元スレ
小梅「白坂小梅のラジオ百物語」 Season 2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1370268734/
涼「はい、みなさん、はじめまして。松永涼です。実は今日からこの時間は、新番組『松永涼のラジオ百物語』が始まるよ!」
小梅「……う、奪われた」
涼「……なーんてのは冗談。今日も変わらず『白坂小梅のラジオ百物語』だから、みんな安心して」
小梅「……ほっ」
涼「ただ、今日は第二シーズン第一回ってことで、アタシがゲストパーソナリティなんだよね。よろしく、小梅」
小梅「う、うん。よろしくお願いします、涼さん」
涼「あ、ほたるちゃんと茄子さんは次回から戻ってくるから、ファンのみんなはそこも安心しておいて」
小梅「きょ、今日だけ、お休み」
涼「うんうん。それはともかく、小梅とアタシは事務所も同じで、仲良しなんだよね」
小梅「うん。嬉しい」
涼「はは、照れるな。まあ、お互いホラー映画好きだからな。それがきっかけで仲良くなったのもあるよな」
小梅「うん。一緒に映画見るの……楽しいです」
涼「まあ、それがなくても、小梅はかわいいけどなー」
小梅「わわっ。……ふふっ」
涼「っと、遊んでないで進めよっか。ええと、この第二シーズンは十二回予定。だから、メインのアイドル百物語は十二人に聞くってことになるね」
小梅「……うん。その一人目が、涼さん」
涼「そう。だから、後でアタシの話をするよ。っていってもアタシはホラーは好きだけど、現実の心霊系はあんまり縁がないんだけどね」
小梅「……そう、だね。……ふふふっ」
涼「……その思わせぶりな笑いはなにかな? 小梅」
小梅「なんでもない。涼さんは大丈夫。……うん。あの子もそう言ってる」
涼「いやいや、怖いから!」
小梅「……今日は、そんな涼さんのお話を聞かせてもらう前に、涼さんの歌を聴いてもらいます」
涼「……うう、流された。まあ、うん、一応楽しんで歌った歌だから。聴いてくれると嬉しいよ。ARBってバンドのカバーなんだけどな」
小梅「りょ、涼さんの歌は、かっこいい……」
涼「ありがと、小梅」
小梅「じゃ、じゃあ、涼さんの歌を聴いてもらってそのまま、アイドル百物語、です」
涼「うん。まずは、松永涼で『イカレちまったぜ』」
○一言質問
小梅「ホラー映画でやるなら……何の役?」
涼「襲ってくる化け物のほう。ヒロインはすぐ死ぬからね」
さて……。
本気でアタシはあんまりその手の経験はないんだよな。
結構、バンド活動で夜中まで作業してたりするんだけど……。
真奈美さんも、スタジオってのは、その手の話はよく聞くとは言ってたんだけどなあ。
ま、それはともかく、アタシの唯一の不思議な体験を話そうか。
あれは、アイドルにスカウトされることになる少し前のことだったかな。
その日はライブハウスの、毎月おきまりのバンド対抗ライブの日でさ。
五組くらいのバンドで、代わる代わるひたすら演奏し続けるんだよ。
もちろん、客が冷めない限りって条件はつくけどね。
そういう日だから、帰りはどうしても遅くなる。
たいていは終電も過ぎちゃうね。
普段はもうあきらめて始発までだらだらしてるんだ。
ライブハウスのほうも、それくらいは許してくれるから。
だけど、その日は夏でさ。
暑いけど、夜風は気持ちよくて、歩いて帰ろうって気になっちゃったんだよね。
やめときゃいいのにな。
そうして、ぶらぶらと歩いてる途中に公園があってさ。トイレに寄ったのさ。
夜の公園のトイレなんて、あんまり近づきたいとこじゃないけどさ。
催したんだからしかたないよね。
人の気配もなかったし。
そうして、個室に入ったんだけど……。
公衆トイレってさ、落書きとか結構あるんだよね。
そのあたり、男女共用のほうがひどいみたいに言われるけど……。
実際は、女性用のトイレだってろくでもないこと書いてあるもんなんだよ。
え?
どんなことって?
いや、小梅は知らなくていいよ。
それはともかく、座ってみたんだ。
そしたら、正面の扉に、携帯の電話番号らしきものが書いてある。
誰がかけるんだよ、こんなうさんくさい番号。
……って、そう思った。
そうしたら、さ。
急にアタシのスマホが音を鳴らしてさ。
なんてタイミングだよって正直ちょっと動揺しながら取り出して、画面を見たら……。
もう、アタシ、そのまま飛び出してた。
ほんっと、かっこわるい話なんだけど。
下着ずりあげながら、必死でトイレを出たよ。
あんなところ誰かに見られてたら、お嫁に行くどころか、アイドルデビューも出来なかったろうなあ。
ともかく、そんな無様な姿になりながら逃げ出した理由はただ一つ。
アタシのスマホにかかってきたのが、落書きされてた、その番号からだったからだよ。
……うん。
わけわかんないだろ?
たまたまそのトイレに入った奴の電話番号なんて、どうやったらわかるんだ?
アタシが悪戯心を起こしてその番号にかけたんならともかく……。
ああ、ちなみに、その番号には翌日明るくなってから、知り合いと一緒にかけてみたよ。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません……』
ってありがちな結末だったけどな。
あれは、本当になんだったんだろうな。
小梅「ふ、不思議」
涼「不思議っていうか、気持ち悪いよな」
小梅「でも……携帯電話やネットが普及してから、それにまつわる不思議な話も……いっぱい出てきてる」
涼「あー、そうなんだろうなあ……。『着信アリ』とかもあったもんな」
小梅「う、うん」
涼「正直、着信音って、耳に刺さるしね。変更しておけばいいんだけど」
小梅「う、うん。それに、電話は、霊的なつながりをつけちゃう……って考えも、あったりする」
涼「へー。オカルト的にはそうなんだ」
小梅「昔は手紙……書簡もそう考えられてたりもしたから……その派生?」
涼「なるほど。化け物は招かれなきゃ入れないとかの関係かね?」
小梅「うん。……いろんなことの区別が聖と俗を分けるけど……そこをするっと通り過ぎちゃうものは、危ないってされがち」
涼「なるほど……。電波があれば通じちゃう携帯電話はそういう意味では無茶苦茶危ないね」
小梅「う、うん。でも……便利だし……」
涼「まあなー。というか、どんなものでもメリットデメリットはあるからね。それに加えて、普通は気づかないメリットデメリットも内に秘めてるんだろうね」
小梅「うん。でも、ネットとか携帯電話がらみの……新しい怪談は、いろいろ面白い……」
涼「お、そうなのか?」
小梅「うん。よく調べると古いものの焼き直しだったり……。あるいは思ってもみないものが生まれたり……調べるだけで、楽しい」
涼「そうかそうか。それはいいな」
小梅「……うん」
涼「じゃ、次のコーナーはそうした新しい怪談話について特集だね。まずは……」
第十四夜 終
12 : VIPに... - 2013/06/03 23:24:07.01 aaBoj+qPo 10/131というわけで、ネタもたまってきたので、第二シーズン開幕です。
前スレと同様、2~3日に一本ペースで行く予定です。
作中でも言ってますが、涼がパーソナリティなのは今回だけで、次から茄子ほたる小梅の三人体制復活です。
なお、元ネタについてですが、オリジナルを別とすれば、自分で蒐集した話、ネットで見かけた話、書籍等で見た話と三パターンあります。
ただ、書籍等に載っていたものが、ネットでも見られるようになった場合は、その怪談話自体がかなり広まったものと考えて、出典は明記していません。
今後、明らかに書籍等から筋通り使用した場合には出典を明記することにします。
第一シーズンで言えば、第十一夜 星(櫻井桃華)については、中山三柳の『醍醐随筆』(江戸前期)の中にあるお話のアレンジです。
他は、元があるものも、アイドルに合わせてかなりアレンジしていて、オリジナルに近くなってしまっています。
コメント等見ると気になっておられる方がいらしたようなので、一応書いておきました。
それでは、また。
第十五夜 おばあさん
茄子「みなさん、お久しぶりです。鷹富士茄子です」
ほたる「……こんばんは。同じくお久しぶりの白菊ほたるです」
小梅「さ、三人揃うのは、ひ、久しぶり」
茄子「前回は第二シーズンの幕開けということで、松永涼さんにゲストに来ていただきましたが、いかがでしたか?」
小梅「……楽しかった。でも、三人も……落ち着く」
ほたる「よかった……」
茄子「はい。これからも三人でがんばっていきましょうね。さて、前回が特別な回であったということもあり、今回は、アイドル百物語から始めていきます」
ほたる「……第二シーズン開始についてのお手紙や、松永涼さん出演に関する感想などは、後でゆっくり読む時間を取っていきますね」
小梅「うん。それで、えっと……今日のお話は……『執着』のお話、かな……?」
ほたる「執着、ですか」
茄子「心霊ものだとあまりに何事かに執着すると、それに取り憑いてしまったりしますよね」
小梅「……うん。むしろ、だからこそ幽霊になったり……って場合もよくある」
ほたる「なるほど……」
茄子「それで、今日はどなたのお話なんでしょうか?」
小梅「……今日は相川千夏さん」
ほたる「それでは……お聞きください」
○一言質問
小梅「幽霊と話せたら……なにを訊いてみたい?」
千夏「霊に言語の壁はあるのかどうかね。ないとしたら、あちらでは文学は成立しうるのか、とか」
怪談……ね。
わいわい話すような話ではないけれど、私が経験したことで良かったら聞いてちょうだい。
あれは、私が上京したての頃。
とあるマンションに入居したことから始まる話。
その頃住んでいたのは、典型的な東京のベッドタウンで……。
その地域自体はそう便利でもなかったけれど、マンションが駅の近くだったから、その点では便利だったわ。
そのマンションはもちろんオートロックで、その上ロビーには管理人さんもいて、そういう意味では安心して入居したのよね。
そうして、生活を初めて、気づいたことがあったの。
朝や昼にロビーに下りて外に出ると、必ずおばあさんが、ロビーの椅子に座ってるの。
上品な身なりの、小さなおばあさんでね。
椅子に埋もれるように座って、たいていは日差しの中でこっくりこっくり船を漕いでいたわ。
眠っている顔を見ている限りでは、しわくちゃだけど、とても優しそうなおばあさん。
夜帰ってくるときには見かけなかったけれど、午後早めの時間に用事があって戻った時とかには見かけたこともあった。
だから、なんとなくだけど、夕方にはお部屋に戻ってるんだろうなって、そう思ってたの。
そうじゃないと知ったのは、だいぶ後になってからだけど……。
ともあれ、そんな風にそこで暮らし初めて、最初のばたばたした期間が過ぎて……。
そうね、入居から半年くらいしてからのことだったと思うわ。
深夜に、チャイムが鳴ったの。
たしか、夜中の二時すぎだったと思う。
こんな時間に非常識だって、最初は無視してたのよね。眠かったし。
でも、あんまり鳴らし続けるものだから、目が完全に覚めちゃって。
どんな奴が来てるのか、見てやろうって、ドアホンのモニターを覗いてみたの。
変な奴だったら、管理会社や警察に連絡してやろうと思って。
そうしたら、さっき言ったおばあさんがそこに立ってたのよね。
私、びっくりしてしまって、お部屋をお間違えじゃないですか、ってドアホン越しに声をかけたの。
そうしたら、おばあさんはどこか焦点の合ってないような目で、じーっとドアを見つめた後、ぺこってお辞儀して、どこかへ行ってしまったわ。
私としては眠いところを起こされたって苛々はあったけど……。
ご老人だし、しかたないわよね、と自分を納得させてベッドに戻ることにした。
翌日にはそんなことすっかり忘れてたわ。
忘れてたというか、どうでもいいと思ってたのね。
ところが……。
また来たのよ。
それから、一週間くらいだったかしら。
また、深夜にチャイムの嵐。
モニターを見たらあのおばあさんで、さすがに閉口したわ。
『また部屋をお間違えですよ』
ってそう言う声も一度目とは違って、だいぶ冷たかったんじゃないかしら。
今度も、そのまま帰ってくれるものと思ったんだけど……。
突然奇声をあげて、暴れ出したのよ。
いつもの穏やかな表情なんて吹き飛んだ、もうとんでもない憤怒の相でね。
ドアは蹴るわ、周りの壁は殴るわ、すごい音と衝撃で。
とてもあんな小さな体が出せるものだとは思えないくらいだった。
最初は呆然としてたけど、ともかく、すぐに警察に電話したわ。
管理会社と管理人にもね。
そこからはじまった大騒ぎはあまり詳しく話してもしかたないでしょう。
ただ、本気で疲れたとだけ言っておくわ。
結局、おばあさんは警察に連れて行かれて……。
私はその日一日寝不足だったわ。
へこんだドアのこととか、そのほかのことは全部管理会社に任せてたから、私としては、それで一件落着になると、そう思っていたの。
