1 : milktea ◆FbOBNw0his - 2020/10/24 16:52:50.23 bAY8bfVX0 1/27・シャニマスのssです。
・既に書き終わっているのでまとめて投稿します。
なにか不備等ありましたら教えて頂けると幸いです。
それでは、よろしくお願いします。
元スレ
【シャニマス】雛菜「女神の果実は罪の味」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1603525969/
0.
「うう……ごめんな……こんなんで……雛菜、雛菜……」
夜、事務所のソファー。部屋の電気は消えていて、カーテンの隙間からそそぐ光を頼りに、雛菜の胸元に顔をうずめる彼を見る。少し肩を震わせて、おそらく涙を流しているであろう彼がどのような表情をしているかは、手に取るように分かった。
「もう~プロデューサー……?ごめんねは禁止だって初めての時に言ったでしょ~?」
頭を撫でながら、少しでも彼の心に雛菜の言葉が染み込むように、ゆっくりと丁寧に話す。
「……ああ、そうだった……ごめ……いや……」
「ありがとう、雛菜」
そう言って顔を上げて笑う彼の表情にはまだ悲しみが残っていて、雛菜はどうしたら、何をしてあげたら、彼を幸せにできるかを考える。
他人の幸せがどのようなものかは難しくて分からないから、雛菜個人の幸せの定義に当てはめて考えることにした。雛菜の幸せの定義は簡単。天秤の左側に好きなものを置いて、右側に嫌いなものを置く。天秤が左側に傾いたら幸せで、右側に傾いたら不幸せ。甘いものは『好き』、苦いものは『嫌い』。学校は『好き』、宿題は『嫌い』。透先輩も小糸ちゃんも、プロデューサーも『好き』。円香先輩も……まあ、一応は『好き』。雛菜の幸せは『好き』、雛菜の不幸せは『嫌い』。
……じゃあ、雛菜じゃない人の幸せと不幸せは?
ガタン、と。天秤が傾く音を聞いた。
1.
「……痛い~~~」
頭に鈍い痛みを感じて、目が覚める。どうしてこんな事になったんだろう?状況を整理するために周りを見渡す。下を見ると茶色のカーペット。雛菜の部屋の物で、色がクマさんと似ていてお気に入りのもの。横を見ると雛菜のベッド。上を見ると、窓から日の光が夏のそれよりも少し優しく降り注いでいた。
「あちゃ~落ちちゃったか~」
元々そこまで寝相は悪くなかったような気もするけれど……そんな事を考えていると、スマホのアラームが聞こえた。枕元に行ってアラームを止める。ライトブルーの待ち受け画面を背景に、『AM 7:00』の文字が踊り出る。
「ん~~~?」
今日は火曜日、学校がある日。早起きは嫌い。だから学校の日は基本的に、もっと遅くアラームは設定しているんだけど……不思議に思いながら横目で机の上のカレンダーを見る。
「あ~~~」
納得する。そっか、今日は『あの日』か。口元が緩む。取り敢えず、ちゃんと起きるために朝ごはんを食べよう。いつもはコンビニで適当に買って学校で済ましているけれど、今日はちゃんとしたやつで。よし、と意を決して立ち上がって、部屋のドアを開けた。
「ママ~おはよ~!お腹すいた~朝ごはん食べたい~~~!いっぱいはちみつ入れたフレンチトーストと、ミルクティーが良い!」
2.
「プロデューサー、おはようございます~♡」
事務所の給湯室で、コーヒーを淹れていた彼に声をかける。雛菜がこの事務所に入ってから何度か繰り返した第一声。
「おはよう!……雛菜、学校」
「あは~、バレました~?」
「はあ……最近味占めてないか……?事務所来るのも早くなってる気がするし……」
「え~、そんな事ないですよ~?」
「……まあいいや、ちょうど外出るし。ついでに送るから、ちゃんと行くように。学校も楽しめばいいんだ……ってこれ、前も言った気がするな……」
「うん~♡前も聞きました~♡」
「そっか……じゃあこれも聞いたかもだけど、今日あった楽しい事、あとで全部聞くからさ、な?」
「分かりました~、仕方ないから楽しんできます~」
「うん、良かった。じゃあ先に下行って待っててくれ。このコーヒー、すぐ飲んで追いつくから」
「は~~~い♡」
淹れたばかりのコーヒーを勢いよく飲んでむせる彼を横目で見て、事務所の階段を下った。
***
「そういえば」
「ん?」
車に乗って5分ほど。交差点、赤信号。ここの信号は結構切り替わりまでが長い。話すにはちょうど良い時間。
「今日、大事なお仕事でもあるんですか~?」
「……昔から結構言われるんだけど。そういうの、分かりやすいかな。俺」
「だっていつもは雛菜が行くときデスクで寝てるじゃないですか~」
「……確かに……」
そう言ってバツが悪そうに眼を泳がせる所なんて特に分かりやすい。この事を伝えるか伝えないかを考えていたところで、彼は意を決したように深呼吸をして、口を開いた。
「……まあ……あるよ、大事なの。これのためにかなり準備してて、絶対成功させなきゃいけないやつだ」
「そうですか~~~」
信号が点滅する。そろそろ頃合いかな?
