……違うわね。全然違うわ。もっとかわいく…かしら?
「だいすきはにぃ……」
ガチャッ
「おっはよーござい……!?」
「お、おはよう真」
「千早! さっきのもう一回! もう一回!」
「え、えっ…?」
レッスン室に入ってくるなり、目をキラキラさせて詰め寄ってくる真。
いいから少し落ち着いて。ちょっと怖いわ…。
元スレ
千早「ダイスキハニー…」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1360240733/
「あ、ごめん……でも! さっきの千早すっごいかわいかったよ。珍しいね、あんな歌い方するの」
「えぇ……でも、何かが違うというか。納得出来ないの」
「んー……かわいかったんだけどなぁ」
「上手く言葉で伝えられないのだけれど、表現というか何と言うか……難しいわ」
「ストレートに大好き! って伝える曲だもんね。千早はそういうの苦手そうだ」
そう言いながら笑う真。こっちは真剣に悩んでいるのに。
……苦手だ、というのは否定しないけれど。
「あぁ、来週のライブで歌うんだっけ。メドレー最初の曲だよね」
「えぇ、私は美希とペアを組むの。でも、この曲は……。relationsだと歌いなれていたのに」
「確かに美希と千早のペアならrelationsってイメージはあるけどね。意外性でも狙ったのかな、プロデューサー」
「……実に難しいわ、この曲」
「どの辺が?」
「もう最初からよ。この、大好きハニー♪ ってところから……」
「ちょっと歌ってみてよ千早」
「ダイスキハニー……イチゴみたいに……」
「な、なんか違うね……。こう、なんか、大好き感が皆無というか……」
そんな事言われても。そもそも大好き感って一体なんなの……。
大好きって事を伝えたいっていう事自体はわかるのだけど、その伝え方というか……うーん……。
「……ねぇ、千早は今、恋してる?」
「えっ? ……どうしたの、突然」
「い、いや、ほら! やっぱり、こういう歌を歌うときに好きな人がいれば
その人を思い浮かべて……とかさ!」
何故か顔を赤くして、言い訳っぽくそうまくし立てる真。
少し思案してみるけれど……思い浮かばないわ。
「特にそういう人は……」
「あ、そうなんだ。てっきりプロデューサーかと」
「……。尊敬しているし感謝もしているけれど、恋愛かと言われれば……違うと思う。
この歌のように胸がキュンキュンしたりもしないし、美希のような感じにもならないし」
「ならその美希に聞いてみれば? 美希のもち歌なんだし、何かヒントくれるかもよ!」
「確かに。一理あるかも……」
「僕が来るときまだ事務所でお昼寝してたよ。多分まだ寝てるんじゃないかな」
「それじゃあ、早速行きましょうか。……ねぇ、真はどうなの?」
「ん? 何が?」
「好きな人」
「えっ、あ、いや、それは……」
目を白黒させてる……。案外わかりやすいのね、真。
最初にプロデューサーの名前を出したのもそういう事でしょう?
