小学校の裏にある、小さな草原原っぱ。
僕はこの場所で一人遊ぶのが好きだった。
学校が終わってから、日が落ちるまで僕は一人きりで……。
女「……あれ?」
でもある日、そんな一人だけの場所に同じクラスの女がやって来たんだ。
元スレ
少女「ねえ、またいつか」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1307902426/
女「えっと……こんにちは」
僕「……こんにちは」
女「なにしてるの?」
僕「……」
女「お家帰らないの?」
僕「まだ、遊んでるから」
女「遊んでいる? もしかして一人で?」
僕「ん……」
女「そっか。楽しい?」
僕「……あんまり」
女「そうだよねー。一人はちょっと退屈だよね」
僕「……そう言う女ちゃんだって。一人じゃんか」
女「私はいいんだよ、一人でお家に帰るとこだったんだから。君がここに入ってくのが見えたから……つい」
僕「……」
女「でも、やっぱり一人は寂しいよね。私も転校してきたばかりの時は学校とか嫌だったもん」
女「君は友達がいないから一人なの?」
僕「友達は、いるよ」
女「でもみんな校庭で遊んでたり、他の友達の家に集まったりしてるよ?」
女「一緒に遊ばないの?」
僕「……放課後は一人でいたいだけだよ」
女「どうして? みんなで遊んだ方がきっと楽しいよ?」
僕「僕はこの時間にここにいるのが好きなんだよ」
女「夕焼けの原っぱ……ね」
女「……」
女「確かに気持ちいいね。好きっていうのもわかるよ」
僕「うん」
僕「ところでさ、君は誰かと遊びにいかないの? 一人でただ家に帰るだけはつまらなくない?」
女「私は……いいよ」
女「一緒に遊びにいってもつまらないから」
僕「え?」
女「私と遊んでも面白くないんだよ、みんな」
僕「どうしてそんな事がわかるの?」
女「んー……なんとなく。別に悪口とか言われてるわけじゃないんだけどね」
僕「それだったら……」
女「でも、ダメ。一緒に遊んでても私自身がつまらなそうな顔しちゃうんだもの」
女「帰りたそうな顔してる、ってよく言われるの」
僕「ふーん」
女「どう? そんな顔してるでしょ」
女「どう?」
僕「してないよ」
女「本当?」
僕「だって君、すごく穏やかな顔してるもん。つまらないって感じしないよー」
女「あはは、じゃあここにいる時は帰りたくないって顔してるんだよ、きっと」
僕「えっ?」
僕「そんな単純な事なの?」
女「……それとも。場所じゃなくって人、なのかな」
女「君とは、転校して来てからほとんど話した事も無いのにね」
女「だから、余計な気を遣ってないのかな?」
僕「普通は逆じゃないかな」
女「あはは。第一印象そのままって感じで会話してるからね。ちょっと仲が知れてるよりは素直な反応してるんだと思うよ」
女「少なくとも私は、ね」
僕「……そんなもんかな」
女「ふふっ、そんなもんだよ」
女「でも、そろそろ帰らないと」
僕「もう?」
女「ほら、夕焼け。もうすぐ沈んじゃから」
僕「あ……本当だ。話してたらあっという間だね」
女「ね。学校の授業もこれくらい早く終わってくれればいいのに」
僕「そうだね」
女「ふふっ」
僕「……」
僕「ねえ」
女「んっ? なに?」
僕「また明日もここへ来る?」
女「ふふっ、君はどうするの?」
僕「……元々は僕が先にここに来てたんだもの。明日も来るよ」
女「そっか。じゃあ」
女「私も明日来ようかな」
僕「く、来るんだ……?」
女「嫌?」
僕「う、ううん。嫌じゃない」
女「くすっ。その顔見たらわかっちゃうよ。すごく楽しそうにしてるその顔……」
僕「そんな顔してる?」
女「なんとなくわかるんだ。多分それは……お友達と遊ぶ約束をしたから」
女「だから、ね」
僕「約束……」
女「ふふっ、じゃあまた明日学校でね。ばいばい」
僕「ん……ばいばい」
……。
僕「行っちゃった」
僕「僕も一緒に歩いてけばよかったかな」
僕「……たしか家が同じ方向だったから、もしかしたら並んで」
僕「……なんてね」
僕「夕日が沈む……僕も帰ろう」
僕「明日またここで、ね」
女「ね」
僕「うわあっ!」
女「わっ……びっくりした」
女「いきなり叫んでどうしたの?」
僕「か、帰って誰もいないと思ってたから……」
女「あはは、ごめんごめん」
女「ちょっと途中で戻って来ちゃったよ」
僕「……なにか言い忘れた事でも?」
女「ううん」
女「君の背中が寂しそうにしてこっち見てたから」
女「戻ってきちゃった」
僕「……背中?」
僕「た、多分夕焼けが見えたせいだよ。だから……」
女「あはは、強がり言わないの」
女「そう言えばお家近いなーって思ってさ。よかったら一緒に」
女「一緒に帰らない?」
僕「……」
女「だめ?」
僕「……いいの?」
……
僕「じゃあ、家こっちだから」
女「また明日学校でねー」
女「あ、あと」
僕「ん?」
女「放課後、いつもの場所でね」
僕「もう、いつもの呼ばわりするんだ?」
女「あはは、気にしない気にしない。じゃあまたねー」
僕「ん……ばいばい」
僕「……」
僕「明日は何話そうかな」
女「……」
次の日
女「ねえ」
僕「んっ?」
女「どうして今日のお昼休みの時、サッカー誘われたのに断ってたの?」
僕「……見てたんだ
女「せっかく誘われたんだからみんなで一緒に遊べばいいのに」
僕「苦手なんだよ、サッカー」
女「運動嫌いだっけ?」
僕「体を動かすのは好きだよ。でも……」
僕「ボールを蹴るのってがすごい苦手なんだよ……」
女「そうなの?」
僕「うん。ボールがあるだけで全然上手く走れなくなって……嫌になるんだよ」
僕「普段はそれなりに速く走れるから、余計にね」
