1 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:39:55.09 onpjVHzA0 1/38


――事務所

速水奏「何秒息を止められるか、って?」

モバP(以下P)「ああ」

「なぁにそれ、どういう意図かしら? もしかして、キスをしている間息を止めるとか、そんな話?」

「それはまぁ、自由にしてくれ。次の仕事の確認だよ」

「あら、そう。……まぁ、ボイトレで多少は長めにもつと思うけど」

「息を吐かずに、何秒いける」

「息を吸ってキープしたまま? ……そうね、1分位は問題なく」

「動きながらだと」

「ん……どれだけ動くかにもよるけど、結構短くなるわよね。30秒は持たせても、45秒の自信は無いかも」

「OK。じゃあ、本題だ」

「水中で息を止めて、プールの底でポーズを決める」

「……!」


元スレ
速水奏「私がなりたい、アイドル」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1680014394/

2 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:41:17.69 onpjVHzA0 2/38


「どうだろう」

「……やってみないと、ちょっと…… そういう撮影ってことね?」

「水中写真な。見たことはあるだろう?」

「ええ。確かに素敵な写真だと思う、けど」

「その撮影の苦労も、想像に難くない」

「そうね」

「奏にやってほしい」

「……」

「改めて目的を話そう。速水奏、単独写真集だ」

「……凄いの、来たわね」

「勝算は十分、というか出さない理由は無いだろ?」

「ふふ…… なんていうか、恐縮ね」

3 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:41:58.02 onpjVHzA0 3/38


「表紙写真をどうしようか考えていたんだけど、もし可能なら、これがいいと思った」

「……それは」

「ん?」

「ううん……なんでもない」

「まぁ、続けるな」

「水中撮影そのものは特別というか、特殊な仕事になるだろう。別に水中モデルの経験を詰んでくれってことでもない」

「ただ、今の速水奏のひとつの到達点として、大きな意味のあるものを撮りたいと思ったんだ」

「やってみないか」

「……」

「あなたに、そう求められるのなら。断る理由は無いんじゃない?」

「そうか。……うん、わかった」

「後日打合せがあるから、同席してほしい。やるかどうかは、それからでも遅くない」

「そうなの? OK」

「もちろん、やってほしいとは思っているけど。じゃあ、頼むな、奏」

「……」

「ええ」

4 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:42:36.61 onpjVHzA0 4/38


――後日 打合せ

美術スタッフ「で、それでですね。撮影したいイメージボードがこちらです」

「海底遺跡……?」

「凄いですね。言葉で伝えただけですが、かなりイメージ通りです」

カメラマン(CM)「実際には座るところとか腕乗せることろだけ、本物の石造りかな」

美術「あとはカメラから見て不自然じゃない感じで、描き割りとかそれっぽいセットをプールの中に組んで、水を満たします」

「これ、結構深いんじゃないですか?」

CM「水面を遠くに見せたいんだよね。海底だから。どうしても深くなっちゃう」

「……足は届かなそうですね」

美術「プロデューサーさんと話したところでは、こだわりたいトコだと思うんですよね」

「ええ……確かにそうですが、大丈夫でしょうか」

美術「補助のダイバーをつけるので、まぁ、万が一はないでしょう」

「それは安心ですね」

5 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:43:08.74 onpjVHzA0 5/38


美術「でもやっぱり、一番大変なのはモデルさんになってしまいますね」

CM「だねぇ。ほら、衣装イメージあったでしょ」

美術「はい、こちらです」

パサ

美術「今回、このようなドレスを着ていただきたいと考えています」

「真っ赤…… ……素敵」

「ああ、裾のところ、羽根みたいになったんですか」

美術「良さそうでしょう。水の中で膨らんで、水の流れが見えそうだって」

「いいですね」

CM「素材は印象よりは軽いはずだよ。重い生地じゃ水を含んでまともに泳げないし」

美術「それでもだいぶ泳ぎにくいですからね。さらに実際には、重りを付けて水に沈むようにします」

CM「こんな感じのやつね」

ゴト

CM「脚の付け根とか腰とかに巻いて浮力を調整するの」

「へぇ」

6 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:43:45.39 onpjVHzA0 6/38


「あの」

CM「うん?」

「それは、借りることできますか?」

CM「ああ。うん、大丈夫、貸したげる」

「ありがとうございます」

美術「練習されるなら、プールのはしごのある場所とかで、安全にお願いします」

「分かりました」

