1 : ◆XksB4AwhxU - 2019/06/19 14:12:20 l68K/QBg 1/41前回書いた
善子「貴女との空」
https://ayamevip.com/archives/55443737.html
盲目曜目線での作品になります。
私は渡辺曜です。
内浦にある浦の星女学院に通う女子高生。
従姉妹には沼津の高校に誘われてたんだけど、幼馴染の千歌ちゃんと一緒の学校に行きたかったから。
幼い頃から高飛び込みと水泳が大好きで、実のところちょっぴり自信があるんだ。
他のことも手先が器用だからなんでもこなしちゃうけど──ううん、今はいいかな。
それでね高校も水泳部を選んだけど、2年に上がる頃かな?
「スクールアイドルって凄いんだよ!」
自分を「普通」だって色んなことを辞めちゃった千歌ちゃんが初めてのめり込めたもの──スクールアイドルに出会ったの。
PVを見せてもらった時は驚いたよ。
だって私達と変わらない女の子達が歌って踊るんだよ?
でも1番驚いたのは千歌ちゃんが積極的に行動したこと。
きっとこれなら私はやっと一緒のことが出来る──そう信じていたのに、
私は事故で盲目になった。
「ほら曜ちゃん。お弁当の時間だよ?」
学校の屋上。
普段なら誰もいないけれど、私はクラスメイトにここに連れてこられた。
「あたしらが作ったんだからな」
事故で弱くなった足は上手く歩けず、かと言って車椅子で逃げられない。
いや、誰かの力無しでは屋上から出られない。
何も見えない真っ白な世界で、クラスメイトの嘲笑う声が濁って漂う。
「あ、朝沢山食べて、それで食欲が」
その瞬間、私は突き飛ばされたのかな。
激しく身体をコンクリートに打ち付け、髪を強引に引き上げられた。
「あのさ、曜ちゃん。自分の立場分かってんの?あたしらがいなったら帰れないよ?」
見えない世界で屋上に取り残される。
ならば放課後に助けを求めればいい、と甘い考えなど通じるわけないと曜は震えた。
「誰か呼ぼうたって無駄。口閉ざしてもらうから」
「鞄持ってきたし早退ってことでいいよな」
助けを呼べない、誰かに合図をするのも出来ない、逃げられない悪夢。
車椅子を持っていかれたら尚更動けない。
「な?曜ちゃんはあたしらがいないとダメなの。だったら分かるよね?」
何かが唇に触れる。
固くて、臭くて、蠢く何か──。
「ほら曜ちゃん。あ~ん」
怖い。見えない何かを口に入れることが。
怖くて怖くて汗が吹き出し歯が震え、無理やり唇に押し付けられる「それ」の脚が、触覚が蠢き、胃が逆流してくる。ダメここで吐けば取り残される食べないと。食べないと。
「あ、あ~.......!?」
頬を零れ落ちる涙を拭う暇もなく口の中に捩じ込まれた「それ」
開かないように口を押さえつけられ、その際に噛み砕いた「それ」の体液、海老のしっぽを食べた時のような食感、なおも暴れ回る嫌悪感に限界を迎え空っぽの胃は吐き出させる──けれど、
「っ!吐くなってんだろ!」
テープのようなものを口に、鼻に巻かれ行き場を失った吐瀉物を掻き分け「それ」が奥へ奥へ逃げようとし、呼吸困難に陥った曜は見下し笑われることにすら気づかぬまま必死にテープを爪で剥がそうと顔を引っ掻き回す。
「こいつ面白いんだけど!」
「なぁなぁ。後で他の奴にも動画まわそうな!」
まるで見世物のように助けられることは無く、曜はそれでも痛い思いの中ガムテープを剥がし、全て吐き出す。何を吐き出してるか分からないまま。
出し切ってもえづきは止まらず、パニックを起こしそうになり過呼吸になりかけるけれど、
「はい。残したから罰ゲーム」
激しい嫌悪感と口の中を取り出して綺麗に洗いたい衝動に駆られる中、悪臭が漂う口を再びガムテープで閉ざされた。
「放課後には迎えに行くからね」
両手を縛り、クラスメイト達は立ち去っていく。
盲目の曜を残して。
静かに泣き叫ぶことしか出来ない曜は真っ白な見えない世界をただ呪うしかできなかった。
これが変わり果てた渡辺曜の日常。
支えてくれた水泳部の先輩も、
褒めてくれた同級生も、
みんな手のひらを返して曜を標的にした。
まるで鬱憤を晴らすかのように。
「ったく、何漏らしてんだよ!」
放課後、ようやく解放された曜はアンモニア臭を漂わせていた。