「もういいわ。なんとなくわかったから。ふふっ」
「ち、ちがっ! ほら、プロデューサーは僕らに一番近しい男の人で、それで……!」
「真? 置いていくわよー?」
「も、もう! 待ってよ千早!」
765プロ事務所
ガチャッ
「あ、千早さんに真クン。おはようなの」
「おはよー美希。起きてたんだね」
「もうすぐ迎えに行くから起きておくようにって律子…さんから電話来たの。
正直、もうちょっと寝てたいって思うな……あふぅ」
目をこすりながら眠たそうに嘆く美希。
すぐ仕事なのね……教えを乞うのは難しいかしら。
「ね、ね。だったら眠気覚ましついでに教えて欲しいことがあるんだけどさ!」
「律子…さんが来るまで暇だからいいよー。なになに?」
……………
「ふーん……。じゃあちょっと一緒に歌ってみよ? せーの!」
「大好きハニー!」 「ダイスキハニー……」
「全く気持ちが伝わってこないの」
「き、気持ちと言われても……」
「やっぱり、美希と比べるとなんというか……。音程やリズムは完璧なんだけどなぁ」
「『大好きハニー』だよ? 気持ちをそのまま出しちゃえばいいの。ハニー大好きって! ほらもう一回、せーのっ!」
「大好きハニー!」 「だいすきはにぃ……」
「おっ、凄くかわいいよ! よくなったんじゃない、美希?」
「そんな上辺だけかわいくしてもミキは騙されないの。駄目だよ千早さん。ちゃんと好きな人を頭に思い浮かべなきゃ!」
そんな事言われても、そもそも私にはその『大好きなハニー』というものが存在していないから
困っているのであって……。最初から無いものは思い浮かばないわ。
……何をそんなキョトンとした顔をしているの、美希。
「千早さんって……そうなの?」
「……何が?」
「うーん……実に難しい問題なの。でも、こればっかりはミキが教えるれるものじゃないって思うな」
何故か1人で納得している美希。どういう事なの……。
ガチャッ
「美希ー! ちゃんと起きてる?」
「ただいまー」
「あ! ハニー、お帰りなさいなのー!」
難しい顔をしていたかと思ったら、事務所に入ってきたプロデューサーに飛びつく美希。
これが『大好きなハニー』への反応なのね……。
「おわっ、急に抱きついてくるな美希!」
「お帰りなさいは『ハニー』だけ?」
「うっ……お帰りなさい、律子…さん」
「よろしい。さ、収録の時間まであんまりないんだから行くわよ美希」
「ま、まだハニー分が補給出来てないの! ちょっと待って欲しいの律子!」
「だーめ。代わりに律子分を嫌というほど補給させてあげるからさっさと行くわよ。あと、さんを付けなさい!」
後ろ首をむんずと掴まれ引っ張られていく美希はさながら猫のよう。
2人はやっぱり仲がいいわね。両方すっごく否定しそうだけれど。
「ハ、ハニー……行ってきますなの……」
「お、おう。頑張ってこい」
「あ、あと千早さん」
「えっ?」
「きっと千早さんなら大丈夫だって思うな。一緒に歌うの楽しみにしてるね!」
「え、そ、そうかしら……」
「オンナの勘ってやつなの! アハッ☆」
その言葉を最後に、律子と共に美希は仕事へと出て行った。
結局、美希にはアドバイスを貰うどころか余計よくわからなくなったような……。
オンナの勘、ね。……正直不安だわ。
「どうしたんだ、千早。何か悩み事か?」
「あ、聞いてくださいよプロデューサー! 来週のライブの事なんですが……」
「もしかして『ふるふるフューチャー☆』の事か?」
「お、よくわかりましたね! それにしても、プロデューサーの口からふるふるフューチャーって…なんか変だなぁ」
「…うるさいな。 美希とのデュオの事だよな。さっき美希もそれらしい事言ってたし。
relationsと悩んだんだが……」
確かに、歌いなれてる分relationsの方がいいパフォーマンスが出来るとは思う。
何故プロデューサーは、『ふるふるフューチャー☆』を選曲したのだろう。
「いやな、もっとファンのみんなに『かわいい如月千早』を知ってもらいたいと思ってな。
今回はいつもとは違った魅力を引き出すことに挑戦してみたんだ」
「か、かわいい如月千早……ですか……?」
「確かrelationsは真美とあずささんが歌うんですよね。……あぁ。なるほど、そういう事かぁ」