女「ふーん……くすくす」
僕「?」
女「君の話を聞いてたらさ」
女「なんだか、ちょっと私も運動したくなっちゃったよ」
僕「マジ?」
女「走ろう。ね?」
僕「は、走るってここで?」
女「そうだよ。草原だからおもいっきり走れるよ!」
僕「……ただ走るだけ?」
女「んー……じゃあつまらないか」
女「あ、だったら鬼ごっこにしよっか?」
僕「二人だけで鬼ごっこ?」
女「もうっ、さっきから文句が多いよ! まったく……」
僕「ご、ごめんごめん」
女「あはは、もしかして本当は走るの自信無いから文句ばっか言ってるー?」
僕「むっ……そんな事」
女「あはは、だったら私を捕らえてみなさーい」
僕「あっ! ま、待っ……早いって。いきなり!?」
女「あはははー……」
僕「ぐっ、よしっ。待てって!」
女「おっ、速い速いー。さすがに言うだけの事はー……」
僕「……はい、タッチ」
女「っえ? もう!?」
僕「君、あんま速くないねぇ」
女「ええぇ……女子の中じゃあマラソンは得意なのにぃ……」
僕「マラソンなら、最高速度がすごいってよりは長く走れるって感じでしょ」
ぽんぽん。
女「肩ぽんぽんしないでよっ! うぅ……悔しい」
僕「はは、もう一回走る?」
女「……ちょっとスピード落としてよ」
僕「それじゃあ鬼ごっこにならないよ」
女「ダメかな? 一緒に長く走れたらって……ちょっと思ったんだけどさ」
僕「ん、なに。マラソンしたいの?」
女「ううん。違うの……なんて言えばいいのかな」
女「えっとね、速く走ると私はすぐつかまっちゃうでしょ? すぐに鬼ごっこが終わっちゃうの」
僕「僕より速く走ればいいんだよ」
女「もう、茶化さないでよ! 出来たらとっくにしてますよーだ!」
僕(からかうのも面白いな)
僕「……まあいいや、それで?」
女「……おほん」
女「すぐに終わっちゃう鬼ごっこだけど、でもね。二人が終わらないように、ずっと走っていれば……」
女「いれば……」
女「……」
僕「……?」
僕「どうしたの。いきなり黙っちゃって」
女「……」
女「ううん、なんでも」
女「なんでもない、よ」
僕「ええっ! 途中まで話してそれは無いよー!」
女「……だって」
僕「……だって、なに?」
女「こんな事言ったら、笑われるかもって思っちゃったから……つい」
僕「?」
僕「言おうとしたのは、そんなに変な事なの?」
女「……多分」
僕「なんだろう、そこまで言われると逆に聞きたくなってくるなー」
女「笑うから、やあよ」
僕「笑わないよ」
女「……嘘」
僕「本当。笑いません」
女「……本当?」
僕「うん」
女「じゃあ、話す」
僕「聞く聞く」
女「んとね、とにかく私が言いたかった事は……」
女「一緒にずっと走り回っていたら、鬼ごっこは終わらないでいて……」
僕「うん」
女「……」
女「ずっと、この場所で」
女「子供のまま、遊んでいられるのかなあって思って」
女「……うん。そう思ったの」
僕「……くす」
女「!!」
僕「ふ、ふふっ。あはは、なんだよそれー」
女「わ、笑ったな! ほら笑ったな!」
僕「だ、だってさ。いつまでも遊んでられるって……くくっ」
女「もうっ! だから絶対に言いたくなかったのに!」
女「君の事なんてもう知らないから……!」
僕「え、あっ、ちょっ。待ってよ」
女「ふーんだ」
……。
僕「……」
僕「行っちゃった」
僕「……しっかし。あんな事を言われるなんて思わなかったなぁ」
子供のままで、ずっと。
僕「……」
僕「小学校を卒業したら、中学校に行ってさ」
僕「それから高校生になって、働くかまた学校に行って」
僕「……」
僕「ほら」
僕「ずっと子供でなんか、いられるわけないじゃんか……」
僕「それを笑って、何が悪いんだよ」
僕「そんな子供みたいな願い事言って、どうするんだよ君は」
僕「……どうしたいんだよ」
僕「……」
僕「……あ」
僕「また夕焼けだ。綺麗だな」
僕「でも……やっぱりなんだか」
僕「なんだか」
僕「……」
女「寂しいなー、ってか?」
僕「!?」
女「あっはっは、そんなに驚いた顔でビクンとしなくても。もしかして図星だったからかな?」
僕「……また、帰ってなかったんだね」
女「いやあだってー。二日連続でまた、変な背中が見えたからさー」
僕「帰ってないんじゃんか」
女「一人で帰るのはさ」
僕「?」
女「お互いに寂しいかなって思って、それで」
女「……それで、戻ってきちゃった」
僕「……」
女「あはは、せっかくお家近いんだからさ」
女「とりあえず、一緒に帰ろうよ?」
女「ねっ?」
僕「……」
僕「とりあえず、だからね」
女「うんっ!」
僕(喜びながら返事をした彼女のその表情は、夕焼けの光と一緒に)
僕(帰りたい、ではなく……一緒に帰れる嬉しさに溢れた、そんな顔をしていた)
女「あれ、なんか君嬉しそうな顔してるねー」
女「そんなに一緒に帰れるのが嬉しかったのかなっ?」
僕「そう言う君の顔だって……なんだか笑ってるみたい」
女「私の顔はきっとね……」
僕「きっとなに?」
女「きっと」
女「えへへ、君と同じような表情をしながら多分……」
女「笑っているよっ!」
夜
僕「……」
僕(眠れない)
僕(なんだかドキドキする……)
僕(女ちゃんの表情が、あれからずっと頭に浮かんでいて)
僕(……しかもあんな約束までしたからだ)
僕「……」
女『ねえ、今度のお休みにさ。一緒にお出かけしようよ?』
僕「お、お出かけ!?」
女「そ。ちょっと一緒にぶらぶら歩けたらなーって思ったんだけど」
女「あ、もしかして休みの日は忙しい?」
僕「そ、そんな事はない……けど」
僕(もしかして、これはデートのお誘い……なのかな?)