だから罰なのだろう。腹部への蹴りに出ないはずの胃液が逆流しそうに。
「その辺にしといて。曜ちゃんは毎日お母さんとお風呂に入るみたいだし」
どうして秘密にしていたことを。
咄嗟に反応してしまったのが不幸したのか、
「あ、本当だったんだ」
気持ち悪い──そう嘲笑う声が不快なまでに曜へ浴びせられ、唇を痛いほど噛み締めてしまった。
「そんな目で見んなよ!」
「反抗」的な眼差しをしていたのだろう。
顔を踏まれ、太陽を浴び暑くなったアスファルトに押し付けられてしまう。もがいても動けず、絶望的な上下関係を突きつける。
「もういいでしょ。ほら曜ちゃん、帰るよ」
クラスメイトは曜を車椅子に座らせ、異臭の元となるスカートを捲りあげる。
「良かったね、オムツ穿いてて」
シャッター音が響き、今日の学校は終わりを告げた。あとはクラスメイト達が家まで付き添ってくれる──まるで面倒見の良い人のように。
仕事で疲れ果てた母親にオムツを交換してもらい、食欲が無いと嘘をついてようやく自室のベッドで横になった途端、もう流れないと思っていた涙が決壊したかのように溢れ手探りで見つけた枕へ叫び続ける。
どうして自分がこんな目にあわないといけないのか?
幼い頃に父親を亡くし1人で育ててくれる母親にこれ以上、負担をかけたくたい。だからこそ、叫ぶしかない。誰にも聞こえない悲鳴を。
だがそんな曜の「日常」に変化は訪れた。
それも歪な形で。
「今日は先客がいたのね.......」
いじめに耐えかね登校を拒否した曜は、母親に無理を言って港の展望台へ送ってもらった。
誰もいない、誰も来ないから。
しかし、近づく足音が怖くて声をかけてしまう。
「ねぇ.......誰かいるの?」
見えないから。
一体誰なのか知って安心したい。
痙攣しそうな心を抑え真っ白な世界で探すが、いつまで経っても返答はなく恐怖心がより増幅する。
「急にごめんね.......思わずびっくりしちゃったよね?」
どこにいるの?
返事してよ。
逃げ場があっても逃げられない。
「いきなり話しかけたら.......嫌、だよね?」
頭の中は今にもパニックを引き起こしそうで、荒くなる呼吸を無理矢理にでも抑え、早くこの嫌な時間が過ぎ去るのを必死に祈るけれど、
「.......ねぇ貴女」
唐突に肩へ感じる違和感。
その瞬間、学校で受けたいじめがフラッシュバックし限界を迎えていた曜は頭の中が爆発したかのように叫び、暴れてしまった。子供のように。
「わぁぁぁぁぁぁ!!!」
怖い怖い怖い怖い怖い誰も近寄らないで。
頭が真っ白になり車椅子の上で自分を守るために暴れ、水泳部で鍛えてるせいもあり突き飛ばしてしまった。
固い床に叩きつけられる音を聞いて、曜は初めて我に返る。
「っ!あんたねぇ!」
怒らせてしまった。いくら突然触れられたとはいえ、きっと痛かっただろう。曜は肩をすくめ自身を抱きしめる。しかし、
「もしかして、目が見えないの?」
予想とは違い、突き飛ばしてしまった相手は曜にやり返すわけでもなくかといって残酷な行為をするわけでもなく、
「その、さっきはごめんなさい。いきなり触っ
て.......」
ゆっくりと声をかけ、こちらを刺激しないように落ち着かせようとしてくれた。見えないからこそ声をかけずに触れられるのは怖い、ということを理解してるように。
怖さはまだ消えないが、灰色だった世界に僅かな色が差し込んだ気がした。
この人はどうして盲目な自分に優しくするのだろう?と。
「あ、あの、私の方こそ、ごめんなさい!まだ慣れて、なくて.......」
慣れてない半分、本当はいじめによるトラウマ半分。それでも曜は謝らずにはいられなかった。
「ほんとに.......ごめんなさい」
謝ればきっと自分は被害を加えられないから。
それは無駄な行為だと知ってるはずなのに。
「謝らなくていいのよ」
声のする方へ頭を下げきちんと謝るけれど、声がマスクしてるように曇るけど広がるその人は受け入れない。
必要は無いとでも言いたげに。
何かが違う。
学校で自分を標的にしてきた者達とは何かが。
「名前、教えなさいよ」
だから名前を聞かれて思わず顔を上げた。
どうして?と。
「私はヨハネ。堕天使ヨハネ」
堕天使?ヨハネ?