おばあさんはもしかしたらぼけてしまったのかもしれないけど、それはご家族に任せることだものね。
実際、その後はロビーでおばあさんの姿を見ることはなかったし、どこかで面倒を見てもらっているのだって、そう思ってた。
そううまく行ったのなら、ここで怪談として話すこともないわけだけど。
そう、また来たのよ。
たしか、一ヶ月くらい後だった。
今度はチャイムすら鳴らさず、ドアをどかんどかん叩いて蹴って、何かを叫んでる。
怖くてとにかくすぐに警察を呼んだけれど、連れていかれるまで、ずっとおばあさんはしわがれた声を張り上げてた。
『出てけ! 返せ!』
ってね。
そこまで来ると、さすがに不審にもなるわ。
私は、事情を知っているような顔をしている管理人さんを追求することにしたの。
『あの人はね、元々、この土地の地主さんだったんだよ』
渋る管理人さんは、食い下がる私にそう言ったわ。
詳しく聞くとね、こういうことらしかった。
駅前からずっと広がる土地は、元々その地主さんの一族が所有していた。
けれど、おばあさんと結婚して婿に入った人が、事業に失敗してしまったんだそうよ。
土地を切り売りして、膨大な借金を返済していたおばあさんたち。
けれど、今度は土地の売買で騙されて、ついに本家の土地を売ることになったそうなの。
その本家があった土地に建ったのが、私が住んでいたマンション。
おばあさんたちは、売却の条件の中でそのマンションの中の一室を得ることになっていたのだけれど、その部屋というのが……。
うん、ご想像の通り。
私が住んでいた、その部屋だったわけ。
最後に残った財産のはずの部屋も手放すことになった経緯については、管理人さんも口を濁していたわ。
ただ、まあ、いろいろとあったのでしょうね。
本当に、いろいろと。
ロビーにいたのは、管理人さんが同情して、昼間だけ入れさせてあげていたらしいわ。
長年住んでいた所が懐かしいんだろうって、そう思ってのことでしょう。
ただ、その情けが、私の部屋への迷惑につながったと思うと腹立たしいけれど。
管理人さんの目を盗んで、夜中までマンションの中に潜んでいたおばあさんの行動力もすごいけどね。
ただ、わからないのは、最後の襲撃よね。
管理人さんは、もうロビーには入れていなかった。
なにより、その日、警察からかかってきた電話が不思議でならなかったわ。
『あの……そちらに、あのおばあさんは……いませんよね?』
って言ってくるから、何事かと思ったら、パトカーで連行中に消えたんですって、
あのおばあさん。
訳のわからないこと言わないで、きちんと保護してください、って言ったけれど、なんだかよくわからない反応でね。
私は、自分の安全に関わることだし、警察は一体どういうつもりかと、抗議したのよ。
まあ、今思い返してもかなり猛烈に食ってかかったから、次のようなことを漏らしたんでしょうね。
私は余計混乱させられたけど。
『実は……。以前保護した一週間後に、亡くなっているらしいんです。あの人』
……さて、私の見たものは、警察官たちが引っ張っていったのは、一体なんだったのかしらね。
その後すぐに引っ越してしまったから、私にはわからないけれど。
もしかしたら、未だに、あのおばあさんはあの部屋を返せと、暴れに来ているのではないかしら……?
茄子「……なるほど、これは執着のお話ですね」
ほたる「……まるっきり普通の人にしか見えなかった……その、幽霊、ということなんでしょうか……?」
小梅「……当人がまだ生きていると信じ切っていたりすると……。そういうこともある」
茄子「生きてると信じ込んでるですか。それはなんだか……困りますね」
ほたる「……このおばあさんの場合、話も聞いてくれなさそうな……」
小梅「……たいていは、聞いてくれない……。だから、お経とかを唱えてもまるで無駄な相手も……結構、いる」
茄子「なるほど。まずは相手に届かなければ意味はないと」
小梅「う、うん。大変」
ほたる「ええと、次のコーナーでは、今回の相川さんのお話にちなんで、ある物に執着したばかりに奇怪な出来事に巻き込まれていくお話を取り上げて……」
第十五夜 終
第十六夜 首飾り
茄子「さて、本日もそろそろアイドル百物語のお時間となりました」
ほたる「……久しぶりですね。この感じ」
小梅「う、うん。通常進行は……久しぶり」
茄子「たしかにそうですね。さて、今日は、少々変わったお話のようですね?」
小梅「うん。霊とかそういうのは……出てこない。でも、とても怖い……。いろんな意味で怖いお話」
ほたる「……いったいどんな……」
茄子「今回は、お聞きいただく前に、リスナーの皆様にお知らせがあります。今回のお話には、人種差別とそれにまつわる悲惨な出来事が含まれます」
小梅「そ、そういうことに……耐性のない人は……注意」
茄子「付け加えまして、当然のことながら、当番組は差別や虐待、拷問等の行為を肯定するものではありません。どうか、その旨ご承知おきください」
ほたる「え、ええと、今日は……その……どなたのところに……?」
小梅「今日は……高橋礼子さん」
茄子「では、お聞きください」
○一言質問
小梅「最後の晩餐が選べるとしたら……なにを食べたい?」
礼子「誰と食べるかに比べたら、何を食べるかはさして重要じゃないわね」
怪談かあ。
うん、怪談……。
そうね、じゃあ、ちょっと珍しいお話をしましょうか。
これは、とあるバーで出会ったバーテンダーのお話。
小梅ちゃんはいまいくつ? 13歳?
そう。じゃあ、あと7年して、成人したら連れて行ってもらうといいわ。
ただし、アルコールはあうあわないがあるから、アルコール抜きでも楽しめる、いいバーにね。
あら、脱線しちゃった。
そうね、あれは、もう7、8年は前の話になるのかしらね。
私もまだ小娘って言われるくらいの年齢で、結構無茶してたかもしれないわね。
そのバーに行き着いた経緯はよく覚えてないわ。
たぶん誰かの紹介だと思うけれど、その誰かと知り合ったのも、どこかお酒の席でしょうしね。
狭苦しいバーだけど、いつ行ってもやっているし、閉まってても、電話すればマスターが来て開けてくれるなんて店だった。
夜遊びして、最後に行き着く、そんなところ。
そのバーに、ある時から黒人のバーテンダーが入ってきたの。
年はその頃でも50を越えてたと思うけど、定かではないわね。
その人は、梅雨や夏の真っ盛りでも襟の高いシャツを着て、ぴっちりネクタイを締めてたわ。
バーテンダーっていうと、白いシャツにベストってイメージがあるし、実際、それが一番動きやすいと当人たちは言うものなのよ。
でも、だからって首が全部隠れるような高い襟のシャツである必要はないわよね?
しかも、外国の出身なら、日本の梅雨なんて耐え難い湿度でしょうにね。
ましてや、その店は、夏になるとマスターがネクタイ外しちゃう程度には緩い店だったし。
だから、その人が店に入ってしばらくして……仲良くなったと思った頃に、訊いてみたのよ、私。
なんでそんな格好なの? って。
でも教えてくれなかったわ。
ただ、微笑むだけで。
いまだったら、それ以上は踏み込まなかったでしょうね。
でも、その頃はまだ若くて……なんて言うんでしょうね。お節介だったのよね。
だからと言って、問い詰めるのはスマートじゃないわ。
だから、その人を誘って、飲みに行ったの。
そこの常連みんなで、歓迎会ってことで。
もうバーに来てから半年近く経ってたけど、飲み屋に居着くかどうかって、正直わからないものだしね。
マスターもちょうどいいって喜んでくれてたわ。
色んなお店をみんなで飲み歩いて、最後にそのバーを貸し切って、朝まで飲むって予定。
その人は、楽しそうに飲んでいたけど、ずっとシャツは襟の高いのを閉めたままでね。
普段はベストなのに、プライベートだからってジャケットまで着てたから、よけい堅苦しかったかもしれないわね。
私は機をうかがったわ。
結局、当のバーに行き着いて、みんなが潰れだして……。
私と、もう一人――商社マンの男性と、その人だけが起きてるって状態になったの。
ここだ、と思ってね。
高いお酒を三人で飲んで、そして、訊いてみたのよ。
その襟の下になにか隠してるの? ってね。
そうしたら、彼はしばらく私たちをじっと見た後、君たちにならいいか、と言って、ネクタイを外して、ぐいとシャツを開いたの。
そこには、ひどい火傷の痕があったわ。首から胸にかけてね。
『死のネックレスって知ってるかい?』
彼は服を戻しながら、陰鬱な表情で話し始めたわ。
『南アのアパルトヘイトの頃に流行ったリンチの手法だよ。タイヤを首に乗せ、それを焼くんだ』
小梅ちゃんはアパルトヘイトなんて知らないわよね?
私だって詳しく知っているわけじゃないけれど、南アフリカの人種隔離政策ね。
ひとまずは白人と黒人、そして、白人同士や黒人同士も憎み合い、いがみあう結果となったっていうのがわかればいいと思うわ。
そんな憎悪のただなかで生まれたのが、死のネックレスっていう凄惨なリンチの手法。
ただ、彼は南アフリカの出身じゃなかった。
アフリカはアフリカでも別の国の出身で、いまはアメリカ国籍なんだと言っていた。
なぜ、アメリカ人になったか、ならざるをえなかったかを、ネックレスの話も交えて、彼は語ってくれたわ。
彼の生まれ故郷では、とある二つの部族が敵対していたんですって。
ここでは、仮に『ロ族』と『ハ族』とでもしておきましょうか。
うん、『いろは』の、ろはね。
両者の敵対関係は、ずっと昔からのものだったけれど、二十年ほど前に頂点に達して、内戦がはじまってしまった。
内戦は隣国やらいろいろな勢力の思惑が絡み合って、とんでもなく激化して……。
ついに、ハ族のほうが、ロ族を虐殺する……なんて事態にまで至ってしまったようね。
彼が『死のネックレス』を受けたのは、そんな虐殺行為の最中。
ハ族の戦闘部隊に捕まった彼は、家族はじめ村の人間たちが見ている前で『死のネックレス』のリンチを受け、死なない程度になぶられた。
『奴らは、俺にしるしをつけて、生き証人にしたかったんだよ』
彼はそう言っていたわ。
彼以外の村人は一人残らず殺されたそうよ。
家族たちが、一緒に暮らしていた村人たちが、次々に殺されていくのを半死半生の状態で見せつけられ、恐怖を語り継ぐ証人となるよう生かされた。
彼はそう語っていたわ。
その後、彼は幸運にも混乱する故郷から逃げ出すことに成功し、アメリカに亡命。
今に至る、ともね。
そうして語り終えてから、彼は細い声で、私の知らない歌を歌い始めた。
たぶん、日本で知っている人はほとんどいないだろう現地の言葉で、私たちが聞いたことのない歌を、歌ってた。
その目から、ひたすらに涙を流しながら。
何とも言えない感情を抱きながらも朝を迎え、酔っ払いどもをなんとかタクシーや始発に追いやって。
そうして、私も帰ろうとしたとき、彼の話を一緒に聞いていた男性がやってきたの。
場所を変えて話せないかとね。
あまりに真剣な様子に、私はうなずいていたわ。
男の人と二人っきりで……なんて、相手に勘違いさせてもいいと思わない限りはしないポリシーだったのだけれど。
『あの人の言うことはあまり信じない方がいいですよ』
さっきまでいたバーとは打って変わって騒がしい立ち飲み屋で、彼はそう切り出したわ。
もちろん、私は何を言うのかと食ってかかった。
なにしろ、あの人の語り口は実に重苦しく、生々しいもので、疑う要素なんてみじんもなかったから。
まして、あんな寂しく歌うのを聴いて……と、憤っていた所もあるかもしれないわ。
でも、彼は首を振って、自分はアフリカのとある国に赴任していたことがあるというの。
それは、さっきの話にあったロ族とハ族が内戦を起こした国の隣国にあたると。
『大まかな話は嘘じゃないんです。内戦はあったし、虐殺もあった。南ア生まれのネックレスも、二つの部族の中で多用されたと聞いてます』
だったら、と私が言うと、彼は目を伏せて言ったの。
『ネックレスってのは、あんな程度の傷しか残らない生やさしいものじゃないんです』
え? と聞き返したのを覚えてる。
なにも言葉にならなかったのを。
『タイヤに火をつける。それは間違ってないけど、タイヤにガソリンを振りまいてから火をつける。
だから、すぐに燃え上がって、熱で収縮したタイヤが首を締め付ける。
溶けたタイヤがべっとりと膚に張り付きながらね』
あんまりにもひどい話だからか、彼は何度も焼酎を呷りながら続けてたわ。
『やられたほうは窒息と熱で暴れ回る、そんな処刑方法なんです』
絶句する私を前に、彼は何度も首を振った。
『もし生き残れても、喉も顔も焼けてしまう。どれだけ早く助けられても、首回りだけで済むはずがない。なによりも、さっき歌ってた、あの歌……』
そこで、彼は黙りこくってしまったわ。
その口を開かせるのには、さらに二杯ほど飲ませないといけなかったわね。
『あれは、ロ族のものじゃない。虐殺をしていた、ハ族のほうの歌なんですよ』
.
