関連
僧侶「死んでも一緒です、ゆーしゃさま」【1】
僧侶「死んでも一緒です、ゆーしゃさま」【2】
短編 合体技!
勇者「そういや湖で戦った時の最後のアレ、なんて魔法なんだ?」
僧侶「加護魔法のことですか?」
勇者「加護魔法?」
僧侶「あれは自分の得意な系統、私なら風、癒しですね。その加護を他の人に付与出来る魔法ですよ!」
勇者「ほうほう」
僧侶「例えばあの風の加護なら移動が早くなり、癒しの加護ならしばらくの間なら体力が徐々に回復したりする効果があります!」
勇者「ピオリムやホイミ何かとはまた違うのか?」
僧侶「う~ん、似てるようで非なるもの、でしょうか」
僧侶「ピオリムは素早さ、詳しく言えば体の動く速度を上げる魔法ですよね?」
勇者「そうだな」
僧侶「風の加護は疾風を呼んで駆ける速度を上げたり船向きの調整をしたり、他にも大気を操ったりも少しなら出来ますね。簡単に言うと外側から伝わる補助魔法、みたいな感じでしょうか」
勇者「なるほどな。あの時やけに足が早く感じたのはそれのおかげだったんだな~」
僧侶「はい。加護魔法はとっても便利なんですよ。メラやギラ、バギなんかだと魔力を使う量が固定されてますが加護魔法は自分で魔力を使う量を調整出来ますから」
勇者「……つまり全魔力を込めることも……ゴクリ」
僧侶「魔力を一気に込めすぎると量によっては暴走したりするらしいですからやめておいた方が……」
勇者「そういやそんなことも習ったな~。でも一撃必殺技、とか、奥の手! とか、合体技! には男なら一度は憧れるぜー」
僧侶「合体技…」
勇者「そういや昔二人で良く考えたりしてたよな~」
僧侶「覚えてたんですね」
勇者「忘れるかよ。勇者デラックスアルティメット魔王クラッシャーデストロイ!とか変な横文字ばっかり並べてさ」
僧侶「ふふ、それで私の名前がないってゆーしゃさまに怒った記憶があります」
勇者「あったあった。でも結局名前決まらなかったんだよな~アレ」
僧侶「しばらくして私は修道院、ゆーしゃさまはお城での勇者の修行がありましたから…」
勇者「あれからもう10年か……」
僧侶「はい……」
勇者「よし! じゃあ今から合体技考えるか!」
僧侶「今から……ですか?」
勇者「おお! これからどんどん敵も強くなるだろう? そうなるとより俺達のコンビネーションを上げないと倒せない敵もいると思うんだ」
僧侶「そうですね! ゆーしゃさまがそう言うなら!」
勇者「よぅし! ならまずは……」カクカクシカジカ
僧侶「ふむふみ……(これ……合体技……なのかな?)」
グォォォォ
僧侶「ゆーしゃさま! モンスターです!」
勇者「よっしゃァッ! こいやッ!!!」
「ガルォゥッ!!!」ガジュッ
勇者「グホォァッ」
僧侶「ゆーしゃさま! 大丈夫ですか!?」
勇者「ククク……ハハッ、コヤツメ」
「ガゥ……?」
勇者「怖くない、怖くない」ヨシヨシ
「グルゥァッ!」ゴスッ
勇者「ブホヘッ……」
僧侶「ゆーしゃさま!!!」
勇者「大丈夫だ……。モンスターの心を開くためにはこれぐらいしないとな……フッ」
勇者「これぞ合体技……モンスターテイム!」
僧侶「(合体技……なのかな? 私は遠隔呪文でベホイミしかしてないけど)」
「グルルルルル」
勇者「さあ、これを食べなさい」
「グルゥ……?」
勇者「心配することはないさ。俺の昼飯の干し肉だ。毒なんて入ってないから安心して食べろよ」
「」クンクン ガブッ
勇者「おおぉぉぉ食った! 美味いか!?」
「ペッ」
勇者「おい」
「ガァァァァッ」
勇者「食べ物を粗末にする子はお仕置きです」
ザンッ──
「グゥゥ……」バタン
勇者「やはり人とモンスターが心を通わすなんて無理な話か。失敗だな」グゥ~…
僧侶「お昼は私のを半分こしましょうか……ゆーしゃさま」
勇者「おお! サンキューな!」
僧侶「(ゆーしゃさまテイム完了)」キュピーン
僧侶「もっとこう……必殺ぅ! ジャキィンッ! みたいなのがいいんじゃないでしょうか!」
勇者「ニュアンスは分かるが……具体的にどんな感じだ?」
僧侶「ふふっ、任せてください──」
────
モンスターが現れた!
勇者「来たぞ!!!」
僧侶「では行きます! ゆーしゃさま!」
勇者「おお! 俺はどうしたらいい!?」
僧侶「そのまま敵に向かって一直線に駆けてください!」
勇者「了解!」スタタタッ
僧侶「風よ……彼の者に大空の加護を!」
勇者「うぉぉっ!?」
勇者「体が空を登って行く……!」
勇者「まるで見えない階段を上がってるみたいだ!」
僧侶「ンンンン……(やっぱり大気固定はかなり集中力がいる……ゆーしゃさまが踏み出す足の下に魔力で固めた……言わば雲のような階段を出す!)」
勇者「……僧侶さん」
僧侶「ンンンン~ッ(集中……! 集中~ッ!)」
勇者「待って僧侶これ高すぎだよ。足場が下がらないから降りられないし助けて」
僧侶「さあ! ゆーしゃさま! 今です!」スッ
勇者「ちょ、」ヒュー
勇者「えぇいこうなったら破れかぶれだ!」
勇者「受けろ……天空大撃──」
ズドォォォォン──
とある町──
勇者「いや~久しぶりに死んだな」カタポキッ
僧侶「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」ペコペコッ
勇者「いや、いい技だった。改良すれば実用性もありそうだ」
僧侶「私がもう少し色々な魔法を使えたら良かったんですが……」
勇者「な~にまたお互い新しい技や魔法を覚えたら試して行けばいいさ」
勇者「いつか二人で作った合体技で魔王を討つ日が来るかもな」ニシシ
僧侶「はいっ」
僧侶「(もっといっぱいいっぱい魔法の勉強していつか凄い合体技を作ろう!)」
僧侶「(私頑張りますからねっ! ゆーしゃさま!)」
短編 呪いの装備
勇者「罠はなし、っと。開けるぞ」
僧侶「」ワクワク
勇者「お、ローブか。良かったな僧侶」
僧侶「わぁ~っ可愛いぃっ! あ、あの……装備してみてもいいですか?」
勇者「お、おぉ。あっち向いてるわ」ササッ
僧侶「はーい。(ふふふ~これほんと可愛い~ゆーしゃさま誉めてくれるかな? ふふっ)」シュル……シュルリ
僧侶「これでよし、ゆーしゃさま~もういいで」
ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥンドゥン♪
僧侶は呪われてしまった!
勇者「お~似合ってんじゃ」
僧侶「」ギュッ
勇者「ねぇ……か?」ドキドキ
勇者「ど、どうした? 石ころにでもつまずいたか?」
僧侶「ち、違うんです……その……装備が……ちょっと(ロクにチェックもせずに着ちゃうなんて僧侶失格だよぉ……ゆーしゃさま怒らないかな……?)」
勇者「……キツいのか?」
僧侶「ちがっ! ていうかゆーーーしゃさま? そんなに私は太って見えますか?」ムスー
勇者「いやそうじゃないって! 他に思いつく点が……あーなるほど」
僧侶「聖職者失格です……めんぼくないです……」
勇者「脱がすぞ」
僧侶「え?」
勇者「呪いを解除出来るかもしれん」
僧侶「ちょ、ちょ、ちょとまってください!!! こんな洞窟の中でだなんて……そ、その……心の準備、身を清める時間を……」ゴニョゴニョ
勇者「」グッ
僧侶「ほ、ほんとに脱がすつもりですか!!?」
勇者「装備者じゃ呪いが働いて脱がせられないんだ。なら俺がやるしかない」
僧侶「~っ! ならせめて……! 目を瞑ってくださぃ……」カァァ
勇者「相分かった」
勇者「……行くぞ」
僧侶「はい……」ドキドキッッッ
勇者「ふんっっっ」
僧侶「んっ……。」
勇者「……ったは! 無理か! こりゃ教会で解いてもらった方がいいな」
僧侶「ハイ……(ちょっとだけ期待してしまった私を許してくださいませ神よ……)」
僧侶「あっ」フラッ
勇者「おっと。足元がおぼつかないな。どれ」ギュッ
僧侶「あ……」
勇者「これなら離れず歩けるだろ。幸い魔力にも余裕があるしな」
僧侶「はい……(ゆーしゃさまの手、あったかい)」
勇者「リレミト!」
/↑\
勇者「からのルー…」
僧侶「ゆーしゃさま」
勇者「ん? どうかしたか?」
僧侶「町まではそんな遠くありませんし……歩いて行きませんか?」
勇者「俺はいいけど僧侶は大丈夫か?」
僧侶「はい。それに、夕日が綺麗ですから。ルーラは勿体無いです(もうちょっとだけこうしていたい……)」
勇者「 」
僧侶「 」
僧侶「ゆーしゃさまとこうして手を繋ぎながら歩いたの……久しぶりな気がします」
勇者「だな。ガキの頃はしょっちゅう夕方になるまで冒険してはこうやって二人で村に帰ったもんだ」
僧侶「遅くなると良く姉上に怒られました」
勇者「俺も親父に怒られたっけな……」
僧侶「……ゆーしゃさまのお父様やお母様、ううん……きっと今まで魔王と戦って来た人達はみんなこういうものを守りたくて戦ったんだと思います」
勇者「……そうかもしれないな。当たり前にあるものがある世界」
勇者「俺達も……この当たり前を守るために戦ってるのかもな」
僧侶「当たり前にあるけれど……それは何よりも大切なものだと思います」
勇者「ああ……そうだな」
僧侶「はい」
勇者「僧侶」
僧侶「はい?」
勇者「俺から離れんなよ」ギュッ
僧侶「ゆーしゃさま……」
僧侶「はい、決して……離れません」
勇者「……ところで今何Gある? 呪い解くのって結構高かったよな……?
勇者割引とかねーかな」
僧侶「あ、あはは……ごめんなさい(ムードがルーラしちゃった……はぁ。ゆーしゃさまのバカぁ……)」
短編 カジノ
勇者「だいぶ大陸の端まで来たなー」
僧侶「ですねー」
勇者「お、民宿がある。助かるぜ。暗くなってきたし今日はここで休むとするか」
僧侶「そうですね」
勇者「ウィ~ス、宿二人部屋1つ頼む」
店主「おっ、勇者様じゃないですか。女王様にフラれたと思ったらもう新しい子を捕まえてるんで?
いや~モテモテですな!」
勇者「僧侶は旅の仲間だよ。って誰がフラれただ誰が! 今だから明かすがあれは国家機密での作戦で……」
店主「ハイハイ。まあ遊んで行ってくださいよ。傷ついた心を癒すにはちょうどいい場所ですからね」
勇者「遊ぶ……? ちょうどいい?」
店主「ご存知ないんですか?」
勇者「??」
店主「てっきり知ってるもんかと思ってましたよ。まっ、そこの階段を降りて行けばわかりますよ」
勇者「気になるな。休む前にちょっと行ってみるか!」
僧侶「はいっ」
トコ、トコ、トコ、トコ
勇者「暗いな」
僧侶「長いですね」
トコ、トコ、トコ、トコ
勇者「お、明かりだ。出口か」
ピカァァァァッ
勇者「こ、ここは!!!」
僧侶「何だか賑やかですね~。お祭りか何かでしょうか?」
勇者「伝説のぱふぱふが出来る場所……」
僧侶「ぱふぱふ?」
勇者「じゃねぇカジノだ!!!」
僧侶「カジノ?」
勇者「カジノ知らないのか僧侶?」
僧侶「初耳です」
勇者「まあ聖職者には回ってこない情報かもな~」
僧侶「それよりゆーしゃさま。先程のぱふぱふなるものの方が気になって仕方がないのですが」
勇者「(胸のことになるとさすがに鋭いな……!)」
僧侶「ぱふぱふ……なんだか邪気が帯びた言葉ですね。ちょっと腹が立ちます」
勇者「そ、それよりせっかくだしちょっと遊ばないか?」
僧侶「ここでですか?」
勇者「ああ! カジノには色々なゲームがあるんだぞ!」
僧侶「わぁ! それは楽しそうですね!」
勇者「よし、じゃあ早速」
僧侶「?」
勇者「これ全部コインに変えてくれ」ケヘヘ
換金屋「毎度」ウヘヘ
勇者「コインもらってきたぞー」
僧侶「わぁ、タダでこんなにくれるのですね」
勇者「まあな! 俺勇者だしな!(僧侶には賭け事ってことは伏せとこう)」
僧侶「さすがゆーしゃさまです!」
勇者「さてさて何をするか」
僧侶「どんなものがあるんですか?」
勇者「俺も聞いたことしかないからな~。順番に回って見てみるか」
僧侶「はい」
闘技場──
僧侶「地下にこんな広い闘技場があるなんて……」
勇者「スゲー作りだよな」
僧侶「これは何をやってるんでしょうか……?」
勇者「あー……これはあれだな」
いけぇぇぇぇぇ!!! さまようよろい!!!
ぶっ殺せ一角兎!!!!!
てめぇに給料全部賭けてんだぞオオガラスゥゥゥゥ!!!
負けたら承知しねぇぞ!!!!!!
勇者「モンスターを戦わせて優劣を決めるゲーム……? みたいな感じか」
僧侶「戦わせて……」
僧侶「モンスターに情をかけるつもりはありません……けど、見ていて楽しいものでもないですね。他に行きましょう」
勇者「ああ……そうだな」
レース場──
勇者「お、これならいいんじゃないか?」
スライム「」ピョコピョコ
一角兎「」ピョンピョン
僧侶「モンスター達のレースでしょうか?」
勇者「ああ。1着になるモンスターを選ぶんだ」
僧侶「面白そうですね。ちょっとやってみましょうか」
勇者「え~と次の出走モンスターは……っと」
アニマルゾンビ 2.2
アルミラージ 4.5
キャタピラー 10.4
ぐんたいガニ 26.5
僧侶「あの横の数字は何ですか?」
勇者「あ~……あれはだな(倍率、なんて言ったらバレるしなんと言ったらいいか)」
勇者「……人気投票だ」
僧侶「人気投票ですか?」
勇者「そうだ。つまり一番人気があるのがぐんたいガニだな(真逆になったけどまあいいだろ)」
ぐんたいガニ「グワシャグワシャ」
僧侶「……なんであれが人気なんだろう」
勇者「見た目で判断しちゃいかんぞ! ああ見えて結構愛嬌あるかもだぞ?」
僧侶「うーん……(可愛いとも足が早いとも思えないけど……)」チラッ
ぐんたいガニ「ワシャシャ」チョッキンチョッキン
僧侶「……ふふふ。じゃあぐんたいガニに投票しますね」
勇者「おっ、ギャンブラーだな!」
僧侶「ギャンブラー?」
勇者「俺は無難にアニマルゾンビに5枚だな」チャリチャリ~ン
勇者「始まるぞ!」
僧侶「(頑張れぐんたいガニ!)」
ぐんたいガニ「ワシャシャ」
3.2.1──GO!!!
「さあ各モンスター一斉に立ち上がりました。先頭はやはり駿足、アニマルゾンビ、そのやや後ろにアルミラージ、キャタピラーと並び、大きく遅れてぐんたいガニ」
僧侶「あっ……遅れてる!」
勇者「(まああんなカニ歩きじゃ勝てるわけないわなぁ)」
ぐんたいガニ「」カサカサカサ
「第三コーナーを回っても未だトップはアニマルゾンビ。アルミラージはやや遅れてきたか」
「さあ最後の直線だ。やはりアニマルゾンビ早い! これはもうトップ独走か!?」
勇者「もらったぜ!」
僧侶「いえ、まだです!」
ぐんたいガニ「」カサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「おぉっと?! カーブを凄い速度で曲がって来たのはぐんたいガニだ! そのままどんどんスピードに乗る!」
勇者「なんてスピードだ……! ほんとにカニか!?」
僧侶「(頑張れぐんたん!)」
「アルミラージを抜かして二着に浮上! 眼前にアニマルゾンビが近づいてくる!」
アニマルゾンビ「ペッ」
ぐんたいガニ「ワシャ?!」
「おぉっとこれは毒霧だ! ぐんたいガニは驚いてしまったのかスピードが落ちた!
これは決まってしまったかー!?」
僧侶「ムゥ……!(よくもぐんたんを……! なら!)」
ぐんたいガニ「」グググッ
「おおっっっと!!! スピードがまたまた上がってきた! しかしこの加速はなんだ!? カニの限界を越えてるぜyou!!!」
僧侶「いけー!!!」
│アニマルゾンビ
ぐ│んたいガニ
「これは番狂わせが起きた!!! ぐんたいガニ一着でゴーーーールイン!」
「いやぁ素晴らしい走りでしたね。これだからモンスターレースはやめられない!」
「二着にアニマルゾンビ、三着はアルミラージが入りました。尚キャタピラーは途中で木の葉をかじりに行ったため棄権となりました」
僧侶「ぐんたんが勝ちましたよゆーしゃさま!」
勇者「いや誰だよ」
それからも二人はスロットやトランプなどでいっぱい遊びました!
