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S7.前夜
火災を起こしていた櫻井通信機器開発所の建物の火は、なんとか一時間ほどで鎮火した。
今は死傷者の捜索でアンチスキルが駆動鎧を着て建物の中をせわしなく歩いている。
建物が燃えている間に逃げ遅れた人の救助活動をしたり、それを妨害しようとした暗部組織の下っ端らしき男たちを打ちのめして拘束したり、
いろいろと奮闘していた黒子は、敷地の端のフェンスにもたれ掛かりながら体を休めていた。
制服の焼け焦げた部分を見て、買い換える決心をしている黒子の携帯端末に着信を表す電子音が鳴り響く。
耳に付けている端末のボタンを押して、電話をつなげる。
黒子「はい、白井です」
初春『初春でーす。救助活動お疲れさまでしたー』
黒子「……ほんと、疲れましたわ」
ツートーンくらい低い声で答える。
空間移動(テレポート)の演算難易度は他のポピュラーな能力に比べて高度だ。一回使用するエネルギーが桁違いということになる。
そんな能力を、この短時間で百は超える回数使った黒子の疲労度は言うまでもないことだろう。
初春『上条さんとは合流できましたか?』
黒子「いいえ。救出活動中は火の上がっていないところは全て捜しましたが見つかりませんでしたの」
その間に十数人ほど逃げ遅れた人を外へテレポートさせたりしたが、もちろんその中に上条の姿はなかった。
初春『ということは火が起こった場所にいて、一酸化炭素中毒を起こし気絶して焼死体になっちゃった、っていう可能性が高いってことでしょうか?』
黒子「言い方が悪いですわよ」
げんなりしながら黒子は続ける。
黒子「その可能性はないとは言いませんが、あの類人猿がそう簡単にくたばりやがるとは思えませんの。脱出してどこかへ行った可能性のほうが高いかと」
初春『そうですよね。でしたらもう一度監視カメラの映像をハックして上条さんを捜すとしましょう。といってもその周辺は暗部の人たちにカメラ潰されているから望み薄ですけどねー』
向こうの電話口からキーボードを叩くと音が聞こえてきた。またグレー行為を平然と。
黒子はため息交じりに聞く。
黒子「電話はかけてみましたの?」
初春『はい。けど、何度かかけましたが一向に出ないんですよねー。コールされるってことは携帯自体は無事だとは思いますけど』
『そう考えたら火事に巻き込まれた可能性は低いかもですねー』と初春は軽い感じに言った。
耐火仕様の携帯端末なんてものがあったような気がするが、と思いついた黒子だったが、あの類人猿がそんなハイテクなもの持ってないだろ、と思考を頭から消し去った。
黒子「まあ、あの類人猿の行き先は任せますわ。わたくしはこの現場を見届けなければいけませんので」
初春『あれ? アンチスキルに引き継がなかったんですか?』
黒子「いえ、もしかしたら類人猿がひょっこり顔を出してくるかもしれませんし、それと」
黒子は照れくさそうに続ける。
黒子「自分が関わった現場ですので、最後まで見届けておきたいとかそういう感じのやつです」
初春『白井さん……』
初春からの声とキーボードの打音が止まる。
そして、初春は『ふふっ』とわずかに笑ってから、
初春『でもジャッジメントとして越権行為をした事実は変わりませんので、帰ったら始末書書かなきゃですねー』
黒子「……それくらいわかっていますの!」
そう言って黒子はむくれながら携帯端末の回線をぶっ千切った。
―――
――
―
雨上がり。第一〇学区にあるとある公園。そこには異様な光景があった。
地面に横向きで倒れた自動販売機。投げ出されたように転がったベンチやゴミ箱。
その周辺には空き缶がばらまかれたように散らばっていた。
スクラップの廃棄場みたいになっている一角の中心に一人の少年が転がっていた。
上条当麻。体中に傷や火傷痕のようなものがあり、目に見えてボロボロな少年。
ここに広がった物は全部上条の頭上から落ちてきた物であり、それらの落下物を身に受ける形となっていた。
ベンチやゴミ箱の下敷きになっているが、自動販売機という巨大な物体に押しつぶされなかったのは不幸中の幸いだったか。
上条「…………」
落下物の何かが頭にぶつかったせいで上条は今の今まで気を失っていたのだ。
目を覚ました上条は雲と雲の間にある夜空の星を見ながら考え事をしていた。
上条(――悪いな一方通行。やっぱり俺じゃ駄目だったよ)
上条当麻は心の中でそう謝った。結標淡希を取り戻せなかったことについて。
彼は一方通行に頼まれて結標を追っていたわけでもないし、それどころか彼がそんなことをしたと一方通行が知ったら逆に『余計なことをするな』と怒るかもしれない。
だが、上条の中にある謝罪の気持ちは一向に消えなかった。
上条(――俺じゃ、アイツの『ヒーロー』にはなれなかったよ)
上条は他の人から『ヒーロー』と称されることがある。
彼は自覚はないがよく人助けをしていた。
落とし物を一緒に探すなどという小さなことから、他人の一生を左右する重大な事件に関わるという大きなことまで。
そういうことに頻繁に首を突っ込んだりしたためか、よく『ヒーロー』だなんて呼ばれていた。
だからこそか、上条はいつからか無意識に自分が『ヒーロー』なんだと思い上がった考えを潜在させていたのかもしれない。
自分が『ヒーロー』だから結標を追いかけなければいけない。自分が『ヒーロー』だから結標を救い出してやらなければいけない。
その結果が、この無様に地面へ横たわる自分である。
上条「……クソッ」
情けないヤツだ、そう思って上条は舌打ちした。
動かない身体を無理やり動かして体にのしかかったベンチやゴミ箱をどかす。
上体を起こして雨に濡れた地面へ座り込む。
上条「……これからどうすればいいんだ?」
上条は呟く。
今から結標を追いかけようにもどこにいるかわからない。
もう一度ジャッジメントの一七七支部にいる初春という少女に電話し居場所を探してもらう。
そうすれば結標を再び見つけることができるかもしれない。
だが、見つけたところでなんだ? 今結標に会ったところで何が出来る?
そんな思考が上条の頭の中をグルグルと駆け回っていた。
ジャリッ。
上条の後ろから雨で濡れた砂を踏んだような足音が聞こえてきた。
なんだ、と思い上条は後ろに首を向ける。
上条「……だれ?」
そこに立っていたの黒髪の少女だった。
背丈や体付きからして上条と同い年くらいの高校生か。
春休み中なのに制服を着ているみたいだが、上条はそれがどこの学校の制服か見当がつかなかった。
呆気を取られている上条を見て、その謎の少女はニヤリと笑う。
??「倒れた自動販売機に散乱したジュースの空き缶……もしかして盗んだジュースでやけ酒ならぬやけジュース中だったかしらぁ?」
上条「なっ、ち、違う! これはそういうのじゃなくてなぁ」
突然の盗人判定を受け、上条は両手を前に出して弁明の機会を求める。
そんな様子を見て少女はクスリと笑い、
??「嘘よぉ、ちゃんとわかってるわぁ。全部見てたから事情は知ってる。結標さんにやられちゃったのよねぇ」
上条「なっ、アンタ結標のこと知ってんのか!?」
まったく知らない人間から結標の名前が出たことに上条は驚く。
通常時なら結標の個人的な知り合いとかで片付ける話だが、状況が状況だ。
それにこの少女は上条が結標を知っている前提で話をしている節があった。
上条の質問に特に答えることなく、少女は公園の反対側の出口へと向けて少し歩いてから振り返った。
まっすぐと上条の方へ向いて、
??「結標さんのこと、助けたいとは思わなぁい?」
上条「……アンタは一体、何者なんだ?」
少女は少しだけ目を丸くさせたあと顎に人差し指を当てて何かを考え出した。
五秒位考えたあと、少女は不敵な笑みを浮かべながら、
??「うーん、そうねぇ。ここで本当の名前を名乗ってもいいんだけどぉ、どうせすぐに忘れちゃうから不便なのよねぇ。じゃ、私のことは少女Aとでも呼んでちょうだい!」
上条「凶悪な少年犯罪犯してニュースで名前を隠された女子生徒かよ」
??「そのツッコミはどうなのかしらぁ? 人によっては不快力で笑えないかもしれないわよねぇ」
上条「そんな変なもんを連想させるような名前を名乗っているテメェには言われたかねえよ!」
A子「もう、しょうがないわねぇ。だったらA子でいいわよ。まぁ、正直名前なんてなんでもいいんだケドぉ」
やれやれと言った感じで少女は少女AからA子へ改名した。
そんなA子と名乗る少女と話している上条は、何か違和感のような変な感じがあった。
この少女とどこかで会ったことがあるんじゃないか。デジャヴみたいなものだろうか。
首を傾げながらも上条は質問する。
上条「何でアンタ結標のこと知ってんだ? 友達か何かか?」
A子「友達ではないわぁ。知り合いって言えるほどの面識力もないかもしれないわねぇ。直接会ったことあるのは結標さんがバイトしているケーキ屋さんで偶然出会って世間話した時だけだしぃ」
けれど、とA子と名乗る少女が言う。
A子「それは結標さんが記憶喪失していた時の話だから、今の結標さんとはおそらく初対面ってことになるわよねぇ」
上条「…………」
上条はこの言葉で確信した。この謎の少女は全部知っている。
結標が記憶喪失していたということも、その結標が記憶を取り戻して今大変な事態に巻き込まれているということも。
上条「ほんとアンタ何者だよ? もしかして暗部組織の人だったりするのか?」
A子「私はそういうのじゃないわねぇ。わざわざそんなところに堕ちてあげる必要性が感じられないわけだしぃ」
上条「じゃあ何で結標の記憶のことを知ってんだよ。結標のことなんてそんな世間に出回っている情報じゃねえだろ?」
少女は人差し指を唇に当てながら、
A子「アナタが納得するような答えを私は持っているんだけどぉ、言ったところでアナタには覚えてもらえないわけだしねぇ。あー、でも納得したという事実力は残るはずだから別にそれでいいのかしらぁ?」
上条「? 何言ってんだ?」
困惑の表情を浮かべる上条を無視して少女は、
A子「実は私、超能力者(レベル5)第五位の心理掌握(メンタルアウト)こと食蜂操祈ちゃんなんだゾ☆ 私の収集力にかかればその程度の情報なんて簡単に集まっちゃうってコト♪」
ピースみたいな形にした右手を目の横に持ってきて、左手を軽く腰に当て、ウインクのように片目を閉じる。
そんなポーズをする少女の瞳の中には、十字形の星模様のようなものが浮かんでいた。
―――
――
―
佐久「――山手の部隊と連絡が付かないというのは本当か?」
第一〇学区の隠れ家の一室にいる『ブロック』のリーダー佐久が下部組織の男に問いかける。
下部組織の男の一人は恐る恐るな感じで、
ブロック下部「は、はい、ここ一時間程。最初は作戦行動中で連絡が付かないと思っていたのですが」
手塩「たしかに、それは妙だな」
壁を背に腕を組んでいる手塩が怪訝な表情をする。
手塩「いくらヤツが、作戦行動中であっても、定時報告を怠るなど、あるはずがない」
「ましてやこちらからの連絡に返事を返さないのはおかしい」と手塩がさらに付け加えた。
佐久「もしかしたら殺られちまったのかもしれねえな」
佐久はあっさりと言い放った。
山手という男はブロックの幹部の一人で、これまでの活動を支えてくれた優秀な男だ。
その男が死んだかもしれないという予想を立てた佐久の表情は、特に変わったところはなかった。
佐久「あいつの仕事は情報封鎖の残り物を処理することだ。今まで情報開示していたヤツがそれを予測して返り討ちにした可能性が高い」
手塩「……たしかに、そうだな。櫻井通信機器開発所の火災のことが、ニュースに上がっている。おそらくこれは、座標移動が関係していることだろう」
山手は既にメディア関係の施設への手回しは終えたと言っていた。
手回しというのは研究施設を狙う謎の襲撃犯に関する報道の規制。
だが、現実ではその関係するニュースが流れている。
手塩「最初は襲撃犯に、直接関係していないと、判断されてしまったと、思っていた。そこで、山手が倒されたという、前提で考えると……」
佐久「そうだ。情報封鎖が解かれている可能性が高い。つまりその封鎖を解いたヤツに殺されたってことになるな」
幹部とその部隊を失う。
その痛手を考慮して手塩が確認する。
手塩「作戦は、どうするつもりだ? 最悪な、パターンを考えたら、こちらの情報が、山手から抜かれている、可能性もあるわ」
山手はブロックの幹部だ。
拷問。自白剤。精神系能力者によるチカラ。
あらゆる手を使って山手から情報が奪われていた場合、それすなわちブロックの全てが奪われたに等しい。
ブロックの行動方針が把握されていては、これからの作戦に支障をきたす。
質問に対して佐久は笑みを浮かべ、
佐久「決まってんだろ。続行する」
手塩「正気か?」
いつも冷静な手塩の表情が少し動いた。
それだけの決断をリーダーの佐久がしたということだろう。
佐久「たしかに俺たちの作戦が筒抜けかもしれねえのは痛手だ。だが、そいつらのターゲットもおそらく座標移動。それならばヤツらは俺たちの邪魔をすることができないということになる」
手塩「それはあくまで、作戦開始までのことだろう。実際に、ヤツが現れたら、混戦になる」
佐久「だろうな」
手塩「だったら、なぜ、続行する?」
佐久「勝てる算段があるからだ」
そう一言で返したあと佐久は笑みを崩さないまま、
佐久「決行場所の都合上能力者が殴り込みに来る可能性は低い。スクールとかアイテムとかのクソッタレどもはそれだけで戦力は半減以下だ」
佐久「それに比べてうちの戦力は圧倒的だ。残りのヤツらなんて容易に制圧できるくらいにな」
佐久「混戦? そんなことにすらならねえよ。制圧して座標移動を捕らえて逃げ切りゃそれで俺たちの勝ちだ」
説明を聞いた手塩はため息を一つつき、そのまま黙り込んだ。
反対意見がないことを確認した佐久は携帯端末を起動し、通話を繋げる。
佐久「鉄網か? 俺だ。作戦は予定通り決行する。そちらも準備を進めておけ」
―――
――
―
第七学区にあるアミューズメント施設。
ボウリング場やゲームセンター、ちょっとしたスポーツを楽しめる設備の整った施設だ。
現在は春休みのため学生の客で施設内は賑わっていた。
その中にあるカラオケボックスの大部屋。そこには『グループ』の面々がいた。
この一室はグループが隠れ家として使っているものだ。
部屋にたどり着くためにはトリックアートのような技術で綿密に隠された通路を複数通らなければならない。
そのため、人の出入りが多いカラオケボックスという場所でも隠れ家という役割を果たしていた。
各々好きな場所に座って顔を見合わせているところから、何か打ち合わせのようなことをしていることがわかる。
そんな中、見た目一二歳のパンク系少女黒夜が話を切り出す。
黒夜「――つかさぁ、本当に大丈夫なのかよ? アンタら二人がオフェンスでさ」
テーブルに広げられたフライドポテトを一本手に取り、それを男二人のいる方向へ向ける。
二人のうち海原のほうが冷静な口調で、
海原「自分は問題ないと思いますがね。あの場所は貴女たちがまともに戦えない環境でありますから、必然的に自分と土御門さんが適任となるでしょう」
黒夜「チッ、せっかくの楽しい楽しいお祭り騒ぎだってのに、やることが会場の警備だなんて面白くねェ」
番外個体「まあいいじゃん。クロにゃんは今回の情報を引っ張ってきた、っていう十分な仕事を果たしてくれたんだから。あとはゆっくりしとけばいいよ」
黒夜「アンタからの称賛の言葉なんてもらっても嬉しくないよ。だいたい私と同じ立場なんだからもうちょっとアンタも反論しろよ」
番外個体「ミサカはクロにゃんみたいなバトル脳じゃないからねー。ミサカ的には仕事サボれてラッキーって感じだから」
番外個体がケラケラ笑いながら答える。それを見て黒夜が不満そうに舌打ちした。
会話が収まったことを確認した土御門は、
土御門「というわけで、プランAの説明は以上だ。頭に叩き込んでおけ」
黒夜「へいへい。で、プランAってことはプランBがあるってことだよな? Bのほうはいつ説明してくれんだ?」
番外個体「そりゃあれだよ。例のゲームであの人が勝ったあとじゃない?」
黒夜「あー、そういうことか。ま、それならBのプランは必要ないね」
黒夜が得意げな表情で指についたフライドポテトの塩分を舐める。
黒夜「勝とうが負けようが、どっちにしろそのときあの野郎は、この場に立っていないんだからね」
その発言に対して他三人は特に反応はしない。
部屋の中にはカラオケのディスプレイから流れる宣伝用の映像の音声だけが聞こえる。
そんな耳障りな沈黙を破るように、
ダゴンッ!!
という大きな音を立て入り口のドアが吹き飛んだ。
ドアはそのまま直線上にある壁に叩きつけられ、地面に横たわった。
それを四人は視線だけ向けて確認する。
ガチャリ、ガチャリ。
機械の駆動するような音を立てながら、入り口から一人の少年が入ってきた。
真っ白な髪と皮膚。悪魔のような真紅の瞳。首元には電極付きのチョーカーが巻かれており、右手には機械的な杖を突いている。
学園都市最強の超能力者(レベル5)が口元を大きく引き裂きながら、
一方通行「こンばンはァグループのカスどもォ! 随分と待たせちまったよォですまねェなァ? お詫びってわけじゃねェけどよォ、痛みを感じることなく一瞬で肉塊にしてやっから感謝しろォ!」
―――
――
―
グループの隠れ家である一室の入り口に立った一方通行は部屋を見渡す。
正面右側には一方通行がよく知っている、金髪にサングラスをかけた男、土御門元春。
その隣には見た目爽やかで笑顔の似合う男、海原光貴。
入り口から対角線上の位置にいるのは茶髪の少女。背格好からして自分と同い年くらいか。暗がりにいるためか顔までは確認できない。
彼の目にはその三人が映っていた。
一方通行の中にある疑問が浮かぶ。
一方通行(あン? 三人だァ?)
以前、海原光貴が言っていた説明を思い出す。
スクールやアイテムが四人組の組織であるようにグループも同じ四人組の組織であったはずだ。
一方通行(グループってのは四人組じゃねェのか?)
だが、そんな疑問は一瞬で吹き飛んだ。
なぜか。
一方通行の死角に潜り込み、突き刺すような殺気を放ちながら右方から猛スピードで接近してくる少女に気付いたからだ。
黒夜「いらっしゃい第一位ィ!! そしてこのままサヨナラだァッ!!」
黒夜海鳥が最強の能力者へ突っ込む。彼女の右の掌から見えない何かが噴出される。
ザパン!! という音を上げ掌の先にあったテーブルの板が切断され、上に乗っていた料理の皿や飲み物の入ったグラスが宙に舞った。
『窒素爆槍(ボンバーランス)』。
空気中の窒素を操り、掌から窒素で出来た無色透明の槍を生み出すチカラ。
戦車の装甲を容易に貫通・切断する破壊力を、黒夜は一方通行の華奢な体に突き付ける。
一方通行と窒素の槍が交差する。
ズガン!! という爆音が鳴り、その余波で室内に烈風が巻き起こった。
一方通行と黒夜海鳥の戦いの決着は、その一撃であっさりとついた。
勝者は悠然とその場に立っており、敗者は体ごと吹き飛んで壁に叩きつけれていた。
黒夜「なン……だとォ……?」
壁に叩きつけれ吐血した黒夜は、床へ膝から崩れ落ちて目を大きく見開かせていた。
チカラを振りかざした右腕は皮膚がめくれ上がるように破れ、赤い液体を垂らしながら黒い合金製の骨を覗かせて、あらぬ方向へ折れ曲がっていた。
黒夜「ば、馬鹿な。私には、ヤツのパラメータが……!」
驚愕の表情のまま黒夜は呟く。
その様子を見た一方通行はつまらなそうに首を鳴らし、
一方通行「オマエ、木原のクソ野郎の猿真似をしてやがったな?」
一方通行は見透かしたように問いかける。
一方通行「大方、『木原数多』の思考パターンを取り入れて、俺の『反射』を機械的に破ろうとしたンだろがよォ。オマエはいつの『木原数多』のデータを取り込ンだ?」
黒夜「ッ!?」
黒夜は言葉の意図を理解したのか、顔を強張らせた。
一方通行は気にせず、傷口に塩を塗りたくるように、丁寧に説明を続けてやる。
一方通行「人間っつゥのは時間が経過すればそれだけ変化する生き物だ。肉体的な部分はもちろン、思考パターンもなァ?」
一方通行「それは俺だって当然例外じゃねェ。例えば半年前の俺と今の俺の思考パターンを比べりゃ、大きくズレが生じているだろォよ」
一方通行「木原の技術は俺の思考パターンを完全に把握することによって、初めて『反射』を破ることが出来る」
一方通行「あの男はリアルタイムで俺の思考パターンを分析することでそれを把握しやがる。だからこそ、ヤツには後出しで反射角を調整しても通用しねェ」
言うことを言って一方通行は片膝立ちになっている黒夜の前に立ち、見下ろす。
一方通行「ここまで言えばあとはわかるだろォ? オマエは俺がオートの『反射』をすると思ってチカラを寸前で引き寄せた。だが実際俺が行ったのは手動のベクトル操作」
一方通行「この時点でオマエが持っている『木原数多』の思考データはただの糞だったってことになるわけだ。残念だったなクソガキ」
吐き捨てるように言った一方通行。
それに対して黒夜は犬歯をむき出しにして、憤怒の表情を浮かべながら、無傷の左手をかざした。
黒夜「見下してンじゃねェぞクソ野郎がァ!!」
左掌から窒素の槍が噴出された。ターゲットは一方通行の額。
無色透明の槍が一方通行の頭に突き刺さろうと伸びる。
しかし槍は一方通行の皮膚には届かない。
『反射』。
ゴパァン!! 跳ね返った窒素の槍が黒夜の左腕を吹き飛ばした。
一方通行「無駄だっつってンのがわかンねェのか?」
黒夜「く、そが……」
両腕という武器を失った黒夜は地面に倒れ込んだ。
瞬間、一方通行は頬に痛みが走ったことに気付いた。
痛みのあった部分に手を当てると、生ぬるい血液がベッタリと掌に付着した。
一方通行(……腐っても『木原数多』の技術か。完全に『反射』することが出来なかったっつゥことか)
一方通行は頬の血を適当に拭い、血流のベクトルを操作して出血を無理やり止める。自分の未熟さに舌打ちした。
そんな様子を見て部屋の奥の方に座っていた茶髪の少女が立ち上がり、こちらを向いて馬鹿笑いしながらパチパチと拍手する。
????「いいっひっひっひっひっひひひひぃっ!! あんなに自信満々だったのにクロにゃんダッサぁー!!」
一方通行「あン? 今度はオマエが――ッ!?」
明るみに出た茶髪の少女の顔を見て一方通行は絶句する。
とても見覚えのある顔だった。
同じ家に居候してる同居人であり、守るべき存在である少女『打ち止め(ラストオーダー)』。
もう絶対に誰一人殺さないと一方通行が決心した、『絶対能力進化計画(レベル6シフト)』で一万人以上殺した少女たち『妹達(シスターズ)』。
彼女たちのオリジナルであり、彼女たちの姉である『御坂美琴』。
その全ての少女たちの面影を残した目の前の女。彼女を見ながら一方通行は震える口を動かす。
一方通行「オマエ、妹達(シスターズ)、か?」
番外個体「正解ぃ!! ま、でもミサカは従来の製造ロットとは違う『第三次製造計画(サードシーズン)』の番外個体(ミサカワースト)だから、ちょびっと違うんだけどねー」
『第三次製造計画(サードシーズン)』。聞いたことのない単語だった。
一方通行の知っている『量産型能力者計画(レディオノイズ)』とはまったく別物なのだろう。
自分の知らないところで新たな個体が生み出されていたという事実を知り、一方通行は動揺を隠せなかった。
番外個体「クロにゃんが無様に敗北しちゃったから、お次はミサカの出番ってことなんだけどさぁー」
一方通行「ッ」
番外個体「ええと、なんだっけ? 一万人以上殺しちゃったけどもうこれ以上は絶対に殺さないんだっけ? 『最終信号(ラストオーダー)』を、他の『妹達(シスターズ)』を守るんだっけ?」
ニヤニヤとした表情で番外個体は続ける。
番外個体「だったらさー、ミサカのことも守ってほしいなー? ミサカが生まれた理由は『一方通行(アクセラレータ)の殺害』。あなたを殺さないとミサカは処分されちゃうってことなわけよ」
一方通行は番外個体の言葉を聞いて理解した。
学園都市最強の超能力者(レベル5)を倒すためにはどうすればいいか。
その問いの最適解を目の前に叩きつけられたような気がした。
番外個体「ミサカはね、ミサカネットワークから負の感情を拾い上げやすいように調整されている個体なんだー」
番外個体「その負の感情っていうのもちろん、実験で一〇〇三一回もなぶり殺してくれたあなたに対する恨み、憎しみ、復讐心」
番外個体「感情が表に出にくい他の妹達の代わりに、こうやってそういう負の感情を拾い集めて表現してあげているってこと」
そういうわけだから、と番外個体はポケットから何かを取り出す。
ジャラリと、彼女の手の中には十本近い数の鉄釘が収まっていた。
番外個体「殺された一〇〇三一人の妹達のために死んでよ第一位ッ!! 残りの九九六九人の妹達とミサカのためにもねぇッ!!」
番外個体は叫びながら手の中の鉄釘を一本取り出し、それを一方通行へ向けて構えた。
おそらく超電磁砲(レールガン)のように鉄釘を射出しようとしているのだろう。
体中に白い火花が走る。
番外個体のチカラが今、放たれようとしていた。
だが一方通行は、
一方通行「……たしかに、そうだな」
肯定した。番外個体の言葉に対して。
全身から力が抜かれる。戦意が消える。
番外個体からしたら予想外の発言だったのか、射出されそうだった鉄釘は止まり、眉をしかめさせた。
番外個体「へー。エラくあっさり認めちゃうんだ? もうちょっと抵抗してくると思ったんだけどさー」
一方通行「オマエの言っていることは何一つ間違ってねェよ。俺は確かに一万人以上ぶっ殺した。それに対して罪を咎められるのは当然だし、アイツらに死ねと言われたら死んでやるべきだと俺も思う」
けど、と一方通行は付け加える。
一方通行「俺にはまだ守らねェといけねェヤツがいる。守らねェといけねェ『約束』がある。そのためにも俺は――」
一方通行の頭の中には結標淡希の姿があった。
自分が初めて明確に好意を抱いた女。
こんなクソッタレな男に好意を抱いてくれた女。
彼女は今、学園都市の闇という底なし沼に引きずり込まれてもがいている。
だからこそ、一方通行は、
一方通行「――アイツを救い出すまで死ぬわけにはいかねェンだよ!」
瞬間、一方通行がまとっていた雰囲気が変わる。番外個体の視界に映っていた一方通行の姿が消えた。
番外個体はミサカネットワークの稼働状況をモニターすることで、一方通行の行動を先読みすることができる。
だから、番外個体は一方通行は次にどこへ行き、何をしようとしているかがわかっていた。
しかし、
番外個体(――速過ぎるッ!?)