CM「あとは、付ける数は最小限にしたいかな。重り見えちゃったら台無しだし。……うーんと、まぁ、少しずつ増やしながら、ちょうどいい塩梅探ってみて」

「……?」

CM「んー、衣装さんがいたら、詳しいこと言ってもらうんだけど……」

「……あ。ああ、なるほど」

CM「はは……ほら、僕らから言っちゃうといろいろとね」

「?」

「速水は肉付きいいですからね。沈むのが大変と」

「ちょ、ちょっと、もうっ」

CM「はは、まぁ、そういうワケ」

7 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:44:21.08 onpjVHzA0 7/38


「潜るのもだと思いますが、何が大変になると思いますか」

CM「何がっていうと、全部じゃないかなぁ。水中でポーズをとって、表情を作って、目を開ける。裸眼だから自分とカメラが、どこにいるか分かりにくい」

CM「着衣水泳は、人によっては潜るのも一苦労。ある程度は補助が手を引けるけど、すぐにフレームアウトしなきゃいけない」

「水の中で体も冷えていく。かなりハードですね」

CM「水面から泳いでセットまで潜り、ポーズを取ってもらう。しっかり止まってもらえれば、その瞬間を絶対カメラに収める」

「さすが、頼もしいです」

CM「あはは、仕事だからね」

美術「僕たち、セッティングはできますが、結局モデルさんがどれだけいられるかになります」

CM「水中に慣れた人ならね、動きながらでも2分とか3分潜って対応できるんだけど」

CM「最終的には、モデルさんの頑張り次第かな。僕なんか、アクアラングで潜っていればいいわけだし」

8 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:45:13.25 onpjVHzA0 8/38


「というわけで、最終確認だ。奏、できるか」

「……」

「正直、難易度の高いことを要求してる。ここまで聞いてできないというなら、プランは変えるよ」

美術「実際に企画が動き出しているわけではないですからね」

CM「といっても、やる気じゃない? 重り借りるくらいなんだから」

「……そう、ですね。やってみたい気持ちはあります」

「でも、不安がある?」

「ええ…… できる、やれると言いきれないのが」

「うん、なるほど」

「じゃあ、ちょっとハードル下げよう」

「このアングルを取るのは、プラスαでいい」

「え?」

CM「そうだね。この絵を取るまでに、僕がいいと思ったら何枚も撮る」

CM「水底までに使える写真を撮るのが、まず最初の目標」

「……」

CM「そしてこの絵まで辿り着けたらベスト。それでどうだろう」

CM「いいコンセプトがあるからね。僕としても撮ってみたいとは思う」

「……はい」

「わかりました。挑戦したいです」

9 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:45:53.74 onpjVHzA0 9/38


---

「……できないって言ったら、どうするつもりだったの?」

「言ったろ。また別の案を考えるだけだ」

「……うん。そうね、Pさんはそういう人よね」

「だから応えようって気にさせるのかしら」

「じゃあ、それも掌握術のひとつか」

「ずるいんだから」

「どの仕事でも同じだよ。できるって妥協点を調整し合うのが俺の仕事だから」

「……そして、ここから先が私の仕事なのね」

「ああ。頼んだよ」

「もちろん。頑張るわ」

「プロデューサーさんのために」

「そこは…… ……まぁ、何がやる気になってもいいか」

「そこは、ファンのためにっていうところじゃないの?」

「最終的につながるからいい」

「そ。大人の考え方ね」

「まぁ、何も言い返せないな」

10 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:46:25.57 onpjVHzA0 10/38


「んー……練習に、プール行こうかな」

「いいんじゃないか」

「……」

「まぁ、練習とはいえ無理しないで……」

「……」ジッ

「……あー」

「来てくれないの?」

「うーん……」

「あーあ、ナンパされちゃうかも」

「次の土日に被る休みは……」

「ふふっ、冗談よ。学校の使わせてもらうわ」

「……ああ、そう。なら、まぁ、いい」

「あら、それとも本当に一緒に来てくれるつもりだった?」

「さてね」

11 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:46:52.62 onpjVHzA0 11/38


「合わせてくれるなら、それはそれでデートしましょうよ」

「えっ」

「せっかくのお休みに、練習で過ごしちゃうの、もったいないでしょう?」

「……なんか言いくるめられている気がするな」

「ふふ、どうかしら」

「……わかった」

「本当? いいの?」

「ギャラにおまけするよ。気が変わらないうちに決めてくれ」

「……うん。ありがとう」

「予定は開けておくから、Pさんも、ね」

「ああ」

「あのね、私」

「水族館がいいわ」

12 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:47:50.17 onpjVHzA0 12/38