そして──
勇者「親父、全部換金な」キヘヘ
換金屋「やるねぇ若いの」グフフ
僧侶「ゆーしゃさま? 何をしてるんですか?」
勇者「んんん!? おおお! コインいっぱいになったから返してたんだ。借り物だからな」
僧侶「そうでしたか」
勇者「さて、そろそろ宿に戻るとするか」
僧侶「そうですね」
勇者「……、ちょっと野暮用思い出したから先に行っててくれないか?」
僧侶「わかりました」トコトコ
勇者「……行ったな」
勇者「さて、行くか……」
お姉さん「」
勇者「あの立ち方……、間違いない、あの人だ」
お姉さん「ん? ボーヤ、何か用?」
勇者「……、あっ、あの……、パフパフオネシャス……」
お姉さん「なに? 良く聞こえなかったわ」
勇者「くっ……! (ええいここまで来て下がれるか! 男のロマン! 叶える時!!!)」
勇者「ぱふぱふお願いします!!!」フカブカ
僧侶「」
お姉さん「お姉さん忙しいから、またねボーヤ」
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「ルーr」
僧侶「待て」
────
僧侶「ゆーしゃさま最低ですっ!!!」
勇者「違うんですよ僧侶さんこれには偽装結婚式並に深い事情がありまして……」
僧侶「姉上だけに止まらず……よもやこんなところでなんて」
勇者「違うんですよ僧侶さんその何というか勇者の伝統行事みたいな感じでして決してやましい気持ちは……」
僧侶「そんなにぱふぱふ……したいんですか?」
勇者「……是が非でも」
僧侶「なら……私がっ」
勇者「……」チラッ
勇者「フゥ……」遠い目
僧侶「」イラッ
────
僧侶「どうですかゆーしゃさま? 」
・・・・
僧侶「ぱふぱふは?」
勇者「僧侶さんこれはパカパカの間違いじゃ……」
僧侶「ほら、早く部屋まで急いでください」
勇者「……ハイ」
ぱふぱふ……ぱふぱふ……
俺のぱふぱふは……とても、痛かった。
中編 善意と悪意
僧侶「ここがダーマ神殿……」
勇者「でっけぇな~」
僧侶「僧侶や魔法使いさん……あっちには武闘家さんや戦士さん!」
僧侶「魔法剣士さん何かもいますよゆーしゃさま!」
勇者「さすが転職の聖地だな。ここのみんなが全員魔王退治に来てるのかと思うと正直俺なんかいらないんじゃないかって思えてくるぜ」
僧侶「いいえ! そんなことは絶対ありません!」
勇者「ほぅ、大した自信だな?」
僧侶「当たり前です! だってこの世界に勇者はゆーしゃさまだけなんですから!」
勇者「しかしなぁ……強さだけで言えば俺以上なんて巨万(ごまん)といるぜ?」
僧侶「ですが初代勇者様の冒険譚にはこうあります。『魔王を倒しうるのは、真の勇者のみ』と」
僧侶「他の勇者様達の冒険譚にも同じことが書かれてますし、きっと勇者にしか魔王は倒せない理由が何かあるんですよ!」
勇者「だとしたらこうやって戦ってくれてるみんなは……無駄ってことか?」
僧侶「それも違います。かつて初代勇者様は一人で魔王と戦いました。それは孤独で、絶望しかなかったと冒険譚にもありました」
僧侶「その記録を見た二代目勇者様達は弟妹を連れて戦い、三代目勇者様は仲間を集めて戦い……そうして行く内に勇者とは一人で戦うものではなくなったのです」
僧侶「勇者にしか倒せなくとも、戦うのは勇者だけではいけない、それが……この世界を救って来た勇者様達の言葉であり、今のこの現状が、世界の答えなんだと……私は思ってます」
勇者「世界の答えか、ありがたいな。しかしこの世代の勇者で良かったぜ。俺が初代勇者なら間違いなく挫折して世界が滅んでる」
僧侶「そんなことありませんよ。ゆーしゃさまだって立派な勇者です。私が保証しますから、胸を張ってください」
勇者「さて、僧侶」
僧侶「はい?」
勇者「ダーマ神殿と言えば?」
僧侶「転職……ですか?」
勇者「ああ。一応聞いておくがしないのか?」
僧侶「しません! 私は僧侶一筋ですから!」
勇者「別に僧侶じゃなくてもいいんだぞ?」
僧侶「……これが一番近いから、いいんです。それに約束したじゃないですか、ゆーしゃさまは勇者で、私が僧侶で……二人で魔王を倒そうって」
勇者「ま、そうだけどな。ならここには用事ないし一泊したら進むかー」
僧侶「でも……ちょっとだけなら」チラッ
勇者「ん?」
──転職体験コーナー
僧侶「これが魔法使いの衣装なんですね~」キョロキョロ
魔法使いの人「うむ、良く似合っている」
僧侶「僧侶帽もいいけどこのトンガリ帽子もいいなぁ~」
僧侶「どうですか? ゆーしゃさま?」モジモジ
勇者「可愛らしくていいと思うぞ」
僧侶「かっ、可愛らしいなんて……」カァァ
僧侶「(ゆーしゃさまに可愛らしいって言われた!!! んん~~~魔法使いになろうかな~っ! 迷うなぁ~っ)」クネクネッ
僧侶「ほ、他のも着てみていいでしょうか!?」
勇者「おぉ。好きなだけ着てみるといい(やっぱり何を言っても年頃女の子だな)」
僧侶「これはどうでしょうか!?」
勇者「戦士か、凛々しいな」
僧侶「凛々しい……」ムフフッ
──
僧侶「ではこれは!?」
勇者「盗賊か。カッコいいな」
僧侶「ふへへ~」
──
僧侶「これはどうでしょう!?」
勇者「武闘家か、強そうでいいな」
僧侶「ん~っ(誉められまくりで何だか嬉しい)」
勇者「(気晴らしにと思ったが……いつまで続くんだろう)」
全職の服を着て見せた後、結局僧侶服に戻った僧侶。
僧侶「やっぱりこの帽子が一番可愛いです」
勇者「それが一番似合ってるな。身長も大きく見えるし」ニヤニヤ
僧侶「普通ですよ! 勇者様がちょっと高いだけですよーだ!」
勇者「じゃあ宿とってくる」
僧侶「はい。じゃあちょっと買い物でもして来ますね」
勇者「ああ」
僧侶「さて、薬草とかせいすいの予備買っとこう」
────
暗い男「はあ……また僧侶試験駄目だった」
暗い男「向いてないんだろうな~けど今時盗賊とか仕事ねぇしな……戦士?武闘家?無理無理……魔法使い?適正ゼロ……商人?計算わかんねぇよ……」
暗い男「このままじゃ遊び人まっしぐらだわ……やべぇ……飯も食えねぇよこのままじゃ」
暗い男「はあ……僧侶になりゃ可愛い女の子コマして尚且つ高収入間違いねぇのにな~」
僧侶「これ一つくださいな」
「はいよ」
暗い男「(可愛いなぁ……僧侶か。あんな子と二人で旅できたらどんなに幸せか)」
暗い男「(ま……俺には一生縁のない話か……)」
暗い男「はあ……」
僧侶「……あの」
暗い男「えっ!?」
僧侶「どうかなさいました?」
暗い男「あのっ、えっ? 俺?」
僧侶「随分深い溜め息をついてらしたので。悩み事なら神に仕えるこの身、なんなりとお話ください」ニコッ
暗い男「(て、天使だ……! この人はきっと神様が俺に遣わしてくれた天使に違いない……!)」
──
僧侶「そうでしたか……適正試験に」
暗い男「もう5回は落ちたかな(ほんとは二回だけど)才能ないんだろうな……きっと」
僧侶「そんなことはないです! 諦めなければいつかきっと僧侶になれますよ!」
暗い男「いつかっていつだよ? あ?(ここで少し逆キレしといて……)」
僧侶「それは……その」
暗い男「僧侶のあんたには一生わからねぇさ……なれない気持ちなんてな。もういいからほっといてくれ(ここで孤独アピールと)」
僧侶「……私に何か出来ることはないでしょうか?」
暗い男「(僧侶落とし方マニュアル通りにしたらマジで食いついて来たよおい!)」
暗い男「……どうしてそこまで俺なんかに?」
僧侶「困っている人を見捨てるなんてこの道に反しますから!」
暗い男「(まだ居たんだな……こんな根っからの僧侶が。さて……どうしたもんか)」
暗い男「なら……教本を見せてくれないか? 持ってるんだろう?」
僧侶「持ってますが……」
暗い男「中身を見ようってわけじゃないさ。安心してくれ」
僧侶「でしたら」スッ
暗い男「(あのカバンの中か)」
暗い男「へ~それが僧侶の、結構ゴツいんだな」
僧侶「武器としても使えますよ!」
暗い男「ははは(聞いてないっての)」
暗い男「ありがとう。もういいよ」
僧侶「為になったのなら幸いです」
暗い男「なぁ、もしよかったら……俺と旅をしてくれないか?」
僧侶「え……」
暗い男「実際の僧侶と旅をすれば俺も色々わかると思うんだ! 頼む! 荷物持ちとか何でもするからさ!」
僧侶「それは……その……」
暗い男「他に旅している人がいるのか?」
僧侶「はい……」
暗い男「(ちっ……コブつきかよ。可愛い顔してしっかり野郎連れってわけか)」
暗い男「そうか……なら俺なんか仲間に入れてくれるわけないよな……ハハハ」
暗い男「遊び人になってモンスターの囮役にでもなるかな。色々ありがとな、僧侶さん」
僧侶「諦めるんですか? 僧侶になるのを……」
暗い男「ああ。家が貧乏で学舎に入れないから独学でやって来たが……ここまでみたいだ。金も稼がなきゃ飯も食えないしな。何の職にもついてないやつを雇うやつもいないし……」
僧侶「……」
暗い男「僧侶職の人と一緒に実戦経験を積めばもしかしたらって思ったけど……こんな奴と一緒に旅する奴らなんていないよな」
暗い男「(自暴自棄に見せれば見せるほど聖職者ってのは食いついてくるらしいからな……!)」
僧侶「(私は修道院から学んで僧侶になったから……適正試験でこんなにも苦しんでる人がいるなんて思わなかった)」
僧侶「(ここでこの人を見て見ぬ振りすれば……私はきっとこの先都合の良いものばかり選んで助けようとするだろう)」
僧侶「(それは僧侶として間違っている。僧侶とは神の教えのままに困る者に分け隔てなく救いの手を差し伸べる者……なら!)」
暗い男「じゃあね、世話になったよ。ありがとう僧侶さん」
僧侶「……待ってください」
暗い男「ん?」
僧侶「あなたがよろしかったら……私達と一緒に旅をしませんか?」
暗い男「ほ、本当にいいのか!?(マジかよ!!! やったぜおい!!!)」
僧侶「私と一緒に旅をしている人は心優しい方なのできっと良い返事がもらえるはずです」
暗い男「なら早速挨拶に行こう!(ふへへ僧侶ちゃんゲットかなこれは)」
暗い男「(勉強教えてもらうと称して部屋に行って……ベホイミ!ベホイミ!ってか!)」
暗い男「(くぅ~~~ツキが回ってきたあああ! さて、後問題は僧侶の連れがどんなやつかだな)」
暗い男「(なよっちぃやつなら助かるんだがな~頼むぜ神様よォ!)」
──
勇者「ほぅ、仲間になりたいと」
僧侶「そうなんです」
暗い男「(おいあれ勇者じゃねぇか嘘だろおいあり得ないだろ!!!)」
勇者「でもな~職についてない奴を連れ回すのもな」
僧侶「私達と旅をして色々学びたいそうです!」
暗い男「(魔王討伐組の最前線も最前線じゃねぇか……! 死ぬなんてごめんだぞ俺は! 女の子とイチャコラしつつ金もらって楽に生活したいんだよ!)」
勇者「あんた、魔王倒す気あるか?」
暗い男「ま、まあ……」
勇者「本当に?」
暗い男「(うっ……)」
暗い男「(勇者には嘘を見破る真実の眼が備わっていると言うが……まさかバレたか!?)」
勇者「まあ僧侶がいいんなら俺は何も言わないけどよ」
暗い男「(ほっ…)」
僧侶「本当ですか!? ゆーしゃさま!」
勇者「賢者の時はあんなに嫌々言ってたのによ~つまんねぇな~」イジイジボソボソ
僧侶「良かったですね! あ、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
暗い男「じゃあ暗い男とでも呼んでください。よろしくお願いします、勇者さん、僧侶さん」
暗い男「(まあ勇者の仲間に入れたってのは満更じゃねぇな。デカい面出来そうだ)」
宿屋──
僧侶「ここには神の教え、第四十九項が入ります」
暗い男「なるほどなるほど(いつまでやるんだよこのクソつまんねぇ無駄な勉強……)」
勇者「……僧侶目指してる割には全然覚えてないんだなアンタ」
暗い男「は、はは……すいません(余計なお世話だ世界の生け贄野郎が)」
僧侶「神の教えはいっぱいありますからね、無理もないです」
暗い男「(さすが俺の僧侶ちゃんだぜ、わかってらっしゃる)」
勇者「ま、回復の一つでも使えるようになってくれよ」
暗い男「お任せを(先にザキ覚えたくなって来たわ……)」
翌日──
勇者「じゃあちょっとレベル上げを兼ねて外で訓練と行きますか」
僧侶「そうですね、実戦経験を積まないとわからないこともありますし」
暗い男「ははは……お手柔らかに(まあ後ろに隠れてりゃなんとかなるだろ)」
──
勇者「はあああっ!」ザシュッ
僧侶「ベホイミ!」
暗い男「(は~あ。早くおわんね~かな)」
僧侶「と、ここでつかさず回復するわけです」
暗い男「なるほどです!(メモってる振りしてりゃ誤魔化せるだろ)」カキカキ
勇者「……」
勇者「宿とってくるわ」
僧侶「はい。行ってらっしゃいゆーしゃさま」
僧侶「為になりましたか?」
暗い男「それはもう(とりあえず回復魔法覚えて後ろで回復するのが僧侶ってわけだな。これならやれそうだわ)」
「あっれ~? 暗い男じゃね?」
「ほんとだ、やっほ~」
「まだ無職か?お前」ニヤニヤ
暗い男「げっ(めんどくせぇ奴らに会った)」
僧侶「お知り合いですか?」
暗い男「昔ちょっと……ね」
「あんたも気を付けた方がいいよ~? こいつ危なくなったらすぐ逃げるから」
「そうそう」
暗い男「くっ…」
僧侶「人間恐怖を感じれば逃げたくなることもあります。それのどこがおかしいんでしょうか?」
暗い男「(僧侶……)」
「けっ、せっかく人が忠告してやったのによ」
「生意気なガキだねこいつ」
「まあ暗い男にはお似合いだろ。ガハハ」
勇者「どうした? 何かあったか?」
「あの証……まさか勇者」
「嘘……でしょ? あんたが勇者のパーティーに入れるわけ」
勇者「何だか良くわからないがこいつは俺達の仲間だ、何か文句あるのか?」
暗い男「(仲間……)」
「べ、別に……なあ?」
「ええ……」
暗い男「まっ、そういうわけだから。お前らも頑張れよ(そうだよ俺はもう勇者御一行なんだ! ハハッ!)」
──
暗い男「ぷはぁ~戦って稼いだ金で飲む酒はうめぇ!」
僧侶「ふふ、お疲れ様でした」
勇者「(戦ったのはほぼ俺だけど……まあいいか)」
暗い男「いや~スカっとしましたよ勇者様! 見ましたかあいつらの顔! これも二人のおかげですよ!」
勇者「まあ過去に何があったかは詮索しないさ。これから頑張ってくれたらそれで、な」
僧侶「そうですね」
暗い男「さすが勇者様! 懐が深い! ささっ! もう一杯どうぞ!」
勇者「あ、ああ」
僧侶「(二人とも上手くいってるみたいで良かった。僧侶として正しい道を取ったのは間違いじゃなかったんだ)」
暗い男「うぅ~ぃ」
勇者「飲み過ぎ何だよ全く」
僧侶「きっと慣れない戦闘で緊張してたのが解れたんですよ」
勇者「……なあ僧侶」
僧侶「はい?」
勇者「本当にこのまま三人で旅をするつもりか?」
僧侶「……」
勇者「言っちゃ何だが俺達は魔王を倒すために旅をしてるんだ。職探し手伝ってる場合じゃ……」
僧侶「わかってます……けど、ゆーしゃさまも色々な人を救って来たじゃないですか」
勇者「そりゃ……まあな」
僧侶「私も僧侶として誰かを救いたいんです! ……身勝手なのはわかっています! けど彼を置いて行けばこの先私は僧侶として……誰を助ければいいかわからなくなってしまいます……」
勇者「そこまで言うならもう何も言わないよ」
僧侶「……すみません、ゆーしゃさま。わがままを言って」
勇者「いいさ。俺も好き勝手やって迷惑かけて来たからな。たまにはこっち側に回らないと割に合わないだろ」
勇者「じゃ、俺達はこっちだから」
僧侶「おやすみなさい、ゆーしゃさま」
暗い男「(……このままじゃ切られるのも時間の問題だな。さて、どうしたもんか)」
暗い男「(ま、明日考えよ。ふぁ~あ)」
勇者「(……俺が我慢すりゃ何の問題もない。そう、あいつが決めたことだ、俺が我慢しなくてどうすんだ)」
翌日──
暗い男「ふぁ~。あれ? 勇者様いないな」
暗い男「」トントン
暗い男「ありゃ? 僧侶ちゃんもいないのか?」ガチャリ
僧侶「」
暗い男「ああ、居たんだ。返事がないから……勝手に入っちゃってごめんよ」
僧侶「」
暗い男「(ん? お祈り中か?)」
僧侶「……」
暗い男「(可愛いな……僧侶ちゃん)」ポケー
僧侶「……よし」
暗い男「おはよう」
僧侶「あ、おはようございます。すいません気づかなくて」
暗い男「随分熱心にお祈りしてたね。毎日やってるの?」
僧侶「はい。旅の無事を祈るのも僧侶の役目ですから」
暗い男「へ~偉いねぇ」
僧侶「暗い男さんもやることになるんですよ?」
暗い男「そ、そうだったね(そういやそんな話だったか。すっかり忘れてた)」
暗い男「そういや勇者様は? 朝起きたらいなかったんだけど」
僧侶「ゆーしゃさまは剣の鍛練に行ってますよ」
暗い男「へ~(さすが勇者だな~)」
僧侶「私も他の僧侶の方が良い薬を分けてくれるそうなのでちょっと行って来ますね」
暗い男「ああ。行ってらっしゃい」
キィ、ガチャン
暗い男「ふぁ~あ。暇だなしかし。ブラブラでもするかな」
暗い男「(おっ、可愛い子発見)」
暗い男「ね、君一人?」
「は、はあ」
暗い男「良かったら俺達のパーティー入らない? こう見えて俺勇者御一行なんだけど」
「勇者のパーティー?! 本当ですか!?」
暗い男「まあね~(これはやめられんな)」
「魔王を倒すために北の大陸から出てきたのですが……」
暗い男「うんうんわかるわかるよ」
「本当に勇者のパーティーに入れてもらえるのですか?」
暗い男「う~んどうかな。まあ僕が頼めば勇者も了解すると思うけど……」
「あなた凄いんですね……何の職なんですか?」
暗い男「(やべぇ、ここで無職なんて言えねぇな)」
暗い男「あ~……パラディンって知ってる?」
「嘘っ!? パラディンなんですか!? 職の中でも伝説級の職じゃないですか!」
暗い男「ま、勇者のパーティーって言ったらそれぐらいじゃなきゃ務まらないからね」
「通りで見たことない職服だと。ですよね……私みたいなひ弱な戦士じゃ……きっと入れてくれませんよね」
暗い男「そこら辺は俺が何とか勇者に口利きするさ。その前にちょっとした試験は受けてもらうけどね」
「試験ですか?」
暗い男「な~に簡単なものだよ(宿は反対側の使おう。クックック……)」
暗い男「じゃあ、ついてきて」
「はい」
「勇者のパーティーになった途端随分デカい面じゃないかあんた」
暗い男「なっ……女盗賊!? 何で……」
女盗賊「さっきチラッと見えたからさ。聞き耳立ててたら早速勇者の名前語って女コマシとはいいご身分じゃないか」
「この方は?」
暗い男「いや、その……(クソッ! アバズレが余計な時に出てきやがって!)」
盗賊「この事を勇者に言ったら……どうなるかねぇ?」
暗い男「そ、それだけは……! 何でもする! だから黙っていてくれ!」
女盗賊「何でも、ねぇ?」
「あの、さっきから何を」
女盗賊「あんたにはもう用事はないよ。さっさと行きな」
「はあ? 私は勇者様のパーティーに」
女盗賊「行けっつったんだ、聞こえないか?」スッ
「ひっ……わ、わかりました」タッタタタ
暗い男「チッ……(せっかく宿で楽しもうかと思ってたのによ。とんだ邪魔が入ったぜ)」
女盗賊「さっきの話の続きだけどさ、何でもやるってほんとかい?」
暗い男「魔王倒してこいみたいな無理な話以外はな」
女盗賊「そんな無理なことは言わないよ。それにこれはあんたにとっても有益な話だしね……フフフ──」
────
暗い男「……(クソッ、女盗賊の野郎)」
僧侶「ただいま戻りました」
暗い男「や、やぁ。お帰り」
勇者「ほれ、朝飯だ」
暗い男「ありがとう、勇者様」
暗い男「」モソモソ……
勇者「勇者でいいよ。……何かあったか?」
暗い男「いっ、いやっ、特に!」
勇者「そっか」パクモグ
僧侶「美味しいですねゆーしゃさま」
勇者「だな」
暗い男「……」
──
暗い男『なに!? 神託の証と僧侶の教本を取ってこいだァ!?』
女盗賊『しっ、声がデカいよあんたは』
女盗賊『神託の証なんて二つもないお宝だろ? 買い手は引く手あまたさ。それだけで城が建つぐらいにね』
暗い男『城……』ゴクリ
女盗賊『それに僧侶の教本があれば適正試験をパスしなくても僧侶になれる。そしたらまたあんたをうちらの仲間にしてあげるよ』
暗い男『僧侶に……俺が?』
女盗賊『金持ちになって世界中を旅しながら回るんだ。楽しいわよきっと。それに僧侶になれば女にも困らない』
暗い男『……』
女盗賊『それに私もあんたのこと……満更じゃないし、ね? もし盗ってきてくれたら……』チラッ
暗い男『!!!!!!』
────
暗い男「(俺に二人を裏切れってのか……!)」
勇者「おーい、聞いてるか?」
暗い男「えっ? な、なに?」
勇者「今日にはここを出ようと思ってるから。しっかり準備しとけよ」
暗い男「え!? きょ、今日ですか?!」
僧侶「何か都合が悪いのですか?」
暗い男「い、いや……まだここの奴らに別れの挨拶とかしてないからさ」
暗い男「もしかしたら死ぬかもって旅だし……」
僧侶「そう……ですよね」
勇者「……じゃあ今日一日待つよ。それまでに済ましといてくれ」
暗い男「……わかった」
────
暗い男「(このまま勇者のパーティーとして旅をするか……それとも)」
暗い男「(勇者のパーティーって言っても俺自身何もしてないからな……後々追い出される可能性がある)」
暗い男「(僧侶ちゃんと両思いになれれば頑張る気にもなるが……どうもあの二人は出来てるっぽいしな。ここから割って入るのも楽じゃなさそうだし……となりゃあ……)」
暗い男「(……やるしかねぇか。せめて僧侶ちゃんだけでも連れ出せればなぁ……愛の逃避行なんだが。彼女だって好きでこんな命がけの旅してるわけじゃない筈だし……)」
暗い男「(案外二人で平和に過ごそうって言えばいけるかも……よしっ!)」
────
暗い男「チッ……ないか」ガサゴソ
勇者「何やってんだ?」
暗い男「あ、ああ。ここにはしばらく戻って来ないだろうから……色々と整理をね」
勇者「ふ~ん、そっか」
暗い男「……勇者は僧侶のこと、どう思ってるんだ?」
勇者「なんだよ藪から棒に」
暗い男「俺は……彼女のこと、ずっと守って行けたらって思ってる(先手必勝!)」
勇者「……それは俺も同じだな」
暗い男「(チッ)好きってことか?」
勇者「……そういうのじゃない。……まあ小さい頃から一緒だったからな。妹みたいなもんだ」
暗い男「(お、これはこれは……そんな余裕ぶっこいちゃいますか勇者様は)」
暗い男「俺は女として、僧侶のことが好きだ。あの笑顔を守って行きたい……駄目か?」
勇者「……俺に聞いてどうすんだよ、それ。言うなら直接本人に聞け」
暗い男「まあ……な(あれ? これもしかしていけるか? いけちゃうのか?)」
勇者「ただ魔王を倒すまでは色々控えて欲しいけどな」
暗い男「そこのところはわかってるさ! 任せとけよ! じゃあちょっくら挨拶してくるわ」タタタッ
勇者「……ルーラ」ビュィ──
勇者「」ドゴォォォッ!!!!!!!!!!!!
