1 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:35:51.40 nm7zvJuf0 1/38

「お前のお姉さん、昨日テレビで見たよ」
 クラスの隣席である級友にそう言われ、高山少年は肩をすくめた。
「すげえよな。なあなあ、あのお姉さん家ではどんな感じなんだよ?」
 どんなと言われても困る。
 姉――彼の姉である高山紗代子はずっとアイドルになりたがっていた。
 少なくとも彼の記憶にある一番古い姉に対する記憶でも、彼女は歌い踊っていた。
 ただその姉は、あまり才能に恵まれているとは言えなかった。
 数々のレッスンスタジオでも目立ったり注目されるタイプではなかった。
 彼女は高校生になると、あちこちのアイドル事務所のオーディションを受けていたが、結果はいつも落選だった。
 それを間近に見ていた彼にとっても、まさかあの姉が有名な765プロに入り、アイドルとして活躍している今が信じられない気持ちでもある。
 しかしそれと、それを彼がどう捉えるのかはまた別の問題だ。

元スレ
姉がアイドルということ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1652157350/

2 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:38:18.69 nm7zvJuf0 2/38

 姉は有名人になった。
 テレビや雑誌に出ることも少しずつ増え、知名度は上がっている。
 それでも家で会えば、今までとなんら変わらない彼にとっての姉である。冗談も言い合うし、時には姉弟ならではの軽口をたたき合ったりもする。
 姉はなにも変わっていない。
 だが周囲は変わった。
 姉のことをあれこれ聞きたがる、それまで名前も知らなかったような学友が増えた。
 サインをもらってくれないか、プライベートな写真を撮って見せてくれと頼まれる、会わせてくれないか……
 言い寄ってくる人間が次々と話しかけてくるのには、少々うんざりしていた。
 そんな時だ。

3 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:39:35.69 nm7zvJuf0 3/38

「高山君……って、あの高山紗代子の弟なんでしょ?」
 もういい加減、相手にするのにも辟易してはいたが彼は視線を上げる。
 座っている彼に声をかけてきたのは、女の子だった。少し前に転校してきた、隣のクラスの……
「ほんとうなの?」
「ああ……まあね」
「ふうん……」
 姉の女の子ファンは珍しくない。
 彼に話しかけてくる娘も、大勢いる。
 しかし今、声をかけてきたこの少女は、なにか他の娘と少し違って見えた。
「どう……なのかな?」
「え?」
「お姉さんが、アイドルって……」
 この質問に、彼は少し面食らう。
 今まで姉のことについては散々聞かれてきたが、それをどう思うのかという彼自身について質問をされたのは初めてだった。
「別に……」
「うそ」
「え?」
 見上げる彼女は、腰に手を当てて彼を見据えている。
「うそだよね。そんなの」
 彼女は一体なにを考えているのだろうか。いや、どういう答えを期待しているのだろうか。

4 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:40:44.49 nm7zvJuf0 4/38

「大変?」
「え?」
「姉が有名アイドル、っていうのは」
 言ってもいいのだろうか? 正直に。
「どう?」
「まあ……さして親しくもない人から、急にあれこれ聞かれるのは大変かな」
 少女はしばらく沈黙した。
「……ごめんね」
「え?」
「急に話しかけたりして」
 あ!
 そうだ。今まさに、彼は急に話しかけられているのだった。
 が、別段彼は嫌みを言いたかったわけではない。ただ本音を喋っただけだ。
「ごめん、そういう意味じゃないんだ」
「……うん。でも不躾だった。だから、ごめん」
「あ、い、いや、いいよ」
「じゃあ放課後」
 ?
 放課後? 放課後がなんだって?
「放課後、続きを話してもいい?」
「え? あ、ま、ええと……まあ、別に」
「約束よ」
 少女は教室を出て行こうとする。
 彼女、なんていう名前だったか……確か……
「うん。徳田さん」
 去りかけていた少女は、転びそうになる。
 なんとか転ばずに済んだ彼女は、何かを言いたげにこちらを振り返る。
「なにか……?」
「ううん。なんでもない、じゃあ放課後にね。高山君」
 去って行った少女の姿を、彼は脳裏で思い起こす。
 そう、他の娘と違っているのは……
「ちょっと……いや、かなり可愛い娘だったな」


5 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:41:51.70 nm7zvJuf0 5/38


 放課後、彼女は予告通りやって来た。
 やはり可愛い。こういう娘がわざわざ自分の所にやってきてくれて話ができるというのは、彼が高山紗代子の弟であることによる利点としては、ほぼ初めてのものだ。
「いいことなんてないでしょ? アイドルが姉って」
「そんなことも……」
「え?」
「あ、いや……」
 こうして可愛い女の子が話しかけてきてくれること自体、彼女の言う『いいこと』なのだが今回は初めてのケースであるし、そのことを当の彼女に言うのは憚られる。
「あるの? いいこと? 姉がアイドルだと」
「……さっきも言ったけど、そんなによくは知らない人から色々話しかけられたりはするよ……いろんな人から家のこととか姉ちゃん……姉さんのことを色々聞かれるのはまあ、いい気はしないかな」
「……」
「あとさ、なんか家の周りに人がいたり」
「そうなんだ……」
 神妙な顔になる少女が、彼は少し申し訳なくなる
 あまりに正直に話しすぎたか?
 いや、そうであってもなくても、彼女をガッカリさせるつもりはないのに。

