ウロ……
ウロ……
カイジ「……まいったな」
役所を出て十五分……伊藤カイジは迷っていた
本来であれば五分で最寄りの駅につくはずの道程
暑さに参ってコンビニでアイスを買ったのがいけなかった
カイジ「どっちだ……? この道、いや、この方角……?」
慣れぬ場所、慣れぬ道、慣れぬ風景……!
カイジは完全に迷っていた
灰色の怪物……コンクリートジャングル
魔の手の上っ……!
カイジ「今、どこに居るんだ……? 徒歩だし、そう遠くはないはず」
カイジ、道の案内図を見つけ思わず駆け寄る。
カイジ(なあんだ。地図があるじゃないか)
カイジ「現在地は……っと」
カイジ「駅から遠ざかってるじゃねぇか……!」
しかし、この地図からカイジ、閃くっ……!
カイジ「……いや、待てよ。一つ先の駅は、ここから歩いて近いぞ」
カイジ「くくくっ……一駅分歩いて、電車賃が浮くな」
気を取り直して歩き出したカイジ
カイジ「……ここの道を暫く歩いて、右に曲がるんだな」テクテク
カイジ「…………」チラッ
カイジ「さっき地図で見た方角はこっち……この小道、ショートカットできるな」
カイジ、逡巡……
そして、道を曲がるっ……!
カイジ「…………」クルリ
一見理にかなった右折……!
カイジ「~♪ ~♪」テクテク
この時、カイジ
迷子にならないための定石を忘れている
今まで培ってきた感覚……!
経験をっ……!
カイジ「…………うん?」ピタ
カイジ「そろそろ、曲がらないと駅につかないが」キョロキョロ
カイジ「……もう少し歩いてみるか」テクテク
カイジ、直進……!
左に曲がる道を発見
カイジ「よしよし。あーくたびれたな」
しかし、裏目っ……!
カイジ「な、なんだこのフェンス……!」
駅の表裏を断つ、金属の柵……!
しかし、カイジはこの柵を乗り越えるほどの恥知らずではない
断念っ……! 来た道を引き返すしかないっ……!
カイジ「くそっ、どうして……どうして……!」
カイジ「しょうがない、引き返すか……いや、でも結構距離が……」
カイジ、おもむろにスマートフォンを取り出す
文明の利器っ……!
カイジ「あるっ……! 小さい道だが……あるぞ……!」
カイジ「ここから、抜けていって……これなら、もう一駅歩くか……?」
カイジ、ここまで歩いたカロリーが惜しく
ただそれだけのためにもう一駅、歩くプランニング……!
カイジ「まあ、いい運動になるさ……」テクテク
近道、近道と行っているつもりが、実は大きな遠回り……!
迷子の人間が陥るパターン
その"論理(ロジック)"、泥沼に
カイジは完全にはまっていた……!
カイジ「また迷うとまずい……ここは、スマホの地図を駆使しよう」
カイジ、地図のアプリを出しっぱなし
現在位置を通信で表示……!
カイジ「よし。これで、間違いないぜ」
間違いのなさ
それこそが落とし穴と、カイジ、まだ気付かない……!
カイジ「このアプリ、狂ってるんじゃないのか……!」
カイジ「俺は今一歩も歩いてないのに、大通りと路地を物凄いスピードで往復しているっ……!」
カイジ「くそっ、しかもよく見たら、歩いている道も300mずれてるじゃねぇか……!」
飲まされる煮え湯っ……!
文明の利器、スマホの裏切りっ……!
GPSの不調っ……!
カイジ「このままじゃ、家にもどれねぇっ……!」
カイジ「どうする……どうする……」
カイジ、熟考……!
カイジ「一番、確実なのは、来た道を戻ること……」
カイジ「だが、それは厳しい……」
カイジ「もう四十分も経っちまった」チラ
カイジ「………………」
カイジ「とりあえず、歩こうっ……!」
カイジ、直進っ……!
カイジ「あ、あれは……もしかして……!」テクテク
完全に道に迷ったカイジ、もはや勘を頼りに歩くばかり
こうなるともう泥沼っ……!
しかし、一筋の光明……!
灯台、標が
カイジの前に現れたっ……!
それは……
カイジ「こ、交番……!」
交番(こうばん、k?ban)とは、日本の警察が設置している施設で、
市街地の各所に設けられた警察官の詰め所のこと。
(Wikipediaより)
カイジ「…………ぐっ」モジモジ
カイジ「ここで助けを求めたら、今までの苦労は水の泡」
カイジ「アウツ……!」
カイジ「……だが」
カイジ、迷うっ……!
道に迷って、なお迷うっ……!
カイジ「……お、お巡りさ~ん!」ダッ
カイジ、駆け込む……!
カイジ「その駅まではどうやって行けばいいんですか……?」
お巡りさん「前の道をずーっと進んだところに、
ファミレスがあるんだけど、そこを左に曲がればすぐだよ」
カイジ「あ、ありがとうお巡りさんっ……!」
カイジ、蜘蛛の糸を掴むっ……!
