梓「唯先輩、いったいどうしたんですか? 何の話をしているんでしょう」
唯「聞いてよあずにゃん。私が、何日も何日も、必死に考えて、迷って、そうしてできた歌詞が、4分の曲にしかならない」
梓「はい。でも”歌”って、そういうものです」
唯「私の数日間が、他人にとっては4分の出来事でしかないって。そんなの、納得できないよ」
梓「そうでしょうか」
唯「そうだよ。曲を作り終えると、歌詞をメロディに乗せると、私は、いつもいつも、空しくなるんだよ。過ぎ去っていった時間を思ってね」
元スレ
唯「たくさん頭を悩ませても、人には理解されないんだよね」
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梓「私はそうは思いません」
唯「そりゃ、あずにゃんはバンド組んでまだ間もないからね。一番楽しい時期だよ。私もその頃は……」
梓「私は、このけいおん部に入る前にも、ずっと音楽やってましたよ。お言葉ですけど、唯先輩とは違います」
唯「そうかも知れないけどさぁ。一人でやるのと、みんなでやるのはやっぱ違うよ。曲作るのも、最初は楽しいかも知れないけど」
梓「……唯先輩は、いったい何が言いたいんですか」
唯「私ね、もうやめようと思う」
梓「は?」
唯「聞こえなかった? だから」
梓「聞こえましたよ! なんでですか!? やめるって……!」
唯「ちょっと待って。あずにゃん、何か勘違いしてない?」
梓「……何がですか。私、嫌ですよ。唯先輩のいないけいおん部なんて」
唯「だから、それが勘違いだってば。私はここをやめるつもりはないよ」
梓「え?」
唯「やめるって言ったのは、曲作りをってこと。メロディも、歌詞も、書くの飽きちゃったよ」
梓「……私、唯先輩の作った曲、好きでしたけど」
唯「ありがとね、あずにゃん。でもさ、私の作った曲って、どこかで聞いたことあるようなのばかりだったでしょ?」
梓「そんなことありません! みんなで演奏してて……、すごく楽しいし……!」
唯「あんなのね、誰が作ってもいっしょだよ」
梓「……どうして、そんなこと言うんですか」
唯「澪ちゃんが書いた歌詞、よく読み込んでみなよ。ひどいから」
梓「それは……、そうですけど……」
唯「でも、あれでもライブになると盛り上がるでしょ。あずにゃんはなんでだと思う?」
梓「……正直、分かりません。どうしてなのか」
唯「そっか。それはね、私たちが楽しそうにしてるからだよ。澪ちゃんが作ってくれたんだって思って、私たち一人一人が、一生懸命演奏してるからなの」
梓「……そうですか。だったら、唯先輩が曲を作る意味もあるんじゃないんですか。唯先輩が作ったものだから、私たちは受け入れられるんですよ」
唯「だからね、何度も言うようだけど、私は飽きちゃったんだよね」
梓「でも……!」
唯「別に、私だって今まで通りに作れるよ。メロディだって、歌詞だって。でもね、私が嫌々作ってたら、一番にそれに気づくのは、あずにゃんを始めとした部活メンバーでしょ?」
梓「かも……知れませんね」
唯「お客さんがもし満足してくれたとしても、あずにゃんたちはどう思うかな」
梓「……」
唯「お願いだから分かってよ。これは、私個人のわがままじゃない。みんなのことを考えたら、こうすることが最善なんだよ」
梓「……唯先輩は」
唯「ん? なぁに、あずにゃん」
梓「飽きた……、って。それ、曲作りに対してだけですよね……?」
唯「……」
梓「最初に言ってた言葉が引っかかるんです。自分の数日間が他人の4分だ、って」
唯「……ばれちゃった、かな」
梓「分かりますよ……! だって、演奏も一緒じゃないですか……! 何日も、何か月もかけて練習したものが、ライブではほんの一瞬ですから……」
唯「……」
梓「飽きたんですか。バンド」
唯「……」
梓「答えてください」
唯「……嫌だよ」
梓「どうして……!」