6 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:42:35.54 nm7zvJuf0 6/38

「高山君は……」
「え? 僕?」
「高山君は……お姉さんが、好き?」
 この場合の好きというのは、もちろん男女の好きの意味ではないだろう。
 あくまで姉として好きか、という意味だと思う。
「姉ちゃんは……あ、いや姉さんは……」
「姉ちゃんでいいよ?」
 徳田さんは笑った。
「家ではそう呼んでるんでしょ?」
「まあ……うん。姉ちゃんは、いい姉だよ。ちょっと見ていて辛いこともあるけど」
「辛い?」
 正直に話しすぎたかな、そう思わないではなかったが、今更なかったことにはできない。
「姉ちゃんさ、いつも無理してるから」
「……そうなんだ」
「ごめん、なんか変なこと話しちゃって」
 徳田さんは微笑んだ。
「ううん。聞きたかったこと、聞けたよ」
「でも、幻滅したんじゃない?」
「幻滅?」
 小首をかしげる徳田さんは、やはり可愛い。
「ファンとしてはさ、アイドルってなにもしてなくてもキラキラしてて欲しいんじゃないの?」
「……そんな簡単じゃないよ、アイドルって」
「え?」
「あ、そ、そうらしいんだよね。うん」
 少し慌てたように、徳田さんは言った。
「姉ちゃんもきっと喜ぶよ」
「え?」
「ファンの娘にそんな風に言ってもらえて、さ」
「ふぁ、ファン……?」
「ファンなんでしょ? 姉ちゃんの?」
 2人の間に、沈黙が流れる。
 あれ?
「だから僕に話を……でしょ?」
「あ! あー……あーあー、そ、そう……なんだよ。私、高山紗代子の大ファンで」
「やっぱり!」
 笑い合う2人だったがなぜか徳田さんの笑いは、少し乾いていた。

7 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:43:40.94 nm7zvJuf0 7/38

「そうだ。いいことあったよ、ひとつだけ」
「え? もしかして姉がアイドルで良かったこと?」
「うん。ライブとか、関係者席に呼んでもらえるんだ」
 またしばらく徳田さんは押し黙った。そして口を開く。
「行ったこと、あるんだ」
「ライブ? うん。姉ちゃんはなんだか見てられないんだけど、他のアイドルはやっぱり心穏やかに見られるし、アイドルってすごいなって思うよ」
「へえ。ね、誰が好き? 765プロのアイドルで」
 可愛い女の娘と話せているという高揚感からか、彼は素直に喋ってしまう。
「僕は、まつり姫かな」
「ぶうっ!」
 容姿に似合わない吹き出し方をすると、徳田さんは激しくむせ込んだ。
「だ、大丈夫!?」
「ま、まつりちゃん!? まつりちゃんのファンなの?」
 心配する彼を余所に、徳田さんは聞いてくる。
「え? あ、うん」
「えー……まつりちゃんってちょっと……なんていうかわざとらしいっていうか、痛々しくない?」
「そんなことないよ!」
 知らず、大声になる彼。
「そりゃまあ、僕だってまつり姫が本当のお姫様だとかそんなこと思ってるわけじゃないけど、本当にお姫様みたいじゃない」
 徳田さんは、それでも納得しかねる顔で上方に目をやっている。
「なんていうか……そういう夢を見せてくれるところが好きなのかな……って」
 かなり長い間、徳田さんは黙っていた。
 そしてようやく口を開いて出た言葉が……

8 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:44:21.69 nm7zvJuf0 8/38

「高山君は、まつりちゃんが好きなんだ」
「え?」
 誰が好きかと聞かれたので、まつり姫と答えてその理由を話したのだが、徳田さんはなぜだか不満そうに、頬を膨らましながらそう言う。
 そして教室から小走りに出て行った。
「えっと……なにか悪いこと言ったかな……」
 が、すぐに顔だけ教室のドアからこちらを覗いてくる。
「またね、高山君」
「え、あ……うん、またね。徳田さん」
 また徳田さんはすこしよろけると、そのまま去って行ってしまった。
 その後ろ姿が、なんとなく可愛くて高山少年は彼女が去って行った後をずっと目で追っていた。


9 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:45:13.42 nm7zvJuf0 9/38


「はいほー! みんな、おはようなのです」
 劇場に徳川まつりが機嫌良く入ってくると、同僚であるアイドル達も笑顔で彼女を迎える。
「まつりさん、今日は随分と機嫌がいいみたいですな~。これはなにかあったに違いありませんぞ~」
「ほ、さすが美也ちゃん。実は昨日、姫はとってもいいことがあったのです」
 宮尾美也の追求を、まつりはあっさりと認める。
「昨日、姫の妹が久しぶりに自分から話しかけてきてくれたのです」
 ニコニコとしているまつりは、確かにいつもよりもテンションが高い。
「まつりさんの妹さんというと、あの反抗期……だとかの妹さんのことですね~?」
「そうなのです。その妹が、急に姫の部屋にやって来てメイクやお洋服の着こなしについて、色々と聞いてきてくれたのです」
 天空橋朋花の問いに、やはりテンション高くまつりが答える。
「どうやら妹は、反抗期から思春期に入ったみたいなのです」
「おお~。思春期ですか~それはつまり、まつりさんの妹さんは、恋をしてるというわけですな~?」
「ほ?」
 美也の問いに、それまで高かったまつりのテンションが一気に急落する。
「なるほど~恋の始まりが、子供時代の終わりというわけですね~」
「ま、待って! 待つのです!!」
 珍しくうろたえるまつりに、美也と朋花は顔を見合わせる。
「妹に恋とかまだまだ早いのです! 早すぎるのです!!」
「そんなことはないんじゃないですか~?」
 クスクスと笑いながら、朋花が言う。
「そうですよ~。まあ私もまだ恋というものをしたことがないんですけれど、それだけに以前、恋について調べた時に『恋とはいつも突然やってくるもの』と書いてありましたからな~」
 だがまつりは、その言葉に更に慌て出す。
「だ、だめなのです! 早いのです!! そうなのです、帰ったら聞いてみるのです、妹に!!!」


10 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:46:18.01 nm7zvJuf0 10/38


「……」
 昨日と同じく、放課後になると徳田さんは高山少年のクラスへとやって来た。
 が、特に何も言わずに黙っている。
「あの……」
 彼が切り出すと、徳田さんは嬉しそうに目を輝かせた。
「なに? なに!? もしかして、わかっちゃった?」
 なにを?
 と、聞きかけてその言葉を彼は飲み込む。姉がいるだけに彼は女の子との口の利き方を、多少はわかっている。
 女の子になんでもかんでも質問をしては駄目なのだ。
 姉の紗代子も、新しい服を買った時には彼に感想を求めるのだが、そういう時も……
「あ」
「うんうん。なに?」
「髪型……」
「あー、やっぱりわかっちゃった? ちょっとね、変えてみたんだ。そっかー、わかっちゃうかー」
 徳田さんは照れたように笑うが、それはよくよく見なければわからない変化だ。
 それも、姉が服に合わせてよく髪型を変えるので、その経験がなければ思い至らないものだ。
 が、女の子が喜んでいる時に余計なことを言って水を差さない、というのも彼がまた経験的に理解していることだ。