勇者「(我慢だ、我慢しろ俺)」
暗い男「(勇者の了解ももらったし、こうなるともう僧侶ちゃんとの愛の逃避行まっしぐらなんだが!)」
暗い男「お、僧侶ちゃ~ん」
僧侶「暗い男さん。挨拶は済みましたか?」
暗い男「これから行くところさ!」
僧侶「そうでしたか。これからもっと厳しい戦いになるかもしれません……だから後悔がないようにしてください」
暗い男「……なぁ、僧侶ちゃん」
僧侶「はい?」
暗い男「やめないか? こんな危ない旅」
僧侶「え……」
暗い男「だって死んじゃうかもなんだぜ? そんな危ない旅に君みたいな子が行っちゃいけない……!」
暗い男「なんで君が勇者と一緒にこんな危ない真似してるのかわからないけどさ……ほっとけないんだ、君のこと」
僧侶「……」
暗い男「だからさ! 世界は勇者に任せて……二人でどこかで暮らさないか?」
暗い男「お金ならあるんだ! ちょっと当てがあってさ!」
暗い男「だから……」
僧侶「……僧侶になる話は……どうしたんですか?」
暗い男「……ずっと僕の隣で教えてくれないか? いつか必ず立派な僧侶になってみせる! だから……!」
僧侶「……ごめんなさい……それだけは、どうしても出来ません」
暗い男「どうして……?」
僧侶「……ゆーしゃさまを裏切ることは……例え僧侶の道に反することになっても……出来ません」
暗い男「……そうか、そうだよね。僕なんかより勇者を取るのは当たり前だよね……」
僧侶「なんでそんなこと言うの……?」
暗い男「!?(なんで泣くんだよ……わけわかんねぇ……そんなに死にたいのかよ?)」
暗い男「(勇者と魔王退治なんて命がいくらあっても足りないだろわかれよ……!)」
暗い男「ごめん……(なら、もうこうするしか、道はないじゃないか)」
勇者「……」ギリリリッ
────
勇者「あれ? 僧侶知らないか?」
暗い男「いや……」
勇者「そっか。じゃあちょっと探してくるわ」コト
暗い男「!!!」
ガチャン──
暗い男「神託の証置いていきやがった……! このチャンスを逃す手はないぜ! 神様ありがとう!」ン~チュッ
暗い男「さて、とっととズラかるか」
暗い男「あっ……あのかばんは」
ゴソゴソ──
暗い男「僧侶の教本……」
僧侶『諦めなければいつか必ず僧侶になれますよ』ニコッ
暗い男「俺は……俺は……!」
───
暗い男「へっ……へへへっ……誰があいつらなんかにやるかってんだ!」
暗い男「これを売り払って全部俺のものにしてやる! そして僧侶になってやり直すんだ!」
暗い男「くくくっ……第二の人生の幕開けには持って来いの月明かりだぜ」
ボォォォォッ
暗い男「なっ、なんだぁ!?」
勇者「よっ、まだ出発にはちょっと早いぜ?」
暗い男「ゆ、勇者?!何でここに!?」
勇者「神託の証なんざ別にいらねぇからそれだけなら見逃しても良かった、だがな……」
勇者「僧侶が頑張って得た証まで持ってくなら……話は別だ」
暗い男「ま、待て! 悪かった……! つい魔が差しただけなんだ! この通りだ! 許してくれ!」
勇者「あいつが自分の道を信じて取った行動だ……だから我慢もしたよ」シュイン
暗い男「ひ、ひぃぃっ」
勇者「でもお前みたいな善意を食い物にする奴に当たったことが残念で仕方ないよ」
暗い男「仮にも勇者だろ!? 勇者が人を殺して良いわけ……!」
勇者「今は勇者の証も何もない、ただのあいつの仲間だ。だから……」
勇者「あいつの思いを踏みにじったお前を、絶対に許さねぇ」
暗い男「や、やめっ……ろぉぉぉぉ!」
ザンッ────
────
僧侶「……」
勇者「何やってんだよこんなところで」
僧侶「……わからなくなったんです。どうすればいいのか」
勇者「……そうか」
僧侶「私の道は間違ってるんでしょうか……? ゆーしゃさま……」
勇者「僧侶、この世界にはな、色々な奴がいる」
勇者「僧侶の姉ちゃんや港の人達やじいさんに魔法使いに戦士、ロミオやジュリエットやオカマのおっさんや旅僧侶……みんないい人達だ」
僧侶「……はい」
勇者「でもその逆もいる。何でかわかるか?」
僧侶「どうしてでしょう……?」
勇者「楽だからだ。限りなく、悪い方が楽なんだ」
僧侶「……」
勇者「作物を育てるのは大変だが盗るのは一瞬だ。だからそういう奴も減らないのはこの世界の常だ」
僧侶「なら……私のやっていることは」
勇者「だからって作物を育てている人達はやめたりするか? そうなるとみんなが食べるものはどうなる?」
僧侶「それは……」
勇者「僧侶、お前の善意は言葉通り過ぎる」
僧侶「言葉通り……?」
勇者「人を思う心は良い、けれど物事良い面だけ見すぎだ。この世界には善意の分だけ悪意もある、それを忘れたらいけない」
僧侶「善意の分だけ……悪意が」
勇者「それをしっかり見極めて、どうするか決めるかは……お前次第だ」
僧侶「……やっぱり難しいです、ゆーしゃさま」
勇者「大丈夫さ、俺がついてる」
勇者「でも、俺がもし迷った時はそれを判断してお前が止めてくれなきゃ困るぜ?」
僧侶「ゆーしゃさまが良いと言ったことが例え悪でも……私は……ゆーしゃさまについて行きます」ギュッ
勇者「それじゃ困るってんだよ、バカ。」ギュッ
勇者「……なあ、僧侶」
僧侶「はい」
勇者「やっぱり二人じゃ駄目か?」
僧侶「……いえ、やっぱり……二人が良いです」
────
僧侶「暗い男さんに一言謝りたかったのですが……」
勇者「ま、彼もこれからは真面目に生きてくれるだろうさ」
────
ザンッ──
暗い男『ひ、ああ……』
勇者『ちょっとでもあいつに悪いと思ってるなら、これからは本当に僧侶目指して命がけで頑張るんだな』
勇者『本当に僧侶になれば、あいつも喜ぶだろう。人を悲しませるんじゃなくて、喜ばせる生き方の方が、苦しいけど……楽しいぜ』
暗い男『苦しい分……楽しい』
────
勇者「(善か悪か……どっちに進むかはあいつ次第だけどな)」
勇者「さて、行こうぜ僧侶」
僧侶「はい!」
僧侶「(良い面だけ見すぎたら駄目なんだ。こんなんじゃ魔物にだって付け入られる)」
僧侶「(自分でちゃんと良い悪いを決めなくちゃいけない……ただの善意は本当の意味でその人の為にならないんだ)」
僧侶「(なら、私は悪いものは悪いと言える僧侶になろう。)」
僧侶「(迷いは多い、けれど……)」
勇者「……」
僧侶「(ゆーしゃさまの隣を歩いていることだけは、絶対間違っていないと心から言えます)」
僧侶「(例え……どんなことがあっても)」
短編 ?????
この世界は5つの大陸によって出来ている。
勇者達が最初にいた東の大陸、その隣に位置するのが5つの大陸の中でももっとも大きい中央大陸。
その北には魔法発祥の地である北の大陸、南には機械と戦争が盛んな南の大陸、そして……大きく離れて西側にある大陸、西の大陸……魔王が眠る場所である。
何百年に一度、この世界には必ずと言っていい程魔王が現れる。
そしてまた、時を同じくして勇者も現れる。
それはこの勇者暦が始まってからずっと続いてきたことだ。
誰もが現れた魔王に畏怖し、そして勇者に希望を抱く。
何百年と変わらない構図だったが、今回は少し違っていた。
魔王の方が先に現れたのである。
これに対して勇者はその時未だ不在、神託は降りなかった。
世界は阿鼻叫喚に包まれた。無敗の不敗の伝説の勇者が居たからこそ今まで魔王を退けられて来たがその勇者がいないとなると成すすべがない、神に見放されたのだ、と。
しかし中央大陸第二十代国王を初めとする英傑が世界から集い、中央大陸西側にて魔王軍と激突。
多大なる犠牲を払いつつも見事それを撃退。
そしてその勢いそのままに今の職制度を確立させた三人、三代目勇者と共に魔王と戦った僧侶ルシエル、魔導使いリノン、戦士アガータの子孫達が魔王城に乗り込み、封印することに成功する。
それが今より十年前にあった第一次魔王決戦。人類が初めて勇者なしで魔王と戦った戦いでもあった。
しかしいつ復活するかもしれない魔王に人々は恐れ続けた。
それから十年後、ある小さな村に住む、一人の青年に神託が降りた。
特別ではない、普通の青年。
それもその筈、勇者は神託により決まる為に血筋はないに等しい。
神託の証こそが神の啓示、神託の証が勇者の証。
そんな世界のことを知ってか知らずか、その青年はある者と約束をした。
──俺が勇者で! お前が僧侶! 二人で必ず魔王を討つ!
勇者であることの重みも、世界から勇者がどの様に見られているかも知らなかった彼が、交わした約束。
旅をするにつれてそれらが見えて来ても尚、それでも彼はそのままで居続けられるだろうか?
ここへ辿り着いた時、彼はどちらの勇者となっているのか。
私はそれをただ見守ることしか出来ない。
願わくば、彼が真の勇者であることを祈り、北の大地にて待つ。
長編 生け贄の村
勇者「ここが10年前に親父達が魔王軍と戦った場所か……」
僧侶「まだ傷跡が残ってますね……」
勇者「ありがとう、親父、母さん。そしてここで戦ってくれたみんなも……おかげでたくさんの人達が今もこうして無事に暮らしていられる」
僧侶「ありがとうございます」
勇者「次は俺達の番だ!」
僧侶「はいっ!」
勇者「しかし……ここからどう西の大陸に渡ればいいのか」
僧侶「西の大陸には船も出てませんし……更に魔王の城は山岳に囲まれてて近寄ることすら出来ないと聞いたことがあります」
勇者「ここに来れば何かわかるかもと思ったんだけどな~」
僧侶「三英雄がここから魔王の城へ光る何かに乗って向かった伝説ですか……」
勇者「そうそう。やっぱ直接聞くしかないのかね~。でもあれ以来三人共行方不明らしいし……はあ」
僧侶「きっと大丈夫ですよゆーしゃさま! 歴代勇者の冒険譚だと様々な方法で魔王の場所まで行っていますから!」
僧侶「きっと私達にも見つかりますよ!」
勇者「だといいけどな。さて、今日はもう暗いし休むか」
僧侶「はい」
ポツ……ポツポツポツ……
僧侶「雨が……」
勇者「この大陸に来て初めてだな。長い間続いていた干ばつもこれで終わりってわけか」
僧侶「恵みの雨ですね」
勇者「ああ。しかしこうなると野営は厳しいな……でもこんな所に町や村があるわけ」
僧侶「ゆーしゃさま、建物が見えます!」
勇者「でかした! ふ~これで濡れずに済みそうだ。行こうぜ僧侶!」
僧侶「はい」
僧侶「(どうしてだろう……この大陸にとっては嬉しい雨なはずなのに……どうしても不安が拭えない)」
僧侶「(どうか気のせいであってください……)」
静かに十字を切り、僧侶は勇者の後を追った。
小さな建物がいくつかに、中央奥には教会が建っている。
村と言うよりは集落の印象を受けた。
勇者「人の気配がないな」
僧侶「昔に建てられたものでしょうか」
勇者「まあ雨風は凌げるだろ。借りようぜ」
僧侶「はい」
ピチャ……ピチャ……
──ゴクリ
コクン──
勇者「ふぅ……」バサッ
「死ねぇぇぇ魔物め!!!!!」ビュンッ
勇者「おわッッ」サッ
「避けた!? 次こそは!!!」
僧侶「ゆーしゃさま!?」
「勇者……?」
「「覚悟!!!!」」
「待って二人とも! その人達は魔物じゃないわ!」
────
「弟と妹がすいません。まさか勇者様がこんなところに御出になるなんて思わなかったもので」
勇者「いや、こっちも誰かいるなんて思わなくて。勝手に入ってすいません」
弟「お前ほんとに勇者か!?」妹「勇者か!?」
勇者「ほら、この神託の証が目に入らぬか~なんてな」
弟「へっ、そんなもんちょっと腕の良い堀り師に作らせれば作れらい!」妹「作れらい!」
勇者「ハハハ、なかなか手厳しいな」
「こーら、勇者様になんてこと言うの」
弟「ふんっ」妹「ふんっ」
僧侶「(かわいいなぁ)」ニコニコ
娘「私は娘と言います。勇者様にお願いがあります」
娘「どうかこの村を魔物の手から救ってください」
勇者「……こうやってストレートにお願いされるのも悪くないな」ボソボソ
僧侶「もぅゆーしゃさまったら」
勇者「話を聞こうか」
娘「ありがとうございます!」
娘「ではまず父を紹介します。教会に居ますので行きましょう」
勇者「おっとそのままじゃ濡れますよ。これ(上着)を傘がわりにするといい」
娘「ありがとうございます、勇者様」
僧侶「(むぅ~)」プクー
勇者「僧侶はこれ使え」
僧侶「ゆーしゃさま!」
勇者「ふっ……」
弟「俺達にも貸せよ!勇者だろ!」妹「勇者だろ!」
勇者「仕方ねぇな……」
勇者はシャツ一枚になった!
勇者「うぅぅぅぶぁっくしょいっ」ぶるぶる
僧侶「大丈夫ですかゆーしゃさま?」
勇者「お、ぉぉ」
娘「ここです」
僧侶「立派な教会ですね」
娘「僧侶様にそう言ってもらえると父も喜びます」スッ
僧侶「(封印魔法……それもこれだけ高位なものを使える人が倒せない魔物って……)」
娘「……ムールテルラレットラーナ」ガチャリ
神父「!!!」
娘「お父さん、私です」
神父「何をしている!!! 今日は奴が言った雨の日だぞ!!! また気配遮断魔法を張らねば……」
勇者「(なるほど、だから気配がなかったのか)」
娘「聞いてお父さん。勇者様が来てくれたの!」
神父「なに? おぉ……それは確かに神託の証」
勇者「一体ここで何が起こってるんです?」
神父「……全ては十年前に遡ります」
神父「十年前、ここで魔王軍との戦いがあったのはご存知ですか?」
勇者「ええ」
神父「激しい戦いでした…」
神父「一つの小さな村が滅ぶ程に」
僧侶「それは……」
神父「はい。ここにはかつて村がありました。今よりはずっと大きな……」
神父「あの戦いでその村は中継基地として使われていましたが……魔物達の奇襲によって壊滅しました」
神父「あの戦いが終わった後、共に戦い、死んでいった仲間達や、私達に協力して命を落としてしまった村の人達を供養する為に私は妻と娘を連れて再びここを訪れました」
神父「皆がこの大陸を守ってくれたおかげで妻も娘も無事に生きられると……そして私はその償いに少しでもなればと思い、ここにまた村を作りました」
神父「元々この村に住んでいた人達も協力してくれて段々以前の村に戻って来た時……、今日のような嫌な雨の日にそれは起こりました」
────
村人「神父さん!!! 大変だ!!!」
神父「どうしました?」
村人「村の外れにバカデカイモンスターを見たってうちの奴が慌てて帰って来たんだ!!!」
神父「!!! わかりました、お前達はここに居るんだ、いいな?」
神父の妻「あなた……」
娘「お父さん……」
神父「大丈夫、退治してすぐ戻る」
────
神父「(この辺りか……)」
グォォォォ……グォォォォ……
神父「(近い……)」
グルォォォ……グォォォォ……
神父「(あれは……!)」
ヤマタノオロチ「グォォォォ……グルォォォ……」
神父「貴様……やはりまだ生きていたか!!!」
ヤマタノオロチ《オマエは……あノ時ノ人間か》
神父「あの時は仕留め損なったが……今度こそ仕留める!」
ヤマタノオロチ《驕るなよ人間風情が……》
神父「元は人の魔物が神を気取るか。手負いの貴様なら私一人でもやれる」
ヤマタノオロチ《ならばやってみるがいい!!!》
神父「うおおおおぉぉぉっ!!!!」
────
神父「っはぁ……はあ……(やはり強い……手負いですら私一人では殺しきれない)」
ヤマタノオロチ《……人間よ、一つ取引をしないか?》
神父「取引だと?」
ヤマタノオロチ《そうだ》
神父「そんなもの受ける道理はない!」
ヤマタノオロチ《さっきまでは前ト同じく他ニ仲間が居ると思っておったが……どうやら貴様一人だけらしいな》
神父「それがどうした! 今の貴様など私一人で……」
ヤマタノオロチ《無理ダナ。貴様一人では今の私にすら及ばん。前の戦いも【奴が】いたから破れたまでに過ぎん……ふん、まさかこの私が二度も破れるとはな。しかし三度目はない》
神父「(確かに……このままでは魔力が枯渇し何れは……)」
ヤマタノオロチ《そこでだ、人間。貴様にチャンスをヤロウ》
神父「なに?」
ヤマタノオロチ《我を見逃せ、人間よ。魔王様が封印された今、私がここで貴様と戦う理由は余りないノでな。出来るなら安全策を取りたいノだ》
神父「馬鹿げたことを、ここで貴様を見逃すことなど出来るわけがない!」
ヤマタノオロチ《ならば続けるか? もう勝負は見えているであろう?》
神父「いざとなればこの身を賭けてでも貴様を屠る」
ヤマタノオロチ《良いノか? 妻や娘を残して先に逝っても》
神父「貴様何故っ……!」
ヤマタノオロチ《ククク……我は耳が良くてな》
ヤマタノオロチ《貴様にとってノ勝ちは負けに等しい、ならばこれは貴様にとってもいい話だろうて。ただ見なかったことにすればいいだけなノだから》
神父「くっ……だが……貴様を放って置けばいつかこの村は滅びる。そうなれば妻や娘や村の住人達が危険に晒されることに変わりない!」
ヤマタノオロチ《ククク……ハハハ……》
神父「何がおかしい!?」
ヤマタノオロチ《我は数百年を生きる魔物ぞ、今更村一つ滅ぼして何になる?》
神父「なら……お前は何の為に魔物になった?」
ヤマタノオロチ《……神になる為ダ》
神父「神だと……?」
ヤマタノオロチ《ソウダ。我を崇め、崇拝し、讃えよ。人間より上ノ存在ニなること、即ち神になることが我ノ望み》
神父「バカげたことを……」
ヤマタノオロチ《数百年前、奴等とノ戦いまでは我は確かに神だった。崇められ讃えられ……それを奴等が奪ったノダ》
ヤマタノオロチ《もう一度我は神となる。故に貴様と相討ちなど出来ぬ相談よ》
神父「神になるとは言うが、具体的に人間に何をするつもりだ?」
ヤマタノオロチ《なに、我は寛大だ。昔と同じく我へノ生け贄を捧げることでその村の安全は末代まで保障しよう》
神父「生け贄だと……? ふざけるな!!!」
ヤマタノオロチ《年に人間一人程で村の安全が買えるノだゾ? これ程良い話はないと思うがな》
神父「村人一人とて貴様には殺させはせん!」
ヤマタノオロチ《交渉決裂か……愚かなり》
神父「(アレを使うしかない……許せ、妻、娘よ)」ジリッ……
──お父さん……
神父「くっ……(だが俺がここで死ねばこの先誰があの村を守る……?)」
神父「(村を守る為に死ぬ……聞こえはいいがあの二人にとっては一番愚かな決断を俺はしようとしている……それにまだ村とは呼べぬあの村を置いて死ねぬ!)」
神父「……見過ごせ、と言ったな」
ヤマタノオロチ《ム……》
神父「その傷だ、お前は俺が見過ごした後、幾ばくかの休息につく……違うか?」
ヤマタノオロチ《左様、奴につけられた傷は易々とは治らんのでな》
神父「どれぐらいだ?」
ヤマタノオロチ《フム……刻で云えば十年程か。あノ封印では魔王様が復活するノもそれぐらいだろうかラな、色々ト都合が良い》
神父「……ならば取引をしよう、魔物よ」
ヤマタノオロチ《ほう……どういう風ノ吹き回しだ?》
神父「私も命は惜しい。それにあの村を立て直すまでは死ねん」
ヤマタノオロチ《して、取引ノ内容は?》
神父「この先に祠がある。そこで貴様を十年休まそう。私の気配遮断魔法を使えば例えお前を目にしたとて気づかずに去るだろう」
ヤマタノオロチ《随分気前ノ良いことだな。神ノ下僕として我にも仕える気になったか?》
神父「抜かすな、取引だと言ったろう」
ヤマタノオロチ《しかしそれだけでは足りぬ。生け贄は用意してもらうぞ人間。上質なおなごが良いな》
神父「……いいだろう。十年後、貴様が目覚めた時……俺の娘を生け贄に捧げる」
ヤマタノオロチ《ほう……》
神父「あれは気丈な子だ。村の為なら喜んでその身を捧げるだろう。ただしそれでまた向こう十年は我慢してもらおう。この村の神になりたいならそれぐらいの器を見せろ」
ヤマタノオロチ《ククク……いいだろう。あノ娘は強く、美しくなるだろう……それを喰らえると思えば十年等》
神父「交渉成立だな」
ヤマタノオロチ《違えればこの村、滅ぶと思え、人間よ》
神父「フン……」
神父「(これで十年は時間が稼げる)」
神父「(十年後……傷が癒え、万全を期した奴を倒すのはあの二人と一緒でも無理かもしれん……だが、)」
神父「(もし、勇者が現れれば……奴を打倒しうるかもしれん)」
神父「(これは賭けだ……。もし失敗しても……最後の清算は必ず私がしよう)」
神父「(ここに眠る英霊達よ……こんなにも命に執着する醜い俺を恨んでくれ。だがこの十年……必ず無駄にはしないと約束しよう)」
ヤマタノオロチ《ではな、人間。魔王様が復活する時、必ず長い干ばつが続いた後に大粒の雨が降る》
ヤマタノオロチ《我もその時に目覚めよう。その日が約束ノ時だ》
神父「わかった。十年後、また合い見えよう」
────
神父「そうして私はこの村を作り……この日を待った」
僧侶「そんなことが……」
勇者「ヤマタノオロチ……伝説級の魔物だな」
僧侶「確か三代目勇者様に倒されたと言われてますが……」
神父「語り継がれる伝説には常に語弊がつきものさ。良いように良いように語り継がれる」
神父「それより……だ」
神父「勇者、そして僧侶。私に協力してはくれないか? 無論断ってもらっても構わない。これはこの村と私の問題だからな……」
僧侶「ゆーしゃさま……」
勇者「……俺の両親もこの大陸を守る為にここで戦いました」
神父「そうだったのか……」
勇者「親父は始まりの村を出るとき、俺にこう言いました」
勇者「お前の守りたいものを守れ、と」
神父「!!!」
神父「(まさか……勇者の父親は)」
勇者「俺の力でどれだけの人が守れるかはまだわからないけど……今は目の前にあるものを一つづつ守って行けたら、と思ってます」
勇者「一緒にヤマタノオロチを討ちましょう! 神父さん!」
娘「勇者様……ありがとうございます」ペコリッ
僧侶「微力ながら私も共に戦います」
神父「二人とも……ありがとう」
ポツポツポツ……──
勇者「何か作戦はあるんですか?」
神父「ああ。奴と契約を交わした十年前から準備はしてきた」
勇者「と言うと?」
神父「」コンコン
僧侶「?」
神父「この日の為に村全体を使って封印魔法陣を形成している。奴が雨の日を指定して来たのもそれを警戒してだろうが……魔法と言うものは日々進化しているものでな」ニヤッ
僧侶「地法陣(じほうじん)ではないんですか?」
神父「ほう、詳しいな僧侶」
勇者「地法陣?」
僧侶「地面に陣を掘ってそこに魔力を流し込むことで発動する魔法です。書法魔法と少し似ていますが媒体が違うので難易度は跳ね上がります。大地には魔力が通り難いですから」
僧侶「でもこの雨では地面に描いた陣は消えてるんじゃ……」
神父「言ったろう、魔法は日々進化してると」スッ
僧侶「それは?」
神父「見てなさい」
神父がいくつか手に持った光る石に魔力を込め、床に置く。
神父「はあっ!!!」
僧侶「!!!」
その石々に込めた魔力が共鳴し合い、そこに小さな陣を成した。
僧侶「その石は……」
神父「砂金だ。金は元々魔力伝導率が高いことで知られているが余りにも高価だ。そこでこの砂金だ。砂金は不純物が混ざっている為金のように値は高くない。そして普通の魔法では伝導率が悪いが地法陣では元々地にある物だから相性がいいんだ」
神父「こいつを掘った陣にばら蒔いて埋めてある。これで雨の日だろうが陣は発動するってわけだ」
僧侶「凄い……! 凄いですねゆーしゃさま!」
勇者「……すまん、何が凄いかさっぱりわからん」
僧侶「もぅっゆーしゃさまちゃんと聞いてました!?」
神父「ははっ。勇者はもっと魔法の勉強をせねばいかんな」
神父「さて、ではそろそろ本題に入ろうか」
勇者・僧侶「」コクリ
神父「この陣を発動させるには一定時間奴をここに留まらせる必要がある。その役を君達に任せたい」
勇者「なるほど……」
僧侶「伝説の魔物でも足止めぐらいなら……!」
勇者「しかし神父さん、そのヤマタノオロチ……別に倒してしまっても、構わんのだろう?」キリッ
神父「ふふ、頼もしい限りだな」
弟「あんまでしゃばってお父さんの邪魔すんなよ勇者!」妹「邪魔すんなよゆーしゃ!」
勇者「ンだとぉ~」
神父「こらこらお前達」
娘「では、お父さん」
神父「お前には少し怖い思いをさせてしまうかもしれない……すまないな」
妹「いえ、お母さんと約束したから……大丈夫」
勇者「(……約束、か)」
────
村の中央に位置する場所に小さな祭壇が用意された。
その中で娘は魔物が来るのを待つ、生け贄役として。
ザァァァァ──
娘「」ブルッ
震えるのは寒さのせいだけじゃない、どうしようもなく不安で仕方ない。
娘「お母さん……」
──お父さんは何もかも自分で背負っちゃう人だから
──私達が支えてあげましょうね
娘「うんっ……うんっ……私頑張るから!」
娘「だから心配しないでね……お母さん」
大丈夫、勇者様だっているんだ。
きっと上手く行く。
きっと──
────
勇者達はその祭壇近くの小屋で息を潜めていた。
勇者「なあ僧侶」
僧侶「はい?」
勇者「あの神父さん……どこかで見たことないか?」
僧侶「そう言われると……どこかで見たような気がします。私だけならどこかの教会で顔を見た可能性が高いですけどゆーしゃさまもだと……始まりの村で、でしょうか」
勇者「かもしれないな。ま、今はそれよりどう奴を足止めするか、だな」
僧侶「大丈夫です、ゆーしゃさまは強いですから!」
勇者「まあ三代目と力比べするにはいい相手だろうな」
ザァァァァ────
ズゥン────
ズゥン───
ズゥン──
勇者「来たぞ……」
僧侶「はい……」ゴクリ
ヤマタノオロチ《約束ノ時は来た。そなたが我ノ生け贄か?》
娘「(大きい……)」ガタガタ
ヤマタノオロチ《震えるでない、これは名誉なことなノだ。神ノ為ノ生け贄……それで死ねる程幸運なことはないぞ?》
娘「あ……あぁ……」ガクガク
ヤマタノオロチ《人間に神ノ素晴らしさを説いてもわからぬか……仕方ない。ではせめて、苦しまずに喰うてやろう》
「ベギラマッ!!!」
ブォッ!!!