彼の話はそこで終わり。
そして、私の話も、ここで終わり。
バーテンダーが本当はどんな経験をしてきたのかなんて、探ること、私にはできなかった。
するつもりもなかった。
商社マンの彼の話の裏付けをとることも出来なかった。
あのバーテンダーは虐殺の犠牲者だったかもしれない。
あるいは、それを装うことで自分が犯した罪を忘れようとする加害者側だったかもしれない。
私にはわからないし、そこまで踏み込むつもりもない。
ただ、世間にはこんな話もあるって、それだけのこと。
え?
バーテンダーの黒人さんはどうしてるかって?
さあ、いまはどうしてるのかしら。
あのバーは、もうとうに潰れてしまったから。
.
ほたる「これは……」
茄子「怪談、と言っていいのかためらわれますが、しかし……」
小梅「れ、礼子さんが言うとおり、こんな話も……ある。悲しくて……不気味な話。これもきっと怪談……だと思う」
ほたる「……そうかもしれませんが、私にはわかりません。殺しあいをすることも、そんな残酷なことをすることも……」
茄子「わからないほうが……いいのかもしれません。共感してもしかたのないことはありますから……」
小梅「う、うん」
茄子「でも、もし、この人が加害者側だったとしたら……」
小梅「な、なに?」
茄子「いえ、こうして、被害者を装うことでしか生きていけないとしたら……。それは、きっと、とても……」
ほたる「……なんでしょう?」
茄子「いえ……。口にしない方がいい気がします。すいません」
小梅「そ、そう……」
ほたる「……次のコーナー、行きましょう。今日は、みなさんからのメールやお手紙の中で気になったものを……」
第十六夜 終
第十七夜 墓
茄子「本日もアイドル百物語のお時間となりました」
ほたる「今日は……丹羽仁美さんのお話なんですよね?」
小梅「う、うん。そう」
茄子「仁美さんと言えば、戦国アイドルとして有名ですね」
小梅「う、うん。今回も、武将の話をしてた」
ほたる「……やっぱり慕ってる戦国武将の幽霊とか会ってみたいものなんでしょうか?」
小梅「……そうみたい」
茄子「といっても何百年も前の人ですし、お話しするのも大変そうですね」
ほたる「……でも、源平合戦の落ち武者の霊が……とか、そんなお話も聞いたことがあります」
小梅「……源平に限らず、落ち武者にまつわる伝説は結構多い……。でも……」
茄子「でも?」
小梅「その村の周りで起きた……小さな戦にまつわる出来事も、有名な合戦のお話にすり替わっていることが多い……らしい」
ほたる「……有名なお話に引っ張られるということですか」
茄子「法螺が大法螺になっていく感じでしょうかね」
小梅「口伝えの伝承だから……有名な方が後に残りやすかった、のかも」
ほたる「……なるほど」
茄子「伝承は伝えるほうも聞いているほうの反応がいいほうがいいでしょうし、覚えていくのにもよさそうですしね」
小梅「う、うん」
ほたる「でも、そうすると……どんどん派手になってるってことでしょうか」
小梅「……そうでもない。むごたらしい話は、柔らかめになっていくことも、お、多いから」
ほたる「ふむふむ……。でも、いずれにしても変化はしていくんですね」
小梅「だ、だからこそ面白い……」
茄子「この番組で語られたお話も、いろいろな形に変じて伝わっていくかもしれませんね。さて、それでは、仁美さんのお話に参りましょう」
小梅「うん。お聞き……ください」
○一言質問
小梅「一回だけ霊たちと交信できるとしたら……誰とお話しする?」
仁美「慶次様!……と言いたいところだけど、慶次様は死んだ後とか出てきたくなさそうだしなー。うーん……。あ、松風とかいいかも!」
やあやあ、小梅ちゃん。
今日も元気に傾いてる?
え?
どうしたら傾けるかって?
んー……まあ、小梅ちゃんの場合は、その年齢にしては結構尖ったアクセつけてたりするから、十分傾いてるかも。
うん、傾いてる傾いてる。
それはともかく、アタシ、前から訊いてみたかったことがあるんだ。
小梅ちゃん、武将の霊とか、見える?
え?
見たことない?
そうなんだ……。
へえ、あんまり古い霊には会ったことないんだね。
それは、あれ?
成仏とかしちゃうってこと?
よくわからない?
そっかー……。
はい?
日本だと神格化されちゃうから、神様になっちゃうのかも?
あー、なるほどー。
幽霊じゃなくて神様になっちゃうとそうそうは出てきてくれないかー。
むしろ、社にいったら、いつでもおわすと考えれば、そっちのほうがお得かもねー。
あ、怪談だったね。
そうそう。
怪談って昔からあるよね。
たとえば、島左近が石田三成の寝所に寄ってくる化け物を退治したとか。
家康が住んでた頃の駿府城に、脚の生えた肉の塊が現れたとか。
昔の話は古狸とかが正体だったりすることも多いけど。
いまじゃ、実際に狸とか見ることの方が少ないから、その手の話は少ないのかな?
それはともかく、今日はアタシの知り合いの話をすることにするね。
いや、あんまり戦国関連の話ばっかりすると、お前は止まらないからってうちのプロデューサーがね。
本当は熱く語って戦国好きを増やしたいところだけど、これは小梅ちゃんたちの番組だし。
とはいえ、これから話す知り合いも、史跡巡りで知り合ったその手の趣味の仲間だけどね。
その知り合いは、アタシとは違って、史実重視の方向性でさ。
アタシは、ほら、人物重視だから。
うん。
それで、その子は、自分で歴史をいろいろ調べて、いろんなところに行ってたみたいなんだ。
古戦場跡地とか、城址とかね。
それで、そんな調査の中で、とある武将のお墓を調べることにしたんだって。
名前?
あー、わかんない。
アタシもまるで聞いたことなかったから、マイナーな人だと思うよ、たぶん。
ともかく、その子は色んな資料をひっくり返して、とうとうあるお寺にその武将の墓があるらしいことを知ったのね。
アタシにはよくわからないけど、お墓とか調べるといろいろと歴史的なことがわかるんだって。
お寺に資料が残ってることもあるだろうしね。
ただ、その子はその人のお墓にもうでること自体、結構重視してたみたいだね。
自分が調べてる人のお墓があったら、そりゃあ、挨拶くらいしておきたくなる気持ちはわかるかな。
ちなみに慶次様のお墓がある場所は有力な説はあってもこれって決まって無くて、供養塔が……。
あ、うん。ごめんなさい、プロデューサー、小梅ちゃん。
ええと、それで、そのお墓の前まで行ったんだけど、なにしろ古いお墓だったから、もう崩れかけてる感じだったんだって。
うん、墓石がね……なんていうの?
塔みたいな感じなんだけど、ちょっと割れてるところがあったりとかして。
それで、その子が行った時に、結構大きめのかけらが、足下に転がってきたんだって。
まるでいまお墓から落ちてきたみたいにね。
その子が手を広げたくらいの破片だって言ってたから、まあ、大きめだよね。
で、お墓を見ると、明らかにそれが割れ落ちたんだろう場所があって。
その子はついついかけらを拾って、その元の場所にあててみたんだって。
修復とか出来るわけもないけど、とりあえず戻してあげたいみたいな感覚で。
そうしたらね、ぴったりあっただけじゃなくて、すうっと継ぎ目が消えちゃったんだって!
うん。
古い石の表面がくっついて。
え? って驚いて引っ張ってみても全然取れないし、それどころかひびが入ってる様子もない。
表面に生えてる苔まで、最初からつながっていたかのように自然と見えたって。
もう、ほんとびっくりだよね!
その子自身はなんだか狐につままれたような感覚だったらしいけど、その後でとても信じられないような幸運がいくつも続いたらしくて。
『いいことしたってことかな?』
って笑って言ってたよ。
面白いよねー。
これって、歴史に名を残す人は、それなりに力を残してるってことかも。
うん、やっぱりカッコイイって思うな!
茄子「なかなか興味深いお話でしたね」
ほたる「……悪いほうに考えちゃうのは悪い癖なんですが、もし、そのままその人がかけらを放置してたら……」
小梅「ば、ばちがあたることも……あるかもしれない、ね」
茄子「うーん。そこまで意地悪かどうかはわかりませんけれどね」
ほたる「そ、そうですね」
茄子「でも、少なくともその人は葬られた方に畏敬の念を持ち、墓石が元通りになってほしいと願う優しい心があったことは確かですよね」
ほたる「やっぱり、よくしてくれる人にはよくしたいと思うものかも……しれませんね」
小梅「う、うん。ただ、この武将の人みたいな場合はともかく、たちの悪い霊だと……」
ほたる「……だと?」
小梅「助けてくれるって思い込んで、すがりついてきちゃうことも……」
茄子「なるほど……。そういうこともありえるんですね」
小梅「う、うん。そういう場合は、悪意とか善意とか関係なく……。違う世界の存在だから、いろんな影響が……出ちゃう」
ほたる「なるほど……。それで、今日は偶然の接触から生じたオカルトなお話が次のコーナーなわけですね」
小梅「う、うん」
茄子「では、そろそろ次に参りましょうか……」
第十七夜 終
第十八夜 汚れ
茄子「それでは、本日もそろそろアイドル百物語のお時間です」
ほたる「……今日は、どんなお話なんですか?」
小梅「……うーん。霊と機械のお話?」
ほたる「……現代の機器ということでしょうか? オカルトと、その手のものはあまり相性がよくない気が……」
茄子「そうでもありませんよ。ウェブサイトやメールが絡んだ怪談というのも、最近はよく耳にしますし」
小梅「う、うん。不幸の手紙も……郵便からメールに、移った」
ほたる「……ああ、そう言われればそうですね」
茄子「とはいえ、中でも無線や電話、ネット絡みが多い印象ではありますが……」
小梅「声……音声が出るものは、怪談に結びつきやすい」
ほたる「……たとえば、このラジオなんかも?」
小梅「う、うん」
茄子「ラジオに変な音声が混線してるようだ……とか、入るわけのない声が……とかはよく聞きますね」
ほたる「……それだけ、『声』というのが印象に残りやすいのでしょうか」
小梅「少なくとも言葉で伝える怪談では……一番伝えやすい、かも」
茄子「なるほど……。ところで、今回はそういった音声機器なのですか?」
小梅「ううん……。ちょっと……うーん。かなり、違う」
ほたる「……いったいなんなのでしょう?」
茄子「それで、どなたのお話なんですか?」
小梅「……本田未央さん」
ほたる「それでは、まずは、未央さんのお話を聞いてみましょう」
○一言質問
小梅「一番……惨めだと思う死に方は?」
未央「やっぱり……誰かを裏切って、そんな羽目に陥ることかな。裏切りたくないよね。……自分もね」
こんにちは、小梅ちゃん。
今日は怪談だよね!
聞いて聞いて、実は私、最近心霊体験しちゃったんだよ!
でもね、誰に話しても信じてもらえなくて……。
からかうなとか言われちゃうんだよ!
ひどいと思わない?
そんなわけだから、今日は、その話を小梅ちゃんに聞いてもらおうと思って。
これはね、先月のことだったの。
日付も覚えてるよ、えっと……。
え? なに、プロデューサー。
詳しいスケジュールとかに触れるのはだめ?