「ねえ、プロデューサー」
助手席から体を伸ばす。彼の耳元に両手を当てて。
「今日も夜、待ってるからね」
わざわざ早起きして事務所に来てまで伝えたかった言葉を、囁いた。
「…………ッ!」
バッと彼が身じろぐ。予想通りの反応。本当に分かりやすい。
「もう~車で暴れちゃいけません~~~!事故起こしたらどうするんですか~?」
「…………!そうだな、すまん……でも……そういうのはもうやめるって決めたから。待たれたって困る。雛菜の帰りが遅くなるだけだ」
「前も同じようなこと言ってませんでした~?」
「…………前は関係ない」
「……ふ~ん?」
「まあいいです〜〜〜取り敢えず、この話はもう終わり~~~」
「いや、おい……!」
「信号、青ですよ~?」
まだ何か言いたそうな彼を無視して、少し眠ることにする。目を瞑り、体重を後ろのシートに預けると、すぐに眠気がやってきた。今日も一日、幸せな日を過ごせそう。そんな予感に高鳴る心を体の奥底に鎮めるように、意識を手放した。
3.
「……市川……市川!」
「んん~?うるさい……誰~?」
抜けない眠気を払うように瞼をこすりながら顔を上げると、教室。目線を上に向けて時計を見ると、2限の時間。少し目線を下げると、目の前には先生が立っていた。
「あ~先生~~~おはようございます~」
「……おう、おはよう」
眉毛をぴくつかせて、口元に形だけの笑みを貼り付けたその表情を見れば、確実に怒っていることは分かる。実際この後少し怒って、宿題の回収とかそういう雑用を雛菜に投げるところまでで1セットだ。いつもと何も変わらない。
「うん。まあ眠いのはしょうがないよな。朝ご飯の消化も始まるころだしな。うん、しょうがない。次から気をつけてな」
「……?今日は怒らないんですか~?」
思わず口をついて出てきてしまった言葉を、言った後に後悔する。絶対にさっきの所で適当に終わらせて、話題を切っておいた方が良かった。
雛菜の言葉を聞いて、先生の口角が上がるのを見て、確信。
これ話長くなるやつだ。
「あ~やっぱり市川も気になるか?そうだよな、うん、うん。実は今先生は上機嫌でな!今日の朝、生徒からの授業評価シートが……」
ほら、ね。
***
いつも寝てばかりいるけれど、世界史の授業は割と好きで、もっと正確に言うと先生の面白くない授業をBGMに読む資料集が好きだった。
多分テスト前の追い込みの時に日本語の曲を聞くと気が散るから、洋楽を聞くみたいな、そんな感じ。確か小糸ちゃんが言っていた気がする。
今日も適当に資料集のページを開いて、読む。開いたページには、昔に書かれた有名な本の神様についての説明が載っていた。多分前にも読んだことがあるけれど、気にせずに読み進める。
面白い。
昔からこの手の話が好きで、だからこそ前に読んでいてもこうやって面白いのだと思うけど、実際に何が面白いのだろうとたまに考える。
なんとなく思いついたのは、雛菜はこういう話の神様が好きなのかもしれないという事だった。
神様は、他の人に幸せを与える。きっと雛菜はそういう所が好き。少し発想が飛ぶけど、だからこそアイドルも楽しく続けていられるのだと思う。
アイドル活動の一環で雛菜はツイスタをやっているけれど、自分のツイスタに付くコメントは見ないようにしている。それは単純に事務所に見るなと言われているのもあるし、多分見ない方が良いのだろうなと直感で分かるからでもある。けれど、事務所の他の人のものは興味本位でたまに見ていた。
『今日も服がお洒落で可愛いまな~☆』『またガシャ爆死してる……』『いつも聞いてるよ、千雪』etc……
……違うのも混ざっている気もするけれど、基本的には他の人に幸せを届ける事が出来ていて。だからこそ、雛菜はそんなアイドルになれた事が———
「……市川……頑張って起きていてくれたのは嬉しいが……ノートは……?」
「あ」
思考が霧散する。目線を上に向けて時計を見ると、2限も終わりの時間。少し目線を下げると、目の前には先生が立っていた。完全なデジャブ。
「…………取り敢えず、もう授業も終わりだから。ノートは隣の千葉に見せてもらうなり写メらせてもらうように。今日は特に手伝ってもらう事も無いから……」
「今度、CDにサイン書いてくれ。それでチャラだ」
「……へ?」
正直半分聞き流していたので何を言ったのかよく分からなかったけど、クラス全体が沸き立つのを見て、言っていることをなんとなく理解する。
「え~ズルい!私もCD持ってるから雛菜ちゃんのサイン書いてほしい!!!」
「いや、それ佐藤が箱買いしたの貰っただけじゃん……」
「教育学部に進学しようかな……」
色々な人の色々な言葉が飛び交うけれど、誰もが笑っていて。それを見て、雛菜も幸せな気持ちになった。
4.
