「俺、未来から来たって言ったら、笑う?」は時をかける少女だったか。
見てないけど。
一瞬、黙りはするだろう。
直後、ご冗談を、と笑うと思う。
そこで初めて笑う。
ハハハ、こやつめ。
で、僕は今、笑われようとしている。
二学期の初日の朝。
教室は昨日の通り魔事件の話題で持ちきりだ。
そんな中、僕は夏休み最後の日に仕入れたネタを引っ提げて登校し、後ろの席の女友達に披露しようとしている。
体をねじって声をかけると、「はよーん」と
出来損ないの「おはよう」が返ってきた。
元スレ
女「人間やめたったwwwww」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1315827619/
女「人間やめたったwwwww」2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1342100712/
「俺、吸血鬼見たって言ったら、笑う?」
「ハハハ、こやつめ」
期待を裏切らない奴。
大口を開けて笑うものだから八重歯が丸見えだ。
ひとしきり笑った後、ちろっと唇を舐めるのが妙にコケティッシュでそそる。
僕は彼女のその仕草が気に入っているが、一瞬のことなので見逃すまいと見つめてしまう。
「えっ、なに。海苔ついてるとか?」
彼女は落ち着きなく口元を覆う。
手の平を包帯でぐるぐる巻きにしていることに、初めて気がついた。
大げさに心配してはいけない気がした。
「うん」
彼女はトイレに走り、すぐ帰ってきた。
鏡でも見てきたのか。
「ついてないじゃん。腹立つー」
「ハハハ、こやつめ」
「引っかかった引っかかった」とばかりに指さして笑ってやる。
(視姦バレ回避……)
ターゲットには気取られないように。
不快感を抱かせないのが、紳士の嗜み。
最後まで書き溜めたものを書き込んでいきます。
短編(だと思う)オリジナル。
短い間ですが、お付き合いください。
では、続きをどうぞ。
「ファック。まじファック」
「ははは。怒るな怒るな」
「怒るわ。償え。乙女心をもてあそんだ罪」
手を机の上に出している。
これで触れない方が、かえって不自然だろう。
「お前、その手どうしたんよ」
彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
「あー、これね」
荒くため息をついて、「ちょっと」と僕の耳に口を寄せる。
息がくすぐったい。
(これはおいしいな)
僕は瞬時に、全神経を耳に集中させた。
日常のエロスは拾えるだけ拾う。
それが俺の流儀だ。
彼女が短く囁く。
「ぼうぎょそう」
(ぼうぎょ……そう?)
聞き慣れない言葉を頭で繰り返しているうちに、彼女は離れていた。
「つっこんだ話は放課後にしよ。まだ頭が整理できてないんだ」
「お、おう……」
「さ、それはそれとしてさ」
「うんうん」
「償え。乙女心をもてあそんだ罪」
「まだ言ってんのかよ」
「当たり前だ。根に持ってやる」
彼女はいつもどおり笑えないことを笑って言う。
「実際、不便だしね」
と、お手上げをする。
そりゃそうだろう。
「だから、お世話して」
「お世話?」
「お世話」
「下の?」
「ファック」
「ノート取ったり?」
「うんうん」
「食べ物を口に運んだり?」
「うー……ん?」
「ははは。遠慮すんなよ。なんなら性欲処r」
「サノバビッチ!」
「お前、ここがスラム街なら今朝だけで3回は死んでるぞ……」
「ここは日本ですしおすし」
「お寿司……」
「カリフォルニアロール。エビフライ巻き巻きー」
「あれは認めんぞ。あれは寿司じゃなくてSUSHIだ」
「えー。頭かたい男はきらーい」
なんだかんだ言って会話だけは平常運転だ。
少しは安心していいのかもしれない。
おちょくるのはこのへんにして、放課後じっくり聞いてやろうじゃないか。
―――――放課後・中庭―――――
「昨日のさ、通り魔」
「いきなり核心をついてきたな」