――撮影日 プールサイド

「深い……」

「すごいな、3mくらいか……」

美術「お疲れさまです、速水さん、プロデューサーさん」

「「おはようございます」」

「本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

美術「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

「まだ水は入れていないんですね」

美術「ええ。先にプールの中に降りて頂こうかと思いまして」

「助かります。あのはしごからで、いいですか?」

美術「ええ、どうぞ」

「ありがとうございます」

「プロデューサーさん、ほら、行ってみましょう?」

「ああ」

13 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:48:54.56 onpjVHzA0 13/38


カン カン

「上が空いている部屋みたい」

「だな。潜るためのプールだから、あまり広くなくて」

「そしてこれが……」

ペタッ ペタッ

CM「やあ、お疲れさま。ウェットスーツで失礼するよ」

CM「これがセットね。手前の柱と石段はしっかりしているから触れてOK」

「わかりました。奏、ちょっとポーズとってみて」

「はーい。……ここですか?」

CM「うん。座るイメージでいいと思う。その石段に腕乗せたり」

CM「ぐっと脚だして…… 少し首傾ける、そう、OK」

CM「左膝に手乗せちゃおうか。右手、唇意識して…… うん、いいよ、そのポーズ取れたらベスト」

「……はい、分かりました」

CM「本番、ヒールだから足の位置気を付けてね。あとはある?」

「いえ、大丈夫です」

14 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:49:27.33 onpjVHzA0 14/38


CM「OK。……ちょっと1枚いいかな」

「え?」

CM「プロデューサーさん、スナップとしてどう?」

「ああ、いいですね」

カシャッ

CM「うん。これ、あの衣装で撮ったら凄いんじゃない?」

「そう思います」

CM「水中泳いでいるときも、良さげだったら撮ってみるよ」

「はい」

CM「OK。プロデューサーさんは、なにかある?」

「いいえ。お願いします」

CM「よし。じゃあ上がって、着替えてきて頂戴。水溜まって、気泡減ってきたらすぐ始めよう」

「はい。よろしくお願いします」

CM「うん。よろしく。水入れてー!」

美術「はーい! お二人、上がってください。注水準備ー!」

「よし、行こう」

「ええ」

15 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:50:16.72 onpjVHzA0 15/38


---

衣装スタッフ「速水さん、入りまーす!」

カツ カツ

美術「ああ、いいですねぇ!」

「ありがとうございます。やっぱり、素敵な衣装です」

美術「うん、彼女にいってあげてください、喜ぶから」

衣装「い、いえ、そんな」

「あなたがこれを?」

衣装「は、はい……」

「ありがとうございます。……精一杯、綺麗に撮られてきますね」

衣装「……はいっ」

「ふふ。……プロデューサーさん」

「ああ」

「やっぱり赤も似合うと思ったんだ」

「ええ」

「ドレス以外も良くできている。……ん、ピアス風のイヤリングか」

「そうなの。水中の抵抗で耳がちぎれたら、ぞっとしないでしょ」

「おぅ……確かに。……うん」

「綺麗だ」

「……ありがとう。いってきます」

「気を付けて」

16 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:51:02.85 onpjVHzA0 16/38


「よろしくお願いします」

スタッフ「「「よろしくお願いしまーす!」」」

チャプ…

補助ダイバー「準備運動、済んでますね」

「はい」

補助「1回目は潜る感覚だけで大丈夫。重りはひとまず最低限で、リハのつもりで大丈夫」

衣装「重り、ひとまず腰に付けてます」

補助「OK。速水さん、ゆっくり、どうぞ」

「お願いします」

カン カン

「……」

「うん…… 動けます」ザプッ

補助「息すったら、合図。手を引いて潜ります」

衣装「リボン、気を付けてください。巻き込まないように」

「はいっ…… すぅーー……」

「……」コクン

補助「OK」

ザパッ

17 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:51:40.98 onpjVHzA0 17/38