ヤマタノオロチ《ム……》
勇者「おいおい直撃したよな?」
僧侶「雨の中では炎系の魔法は威力が下がるんですよゆーしゃさま」
勇者「そういやそうだったな」
ヤマタノオロチ《勇者……だと?》
勇者「待たせたな、ヤマタノオロチよ。お前が眠ってる間に出でてやったぜ!」
娘「勇者様! 何故来たのですか! 私のことは放って置いてと言ったはず……」
勇者「放っておけるかよ……君みたいな子を、さ」
僧侶「うぐっ(劇だってわかってるけどちょっと悔しい)」
神父『いいか、あくまで村の意向は生け贄に賛成している、ということにしてくれ。でないと私が出てこないのを奴が警戒するかもしれないからな』
娘「私のことは放って置いてください! お父さんもそれで納得してくれてます! 私一人が死ねば……村は救われるんです」
勇者「(上手いな、この場面でここまで演じられるとは、将来いい舞台役者になれるぜ)」
勇者「悪いが聞けないな! 俺は勇者だ、困ってるやつが居たら守らなくてはいられない性分でね!」ジャキィンッ
勇者「ヤマタノオロチよ、そういうことだ。この子を食べる前に俺と前菜を楽しんでもらおうか」
勇者「(ちょっとキザすぎたかな……)」
僧侶「(ゆーしゃさまカッコいい)」ポー
ヤマタノオロチ《……よかろう。どノ道貴様は片付けておかねばならんしな》
勇者「話が早くて助かるぜ」
僧侶「」シュビッ
ヤマタノオロチ《……》
勇者「……」ジリッ……
勇者「うおおおらぁっ!」
勇者は勢い良くヤマタノオロチの尾へと斬りかかった、が──
ギィィンッ
勇者「弾かれただと!!?」
ヤマタノオロチ《我ノ体は鋼にも等しい鱗から成る。そんな得物では傷一つつかん》ブォンッ!
お返しとばかりに八つある尾を束ね、勇者を薙ぎ打つ。
勇者「があっ……(防御しきれ)」
ズォォォォォォォ──
勇者は吹っ飛びながら木々をへし折り、やがて止まった後、勇者は──
勇者「……」
死んだ──
一撃のことだった。
僧侶「ゆーしゃ……さま?」
ヤマタノオロチ《ハハハ……フハハハッ! それは何の冗談だ勇者よ? よもや一撃で死ぬなど我も思いもせぬかったわ。すまんな勇者よ、完全復活したばかり故に手加減が出来なかったぞ》
ヤマタノオロチ《奴が見れば嘆き悲しむだろうな。勇者がここまで弱くなっていたとは》
僧侶「……ゆるさない」
娘「勇者様……」
ヤマタノオロチ《さて、頂くとしよう》
ビュォォォォ──
ヤマタノオロチ《ム……》
僧侶「勇者様、今は少しお休みになってください。後は私が引き受けます……この命に代えても」
ヤマタノオロチ《加護魔法か……少しは楽しめそうだな》
村人A「……」
村人B「……」
村人C「……」
────
夢を見た、これはきっと昔の夢だろう。
『このままでは奴等との全面戦争は避けられない……だから力を貸してくれないか?』
『それはルシエルの末裔としてか? それとも…』
『友としてだ。戦士アガータの末裔よ』
『そう言われたら行かねぇわけにはいかないな』
『おう…………。』
『なーにお父さん?』
『お前も男なら守りたいものを守れ。俺は母さんとお前と……ちゃん達を守れたら他は何もいらない』
『だからそれを守りに行ってくらぁ。強くなれ、……。お前ならいつか本当の勇者になれる』
『お別れだ、……。……ちゃんのことちゃんと守ってやるんだぞ』
────
僧侶「っはぁ……はあ……っく」
ヤマタノオロチ《どうした? 風ノ加護を使って逃げ回るノが精一杯か?》
僧侶「(私の魔法じゃどれもあいつに効かない……っ。とにかく今は時間を稼ぐ……!)」
風の加護魔法を使って高速でヤマタノオロチの攻撃をかわして来た僧侶だったが、
ヤマタノオロチ《そらっ》
僧侶「きゃうっ」
徐々にそれを捉えられていた。
ヤマタノオロチ《そろそろ終わりにしてやろう》
僧侶「(これ以上は後ろに下がれない……下がれば大蛇を陣の効果範囲外に出してしまう)」
ヤマタノオロチ《前菜にはちょうどいいサイズだ。喰ろうてやろうッ!》グワンッ
僧侶「(ゆーしゃさまっ)」クッ
勇者「おっとまだメインディッシュは早いぜお客さん」ガガガッ
ヤマタノオロチ《なにぃ!?》
僧侶「ゆーしゃさまっ」
ヤマタノオロチの口に刃の腹を突っ込み止めている。
勇者「口の中ならどうだぁ!? ベギラマ!!!」
ブォォッ──
ヤマタノオロチ《ゴフッ……》
勇者「効いたか!?」
ヤマタノオロチ《ムシャコラムシャコラ……ゴクン。ほう、これが前菜か? 悪くない》
勇者「ベギラマを……食いやがった!」
ヤマタノオロチ《我は千度をも越える火を吹く、これしきノ火など熱い内に入らぬわ》
勇者「ちっ。僧侶、お前は傷の手当てをしてろ。少しの間引き付ける!」
僧侶「はっ、はいっ!」
ヤマタノオロチ《こざかしいハエめがチョロチョロと》
勇者「でやぇぇやぁっ!」
ガキィッ
勇者「(ちぃ! やっぱこの剣じゃ無理かッ!)」
ヤマタノオロチ《小賢しい!》
また勇者目掛けて尾を大きく振るい立てる。
勇者「うおおっ」
剣を使って防御する勇者、鱗と鉄が摩擦し合い火花が躍り散る。
ヤマタノオロチ《ふんっ》
勢い勝るヤマタノオロチの尾が勇者を剣ごと薙ぎ払い、木の幹に叩きつけた。
勇者「ごはッッ……」
勇者「(今までの魔物とはレベルが……違いすぎる)」
ヤマタノオロチ「焦げろ勇者」ブォァッ
口に溜め込んだ火炎の息をそのまま勇者に浴びせかけた。
僧侶「ゆーしゃさまああああっ!!!」
勇者「……」プスプス…
石炭と化したように勇者は黒く焦げ、また、死んだ。
ヤマタノオロチ《フン……今度こそ仕留めたぞ、勇者め》
僧侶「おのれえええええええええええええ」
僧侶を中心に暴風雨が渦巻く。
ヤマタノオロチ《ほう、まだそんな力が残っていたか。面白い》
村人A「」村人B「」村人C「」
────
足りない
──何が足りない?
力が足りない
──何の力が?
純粋な力、全てを打ち倒す力が
俺には、足りない……
──なら、授けましょう、貴方に
────
ヤマタノオロチ《貴様では私を倒し得ない、なのに何故こうも立ち向かうノだ? 人間よ》
僧侶「はあ……はあっ……」
僧侶「(もう少しで……神父様の地法陣が完成する……それまで……私がこいつを止めるんだ!)」
僧侶「(いつだって助けられて来た……守られて来た……!)」
僧侶「(だから今度は私がゆーしゃさまを守る番! だって私は……!)」
僧侶「(ゆーしゃさまのたった一人の仲間(パーティー)だから!)」
ヤマタノオロチ《(妙だな。我を傷つけることが出来ない割には勝算がないというわけでもなさそうだ)》
ヤマタノオロチ《(アレを使うつもりか……? ならば少し様子を伺った方が良いか……さすがノ我とてアレを貰えばひとたまりもない)》ドス……ドス……
僧侶「!?(下がって行く……? なんで?!)」
僧侶「(これ以上下がられた村から出られる!!!)くっ……バギマ!!!」シュルンシュルンッ
グォォォグォォォ
ヤマタノオロチ《!(やはりか、遠ざけまいと風で道を潰して来た。ここは離れ遠くから確実に殺すことにしよう)》
僧侶「(駄目っ、私の魔法じゃ止まらない!!! どうしたら……)」
「僧侶!!! 風向きを!!!」
僧侶「!!!」
ヤマタノオロチ《なに!!!?》
僧侶「風よ……彼の者に暴風の猛々しさを!!!」
勇者「──暴風牙突」
暴風を身に纏った勇者の一突き──
ヤマタノオロチ《ククク……もしも貴様ノ剣がオリハルコンならば或いは我を貫けたかもしれんな》
ギギギ……
勇者「くそおおおッッッ!!!」
どんな勢いの一撃だろうがヤマタノオロチの厚い鱗の前で刃を止める。
ヤマタノオロチ《しかし驚いたぞ勇者。まさかあノ状態で生きておるとはな》
勇者「フフフ……」
ヤマタノオロチ《何が可笑しい?》
勇者「俺は勇者だぜ? 魔王を倒すために神より遣わされた者……それが【死ぬとでも】思ってるのか?」
ヤマタノオロチ《なに……?》
勇者「勇者とは魔王を倒すまでは死ぬことを許されない、そういう契約の名の元に神託受けている」
勇者「まさか知らなかったのか……? 数百年も生きて? クククッ……滑稽だなヤマタノオロチよ」
ヤマタノオロチ《……》
僧侶「(ハッタリだ……勇者だって魂と肉体は解離する、魂が肉体に戻らなければ死ぬ……でも、ならゆーしゃさまはどうやって……)」
勇者「そうだな。アンリミテッドリバイヴ(無限生命)とでも言っておこうか」
勇者「俺は目覚めたのさ、神託に!!! だから無駄な足掻きはやめろ」
ヤマタノオロチ《……そうか、なら》
ヤマタノオロチ《本当に無限か試すまで》ブゥゥッンッ
勇者「ガッッ……ア……」
僧侶「ゆーしゃさまッ!!!!!」
ヤマタノオロチ《死なぬとしても痛みはあるのだろう? ならばその痛みで命を壊してくれよう。いくら不死と言えど所詮は人間……脆弱なり》グチャッ……グチャリッ
勇者「ゴォァッ……グボォ……」
──それから、勇者は何度も死んだ。
殺されては、ヤマタノオロチが僧侶と戦っている隙に蘇り、殺されては……また蘇り、何度繰り返したかわからなくなるぐらいに、勇者は再生と死を繰り返した。
僧侶「ゆーしゃさま……」
僧侶の涙が雨の中でもハッキリとわかる程に流れ出す。
それでも目を凝らし、必死にヤマタノオロチと向き合い続ける。
そして──
勇者「……」
ヤマタノオロチ《どうした勇者。まだたかが20回ほどしか死んでおらんぞ? 無限には程遠い、ほれ、早く蘇って見せろ》
僧侶「あなたの相手は私ですっ!!!!」
村人ABC「……」
教会内──
村人A「神父様!」
神父「おお、神の(以下省略 ザオリク!」パァァ
勇者「……ぷぁっ」
村人B「もはや流れ作業ですな!」
村人C「ご無事ですか勇者殿!?」
勇者「何回も何回もすまない……これも俺の力が足りないばかりに」
神父「無理を言ってるのは私の方だ……だがもうすぐで地法陣が完成する! あと少しだけ奴を引き付けてくれ!」
勇者「了解!」ダッ
神父「くっ……」
村人A「神父様!」
神父「さすがにザオリクを使いつつ陣に魔力を流し込むのは疲れるな……だが、頑張ってくれている二人の為にも早く地法陣を発動させねば!」
────
勇者「ゴバァッ」ズサァァァァァ
ヤマタノオロチ《(こいつ……本当に不死身なノか? 神め……厄介なモノを。それに死ぬ度にこちらの攻撃に対応しつつ攻撃して来ている……もし武器が鉄の剣でなければ相応の傷を負っていたところ)》
ヤマタノオロチ《……ふむ、さすがに飽きたな》
僧侶「!!!」
ヤマタノオロチ《》ゴアッ
あっという間のことだった。
ヤマタノオロチの一つの大蛇が、口を大きく開き、勇者を加え込み、咀嚼し、飲み込んだ。
僧侶「あ……ああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
ヤマタノオロチ《こうすればいくら蘇生しようが我の胃の中の獄炎で殺し続けられる。無限であっても、もはや意味はない》
村人A「ゆ、勇者様が食われただあよ!」
村人B「これじゃ神父様のところへ担ぎ込めないべ……」
村人C「もう終わりだあ……」
娘「勇者様っ……お父さんっ……!」
神父「待たせた!!!!! 神父の名に置いて命ず、この大地に生きる悪しき魔物を封印せん!!!! 地法陣!!!!!」
雨に濡れた地面が黄金色に光る。
それは線となり、やがて村中をたどって陣を描く。
ヤマタノオロチ《貴様ァァァァ!!!》
神父「虚空の彼方に封印してくれる……ヤマタノオロチ!!!」
ヤマタノオロチ《神とノ誓いを破ったなァァァァ貴様ァァァァただではすまさんぞォォォォォォ》
神父「貴様はただの魔物だ!!! 神ではない!!!」
僧侶「待ってください神父様!!!!! あの中には勇者様が居るんです!!!!」
神父「なに!!!???」
村人A「勇者様があいつに食われちまっただーよ!」
神父「しかし……!!!」
ヤマタノオロチ《ハハハッ! そうだ! 勇者は我の腹の中にいるぞ!!! このまま我を封印すれば勇者も消える!!!!!》
神父「くっ……!!!」
僧侶「……神父様。地法陣を解いてください」
神父「だがしかし……それでは……」
僧侶「……私があいつを倒します。勇者様を助けた後、これを使ってでも」
神父「そのロザリオは……!」
神父「……すまない、自分の命欲しさに君にそんな覚悟を。だが安心したまえ、全ての清算は私がしよう」
神父「」チラッ
娘「」
弟妹「」
神父「(あれから十年……十分見守れた。お前は失ったが、子供達と暮らした日々、幸せだった。後はこの村の住民達が何とかしてくれるだろう……)」スッ
ヤマタノオロチ《そうだ!!! それで良い!!!》
神父「(妻、アガータの末裔、いや、我が友よ……今行くぞ)」
神父は懐の奥深くからロザリオを取り出した。
神父「まずは勇者を腹から出す、やれるな!?」
僧侶「はいっ!!!」
────
「ここは……」
──勇者よ
「あんた誰だよ」
──我はお前に神託を授けた者
「神様ってことか。で、神様が何の用だよ?」
──何故使わぬ?
「……」
──もうその力は授けたであろう?
「……怖いんだ」
──怖い?
「確かにこの神託の証には今にも爆発しそうな力が俺に流れ込んで来ようとしているのはわかる……けど、一度通したらもう戻れない、二度と俺じゃなくなる気がするんだ」
──勇者は勇者、変わることはない
「……俺は、あんたの言う勇者とはちょっと違う勇者目指してるんだと思う。何となくわかってたよ、あんたの思う勇者は」
「魔王を倒す力さえあれば後は何もいらない……それがあんたの思い描く勇者だろう?」
──それ以外に何がいる?
「それを探すために、俺達はこれまで旅をしてきたんだ」
──だが、このままでは何も出来ないまま死ぬぞ?
「……」
──何も守れず、魔王も倒せず、このままではお前は勇者として死ねない。
──ただの若者として終わり、そしてまた私は新たな勇者を他の者に託すだろう。魔王がいる限り。
「……何も、守れずに」
──勇者よ、守りたいものを守りたいのなら、受けとるがよい
──神の力、神託の力を
「俺は……」
──このまま死ねばあの僧侶も守れない、それでもよいのか?
「!」
──それでよい、今より本当の神託の儀を行う
生まれ変わるのだ、神の力によって、勇者よ
────
光が裂いた──
ヤマタノオロチ《グルォォォォォォオオオオオオオ》
神父「これは……!」
ヤマタノオロチの腹から天から降る光の如く溢れている。
やがて裂いた空間から肉を押し退けて勇者が現れた。
僧侶「ゆーしゃさまっ!!! ……!」
勇者の頭の神託の証が鈍色に鈍く光る。
それとは対照的に手には黄金に輝く剣が持たれていた。
神父「あれはまさか……勇者のみが持てると言われる伝説の剣……!」
歓喜に震える神父の声とは裏腹に、僧侶は今の勇者にえも言われぬ恐怖感を抱いていた。
ヤマタノオロチ《貴様ァァァァ何故生きているゥゥゥゥ!!!!》
勇者「……」
ヤマタノオロチ《答えぬか!!!!!》
口に火炎を宿す、
勇者「僧侶、フバーハ」
短く言い放たれた言葉、
僧侶「は、はいっ! フバーハ!!!」
気圧されながらも呪文を唱える。
包まれた大気がヤマタノオロチの火炎を和らげる。
勇者「……」
少し残った火が、雨の中でも勇者の服に火をつける。それを鬱陶しそうに払った勇者は、
僧侶「えっ……」
僧侶に今まで向けたことのないような冷たい目を向けた。まるで出来が悪いとでも言いたげな表情で。
ヤマタノオロチ《おのれええええええっ!!!!!!》
怒りに任せ突っ込んで来たヤマタノオロチを、まるで冷めた料理かのように興味なさげに見据える。
勇者「……」
光る剣を軽く一振り、それだけで今のヤマタノオロチに止めをさすのは十分だった。
ヤマタノオロチ《オノレ……勇者め……》
勇者「……」ニタァ
まるで自分の力を確かめるように勇者は強く拳を握りしめる。
神父「圧倒的じゃないか……! これが伝説の勇者……ッ!」
ヤマタノオロチ《オノレ……!》
神父は一体の大蛇が口を大きく開けて勇者を狙っていることに逸早く気づき走り出した!