失礼だけど所謂「厨二病」と呼ばれる子なの?と戸惑ったけど、不思議と曜は悪い気がしなくて答えてしまう。
「..............曜でいいよ」
顔を上げた先、ヨハネという名前に似つかないほど青く透き通った彼女に。
どうしてそれを感じたのかは分からないけれど。
しかし、この出会いがきっかけで曜の日常に変化が訪れた。
「あ.......」
「あ.......」
次の日に展望台へ行けばまた出会ってしまったのだから。また次の日も。
曜にとって現実から逃げられる場所で。
何を話す訳でもなくて、夕方辺りになると青く透き通った彼女は展望台にやってくる。
毎日欠かさず。
だから必死に言葉を探すけれど声をかけるのが怖くて、無意識のうちに指でモジモジとしてしまう。だからこそ、自分に遠慮して場所を移動しようとした足音を止めようにも言葉に詰まり何も言えなかった。
そして迎えた3日目。
彼女はもちろん展望台へ訪れた。
「偶然ね」
「あ、来てたんですね」
流石に3度目だから慣れたのか、向こうから声をかけてきた。どこにいるのか把握出来てないから、視線はちゃんと合わせられないけれど。
「お気に入りの場所だからね」
その人の口から発せられた何気ない言葉。
曜が訪れるずっと前から展望台で過ごしていたかもしれない。
ならば邪魔者は自分の方。
勝手にやってきて暴れて迷惑をかけて。
罪悪感で思わず曜は縮こまってしまう。
「だからと言って私だけの場所じゃないし、誰がいてもいいけどね」
優しい声がかけられる。
この人もここで過ごすには理由があるはずなのに。遠ざかる足音に今度は衝動的に呼び止めてしまった。
「.......待って」
その人は呼び止められると思わなかったのだろう。素っ頓狂な声を上げ立ち止まってくれた。
「あ、いや、私がお邪魔したから.......」
自分がこれ以上展望台にいたら迷惑をかけてしまう。ならば取る行動はひとつしかない。家にいるのは怖いけれど、唇をかみしめてここから立ち去るしか。
「そんなわけないでしょ」
しかし、
「ここにいなさい」
その人は真剣に、まるで叱ってくれるように曜を展望台へ留めてくれた。貴女は悪くないのよ?と。
「貴女もここが好きなのでしょ?だったら好きにしたらいいじゃない。私も好きにするし」
顔も見えない、本当の名前も知らない、何も知らない人なのに心が温もりで安心し、見えないはずなのに見えた気がした。
どこまでも青く透き通ったその人の───青空。
「あ、あの!」
眩しくて綺麗で、視力を失う前に浜辺で見上げた大好きな青空のような人に伝えたいことがあったのに、首から下げた携帯が閉館時間を告げた。
もうすぐ係の人が曜を迎えに来るだろう。
その人の足音は遠ざかってしまった。
「また、明日ね.......」
勇気を振り絞った約束が展望台へ静かに落ちていく。
♢♢♢
「おはよう」
朝は決まって母親が慌ただしく仕事の用意をする音で目を覚まし、1階へと移された部屋で今日が始まったのだと自覚する。
「ほら急いで着替えるわよ」
母親の補助がないと着替えすらままならず、多少強引にでも何を着てるか分からないまま寝間着から私服へと。
終われば車椅子へと乗せられリビングへ。
朝食の匂いはするものの何がテーブルの上にあるか分からず、母親が口元へと運ぶ。
それを曜は機械的に咀嚼していくが、食欲の少なさからその動きはとても遅い。
「あぁもう!時間ないのよ!?」
テーブルが力強く叩かれ、間近での強烈な音に曜は思わず縮こまり震えてしまう。
「.......ごめんなさい。でもお母さん仕事に遅れちゃうから。展望台行かなくていいの?」
頬に伝う涙に気づかぬまま曜は首を横に振る。
家にいればクラスメイト達が来てしまう。
その恐怖に耐えられなくて曜は無理矢理にでも味がわからない朝食を詰め込む。
歯も磨くのも、髪を整えるのも、全部母親。
家を出て車に乗る頃には余裕の無さが隠しきれておらず、
「ね、ねぇママ」
「なに!?」
「な、なんでも、ないごめん」