後ろを振り返ろうとする番外個体の首の後ろ部分に衝撃が走る。
一方通行は番外個体の後ろへと一瞬で移動し、彼女の首へ手刀を打ったのだ。
ガクン、と脳みそを揺らすような一撃に、番外個体は糸が切れた操り人形のようにテーブルの上に崩れ落ちる。
薄れていく意識の中、後方にいる一方通行から声が聞こえた。
一方通行「悪りィな。全てが終わったあとまた殺しに来い。俺は逃げも隠れもしねェからよォ」
それを聞いた番外個体は、声を発することなく口だけの動きで何かを喋った。
なんと言ったのかは一方通行にはわからなかったが、おそらく自分に対する罵詈雑言だろと考えるのをやめて、視線をグループの残り二人へと向ける。
一方通行「さて、次はどっちだ? 海原、オマエか?」
名前を呼ばれた海原と呼ばれる少年はクスリと笑みをこぼし、
海原「ふふっ、残念ながら今の自分は貴方を倒す手段を持ち合わせておりません。なので、ここはやめておきましょう」
ニコニコ笑顔で両手を上げて降参の格好をする海原を見て、一方通行は毒気を抜かれたような表情をした。
そして海原より奥側で大股開いて座っている土御門の目の前にジャンプして立ち塞がる。
足元には壊れたテーブルの破片や食べ物が散乱していたが、一方通行は気にすることなくそれを踏み潰した。
一方通行「土御門ォ、このゲームは俺の勝ちだァ。約束通り吐いてもらうぞォ? 結標に関する情報を、洗いざらい」
その言葉を聞いた土御門は「ふっ」と鼻で笑った。
一方通行はそれを見て苛立ちを見せながら食ってかかる。
一方通行「ハッ、話す気はハナからなかったっつゥことかァ!? イイだろォ!! だったらこれから楽しい拷問の始まりだァ!! 最初は爪を――」
一方通行が言葉を言い切る前に土御門は懐へ手を入れ、何かを取り出した。
それは二〇センチくらいの棒の先に直径一五センチくらいの円状のものが取り付けられた道具だった。
何かの武器かと思い、一方通行は身構えた。
土御門はニヤリと笑い、その道具についたボタンを押す。
ピンポン!!
一方通行「…………は?」
気の抜けるような電子音が道具から鳴った。
まるでクイズ番組か何かで正解した時に鳴るような軽快な音が。
呆気を取られている一方通行を見てケタケタ笑いながら土御門は、
土御門「合格だぜい! アクセラちゃーん!」
土御門が持つ道具の円盤部分。
そこには赤い丸マークが描かれており、チカチカと点滅していた。
―――
――
―
数多「――帰ったぞ」
従犬部隊のオフィスである木原数多の部屋。
リビングの入り口のドアを開けて、数多が帰宅したことを告げる。
円周「おかえりー数多おじちゃん」
応接用に使っているソファに寝転びながら漫画を読んでいる円周が、適当に挨拶をした。
それを見て軽くため息を吐きながら、数多はソファの前の応接テーブルに手に持っていた箱状のものを置いた。
数多「ほらっ、買ってきてやったぞ。ケ○タッキーフライドチキン」
円周「おおっ、このスパイシーな香りは間違いなくケンタ○キーフライドチキン!」
円周はソファから飛び上がるように上体を起こし、食欲をそそる香りを放つ箱を手に取り自分の目の前へと引き寄せる。
スムーズな手付きで開封し、中に入っている脚部分のフライドチキンを手に取り、頬張った。
円周「うん、うん。やっぱりジャンキーって感じがして美味しいね」
数多「そうかよ。そりゃよかったな」
数多が手に持っていた荷物をその辺の床に放り投げて、自分の席である窓際の中央デスクへと座った。
背もたれがきしむくらい背中を預け、両足をデスクの上に投げ出す。疲労が溜まっているのだろうか。
そんな様子を見て、鶏肉を咀嚼しながら円周は、
円周「お仕事はちゃんと終わったのー?」
数多「まあな」
円周「一体どんな仕事だったの? 開発の仕事とか言っていたけど」
数多「あぁ? あー、あれだ。こういう機械を作りたいんだけどどうすればいいですか、みたいな質問に答えるだけの面倒な仕事だったわ」
「結局この俺が直々に設計図書いてやったんだがな」と数多は面倒臭そうに補足した。
時計の針は午後七時頃を指していることから、それなりに難航したのだとわかる。
円周「ふーん、ちなみにどんな機械を作ったのー?」
数多「あん? そりゃ言えねえなぁ」
円周「何で?」
数多「一応、客先との話だからな。機密事項ってヤツがあるわけだから、喋ることができねえわけだ」
社会人として情報漏えい対策のルールをしっかり守る社長を見て、円周は不満げな表情をした。
円周「えー、それって社員の人にも話ちゃいけないことなのー?」
数多「いや、お前社員じゃないだろ」
円周が「えっ」と目を丸くする。
数多「お前はこのオフィスに勝手に居候してるガキだろうが。社員名簿にお前の名前はねーよ」
円周「スターランドパークのお化け屋敷とかいろいろ仕事手伝ってあげたのにー?」
数多「それに対する賃金を俺はやってねえだろ?」
円周「そういえば何ももらってなかったねー」
納得したのか円周は視線をフライドチキンの入った箱に移して、手羽部分を取り出して頬張った。
すると、円周は手羽を咥えたまま「ん?」と疑問符を浮かべる。
数多「どうかしたか?」
円周「いや、よくよく考えたらお仕事手伝ってあげているのに、給料が一銭も出てこないのはおかしくない? 労基に駆け込んだほうがいい?」
数多「何言ってんだお前。ここの衣食住の金は誰が出してやっていると思ってんだ?」
そういえばそうだね、と円周は再び手に持つ手羽に興味を戻す。
美味しいねー、とニコニコ笑う円周を見るところから、完全にさっきまでの会話の内容への興味が失せたみたいだった。
数多「あー、俺もメシ食って風呂入って寝るか」
そう言って数多は携帯端末を開いて、某フードデリバリーサービスのサイトを見ながら今日の夕食を吟味する。
そんな数多をよそ目に円周は箱から胸部分を取り出し、それを見つめながら唐突に話し始める。
円周「そういえば今日は、よく家の周りで虫が跳んでいるみたいだけど、駆除しといたほうがいい?」
数多「あー、まあ別にいいだろ放っておけ」
円周「なんでー?」
数多「朝蜘蛛とか夜蜘蛛っていう話あるだろ? 今は夜だから害虫さんは放っておけばいいだろっつー話だ」
その話を聞いて円周は首を傾げながら、
円周「ふーん、数多おじちゃんが迷信めいたものを言うなんて珍しいねー。でもその理論なら夜だから殺さなきゃだよ」
数多「あ? そうだっけか?」
円周「それに蜘蛛はどっちかと言ったら益虫だから、害虫でもないよねー」
数多「あー……」
数多は携帯端末を操作しながらしばらく黙り込んだ。
その様子を円周は胸肉をムシャムシャとかじりながら直視する。
そして数多はふと何かを思いついたかのように、
数多「まあ益虫の対義語が害虫だから、害虫の場合は逆に夜は生かすっつーことで」
円周「なんか適当だなー」
そう言うと円周は食べ殻だけになった箱を持って、それを捨てるためにキッチンへと歩いていった。
―――
――
―
土御門「にゃっははー、まさかアクセラちゃんが、こんなに早くオレたちを見つけ出すとは正直思わなかったぜい!」
一方通行「…………」
グループの面々と一方通行は、先ほどまでいたカラオケボックスの隠れ家から、近くにあるホテルの中の一室へと場所を移していた。
ツインルームだからベッドが二つ並列しており、椅子やソファなども置いてある広々とした部屋だ。
もちろん、この部屋もグループのたくさんある隠れ家の中の一つだった。
部屋を移った理由は、一方通行と黒夜の交戦により結構な騒ぎが起こってしまったからだ。
いくら無関係の一般人が見つけづらい位置に隠れ部屋が存在しているとはいえ、派手な音や振動などがしたら隠し通すのは難しい。
他の人間に存在を悟られたくない暗部組織としては当然の判断だった。
番外個体がベッドに腰掛けながら首元を抑えてゴキリと音を鳴らす。
番外個体「あちゃー、第一位に首元殴られたせいかセレクターが壊れちゃってるじゃん。せっかく自爆して嫌がらせしてやろうと思ったのになー」
そんなことをしながらニヤついた顔で犯人の方へとチラチラと視線を送っていたが、面倒臭いのか一方通行は無視を決め込んだ。
黒夜「その装置がなんなのかは知らないけどさ、両腕を吹っ飛ばされた私よりはマシだと思うけどね。チッ、予備の義手使い切っちまったからまた技術部に作らせねーとなぁ」
黒夜はボロボロにされ、使い物にならなくなった両腕の義手を新しい義手へと取り替え、動作確認のためか手をグーパーしたり、肩をグルグル回したりしていた。
そんなことをしながら犯人の方を獣のような目で睨みつけていたが、やはりこれも面倒臭いのか一方通行は無視を決め込む。
海原「しかし、よくこんな短時間で自分たちを見つけられましたね。一体どういう方法を使ったのですか?」
机に備え付けられた椅子に座りながら海原が興味深そうに質問した。
一方通行は頭をぐしゃっと掻きながら、
一方通行「あーアレだ。録音していた土御門との電話の背景音を解析することでカラオケボックスだと断定して、あとは第七学区中の店舗を回ってっつゥ感じだな」
「まさか一店舗目で見つけられるとは思わなかったがな」と一方通行は自分の運の良さを無意識にアピールする。
海原「なるほど。背景音の解析とはアンチスキルのよく使う技術ですね。アンチスキルにコネでもあったのでしょうか?」
一方通行「イイや。そンなモンは使ってねェ。音声のベクトルを読み取って数値化して分析した。コイツを使ってな」
一方通行は首元の電極を指でコンコンと突く。
土御門「さすが万能ベクトル操作能力だにゃー。相変わらずのチート能力で安心するぜよ」
一方通行「そンなチカラがあったところで、一人の女も守れねェよォじゃただのクソだよ」
海原「しかし、いくらその電話の音声の中にカラオケボックスの情報が入っていたとはいえ、実際にその場にいるとは限らないとは思わなかったのですか?」
「たまたま移動中にカラオケボックスの背景音が入っているかもとは思わなかったのですか」と海原が問いかける。
一方通行「ああ、その電話で土御門が言ってたンだよ。『これからすぐに打ち合わせ』ってな」
海原「なるほど。それですぐそこに隠れ家がある。つまり、カラオケボックスに隠れ家があると断定したのですね」
海原が納得したように微笑む。
一方通行「そっからは簡単だったぜェ? 受付の店員に『グループ』『土御門』『海原』っつゥ単語を言ってやったらよォ、その店員は馬鹿正直に瞳孔を不自然に動かしやがったンだ」
一方通行「おかげでこの建物ン中のどこかにいるってわかったからな。あとはオマエらの臭せェニオイを嗅いで場所を特定するだけでゲームセットだァ」
嘲笑うように一方通行は語る。
それを見ながら土御門がニヤニヤして言う。
土御門「いやー、ほんとお見事お見事! オレの出してやったヒントを全部拾ってくれてるなんて、嬉しすぎてオレっち泣いちゃいそう」
一方通行「……こンな隙を見せるなンざらしくねェと思ってはいたが、やっぱり俺を呼び寄せるためのエサだったか」
土御門「そうそう。真面目にやったらお前なんかがオレたちを見つけられるわけないからにゃー」
一方通行「うっとォしい野郎だ」
舌打ちをしながら一方通行は続ける。
一方通行「まァイイ。とにかくこのゲームは俺の勝ちだ。教えろ土御門。アイツは今どこにいる? 俺はどォすりゃあの女を救える?」
土御門「まあまあ落ち着け。情報はきっちり教えてやる。だが、そのためにはいくつかの条件を飲んでもらおう」
一方通行「条件だァ?」
いつもと違う暗部の口調に戻った土御門の言葉を聞き、一方通行はピクリと眉を動かした。
一方通行「オマエゲームに勝ったら情報を欲しいだけくれてやるって言っただろォがァ! ナニ勝手に条件とか後付してやがンだァ!」
土御門「オレは嘘つきなんでな。まあ、安心しろ。きちんと条件を飲めば欲しいものは全てくれてやる。これは紛れもない事実だ」
一方通行「……オマエ、何か勘違いしてねェか? 俺は情報を寄越せと言ってンだよ。素直に寄越すならソレで終わりだ。だがよォ、そンな簡単なこともせずにグダグダ言って渡さねェっつゥならよォ」
一方通行は口の端を歪めながら、
一方通行「ここで今すぐオマエの手足もぎ取って、ナニも出来ねェダルマにしてやってもイイってことをよォ、わかって言ってンだよなァオマエはよォ!」
一方通行が電極のスイッチに手を伸ばす。
全てを制圧する圧倒的なチカラを開放するスイッチへ。
だが一方通行の手が電極へ届く前にピタリとその動きを止めた。
いや、正確に言うなら止められたと言う方がいいか。
指がスイッチへ届くより先に、土御門の持つ拳銃の銃口が一方通行の眉間に狙いを定めて向けられていた。
彼だけではない。
椅子に座った海原も同じように拳銃を一方通行へ向けている。
ベッドであぐらをかいている番外個体は、体から電気を発しながら手に持つ鉄釘を向けている。
一方通行の背後に立っている黒夜は、掌から放つ窒素の槍を一方通行へ向けている。
少しでもその指を電極へ近づけたら撃つ。そんな殺意に一瞬で囲まれたから一方通行は動きを止めたのだ。
一方通行「……わかったよ。さっさと言いやがれ。その条件とやらを」
舌打ちをして指を電極から離す。
同時にグループの面々も構えていた武器を引っ込めた。
土御門「賢明な判断だ。仮にお前がここでチカラを使いオレたちを制圧したところで、お前程度がやる拷問じゃ誰一人情報は吐かなかっただろう」
土御門の言いたいことを理解した一方通行は「そォかよ」と吐き捨てた。
一方通行が大人しく話を聞いてくれるようになったことを確認し、土御門は喋り始める。
土御門「まずは一つ目の条件だ。オレたちは結標淡希の身柄を押さえるためにこれから動く。その作戦行動にお前も協力してもらう」
一方通行「あン? この俺にグループのお仲間になれってか?」
土御門「そうは言っていない。あくまで協力関係という形だ。その方がお前にとっても都合がいいだろ?」
そう言ったあと土御門は視線を一方通行からグループの問題児二人へと向ける。
土御門「ところでお前ら。ちゃんとわかっているんだろうな?」
土御門のリーダーとしての問いかけに、
番外個体「はーい、わかってまーす」
番外個体は憎たらしい笑顔で軽く返事をし、
黒夜「チッ、ヘイヘイ。わかってるっつーの」
黒夜は手を広げ、投げやり気味に返事をした。
その様子を頬杖をつきながら眺めている一方通行を見て、海原が微笑みながら、
海原「実は、貴方が我々を見つけ出すというゲームをしている間に、並行して彼女たちもちょっとしたゲームをしていたんですよ」
一方通行「ゲームだァ?」
海原「はい。もし一方通行が自分たちグループの目の前に現れたとき、一度だけ一方通行を本気で殺しに行ってもよい。ただし、それを失敗した場合はその後一切一方通行へは手を出さない。そういうゲームです」
それを聞いて一方通行は納得した。
あのカラオケボックスにたどり着いたとき、なぜ黒夜海鳥と番外個体は自分へ攻撃を仕掛けてきて、土御門元春と海原光貴が攻撃を仕掛けてこなかったのかという疑問に対して。
だが、それと同時に新しい疑問が生まれる。
一方通行「番外個体(ミサカワースト)っつったか。アイツは俺を殺すために作られたと言っていた。そンなヤツにたった一回のチャンスだけ与えてあとは飼い殺しだなンて、一体ナニがしたいンだオマエら?」
敵意を剥き出しの眼光を放つ一方通行。
海原は何かに気付いた。
海原「おや、もしかして彼女の出生に我々グループが関わっていると勘違いしていませんか?」
一方通行「違うのか?」
一方通行が怪訝な表情を浮かべる。
海原「彼女はまったく別の機関で生まれた方です。おそらく生み出された目的は『一方通行が学園都市上層部に対して反旗を翻した時のカウンター』と言ったところでしょうか」
一方通行「そォいうことか。俺がいつまで経っても反逆しねェから出番が一向に来ない。このままじゃせっかく作ったのに腐らせちまう、つゥことで席の空いているグループへ派遣した、って感じかァ?」
海原「理解が早くて助かります」
海原が爽やかに微笑む。称賛された一方通行の方は鬱陶しげに目を逸らさせた。
一方通行からしたら、製造ロットや生まれた意味が他とは違う番外個体だって守るべき妹達の一人であることは変わりない。
そんな彼女が一方通行を殺しに来ようが、グループという掃き溜めのような組織に送り込まれようが、どちらにしろ不本意な結果な為、彼がこうなるのも仕方がないことだ。
笑顔だった海原が真剣な表情に戻り、話を続ける。
海原「しかし、それはあくまで過去の話です。現在貴方は結標淡希を追っている。上層部がこの行動を反逆の意思だと受け取れば、必然的に彼女へ殺害命令が下ることでしょう」
海原「彼女は今グループの指揮下に入ってはいますが、もちろん優先度はそちらのほうが上です。だから、そういったことになる覚悟はしておいたほうがいいですよ?」
「自分としてはその展開は勘弁願いたいものですがね」と海原は呟くように言った。
二人の話が終わったことに気付いた番外個体が一方通行へ向かって、
番外個体「そーいうわけだから、今だけは見逃してあげるよ第一位。上から殺害命令が下りるのをせいぜい楽しみに待っててね☆」
あざ笑うかのように言った。
死刑執行日が決まるのを待つ死刑囚のようなこの状況。しかし、一方通行はこの状況に安堵を覚えていた。
今の一方通行は結標淡希の問題で手一杯な為、ここでさらに番外個体の問題を上乗せされた場合、全てを処理しきれる能力を彼は持ち合わせていない。
束の間の猶予だろうが彼にとってそれは大きなものだった。
一方通行「……それで」
一方通行はカラオケボックスで襲いかかってきたもう一人の少女に目を向ける。
一方通行「こっちのチビも似たよォな感じか?」
黒夜「あ?」
侮蔑が混じった言葉を聞いた一二歳くらいの少女黒夜は声を低くさせた。
そんな彼女を気に留めることなく海原が答える。
海原「そうですね。彼女は貴方がよく知る『暗闇の五月計画』の生き残りで、暗部の中の組織を転々として最終的にグループへ行き着いた、って感じですかね?」
黒夜「チッ、言い方は気に入らないが間違ってはいないね」
一方通行「なるほど。やっぱりそォだったか」
『暗闇の五月計画』。最強の演算能力を持つ一方通行の演算パターンを参考に、彼の精神性・演算方法の一部を他の能力者へ植え付け、その能力者のチカラを向上させようする計画。
置き去り(チャイルドエラー)がその被検体として使われているという、暗部では有名な実験の一つだ。
被検体の一人が暴れて、研究者を皆殺しにした為、計画は凍結された。一方通行が知っているのはこの程度の知識だった。
黒夜「ふん、私をただの流れ者だと思うなよ? 私には現在の暗部組織が何らかの要因で一つ残さず解体されたときに、暗部組織を復興し、それの指導者として悪の頂点に立つ役割を与えられた――」
黒夜が意気揚々と喋っているのを見て一方通行は、
一方通行「よォするに補欠ってことか」
馬鹿にしたように一言で片付けた。
それを聞いて黒夜が額に青筋を立てる。
黒夜「あァ!? 私が補欠だとォ!? ふざけンなッ!! この私の役割が補欠なンてそンなクソみてェな――」
口調を荒げながら食ってかかる黒夜。
しかし彼女の後ろから「補欠だよにゃー」「補欠ですね」「補欠だねー」というヒソヒソ話が聞こえてきて動きが止まった。
黒夜「……オマエら、いつか絶対ェ皆殺しにしてやる……!」
プルプルと体を震わせながら黒夜は忌々しげにつぶやいた。
黒夜がおとなしくなったことを確認した土御門は話を戻す。
土御門「次に二つ目の条件だ。とその前にお前に一つ聞きたいことがある」
一方通行の方を見て続ける。
土御門「お前には結標を追い始めてから様々な障害が立ちふさがったと思う。その中でお前は人を殺したか?」
一方通行「……さァな」
一方通行は適当に返した。誤魔化すように。
たしかに一方通行はこの一日だけでも多くの敵にチカラを振りかざした。
結標を捜していたスキルアウトたち、それをけしかけた研究員、地下研究施設を防衛していた駆動鎧。
一方通行がその者たちへ直接手を下したときは、殺さない程度に痛みつけるだけで終わっていた。
口ではいろいろ言ってはいたが、無意識のうちに人を殺すということに対し、理性がセーブをかけていたのだろう。
しかし、彼は地下研究施設での出来事で我を忘れて、施設まるごと崩壊させるほどのチカラを振りかざすということがあった。
施設には機能停止した人入りの駆動鎧が放置されていたし、逃げ遅れた人だっていたかもしれない。
そんな場所を崩壊させてしまったのだから、一方通行は人を殺していないなどとは口が裂けても言えなかった。
一方通行の曇らせた表情を見て土御門はサングラスを軽く上げて、
土御門「まあいい。それで二つ目の条件だが、これから結標を助ける道中に現れる敵、ソイツらを一人たりとも殺すな」
一方通行「ハァ? 相手は暗部のクソッタレどもだろォが。別にぶっ殺したって問題ねェクズどもじゃねェのかよ?」
土御門「ソイツらを殺すのは同じクソッタレであるオレたちの役目だ。お前の出る幕はない」
一方通行「オマエらごときで他の暗部にいる超能力者(レベル5)を殺れンのかよ?」
土御門「…………」
アイテムにいる第四位の麦野沈利。スクールにいる第二位の垣根帝督。