唯「だって……。この先を言ったら……、私個人のわがままになっちゃうから……。みんなのことは大好きだし、迷惑なんてかけられないよ」
梓「……お願いします。理由だけでも聞かせてください。そうじゃないと私、納得できませんから」
唯「……」
梓「私、唯先輩のこと、好きですよ」
唯「あずにゃん……」
梓「だから、唯先輩が苦しんでいるんだとしたら、何とかして力になりたいんです」
唯「……」
梓「私じゃ……、頼りないですか……?」
唯「……ううん。そんなことない。……ありがとね、あずにゃん。私も、あずにゃんのこと、大好きだよ」
梓「唯先輩……」
唯「最初はね、みんなで演奏できるだけで満足だったんだ。何もできなかった自分が、人と力を合わせれば何かを生み出せるんだって、それだけですごく楽しかったし、何より充実してた」
梓「……分かります」
唯「最初に体育館でライブをしたとき、全身が高揚感で包まれたんだ。まるで本当に空を飛んでいるような、夢の世界にいるみたいだった」
梓「……」
唯「それから必死に練習して、新しい曲作って……。こんなに一つのことにのめり込んだの、生まれて初めてのことだったかもしれない」
梓「それじゃあ……、なんで……」
唯「私ね、それに慣れちゃった」
梓「え……」
唯「新しい曲を演奏した時のオーディエンスの反応、けいおん部のみんなとの一体感。最初は光り輝いて見えたけど、結局それは幻想で、ただ同じことを繰り返してるだけだったんだよ」
梓「そんなこと……!」
唯「ううん。その証拠に、私の心はどんどんと冷え切っていってた。楽しくないわけじゃない。単に、求めている刺激と現実がすごいスピードで離れてしまったんだ」
梓「でも……。でも……」
唯「あずにゃんが何を言いたいのかもわかる。でもね、私はもううんざりしてるんだよ。刺激のない毎日に。そして、馴れ合いの関係にもね」
梓「……じゃあ、やめるんですか。けいおん部」
唯「やめないよ。みんなのことは好きだから」
梓「……」
唯「別に今まで通りだよ。みんなでお茶して、申し訳程度のあわせ練習して。それでライブやって『良かったね』って笑い合って、感動して。ループする日々が続いていくだけ」
梓「やめてください」
唯「……何?」
梓「そんな気持ちでいるんだったら、唯先輩、けいおん部をやめてください」
唯「……あずにゃん」
梓「嫌です。私、そんな唯先輩の言葉、聞きたくありませんでした」
唯「お願いだから、泣かないでよ」
梓「私も思ってました。こんな日々が続いていくだろうな、って」
唯「……」
梓「横に唯先輩がいたら、楽しく演奏できません。はっきり言って、迷惑です」
唯「……そっか」
梓「……」
唯「ごめんね、あずにゃん。私、出て行くから。もう泣かないでよ」
律「おーっす! って、あれ。梓だけか」
梓「……はい」
律「な、何泣いてんだよ、お前。何かあったのか?」
梓「唯先輩が……、唯先輩がぁ……」
律「お、おい! 唯がどうしたって……?」
梓「唯先輩が、けいおん部やめる、って……!」
律「なんだって!? 唯はどこに行ったんだよ!」
梓「帰る、って言って……。ついさっき、5分くらい前に、部室から出て行きました……」
律「あんにゃろ……。梓! 私ちょっと行ってくるからここで待ってろよ!」
律「唯!」
唯「……? あ、律ちゃーん。どうしたのぉ?」
律「どうしたのじゃねぇ! けいおん部やめるって、どういうことだよ!」
唯「あずにゃんから聞かなかった? 私、飽きたからやめるんだよ」
律「ばかやろう! 飽きたって……。そんなの理由になるかよ!」
唯「だって私がいるとあずにゃんが演奏できないって言うんだもん。飽きちゃってやる気のない私と、頑張り屋さんのあずにゃんだったらどっちが部に必要だと思う?」
律「な……! 私が言ってるのは、そういうことじゃねぇ!」
唯「じゃあ、どういうこと?」
律「それは……。い、今までみんなでやってきたじゃねぇか!」
唯「うん。それに飽きちゃったんだよ」
律「ふざけんなっ!」バシッ!
