※大崎姉妹のバレンタインSSです
※Pドル要素を多分に含みます
「……ねぇ、なーちゃん」
「あのね……バレンタイン、なんだけど……今年は、一緒じゃなくて……いい、から……」
「だから、なーちゃんはプロデューサーさんのために……なーちゃんのために、ほ、本気でチョコ、作っていいよ……!」
元スレ
【シャニマスSS】NOITCEFFA【大崎甜花】
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1581606416/
1, "Real" in the mirror
2月に入って暫くすると、色んなところから甘いにおいがしてくるような気になる。少し前まで節分とか恵方巻とかで盛り上がっていた(甜花には1本丸ごとはちょっと多かった)。
なのに今では広告もテレビもチョコのことばっかりで、ついにいつも見てる動画サイトのCMまでチョコに染まってしまった。逃げられない。この空気から逃げ出すにはDEXが足りない。
さらに言えば、今は安息の我が家すらチョコのにおいが満ちている。それもそのはずで、キッチンからはご機嫌な鼻歌と一緒にかたかたと切ったり混ぜたりする色んな音が流れ込んでくる。
「まーっすぐにーとどけよう~」
……なーちゃん、ほんとうに楽しそう。
去年一緒にキッチンに立った時も、なーちゃんは楽しそうではあった。お料理とかぜんぜん出来なくて、不器用で、どうしようもない甜花のお世話をしてくれて、満足気な笑顔を向けてくれていた。
今にも泣いちゃいそうな甜花をしょうがないなぁと慰めながら、テキパキと工程を進めてしまうんだから、なーちゃんはすごい。
でも、今年は違う。なーちゃんのとなりに、甜花は立ってない。甜花は今、リビングのテレビでタマゴの孵化作業。
どうしてそんなことになったのか、というと、話は少し前に遡る。と言っても、そんなにたいしたことがあったわけじゃない。
『甜花ちゃん、今年のバレンタインなに作るー?』
なにかの雑誌の季節感たっぷりな記事を見ながら、なーちゃんはうきうきした声で聞いた。
『去年はデビ太郎だったけど、今年はどうしよっかなぁ……かわいいのもオシャレなのも、あげたいのは色々あるけど……』
誰にあげるのか、は聞かなくても分かる。プロデューサーさんになにをあげたら喜んでくれるかな、と考えているなーちゃんは、なんだかキラキラして見えた。
でもきっと、なーちゃんが作りたいチョコは、甜花には難しい。甜花じゃきっと、じゃまになっちゃう。それはいやだった。
『……ねぇ、なーちゃん』
だから甜花は、今年は一緒じゃなくていいよって、言った。
『──え……?』
なーちゃんは最初はすごく驚いて、一瞬だけ動きが止まった。でも、なーちゃんのやりたいように、やってほしいから。何度も何度もがんばって説明したら、分かってくれた。
『がんばって、なーちゃん。甜花、応援してる、から……!』
『甜花ちゃん……うん、ありがと!』
なんだか少しだけ複雑そうな顔をしていたけど、たぶん、甜花とお料理するの楽しいって思ってくれてるから、それができないのと比べてたんだと思う。
そして、今。今日は2月の11日。うれしい祝日。なーちゃんは前の土日に試作用も合わせてとてもたくさんの材料を買っていた。デコレーション用のチョコペンとか、色々。甜花にはよく分からないけど。そして今日は朝からずっと、ごはん以外はキッチンに篭ってチョコを作ってる。
「……あぅ、特性違う……」
甜花はずっとゲーム。最近は前よりずっとお仕事も忙しくなってきておやすみも少なくなっちゃったから、せっかくもらえたオフの日は大切に浪費している。寝て、起きて、ごはん食べて、ゲームして、寝る。文明的。
それにしても、よくこんなにずっとチョコ作りをし続けられるなぁ、としみじみ思う。双子なのに、甜花にはとてもできそうにない。ソシャゲの周回作業とかなら、甜花にもできるかもだけど。
甜花となーちゃんは、なんとなくの見た目だけは鏡に写したみたいにそっくりだけど、ほんとうはぜんぜん違う。なーちゃんはすごい。
