校時代、当然のように水泳部で……。
まあ、部長とかやってたわけ。
それで、とある時期に部員たちから言われたんだよね。
このところ、塩素きつくないですか、と。
たしかにあたしもそれは感じてたんだ。
ただ、あの塩素の濃さってお役所が上限下限を決めてるんだよ。
管理者の人――今回の場合は学校の体育主任の先生――はそれを守ってるはずなんだよね。
でも、あんまり部員に言われるから、その先生に相談してみたんだ。
案の定、適正な範囲内で調整してるって言われたよ。
ただし、あんまり皆が不快なようなら濃度を下げてもいいとも言われた。
もちろん、規定の濃度以下には下げられないけどね。
『皆の意見を改めて聞いてみてくれ』
そう言われて、あたしは部員みんなから意見を募って。
結局、出来るなら塩素を下げてもらいたいってことになった。
先生は、今度はあっさりと聞いてくれたよ。
次の日から、だいぶおだやかな感じになったんだ。
ところが……。
その日から、足を攣ったり、変なところでフォームが崩れたりする子が急に出始めてね。
その子たち自身もなにがなんだかわからないという感じだったんだけど……。
三日目くらいだったかな。
ある子が、部活後に真っ青な顔であたしに言ってきたんだ。
『プールの底に、なにかがいる』
ってね。
その子は、その日に足が攣った子で、攣った後は水に入ろうとしなかったんだ。
よほど痛かったのかと思ったんだけどね。
ところが、彼女が水に入れなかったのは、そのせいじゃなかった。
『足を、掴まれたんです』
足を攣った時に見たんだって。
プールの底にうずくまる黒い影と、そこから伸びる幾本もの腕のようなものを。
そして、そのうちの一本が彼女の足を掴み、引きよせようとするのを。
あたしもさ、いわゆるオカルト話に水や水辺にまつわる話が多いのは知ってたよ。
実際、溺れるのって普通にあるわけで、そこから幽霊話とか連想するのは当たり前のことだと思うもん。
でも、直接聞くのは初めてだった。
不思議と、一笑に付す気にはなれなかったな。
なんとなく嫌な感覚を覚えていたのは、あたしも同じだったのかもしれないね。
『やはり、この時期はだめか』
迷ったあげく先生に相談したら、こう言われた。
おびえながらあたしに話してきた子に、なんとかしてみせると大見得を切った身としては、正直拍子抜けだったよ。
どうにか出来るかどうか、実際、不安だったもん。
それと同時に、やっぱりなにかあるんだとも思った。
それから、
『明日からまた塩素上げるな』
とも言われた。
翌日から、プールの塩素は前のようにきつくなって、そして、フォームが崩れたり、手足を攣ったりする子はいなくなった。
塩素が元に戻ったのに文句言う子は、なぜかいなかったよ。
それに、しばらくしたら、またおだやかな濃度になってたしね。
そのときにはなにも起きなかった。
先生が言うとおり、時期なんだろうね。
え?
ああ、うん。
先生には聞いてみたよ?