唯「……痛い」
律「お前は……。お前はぁ……」
唯「何するの。痛いよ、律ちゃん」
律「勝手にやめるとか、そんなの許されるわけがないだろ!」
唯「別に許されなくてもいいよ。じゃあね」
律「お、おい!」
唯「私も、律ちゃんにぶたれたこと、許さないから」
律「……っ!」
唯「楽しく仲良しごっこでもしてなよ。私は、無感動な日々に耐えられないの」
律「何を……っ!」
唯「次ぶったら先生に言うよ」
律「……」
憂「ええっ!? お姉ちゃん、そんなひどいこと言ったの!?」
唯「う、うん……。なんか色々あって……、頭がいっぱいで……」
憂「……そう。それじゃあ、仕方ないけど」
唯「あずにゃんも律ちゃんも怒ってるかなぁ……」
憂「怒るというより……、悲しんでると思うよ」
唯「……うん。私も悲しい」
憂「明日、学校で会ったら謝れる?」
唯「分かんないよ……。私、どうすればいいの……」
憂「とりあえず、メールでも電話でもいいから謝っておきなよ。そうしておいたら、明日会うときに気が楽だから」
唯「……もしさ」
憂「うん?」
唯「明日私が謝るってなったら、憂もついて来てくれる?」
憂「お姉ちゃん」
唯「うん……」
憂「これはお姉ちゃんの問題なんだから、自分で解決させなきゃダメだよ」
唯「……そっかぁ。私、明日になるのが嫌だなぁ」
唯(昨晩のメールも無視されちゃったし、今日会うのが憂鬱だなぁ)
梓「あ」
唯「あ……、あずにゃん……」
梓「……っ!」
唯「ま、待ってよ! あずにゃんっ!」
梓「……っ!」
唯「待……。行っちゃった……」
唯(なんだかホッとしてる、自分が嫌だな……)
唯(あ、律ちゃんだ)
律「……唯」
唯(わわ……。話しかけてきた……。どうしようどうしよう……)
律「おいっ! 何か言えよっ!」
唯「は、はいっ!?」
律「……昨日の件だけどな」
唯(あれ……。もしかして、律ちゃんの方から謝ってくれるのかな。そうだったら気が楽なんだけど)
律「出しといたぞ」
唯「……何を?」
律「退部届だよ」
唯「え……」
律「用件はそれだけだ。じゃあな」
唯「ちょ、ちょっと待ってよ!」
律「……ンだよッ!? 私は忙しいんだ」
唯「退部届、って。律ちゃん、私を引き留めてくれないの?」
律「はぁ? 飽きちゃったんだろ? そんな人間引き止めてどうするよ」
唯「……」
律「ギターは梓がいるからな。パートに欠番が出なくて良かったよ」
唯「そ、そっかぁ。それは良かったねぇ……」
唯(本当にやめなきゃいけないんだ……。飽きてたのは事実だけど、みんなと一緒にいれなくなるのは嫌だなぁ……)トボトボ
紬「唯ちゃんっ!」
唯「……ムギちゃん」
紬「唯ちゃんがけいおん部をやめるって聞いて……。本当なの……?」
唯「うん……。なんかそんな感じみたい……」
紬「そう……」
唯「ムギちゃんは、私にやめて欲しくない?」
紬「そんなの決まってるじゃない! 唯ちゃんと一緒にやりたいわよ!」
唯「じゃあ……」
紬「でも、唯ちゃんが飽きちゃったって言うなら、しょうがないわよね」
唯「え……」
紬「私、唯ちゃんのこと友達だと思っていたけど、唯ちゃんからしたら、私たちなんて部活が同じっていうそれだけの仲間だったのね」
唯「違っ……」
紬「退屈だからやめます、なんて……。私……、すごく悲しいわ……」ダッ
唯「ムギちゃんっ! ……行っちゃった」
唯(ムギちゃん……、今泣いてたよね)
唯(あのあと、澪ちゃんにも似たようなことを言われた)
唯「……私が悪いの? ただ、私は現状に満足したくないだけなのに」
律「おい」
唯「……律ちゃん」
律「昼休みにミーティングしたんだが、お前のせいでガッタガタだぞ、うちの部活は」
唯「あのね、私」
律「……何だよ」
唯「やっぱり私、けいおん部に戻るよ。私にとってみんなは大切だし、みんなにとっても……」
律「ふざけんなッ!」ガッ!