でも、それだけじゃない気がする。去年もほんのりと感じたけど、最近はさらに、違う感じがする。プロデューサーさんと一緒にいる時。
プロデューサーさんの話をしてる時。プロデューサーさんが、なーちゃんの話をしてる時。……プロデューサーさんのことを考えながら、チョコを作ってる時。なーちゃんはうれしそうで楽しそうで、なんだかふんわりした顔をする。
アイドルになる前とも、アイドルになってすぐの頃とも違う。なーちゃんはちょっとだけ変わった。
『何かを好きって思う気持ちが、人が変わるきっかけになることって、多いと思うの』
『……それって、恋と一緒だなぁって』
いつだか、千雪さんが言っていた。……恋。恋。漫画やゲームや小説なんかだとよく出てくるし、ありふれてる。でも、変わるっていうのがこんなにおっきな『変わる』なのは、ほんとうだとは思わなかった。なーちゃんは、どんな気持ちなんだろう……?
「できたー!」
ぼんやりしてたら画面で自転車がNPCにぶつかってしまっていて慌てていると、キッチンからひときわ大きな声がして、びくっとしてしまった。恐る恐る振り返ると、甜花を呼ぶ声がする。
「甜花ちゃん甜花ちゃん甜花ちゃん! こっちきてー!」
「は、はぁい……」
きちんとセーブをしてから、コントローラを置いて、キッチンへ向かう。
「……す、すごい……!」
一歩踏み込めば、目に飛び込んで来るなーちゃんのがんばりの結晶。思わず声が出てしまった。
「かわいい……!!」
「ほんと!? やったぁ!」
そこにあったのは、お店でしか見たことのないようなきれいにデコレーションされたチョコたち。色も飾りもそれぞれで違って、ひとつとしておんなじものがない。きっと、中身の味もぜんぶ違うんだと思う。
これが、なーちゃんの本気。
「あとは崩れないようにしーっかり冷やして、前の日に箱に詰めるだけ! ……よかったぁ」
なーちゃんはうれしそうにピースを決めてから、丁寧にチョコを冷蔵庫にしまう。達成感というか、安心、のようなものが伝わってくる。それだけ、このチョコに込められたなーちゃんの思いは大きいんだろう。
どうしても思い出してしまうのは、去年のバレンタイン。同じ材料、同じモチーフ、同じ工程、同じ道具で作ったはずなのに、甜花のデビ太郎はぐしゃぐしゃで、ぜんぜんきれいに作れなくて。
でもその横でなーちゃんはビックリするくらい完璧なデビ太郎を作ってた。すごいなぁって、甜花は思ってたけど、でも、なーちゃんはぜんぜん全力でもなんでもなくて、きっと、甜花に合わせてくれてたんだ。
足を引っ張ってるんじゃ、とは思ってた。でも、こんなにも差が、大きい。
なんだろう。
なんだか、もやもやする。
「……甜花ちゃん?」
「……あぇ!?」
「甜花ちゃん、どうしたの?」
使った道具の後片付けをしていたなーちゃんが、心配そうに甜花を覗き込む。甜花は慌てて首を振った。
「う、ううん、なんでもない……大丈夫……」
「それなら、いいんだけど……」
「……そ、それより、甜花にも……なにか手伝うこと、ある?」
「いーよいーよ、甘奈が使ったんだし、甘奈が片付けなきゃ! それに、ゲンセン……だっけ、も途中でしょ?」
「それは、うん……」
なんとなく居心地が悪い感じがして、変なことを言い出してしまったけど、よく考えれば甜花が片付けなんてしたら、もっと面倒なことになっちゃう。おとなしく、リビングに戻らなきゃ。
でも、やっぱりなんだか、変な感じ。
気になることがある。
「……ねぇ、なーちゃん」
「んー? なぁに、甜花ちゃん」
なーちゃんは洗い物をしながらこっちに耳を傾けている。おっきなボウルが洗剤の泡でもこもこに覆われていく。
「なーちゃんは…………えっと、……プロデューサーさんのことが、好き、なの?」
キッチンの時間が一瞬だけ止まったみたいだった。そして、滑り落ちたボウルがシンクにぶつかってすごい音が鳴る。
「えっ、てっ、な、……なんで」
「甜花でも、分かる……なーちゃん、変わった、から」