「……」

衣装「……」

カシャッ

ゴポ …ゴポ

カシャッ

「……」

衣装「……」

「……お」

衣装「上がってきますね」

ザバッ

「……はぁっ、はぁ……ふぅ」

補助「底までは着けたね。重り、少し足そう」

衣装「はいっ」

バシャッ

衣装「そのまま水中で。脚の付け根に巻くんで、少し触りますね」

「ええ、大丈夫です」

「……」

「奏。どうだ」

「うん…… うん、ちょっと思ったより深くて」

「いま、底に5秒も居られなかったと思う。もっとスムーズにいかないと」

18 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:52:36.54 onpjVHzA0 18/38


「……もっと……はしごを、蹴るように……」

補助「重り足した分、潜るのは早くなるけど浮かぶの大変になるから、上がるときは合図下さい」

「はい」

衣装「装着、OKです」

補助「よし」

補助「ここからが本番ね」

補助「体力も、衣装にもリミットあるから、出来るだけ早く決めちゃいましょう」

「お願いします」

補助「こっちも潜るタイミング合わせるよ。3カウント」

「はい。ふぅ…… すーー……」

「……」コク

補助「3,2,1」

ザパッ

19 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:53:15.42 onpjVHzA0 19/38


---

「はぁっ、はっ……」

「……重り、追加お願いします」

衣装「すいません、これ以上は裾から見えてしまって……」

補助「それに、浮けなくなっちゃう。これ以上はちょっと無理だね」

「はい……」

補助「何枚かは撮れているので、あまり気負わずに行きましょう」

「……」

「奏」

「大丈夫……」

「ああ」

「すぅ……」

補助「……3,2,1」

ザプッ

「……」

(6回目……)

20 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:54:30.86 onpjVHzA0 20/38


ぷか

「ん? 靴が……よ、っと」バシャ

ザバッ

「Pさんっ」

「靴……!」

「ああ。こっちまで泳げるか?」

バシャッバシャッ

「……はぁ、はぁ……あー、重い」

「すごいな、この衣装で泳げるのか」

「……練習したもの」

「さすが」

「……見てて思ったんだが」

「なに?」

「おまけの件。あれだけじゃ足りないかも、なんて」

「……それで?」

「全部、好きにしていい」

「全部?」

「どこに行くのも、何するのも」

「何時までかも」

「……」

「それくらい、頑張ってるな、と」

21 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:55:06.73 onpjVHzA0 21/38


「やる気は出るかな」

「そうね……」

「終わってから、考えるわ」

「わかった」

「ほら、ねえ。靴」

「ああ」

「貴女が落としたのは、ガラスの靴でしょうか? それとも」

「いろいろ混ざりすぎね」

「水中で履けるか?」

コツ

「……ふふっ すーー……」

「やってやるわ、よっ」カンッ

ザパッ

(ヒールを壁に宛てて、潜りながら履いたのか)

「はははっ、いいね」

(……)

(……笑っていたな)

22 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:55:37.62 onpjVHzA0 22/38


(速水奏は、優等生だ)

(アイドルとしても、人間としてもある程度の常識を持って、大体のことをこなせる)

(でも、そのうえ)

(そこから先の、昇り詰める、欲望)

(トップアイドルになるための、気持ち)

(優等生だからこそ、アイドルとして綺麗にステージをこなし)

(優等生だからこそ、天性のアイドルがもつ輝きに勝てないと自覚する)

(だが、それでも、そのうえに行くという情熱を、渇望を、熱狂を、もっていい)

(言われた通りだけのことをこなすんじゃなくて)

(スタッフの、ファンの、俺の想像を超えていけ)

(楽しめ)

23 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:56:13.80 onpjVHzA0 23/38


「……」

(水中に、赤い影が)

(金魚のように、炎のように揺らめいている)

(水の青に彩られながら、光に照らされながら)

(しばし動きを止める)

(水の中から微かに聞こえる、シャッター音だけの、静かなプール)

「……45秒」

「……」

(水中で、全員が動いた?)