唯「ひっ……!」
律「これだけみんなのこと振り回しておいて、それならじゃあ戻りますだ!? お前いい加減にしておけよ!」
唯「痛い……。痛いよ、律ちゃん……」
律「澪も、梓も、ムギも……。みんな泣いてたんだぞ……ッ! 唯……、お前がいなくなるって……。みんな泣いてたんだぞ……」ポロポロ
唯「律ちゃん……」
律「それをお前……。ふざけるなよ……!」
唯「……」
憂「……そう。律さんは、許してくれなかったんだね」
唯「うん……。ムギちゃんと澪ちゃんは、私に戻ってきて欲しそうだったし、あずにゃんも、私に戻ってきてほしいんだと思う」
憂「……」
唯「律ちゃんは、どうしたら許してくれるかなぁ」
憂「あのね、お姉ちゃん。私の言うこと、落ち着いて聞いてくれる?」
唯「んー? なぁに?」
憂「きっと、一番に怒ってるのは律さんじゃないよ。律さんは、お姉ちゃんと他の三人との板挟みに苦しんでて、苛立っているだけだと思うんだ」
唯「……ほえ?」
憂「お姉ちゃんがけいおん部に戻るって言ったとき、律さんは歓迎したかったと思うよ」
唯「そんなことないよぉ。だって、泣くほど怒ってたんだよ?」
憂「それはね、多分だけど、みんなのことを考えて、そうせざるを得なかったんじゃないかな」
唯「ええー? だってさぁ、みんなは私に戻って来て欲しかったと」
憂「だからこそ、だよ。お姉ちゃんと一緒にやりたいはずなのに、他のみんなはお姉ちゃんを遠ざけた」
唯「……」
憂「それは何でだと思う? あくまでも私の想像だけど、それって、お姉ちゃんの意見を尊重したわけなんかじゃ決してなくて、他のみんなはお姉ちゃんが許せなくて、あえてそうしたんじゃないかな」
唯「……違うよ。そんなんじゃ、ないよ」
憂「だからこそ、律さんは苦しんでる。手放しでお姉ちゃんを歓迎したいのを、ぐっとこらえてみんなの意見を尊重したんだよ」
唯「……そんなこと」
憂「私はお姉ちゃんが悩んでたことも知ってるよ。毎日欠かさず練習もして、曲作って、歌詞書いて……。もっと評価されたい、上に行きたいって思ったんでしょう?」
唯「うん……。学校内だけでやってるのが、なんだかひどく惨めで……」
憂「お姉ちゃんのその悩みを、どうして言ってくれなかったんだって、けいおん部のみんなはそう思っているんじゃないかな」
唯「……言えないよ。だってみんなはあれで満足してたんだから」
憂「お姉ちゃんは、みんなの思っていることが全部分かるの?」
唯「分かるよ。だって、これだけ長いことずっと一緒にいるんだから」
憂「みんなもそう思ってたはずだよ。お姉ちゃんのことは全部分かるって」
唯「……」
憂「けど、違った。お姉ちゃんは一人だけ先を見てた。みんなはそれが許せないんじゃないかな」
唯「……でも」
憂「それは別に悪いことじゃないよ。みんなも責めないと思う。それでも全部打ち明けて欲しかったんだよ、きっと。みんなが許せないのはね、お姉ちゃんが一人で悩んでた、そのことに気付けなかった自分に対してなんだと思う。
唯「私……。私……!」ポロポロ
憂「お姉ちゃん……」
唯「どうしよう……。大好きな人達を……、ひどく傷つけちゃったよ……」
憂「……」
唯「憂ぃ……。私……、どうしたらいいのかなぁ……」
憂「……きっと、大丈夫だよ」
唯「え……」
憂「お姉ちゃんがみんなのことを好きなように、みんなもお姉ちゃんのことが好きなはずだから。そのまま自分の思っていることを伝えたらいいと思うよ」
梓「メール……。唯先輩からです……」
律「ん? メール……、唯からか」
紬「こんな時間に誰かしら……。あら、唯ちゃんからだわ」
澪「んぅー……。唯から……」
唯『みなさん、ごめんなさい。一生懸命文章を考えたんだけど、なんて謝っていいのか分からなくて……。だから、今の気持ちを曲にしてみました。みんながもし許してくれるのなら、一緒に演奏できたらいいなって思っています。というより、みんなと演奏したいです。唯より』
梓「……もう明け方ですよ。こんな時間まで曲作ってたんですか」
律「……っ」
紬「……明日はたくさんマドレーヌ持って行こうかしら」
澪「曲作ったって、いつも通りベースとドラムパートは無いんだな。……あいつらしいけど」
~数年後~
唯「この曲はですねえ、私が曲作りに飽きた時にできた曲でぇ」
律「言い方考えろよ! スランプで悩んでたときに~、とかさぁ!」
客『(笑)』
唯「でもでも、いい曲なんで聞いてください! 私が作ったんですけど!」
律「自画自賛か!」
客『(笑)』
唯「それじゃあ聞いてください! ”そして、みんなにありがとう!”」
客『オオオオオオオオオオッ!!!!!!』
終わり
63 : 以下、\... - 2015/04/08 04:03:47.557 5T8txQqBM 34/34読んでくれた方、レスくれた方、ありがとうございました。