お巡りさん「あ、しかし……だけどなぁ……」
カイジ「え、な、なんです……?」
お巡りさん「いや、ちょっと道は分かりづらいんだけどね、そっちから行った方が近いかも……」
カイジ「近道……?」
ざわ…
ざわ…
方向音痴の多くは近道への誘惑に敗けてしまう……!
カイジもその例に漏れないっ……!
カイジ「教えてくれませんかっ……近道……!」
お巡りさん「うーん、分かりづらいから……ちょっと待ってね。紙に描くよ」
カイジ「ありがとうございます……!」
カイジ、学習しないっ……!
カイジ「ありがとうございます! 世話ンなりましたっ……!」
カイジ、希望を見出す……!
カイジ「帰れるぞっ……!」
カイジ「このメモによると……信号の二つ目を右に行けばいいのか」テクテク
カイジ「なるほど……ん?」テクテク
カイジ「あの信号……何個目だ?」
カイジ「…………まあ、いいか。次のを曲がろう」テクテク
そしてカイジ、信号の三つ目を右折っ……!
またもやミス……!
カイジ「この狭い路……立ち並ぶ住宅……」
カイジ「大通りに出るはずじゃなかったのか……?」
カイジ、混乱……!
カイジ「道を引き返すべきか……?」
カイジ「もう一度交番に……いや、最初に教えてもらった道を行った方が確実か……!」
カイジ「………………いや」
カイジ、またもや直進っ……!
そして、でたらめな右左折
破綻っ……! 道案内の破綻っ……!
住宅街、その迷宮……!
とても外部の人間が
しかも方向音痴が、勘や方角を頼りに脱出できるものではないっ……!
カイジ、四つ目の行き止まりでへたり込むっ……!
カイジ「くそっ……!」ムクリ
カイジ、起き上がり、自販機でコーラを買う……!
カイジ「もはや、道を戻るのも難しい」カシュ
カイジ「何か打つ手は……?」ゴクゴク
その時、カイジのスマホに着信……!
ピッ
カイジ「もしもし」
古畑「もしもし、カイジさん? 貸してたCDそろそろ返してほしいんですけど」
カイジ「悪い、今それどころじゃないんだ」
古畑「何かあったんですか?」
カイジ「……その、道に迷って」
古畑「道に? あっははは、カイジさん子供じゃないんだから」
カイジ「黙れ! お前に俺の気持ちが分かってたまるか!」
古畑「す、すみません。どこで迷ってるんですか?」
カイジ「……○○町のN丁目M番地だ」
古畑「あー、俺、そこ分かりますよ!」
カイジ「何っ、本当か……!」
古畑「ええ、昔住んでたので……近くにクリーニングの看板見えませんか?」
カイジ「おお、あるある!」
古畑「そっちの方向に進んでくと、街まで出てるバス停があるんで」
カイジ「なるほど! サンキュー古畑! CD、今度返すよ」
古畑「どういたしまして。傷とかつけてませんよね」
カイジ「大丈夫だよっ……!」
ピッ
カイジ「ふぅー、助かったぜ」
カイジ「また迷っても、電話すればいいしな……!」
カイジ「どれ、また歩かなきゃっ……!」
この時、カイジは気付いていなかった……!
小銭の残りがどれくらいになっていたのか……!
カイジ「やったぜ! 無事、バス停までたどり着けた……!」
カイジ「奇跡と言っていいな。次に来るのは十分後か……」
カイジ「どれ、座って待つか……」チャラ
カイジ「ん……?」
カイジ「そういえば、俺、さっきジュースを……まさかっ……!」バッ
カイジ、残金176円っ……!
カイジ「も、もしかしてバス乗れねぇんじゃねぇか……!?」
カイジ「くそっ、くそっ……!」
カイジ「ジュース飲んでんじゃねぇよハゲっ……!!」
だが、まだカイジの運は尽きていなかったっ……!
遠くから聞こえるエンジン音に気が付き、カイジ、顔を上げるっ……!
カイジの脳内を一閃、思考が駆けたっ……!
タクシーなら後払い、そして家に金を取りに行くと言えば待ってて貰えるっ……!
再びカイジは希望を見出したっ……!
ブロオオオーー キッ
カイジ「やった……止まったっ……!」
ガチャ
運転手「はい、どこまででしょう」
カイジ「チョメチョメアパートまでっ……!」
運転手「はい、チョメチョメアパートですね」
カイジ「あ、運転手さん、今手持ちがないから、家に取りに行くことになるんだけど」
運転手「ああ、はい。構いませんよ」
カイジ「優しいオジサンっ……!」
こうしてカイジの迷子は終わった……!
タクシーの座席に座りながら、カイジは思った……
カイジ「最初からタクシー使えばよかった」
完