当たり前の日常
当たり前の日々
そんなものは、まやかしだったのかもしれない。
嫌な予感というのは得てして当たるものだ。
空を見上げて俺はつぶやいた。
男「バカな……早すぎる……」
元スレ
男「バカな……早すぎる……」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1359126282/
嫌な汗が止まらない。
まったくもって、最悪だ。
男「……」
ふと、隣に人の気配がする。
こいつは、俺の友人だ。
まったく、気配を消して動くクセがあるせいで不意をつかれた。
だが、こいつの軽口に助けられたことも多々あった。
友「や~れやれ……『アイツら』は待つって事を知らないねぇ……」
いつもの調子でいうが、表情は硬い。
――やれやれ、長い夜になりそうだ。
俺たちの間に多くの言葉は必要ない。
軽く笑い、軽く拳をぶつけあう。
そこに、壮年の男が突然現れた。
バカな……こいつ、ただものじゃない!
一目見ただけでわかる。こいつは強い……まさか敵か!?
そのままノーモーションでその男は俺の肩を叩いてこういった。
ベテラン「よーぉ、こりゃ俺の仕事だ。ガキはすっこんでろ」
……どうやら敵ではないらしい。
ちっ、だがよく知らないおっさんに手柄をとられるわけにはいかない。
――こいつも、そういってることだしな。
懐に手を入れ、ニヤリと笑った。
――
同時刻、同じように異変に気付いたものが他にもいた。
青髪の男が、現代にそぐわない大剣を背から引き抜くと大きく息を吐く。
心底けだるそうではあったが、その眼には確かに炎がともっていた。
青髪「しゃあーねえな、いっちょケリつけにいくか」
ぶん、と剣を一振りすると、そこにいたはずの姿はたちまち立ち消えた。
その姿を、遠くの高台から眺める男がいた。
黒髪「……」
何も語らず、なにも発しない。
まるで影のような彼は、ただそこで事を見守ることを決意したようだった。
その隣に立つのは白い影。
少女の姿をしたその影は、揉めている男とベテラン、そして他の者たちを見てつぶやく。
白影「ったく……どいつもこいつも喧嘩っ早いんだから」
やれやれ、とため息をつきつつも彼女もまた、見ることに集中している。
――場所は切り替わり、どこかのラボ。
一組の少年少女が、巨大なロボに乗り込んだ。
少女「スタンバイ完了、いつでもいけるよ」
少しうわずりそうな声を抑え、少女が言う。
ついに始まったのだ。彼女たちの、戦いが……
オペレーターたちの声が遠くに消えていく。
ここから頼れるのは、彼と、自分だけだ。
その影響は、国内だけには収まらない。
勘のいいもの、因縁のあるもの。
さまざまなものたちが『それ』を感じ取った。
その中の一人、一見おだやかに見える男は軽く舌打ちをすると険しい表情へと顔を変えた。
がちゃり、とカバンが音を立てる。
ビジネスマン「あいつら……遂に動き出したか……!」
しかしすぐに表情を戻すと、何かを決意したかのように別の方向へと歩き出す。
同じように『感じ取った』男が、ここにもいた。
そこは呪われた、禁断の地。
彼は目的のためにここへと足を運んだのだが、入る直前に事が起こってしまったのだ。
碧目「よりによってこのタイミングとは……」
目を細め、祈るような動作をすると、また森へと向き直す。
自分の目的が達成されれば、あるいは……
その思いが、彼の足を速める。
場所は戻り、国内。
既に『始まってしまった』地域がそこにはあった。
街があったはずのそこは荒野と化している。
そこに立つ者たちがいた。
大男「お前は俺の希望だ……」
そのうちの一人が、力尽きたように前のめりに倒れ落ちる。
何人かが駆け寄るが、かばわれたはずの男はまるでクールなままだ。
眼鏡「やれやれ……やはりデータ通りにはいきませんか」
クイ、と眼鏡をあげて冷静につぶやく。
瞳の奥には、怒りの色が浮かび上がっている。
腰を抜かし、立てなくなっている男もその中にはいた。
貧弱「はっきり言ってやろうか? これで地球は終わりだ」
小便を漏らしながら、弱音を吐く。
もういやだ、たくさんだ。終わってしまうんだ。
彼の目には絶望しか映っていない。
――しかし、倒れたはずの大男の傷がみるみるとふさがっていくのをみて目をまるくした。