他の組織にもレベル5ではないにしろ、それと同等の戦力を持っていることだろう。
そんな状況で第一位である自分が戦力外扱いにされていることが、一方通行は気に入らなかった。
黒夜「ケッ、たかだかレベル5ごとき余裕だっつーの。私がこの手で全員の首飛ばしてやるよ」
番外個体「まーたクロにゃんのビッグマウスが始まっちゃったよ。クロにゃんって調子に乗って真っ先に命落とすタイプだよねー」
海原「ふふっ、まったくその通りですね」
沈黙する土御門の代わりに返答したのは黒夜だった。追う形で他二人から茶々が入る。
おちょくられてギャーギャー騒ぐ黒夜。嘲るように爆笑する番外個体。それをニコニコと見守る海原。
そんな様子を見て一方通行は、
一方通行「……大丈夫かよ、この暗部組織」
まるで小学校の教室だな、と率直に思った。
呆れ顔でそれを眺める一方通行を見て土御門が軽い感じで、
土御門「なあに、なんとかなるさ。オレたちの目的はあくまで結標だ。他の組織を壊滅させることじゃない」
一方通行「楽観的だねェ。ま、オマエらが死ンだら死ンだであとは好き放題やらせてもらうだけだからァ、それはそれで好都合っつゥわけだ」
土御門「その場合はお前もくたばってるだろうけどにゃー」
そう言われて一方通行はうっとおしそうに舌打ちした。
一方通行「次の条件は何だ? さっさと言え。もしかしてもォ終わりか?」
土御門「悪い悪い。それじゃあ次の条件だ。これは結標の情報をお前にやるタイミングの話だ」
一方通行「タイミングだァ? 条件飲ンだらすぐにくれるわけじゃねェのかよ」
土御門「ああ。情報を話すのはオレたちが結標を確保する作戦を実行する三〇分前だ」
三つ目の条件を聞いて一方通行はニヤリと笑う。
一方通行「なるほどねェ。俺が先走ることに対しての対策っつゥことか。周到なこった」
土御門「よくわかっているじゃないか。では最後の条件も似たようなものだからついでに言っておこう」
土御門は口角を釣り上げて白い歯を見せながら、不気味な笑顔を作る。
その顔を見て一方通行は背筋がゾクッとなるような寒気を感じた。
土御門「お前はこれから作戦開始三〇分前まで、オレたちにその電極を預けておいてもらおうか」
命の綱を握られる悪魔のような条件が、学園都市最強の能力者へと突きつけられた。
―――
――
―
第三学区にある暗部組織『アイテム』の隠れ家。
屋内レジャーだけ集めたいわゆる上層階級と呼ばれる人だけが利用できる、高層ビルの一角にある施設。
その中にあるVIP用の個室サロン。個室といいながら3LDKを超える広さを持つ空間。
リビング部分にアイテムの少女四人と下っ端浜面仕上がソファや椅子に座って会話していた。
いや、一人だけ座っていない少女がいる。滝壺理后。
ピンク色のジャージを着た少女がソファの一角に、毛布を被って横たわっていた。
風邪を引いているみたいに息を荒げながら顔を赤らめている。
そんな少女を横目にリーダー麦野が一言。
麦野「――私たちアイテムは今回の仕事降りまーす」
麦野の発言に他のメンバーが「えっ?」と声を揃える。
その中の一人絹旗最愛が立ち上がって中央のテーブルを叩き、前かがみになりながら、
絹旗「な、なんでですか!? そんな急にっ!?」
それに続いてフレンダも不安げな声のトーンで、
フレンダ「も、もしかして私たちじゃ手に余る案件ってこと?」
困惑してる二人を見ながら麦野は冷静な口調で説明する。
麦野「別にそういうわけじゃないわ。次、本格的に攻め込めばたぶん捕れる。けどそのためには滝壺のチカラが必須なわけ」
麦野「こんな状態の滝壺を、これ以上消耗させてまで座標移動を捕まえたところで割りに合わない。だから降りるの、わかる?」
説明を終えるとしばらく無言の時間が続いた。
サロンに流れている癒やし系のBGMだけが部屋中に流れる。
そこで真っ先に麦野に反論したのはソファに寝込んでいる滝壺理后だった。
滝壺「……む、ぎの。私なら、大丈夫、だから……、追おう、座標移動を」
浜面「お、おい! 無理すんなよ滝壺!」
滝壺は体をふらつかせながらゆっくりと上体を起こしていく。
一瞬、体がぐらついたのを見て浜面が彼女の体を支えた。
その様子を見て麦野は舌打ちをして、
麦野「うっせーな、降りるっつったら降りるのよ。病人は引っ込んでな」
絹旗「で、でも麦野。いちおうあの電話の女からの指令だから、勝手に降りたりしたら超不味いのではないでしょうか?」
絹旗の言う通り暗部の仕事というのはシビアだ。たった一回の失敗で多大なリスクを負う可能性だってある。
失敗したから消す。そんなことが日常茶飯事行われているのが学園都市の暗部だ。
麦野「うーん、まあたしかに多少のペナルティーはあるだろうけど、たぶん大丈夫だと思うわ」
麦野は軽い感じに答えた。その軽さに戸惑いながらフレンダは問う。
フレンダ「な、何でそんなことがわかるのさ?」
麦野「今回の仕事はアイテム以外の組織にも通達されているからよ」
フレンダ「他の組織って……『スクール』とか『グループ』とか?」
麦野「そうよ」
何か確信を得いているような口ぶりで麦野は続ける。
麦野「座標移動と接触したときヤツは、私のことを『追い回しているヤツらのうち一人』って感じに言ってきたわ。つまり、ヤツを追っている組織が他にもいるってこと」
麦野「私たちと同じ指令を受けているということは同ランクの暗部組織。つまり、他の四つのどれか、または全部」
麦野の言う四つとは、『グループ』『スクール』『メンバー』『ブロック』のことを言っているのだろう。
それは他のアイテムメンバーでもわかっていることだが、そのうちフレンダが首を傾げながら、
フレンダ「他の組織にも同じ指令が行っているかもしれないってことはわかったけど、それがなんで指令を降りても大丈夫ってコトになるの?」
「同ランクの組織が並んでいるのなら、むしろ出し抜いて勝ち取らなきゃいけないんじゃ」とフレンダは付け加える。
麦野「たしかにそれが一番だろうけどね。でもおそらくこの指令、それぞれの組織で依頼主は違うところになっているだろうけど、たぶん辿っていけば大本は全部一緒のところよ」
絹旗「要するにどこの組織が座標移動を捕らえても、彼女の行き着く先は超同じというわけでしょうか?」
麦野「そーいうことよ。だから失敗したからってどこかの組織が捕らえりゃ問題なし。ま、手柄がなくてマージンが取れない電話の女にはネチネチ文句は言われるでしょうけどね」
麦野の話を聞いてメンバーたちは各々納得する様子を見せていた。
しかし滝壺だけは違った。焦点が合っているのかよくわからない目でゆっくりと反論する。
滝壺「……でも、むぎの? その話は、あくまであなたの想像、だよね? 実際はどうなのかなんて、わからない」
麦野「ええ、そうね」
浜面「認めちゃったよ!」
浜面の言う通り麦野はあっさりと認めた。
しかし、麦野は表情を崩すことなく反論に対して反論する。
麦野「私たちが学園都市になくてはならない組織とかいう妄言を言うつもりはさらさらないけど、この程度のことで潰されるような安い存在じゃないことはわかるわ」
「もしそうならとっくの昔に潰されているはずだからね」と麦野は補足する。
滝壺「でもむぎの、もし、もしだけど、今回がそのもしかしてだったら……?」
滝壺の問に対して麦野は「ふふっ」と小さく笑ってから、
麦野「もし上層部が私たちを消そうってなったら逆にそれは面白いんじゃない? 今まで散々こき使ってくれやがったクソ野郎どもをこの手でぶち殺せるんだからねえ」
ブチブチと引き裂くような笑顔で麦野は答えた。
その姿を見て一同はゾッとする。あまりの圧力に体が硬直した。
特に返事のないことを確認し、麦野はいつもの感じに戻り二回手拍子をする。
その音を聞いて他のメンバーはハッとして、麦野の方へ目を向けた。
麦野「私の見通しだと今夜中に座標移動はどこかしらの組織に捕まると思う。おそらく明日の朝一くらいに指令取り下げの連絡が来るんじゃないかな」
麦野「ま、仮に明日の朝それが来てなかった再び私たちで追うとしましょ? それまでしっかり準備をして体を休めておくこと」
というわけで一旦解散! という麦野の一声でアイテムはそれぞれ別行動を始めた。
絹旗はお腹が空いたということでルームサービスで適当な料理を頼む。
浜面は滝壺をゆっくり寝かせるために部屋へ連れて行く。
麦野は暇潰しにテレビを付けてチャンネルを回して番組を吟味していた。
そしてフレンダは、
フレンダ「――私、ちょっと疲れたから少し仮眠を取るって訳よ」
麦野「ほーい、おやすみー」
麦野がテレビから特に視線を移すことなく手をひらひらさせたのを見てから、フレンダは空いている部屋へと移動した。
部屋に備え付けてある高級個室サロンの名に恥じぬふかふかベッドに、倒れ込むように顔からダイブする。
低反発枕に顔を埋めながら、
フレンダ(……ホントなにやってんだろ、私)
頭の中を巡るのはやはり二時間前くらいの光景。僅かなタイミングのズレによって起こった任務の失敗。
フレンダは別に今までヘマをしていなかったわけではない。
そのたびに怒られたり呆れられたりして、それはそれでショックを受けたりはした。
だからこそ、憐れんだのか気まぐれだったのかはわからないが、麦野が珍しく見せた優しさが逆に彼女の胸を強烈に締め付けたのだろう。
こんなことならいつも通り言い上げられた方がマシだったかもしれない、とフレンダは思う。
仕事を降りるか降りないか、そんな選択肢が生まれた原因が結果的に見れば彼女のミスなのだからなおさらだ。
フレンダ(絹旗のヤツ、すごいな……)
今回の件では同じような境遇の絹旗という少女のことを思う。
実際彼女が、今回の件のことをについてどう思っているのかなんて、フレンダにはわからない。
だが、絹旗は責任感の強い少女だ。何も考えてはいないということは無いだろう。
そんな絹旗がいつも通りの振る舞いを見せているのは、素直に彼女自身の強さの表れだろうとフレンダは推測する。
自分より年下で小さい女の子と比べて自分は一体何なんだ。自己嫌悪の激流がフレンダの中を渦巻いた。
フレンダ(……やっぱ……わた……あん……て……かな……)
いくら負の思考が頭を巡っていても今の彼女は疲労した状態でふかふかベッドの上。
次第に自分が何を考えているのかわからなくなり、夢の世界へと誘われていく。
ただ、眠りに付く前にフレンダは明確一つだけ思った。
『目が覚めたら今日のことが夢だったらよかったのに』。
砂糖菓子より甘くて儚い願いを抱え、フレンダの意識は消えていった。
―――
――
―
暗部組織『スクール』のアジト。そこには構成員の四人が揃っていた。
四人と言っても一人は非正規の雇われのスナイパーなのだが。
砂皿緻密。本来は外で活動している男だが、現在は暗部間の抗争で失った前任の少女の代わりの補充要員として『スクール』に雇われている。
装備の整備をしながら砂皿は他の三人の会話を聞いていた。
誉望「――あっ、来ました。『メンバー』からの情報っス」
誉望がテーブルの上に置いているノートパソコンを、頭につけたゴーグル経由で操作して画面に情報を表示する。
そこに書かれているのは日時と座標。それを見た垣根がピンときたのかニヤリと笑う。
垣根「なるほど。ヤツの目的はそういうことだったのか」
海美「ふーん、随分とお友達想いの人なのね」
同じように理解した海美がネイルをいじりながら感想を述べた。
そんな二人の様子を見て誉望が戸惑いながら、
誉望「な、なんで座標見た瞬間に場所を把握できんスか?」
垣根「学園都市内の座標くらい覚えとけよ。せめてその座標辺りに何があるとかくらいはな」
ウス、と返事をして誉望はノートパソコンで座標の検索を開始する。
一秒もかからないうちに結果が画面に表れた
誉望「……へー、こんなところに座標移動が現れるんスか? なんでまたこんな場所に?」
海美「彼女のプロフィールデータを一通り眺めてみればわかるんじゃないかしら?」
垣根「ま、その肝心のデータが全部吹っ飛んじまったから今さら確認できねえだけどな。どっかの馬鹿のせいでな」
誉望が「うっ」とバツの悪そうな声を漏す。
彼は先ほどハッキングによる電子戦で負けてしまい、情報を根こそぎ奪われる一歩手前まで追い込まれるということがあった。
そのピンチを一歩手前で防いだのは垣根帝督。サーバーごと物理的に木っ端微塵に破壊したため、最悪なケースから免れさせた。
だが、それイコール今までのスクールが収集してきた情報やら何やらを全部デリートしたということになる。
垣根「まあいい。つーことで座標移動は心理定規と誉望、お前ら二人でやれ」
誉望「ええっ、マジっスか? 相手は超能力者(レベル5)っスよ? キツくないスか?」
垣根「お前最初自分のチカラはレベル5級なんだ、ってほざきながら俺にケンカ売っただろうが。それが証明できるまたとないチャンスじゃねえか」
誉望「言われてみればそうっスね」
海美「それに私が付いているのだから平気よ」
海美が不敵な笑みを浮かべる。
垣根「あとは……砂皿、お前は外周で待機して外部からの侵入者を排除しろ。狙撃ポイントは任せる」
砂皿「了解した」
一言だけ返して砂皿は道具の整備に戻った。無愛想な返事だったが垣根は特には気にしてはいない。
彼は与えられた仕事は必ずこなす。今までのスクールの活動から見て、垣根もその点は信用していた。
誉望「ところで垣根さんは一体なにをするつもりなんスか?」
誉望の質問を聞いて垣根は楽しそうに笑いながら、
垣根「決まってんだろ。座標移動を追いかけてくるだろうアイツをここでブッ殺す。そして俺が頂点に立つ」
垣根が天井の証明に手をかざし、その光掴むように掌を握り締める。
彼から発するプレッシャーが強まったのをスクールのメンバーたちは感じた。
垣根「――楽しもうとしようぜ? なぁ、一方通行(アクセラレータ)」
―――
――
―
学園都市にあるどこかのビルの屋上。一人の少女がいた。
赤いセーラー服を着た小柄な体格。茶髪を二つ結びにして肩にかけている。
彼女はショチトル。学園都市の暗部組織『メンバー』の構成員の一人だ。
ショチトルは落下防止の欄干に背中を預けながら携帯端末を耳に当て、通話をしている様子だ。
ショチトル「――では約束通り、こちらは座標移動(ムーブポイント)の方を追わせてもらおう」
そう電話先へ言ったあと、いくつか相槌を打つ。
そして何か謙遜をするように、
ショチトル「あまり期待するな。私一人で出し抜けるほど向こうも甘くはないだろう」
返したあとショチトルはしばらく黙り込んだ。
おそらく電話先の相手が長々と話を続けているのだろう。
しばらくしてから少女の口が開いた。
ショチトル「――ああ、せいぜいそちらも楽しむといい。こちらもじっくりと楽しませてもらうよ」
ニヤリと口角を上げ、ショチトルは通話を切る。
携帯端末を懐にしまったあと、夜のビル群を眺めながら呟く。
ショチトル「あれから半年以上か。長かった。だが、これでようやく終わりに出来る。そうだろ……『エツァリ』?」
―――
――
―
黒子「――ただいま戻りましたの」
ジャッジメント白井黒子は櫻井通信機器開発所の火災現場の救助活動を終え、無事第一七七支部へと帰還した。
少し肩を落としながら入室したところを見るに、相当疲労が溜まっているのだろう。
体中に見える灰が擦れたような汚れや、にわか雨を受けて湿った衣服がそれを助長させているように見える。
そんな彼女へ一番に声をかけたのは、入り口から一番近い席に座っている先輩固法美偉だった。
固法「お疲れー。例の迷子の子は見つかったのかしら?」
黒子「……いえ、残念ながら」
黒子と初春は迷子の捜索という建前で結標を追っている。
これは逃走犯としての結標の捜索が打ち切られたから、上条当麻に迷子の捜索と言う形で依頼してもらうことによって行っている風紀活動だ。
結標淡希が迷子として扱えるかどうかは怪しいが、初春の起点と詭弁でとりあえず許されている状況だった。
しかし、
固法「うーん、ここまで捜しても見つからないってことは、こちらの手に負えない状況かもしれないわね」
黒子「えっ」
固法「アンチスキルへ引き継いだほういいかもしれないわ」
迷子。そう言うと童謡にも使われている平和そうな単語に聞こえる。
だが、言い方を変えれば行方不明者。捜索の時間が長引けば長引くほど深刻な事態へとつながっていく。
黒子「た、たしかにそうかもしれませんわね。あはは」
引きつった笑顔で愛想笑いをしながら初春のいる席へと向かう。
このあまりよろしくない状況を伝えるためだ。
黒子「初春!」
初春「ほえ?」
一個三〇〇円弱しそうなプリンの容器を片手に、プラスチックの使い捨てスプーンを咥えている初春がのんきそうに返事をした。
机の隅にコンビニ弁当の空殻が置いてあるところを見るに、食後のデザートなのだろう。
いろいろ言いたいことはあったが黒子はぐっと飲み込んで、
黒子「固法先輩がこの件をアンチスキルへ引き継ぐと言っていますわ。そろそろ限界かもしれませんわね」
初春「あー、たしかに時間が時間ですからねー。うーん、困ったなー」
黒子「そんなセリフはその手に持ったデザートを机に置いてから言いなさいな」
初春「ちぇー、別にプリンを持っていようがいまいが作業スピードは変わらないのにー」
初春は唇を尖らせながらしぶしぶ手に持った容器とスプーンを置いた。
黒子「ところで進捗はどうなんですの? あれから一切連絡を寄越していないところから察しはしていますが」
初春「お察しのとおりですよー。結標さんどころか上条さんも監視カメラに引っかかってません」
黒子「類人猿もですの?」
初春「はい。電話の方も相変わらず繋がりませんね」
黒子は眉をひそめた。
結標淡希は裏の住人のため監視カメラを避けて移動する技術を持っている。
そのためいくら監視カメラの映像を検索したところで一つもヒットしない、などということが起きてもおかしくはない。
だがもう一人の上条当麻は違う。
彼は少し特殊なチカラを持ってはいるが、その点を除けば至って普通の男子高校生だ。
そんな彼が監視カメラに映らず街を動き回る技術など持っているはずがない。
電話もつながらないという事実から黒子は嫌な考えを巡らせる。
黒子「やはり、あの類人猿の身に何かあって、動くこともままならないということ……?」
監視カメラに映り込まないということは動けない状況。
それに加えて電話にも出ないとなると言葉には出したくはないが、
初春「やっぱり死んじゃった、ってことですかね?」
黒子「あっさりそういうことを口に出すんじゃありませんの」
たしかに口に出しても出さなくても状況は変わらないが。
ここで黒子の脳裏によぎったのは尊敬する御坂美琴お姉様の姿だった。
認めたくはないが、彼女は上条当麻を意中の相手として見ている。
そんな少年が確定しているわけではないがそういう状況になっていると知ったら、全てを投げ売ってでも彼を捜しに行くだろう。
それすなわち美琴が暗部に首を突っ込むどころか宣戦布告してもおかしくないということ。
黒子(ど、どうしますの白井黒子。このことをお姉様に伝えるべきか伝えないべきか……)
心臓がバクバクと鳴る。全身に嫌な汗がにじみ出る。
拳銃を持った男六人に囲まれたときと比べ物にもならない緊張が彼女の中で走った。
そのとき、
ピピピッ! ピピピッ!
初春の使っているたくさんのディスプレイの中のうち一つから電子音が鳴った。
何だと思い黒子はそのディスプレイへと目を向ける。
そこに映っていたのは街中を謎の黒髪少女と一緒に歩いている上条当麻の姿だった。
この映像は同日同時まさしく今撮られたもの。
初春「あっ、上条さんだ」
黒子「…………」
このあと黒子は初春から少年の電話番号を聞き出し、鬼のように電話をコールさせた。
―――
――
―
とある高級ホテル(美琴いわく普通のホテル)の七階にある一室。
そのバルコニーにある椅子へ座りながら御坂美琴が携帯電話の画面を眺めていた。
体が火照っていて髪の毛が微妙に湿っており、寝間着を着ていることから入浴後だということがわかる。
美琴(……大丈夫かしら、アイツ)
携帯電話の画面には『一方通行』の文字。
裏の世界へと姿を消した結標淡希を追っていった少年。
美琴の今の役割は彼から預かった打ち止めという少女の面倒を見ること。
美琴(初春さんがあれだけ頑張ってやっと手がかりを掴めたものを、アイツ一人でどうにかしようなんて……)
正直無理だろうと美琴は思った。
一方通行のベクトル操作はたしかに優秀な能力だ。
しかし、それはあくまでベクトルを介する事象にだけ通用する。情報収集などというベクトルが一切関わらないものには役に立たない。
今彼はろくな手がかりをも掴めずにもがき苦しんでいるのではないか。
どうしようもない状況で途方に暮れているのではないか。
だから美琴は少年に電話をかけようと考えた。どういう状況なのかを確認するために。
しかし、美琴は通話ボタンを押せない。
美琴(もし、もしこの電話をかけて、さっき思ったような状況になっていたら……?)
ゴクリとつばを飲む。
美琴(私は一体なんて声をかけてやればいいの? 頑張れ? 負けるな?)
そんな安っぽい言葉をかけて何になるんだ、と美琴は顔を曇らせる。
美琴(今さらだけど手伝ってあげようか、とか?)
