千早(……?)
千早(……なんだろう。何か……)
千早(……人の気配を感じる……)
千早「ん……?」パチッ
――「やあ。起きた? と言っても、まだ夢の中だけどね」
千早「……優……?」
優「当たりだよ。……久しぶりだね、お姉ちゃん」
千早「……久しぶり……ってほどでもないでしょう」
優「まあね。この前の僕の命日でもこうして逢ったしね」
千早「……でも、珍しいわね。あなたが、誕生日でも命日でもない日に、私のところへ現れるなんて」
優「まあたまにはね」
千早「……まさか、彼女でもできたの?」
優「……できたら真っ先に紹介するよ」
千早「もしそうなったら、悪いけどお姉ちゃん容赦しないわよ」
優「いや、何のだよ……」
千早「ん? っていうか、あれ? もしかしなくてもあなた、何か背、伸びてない?」
優「気付くの遅いよ……。今日の僕は中学生仕様なのです」
千早「驚いた……どおりで大人びて……」
優「もし生きてたら今頃こうなってましたー、っていう」
千早「……ちょっと待ちなさい優」
優「え?」
千早「気を付け」
優「? はい」ビシッ
千早「…………」
優「?」
千早「……! や、やっぱり私より高い……!」
優「まあ育ち盛りですから」
千早「屈辱だわ……」
優「いやそこは弟の成長を喜ぼうよ」
千早「はぁ……もうあの可愛かった優はいないのね……」
優「せっかく夢の中に馳せ参じたのに何この仕打ち」
千早「まあ仕方ないわ。いずれは優も可愛い彼女を作って私なんか置いていってしまうのだし」
優「彼女こだわるね!?」
千早「……でももしそうなったらお姉ちゃん容赦しないから」キリッ
優「だから何の!?」
千早「……まあいいわ。今日はこの優で満足してあげるとしましょう」
優「だから何でそんな上から目線なんだよ……泣くぞもう」
千早「ほら泣かないの。よしよし」ナデナデ
優「……慰められると、これはこれで悲しい気持ちになるな……」
千早「ワガママ言わないの」
優「はいはい」
千早「はいは一回!」
優「はい」
千早「…………」
優「…………」
千早「……ふふっ」
優「……ははっ」
優「……さて。せっかくだし、どっかぶらつこうか。時間もそんなに無いし」
千早「あら何? 彼女との約束でもあるのかしら? もしそうならお姉ちゃん、見張りも兼ねて尾行することも吝かじゃないわよ?」
優「何を見張るんだよ……。ってそうじゃなくて」
千早「分かってるわよ。……夢の時間は、永遠じゃないものね」
優「……まあ、そういうこと」
千早「じゃあさくっとデートしましょうか。デート。私が目覚めるまでの間の時間限定デートね」
優「……何でそんなにデート強調するの?」
千早「街中へ出てきたものの、さてどこへ行こうかしら」
優「まあどこでもいいんじゃない?」
千早「でもこれ私の夢の中だから、私が知ってる場所しか行けないのよね……」
優「ああ……お姉ちゃん、行動範囲狭そうだもんね……」
千早「シャラップ」ビシィ
優「って! きゅ、急にほっぺたつつかないでよ!」
千早「……ふふっ。まるで恋人同士のじゃれ合いみたいね」ドヤァ
優「何でそこでドヤ顔? ……ていうか結構素で痛かったんだけど……」
千早「街の人達からは、私達は恋人同士に見えているんじゃないかしら? ふふっ」
優「しかも話聞いてないよこの人! ……まあ容姿そっくりだし、普通に姉弟に見えてるんじゃないかな……」
千早「……そう。そうよね……優には私なんかよりずっとずっと可愛い彼女さんがいるんだものね……」
優「ねぇお姉ちゃんいつからこんなめんどくさいキャラになったの?」
千早「あ」
優「ん? どこか行きたいとこ見つけた?」
千早「お祭り! お祭り行きましょうよ!」
優「あー……昔よく行ったっけ。あの地元の」
千早「そうそう! ほら優ったら水風船落としちゃって……」
優「あー、あったあった。それでお姉ちゃんが自分の分くれたんだよね」
千早「……本当、弟想いの良いお姉さんよね」
優「……うん。自分で言わなきゃ尚更ね」
千早「そうと決まればお祭りに行くわよ、優!」
優「それはいいけど……そんな都合よくお祭りなんてやってるの?」
千早「そんなことはどうとでもなるわ。ここは私の夢の中なんだから」
優「でも狙った夢を見るのって結構難しくない?」
千早「そんなことないわよ。ほらあそこでお祭りやってる」
優「マジか」
千早「わー、屋台がいっぱい」
優「……なんか、妙に甘いもの売ってるとこ多くない? あっちケーキ屋台とかあるし……」
千早「まあ私の夢の中だからね……」
優「お姉ちゃんそんなに甘いの好きだったっけ?」
千早「前はそこまででもなかったんだけど……よく作ってきてくれる子がいてね。それで……」
優「……へぇ」
千早「さあさ、早く回るわよ、優。時間は有限なんだから!」ギュッ