あ、そっか!
私、アイドルだもんね♪
ってことで、ええと、最近の話ってことだけわかればいっか。
うん、ありがと。
ともかく、その日は学校に行ってレッスンやお仕事にも行った、ちょっと忙しいけど普通の日だったんだ。
そうして、ゆっくりお風呂入ってストレッチしていざ眠りについたわけですよ!
ところが、どうしたことでしょう!?
夜中にぱっちり目がさめてしまったのです!
え?
口調が変?
えへへ。
ちょっとがんばってみたけど、だめかな?
実話系の怪談は自分の言葉で話す方が良い?
そっかー。
そういうものなんだね♪
じゃあ、普通に行くね。
ともかく、なんでだか知らないけど、目が覚めたんだ。
それでね、寝返りを打ってまた寝直そうと思ったら、寝返りが打てないんだ。
そう、金縛りってやつにかかっちゃって!
金縛り自体は、経験ないわけじゃなかった。
ただ、普段の金縛りは、こう、足の指に力を入れると、すっと動けるようになってたんだよね。
しかも、いつも金縛りの間は目が開けなかったんだ。
だけど、そのときは、金縛りから抜けようとしても抜けられないし、目がばちっと開いたの。
自分で開けようとしたんじゃないのにね。
わかるかなあ……。
誰かが目の前で手を打ち合わせてびっくりして目を開かされた、みたいな感覚。
それで、視線がね、なにかに導かれたみたいに、窓のほうに向いたの。
見た途端、火事!? って思っちゃった。
だって、窓からその近くにある勉強机まで、なんだか白いもやもやに覆われてたんだもん。
ところが、燃えてるのどこだろうとかはらはらしてる間に、その白いもやが、ぎゅーって集まったの。
薄く広がってたのが集まって色濃くなって、形を作っていって……。
そのあたりで、あ、って気づいたのね。
これはなにかまずいよ、って。
そうしたら、その予感を裏付けるように、その白いもやが、女の人の形になっていったの。
ぱっと見、いまどきの格好で普通の女の人っぽくも見えたかな……。
でも、おかしいよね、私の部屋の中に浮かんでるんだもん。
しかも、輪郭とかははっきりしたけど、色は白いままだし。
それでね、その人がすーって近づいてきたの。
そう、空中を、滑るみたいにして。
それからね、その人は、顔をうつむかせていて、最初はまるで見えなかったんだ。
だけど、近づいてくるにつれて、うつむいてる顔が見えるようになってくるわけ。
それがさ、すごい怖いの。
なにが見えてるわけじゃないんだけど、この顔を見ちゃいけないって、すごい思うの。
見たら、絶対、ろくなことにならないって。
でも、体は金縛りだし、目もつぶれないし、そもそも、視線すら操られてるみたいな感じだったと思う。
だから、来るな、来るなーって、そう思うことしか出来なくて……。
ところがさ。
その白い煙で出来た女の人が、部屋を横切って私に近づいてくる途中で、急に音がしたんだよね。
ぶぅううういぃんん……って。
それは、小さなファンが、急速回転する音。
そう。
うちの部屋の空気清浄機が動き出したんだよ。
なかなかに賢い空気清浄機で、一定以上空気が汚れてるのを感知すると動き出して、さらにその汚れ具合によっては急速吸引しようとするんだ。
それが、普段あんまり聞いたこと無いような全力運転をし始めてさ。
すぽっ!
ってその女の人が空気清浄機に吸い込まれたんだよ。
そう、すぽって。
こう……足のほうから、すぽんって。
うん、見事に全部入っちゃって。
ああ、もう、なんで、プロデューサー爆笑してるの!
本当なんだってば!
いや、本当に、その白い女の人が空気清浄機に吸い込まれた途端、金縛りもとけてさ。
もう必死で窓開けたよ。
え?
だって、幽霊が分解された空気が部屋中にまき散らされるのは気持ち悪いでしょ?
茄子「……空気清浄機」
ほたる「空気清浄機……」
小梅「う、うん。空気清浄機」
茄子「浄化、できるんでしょうか……?」
小梅「……わからない。初めて聞いた……から」
ほたる「そ、その後は出ていないんですよね?」
小梅「うん。変なことは……ないって。金縛りも」
茄子「じゃあ……効いたわけですね」
小梅「……たぶん」
ほたる「……不思議なこともあるものですね」
小梅「でも……煙みたいなものって言われることはよくあるから……」
茄子「たしかに、たいていはおぼろな形で想像されますよね。とはいえ、本当に煙とは……」
ほたる「効果があるなら……空気清浄機を置いてみましょうか……」
小梅「私たちは……その、喉のこともあるし、あって悪いことはない、かも?」
茄子「たしかにそうですね。乾燥と埃は大敵ですから。さて、それはともかく、次のコーナーでは、こうした現代に特有な事情にまつわるお話を……」
第十八夜 終
第十九夜 鳴き声
茄子「それでは本日もアイドル百物語へと参りましょう」
ほたる「今日は……どんなお話なんでしょうか?」
小梅「今日……というか、今日から、猫特集……」
ほたる「特集ですか」
茄子「はい。実は今日から三回分はどれも猫にまつわるお話なんですよね」
小梅「うん。たまたま……だけど」
ほたる「……でも、たしかに怪談話で猫のお話はよく聞きますね。猫又……とか」
茄子「鍋島化け猫騒動、なんてのもありますね」
小梅「猫は飼っていても不思議な生き物だから……。よく不思議なお話になる」
茄子「結構忠義ものだったりしますよね。飼い主さんの仇を討とうとしたり」
小梅「うん。猫は家につくっていうから……。そのあたりから、家を守るものとして意識されることも……ある」
ほたる「……昔の感覚だと、家は場所だけではなく、一族とかも含まれてくるんでしょうか……」
小梅「う、うん。怪談として発展する場合は、そういうことも……多い」
茄子「とはいえ、そういったお話はこの後のコーナーでも存分に楽しめますので、まずは、今日のお話に参りましょうか」
小梅「今日は木場真奈美さん」
茄子「ほうほう。真奈美さんはいろいろと逸話がありそうな……」
ほたる「……猫にまつわるどんなお話なのでしょう?」
小梅「ええと……。鳴き声のお話をしてくれる」
ほたる「……鳴き声、ですか。かわいいですよね。にゃーお……って」
茄子「でも、夜中に急に聞こえてくると、どきっとします」
小梅「鳴き方も……いろいろ」
茄子「そうですね。今回は、さてどんな声なのでしょう」
ほたる「それではお聞きください」
○一言質問
小梅「海外のお化けと日本のお化け……どっちが好き?」
真奈美「どちらも……好きとは言い難いな。脅かさずにいてくれたら、共存は可能だと思うがね」
さて、今日は怪談だったか。
知っているかもしれないが、私は前職がスタジオボーカリストでね。
なぜか録音スタジオや舞台といった所は怪談が多いもので、いろいろと知っているほうだと思うよ。
ああいう所は、感受性の強い人間が集まるものだから、どうしてもそうなりがちなんだろうね。
ただし、そうしたありがちな話は他の人間からも聞けることだろう。
だから、今日は私の体験談を語ろうじゃないか。
さて、君は海外に行ったことはあるかい?
ふむ、仕事以外ではないか。
それではあまり実感はないだろうが、それでも注意をいろいろと受けているはずだ。
常識が違うから気をつけるように、とね。
実際の所、日本のように治安がよく、皆がそれなりのモラルを保っている場所は、滅多にない。
どこに行ってもそれほど危険度が変わらないなんてのは、実に珍しいものだ。
これも、少々治安の良くない国でのことさ。
とはいえ、そういった国でも、安全はちょっとした注意と金銭で購うことが出来る。
家賃の相場は高いが治安のいい地区に住み、注意を払っていれば、大きな危険からは逃れられるものだ。
その頃の私は駆け出しで、それほど金銭的余裕はなかったが、少し無理してでも居住地域を良いところにしたものさ。
外国人だけに、余計気を遣ったというところもあるね。
しかし、当時の友人の一人は、まるでその部分にお金をかけなかった。
彼女が、その国の出身だったからかもしれない。
いずれにせよ、ずいぶんと治安が良くない地域に住んでいたものさ。
これは、そんな彼女の部屋を訪ねた折りの話だ。
正直、その地区に行くのは神経が張り詰めるので、あまり好きではなかった。
だが、それでも彼女とは仲が良くてね。
誘われて彼女の家を訪れる度、いい加減に引っ越せと言うのがくせになっていたものさ。
その日は、朝から彼女と待ち合わせて出かける予定だったのさ。
だが、急に彼女に用事が入って、それが終わるまで彼女の部屋で私が待っていることになったんだ。
他人の部屋で過ごすというのは落ち着かないが、物珍しさもある。
私は後で文句を言われない程度に気をつけながら、部屋を巡って物色していたりしたよ。
それは、そろそろ昼食の心配をし始めた頃のことだったか。
ドアの向こうから猫の鳴き声が聞こえてきたんだ。
甲高い、寂しげな声。
そう……。
何度も何度も鳴いていたよ。
そうしてしばらくすると、ドアの下あたりが、かりかりと音を立てた。
おそらくは、爪でひっかいているのだろう。
そう、思わせる音だ。
鳴き声だけだったら、どこか別の部屋の人間が飼っているのだろうと気にならなかった。
だが、爪でひっかいてくるとなると……。
そこまでして中に入りたいと思っているのはなぜか、と気になってくる。
たとえば私が聞いていないだけで、彼女が飼っている猫かもしれない。
あるいは、隣室と間違えていたりするのかもしれない。
いずれにしても、様子だけは見ておこうと思って、ドアに近づき、ドアスコープを覗いた。
猫ならば見えるはずはないが、これは癖になっていたからね。
そうしたら。
ドアの向こうに、女が立っていたよ。
黒目ばかり大きくなった瞳で、こちらをじっと見つめながらね。
驚いて目を離し、そして、再び、ドアがかりかりと音を立てるのを聞いて、ようやく悟った。
ドアの向こうにいる女が、あの鳴き声も爪音もやっていたのだと。
もう一度覗くことはしなかった。
ただ、息を殺して、気配を探っていたよ。
いい加減あきらめたのか、なんなのか。
足音がして気配が去っていった頃には、私の背中は汗でびっしょりと濡れていたな。
その後、家主が帰って来た時には、部屋にあったショットガンを手にしながらドアをあけたくらいだ。
驚く彼女に事情を話し、すぐさま私の部屋に連れて行った。
どう考えてもあの女はまともじゃなかった。
友人をそんな人間がうろついているところに置いておくわけにはいかないからね。
結局……それは正解だった。
数日後に、二人で彼女の部屋に荷物を取りに行った時、私たちは見たんだ。
アパートの前にたくさんのパトカーが止まっているのをね。
彼女の部屋の一階下で、住人がドアを開けてしまったらしい。
女は住人を突き飛ばして部屋に入り込むと、リビングの真ん中で、持参した包丁でもって滅多差しにしたんだそうだ。
いやいや、住人を、じゃない。
自分の腹と顔、そして、最後に喉を、ね。
ほたる「こ、これは……怖いです」
茄子「死に場所を求めて……ということでしょうか。それにしても……」
小梅「……たぶん、いろいろとおかしくなってたんだと……思う」
ほたる「それにしたって猫のふりをして部屋にあがるなんて……。しかも、自分を傷つけるために……」
茄子「どういう心境なのでしょうか……」
小梅「……えっと……。おかしな人の考えは、理解しようとしちゃ、だめ。普通の人間にはわからないし、わからないほうがいいんだって」
茄子「そうなのですか?」
小梅「うん。プロデューサーが……教えてくれた」
ほたる「……たしかに、わからないほうがいいことって……あるのかもしれません」
茄子「うーん……」
小梅「でも、気をつけないといけないのは……たしか」