11 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:46:52.93 nm7zvJuf0 11/38

 髪型を少し変えているということは、着こなしも……
「制服、ちょっと変えた?」
「あ、わかっちゃう? えへへへへ。高山君、私のことよく見てるよね」
 実際には、はっきりと気づいたわけではない。
 ただパターンとして、そういうことが多いのでそうではないかと聞いただけだが、彼女が嬉しそうにしているので、これも如才なく彼はその件について黙っておいた。
 女の子には、なにもかも本当のことを話す必要はないのだ。
 いや、話すべきではない。

12 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:47:49.86 nm7zvJuf0 12/38

 彼の姉は別段、気むずかしい女の子というわけではない。
 しかし自身の容姿にあまり自信を持っておらず、だがアイドル志望ということもありファッションや雰囲気作りというものには敏感だ。
 なるべく気づいてあげ、そして良いと思えばそう伝えるのが彼女を喜ばせる一番の方途なのだ。そして気づいて欲しい時に姉がどう接してくるのかを、彼はよくわかっている。

「じゃあね。高山君」
「え?」
 今日は別段、徳田さんと何かを話したわけではない。
 それなのに彼女はもう帰ると言う。
 では彼女は、なにをしにやってきたのか?
 それを不思議に思っての言葉だったが、徳田さんは嬉しそうに聞いてくる。
「どうかしたの? あ、私ともっとおしゃべりしたい? 一緒にいたいとか?」
 彼女の言葉を否定はしない。
 徳田さんは可愛いし、一緒にいるとその……確かに楽しい。
 特に今みたいに嬉しそうにしている彼女としゃべるのは、彼にとっても嬉しいことだ。
 だがそれよりも、彼女の今の行動がどういう意図からきているものなのかの方が彼には気になる。
 そもそも徳田さんはなにをしに、今日もやってきたのか。
「今日は何か僕に用があるわけじゃないの?」
 彼の言葉に、徳田さんは少し肩を落とす。
 どうやら彼は、間違った答えをしたようだ。
 だがそれでも徳田さんは、口を開く。

13 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:48:34.55 nm7zvJuf0 13/38

「わかった。じゃあ聞くけど、高山君はお姉さんにアイドルをやめて欲しくはないの?」
「え?」
 落胆しながらの徳田さんの質問は、少し意外なものだった。
 そんなことは考えたこともない。
 姉がアイドルとして有名になって、周囲から質問されることが多くなっても、そんなことを聞いてきた人はいなかった。
「どう?」
 腰に手を当て、少し挑むように彼を見つめる徳田さんはそれでも可愛いな――そんな見当違いなことを考えながら、彼も口を開く。
「そんなこと考えたこともなかったかな」
「……そうなの?」
「姉ちゃん、言ってやめるような人じゃないし」
 どうやら徳田さんは、何か思い当たることがあると上方の虚空に目をやるくせがあるみたいだ。
 今もそのくせを存分に披露しつつ、彼女は黙ってしまう。
 沈黙が続くので、仕方なく高山少年は口を開いた。
「姉ちゃんは、アイドルになるって約束してる人がいるんだ」
「……高山君のこと?」
「え? 違うよ。姉ちゃんの幼なじみの子で。いつも一緒にアイドルごっことかして遊んでて、それでいつか2人で本当にアイドルにって」
 今度は徳田さんは下を見た。
 これはどういう感情なんだろうか?
「いつか……本当に……か」
「? うん」
「そんなの、子供の頃の話じゃない……!」
「うん……え?」
「そんな約束にいつまでもこだわって……迷惑だよ!!」
 徳田さんは、なぜだか少し感情的になっていた。
 なぜ――?
「えっと……その……」
「私、帰る!!!」
 今日の徳田さんは、戻ってくることなくそのまま去っていってしまった。
 彼にはなぜだかそれがとても残念で、もしかしたら彼女が昨日みたいに戻ってくるんじゃないかとしばらくの間待ち続けていた。


14 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:49:27.49 nm7zvJuf0 14/38


 帰宅中、高山少年は今日のあの徳田さんの言動について考えていた。
 あの時彼女は、あきらかに自分のこととして「迷惑だ」と言っていた。
 もしかして姉の言う『あの子』が、徳田さんなのだろうか……
 帰宅すると、彼はその疑問を姉にぶつけてみる。
「姉ちゃんの言う、あの子ってさ……俺と同じぐらいの歳?」
「え?」
「ほら、いつもアイドルになるのはあの子との約束だ、って言ってるあの子」
 姉の紗代子は、少し不思議そうな顔で答える。
「違うよ。あの子は私と同じ歳。でもなんで?」
 もしかして、徳田さんが『あの子』なんじゃないかと彼は考えたが。それはどうやら違うようだ。
 しかしそれにしては、徳田さんはまるで当事者のように話していた。
 ではあれは、なんだったのか……
「もう!」
「え? わっ!」
「自分の質問には答えさせて、私の質問は無視ってわけ?」
 気がつけば、姉が思いっきり目の前にいる。

15 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:50:08.58 nm7zvJuf0 15/38

