1 : ◆K1k1KYRick - 2019/02/19 10:19:05 kuo 1/32こずえちゃんの誕生日SSです。
※ミステリーものではありません
元スレ
【モバマス】遊佐こずえ「今日もどこかで笛が鳴る」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1550539145/
「おぼえたら……かんたんだよぉー?」
プロデューサーが事務所の扉を開けると、丁度こずえは
小さな手の中でルービックキューブをカチャカチャ鳴らして遊んでいた。
「はい……できたぁー」
「えっ、こずえちゃんもそんな簡単に……!? 出来るのが普通なの!?」
手渡されたキューブをひっくり返して眺めながら
斎藤洋子は信じられないという顔をしている。
その隣では真鍋いつきと若林智香が同じ玩具相手に苦戦を強いられていた。
「ハイハイ、皆。おやつ買ってきたよ。好きなのを食べてね」
プロデューサーはテーブルの上にお菓子を並べながら
近くにいたこずえにアニマルクッキーを渡した。
彼女はそれを桐野アヤの所に持っていって一緒に食べようとする。
アヤが頭から食べるかどうか悩んでいる間に
こずえはバリボリ音を立てて三枚ほど咀嚼していた。
「……そう言えばプロデューサー、今日ファッション関係の打ち合わせなかった?」
「……! あ、忘れてたわ! アヤ、ちょっとこずえ借りるわね!」
彼女はこずえを脇に抱えると、ドアを開けたまま慌ただしく出ていった。
「どっか抜けてるんだよなぁ、プロデューサー。残念美人っていうか……」
「普段はかなり出来る人なんだけどね。日本語上手いし」
お菓子を片手にアイドルたちはそんな談笑を交わしていた。どこかで小さな笛の音が聞こえた。
# # #
「ふー……間に合った、間に合った」
無事こずえを営業先に届けたプロデューサーは、椅子に座って無糖の缶コーヒーを煽った。
今日は高級子供服を取り扱う店で富裕層に向けた新作ブランドのイベントがある。
こずえはそのメインモデルとして呼ばれていた。
控え室に入るなりこずえはスタッフに囲まれて次々と美しい子供服を着せられ
脱がされて念入りに最終チェックを受けている。
ジュニアモデルの大半はこの退屈で不快な着せ替えに嫌がる。
その中でされるがままになり、服を汚したり
痛めるような事を一切しない彼女は重宝されていた。
見た目が愛くるしい点も高得点である事は改めて言わずとも理解出来るだろう。
「……プロデューサーさん、このような服はいかがですか?」
服の選定も終わり、手持ち無沙汰になったプロデューサーは
しばらく隣にある婦人服をチラチラと覗いていた。
店員に話しかけられたのはそんな時だった。
「いやぁ、私は買うつもりとか……」
「こちらは当店で先日入荷しましたドレスです。
お客様のようにスマートな大人の女性にしか着こなせない一品ですよ?
黒色でシックに統一すると、お客様を一段と魅力的に見せるかと」
「――あら、分かってるじゃない。
やっぱり私、黒色にどうしても落ち着いてしまって……」
売り込み口調は一度同意をしてしまうと、容易に止まらない。
いつの間にか店員のセールストークにプロデューサーは注意を奪われた。
その間こずえはスタッフの目を盗んで試着室から抜け出し、フラフラと歩いていく。
……ずらりと並ぶドレッサーの隙間から
ぐんと伸びてきた四本の手は、巧みに彼女の口と胴に絡み付いた。男の腕だった。
絡め取られた彼女はそのまま男二人に担がれ
隣接する非常階段から従業員通路を通って、外に出された。
その場所にはあらかじめ停められていた車があった。
示し合わせた様子で後部ドアが開き、男たちは彼女と共にそこへと潜り込んだ。
一分も立たないうちに車はすぐさまエンジンをふかして、イベント会場を後にする。
# # #
「それ見たか! どうだ、俺のプラン通りだったろう?」