「つっこんだ話するために放課後まで引っ張ったんでしょ」
「教室じゃ憚られるような話なんだな?」
「うん」
彼女は相槌を打つと、少しの間何かを思い出して不快そうにしていた。
「私ね、現場にいた」
「そうか」
見当はついていたけど、大勢には知られたくないだろう。
「普通に歩いてたら、なんか向こうで悲鳴があがってんの」
「うん」
「何が起こってるかもわからなくて、逃げた方がよさそうだなって思ったときには」
(聞きたくない。こいつが痛い話はいやだ)
「犯人……だったんだろうなぁ。このとおりだよ」
と、僕に手の平を向けた。
「防御創。抵抗したらできるんだってさ」
「だってさ?」
「それがよく覚えてないんだよね。気がついたらピーポーに運ばれてた」
「犯人、自殺したんだよな」
「らしいね。だから私の勝ちだ」
彼女はそう吐き捨てた。
「この手のうんこ野郎は、たくさん殺して死刑になりたがってるか、道連れにして死にたがってるんだ」
「でもお前は生きてると」
「うん。犯人ざまあwwww」
目が笑ってなかった。
何か言うべきだと思ったけど、言葉が出てこないので、彼女の手をとった。
包帯に血が滲み始めていた。
「あ、消毒行かなきゃ」
彼女は最寄りの病院がある方角に目を遣った。
「大丈夫か、一人で」
ハナから一人で行かせる気なんてない。
「うん」
「でも」
どこか違和感があった。
ヘヴィーな話の後で、僕が取り残されたくなかっただけかもしれない。
「迷惑だろうがついてくぞ。お世話するんだからな」
「うわ。頼まなきゃよかった」
「もう遅いわ。それに、その手」
「う」
鞄の取っ手にかけた指を解く。
「持っててやるよ。今は少しでも楽しとけ」
彼女は少し迷って、小さく礼を言うと歩きだした。
―――――病院・待合―――――
「早かったな」
「消毒だけだもーん」
「一日経っても血が出てるってことは、相当深いのか」
「わかんない。縫合されてるの、グロいから見たくないし」
「自分の怪我の程度も知らんのか……」
「傷口とか血とか、見た瞬間に痛くなるじゃん」
「しんどいときに、熱測って熱があったら余計しんどくなるようなもんか」
「それそれ」
「リハビリとかするの?」
「たぶん大丈夫。指は動くし。今動かすと皮がつっぱって痛いけどね」
「そうか」
彼女の名前が呼ばれ、立ち上がった。
「小銭出しにくい……」
「あー、貸してみ」
受付で支払いをして薬を受け取る。
痛み止めと抗生物質、解熱剤。
休んだ方が良かったんじゃないか?
「早く元気になるー」
病院を出たところで、彼女は伸びをする。
「うんうん。焦らないでいいんだよ」
(行動を共にする口実になるしな)
「あなたの優しさが神田川!」
「空元気出すなよ。熱出るぞ……っとと」
急に動いたせいか、彼女は足をもつれさせてよろけた。
転ばないように、とっさに支える。
体が熱かった。
「うーん……時すでにおすし……」
腕の中で言うなら、もうちょっとシリアスに願いたい。
「寿司から離れようぜ」
「ねむいお腹すいた痛いだるい」
「家までがんばれ」
「私……家帰ったら、出前取るんだ……」
「何のフラグだよ」
うなりながら彼女は体勢を直して歩きだした。
「行こ」とかそういう合図はないのだ。
―――――帰り道・公園―――――
「一緒にどうだい?」
公園に入ったところで、急に言われた。
「なにをだよ」
「なにってごはんだけど」
「ああ」
「手が使いにくいから、ちょっとずつじゃないと食べれなくてすぐお腹すくの」
「なるほど」
人の少ない公園。
ボール遊び禁止なのに、小学生がキャッチボールをしている。
彼女は数歩進んで振り返ると、固まった。
視線が僕をすり抜けている。
僕も後ろを見る。
「あの人……」
指さしたりしなくてもわかる。
視線の先には、公園のベンチには不釣り合いなド派手なおねーちゃんが座っていた。
真っ赤なスリップドレスに黒の羽織物。
たっぷりとした金の巻き毛。
サングラス。
ええと、どこウッドから来日されたので?