女「あはは、よかったー。じゃあ細かい時間とかは週末が近くなったら決めよっか」
女「それまでは、ちゃんと学校裏の原っぱに集合だかんね?」
僕(……デート)
……。
僕(デートかあ)
僕(でも一体、どこに行くんだろ……)
僕(一緒にぶらぶら歩けたらって言っていたけど)
僕(……)
僕(まあ、明日彼女に聞いてみればいいか)
僕(どっちにしろ週末にはわかるんだから、焦る必要もないし)
僕(ふふっ……)
僕(おやすみなさい、女)
僕(明日もまたあの場所で走り回って……)
僕「……」
僕「くぅぅ……すぅ……」
次の日
女「えっ? お出かけの行き先?」
僕「うん。気になっちゃってさ、よかったらプランとか教えよて」
女「んんー……とりあえず私が考えてるのはね」
僕「うんうん」
女「まず学校の周辺を歩き回るでしょ」
僕「学校? ここの?」
女「うん、そうだよー」
僕「……なんでまた学校?」
女「秘密っ!」
僕「……」
女「あはは、そんな顔して見ても場所の変更は無しですよっ」
僕「いや、出かける場所が嫌とかじゃなくてぇ……」
女「あはは。とにかく約束したんだからさ、あとは出かけるだけだよ」
女「出発前に色々考え過ぎちゃうと多分楽しめなくなっちゃうよ?」
僕「……そんなもんかな」
女「絶対そうだよ。ワクワクとかドキドキとかいっぱいあるんだろうけど」
女「当日までその分の気持ちを溜めておいた方が絶対にいいよっ!」
僕「そう……かな?」
女「絶対そうだよ! はい、じゃあこの話題は終わりっ!」
女「ねえ、今日も鬼ごっこしようよ?」
僕「……また? どうせすぐにつかまって終わりになっちゃうよ」
女「むー……今日は頑張るもん。昨日よりは絶対長く逃げ切ってみせるもん」
僕「くすっ、はいはい」
女「最悪ー、ちょーバカにした笑い方と言い方じゃんっ!」
女「そんな鬼さんはこうだあぁっ」
ドンッ。
僕「いてっ! な、なんで急に押すのさ!」
女「わははー、倒れてスタート出来ないだろー……」
僕「……怒ったからな!」
女「!?」
女「わっ、待った待った、速い速いはや……」
女「むぎゅう」
僕「はい、タッチしたー」
女「うぅ……だから早く終わりすぎだってばー」
僕「しょうがないでしょ。鬼はともかく逃げる人が一人しかいないんだからさ」
僕「あ、それとも誰か誘ってみる? これだけ広い場所なら鬼ごっこくらい余裕で出来……」
女「やあよ」
僕「やだ、って言った?」
女「うん、やあ」
僕「鬼ごっこしたくないの?」
女「……うん」
女「みんなと鬼ごっこがしたいわけじゃないから、ね」
僕「まあ、それは確かに。自分もそれはわかる、かも」
女「……それに何よりさ」
女「この場所を、他の誰かに知られるのが嫌なの」
僕「えっ?」
女「……なんてね」
女「学校のすぐ裏だもん。みんなこの原っぱがある事くらいは知ってるよね」
僕「まあ、それはね。ただ遊ぶ人が僕たち以外にいないだけで……」
女「……なんでだろうね」
女「こんなにいい場所なのにさー」
女「みんなに来てほしいわけじゃないけど、なんかもったいない気もするよ」
女「こんな場所がこの町にはあるんだぞーって、考えるとさ」
僕「……」
女「ね、そう思わない?」
僕「……まあ、少しはやっぱり思うよ」
女「でしょ? みんなもったいないよ、友達のお家でゲームばっかりなんてさー」
僕「学校の中でもそういうのあるよね」
僕「図書室とかさ……意外と利用する人少ないと思わない?」
女「あるねー。静かでゆっくり出来るし、面白い本もあるしで最高なのにねー」
僕「……でも、そこに行かない人は絶対行かないよね」
女「そうだね、やっぱり最後は趣味や好みの問題になっちゃうのかな」
僕「趣味や好み……ね」
僕「じゃあ一つ聞くけど、君は」
僕「君はどうしてこの草原に来たの?」
女「……ここに?」
僕「うん、来た理由。ここにいる理由」
女「あはは、そんなの。君にはもう話したじゃんか」
僕「あれ、そうだっけ……?」
女「んっ」
女「私がここにいるのは、背中……寂しそうな背中が見えたから」
僕「女ちゃ……」
女「だ、か、ら。私は君にお付き合いして追いかけっこをしてあげてるんだよ、きみぃ」