運転席に座っている小柄の男が少し背を伸ばしつつサイドミラーを覗いて言った。
「だな、兄貴!」
「やっぱ兄貴はすげぇや!」
後部座席に乗り込んだノッポとデブの二人は、一緒になってこずえを手際よく拘束し終えた。
三人共、絵に書いたかのように黒服・サングラス・マスクといった出で立ちだ。
とはいえ、プライバシーフィルムの付いた窓越しにはほとんど中の様子は見えない。
「おだてるのは、まだ早ぇ。誘拐ってのはな、最初が肝腎なんだよ、最初が。
アイドルが消えたってサツが知るよりも早く、首都圏を抜けるぞ!」
「……しかしよぉ、兄貴ぃ」
後部座席でデブが遠慮がちに言った。
「連れ込むのは順調だったんだがよ……」
「あァ? なんだ! 顔を見られたって言うのか!?」
「いや、顔は見られてねぇよ。ただよ……このガキ、あまりにも抵抗しねぇから不気味なんだよ……」
彼が横目で見たこずえはというと、怯える様子も騒ごうとする様子も見せず
ポケットからおやつのアニマルクッキーを取り出して呑気にボリボリと味わっていた。
自分の置かれていた状況が控えめに言って全く理解できてない様子だった。
「防犯ブザーの類いも鳴らさないっつーかそもそも鳴らそうともしねぇし
……この年頃ならよ、もうちっと警戒心あってもいんじゃねぇか?」
「大方ここが弱いんだろ?」
小柄のリーダーが、自らの頭を人差し指で小突いてみせる。
「リサーチの通りだぜ。こいつが人気アイドルの中で一番拐いやすい。
ちいせぇし、とろくせーし、予め店員に金つかませたが、杞憂だったかもな」
そうこうしている間に車は高速道路の入り口に差し掛かろうとしていた。
「そろそろか……オタクどもから巻き上げた金をたっぷりと搾り取ってやろうじゃねぇか!
どうせこいつに流れる金なんざ、きたねぇ親が懐に入れて無駄遣いするんだからよ」
「ははっ、違いねぇ」
「……なぁ、兄貴……」
おずおずとしたノッポに聞かれて、神経の高ぶっているリーダーの小男は後ろを一瞥した。
「だから、何だよ!」
「へへ……ちょっとさ、こいつにイタズラしても構わねぇかい?」
ノッポの顔は変に紅潮していた。彼はこずえが防犯ブザーを持ってないか軽くボディチェックをしていた。
ブザーは見つかったものの、どうやら抵抗しない彼女に対して歪んだ興味を抱いたようだ。
「また病気が騒いでんのかよ!
止めとけ、まずはサツが動き出す前に安全地帯に逃げるんだよ!
身の危険が遠ざかってからなら、好きにしろ」
そうしていると、前を走っていた車が徐々に速度を落としていく。
どうも先頭で交通規制が起こり始めたようだ。
「……まずいな……この高速に乗らねぇとサツを振りきれない……かといってこの渋滞は……」
焦る小柄の男の神経を、後部座席のクッキーの咀嚼音が無駄に煽り立てた。
「……おいっ、クッキーを手放せって言……おいこら、何で拘束解いてるんだよ!」
後を見ると、猿ぐつわもないこずえが
人形のように真ん中でシートベルトをつけたまま座っている。
「だってこいつあまり動かないし……」
「油断すんなってことだよ! ちっ……この規制、タイミングが悪すぎる。
もしや、もう感づきやがったか……」
「……えーい……」
小柄の男が視線を落とすと、いつの間にか運転席の下に潜り込んだこずえが
アクセルを踏んでハンドルにぶら下がっていた。
当然、車は急発進した。前の車にぶつかる寸前で
運転席の男は反動を切り無理やり左車線に潜り込む。
後方から鳴り響くクラクションから逃れるように
男たちは狭い脇道を縫うように奥へ奥へと進んでいく。
「ハァ……ハァ……! こっ、このガキぃ! 何しやがる!」
チビの男は殴りかかる勢いでこずえを怒鳴り付けた。
しかし、当の彼女はそよ風を受けているかのように動揺せず後部座席に戻っていった。
「でも兄貴、お陰であの渋滞から抜け出せたぜ?」
「うるせぇ! こう注目浴びたら意味ねぇだろ!
とにかくこの脇道通ってここから離れるぞ! 車は途中で捨てる!