茄子「そうですね。確認は大事です」
ほたる「……ええ」
茄子「さて、今回のお話は猫そのものではありませんでしたが、この後のコーナーでは、本物の猫にまつわる不思議なお話を……」
第十九夜 終
第二十夜 非常階段の猫
茄子「本日もアイドル百物語の時間がやって参りました」
ほたる「今日は猫にまつわるお話の二つ目……でしたね」
小梅「うん。前回は……鳴き真似だったけど……」
茄子「怖いお話でしたね。今回はどうなることか……」
ほたる「……前回はなんと言うんでしょう……。生々しかったですよね」
小梅「う、うん。あの話の特徴の一つに……もしかしたら、自分の周りでも起きるんじゃないかと思わせる怖さがある……」
茄子「なるほど、たしかに」
ほたる「……話に出てきた女の人はもういないでしょうけど、でも……」
小梅「他の誰かが……似たようなことを思いついても、おかしくは……ない」
茄子「想像したくはありませんね」
小梅「で、でも、怪談のあるジャンルにはそうした……ある意味人を引きよせる魅力がある。それとは違うのもあるけど……」
ほたる「……というと?」
小梅「……自分の周りにはありえないような奇妙なものに出会わせてくれるもの。それが心地良いとは限らないけど……」
茄子「身近にはなくても、不気味なものや恐ろしいものは興味を惹きますね」
小梅「うん……。今日のお話は、前回と比べると、どこかずれた世界を感じさせてくれる……かも」
ほたる「今日はどなたのところに?」
小梅「今日は……和久井留美さん」
茄子「それでは、どうぞ」
○一言質問
小梅「化けて出るなら……誰のところがいい?」
留美「そうね……。怨みに思う人より、安心させたい人の所に出て行きたいわ。どうせなら、小梅ちゃんのところに出てみんなに言づけようかしら」
こんにちは、小梅ちゃん。
この間もらったゾンビ猫のぬいぐるみ、かわいがらせてもらってるわ。
ありがとう。
ファスナーを開けると腸が飛び出るのを、出したままにしておくべきかどうか悩むけれどね。
ええ。
今度遊びに来てちょうだい。
さて、怪談だったわね。
そうね、では、始めましょうか。
まず、前提として、私はあんまり目が良くないということを理解して欲しいの。
眼鏡をかけなくても通常の生活は送れる程度だけれど、疲れるとぼんやりと焦点が合いにくくなる程度には悪いわ。
そして、アイドルになる前の私は、仕事で書類を何百枚とチェックしたりしなきゃいけなくて、目を酷使する日々が多かった、ということも。
それから……私、猫は好きなのだけれど、猫アレルギーなの。
重篤というほどではないけれど、猫を飼ったりするのは難しいわ。
だから、好きではあっても、すぐに駆け寄ったりはしないのよね。
それらの前提を理解してもらった上で、お話を始めましょう。
これは、私が住んでいたマンションの非常階段で起きたお話。
その頃の私は仕事がとても忙しくて、さっきも言ったような、目を酷使する状況だったの。
そんな時は、オフでは眼鏡をかけたくないものなの。
眼鏡をかけると仕事のことを思い出すし、なんとなく気が急くのよ。
それに、いくらぼやけて見えても、マンションの建物内じゃ、危ないこともなかったから。
もちろん、料理したり火を扱うときは、眼鏡をかけたりしていたけど。
ともあれ、そんな時に、非常階段で、猫を見かけたのよ。
夜、帰ってきたときにふと見たら、非常階段の地上出入り口から一つ上がった踊り場に、黒い猫がうずくまっていたの。
出入り口には柵があったけど、人間じゃなくて猫ならいくらでも入ることは出来る。
私はその後も夜中にたまに見かけるそれに微笑みながら、通り過ぎていたわ。
さっきも言ったように猫アレルギーだから、あまり近づきすぎないくらいがちょうどいいのよ。
ただ、その頃同僚の女子社員に、たまたまこの猫の話をしたことがあったのよね。
特にどうということもない話題として出したはずなのだけれど、その子も猫が大好きだったみたい。
それで、せっかくだから、写真くらい撮ってきてくれないかって言われてね。
当たり前だけれど、こういうのは別に強制ではないし、無理してやることでもない。
でも、話の種にはなるし、たしかに写真くらい撮ってもいいだろうと思ったのよ。
なにしろ、私は疲れて帰ってきた時のぼんやりとした視界でしか、その黒猫を見たことがなかったから。
それで、ある休みの日。
普段は疲れ果てて寝ているか翌日の用意をしているかくらいしかしていなかった休日に、非常階段に向かってみたの。
いつも見かけるのは非常階段でも出入り口近くだから、一階に下りてのぞき込んでみたけれど、踊り場にはいなかった。
そこで、マンション住人なら全員持っている鍵で柵を開けて、非常階段を上っていったの。
そうして、三階くらいまで上がった時に、上を見上げたら、とん、とんと階段を下りてくる黒い影があった。
私は携帯電話を取りだして、カメラモードにしながら、近づいたわ。
にゃー、なんて猫の声を真似して呼びかけながらね。
そうして、ついにその黒い影を、携帯のカメラレンズが捉えて……画面に大きく映し出した。
途端に、私は声もなく硬直していたわ。
そこに映っていたもの。
それは、猫なんかじゃなかった。
潰れひしゃげた、男の生首だったのよ。
半分がた抜け去った髪の毛がぐじゃぐじゃと全体にまとわりついて、うごめいてる。
まるで、手足のようにそれを使って、とんとんと音だけは軽やかに階段を下りてくる、生首。
いま話していても、ばかみたいな話だけれど……。
この目で見たのだから、認めるしかないわ。
それからどうしたのかって?
それが……。
ここから先を話すと、たいてい笑われるのよね。
え?
どうしてかって?
ええ、実はね。
驚きすぎた私ったら、そのまま非常階段を駆け上って、生首を蹴り飛ばしたのよ。
たぶん、猫でなかったという落胆がそうさせたのでしょうけれど。
見事にパンプスがヒットした生首は、ぽーんと打ち上がったと思ったら、宙で消えていったわ。
こう、空気に溶け込むみたいに。
多少痛快だったのは、私に蹴られた途端、慌てた顔つきになったことくらいかしら。
それまで、潰れているのにいやらしいとはっきりわかる表情を浮かべていたくせにね。
その後、『黒猫』を見かけることはなかったわ。
帰宅時間のちょっとした幸せな気分が消え去ったことを考えると、あれは、勘違いしたままにしておくべきだったのかもしれないわね……。
ほたる「……ええと」
茄子「たしかに、これはなかなか遭遇しそうにありませんね……」
小梅「……うん、ただ……」
ほたる「ただ?」
小梅「……最初に猫に見えてたのは……留美さんの目のせいだけじゃ、ないかも」
茄子「……と言いますと?」
小梅「猫が好きな留美さんを誘うために……そういう姿を見せていたの、かなって……」
ほたる「……なにかを企んでいた……ってことですか?」
茄子「ふうむ……。そうなると、留美さんの激烈な反応は、相手の目論見を外す意味ではよかったと?」
小梅「……立ち向かうのが常にいいこと、ではないけど……」
ほたる「難しいですね。普通は……恐ろしすぎて、何も出来ないでしょうし……」
小梅「でも……結果的にはどっかへ行ったみたいだから……。良かった」
茄子「そうですね。潰れた生首なんかに取り憑かれたらたまったものじゃありません」
ほたる「……かわいいのに取り憑かれても困りますが……」
小梅「……そうでもない」
ほたる「え?」
茄子「はい?」
小梅「つ、次のコーナーは化け猫のたたりについてのお話を……紹介して……」
第二十夜 終
第二十一夜 おしゃべり
茄子「さて、それでは、そろそろアイドル百物語へと参りましょうか。今日は猫特集三回目ですね」
ほたる「えっと、そういえば、猫特集なのに……猫が出てきてませんよね?」
茄子「たしかに。猫のふりをしているお話が二つでしたね」
小梅「こ、今回はちゃんと猫の……お話にゃ」スッ
茄子「あら、猫耳かわいいですね……え?」スッ
ほたる「はい?……私もですか?」スッ
小梅にゃん「今日お話してくれる……前川みくさんから、もらったにゃん」
茄子にゃん「みくさんと言えば、猫系アイドルとして有名ですにゃ」
ほたるにゃん「え? 語尾それ固定ですか……にゃん?」
小梅にゃん「二人とも……かわいいにゃん」
茄子にゃん「なんだか楽しくなってきましたにゃん」
小梅にゃん「ねこしっぽもある……。これは猫又バージョン……」
ほたるにゃん「二叉しっぽです……にゃん」
小梅にゃん「う、うん」
茄子にゃん「さて、猫系アイドルを広めているらしい前川みくさんですが、はたしてどんなお話なのでしょうか」
ほたるにゃん「どうぞお聞きください……にゃん♪」
○一言質問
小梅「生まれ変わったら……何になりたい?」
みく「猫チャン!……と言いたいところだけど、そうすると、猫チャンをかわいがれないから、やっぱり人間かにゃあ」
にゃはっ、こんにちは、小梅チャン!
あ、これ、ねこみみにゃ。
茄子チャンとほたるチャンの分もあるから、持って行って!
え?
どうしてこれをって?
うん……。
みく、最近、気づいたにゃ。
これだけ猫系アイドルが増えてきたなら、いっそみんな猫チャンになるべきだって。
みんなかわいい猫チャンになるといいにゃ!
にゃははっ!
そんなわけで、もらってね。
うん。
えっと、怪談だったよね。
やっぱりね、みくがするにゃら、猫チャンのお話だと思うんだ!
ただ、みく、猫チャンの怖いお話は知らなかったの。
だから、猫チャンに関するお話をいろいろ調べてみたけど、なんだか猫チャンが可愛そうなことになっちゃう話が多いんだにゃ。
その手のお話じゃ、化け猫は退治されちゃうものだし……。
それで困ってたんだけど、この間おばあちゃんとお電話してる時に、とっておきのお話を教えてもらったにゃ!
だから、今日はそのお話を披露するよ。
これは、おばあちゃんのお母さん……つまりはみくのひいおばあちゃんのお話になるのにゃ。
ひいおばあちゃんがおばあちゃんを産んで少しした頃、体の調子を崩して寝込んでしまったことがあったらしいんだにゃ。
その頃、ひいおばあちゃんのお家では、雪っていう名前の猫チャンを飼ってたんだって。
真っ黒な毛皮に、足だけが真っ白で……。
昔はこういう猫チャンは白足袋をはいてるって言って福を呼ぶ猫って言われてたんだよ。
いまだったら、白靴下って言われちゃうかにゃ?
ともかく、寝込んでいるところに、その雪チャンはたまにやってきて、心配そうにひいおばあちゃんの顔をなめたりしてたらしいにゃ。
それで、とある晩……たしか満月の夜だったってひいおばあちゃんは言ってたらしいよ。
その夜、ひいおばあちゃんはお手洗いに行って、そして戻ろうとしたところで、体がふらついちゃったんだにゃ。
だから、無理せずにお手洗いを出たところでうずくまってたんだって。
しばらくすれば、廊下を戻る気力も出てくるだろうって、そう思って。
ひいおばあちゃんがうずくまっているところからは、ずっと続く廊下が見えてたらしいにゃ。
板戸が閉まってるけど、開ければ庭に続く場所だったんじゃないかな?
ふとなにか音が聞こえて顔をあげると、たふたふ、と板戸が鳴っていたにゃ。
こんな時分に一体誰が、しかも、なにか柔らかそうなもので板戸を叩いているのだろう?
ひいおばあちゃんはそう疑問に思いながら、おっくうで動けなかったらしいんだにゃ。
そうしたら、闇の中を、白いものが動くのが見えた。
そう、雪チャンが奥の部屋から出てきたにゃ。
暗い中を真っ白な足が動いていくのが見えて、ふっと雪チャンが止まったと思ったら……なんと!
雪チャンが二本足で立ち上がったにゃ!
しかも、そのまま歩いて、器用にするすると板戸を開けたんだって!