僕「……」
女「くすっ、おわかりかな? くすくすっ」
僕「……ちょっと感動したけど、やっぱり無し」
女「ええっなんでー?」
僕「そんなこと言われた当たり前でしょ! 全く……」
女「むー、もう一回さっきの表情見せてよ。ほら、感動した感じのあの瞬か……」
僕「だから無しだってば! はい、この話はおしまい!」
女「……けちー」
僕「けちで言ってるんじゃないの。ほら、もう太陽沈むから」
女「……あ、本当だね」
女「じゃあさじゃあさ、一緒に帰ってもい」
女「じゃあさじゃあさ、一緒に帰ってもいい?」
僕「……別に寂しい背中は見せてないけど?」
女「もう、鈍いなー君は」
僕「?」
女「今一人で帰ったら、寂しい背中が二つに増えちゃうだけなんだよ?」
僕「……」
女「だから私と一緒にとりあえず……」
僕「とりあえず、一緒に帰ろう?」
女「うん、いつもの」
僕「……」
僕「寂しい背中が増えるのなんてさ、いくら僕でもわかるよ」
女「うん」
僕「だから、今日もとりあえず」
僕「……とりあえず、一緒に帰るだけなんだ」
女「うんっ!」
女「えへへー、週末楽しみだなー」
僕「……そう言えばさ、時間とか集合場所はどうするの?」
女「あ、そっか。んと、一応私が考えてた時間は「朝」十一時にあの草原に集合って感じなんだけどさ」
僕「その時間だと、朝って言えるのかな……?」
女「細かい事はいいのっ! とにかく午前中に集まれればいいかなってだけ!」
僕「んー、お昼御飯はどうする? 出掛けた先で食べるの?」
女「んっふっふー」
僕「?」
女「ご飯の心配はしないで大丈夫。そのための午前集合ですもの」
僕「?」
女「わからないって顔しないで! とにかく私に任せてくれれば大丈夫だから、ね?」
僕「まあ、君がそう言うならお任せ……かな?」
女「えへへー、決まり決まり。そろそろお家だし……じゃあ、また明日ねっ」
女「いつもの場所で、会いましょー」
僕「あ、ああ。ばいばい……」
女「またねーっ」
……。
僕(彼女の言葉に不安は無いけれど)
僕(やっぱり行き先がはっきりしてないのは、引っ掛かるなあ)
僕(……)
僕(いや、休みになればわかるんだしいいか)
僕(でも彼女なら、いつもの場所に集まってそのまま草原で過ごす……なんて事も)
僕(はは、まさかね)
僕(歩き回るって言ってたから、多分それは)
僕(それは……な……)
僕「……おやすみ、女」
僕「すー、すー……」
休みの日。
僕「ふぅ」
僕「僕の方が先かー。えへへ」
僕「ちょっと待とうかな」
僕「……」
僕(風が気持ちいいや、放課後に来るのとはやっぱり違うなぁ)
僕「……あと違う事と言ったら」
僕「今日がお休みだから、かな?」
女「お待たせー」
僕「おっ」
女「なにか一人で喋ってた?」
僕「ん……まあ、独り言だよ」
女「そっかそっか。楽しそうで何よりだよ」
僕「? 楽しそうってどうしてわかるの?」
女「ん……」
女「背中」
僕「あぁね」
僕(なんだか妙に納得してしまった……)
女「ふふっ」
女「じゃあ、出掛けよっか。二人で……歩こうよ」
僕「……ん」
女「ふふっ、しゅっぱーつ」
僕「……ねえねえ」
女「ん?」
僕「こうして歩いてるのはいいけどさ、どこへ向かってるの?」
女「んー……」
女「あはは、行き先は別に決めてないんだ。ただ二人で、一緒にお散歩出来たらなあって思って」
僕「ふーん……そっか、それならそれで言ってよね」
女「……」
女「あはは、歩くだけ、なんて言ったら。さもっとつまんなさそうにして落ち込まれるかと思ったよ」
僕「……別に。歩くのは結構好きだから。それに」
僕「い、一緒に歩くのもなんか楽しいし……さ」
女「ふふっ、よかった。さすがに二人だけで鬼ごっこした仲だよねー」
僕「いつも君が負けるだけの鬼ごっこ、だけどね」
女「ふんだ。その分今日は負けないもんー」
僕「……え? 今日もどこかで鬼ごっこするの?」
女「今日は、しないかなぁ」
女「私が負けないのは、別の事」
僕「別って?」
女「それは私が勝った時に教えてあげるー」
僕「……はいはい」
女「あはは、その言い方好きだよ」
僕(好き……!)