『ねえ~プロデューサー?最近嫌な事でもありました~?』
『ん?そんな事無いぞ。ほら、こんなに元気』
『嘘~~~!顔に疲れたって書いてあるもん~!』
『……そんなに分かりやすい?』
『うん~~~』
『ねえ、特別にソファ使わせてあげるから、ごろ~んってしませんか?』
『ついでにお話も聞いてあげます。雛菜と話すと幸せになれる~って透先輩も言ってましたよ~?』
『……そのソファ、別に雛菜のじゃないんだけど……』
『そんな事は今いいんです~ほら~!』
『ソファ、行きましょう♡』
***
「……雛菜?」
「……あ」
「ごめんね、ボーッとしちゃってた……」
謝る気持ちも込めて、頭を撫でる。
「……大丈夫か?」
初めての時を思い出していた、と言うか一瞬考えて、言わない事にした。理由は簡単。
「もう~~~」
「ちょ……雛菜、苦しい……!力、弱めて……」
「ダメ~~~」
だって今は、雛菜のターンだから。
***
「ふう……ふう……雛菜さ、多分自分が思ってるより力強いから……はあ、死ぬかと思った……」
「……落ち着いた~~~?」
「なんとか……」
「それじゃあ、今日あった事、話してくれる~~~?」
これは彼には言っていないし、これから先も言う予定が無い事だけど、いつも彼の話の半分くらいはよく分からない内容だった。
理由は2つある。まず単純に、アイドルで、かつ未成年の雛菜がプロデューサーで大人である彼の話題についていくには限界があるという事。
それともう1つは話を聞く姿勢。……雛菜の胸元に顔を埋めて話されると、声がくぐもって流石に聞き取りづらい。夜だから小さな声で話すし。
それでも会話が成立している(ように思える)のは、話の内容の残り半分がいつも変わらないからになる。
「今回の企画のためにすごく準備して……理想にかなり近いプレゼンが出来たのに……なのに……全然取り合ってくれなくて……多分、最初から聞いてなかった……」
雛菜たちのユニットは最初の大きな番組での仕事で失敗をした。それも、たまたまミスをした、みたいな普通の失敗で無く、番組に反旗を翻すような失敗。
当然の成り行きで、雛菜たちの仕事は無くなった。それでも今こうしてアイドルとして活動できている理由は、『W.I.N.G』で優勝して多少上がった知名度がたまに仕事のオファーを連れてくるから。283プロの持っているチャンネルでの配信、なんてのもある。
別に雛菜たちは……いや、雛菜はそれで一向に構わないというか、忙しすぎても困るとすら思っているけれど。
「今回は……今回こそは、成功させないといけなかったのに……!」
この人は、そうは思っていない。
あまりこの言葉は好きではないけど、彼の立場になって物事を考えてみると、気持ちは分からなくもなかった。
事務所の他のグループは地上波のリポート、化粧品の広告塔、ドラマ、その他様々な仕事で存在感を出している。そんな中で自分の担当しているグループは大半の予定がレッスンで埋まっている状態。
焦るのも無理はないだろうと思う。焦った彼が取った行動は単純で、仕事が来ないならこっちから仕事を取りに行くというものだった。それは水面に映る月を掴むようなもので、端的にいえば無駄だと雛菜は思っていたけれど、その予想は当たっていた。
ラジオのお仕事、クイズ番組、雑誌のモデル。多種多様なお仕事に雛菜たちを出してもらえないか交渉して、そのどれもが同じように却下されていった。もちろんそれを雛菜たちには言わないけれど、言外の部分で却下されたのだなと分かった。逆にいえば、それが分かるくらい彼は憔悴しきっていた。
「皆は頑張ってくれてるのに、俺だけ何も……!」
彼が憔悴したのは、自分の仕事が上手くいかない事の不甲斐なさと、それによって雛菜たちに事務所の他の人たちへの引け目を感じさせてしまう事への申し訳なさが原因で。きっと自分に厳格な彼は、自分のことを許す事が出来ないのだろうと思った。そのくらいの事は、雛菜でも分かる。だから。
「大丈夫。プロデューサーが頑張ってくれてるのもちゃんと知ってるよ~?だから次は……」