ひいおばあちゃんはびっくりして、声もなく見守ってた。
そうしたら、板戸の向こうから、同じように立ち上がった猫チャンが顔を出したらしいんだにゃ。
近くを縄張りにしているぶちの野良猫だった、ってひいおばあちゃんは言ってたらしいにゃ。
『雪よ。そろそろ行こう。みな集まっているぞ』
たぶん、さっきまで板戸を叩いていた猫チャンは、そう低い声で言ったそうにゃ。
『そうもいかん。おかあさんが寝込んでいる。離れとうないわ』
驚いたことに、雪チャンまで人間の声でそう答える。
ひいおばあさんはもうなにがなんだかわからなかったらしいにゃ。
『そうか。それは残念。こんなにいい月の夜に』
『うん。こんなにいい月の夜だけど』
猫チャンたちはそう言い合って、するすると板戸を閉めたそうにゃ。
その後、雪チャンは何事もなかったように四つ足に戻って、どっかへ行こうとしてたらしいにゃ。
でも、ひいおばあさんはそこでなんとか動き出したらしいんだにゃ。
『雪』
そう呼び止めると、雪チャンは寄ってきた。
その頭をなでながら、ひいおばあちゃんは言ったにゃ。
『せっかくのお誘いなんだから、行ってきていいんだよ。私は大丈夫だから』
雪チャンはしばらくじーっとひいおばあちゃんの顔を見上げていたらしいにゃ。
それから、一声悲しそうな声で鳴くと、ひいおばあちゃんが開けてあげた板戸の隙間から出て行って……。
そして、二度と戻ってこなかったんだって。
猫チャンは本当は人間の言葉を話せたり、二本足で立って歩けたりするんだけど、それを見られちゃうと、姿を消さなきゃいけないんだろう。
ひいおばあちゃんは、おばあちゃんにそう言ってたらしいよ。
自分は余計なことをしてしまったのかもしれないね、って。
でも、そんなことないと思うにゃ。
ひいおばあちゃんが雪チャンのことを思って言ってくれたのは、雪チャンも重々わかってたと思うにゃ。
ただ、たまたま間が悪かっただけで……。
うん。
え?
猫が人の言葉を話せるなら、みくがにゃんにゃん言う必要はない?
そ、それとこれとは話が別にゃ!
茄子「なるほど、今回は猫のお話でしたね」
ほたる「……私たちが見ていないところで、猫だけで話してたりするんでしょうか」
小梅「ひ、人の言葉がわかっているんじゃないか……っていうのはよく聞く」
茄子「そうですね。たしかに、ただの動物と言うには賢すぎるように見えることはありますよね」
ほたる「でも……姿を消しちゃうのは……残念ですね」
小梅「……あやかしの類が、人に正体を知られたらその場を去らなければならない、というのは一つの決まり事として……あるから」
茄子「雪女や恩返しの鶴などに顕著ですよね」
ほたる「……なるほど。結局の所は人ではないから……ということでしょうか」
小梅「見て見ぬ振り……という手も、ある」
茄子「ふむ。猫がなにかぼろを出しそうになっても、知らんぷりしておくのがよさそうです」
ほたる「……それはそれでちょっと怖いところもありますが……」
小梅「ふふっ」
茄子「さて、次のコーナーは猫特集も終わりということで、死んでもなお自分の怨みを晴らした猫のお話をいくつか……」
第二十一夜 終
第二十二夜 花売り婆
茄子「さて、本日もアイドル百物語のお時間となりました」
ほたる「……突然ですが、本日は、ゲストの方々が来てくれています」
小梅「トライアドプリムスのみなさん……です」
凛「こんばんは、渋谷凛だよ」
加蓮「やほー、北条加蓮です」
奈緒「凛、加蓮とアタシ、神谷奈緒でトライアドプリムス。よろしくね」
小梅「いらっしゃい……ませ」
三人「お邪魔しまーす」
ほたる「それにしても……。なんというか、密度高いですね」
茄子「普段の倍ですからねー」
凛「いきなりでごめんね」
加蓮「告知もなしだもんねー」
茄子「いえいえ、賑やかで楽しいですよ」
ほたる「……普段が静かですからね」
奈緒「まあ、怖い話するのに賑やかなのもどうかと思うけど……」
小梅「でも……百物語は、元々みんなでこうしてわいわいやる……もの」
凛「そうなんだ」
加蓮「じゃあ、これはこれでいいのかな」
小梅「うん。……楽しい」
奈緒「……喜んでくれてるなら、いっか」
ほたる「ええと……アイドル百物語については、今日から三回はトライアドプリムスの皆さんのお話、ということですよね?」
茄子「そうなります。早速ですが、本日のお話をお願いできますか?」
凛「今日は私の話だよ」
ほたる「どんなお話なのでしょうか。では、お聞きください」
○一言質問
小梅「この世で一番……怖いものってなんだと思う?」
凛「孤独」
それじゃ、私から行くね。
小学校の頃って、色んな噂が流れなかった?
それこそ、都市伝説ってやつ。
うん、口裂け女なんて典型だよね。
うちの小学校でも結構あったんだ。
それこそ口裂け女とか厚みのない人間みたいなどこにでもあるやつもあれば、他の地域では聞くことないだろうなっていうやつも、あった。
そんな話の一つに、花売り婆ってのがあってね。
男の子だけが出会う怪人ってことになってた。
それはね、こんな話。
学校からの帰り道、一緒に下校した友達と別れて家に向かおうとする時。
一人になったところで、細い声がかかる。
『お花はいかが?』
どこから聞こえたのかよくわからない響き方をするその声。
男の子は当然きょろきょろと辺りを見回すよね?
すると、さっきまで向かっていた道の先……自分の家に向かう方向に、白いドレスを着た女の人がいることに気づくんだ。
それまでそっちを向いて歩いていたんだから、見落とすはずもないのに、いきなりそれは現れる。
『お花はどぉう?』
見ると、その人は真っ赤な薔薇を掲げている。
その顔が隠れてよく見えないほどの大輪の薔薇。
男の子が異様な雰囲気に答えられずにいると、するすると女の人が近づいてくる。
『お花、あげるよ』
薔薇の花を差し出したことで露わになったその顔を見れば、しわくちゃのおばあさん。
にやあと大きく口を開いて、ぼろぼろに歯の欠けた笑顔をみせつけてくる。
そこで花を受け取ったら、そのおばあさんに連れていかれちゃう。
拒否したら、薔薇を目に突き刺されて眼球をえぐり出される。
そんな、あり得ないような噂。
もちろん、薔薇を突き立てられた子なんていなかったし、連れ去られた子もいなかった。
そんなことあったら、警察が動くもんね。
ただ、噂だけがあって、男子たちの間では怖がられてた。
女子は、そんな男の子たちを変な噂を信じてってばかにしてたけど、私は知ってた。
そのおばあさんは実在しているって。
だって、そのおばあさん、うちの花屋で毎日薔薇を買っていたから。
深紅の大輪の薔薇を、一輪だけ。
それを毎朝買っていってた。
たしかに、ちょっと歯は欠けてたし、年齢の割に若々しい洋服を着ていたけど……。
別に悪い人には見えなかった。
それが、噂の中では、目に薔薇を突き立てる鬼婆になってしまう。
怖い話ってこうして出来るんだなあ、不思議だなあ、って私はそう思ってた。
ああ、まあ、わざわざ否定して歩こうとは思わなかったよ。
そんなことすれば余計に噂が燃え広がるだけだろうって、そう思ったから。
さすがに高学年にもなったら、そんな話、どっかへ消えちゃってたしね。
でもね。
こないだ……って言っても高校に上がった頃だけど、お父さんに聞いたんだ。
あのおばあさんは本当に子供を誘拐しかけたことがあったんだって。
お父さんが言うには、元々あの人は花売りだったんだって。
花屋じゃなくて……隠語で言われるほう。
知ってるかな。
花を女の人にたとえて……売春をそう呼ぶって。
と、ともかく、あのおばあさんはそういうことをしていて……。
男の人との待ち合わせの目印に、薔薇の花をつけるようにしていたらしいんだ。
髪に挿したり、ポケットに入れたりして、自分が……その相手ですよって示してたんだって。
ただ、それはずいぶん昔のことで、その手の仕事から足を洗って、その後、結婚したようなんだよね。
そのあたりは、お父さんもよくわからないみたい。
たぶん、そういう過去がある土地を離れようとしたんだろうね。
でも、その結婚で出来た男の子を事故で亡くしてしまって、旦那さんとも別れて戻ってきた。
それ以来、また、薔薇を買いに来るようになったらしいんだ。
もちろん、もう体を売るようなことはしていなかったみたいだけど……。
その代わりに、亡くなった子と同じくらいの男の子をじーっと見てる姿がよく目撃されてたみたい。
そしてね、私の周りで噂が駆け巡ってた、その少し後。
おばあさんは男の子を誘拐しようとして取り押さえられたんだって。
未遂だったこと、それに、精神が不安定であることから、罪にはならなかったみたいだけどね。
少なくとも、それ以来、おばあさんはどこかへ姿を消してしまった。
行政がしかるべき施設に入れているだろう、ってお父さんは言っていたけどね。
怪談話が本当になっちゃったのか。
そういう人だから怪談話が生み出されたのか。
どっちなんだか、私にはわからない。
ただ、さ。
この怪談話、大人たちも当時から知ってたはずなんだよ。
子供たちがしていたのはたわいもない噂話だけど、その裏にあるものを、大人たちは知っていた。
知っていて黙っていたし、なにもしなかった。
それが……。
そのことが……私には、とても怖い。
加蓮「うーん……」
奈緒「周りの大人も無責任に放置してたってわけじゃないと思うけどな……」
凛「別にそうは言ってないよ。ただ……。なんていうか……」
茄子「しっくりこない?」
凛「……うん。そうなのかもね。もっと……何とか出来たんじゃないかって……」
ほたる「まるで周囲が追い詰めたかのような……?」
奈緒「それは大げさじゃないかなあ」
加蓮「いや、でもさ……」
小梅「り、凛さんは……その人に良い印象をもっていたから……余計、かも?」
凛「ああ、うん。そうかもね」
茄子「知っている人が悲しい状況に陥ったなら、いろいろと考えてしまうのもわかります」
凛「うん。知っているって言っても……ただ、何度も見ていたって程度ではあるんだけど、ね」
奈緒「なんにしても……誘拐が成功しなくて良かったよ」
ほたる「それは……そうですね」
加蓮「きっと、おばあさんにとっても、ね」
凛「……うん」
小梅「ただ……。おばあさん自身はいなくなっても、怪談としては生き残る……かも」
茄子「むしろ当の人物がいなくなったからこそ、噂が一人歩きしそうです」
ほたる「……兄弟に聞いたんだけど……という感じ、ですか」
小梅「もしかしたら……だけど」
凛「なるほど……。もう関係ないけど、あんまりひどいことにならないといいな」
茄子「そうですね。さて、それでは、トライアドプリムスの皆さんにはこの後のコーナーにもおつきあいいただきます」
奈緒「はーい。ええと、これ読めば良いんだよね? 次のコーナーでは、有名な口裂け女についての考察を……」
第二十二夜 終
第二十三夜 タナベのおじちゃん
奈緒「さて、本日もアイドル百物語のお時間となりました。……実は言ってみたかったんだよね、これ」
加蓮「奈緒はこの番組好きだもんね」
凛「好きなのはいいけど、怖すぎて涙目になってまで聞いてるのはどうかと思う」
奈緒「ばっ、ちっ、おまっ」
茄子「音声だけだと伝わりにくいですが、ただいま奈緒さんは真っ赤になってます」
奈緒「茄子さぁん!」
小梅「ふふっ。でも……聞いてくれてるのは嬉しい」
ほたる「……本当に」
奈緒「う、うん。まあ、ね。加蓮たちも聞いてるけどな」
凛「アイドル百物語の部分は事務所のほうで録音してくれてるしね」
加蓮「そうそう。色んなアイドルの語りが聞けるから、勉強にもなるし」
茄子「台本ではない一人語りという意味では貴重なサンプルかもしれませんね」
ほたる「……なるほど」
加蓮「でも、たまに本気で怖いのあるよねー」
小梅「そう……かな?」
凛「臨場感あるやつはきついね。三人はもう慣れた?」
小梅「私は……楽しい」
ほたる「そりゃ、小梅さんは……。私は、えっと、たまに泣いちゃいます……。怖いっていうより悲しくて……」
茄子「たしかに悲しかったりつらいお話の時は、胸がざわつきますね。お化けの系統で怖いお話は、ぞっとしますが、楽しい部分もありますね」
奈緒「そんなものかー。やってるほうもいろいろ思うんだな」
加蓮「番組に名前を冠してる人は楽しみまくりみたいだけどね」
小梅「えへへ……」
凛「それはともかく、そろそろ話にいく時間じゃない?」
ほたる「そうですね、そろそろ……」
奈緒「今日は加蓮だな」
加蓮「うん」
茄子「では、北条加蓮さんのお話となります。どうぞお聞きください」
○一言質問
小梅「この世で一番……怖いものってなんだと思う?」
加蓮「暗闇」
ええと、北条加蓮です。
……って、それは別にいいんだっけ。
私、あまり体が強くなくて、いまもたまに体調崩したりするんだよね。
でも、それはなんていうのかな、せいぜい二、三日で復帰できる程度で……。
昔はね、もっとひどかった。
特に子供の頃とか、入院してた期間のほうが長かったんじゃないかって思うような年もあったくらい。
だから、正直言うと、いまアイドルやってたりするのが信じられないくらいだよ。
夢なんじゃないかってね。
ま、それはともかく、今回はそのよく入院してた頃の話を一つするね。
入院ってさ、本当に退屈なんだよ。
特に子供のうちは、なにもしないってことが、すごいストレスになるの。
うーん。
みんなは小児病棟に長期入院とかしたことないだろうから、なかなか想像できないかもしれないね。
でもさ、たとえば、小学校の頃、熱を出して学校を休んでる日。
本当にきつい時はそれこそ意識もないけど、多少良くなったら、ちょっと遊び始めたりしたでしょ?