僕(一瞬だけ……ドキッとした)
女「えへへっ」
僕「ね、ねえ。と言うか本当に目的地無いままなの? ただこうやって歩くだけ?」
僕(……なんか喋ってないとドキドキする)
女「んー」
女「実は、いくつか行きたい場所の候補はあるんだよね」
女「学校裏の高台にある公園とか……向こうに見えてる森とか」
女「あ、あと川とかにも行ってみたいなーって」
僕「なんだ、歩くだけってわけじゃないんだ。場所はバラバラだけど」
女「徒歩で行けるのはこの辺りが限界かなーって」
僕「ん、じゃあ他に行きたい場所とかもあるの?」
女「……」
女「……」
僕「ん?」
女「他にあるって言うか……えっと、どう言えばいいのかな」
僕「?」
女「とりあえず、今日はね」
女「あのいつもの草原から飛び出してみたかったんだ」
女「馴染みの場所でまた遊ぶのもいいけど……なんだか、二人で」
女「二人で一緒にちがう場所に行きたいなって。そう思ったの」
僕「ふーん……」
女「とにかく一緒に歩きたい。多分そんな感じだよ」
僕「……ずいぶん最後にはしょったね」
女「まとめたのっ! だってほら、もう公園着いちゃったもの」
僕「あ……本当だ」
僕(とりあえずお話はおしまい、かな。女ちゃんの考えに結構興味はあるけど……)
女「誰もいないみたいだねー」
僕(今は目先の会話をしないと、ね)
女「学校から遠くないのに……人がいないとずいぶん寂しい感じがするよね」
僕「わざわざ坂を上るのが面倒なんじゃないかな?」
女「坂なんてお話しながらだとすぐ終わっちゃうよー」
僕「……大抵みんな自転車でしょ。それでお喋りしながらは大変だよ」
女「そんなもんかなー」
僕「そんなもんだよ。あ、それでさ……来たのはいいけど」
僕「一体何して遊ぶの?」
女「んーと」
女「まずはご飯にしよっか?」
僕「……たしかにお昼前でお腹はすいてるけどさ。でもご飯なんて無いよ」
女「えへへっ、じゃーん。この荷物はなんでしょうかー」
僕「荷物? まさか……」
女「なんとお弁当持ってきちゃいましたー。しかも手作り」
僕「わ」
女「もちろんお母さんのだけどね!」
僕「で、でもお弁当なんだよね?」
女「うん! 私もちょっとは手伝ったんだよー?」
僕「……いただきます」
女「めしあがれー」
僕「……卵焼き」
女「あ、甘いやつで大丈夫だった? 私好みの味つけにしちゃったたけど」
僕「んっ……」
女「どう?」
僕「……」
僕「あまっ! 何これ!」
女「だから私好みって言ったじゃんー」
女「……食べられない?」
僕「……甘さにちょっと驚いたけど。でも」
僕「ちゃんと味わってみると美味しい、よ」
女「本当! よかったぁ……!」
僕「う、うん」
女「こっちのミートボールも食べてね! あ、あと、これは私のグラタンなんだけど君にも特別にあげるっ!」
僕(女ちゃん……嬉しそうだなぁ)
女「あはは、嬉しそうに食べてくれるから、いいね。作ってきたかいがあったよー」
僕(だってどれも本当に美味しいから……)
僕(と、ハッキリは言えないな)
女「まだあるからどんどん食べてねー!」
僕(隣で、そんないっぱい笑顔になられたら……)
僕「……ごちそうさま」
僕(美味しかったけど、ドキドキして味がよくわからないや)
女「はーい。どう? 美味しかった?」
僕「ん……大満足」
女「えへへ、やったあ」
女「ご飯食べたらちょっと休憩だね。このまま座って、時間潰そうよ」
僕「そう……だね」
女「あ、それともここで鬼ごっこする? 今やったらきっと私が勝つよー?」
僕「……」
女「ふふっ、冗談だってば。そんな顔して見ないの」
僕「……まったく」
女「あははっ」
僕「……」
女「……」
女「……あ、飛行機」
僕「えっ?」
女「空がごうごう鳴ってる、ね」
僕「それは聞こえるけど。飛行機、どこ?」
女「ふふっ、見つからない?」
僕「……見つからない」
女「じゃあ私の勝ちー」
僕「はいはい、負け負け」
女「ふふっ」
僕「ねーじゃあ飛行機どこにいるか教えてよ? わかんないよ。降参」
女「……」
僕「?」
僕「ねえってば」
女「……ん」
女「そろそろ、行こっか」
僕「えっ」
女「あはは、ちょっとゆっくりしちゃったね。早く次の場所に行こうよ、ね」
僕「……でも、飛行機」
女「くすっ。きっと君には見つからないよ」
僕「どうして?」
女「だって……」
女「……ううん」
僕「?」
女「私、先に行くからね」
僕「あ、ま、待ってよ」
女「あははっ、遅い遅いー」
僕「ね、ね。なんで僕には飛行機見つからないって言ったの?」
女「んー……君がちょっとだけ大人だから、かな」
僕「? なんだよ、それ。僕たち同じ子供じゃん」
女「あはは。たしかに歳は一緒だけどさ」
女「私に見えて、君には見つからない。同じ空見てるはずなのに、ね」
僕「……?」
僕「それがどうして、僕が大人って事になるの?」
女「あはは、大人はね。無邪気に空の飛行機なんか探さないんだよ」
女「だから、そういうのが見えなくなっちゃうんだよ。いくら探しても」
僕「見え……なく?」
女「うん」
女「大人になったら飛行機雲を追いかける必要も無くなるでしょ? その前触れみたいなものだよ」
僕「……必要無くなる」
女「……」
女「くすっ」
僕「!」
女「くすくすっ。君って面白いよねー。ちょっと真剣な顔して話すと、すぐ信じ込んじゃう」
女「私のでたらめなお話なのにさー」
僕「な……!」
僕「だ、騙したの?」
女「騙すもなにも……適当に話しただけだから、最初から何もないただの雑談だよー?」
僕「……バカにして!」
女「あはは、ごめんごめん。まさかあんな真剣に聞いてもらえるとは思ってなかったからさ」
僕「……だって」
僕「あんな風に真面目に話されたら、さ」
女「……」