「そうそう。普段ファンのみんなが見ている真美やあずささんとは違った魅力が出せると思うんだ。
真だって『魔法をかけて!』だろ?」
「はい! ああいう女の子女の子した曲をライブで歌うのって、結構夢だったんですよねー。気合入りますよ!」
「今回はこんな感じでアプローチをしてみているんだ。……だけど、やっぱり嫌だったか千早?」
嫌ではない。この歌を歌っている時の美希は、言葉を借りるととてもキラキラしてると思う。
歌そのものも恋する女の子の気持ちをストレートに歌っていていい歌だとも思う。
ただ、それを自分が歌うとなると……。表現しきれるか、正直不安。
「嫌、というよりは……わからない、というのが的確かと」
「わからない?」
「はい。……その、私にはこの歌の女の子のような気持ちが、よくわかりません」
「でも、『ふるふるフューチャー☆』とは少し毛色は違うが、この前に生っすか!?の企画で歌った
『Little Match Girl』や同じ雪歩とのデュオの『inferno』も愛情を歌った歌じゃないか?」
「あれは……萩原さんと話し合って、色々一緒に考えたんです。それで、私達にも納得が出来る
答えが出たというか。特に『inferno』の この愛邪魔するもの 例え貴方でも許さない の部分
の萩原さんの見解が秀逸で……」
「ス、ストップストップ! なんかその件は怖いからいいよ! それよりも今は『ふるふるフューチャー☆』でしょ!?」
「あ、あぁ。そうだな。うん。しかし、納得のいく答えか……。
この歌でも千早がそういう答えが出せればいいんだけどなぁ……」
経験した事の無い部分は憶測や、歌詞に感情移入する事で同調出来たりもする。
ただ、この歌の女の子は……私とは違いすぎる。
恋愛などよくわからないし、例え自分が恋愛をしたとしてもこんな風になるとは到底思えない。
そもそも、美希が言っていた『ハニー、大好き。という気持ちを伝える事が大事』という部分も
経験も無ければ、現在進行形で気持ちを伝える相手もいない私には不可能だ。
「答え……って言ってもなぁ。1人で考えて、なんとかなるようなものじゃなさそうだし」
「そうなんだよな。うーむ……人選を間違えたかなぁ……」
その言葉に少し、ほんの少しだけイラっとした。
プロデューサーは、そんな気は無いんだろうけれど。
「なら、プロデューサーが教えてください」
「……へっ?」
……マズい。イラっとしたテンションでつい口から出てしまった。
助けを求めて真の方を見ると、おもちゃを見つけた猫みたいな顔をしている。
……助け舟は来なさそうだわ。
「おもしろそ……いや、いい考えだねそれ!」
「ちょ、ちょっと待て。それは、どういう……」
「一緒に考えてあげてくださいよ! 担当アイドルが困っているなら、助けるのがプロデューサーの仕事でしょ?」
「あ、あぁ。いや、それはそうなんだが……。教えてくれ、と言われても俺が教えられるような事じゃ……」
「ほら、よくあるじゃないですか。恋人ごっことか。ごっことはいえ、経験したら何か掴めるんじゃないかなぁ」
「……少女漫画の読みすぎだろう真。そりゃ俺だって出来れば力になってやりたいけど、んな事しても……」
「そっかぁ。じゃあやっぱり……『人選を間違えた』んですかねぇ?」
くっ……。その、チラチラこっちを見るのは止めて真。
そういうのは水瀬さんの方が似合ってるわ。
さっきはついポロっと言ってしまったけれど、そんな失態はもう……。
「……いや、そんな事はない! 千早なら出来ると思ったから任せたんだ。出来るよな、千早!」
あ、そっちなのね。はい、もう何でもいいです。
そもそもそれ言い出したのはプロデューサーじゃないんですか。
「確か、明日オフだったよね千早。2人共頑張って! お土産話楽しみにしてるよー♪」
そう言って真はレッスンに行ってしまった。
残された私とプロデューサー。……とても気まずい。
「え、えっと……。そ、そういう事だから」
「あ、はい……」
なんだか微妙な空気のまま、明日の約束をして解散。
……本当に、なんなのかしら、これ。
「すまない、待たせちゃったか?」
「いえ、今来たところですから」
「はは……なんだかそれっぽいな」
夜、プロデューサーとメールをした結果、いわゆるデートをすることになった。
ライブはもう来週だというのに、こんな事をしてていいのかしら……。