なーちゃんはあからさまに動揺していた。ごまかし切れていない。動きを止めて、すこし顔をふせてから、言葉をこぼすみたいに呟いた。声は少し、震えていた。
「……やっぱり、ダメ、かなぁ。甘奈は……アイドルだから……」
「! あぅ、えっと、ちが、そ、そうじゃなくて……」
思ってなかった方に話が飛んでしまったから、びっくりする。でも、そっか。アイドルはあんまりそういうの、よくないんだっけ。283にはそういう決まりがあるわけではないと聞いた覚えもあるような気がしないでもないけど。
「……甜花ちゃん……?」
「えっと、ね……ただ、ちょっと、……『好き』って、どんな気持ちなんだろって、気になって……なーちゃん、とっても楽しそう、だから……」
「好きって、気持ち……?」
「う、うん、そう……」
なーちゃんは「うーん」と唸りながら泡だらけのボウルを拾った。そういえば、片付けの途中だった。やっぱり甜花、早く戻った方が良かったかな。
「あのね」
ボウルをもう一度スポンジで擦って、濯ぎ始めたくらいに、なーちゃんはまた口を開いた。
「なんで言えばいいのかな……甘奈ね、最近……プロデューサーさんのことを考えると、胸がきゅーってなって……でも、同じくらい、あったかくなるんだ」
「きゅーってなって……あったかく……」
「うん。それが、たぶん……『恋』ってもの……なんじゃ、ないかな。 甘奈は……プロデューサーさんが、好き……だから」
「……ありがと、なーちゃん。ごめん、ね……急に変なこと、聞いちゃって」
「ううん、いいの! むしろバレンタイン前に、ちゃんと整理しとかなきゃって、思ってはいたから……」
「……がんばってね、なーちゃん」
「……うん!」
今度こそこれ以上じゃまをしちゃわないように、いそいそとリビングへ戻る。ゲームのスリープを解除して、コントローラを握る。
ぐるぐる、ぐるぐると、同じところを自転車で走り回る。何個タマゴを孵しても、理想の個体は出てきてくれない。
「……今日はもう、いいや……」
そんな気分じゃなくなってしまった。忘れないようにセーブをして、電源を切る。
暗転したテレビの画面には、甜花が写っている。
いつもの甜花だった。でも、いつもよりちょっと、違う顔をしていたかもしれない。
よく分からない。
今自分が、何を思っているのかすらも。
2, Idealich / Ich-Ideal
学校に、レッスンに、お仕事に。たった数日なんて、瞬きするくらいの速さで過ぎてしまう。
つまりは、もう13日。
リビングではなーちゃんがチョコの箱詰めをしているはず。甜花は自分のお部屋で、甜花の方のバレンタインの準備を進めていた。
と言っても、やっていることはとても(甜花でもできるくらい)簡単。買ってきたデビ太郎のチョコを、かわいい袋で包んでちょこっと飾るだけ。包むのは手作業だから、実質手作り。甜花、天才。
これなら時間もかからないから、プロデューサーさんだけじゃなくて、なーちゃんと、千雪さんと、283のみんなの分も、用意できる。
「……これで、いい……ん、だよね……」
ラッピングされたデビ太郎たちを見ていたら、なぜかため息が出た。思い浮かぶのはなーちゃんのチョコだ。そのままお店で売れるくらい、きれいなチョコレート。その完成度に現れている、なーちゃんの好きの気持ち。
あれを見てしまうと、甜花のこれが、ひどく幼稚なものにしか見えなくて、だんだんと気分が落ち込んできてしまう。
「…………?」
でも、考えてみると、それはなんでなんだろう。
なーちゃんは、プロデューサーさんのことが好き。だから、チョコもあんなにこだわって、がんばって作っていた。それを見て、甜花は……恥ずかしいと、思ったのかな。どうなんだろう。あのチョコと比べて、甜花のチョコは手抜きで、"軽い"感じに見えちゃう。
でもそれって、甜花もなーちゃんと同じくらい、気持ちを込めたんだって思って欲しいってことなんだろうか。
「でも、それだと……」
甜花は、甜花も、なーちゃんと同じくらい、プロデューサーさんのことが、好き……ということに、なる……?