女「君は優しいね」
女「あんな話を真面目に聞いて、受け止めてくれる。一生懸命に怒って反応してくれる」
僕「……」
女「意外とさ、そういう気持ちって……」
僕「……なに?」
女「ううん、やっぱり止め。こういう話ってしんみりしちゃうね」
僕「言いかけはもっとよくないよ?」
女「あはは、言いかけでもいいんだよ。だって時間が流れて大人になったら……多分わかる事だもん」
僕「……僕にはよくわからないよ」
女「くすっ。じゃあまだ君は子供なんだ」
女「もう一回、飛行機探してみなよ。もしかしたら、見つかるかもよー」
僕「……」
僕(彼女にそういわれ立ち止まって、少しだけ飛行機を探しながら)
僕(僕は視線を落としてチラッと彼女の方を見つめてみた)
女「……」
僕(僕と一緒に空を見ていた彼女は頻りに右を探し、左を探し……まるで最初から飛行機なんて見つかってなかったみたいな目をしていて)
僕(必死に何かを探していた)
僕(僕たちは二人で迷いながら、ただごうごうとだけ鳴る夕焼けがかった空を……)
僕(見えない飛行機の下で、ただ見ているだけだった)
僕(いつの間にか……)
女「……ぎゅっ」
僕(彼女の左手に僕の右手を奪われながら)
……。
女「わ、川だよ川ー」
僕「は、はしゃぐと危ないよ。砂利道なんだからさ」
女「走ったりしなければ大丈夫だよ! しかもほら、これ見て」
僕「ん?」
女「えへへ。足に負担がかからないタイプのスニーカーだよ。おニュー!」
僕「……あ、こんなの履いてたんだ。確かにいい靴みたいだけどさー」
女「うん!」
女「だから砂利でも平気ー」
僕「だ、だから走ったら危ないってば! もうあまり明るくないんだから、転んだら大変だよ」
女「むー……」
僕「ほら、ちょっと遊んだら。今日はとりあえず帰ろうよ、怪我する前にさ」
女「……」
女「やだ」
僕「やだって……帰らないつもり?」
女「帰るよ、帰るけど」
女「まだ森に行ってないもん」
僕「向こうに着く頃には真っ暗だよ。危ないよ」
女「蛍だって見るつもりで来たのに……」
僕「夜にならないとね。それまではいられないでしょ? だから早いうちに帰っ……」
女「……」
女「行きたい場所、いっぱいあったのに」
女「まだたくさん遊びたいのに」
僕「……それは僕だって」
女「じゃあまだまだ遊んでようよ。暗くなるまで蛍待とうよ……!」
僕「でもそれは……ダメ」
女「どうしてっ!」
僕「……」
僕「僕は大人だから、ね」
女「大人……?」
僕「うん。だからワガママ言わないで帰るだけなんだよ」
僕「また今度、大丈夫な時に遊びに来ようよ、ね?」
女「……蛍は?」
僕「また来週にでも」
女「森は?」
僕「そのうち行けるよ」
女「……」
女「ふーん」
僕「?」
女「うん、そうだね。その対応」
女「まさしく大人の返事……だね」
僕「えっ」
女「そういうのって結局先伸ばしになるよねー?」
僕「……ならないよ。絶対の約束」
女「……本当? 嘘つかない?」
僕「うん、つかないよ。そんなに心配だったら毎日言ってくれればいい」
僕「次の休みは川に出かける、森に出かけるんだって……伝えてくれれば」
女「……」
僕「それじゃあダメかな?」
女「伝えるって、いつもの場所で?」
僕「うん、朝に学校で言うよりは放課後の方が覚えてるもの。余計な授業の時間とか挟まないし……」
女「ふふっ」
女「じゃあ二人だけの場所で、秘密の約束だ」
僕「うん」
女「蛍見に行くのも、森に出かけるのも」
女「あの草原から飛び出して、どこか違う場所へ歩いて行くのも……全部」
女「二人だけの秘密」
僕「……うん」
女「えへへ、じゃあ寂しくない。今日はおとなしく帰る」
僕「……ほっ、よかった」
女「ほら。早く帰らないとお母さんに叱られちゃうよー」
僕「あ……ま、また早いってば!」
女「えへへー、あんまり遅いと置いて……きゃっ!」
僕「!」
女「い、いたた……転んじゃったよ。うぅ」
僕「まったく。ほら、立てる? 平気?」
女「う、うんありがと……あいたっ!」
僕「!?」
女「いたた……足の裏がなんか痛い」
僕「裏?」
女「うぅ……もしかしたら靴擦れしてるかも。皮むけてる感じがする」
僕「……新しいスニーカーならそうかもね。転んで一気に痛めたのかな」
女「い、痛いよー」
僕「歩けそう?」
女「ち、ちょっと無理かも……どうしよう帰れないよ……」
僕「バンソウコウとかある?」
女「……持ってない」
僕「そっ、か」
僕「ねえ女ちゃん」
僕「ほら、背中乗って」
女「えっ……」
僕「おんぶだよ。お家帰るんでしょ」
女「え、ええぇっ」
女「で、でも私きっと重いよ! そ、それにお家まではちょっと遠いから大変だよー……」
僕「大変でも、そうしないと帰れないよ。誰か呼びに行くにしても、こんな場所に一人は怖いでしょ?」
女「……まあそれは確かに」
僕「だから、ね?」
女「……」
女「……ん。わかった」
女「お、重くなーい?」
僕「あはは全然。結構軽いから楽勝だよ」
女「そ、そう……よかった」
僕「……」
女「……」
女(背中の上から見る景色なんて、いつ振りだろう)
女(……えへへっ)
僕「あ、ねえ」
女「んっ、なーに?」
僕「このままお家まで運んで大丈夫?」
女「お家……ううん、そうだなー」
女「少しだけ。ほんの少しだけ寄り道してこうよ」
僕「ん。どこに?」
女「決まってるじゃん、いつものあの……」
草原
僕「……ふぅ。ついたよ」
女「お疲れ様ーありがと。よっと」
僕「どう? 足痛くない?」
女「とりあえず立ってるだけならねー。あ、ちょっと肩貸しててね。倒れちゃいそうになるから」
僕「う、うん……」
女「……」
僕「……」
僕(心臓、すごい鳴ってる)
僕(隣に聞かれないかな、大丈夫……かな?)