いや、それこそない、と美琴は即座に否定した。
そもそも彼はなぜ一人で行ったのか。
それは他の人を巻き込むわけにはいかないと考えての行動だろう。
この事情を美琴と黒子に話した時、他の連中へ話すなと念を押していたことからわかる。
しかし、美琴はある考えが浮かぶ。
要するに彼は一人で全てを抱え込んでいる状況に陥っているのだ。
忌まわしいあの最悪の実験を止めるために奔走していたときの自分を、美琴は思い出していた。
あのとき、とある少年が声をかけてくれなかったら、今の自分はいなかっただろう。
そう考えたとき、美琴の指は自然と動いた。
美琴(余計なことするなって煙たがられるかもしれない。けど、もし私があの馬鹿と同じことができるかもしれないなら)
携帯電話を耳に当てる。すると、ある電子音声が流れてきた。
『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません』。
一方通行の携帯端末に電話を繋げることが出来ないことを表すアナウンスだった。
美琴「……ま、そうよね」
美琴は疲れたように呟いた。
そもそも彼は今何をしているのかはわからないのだ。
暗部組織の連中と壮絶な戦いを繰り広げているのかもしれないし、どこかの研究施設やアジトに潜入しているのかもしれない。
だから、携帯の電源を用心のため切っていても何もおかしくはない。
美琴「はぁ、もういいや。明日の朝くらいにでももう一回連絡入れてみるか」
諦めた感じにため息をついて、美琴は携帯電話から目を離す。
ガチャリ、と部屋からバルコニーに出るドアが開く音がした。
打ち止め「何やってるのお姉様? お風呂上がりにそんなところにいると風邪引いちゃうよ? ってミサカはミサカは予想外の夜風の冷たさに驚きつつ心配してみたり」
パジャマを着た打ち止めが、アホ毛を揺らしながらドア越しにこちらを覗いていた。
美琴「あ、うん、ちょっと涼んでただけ。すぐ戻るわ」
返事をして椅子から立ち上がる。
バルコニーを少しだけ見渡してから部屋の中へと戻っていった。
美琴(……そういえばあの馬鹿はどうしているんだろうか)
美琴はふと思い出した。結標淡希を追っているもう一人の少年上条当麻のことを。
彼にはジャッジメント二人が後ろに付いている。おそらく無茶なことはしないだろう。
美琴「…………」
いや、無茶なことをするだろうな、と美琴は心の中でため息をついた。
彼が誰かを救うためなら、危険とかそういうのを顧みず突っ走ってしまう人間だということは、美琴自身がよくわかっている。
言っても聞かない上条当麻に頭を悩ませている少女二人が容易に想像できた。
だが、そんな上条のことを美琴は心配などしてはいなかった。
違う。心配していないと言ったら嘘になるか。心配してもしょうがない、そう思っていた。
どうせすぐに全部終わらせて、何食わぬ顔でまた自分の前に現れる。
そんな確信めいたものを美琴は感じていた。
と心の中ではそう思っている美琴だったが、どうやら体は正直らしい。
携帯電話の発信履歴にずらりと並んだ『上条当麻』の文字を見て、美琴は苦笑いした。
―――
――
―
A子「――あらぁー、まさか同じホテルになっちゃってたなんてぇ、よほどの運命力が働いたとしか思えないわよねぇー」
上条「何言ってんだお前?」
上条当麻は第一〇学区で出会ったA子と名乗る黒髪の少女と一緒に、とあるホテルの一室に来ていた。
女の子と一緒にホテルなんていかがわしさマックスの文面だが、今のところそういった行為が行われたような跡はない。
それは上条の体の至るところに新しい包帯が巻かれていたり、絆創膏貼られていたりしていて、手当を受けたばかりだということがわかるからだ。
ルームサービスで頼んだバジルとトマトのスパゲティを食べながら、少女は問いかける。
A子「ところで怪我の方は大丈夫なのかしらぁ? 手当てっぽいことはしてみたのだけど、ちゃんと出来ているかよくわからないのよねぇ」
同じくルームサービスで頼んだ牛丼を食べている上条が、視線を手足の包帯や絆創膏へ目を向けて答える。
上条「ああ。まあ痛くないって言ったら嘘になるけど多分大丈夫だろ」
A子「個人的にはさっさと病院行けって言いたいところだけどぉ、そんなところに行ったら即入院確定だからあえて言わないわね」
彼女が言ったように上条の怪我の手当てをしたのは目の前にいる少女本人だ。
昼頃に、ジャッジメントの少女による手際の良い応急処置を見たせいもあるだろうが、上条には包帯グルグル絆創膏ベタベタな処置が不器用なように見えた。
見た目が悪くても患部をきちんと処置はされていたので、彼自身は特には気にしてはいなかったが。
上条「それで結標を助けるって言ってたけど何をするつもりなんだ? もしかしてこのホテルのどこかに結標がいるとかなのか?」
A子「いいえ、違うわぁ。たぶん結標さんは今頃別のホテルか、昔使ってた隠れ家とかに身を潜めているんじゃないかしらぁ?」
上条「じゃあ何で俺たちはこんなところにいるんだよ」
A子「それはここでゆっくり休んでアナタに体力を回復してもらうためよぉ」
へっ? と上条は素っ頓狂な声が出た。
そんな様子をニヤニヤしながら少女は続ける。
A子「だってぇ、見るからにアナタの身体ってボロボロで瀕死に近い状態じゃない? そんな状態で結標さんをどうにかしようなんて、いや、そもそも結標さんがいるところにたどり着けないかもしれないわよねぇ」
上条「……たしかにそうだな。正直、走るどころか歩くのもしんどい」
A子「それはそうよぉ。だってその左足の火傷、そんなの負ってたら普通歩けないと思うんですケドぉ。一応、火傷の塗り薬っぽいのぺたぺた塗ったけどそんなので痛みが治まるとは思わないしぃ」
上条「ははっ、これ以上言わないでくれ。意識したらめっちゃ痛く感じてきた……」
この傷は先ほど櫻井通信機器開発所での一戦で負った傷だった。
超能力者(レベル5)第四位を名乗るビームをバカスカ撃ってくる女。
それだけならまだよかったのだが、素のパワーや体術も上条より圧倒的に上を行く化け物。
何度も何度も死を予感した戦いだった。生き残れたのは正直奇跡だと思う。
つかほんとよく五体満足で勝てたな、と上条は力なく笑った。
上条「俺が身体を休めて体力を回復しないといけないことはわかったけど、そのあとはどうするんだ?」
A子「そうねぇ、結標さんが現れそうな場所に行って会う。それだけよぉ」
上条「どこなんだよそれ」
A子「ヒ・ミ・ツ☆ 行ってからのお楽しみってことで♪」
小悪魔的な感じに笑っている少女を見て、上条は嫌な予感しかしなかった。
食べ終えた牛丼のドンブリの乗ったプレートを適当にテーブルの上に置いて、ふと思い立って携帯電話を開く。
上条「げっ、知らないうちに着信履歴がすごいことになってる……」
履歴は五〇件以上。一覧を見る限り御坂美琴と初春飾利と知らない番号。
面子的におそらく知らない番号の持ち主は白井黒子のことだろう。大体の割合は美琴五割・黒子三割・初春二割。
なぜだかマナーモードになっていた携帯電話のせいで今まで気付かなかった。
その画面を横から見た少女が手を口に当てながら、
A子「あらぁ、もしかして彼女さん? いや、番号が三通りあるってことは……三股ゲス野郎?」
上条「ち、違げえよ! ただの友達と結標捜しを一緒に手伝ってくれてるジャッジメントの二人だ! たぶん、俺が勝手に突っ走って音沙汰なしだったから電話してきてたんだ!」
「まあ御坂はなんで電話掛けてきてんのか検討もつかねえけど」と上条は付け加えた。
さてどうしたのものかと上条は考え込む。
今の時間は午後九時になりそうな時間帯だ。彼女たちが既に眠りについているとは思わないが、こんな時間に電話をするのはなんか気が引ける。
携帯電話のディスプレイを凝視しながら難しい顔をしている上条を見て少女は、
A子「――えいっ☆」
パシッ。上条当麻の携帯電話を取り上げた。
突然の行動に上条は立ち上がり少女を睨みつける。
上条「なっ、なにしやがるっ!?」
ドンッ!
上条の体に衝撃が走った。少女に体を押されたのだ。
不意のことだったのでバランスを崩し、上条は背中からベッドへ倒れ込んだ。
A子「アナタの考えていることは手に取るようにわかるわぁ。だからこそ、この携帯電話を渡すわけにはいかないってコト」
上条「なにわけのわからねえこと言ってんだ! かえ――」
上条が起き上がる前に少女が覆いかぶさるように馬乗りになった。
何が起こっているのかわからず、上条の頭の中が真っ白になる。
そんな上条を少女は星型の瞳で上からじっと見つめながら、
A子「下手に誰かと連絡を取られてこの場所を特定されても困るのよねぇ。だから、折返しの電話をするなら全部終わってからにしてくれるかしらぁ?」
上条「え、え、え、えーと」
A子「そういうわけで、今から上条さんはお休みの時間でーす! 時間になったら起こしてあげるからゆっくり寝ちゃっていいわよぉ?」
上条「は、はあ!? まだ九時だろ、そんな早くから寝られるわけねえだろ!」
A子「大丈夫よぉ、だって――」
彼女が何かを言い終える前に上条の頭の中で何かの音が鳴った。
ピッ、という電子音のようなものが。
上条(……えっ、な、なんか急に眠気が……)
上条の意識が朦朧としている中、部屋の入口の方から声が聞こえてきた。
さっきまで喋っていた少女とは全く違った声色だが、全く同じような喋り方の声が。
??「私の催眠力を使えばぁ、例えば虫歯で歯が痛くてまったく寝られないような人でもぉ、リラクゼーションサロンで心身を癒やされたときみたいな、快適な睡眠をお届けすることができるんだゾ☆」
上条当麻は薄れゆく意識のまま声のした方向へ目を向ける。
そこには蜂蜜色をした長い髪の毛の少女が立っていた。テレビのリモコンのようなものをこちらへ向けて。
ただそれだけを認識して上条は、力尽きたように沈んでいった。
―――
――
―
アイテムの隠れ家である個室ラウンジにあるシャワー室。
麦野はそこで一人シャワーを浴びていた。
少し熱めのお湯を浴びながら麦野はある記憶を思い起こす。
櫻井通信機器開発所で自分に立ちふさがった上条とかいう少年のことを。
ドゴッ!!
壁に向かって拳を突き立てた。
外観は特に変化はなかったが、壁の中からミシミシというひび割れるような音が鳴る。
拳を紅く染めながら麦野は怒りで震えた声を漏らす。
麦野「……糞がッ」
勝てる戦いだった。負けるはずのない戦いだった。
相手はただの喧嘩っ早いだけのガキ。パンチの打ち方も知らないような、人の殺し方も知らないような小僧。
実力の差はプロボクサーとそこらにいる不良学生くらいはあった。
だが、麦野は敗北した。
屈辱だった。何より負けたことより、こうやって敗北したのに生かされているということに。
プライドの高い麦野にとってそれは、陵辱されて女の尊厳を奪われること以上に屈辱的だった。
彼女は敗北した理由を自分なりに分析する。
原子崩し(メルトダウナー)という超能力(レベル5)を打ち消せる謎の右手。
麦野の必殺のチカラもその右手に遮られることで全て無に帰する。
全てを貫通し焼き尽くす粒機波形高速砲も、どんな物質も通さず崩壊させる電子線の楯も。
しかし、麦野にとってそれは驚異にはなりえなかったはずだった。
麦野沈利は卓越した身体能力を持っている。
蹴り一発で数メートル飛ばせる怪力。暗部で培った戦闘技術。急所を狙うことをいとわない精神力。
並大抵の格闘家程度なら能力など使わなくても容易にねじ伏せることができる。
普通に殴り合えば麦野が負ける要素は皆無だったということになる。
そう、『普通』に殴り合えば。
麦野は上条との戦いで原子崩しというイレギュラーを介入させてしまった。
純粋な肉弾戦から能力という不純物が混じった戦いへ。
そこに付け入る隙を与えてしまったということだ。
結果的に見れば麦野沈利は『油断』していたということになるのだろう。
自分の超能力(レベル5)を見せびらかすように、使わなくもいいチカラを使ってしまったということなのだから。
麦野「――糞がァ!!」
その事実に気づいた麦野は歯ぎしりさせながら頭を掻きむしる。
シャワーを止めたあと、個室のドアを蹴り開けた。
鍵が掛かっていた上、想定されていない衝撃が走ったためか。ドアはハンマーで殴られたように砕け飛んだ。
畳まれておいてあったタオルを一枚引っ張るように取り、それで濡れた頭を乱雑に拭く。
そんな中、置いてあった麦野の手荷物から電子音が鳴った。
ピピピッ! ピピピッ!
麦野の携帯端末の着信音だった。
甲高い音にイラつかせながら麦野は端末を濡れた手のまま取り、画面を見る。
麦野「……チッ」
『非通知』。
その三文字だけで誰からの電話か麦野は瞬時に理解した。だから舌打ちをした。
通話ボタンを押して、携帯端末を耳に当てる。
????『おつかれー! ちょっと電話いいー? まあ良くなくても続けるけどー』
麦野「だったら聞いてくんじゃねえっつーの」
女の声だった。電話の主は麦野たちが電話の女と呼称する『アイテム』の指令役の女。
飄々とした喋り方だが、彼女が暗部組織を操っている者だという事実に変わりはない。
電話の女『座標移動(ムーブポイント)捕獲任務の進捗はどうなってる?』
麦野「……残念ながら進捗なしよ」
麦野はあえてそう言った。
実際は滝壺にAIM拡散力場を記録させたため、いつでも追うことはできるというところまで進んでいる。
だが、彼女は既にこの任務を降りるつもりでいるため、余計なことを喋らなかった。
そう言われて電話の女は『ふふっ』と笑い、
電話の女『そうだよねー。まあでも、せっかくのチャンスを無様に逃して涙目敗走してるなんて、現状維持どころか後退しているって言っても文句言えないけどねー』
麦野「チッ、知ってんなら聞いてくるなよ」
電話の女『こっちからしたら、あんたら四人揃ってて何で失敗してんのよーって感じなんだけど。一体誰がしくじったのかなー? 絹旗? フレンダ? まさか滝壺? ……もしかしてあんたぁ?』
麦野「…………」
言われて麦野は黙り込む。
反論したい意思はあるが彼女の言っていることは全部事実だ。
思いの丈をぶつけたところで、それは感情に流されたガキが喚くのと一緒になってしまう。
電話の女『滝壺は既にヤツのAIM拡散力場を記録してるんでしょ? だったら何で隠れ家でのんびり遊んでるのかなー?』
要するに彼女が言いたいのは『滝壺を使って早く捕獲任務を再開しろ』。
電話の女がこちらに連絡を寄越した理由。ただそれを伝えるためだけのことなのだろう。
麦野「滝壺は今ひどく消耗してる。このまま使い続けて完全に潰れたら、これからのアイテムの活動に支障が出るわ。そんなことをしてまで続行するのは割に合わねえだろうが」
我ながら似合わないセリフを吐いたなと麦野は心の中で思った。
しかし、そんなセリフを言ったところで無駄だと彼女は理解している。
滝壺理后はたしかに優秀だ人材だ。けれど、上層部からしたらあくまで彼女は能力者を追跡できる道具としか見ていない。
ということは、滝壺が使い物にならなくなったところで、すぐに代わりの道具を用意して補充してくるということ。
使い捨ての消耗品としか彼女を見ていない。
だから、次に電話の女が吐く言葉は『滝壺を潰してでも座標移動を捕獲しろ』。
言葉の細かい差異はあろうが同じ意味のセリフを淡々と告げるだろう。
だが、
電話の女『うーん、たしかにそれは一理あるわねー』
麦野「……は?」
電話の女は同意した。麦野の甘ったれた言い訳に。
予想外のことに麦野は目を丸くさせた。
電話の女『もともとあんたらの業務は『不穏分子の抹消』。だからこんな毛色の違う仕事持ってこられても私たち困っちゃうー! ってことよねー』
麦野「あぁ? そうは言ってねえだろうが! 勝手なこと抜かしてんじゃねえぞ!」
電話の女『素直に認めちゃいなよー? 私たちには到底無理な仕事でした、許してくださいってね?』
麦野「誰がッ……」
歯噛みしている麦野の姿を勝手に想像しているのか、電話の向こうにいる女はしばらく馬鹿笑いした。
ひとしきり笑ったあと、女はいつもどおりの口調で、
電話の女『ま、そういうことで今回の仕事はキャンセルってことで。代わりに別の仕事用意してあげといたからー』
麦野「別の仕事だと?」
電話の女『そ。あんたらお得意のくそったれ共を皆殺しにする簡単なお仕事でーす』
―――
――
―
とあるホテルの一人部屋。そこには一方通行と土御門元春がいた。
ベッドに腰掛けている一方通行が目の前に立っている土御門へと喋りかける。
一方通行「土御門。作戦時間っつゥのは何時なンだよ? 俺は一体何時間眠らされるンだ?」
土御門「悪いがそれも答えられないな」
一方通行「たかだか時間を聞いただけで動けるわけねェっつゥのによォ。随分と秘密主義に徹してンじゃねェか」
土御門「この世界では、必要のない情報を無駄に漏らすことは命取りになるってことは常識だぞ? どんな情報が敵にとって有益なものなのかがわからないんだからな」
そォかよ、と一方通行は適当に相槌を打った。
土御門「さて。では電極をもらおうか、とその前にもう一度だけ確認しておこう」
一方通行「あァ?」
土御門「本当にオレたちのことを信用するんだな? その電極をオレたちが預かってもいいんだな?」
その言葉に一方通行は不気味な笑みを浮かべながら答える。
一方通行「信用だァ? ンなモンしてるわけねェだろォが。電極を奪われたあとは、無防備な俺へ向かって鉛玉がブチ込まれンだろォな、って思ってるよ」
土御門「ほぉ、やはり情報提供を受けるのをやめる、と?」
一方通行「そォじゃねェよ」
一方通行は即座に切り捨てた。
一方通行「このまま情報を受けずにアイツを失うのと、電極を奪われたあとオマエらにブッ殺されるのと、俺からしたら同等にクソッタレな結果ってだけだ。だからオマエらの条件に甘ンじてやってるに過ぎねェよ」
一方通行の言葉に土御門は「ふふっ」と笑いをこぼした。
土御門「お前らしい答えだな。ツンデレのアクセラちゃん?」
一方通行「俺はそンなのじゃねェっつってンだろォが! 殺すぞ!」
怒号する一方通行。
そんな彼を土御門は笑って流しながら、
土御門「ま、電極がないときの安全くらいは保証してやる。海原」
呼ばれた海原が部屋の入り口から入ってくる。いつもどおりの爽やかなニコニコ笑顔で。
もしかして呼ばれるまでずっと待っていたのか、と一方通行は呆れる。
土御門「これから時間までオレと海原が交代でお前の護衛についてやる。どこかのクソ野郎に命を取られる心配はしなくてもいいし、あとは――」
言いかけた土御門はふと窓の外のバルコニーへと目を向ける。
土御門「無防備なお前へちょっかいかけようと、外で待機している馬鹿二人からマヌケないたずらをされる心配もしなくてもいいだろう」
そう言うと突然バルコニーへの入り口のドアが開いた。
外から二人の少女が入ってくる。
スーパーデラックスマジックペン(定価二四五円)や猫耳などのコスプレグッズ、一眼レフカメラやレフ板を持った、番外個体と黒夜海鳥が。
番外個体「ありゃりゃー、バレちゃってたかー」
黒夜「誰が馬鹿だ。こんなヤツと一緒にするんじゃねえ」
少女二人の登場に一方通行は特に反応を示さなかった。
土御門と同じように彼も彼女たちの存在に気付いていたからだ。
触れなかったのは単に面倒臭いと思っていたからだろう。
海原「どこからそんなたくさんの物を持ってきたんですか?」
番外個体「こんなこともあろうかと下部組織の連中に買いに行かせてた」
海原「そんなことに人員を割かないください」
番外個体「だってクロにゃんが買いに行ってくれなかったんだもん」
黒夜「誰が行くかッ!」
海原「それはたしかにしょうがないですね。黒夜には困ったものです」
黒夜「殺すぞ海原ァ!」
コントみたいなやり取りをしている三人。
それを見て土御門は頭に手を当てながらため息を付く。
土御門「とりあえず番外個体と黒夜はその玩具を持って部屋に戻って待機しておけ。明日は早いんだからな」
番外・黒夜「「はーい(へいへい)」」
リーダーの言葉に二人はやる気のない返事をしてから部屋を出ていった。
二人がいなくなったことを確認してから土御門は再開する。
土御門「では電極を預かろう」
一方通行「壊すンじゃねェぞ?」
土御門「ああ。きちんと使える状態で返してやるさ」
会話を終えると一方通行は首元のチョーカーの金具をいじって取り外した。
そしてこめかみに貼り付いている線に手をかけ、ゆっくりと引き剥がす。
一方通行「――――」
ガクン、と一方通行の体が揺れ、ベッドに倒れ込むように横たわった。
ミサカネットワークからの補助演算デバイスを失い、彼から言語能力・歩行能力・計算能力が奪われたからだ。
土御門は倒れた少年から電極を取り、
土御門「義務を頂いて保管して申す。不明瞭を理解、発言する物体はあなたを全うしNOW」
一方通行「――――」
言語処理の能力のない今の一方通行からしたら、「こいつは責任を持って預からせてもらおう。と言っても、今のお前には何を言っているのかはわからないか」というセリフがこういうふうに聞こえる。
言葉を理解できない一方通行は、面倒なのでこのまま眠りに入ることにした。
土御門との約束が実行されるならば、次に目覚めるときは結標淡希を救い出すとき。
そして、全てを終わらせる。一方通行はそう決心し、深い眠りについた。
―――
――
―
気付いたら天敵に囲まれていた。
散々自分を追い回してきた超能力者(レベル5)第三位、『御坂美琴』。
精神崩壊するくらいにまで自分を追い詰めた風紀委員(ジャッジメント)、『白井黒子』。
そして、自分の希望を打ち砕き、圧倒的なチカラを振りかざした最強の超能力者(レベル5)、『一方通行』。
そんな三人に囲まれていた。
顔がこわばった。
心臓がバクバクと鳴った。
全身に鳥肌が立った。
頭がおかしくなりそうだった。
だから。
逃げた。
全力で。自分の身のことなど二の次に。目の前の恐怖たちから。一刻も早く離れるために。
気付いたら隠れ家として使っているマンションの空き部屋にたどり着いていた。
当たり前だが鍵がかかっていた。しかし手持ちに鍵はない。
緊急時だからと言い聞かせて無理やり開けた。能力を使って。
ドアを開けると、自分にとって信じられない景色が目の中に飛び込んでくる。
部屋の中の家具は埃に塗れていて、長い間人が出入りした形跡がなかった。
なんでこんなにボロボロなんだ、と疑問が浮かぶ。
そこで何となくポケットに入っていた携帯端末取り出す。
自分が持っていたものとは全然違うデザインのものだった。
ボタンを押して画面を開いてみる。画面に表示されている時刻は二二時前。
時計に並ぶように表示されている日付を見て絶句した。自分の目を疑う。
その日付は自分が今日だと認識している日付から半年以上経過していたのだ。
頭の中が混乱する。何度も画面を見る。日付がゲシュタルト崩壊する。
だが、いくら考えても事実は変わらない。
童話の浦島太郎の気持ちが今なら理解できるような気がした。
携帯端末のボタンを押す。パスコードによるロックがかかっていた。
四桁の番号を入力することで開くことが出来るシンプルなもの。
自分がよく使っている数字を。誕生日でも何でも無い四桁の数字を入力してみた。
開いた。
やはり、この見覚えのない携帯端末は自分のものなのだろうか。
そう思って電話帳を開いてみた。その瞬間、この携帯端末が自分のものではないことを確信する。
電話帳は知らない人名で埋め尽くされていたからだ。
それどころか自分のよく知っている仲間たちの名前が一つも載っていなかった。
電話帳を眺めているとある名前を見つける。
『一方通行(アクセラレータ)』。
心臓が止まるかと思った。
自分の前に立ちふさがった男。自分の身体の芯まで恐怖を植え付けた男。圧倒的なチカラで自分をねじ伏せた男。
つい数時間前の記憶だ。鮮明に覚えている。
あのときの記憶を思い出すだけでも、全身から嫌な汗がにじみ出た。携帯端末を持つ手が震える。
これは一体どういう状況なんだ?