なんだか混乱してきた。一度ゆっくりと深呼吸をする。そしたら、もう一回、考えてみよう。
「好き、……ってなんなんだろ……」
前にもこんなことを、考えたことがあった気がする。好きの気持ち。恋。人が変わるきっかけになるくらい、大きなもの。
千雪さんは、甜花のタイミングでいい、って言ってくれたけど、きっと今、ちゃんと考えないとダメ。たぶん、後悔する。
甜花は、ゲームが好き。あの時はそれも恋かも、なんて千雪さん言ってたけど、きっとほんとうはそうじゃない。この"好き"は、恋とは違う。
甜花は、なーちゃんや千雪さんが好き。お父さんとお母さんも好き。他のユニットのみんなも、はづきさんも好き。社長さんは、ちょっと怖いけど……嫌いではない、と、思う。でもこれも、恋じゃない。たぶん。
じゃあ、プロデューサーさんは……。
その時、急にスマホがピロンと鳴った。
「ひゃう!?」
確認してみると、プロデューサーさんからだった。
『やっとここまで来たよ』
その一言と一緒に送られてきたスクショは、この間プロデューサーさんを(無料ガチャを口実にほとんど無理矢理だったけど)誘ったスマホゲームの画面だった。
1枚目は弱い方のボスの1体を1ターンキルしたところで、2枚目はランク100に到達したところだった。新規最初の壁とも言えるあたり。
『[グッド]』
ほんとうにちゃんとやっててくれてるんだ。甜花はうれしくなって、すぐにスタンプを返した。すると、プロデューサーさんからもスタンプで返ってきた。その画面を見ていたら、口がにんまりしてくる。
……あ。
今、あったかくなった。
なーちゃんは、プロデューサーさんのことを考えると胸がきゅーってなって、でもあったかくなるんだと言ってた。もしかしたら、こういうことなのかもしれない。
プロデューサーさんは、まじめで、でも優しくて、甜花のことをちゃんと考えてくれて、お世話をしてくれる。いつも忙しいのに甜花に構ってくれて、一緒にゲームをしてくれたりするし、甜花が失敗しちゃった時でも怖い怒り方をしたりしない。
お仕事の時はすごくキリッとしてるのに、たまに同い年の男の子みたいにはしゃいだりして、かわいかったりもする。不思議なひと。
好き……なの、かな。ううん、好きではある。それは絶対。プロデューサーさんがプロデューサーでよかったって、いつも思ってる。
でもその"好き"は、他のみんなへの"好き"と……なーちゃんの"恋"と、同じなんだろうか。ちょっと自信がない。だって、甜花は甜花が変わったのかどうか、知らないから。心の中がふわふわしてて、はっきりと捉えることが難しい。曖昧でもこもこだ。
それに、もし甜花もプロデューサーさんのことが好き、だったとして……でも、先にプロデューサーさんのことを好きになったのはなーちゃんだ。
甜花は、なーちゃんのこと応援する、なんて言ってたのに、あとから甜花も好きだった、なんて言うのは、ズルいんじゃないかな。
……なーちゃんは、変わった。いっぱい変わった。プロデューサーさんに恋する前にも、アイドルになって、アルストロメリアになってから、変わった。
甜花は、アイドルになってからのなーちゃんの方が、なーちゃんらしいと思う。生き生きしてて、キラキラしてて、かわいい。もちろんそれまでも甜花よりずっとかわいかったけど、それ以上にかわいくなった。と、思う。
だけど、それを見て、甜花はやっと分かった。アイドルになって、甜花から少し離れて、なーちゃんはなーちゃんらしくなった。なーちゃんのための時間が増えた。