もちろん、普段通りとはいかないけどさ。
それと同じで、小児病棟の子たちも、退屈するし、出来ることなら遊びたがるんだよね。
もちろん、きついときはベッドにいるしかないけど、そうじゃない時ってのもあるわけで。
それで、そんな時は小児病棟のプレイルームに行ったり、病院の中を散歩したりするんだ。
初めて入院した病院だったりすると、病院中を巡るのは、『探検』で、それだけでも楽しいもんだよ。
ただ、私はさっきも言ったとおり何度も入院してたし、期間も結構長くてさ。
病院の施設っていう意味では、もう知り尽くしちゃってたんだ。
小児病棟だけじゃなくて、大人たちの入院してる病棟も。
といって、プレイルームはね……。
これは別に明確なルールじゃないんだけど……。
その、治る見込みが少ない子優先、なんだよね。
そうだね、ガンとか白血病とか。
病名までは知らないけど……次の入院では姿を見なかった子とか、いたよ。
ええと、話を戻して、病院を探検し尽くすと、病院内の散策は様相を変えてくるんだ。
うろうろと一人で歩くっていうより、知り合いの人たちと会っておしゃべりするのが目的になってくるの。
それまでの探検で知り合ってた大人たちが、おお、来たなって相手してくれるわけ。
あっちもお見舞いが来ている時以外は暇だからね。子供の相手するのも、いい暇つぶしだったんじゃないかな?
それで、私が仲の良かった大人の人に、タナベのおじちゃんってのがいてね。
いや、実際にはタナベって名前じゃなかったと思うな。
たしか、タナベって土地の出身か、タナベってつく名前の会社の人だったか、そんな感じだったはず。
要はタナベってあだ名のおじちゃん。
ただ、あの頃の私にはすごいおじさんに見えてたけど、いま思い返すと……。
たぶん、四十代、いっても五十になるかならないかくらいだったんじゃないかな。
そのおじちゃんがね、よく私を相手にしてくれていたのは、喫煙室に行けないからだったんだ。
喫煙室が一種の社交場みたいになってるところって、昔は多かったんでしょ?
病院の場合、ご飯はそれぞれの容態にあったのがベッドで出されるから、余計に喫煙室が大人たちの集まる場所になってたんだよね。
なにしろすることないし。
でも、タナベのおじちゃんは呼吸器系の病気で、煙草を止められてた。
『もう普通の人の何倍も吸っちゃったからね』
おじちゃんはそんなことを言ってた。
私が気づいてないと思ってだろうけど、喫煙室のほうをうらやましそうに見つめてたこともよくあったよ。
たぶん、入院するまでは、煙草が大好きだったんだろうね。
側にいるだけであんな煙たいの、なんで好きなのかよくわからないけど……。
まあ、嗜好品なんてそんなものかも。
ともあれ、そんなタナベのおじちゃんは、私のお気に入りだった。
だって、私のおしゃべりにいつまでもつきあってくれるのはタナベのおじちゃんくらいだったから。
他の人も、ずいぶん根気よくお話きいてくれたとは思うよ。
だけど、やっぱり、小さな女の子の、内容もすっとびまくりの話につきあうのって大変だと思うんだ。
タナベのおじちゃんはよくもまあ長々とつきあってたものだよ。
うん、ありがたいことだよね。
さて、これはとある夜の話。
どうしても寝付けなくて、消灯時間後に病室を抜け出したことがあったの。
しかも、ナースステーションを身を隠して通過して、一般病棟まで探検に行っちゃった。
誰もいない廊下を、音を立てないように気をつけてひょこひょこ進むのは、なかなか楽しかった記憶がある。
いけないことしてるって自覚もあったしね。
そうして、一般病棟のとある階、タナベのおじちゃんが入院していた階にまで行ったとき。
廊下の突き当たり……喫煙室に明かりがついてるのに気づいたの。
あれ、誰かいるんだ。
そう思って、私は近づいていった。
そうしたら、そこにタナベのおじちゃんがいたんだ。
煙草をくわえて、満足そうに煙を吸い込んでいるタナベのおじちゃんが。
私は立ち止まって、廊下と喫煙室を分けている透明な壁越しにおじちゃんのことを見つめていた。
すると、おじちゃんは私に気づいて、にかって笑ったの。
こう、いたずらを見つかっちゃったかのような、それでいてすっきりしたみたいな、そんな笑顔。
それから、おじちゃんは一度大きく煙を吸い込むと、ぱっと消えちゃった。
まるで煙みたいにね。
そう、もうわかってると思うけど。
タナベのおじちゃんはその日の一週間前にはもう亡くなってたんだよね。
どうしても、最後に思い切り煙草を吸っておきたかったんじゃないかな。
きっとね。
奈緒「……なんていうかさ、ありがちだけど……」
凛「見た当人から聞くと、いろいろ思うね」
加蓮「まあね。でも、正直、こんなの珍しくないよ」
ほたる「……そうなんですか……」
小梅「清良さんも、いろいろと知ってて教えてくれた……。電波には乗せない約束だから、話せない、けど」
茄子「人の生き死にが日常的にある場所ですからね……」
加蓮「といって悲しいことばかりでもないけどね」
凛「うん、そうだね」
奈緒「しかし、煙草かぁ……。そんなに執着することなのかな?」
小梅「いろんな……理由で霊は出てくるみたいだから。なんてことないことでも……」
茄子「こだわりというのはそれぞれですからね」
ほたる「でも……今回のようなのはともかく、普通はあんまり出てこられても、ですね」
加蓮「たしかにね。私だって、おじちゃんじゃなかったら、怖すぎるよ」
凛「でも、そこは加蓮だからこそ出てきたんじゃないの?」
小梅「そ、そうかも」
加蓮「そうかなー。そうだといいね」
ほたる「では、次のコーナーでは、近しい故人が現れたというお話を集めて……」
第二十三夜 終
第二十四夜 アンタじゃダメ
凛「それでは、今日もアイドル百物語のお時間となります」
加蓮「お、いい感じにすらっといったね」
凛「まあね」
奈緒「川島さんにナレーションの練習してもらったもんなー」
凛「なににやにやしてんの、奈緒」
奈緒「別にぃ」
茄子「本日もトライアドプリムスのじゃれ合いと共にお送りしておりますラジオ百物語ですが……」
凛「茄子さん?」
茄子「はい?」
凛「……ううん。なんでもない、続けて」
加蓮「負けた」
奈緒「負けたな」
凛「うっさい」
小梅「え、えっと……進める、ね」
加蓮「あ、ごめんね」
ほたる「今日はトライアドプリムスのゲスト最終回ということで……。三人のトリは奈緒さんが飾ってくれます」
奈緒「あ、う、うん」
加蓮「急に勢い無くさないでよ」
小梅「奈緒さんのお話は……とても不思議」
茄子「小梅ちゃんは既に聴かせてもらっているんですよね」
小梅「う、うん。楽しかった」
奈緒「うーん。当人としてはあんまり思い出したくない話ではあるんだけどな」
凛「ん。そんな話なんだ」
加蓮「なんか目撃しちゃったとか?」
奈緒「いや、そういうのじゃないんだけど……。ね」
ほたる「……一体どんなお話なのでしょう」
小梅「な、奈緒さんのお話は小学生の頃のお話……なんだけど」
奈緒「実は去年まで忘れてたんだよな。たまたまふっと思い出したんだけど」
小梅「怪談では、実はよくあるパターン。子供の頃の……受け止めきれないくらい怖い記憶は……ふたをされちゃうことが、多い」
加蓮「へえ……」
凛「精神を安定させるような仕組みが自然と働くってわけだね」
小梅「う、うん」
ほたる「大きくなったら……思い出しても大丈夫、なんでしょうか」
小梅「た、たいていは」
奈緒「大人になったからこそ怖いのもあるけどな……」
茄子「なかなか興味深い話題ですが、奈緒さんのお話のほうが気になりますね」
小梅「うん……。では、奈緒さんのお話、聞いてください」
○一言質問
小梅「この世で一番……怖いものってなんだと思う?」
奈緒「人間。なんだよぉ。アタシだけ妙に月並みだなって視線は!」
さて、アタシの話も、凛の話と同じく、小学校の頃の話。
ただ、凛と違うのは、アタシの場合は経験談だってことかな。
たしかあれは四年生の二学期だったと思う。
とある女の子が、アタシの学校に転校してきたんだ。
仮にこの子をSとでもしようか。
Sちゃんは、親の仕事の関係かなにかで転校を繰り返している子らしかった。
うちの学校になじむのも、アタシたち地元の人間の予想よりもずっと早かったよ。
慣れっこになっていたからかもしれないな。
ともあれ、色んな地方の話をおもしろおかしくしてくれるSちゃんは、クラスで受け入れられ、アタシ自身も結構仲良くなった。
そして、しばらくしてから、Sちゃんの家に招かれたんだ。
友達の家に遊びに行くのは珍しい事じゃなかったし、気軽にOKしたよ。
ただ、普段は複数人で遊びに行くことが多かったから、その日呼ばれてるのがアタシだけって聞いた時はちょっと驚いたかな。
でも、それを聞いたのは、Sちゃんと一緒の帰り道。
アタシの家はSちゃんの家と学校の間にあったから、途中で寄って鞄だけ置いてきた後だった。
つまりは、もうSちゃんの家に向かっているところだったんだ。
二人きりだからっていまから断るのはSちゃんに悪い。
それに、初めて行く家だし、大勢で押しかけるよりは、一人で行ったほうがいいような気もする。
賑やかじゃないのはちょっと残念だけど、二人でおしゃべりしてればいいかって思って、アタシはそのままSちゃん家に向かったんだ。
Sちゃんの家は普通の家だった気がする。
ただ、記憶はそれほど定かじゃないけどね。
どうだろうな。
記憶に残らなかったってことは、家自体は変じゃなかったってことだと思う。
変なのはここからだ。
家に着くと、Sちゃんのお母さんがいて、ケーキをごちそうしてくれた。
子供の舌にも、これは甘すぎるんじゃないかって思うようなケーキだったけど、せっかく出してくれたのに文句なんか言えないだろ?