自分の事が許せない彼の代わりに、雛菜が彼を許すことに決めた。
***
「……ありがとう。少し落ち着いたよ」
「そっか~~~良かった~」
誰かに話を聞いてもらって、散々泣けば嫌な事もちょっと嫌な事にランクダウンする。これは雛菜だけかと思っていたけど、別に大人でも変わらないと知ったのは彼の話を聞き始めてからの事だった。それでも、まだ嫌の程度が変わっただけだから。
「じゃあ、いつものやって帰ろ~~~」
「……毎回言ってるけど、やらないとダメ、これ……?」
「ダメ~~~!!!」
これは心を幸せで塗りつぶす最後の仕上げ。
「いくよ~?雛菜が最初に言うから、その後は自分で同じように3回唱えてね~?恥ずかしがっちゃダメだよ?ちゃんとそうだ!って思えるように言ってね?」
「……分かった」
「雛菜と一緒にいると幸せ〜?」
「……雛菜と一緒にいると幸せ」
***
『ええ……?流石にそれは……なんていうか、ちょっと恥ずかしくないか……?』
『今この状況は恥ずかしくないの〜?』
『うっ……確かにそうだよな……年下の女の子に慰めてもらってるなんて……プロデューサーどころか、成人男性失格で……』
『あ〜もう嘘だよ〜~~そんな悲しい顔しちゃダメ〜〜〜!』
『……ごめん……』
『…………ねえ、プロデューサーは今、雛菜といれて幸せ?』
『……うん』
『幸せで心がいっぱい?』
『……うん』
『そっか~~~!良かった~~~!』
『……でもね、幸せで心がいっぱい〜って時にもね、きっと溢れちゃう幸せも思うの。そういうの、雛菜はもったいない〜って思う!』
『だから、溢れた幸せは言葉で掬い取って、取っておくの』
『辛い時、苦しい時に、その言葉で幸せを思い出せるように』
『プロデューサーもやってみよう?』
『……ね?』
***
「雛菜と一緒にいると幸せ」
彼の顔が少しずつ幸せで覆われていくのが分かって、それは雛菜といる時間が間違いなく幸せなものである事の証明でもあるから、少し嬉しくなる。体にふわふわとした浮遊感を覚えて、今なら宙に浮けるような気がした。
神様は、他の人に幸せを与える。
「雛菜と一緒にいると幸せ」
雛菜は、あなたの神様になれていますか?
「雛菜……」
彼の瞳を見つめる。彼の瞳に映る雛菜は幸せな表情をしていて。その表情は神様というよりも、人間のそれだった。
5.
「……あの~」
「ん?」
「さっきから、すごい元気ですね~?」
事務所のシャワー室で汗を流して、着替えるとまあそれなりの時間で。彼の車に乗って帰宅の途についている今はもう、外は深夜に片足を突っ込んでいた。車に乗って5分ほど。朝と同じ交差点。車の窓から見る信号の赤は、日光が無いせいか朝とは違う様相を呈していた。
「……話すのはまた今度にしようかと思ってたんだけど……」
「出る前にメール確認したら、会議に出てた人から連絡来てたんだ。プレゼンを見て、今度うちの番組に出てみないかって言ってくれた」
「結構大きな番組だから、きっと雛菜たちにも大きなプラスになる!ははっ、この後は忙しくなるぞ……!」
「……そっか~~~!」
「本当に良かった……!これでやっと、皆に……!っと、信号変わった……」
車が動き出す。それと同時に、雛菜は自分たちの今後の事を考える。
今までとは比べ物にならないくらい……失敗したあの時以上に規模の大きい仕事。それでも、それなりに上手くはやれる自信はあった。あの時とは状況が違う。少ないとはいえそれなりに仕事をこなしてきて、場数は踏めている。それに、彼の熱意を見て仕事のオファーをくれる人間が作る番組だ。あの時のような扱いは受けない。
仕事に成功したらどうなるだろう?他の仕事のオファーが増えて、アイドルとしての活動も本格的に忙しくなる。透先輩も円香先輩も小糸ちゃんも、もちろん雛菜も、それは嬉しい事だと思う。
『皆は頑張ってくれてるのに、俺だけ何も……!』
何より、彼も自分を許せるようになるだろう。きっと、前みたいに落ち込んだ顔を見せることもなくなる。皆幸せで、良いこと尽くめ。
じゃあ、失敗したら?