ヤマタノオロチ《タダデハスマサン……キサマモミチズレダ……勇者!!!!!》ブォァッ
大蛇から吐かれたドス黒い炎が勇者に向かって飛翔する。
神父「勇者!!!!!」
呆然としている勇者を弾き飛ばし、神父は代わりにその炎を浴びてしまう。
神父「ぐぅおあああああああああああっ」
娘「お父さん!!!」
弟・妹「お父さあああん!!!」
ヤマタノオロチ《最後ノ最後マデ貴様ニ邪魔サレタカ……ダガ、魔王様ガ必ズシモ貴様ヲ殺ス、覚エテオケ、勇者……ヨ》サラサラサラ……
僧侶「神父様っ!!! 今解呪魔法を!!!」
神父「無駄だ…これは文字通り奴が命をかけて吐き出したもの…死ぬまで消えることはないだろう」
勇者「……」
娘「お父さん……」
弟・妹「うわあああああん死なないでお父さん!」
勇者「……! 俺は……!」
僧侶「……自分の力に酔いしれて気づきませんでしたか?」キッ
勇者「そ、僧侶……? 俺……」
僧侶「神父様は勇者様を庇って呪いを受けたのです……もう助からないでしょう。呪いは魂さえも喰い殺します」
勇者「あ……ああ……俺は……」
僧侶「勇者様を守ってくれたのです、さあ、最後の言葉を聞いてあげてください」
勇者「最後って……どうにかならないのか? まだ……! きっといつもみたいに……」
パシィィンッ──
勇者「な……」
僧侶「どうにもならないことだってあるんです……!」
初めてだった、僧侶に本気で叩かれたのも、僧侶のあんな顔も、
僧侶「勇者様、来てください」
あんなにも愛しかった、守りたかった僧侶が、怖くなる、憎くなる、
勇者「違うんだ……! 俺は……!」
僧侶「早く!」
勇者「っ!」
一喝され、ようやく勇者は焼け消える神父の隣へと来た。
神父「勇者……」
勇者「神父さん……俺……」
神父「よく、やってくれたね」
勇者「え……」
神父「これで村は救われる……本当にありがとう……勇者」ニコリ
勇者「でも……俺が神父さんを殺したようなもんです! 俺がしっかりしてれば……っ!」
神父「それは違う。君がもし来てくれなかったら最悪村は焼け野原と化していただろう。私は……臆病者だ」
神父「さっきも僧侶の覚悟を見てようやく決心するなんて……遅すぎたんだ」
僧侶「……」
神父「あの時もそうだった……私が死んでいれば……君のお母さんは死なずに……ゴホッ」
勇者「!!!」
娘「お父さんっ!!!」
神父「……勇者、魔導使いリノンに会え。彼女が魔王の城への行く道を知っている……!」
勇者「魔導使い…リノン」
神父「そして、君の父……戦士アガータの末裔は、生きている」
勇者「親父が……!?」
神父「二人とも……居場所はわからないが……必ず生きている」
僧侶「まさか……あなたは……ルシエル様の」
神父「……さあ、お前達。二人にお礼を言って」
娘「グスッ……はい。二人とも、ほら」
弟「ん゛ん゛」妹「わ゛か゛った゛」
娘・弟・妹「村を守ってくれてありがとう」
勇者「」グラッ
勇者「(俺は……なんて取り返しのつかないことを)」
神父「勇者……魔王を倒してくれ。そしてこの世界を……平和に」シュウゥゥゥ……
弟「うわああああああん」妹「あああああああああんお父さーん!!!!」
娘「……お父さん」
ザァァァァ──
僧侶「……」
大声で泣き叫ぶ二人、声を圧し殺して泣く娘、見送りの行いをした後、その三人を優しく抱きしめる僧侶。
その光景を見て、俺は初めて自分が失敗したんだと自覚した。
俺が失敗すれば、人は死ぬ。
そうならない為にもっと、強くならないといけないと思った……何よりも、強く。
勇者「僧侶……」
僧侶「はい」
勇者「南に渡ろう。このままじゃ俺は何一つ守れなくなる……」
激しく降る雨の中で、勇者ははっきりとわかるほど涙を溢した。
短編 僧侶の日記 Ⅴ
━━━━━━━━━━
勇者暦○○○年 七の月
初めて、ゆーしゃさまを叩いてしまった。
初めて、ゆーしゃさまと仲違いをしてしまった。
初めて、ゆーしゃさまの気持ちがわからなくなった。
ゆーしゃさまは村の為に何度も何度も生き死にを繰り返してまで頑張っていた……。
でも、大蛇のお腹から出たゆーしゃさまは……とても怖かった。
色々な勇者の冒険譚によると、光る剣を手にするとき勇者は本当の勇者へと覚醒する……とある。
それは魔王を倒す上ではとても喜ばしいことなのかもしれない。
でも、私にとっては……。
あれからゆーしゃさまとあまり会話をしていない。
神父様のことで私もゆーしゃさまも思うことがあるのだけれど、どうしたらいいのかわからない。
そんな雰囲気だった。
神殿でゆーしゃさまは言った。
『俺がもし迷った時はそれを判断してお前が止めてくれなきゃ困るぜ?』
ならやっぱりあの時のゆーしゃさまは間違っていると思った。
いつものゆーしゃさまならもっと周りに気を配っていたはずだ。
なら……神父様は身代わりになることもなくて……。
いつものゆーしゃさまなら……?
それは……勝手に私が押し付けてるだけじゃないの?
ゆーしゃさまは何でも出来て、凄くて、強くて、かっこ良くて……。
そんな理想をずっとゆーしゃさまに押し付けて来ただけじゃないの?
わからない、わからない。
ゆーしゃさまは勇者で、そうしなきゃいけないから?
勇者とは、なに?
勇者は、ゆーしゃさま。
じゃあ、ゆーしゃさまって……誰?
私は何で勇者様を、ゆーしゃさま、なんて呼んでいたんだろう。
わからない、けど、それでも、呼び続けなきゃいけない気がする。
私だけは、ゆーしゃさま、と……。
長編 壁の国
勇者「僧侶、僧侶」
僧侶「ん……。あっ、ゆーしゃさま」
勇者「もうついたぞ。早く降りる支度しろ」
僧侶「はい、すみません」
勇者「」スッ
僧侶「ゆーしゃさま……それ」
勇者「ここからは反勇者国家だからな……。こんなもんつけて歩いたらどうなるかわからん」
僧侶「そう……ですよね」
勇者は万人に受け入れられてるわけじゃない。
それはゆーしゃさまが勇者であることに関係なく歴史によって降りかかる事柄。
なら、勇者には……困難しか残ってないんじゃないかと……私は思った。
港──
勇者「宿をとってくる。僧侶は魔導使いリノンの情報を集めてくれ」
僧侶「は、はい」
魔導使いリノン様、三代目勇者様達と旅をし、今の魔法職を確立させた人。
ピオリムや、ボミオスと言った時間を操る魔法は彼女の魔法の派生だと言われている。
彼女は時を操る魔法を得意としていた。
しかし現代に至っても時を操る魔法使いは彼女以外例がない。
魔法を導きし者、魔導使いリノン。
そして噂ながらに囁かれる。
彼女に末裔は存在せず、不老不死で、数百年の時を生きているという伝説が。
──
結局リノン様の有益な情報は得られず、私は宿に戻った。
勇者「どうだった?」
僧侶「あの……駄目でした」
勇者「……。」
また、あの時のような顔をされると思った。
まるで興味のないものを見るような、蔑んだ……。
勇者「そっか。まあここにはレベル上げのついでに来たからな。
南の大陸のモンスターは手強いらしいから、気を引き締めないとな!」
そう言ってゆーしゃさまは軽く笑ってみせた。
僧侶「はい」
私はその笑顔を、素直に受け止められなくなって来ていた。
宿──
僧侶「ん……」
夜中にふと目が覚めた。南の昼は高い気温、夜は真冬のような寒さの気温変化に体が慣れなかったのかもしれない。
僧侶「ゆーしゃさま?」
ふと隣のベッドを見ると、ゆーしゃさまがいないことに気づく。
昼間に買っておいた夜間活動用の暖かいローブを身に纏い、杖を携え宿を出た。
────
ゆーしゃさまはすぐに見つかった。
港の外れの海岸で、モンスター相手に剣を振るっている。
勇者「オオオオオッ!!!」
吼える様に叫び、敵を薙ぎ払って行く。
僧侶「ゆーしゃさま……」
勇者「はあ……っ……はぁ……」
僧侶「ホイミ」パァァ
勇者「! ……なんだ僧侶か」
僧侶「ホイミスライムかと思いました?」フフッ
勇者「なんだよソレ」ハハッ
僧侶「ゆーしゃさま……あんまり無理しないでくださいね?」
勇者「……そうも言ってられねぇさ。魔王の完全復活も近いだろうしな……」
僧侶「ゆーしゃさま……」
勇者「それに……もう二度と自分の力不足で誰かを失ったりしたくない……だから、もっと強くならないといけないんだ」
僧侶「……はい」
私はその言葉に、何も言ってあげることが出来なかった。
勇者という荷は私が思っていた以上に、重いことを……ようやく理解して来たからだろうか。
────
それからはひたすら戦いの日々が続いた。
勇者「僧侶! 回復頼む!」
僧侶「はいっ」
昼間は厳しい猛暑の中でモンスター達と戦い、
勇者「……」
僧侶「……」
夜は極寒の中次の町へ歩を向けた。
今までの旅の中で如何に自分が甘えていたのかを思い知らされた。
暖かな食事、暖かなベッド、暖かな人との交流……。
ゆーしゃさまは敢えてそれらを捨て、強くなろうとしている。
なら、私も耐えなければいけない。
ゆーしゃさまのパーティーとして、私も強くならないと。
三日後、ようやくこの南の大陸の首都の一つ、壁の国へ到着した。
町全体が鉄の壁に覆われており、東西南北にそれぞれ大きな門が備わっている。
昼間は門番の人が絶えず見張り、夜にはこの門が完全に閉まるらしい。
モンスターに対抗する為に考えられた要塞都市、そして勇者に見捨てられ、神の加護がなくなった地で生きる統べ。
僧侶「大きな門ですねー」
勇者「そうだな」
この頃ゆーしゃさまは空返事が増えた気がする。
何かを考えたり、何かを抑えたりしている気が
私が何度も声をかけても、ゆーしゃさまは大丈夫の一点張りだった。
港でもらった通行書を見せ、中に入った時だった。
──勇者は強いんだぞ! バカにするな!
小さな子供の声だった。
声のした方へ振り向くと小さな少年が三人の少年の前で声を荒げている。
悪ガキA「勇者なんてただの腰抜けだろ? 職を極めた奴らが一緒だから魔王だって倒せてるしな」
悪ガキB「そうそう。一人じゃ何もできない腰抜けさ」
悪ガキC「腰抜け勇者~よわっちぃ~勇者~」
少年「違う! 勇者は一人で何もかも背負ってて……凄いんだぞ!!!」
僧侶「(その通り!!! 南の大陸でも勇者のことをわかっている人もいるんだ)」
でも、ここは南の大陸。反勇者国家の真っ只中、きっとそれは理解されることはない。
それでもその少年は三人に向かって叫んだ。
勇者が背負っている重みを……。
それに腹が立ったのか三人の一人が少年の胸ぐらを掴んで叫び返す。
悪ガキC「ならなんでこの国を守らなかった!!! 何でこの国を滅ぼそうとした!?」
少年「それは……」
悪ガキC「勇者なんてもんは魔王と同じぐらいこの国にとっちゃ悪なんだよ!」ガスッ
少年「うぐっ」
悪ガキB「全くこいつも懲りないな~ほんと」
悪ガキA「こいつの為にもそろそろ本格的に指導してやらねーとな」
そして、三人によるリンチ紛いの暴力が始まった。
周りはそれをいつものことだと言わんばかりに見て見ぬフリをしている。
僧侶「ゆーしゃさま!」
勇者「……」
勇者は一瞬駆け出そうとしたが、グッと堪え、踵を返した。
勇者「子供の喧嘩だ。よそ者が出張る場面じゃない。行くぞ……僧侶」
僧侶「ゆーしゃさま!? どうして……」
勇者「ここで怪しまれることをして俺が勇者とバレたら……俺達二人ともどうなるかわからない」
僧侶「でも……!」
勇者「ここはそういう場所なんだ……諦めろ」
僧侶「諦めろだなんて……ゆーしゃさまの口から聞きたくありませんでしたっ!」タタタッ
勇者「僧侶……」
僧侶「やめなさい!」
悪ガキA「な、なんだよあんた!」
僧侶「私は神に仕えし者、暴力は見過ごせません」
悪ガキB「ちっ、教会の犬か。行こうぜ」
悪ガキC「次会った時も言ってたらもっとキツいお仕置きしてやるからな、覚えとけよ!」
僧侶「大丈夫だった?」
少年「……うるさいっ! 余計なお世話だ!」
そう言って僧侶の伸ばした手を払い、どこかへと駆けて行った。
勇者「ああいう年頃の子達は負けず嫌いだからな……俺もそうだった」
僧侶「ゆーしゃさま……」
勇者「先に宿行ってるから」
僧侶「……わかりました」
宿──
僧侶「確かに子供と子供のケンカで大袈裟に言っちゃったかもしれないけど……やっぱりゆーしゃさまに止めて欲しかったな」
僧侶「勇者は強いんだぞっ!って」
わかってる……ここが勇者を忌み嫌っていることも。
でも……ゆーしゃさまなら……と少し期待していたのも本当だ。
僧侶「諦めろ……か。世の中にはどうしようもないことだってある……それは私もわかってるつもりだけど……」
ゆーしゃさまからだけは、聞きたくない言葉だった。
そんなことを考えているうちに、私の意識は眠りに落ちた。
夜──
勇者「やっぱり外には出られないか。今日は訓練休みにするかな……ん?」
勇者「なんだこの穴……」
「……!……!」
「!!!」
勇者「微かに声がする……外に繋がってんのか?」
勇者「……まさか!」
勇者は穴の中に飛び込み、先を急いだ。
────
悪ガキC「昨日ようやく完成したんだよな~この穴。昼間は門番が張ってるから迂闊に外出歩けないしな」
悪ガキB「さて、勇者に憧れ勇者を目指している少年君」
悪ガキA「そんだけ言うならお前もモンスターぐらい倒せるよなあ?」
少年「……」
悪ガキC「まさか勇者は強いけど僕は弱いから守ってくださ~い、なんて言わないよな?」
少年「僕は……!」
悪ガキB「寒いんだから早くしろよ~。武器もちゃんと用意してやったんだからよ」
少年「(こんな棒切れでモンスターを倒せるわけない……)」
少年「(けどもし倒せたら……こいつらも勇者の強さをわかってくれるかもしれない)」
少年「」グッ
悪ガキA「こいつマジでやる気かよ。ま、死なない程度にな~死なれるとさすがに面倒だからよ」ククッ
悪ガキB「あそこの小さいウサギっぽいのならお前でも倒せるんじゃね?」ハハハッ
少年が小さなウサギのモンスターへ近づく。
少年「(大丈夫だ……気づかれてない。これなら……!)」ジリ……ジリ……
棒切れを構え、一気に降り下ろす──
勇者「やめろ!!!」
ガスッ──
少年「!!!」
降り下ろされた棒切れは見事ウサギのモンスターに直撃し、モンスターは瀕死の状態で這いつくばっている。
勇者「遅かったか……!」
「キュイ……キュイキュイ……」
少年「次で止めだ!」
少年がまた、棒切れを振り上げた時だった──
ドスッ──
少年「えっ」
少年の足に、何かが、突き刺さった、
「ギュイギュイ!!!」
少年「う、うわああああっ」
ウサギのモンスターだった。さっきのとは違い、体が一回り大きく、頭に角が生えた。
その角が、自分の足に突き刺さっている。
少年「ッッッ」
痛みと恐怖で声が出ない、
「ギュイギュイ」「ギュイギュイ」「ギュイギュイ」
辺りを見渡すと同じモンスターがどんどん集まって来ている。
悪ガキA「お、俺は知らねぇからな!」
悪ガキB「お、俺も!」
悪ガキC「おいこっちにも来るぞ!!! 早く逃げようぜ!」
少年を置いてそそくさと穴から逃げようとするのと入れ替わりで、大群に向って誰かが駆け出して行った。
勇者「シッ……!」
少年に突き刺さっているウサギの角を剣で切り落とす。
角を失ったウサギを蹴り上げると、勇者は咄嗟に少年から角を抜き、ホイミを唱えた。
勇者「立てるか?」
少年「えっ……う、うん」
勇者「こいつらはサンドラビット……別名サウザンドラビットなんて呼ばれててな、
仲間が一匹でもやられるとその仲間の声や血の臭いを嗅いで仲間を助けるためにやってくる……この辺りでも特別厄介なモンスターさ」
少年「ごめんなさい……そんなこと知らずに……僕……!」
勇者「過ぎたことは仕方ねぇ。問題はこれからどうするかだ」
「「「ギュイギュイ」」」
勇者「(もう既に数は50以上はいる……ここまで多いと剣だけじゃ守り切れないな。)」
勇者「(……仕方ないか)」
勇者「穴まで走るぞ、いいな?」
少年「はいっ」
ダッ──
二人が駆け出した同時にサンドラビットも弾丸の如く襲いかかる。
ジャンプしては頭についている鋭い角を突き出し二人を串刺しにしようとしてくるのを、勇者が剣で弾き返す。
少年はただひたすら穴を目指して走り抜けた。
しかし、穴の前ではあの三人が誰が一番最初に逃げるかで揉めていた。
悪ガキC「俺が掘ったんだから俺が最初に行く権利があるだろ!」
悪ガキA「そんなの関係ねぇ!」
悪ガキB「ここは公平にじゃんけんで決めるべきだろ!」
少年「なにやってんだよお前ら! 早く穴に逃げろ!」
悪ガキC「偉そうに! 元はと言えばお前が……」
勇者「ごちゃごちゃ言ってねぇでとっとと入れ! 死にたいのか!?」
勇者が恫喝すると三人は一斉に穴の中に飛び込んだ。
勇者「お前も早く!」
少年「あなたは!?」
ウサギ達はもう穴の目の前まで迫っていた。
勇者「ある程度片付けていかないとこいつらまで中に入れちまうからな」
少年「そんな……」
勇者「安心しろ、俺は強いからな」ニッ
そう笑うと、勇者は剣を地面に突き刺し、深く目を瞑る。
勇者「来れ、雷鳴」
そんな勇者をお構い無しに串刺しにしようと飛びかかるモンスター達。
少年「危ないっ!」
そう叫び、少年がこの先起こる惨状に目を瞑りかけた時だった──
勇者「ライデイン──」
闇夜を迸る紫雷が切り裂く。
少年「これって……もしかして」
雷によってモンスター達が一斉に焼け焦げた。
勇者「今のうちだ!!!」
少年「うんっ!」
二人は一斉に穴の中に飛び込んだ。
────
穴から出た後、勇者は三人を厳しく叱りつけ、少年には無謀と勇気の違いを説いて見せた。
勇者「ふぅ……全くとんだ目にあったぜ。この事は内緒にしてやるから、穴はキッチリ埋めとけよ」
悪ガキABC「はい……」
勇者「じゃあな」
少年「待って!!!」
勇者「……」
少年「もしかしてあなたは……本物の勇者なんじゃないですか!?」
悪ガキC「勇者……?」
勇者「……何言ってんだ。勇者がこんなところ彷徨いてるわけないだろ?」
少年「でも! さっきの魔法はライデインだよね!? 勇者にしか使えないはずの魔法じゃないか! だったら!」
勇者「……」
少年「待ってよ!!! 僕も連れて行ってくれないか!? 魔王を倒す旅をしてるんだろ!?
なら僕も……」
勇者「やめてくれ」
少年「……なんでだよ。いっぱい剣の訓練もするし何でもするからさっ! 頼むよ!」
勇者「……これ以上守りきれないんだ……ごめん」
そう言って、勇者は去って行った。
少年「なんだよ……本物の勇者が目の前に現れたのに……何も出来ないのかよ……クソッ!」ダッダッダッ
悪ガキC「あいつ……本当に勇者なのか?」
悪ガキB「勇者マニアのあいつが言ってんなら……本物じゃね?」
悪ガキC「なら……何でこの町にいるんだよ!
勇者何てもんが! クソッ!クソッ!」
悪ガキA「どうする……? 壁王様に伝えるか?」
悪ガキC「……それだけじゃ今の生ぬるい国と国との問題でいいとこ国外退去だ……
もっと他に効果的な……!」
悪ガキC「ククク……いいこと思い付いたぜ」
悪ガキB「なんだなんだ?」
悪ガキA「お前ほんと勇者嫌いだよな」
悪ガキC「この国に勇者を嫌いじゃないやつなんているかよ。あいつ以外な。
……何が勇者だ。俺達の子孫をこんな砂漠に追いやりやがって……!」
悪ガキC「へへへ……勇者退治だ」
明朝──
おばさん「門番さんおはようございますだ」
門番「おはよう。今日も暑くなりそうですな」
おばさん「それは毎日のことだあよ」
ピクッ──
おばさん「?」
門番「どうなされました?」
おばさん「さっきそこの地面が動いたような」
門番「地面?」
モコモコッ──
門番「!!?」
ブワッ──
「ギュイギュイ」
門番「こ、こいつは!!!」
門番「モンスターだああああああ!!!! サウザンドラビットが中に入って来たぞ!!!!」
ブゥゥゥゥゥウウウウウ───
ブゥゥゥゥゥゥウウウウ──
宿──
僧侶「ふぁっ! 何の音でしょうか!