ざぱっ

「ぶはっ、ふっ、はっ……!」

バシャッ バシャン

CM「ふーっ! チェック入ろう!」

美術「はーい!」

補助「重り外してあげて」

衣装「外します! はしご、掴まったままで大丈夫です」バシャッ

「はーーっ、はーー……」

24 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:56:45.15 onpjVHzA0 24/38


「お疲れ……」

ザパァ

「……はー、げほっえっほ……」

「奏!?」

「はー……ひっ、ひー」ゴロン

「お、おい?」

「……はぁ……ねぇ」

「ああ」

「はぁ…… 人魚姫も……」

「こんな、気分だった、のかしら…… けほっ……」

「……さてな。大丈夫か」

「ええ……」

「よし、羽織るもの取ってくる」

「……」

25 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:57:31.88 onpjVHzA0 25/38


「あ」

CM「ああ、プロデューサーさん」

「どうです?」

CM「とりあえず見てから。手ごたえはあったよ」

美術「一旦休憩で大丈夫です。衣装、脱いでもらって」

「じゃあ衣装さんに、伝えておきますね」

美術「恐れ入ります」

---

「お疲れ。ドレス、とりあえず脱いでいいってよ」

「わかったわ…… 重……」

「一応、小物だけ付けておいてくれって」

「ん…… ……脱がしていただいていい?」

「あ、いや、衣装さん呼ぶから、俺が席外して」

「大丈夫よ、中着てるから。早く脱ぎたくて」

「……」

「気にするほどじゃないでしょう? 水着だって見てるんだから」

「あ、ああ……」

26 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:58:18.07 onpjVHzA0 26/38


「背中のファスナーおろして」

「……」ジー

「ふぅ…… よい、しょ」

「……お、おい奏、中着てるって」

バサッ

「なに? ヌーブラくらいしてるわよ」

「え……」

「水着というわけにはいかないでしょう? 下は、まぁそうだけど」

「ふふ……背中見て、何もつけてないって思った?」

「……いや、それでも」

「それより早く、ガウン着せてくださらない?」

「……」バサッ

「……」

「……なぁ、奏」

「えっち」

ばふっ

「きゃっ。……タオル投げつけるなんて。ふふ、ひどい」

「しらんよ」

27 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/28 23:59:47.98 onpjVHzA0 27/38


「なんか飲むか」

「ええ。温かいもので」

「ああ、暖房効いた部屋に行くか?」

「大丈夫……」

「結構、冷えてるだろ」

「そうね。でも」

「震えてるわけじゃないから、大丈夫」

「わかった…… ……思ったより、冷たかったか?」

「……わかるんですって」

「うん?」

「カメラを通すと、不思議と水の温度も伝わってくるって、カメラマンさんが言ってたの」

「今回のイメージは冷たい方が似合うでしょう。だから、冷水じゃない程度には、ちゃんと水」

「そうか」

28 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:00:43.09 0R0rCPgT0 28/38


「ふー……」ズズ…

「あったか……」

「本当に、よくやったよ」

「……どうだったかしら」

「いまチェックしてもらってるけど、手応えあったとは」

「写真の出来だけじゃないわ」

「うん?」

「Pさんは、どうだった?」

「……」

「水中が、どうなっているのか分からない」

「一つのイメージを作るために、全員が力を合わせているところで」

「何ができるわけでもないというのが、もどかしかったな」

「ふっ、ふふっ」

「?」

「あはは……随分と、変なこと言うのね」

29 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:01:36.88 0R0rCPgT0 29/38


「あなたが集めたのに」

「Pさんが居なければ、今日この場が無かったのに」

「……まあ、それはそうだけど」

「しっかりしていてよ。プロデューサーさん」

「……ああ」

「アイドルが不安にならないように、ただ構えているのも仕事か」

「そういう事」

「ねえ、訊いていい?」

「何を?」

「プロデューサーさんがこの仕事を持ってきたのは……」

「この表紙撮影で、こんな写真を撮ろうと思ったのは」

「……」

「Pさんとの出会いが、海だったから?」

30 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:02:22.95 0R0rCPgT0 30/38


「……どうかな。でも、うん、確かに奏は海のイメージもあるか」

「あまり意識はしていなかったけど、そうかも」

「……うん。そうね」

「なら、嬉しい」

「それと奏のイメージっていうなら」

「「月?」」

「ははは……」

「ふふっ」

「海に月か……」

「……」

「……」

「クラゲ?」

「やめてよ、もう」

31 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:02:54.54 0R0rCPgT0 31/38


「……あ」

「でも、いいかもね」

「え?」

「見に行きましょうよ。クラゲ」

「水族館に行きたいって、言ったじゃない」

「あー」

「なんでも、決めていいんでしょ?」

「……ああ」

「と、この話はあとで。カメラマンさん、来たみたい」

CM「おーい」

「はーい!」

32 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:03:37.65 0R0rCPgT0 32/38