「知り合い?」
「見られてる」
「グラサン越しだぞ。気のせいだろ」
「そうかなぁ」
「そうですとも」
「そうかニャーン」
「ほら行くぞ。じろじろ見たら失礼だろ」
腕をゆるく掴んで引く。
彼女はまだ女の人を気にしている。
「ベガスにいそうな人だったね」
「エスコートサービスってやつか」
「欲望渦巻いてる系?」
「裏社会系?」
「仕事仲間の本名を聞くのは野暮系?」
「余計俺らとは関係ないと思うぞ……」
「そうかなぁ」
「そんなに気にするほどのことか?」
「うん。だってあれ、変装だよ」
「まあ不自然ではあるけどさ」
彼女はブツブツ言いながら歩き続ける。
さっきのキャッチボール少年のどちらかが叫んでいる。
「きゃっ!」
彼女がとっさに両手を出して顔をかばう。
破裂音。
ゴムの焦げるようなにおい。
「大丈夫か?」
「あ、あれ?……ボールは?」
彼女にぶつかったんじゃなかったのか?
「ごめんなさい!」
「おねーさん大丈夫?」
「え? ああ、そうみたい」
「ボールどこいったんだろ?」
「――これ」と、もう一人の男子が何か拾った。
白い、分厚いゴム片だった。
「爆発しちゃったのか」
「古いボールだったしなー」
ひとしきり不思議そうにして、謝ると彼らはどこかに行ってしまった。
「今のは……」
「あ、あたし――」
「大丈夫か?怪我は?」
「あたし、あたし――」
彼女の視線がふらふらする。
熱か、動揺か。
「早く帰ろう。今日は美味いもん食べて寝ろ」
彼女は泣きそうな顔でうなずいた。
―――――女の家―――――
「あー、うー。出前とってー。電話してー」
具合は良くなさそうだが、気分は落ち着いたらしい。
少なくとも食欲はあるようだ。
「ほんとに出前取るんか。リッチだな」
「ごはん作ったら包帯ドロドロになるんだもーん」
「それはそうですけどー」
「さあ、お世話してくれい。たとえば代わりに出前をとるとか」
「もっとエロい方向で頼む」
「おまわりさんこの人です」
電話のそばにある、寿司屋のメニューを取る。
「おごり?」
「自費ですとも」
「俺、甲斐甲斐しいな」
―――寿司到着―――
「寿司キター」
「寿司キター」
「うめえwwwwwww」
「…………」
「どうした」
テーブルに向かいに座る彼女の、箸を持つ手がぎこちない。
力が入らないらしい。
「うーん、つまみにくい……」
その様を僕は黙って見つめる。
「……あ」
「目が合ったな」
「チッ」
「俺の出番がきたようじゃないか」
「認めたくねえー」
彼女は不服そうに寿司の入った容器と、醤油の小皿をスライドさせて、僕の隣に座った。
テーブルに額を付けて、しばらくうなだれていた。
「情けない……」
「元気出せよ」
彼女は長いため息をついた。
重そうに頭を上げて、僕に向き直る。
目元に力がない。
「みんなには内緒だよ」
「相当参ってるな」
「今のうちだけど?」
つーん、とあごを上げて言う。
「何が?」
「食べさせたがってたじゃん」
「求められたい」
「言わせるか」
「言われたい」
「……」
「さあ!レッツ!」
「…………じゃあ、食べさせて」
「よしきたああああああああ」
「ヘンタイだ。ヘンタイが喜んでる」
「さあ、おぢさんに口を開けてみなさい」
「おぢさんて。どんなシチュだよ」
「さて、君が食べたいのはこのお寿司かい?それとも俺の恵方まk」
「寿司にしてくれ」
「恵方m」
「寿司にしてくれ」
「最後まで言わせろよ」
「寿司にしてくれ」
「ちぇー。ほら、よく噛んで食え」
「ん」
彼女は目を伏せて口を開けた。
僕は彼女が口に入れる様を、息を止めて見ている。
「美味いか」
彼女は咀嚼しながらうなずく。
(何かに目覚めてしまいそうだ)
「ほら、次」
「ん」
―――完食―――
「ふー。お腹いっぱい」
しばらくおかずには困りません。
僕は満足していた。
「眠そうだな」
「そんなことはない」
処方された薬をシートから押し出して、渡してやる。
「昨日から寝てないんだろ」
彼女はそれを一気に飲む。
「……夢に」
「出るのか」