わからないなりにも、レッスンをしていた方がまだ有意義なのでは……。
「まぁ、せっかくオフなんだし息抜きと思えばいいさ。相手が俺だってのが申し訳ないけど」
「いえ……。こういう経験は無いので、何か新しいものが見えればと」
「よし、それじゃあ早速行こうか。一応計画も立ててきたんだ」
「……準備がいいんですね。こういう経験、おありで?」
「行き当たりばったりじゃさすがにな。……恥ずかしい話、俺もこういう経験が無くて」
バツが悪そうに最後は口ごもるプロデューサー。
……なんとなく、予想はしていたのだけれど。
「……人選、間違えたかしら」
「……お前、結構根に持つタイプなんだな……」
「定番、ですね」
「奇をてらってもしょうがないだろ? 普通でいいんだ普通で」
立ち寄ったのは映画館。一般的なデートと言えば連想される場所。
今日上映中するのは……。
「おっ。これ、あずささんのやつじゃないか。これにしようか」
「『隣に…』ですね」
「あぁ。見たいとは思ってたんだが、ライブの準備で忙しくて見れてなくてさ。あ、ポップコーン食うか?」
「それでは、折角なので……」
「よし、ちょうど上映開始時間もいい感じだな。それじゃ、ちょっと買ってくる!」
「あ、あの、プロデューサー……」
「す、すまん……グスッ でも、本当に素敵だったな、あずささん……。
特に、『私、結婚します』って報告するところとかさ、もう……」
確かに、素晴らしい映画だった。とても感動した。
でも、これは……普通逆じゃないかしら……。
『あっ! キサラギ!」
『ホントだー! くっ! くっ!』
キサラギ、と言われ振り向くとこちらを指差している子供が数人。
一応デート、という体なのだし変装などをしてこなかったから気づかれたのかしら。
『ミサイル撃ってー! ミサイル!』
『違うよー! キサラギはおっぱい無いからミサイル撃てないよ!』
『合体だ!合体ー!』
どんどん子供達が集まってくる。
話している内容から、おそらく『無尽合体キサラギ』の事だとは思うのだけれど。
……くっ。
「そ、そうか。キサラギも今上映してるんだったな。人が集まるとマズい、走るぞ千早!」
「……ふぅ。ここまで来れば大丈夫かな」
「え、えぇ……。恐らくは……」
「あ、す、すまん千早!」
そう言うとパっと手を離すプロデューサー。
……思ったよりも手は冷たかった。ちょっと意外。
「いえ……。でも、少し疲れました」
「結構走ったもんなぁ……。そこのカラオケにでも入って休憩するか」
了承し、そのままカラオケへ。……定番すぎるほど定番ね。
雑誌なんかを読みながら思案するプロデューサーを思い浮かべて少し笑ってしまう。
「よし、じゃあ早速……」
と言いながらリモコンを操作するプロデューサー。
この前、春香達と来たことはあるけれどやっぱり操作は慣れない。
タッチすると動くのね、これ……。
「さ、千早」
そう言い、マイクを私に差し出すプロデューサー。
画面には『隣に…』と出ている。
「せっかくだからな。今日は恋愛ソング尽くしでいってみよう」
昔はよく千早の歌を聞いてアドバイスしたりしてたよなぁ。
有名になってからはちゃんとしたトレーナーさんがついてくれなぁ。
どんどん成長していく千早が誇らしくあったけど、少し寂しかったりさ……。
そんな事を言いながらどんどん曲を追加していく。……操作慣れしてるのね。
それと、少し気恥ずかしいです、プロデューサー。
prrrrrrrrrrr
「はい。あ、結構です。はーい」
「時間ですか?」
「あぁ。あっという間だったなぁ。でも、あと10分あるから2曲ぐらいはいけるな。……よし」
ピッピッと音をさせてリモコンを操作したあと、画面に出てくる『ふるふるフューチャー☆』の文字。
「まだ聞いてなかったからさ。……ほら、頑張れ千早」
……正直、今日の事で何か掴めたとは思えない。
それに、プロデューサーの前で、2人っきりで歌えって言われても……。
「ダ、ダイスキハニィー……」
「お、お疲れ、千早……」
「……くっ」
多分、今までで一番酷いものだった。
よくなるどころか、美希や真の前で歌ったものよりさらに酷くなっている始末。
頭は真っ白で何も考えられなかった。
「ほ、ほら! まだあと1曲いけるぞ? 最後に思いっきり歌って発散させよう!