こいつはぐるぐる巻きにしてしっかり見張っとけ!」
# # #
「この交通規制に巻き込まれていると踏んでたのですがね……」
イベント会場では、本番前にこずえの姿が見えなくなった事で一時騒然としていた。
駆けつけた警官たちは、プロデューサーや店員を相手取り
片っ端から事情聴衆を繰り返している。
「警部、報告が入りました。現在渋滞している高速道路を中心に
捜査していますが、今のところそれらしき人物は検問に引っ掛かっていません。
ただ、そのインター前で荒い運転をしながら
渋滞を逃がれたハイエースが一台目撃されています」
「ふむ……他に有力な情報はないし、一応その車を追跡してみるか。
念のため捜査網を拡大し動員を増やせ。
これにひっかからないとは、中々悪運の強い奴らですな」
「……あの」
警部が同意を求めるように尋ねると、プロデューサーは控えめに返した。
「長くなるようでしたら、ちょっと並行して仕事を続けたいんですが……」
「……。ああ、構いませんが、犯人からいつ
こちらに連絡が来るかもしれませんので
すぐ対応出来るよう我々の傍に居てください」
警部の言葉に感謝したプロデューサーは適当なテーブルに着くと
コーヒーを片手にノートパソコンを開いて何やら打ち始めた。
まるで他人事みたいなその態度に面食らった警部の隣で警官の一人が耳打ちをする。
「……警部、あのプロデューサーおかしくないですか?
大物の子役アイドルが行方不明になったんですよ
もっと動揺したり青ざめたりしてもいいはずでは?」
「動揺されても、捜査の足しにならん。静かにしてくれるならいいさ」
「はぁ……ですが……」
「……とはいえ、確かに不自然ではあるな。
一応狂言誘拐の可能性も視野に入れて、彼女からも目を離さないようにしろ」
# # #
さて、脇道に逸れた誘拐犯三人組は車内から警察の動向を探っていた。
既に最初の車は乗り捨てていて、別の盗難車に乗り換えている。
「……やべぇよ兄貴……この先にもサツがいる。どうやら捜査網拡大するらしいぜ……」
「ちっ……後少しでまけるというのによ!」
無線を盗聴しているノッポが焦るように報告する。
運転席にいる小柄の男は歯を食い縛りながら進行していた道を迂回した。
これで五度目の進路変更になる。
磨耗していく神経からか、彼の爪は噛み跡で既にボロボロになっていた。
「……こずえ、かくれられるばしょ、しってるよー……」
ノッポとデブが後部座席を見ると、簀巻きにしていたこずえが
コロコロと転がり、顔を上に向けて話しかけた。
「あぁ? どこだよ」
「そこのあかいコンビニ左にまがってー……
はんぶんにおれたおとこのこをみぎー」
他に行く場所もなく、丁度警察の居ないルートなのでそのまま幼女の妙な指示に従い、進んでいく。
確かに赤線の入った看板のコンビニを左に曲がると、半壊した飛び出し坊やが立っている。
事故の多い道路らしくあまり歩行者の姿は見えない。
「お、おい……!? この先って……誘拐した場所の近くじゃねぇか!?」
「やっぱこいつアタマわりぃよ!
ここから元に戻ったらじゃ俺たち捕まっちまうよ!」
「……いや、行けるかも知れねぇ……」
兄貴分の意外な一言に弟分たちは呆気に取られた顔で互いを見つめあった。
「……さっき、無線で捜査網を拡大すると言ってたな?
つまり、それまでの捜査範囲はあらかた調べ尽くしたという事だ。
調べ尽くした範囲をもう一度調べるまでには、まだ時間がかかる。
現にここらはほとんどサツが居ねえ。
そりゃそうだ、追いかけっこ開始して間もないのに鬼に近づく馬鹿はいねぇよ。
……だからサツはここに最低限の人員しか残していねぇんだ」
小柄の男は煙草を一服吸うとハンドルを右に回した。
どこかで小さな笛の音のようなものが聞こえた。
「とりあえずこいつの言う場所に行ってみてだ
しばらく息をひそめて、捜査網が狭まったら突破するか」
「サツの裏をかくって訳か!」
「流石兄貴だぜ!」
ノッポとデブは兄貴分の主張を理解すると疑う事を止めて賛同した。
# # #
「ひょっとしたら、犯人さん、まだこの辺りを
うろうろしているかもしれませんよー?」
一通りデスクワークを終えたプロデューサーは
退屈そうに座っている椅子をくるくると回しながら警察官に言った。