あ、おはようございますゆーしゃさま」
勇者「おはよ。朝刻の鐘にしてはやけに音がうるさいな」
コンコン──
僧侶「? どちら様でしょうか?」
門番「失礼する。旅の方に少し訪ねたいことがあって来た」
勇者「……」
僧侶「はい? なんでしょう?」
門番「少しご同行願えますか?」
僧侶は良くわからずに、勇者は嫌な予感を抱えつつ、門番の後に続いた。
────
門番「この穴は、あなたが掘ったもので間違いありませんか?」
勇者「……」
僧侶「ゆーしゃさま?」
悪ガキC「間違いありませんよ門番さん。僕達三人で見たんです。
その人がこの穴を何かの魔法で掘って外に行くのを」
悪ガキAB「そうそう」
勇者「(穴をちゃんと埋めずに浅く土を被せたな……)」ギリッ
門番「本当なんですか?」
僧侶「ゆーしゃさま……?」
門番「先程この穴からサンドラビットの群れが現れました。撃退し、穴を埋めたのでもう来ることはありませんが……」
門番「サンドラビットは仲間の血や臭いを便りにやって来ます。
あなたの衣服や持ち物を調べさせてもらって構いませんか?」
勇者「……ああ」
僧侶「ゆーしゃさま……」
門番「おい、調べろ」
門番B「はっ」
門番B「ありました!!! 確かにサンドラビットの血がついた服が……これはッッッ!」
門番「どうした?」
門番B「……これに、見覚えはありませんか?」
門番Bの手に持たれているのは、黄金に輝く神託の証だった。
門番「それは……! まさか貴様……!」
勇者「ああ、勇者だ」
ざわざわ……ざわざわ……
勇者がまた厄災を運んできおった!
勇者め……よくもおめおめとこの地を踏めたな!
子供は見ちゃ行けません、呪われますよ!
僧侶「(なに……これ……まだゆーしゃさまがやったって決まったわけでもないのに)」
門番「この地では勇者は立ち入り禁止とされているのは知っているな?」
勇者「ああ」
門番「更にモンスターを呼び込んだ罪、来てもらおうか……処罰は王の判断に委ねる」
二人の門番に捕まれ、人混みをかき分け城へ向かう。
僧侶「待ってくだ」
少年「待ってくれ!!!!!」
悪ガキC「ちっ」
門番「なんだ?」
少年「その人は悪くないんだ! 悪いのはあいつらだ!!!」
悪ガキA「なにぃ?」
悪ガキB「言い掛かりはやめろよな!」
少年「あの穴はあいつらが僕にモンスターで度胸試しさせる為に掘ったものなんだ!」
少年「それをこの人が助けてくれた……だからその人は悪くない!
悪いのは僕とそいつらだ!!!」
悪ガキA「こいつ……!」
悪ガキC「ならそれを証明するやつはいるのか?」
少年「え……」
悪ガキB「そうだそうだ。誰がその穴を掘ったのが僕らだって証明するんだー?」
少年「それは……」
悪ガキC「僕達はそこの勇者穴を掘って外に出てるのを三人で見た、更に勇者にはモンスターの血の跡まである……
どうやっても言い逃れは出来ないと思うけど」
悪ガキC「どうせ大好きな勇者様を庇おうとしただけでしょう。いつものことですよ」ニヤリ
門番「確かに、こいつの勇者への心酔っぷりにはほとほと呆れていた。
が、罪人を庇うようならもはや子供と言っても容赦はしないぞ」
少年「罪人……?」
門番「勇者がこの国に入るだけでも問題だが、更に街の中にモンスターまで連れてくるとは」
門番「壁王の判断次第では処刑もあり得る」
少年「処刑……」
僧侶「そんな……」
僧侶「待ってください!!! まだゆーしゃさまがやったって決まったわけじゃ!」
門番「どけぃ! これ以上勇者を庇い立てするなら貴様も牢屋にぶちこむぞ!」
僧侶「どうぞご勝手に! こんな道理の通らないもの、神も私も許しません!!!」
勇者「僧侶っ!!!」
僧侶「ゆーしゃさま……?」
勇者「いいんだ。大丈夫だから、待っててくれ」
僧侶「でも……」
勇者「大丈夫だ。今まで俺が嘘ついたことあったか?」
僧侶「……わかりました。必ず……必ず無事に帰って来てください」
門番「ふんっ、行くぞ」
少年「僕のせいだ……僕のせいで勇者が……」
悪ガキC「ケケケ……勇者退治完了」
悪ガキA「俺達はレベルが1上がった! ってか」
悪ガキB「勇者経験値すくね~」ゲラゲラ
壁の城 謁見の間──
門番「壁王様! 勇者を連れて参りました!」
壁王「うむ、下がれ」
門番「はっ」
壁王「そなたが勇者か、思ったより若いな」
勇者「……」
壁王「お前のことは王子から聞いている。倅が世話になったな」
勇者「……」
壁王「だからと言って刑を温くするつもりはない。この国にはこの国の決まりがあるからな」
勇者「わかっているつもりです」
壁王「ならいい。とりあえず今日一日は牢屋で泊まって行くといい。刑は追って通達する。おい」
門番「はっ」
壁の城 地下牢──
門番C「さあ入れ! 妙な真似をすれば仲間もここにぶちこんでやるからな!」
勇者「僧侶に何かしてみろ……また国が滅ぶことになるぞ」
門番C「こいつッ!!!」ガスッ
勇者「ぐっ」
門番「やめろ。そこでおとなしくしていれば危害は加えん、約束しよう」
勇者「……それを聞いて安心したよ」
キィィィバタンッ──
勇者「……こうまで違うか……同じ人間で、違う勇者なのによ」
勇者「初めからわかってたことだろ……勇者ってやつの重みを。
いや……わかってたつもりだったのかもな」
────
キィィィ……
勇者「……」
「勇者さん、食事をお持ちしました」
勇者「あんたは……」
南の王子「中央大陸以来ですね。あの時は本当にお世話になりました。そして……その恩義に背く数々のご無礼……お許しください」
勇者「いいよ、飯持って来てくれたから許す」ニコ
──
勇者「うめぇうめぇ」
南の王子「食べながらでいいので聞いてください」
勇者「んぉ?」モグモグ
南の王子「勇者さんの刑が決まりました」
勇者「ムグ……処刑か?」
南の王子「まさか。そんなことをしたら中央大陸と全面戦争ですよ」
南の王子「しかし我々も国としての体面があります。よって無刑と言うわけにも行きません…」
南の王子「壁王から言い渡される三つの刑の内一つを選んで執行されます」
勇者「選んでいいのか」
南の王子「はい。ただし絶対に砂漠越えだけは選ばないでください」
勇者「……」
南の王子「他の二つも難易度は高いですが勇者さんなら大丈夫なはずです」
勇者「わかった」
南の王子「すみません……僕の力及ばずこんなことになってしまって」
勇者「疑わないんだな、南の王子は。俺がモンスターを呼び込んだってことを」
南の王子「当たり前じゃないですか。魔物に操られていた僕を殺さず助けてくれた人ですよ?」
南の王子「もしそれが本当だとしても何かしら理由があってそうしたんでしょう?」
勇者「……ありがとな。何かちょっと気が楽になったよ」
南の王子「勇者さん、僕はいつかこの地から勇者への偏見をなくしたいと思ってます」
勇者「そういや勇者のことについて勉強してるんだっけ?」
南の王子「はい。僕が勇者のことを知りたいと強く思ったのは二代目勇者の冒険譚を見た時でした」
南の王子「こっそり出掛けた時に港で買って以来……僕は二代目勇者に虜になったんです」
南の王子「二代目勇者は弟と妹を連れて旅をしていました」
南の王子「兄は剣に優れ、弟とは知恵に優れ、妹は魔法に優れていました」
南の王子「三人は協力し合ってモンスターや魔物と戦い、とうとう魔王を破ったのです」
勇者「でも……」
南の王子「はい。冒険譚の最後には二代目勇者はその後自分の力に溺れこの国を滅ぼした……とあります」
南の王子「だけど僕はどうしても納得行かずありとあらゆる書物を調べました」
南の王子「だってそうじゃないですか。その時二代目勇者は一人で街を滅ぼした、とされているんですよ?」
南の王子「なら残り二人の弟妹は何をしていたのか? と」
南の王子「そしてその綻びはやがて確信へと変わって行った」
南の王子「それは二代目勇者が残したとされる日記に記されていました」
南の王子「それによると二代目勇者は魔王を倒した後、全国の城に弟妹と三人で報告している最中……ちょうどこの南の大陸の城を訪れた時、起こりました」
勇者「……」
南の王子「勇者の力を戦争に利用せんが為に弟と妹が人質取られたんですよ……」
勇者「!!!」
南の王子「そして無理やり姫を勇者に宛がい、自国の利益の為に利用しようとした……」
南の王子「文字も古く掠れていたので読めたのはここまでですが……多分、二人の弟妹は自決をしたんじゃないかと思います。
兄の枷になりたくないが為に」
南の王子「それに激情した勇者は……南の大陸を滅ぼした。魔王を倒したその圧倒的な力を使い……」
勇者「……」
南の王子「さっき勇者さんは僧侶さんに何かすれば国を滅ぼすと言いました……二代目勇者もあれと同じ気持ちだったのかもしれません」
勇者「……だが理由はどうあれ一国を滅ぼす程命を奪ったことに変わりはない」
南の王子「はい…」
勇者「その咎を、俺も背負ってるんだよな」
勇者「なら、刑の一つや二つ受けないとな」
南の王子「勇者さん……」
勇者「今の勇者は俺だ。だから今まであった全てのことを今は俺が背負って行かなきゃいけない」
勇者「それが多分……勇者の役割だから」
南の王子「っ……いつか、必ず皆もわかってくれるはずです!
その為に僕も頑張りますから……勇者さんっ」
勇者「ああ、期待してるよ」ニコッ
──そして、翌日
中央広場にて勇者の刑が壁王より伝えられる。
広場には多くの人が集まり、今か今かとその時待っている。
僧侶「ゆーしゃさまっ!」ギュッ
勇者「大丈夫だって言っただろ」ナデナデ
僧侶「でも……でもっ」
勇者「それに、無罪放免ってわけでもないしな」
壁王「これより、勇者への刑を言い渡す」
壁王「本来街の中にモンスターを呼び込むなど処刑に値する」
処刑だ!!!!
そうだ処刑しろー!!!
僧侶「」キッ
壁王「しかし、先日、我の倅、王子が勇者に救われたのも事実」
南の王子「」コクリ
ガヤガヤ……ガヤガヤ……
壁王「よって、三つの刑の内一つを選んで執行することにする」
壁王「一つ、バジリスクの鱗を剥いで持って来ること」
バジリスクっていやあの触れるだけでも死ぬって言われてる猛毒持ちのモンスターか……!
壁王「一つ、この間の大雨で出来たであろう新しいオアシスをこのルーラ石に登録して持って来ること」
新しいオアシス探しか……砂漠中を歩き回ることになるな。
壁王「一つ、砂漠を越え、この密書を砂漠の王へ届けること」
砂漠越え……。
それってもう処刑に近いんじゃ……。
壁王「さあ、勇者よ。どれを選ぶのだ?」
勇者「……僧侶」
僧侶「はい?」
勇者「どんな苦しい道のりでも……俺について来てくれるか?」
僧侶「はい。いつまでも、どこまでも、お供致します、ゆーしゃさま」
勇者「壁王よ、答えは……」
勇者「全部だ」
壁王「な」
南の王子「なっ」
なっ─────
南の王子「バカなっ! あなた達は砂漠の厳しさを理解していない!!!
死にますよ!!? 本当に!!!」
勇者「それでも、全部やらなくちゃならない。勇者がこの地で犯した罪は、こんなもんじゃ到底拭えないけど……」
勇者「だからって俺は逃げたくない」
僧侶「ゆーしゃさま……」
…………。
壁王「……よかろう」
南の王子「陛下!!!」
壁王「勇者がやると言っているのだ。止めることない。
皆もそれで納得してもらえたかな?」
砂漠越えなら……まあ。
実質死刑みたいなもんだしな……。
壁王「では、決まりだ(面白い男だ。勇者よ、逃げ出して更に勇者の格を落とすなよ)」クククッ
勇者「行こうぜ、僧侶! 砂漠越えだ!」
僧侶「はいっ!」
悪ガキC「……(クソッ! みんな騙されやがって!
どうせインチキな魔法使って越えるに決まってる!)」
悪ガキC「さっさと出ていけ! 勇者め!」ポイッ
ガツッ──
勇者「……」ギロリ
悪ガキC「うっ」
勇者「……」スタスタ
悪ガキC「(なんだよ、ビビらせやがって!)」
悪ガキA「出ていけ出ていけ!」ポイッ
悪ガキB「福はうち~勇者~外~!」ポイッ
ガスッ─
ボコッ──
ベシッ──
それは段々エスカレートして行き、この街の住人皆が勇者に物を投げ始めた。
ガスッ─
ゴッ──
勇者「……」
それでも勇者はひたすら耐え、出口へ向かって歩を進める。
僧侶「ゆーしゃさま……血が出て」
ガッ──
僧侶「きゃっ」
勇者「ッッッッッ!!!!!」
勇者のお付きなんかしおって!
裏切り者が!!!
裏切り者ー!!!
何が神の使いだ! 俺達は救わないくせに!!!
それはとうとう勇者の仲間である僧侶にまで及んだ。
僧侶「うぅ」
僧侶は頭を抱え、守りながら歩を早めた。
勇者「」
殺せ
勇者「」
こいつらは神に背く愚か共達だ、魔物と変わらん。
殺せ──
勇者「」ググッ
神託の証が鈍く光る。
勇者「コロセ──」
勇者の手の平から、光る剣が伸び──
僧侶「大丈夫ですからっ! ゆーしゃさま、大丈夫……大丈夫だから!」ニコッ
勇者「そう……りょ……」
その顔を見て、落ち着きを取り戻す勇者。
僧侶「さっ、行きましょう! 砂漠へ」
勇者「……ああ」
────
少年「僕が……僕が勇者をこんな目に合わせたんだ……僕がッ!!!」
後悔に瞳が滲む、
少年「……え」
しかし、少年が見たものは
暴虐の輪の中を手を繋ぎながら、ゆっくりと歩いて行く二人の姿だった。
長編 砂漠越え
勇者「よし、大体揃ったな」
僧侶「はい」
二人とも日除けの帽子、日除けのローブ、そして水やテントと言った砂漠越えの装備に身を包んでいた。
勇者「いよいよか……」
僧侶「……」
あれ以来、ゆーしゃさまは片時も神託の証を外すことはなかった。
まるで戒めを背負うように……。
当然周りの反応は冷たかった。この水やテントを買うのにも何件も店を回り、通り過ぎる度に嫌味を吐かれた。
それでもゆーしゃさまはいつも通りだった。
だから、私もいつも通りにしよう。
ゆーしゃさまの重荷を少しでも減らせるように。
勇者「よし、行くか!」
僧侶「はいっ」
そうして踏みしめたこの第一歩が、これから始まる長い長い砂漠越えのスタートだった。
────
私達が砂漠でやらなきゃいけないことをまとめてみる。
①新しいオアシスの発見
②バジリスクの鱗の入手
③砂漠の王へ密書を届ける
ゆーしゃさまはまずオアシスの発見から済まそうと言っていた。
バジリスクは個体数が少なく、砂漠でも発見例が少ないモンスターな為、探すと言うより偶然出会う、が正しいかもしれない。
そしてその両方が終わってから砂漠を越える。
この南大陸砂漠は東西に5600km、南北に1700kmにもなる世界でも最大規模の砂漠だ。
南の大陸の人達ですら歩いて渡るなどあり得ないと言い切る程に過酷な道のり。
昼間は50度まで気温が上がり、夜はマイナスにまで気温が落ち込む。
今ではルーラ石の普及により、水くみや貿易何かも砂漠を越える必要がなくなりました。
なら、この砂漠を行き来出来るようにしたのは誰なのか。
それはゆーしゃさまの一つ前の勇者様、十代目勇者様でした。
十代目勇者様は勇者になる前は考古学者で、砂漠にある遺跡やお城を探索するのが好きだったそうです。
ルーラ石の記憶はそのついでに行われたのだとか。
そのおかげで壁の国や武の国から砂漠の国までラクダを使って荷を運ぶ必要もなくなり、今まではルーラ石で一っ飛びになりました。
彼は南の大陸に多大な利益をもたらしたとして、英雄と呼ばれていたが、勇者になった途端その称号は剥奪され、裏切り者扱いを受けたという。
それほどにこの地は勇者と相容れない場所なのだ。
それでも……ゆーしゃさまはそれを投げ出したりしなかった。
─一日目
昼間は日差しが強いため日陰で休み、夕方から夜にかけて移動をし、朝にオアシスを探すという計画を二人で考えた。
勇者「今日はこの辺で休むか」
僧侶「そうですね」
そう決めると二人でテキパキとテントを組み上げる。
一の月をかけて砂漠を越える計画を立てていたので食料もそれに合わせて持って来てはいるけどやはり十分な量とは言えない。
考えて食べて行かないとすぐになくなってしまうだろう。
でも、今日は大事な始まりの日。
勇者「お、スープか。うまそうだな」
僧侶「ふふ、もう少しで出来ますからね」
ちょっとぐらい贅沢をしてもバチは当たらないだろう。
───
勇者「僧侶、僧侶」ユサユサ
僧侶「んン……」
勇者「そろそろ行くぞ」
僧侶「あ、ふぁい」
ゆーしゃさまに起こされ外に出てみると、昼間との気温の違いに体が震え、一瞬で覚醒させられる。
テントを片付け、さて、歩こうかと顔を上げた時だった。
僧侶「わあ~」
空には満天の星空が広がっていた。
辺りに光はない為、星空が鮮明に見える。
勇者「綺麗だな」
僧侶「はい」
ゆーしゃさまと二人で眺める星空はとてもロマンチックで、私達に課せられている刑のことも忘れてしまいそうなぐらいだった。
────
それからも昼間は日差し避け、夕方に眠り、夜に移動し、朝にオアシスを探すということを繰り返した。
だが、なかなか見つからない。
あるのはどこも地図に記入されてる既存のオアシスだけだった。
でも、まだこの時は二人とも余裕はあった。
オアシスがいっぱいある、つまり命の源である水はいつでも手に入るという心の拠り所があったからだ。
しかし、三日目に差し掛かり、水をオアシスから補給しようとした時、その拠り所は一気に崩れ去ることとなった……。
三日目──
僧侶「うっ~つめた~い」
勇者「昼間でもオアシス付近は涼しいんだな~助かるぜ」
僧侶「水もいっぱい汲めたし、これでまたいっぱい歩けますねゆーしゃさま!」
勇者「ああ」
「おいお前ら!!!」
勇者「ん?」
僧侶「はい?」
「まさか勝手に水を取ったんじゃないだろうな?」
僧侶「えっ」
勇者「何か問題でもあるのか?」
「問題だぁ~? あるに決まってるだろ、この泥棒が!」
僧侶「泥棒なんて言い方……」
「砂漠じゃ水は金より価値があるんだよ。それを土地の主に断りもなく汲むとは。この盗人が!」
僧侶「で、でも! 他の皆さんも勝手に持って帰ってますよ! ほら!」
村人「」クミクミ
「あ、あれはちゃんとここの領主である私の許可を取っているから良いのだ!」
勇者「……ならその許可はどうやったらもらえるんだ?」
領主「んん~? 良く見たらお前勇者か?」
勇者「(最初から気づいてたくせに、白々しい)だったらなんだよ」
領主「噂は本当だったようだな。砂漠越えか……くっくっく、素人が」
勇者「で、許可はどうやったら貰えるんだ?」
領主「そうだな……1回目一杯詰めで5000Gでいいだろう」
僧侶「5000っ……なんて払えるわけ!」
領主「ならその水を戻すんだな。ワシも鬼じゃない、飲んだ分は勘弁してやろう」
僧侶「ゆーしゃさま……」
勇者「……」
領主「さあ、どうする勇者?」
勇者「……見ての通り俺達の水入れはそんな大きくない。だからもう少し安く売ってくれないか?」
領主「安く売ってくれないか? ん? なんだその態度は。
こっちは売らなくともいいんだぞ?」
勇者「ッ~!」
僧侶「もういいですよゆーしゃさま! もっと心優しい方が持っているオアシスに行ってお願いしましょう!