そう思って手持ちの物を確認する。
財布があった。中を見ると現金やポイントカードの他にある物を見つける。
学生証。いわゆる学園都市のID。
自分の顔写真が載っているがその自分は全然知らない学校の制服を着ていた。
そのIDを読むと今自分は――高等学校の一年七組に所属しているらしい。
霧ヶ丘女学院の二年生だったはずなのに何で一年生になっているんだ、と疑問に思ったがそれよりも気になる記述があった。
能力名『座標移動(ムーブポイント)』。強度『超能力者(レベル5)』。
超能力者(レベル5)? 自分が? 何で? 次々と疑問符が湧いてくる。
たしかに一時期、次期レベル5だとか言われて持て囃されていた時期があった。
その時は自分もそうなんだろう、そうなるのだろうといい気になっていたと思う。
そんな話はある日を堺に聞かなくなった。それは二年前。
自分自身の身体を密室へ転移させるというカリキュラムを行ったときからだ。
結果から言うなら、それは失敗した。演算ミスをして自分の足を床に突っ込んでしまうという大事故を起こして。
その事故がトラウマとなり、自分自身の転移を躊躇うようになり、自由に行えなくなった。
だから座標移動(ムーブポイント)はこう評価される。出力だけは超能力(レベル5)級の大能力者(レベル4)として。
そこであることを思い出した。つい先程のことだ。
当時は無我夢中になっていたから気が付かなかったが。
三人の恐怖から逃げるとき、たしかに自分は使っていた。
トラウマによってろくに使えなかった自分自身の転移を。それも連続で。
そんなことを行えば身体に大きな負担がかかり、胃の中にあるものを全て吐き出すなんてことがあってもおかしくなかったはずだ。
あまりの恐怖にそれさえ気付かなかったのか、と適当に推測した。
確認しなければ、と決意する。
試しに自分自身の転移を行ってみようと思った。
部屋の中から外のベランダまで。距離にして五メートルくらいか。
自分の知っている座標移動なら、この程度の距離でも転移しただけで胃液がこみ上げてくる感覚を覚えるだろう。
ゴクリとつばを飲み込み、身構えて、頭の中で公式を組み立てる。
そして。
跳ぶ。
一瞬で、自分の体は外のベランダへと立っていた。
襲ってくるはずの吐き気に備え、身体が強ばる。
――――しかし、その吐き気は一向に姿を見せなかった。
おかしいと思い、今度はベランダから部屋の中へ、さっき自分がいた位置へと転移する。
問題なく転移が完了し、部屋の中へと跳んだ。やはり何も起こらない。
トラウマはある。あのときの記憶がなくなったわけじゃない。
そのときの光景や痛み、恐怖心は今でも覚えている。脳裏にこびり付くように。片時も忘れたことはない。
なら、なぜ自分自身の転移が容易に行えるようになっているのか。
わからない。
けど、一つだけ言えることがある。
自分はトラウマを乗り越えていた。自分の知らないうちに。
そこで思い出すのが、先程見た超能力者(レベル5)という知らないうちにもらった称号。
おそらく自分の知らないうちに自分はトラウマを克服して、それを勝ち取ったのだろう。
知らないうち。つまり、それは九月一四日から現在に至るまでの空白の期間。
ここで気付く。
『私は記憶喪失になっている』と。
なぜ自分が記憶喪失になっているのか。さらなる疑問が溢れ出てくる。
そんなことはいくら考えても答えが出るわけじゃない。だから、今することはそんなことを考えることじゃない。
とにかく、今自分は何をするべきなのかを考えるべきだ。
考える。それは真っ先に思いついた。
それはやるべきことなどという使命めいたものではなく、やりたいことという願望。
――今まで一緒にやってきた『仲間』たちに会いたい。
彼ら彼女たちが今どこで何をしているのか。
全く検討は付かない。けど、この隠れ家がまったく使われていないところからして、以前のような活動はしていないのだと推測できる。
どうやって探す。手がかりのまったくない状況で。
ふと思い出す。自分が超能力者(レベル5)ということを。
レベル5というものはただチカラが強ければなれるものではない。現に出力だけは強大だった座標移動はレベル4止まりだったのだから。
そのチカラに研究価値があるかどうか。それもレベル5として必要な条件の一つだ。
上層部が座標移動に研究価値が見出した。だからレベル5になれた。そう考える。
研究価値を見出したということは、今もなお自分のデータを収集して分析をしている機関が存在しているはずだ。
そういうところは能力についてだけではなく、その使用者のパーソナルデータも用意周到に集めている。
つまり、『仲間』たちの消息というパーソナルデータを持っている研究機関がどこかにあるかもしれない。
思いつくのは、過去自分を研究していた研究施設の数々。
全部で八九箇所。当時の名前や場所、全て明確に覚えていた。
二年以上前の情報なので、今となっては閉鎖されていたりと状況が変わっているかもしれない。
しかし、施設が潰れたからと言って研究しようとする意思まで潰れるわけではない。
施設が新設されたり、潰れようのない大きな施設へ吸収合併されたり。
必ず、どこかにその意思は生きているはずだ。
その研究機関たちはレベル5になった自分のことを、今もなお研究し続けているだろう。
この記憶を使ってヤツらを追えば、もしかしたら仲間たちの情報を見つけ出すことができるかもしれない。
確証はない。けど、やってみる価値はある。
おそらく、これを実行することによっていろいろなものを敵に回すことになる。
警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)といった治安組織。そして学園都市上層部が抱えている暗部組織という闇。
生半可なチカラではあっさりと捻り潰されてしまうだろう。
しかし、
『――私だって座標移動(ムーブポイント)だ。やってやれないことはないわ』。
部屋に置いてある棚の引き出しを開く。そこには金属矢が大量に収められていた。
普段はかさばるからと持ち運ばずに、現地にある物を武器として使用していたため、使わずじまいになっていた物。
しかし、今はそんなこだわりを持つべきではない。これから自分にどんな困難が立ちふさがるのかわからないのだから。
それを大雑把につかみ取り、服のポケットに入れる。ふと、棚の上に写真立てが倒れていることに気付く。
手に取り見てみると、そこには自分と仲間である少年少女たちが写った写真が入っていた。
自分から見れば最後に会ったのは数時間前とかそんなものだ。しかし、それを見るとなぜだか懐かしさのようなものを感じた。
さて、まずはどこへ向かおうか。部屋の玄関に向かいながら考える。
ここから近くに大きめの研究施設が建っていたはずだ。携帯端末の地図アプリを起動する。
もう覚悟は決めた。玄関のドアを開ける。
これは結標淡希の二四時間前の記憶。
このあと彼女は様々な困難を乗り越えて、『仲間』たちの情報を手に入れることができた。
『仲間』たちの居場所。『仲間』たちの状況。そして、『仲間』たちを救い出す方法。
そして、六時間後。
学園都市のとある場所で。あらゆる者の思惑が交錯する場所で。
極めて短くて、限りなく長い『一五分間』という時が流れる。
――――――
S8.AM04:00
明け方の学園都市。まだ日の光が欠片も見えない夜と変わらない空。
第一〇学区の街中を歩く一人の少女がいた。
時間が時間のため遅くまで夜遊びをしたあとの帰り道のように見える。
しかし、その少女の姿はとてもそんなことをするようには見えなかった。
長い茶髪のストレートヘアだが一束だけゴムで束ねて横に垂らしている。
大きな眼鏡を掛けていて、着ている制服はスカートの長さが膝下までで、服装検査を受けても百人が百人合格と言うくらいきっちり着こなしていた。
一言で言うなら地味だけど真面目そうな少女。とても夜遊びなどするようには見えない。
そんな少女はまっすぐ目を据えたまま淡々と歩道を歩いていく。
ある地点にたどり着くと方向転換し、ある建物のある方へと目を向ける。
それは大きな壁に囲まれている建物だった。一五メートルくらいの高さがあるため中の様子を伺うことが出来ない。
だが、少女はまるで何かが見えているのかのように、目を逸らさずそれを見つめていた。
少女は呟くように、
??「…………、始まるんですね……」
突然、少女の体にノイズのようなものが走る。
まるで電波状況の悪いテレビに映った登場人物のような。
彼女の輪郭が歪み、波打ち、変色し。
最終的には少女の姿は無になり、そこには誰もいなくなった。
―――
――
―
結標淡希はビルの屋上に立ち、ある建物を眺めていた。
それは第一〇学区にある学園都市唯一の少年院。
結標「あそこに……みんなが……」
結標淡希のかつての仲間たちの居場所。この少年院の遥か地下にある反逆者用の独房の中。
『残骸(レムナント)』を強奪するという学園都市に対する謀反の罪により、無期限で監禁されている。
それが九月中旬の出来事だから、あれから半年以上の時間が経っていた。
つまり、彼女の仲間たちはそれだけの長い時間あの中で過ごしたことになる。
だからこそ早く助けねば、と結標は建物の様子をうかがう。
周りは一五メートルの壁に囲まれており、その上から覆いかぶさるようにたくさんのワイヤーのようなものが張り巡らされている。
結標はあれが何かを知っていた。
結標「……『AIMジャマー』、か」
『AIMジャマー』。
そのワイヤーから特殊な電磁波のようなものを流すことで、能力者のAIM拡散力場を乱反射させて、自分で自分の能力に干渉させるように仕向ける装置。
能力者は能力の照準を狂わせられ、下手に使うと自滅しかねない危険な状態に陥ってしまう。
例えば彼女があの場で能力を使った場合、物がどこに飛んでいくかわからないし、何が飛んでいくのかもわからなくなる。
つまり、実質能力者はチカラを封じられるに等しい状況となるということだ。
少年院の建物から距離的には二〇〇メートルくらいはあるビルの上、そんな位置でもその影響が出ている感覚があった。
能力が使えなくなるというほどではないが、ずっとその場にいたらどうにかなってしまいそうな違和感が。
そんな感覚を味わいながら結標は携帯端末を開き、時間を見る。
『03:59』。
結標はその時刻をずっと見つめる。
まるで何かが来るのを待つように。
十数秒後、時が動く。
『04:00』。
瞬間、
結標「……情報通りね」
少年院から発せられていた嫌な感じが途切れた。まるで電源が切られたストーブの熱気のように。
結標淡希は二つの情報を手に入れていた。
一つはかつての『仲間』たちの居場所。それを知ることができたから今ここに立っている。
そしてもう一つは、少年院のセキュリティーについての情報だ。
本日、午前四時にAIMジャマーをメンテナンスするために、一五分間だけ一斉に停止させるというもの。
つまり、少年院内で使用がほぼ不可能だったチカラが満足に発揮ができるということ。
とは言っても、受刑者たちは何かしらの能力の使用を妨害する措置を施されているため、このタイミングで能力を使って脱獄などとはできないわけだが。
だがそれは、外から侵入する結標にとっては関係ないことだ。ただの侵入するチャンスでしかない。
少年院側も馬鹿ではない。こういう状況になったら、外から仲間を救出しようとする輩から攻撃を受けることを想定していないわけがない。
いつもより多めの人数の警備兵が配置されており、装備も暴徒鎮圧用の銃火器はもちろん、駆動鎧を着た者も複数配置されているという堅牢な布陣となっている。
シュン。空気を切るような音と共に結標淡希の姿が消えた。
彼女は一体どこに行ったのか。
結標「……よし、無事侵入成功、と」
結標は少年院の敷地内に侵入していた。
監視カメラやセンサー、監視している警備兵の死角となる僅かな隙間に。
彼女はメンテナンスの情報と一緒に内部図面とそのセキュリティー情報も得ていた。
それを全て頭の中に叩き込んでいる。今の結標なら少年院の図面にその情報を正確に書き込めるだろう。
結標は周辺の状況を確認しつつ小刻みに短距離テレポートを繰り返し、警備の穴をつく。
穴と言っても本当に僅かな隙間だ。針に糸を通すような精密な計算や動作を求められる。
それに彼女が把握しているのはあくまで書面上のセキュリティ。
実際の現場がそれ通りに動いているとは限らない。
だから、
警備兵A「――ッ!? 何者だ!?」
結標「くっ」
結標は警備で廊下を歩いていた警備兵の目の前にテレポートしてしまった。
武装した男だ。軍用のヘルメットやチョッキを着込んでおり、脱獄犯制圧用の機関銃を手にしている。
この場所は監視カメラ等の機械的なセキュリティは避けられる場所だった。
そんな場所に警備の人間が配備されていないわけがない。
そのためこのようなバッタリ鉢合わせが起こってしまう。
しかし、結標は冷静だった。
即座に警備兵の後ろにテレポートする。
標的を見失った警備兵が辺りを見回す。すると、警備兵が被っていたヘルメットが消え、生身の頭部が露出した。
結標によるテレポート。警備兵の頭部の防御力が一気にゼロとなる。
男が彼女が後ろにいることに気付き、後ろへ向くより早く、結標は軍用懐中電灯で後頭部を強打した。
後頭部へ一撃をもらった男は、意識が消え床に倒れる。
脅威の排除を確認した結標は、周辺を警戒しつつ先へと進む。
目的地は地下にある反逆者用の独房。
残された時間は多くはない。一刻も早くたどり着かなければ。
このチャンスを逃せば、次の機会など未来永劫来ないに等しいのだから。
―――
――
―
結標が少年院へ侵入している同日同時。御坂美琴と打ち止めが宿泊している第七学区のホテル。
時間が時間のため大半の宿泊客は眠りについている。それは少女二人も同じことだろう。
だからホテルの廊下はほとんど人通りがなく、深夜勤務のホテルの従業員がたまに通るくらいか。
そんなホテルの七階にある廊下。そこに異質な者たちが闊歩していた。いや、者と呼称するのは間違いか。
それは四足歩行の犬型のロボットだった。大型犬くらいの大きさがあり、全身が銀色のメタルで包まれていて、目部分には バインダーのようなものが付いている。
犬型ロボは全部で五体いた。それぞれが違う方向へ注意を向けながら、堂々と廊下の真ん中を進んでいく。
御坂美琴は否定していたが、ここはいわゆる高級ホテルである。
第三学区のランクの高いホテルに比べれば確かに下だろうが、紛れもなくここも高級と称して問題ないだろう。
高級ホテルが高級ホテルとして言われる理由は何か。
部屋が豪華。料理が豪勢で美味。入浴場を始めとした施設が充実している。
人によって様々だろうが、真っ先に求められるのは安全性だ。
上記が点が優秀でも、浮浪者が散歩でもするように中へ侵入してきたら問題だし、お忍びで宿泊している有名人へのところへマスコミや野次馬といった招かれざる客がゾロゾロ入ってきても問題だ。
そういった点に関してはこのホテルは優秀だった。
建物に入るための入り口全てには、軍隊上がりの屈強なガードマンが二四時間配置されている。
内部にはたくさんの監視カメラやセンサー式の警備設置されており、入館許可を得ていない者が映り込めばすぐさま警備の者や警備ロボットに取り囲まれてしまう。
近くには専属で契約しているアンチスキルの詰め所もあるため、場合によっては完全武装したアンチスキルたちがホテルの中に踏み込んでくるだろう。
だから美琴は打ち止めのためにこのホテルを選んだ。
暗部組織のような連中に狙われている以上その辺にある安っぽい宿泊施設に泊まるわけにはいかない。
美琴は自分が住んでいる常盤台中学の寮に泊める方法も一応は考えた。
あそこは強能力者(レベル3)以上の能力者たちが住み込んでおり、さらには鬼のように強い寮監が目を光らせている。
下手なセキュリティよりよっぽど強固な守りをしている寮と言えるだろう。
しかし、仮にそこを襲われた場合無関係な彼女たちを、美琴たちの事情に巻き込んでしまうということになる。
そういった理由で美琴はセキュリティ性の高いこの高級ホテルを選んだはずだった。
だが、犬型のロボットたちは侵入していた。この分厚いセキュリティの中を。
なぜなのか。
このロボットたちがこのホテルの中に宿泊している客の持っている持ち物だからか?
このロボットたちがホテルの警備ロボットの一つで深夜のホテル内を警備しているから?
理由はこちらではわからない。
けれど、一つだけわかることがあった。
犬型ロボットたちはある部屋の前で足を止め、ドアの方向へ目を向けた。
ここは美琴と打ち止めが宿泊している部屋で、今頃彼女たちはふかふかベッドの中で眠りについていることだろう。
犬型ロボットのうち一体が口に当たる部分を開いた。その中から金属製のホースのようなものが出てくる。
その先端からガシャコン、という可変するような音が鳴り、そこから筒状のものが飛び出した。
それを扉の前に向ける。口径四〇ミリくらいの黒い金属製の筒を。まるで銃口を向けるかのように。
この犬型ロボットたちが一体何者かはわからないが一つだけわかることがある
それは、
美琴たちへと害を為す存在だということだ。
筒状の物からグレネード弾が発射され、扉ごと部屋が爆破された。
―――
――
―
ドゴォン、という轟音が鳴り響き、とある高級ホテルの一室にある窓から爆風が巻き起こった。
窓ガラスの破片や家具だったものが窓から下へと落下していく。
ホテルの入り口前に待機していたガードマンと思われる男たちが慌てふためいている様子が見える。
その様子をホテルから離れた歩道で眺めている中学生くらいの少女がいた。
肩まで伸ばした茶髪。半袖のTシャツにショートパンツのルームウェアを着ていて、さっきまで部屋で寝ていたかのような格好だった。
背中に小学生くらいの似たような容姿の少女を背負っていて、その少女は眠りについているのか瞳を閉じている。
御坂美琴と打ち止め。
先ほどまで爆破された部屋で眠っていたはずだった少女たちだ。
美琴は煙を上げている部屋を遠目に呟く。
美琴「……まさか、本当に来るとはね」
たしかに美琴はあのホテルをセキュリティ性の高さで選んだ。
だが、彼女が期待していたのはその安全性の部分ではなく、『電子的』なセキュリティを多用している部分であった。
ホテル内のあらゆる場所には監視カメラやセンサー式の装置が設置されている。客室やトイレ、入浴場といったプライベート部分を除けば。
そのため、その中に侵入しようとするならばそれらの部分をどうにかしなければならない。例えるならハッキングして機能を停止させるなど。
そこらのコソドロ程度なら不可能なことだが、暗部組織の連中なら容易にそれくらいは行える。美琴はそう踏んでいた。
だからこそ、美琴は『電子的』なセキュリティ多用しているここを選んだ。
美琴は予めホテル内のセキュリティを全てハッキングしていた。
ハッキングと言ってもそれはあくまで警備情報を全て抜き出す程度のもの。
通常のセキュリティには影響せず、ホテル側もハッキングされているとは気付かないレベルで。
それは寝ている間も常に行っていて、絶えず美琴のPDAにはその情報が流れてきていた。
そして、あるタイミングでPDAへ流れる情報が途切れた。
そう。何者かがセキュリティをハッキングしてセキュリティを停止させたからだ。
それを美琴は感知した。何者かがセキュリティの切れたホテルへ侵入し、襲撃してくることを予期できた。
だから美琴は部屋から脱出でき、難を逃れることができたのだ。
打ち止め「……んっ」
美琴「打ち止め?」
美琴の背中で寝ていた打ち止めが目を覚ました。
季節は春だとはいえ夜明け前の空の下。冷たい空気に身体を震わせて意識が覚醒したのだろう。
打ち止め「……あれ? どうしてミサカは外にいるの? ってミサカはミサカは辺りを見回しながら聞いてみる」
美琴「ごめんね。ちょっと不味い状況になっちゃったからホテルを出たのよ」
打ち止め「不味い状況? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
美琴「アンタを狙う悪者たちが来やがったのよ」
ほえー、と打ち止めは平坦な声で返事した。
目がぼーっとしていて、焦点があっていない感じからして寝ぼけているのだろう。
時間が時間のためしょうがないが。
美琴「とにかくここから離れるわ。しっかり掴まっていてちょうだい」
打ち止め「はーい、ってミサカはミサカはしがみついてみる」
美琴は打ち止めを背負ったままホテルから離れるように駆け出した。
これからどうするかを思考する。
たしかこの近くにアンチスキルの詰め所があったはずだ。
そこは先ほどいたホテルと専属で契約しているところなので、もしかしたらこの騒動を既に察知しているかもしれない。
保護をお願いすればきっと快く引き受けてくれるだろう。
いくら暗部組織とはいえアンチスキルの詰め所を正面から襲撃しようなんてことはしない。
美琴はそう考えて目的地をアンチスキルの詰め所とした。
しかし、美琴は足を止める。この一刻を争う状況で。
ため息をつきつつ、目を尖らせながら、
美琴「――やっぱり、そう簡単にはいかない、か」
美琴は周囲の道路を見回す。
そこには犬型のロボットが彼女たちを取り囲んでいた。
ざっと数えるだけで二〇機はいるだろうか。
美琴「打ち止め。しっかりと掴まっていなさい」
改めて打ち止めにお願いする。
その言葉を聞き、打ち止めの掴まる力が強まった。
バチチィ、と美琴の額に青白い火花が走る。
美琴「――絶対、アンタには指一本触れさせないから!」
―――
――
―
上条「ここってどこなんだ?」
A子「どこって、ただの少年院よぉ?」
三〇分ぐらい前にホテルを出発し、上条当麻とA子と名乗る黒髪少女は第一〇学区の少年院へ来ていた。
二人は敷地内を歩いている。まるで庭の中を歩いているかのように進む少女の後ろを、少年が恐る恐る付いていくような感じに。
上条「こんなところに結標が来るのか?」
A子「私の持ってる情報が正しいなら来る、いやもう来てるはずよぉ」
上条「来てるはず?」
質問に少女は特に顔を向けずに返す。
A子「そう。結標さんはここの少年院に用がある。でも、普段はAIMジャマーっていう能力を阻害する装置が起動しているから迂闊に侵入できないってワケ」
A子「けど、今日の午前四時からそのAIMジャマーがメンテナンスの為に一五分間機能を停止される。つまり、結標さんはその隙を突いて侵入しているはずってコトよぉ」
少女の説明にピンと来ていない感じで、
上条「何でそんなまどろっこしいことやってんだ? 捕まってる人に会いたいなら面会するなりして普通に行けばできるだろうし」
A子「そこら辺の事情は彼女のプライバシーに関わるから控えるけど、そう簡単にはいかない状況に陥っているってことは教えてあげるわぁ」
上条「…………」
上条は黙り込む。たしかにそうだなと納得したからだ。
結標には結標の考え方がある。こちらがとやかく言えることではない。
しかし、上条には疑問が残っていた。
少年院に侵入するという犯罪めいたことをしてまで一体何をするつもりなのか。
そんなことはいくら考えても、上条にはわからないことだが。
上条「……ん?」
考えている中、上条はあることに気付く。
少年院に無断で侵入するのは間違いなく犯罪だ。不法侵入とかそういう感じの。
今、上条とA子と名乗る少女は少年院の敷地内にいた。なんなら今から建物の中に入ろうとしている。
上条は少年院から入っていいなどという許可を得た覚えもない。
無論、目の前を歩いている少女がそんなことをしていた様子も見ていない。
ということは、
上条「ちょっといいですか? えっと……」
A子「少女A、じゃなかった。A子よぉ? 何かしら?」
上条「そのーA子さん? ワタクシめたちは今少年院に入っているんですよねえ?」
A子「そうよぉ。というか何? その違和力ありありな喋り方」
上条「ちなみにA子さんは少年院に入る許可とかって取ってるんですかね?」
A子「そんなモノこの私が取ってるわけないじゃない」
何言ってんだコイツ、みたいな表情で少女は上条を見る。
上条は「ふっ」と笑みを浮かべた。少女は首を傾げる。
上条「――ってふざけんなっ!! 俺らは絶賛不法侵入中の二人組ってことになるじゃねえか!!」
A子「あらぁ? もしかして今さら気付いたワケぇ? そういうツッコミはここに入る前にしてくれないかしらぁ」
上条「言ってる場合か! もしこれがバレて捕まったりしてみろ! 俺らがこの中にブチ込まれることになるんだぞ!?」
A子「大丈夫よぉ。バレなきゃ犯罪じゃないっていう格言があるのをアナタは知らないのかしらぁ?」
そんな格言があってたまるか、と上条は心の中でツッコんだ。
疲れたような表情で上条は入ってきた少年院の門を見た。
今ならまだ引き返せるのではないか。犯罪者から傍観者へとクラスアップ出来るのではないか。
そのようなことを考えていたが、すぐさまその必要がなくなった。
上条たちの前方に武装した警備兵が現れたからだ。
少年院の入り口からこちらをじっと見つめているようだった。
上条「いぃっ!?」
思わぬ状況に上条は変な声を上げてしまった。
引きつった顔で警備兵を見る。
軍用ヘルメットに防弾チョッキ。手には脱獄犯制圧用の機関銃。
終わった、と上条は思った。
上条当麻の右手は幻想殺し(イマジンブレイカー)というチカラが宿っている。
どんな異能の力も触れるだけで打ち消せるというもの。
それが超電磁砲(レールガン)だろうがコンクリートを容易にぶち抜くビームだろうが。
だが、そんなもの武装した兵隊に対しては何の意味もない。
さらに言うなら上条はただの喧嘩っ早いだけの普通の学生だ。
兵隊仕込の近接格闘術や一子相伝の暗殺術を持っているわけではない。
目の前にいる男を一瞬で制圧する術など彼は持ち合わせていないということだ。
つまり、上条当麻はここで大人しく捕まるしか選択肢はない状況。
警備兵は上条たちのいる方向を向きながらずんずんと足を進めて近付いてくる。
その様子を見て上条はたじろぐ。絶体絶命な状況だ。
しかし、黒髪の少女の余裕めいた笑みは崩れなかった。
少女は歩き出した。前から接近してくる警備の男へ向けて。
上条はそれを見て思わず声を上げる。
上条「お、おい! 何やってんだお前!」
上条の制止する言葉を無視して少女は歩みを止めない。
少女と警備兵の距離が一〇メートル、九メートル、八メートルと次第に縮まっていく。
そして、最終的に二メートル、要するにお互い目の前と言える距離まで接近して、二人の足が止まる。
二人が見つめ合う。
少女は変わらず笑みを崩さない。警備兵の表情はヘルメットのせいでわからないが、目の前の少女を見ていることはたしかだ。
一体何が起こるんだ。上条は息を飲む。
静止した二人。最初に動いたのは警備の男だった。
男はひざまずいた。目の前に立つ黒髪少女へ向かって。
上条「……は?」
予想外の光景に上条は戸惑いの声が出た。
てっきり、捕縛術みたいなのを使って少女を拘束するのだと思っていたのだからしょうがない。
ひざまずいた男は見上げるように少女を見て、
警備兵B「オ待チシテオリマシタ。『食蜂』サマ」
A子と名乗る少女を『食蜂』と呼称し、忠誠を誓った。
まるで館の主人と召使いの関係のように。
それを上条は唖然とした様子で見ていた。
くるりと少女は回転して上条の方へと向く。
A子「これが超能力者(レベル5)第五位『心理掌握(メンタルアウト)』のチカラよぉ。ここに勤めている職員・警備の人は全て私の制御下ってコト☆」
上条「第五位……、めんたる、あうと……?」
メンタルアウトという単語は聞いたことあるようなないような変な感じだったが、第五位については何となく知っていた。
記憶操作・読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植・人物の誤認等。
精神に関する事ならなんでもできる十徳ナイフのようなチカラだと、たまに小萌先生が授業で言っていたのを上条は聞いたことがあった。
上条「お前が、その第五位だったのか……?」
A子「一応、昨日も同じようなことを言ったと思うんだケドぉ、やっぱり忘れちゃってるわよねぇ。ま、一応言ってはおくけど、このカラダは私の能力で操ってる借り物のカラダだから、この私は私じゃないわよぉ?」
上条「なるほど。わからん」
そう言って上条は思考することをやめた。
とりあえず安全だとわかったので足を進めて彼女の元へ。そして少年院の建物の中へと入っていった。
上条・A子・警備兵という謎パーティーで中を進んでいく。
後ろから黙々と付いてくる警備の男を横目に上条は少女へたずねる。
上条「ところで警備の人全員制御下って言ってたけど、具体的に何が出来るんだ? 例えば職員全員グラウンドに集合! って指示とか出せるわけ?」
A子「さすがにそれは私のチカラでも及ばないわねぇ、ここには職員が一〇〇人以上いるしぃ。あくまで私がやっているのはある『命令』だけを植え付けて、あとは普段通り行動しろって感じのヤツよぉ」
黒髪の少女いわく、その命令というのは『食蜂操祈及び食蜂操祈が操る人間、そして上条当麻を排除対象から外す。オプションで食蜂操祈の命令は絶対☆』らしい。
排除対象から外すというものは、警備する人間が彼女たちを遠目で発見しても無視するし、監視カメラやセンサーで彼女たちを捉えてもそれを管理する職員は無視するということ。
つまり、彼女たちはこの少年院の中を自由気ままに散策することが出来るということだ。
その説明を聞いた上条は、
上条「よくわかんないけどすごい能力ってことだな? この中を安全に動けるってことだな?」
A子「……まあ、そういうことでいいわよぉ。アナタの理解力ならそれが限界ってコトかしらねぇ」
上条の小学生並みの理解に少女は呆れた様子だった。
そんなやり取りをしながら通路を歩いていると、前から五人組の警備兵が歩いてくる。
それを見て上条はビクッと体を震わせたが、少女が言っていた職員はみんな奴隷みたいな言葉を思い出し、
上条「な、なあ? アイツらも大丈夫なんだよな?」
A子「大丈夫よぉ。言ったでしょ? ここの職員はみんな――」
彼女が言い切る前に、
警備兵C「――貴様ら何者だ!?」
五人組の先頭を歩いていた警備兵の声が差し込まれた。
その声に上条はもちろん、黒髪少女も驚いた様子を見せる。
上条「なっ、どういうことだ!?」
A子「……なるほど、そういうコトねぇ」
上条の質問をスルーして、少女は顎に手を当て何かを考えていた。
警備兵C「おい! そこの警備の者は侵入者と一緒に何をしている!? 内通者か!?」
警備兵B「…………」
少女の管理下にいる警備兵は特に答えない。彼女の命令以外は聞かないということなのだろう。
その様子を見て先頭の警備兵は、
警備兵C「疑わしきは罰する! 一人残らず排除させてもらう!」
そう言って手に持つ機関銃を上条たちへ向けて構える。
ガチャコン、という音が銃から鳴り、上条は心臓が縮み上がるような感覚が走った。
このままでは全員やられてしまう。どうする、と上条は頭を高速回転させる。
しかし、上条が何か妙案を思いつく前に、
ズガン!!