彼女をマークするよう指示された彼らは、既に彼女を現場から事務所へと連行している。
誘拐犯が連絡を取るなら、現場よりもここだと判断したのだ。
会場のイベントは目玉のこずえなしで既に終了していたが
客の中には物々しい警官の姿を発見し、こずえの姿も見えなかった事から
何かあったのではないかと不安がる声も出ていた。
「それは有り得ません。ここら一帯は調べ尽くしています」
さっきから警官はやれやれといった態度で対応している。
プロデューサーか何だか知らないがこのモカのような肌をした
外人女性は、全く現状を把握できていないらしい。
プロダクションでも有数の稼ぎ頭であるアイドルが拐われたとなっては
大事にならない方がおかしいのに、まるで近所にお使いに行かせたような緊張の無さだ。
周りにいるアイドルたちもそわそわとして落ち着かないというのに
これでは話し相手になっている方も調子が狂ってしまう。
(これは狂言誘拐の可能性も、いよいよ大きくなってきたかもな……)
彼女を見張っている数人の警官は口にこそ出さないがそう思わざるを得なかった。
それにしてもどうしてこんなに暢気でいられるのか。
警察や事務所を相手にした狂言だとしても
もう少し緊張を見せてもいいじゃないか。
余程神経が図太いのか、頭がおかしいのか。
いずれにしても不可解な人物である事は間違いない。
「今は捜査範囲を広げ、犯人の足取りを探っています。
誘拐犯から電話があれば、余計な事を喋らずにこちらの指示に従ってください」
「んー……ちょっと化粧室に行ってきていいですか?」
「どうぞ」という返事も待たないまま、彼女はスタスタとトイレに入った。
# # #
「……。……。随分、長いな……」
警察はさっきから何の音も聞こえないトイレの前で、時計を覗いた。既に三十分経過していた。
不審に思った警官がトントンとノックした。
いくら叩いても返事はない。
嫌な予感を覚えた彼らは、躊躇なくドアノブを壊して中を覗いた。
「あっ!?」
警官たちは絶句する――その個室では小さな天窓が開いているだけで
プロデューサーの姿はどこにもなかった。
他に出入口らしきものはない。おまけに天窓は人がとても通れないサイズだ。
この神隠しに彼らは目を丸くして上司にどう報告すべきか頭を痛めた。
# # #
「ここー……」
その頃、誘拐犯三人組はこずえの言う通りに進み、あるホテルにたどり着いた。
ここはプロダクションの息のかかった場所であり
所属アイドルなら誰でも無料で利用出来る場所だった。
当然、こずえも暗証キーを持っている。
ただし、今回は後ろから怪しい男が三人ついてきていた。
こそこそしていればかえって怪しまれるため、彼らは
顔こそ隠してはいたものの、実に堂々とホテルの内部へと侵入した。
まさか警察も件のジュニアアイドルしか利用できない
しかも犯行現場に近い場所に潜んでいるとは思わないだろう。
「兄貴の言った通りだ! サツの奴ら、更に捜査を広げるってよ!」
備え付けのテレビで情報を得ているデブとノッポを前に、兄貴分の男は煙草を吸って一服した。
「ああ……しかし、ずっとここに籠るわけにもな……
おい、とりあえずあのガキを見張ってろ」
ノッポに小柄の男は顎で指図した。
男は「へい」とだけ返事をして、こずえをバスルームに連れていった。
「……」
個室に入るやいなや、ノッポはねばついた視線でこずえの爪先から頭頂を観察した。
当のこずえは男の目など気にせず椅子に座って
宙に浮いた足を退屈そうに揺らしていた。
「……おい、まさかとは思うがまだ発信器とか持ってねぇだろうな……?」
「はっしんきー?」
「し、知らねぇのか? ……な、なら俺が探してやる!
これは兄貴のためで、俺のシュミとかじゃねぇからな……勘違いするなよ」
男はこずえを立たせてから、彼女の薄い肢体にベタベタと無遠慮に触り始めた。
大人になる片鱗すら見せていない未成熟な肉体の感触が布越しから充分に伝わってくる。
「何も持って無いようだが……ね、念には念を入れておくぞ! 服を脱げ!」
「ぬがせてー……」
「何!?」
「いつもねー、こずえ、おにんぎょーさんになって……きせてもらうのー」
「しょっ、しょうがねぇーな! これだからガキは!