ナース「あまり突っ込むのはやめてよね。医術も万能じゃないんだから」
大男に処置をした女が、眼鏡をかけた男に声をかける。
わかっている、とでもいうように男が手をあげると、わかっていないだろうな、と女は首を振った。
立ち上がったのは少年たち、青年たちだけではなかった。
袴をはいた男が、決心したように刀掛けに置かれた日本刀へと手を伸ばす。
侍「もう俺には……縁のない話だと思ったんだがな……」
自嘲気味に笑うと、今度こそという決意を込めてその手に力を込めた。
すらり。すべてを断ち切る美しい輝きは、衰えてはいない。
そして、彼の中のモノも、また。
彼が外に出ると、そこには3人の男女がたっていた。
1人はハットを深くかぶった男。
1人は白髪の、いかつい顔をした男。
そして、何かを決意した表情の女。
白髪「早すぎるということはない、我々は十年待ったのだ」
白髪の男が言う。
ハットを被った男は、胸にしまったロケットを開けると中に入っているぼやけた写真へとキスをした。
そして、女が両太腿のホルスターから2丁拳銃を抜いて構えた。
銃女「今度こそ……返してもらう!」
ざわり、ざわり。
大勢の鳥たちが逃げ場を求めるように空を飛ぶ。
山師「とうとう来たか……」
それを見て、時を知った男がそこにもいた。
山師「行くぞ、お前たち」
鳥の羽ばたきの音が消える。
いや、かき消される。
山全体がざわつき、わななく。
時を待っていたのは人間だけではないのだ。
病人「ぐっ……は、ぁっ……」
激痛に胸をおさえる男。
だが、彼の目は死んではいなかった。
病人「あと少し持ってくれよ……!」
誰に聞こえることもないその呟きは、路地裏へと消える。
彼もまた、戦士だ。
念仏を唱えていた僧が、カッと目を見開く。
すぅ、と立ち上がると、近くにおいてあった錫杖を手に取る。
僧「御仏よ……荒事をどうかお許しください……」
錫杖に法力を込め、空を睨む。
彼が斯うのは力添えではなく許しだ。
戦うのは人々のために、そして――自分自身のために。
誰もかれもが、戦いに向けて準備を進める。
気づいた者たちは、愛する者のため、あるいは忠義のために。
忍者「フッ……だがそう急ぐこともあるまい」
マンホールの中で、その喧噪を聞きつつ男がつぶやいた。
ふたを開け、ゆっくりと外へ出る。
彼は一匹狼だ。だが――
騎士「なんだよ、やる気満々じゃねーか」
彼のことをほうってはおかない友も確かにいた。
にやりと笑うと、軽い握手を交わす。
時は近い。
若い王が、異変に気付く。
彼はこの異変の本質を知ってはいないが、何事かが起きていること、多くの人が動いていることは理解した。
しかし――
王「俺が動く必要があるほどの相手なのか……?」
素直な疑問を彼が口にする。
彼は、自身より有能な人間を見たことがなかった。
側近「しかれば、私めが」
影から沸いたように、老人が立っている。
彼自身、もっとも自身に近いものとして気に入っている駒の一人だ。
王「面白い、貴様に任せた」
ニヤリと笑うと、指示を出す。
老人は一礼すると現れた時と同じように影へと消えた。
多くの人々が巻き込まれるということは理解していた。
だが、それに立ち向かう者たちは多い。
執事「うーむ……やはり彼らだけでは少々荷が重すぎるのでは?」
しかし、歴戦の勇士の目からみればそれはあまりにもいびつすぎた。
執事が、自らの主人へと率直な意見を問う。
旦那「……私を守るのがお前の役目だ」
その言葉は一見、彼を引き留めるものであったが
長年連れ添ってきた執事は、その言外の意を汲む。
執事「かしこまりました。ならば、害をなすすべてを終わらせてまいります」
深く一礼すると、次の瞬間にはひらりと舞う花びらだけがそこに残った。
街を一望できる高台に男がひとり。
煙草をプカプカと吹かしながら立ち向かう者たちを見ていた。
ニヤニヤと下品に笑いつつ、彼は両腕を広げる。
社長「この調子でいけば俺の計画は完遂する……クッ、ハハハ……」
社長「ハァーッハッハッハッハッハァッ!」
彼の高笑いは、ただ空へと吸い込まれて消えていった。
古びた道場で、師匠と弟子が話をしている。
師匠「お前はよくやった。俺の最高の弟子だ」
褒められた少年も、ニカっと嬉しそうに笑う。
だがすぐに、真面目な表情に戻った。