「もっとひどい夢。お腹を刺されて、深く切られる」
彼女は腹に手をやる。
「傷から、腸みたいなのが、ずるんって」
食後すぐにはきつい。
「あいつが他の人を襲いに走った隙に、這って建物の間に逃げて……。
死ぬのかなって絶望して、そこでおしまい」
「そりゃ寝れんわ……」
「私、大丈夫かな……」
今度こそ彼女は泣いていた。
ここは抱きしめるところだと思ったので、そうした。
「ごめん、お腹いっぱいになったら、なんか安心してつい……」
彼女は勝利宣言していたけど、まだカタはついていない。
まだ事件は終わってない。
「……もう、大丈夫。今日はありがと」
彼女は僕から離れ、片方の頬を引きつらせた。
笑おうとして、うまくできないでいるみたいだった。
「ほんとに一人で大丈夫か」
「うん。そろそろ誰か帰ってくるし」
もう七時前だった。
―――――帰り道―――――
彼女の家から、僕の家はそう遠くない。
のんびり歩いても30~40分くらいだ。
僕はもう一時間くらい歩いている。
尾行されている。
何度か会社帰りの人に紛れてみたり、
変則的なルートを取ってみたが、諦める気配がない。
交番のすぐ近くで、止まってみることにした。
「俺に、何の用ですか」
振り返るのは怖かった。
僕のすぐ後ろで、コッ、と軽やかなヒールの音がする。
追跡者は女。
「君、意外と警戒心が強いのね」
「昨日、あんなことがあったばかりですから」
女はゆっくりと僕を追い越して、止まる。
僕は顔を伏せた。
なぜか、公園にいたあの派手な女を想像していた。
「私を見てもいいのよ。敵意はないもの」
ゆっくりと目を上げる。
僕の前に立つのは、娼婦じゃなかった。
OL風の、違う。
ダークグレーのスーツに、地味な化粧。
就活中の女子大生。
「それも、変装ですか?」
女は答えない。
「俺、昨日あなたを見てる」
「そう」
「事件現場の近く」
口から下を血塗れにして、よろめきながら路地へ入っていく女。
「血の印象が強すぎて、顔ははっきり見てなかったけど」
僕が吸血鬼だと思った女は、被害者の一人だったのか。
「あなたも襲われたんですね」
「ご名答」
女は満足そうだった。
「あの子に声をかけようと思ったんだけど……」
「俺がついてたから」
「それに、私を覚えてないみたいだった」
「あんなこと……忘れられるなら忘れた方がいいですよ」
「本当にそうかしら」
僕は苛立っていた。
「そうに決まってますよ!……大体、あなたはあいつの何なんですか!」
言い過ぎたと思った。
この人も悲惨な目に遭ったのに――
「そうねえ……」
女は少し考えているようだった。
「血を分けた姉妹みたいなものね」
「えっと、昔の友達か何かですか?」
「さあねえ。それじゃ」
女は過剰に蠱惑的な笑みを作ると、去っていった。
―――――自宅―――――
長い道のりだった。
一時間緊張しながらの徒歩はきつい。
彼女から、一言「ありがとう」とメールが入っていた。
あんなに眠そうにしていたのに、
僕が彼女の家を出てから二時間も経っていない。
やっぱりまともに眠れてないじゃないか。
彼女に電話する。
「……もしもし」
「あのさ、俺。今大丈夫?」
「うん」
「お前、寝れてないだろ」
「あー……」
「明日、現場に行こう」
「…………」
「犯人は死んだけどさ、お前はそれを聞いただけで、実感してない」
「…………」
「お前にとっての脅威は、まだ去ってない」
「…………」
「お前の事件は、解決してない。決着がついてない」
「そう……かも」
「犯人の亡霊に、思い切り唾吐いて罵倒して怒り狂って泣き叫んで、
それから改めて勝利宣言してやれ」
「はは……すっきりしそうね、それ」
「だろ」
「うん」
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
僕は、自分の胸板で彼女の胸がつぶれる感覚で、三回抜いて寝た。
―――――翌日・事件現場―――――
現場は封鎖されていた。
「入れないね」
ほっとしているのか残念なのか、表情からは読みとれない。