でも、わからないとしか言われなかった。
なんなんだろうね。
そして、なんで、塩素でいなくなるんだろうね。
あたしが教えて欲しいくらいだよ。
茄子「塩素ですか」
小梅「え、塩素……」
ほたる「漂白剤とかに入ってるやつ……ですよね?」
茄子「そうですね。プールに入ってるものも用途としては殺菌や消毒ですね」
ほたる「……幽霊にも効くんですか?」
茄子「……どうなんでしょう」
小梅「効いている以上は……そういうもの、なんだと思う」
茄子「以前、空気清浄機に吸い込まれる話もありましたね」
ほたる「なんというか……汚れ扱いでいいんでしょうか」
小梅「……生きている人の世界からしてみれば、そうなのかも」
茄子「ふうむ……」
ほたる「まあ……対処がわかっているのなら、いいですよね」
小梅「うん。ただ……いなくなってるんじゃなく、干渉してこられないだけ、かもしれないけど……」
ほたる「そ、それは……」
茄子「それでも、動きが封じられるならありがたいですよね」
小梅「うん……」
茄子「さて、それでは、そろそろ次へと参りましょうか」
ほたる「あ、はい。では、次のコーナーでは、学校の部活動にまつわるお話を……」
第四十九夜 終
第五十夜 歌声
ほたる「さて、今日もそろそろアイドル百物語のお時間ですが……」
茄子「このアイドル百物語も、本日で五十。百の物語の半分となります」
小梅「ようやく……折り返し」
茄子「そうですね。これまでと同じだけのお話がこれからもあると思うと、なかなかすさまじいものがありますね」
ほたる「内容が内容ですからね……。ほっとする話もあったりはしますが……」
小梅「みんな面白いけど……刺激は強いかも、ね」
茄子「そうですねー。心がざわつくものは多いですよね。まあ、だからこそ面白い部分もあるのでしょうけれど」
小梅「うん。……そうだと思う」
ほたる「普段聞く機会の……そうそうないお話もたくさんありましたしね」
小梅「うん。みんな、それなりの話を知ってると思うけど……。普通は話す場がないかも」
ほたる「それは……ありますね。きっと」
茄子「当人は不思議だと思っていても、人に話すほどだろうかと思うこともありますしね」
小梅「うん……。そういう話を掘り出せてたとしたら……嬉しいと思う」
茄子「ええ、本当に。さて、それで今回はどなたのお話に光を当てるのでしょうか」
小梅「今日は……五十番目だから……。ほたるちゃんに、お願いしてる」
ほたる「はい。今日は……これから私が話すことになります」
茄子「第一夜は私でしたものね」
小梅「うん」
茄子「そうなると、百物語、その最後はやはり……」
小梅「ふふ。それは言わないお約束……だよ」
茄子「ふふ。そうでした。さて、ほたるさんのお話ということであれば、その内容についてあらかじめ聞くより、実際に話に入ってもらう方が良いでしょう」
ほたる「は、はい。がんばります」
小梅「じゃあ……よろしく」
ほたる「はい。では、拙いところもあるでしょうが、どうぞ聞いてください」
ええと……。
では、始めます。
このラジオをお聞きのリスナーのみなさんなら既にわかっておられると思いますが……。
私は、怖い話を熱心に聞く、というタイプではありません。
学校で噂になっていたり、芸能界でも色々と漏れ聞くことはありますが、この番組に参加するまでは、あまり興味を持ちませんでした。
正直、その……怖いですし。
ただ、この番組を通じて、怖いだけではなく、様々なお話があるのだとわかってきました。
そして、これまで私が経験していたことの中にも、語る意味があるものもあるのだと、なんとなく思えるようになりました。
今日は、その一つをお話しします。
私にとっては印象深いお話です。
これは、私が今の事務所にお世話になる以前のこと……。
とあるテレビ番組のオーディションに合格し、アシスタント役をすることになったんです。
地方局のごく短い番組の、それもただ物を持って行くだけの仕事でしたが、放映されるお仕事に違いはありません。
私は喜んでお仕事に通いました。
ただ……ちょっとした役ですから、どうしても局にいる時間の大半は待ち時間になるんです。
メインのパーソナリティーさんたちの進行や、スタジオの都合……色々なものがあわさって来ますから。
その時間は言われればいつでも動けるように待機しているのが私の仕事なわけです。
でも……その……。
いまよりもずっと売れてないアイドルだった私としては、その時間も有効に使いたかったんです。
体の動きをチェックしたり、歌を練習したり……。
スタッフさんも、そのあたりはわかっているんです。
アイドルにしろ、芸人さんにしろ、駆け出しの時期は、皆そうですから……。
そのときのスタッフさんは、優しい人たちで、私が待ち時間に自主練をするのに、大道具倉庫を使うようにと言ってくれました。
もちろん、ちゃんと呼ぶ声が聞こえる場所で、という条件で。