手が、か、かかかかって困るんだよっ!」
男は頼りない理性を抱えながら少女の服に手をかけた。
こずえは全く抵抗する気を見せない。
抵抗という概念すら知らない様子で男の為すがままになっている。
おずおずと震える手で脱がしていくと、服の下に隠れた胸の突起に触れた。
誘惑に堪えきれずに男はその部位をこっそりといらう。
硬く膨れこそはしなかったが、少女特有の柔らかく
儚い突起の感触は、男の指腹を即座に魅了した。
「……んー……? おしりにかたいのあたってるー……」
男は抑えかねる欲望を少女の可愛らしい尻肉に擦り付けながら息を荒げている。
こずえの尻に押し付けられたそれは何度となく脈を打ち
身勝手な熱気を相手に伝えていた。
「ハァ……ハァ……うるせぇ、大きな声出すな……」
男は最早隠すことなく、こずえを抱えて幼尻に熱い興奮を擦り付けていた。
彼の骨ばった手が縞模様のショーツの中に滑り込む。
「知ってるんだぞ……。オンナってのは何かを隠す時に『ここ』使うってな……。
ち、小さくて……キュウキュウだろうが、見逃してやらねぇぞ……?」
皺一つないすべすべした瑞々しい玉肌に蛸のように手を這わせていくと
やがてぬるりとした亀裂を発見する。
強引に男の指がその内へと潜り込もうと試みる。
「……っ……!?」
男は腕の中からこずえの姿が消えている事に気づいた。
床のぬめりに足を取られた彼は、そのまま尻餅をついた。
ぶよぶよとした感触が手のひらを犯す。
周りを見ると既にあの部屋ではなく、洞穴のような場所にいる。
むせかえるような生臭い匂いが彼を包み込んだ。
常軌を逸したこの光景を前に、不思議と彼は恐怖や不快感を感じなかった。
それどころか、まるでこのような場所を
遠い昔に知っているような、一種の懐かしさすら覚えていた。
「……。……。……」
そのぬくもりの中で彼は徐々に正常な思考を奪われていった。
力なくその場にへたり込むと、彼は膝を抱えたまま横向きに寝た。
やがてか細い笛の音をその耳に聴きながら、揺りかごの中の
赤ん坊のように、静かに深い眠りの淵へと堕ちていった。
# # #
「大丈夫かな兄貴……?」
デブに話しかけられた小柄の男は煙草の先を灰皿に擦り付けた。
煙草は既に十本目に入っている。
「……あァ? 何がだ」
「何がって……アイツの女のシュミ知ってるだろ? 二人きりにさせたらよぉ……」
「へ、押し倒すってか? ……あのガキが騒いで出てこない限りは何しようが勝手だ。
大体、あんなフワフワしたオツムなら多少ナニされても理解出来るか、怪し……」
その時、部屋に突然着信音が鳴り響いた。
備え付けの電話ではない、小柄の男のスマートフォンからだ。
画面を覗くと、不思議な事に送信先の番号が現れていない。
怪しいと思った彼は電話を切った。
しかしそれは切ったそばからまたかかってくる。
彼は仕方なく電話に出る事にし、スマートフォンを耳に当てた。
向こうから透き通るような美しい女の声が聞こえてきた。
『もしもし、犯人さん? 今からそっちにこずえ迎えに行きますからよろしくー』
「……なっ……!? おい、待てッッ!!」
返事も待たずにその電話は一方的に切られた。
男の神経質な顔がみるみると青ざめていった。
「ど、どうしたんだよ兄貴ッ!?」
スマートフォンを踏み潰して男は唾を吐きかけた。
――居場所がバレている!