ただ、それを食べ終えてから、妙に眠いんだ。
体育の授業があったわけでもないのに、こんなに眠いっておかしいななんて思いながら、アタシはなんとか目を開こうとしてた。
だって、せっかく家に呼んでもらって寝ちゃいましたじゃ、失礼すぎるもんな。
ところが、Sちゃんのお母さんは眠そうだから寝ていけって言うんだ。
布団を敷いてあるからって。
アタシが断ろうとすると、Sちゃんまでもが、眠いなら寝ていった方がいいって、しきりに勧めてくるんだよ。
二人の勢いに負けて、アタシは客間に敷かれた布団に入ったよ。
それがどうもおかしいという感覚はあったんだけど、眠気に勝てなくてさ。
布団に入った途端にアタシは意識を失ったんだけど……。
ふっと目が覚めたんだ。
誰かに見られてる、っていう強烈な感覚と一緒にね。
目を開けちゃだめだ、って本能的に感じた。
だから、アタシはそのまま目を開かずに、ゆっくりと息をするよう意識しながら、身じろぎせずにいた。
そしたらさ、顔の近くに気配があるんだよ。
鼻息がかかるくらい近くに、誰かがいる気配が。
誰かが見てるんだ、って思ったね。
それも、ぴったりと顔をくっつけて、アタシを見てる奴がいるんだって。
アタシは内心恐怖に震えながら、表面にはそれを現さないよう、必死だったよ。
じぃっと見つめられてるって、わかってたからな。
それでも耐えきれず、アタシはうーん、って唸りながら、寝返りを打った。
なんとか、そのぴったり食いついてきてるやつから逃げたかったんだ。
すると、すいっと気配が遠ざかって、こんな声がした。
『こいつじゃダメだね』
『ダメなの、ママ』
Sちゃんのお母さんと、Sちゃんの声だった。
『ダメだよ』
『残念だね』
『残念だ』
そうやって声は言い交わすと、最後に、低い声でこう言った。
『アンタじゃ、ダメだ』
明らかに、アタシに向けて、はっきりと。
そこから、まるっきり記憶がない。
そして、その当時のアタシはSちゃんの家に行ったという記憶さえ、忘れ果てていた。
いや、普通に次の日は学校に行っていたし、Sちゃんも学校に来てたよ。
だけど、もう前みたいに仲良くはしてなかったな。
Sちゃんも、他の子と仲良くしてるみたいだった。
もしかしたら、他の子も家に連れて行くんじゃないか、そして……。
記憶があったならそんなことも考えたかもしれない。
でも、怖すぎたのかなんなのか、当時のアタシはそれを封印してしまっていて……。
結局、誰かに警告をしたりとかは出来なかったな。
なにしろ、冬休みが始まる前にSちゃんはまた転校して行っちゃったから。
もしかしたら……だけど、クラス中の『チェック』が済んだから転校して行ったのかもしれない。
はたして、なにが『ダメ』で、なにがよかったのか。
『ダメ』じゃなかったら、どうなっていたのか。どうするつもりだったのか。
アタシにはさっぱりわからないけど、それでも……。
『ダメ』って判断されてよかったと思うよ。
心の底から。
加蓮「……なんだったんだろうね?」
凛「なにかを選別してた……ってのは間違いないよね。その……Sちゃんのお母さんが」
小梅「け、ケーキになにか混ぜて……眠らされて……」
奈緒「だろうなー。あそこまでするってことは、完全に計画的だよな」
ほたる「選ばれたら……なにかもっと恐ろしいことになっていますよね……」
茄子「時代的にどうかわかりませんが、他国の拉致というのも実際にあり得る話ですし、宗教的な暴走だとか、営利だとか、いろいろと考えられますね」
小梅「奈緒さんが……連れて行かれなくて……よかった」
奈緒「ほんとだよ」
加蓮「そうだね。この子ならいいって言われて、なにかされてたら、たまったもんじゃないよね」
凛「うん、本当によかった」
奈緒「ただなー……」
茄子「なんですか?」
奈緒「いや、あのとき、あの台詞を言うってことは、アタシが起きてるのに気づいてたって思うんだよ」
ほたる「……そう、でしょうね」
奈緒「おかしいと思わないか?」
茄子「はい?」
凛「……確かにおかしいね。薬を盛っておいて、起きてることに慌てないのはおかしいと思う」
小梅「予定通りじゃなければ……焦る、かも」
加蓮「……あれ? ってことは、その程度で起きるとわかってる量しか、睡眠薬とかそういうのを入れなかった?」
茄子「……さらによくわからなくなってきますね」
奈緒「うん、でもさ」
ほたる「はい」
奈緒「ともかく、あのお母さんが悪意の塊だってことだけは確信出来るよ。薬の量もそういう意図だろうなって、アタシは思う」
凛「……嫌な話」
奈緒「うん」
茄子「人の悪意というのは底なしなのでは無いかと、時に思わされますね。さて、そろそろ次のコーナーへ参りましょうか」
小梅「う、うん。次は人の狂気についてのお話を特集して……」
第二十四夜 終
第二十五夜 狐
茄子「本日もアイドル百物語のお時間がやって参りました」
ほたる「……今日で二十五夜……。四分の一ですね」
小梅「うん……。ずいぶん色んなお話を聞いてきた気がする。先は……長いけど」
茄子「そうですねえ。ずばりな心霊体験もあれば、もしかしたら、ごく身近に起こりえるんじゃないかという恐怖の体験もありました」
ほたる「……悲しいお話も、感心するようなお話もありましたね」
小梅「む、昔のお話もいろいろと面白い……」
ほたる「……はい。本当に」
茄子「時代背景や様々な環境があると、起こる出来事も違うのでしょうね」
ほたる「ご先祖さまのお話とかは、それだけで貴重だと思います」
茄子「普通はなかなか話に出ませんからね」
小梅「うん。聴いてくれる人もそうだけど……話してくれたみんなも良い機会になったって思ってもらえたら……嬉しい」
ほたる「……ええ」
茄子「さて、今日はどんなお話でしょうか」
小梅「今日は……山のお話。ある意味で古典的な……」
ほたる「山の……ですか。これまでにあまりないお話になりそうですね」
茄子「それで、今日はどなたのところにお話を聞きに?」
小梅「藤原肇さん……」
ほたる「では、肇さんのお話です。お聞きください……」
○一言質問
小梅「これまで出会った中で……一番怖かったのは、なに?」
肇「熊です。ツキノワグマ」
こんにちは、小梅ちゃん。
今日は怪談でしたね。
いつもラジオ聴かせてもらっています。
ええ、楽しませてもらってます。
ただ、山の怪談が圧倒的に少ないですよね。
アイドルの皆さんはアウトドア派の人でも、あまり山に縁のある人がいないのでしかたないのかもしれませんが……。
私は、祖父が陶芸をやっていて、私自身も多少かじっているもので、山にはよく行くんです。
はい、土を取りに。
それと、趣味が釣りなんで、釣りにも行きます。
だから、山にまつわる不思議なお話をよく祖父から聞きました。
山に一緒に入った時に。
山って、不思議なところなんですよ。
ええ、そうですね。
昔は山自体が神域とされていたこともありましたね。
いまでも、長く山に入る人は、やっぱり下とは違う世界なんだと思うみたいです。
祖父からは、たくさんのお話を聞きました。
怖いお話もわくわくするお話もたくさんありましたが、基本的には、山独特のルールに敬意を払え、という話でしたね。
それを破る者はろくでもない結末となり、それを守ったとしても時に人間にとってよくないことは起こりうる。
理不尽だけど、そういう世界なのだということを、祖父が話してくれるお話の数々から学んだ気がします。
そうして、私自身も山というものに慣れてきた、そんな頃。
私自身が山で経験した不思議な出来事を、今日はお話ししようと思います。
そうはいっても、そう昔の話でもありません。
一昨年の話ですから。
あ、そうそう。後で出てくる会話は本来は地方の言葉ですが、聞き取りやすいように喋りますね。
さて、その日。
私は朝から釣りに出かけ、夕方には山を下りようとしていました。
それなりの釣果があり、今日は若鮎を家族に食べさせてあげられると、ほくほく顔で下りていったのを覚えています。
ところが、下る途中で祖父が道を上ってくるのが見えたんです。
近くまで行ってどうしたのかと聞くと、迎えに来たと言うのです。
心配性だな、とは思いましたが、鮎もたくさん釣れてご機嫌の私はさして気にせず、手をつないで一緒に下り始めました。
途中で、重いだろうとクーラーボックスを祖父が持ってくれました。
渓流釣りですから、小形なんですけどね。
そうして一緒に帰っていたのですが……。
なんと、そこで、道の向こうから祖父がやってくるのが見えたんです。
私はびっくりして横にいる祖父を見上げました。
祖父もびっくりして立ち止まってしまっていました。
近づいてくる方の祖父は、私と手をつないでいる方の祖父を見て、なにやら意地の悪い笑みを浮かべ、ずかずかと大股でやってきました。
近くで見ても、祖父に間違いありません。
でも、私の手を握っているのも、祖父なんです。
私は頭がくらくらしてしまいました。
『肇、迎えに来たぞ』
後から来た方の祖父は私ではなく、最初からいたほうの祖父をじっと見つめながら、そう言いました。
『えっと、あの、おじい……ちゃん?』
あの時、私は果たしてどちらに向けて言ったのでしょう。
いまでもわかりません。
『こりゃ、狐だ』
最初からいた祖父は、もう一人の祖父を指さして、そう言いました。
『ふうむ、狐か。そりゃ困った』
後から来た祖父は、言いながら近くにあった切り株に腰掛けました。
『まあ、落ち着いて煙草でもやりながら、どっちが狐か確かめようじゃないか』
切り株に座った祖父は落ち着いた手つきで煙管を取り出し、ゆっくりと刻み煙草を詰め、火をつけました。
そして、自分で少しふかすと、ん、と煙管をこちらの祖父へ突き出してきたのです。
『ふん。それをくわえたら、木の枝なんだろう。三年前も、七年前も、こんなことがあった。今度こそ騙されん』
私の横に立つ祖父はそう言って渋面を作りました。
『そうだなあ、あったあった』
意外なことに煙管を差し出していた祖父もそれに同意して、煙管をくわえなおし、真剣な顔つきになりました。
『だがなあ、俺ぁ騙されようが構わんが、大事な孫を巻き込むとなったら、こりゃあ、いかん』
言った途端、祖父は切り株から立ち上がり、煙草の煙をもう一人の祖父の顔にふっと吹きかけたんです。
いきなり、がくん、と奇妙な力で手を引かれました。
見ると、私が手をつないでいたものが、肩にかかったクーラーボックスの重みで地面に倒れるところでした。
なんと、それは祖父ではなく、マネキンに変わっていたのです!
薄汚れたマネキンが、私の横に立ち、私と手をつなぎ、クーラーボックスを肩にかけていた。
そんなことが信じられます?
倒れたはずみですぽんと抜けて私の手に残った硬いマネキンの腕を見つめながら、私は呆然としていました。
『そいつは人形(ひとがた)だから、化けるのに使ったんだろう』
私の手からマネキンの腕をもぎとって遠くに放り投げながら、そうおじいちゃんは言っていました。
『ふうむ、今回は盗んでいく暇はなかったか』
おじいちゃんはクーラーボックスを開いて、私に笑いかけました。
『さあ、帰ろう、肇』
そう、とても優しい声で言って。
後で聞いてみると、おじいちゃんは何度か釣りの獲物を奪われていたそうです。
あるときは亡くなった祖母に化け、あるときは幼い私に化けた、そいつに。
あれが、当人が言っていたように狐だったのか、狸だったのか、それとももっと別のなにかなのか。
さっぱりわかりませんけれど、ただ、一つわかっています。
やっぱり、山は不思議なところで、私たち人間はそこを訪れる闖入者として、いろいろと気をつけねばならないのだと。
ほたる「……これは、たしかに……」
茄子「ストレートに狐狸に化かされた話を、こうも身近で聞くとは思いませんでした」
小梅「う、うん。昔はよく聞いたけど……今時は貴重」
ほたる「……たしか……昔話でも、煙草の煙に弱かったような……」
小梅「そ、そう。狐に化かされたときは一服すると正気に戻る……らしい」
茄子「なるほど。肇さんのおじいさまは対処法を知っていらしたと」
小梅「……たぶん」
ほたる「……でも、びっくりしますよね。いきなり同じ人が現れたら……」
茄子「今回もお孫さんの肇さんでも見分けがついていないわけですからね」
小梅「昔話では、当人もわけがわからなくなって、ふらふらと肥だめに落ちたり……する」
茄子「なるほど……」
ほたる「……すごいですね、狐さん」
小梅「でも、さっきも言ったけど、いまはそうした『もの』に出会うのは、稀」
茄子「そうしたものと我々が住む世界が遠くなった、ということでしょうか」
小梅「……そうかもしれないし、そうじゃないかも、しれない。山を離れ、街に下りて変わっていったものも……いる、かも」
ほたる「……ふむふむ」
茄子「不思議なことは尽きませんね。もしかしたら、人がいる限り、不思議なことはそこにあり続けるのかもしれません」
ほたる「ふうむ……。ええと、今回で第二シーズンが終わる当番組。ですが、もちろん、その後は第三シーズンが待っています」
茄子「第三シーズンに向け、小梅さん、一言どうぞ」
小梅「夢を見せてあげる。悪夢かも……しれないけど。また……ね」
第二十五夜 終
209 : VIPに... - 2013/06/26 23:14:00.46 zNvcmNG2o 131/131さて、これにて第二シーズン閉幕です。
今回はクール勢が妙に多くなってしまいましたね。
内容としては、オリジナルと、私が直に人から聞いた話と、ネットで蒐集した話がだいたい同じくらい混じっている感じです。
第三シーズンのスレに関しては、七月から少々忙しくなることもあり、それこそ、お盆頃にでも立てたいと思っております。
では、今回もおつきあいありがとうございました。