だったら、甜花は、いったいどれくらいの時間を、なーちゃんから奪ってきてしまったんだろう、って。
甜花はいつもダメダメで、身支度ひとつ自分だけじゃきちんとできなくて、いつもなーちゃんに助けてもらってきた。なーちゃんも喜んでそれをやってくれていたから、考えたこともなかった。
……きっと、甜花のお世話を楽しいと思えなきゃ、やってられなかったんじゃないかなって、そう思う。ずっと、なーちゃんの時間も自由も、甜花が。
だから、なーちゃんには、幸せになってほしい。今まで甜花に使っちゃった、使わせちゃった分も、全部。
チョコの残りが少なくなってきた。そろそろ、プロデューサーさんの分だ。いくら甜花でももう慣れてきたから、と、同じようにデビ太郎を手に取って、そこでなぜか、頭の中にプロデューサーさんの顔が浮かんだ。
「……喜んで、くれるかな」
こんなものでも、きっとあのひとは、笑ってありがとうを言ってくれる。優しくて、あったかいひと。
でも、だから、だからこそ、こんなふわふわした気持ちのままで、なーちゃんからこれ以上、奪っちゃうわけにはいかない。
「…………甜花は」
なーちゃんはとてもすごくていい子だから、きっとプロデューサーさんも、幸せになれる。
ふたりが幸せなら、甜花も幸せ。
それが一番。
……一番、なのに。
「……甜花は、お姉ちゃん、だから……」
……あぁ。
今、きゅうってなった。
なっちゃった。
やっぱりこの気持ちは、きっと、でも、うん。
ダメ。……これは、ダメ。
「……ぅぅ……」
ラッピングが終わって手元を見てみると、気づかないうちに少しだけ、プロデューサーさんの分だけ、ちょっと丁寧になってしまっていた。
翌朝。バレンタインの当日。
甜花は、スマホでいっぱい目覚ましをかけて、自分で起きた。これ以上、なーちゃんから……せめて、今日くらいは、何も奪わなくてすむようにしたかった。
朝ごはんを食べて、なんとか身支度をしていたら、なーちゃんが起きてきてしまったけど。
案の定なーちゃんはびっくりするくらいびっくりして、初めて見るような表情をしていた。そ、そんなにかな……。だから甜花は、ラグってしまったなーちゃんにこう言った。
「今日は、バレンタインだから……なーちゃんの、がんばって作ったチョコ……プロデューサーさんに、きちんと、渡して……!」
なーちゃんはまたこないだみたいな複雑そうな顔をしたけど、すぐに笑顔でうなずいた。なーちゃんのチョコは、チョコと同じくらいかわいい箱に入っていて、準備万端。
だからもう、きっと、大丈夫。
……だいじょうぶ。
3, A-symmetry , because──
バレンタインでも、スケジュールはいつもどおり。なーちゃんはお仕事が入っていたけど、甜花は学校からレッスンに行って、あとは自由。
だから今は、お部屋でゲーム。やっぱり孵化厳選をする気分にはならなくて、ぼんやりとオート放置で素材集めをしている。
「……なーちゃん、ちゃんとチョコ、渡せたかな」
甜花はと言えば、あわや大惨事のところだった。まさか自分でも、渡す予定のチョコを直前で見失ってしまうとは思ってなかった。
見つかってよかったし、無事に渡せてよかった。でもなんだか、そのままプロデューサーさんとお話をするのも恥ずかしくて、逃げるようにおうちに帰ってきてしまった。
プロデューサーさんからは『体調でも悪いのか?』とメッセージが来ていた。心配、させちゃったかな。チョコ、どうだったかな。甜花が作ったんじゃないから、おいしいのは大丈夫だけど、でも、そうじゃなくて……。