唇を噛み締めてただ展望台までの道、罪悪感に揺られながら耐えるしか無かった。
到着し、車椅子に乗ったまま係の人へ受け渡されるとようやく深い溜息を零せたと同時に新鮮な空気を肺いっぱいに飲み込む。
支えてくれていた母親、最初はとても優しかったのに介護はやはり精神的疲弊が酷いのか、最近はずっと余裕が無く今日のようなことに。
車椅子がないと移動できない。
目が見えないから1人で車椅子は動かせない。
「じゃあ車椅子を触りますね」
係の人が確認を取り、ゆっくりと車椅子を動かして慣らしてくれる。見えない世界で突然身体が揺れるのは怖かったけれど、係の人ならまだ大丈夫だった。
「トイレとか行きたくなったら連絡くださいね」
首から下げた携帯はワンタッチで受付に連絡が行くようになっている。しかし、母親のこともあり何度も利用するのは気が引ける。
「いつもありがとうございます」
上昇していくエレベーター。
開いた先も見えないけれど車輪は動く。
初めて展望台へ訪れた時と同じ、恐らく最も景色が広がる場所へと。
係の人の足音が遠ざかる中、曜はぽつりと零す。
「あの人、まだかな」
1人がいい、そう思っていた過去の自分に思わず寂しく笑ってしまう。しかし夕暮れが差し掛かってきたころ、
「あれって渡辺曜じゃない?」
「プールで事故ったやつだっけ?」
来訪者は青空のように綺麗な人ではなく、
「こんな所で学校サボってたんだぁ~」
「本当に車椅子生活かよ!」
赤黒くて刺々しくてまるで曜をいじめていたクラスメイト達のような輩だった。
「なぁなぁ目が見えないって本当かよ?」
無責任にも身体を揺らされる。曜の心は一瞬にして叫ぶ衝動に駆られるけど、声が恐怖のあまり出なくなってしまう。乱れゆく呼吸に手足が痺れていく。
「あのさぁ、怖がってたら仲良くなれないじゃん?うちら友達になりたいんだよ?」
至近距離で顔を覗き込まれる。
気持ち悪くて怖くて、でも助けを求められなくて。首元への携帯に手を伸ばそうにも止めようとする手に引っ張られ、袖がめくれてしまう──傷だらけの腕があるのに。
「うっわ!何この腕!?グッロ!」
「わ~気持ち悪~!」
傷を、いじめでつけられた醜悪な傷を笑われてしまう。ここで「やめて!」と叫べば逆効果だと身をもって知ってるので零れ落ちる涙を飲み地獄の時間が終わるのを待つしか無かった。
あの人の到着を願い続けて。
しかし展望台へ来てくれたのは輩が立ち去り閉館時間が迫ってから。焦ってきたのだろうか、息が荒かったけれど曜は何も話せなかった。
♢♢♢
それから数日後、曜は相変わらず展望台でヨハネと特に何もしない日々を過ごしていた。
朝に訪れ、夕方に合流し、適当に話して解散。そんな居心地の良い日常。
「.......暑くないの?」
梅雨が近づき蒸し暑さが増してきても、曜は半袖を着れなかった。当然ながらヨハネは気になるのだう。
「うん」
暑くない、と言えば嘘になるけれど曜にとってはどうでもよかった。
この袖の下にある気持ち悪い傷を見せたらどうなるのだろう、そういう気持ちだけ。
しかし、
「ヨハネさんは気になるの?」
彼女もきっと自分に似て壮絶な環境なのだろう。
確信は持てないけどなんとなく、そう心の隅で思ったから。
「実は私も気になってるの。なんで毎日マスクつけてるのかなって」
声は広く聞こえるのにフィルターがあるようにくぐもってる。それはきっとマスクをつけてるから。でも広がる声が矛盾していた。
踏み込むのが怖いけれど。
「気まぐれよ」
「教えると嫌われてしまうから?」
きっと自分と「同じ」だから。
盲目になり周囲から裏切られた自分と。
なのに青く透き通っている空が見えるのが辛い。
「えぇそうね。嫌われてしまうわ。貴女には見えないけれど」
ヨハネが目の前でマスクをずらしたのか、くぐもっていた音がはっきり聞こえる。きっとその下に嫌われると確信するものがあるのだろう。
「これが私。口が裂けてるの。周りから口裂け女と呼ばれてるわ」
口裂け女、か。
曜は見えないけれど、彼女が何故自分に優しく接してくれるのか痛いほど心に染みる。