僕「ね、ねえ。どうしてここに寄り道したの?」
女「んー……なんでかな」
僕「なんとなく?」
女「多分、多分ね」
女「君と一緒に出かけた後は、絶対にここを最後にして帰るんだって」
女「そう意識があったからなのかなあ、って思ったの」
僕「……ここから?」
女「そうだよ」
女「ここから帰らないと、なんか落ち着いてくれない気がして……ね」
僕(……なんとなくわかる)
でも僕は、それを彼女に言わなかった。
僕(ただ暗い草原の向こうを見ているだけの彼女を隣に……)
女「……あ」
僕「?」
女「ね、ほら見て。あれあれ」
僕「あれって……?」
女「見えないかなあ、ほら。あの真ん中辺りの草の……先っぽ」
僕「真ん中?」
僕「……」
僕「あっ」
女「ふふっ、見えた?」
僕「う、うん」
女「よかったー。もしかしたらって思ってたんだよね」
女「一緒にこの場所で……一匹だけでも」
女「蛍が見れたらいいな、って思ってたから」
僕「ん……」
女「あ、でも。来週また川まで行く約束は消えてないからね」
女「今度はもっとたくさんの蛍見るんだー」
女「一匹だけでももちろん満足だけど……やっぱり」
僕「?」
女「君とは一緒に、たくさんお出かけしたいから」
僕「……女ちゃん」
女「えへへ」
女「……ね。もしこの先さー、私たちが大人になってさ」
女「いつか、この場所に来られない状態になっても」
女「私たちがここで見た事や一緒に遊んだ思い出は、消えない……よね?」
女「もう少ししたらさ、中学校に入って高校生になって……きっとこの場所にも来なくなっちゃうってのがわかるんだ」
女「……みんなと遊ぶ場所も、電気や光に囲まれた場所ばっかになると思う」
僕「……」
女「ねえ、いつまでもここでさ」
女「二人で走り続けていたいって……そう思うのは、きっといけない事なんだよね」
女「こんな楽しい時間が毎日ずっと、これからも続いたらって……」
女「君に鬼ごっこでつかまらなければ、ずっと走っていられると思ってた」
僕「……」
女「ずっと子供でいられるんだと思ってた」
女「だから私は一人でふらふらしながら、友達とも遊ばずに。ぼーっとこんな場所に来ちゃったんだと思う」
女「私に似た、寂しい背中を見つけちゃったから……」
僕「……」
女「って、なに言ってるんだろうね私」
女「君と話すと変にロマンチックな事ばかりになっちゃいそうで恥ずかしいよ」
女「あははっ」
僕「……」
僕「恥ずかしい事なんて無い、よ」
女「えっ?」
僕「女ちゃんは大人になろうとして……僕にそういう話をしてくれた」
僕「だから、全然恥ずかしい事なんて」
女「……うん」
僕「僕には大人になるとか、子供でいたいとか。そう言った細かい事はわからないけど」
僕「でも」
僕「一つだけ、女ちゃんにはっきりと伝えたい事があるのはわかるよ」
女「……なーに?」
僕「女、ちゃん」
女「ん……」
僕「一緒に遊んでいくうちに、僕は」
女「……」
僕「僕は君の事が……」
僕「好きになってしまったんだ」
女「……」
僕「……ダメ、かな?」
女「くすっ」
僕「!」
女「ダメなんかじゃ、ないよ」
女「好きって言ってくれて嬉しいもん」
僕「それじゃあ……!」
女「うん。私も」
女「私も……君の事が……」
女「これからも、ずっと…………」
……。
あれから、ずっと。
僕たちは小学校を卒業して、同じ中学校、そして高校へと進学していった。
子供の頃に考えていた通り、僕らがあの草原へ足を運ぶ事はめっきり無くなってしまっていた。
たまに。
今日のように、本当にたまに草原の側を二人で一緒に歩いたりしてみても、そこはいつも人がいたんだ。
小学校から近いこの場所を遊び場にして走り回る、子供たちが。
夕焼けの中、いつまでも鬼ごっこをしていたのを……僕たちは。
昔、一匹の蛍を見つけた場所で立ち尽くしながらそれを見つめている。
「えへへ、タッチー!」
「きゃ! もう、ちょっとは手加減してよー!」
「ダメだよ。鬼ごっこなんだから、お互い全力で逃げたり追いかけたりしないと!」
「……むぅー、そうじゃなくてさー」
「?」
「そうじゃなくて、うまく言えないけど」
「……もっと長く走っていたいなーって思ったんだよ」
「……変なの」
「変でいいもん! 今度は私が鬼だからねっ!」
「あはは、女子につかまるほど遅くないですよーだ」
「……むぅ。あ、さっき君に踏まれてさ、ちょっと靴がぬげそうなんだ。肩貸してくれない? 履き直すから」
「ちっ、しょうがないなー。ほらよ」
「……くすくっ」
「?」
「ターッチ!」
「あっ! こら!」
「わははー、女子の作戦勝ちー!」
「ま、待ってよ! ずるいぞそんなの!」
「……くやしかったらここまでおいでー!」
「よーし……待て待てー!」
「あはははっ、あはは」
女「……元気ね、みんな」
僕「小学生だもん。そりゃあ元気さ」