「帰るか?」
「……あ、私、あそこ見ておきたい」
「襲われた通りか?」
「そこもだけど、路地のとこ」
「ああ、夢の」
「うん。はっきり見えるの」
「何かあるかも、と」
彼女はうなずく。
「でも封鎖されてるんだよね……」
「路地か。裏から回れるかも」
一本隣の通りに移動し、ビルの隙間をすり抜ける。
簡単なことだった。
「通りは立入禁止だから、今日はここだけにしような」
何気なく足元を見ると、黒いしみが広がっていた。
靴の裏を見る。赤褐色。
血痕だ。
「おい、これ――」
言い切らないうちに、腕に痛みが走った。
切りつけたような、細い傷。
逃げたいが、足がすくんで動かない。
膝が震える。
「逃げ――がぁッ!」
見えない手に頭を掴まれ、壁に打ちつけられる。
痛い。怖い。
あいつは――あいつは大丈夫か。
手足に切り傷が増えていく。
そうか。
犯人は、切り足りなくて刺し足りなくて殺し足りなくて、
死んでかまいたちになったのか。
彼女が僕の惨状に気付く。
「にげろ」
悲鳴を上げる彼女。
僕には相手が見えない。
僕が狂って派手に自傷しているように見えているのかもしれない。
「にげろよ」
声になっているかわからない。
それでも口を動かすことはやめられなかった。
「はなせ――」
彼女の口が、そう動いたように見えた。
「その人を放せッ!」
そう聞こえた。
彼女が僕に駆け寄り、一瞬、楽になる。
「離れろッ!」
壁を殴ったのか――?
違う。
ちょうど人の頭くらいの大きさの見えないボールが、彼女の手と壁の間にある。
「おまえかッ!」
彼女はそのまま、何度も見えないボールを壁に叩きつける。
「おまえが!私を!殺したのか!!」
何度も、何度も、何度も。
見えないのに、肉の潰れる音、骨の砕ける音がする。
「ゆるさない」
彼女は止まらない。
「もう、いいよ……」
声になっているのか、わからない。
「おまえはこの人に手を出した」
彼女は犯人を殺すつもりだ。
「もういいよ」
止めるべきか、最後までやらせてやるべきかわからない。
今は彼女が苦しんでいることしかわからない。
「ぜったいにゆるさない」
死人を、亡霊を殺すつもりだ。
彼女には見えているのだろう、亡霊を地面に引き倒し、
馬乗りになって何度も殴る。
彼女のリーチ外にあるゴミ袋やがらくたが散乱する。
犯人が抵抗している。
「この先――」
彼女は拳を振り下ろす。
「私にも!」
殴る。
「この人にも!」
殴る。
「誰であろうと!」
手近なブロックを拾う。
「殺す」
ブロックを叩きつける。
地面の少し手前でぶつかる音がする。
「手を出したら殺す!」
「話しかけても殺す!」
「近づいても殺す!」
「目があっても!」
「夢に出ても!」
「殺してやる」
「何度でも殺し直してやる」
抵抗する音は止まった。
彼女も止まった。
僕は彼女を眺めていた。
「犯人、死んだよ」
しばらくして、彼女が口を開いた。
「今度こそ死んだのか」
彼女が殺した。
「うん。だから私の勝ちだ」
「がんばったな」
ふらつきながら僕のそばにきてしゃがむ。
「俺は大丈夫だよ」
額を割られているが、出血の割にダメージは少ない。
僕が抵抗できなかったのは、ヘタレだからじゃない。
相手が見えなかったからだ。
そこんとこよろしく。
「あ、血……」
彼女の視線が僕の額で止まる。
「大したことないよ」
「血、出てる……」
「見た目ほどひどくないって」
「ちょうだい」
「は?」
「ねえ、欲しい」
ぞっとした。
「おねがい」
彼女は僕の手を取り、手の甲の傷に舌を這わせた。
頭の奥がしびれてくる。
「ねえ、吸わないから。出てる分だけでいいから」
よく考えられなかった。
「好きにしろよ」と言ったと思う。
彼女は僕のシャツをはぎとり、恍惚としながら僕のことを舐めている。
「美味いか」
「……ん」
「そりゃ良かったな」
彼女はごく自然に、僕の口内に舌を滑り込ませてきた。
口の中が、僕の血の味で満ちる。
自分のもののせいか、嫌な感じはしなかった。