優「わっ。きゅ、急に走ると危ないよ!?」
千早「……こうしてさりげなく優との恋人つなぎに成功した私であった」ドヤァ
優「……いくら自分の夢の中でもそういう発言は内心に留めてほしいかな……」
千早「あ、あったあった。ほら水風船」
優「おー、懐かしいね」
千早「お姉ちゃんが買ってあげる」
優「え、いや今日は別に……」
千早「………そう………」
優「や、やっぱり欲しいな水風船!」
千早「ふふっ。もう優ったら、背は大きくなってもまだまだ子どもなんだから!」
優「あ、あはは……」
千早「はい、優」
優「ん。ありがと」
千早「……今度はもう、落としちゃだめよ?」
優「……うん。分かってるよ」
千早「…………」
優「…………」
千早「……よっ。ほっ」バイン バイン
優「あ、お姉ちゃん自分の分も買ってたんだ」
千早「姉とは常に弟の先を行っていなければならないからね……ほっ。よっ」
優「なんだよそれ」
千早「いい? 優。水風船は柔らかく、撫でるように突くのよ。強く突き過ぎると破れちゃうからね」
優「……こう?」バヨン バヨン
千早「そうそう。手つきは素人くさいけどまあ良しとしましょう」
優「水風船に素人とかあるんだ……」
千早「……ふぅ。結構遊んじゃったわね」
優「うん。昔みたいで楽しかったよ」
千早「…………」
優「……ねぇ、お姉ちゃん」
千早「何?」
優「最後に一つだけ、お願いがあるんだけど……」
千早「? 何かしら?」
優「歌を……聴かせてほしいな」
千早「…………」
優「お姉ちゃんの、歌……」
千早「優……」
優「……だめかな?」
千早「…………」フルフル
優「お姉ちゃん」
千早「だめなわけ……ないでしょう? だって優は……」
優「…………」
千早「私の―――最初の、ファンなんだから」
優「お姉ちゃん……」
千早「所変わって、ここは765プロオールスターライブで使用した会場です」
優「一瞬でワープしたね」
千早「夢の中だからね」
優「なんかもうそろそろ夢の国の住人から訴えられそうだね」
千早「でももう時間は少ないわ。早速だけど、始めさせてもらってもいいかしら?」
優「うん。もちろん。……お願いします」
千早「…………」コクッ
優「…………」
千早「……今日は、はるばる私の歌を聴きに来て下さり、本当にありがとうございます」
優「…………」
千早「……今日の、たった一人の観客のあなたへ。……そして、私の最初のファンになってくれた、あなたへ」
優「…………」
千早「……感謝の気持ちを込めて歌います。聴いて下さい。……『眠り姫』」
千早「―――あの空 見上げて―――……」
優「…………」
千早「…………」
優「…………」パチパチパチパチパチ
千早「……優……」
優「……良かった……すごく良かったよ。お姉ちゃん」
千早「そ、そう……?」
優「うん。やっぱりお姉ちゃんは、僕の歌姫だよ!」
千早「優……」
優「あーあ。なんかちょっと泣いちゃった……はは」
千早「…………」
優「本当は、アンコールもしたいんだけど……残念。もう時間みたいだ」
千早「……え?」
優「……呼んでるよ、お姉ちゃん」
千早「……優……」
優「そんな顔しないでよ。またすぐに……逢えるからさ」
千早「……ええ。そうね」
優「じゃあね、お姉ちゃん。今日は本当に――……ありがとう」
……ブィーン……ブィーン……
千早「……ん? 何……メール?」モゾモゾ
千早「ん……春香から?」ピッ
千早「えーっと……『今朝作った新作のケーキがあまりに美味しくできてしまったので、今から千早ちゃん家に持って行きます。春香』」
千早「…………」
千早「今から!?」ガバッ
千早「今からって……何でこう行動が急なのよ春香は!」
千早「ええと……とりあえず顔を洗って……部屋を片付けて……」
千早「…………?」
千早「……そういえば、なんかさっきもこんなことがあったような……」
千早「急に予期せぬ人が現れて……みたいな……」
千早「…………」
千早「……夢……だったのかしら?」
千早「とても懐かしくて……暖かい……」
千早「…………」
千早「って! 考え込んでる場合じゃない! 春香がもう来ちゃう!」
ピンポーン
春香「千早ちゃーん」
千早「うぇえ!? もう!?」
春香「猛ダッシュしたら思ったより早く着いちゃってー」
千早「どんだけ走ったのよ!? お願いだからあと2分だけ待って!」
春香「はーい」
千早「もう、春香ったら本当に……」
「――――」
千早「……?」
千早「今、なんか……」
春香「千早ちゃーん。もう入っていい?」
千早「えぇえ待って春香! まだ1分も経ってな――」
春香「お邪魔しまーす」
千早「きゃあああ! だ、だから待っ……!」
「――お幸せにね。――お姉ちゃん」
了