女「私たちだってまだ若いよー?」
僕「でもあそこに混じって、はしゃいだりは出来ないでしょ?」
女「……体力なら自信あるんだけどねー」
僕「でも鬼ごっこしたらさ、きっとすぐに終わっちゃうよ」
女「むぅー……まだ私が遅いっていうの?」
僕「あはは、女の足はわからないけど。どっちにしろすぐに終わっちゃうよ」
僕「二人だけの鬼ごっこなんてさ」
女「……」
女「いいよー、それでも」
女「すぐに終わっても、またすぐに始めればいいんだよ。そうすれば、ずっと走ってられるもの」
僕「……それ本気?」
女「本気」
女「って、子供の頃なら言ってたけどー……今は一応大人だもん。年齢上は、だけどね」
僕「中身はどうかな?」
女「えへへ、もちろん大人さ」
僕「……そう、だね」
女「んっ。私も僕ちゃんも、もう大人」
女「だからいつまでもこの場所で走り続ける事は出来ないけれど……」
女「私は……」
女「私の気持ちはこの場所から。ずっと僕ちゃんに預けたままだから……」
僕「女……」
僕はそっと、彼女の手を握りしめた。
柔らかくて暖かい感触が僕たちに共通して流れた。
女「ひゃ……し、小学生に見たれたらからかわれちゃうよ!?」
僕「……大丈夫。ほら」
女「え?」
「……」
「……」
僕「みんな鬼ごっこも止めて、空の飛行機探してるみたいだから」
女「飛行機……」
夕焼け空がごうごうと鳴っている。
手を繋いでその音を探していた私たち。
ついさっきまで草の上を元気に走り回り、笑っていた子供たちも。
今は同じ音を聞きながら、夕焼け雲に浮かび上がる見えない飛行機を探している……。
女(いつか見た景色に似ている)
首を空に向けながら、私はそんな事を思い出した。
雲があって、音がして。
私たちは必死に見えない飛行機を探していた昔。
懐かしいその音色を、私は目をきゅっと瞑りながら、いつまでも聞いていた。
飛行機は大人には見つけられない、なんて言ってた……。
もちろんあんなのは嘘。
ただちょっと、同じクラスの男の子をからかっただけ。
女(でも)
女(今となっては、なんだかそれが。本当に起こるみたいに思えて)
今、私が飛行機を探して空を見たら……きっと、それをすぐに見つけてしまうから。
女(いつかのお話のまま、私はずっと)
女(子供のままでいられるわけなんてないから……)
私は、ただきゅっと目を瞑り。
彼の手を握っていた。
女「……ね」
僕「ん?」
女「飛行機、見つかった?」
僕「んー、見つからないや。聞こえるのは音だけ」
女「……やっぱり大人だね」
僕「あははっ、昔そんな話もしてたっけ。もうすっかり忘れてたけど」
女「……」
僕「女は? 飛行機、見つかった?」
女「……見ればわかるでしょ。見つけてないよ」
僕「そっかー、じゃあ女も大人だね」
女(……あれ?)
私は言葉の途中、ちょっとだけ目を開けて。
彼の方を見つめてみます。
すると……。
女(あ……)
僕「……」
彼も私と同じように目を瞑りながら、真っ赤な夕焼け空を見ているのがわかってしまう。
女「そっ……か」
僕「んっ?」
女「ううん、なんでもないっ」
僕「? 変な女」
女「……ふふっ」
きっと彼も私と一緒で、あの日見つけられなかった飛行機を……そのままに。
私は勝手にそう思う事にしました。
女(こればかりは、お互い聞くわけにはいかないよね?)
女(だって私たちは大人なんだもの……もう)
女(二人で無邪気になって、この草原を走り回る事も……)
僕「……」
今空に浮かぶ飛行機を見つける事も、出来ないのだから。
「……あっ!」
その時少女の声がした。
「ねえ、見つけたよ飛行機。お空を飛んでる……!」
「やったー、見つけたの私だけだよー」
夕焼けの草原で飛行機を見つけた少女は、いつまでも楽しそうにそれを自慢していた。
そして、仲間とはしゃいでいる間にごうごうとした音はどんどん遠さがり……。
音が止む頃には、子供たちはまた鬼ごっこを再開している。
女(いつかは終わる鬼ごっこが……きっと、また)
女(私たちの思い出の場所で、今日も明日も、明後日も)
女(ああ、これが)
女「大人になるって事なのかなあ……?」
……。
「……きゃっ、きゃ」
遠くで、子供たちの無邪気な声がする。
鬼ごっこが終わるまでに、空を見上げていた子供二人は、同じ場所にはもういなかった。
眩しいくらいの夕焼けと、思い出に光る草原を見ないようにして……二人は違う場所へと帰っていった。
その二人がどんな気持ちでそこにいたのかなんて。
夕日の中を元気に走り回る子供たちには、何の関係も無い事だから。
「……あ」
走り回る足を止め、女の子はもう一度空を見上げた。
「また飛行機の音がする……」
少女は、ただ無邪気に。
いつまでも夕焼け空を見つめているんだ。
見つからない飛行機を必死に探しながら、いつまでもいつまでも。
少女が大人になる、その日まで……。
終