「ご、ごめんごめん。あのさ、俺の学校に姉ちゃんのファンの娘がいるんだけどさ、なんか……それっぽいこと言ってたからそれで」
「それっぽいこと、って自分が私の言うあの子だ、って?」
 いや、徳田さんはそうは言ってはいなかった。
「そうじゃないけど、姉ちゃんの言ってたあの子の話をしたら、そんなの昔の約束だとか迷惑だ、とか言ってたから」
 紗代子は少し、いやかなり興味を惹かれたようだ。
 もしかして、ずっと会いたいと思っているあの子との接点かも知れないのだ。
「会ってみたいな、そのファンの娘に」
「え? ええっ!?」
「ね、うちに連れてきてよ。弟のお友達で私のファンなら特別に、って言って」
 普段の紗代子はもちろん、こういうことを言い出す姉ではない。生来、生真面目な性格でこういう公私混同に近いことはしないのだ。
 だが、ことはあの子に関することなのだ。そしてこうと決めた時の姉を止めることは、誰にもできない。
「ね、おねがい!」
 強く手を握られて、彼はため息をつく。
 そう、こうなった姉は誰にも止められないのだ。もちろん自分にも。
 しかし、その時彼はふっと思った。
 徳田さんが……ウチに来る?
 彼女が――ウチに?
「姉ちゃんが……そう言うなら」
 そう言う彼は、必ずしも嫌そうではなかった。


16 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:50:44.56 nm7zvJuf0 16/38


 翌日。
 事務所で思いっきり突っ伏しているまつりを見て、朋花は小首をかしげる。
「どうしたんですか~? まつりさんは」
「それがですね~。昨日あれからまつりさんは、妹さんを問い詰めたそうなんですよ~」
 ああ、と頷くと朋花は扇子で口元を隠しながら笑う。
「それで妹さんのご機嫌を損ねた……といったところでしょうか~?」
 美也も頷きを返す。
「あなたにはまだ恋は、はやいのです~。それでお相手はどこの誰なのですか~? と、こう聞いたそうなんですよ~」
「美也さんのまつりさん口調は新鮮ですね~」
「そうですか~? ほ~♪」
「ふふふ、お上手ですよ~」
「2人とも、姫は真剣なのです!」
 楽しそうな朋花と美也に、身体を起こすとまつりは大声を出す。
「やっと少し、元気が出たみたいですね~」
「めでたしめでたし、ですな~」
「え? あ」
 朋花と美也は、それぞれがまつりの手を握る。
「心配しても、しょうがないことではありませんか~?」
「今は、見守ってあげるのがよいと思いますよ~?」
 2人の言葉に、まつりも頷く。
「そうなのですよね……2人とも、ありがとうなのです」


17 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:51:22.47 nm7zvJuf0 17/38


 翌日、高山少年は初めて自分から隣のクラスへ行った。
「徳田さん、いるかな?」
 とりあえず近くにいた生徒に声をかける。
「徳田……? いやそれ、もしかして徳……」
「高山君?」
 そうこうしている間に、当の徳田さんか彼の元にやってくる。
「あ、うん。そうだ、いたよ。ありがとう」
 話しかけていた生徒は、肩をすくめると去っていく。
「私になにか用?」
「うん。あのさ、良かったらなんだけど……こ、今度の日曜日にウチに遊びに来ない?」
「え? 高山君の家に!?」
 徳田さんが赤くなる。
 大ファンであるアイドルの家に行けるのだ、それはそういう反応だろうと彼も理解する。
「嫌じゃなければ……なんだけど……その……」
「行くよ」
 徳田さんは、胸の前で両手を握っていた。
 その紅潮した表情に、高山少年もドキっとする。
「よ、よかった。あの……駅まで迎えに行くから……」
「うん。じゃあ九時に」
「わかった」
 これ以上、彼女と話していると自分まで真っ赤になりそうだった。
 彼は一目散に撤退した。


18 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:52:21.62 nm7zvJuf0 18/38


「姫はもう、なにがなんだかわからないのです……」
 事務所ではまつりが、手に頬を乗せて浮かぬ顔をしていた。
「今度はなんですか~? また妹さんが冷たい態度になったのですか~?」
「それが逆らしくてですね、朋花ちゃん」
 美也は朋花の耳元で、何かを囁く。
「お出かけ用の私服を貸してくれと頼まれた~? それはその妹さんにですか~?」
「そうなのです。お出かけ用の、ちょっとお姫様っぽさを感じさせつつ、私服としてもおかしくない、それでいて可愛さを全面に出したコーデを頼まれたのです」
 朋花に説明するまつりは、頬杖をつきながらそう言った。
「ふむふむ。それは~もしかしてデー……」
「い、言わないで欲しいのです! ま、まつりもちょっとそう思い始めているのを、必死で脳内否定をしているところなのですから!」
 美也の言葉に、まつりは必死に首を振る。
「それにしてもよくそんな、難しいオーダーのコーデを持ってましたね~?」
「姫のお下がりなのです。姫は着られなくなっても、いつか妹が着てくれるかも……と、とっていたのですけど」
「それなら、願いが叶ったんじゃないんですか~? よかったじゃないですか~」
 しかし朋花にそう言われても、まつりの表情は晴れない。
「ひ、姫は妹がデートで着ていくために、お下がりに服をとっておいたわけではないのです!」
「ではやはり、デートなのですな~?」
「ち、違う……と思うのです!」
「ならばいいんじゃないですか~?」
「よくないのです!」
 3人は、一緒にため息をつく。

19 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:52:57.22 nm7zvJuf0 19/38

「それなら、そのお下がりを貸さなければよかったんじゃないですか~?」
「でも、もしかしていつか妹が着てくれたら……そ思っていた姫も着ていた服を、妹が自分から……それもバッチリ似合っていたのですよ!」
「ではそれで、よしとしませんか~? 妹さんも、まつりさんも嬉しいのなら、それで良いではありませんか~?」
 まつりにしては珍しく、美也の言葉にギクリと核心を突かれた顔をする。


20 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:53:36.60 nm7zvJuf0 20/38


「あ」
「うん」
 駅のホームで、高山少年は目当ての娘を見つけた。
 私服の彼女は新鮮で、そしていつも以上に可愛かった。
「どうかな?」
「え?」
 朴念仁みたいな返事をしてから、彼は気づく。
 そう、彼は女の子というものを多少はわかっている。
「学校とは別人みたい……かな」
 とはいえそういう言葉を、姉以外の、それも最近ずっと気になっている娘に真正面から話すのはやはりすこし恥ずかしい。
「……うん。ありがとう」
 2人とも赤くなり、数十秒が過ぎる。
「い、家。こっちだから」
「うん」
 一瞬、手を握ろうかと思った少年だが、出しかけたその手は引っ込めた。
 気のせいかも知れないが、徳田さんは少し残念そうに見えた。