……ううん、違う。今日は、なーちゃんのための日。甜花はオマケ。なーちゃんのたっぷりのチョコこそ、食べてもらわなきゃだから。
操作せずに放置していられるせいか、どうしてもムダに変なことを考えてしまう。よろしくない。気を紛らわすために高難度バトルでもいこうかな。でもやっぱり、それも気分じゃない。
そうな風にうなっていると、玄関が開く音がして、聞き慣れた「ただいまー」が聞こえてきた。なーちゃんが帰ってきたんだ。声はいつも通り。少なくとも暗くはないから、失敗したなんてことはなさそう。
かと言って、今顔を合わせるのも、正直気まずい感じがする。なんでなのかは、深く考えたらダメなやつ。……なのに、しばらくすると、甜花のおへやのドアをノックする音がした。
「……甜花ちゃん、今、いい?」
なーちゃんだ。
なんだろう、甜花、また何かしちゃったかな。
「う、うん……どうぞ……」
「おじゃまします……」
なーちゃんはそっとドアを開けて入ってきて、自然な動きでおへやの電気を付けた。甜花はいつも手元だけのちっちゃなライトだけでゲームをやってるからだ。
なーちゃんはまた、前に見たのと同じ複雑そうな顔をしてた。怒ってる感じじゃない。どちらかというと、落ち込んでる……くもり、な感じ。
「どうしたの、なーちゃん……?」
「あ、うん、急にゴメンね、甜花ちゃん」
「ううん、大丈夫……チョコ、渡せた?」
「うん、バッチリだよ」
「にへへ……なら、よかった……」
やっぱり渡せなかったわけじゃないみたい。なーちゃんがバッチリって言うなら、きっとバッチリ。でも、それならどうしたんだろう。
「……ねぇ、甜花ちゃん」
「な、なぁに……?」
「なにか、あったの?」
「……ほぇ?」
なにか、って、なんのことだろう?
「今朝、突然ひとりで起きてたから……甘奈、ちょっとびっくりしちゃったんだ」
「そ、それは……」
「……ううん、それだけじゃない。バレンタインのチョコ、急に甘奈だけで作っていいよって言ったり……なんかちょっと、今までと違う感じがして……」
……そっか。最近の甜花、なーちゃんにはヘンに見えてたのかな。なーちゃん相手には、隠し事が難しい。でも、これはできれば、言いたくない。
「……ね、甘奈、なにかやっちゃった? なにか、甜花ちゃんを傷つけるようなこと……」
「ち、違くて……! その、なんでもない、から……なーちゃんは、心配しないで……大丈夫、だから」
「嘘! だって甜花ちゃん、なんだか……無理、してるみたいだもん。今日は、特に……」
「無理、してる……? う、ううん、甜花、無理なんかしてない……」
そんなことしてない。甜花はただ、ほんとはやらなきゃいけない、当たり前のことを、やらなきゃって思っただけで。無理なんか、ぜんぜんしてない。してない、はず。
「甘奈、甜花ちゃんが心配なの……だから──」
「……だ、ダメ!」
「……え……?」
「あ、ごめ、うぅ……でも、ダメ、なの……これ以上、なーちゃんに、迷惑かけちゃ……だから……!」
「迷、惑……? 甜花ちゃん、どういうこと……?」
ああ、また、やっちゃってる。なーちゃん、困った顔してる。やっぱり、甜花のせいで。
「……甜花、今までいっぱいいっぱい、なーちゃんから時間、奪っちゃってる……これ以上は、ダメ……! なーちゃんは幸せにならなきゃ……ぷ、プロデューサーさんと、一緒に……! なーちゃんは、なーちゃんのために、生きなきゃ……!」