少年院の廊下に銃声が鳴り響いた。
上条(や、やられた……)
上条は恐る恐ると自分の体を見た。
一通り見て終わる。
上条「……あれ?」
無傷だった。
もしかして他の二人に当たったのか、と上条は少女とその後ろにいる警備兵を見る。
その二人も特に怪我をしている様子もなく、その場に立っていた。
おかしいな、弾は外れたのか。上条は銃声がした前方へと目を向ける。
上条「えっ!?」
瞳に写った光景に上条は驚きの声を上げる。
先ほど上条たちを警告して銃撃しようとした警備兵が倒れていたのだ。
倒れた警備兵が落とした機関銃からは硝煙が上がっていないところから、使われた様子はない。
だが独特の火薬の臭いのようなものが鼻につく。銃声も聞こえたから撃たれたことは間違いないはずだ。
ふと、上条は五人組の警備兵の中の一人に目を付ける。
その警備兵は倒れている警備兵とは隣り合うような位置にいた。
彼の持つ機関銃からはうっすら煙のようなものが上がっている。
つまり、
上条「……も、もしかして裏切った、のか?」
A子「それは違うわぁ。あの倒れている人以外は私の制御下にあった。御主人様である私に危険が及んだから自動で脅威を排除した、ってところかしらねぇ?」
少女が銃口を向けられていても取り乱すことのなかった理由が分かった気がした。
要するに彼女は初めからこの展開になることがわかっていたのだ。というかそういうことなら教えろよ、と上条は横目で少女を睨んだ。
A子と名乗る少女はそれを気にも止めず、
A子「まあでも、ちょっと厄介なことになってきてるわねぇ」
上条「厄介なこと?」
A子「ええ。私のチカラの制御下にいない人がいた。つまり、外部から別の組織が介入しているってコト」
上条「外部? 暗部組織とかいうヤツらのことか?」
A子「そうだとは言い切れないケド。まあ、こんな場所に忍び込める潜入力がある時点でほぼ確定よねぇ」
上条は昨晩のことを思い出していた。
銃火器を持っていた男たちを。超能力(レベル5)というチカラで前に立ちふさがった女のことを。
上条(あんなヤツらがここにいるかもしれねえって、厄介ってレベルじゃねえぞ)
やっぱり一筋縄じゃいかなそうだな、と上条は思った。
しかもその驚異は上条たちだけではなく、彼が追っている結標淡希の身にも降り掛かってくることだろう。
急がなければいけない、そう考えていると、
ビィィィ!! ビィィィ!! ビィィィ!!
建物内に警戒音のようなものが鳴り響いた。
まるで非常事態が起こったかのような。
つまり、
上条「――おっ、おい! これもしかして俺らのことが見つかったってことじゃねえか!?」
A子「かもしれないわねぇ。私の制御下にない人が監視カメラに映ってる私たちを見て警報を鳴らした、ってところかしらぁ?」
上条「かしらぁ、じゃねえよ! つーか、何でテメェはいっつもそんなに余裕綽々なんだよ? もしかしてまだ何か策とかでもあんのか?」
A子「残念ながらそーゆうのはないわねぇ。でも一つだけ言えることがあるわぁ」
そう言って少女は人差し指を立てて、
A子「ここにいる警備の人たちのほとんどは私の制御下にある。その人たちには私たちへ危害を加えないよう細工がしてあるわぁ。だから、自分たちからこちらへ向けて大群引き連れて来るなんてことはないはずよぉ」
上条「けど、そうじゃねえヤツらには狙われるってことだろ? それはそれで危ないんじゃねえか?」
A子「そうね。でもこれはある意味チャンスだとも言えるのよねぇ」
上条「チャンス?」
A子「ええ。だって警報が鳴っている中で一生懸命捕まえようとしている人もいれば、無視して別業務に励んでいる人もいるのよぉ? きっと向こうは大混乱じゃないかしらぁ?」
上条「……あー、たしかに」
軽い内乱みたいことが起こってそうだな、と上条は力なく笑った。
A子「というわけで進むなら今のうちよぉ。行くわよアナタたち」
警備兵達「「「「「了解シマシタ」」」」」
武装した屈強な男たち五人組を従えながら少女は先先へと足を進めていく。
上条はその後ろをそそくさと付いて行った。
―――
――
―
結標「――警報? もしかして気付かれた?」
不安を煽る警告音を背に、少年院の通路を走る結標の顔が強ばる。
結標(セキュリティーには引っかからないように動いたつもりだった。ということは気絶させたヤツが見つかって、って感じか……?)
結標はここに来るまでに五人の警備兵と交戦していた。
全員後頭部を殴打して気絶させたのだが、その気絶した体を特に隠すとかせずに放っておいてここまで来た。
タイムロスを恐れて手間を省いたのが失敗だったか、と結標は舌打ちする。
しかし、結標は特に焦った気持ちはなかった。なぜか。
結標(その場合なら誰が侵入したかだとか、今侵入者はどこにいるだとかの情報は持っていないはず)
結標(仮に侵入者を能力者と見て、今からAIMジャマーのメンテを中止したとしても大丈夫ね。あれは再起動に五分はかかるはずだから)
大丈夫とはいえ五分。決して長い時間ではない。
なぜ結標は大丈夫という言葉を使ったのか。
結標(あのエレベーターの裏に階段があって、その階段を降りた後の曲がり角を曲がった先が独房のはず!)
結標は自身の体を直接テレポートさせて階段へ飛び込む。
エレベーター周りには監視カメラ等のセキュリティーが蔓延っているからだ。
結標(独房にさえたどり着けられれば問題なし。みんなの拘束を解いてここを脱出するだけなら五分間もかからないわ。私の座標移動(ムーブポイント)なら)
階段を二段飛ばしで駆け下りる。
L字の曲がり角の突き当りが見えた。ここを曲がればその先は――。
結標「……やっと、たどり着いた」
曲がり角を曲がった結標の目に写った景色は狭い通路だった。
左右に鋼鉄製の扉がズラリと並んでいる。あの扉一つ一つが独房になっているのだろう。
結標は小走りに通路を進んである扉の前に立った。
彼女はどこの扉に誰が収容されているのかの情報を既に持っている。
だから、この扉の先には誰が居るかを把握していた。
鉄の扉をノックし、扉越しに話しかける。
結標「――私よ! みんな無事!?」
結標の呼びかけに対し、少し間を置いてから返答が来た。
それは少女の声だった。
少女『……も、もしかして、その声……淡希!?』
少女の驚いたような声が通路に響いた。
それが聞こえたのか、呼応するように他の部屋にいる少年少女の声が聞こえてきた。
その声は、結標にとって聞き覚えのありすぎる声。今まで一緒にやってきた仲間たちの声。
結標「よかった……、本当によかった……」
結標からすれば、彼ら彼女らと最後に会ったのは二日前とかそれくらいしか時は経ってはいない。
しかし、なぜだか彼女の中には妙な懐かしさのようなものを感じて、目が潤んだ。
結標「ごめんね、半年も待たせちゃって。待ってて、今すぐここから助け出す」
この鋼鉄製の扉はちょっとやそっとじゃ打ち破れない強固な物だ。
だが、結標にはそれを容易に破壊できるチカラを持っている。
今すぐみんなをここから出してあげなきゃ、と軍用懐中電灯を手に取る。
少女『――淡希!! ここにいちゃ駄目!! 今すぐ逃げて!!』
結標の行動を遮るように少女が叫ぶ。
結標「えっ、どうして……?」
結標はその言葉の意味を理解できなかった。
やめろ、と言われるならわかる。脱獄は重犯罪だ。
それを止めようとする言葉を言われるだろうということは、何となく予想はしていた。
しかし、彼女が言った言葉は『今すぐ逃げろ』。
瞬間、結標はゾクリと嫌な気配を肌に感じた。
体ごと気配のした方向、自分が降りてきた階段の曲がり角の方へと向ける。
結標「――なっ」
十近い人数の武装した男たちが、機関銃の銃口をこちらへ向けてきていた。
少女の言ったことの意味、それを瞬時に理解した。
結標(――待ち伏せッ!? 行き先を読まれた!? 私が侵入したということがバレていたというの!? いや、それにしても対応が早すぎる……!)
大勢の武装した男たちを見る。何か違和感のようなものを覚えた。
結標は額に汗を浮かべながらも、ニヤリと笑う。
確信したような口調で、
結標「貴方たち、ここの職員じゃないわね?」
武装集団へ問いかける。
その問いが聞こえたのか、集団の後ろの方から一人の男が現れた。熊のような大男だった。
??「その通りだ。確かに俺たちはここの職員でも警備員でもねえ。よくわかったな」
結標「わかるわよ。貴方たちから生ゴミみたいな汚い臭いがプンプンするもの」
??「ひでえ言われようだな」
結標「大方、上層部に馬車馬のように働かされている暗部組織ってヤツでしょ? 『スクール』とか『アイテム』とかいう」
??「またまた御名答。でも一つ違うところがあるな。俺たちは――」
大男の声を遮るように、
手塩「私たちは、『ブロック』。そいつらとは、違う組織だ」
??「手塩」
声とともに男たちの後ろから手塩と呼ばれる筋肉質な女が現れた。
手塩は大男の方を向いて、
手塩「いつまで、ターゲットと、与太話をしているつもりだ、佐久?」
佐久「別にいいじゃねえか。どうせもう俺たちの勝ちは確定しているようなもんなんだぜ?」
手塩「最後まで、何があるかなんて、誰にもわからないんだ。油断するな」
佐久はへいへいと頭をかきながら返事した。
二人の会話を聞いた結標は眉をひそめながら、
結標「あら? 勝利宣言だなんて随分と余裕じゃない。一体誰を目の前にして言っているのか理解できてる?」
佐久「ああ。きちんと理解できているさ。超能力者(レベル5)第八位。『座標移動(ムーブポイント)』結標淡希」
その言葉を聞いて結標はギィと歯を鳴らす。
結標「――だったら、これから貴方たちが、どういう目に合うかなんてこともわかりきっているわよねッ!?」
軍用懐中電灯を真横に振る。結標の懐に仕舞い込んだ大量の金属矢が姿を消した。
テレポートによる物質転移。ターゲットは当然、目の前に立ち塞がる敵達。
トンッ、という肉を裂く音が幾度という回数聞こえた。
金属矢が体内に突き刺さる痛みによる断末魔が通路内を鳴り響き、武装した男たちがバタバタ床に倒れ込んでいく。
そんな中、
佐久「おーおー怖い怖い」
手塩「…………」
幹部と思われる二人は涼しい顔でその場に立っていた。
おそらく金属矢が転移する場所を予測して回避したのだろう。
結標「なかなかやるみたいね。けど、そう何度も避けられると思わないことね」
佐久「……ふっ」
佐久は鼻で笑った。まるで自慢気に的はずれなことを抜かす人間を嘲笑うかのように。
結標「一体何がおかしいのかしら?」
結標の声色が変わる。目付きが鋭くなる。
しかし、佐久は笑みを止めない。
佐久「いやー、なに。何にもわかってねえガキが粋がる姿を見るのって面白れえなぁと思ってな」
結標「わかっていない? それは貴方のことよ。これから頭を私のチカラで撃ち抜かれるというのをわかっていたら、普通そんな態度取れないもの」
佐久「違うな。やはりわかってないのはお前の方だ」
佐久は薄ら笑いを浮かべる。ゾクリと背筋に嫌なものが走るのを結標は感じ取った。
何かがヤバイ。そんな気配を感じた結標は、佐久の脳天を狙いチカラを行使する。
佐久「――これからお前にチカラを自由に使える時間なんてもう訪れねえんだからな」
ドスリ、と金属矢が刺さる音が聞こえた。
その音源は標的の佐久からではない。それより圧倒的に近い距離からだ。
結標「ぐっ!?」
ズキッ、と結標は横腹の辺りに痛みを感じた。そういえば、先ほどの音もこの辺りから聞こえたような気がする。
自分の横腹を見た。
結標「――えっ」
前方に立つ男目掛けて飛ばしたはずの金属矢が、なぜか彼女の横腹に突き刺さっていた。
僅かな筋肉の収縮運動で金属矢と肉が擦れ、筋繊維を削り取るような痛みとともに出血し、衣服に赤い染みが浮かび上がる。
結標「……あ、あがっ、な、ああ」
佐久「何で、って顔してんな。気付かねえのか? 俺たちにはわからねえが、お前にはわかんじゃねえのか? 違和感みてえなもんをよ」
そう言われて結標はあることに気付いた。横腹の激痛に隠れていたがそれは確かに感じる。
痛みだった。頭の中を直接弄られているような小さな痛み。
結標はこれに似た痛みを知っていた。少年院突入前に感じていたあの感覚。
結標「――『AIMジャマー』!?」
佐久「正解だ。正解者には拍手を送ってやらないとな」
佐久はやる気のなさそうな拍手をしながら笑った。
結標「な、何でよ? 今はAIMジャマーはメンテナンス中のはず。たとえ、さっきの警報から起動準備をしたとしても、そこから五分は作動するまでかかるはずよ!」
事実、警報の音が少年院内に鳴り響いてからまだ一分ほどしか経っていなかった。
しかし、装置が起動しているというのもまた事実だ。
結標は傷口を押さえながら、全身に嫌な汗を流しながら思考する。
佐久はそんな結標を見下すように、
佐久「おかしいとは思わなかったのか? 毎年年度末に行われているはずのAIMジャマーのメンテナンスが、今回に限ってこんな中途半端な日付で行われると聞いて」
佐久「おかしいとは思わなかったのか? たかだか空間移動能力者を研究しているだけの機関が、少年院の見取り図や警備情報を事細かに持っているということに」
問いかけるような男の説明を聞き、結標は歯噛みしながら睨む。
佐久はそれを見て楽しそうに笑いながら、
佐久「気付かなかったのか!? お前はここにおびき寄せられていただけだったってことをな!?」
結標「おびき寄せられた……? この私が……?」
少女は大きく目を見開いて、呟くように言った。
佐久「そうだ。俺たち『ブロック』へ、正確に言うなら他の暗部組織にもか。座標移動の捕獲任務が下ったのは昨日の朝だった」
佐久「だが俺たちはその前からこうなることを想定して、シナリオを作り、動いていた。いずれこうなることはわかっていたからだ」
佐久「だからお前が情報を手に入れられるように、お前に関係する一部の研究機関へ情報を横流ししたし、AIMジャマーのメンテナンスも俺たちが手を回して遅らさせた」
佐久「こうすればお前はノコノコとここに現れると容易に予測できた。あとはお前が来るのをここでゆっくり待っていればいいっつう話よ」
今までの行動が、自分が選んできた選択肢が、ここまで辿り着こうと努力した意思が。
全てヤツの仕組んだことだったのか。全てヤツらの手の内で踊らさせられたことだったのか。
結標「…………」
結標は膝から崩れ落ちる。
身体には脱力感のようなものが、心には空虚感のようなものが、ずっしりとのしかかってくるような気がした。
手塩「……さて、話は、もういいか?」
黙って話を聞いていた手塩が切り出す。
手塩「これから、私たちと共に、来てもらうわ。そちらが、暴れない限り、こちらも、手荒な真似を、するつもりはない」
手塩が「おい」と倒れている部下の男たちに声をかける。
男たちは急ぐように立ち上がった。結標の金属矢は致命傷とはなっていなかったようだ。
手塩は部下の男から拘束具のようなものを受け取る。
空間移動能力者専用の拘束具。見た目は普通の拘束具と変わらないが、空間移動能力者の演算を阻害する特殊な振動波が常に発せられている。
あれを付けられたテレポーターは自分自身の転移はもちろん、物質の転移すら行えなくなるという物だ。
手塩「大人しく、捕まってもらえると、こちらとしても助かる」
拘束具を持った手塩がゆっくりと跪いた少女に向かって歩いていく。
それを呆然と見ながら、結標は考えていた。
あれに捕まったらもう自分はお終いだろう。
一生上層部の使い走りにされるか、実験動物と変わりない扱いを受けるか、いずれにしろロクな人生を歩まない。
もし自分がいなくなったら、今無期限で捕まっている仲間たちはどうなるのだろう。
自分という存在がいなくなることで、元の平穏な日常へと帰らせてくれるのだろうか。否。
同じくくそったれのような反吐みたいな生活を送らされ、使い捨てられるに決まっている。
駄目だ。それだけは駄目だ。絶対に許さない。
結標「――ッ!!」
手塩「!?」
結標は軍用懐中電灯を振るった。それすなわちチカラの行使。
ガキンッ、という音が鳴る。
天井に取り付けられていた蛍光灯が一本消え、通路の壁に突き刺さって割れた音だ。
手塩はそれを見て、特に表情を変えることなく、
手塩「まさか、戦おうというの? AIMジャマーに、チカラを妨害された状態で、私たち、ブロックと」
結標「ええ、そうよ」
即答した。少女の目に揺らぎはない。
手塩の目を見つめながらゆっくりと立ち上がる。
結標「AIMジャマーはあくまで能力の照準を狂わせるだけの装置。能力の使用自体を押さえつけるほどの出力はないわ」
手塩「同じことだ。照準が狂う、つまりはチカラの方向が、自分に向く可能性が、あるということ。そんな危険な武器を、使うことなど、自殺行為だよ」
結標「ここでチカラが暴発して自滅しようが、貴女たちに捕まって私の一生が奪われようが、結果は同じよ」
横腹に刺さった金属矢を無理やり抜く。激痛とともに大量の血液が流れ出てくきた。
スカートを無理やり破って布切れにし、それを包帯のように傷口に巻きつけて止血する。
結標「だったら私は、ここで最後まで抵抗する。そして、貴女たちの言うシナリオとかいう三流脚本、全部ぶち壊してやるわ」
軍用懐中電灯を握りしめる。
結標「貴女たち全員ぶっ潰して、みんなを助け出して、生きてここを脱出するっていうハッピーエンド。これが私の脚本よ!!」
―――
――
―
第七学区にある雑居ビルの屋上。そこでは絶えず電撃が走り、チカチカと輝いていた。
屋上の出入り口の扉に背を預けるように立っている少女がいた。
肩まで伸ばした茶髪にチャームポイントのアホ毛を風に揺らせている、見た目一〇歳前後の少女。
打ち止め。寝間着のパジャマのままで明け方の時間の寒空の下にいるため、身体を震わせていた。
彼女はそれを気にする素振りは見せていない。
なぜなら、目の前で繰り広げられている光景に目を奪われているからだ。
お姉様である御坂美琴と、謎の敵組織の手先の犬型ロボ達との戦いを。
美琴「――こんのぉ!!」
美琴は額からの電流を手に流し、それを雷撃の槍として一機の犬型のロボへと放出した。
一〇億ボルトの雷撃が犬型ロボへと襲いかかる。
バヂィン!!
雷撃の槍が命中し爆音と共にロボットが宙を舞った。
しかし、
ガシッ。
まるで高いところから落ちた猫のような体捌きで、犬型ロボットは屋上の床へと着地した。
体中に紫電を走らせているが、特にダメージを受けている様子もなく、美琴へ向かって再び走り出す。
美琴(ぐっ、コイツら……しつこい!!)
美琴は接近してくる二〇機のロボットをひたすら電撃で吹き飛ばすという、防戦一方の戦いをしていた。
なぜこのような戦いをしているのか。それは後ろにいる打ち止めという少女を守るためだ。
自分一人だけなら、この程度のロボットの群れ程度なら瞬殺できるチカラを発揮できる自信が、彼女にはあった。
守る戦いというのがこれほどキツイものとは、と美琴は冷や汗を流す。
さらに美琴にはもう一つ、苦戦を強いられている要素があった。
それは敵の犬型のロボットの存在である。
美琴は超能力(レベル5)の電撃使い(エレクトロマスター)だ。
一〇億ボルトもの出力を誇る電撃を発生させることはもちろん、磁力操作・ハッキング・マイクロ波の発生等、電磁気が絡むことならほぼ何でも行うことができる能力者だ。
例えば、ただのロボットなら美琴の電撃が直撃しただけで、高出力の電気によりCPUがショートして機能を停止させる。
例えば、ただのロボットなら美琴が磁力で操った砂鉄の塊を浴びるだけで、駆動系の細部まで入り込んだ砂鉄によって動けなくなったりする。
例えば、ただのロボットなら美琴がプログラムを電磁的にハッキングして、意のままに操るなんてことは容易いことだ。
つまり、ただのロボットが美琴と相対した場合、秒もかからないうちに完全に制圧されてしまうということ。
しかし、美琴と犬型のロボットたちとの交戦が始まってから、既に五分くらいの時間が経過していた。
美琴はこの状況の中でも冷静に分析をし、ある結論を導き出す。
美琴(――あのロボット、対電撃使いの対策処置がされてるわね……いや、もしかしたら超電磁砲(わたし)専用の対策か?)