21 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:54:29.46 nm7zvJuf0 21/38


「ようこそいらっしゃい。初めまして、かな。高山紗代子です」
「あ、は……い。初めまして。いつも応援しています」
 家に着くと、待ちかねたように姉……紗代子が2人を迎え入れてくれる。
「とりあえずリビングへどうぞ。なにかもってくるね」
「あ、お、おかまいなく」
 緊張している徳田さんをリビングに案内すると、彼女に見えないように紗代子が彼を手招きする。
「どう? 見覚えある娘?」
「見覚えというか、どこかで見たことがあるというか、誰かに似ているような気が……」
 紗代子は腕を組みながら、人差し指をこめかみにあてて考える。
「あの子……じゃあないの?」
「それは違うよ。でも、誰だっけ。ここまでなにかが浮かびそうになってるんだけど……」
 高山少年は肩をすくめる。
 あの子ではないかも知れないが、姉は見覚えがあるらしい。
 それになにより、先日の彼女の言葉だ。

「そんなの昔の話じゃない」
「迷惑だよ」

 あれはどういう意味なのだろうか。
「ともかく、俺は戻るよ。誰なのか思い出したら教えてよ」
「そうね。とりあえず、飲み物でも用意するわ」

22 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:55:06.29 nm7zvJuf0 22/38

 リビングに戻ると、待っていたように徳田さんが話しかけてくる。
「お姉さん、家ではメガネなんだ」
 あれ?
 姉、紗代子はステージでは裸眼で髪もほどくが、普段はメガネをして髪も結んでいる。
 ステージとはかなり印象が変わるが、それは高山紗代子ファンの間では割と有名なことだ。
 移動時等でメガネをしている紗代子は、目撃されたファンからはレア紗代子などと呼ばれていたりもする。
「ステージでは外してるんだ」
「知らなかったな」
 屈託なくそういう彼女に、彼は違和感を覚える。
 徳田さんは、姉の……高山紗代子のファンじゃなかったっけ?
「さあ、なにもないけど冷たいものでもどうぞ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
 飲み物を受け取ると、徳田さんは彼を見る。
 その仕草を見て、紗代子は声を上げた。
「あ」
 彼は姉を見た。
 誰なのか、思い出したのかな?
 そう思ったが、紗代子はなんだか含みのある笑みを漏らすと言った。
「のどを湿したら、お部屋に案内してあげたら?」
「え? 姉ちゃんの?」
 紗代子はため息をつき、あきれた顔をした。
「あなたの、よ。もう」
 そう言うと姉は、徳田さんに頭を下げる。
「きょうはゆっくりしていってね」
「はい。ありがとうございます」
 徳田さんは、心底嬉しそうに頭を下げた。


23 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:55:48.58 nm7zvJuf0 23/38


 彼女を部屋に案内する。
「こ、ここ座ってよ」
 とりあえずベッドを指さし、彼は言う。
 座るのならイスの方が良いかも知れないが、座り心地の良いベッドを勧める。
「うん。ふうん」
 興味深そうに、徳田さんは部屋を見回す。
 もしかしてと思い、夕べ突貫で部屋掃除をしたのは正解だった。
「まつりちゃんのポスターとかあるのかと思ってたな」
 少し大げさに、彼女は口をとがらせて見せながらそう言う
「あ、実は、その……まつり姫のファンなのは姉ちゃんには秘密で」
「え? なんで?」
「なんか悪い……っていうのとはちょっと違うかもだけど、少しそういう気持ち……かな?」
「ふうん……」
 徳田さんは、少し考え込む仕草をした。
「あ、あとなんかからかわれそうで。サインとかもらってきてあげようか、とか言われても……ねえ」
「わかるよ。ちょっと欲しいなって思わなくもないけど、なんか『サインしてあげるのです』とか言われても、単純にわーいって気にはなれないのに」
「……え?」
 誰の話?
 そう彼が思った瞬間、彼女も「あ」と短く言う。
 なんとなく黙り込み、しばらくすると徳田さんは言った。
「私、高山君に話してないことが、実はあるんだ」

24 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:56:27.85 nm7zvJuf0 24/38

「え? なに?」
「ずっと言おうと思ってたんだけど、なんかタイミング? みたいなのはずしちゃった感じで」
「それって、なに?」
 徳田さんは、彼を見つめた。
「私、徳田じゃありません」
 え?
「そ、そうなの?」
 言われてみれば確かに、自分はうろ覚えで『徳田さん』と呼んでいたけど確証はなかった。
 いや、最初にそう呼んだ時に徳田さんはこけそうになったりもしていた。
 それじゃあ徳田さん……いや、目の前の彼女は……

25 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:57:09.11 nm7zvJuf0 25/38

「さて、私の名前はなんでしょう?」
「え?」
 そんなのわかるわけ……そう言いかけて、彼は口を閉じる。
 徳田さんは、いや徳田さんだと思っていた少女の目は真剣だった。
 真剣で、それでいてすがるような目をしていた。
 なんと答えるべきだろうか。彼が悩んでいると、徳田さんだと思っていた少女は、また口を開いた。
「わからないみたいだから、質問を変えるね。私のこと……好き?」
 真っ赤になりながらそう言う、彼女。手を強く握っておく仕草から、緊張しているのがわかる。
 彼としても、もう黙っているわけにはいかなかった。
「……うん」
 自分でも、もう少し気の利いた返事の仕方はないものだろうかと思ったが、彼は素直にそう告げた。
 少女は耳まで赤くなりつつ、口元をゆるめた。
 が、また少し両手を固める。
「……から?」
「え?」
 か細くなった彼女の言葉に、彼はほぼ反射的に聞き返していた。
「まつりちゃんに……似てるから?」
 言葉が脳に染み込むまで時間がかかった。
 まつりちゃんというのはもちろん、彼がファンである徳川まつりのことだろう。
 似てる? 誰が? 徳田さんが誰に……いや、徳田さんじゃなくて……ん? 徳……
「あ」
「やっぱりそうなの?」
 似ているかと言われれば、確かに似ているかも知れない。
 目元や、全体的な雰囲気。
 遅蒔きながら、彼は気づいた。
「もしかして君は、まつり姫の……」
「妹だよ。まつりちゃんは、私のお姉ちゃん」