イメージは出来ないけれど、それでも曜にとってヨハネは今まで通り変わらない。変わるはずがない。盲目な自分と対等な関係でいてくれる彼女なのだから。
「なんだ、そんなことなんだ」
きっとヨハネさんは怒るだろうなぁ。そう覚悟はしたけど、呆れてくれたようで「はぁ.......次は貴女よ」と促してくれた。
ついに見せる時が来た。
ヨハネは曜と違い、目が見えて自分の足で歩けるし逃げ出せる。だから仮に長袖の下にある醜悪な傷を見て逃げても恨むことはしない。
でも傍にいて受け入れてほしい──そう願う自分もいて。
「じゃあちゃんと見てね。今の私には見えないから」
震える手で袖をゆっくりと上げていき、次第に露わにしていく──「グロテスク」と罵られたいじめの消えない傷を。
「─────!?!?!」
ヨハネが倒れてしまう音が聞こえた。
きっと隠していたものに腰を抜かしてしまったのだろう。
「なんで.......こんなの.......」
怯えてくれる。自分の代わりに辛い気持ちになってくれる。それだけ酷い傷なのだと嫌でも自覚したけれど、彼女は逃げなかった。
「はは.......嫌いに、なったよね。きっと凄いんだよね、私の腕.......」
だからもう心の叫びを我慢しなくていい。
フラッシュバックしていく残酷ないじめ、嘲笑うクラスメイト達、裏切った者達.......その者達から与えられた一生消えない理不尽な傷。
曜はずっと抑えていた感情が爆発し、ただ泣き叫ぶ。
「なんで!?なんで私なの!?みんな私を傷つけるの!?怖いよ……痛いよ……なんで……友達だと思ったのに……なんで誰も助けてくれないの!?」
「私何もしてないのに!!!!!!!!!!」
事故で盲目になった。ただそれだけなのに、周囲の環境はまるでそんな彼女が癌であるかのように迫害した。
展望台に響き渡る曜の涙は決して拭われることは無いけれど、彼女を温かいぬくもりが包み込んでいた.......大きすぎる痛みを受け止めるように。
「みんな側にいてくれたのに……見えなくなった途端なんで……!!!怖いよ……みんなの顔が見えないのが怖い!!!」
「怖い.......怖いよ.......!!!」
何も見えない世界に刻まれた恐怖に慟哭は止まらないけれど、全てをぶちまけても逃げずに抱きしめてくれる温もりに縋りつく。
「悪いけど、あんたがいくら怖がってもこの私が嫌うことはないわ」
裂けた口の少女と盲目の少女はお互いの秘密を胸に涙を流し続けた。
♢♢♢
次の日から曜の日常にまたまた変化が起こった。
「おはよう」
「あ、今日は早いんだね」
ヨハネの実名は善子、ということ。
その善子がいつもは夕方なのに昼から来たこと。
「たまたまよ、たまたま」
顔は見えないけれどきっと誤魔化してるのが分かってしまい、思わず微笑んでしまう。
「そっか、嬉しいな」
きっと心配してくれたんだね、と気分が良くなり善子へ見せたいもののために頑張って立ち上がると──。
「ちょっと危ないわよ」
善子は咄嗟にふらつく曜の手を握り支えてくれてた。それが嬉しくて嬉しくて、驚きと喜びの中「やっぱり、心配してくれたんだね」と思わず微笑んでしまう。その手が温かいから。
「そんなの知らないわ!」
拗ねちゃった。
曜は優しいなぁと言葉にしたかったけど、これ以上言えば余計に怒ってしまうとやめておいた。
「ごめんね。本当はこの景色を見て欲しかったんだ」
そう指差す先、その辺だろうと手探りで窓を確認してから伸ばした指先にあるのは、きっと曜の大好きな青空。
気に入ってくれるといいなぁ、そう願い子を込めて。
しかし、
「あんた見れないじゃん」
善子はいつだって自分のことより曜のことを考えてくれる。名前の通り、善い子だった。
「だから、善子ちゃんに見て欲しかったの。私の好きな景色だし」
だからもう少し、自分を大切にしてほしい。
曜が善子を大切に想うのと同じなように。
空が見えなくとも、善子を通して見える透き通った青空はかつて大好きだった景色で。