CM「撮って出しだけど、見てよこれ」

「おお、これは」

「……」

「すごい……」

「よくこんなに…… まるで、普通に座っているみたいな」

CM「だよね。水中に平気な顔して座っている、っていうのがまた、神秘的な感じで」

CM「他にも何枚か撮れたけど、最初のイメージ通り、これが最高だね」

「ありがとうございます。写真集の成功、確信できますよ」

CM「あはは。これさぁ、僕のサイトにも載せさせてよ」

「ええ、もちろん。掲載は発売後一定期間後からでお願いできればと」

CM「しっかりしてるなぁ…… ねぇ、速水さん」

「はい」

CM「今回は、ありがとう。よく頑張って写ってくれた」

「そんな。こちらこそありがとうございます。私も、とてもいい経験になりました」

「こんな素敵に撮って頂いて。……海の女神に嫉妬されてしまいそう」

CM「セイレーン? ははっ、いいね、その魅力も越えようって気概かな」

CM「水中がまたあるかは分からないけど、また仕事ができるといいね」

「はい」

「「ありがとうございました」」

33 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:04:16.14 0R0rCPgT0 33/38


――廊下

「……」

「ふふ」

「ん?」

「ううん。……セイレーンだと、海の怪物になっちゃうなって」

「まあ、船乗りを惑わせるのは悪くないかもだけど」

「え、ああ、そうか。……そうなると、海の女神ってなんだ?」

「……」

34 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:04:51.08 0R0rCPgT0 34/38


「到達点って」

「ん?」

「言ったでしょう、この仕事のこと。Pさんが。速水奏の大きな意味のある到達点にしたいって」

「ああ」

「今の私の、到達点だと思う?」

「それを決めるのは俺じゃないよ」

「じゃあ、誰が?」

「奏以外にいるのか?」

「ふふ…… 私であって、私じゃない」

「私のイメージは、私じゃないところで創られていく」

「アイドルやっていると、よく実感するの」

35 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:05:30.11 0R0rCPgT0 35/38


――控室

ガチャ パタン

「……そうだな。それは、よくわかる」

「だから、それを飲みこんでいく、超えていくような」

「海みたいになれたらって、思わない?」

「……」

「まぁ、どんなイメージを持ってもらってもいいけど、受け取り切れないものはあるかもね」

「でもそれが、速水奏というアイドルの到達した、先」

「Pさん」

「……この撮影でなりたいものが、見つかったかもしれない」

「うん」

「……」

「私は……テティスになりたいわ」

「とてつもなく深い底で微笑む、女神のようなアイドルに」

36 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:06:26.08 0R0rCPgT0 36/38


「ああ」

「なれるよ」

「いま、そうなって行ってる」

「……ふふっ」

「ところでね」

「私、いまから全部着替えるんだけど」

「手伝っていくかしら?」

「それじゃあ、是非とも」

「えっ」

「うん?」

「……」

「……」

「その気なんてないくせに。意地悪ね、もう」

「お互いさまだよ」

37 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:07:42.67 0R0rCPgT0 37/38


「じゃあ、終わったら呼んで」

「……いつか、終わる前に呼んじゃうからね」

「うーーん…… まぁ、その時になってから焦るよ」

「連れない人」

ガチャ

「……ああ、奏」

「なに?」

「今日の撮影、楽しかったか」

「……」

「とても大変だったし、苦しかったわ」

「でも」

「楽しかった」

「うん」

「上出来」

パタン





――後日、デートの情報が洩れて、LiPPSメンバーに後を付けられたのは、また別のお話。

【エンド・オブ・ブルー】速水奏より

38 : ◆WO7BVrJPw2 - 2023/03/29 00:08:15.00 0R0rCPgT0 38/38


お読み頂きありがとうございました。
一番最初に手に入れた奏のSSRが、エンド・オブ・ブルーでした。
総選挙Dグループ、速水奏に投じて頂ければ、この上なく嬉しく思います。


過去の奏SSです。よろしければどうぞ。

速水奏「はー……」モバP「はー……」
https://ayamevip.com/archives/53893754.html

速水奏「とびきりの、キスをあげる」
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速水奏「特別な、プレゼント」
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速水奏「今年のチョコが、渡せない」
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速水奏「恋愛映画は苦手」
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速水奏「月の丘の裏側まで」
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速水奏「ずるいひと」
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速水奏「練習はキスシーンの後で」
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速水奏は癒したい
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速水奏「眠り姫には口づけを」
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