26 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:57:49.44 nm7zvJuf0 26/38


「もしもし? 紗代子ちゃん?」
「はい。どうかしたんですか、まつりさん」
「今、紗代子ちゃんはお家にいるのですか?」
「ええ」
 その頃、階下では姉の紗代子がスマホで会話をしていた。まつりから通話が入ったのだ。
「もしかしてなんだけど、紗代子ちゃんのお家って○×△の□▼のあたりではないのですか?」
「ええ。そうですけど……」
 ちょっと玄関から、家の前に出てきてみて欲しいのですけど」
「いいですけど」
 通話をしたまま、紗代子は玄関を開ける。
 そこには、まつりが立っていた。
「あ、まつりさん。どうしたんですか?」
「やっぱり紗代子ちゃんのお家だったのですね。この辺りだと聞いていたし、高山と書いてあったのでもしかしてと思ったですが」
 まつりの方も、確信はなかったようで目を丸くしている。
 事態がわからず困惑する紗代子に、まつりは聞く。
「妹が、お邪魔をしているのではないですか?」
「え?」
「姫の妹が入っていくのを、姫は見てしまったのです。紗代子ちゃんのお宅に」
 紗代子の脳内にも、その意味が染みこんでいく。
「あ!」
「来ているのですね?」
「そうか。誰かに似ていると思ったけど、まつりさんだ!」
 振り返り紗代子は、弟の部屋の辺りを見上げる。


27 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:58:34.35 nm7zvJuf0 27/38


「遊園地のパレードでお姫様を見て、憧れて……なるほど」
「子供の頃、ね。それでまつりちゃんが『お姉ちゃん、あんなお姫様になりたいんだけどなれるかな』って言うから、私もお姉ちゃんならぜったいなれるし、そうなったら嬉しい……って」
 憧れのアイドルのルーツを、その場にいた身内から聞き高山少年は少しばかりの感動と、納得を得た。
 徳田さん……いや徳川さんの言っていた「そんなの昔のことじゃない」というのは、そういう意味だったのだ。
 では、「迷惑だよ」とは?
「その日からまつりちゃん、お姫様になる特訓とか言いだして……」
「お姫様になる特訓……」
 どんな特訓だろうか?
「普段着のお洋服もなんかヒラヒラしたのを着るようになって、口調もお姫様はふわふわした喋り方にしないととかで変えて」
 徳川さんは、ちょっと辛そうにそう言った。
「ごはんも「お姫様にはテーブルマナーも必要なのです」とか言ってナイフとフォークで食べるようになって」
「それは別にいいんじゃないの?」
「でも食べるのは、焼き魚とかお刺身なんだよ?」
 なるほどそれは少しミスマッチだ。
 いや――少し……か?
「体力も必要だとかで、身体を鍛えたり。でも身体のラインは崩れないように、ってまた別の特訓とかしたり」
「そんなことやってるんだ」
「もうね、高山君はまつりちゃんのこと本当のお姫様みたいとか言うけど、全然そんなんじゃないんだからね! いっつも無理して!! そもそもうちなんて普通の家庭なんだから、普通。ミドルクラスの、なんなら下の方ですから!!!」
「う、うん」
 徳川さんの勢いに、やや気圧されるように高山少年は頷く。
「……ごめん」

28 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:59:15.22 nm7zvJuf0 28/38

「え?」
「夢を、こわしちゃったかな? まつりちゃんのファンなのに」
「そんなことないよ。前にも言ったけど、僕だってまつり姫が本当のお姫様だって思ってたわけじゃないから」
 そう、それは本当だ。彼はアイドル徳川まつりのファンで、彼女のお姫様のようなところが好きだ。
 しかしまあ、だからと言ってそんなつましい努力をしてお姫様みたいになったとは思っていなかったが。
「あんまり好きじゃない甘いものとか無理して食べたりしてるの見てると、なんだか……私がまつりちゃんのことお姫様になったら嬉しいとか言っちゃったせいかと思って……」
 彼にもようやくわかった。
「それで僕に聞いたんだ。お姉さんがアイドルってどんなかとか、やめて欲しいって思わないのか、って」
「最初はね」
 ちょっと笑うと、徳川さんはまた赤くなった。
 最初は? じゃあ今は?
「ともかく私は、似た環境にある人を他に知らなかったから。それで……うん、高山君が高山紗代子の弟だって効いたから」
 彼にとって、今となってはなにがきっかけでも良かった。
 いや、そのきっかけに彼は感謝している。
 徳川さんと知り合いになれたことは、嬉しいことだった。
 そして彼は、徳川さんを楽にしてあげたかった。
「じゃあ似た環境にある僕から言えることは、ひとつだけ」
 きょとんとした顔で、徳川さんは彼を見る。
「姉ちゃんはきっと、あの子との約束がなくてもきっとアイドルを目指したんじゃないかって僕は思う」
「え、だってその子との約束が、アイドルになりたい動機じゃなかったの?」
 徳川さんの疑問はもっともだ。高山少年も頷くが、しかしそれでも言う。

29 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 13:59:54.90 nm7zvJuf0 29/38