『arcadia』か!? 『眠り姫』か!?」
「……プロデューサーも」
「……ん?」
「プロデューサーも、歌ってください」
「お、俺? でも今日は、千早のために……」
「今日は、デートなんでしょう? なら、私ばかり歌うのもおかしいです」
プロデューサーが凄く気を使ってくれているのを見て、自然とこんな言葉が出ていた。
そもそも自分の引き出しの少なさが招いた問題だ。それにプロデューサーを巻き込んでしまっている。
……少し、真のせいでもあるのだけれど。
恐らく、今日は何も掴めないだろう。でも、折角プロデューサーが作ってくれた時間を無駄にはしたくない。
だから……あとほんの少ししか無いけれど。残りは、デートとして楽しもう。
アイドルの如月千早では無く、ただの私として。
ならば、私と、そしてプロデューサーと。この時間を楽しいものとして共有したい。
わざわざ私のために時間を作ってくれた事への申し訳無さが半分。
あとの半分は……なんだろう。
「ほら、プロデューサー。もう時間が無いですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! えっと……よし、じゃあこれで」
初めて聞くプロデューサーの歌。……美希や真は、聞いたことあるのかしら。
そんな事を思いながら、流れてくる音楽を聴く。
「どんなに、小さなつぼみでも……」
「ふぅ……。人前で歌うのは久しぶりだから、緊張したよ」
「そうなんですか? リモコン操作に慣れてそうなので、頻繁に来ているのかと」
「あー……。来てるには来てるんだが。その……1人でな」
なんだかんだで、結構ストレス溜まるんだよ……と愚痴を言う。
こういう姿も普段見せない部分が見れるのは新鮮。
少し嬉しくなっている自分に気づく。
「なら……今度は私も誘ってください」
「い、いいのか? ハハッ、千早からそう言われるとは意外だな」
「……私、プロデューサーの歌、好きです」
「おっ、もしかして、俺の歌が千早に認められたかな? なーんて……」
「……正直、ところどころ音程を外していましたし、リズムもズレていました」
「あ……はい……精進します……」
歌の上手さ、という点ではそれほどでも無い。
でも、本当にこの人は私達の事を大切に想ってくれている。心からエールを送ってくれている。
そういう事が明確に伝わってきた。
「この歌の歌詞がさ。俺の境遇とシンクロするところがあるっていうか……。
歌いながら、自然とお前達のことが頭に浮かぶんだ。……な、なんか照れくさいな」
そう言いながら、頭を掻くプロデューサー。
その後、でも…と言いながら口を開く。
「今日は、千早の事ばかり思い浮かんだよ」
「……そう、です、か」
真似事でも、デートだからかなー。
と笑いながら話すプロデューサーの言葉は、ほとんど耳には入ってこなかった。
「ん、どうした千早?」
「い、いえ。……本当に、私だけでしたか?」
「…………ほんの少しだけ、あずささん」
「ふふっ、ちょっとだけ妬けちゃいますね」
悪戯がバレた時の亜美や真美と同じような顔をして、彼はバツが悪そうにそう言った。
こんな表情も初めて見る。
……これが、私の出来る精一杯の反撃。
「この辺りでいいか、千早?」
「はい、ありがとうございます」
店を出て、家まで送ってもらう。
今日はなんだか疲れてしまった。……でも、この疲労感は心地いいとさえ思う。
「今日はどうだった?」
「どう……とは?」
「聞き返されると、確かに答えづらい質問だな……」
ハハ……と苦笑いしながら彼が口を開く。
「なんでもいいさ。今日1日の感想ってとこだな」
「……凄く充実した1日でした。わざわざ付き合って頂いて感謝しています」
「気にするな。俺も凄く楽しかったよ。……歌の方は、どうだ?」
「どうでしょう……正直、まだわかりません」
今日は本当に楽しかった。でも、歌の方はどうだろう。何か掴めたのだろうか。
……なんとなく今日は、この事は考えたくない。
最後まで『ただのデート』にしたい気分だ。
「そうか……なぁ、千早」
「はい?」
「恋、してるか?」
「へっ?」
突然の質問に素っ頓狂な声が出る。
この人は、突然何を……。