こんな心の浅ましい人に頭を下げることなんてないです!」
領主「……お前達勇者一行はいつもそれだな」
僧侶「何がですか!」
領主「どこへ行っても自分達は優しくされて当たり前だ、優先されて当たり前だ、だから何をしてもいいと」
僧侶「そんなこと……」
領主「普通の人間ならまず最初に謝るべきだろう? 水を盗ってすみませんと。
貴様らがどんな暮らしをして来たかは知らんがここじゃ水は貴重品だ。
それを黙って盗って詫びもないとは……いやはや」
僧侶「~っ」
勇者「この人の言う通りだ、謝ろう、僧侶」
僧侶「……はい」
勇者・僧侶「水を黙って盗ってすみませんでした」
領主「ふん(くははっ、ほんとにやるとは)」
領主「(ワシは国が持ってるオアシスを管理しているだけなのだがな。通行書さえあれば好きに汲んで良いというのは黙っておくか)」
領主「ま、さっきも言ったがワシも鬼じゃない。ちゃんと謝ってくれるなら水を売ろうではないか」
勇者「本当かっ!?」
領主「目一杯で1000Gでいいだろう」
僧侶「う(それでも十分高い……)」
領主「何か言ったか?」
僧侶「い、いえっ」
勇者「わかった、買おう」
領主「ひっひっひ、毎度あり(本当に払うとは……ほんとに何も知らんやつらだな。いいカモがいると他の領主にも触れて回ろう)」
僧侶「ゆーしゃさま……」
勇者「いっぱい詰めとけよ僧侶! 目一杯ってことは腹の中のタンクも含まれてるだろうしなっ」ニコッ
僧侶「ゆーしゃさま」ニコリ
僧侶「はいっ! 一杯貯めときます!」ゴクッゴクッ
勇者「」ゴクッゴクッ
僧侶「(ゆーしゃさまもわかってる……明らかに足元を見られたことぐらい)」
僧侶「(それでも下がれないんだ……私達は。やり遂げなきゃいけない……)」
僧侶「(水は買えて後2回……それまでに絶対私達だけのオアシスを見つけるんだ!)」
勇者「……(ごめんな、僧侶)」
──四日目
しかし、どこを探せどあるものは砂の丘だけだった。
モンスターとの戦いで体力は消費させられ、日に日に水は目減りして行く……。
そして六日目に差し掛かった時、ついにゆーしゃさまは決断した。
──
勇者「……昼間もオアシスを探そう」
僧侶「……」
そう言われた時、私は素直に頷けなかった。朝でも日が昇れば40度近くなるこの砂漠で、昼間に歩き回るなんてどうかしている。
勇者「朝だけじゃとても時間が足りない。大丈夫、きっと見つかるさ」
僧侶「はい……」
でも、ゆーしゃさまの為に頑張らないと。
────
ここは、地獄だろうか。
日照りで身は焼かれ、砂埃で呼吸はしにくく、砂の斜面で足を取られ体力が失われていく。
何回靴の中の砂を落としても、すぐにまたいっぱいになる。
勇者「……」
ゆーしゃさまは何も言わず、ただ淡々と砂の丘に登っては辺りを眺めての繰り返しをしている。
暑い……暑い……。
言葉には出さないように振る舞ってはいるがやはりこの暑さは異常だ。
早く夜にならないかな……なんて思いつつ、私もゆーしゃさまを見習って砂の丘からオアシスを探した。
六日目の晩、とうとう水がなくなった。
無理もない、今日は昼間に出歩いた為、二人ともいっぱい水を飲んでしまった。
ご飯に水分を使えないので、今日の晩御飯は乾パンだ。
ただでさえ渇いた喉に、ゴツゴツとした乾パンが通り余計に喉が渇いた。
最初は綺麗に見えたこの星空も、今では眺めるのも億劫でしかない。
この状態でまだ、一つも刑が終わってないという現状に目眩がする。
それほどに重い罪を与えられたのだ、ゆーしゃさまは。
どうして……全部なんて受けてしまったのだろう。
きっと、ゆーしゃさまも後悔している筈……。
そう思い、ゆーしゃさまの横顔を眺めていると。
勇者「ん? どうした? 寒くて寝られないか?」
僧侶「い、いえ……」
勇者「見張りは俺がやるから、ゆっくり寝ろよ」ニコリ
僧侶「はい……。ありがとうございます……ゆーしゃさま」
駄目だ駄目だ。
この旅が余りにも辛いから、その辛さをゆーしゃさまにぶつけようとしていた自分が憎い。
ゆーしゃさまは辛いとわかって、それでも背負う覚悟を決めてここに来たんだ。
私もあの時頷いたじゃないか。
いつまでも、どこまでも一緒にって。
だから辛くても頑張らなきゃ!
勇者「……」
七日目──
どの道砂漠は越えなければならないと言うことで、奥へ行きつつオアシスを探すことにした。
途中既存のオアシスに立ち寄り、水を分けてもらった。
もしかしたらいい人かもしれない、という希望は見事に裏切られて、神託の証を見た瞬間お金を請求された。
これで水を補充出来るのは残り一回。
いざとなればルーラを使って他の大陸に水を汲みに行くということも出来るはずだけど……。
ゆーしゃさまはそれをすることはないだろう。
その気持ちはここへ来て何となく私にもわかって来た。
他の大陸へ行けば勇者と言うだけで水も分けてくれるだろう。
それどころかご飯や寝床、お風呂だって事情を話せばただで貸してくれるかもしれない。
特に中央大陸王国には大きな貸しもあって行けば宴が模様されてもおかしくない程だ。
ゆーしゃさまはそういった環境の甘さを捨てるためにこの地に来たんだと思う。
肉体的にも、精神的にも強くなるために……。
すべては、魔王を倒すために。
そうだ、この旅も魔王を倒せば終わってしまうんだ……。
その後私達はどうなるのだろう……。
……そんなこと、考えちゃいけないのに。
十日目──
とうとう所持金も水も底をつく。
昼間歩く分水の消費量がどうしても増える、飲まなければ死んでしまうからだ。
かと言ってオアシスが見つかるかと言えばそうではない。
水もなく、お金もない。
これ以上の砂漠での旅は無理だと思った。
僧侶「一旦戻りましょう、ゆーしゃさま」
勇者「……」
僧侶「水もほとんどないのに明日の昼間も出歩くなんて無謀過ぎます!」
勇者「……帰って、どうするんだ?」
僧侶「どうするって……まず水を……」
勇者「ここで誰が分けてくれるんだよ……勇者なんかに」
僧侶「それは……」
勇者「戻ってもないなら行くしかねぇだろ」
とうとう、私も限界が来ていた。
僧侶「……ルーラで他の大陸からもらって来ればいいじゃないですか」
言ってしまった、わかっているのに。
勇者「……それは、出来ない」
僧侶「何でですか! このままじゃ死んじゃうかもなんですよ私達!
死ぬよりも勇者としての誇りが大事ですか!?」
勇者「ちがっ……いや、そうかもしれないな……俺は勇者として、ただこの地に負けたくないだけなのかもしれない……」
僧侶「勇者って……一体何なんですか!!!!!」
勇者「……」
僧侶「こんなにも苦労して……重荷を背負ってるんだから……少しぐらい甘えたっていいじゃないですか……」
歯痒い、どうしようもない、私じゃゆーしゃさまの気持ちはわかってあげられない。
だって私は、勇者じゃないから。
僧侶「こんな辛い思いをするぐらいなら……ゆーしゃさまは勇者にならなければ良かった」
勇者「!!!!!」
勇者「僧侶……」
僧侶「ごめんなさい……ちょっと休みますね」
勇者「ごめんな……僧侶、ごめん……」
十一日目──
水がなくなり次第町に戻るという条件に、朝からオアシス探しをした。
勇者「こっちの方は強いモンスターが出やすいからあんまり人が立ち入ってないと思うんだが……」
僧侶「はあ……はあ……」
その日は朝から暑く、まるで蜃気楼かのように景色が歪む。
そのせいか、おかしなものを見た。
遠くに緑が生い茂っている場所が見える。
勇者「あれは……! 地図にない!!!! 僧侶っ!!!!!」
僧侶「え……あ……あ……!」
ようやくことの重大さに気づき、私達は一目散にそこへ駆け出した。
勇者「あった!!! 水だ! オアシスだ!!!」
僧侶「み、ず……あはは……」
勇者「誰もいない! 大丈夫だ! 俺達のオアシスだぞ僧侶!!!」
僧侶「じゃあ……飲んでもいいんですよね?」
勇者「おお!!! 好きなだけ飲め飲め!!!」
僧侶「はいっ」ゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッ
勇者「俺も!!!!」ゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッ
勇者僧侶「ぷっはぁっっっっ」
僧侶「やっと……やっと見つかったんですね。私達のオアシスが」ウルウル
勇者「ほんとよく頑張ったよ……お前は」ナデナデ
しかし、その喜びもつかの間だった、
「……あーいちゃついてるとこ悪いんだが、ここお前らのオアシスじゃないんだよな」
勇者「えっ」
僧侶「えっ」
声がした方へ振り向くと、ターバンで顔全体をぐるぐる巻きにした男?の人が立っていた。
「ここはこないだ俺が見つけてね、もうルーラ開きも済ませちまったんだ。悪いね」
僧侶「そんな……」
ルーラ開き、ルーラ石の転移先をここに指定すること。
魔力を使い大地とルーラ石に同じ刻印を刻むことで、転移場所を登録出来る。
その一連の流れをルーラ開きと言うらしい。
つまり、もうこのオアシスに通じるルーラ石を作ることは出来ないのだ。
僧侶「やっと……見つけたと思ったのに」
「そんな悲しい顔されてもよ。地図にも載せといたはずなんだがなー、ちょっといいか?」
勇者「あ、ああ」
「こりゃまた古い地図つかまされたな。ちなみにここと、ここと、ここにもあるんだがそれも登録済みだぞ」
勇者「そんな……」
「ん、てかお前らあれか! 噂の! 勇者か!」
勇者「……だったらなんだよ。もう金もないから水も買えねぇよ」
「聞いてる聞いてる。国が持ってるオアシスにバカ高い金払ってるカモ達がいるってよ」
僧侶「それってもしかして……」
「まあ、お前さん達のことだろうな」
勇者「あの野郎……」
「今は蒸気ポンプでいくらでも地下水を汲み上げられるからデカい町なんかはオアシスの水なんざ使わない。
わかりやすく言や水にさほど困ってないんだよ」
「一昔前ならわざわざここに水を汲みに来なきゃならなかったから多少は物入りだったが……1000Gなんてバカな値段つけたら住んでる奴ら全員死んじまうだろ。
お前さん達ほんと何も知らないんだな」
勇者「足元見られたぐらいわかってる! だがそうしないと貰えないんだ……しょうがないだろ!」
「しょうがない、か」
僧侶「あの……ここがあなたのオアシスだと言うのはわかりました。
それで……その……勝手に水を飲んでしまって……すみません」
「いいよいいよそれぐらい」
勇者「そう言ってもらうと助かる。もう一文無しでな。色々聞けて助かった。
じゃあ俺達は新しく出来たオアシス探しがあるから」
僧侶「では。お水ありがとうございました」ペコリ
「……どこまで行ってもオアシスは見つからないと思うぜ」
勇者「なに?」
僧侶「どういう……?」
「あんたら騙されてんだよ、壁の王に」
勇者「騙されてる?」
「確かに、こないだの豪雨で小さいな池ぐらいは出来ているかもしれない。
だがそれはオアシスじゃない」
僧侶「…どういうことですか?」
「オアシスと認められる為には規定があるんだ。大きさやら深さやら、後は継続的にそこから水が得られるか、も入ってくる」
勇者「……つまりこないだの豪雨で溜まった水じゃ認められないってことか?」
「そうなるな。広さ、深さはどうにかなっても所詮雨を水源にした水溜まりだ。すぐに枯渇する」
僧侶「じゃあ私達は……この数日間一体何を……」クラッ
勇者「僧侶!」
僧侶「すみませんゆーしゃさま……ちょっと立ち眩みが」
「……(壁の王がこの事例で真に試しているのは勇者と砂漠の民との和解だ。
そうでなくてはこのオアシス探し、成し得ない)」
「(全く、相変わらず食えんな。私がここにいることも予想通りってことか)」
「(ま、ちょうどいい機会だ。計らせてもらうぜ、勇者の器とやらを)」
「そこで、だ」
勇者、僧侶「?」
「俺と一緒に作らないか? お前達だけのオアシスを」
勇者「オアシスを……」
僧侶「作る……?」
「そうだ。天然のオアシスもあるにはあるが基本人工的に作られた物の方が多い」
「ここは天然のオアシスだがな」
僧侶「でもこれほどまでの水……どこが水源になっているんですか?」
「良く聞いてくれた。ちょっと来てくれ」
手招きで二人をオアシスの縁まで来させると、水底を指差す。
勇者「なんだ? 砂がボコボコしてるぞ」
僧侶「……もしかして地下水が沸き上がっているんですか?」
「ご名答。これほど迄に地下水が沸き上がるのは珍しいけどな。
こないだの豪雨で砂が削り取られたんだろう」
「オアシスには三つの種類がある。
一つは町のように地下水を蒸気で汲み上げているもの。
二つ目はここみたいに天然で地下水が沸き上がってくるもの。
そして三つ目はどこかの河川、つまり水源を引っ張って来て作るやり方だ」
「お前達には三つ目でオアシスを作ってもらう」
勇者「水源を引っ張ってくる……か。ここから一番近い河川は?」
「ここから100kmは先のネイル川だがあそこ一帯は組合が独占してる。
新参が引こうもんなら何やられるかわかったもんじゃない」
僧侶「では……?」
「自分で言うのもなんだがここのオアシスは素晴らしい。広さ、深さ、沸き上がる地下水の量を見ても文句がない」
「多少水が他に流れようが楽々と規定はクリアするだろう」
僧侶「じゃあ……!」
「ああ、ここを水源にして姉妹オアシスを作る」
僧侶「ゆーしゃさまっ」
勇者「おおっ」
僧侶「この地にこんなにも私達に優しくしてくれる人がいるなんて……神のお導きに感謝です!」
勇者「ありがてぇ……ありがてぇ」
「まだ安心するには早いぜ?
オアシスを作るってのはそんな楽な話じゃないからな」
「そういやまだ名乗ってなかったな。俺は南の領主だ」
握手を求めてきた手を二人はガッチリと両手で握りしめる。
僧侶「ありがとうございます南の領主さん!」
勇者「そしてよろしくお願いします!」
こうして、三人によるオアシス作りが始まった。
────
強い陽射しが降り注ぐ中、僧侶と南の領主はオアシスから1kmほど先の場所に来ていた。
南の領主「よし、これぐらい広さと深さがあれば十分だろう」
南の領主「ここから俺がサインで掘る場所の目印をつける。僧侶はそれに従って掘って行ってくれ」
僧侶「はい!」
南の領主「じゃあ俺は勇者の方を見てくるから」
僧侶「わかりました!」
僧侶「よーしっ! やるぞーっ」ザックザックッ
サインの目印がついているところをスコップでひたすら堀抜く。
猛暑と重なってかなり厳しい肉体労働だが、終わりが見える分今までよりは随分気持ちは楽だった。
僧侶「がんばらなきゃっ」
吹き出る汗を拭うと、またスコップでひたすら堀抜く作業を続けた。
────
南の領主「勇者ーどうだ調子の方は?」
ブクブク──
ブクッ──
勇者「ぷはっ! 水の中で作業するのがこんなに疲れるとは思わなかったよ」
南の領主「だがさすが勇者だな。水中作業しつつ5分も潜れるやつはそういまい。
予想より大分早く開通しそうだ」
勇者「しかし外は暑いな……僧侶のやつこんな暑さの中で大丈夫かな」
南の領主「役割分担ってやつだ。なーに心配いらないさ。あの子はあのぐらいの歳の中でも特別しっかりしてるしな。
水もたらふく持たせてるし無理をして倒れることもないだろう」
勇者「そうだといいけどな」
南の領主「さ、早く掘った掘った。魔王討伐の任についてんだ、こんなところでゆっくりしてる場所でもないだろう」
勇者「だな。んじゃまた掘ってくるぜ!」ザッパァンッ
南の領主「掘る角度を間違えるなよー」
ブクブク──
南の領主「こんな素直でいい子達が魔王討伐の為に頑張ってるって言うのに、南の風土はいつになっても変わらないままか」
南の領主「それじゃいかんだろうに、なぁ、壁の王よ」
南の領主「さ、僧侶の手伝いでもしてこようかね」
一日目の作業が終わり、僧侶と南の領主がオアシスに戻ると、勇者もちょうど上がった所だった。
勇者「お~僧侶、おつかれ」
僧侶「あ、あのっ、ゆーしゃさまっ」
勇者「?」
急にそっぽを向いてしまった僧侶を、勇者が訝しげに見つめる。
南の領主「年頃の女の子の前にパンツ一丁で現れる奴があるか。さっさと着替えてこい」
勇者「おーすまんすまん」
僧侶「(ゆーしゃさまの体……凄い綺麗だった! 上腕二頭筋がこう……)」
その日から南の領主が使用している簡易的なバンガローに二人も泊めてもらうことになった。
────
僧侶「ゆーしゃさま、起きてますか?」
勇者「ああ、筋肉が軋んで眠れん」
僧侶「ふふ、今日はいっぱい頑張りましたもんね、お疲れさまでした」
勇者「それはお前もだろ」
少しの沈黙を置き、僧侶が語りかけるように話しだす。
僧侶「この地にもいい人はいるんですね」
勇者「ああ」
僧侶「私、ここが嫌いだったんです。頑張ってるゆーしゃさまを勇者だからって散々虐めて……ゆーしゃさまは二代目勇者じゃないのに」
勇者「仕方ないさ。それぐらいのことをしてるんだから」
勇者「俺も正直僧侶にルーラで他の土地に戻れって言われたときそうしようって思った。
精神的、肉体的に強くなるためにここに来たけど……予想してたのより遥かに追い込まれてたしな」
勇者「改めて弱かった、って思い知らされたよ」
僧侶「……違いますよ。弱いのはいつも私です……私が」
勇者「ただ南の領主に会って頼ることがいけないってことじゃない、それが弱いってことに繋がるわけでもないって思うようになったんだ」
僧侶「私も、そう思います。手と手を取り合うことで成し得ないことも成し得る。
そうやってみんなで協力すればきっと魔王だってすぐ倒せるようになります」
勇者「そうなればいいんだけどな。さ、明日も朝から穴堀だ。さっさと寝ようぜ」
僧侶「はい、おやすみなさい、ゆーしゃさま」
勇者「おやすみ僧侶。砂埃入って来ない幸せを噛み締めながら寝ようぜ」
僧侶「ふふっ」
どの地にもいい人もいれば悪い人もいる。
そこで諦めて背を向けてしまえばこの地と勇者は永遠分かり合えることはないだろう。
南の民は勇者を憎み、勇者は南の民を憎む。
その連鎖の中で誰かが向き合って行かねばそれは変わらない。
逆風は強い、でも、きっとゆーしゃさまなら変えられると思った。
それからは毎日穴を掘っては寝るを繰り返した。
十五日目──
南の領主「予定よりだいぶ早く掘り進めてるな」
勇者「今日も掘って掘って掘りまくるぜ!」
僧侶「ですね!」
二十日目──
僧侶「ゆーしゃさま~昼食を持って来ましたよ」
勇者「ぷはっ! お~一緒に食うか」
僧侶「(もうゆーしゃさまのこの姿(パンツ一丁)も見慣れて来たなぁ。
……でもやっぱり綺麗だなぁ)」
二十五日目──
僧侶「わっせほいせっ」
南の領主「(二人とも全く魔法を使う気配がないな。刑だと云うことを受け止めているのか……大したもんだ)」
そして砂漠に足を踏み入れてから三十日後
僧侶「よいしょ、よいしょ……」
僧侶「ん……?」
この蒸し風呂のような暑い空間の中で、不意に手にひんやりとした感触が宿る。
僧侶「水が……」
耳を済ませてみると、
ザクッザクッザクッザクッ
僧侶「もしかして!」
反対側からも壁を掘り進める音が聞こえる。間違いない、やっと、やっとっ……!
ドバァッ──
勇者が掘った穴と僧侶達が掘った穴が繋がり、トンネル内を水が凄い勢いで流れ出す。
勇者「ゴボゴボ(いよう僧侶!)」
僧侶「ゴボゴボ(やりましたねゆーしゃさま!)」
水流に乗って自分達のオアシスまで押し流される二人。
二人はオアシスから上がると、その縁から溜まって行く水をひたすら眺めた。
勇者「今度こそ……俺達のオアシスだよな」
僧侶「はい。私達のオアシスです」
────
二人で大地に刻印を施し、ルーラ開きを済ませる。
これによりこのオアシスの持ち主は正真正銘勇者と僧侶になった。
南の領主「よく頑張ったな二人とも!」
勇者「南の領主……本当にありがとう」
僧侶「あなたに出会わなければ成し得ないことでした……本当にありがとうございます!」
南の領主「よせよせ。それに俺も旨味がないってわけじゃないんでな」ニヤッ
勇者「と言うと?」
南の領主「勇者達はこれからも旅を続けるだろう?
そうなると当然ここの管理は出来なくなるよな?」
勇者「まあそうなるな」
南の領主「と言うわけで管理は俺に任せてくれないか?