「優しいね」
「優しくないし」
「.......本当はね、薄ぼんやりと感じるの」
「青空を見る善子ちゃんの.......青くて綺麗な心」
初めて会ったあの時に感じたもの。
他の人にはない綺麗な青空。
人から気味悪がられ迫害され、それでも優しさを失わないその心が曜にとって眩しくて、自分に勿体ない──。
「綺麗だね、善子ちゃん」
例え口裂け女と罵られようと。
曜にとって善子はかけがえのない存在になっていた。
だからこそふと考えてしまう。
「ねぇ。スクールアイドルって知ってる?」
かつての幼馴染が大好きだった学校でアイドルをする人達。かつて自分が好きになれなかったもの。
「学校でアイドル活動をする人達なんだけど、とってもキラキラしてるんだ.......青空みたいに」
でも──と、曜は幼馴染である高海千歌との間にある亀裂に恥ずかしくなり、今も自分を助けられなかった罪悪感で苦しむ彼女を思い出す。
「私の友達にもね、スクールアイドルが大好きな子がいて.......事故の後喧嘩しちゃってもう話してはないんだけど」
「舞台の上で踊るアイドルの子達って、とっても楽しそうで見てるこっちも笑顔になっちゃう」
「…………ねぇ」
今まで遮らず自分の夢物語に過ぎない話を聞いてくれる善子へ、微笑みを向ける。
叶わないからこそ、夢見てもいいなら。
「私達ならどんなスクールアイドルになったかな?」
決してありえない世界。
昔、1度だけ見せてもらった「μ's」と呼ばれるグループのようにステージ上でキラキラと輝き眩しくて、
もし盲目ではなかったら、
もし口が裂けてなかったら。
「さぁね。ま、引っ込み思案なあんたを私が引っ張っていくんじゃない?」
全く想像出来ないけれど引っ張ってもらうのも悪くない。そう思える自分もいて。
きっとこの夏にぴったりなアイドルになるのかな?と。
「もう酷いなぁ。でも善子さんにならいいかなぁ.......なんて」
「私は堕天使ヨハネよ?美貌に嫉妬した神によって天界から堕とされし、醜悪な堕天使。貴女も共に堕ちようというのかしら?」
前々から思っていたけど、善子はやはり堕天使等が好きなのだろう。そう思うとなんだか可愛らしくなり、そういう1面にも嬉しくなってつい笑ってしまう。
「ちょっと、何がおかしいのよ!」
いつもより声のトーンも高くて、あぁこれが善子本来の年相応な部分だと曜は胸が温かくなる。
「堕天使でも優しいんだねって」
「は、はぁ!?ちょっとあんた何言って!」
もし、自分が先輩で善子が後輩ならきっと浦の星女学院での生活も、スクールアイドルも楽しくなっただろうなぁ、とつい調子に乗ってしまう。
お互い沼津らしいので登下校も一緒だし、
「私が堕天したら.......堕天使ヨウかな?」
家も近いみたいだから休みの日は遊びに行ったり、初対面でぎこちなくてもきっと仲良くなれる──そう確信してはニヤけるのを止められなくて、
「聞きなさいよ!」
嫌いな地元も、善子と一緒ならきっと大好きだったはず。
♢♢♢
「それで考えたのかい?」
今日はどうやら善子は用事で展望台には1人、なはずだったけれど。
「まだいい、かな」
「だと思ったよ。ボクも曜ちゃんを急かしすぎたね」
従姉妹であり、沼津の高校に通う生徒会長渡辺月が展望台で曜に付き添っていた。
「ごめんね月ちゃん。まだ怖くて.......」
月が手に持つのは盲目、聾といった障害を持つ子が通える高校のパンフレット。
「いいよ。ボクの家族も曜ちゃんの親御さんも編入を薦めてるけど、そんな簡単に気持ちの整理はつかないよね」
曜は腕を裾の上から押さえつけ「うん.......」と寂しそうに微笑む。編入したとして同じ境遇の人達でも決して「優しい」という保証はないから。
「それに曜ちゃんには大切な人がいるもんね~」
ニヤニヤと見えないことを良いことに笑う月。
「大切な人って.......うん、でもそうだけどさ」
「向こうもきっと大切だって思ってくれてるよ」