「あ、いや、その、変な意味じゃなくて! ただ、なんとなくふと思ってさ」
今日たくさん恋愛の歌を歌ってもらったからかもな、と笑った後
……プロデューサーが担当アイドルに聞くような事じゃなよな……スマン……と暗い顔になる。
私は、プロデューサーは意外と表情豊かなんだな、と全然関係ない事を考えていた。
「……わかりません」
「わからない?」
恋をしているかどうか以前に、そもそも恋というものを知らない。
私の事を知ってほしい。彼のことを知りたい。
この人の歌を聞きたい。私の歌を聞いてほしい。
こんな思いもあるにはある。でもそれは、恋なのだろうか。
プロデューサーとアイドル、という関係上のものかもしれない。
……なんだか、よくわからない。
『ふるふるフューチャー☆』の女の子は、大好きなハニーを想いながら凄く楽しそうで、幸せそうだ。
少し、羨ましくもあり……恐らく、自分はこうはならないだろうという気もする。
「恋とは……何なんでしょうね?」
「え、えらく哲学的な話になったな……。どうだろう。楽しかったり、幸せだったり……。
逆に苦しかったり、辛かったりってのも聞くよな」
「人によって違うのでしょうね。少なくとも、もし私が恋をしても、美希のようにはならないかと」
「はは、それはそれで見てみたい気もするけど」
美希のようにはならないけれど。私は私なりに少し変わるのだろう。
「もし、来週のライブが成功したら……」
「ん?」
「また、こんな風にデート……してくれますか?」
「もちろん。俺でよければ」
きっと、こんな風に。
「それでは、行きますね」
「あぁ。お疲れ様。……結局あまり力になれなかったな。スマン」
「いえ。今日は、とても有意義に過ごせました。……プロデューサーも、そして私も。きっと人選は間違っていませんよ」
「……そうか。ライブ、いいものにしような」
「えぇ、必ず」
力になれなかっただなんてとんでもない。
きっと大丈夫。根拠の無い自信が私の中には生まれていた。
貴方が与えてくれたものなんですよ? プロデューサー。
「あ、千早さんもお水?」
「……やっぱり少し緊張しちゃって。いつもより喉が渇くわ」
「ね、千早さん。こっち向いて?」
「えっ?」
じっと私を無言で見つめる美希。見つめ返す私。
……なんなのかしら、これ。
「やーっぱり!」
「ど、どうしたの?」
「千早さん……恋、してる?」
「……どうかしら。ふふっ」
『星井さーん! スタンバイお願いしまーす!』
「あ。はーい! それじゃ、行ってくるね!」
「えぇ。行ってらっしゃい」
やっぱりミキの勘は冴えてるの!と言いながら舞台袖へと走っていく美希。
そして入れ違いに真が入ってくる。
「お、ここに居たんだ」
「えぇ。……そろそろ出番ね」
「うー……緊張するなぁ。あっ、ねぇねぇ千早!」
「何?」
「緊張ほぐすついでにさ、聞かせてよ。お土産話!」
「……秘密」
「えーっ! そりゃ無いよ!」
「歌を聞けばわかるんじゃないかしら?」
少しイタズラっぽく笑ってみる。
「ちぇー……。ついこの間まで頭抱えてたくせに」
「ふふっ、そうね。……でも、きっともう大丈夫」
「ふーん……。根拠は?」
「オンナの勘、かしら」
なんだよそれー、と笑う真と一緒にステージへ向かう。
『次からは、765プロオールスターでスペシャルメドレーですよ! スペシャルメドレー!』
聞いていてくれていますか、プロデューサー?
未だに、恋というものがどういうものか私にはわかりません。
自分が恋をしているのかどうかもわかりません。
それでも、私は私なりに想いをこの歌に乗せようと思います。
あの日、貴方がそうしてくれたように、貴方の事を頭に浮かべて。
もし、私の歌が以前と違っていたら…………ふふっ、それはそういう事かもしれませんね。
『メドレーの最初は、この歌を千早さんと一緒に歌うの! いっくよー? せーのっ!』
『『大好きハニー!』』
53 : 以下、名... - 2013/02/07(木) 23:26:01.12 GWvBxBvw0 34/34おしまい。
ちーちゃんかわいいよちーちゃん。あと赤羽根PのYELLかっこいいよ。
男の俺でも惚れるわあんなん。