まただ。また、胸がきゅうって、苦しい。マラソンで何キロも走った時よりも、ずっとずっと。
なーちゃんとプロデューサーさんが隣どうしで笑っててくれればそれでいいはずなのに。甜花は、甜花だけでも生きられるようにならなきゃいけないのに。
「甜花は、なーちゃんの……お姉ちゃん、だから……!」
握り締めた手の甲に、ぽたりとなにかが落ちてきた。……あれ、甜花、どうして。
どうして、泣いてるんだろう。
「奪って、なんて……」
急に色々と言っちゃったせいか、なーちゃんもどうしたらいいのか分からないみたいに手をふらふらさせてる。でも甜花にも、もうどうしたらいいのか分かんない。
なにも、分かんない。
「…………甜花ちゃん、やっぱり、無理してた」
泣いちゃダメだって、こらえようとしたけどできなくて、そしたら、なーちゃんがゆっくり、やさしく、甜花を抱きしめてくれた。
「……なー、ちゃん……」
背中を、ぽんぽんって、なーちゃんの手が。
だめだよ、そんなこと……そんなことしたら、もう、耐えられない。
「なーちゃん……! う、ぅぁぅ…………!」
「ね、甜花ちゃん。教えてほしいな。甘奈、知りたいの。甜花ちゃんの、ほんとう」
なーちゃんは、あったかい。ぽかぽかで、甜花を包んでくれる。なのに、涙が止まらない。
「……なーちゃん……あのね……甜花、甜花は…………」
「……うん」
「甜花は……プロデューサーさんが…………プロデューサーさんが、好、き……です……!」
もう、逃げられない。
もう、戻れない。
言っちゃった。言ってしまった。
「そっ、か……」
「でも、でも……! 甜花は、これ以上……なーちゃんのじゃまなんて、したくないから……! ダメなの、甜花は、ダメ……」
いつまでも、なーちゃんに甘えちゃいけない。
甜花はなーちゃんの手から抜け出そうとした。でも、そしたら、抱きしめるなーちゃんの手の力がちょっとだけ、強くなった。
「……甜花ちゃん、ありがと、言ってくれて」
「…………え。お、怒らない……の……?」
「なんで怒らなきゃいけないの?」
「先に好きになったの、なーちゃん……甜花、応援するって言った、のに……ズルい……」
「思わないよ、そんなこと。甘奈は、甜花ちゃんがちゃんとお話ししてくれて、めっちゃ嬉しい」
「なーちゃん……」
「……でも、それはそれ、これはこれ。甜花ちゃんが逃げようとしたのは、ちょっとだけ、怒っちゃうかも」
「ひぅ……!? に、逃げ……?」
なーちゃんがお怒りだ。顔は見えないけど、じとっとした視線を感じる。でもやっぱり逃げられない。がっちり捕まえられてる。
「……甜花ちゃんも、プロデューサーさんが好き、なんだよね」
「……う、うん……たぶん……」
「でも甘奈のためにって、引き下がろうとしたんでしょ?」
「それは……! ……甜花は、なーちゃんみたいに、はっきりした……その、恋、じゃないし……なーちゃんみたいに、すごいチョコも、作れないし……」
「どっちが先、とか、どっちのチョコがすごい、とか、そういうのはきっと、関係ないんだ」
「でも甜花、ぜんぜんすごくないし、迷惑かけてばっかりで、きっとみんなのじゃまになるし……」
「邪魔なんて、思わない。思ったことないよ、甜花ちゃん」
なーちゃんは手を緩めて、少し離れる。そして、まっすぐに、甜花と目を合わせた。
「甘奈は甜花ちゃんもだーい好きだから、お世話するのだってお手伝いするのだって、甘奈が自分からやってるんだよ?」
「で、でもそれは、そうしないといけないくらい、甜花がダメダメだったからで……」