あれだけお互いのことを暴露したのに、曜はほんの少しだけ不安だった。自分にとって善子はかけがえのない大切な人だけど、向こうはどう思ってくれてるのか。
でも、
「きっとそうだよね。うんきっと」
信じてない、なんて思ってたらきっと善子は傷ついてしまう。自分から逃げずに受け止めてくれたのだから。
「その人は曜ちゃんにとってもう1部なんだな~」
「もう月ちゃん.......からかわないでよ」
「ごめんごめん」と自然に笑い合い、窓から優しい風が差し込み2人の髪を撫でていく。
「.......曜ちゃんがまた笑えるようになれて、ボクは安心したよ」
「月ちゃん.......」
「ボクはずっと見守っていたからね。何も出来なかったけど。でも曜ちゃんがまた笑えるようになれて、ボクはとっても嬉しいし、その人に感謝したいよ」
月の瞳は揺れ、後悔と救えなかった辛さに微笑むその顔もどこか苦しそうで。
見えないけれど、曜は分かってしまうのだろう。
「そっか..............」
自分で思っている以上に、自分を支えてくれる人はいる。そのことがとても嬉しくて、海へ沈みゆく日差しの温もりに包まれながらひとつひとつ思い出しては噛み締めていく。
「おばさん、もう迎えに行けるって。どうする?」
「うん、今日はもう帰ろうかな」
今は早く明日になって善子に会いたくなった──そんな気持ちだった。
「ねぇ月ちゃん」
「なんだい?曜ちゃん」
「ううん。また今度ね」
梅雨の雲が沼津を覆い尽くしていく。
♢♢♢
沼津が分厚い雲に覆われ、バケツをひっくり返したような大雨が1日中降り続く。
ただでさえ蒸し暑いのに長袖が祟ってべたつく汗により服が張り付く。
「善子ちゃん、おはよう」
「おはよう」
善子のマスクも張り付いてるのか、声がいつもより元気がなく相当参ってるのが伝わってくる。
「雨激しいね」
「そうね。堕天使が喜ぶほどの雨だわ」
雨音と2人の会話だけが弾む展望台。
曜にとってどれだけの雨かは分からないけど、蒸苦しい時も善子となら楽しめそうだった。
心地良い時間が流れる中、善子が曜の背後へ近づきポケットから袋を取り出す。
「善子ちゃん、どうしたの?」
「ちょっとだけ触れるわね」
最初に一言断り、善子は曜の首筋へ指を回し、うなじでネックレスを止める。曜は何をつけられたか分からないけれど嬉しそうに手探りで確認し──。
「わぁ.......嬉しいなぁ」
それがネックレスであると分かった瞬間、曜はこれ以上ないほどの喜びに満たされた。見えないのがとても惜しく思うほどに。
見えないけれどこれはきっと「翼」
指で何度も形を確認し、とびっきりのプレゼントを愛おしく思う。
「堕天使ヨハネのリトルデーモン.......その証よ!」
「証かぁ.......嬉しいな!ありがとう!」
零れ落ちる涙はきっと嬉し涙。
閉館時間を迎え善子に外まで車椅子を押してもらい、親へと引渡してもらう。最初は他の人が車椅子を押すのは怖かったけれど、今は善子に押してもらうのが密かに好きになっていた。
ただ、曜は気づかなかった。
展望台の物陰からこちらを覗く影を。
「いい気になりやがって」
「あいつ、口裂け女と仲良かったのかよ」
「ちょっとさ、面白いこと思いついたんだけど」
♢♢♢
「それどうしたの?」
曜は入浴を終えて居間のソファで寛いでいると、母親が首に下げたネックレスを聞いてきた。
「あ、うん。善子ちゃんに貰ったんだ」
「そう。似合ってるわね」
いつも疲れ果てて余裕の無い母親だけれど、ここ最近はどこか嬉しそうだった。
「ありがとう.......あの、いつもごめんね」
「ママの方こそごめんね。辛い思いさせちゃって.......でも、曜の笑顔が増えて嬉しいわ」
「笑顔?そうかな.......」
「ええ。今もいい笑顔よ」
久しぶりに母親ときちんと話したかもしれない。
ずっと地獄だったけれど、善子との出会いがそんな日常を変えていく。きっと母親は編入の件を勧めたいはずだけれど「今日はもう寝なさい。明日はちょっと早いわよ」と寝室まで付き添ってくれた。