いや居場所よりももっと訳が分からないのは、仲間内でしか知らないはずのスマホに
何で赤の他人である女がピンポイントでかけてこられるか、だ。
仮にスマホの番号を割れていたとしても
先に人質の安否を確認したり交渉したりするのが先だ。
それなのに、迎えに来るというメッセージだけ告げて切るのは不可解極まりない。
「チクショウッ! おい、早くここを出るぞ! 訳が分からねぇが、居場所がバレた!」
彼は隣部屋のドアを開けて、こずえを無理やり引きずり出した。
しかし、そこには見張り役のノッポの姿は見えない。一人で逃げたとは考えられない。
警察に追われているのに、服を全部脱ぎ捨てて、街中を逃げる人間がいる訳がない。
そしてジリジリとした焦燥感に食いつかれている男たちなど知らず
こずえは半裸のままボーッと宙を見つめていた。
「アイツはどこだ!?」
しかし、探してもノッポの姿は浴室にもクローゼットにも脱衣場にも見当たらなかった。
――ただ、床に落ちている彼の服の中に、もぞもぞと動くものが在った。
それは水を桃色の膜で包んだような小さな生き物で、丸く小さな黒目と
四本の突起を持っていて、横向きにひくひくと動いていた。
「兄貴ー……何かアイツの服の中に変なムシみたいなのが……」
「あァ? 虫に構ってる暇なんざねぇんだよッッ!!」
「うーん、このムシ……学校かどっかで見たことあるんだよな……」
デブは首を傾げながらもノッポの服だけ拾うとその生き物を一思いに靴底で踏み潰した。赤い鮮血が靴の下で爆ぜた。
とにかく長居はしていられないと、二人は幼女を連れて慌ただしく玄関に向かった。
「――お待たせしました」
ドアを開けると、そこには黒いスーツとネクタイに身を包んだ女性が微笑みながら立っていた。
長身でスレンダーな体に、闇夜から掬い取ったかのような艶やかな漆黒の肌をしていた。
長いストレートの黒髪は背まで垂れている。
顔には黒いサングラスを掛けているものの、目鼻立ちはどの人種にもまずいないほど美しく整っていた。
夜空をそのまま切り抜いたかのような黒ずくめの女性だった。
「誰だ!」
「初めまして。私、遊佐こずえの担当プロデューサーを務めております
音風蓮華と申します。以後お見知りおきを」
名刺を手渡そうとする彼女の豊かな胸元に、男は銃を突きつけた。
「大人しくしてろよ。でないと遊佐こずえの命はないぞ!」
呼応するようにデブがこずえの小さな体を抱えて、その可憐なこめかみに冷たい銃口を突きつける。
「ふわぁー……プロデューサー……」
その時、か細い笛の音が耳を撫でた。
誘拐犯二人はプロデューサーの手を握るこずえを見た。
デブががっしり抱えていたはずの彼女はいつの間にかすり抜けていた。
混乱する頭のまま、男たちは彼女から目を離す事が出来なくなった。
……こずえという少女の輪郭がみるみるうちに朧気になり、空気を取り込むように混沌としていく。
ゆらゆらとその影は、徐々に人とは思えない無数の触手と鉛色の泡となり、蠢めき始めた。
それに呼応するかのように、何処からかくぐもった太鼓の連打が聞こえてきた。
男たちは得体の知れない恐怖心が急速に膨張していくのを抑え切れなかった。
この世のものとは思えない不気味な旋律と共に
神経をくすぐるようなかぼそいフルートの音色が添えられていく。
いつの間にか、彼女の周りには無形の踊り子たちが涌き出ていた。
それらは冒涜的な形の魔笛を吹く。
まるで、白痴なる主の無聊を慰めるかのように……。
「……うう……っ!」
二人は目が熱くなるのを感じ、目蓋を押さえた。
するとその掌にドロリとした液体と共に、腐敗臭のする球状の物体が落ちてきた。
それが千切れ落ちた己の眼球だと気づくのに時間はかからなかった。
ぽっかり開いた暗い眼窩からなおも見えるは、あの音楽隊を統べるおぞましい無形の魔王の姿だった。
そして、その隣に控えている者の姿をも、彼らは捉えてしまった。
それは、無数の触腕が伸縮する異形だった。
円錐形の頭部を持つその怪異は、どの言語にも属さない声のような何かを発して語りかける。
しかし、何を言っているのか男たちには到底理解できなかった。
横隔膜が掻き乱される膨張した不快感と共に、胃の中にあったものが全て逆流した。
食道から堰を切ったかのように吐瀉物が溢れ返り、喉を焼き爛れさせた。
胃が空になると代わりに狂笑が口の中から躍り出てきた。
呼吸すらも忘れて彼らはその場で這いずり、笑い続けた。
なけなしの知能が太陽に晒された薄氷のように解けていくのを感じながら……。
# # #
「……ごめんね、こずえ。退屈させちゃって」
こずえの手を引きながら、音風プロデューサーは何事もなく件の建物から出てきた。
いつもと変わらない様子で顔を見上げいるこずえの頭を優しく撫でた。
「みんなに……あいたいー……」
「うんうん。アヤも肇も心配してたからまず事務所に帰ろうね。
……ここにはもう、楽しいものもなくなったし」
こずえはこくりとうなづくと、開いたドアから後部座席に乗り込んだ。
この魔王を慰めるのは骨が折れる――
シートベルトを締めながらプロデューサーは心の中で独りごちた。
34 : ◆K1k1KYRick - 2019/02/19 10:36:44 kuo 32/32以上です
ここまで読んだ貴方にSAN値チェックです。
成功で1D10、失敗で1D100の減少。