「あの子の存在が姉ちゃんの背中を押した、一番の要因だとは思うよ。大きなきったかけだった、ってね。でも……」
「? なに?」
「そもそも姉ちゃんは、アイドルが好きで憧れていたんだ。そこにあのことの約束が加わった。でも、そもそもアイドルになりたかったんだよ」
 徳川さんは、ちょっと思い当たることがある様子だった。その証拠に、彼女は虚空に目を向け少し頷いていた。
「姉ちゃんにとって、あの子との約束は大きな目標のひとつではあると思うよ。でも、逆に言えば目標のひとつでしかない」
 徳川さんが彼に目を向けた。
 やはり可愛い、高山少年は少しドキドキとしながら続ける。
「まつり姫がそのパレードで徳川さんに聞いた時、まつり姫は徳川さんなら応援してくれる、ってわかってたんだと思うよ」
 徳川さんは黙っていたけど、ちょっと嬉しそうな表情になったので彼は黙って続ける。
「お姫様を目指す、きっかけが欲しかったんじゃないのかな」
「なにそれ」
 徳川さんは笑った。
 確かに少し似ている。彼の憧れのアイドル、まつり姫に。
 だけど少し違う。
 まつり姫より――可愛いかも知れない。
「じゃあ私が悩んでたのって、ホント馬鹿みたいじゃない。私のせいで……って本気で思ってたのに」
 口調は強いが、徳川さんはやはり心底嬉しそうにしている。
 きっとずっと悩んでたんだろうな。
 お姉さんが無理しているのは、自分のせいなんだ……と。
 高山少年も、無理している姉を間近に見てきたのでわかる。身内の姉が辛そうのは、自分も苦しい。ましてそれが自分のせいだと思ったら……
「姉がアイドルって、大変だよね」
 けれど徳川さんも、今は素直にそう言えるようだ。
 そう、彼女と最初に話をするきっかけはそもそもそれだったのだ。
「でも、いいことも少しはあるよ」
 高山少年も、少しだけ素直に……いや、正直になることにした。

30 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:00:31.15 nm7zvJuf0 30/38

「ライブに呼んでもらえる……んだったよね」
「いや、そうじゃなくてさ」
 それでも少し逡巡してから、彼は言った。
「徳川さんみたいな子と、知り合うきっかけになったから」
 少しだけまつり姫に似た瞳が少し大きくなり、その後彼女は微笑んだ。
「あのさ、高山く……」
 嬉しそうに徳川さんが、何かを彼に言いそうになったその時、彼の部屋のドアが、バンと開いた。
「失礼するのです!」
「あ、あのまつりさん。ちょっと待ってやって……あ、お、おじゃまするね」
 廊下から、憧れの人が姉と入ってきた。
 え?
 なにが起こっているのか把握しきれない高山少年。
「あなたにはまだ恋とか、彼氏とか、そのお宅訪問とかは早いのです!」
「ま、まつりさん。妹さんと弟はそういうのじゃないと思うんです。まあ、まだ。そうよね? ほら、黙っていないでなんとか言いなさい」
「え? まつりちゃん? なんで……え? なんでいるの!?」
 好きになった女の子と、その姉と、自分がファンのアイドルと……いや、その姉とファンのアイドルは同一人物だが、それと自分の姉とが同時に目の前で話し始めたことに、高山少年の思考はついていけなくなっている。
「姫は認めないのです!」
「待ってください、まつりさん!」
「だからなんでいるの!?」
 自室で突如繰り広げられる喧噪に、とりあえず彼は自分が言いたいことを言うことにした。
「あの!」
 喧噪のまつり、姉の紗代子、そして徳川さんが一斉に彼を見る。
 彼は言った。
「まつり姫、ファンです。サインください!」


31 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:01:08.08 nm7zvJuf0 31/38


「姫のファンの子なのでしたか。サインはお安いご用なのです」
 一同は場をリビングに移していた。
 改めて紗代子はお茶の用意をし、まつり姫はニコニコとサインに応じ、徳川さんは少し不満げにそっぽを向いていた。
「あなた、まつりさんのファンだったの? そんなの一度も言わなかったじゃない」
「姉ちゃんには……なんか、言いづらくて」
「はいなのです、これからも姫を応援してくださいなのです」
 宝物を受け取るように、高山少年はまつり姫からサインを受け取る。
 そして思い出した。
「あ、あの……もう一枚いいですか?」
「ほ? いいのですよ。紗代子ちゃんの弟さんだし、サービスしてあげるのです」
 さらさらとまつり姫は、サインを書き上げて彼に渡す。
「ありがとうございます。あの……徳川さん」
「なに!?」
 不機嫌を隠そうともせず、徳川さんは彼に向き直る。
「これ……徳川さんの分」
「え?」
「ほ?」
 やはり少し似ている2人が、同時に声を上げる。
 ああ、やはり姉妹なんだなと高山姉弟は思う。
「言ってたじゃない。ちょっと欲しいと思わなくもない……って」
 それを聞き、驚いた表情でまつり姫は徳川さんを見た。
 徳川さんはといえば、気まずそうに高山少年と姉のまつり姫を交互に見る。
「い、今そんなこと言わなくても……」
「そうだったの? だってあなた、お姉ちゃんがしてあげようかって言っても、絶対要らない……って」
 先ほどまで不機嫌だった徳川さんが、真っ赤になってうつむいた。
「それは、その……た、高山君と同じで……」
「同じで、なに?」
「欲しいなんて、言いづらかったの!」
 妹の言葉に、まつり姫は笑顔のまま涙を流した。


32 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:01:46.92 nm7zvJuf0 32/38


「それでは失礼するのです。色々とありがとうなのです」
「またね、高山君」
 右手を差し出す徳川さんに、高山少年はまつり姫の顔色をうかがってから、おずおずと手を伸ばし握手をした。
「握手ぐらいは、認めてあげるよ」
「ふーんだ。別にまつりちゃんに認めてもらう必要なんかないから」
 そう言いながら、2人は手をつないで帰って行った。
 互いに和解したのは間違いなかった。
「可愛い彼女じゃない」
 姉の言葉に、弟である高山少年は頭をかく。
「まだ彼女じゃあ……いや、まだっていうか、向こうがどう思ってるかわかんないし……」
「あなたねえ……」
 姉である紗代子は、ため息をついた。
「どう思っているか、本当にわからないの?」
「それってどういう……」
 紗代子はため息をつきながら、更に首を左右に振る。

33 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:02:22.13 nm7zvJuf0 33/38