美琴はこの五分間で様々なことやった。
一つは雷撃の槍を始めとした高出力の電撃による攻撃。
先ほど見せたように電撃を当てても、ケロッとした顔で(ロボットだから表情はないが)立ち上がり、再び襲いかかってくる。
おそらく電気を弾くような絶縁塗料のようなもので塗装されているのか、素材そのものがそういう類のものか。
並大抵の物では美琴の電撃は防ぎきれない。つまり、一〇億ボルト以上の電撃を想定した特別品だということ。
一つは砂鉄を操ることによる攻撃。
砂鉄一つ一つが高速で振動をしている為、その砂鉄の塊一つ一つがチェーンソーのような切れ味を持っている。
そこらにいるドラム缶型ロボットや駆動鎧程度の硬さならズタボロにできるほどの殺傷力だ。
だが、そのチカラがあっても犬型ロボットを仕留めることは出来なかった。せいぜい装甲の表面に傷が付く程度だ。
密閉性も大したものらしく、体全体を撫でるように砂鉄を這わせたが、内部に侵入できるような穴は存在しなかった。
一つはハッキングによる電磁的な攻撃。
ハッキングの方法は二種類ある。
一つは内部CPUへ電磁波を浴びせ直接制御を乗っ取る方法。一つはロボットを遠隔操作するために使っている電波に介入して制御を乗っ取る方法。
前者に関してはCPU周りに電磁波を通さないような仕組みを施しているみたいで、制御を奪うための電磁波を通すことが出来なかった。
後者の方法は、そもそもあれは自動制御らしく、美琴の目から見てもそういった電波類を確認できなかった為、使えなかった。
一つは自分の代名詞である超電磁砲(レールガン)による攻撃。
ゲームセンターにあるようなコインを音速の三倍で飛ばすことで絶大な威力を発揮する彼女の得意技。
これが直撃すればあの犬型のロボットたちもたちまちスクラップとなることだろう。
しかし、それはあくまで当たればの話だ。
美琴が超電磁砲を撃とうとした瞬間、犬型のロボットは蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ逃げ回った。
そこから一機を狙い撃ちしようとしても、ロボットはうまいこと直撃を回避をした。せいぜい余波を受けて吹き飛ぶくらいで、致命傷とはいかない。
美琴の目線の移動や周囲に発する電磁波等の事前情報を察知することで、回避率を上げているのだろう。
美琴(チッ、このままやってたらジリ貧ね。朝ご飯もまだだから体力的にあんまり長期戦も出来ないし)
波状攻撃のように突っ込んでくる犬型のロボットたちを電撃で弾きながら考える。
手札が次々と奪われたこの状況をいかに切り抜けていくかを。
美琴は後ろに立つ打ち止めをちらりと見てから、
美琴(――しょうがない。ちょっと危ないけど、アレを使うしかないか)
バチバチィ、と美琴の周囲に電気が撒き散らされる。
そして少女はある力を操り、ある物へ向けて手をかざし放出した。
バキバキバキッ!!
アスファルトを砕くような音が屋上から鳴った。
その音を確認するためか、犬型のロボット達は一斉に足を止めて、音の下方向へと目を向ける。
そこにあったのは宙を浮いている貯水タンクだった。
雑居ビルの屋上に備え付けられているものだ。
大きな円錐型のタンクで昇降用のハシゴが付属している。
宙に無理やり浮かび上がらされているためか、パイプがちぎれてそこから大量の水が流れ出ていた。
美琴「……よし、重さもちょうどいい感じかな」
そう言って美琴はかざした手を一機の犬型のロボットへ向ける。
すると、
ドゴォン!!
ロボットを下敷きにするように貯水タンクが屋上の床へと落下した。
あまりの衝撃にビル全体が地震のような振動が起きる。うっすら建物の中から警報器の音のようなものが聞こえるのは気の所為ではないだろう。
美琴「あっちゃー、ちょっと強すぎたかー?」
頭を掻きながら、かざしていた手をそのままくるりと手のひらが上に来るように回す。
すると落下した貯水タンクが再び宙に浮かび上がった。
落下地点を見る。そこには道路で車に轢かれたカエルのように潰れた犬型のロボットが床に貼り付いていた。
美琴「電撃もだめ、砂鉄もだめ、ハッキングもだめ、超電磁砲もだめ……じゃ、そういうことならこうやって質量でぶっ潰すのが簡単よね?」
美琴が行っているのは磁力操作。磁力を操って貯水タンクという巨大な金属の塊を意のままに動かしているのだ。
犬型のロボット達が美琴がやろうとしていることを察したのか、散り散りになって逃げていく。
それを追うように美琴は貯水タンクを操作し、
美琴「――遅いっての!」
ハンマーを振るような軌道で手を振る。同じような動きで貯水タンクがアスファルトの上をものすごい速度で走った。
軌道上にいた三機の犬型のロボットが車に撥ねられたように薙ぎ払われる。
バチッ、と内部がショートし、機能停止したロボットたちが地面に叩きつけられた。
美琴「時速六〇キロの自動車が衝突する衝撃って、五階建てのビルから落下した速度と同じくらいなんですってね。ってことは、こんな大きくて重い物体がそれより速い速度でぶつかってきたら、ちょっと痛そうよねー」
ガンッ!! ガガンッ!! ガシャーンッ!!
機械の砕ける音がビルの屋上で次々と鳴り響く。
美琴が貯水タンクを巧みに操作して、犬型のロボットの数を徐々に減らしていく。
ふと、八機目の犬型のロボットを粉砕した辺りで、後ろにいる打ち止めが気になり、視線を移した。
美琴「…………え」
美琴は目を丸くする。自分の背後に信じられない光景があったからだ。
守るべき存在である少女が。大切な妹の一人である少女が。今そこにいるはずの少女が。
いなくなっていた。
美琴「――――ッ!!」
バチンッ!! と美琴の周囲に電撃が走り、彼女の体が宙に浮いた。
高圧電流で空気を爆発させることによる飛翔。
空中から辺りを見回す。視線を高速で動かす。
そして、彼女はそれを捉えた。
象の鼻のような機械製のロッドを打ち止めの体に巻き付けて、ここから離れようと下の道路を走る犬型のロボットを。
美琴「――逃がすかッ!!」
美琴はその後を追うために磁力を制御して高速移動しようとする。
瞬間、美琴の周囲に爆発が起こった。
ビル街の空に黒煙が巻き上がる。
それは屋上で立っている一機の犬型ロボットが起こした現象だった。
ロボットは象の鼻のようなロッドをさらけ出していた。その先端には黒い筒状のものが付いている。
グレネードランチャー。犬型ロボットに搭載されている兵器の一つだった。
宙を浮く黒煙の中から何かが落下する。
黒煙の欠片をまといながら下降するそれは、少しずつ黒色を引き剥がし、姿を現す。
それは御坂美琴だった。
煤で身体を汚しながらも、周囲に青白い電気を走らせながら、右手にコインを構えて、
『超電磁砲(レールガン)』が発射された。
音速の三倍で射出されたコインはオレンジ色に発光しながら閃光となり、犬型ロボットの体ごとビルの屋上へと突き刺さった。
普通に撃っていたら避けられていただろう。発射の直前まで黒い煙に身を隠していたため、予備動作が見えず回避が遅れてしまったのだ。
超電磁砲の直撃を受けた犬型ロボットは粉々のスクラップと化する。
美琴が磁力を操作し、姿勢を制御して屋上へと綺麗に着地する。
遅れたタイミングで上から黒焦げた看板が落ちてきた。人一人は余裕で覆い隠せるような大きなものだった。
彼女の体は常に電磁波によるレーダーを発している。だから、グレネードランチャーの弾頭が接近してくるのも察知していた。
撃ち落とすことは距離的に難しかった為、急遽磁力を使い鉄製の看板を盾にすることにより身を守ったのだ。
そう。彼女には電磁波レーダーがある。
後ろにいる打ち止めに何かが、具体的に言えば犬型ロボットなどという鉄の塊が接近すれば分かるはずだ。
だが、事実あのロボットは美琴のレーダーを掻い潜って打ち止めをさらった。
美琴(理由はあとからいくらでも考えられる……! 今はあの子を追わなきゃ……!)
屋上の欄干から体を乗り出し、打ち止めをさらった犬型のロボットが走っていた方向を見る。
いた。まだ目で追える距離にいる。今ならまだ間に合う。
美琴があとを追おうと、ビルから飛び降りて磁力を使いながら下の道路へとゆっくり着地する。
すると、
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
今まで戦っていた犬型のロボットが、まるでこの先へは行かせまいと美琴の前を立ちふさがった。
数は一一機。電撃も、砂鉄も、ハッキングも、超電磁砲も通用しないロボットが。
犬型ロボット達の遥か後方に居る打ち止めの姿がどんどん小さくなっていく。
美琴の周囲に今までとは比べ物のならない出力の電撃が撒き散らされる。
美琴「――ジャマをぉ、するなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
莫大な電流により、信号機のランプは割れ、ビルのガラスは砕け、路肩に停めてあった車が爆発した。
―――
――
―
警戒音が鳴り響く少年院の廊下。上条当麻とA子と名乗る黒髪少女、そしてその少女の周りをゾロゾロと武装した男たちが歩いている。
最初は一人だった少女の配下の警備兵は、今となっては一〇人という大所帯となっていた。
ここにいる職員は、第五位のチカラにより少女の命令を聞く人形となっている。そのため、警備兵とのエンカウント=新メンバー加入ということになるのだ。
だが、その警備兵の中には外部からの侵入者も含まれているらしく、そのものたちは洗脳から逃れている。
そういった相手はここまで来るのに三人ほどいたが、他の洗脳戦士たちのおかげで容易に迎撃してくれた。
上条「…………」
上条は難しい表情のまま廊下を歩く。何かを考えているような様子だった。
それを見た少女が、
A子「何か考え事かしらぁ? そんなシリアスな顔しちゃってぇ、似合ってないんだゾ☆」
上条「なっ、失礼な! 上条さんにだってそういう顔をするときもあるんだっつーの。つーか、似合ってないとか言えるほどテメェとは付き合いねえだろうが!」
A子「…………」
上条(……あれ? さっきみたいな余裕綽々な感じで何か言い返してくると思ったんだけど)
もしかして強く言い過ぎたのか、と上条は少し戸惑った。
いくら能力の制御下にあるとはいえ、武器を持った男に真っ向から向かっていくようなヤツだからなおさらだ。
少女はクスリと笑い、
A子「冗談よ冗談♪ ところで一体何をそんなに考えていたのかしら?」
上条「あ、ああ。ちょっとな……いや、なんでもねえや」
そう言って上条は流した。さっきまでの暗い表情へと戻る。
少女はその煮え切らない態度に対してムッとした表情をした。
A子「ちょっとぉ、何でもないとか言って、そういう感じに戻るのは個人的にナシだと思うんですケドぉ?」
上条「わ、悪りぃ」
A子「これから結標さんを助けに行こうってときにそんなんじゃ、助けられるものも助けられなくなっちゃうんだゾ☆ いっそのことゲロっちまったほうが楽になれると思うんですケド」
上条「女の子がそんな汚い言葉使っちゃいけません」
上条はそう言いながらも納得した様子を見せた。
そしてそのまま内心に留めていたことを口に出す。
上条「ここに来てからずっと考えてたことがあるんだ。俺ってここに何しに来たんだろう、って」
A子「……へー」
上条「あっ、テメェせっかく打ち明けたのにその目は何だその目は!」
ジトーと上条を馬鹿にしたような目付きで少女は睨む。
A子「えっと、ホント何言ってんだろって感じなんだケド。最初に会ったときから私がずっと言ってるわよねぇ? 『結標さんを助けに行く』って」
上条「いや、それはわかってんだ。なんつーか、えー、俺はこれから結標に会って何をすればいいんだ? とか、俺には一体何が出来るんだ? みたいなこと考えてて」
A子「…………」
上条「俺さ、結標と一回会って、話して、説得しようとしたんだ。俺の伝えたいこと全部伝えたつもりだった。でも駄目だったんだよ」
第一〇学区の公園での出来事を思い出す。
上条は自分の思っていることを全部伝えたつもりだった。一人の『友達』として。
結果彼の言葉は結標淡希には届かなかった。それどころか彼女を怒らせてしまい、手痛い反撃を受けることとなってしまった。
上条「そんな俺が今からアイツに会ってどうすりゃいいんだ。俺の『役割』ってなんなんだよ、って思っちまってよ」
上条「ずっとそんなことを考えてたら、全然結論が出てこなくて、お前に変な気を使わせちまったってことだ」
変なこと聞かせて悪かったな、と上条は謝罪した。
今更だが女の子に何話してんだ。少年は自己嫌悪のような感情が浮かばせ顔を曇らせた。
A子「…………ぷぷっ」
上条「へっ?」
A子と名乗る少女は口元を隠すように手を当てる。
彼女から吹き出すような声が聞こえた上に、目元だけ見てもわかるくらいニヤニヤしていた。
上条は何かあざとさのようなものを感じて目を細める。
上条「お前、今笑ったろ?」
A子「……ううん、別にそんなこと……ぷっ」
上条「現在進行系で吹き出してんじゃねえか! つかわざとやってんだろテメェ!」
A子「アハハハハハっ、ごめんなさいねぇ。あまりにもアナタには似合わない悩みを打ち明けられちゃったから、ちょっと面白くて」
上条「ぐっ、たしかにそうかもしれねえよ。けど、さっきも言ったが似合わないとか言われるほど接点はな――」
上条の言葉を遮るように、
A子「ま、私じゃ解決力のあるような一言はあげられないケド、一つだけ言えることがあるわぁ」
少女はステップを踏むように上条の前に立ち、後ろで手を組み、前かがみ気味になりながらじっと見つめて、
A子「そんなこと理屈で考えたっていつまでも決着は付かないわぁ。だから、アナタが本当にやりたいと思えたこと、それがアナタの『役割』ってことでいいんじゃないかしらぁ♪」
ニッコリと笑って、少女はそう答えた。
上条「本当にやりたいと思えたこと、か……」
上条は言葉を噛みしめるように反復する。
たしかに結標淡希を助けたいのは自分の本意だ。それは間違いない。
A子「少しは吹っ切れたかしらぁ?」
少女の問に上条は、
上条「……ああ。こんなところでグダグダしてる暇なんてねえよな。俺に何ができるのかなんてわからねえけど、とにかく今はがむしゃらにでも行動するしかねえよな」
A子「そ。それはよかった」
上条「ありがとな、えっと……」
A子「A子」
上条「あ、そうそう、A子さん。ごめん、何か最近物覚えが悪くて」
A子「別にいいわぁ、アナタはそういう体質になっちゃったのだからしょうがないわよ」
上条「体質……?」
首を傾げる上条。
だが少女は構うことなく、くるりとターンして再び通路を歩き始め、階段を降りていく。
頭にハテナを浮かべたまま上条も後ろを付いて行った。
階段を降り切ると、目の前に十字路の通路が見えた。
前方に通路は四、五メートル幅の道が五〇メートルくらい先まで伸びている。
この位置から見る限りは突き当りは壁で、さらにそこから左右に道がありそうだった。
左の道を見る。両方ともすぐに壁に突き当たって右に曲がるようになっていた。右の道も同様だ。
十字路の中心に少女は立ち止まった。そして、上条の方へと視線を向けながら話しかける。
A子「――さ、着いたわよぉ」
上条「着いた? ここに結標がいんのか?」
そう思って辺りを見回してみたがそれらしき人物は見当たらなかった。
というか上条と少女+その他一〇名以外は人一人いない。
A子「そういうわけじゃないわぁ。私が案内できるのはここまで、って意味の着いたよぉ」
上条「だったら最初からそう言え……ってあれ? 案内できるのはここまでってことは」
A子「そうよ。あとはアナタ一人で行ってもらうわぁ」
上条「お前は来ないのかよ」
A子「私は私でやることがあるのよぉ。それに昨日も言ったけど私は今の結標さんとは初対面。そんな女が行ったところで警戒力が増えるだけよねぇ、ってコト」
そもそも今の私は借り物の体だから面識力があっても意味ないんだけどね、と黒髪の少女は補足する。
そのあと少女はこれから行くべき道を上条へ懇切丁寧に説明し始めた。
何か『隠し階段』だとか『本来は存在しないはずの部屋』とかいろいろ言われて上条は頭がパンクしそうになる。
それを見かねた少女の簡単な説明によると、真っすぐ行って突き当たったら右に曲がって、すぐあるエレベーターの裏にある階段を降りた先に結標がいるらしい。
とにかく真っすぐ行って右に行ってエレベーターの裏に回って階段を降りればいいんだな、と上条は心の中で何回も復唱した。
A子「じゃ、私は行くとするわぁ。頑張ってねぇー」
上条「待ってくれ。ちょっといいか?」
A子「何かしらぁ?」
上条「何でお前はここまでしてくれたんだ?」
最初出会ったときからずっと気になっていた。なぜこの少女は自分を助けてくれたのか。
結標を助けるためか? しかし、彼女の言葉をそのまま鵜呑みにするならまったくの他人のはずだ。
そんな他人を助けようとする男に対して、少年院などという普通では絶対に入れない場所、そんなところまで連れてほどのことをする理由が上条には思いつかなかった。
A子「何で、か……」
少し考えてから少女は続ける。
A子「さっき言ったように私にもやることがある、目的があるってワケ。その流れでアナタをここに連れてきただけよぉ」
上条「目的……何だよそれ」
A子「女の子のプライバシーにズカズカ踏み込んじゃう男の子は嫌われちゃうんだゾ☆」
おちゃらけて言っているが、これ以上聞いたらブチコロスぞこの野郎と言っているのだろう。
こちらを見つめている十字形の星がそう訴えているのを上条は感じた。
A子「というかぁ、ここで私とウダウダとおしゃべりしてるのはよくないんじゃないかしらぁ? 正直、あんまり時間も残されていないわけだしぃ」
上条「げっ、そういえばタイムリミット一五分とか言ってったっけ」
A子「早くしないと結標さんがどこか行っちゃって、また行方不明になっちゃうかもねぇ」
上条「そいつは不味いな。じゃ、俺は行くよ。ありがとな……えっと」
A子「え――」
A子という偽名を発しようとした口を無理やりつぐんだ。
そして、ゆっくりと息を吸って、
A子「――『食蜂操祈』です!」
その名前を聞いた上条はうん? と疑念の表情を浮かべた。おそらく「そんな名前だったっけ」とか考えているのだろう。
しかし、少年はいつもどおりの感じに戻って、
上条「ありがとな! しょく、ほー?」
上条当麻は軽く手を振って通路の先へと走っていった。
A子「…………」
少女はそれを黙って見送りながら考えていた。
おぼつかない口調だが、彼に名前を呼ばれるのはいつぶりだろうか。心が踊る。にへら笑顔が溢れそうになる。
だけど、これは一過性の幸せ。どうせ彼は、もう自分のことなど覚えていないだろう。
食蜂操祈という名前はもちろん、もしかしたらA子という偽物の食蜂操祈の存在そのものも。
A子「さて、私たちも行くわよ」
警備兵達「「「「「「「「「「了解致シマシタ」」」」」」」」」
たくさんの警備兵たちを従えながら少女は左の通路へと歩いていった。
歩きながら上条当麻が向かっていた通路を横目に呟く。
A子「――ごめんなさい」
―――
――
―
少年院の遥か地下にある独房。その前にある細い通路に熊のような大男と長身の女、数人の武装した男たちが立っている。
その通路の床には一〇もいかない数の人が倒れていた。ほとんどが武装した男たちだ。
腹部や脚部に金属矢や割れた蛍光灯等の物体が突き刺さっていて、痛みで気絶したり動けないといった様子だった。
そんな中を、うつ伏せ気味に床で倒れている少女が一人。
結標淡希。座標移動(ムーブポイント)と呼ばれる少女。
いつもは二つに束ねている長い赤髪が、ヘアゴムが切れたのか無造作に背中に広がっていた。
元から傷だらけだった体に追い打ちを掛けられたように、新しい切り傷や打撲痕が目立つ。
いや、それらの傷が目立つと表現するのは間違いか。
なぜなら一番目立つ彼女の外傷は、体のいたる所に突き刺さっている金属矢なのだから。
長身の女、手塩が倒れている少女を見下ろしながら、
手塩「……随分と、手こずらせてくれたな」
熊のような大男、佐久が腕に刺さっていた金属矢を引き抜きながら、
佐久「痛ってえなぁ。あちらこちらへ物質転移しやがって、このクソガキが」
手塩「だが、もう能力を使う体力さえ、残っていまい」
佐久「そうだな。つーわけで、さっさとコイツ連れてトンズラと行くか。おい、お前ら拘束して連れてこい」
佐久のひと声で暗部組織ブロックの下部組織の男たちが動き出した。
一人の男の手には拘束具のようなものが握られている。結標を捕獲するために用意された空間移動能力者専用の拘束具だ。
結標「…………」
結標は薄れた意識の中、冷たい床を肌で感じながらボンヤリと考えていた。
『疲れた。もう指一本動かせない』。
全身は傷だらけだがもはや痛みさえ感じない。
『私、十分頑張ったよね。よくやったほうだよね』。
単身でいろいろな場所に乗り込んで、情報を探し回って、ここまでたどり着くことが出来た。健闘したほうだ。
『ごめんねみんな。助けられないで。ごめんねみんな。こんなダメなリーダーで』。
思い返してみる。彼ら彼女らに何もしてあげられなかった。最後の少女の『逃げて』という願いにさえも。
目の前にあった床が離れていく。体が抱え上げられたのだろう。
おそらく、拘束されてどこかしらに連れて行かれる。その先は地獄かそれより惨たらしい世界か。
恐怖や憎しみ、悔しさ等の負の感情が巻き起こるような状況だったが、結標はそうではなかった。
それだけのことをしてきた。こんな扱いを受けてもしょうがない。それをわかった上でこれまで行動してきたつもりだ。
後悔などはしていない、と結標は全てを受け入れるつもりでいた。
ただ、彼女の中に一つだけ、心残りのようなものがあった。
最後にある人物と会いたかったという感情。
その人物は、彼女にとって最低最悪のクソ野郎で、世界で一番嫌いな少年だ。
死んでしまえばいいのに。地獄に堕ちてしまえばいいのに。来世でも惨たらしく殺されてしまえばいいのに。
少年のことを思い浮かべると負の感情ばかりが頭をめぐる。
なぜ、こんな状況でそんな少年のことを考えているんだ。
なぜ、そんな少年と会いたいなどという感情が浮かんでいるんだ。
なぜ、もう会えないということを考えただけで寂しさのような、悲しみのような感情が湧いてくるんだ。
結標「……『一方通行(アクセラレータ)』」
なぜ、名前も聞きたくもない少年の名前を呟いているんだ。
彼女自身もそれはわからなかった。
ピシッという音が上から聞こえた。結標は視線だけを動かし天井を見る。
通路の自分から一〇メートル先の位置。そこの天井がまるで凍った水たまりを踏みつけた後のようにひび割れていた。
瞬間、轟音とともにひび割れた天井へ衝撃が走る。大量のガレキを床に落下させながら天井が崩れ去った。
その余波で通路内に暴風が巻き起こる。結標を抱えていた男がその風圧のせいで少女を離してしまう。結標は再び床に投げ出された。
結標「……い、一体、何が……?」
粉塵が巻き起こり、視界の悪くなったガレキの山を見る。
その上に人影のようなものが立っているのが見えた。
視界を奪っていた白い粉塵が次第に薄くなっていき、その影がくっきりと瞳に映り始める。
その影は少年だった。
肩まで伸ばした白い髪。汚れを知らないような白く透き通った肌。
線の細い体付きから知らない人が見れば白人女性と間違えるかもしれない。
首には電極付きのチョーカー。右手には現代的なデザインの杖。
こんな特徴の塊は、この街を捜しても二人といないだろう。
彼女がよく知っている少年だった。
真紅の瞳をこちらへ向けながら、少年は挨拶でもするかのような気軽さで、
一方通行「――呼ンだか?」
学園都市最強の超能力者(レベル5)の少年が語りかけた。
―――
――
―
垣根「――来たか、一方通行」
暗部組織スクールのリーダー垣根帝督が呟いた。
彼は今少年院の受付ロビーのようなところのイスに、缶コーヒー片手に腰掛けている。