だからこそ布団に入る前、ほんの少し我儘を。
「電話、かけたいかなって」
事故が起こり喧嘩別れしたあの日からずっと話してなかった──
「千歌ちゃんに」
母親は一瞬目頭を熱くすると曜の携帯を操作し、千歌への着信ボタンを押してから曜へと手渡す。
目が見えなくなり周囲からいじめられ、何も信じられなかった曜をずっと支えてくれた幼馴染。
「普通怪獣より惨めでしょ!?ねぇ嬉しいでしょ!」
なんでも出来る自分にコンプレックスを抱いていた幼馴染は、きっと自分を惨めだと思ってなかった。むしろ助けたい、そのために頑張っていた。
なのに自分から壊してしまった。
呼び出し音が切れたらなんて話そう──なんて緊張していたけれど「お繋ぎの電話はただいま──」と無機質なアナウンスが繰り返されるのみだった。
「充電切れか.......」
千歌ちゃんらしいね、と母親へ携帯を渡し着信を切ってもらう。
「もういいの?」
「うん。また明日電話しようかなって」
「そう。じゃあおやすみ」
「うん。おやすみ、ママ」
梅雨は降り止まない。
♢♢♢
今日も雨が降ってるけれど、母親の仕事の都合上開館前に車から降りざるおえなかった。
傘を渡し心配してくれる母親へ「私は大丈夫だから」と笑顔で返す曜。
今日は一緒にお弁当を食べる、と昨日した善子との約束が待ち遠しくて不思議と食欲が沸いた自分に驚き半分嬉しさ半分だった。
「善子ちゃん早めに来ないかな」
そう笑っていると、
「おい」
突然、曜は車椅子から突き飛ばされ冷たいアスファルトへ叩きつけられた。痛みと恐怖の交じる見えない世界で混乱してると今度は強く蹴飛ばされる。
「あんたさ、生意気なんだよね!」
複数人かどうかも分からないまま蹴られ続け、曜は自分を守るため頭を抱えるものの、1人に髪の毛を捕まれる。
「だからさ、こんなのいらないよね?」
無理やり引きちぎられる──善子からプレゼントしてもらった大切なリトルデーモンの証を。
「え、あ、か、返して!」
立ち上がろうにも足が上手いこと動かせず、這うようにして必死に取り返そうと手を伸ばす。
「こんな安モンが大切なの? 馬鹿じゃない?こんなの価値ないって!」
「違うの!それは私の大切なもので!お願い.......お願いですから返してください!」
無くしたらきっと善子は悲しむ。
価値は無くても曜にとっては大切で、絶対に手離したくない宝物。
雨に打たれ、地面に這いつくばり、必死に輩へ返してくださいと乞う顔を蹴り飛ばされ、それでも諦めない曜を嘲笑う者共。
「そんなに欲しいなら取ってこいよ!」
投げられるネックレス。
それは地面ではなく、真っ黒に荒れた海の中へ──。
「ほらほらそのまま真っ直ぐ!」
曜は訳分からないまま指示された通り進んでいく──頑張って立ち上がり転げても、何度も立ち上がりながら。
「急がないと大変だよ?」
激痛に顔を顰めながら立ち上がるその背は無慈悲にも足で蹴られ、曜は再びコンクリートへ顔面を強打してしまう。
「あぁ、ああ.......!」
逃げるためか、ネックレスのためか、曜は血塗れになりながら見えない先へと力を振り絞って飛び込む──その先が海だと知らずに。
何も見えない中、自分の身体が海に堕ちたと理解するまでにパニックを起こしてしまうが、それでも頼りない手で探してしまう。
「あ、あった!」
指先に触れるその感触を決して逃がさないように力強く握りしめるが、もう水から逃げる術も力もなく、善子からのネックレスを胸に抱き願い続ける──リトルデーモンの証を。
大丈夫、きっと堕天使ヨハネが助けてくれる。
だってこれはリトルデーモンの証だから。
真っ暗な世界から本当の闇へ堕ちていく曜。
苦しくても意識が遠のいても、絶対にリトルデーモンの証を離さない。
あの日、自分にプレゼントをしてくれた喜びを思い出しながら。
ごめんね、約束、守れなかった。
もう貴女との空は見えなくて。
41 : ◆XksB4AwhxU - 2019/06/19 14:42:15 l68K/QBg 41/41終わりです。