「おいしいでしょ」
彼女はとろんとした目で笑った。
なんだこれ。
封鎖された事件現場のすぐそばで、傷だらけで女の子に舐められる状況。
なんだかよくわからないが、とにかく僕は勃起していた。
そしてそれをごまかすために膝を立てるくらいには、
僕は冷静さを取り戻していた。
「大分、顔色良くなったな」
「ん、おかげさまで……」
余裕が出てくると、このままじゃ終われない気がした。
――ので、乳揉んだら一モミ目で手をはたかれた。
「ばか」
「いや、許されるだろ。この状況は。許せよ」
「ばーかばーか」
彼女は僕の額の傷を舐めている。
仕上げとばかりに念入りに舐めとっている。
目の前に、襟元からのぞく谷間がある。
深い深い谷間がある。
僕の自制心は、ユルユルになっている。
「はー、ごちそうさまー」
彼女は幸せそうに口元をぬぐった。
「なんかお前、おっぱい増えてないか?」
「ははは。ご冗談を……ん、きつい?」
自分で胸に手を当て、確認している。
「……」
「だろ?」
「ぬわああああああおっぱい革命きたあああああああ」
「もう少しかわいく驚けよ」
「うあああああ乳腺のクーデターやああああああああ」
「意味わかんね」
「……はあ」
「バーサーカーからいきなり賢者になったな」
「いや、素に戻ると、その、とんでもないことをしたと思いましてね」
(一方僕は……なんていうか……その……下品なんですが……
フフ……勃起……してしまいましてね…………現在進行系で)
二人で現状に呆れる。
でも、彼女は自分でケリをつけた。
もう大丈夫だと思う。
「この格好で帰るのか……」
切り刻まれたシャツを拾う。
穴だらけだし血糊がべったりだ。
「最高にパンクだと思うwww」
「アナーキーだわ。穴空きだけに」
「そのへんでTシャツ買ってくるわ」
「渾身のダジャレをスルーするなよ」
「嫌がらせTシャツにする!」
「白いのにしなさい」
彼女は衣料品店に走っていった。
10~20分もすれば帰ってくるだろう。
(しずまれ……ッ!俺の燃料棒……ッ!)
この時間を活かし、必死にエロとは無関係のことを考える。
良かった。
いろんなことが、普段通りに戻りつつある。
「それはどうかしら」
どこからか、昨日会った女の声が聞こえた気がした。
―――――女の家・再び―――――
彼女はお礼とお詫びに、と、ケーキを買って家で振る舞ってくれると言った。
僕はこのまま帰宅して、簡単に日常に戻るのも何なので、
お言葉に甘えることにした。
「もう、食べさせなくていいのか?」
あれはあれで気に入った。
「大丈夫だよ」と彼女は包帯をとって手のひらを向ける。
白い手のひらに何本かの赤い線、糸。
「ふさがったみたい」
回復が早すぎる。
僕の頭で、非現実的な仮説が加速していた。
「そんな顔しないで」
僕はどんな顔をしたんだろう。
「私、かわいそうじゃないよ」
「大丈夫なのか」
「私ね、全部思い出した」
夢に見たことは全て現実だったこと。
「自分の内臓と走馬燈見ながらさ、願っちゃったんだ」
そこに、僕が吸血鬼と勘違いした女が逃げ込んだこと。
女も傷を負っていて、彼女に血を要求したこと。
「私ね、お姉さんにお願いしたの」
助かりたいって。
だって、これからじゃない。だから願っちゃった」
彼女は女吸血鬼に血を与えた後、血を分けてもらった。
「人間じゃなくなるかもって言われた」
言葉が出てこない。
「でもね、それでも生き延びたかった。
私、あんたと生きてたいんだ。
お喋りして、笑って、くだらないんだけどさ。
あんたといると、生きてるって感じがするの」
嬉しい、愛しいと思う反面、彼女に申し訳なく思う。
「それでさ。覚悟決めて、お姉さんに頼んで」
なんでもないことのように笑わないでほしい。
「人間やめたったwwwww」
僕は、ああ、とか、うう、とかなんだかよくわからないうめき声を出した。
「悲しまないで。進化は不確定よ」
あの女の声だった。
勝手に人んちあがって「進化は不確定よ(キリッ」はないと思う。
「あ、おねーさん」