私は喜んで倉庫で自主練をしていました。
呼ばれたらすぐ行かないといけませんから、倉庫の入り口近くで、出入りの人の邪魔にならないようにして。
そして、そこで練習するようになってからしばらくして。
気づいたことがありました。
歌声が聞こえてくるんです。
とっても小さな声で、私の耳にはその歌詞も定かではありませんでしたが、たしかに聞こえるんです。
何度も、何度も、同じメロディを繰り返すその歌が。
それも、私が練習しているときは、いつも。
その歌を聞く度、私はなんだか嬉しくなっていました。
きっと、倉庫の奥に私と同じように練習している人がいるんだと思ったからです。
私は待機の関係上、奥に行くことは出来ませんでした。
だから、実際にその人の姿を見ることもありませんでした。
けれど、同じような立場の人がいるというのは、どこか勇気づけられるものです。
そうして、倉庫の奥からはかすかな歌声が響き、倉庫の入り口では私が体を動かしたり、表情の練習をしたりしているという状況が続きました。
けれど、私が参加していた番組は、しばらくすると内容が変化して……。
私はそのタイミングで番組を外されました。
そのとき、私はようやくのようにスタッフさんに尋ねたんです。
倉庫の奥で練習されているのはどなたですかって。
でも、スタッフさんの答えは意外なものでした。
『あの倉庫に入ってるのは君くらいだよ。奥に入るのは係の者だけで、他は管理の関係で立ち入り禁止』
私は、入り口の……見えるところにいるから、特に許されていたのだ、とその人は説明してくれました。
では、あの歌声はいったいなんだったというのでしょう。
私が密かに励まされていたあの歌声は。
私はなんとか頼み込み、大道具の方と一緒に、奥へと入ってみました。
そのときは歌声はしていませんでしたが、記憶の中のあの声に向かって進んだんです。
そこには、パレットに乗せられた大道具や、様々な梱包物があるばかりで、人の気配どころか、最近誰かが立ち入った痕跡もありませんでした。
ただ……。
ぽつんと楽譜が置かれていました。
流通しているような立派なものではなく、五線紙に手書きで記したものを、まとめて綴じたもの。
そんなものが、そこにあったんです。
当時、私はどういうことなのかよくわかりませんでしたし、大道具さんは、なんでこんなものが放ってあるんだと憤っていました。
でも、いまになって思うんです。
もしかしたら、あの歌は……。
あのかすかな歌声は、その楽譜から漏れ出てきていたんじゃないかって……。
茄子「素敵なお話ですね」
ほたる「……ただの妄想かもしれませんけどね」
小梅「で、でも、聞こえたんだから……」
ほたる「私以外の人が……聞いていたなら、また違うんでしょうけど……」
茄子「いえ、きっと歌声は響いていたんでしょう。それが果たして楽譜そのものから発せられたものなのかはわかりませんが」
小梅「器物が変じて意思を持って動き出すお話は昔からあるし……ね。遺品やなにかに霊がつくことも……もちろんある」
茄子「ええ。ですから、妄想だなんて言わないでいいんですよ。それに、それじゃあ……つまらないじゃないですか」
ほたる「……ふふ。そうかもしれません」
小梅「……でも、なんにしても、ちゃんと聞いてみたかったね」
ほたる「そうですね。そこは惜しいことをしたと思います。……とても綺麗な声でしたから」
茄子「まあ、それくらいの位置取りのほうがいいのかもしれませんよ。あまり近づきすぎても……」
ほたる「……それはそうかもしれませんね。正体が知れたら、もう現れないなんてこともよく聞きますし」
小梅「そう……だね。引きずり込まれないくらいが……いい、かも」
茄子「そこに悪意がなかったとしても、我々とは違う存在に近づくだけで危ないというのはありえますからね」
ほたる「……なるほど。さて、私の話はこのあたりとして……。今回で第四シーズンも終わりですが、いかがでしたか小梅さん」
小梅「うん。ゲストさんも来てくれたし、たくさんお話聞けたし、このシーズンも……楽しかった」
茄子「ええ。次もぜひ楽しみましょう」
小梅「うん」
ほたる「それでは、第四シーズン終了および、第五シーズンに向けて、一言どうぞ」
小梅「たくさんお話を聞いて……みんなとたくさんの時間を過ごして。いっぱい怖くて、いっぱい楽しい。だから……次も、みんな、いっしょがいい……ね?」
茄子「はい、では、次回、第五シーズンにて再びお会いしましょう」
ほたる「それでは……また」
第五十夜 終
194 : ◆E31EyGNamM - 2013/11/03 10:28:14.85 v4DgjMX0o 129/129というわけで、今回にて第四シーズン終了となります。
いよいよ次から後半戦です。
第五シーズンについては、11月後半にスレ立て出来ればと思っております。
なんとか……はい。
それでは、ここまでおつきあいありがとうございました。