保有するオアシスが多いほど報償金が出るんだよ」
勇者「なるほど、しっかりしてんな」
僧侶「喜んでお任せします」
南の領主「任された。もう行くのか? 次はバジリスクの鱗取りだったか」
勇者「ああ」
僧侶「はい」
南の領主「そうか。砂漠の国にはこの石垣を目印にずっと南に行けば辿り着ける。
バジリスクはその途中にある洞窟を探せば見つかるだろう。あいつらの毒は厄介だ、くれぐれも注意しろよ」
勇者「何から何まですまないな」
南の領主「(勇者は水中での作業により筋力、肺活量も爆発的に増加した。
僧侶は猛暑の中でも作業を続けていられる集中力が身に付いた)」
南の領主「(この経験はきっと先に生きるだろう。だがあの壁の王のことだ、他の二つもすんなりとは行かないだろう……バジリスクはともかく、砂漠越えは)」
南の領主「勇者、砂漠の王に渡す密書、ちょっと見せてくれないか?」
勇者「……いくら南の領主でもそれは出来ない」
南の領主「(意外としっかりしてるな)中身は見ない。外側だけちょっと見せてくれればいいんだ」
勇者「外側? それならいいけど」スッ
南の領主「……(やはりか。いや、真に驚くべきはまだ持っていたと言うところか)」
南の領主「勇者、この刻印は……」
南の領主「(ここでそれを言えば勇者はいざというときにもルーラを使えなくなる。それはこの砂漠では致命傷だろう。だが……)」
勇者「ここまで来たら最後まで使うつもりはないさ」
南の領主「気づいていたのか、ルーラ消印に」
勇者「なんとなくな」
南の領主「そうか、わかってるならいいんだ」
僧侶「?」
南の領主「(意外と、は余計だったか)」
────
僧侶「本当にお世話になりました。水や食料までこんなにたくさん」
南の領主「気にするな。こっちも報償金ガッポリだからな!」
勇者「じゃあ、またいつか!」
南の領主「おう、しっかりやれよ」
お互い見えなくなるまで別れを惜しみ、手を振りあった。
南の領主「あの二人に砂漠の加護があらんことを。砂漠の宮殿で待ってるぞ、勇者よ」
──
僧侶「本当にいい人に出会えて良かったですね」
勇者「ああ。この国に対する気持ちもだいぶ変わって来たよ」
勇者「(まさか壁の王は最初からその為に…なわけないか)」
────
二人はひたすら砂漠の国を目指して歩いた。
途中洞窟なども覗いて回ったが、やはりそう簡単にバジリスクは見つからない。
しかし、別に見つからなくとも二人の心にもはや陰りはなかった。
こうして歩いていればいつか砂漠の国には必ず着くし、バジリスクもその後でまた探しに行けばいいだけの話だからだ。
本当に、何を焦っていたんだろう。
焦る必要なんて何もない、お互いの一番大切に思っている人が側にいるのだから。
──
星空の下を二人で歩く。
僧侶「今日も星が綺麗ですよ、ゆーしゃさま」
勇者「だな」
僧侶「ゆーしゃさまはどの星が好きですか?」
勇者「星には全然詳しくないけど、あれかな」
勇者が強く光っている一つの星を指差す。
僧侶「リゲルですね。オリオン座の中でも最も輝きの強い星ですよ」
勇者「へ~詳しいんだな僧侶」
僧侶「修道院に入って間もない頃はいつも星を見て過ごしてましたから」
勇者「なるほどな。じゃあ僧侶はどの星が好きなんだ?」
僧侶「私はあれですね」
そう言うと、勇者の指した星の次に明るい星を指差した。
僧侶「ベテルギウス、オリオン座でリゲルの次に明るい星です」
勇者「ふふ」
僧侶「ゆーしゃさま?」
勇者「いや、何か僧侶っぽいなと」
僧侶「それを言うならゆーしゃさまもですよ」
勇者「そうかー?」
僧侶「……ゆーしゃさま、今夜も冷えます。その……」
勇者「ん?」
僧侶「もう少しお側に寄ってもいいでしょうか?」
勇者「おっ、おお……いいぞ」
僧侶「では」トトトッ、ピタッ
僧侶「えへへ」
勇者「」ドキドキ
勇者「(何をドキドキしてんだ俺は!)」
僧侶「……始まりを告げる声を聞く一人の青年」
僧侶「産まれた地を離れ彼らは旅に出る」
勇者「(始まりの村の民謡か、懐かしいな)麗しき神の使い 呪術で彼の者を癒す」
僧侶「」ニコッ
僧侶「猛々しい屈強な者 その剣で悪しきを絶つ」
勇者「叡智を持つ者が唱えし魔法の呪文 苦難や恐れを打ち払う」
僧侶「勇敢なる者の光が この世界に希望をもたらす」
勇者「塔を目指し」
僧侶「丘を目指し」
勇者「空を駆け」
僧侶「海を行き」
勇者「森を裂き」
僧侶「大地を走る」
勇者「仲間達と共に酒場で笑い合えば」
僧侶「拳を交え互いの道をぶつけ合う」
勇者「東の空に日は昇り」
僧侶「美しき夜は消えていく」
勇者「さあ また冒険が始まる」
僧侶「魔王を倒しその日まで」
勇者「……お前と一緒にここまでこれて良かった」
僧侶「私もです、ゆーしゃさま」
勇者「なあ、僧侶。魔王を倒したらお前はどうするんだ?」
僧侶「魔王倒したら……ですか。その時は……そうですね……」
勇者「その時は?」
僧侶「……もし、二人で無事に、魔王を倒せたら……」
僧侶「受け取って欲しい言葉があります、ゆーしゃさまに」
僧侶「その時まで、内緒です」
勇者「気になるな~」
僧侶「内緒ですっ」ンフフ
僧侶「だから、必ず二人で一緒に……」ボソッ
────
南の領主「エールジョッキで」
酒屋の主人「まーたこんなとこ来て。怒られますよ?」
南の領主「趣味なんだからいいだろ別に」
酒屋の主人「はいはい」ゴト
南の領主「ぷは~うめぇ。やっぱりここの安酒が俺には合ってる」
酒屋の主人「誉めてるのか貶してるのか」
南の領主「誉めてるさ」
酒屋の主人「で、今回はまたなんで?」
南の領主「……お前だから言うが、勇者とオアシスを作ってな」
酒屋の主人「……へぇ」
南の領主「なんだ? それだけか?」
酒屋の主人「他になんと?」
南の領主「勇者となんてけしからん! とかか? ハハハッ」
酒屋の主人「私ゃ別に勇者だからどうなんて思ったことはないもんでね」
酒屋の主人「客なら勇者だろうがなんだろうが酒を出す、それだけです」
南の領主「違いねぇ。……この大陸の人間が皆お前さんの様な商売人なら少しは変わったろうに」
酒屋の主人「それで今日はオアシスの登録に?」
南の領主「ああ。管理人も決まったからな。勇者から預かったオアシスだ、末代まで大切に管理しろと言っておいた」
酒屋の主人「……随分買ってますね、勇者のことを」
南の領主「……」ゴクッゴクッ
南の領主「ぷはっ! あいつは……あいつらは、この大陸を変えるかもしれん」
酒屋の主人「そこまでですかい?」
南の領主「無論今回のことを無事に終えたら、の話だが……」
南の領主「壁の王の倅も世話になったらしいしな。壁の王自身もあいつには期待しているだろう。
でなきゃあそこまで凝った仕掛けをつけたりするもんか」
南の領主「それに勇者がこの大陸と打ち解けるのは各国の王にとっちゃ願って止まないことだしな」
酒屋の主人「中央なんかとやりやすくなりますしな」
南の領主「……それに、あんな子供に魔王討伐なんて重荷を背負わせて、更に爪弾きにするなんてみみっちいこといい加減止めにゃならん」
南の領主「勇者だって元は正せばただの人間なんだからな……」
酒屋の主人「……そうですね」
南の領主「さって、飲むもんも飲んだし帰るとするかね」
酒屋の主人「壁王には会わないんで?」
南の領主「やだよめんどくさい。またあれこれ言われたらうるさいし」
酒屋の主人「ははは」
南の領主「じゃあ、また来るよ」
酒屋の主人「まいど。近々デカいの来るらしいから気をつけて」
南の領主「何の話だ?」
酒屋の主人「知らないんで? 砂嵐ですよ砂嵐」
南の領主「なっ……」
酒屋の主人「あなたが気づいてないなんて珍しいですね」
南の領主は急いで外に出て、あるものを確認する。
南の領主「クソッ……一番大事なことを言い忘れていた」
南の領主「(今から……いや、あれからもう十日以上経ってる……勇者達が今どこにいるかなんて)」
南の領主「勇者……僧侶……無理だけはするなよ」
────
僧侶「ゆーしゃさま~何か綺麗ですよ」
勇者「ん~? なんだありゃ。太陽が白い?」
僧侶「何だか月みたいですね」
勇者「まあおかげで昼間も苦なく進めそうだし、良かった良かった」
僧侶「そうですねっ!」
────
ブォォォォォォォォ
ブォォォォォォォォ
勇者「とか言ってたらこれだよ!」
僧侶「酷い砂嵐ですね……何とか洞窟に逃げ込めたから良かったですけど」
勇者「仕方ない。今晩はここで休むとしよう」
僧侶「そうですね」
カサッ……
勇者「僧侶、何かいる……」
僧侶「はいっ…」
カサッ……ガササッ……
勇者「(砂嵐で気づくのが遅れたか……クソッ、囲まれてやがる)」
勇者と僧侶が背中を合わせるようにして辺りに目を配ると、やがて音の主達が姿を現した。
グヒィッ……グァ……
魚の様な鱗をびっしりと付け、鋭い牙を剥き出しにし、バジリスクが勇者達ににじり寄って来る。
勇者「まさかこんなに見つかるとは、希少だって聞いてたんだがな
(ざっと20匹はいるな)」
僧侶「砂嵐が関係あるのかもしれません……」
勇者「とりあえず全部蹴散らしてから鱗をもらう。毒には気を付けろよ」
僧侶「はいっ…!」
ガァァァァ──
一気に飛びかかって来るバジリスク達、
勇者「うおおッ」
短く吼え、それを剣撃で薙ぎ払う。
キシャァッ
僧侶「バギマ!!!」
ガァァッ
僧侶「きゃっ」
勇者「うおおおおらっ」ブンッ
勇者「大丈夫か僧侶?!」
僧侶「すみませんゆーしゃさま!」
僧侶「(魔法が効かない……いや、風の魔法が効かないかも。
どちらにしても私には天敵……!)」
僧侶「(でも、後ろにいるゆーしゃさまの元には絶対に行かせない!!!)」
僧侶「ゆーしゃさま! こっちは大丈夫ですから! ゆーしゃさまは目の前の敵を!!!」
勇者「……大丈夫か?」
僧侶「私だって勇者のパーティーなんですから!
こういう時に安心して背中を預けられないようじゃ居る意味がありません!」
勇者「……わかった!!! 俺が倒すまで何とか持ちこたえろよ!!!」
僧侶「はいっ!!!」
勇者「うおおおおおっ」
僧侶「(力を貸して……お姉ちゃん)」ギュッ
──
僧侶「(倒さなくてもいい……!)」
キシャァッ
僧侶「たあっ」バシィッ
僧侶「(1匹1匹確実に叩き落とす!)」
グヒィッ……グェッグェッ……ゴルゥゥゥ
僧侶「風よ……!」ジリ……ジリ……
キシャァッ──
ガァァァァ──
僧侶「彼の者に疾風の加護を!!!」スッ
バジリスク達の噛みつきを自己を加速してかわす。
そして後ろからロッドによる強打、これをひたすら繰り返す。
勇者の方へ行かないようにヘイトを切らさず、尚且つ毒をもらわないように。
だが、一撃一撃が弱い僧侶の攻撃ではバジリスクを倒すまでは至らない。
しかし、バジリスク達は徐々に僧侶の動きに合わせ、同時に飛びかかるというコンビネーションをしばしば見せてくる。
そして、それは遂に届く──
ガァァッ──
僧侶「くぅっ……」
一匹のバジリスクが、僧侶の足に噛みついた。
一噛み、ただのモンスターならそれだけだが、ことバジリスクにおいては大きく意味が違う。
僧侶「あ……」
僧侶の肩がガクッと落ちる、
ガァァッ──
グァッ──
これを好機と見たのか、他のバジリスクも次々と僧侶の肉に己の牙を食い込ませて行く──
僧侶「ゴフッ……」
血が逆流したのか、口元から吐き出す。
毒によるものなのか、僧侶の体がみるみる変色して行く。
それでも──
僧侶「行かせ、ない」
勇者の方へ行こうとするバジリスクにしがみつく。
僧侶「もう少し……だけ、」
────
勇者「おらぁっ!」ブシャアッ
剣をバジリスクの口の上から突き込む。
勇者「大体片付いたか……」
勇者「僧侶! そっちは……」
そこで、勇者は見た、
何かがズルズルとこっちに向かって歩いて来る。
遅い、とても。
何かが進むのを、何かが邪魔しているような、
勇者「僧……侶……?」
その姿を見た瞬間、勇者の何かが弾け飛んだ。
こっち向かって進もうとするバジリスクを、バジリスクに噛みつかれた僧侶が必死に掴まって止めようとしている姿。
勇者「あ……うわああああああああああああああアアアアアッ!!!!!!!!」
怒号を撒き散らしながら、勇者の剣はバジリスク達を薙ぎ斬り伏した。
────
勇者「僧侶っ……僧侶……」
僧侶「ゆー…しゃさま……ごめんなさい……」
勇者「なんで……」
僧侶「風の魔法が……効かなくて……」
勇者「なんで先に言ってくれなかったんだ……」
勇者「(体が変色してきてる……)」
勇者「ちょっと脱がすぞ」
ローブを少しはだけさせると、肩口の傷を調べる。
勇者「(青く変色してる……やはり毒か)」
勇者「……神よ、この者に神の加護を」
僧侶「はあ……んっ……」
勇者「(俺みたいなレベルの低いキアリーじゃ解毒出来ないか。
……迷ってる場合じゃねぇ!)」
勇者「ちょっとだけ我慢してくれよ、今お前の姉さんに」
僧侶「ダメッ……ゆーしゃさま……!」
僧侶「ルーラを使ったら……密書が……」
勇者「そんなこと言ってる場合じゃ」
僧侶「お願いです……このまま、砂漠の国へ……」
勇者「……駄目だ」
僧侶「せっかくここまで来れたのに……私が弱いせいで……ゆーしゃさまにこれ以上迷惑かけたくないんです」
勇者「……それでも」
僧侶「お願いです……私を、勇者のパーティーに居させてください……」
勇者「……」
僧侶「大丈夫……、死んだって、また、生き返りますから」ニコッ
勇者「……わかった。でも、無理だって思ったらいつでも言えよ!
すぐ戻るからな!」
僧侶「はい」ニコリ
────
バジリスクの毒は、思った以上に凶悪だった。
僧侶「う……あ……ああああっ……」ビクッ
勇者「僧侶!!?」
僧侶「……」
勇者「僧侶……? 僧侶……おい、僧侶……?」
最初は毒によって僧侶が死んでしまった、と思った。
でも、逆に少しほっとした。もう苦しまずに済む、後は教会で生き返らせてもらえばいい、そう、思っていた。
荷物を纏め、僧侶を背負い、後はルーラを唱えるだけ。
確かにここまで来て戻るのは悔しい、だがそれ以上に僧侶をこのままにして置けないという気持ちが強かった。
だから、迷わずルーラを唱えようとした。
でも、
僧侶「ゆーしゃさま、駄目……です」
勇者「僧侶……?」
さっき脈をとった時は確かに止まっていた、なのに何故……?
────
どうしてもと言う僧侶の気持ちに圧され、砂漠の国を目指す内にバジリスクの毒がどう言うものかわかってきた。
言うなれば仮死毒、それにかかったものは生と死を繰り返す。
何度も何度も生き死にを繰り返す。
死ぬときは苦しみを経て、
生き返る時はまだ自分が生きているのだと実感させられ、
僧侶はこれを何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した。
戻れば良かった。
僧侶「うぐ……あああああああっ」
勇者「僧侶……もう限界だ、戻ろう」
僧侶「だ、め、です……、戻ったら……、私は、もう……、ゆーしゃさまと一緒に……、居られなくなる、から」
勇者「そんなことは……」
僧侶「私自身が……、許せなくなるんです……、だから、お願いです……
私は気にせず、砂漠の国へ……」
こんな苦しそうな僧侶を連れて、なんて。
僧侶「げっほ……」
勇者「僧侶……」
その身にどれだけの苦痛と覚悟を背負っているのか。
────
僧侶「んぐっ……」
その内僧侶は俺に心配かけまいと、痛みを声に出すことを我慢し始めた。
そんなことしなくてもいい、痛いなら泣きわめいていいんだ……。
戻っていいんだ……。
強引に戻ればいいのに、俺はそれをしない。
僧侶の気持ちを尊重して? 違う。
今になっても勇者としての自分が大切なのだ。
そして怖いのだ、ここで全て投げ出して、南の大陸から逃げた勇者と蔑まれるのが。
俺は、僧侶より勇者での在り方を優先しているのか?
違う、違う、違う、違う、違うっ!
僧侶「……ゆーしゃさま」
勇者「違うだろ……! 勇者、お前が本当に守りたいものはなんだ!!!!?」
────
何故、僧侶がこんなにも苦しまなければいけない?
誰のせいだ?
何が悪い?
俺の、せいだ。
僧侶は俺と居るから、俺に合わせようとして苦しんでいる。
俺がいなければ、僧侶はもう、苦しまなくていい。
そして魔王がいなくなれば、世界も苦しまずに済む。
神託の証が、ドス黒く光る。
そうだ、魔王を……殺せばいい。
それで、ナニモカモ、終わりニ成る。
俺は、一つの決断を胸に……砂漠の国を、ひたすら目指した。
────
何日経ったかも覚えていない。
背中に抱いた僧侶は、もう声も挙げなくなっていた時、ようやくついた。
砂漠の国、
何の感動も感嘆もない。
俺達を見る目がまとわりついて気持ち悪かったが、少し睨むとどこかへと消えて行った。
俺は宿に僧侶を横たわらせると、すぐに王宮に向かった。
────
勇者「……」
大臣「あれが砂漠を越えてきた勇者か……何ともふてぶてしい面構えをしておる」
勇者「」ギロ
大臣「ひっ、お、王の御前でそのような!」
「よいよい、お前は下がっておれ」
「久しぶりだな、勇者」
勇者「あんたは……」
南の領主「無事砂漠を越えられて何よりだよ」
勇者「あんたが……砂漠の王だったんだな」
砂漠の王「如何にも。あの時は黙ってて悪かったな。言えば壁の王の意思をねじ曲げてしまうと思ってな、それじゃ刑にはならんだろう」
勇者「……密書を」
砂漠の王「ん、ああ。拝見しよう」
砂漠の王「……あやつ、本当に何を考えておるのやら」
大臣「白紙ですな」
勇者「白紙……だと」
砂漠の王「あくまで試したいのはその心だけか、あいつらしいな」
勇者「……ふざけるな」
勇者「お前達はどれだけ俺達を追い詰めれば気が済むんだ!?」
砂漠の王「落ち着け、勇者」
勇者「白紙だとは知らない書状を持たされて砂漠を越えさせてさぞ滑稽だったろうなァ!」
大臣「貴様!!! 王になんたる無礼を!!!」
兵士「」ザッ
兵士「」ザッ
兵士「」ザッ
砂漠の王「お前らも落ち着け。……勇者、何があった?」
勇者「……僧侶は、今も苦しんでいる。俺やお前らのくだらない意地の張り合いに付き合わされてな」
砂漠の王「まさかバジリスクに……」
砂漠の王「俺が直接見よう、行くぞ勇者」
大臣「なりませんぞ王よ! バジリスクの毒は触れたものですら犯される猛毒! そんなものを一国の王が!」
砂漠の王「これ以上この国を勇者に失望させるな」
大臣「しかし……」
砂漠の王「勇者、行こう。俺達が負うべき罪を果たしに」
勇者「……ああ」
────
僧侶「……」
砂漠の王「(酷いな……これほどまでにバジリスクの毒が入り込んでるともはや……)」
僧侶「くぅっ……」
砂漠の王「……勇者、これからすることに俺をどれだけ憎もうが構わない、だが……ここの民を恨むのだけはやめてくれ」
勇者「どういうことだ?」
砂漠の王「……ここまでバジリスクの毒が入り込んでるともう治療は出来ない」
勇者「そんな……」
砂漠の王「だが、治す方法はある。……だが」
勇者「僧侶が治るならなんだってやる! 言ってくれ!」
砂漠の王「……、一度、殺すことだ」
勇者「な……」
砂漠の王「毒のせいで仮死状態を繰り返さされてるのを一度殺すことで止める。
完全に一度死ねば毒は抜ける……」
勇者「そんな……、なんでだよ……、なんで僧侶がこんな辛い思いしなきゃならねぇんだよ!」
砂漠の王「それは、お前達が魔王を倒すために選ばれたからだ」
勇者「そんなこと……!」
砂漠の王「本当にわかっているのか? ならこの子とてその覚悟があってお前と旅をしているんじゃないのか?」
勇者「……」
砂漠の王「お前はこの子をどう見ている? ただの可愛い妹分か? それとも恋人気取りか?」
勇者「やめろ……」
砂漠の王「勇者の仲間として見ているなら、この結末も受け止めて前に進むべきじゃないのか!?」
勇者「やめろ!!!!!!」
砂漠の王「……、執行は俺がやろう。苦しまないように急所を」
勇者「……俺がやる」
砂漠の王「……いいんだな?」
勇者「俺が……、やらなきゃいけないんだ」
────
砂漠の国の中にある教会。
その祭壇の前に僧侶は静かに横たわっている。
勇者「ごめんな、僧侶……」
勇者「今までずっと無理させて……」
僧侶「……」
勇者「こんなにも世界は苦しいんだって……俺、何も知らなくてさ……約束だからって、お前が辛い思いしても仕方ないって」
勇者「二人で魔王を倒すまではどんなことがあっても一緒になんて……バカみたいだよな」
勇者「もう、いいんだ。辛い思いをしなくても。お前は姉さんと静かに暮らしてくれたら……それでいい」
勇者「きっと、魔王を倒して帰って来るから」
勇者「その時まで待っててくれよな。僧侶」
勇者「じゃあ、そろそろ行くから」
僧侶「……」
勇者「……うっ……うあ」
勇者の手にはナイフが握られていた。それを泣きながら振り上げる。
勇者「僧侶……」
勇者「約束を果たせなくて、ごめん」
静かに降り下ろされたそのナイフは、仮死状態に囚われていた僧侶を解放した。
──
砂漠の王「勇者が出てきてしばらくして毒が抜けたらザオリクだ! いいな!」
砂漠の神父「はっ!」
ギィィ──
砂漠の王「勇者……」
勇者「……どけ」
砂漠の王「……すまない、本当に」
勇者「どけ……どけよ」
砂漠の王「ただ、わかって欲しい。砂漠の民も過去に同じ思いを」
勇者「……過去なんて関係ねぇよ!!! 大切なもの一人守れねぇ勇者なんてクソくらいだ!!!!!」
砂漠の王「勇者……」
勇者「……俺はもう勇者じゃない。ただ、魔王を殺す者だ」
勇者「だからあんたらのクソみたいな因縁とも関係ない。もう二度と巻き込まないでくれ」
砂漠の王「……すまない」
勇者「……じゃあな。二度と顔を会わすこともないだろう」
砂漠の王「勇者!!! 償いの機会はもうないと言うのか!?
本当にこれで何もかも終わりにしてしまっていいのか……?」
勇者「……僧侶が目を覚ます前に、始まりの村に送ってやってくれ」
砂漠の王「始まりの村だな!? 承知した」
勇者「目を覚ましたのに誰もいないんじゃあいつが可哀想だからな……」
勇者「それが勇者としての最後の願いだ。じゃあな、砂漠の王よ。
魔王を倒した平和な世界を待ってろよ」
後ろ手に手を振ると、勇者は砂漠の国を去って行った。
砂漠の王「勇者……」
砂漠の王「また、必ず相間見えよう。お互い過去の楔を打ち払って……な」
────
世界の、勇者の重さを知った青年は、戦う意味を見失う。
それでも、守るべき人がいる世界の為に剣を振るい続ける。
例え約束を果たせずとも……。
その青年の思いを知らず、青年への思いを内に秘めた眠る少女は夢を見る。
遠い、遠い……過去の夢を。
目覚めた時、彼女は何を思うのか。
そして、月日は流れる──
続き
僧侶「死んでも一緒です、ゆーしゃさま」【4】