「…………」
運転している彼の隣で、気づかれないように小さく息を吐いて、思いついた事を頭から消すように努める。直感で、これは考えてはいけないタイプの思い付きであると理解する。
考えを進めてはいけない。進めたら、雛菜は雛菜でなくなってしまうような気がした。そもそも、先の事なんて少しでも考えたのが間違いだった。先の事を考えるのは嫌い。雛菜は今の事だけ考えて———
「なあ、雛菜」
「……!どうしたんですか~?」
運転中は停車している時以外話しかけてこない彼が珍しく声をかけてきて少し驚く。
「……間違いだったら悪いんだけどさ」
「嫌な事でもあった?」
「……どうしてそう思ったんですか~?」
「上手く言えないけど……最近雛菜はたまに不思議な表情するから......いつもはしあわせ~って感じなんだけどさ。それで、なんとなく」
「やっぱり、こういう職業してるから変化にはそれなりに敏感なんだよ、俺。まあその変化の理由が分からないんじゃ世話ないけど……」
はは、と彼が笑う。
「でも、もし雛菜が悩んでたり、辛いことがあるなら相談してほしいなって思ったんだ。……俺の事は多分、頼れる大人だとはもう思ってもらえないだろうけど。社長でも、はづきさんでも、他の誰でもいいからさ。それで、ちゃんと解決してくれると嬉しい」
「……そうですか~」
自分の表情になんて気を配った事が無かったから、少し反省する。分かりやすい、なんて彼に言う雛菜には無かったのかもしれない。
それでも、これで会話は終わり。
「ねえ、プロデューサー」
だからこんな事は聞く必要はないし。
「どうして、雛菜が悩んでいたら、解決してほしいって思うんですか~?」
絶対に、聞いてはいけない事だった。
「そんなの決まってるだろ」
「雛菜に、幸せでいて欲しいからだよ」
「あ……」
その言葉を聞いて、雛菜が神様の事を好きな理由は他の人に幸せを与えるからではなくて、他の人の幸せを願えるからである事を理解して、それから今後自分が取る選択の全てが分かった。脳裏に自分が一生かけても届かない空の星の輝きが浮かんで、上手く呼吸が出来ない。それでも、何か言わないといけないから、かろうじて言葉を絞り出す。
「うん〜。ありがとうプロデューサー」
それからもう一つ、きっと彼には聞こえないくらい小さな声しか出せていないけど。
「……ごめんなさい」
あなたの言葉に甘えてしまう雛菜を許してくれますようにと、そう祈った。
***
「よし、着いたぞ」
「ありがとうございます~」
「それじゃあ、また明日」
「バイバイ~お疲れ様です~」
車の影が視界から消えるまで手を振って見送って、それから家に入る。
「ただいま~!」
鍵を閉める。帰るのが遅くなっちゃったけれど、晩御飯はなんだろう。大きく息を吸い込んで、意識を鼻孔に集中させる。カレーの匂い。雛菜の家のカレーはどちらかというと甘口で、隠し味にはちみつとちょこっとの白ワインを入れている……らしい。作った事が無いから聞いただけだけど。匂いを嗅いだだけでお腹がすいてきた。
ご飯を食べたら、少し休憩してお風呂に入る。そうだ、今日は入浴剤を入れよう。仕事でもらった試供品、固形タイプのバスボム。それから香る柑橘系の香りは一日を幸せに締めくくってくれる気がした。
そうやって、今日も一日が終わる。
明日も明後日も、そのまたずっと先も、雛菜が幸せでありますように。
たとえそれが、あなたの不幸せの上に成り立つものだとしても。
28 : milktea ◆FbOBNw0his - 2020/10/24 17:25:54.76 bAY8bfVX0 27/27終わりです。読んでいただいてありがとうございました。
前回書いたやつです。(上手くリンク貼れてないかもしれないです)
【シャニマス】小糸「プロデューサーさんの事は、ずっとわたしが見ていてあげます!」
https://ayamevip.com/archives/54874680.html
多分一気に読むと気が滅入ると思うので、読むなら時間空けた方が良いような気がします。