師匠「焦る気持ちもわかるが……いいか? あの技は1日に2回が限度だ」
ぽふん、と少年の頭を師匠の大きな手が撫でた。
そして釘を刺すように、強くいう。
師匠「それ以上は使うなよ?」
少年は逡巡したあと、小さくうなずいた。
そして外へと飛び出す。
師匠「やれやれ……嘘はヘタクソだったな」
小さくなる少年の背中を、師匠は静かに追いかける決意をした。
不思議な出来事に困惑する子供たち。
混乱が渦巻く教室で、1人年不相応に落ち着いた少年がいた。
少年「決められていた事なんだよ……ずっと以前から。君は受け入れられるかな……?」
教室の窓から空を眺めると、そう自嘲気味につぶやく。
窓を閉め、カーテンを閉め、拒絶するかのように幕を閉じた。
路地裏に立つ青年が、虚空に呟く。
契約者「……いいだろう、契約は成立だ」
彼の影から何かが滲み出す。
それは獰猛な獣のようでも、濁った水のようでもあった。
彼が手を振ると、それに追従するかのように動く。
そして、高く手を振り上げると――
契約者「――存分に暴れろ」
強く振り下ろした。
影は、走り始める。
獣のような目をした少年と、若い助手が建物の中にいた。
少年は深く息を吸うと、手を出す。
助手「何とか間に合いましたけど、これを使えば人間に戻れる保証はありませんよ?」
少年の要求する薬は、あまりにも副作用が強すぎる。
ただの人間ではないとはいえ、飲んでしまえば無事では済まないことはあきらかだ。
それでも、これが必要だった。
申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになる。
そんな彼に、少年は大丈夫だと笑いかけた。
助手「……死なないでくれ」
本心から、そう祈る。
闇者「……」
彼には何もなかった。
からっぽで生きてきた彼に、唯一愛を注いでくれた女性がいた。
自分の異能を恐れずにいてくれた女。
その人が寝ているのを確認すると、男は不器用な笑顔を作る。
闇者「……今までありがとう」
そう囁くと、彼の顔から表情が消える。
もう二度と、使わないと決めていたそれを再び使う決意をしたのだ。
車椅子「……くっ」
ぎり、と歯を食いしばって青年が悔しがる。
彼の前には何人かの男女がたっていた。
共に戦ってきた、信じられる仲間たち。
彼らと共に、自分がいけない事実を悔やむ。
車椅子「もうお前らに思いを託すことしかできない自分に……腹が立つ」
失った足に目を落とし、強く手を振り下ろした。
だが、仲間の一人がそれを止める。
桃髪「ううん。私がこうしていられるのもあなたのおかげなの……あなたの足は、私よ」
彼が足を失った理由である少女が、昔とは別人のような表情でそこにいた。
彼の足になるということは、戦うことでもある。
それは、覚悟していたのだから。
――その時、集う者たちの脳内へ音が響く。
女「あなた達、よく聞いて。世界の未来はあなた達にかかっているわ」
聞き覚えのない、だがどこか懐かしい声。
あるいは母に、あるいは友に、あるいは愛する人のような、響。
彼女からの要求は実にシンプルだった。
――生きろ。
――そして、勝て。
その声に、あるものは興奮し、あるものは冷静さを取り戻した。
始まりはもはや目の前にある。
――
男「……らしいぜ、おっさん」
まったく、『こいつ』の出番はもう少し後か。
どうやら味方みたいだし、もめている場合じゃないからな。
ベテラン「そうみてぇだなぁ……しかたねぇ」
向こうも拳を引く。
友「はぁ~、俺もがんばんなきゃかねぇ」
軽く溜息をつくと、軽口をたたく。
どうやら、いつもの調子が戻ったらしい。
見れば、周りにも続々と人が集まっている。
どいつもこいつも個性的で、何やら一癖も二癖もありそうだ。
男「はっ、それじゃあいくとするか」
ばさり、と制服の上着を脱ぎ捨てる。
やつらが来るまで、時間はもうない。
緑髪「へぇ、俺たち以外にもいたんだ……」
しかし、まったく予想していなかった方向から声をかけられ、驚く。
なんだこいつ……いや、こいつらは!?
緑髪「あぁ、構えないでよ。俺たちも目的は一緒さ」
ニヤつきながら握手を求めてくる。
ちっ、癪だぜ……
緑髪「さぁ……行こうか」
男「あぁ、いくぜ」
俺たちは空をにらむと、強く地面を蹴った。
―― 完 ――