「思い出してくれたみたいね」
「あのときはありがとう」
「ううん、いいのよ。それよりそんな風に成長したのね」
「なに和やかにほほえみ交わしてんだよ」
「言ったでしょ。血を分けた姉妹みたいなものだって。
私はこの子がかわいいの」
「だから気にしてたのか……」
女吸血鬼は語る。
「血は吸うにしても与えるにしても、そこから24時間が大事なのよね」
吸血鬼は、彼女を気にかける一方で、観測していた。
「君、この子に、事件発生から24時間以内に不純な念を、
特に性的なものを向けたんじゃない? それも強烈に」
心当たりバリバリ。
「進化は不確定よ。あの時点で、この子は半人半妖になった。
それからどう変化するかは――」
「24時間が勝負、ですか」
「そう。彼女は中途半端な状態で安定してしまった。
ヴァンパイアの属性を半分保持したまま、別の進化を選んだ。
ヴァンプ止まりだったのよ」
「ヴァンプwwwwwwエロスwww」
今の彼女は妖婦ってほどじゃないが、将来有望だ。
「残りの”アイヤ”はどこいったんだ……」
彼女がつぶやく。安心半分。残念さも半分。
「アイヤーwww中国かwwww
半端イヤwww半端イヤwwwwww」
「いやああああああああ」
そこでお姉さんからスナップの効いた平手が入る。
「すんませんでした」
「妹をヴァンプにした責任、とってもらうからね」
なんかよくわからんが、責められてはいないし、痛い目に遭うこともなさそうだ。
「あ、はい」
「いいの?」
彼女の顔がぱっと明るくなる。
「いいんだよ。お前のことは元々好きだったし」
(僕、今さらっとすごいこと言ったな)
「なんつーか、うまくフォローできるかわからんけど、
未来は不確定なんだろ」
「そうよ」
彼女は、感無量といった感じで、目を潤ませてうなずいている。
ちくしょー、かわいいな。
「おめでとう。姉として一言贈らせてちょうだい」
お姉さんは、妹を嫁に出すときみたいに改まっていた。
「あなた、私ほどには血を吸わなくても平気よ。
彼が怪我したときに舐めさせてもらいなさい。
栄養になるし。おいしいでしょ?」
「じゃあ、私、人を襲ったりしなくていいんですね!」
僕も嬉しかった。
彼女が物騒なマネをしたり、危険視されたりするのはいやだ。
「そのかわり定期的に精液を欲するようになるけどねwwwwww
やwっwぱwりwごw愁w傷w様www」
「うはwwww」
「いやああああああああ」
彼女は顔を真っ赤にして自室に逃げてしまった。
これがヴァンプの宿命か。
悲しい女よ。
「さ、私は帰るから。妹をよろしく」
「いいんですか。あいつともっと話さなくて」
「私はどこにでもいるし、あの子が会いたいと思えば、いつだって現れるわ」
「お姉さんマジかっけーっす」
お姉さんは消えた。
いろいろと怪しい人だったけど、いい人だった。
僕は彼女の部屋に行く。
戸を開けると、ベッドでうつぶせになり、足をバタバタさせる彼女がいた。
「落ち着けよ。お姉さん帰っちゃったぞ」
「うん」
「大丈夫だよ。俺も無理に変なことしないよ」
「さっきおっぱい揉んだじゃん」
「あれは数に入らん」
「あたしだって、まるっきり嫌じゃないもん」
「ほう」
「あんたが、その、それ――」
と、僕の股間を指さす。
「その、気付いてたし」
「やめて。恥ずかしくておムコに行けない」
「気付いたけど、別に、嫌じゃなかったし……」
「ほうほほう」
「それにね、恐ろしいことに、お姉さんの言うとおりなんだ」
ああ、こいつは――
「あの、ね……その……ほしい……んだ……」
彼女の言わんとすることはよくわかる。
だから僕は、燃料棒を露出する。
「うわ。こうなってるんだ」
「あんまり見つめないで」
息がかかる。臨界しそうです。
「あんまり焦らしてると顔に出すぞ」
「えっ、やだ、もったいない」
「じゃあほら、遊んでないで」
彼女は一通り照れた後、
「いただきます」
そう言って、僕の性器を口に含んだ。
女「人間やめたったwwwww」おわり
続き
女「お勉強したったwwwww」