「わかったから私は、あなた達を二人きりにしてあげたのに」
 確かに姉は徳川さんが誰かわからないうちから、彼女に弟の部屋に行ってみるように進めたりしてくれていた。
「え? あ、あれってそういう……」
「わかるわよ。私のファンだって言う割には、あなたばっかり見てるんだもの。私は口実で、うちに来た目的はあなただったのよ」
 どうやら彼は、自分が思っているほどには女の子の気持ちを理解できてはいなかったようだ。
「大切にしてあげるのよ? なにしろ私の大事な仲間の妹さんでもあるんだから……ね」
「大切に……って、俺は別に」
 言いよどむ彼を、姉はにこにこと笑って見ていた。
 その目に、彼は素直になることにした。
 そう、彼は――
「姉ちゃん、俺が言って聞くような人じゃないから……」
「え?」
「だから、言う通りにするよ……うん」
「なにそれ。もう、生意気を言うとお姉ちゃん怒るわよ」
 高山家の姉弟も笑い合った。


34 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:03:21.25 nm7zvJuf0 34/38


「なんですって~? するとまつりさんの妹さんのお相手というのは、紗代子さんの弟さんだったというわけですか~?」
「縁は異なものとは言いますけど、これはまたなんとも不思議な縁ですな~」
 翌日、妹さんのデートはどうなったのかを聞かれたまつりは、事の顛末を朋花と美也に説明したのだが、2人は予想以上に盛り上がりを見せる。
「それにしてもこれは良縁ですね~。ではこれからまつりさんは、紗代子さんの義姉となるわけですね~」
「お~なるほど、そうなるわけですね。紗代子さんはこれからまつりさんを「まつりお義姉さん」と呼ぶことになるわけですな~?」「ま、ま、ま、待つのです!」
 蒼白となりながら、まつりは立ち上がる。
 あからさまな程に動揺しているのがわかる。
「それなんですけど」
「おや~?」
「紗代子さん、おはようございます~」
 気がつけば、紗代子が事務所にやって来ていた。
「おはようございます。あの、まつりさん。弟とまつりさんの妹さんのことは、ゆっくり見守ってやって欲しいんです」
 紗代子の訴えに少し驚くと、少し考えてからまつりは口を開く。
「勘違いしないで欲しいのです。姫は別に反対をしているわけではないのです」
 ほっと、紗代子は息を吐く。
「心配することはありませんよ? 紗代子さん。まつりさんは、妹さんが自分から口をきいてくれるようになってことをずっと喜んでいたんですから~」
「そうですよ~? ただちょっと心配だっただけですよね~?」
「ま、まあ……紗代子ちゃんの弟さんも、さすがに紗代子ちゃんの弟だけあって好感の持てる子だったのです。なにより姫のファンでしたし、そう、なのですから姫を悲しませるようなことはないはずなのです!」
 強くいいきるまつりに、朋花はくすくすとした笑いを漏らす。
「まるで自分に言い聞かせているみたいですね、まつりさんは~」
「そ、そんなことはないのです! まつりは、紗代子ちゃんの弟くんも、妹も信じているのです!! 本当なのです!!!」

35 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:03:55.23 nm7zvJuf0 35/38

「と、ともかく……」
 やや気後れしながら紗代子が手を挙げて発言する。
「弟のこと、認めてくれてありがとうございます」
「お礼には及ばないのです。そもそもまつりは、2人を温かく見守るつもりだったので……ほ?」
 まつりはそこで言葉を区切ると、懐からスマホを取り出す。どうやらLINEか何かの着信があったようだ。
「妹からなのです。なになに……? ちょっと聞いてもいい?」
 途端にまつりの機嫌が良くなる。
 やはりこまで反抗期だった妹の、その反抗の理由がわかったのと、それを超えて和解できたのは大きいようだ。
 そして純粋に頼られているのも嬉しいらしい。
「それで~妹さんは、なにを知りたがっておいでなのですかな~?」
 まつりはスマホをスクロールさせる。
「えっと……ねえ、キスする時って目は開けてた方がいいのかな? それても閉じているものなの? ……ほ!?」
 一瞬、まつりの顔から血の気が引き、そして次の瞬間には逆に真っ赤になる。
「おやおや~? これはもしかして今、そういうシチュエーションになろうかということですかね~?」
 ビシッ!
 朋花のつぶやきに、まつりの手にしたスマホにヒビが入る。
「ま、待って! お姉ちゃん、それはみとめていないよ!! 今どこなの!? ねえ!!!」
「あ、あの……」
「もしもし!?」
「まつりさんのスマホ、壊れちゃったのではありませんか~?」
「ま、まつりさん、あの……なんか弟がすみません……!


36 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:04:28.91 nm7zvJuf0 36/38


「お待たせ、買ってきたよ。あれ? どうしたの?」
「うん……まつりちゃんに聞きたいことあったんだけど、既読はつくのに返信がないんだ……まあ、今日はいいかな。たぶん」
 意味ありげに、そして恥ずかしそうに見上げる徳川さんに、高山少年は首をかしげる。
「ここのパレードで、まつりちゃんと見たんだ。お姫様を」
「そうなんだ……じゃあ、楽しみだね」
 徳川さんは頷いた。
「どんなだったかな、って私たちが憧れたお姫様は。そう思って。付き合ってくれて、ありがとう」
「ううん。ファンとしても楽しみから、憧れのアイドルの原点を見られるのは」
 それを聞き、あからさまに徳川さんは口をとがらせる。
「それに」
 慌てて彼は付け加える。
「徳川さんと、来られたのが……嬉しいし」
 途端に彼女は、口元を緩める。
「パレードまで時間あるし……ね」
「うん。じゃあ……行こうか」


37 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:05:04.85 nm7zvJuf0 37/38


「弟は今日はなんだか遊園地に行く、って……」
「遊園地……わかったのです! きっとあそこなのです! 行くのです、今すぐ!!」
「お~。折角なので、私たちも行ってみましょうか~」
「そうですね~。まつりさんとその妹さん、そして紗代子さんとその弟さんも見てみたいですし~」

 こうしていい感じになると思っていた高山少年と徳川さんの初デートは、姉たちによってやや残念な結果となるのですが、それでも2人はいい感じに交際をすることになるのでした……


おわり

38 : ◆VHvaOH2b6w - 2022/05/10 14:09:44.57 nm7zvJuf0 38/38

M29m1df


以上で終わりです。おつき合いいただきまして、ありがとうございました。

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