「そんなの関係ないよー! それに、甜花ちゃんがめっちゃかわいいのは本当、だし!」
なーちゃんはにっこり笑う。朝起こしてくれる時みたいな、いつもの笑顔。
「あのね、甜花ちゃん。甜花ちゃんと甘奈は、双子なのに全然違うでしょ? ……でも、なのに、おんなじ人を好きになっちゃった。それってちょっと、ステキじゃない?」
「ステキ……なの、かな?」
「そうだよー! 甘奈は、甜花ちゃんと一緒にいると楽しいし、嬉しいし、だから、甜花ちゃんと一緒で……嬉しい」
「なーちゃん……」
「……それに、ね。甜花ちゃんのことが大好きな甘奈も……プロデューサーさんのことが、好きな甘奈も。どっちも、同じ甘奈なんだ。それは、甜花ちゃんも同じ。プロデューサーさんのことが好きな甜花ちゃんも、甜花ちゃんなんだよ」
「プロデューサーさんのことが、好きな、甜花……」
「うん。だから、その好きの気持ちから、簡単に逃げちゃダメ。甘奈のためにって言われても、寂しいし、モヤモヤしちゃう」
「そ、そんな……!」
「だからね、甜花ちゃん。これからは、甜花ちゃんと甘奈は……ライバル、だよ!」
「らい、ばる……?」
「そう! どっちがプロデューサーさんに好きになってもらえるか、勝負!」
「……あぅ、それじゃ甜花、なーちゃんに勝てない……」
「だーいじょうぶ! 甜花ちゃんのかわいさは甘奈が保証するからー! あ、でもでも、負けないからね!」
「………………うん……!」
甜花がうなずけば、なーちゃんもまたにっこり笑ってうなずいてくれた。よく見たら、なーちゃんの目元も、ちょっと赤い気がする。甜花はもっとひどいかもしれない。
「……ねぇ、なーちゃん」
「なーに、甜花ちゃん」
「あのね……ありがと……!」
「どういたしまして!」
ずっとあったもやもやは、なんだかすっきりした。なーちゃんに、ちゃんと思ってることを話せて、よかったと思う。
「あ、そうだ甜花ちゃん! 甜花ちゃんの分もチョコ作ってあるんだけど、今から食べる?」
「食べる……!」
甜花となーちゃん。違うけど同じ、同じだけど違う。今までと同じだけど、今までとちょっとだけ違う、明日が来る。
どうなるのかな。どんな未来になるんだろう。
甜花ももうちょっと、頑張らないと。
なーちゃんに、負けないように!
4, 2/16 Morning
「甜花ちゃーん! 朝だよー!」
「うぅん……あと10分……」
「起きてー! 遅刻しちゃうよー!!」
にぎやかで慌ただしい、いつも通りの朝。……甜花はのんびりだけど。まだやっぱり甜花はなーちゃんに甘えちゃって、なーちゃんがいないと何もできない。
もうちょっとくらいは、なんとかしなきゃとはやっぱり思うけど、でももう少しだけ、甘えさせてもらうことにした。
甜花は甜花のペースで、大切なことを考えていかなきゃ、って。大切なものを、諦めちゃわないために。
「あ、そーだ甜花ちゃん!」
「……んー?」
「来年のバレンタイン、また一緒に作る?」
「うーん…………わかんない」
「……うん、それじゃ、また来年考えよ!」
きっといつか、どうしてもどっちかが、それかふたりともが、泣いてしまう日が来てしまう。
それでもどうか、次のバレンタインも、その次のバレンタインもずっと、ふたりで、みんなで一緒に、幸せでいられますように。
おしまい。
50 : ◆TDtVvkz8pSL3 - 20/02/14 00:27:23 Iej 50/50以上です。
タイトルは「アフェクション」と読みます。