周りには十人以上の武装した警備兵と思われし男たちが、血だらけになりながら床に伏せていた。
まさに死屍累々とはこのことだろう。
手に持っていた空き缶を適当に床へ放り投げながら垣根は立ち上がった。
垣根「このプレッシャー、間違いねえ。遅すぎるぜクソ野郎が」
垣根は懐から携帯端末を取り出した。いくつか操作をしてから電話口へと喋りかける。
垣根「お前ら仕事の時間だ。カモが来やがったぜ」
リーダーからの指示に返事をする少女が一人。
海美『何を言っているのよ。あなた以外はとっくの昔に動き始めているわ。サボリ魔さん?』
海美の嫌味を聞いて垣根は頭をガリガリと掻きながら、
垣根「へいへいうるせーな。各々状況報告しろ」
まず最初に報告し始めたのは海美だった。
海美「こちら心理定規&誉望組。裏門から少年院に侵入して現在地下二階にいるわ」
そう報告する海美の声の後ろには大量の銃声が鳴り響いている。
海美「で、今八人の兵隊と誉望君が交戦中。まあ、あと五秒位で終わるんじゃないかしら」
彼女の言った通り、五秒後には後ろから聞こえていた銃声が鳴り止んだ。
海美「というわけで、引き続き座標移動がいると思われる地下の独房へ進行するわ。大きな障害がない限り、あと二分くらいで到達するんじゃないかしら」
垣根「りょーかい。砂皿はどうだ?」
通信をオンラインにしているが、黙々と話を聞いていたスナイパー砂皿緻密へとパスする」
砂皿『こちらは狙撃場所を裏門から正門へと移動しているところだ。裏門では五人殺したが、一人逃して中への侵入を許した』
垣根「ほぉ、お前の狙撃から逃れるヤツがいるとはな。どんなヤツだ? 会ったらついでに殺しといてやるよ」
砂皿『年端も行かぬ少女だった。赤いセーラー服を着て茶色い髪をした』
垣根「……ああ、アイツか。俺もアイツにはムカついてたんだ。ぶち殺す楽しみが増えたぜ」
垣根が不気味に笑う。彼の言葉からして砂皿が逃した少女について何か心当たりのようなものがあるらしい。
垣根「じゃ、俺は今から表ルートで独房へ向かう。たぶん、一分もかからねえんじゃねえかなぁ」
そう言うと、垣根の背中から天使のような三対六枚の翼が現れた。
垣根は軽く足元を踏み付ける。彼を中心に直径五メートルくらいの大穴が床に開いた。まるでいきなりそこにあった床が無くなったように一瞬で。
床がなくなったため、垣根の体は重力に従い地下へと落下する。カツン、と革靴の音を鳴らし何事もなかったかのように床へ着地した。
警備兵D「なっ、何者だ貴様!? もしや例の侵入者だな!!」
垣根は気付いたら警備兵たちに囲まれていた。
人数は六人。狭い通路で。もちろん全員武装した男たち。
グシャ。
勝負は一瞬で決する。
警備兵たち全員の腹部に真っ白な巨大な杭のようなものが突き刺さり、大穴を開けた。
垣根の背中から伸びた六枚の翼が変形した物だ。
必殺の一撃を受けた警備兵たちはダラリと全身の力が抜け、持っていた銃火器を離し、床に崩れ落ちていった。
そんな状況を知る由もない海美が電話越しに語りかける。
海美『一分で着くのなら、ついでに座標移動の方も確保してくれればいいのに。たぶん、一緒にいるのでしょ?』
垣根「ハッ、馬鹿言うなよ。何でこの俺がそんな三下みてえな雑用をやらなきゃいけねえんだよ」
周りに転がる死体を気にすることなく、通路を歩きながら垣根は続ける。
垣根「それに俺のターゲットは片手間で殺れるようなヤツじゃねえ。だから、そんな雑魚に構ってられるかよ」
海美『そう。それは残念。じゃ、また独房で会いましょ?』
垣根「ああ」
そう一言返して垣根は端末を切った。
――――――
S9.総力戦
一方通行は独房のある地下の通路をざっと観察する。
前方にいるのは熊のような大男。筋肉質な長身の女。武装をしたいかにもな下っ端と思われる男三人。その後ろに倒れている有象無象。
そして、傷だらけの姿で倒れていて、そんな状態でもこちらへ視線を向けてきている少女、結標淡希。
通路の左右の壁を見る。そこには等間隔で独房に繋がっていると思われる鋼鉄の扉が取り付けられているが、その他に金属矢や蛍光灯が突き刺さっていた。
このことから、この少女は相当暴れたのだろう、と推測できる。自分の身も顧みず。
床に突っ伏した少女が震える声で問いかける。
結標「……な、なんでよ」
一方通行「あン?」
結標「何で貴方が、こんなところにいるのよ……?」
一方通行「オマエとの約束を果たすためだ」
結標「やく、そく?」
一方通行「ああ」
少年は目を逸らすことなくただ一点を、結標淡希を見つめて、
一方通行「――『結標淡希』。オマエと、オマエの周りにある世界、全部俺が守る。その約束を果たしに来た」
そう。これが彼をここまで動かしたその原動力。
ただの口約束だ。別に契約書を交わしたわけでもない。何の効力もない言葉だ。
だが、彼にとってはそれだけで十分だった。十分過ぎた。
結標「……なに、言ってん、のよ。そんな約束、私はした覚えなんてない、わ。」
一方通行の言葉を聞いた結標が顔を伏せながら、
結標「その約束は、たぶん、私が記憶を失っているときの、もう一人の『私』とした、約束のはずよ。それは、貴方もわかっているはず……」
一方通行「…………」
結標「だから、今の私とは、なんら関係ないこと。なのに、なんで貴方は……、そんな決して果たすことのできない、約束を果たしに、こんな場所へ来たのよ?」
彼女の言う通りだ。
この約束は彼女が記憶喪失をしているときに、一方通行との間に交わされたものだ。それは紛れもない事実。
今の結標淡希はそのときの『結標淡希』ではない。それも事実だ。
しかし、一方通行は揺るがなかった。
一方通行「果たせない約束だァ? 何言ってンだオマエ」
結標「え……」
一方通行「俺は言ったはずだ。結標淡希を守るってよォ」
結標「だ、だから、それは、もう一人の『私』で――」
一方通行「関係あるかよッ!」
結標の言葉をバッサリと切り捨てる。
一方通行「――あの時のオマエも、今のオマエも、紛れもない『結標淡希』だろォがッ!! 記憶があるだァ? ないだァ? そンなの関係ねェンだよッ!! 知ったこっちゃねェンだよコッチはよォッ!!」
一方通行が吠える。
今まで溜め込んでいたものを、内に秘めたものを、全て、彼女にぶつけるかのように。
一方通行「だから、俺はオマエを守るために、オマエをこのクソッタレな闇から救い出すために、こォしてこの場に立ってンだよッ!!」
結標「ッ……」
一方通行の言葉を聞いて少女は黙る。
彼の迫力に威圧されたのか。恐怖し、体が硬直したのか。それとも。
一方通行「……さてと」
視線を結標からその後ろにたむろしている者共へ向ける。
暗部組織ブロックの幹部の大男、佐久と目が合う。
佐久はそのコンタクトに応じるように、
佐久「テメェどうやってここに来やがった!? テメェに対してこの情報が入らねえように封鎖させていたはずだ!! テメェなんかがこんなところに来れるわけねえんだよ!!」
一方通行「そォかよ、ソイツはご苦労なこった。けどよォ」
煽るような口調で一方通行は口元を歪ませて、
一方通行「こォやってオマエらの前に立ててるっつゥことは、ソイツは点で無駄な努力だったっつゥことだよなァ? ぎゃはっ」
佐久にとってこの状況は、避けなければいけないものだと思っていた。
だから、水面下で情報を操作したり、一方通行に裏の事実を突きつけて心を折ろうともしていた。
しかし、一方通行はこの場に立っている。佐久の恐れていた状況になっている。
だが、佐久はあることに気付いた。それは自分の勝機へと繋がるような事柄。
今まで焦りの見えていた佐久の顔に余裕のようなものが現れる。
佐久「……お前、ここがどこだかわかるか?」
一方通行「あン? 少年院の地下の独房だが、それがどォかしたか?」
佐久「だったらお前も知ってんだろ? 『AIMジャマー』っつう対能力者用の装置の名前くらいよお」
一方通行「…………」
佐久「他の階層のヤツは、メンテ中で作動はしていなかったからテメェは気付かなかったみてえだが、ここのは稼働してんだよ! 俺たちが手を回したからなぁ!」
「本当は気付いてんだろ? 感じてんだろ? AIMジャマーっつうテメェらからしたら最悪の不快感をよぉ」と佐久が畳み掛ける。
一方通行「…………」
一方通行はその問いに対して無言を貫き、ジッと佐久を見つめるように睨みつける。
佐久が勝ち誇ったように、
佐久「AIMジャマーの影響っつうのは能力が強ければ強いほど、デカければデカイほど危険なんだってなッ! 例えばテメェみてえな超能力(レベル5)だとなおさらすげえんだろっ!?」
佐久「能力を使うたび腕や足が吹っ飛ぶかもしれねえっつリスクを負っちまう。つまり、そんな状態でチカラを使おうなんてヤツは自殺志願者でしかねえってことだ!」
佐久「どうりで強気な態度を取ろうとするわけだ。そりゃそうだよなぁ? 能力を使えないなんて悟られるわけにはいかねえからなあっ! 実は何のチカラも使えないクソガキでしたなんて気付かれるわけにはいかねえからなぁ!!」
ひとしきり言うことを言って、佐久は左手を上げる。
後ろにいた三人の下部組織の男たちが佐久の前に立った。手に持った機関銃を構え、照準を前方にいる一方通行へと定める。
佐久「好きな方を選びやがれ。鉛玉食らって蜂の巣になるか、一か八かチカラ使って自爆するか――」
手塩「…………」
ブロックのもう一人の幹部、手塩が一方通行を観察するように眺めながら考える。
最初から疑問だった。なぜ一方通行はこんなところに『来た』のか。いや、正確に言うと『来られた』のか、か。
手塩はAIMジャマーについて詳しくは知らなかった。だからこの階層のAIMジャマーがどの程度の範囲に効果を及ばせているのか検討もつかない。
完全にこの階層のみなのか、それとも上階にも影響があるのか。手塩の勝手な推測では前者と見ていた。
その理由は一方通行が天井を突き破って現れたからだ。
少年院の地下の階層を仕切る床や天井は核シェルターにも匹敵する強固な建材で作られている。能力者を収容する施設なため、そういった部分の耐久力にも力を入れているのだろう。
普通の人間が使うような兵器では到底破壊できない天井。それこそ核ミサイルを何発も打ち込まないと破壊できない鉄壁。
しかし、それはあくまで兵器での話だ。ベクトル操作という圧倒的なチカラを持った一方通行には関係のない話だ。
彼が本気を出せば、そんな強固な壁もコピー用紙を破るかのような気軽さで打ち破ることができるだろう。
ゆえに、一方通行は能力を使用して天井を破壊し、この階層へと侵入した。だから、上階にはAIMジャマーの効果は及んでいない。
一見、筋の通っていそうな推測だ。が、手塩は納得していなかった。
それは杖がないと歩けないような少年が、どうやって三メートル強の高さはある天井から安全に飛び降りたのか、という疑問が邪魔しているからだ。
普通に考えればベクトル操作の能力を使って、姿勢を制御して着地したと考えるのが妥当だろう。
しかし、忘れてはいけないことがある。この階層はAIMジャマーの効力の範囲内ということだ。おそらくこの床から天井に至るまで、通路全体へ広がっているだろう。
そんな空間でベクトル操作の能力を使用してしまえば、先ほど佐久が言ったように制御がうまく出来ず、安全に着地が出来ないどころか手足が吹っ飛んだりするかもしれない。
あの少年は一体、どうやって安全に着地したのか。
実はあの杖はフェイクで普通に動けるのか? AIMジャマー下で能力を使用してたまたまうまく制御できただけなのか?
手塩の中で仮説じみた疑問が次々と浮かんでくる。しかしそれらの疑問は、次に行った一方通行のある行動を見ることで、全て吹き飛び、正解が頭だけに残った。
一方通行は笑ったのだ。わずかにだが。口の端を引き裂くように。
手塩「――待て!! 罠だ佐久ッ!!」
手塩はとっさに反応し、佐久に銃撃を止めさせようとする。
だが、すでに佐久の左手が降ろされていた。ブロックの中で使われている『射撃しろ』のハンドサイン。
ズガガガガガガガガ!!
おびただしい数の銃声とともに、三つの銃口から弾丸が斉射される。
銃弾の到達地点は当然一方通行。訓練された兵士たちによる射撃。決して外すことはない。
一方通行は『避けることが出来ない』のか、ただその場に立ち尽くしていた。
いや、違う。
あれは『避けようとしていない』――。
ガシャシャシャン!! と何かが砕け散るような音が手塩の耳に飛び込んできた。
目の前に立っていた三人の部下たちが、銃を持っている方の腕を抑えながら、うずくまるように地面に倒れる。声にならないような声を喉で鳴らす。
彼らの腕から機関銃が消えていた。その代わりなのか、彼らの足元には大量の鉄くずと赤い液体が広がっている。
それらを見て音の正体がわかる。先程まで獣の咆哮のような音を上げながら銃弾を吐き出していた、三人の部下が持っている機関銃がバラバラに破壊された音だったのだ。
床に散らばった機関銃のパーツを見る。その中に明らかに使用済みの弾丸のようなものが数え切れないほどの数転がっていた。
その弾丸を見て手塩は気付く。これはあの機関銃で使われている物だ。
手塩は全てを理解した。この場で何が起こったのかを。
彼女が口からそれを発しようとする。しかし、手塩より早く隣に立っていた佐久が叫ぶ。
佐久「――なんで『反射』が使えるんだテメェはぁ!?」
その問いに一方通行は、
一方通行「…………」
答えない。
ただあざ笑うかのような笑顔で佐久を見ていた。
何も喋らない少年の代わりに、別の少年の声が通路の中を響かせる。
???「――『AIMジャマーキャンセラー』。製作『グループ技術部』。技術提供『とある学園都市のなんでも屋さん』」
その声は一方通行が開けた天井の大穴から聞こえてきた。
穴から人影が飛び込んでくる。床の上に難なく着地し、声の持ち主が姿を表す。
金髪にサングラスを掛け、アロハシャツの上から学ランに袖を通した少年。
佐久「て、テメェは『グループ』のリーダー、土御門……!」
土御門「初めましてだな。『ブロック』のリーダー、佐久」
佐久「なるほど、ようやく理解ができたぜ。第一位がここまで到達できた理由がよぉ」
土御門「そいつはよかったな」
二つの暗部組織のリーダーが相対する。
睨み合う二人。まるで真剣勝負の斬り合いをしているかのような威圧感。
ぶつかり合うプレッシャーが空間を重く圧迫する。
二人に割って入るように手塩が口を挟む。
手塩「AIMジャマーキャンセラー、と言ったか? なんだ、それは?」
土御門「言葉の通り、AIMジャマーを打ち消す装置、と言ったところか。実際はAIMジャマーを始めとした、AIM拡散力場を乱す装置全般を打ち消す、と言ったほうが正しいんだがな」
手塩「ば、馬鹿な。そんなものが、存在するのか……!」
土御門はうろ覚えのことを思い出しながら話すように、
土御門「オレも詳しい理屈とかは理解してないんだがな。AIMジャマーってのは能力者のAIM拡散力場にジャミング波みたいなのをぶつけて、乱反射させることで照準を狂わせる装置だ」
土御門「AIMジャマー内にいる能力者は常にAIM拡散力場が乱れている状態にある。だから、好き放題チカラを使えない」
土御門「そんな中で能力を使うためにはどうすればいいか。それは簡単だ。至ってシンプルな答えだった」
サングラスを中指で上げ、ニヤリと笑いながら、
土御門「乱れちまったAIM拡散力場を正常な数値に戻してやればいい。プラマイゼロを標準とした場合、マイナス五〇されたならばプラス五〇する。プラス一〇〇されたならマイナス一〇〇するという感じにな」
土御門「それを可能にしたのが『AIMジャマーキャンセラー』だ。一方通行の首に巻いてあるチョーカーに付いている電極、その反対側に取り付けられている装置がそれだ」
「余計なことぺちゃくちゃ喋ってンじゃねェよ」と一方通行は睨みつけた。
彼の言う通り、一方通行の首には電極付きのチョーカーが巻かれている。
それは一方通行から見て左側の位置にスイッチ兼バッテリーの装置が取り付けられており、そこからこめかみへと伸びた線を介してミサカネットワークからの電波情報を脳内に伝達する。
しかし、今はチョーカーの右側部分にも装置が増設されていた。元の電極と似たようなデザインだったが一回り大きく、少し首を右に傾けるだけで肩に当たりそうになる。
装置から伸びた線は一本だけで、それは元の左側に付いている電極に繋げられ、連結しているようだった。
一方通行「…………」
一方通行は首の右側についている装置を手で撫でながら考える。
普通なら口に出すだけで机上の空論だと切り捨てられそうな装置、『AIMジャマーキャンセラー』についてだ。
この装置は作戦時間三〇分前に叩き起こされたときには、既に首へ取り付けられていた。
最初は『ナニ勝手なことしてンだ』と激昂した。だが、土御門のどうしても必要なモノだという説得と、電極本来の機能自体は問題なく使用できたという事実で、嫌々ながら無理やり納得した。
そのときに先ほど土御門が言っていたような雑な説明を聞いていたが、それに関してはどうしても信じることはできなかった。
土御門は簡単に言ったが、狂ったAIM拡散力場を正常値に戻すのはそう簡単なことではない。
五〇や一〇〇といった大雑把な数字を上げていたが、実際は小数点以下どころかマイクロレベルの極小の誤差も許されない精密な分析が必要となるだろう。
歪んだ数字を元に戻すとするならその元の数値も正確に把握できていないといけない。
AIM拡散力場は常に一定の数値を保っているわけではない。能力者のそのときそのときに適した形に変化して、それを正常値としている。
そういった要因を含めた上で、AIMジャマーキャンセラーという装置を作ろうとした場合、その使用する能力者の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を完全に把握していなければいけない。
そんなことは不可能だ、と一方通行は思っていた。
だが、現実一方通行はこのAIMジャマーで能力が阻害されている状況で、正確に『ベクトル操作』というチカラを使用することができた。
先ほどの無理難題をクリアーしたということになる。土御門が言った『とある学園都市のなんでも屋さん』という言葉を思い出す。
一方通行(……ああ、そォいや居たなァ。そンなことを鼻の穴をほじりながらこなすことができるクソ野郎が一人な)
また変なところで借りを作ってしまったということか、と一方通行は舌打ちする。
次会ったときに、ムカつくような面して煽りに煽りまくってくるオッサンが絵に浮かぶ。
佐久「くそったれがッ……!」
手塩「…………」
一通りの説明などを聞いて圧倒的不利な状況に自分たちが立っていることに気付いたのか、ブロックの二人組は顔をひきつらせていた。
そんな二人を見た一方通行は適当に首を鳴らしながら一歩踏み出す。
一方通行(AIMジャマーキャンセラーっつってもやってることはAIMジャマーと同じだ。歪ンだAIM拡散力場をさらに歪ませて元に戻しているに過ぎねェンだからな)
一方通行(AIMジャマーは莫大な電力を食う。ソレはコイツも同じ。装置本体には俺の持っていた電極の予備バッテリーが搭載されていて、さらに電極に付いたメインバッテリーも併用させることで、やっと五分間起動させることができるっつゥ話だ)
ここにたどり着いてからどれくらいの時間が経ったか。一分か? 二分か?
関係ない。こんなヤツらを制圧するのに十秒だっていらない。
カシャン、と一方通行の機械的な杖の棒部分が収納された。
一方通行の両手が空く。苦手と悪手を広げながら悪魔のような笑顔で、ゆったりと佐久たちとの距離を縮める。
一方通行「――コイツは戦いなンて高尚なモンじゃねェぞ。ただのくだらねェ害虫駆除だよ、ゴミムシどもが」
―――
――
―
少年院の敷地内を一人の少年が歩いていた。
海原光貴。暗部組織『グループ』の構成員の少年だ。
彼の任務は外周の警備。グループに仇をなす者の外からの侵入を防ぐために行動している。
当初の作戦では海原は土御門と共に独房へ赴き、結標淡希を救出する役割を与えられていた。
しかし、急遽一方通行が加わったことでプランAからプランBへと変更され、番外個体と共に防衛の任についている。
海原「――さて、そろそろ始まっている頃ですかね」
携帯端末で時間をひと目確認した後、警報の鳴っている少年院の方へ目を向ける。
そんな海原の名前を呼ぶものがいた。
番外個体「おーい、海原ー」
海原「どうかしましたか番外個体さん。貴女の持ち場はこちらではないでしょうに」
番外個体「なんかねー、面白いことがあったから海原にも知らせてあげようと思って」
海原「……まったく、貴女という人は」
堂々と任務をサボっている少女を前にして海原は頭を抑えた。
番外個体のニヤニヤとした顔からして悪びれる様子はまったくないようだ。
海原「面白いこととは?」
番外個体「少年院の裏口の辺にさ、なんか集団自殺している人たちがいてね」
海原「集団自殺?」
番外個体「そうそう。みんなして自分のこめかみや脳天を自分の銃で撃ち抜いていたよ。ナイフ持ってる人は自分の心臓をぶっ刺しててさー、傑作だったね」
海原「…………」
ケラケラと笑う番外個体とは対局に海原は難しい顔をして何かを考え込んでいた。
ここは少年院。間違ってもネットの掲示板とかで集まった自殺志願者たちが来て自殺しにくるような場所ではない。
その自殺に使われた方法が拳銃やナイフ。ここの警備兵やブロックの連中が使っていそうな装備。
つまり、その自殺者たちは――。
?????「見つけたぞ」
二人の背中から声がかかった。
番外個体が歩いてきた方向。つまり、集団自殺があった少年院の裏口のある方向から。
海原「……どなたでしょうか?」
二人は声のした方向へ向く。そこにいたのは小柄の少女だった。
赤いセーラー服のような制服を来ていて、濃い茶髪を二つに束ねている。
鋭い眼光が二人を、いや、正確には海原光貴の方へと向けられていた。
番外個体「どうやら少年院に迷い込んだガキンチョとかじゃなさそうだね。裏にどっぷりと浸かったドブクセェ臭いがプンプンだー」
軽口を言う番外個体の体に紫電が走る。
二億ボルトの電撃をいつでも放出できるという合図だろう。
番外個体「『スクール』や『アイテム』にはこんなヤツいなかったと思うから、『メンバー』か『ブロック』か。どっち?」
?????「『メンバー』だ。まあ、目的のために利用していただけだから、そんな枠組みなど今となってはどうでもいいがな」
番外個体「そっか。てことはさくっとドタマぶっ飛ばして終わりー、って感じでオッケーってことだよねー」
番外個体は懐から鉄釘を取り出し、少女に向けて構える。
釘を持った腕に電気が走り、磁力による音速弾が放たれようとする。
しかし、海原がそれを止めるかのように番外個体の前に手を出した。
番外個体「ん? どしたの海原ー?」
海原「……あ、あなたは、まさか、そんな……」
番外個体の質問に反応することなく、海原は顔をこわばらせながら目の前に立つ少女を見つめている。
少年を鼻で笑うかのようにセーラー服の少女は、
?????「信じられないか? 私がここにいることが。夢か幻などというくだらない言葉で片付けようとでも思っているのか?」
少女が手を顔に持っていく。そして顔にある何かを掴むように指を引っ掛ける。
?????「――だったら、貴様に現実というものを突きつけてやろう」
顔についた何かを引き剥がすように、少女は手で顔を拭う。
瞬間、目の前に居たはずの茶髪の日本人的な外見の少女が姿が変わった。
堀の深い顔立ちをした浅黒い肌を持つ、くせ毛がかった黒髪を首元まで伸ばした少女が目の前に現れた。
海原「ショチトル……!」
ショチトル「久しぶりだな……『エツァリ』」
ショチトルと呼ばれる少女が目の前に現れ、海原は歪ませた顔をさらに歪ませる。
番外個体「えつぁり……?」
空気を読まずに番外個体はとぼけたような感じで首をかしげる。
嫌がらせのためにわざとやっているのか、それとも彼女の素なのか、もしくは両方なのか。
海原「エツァリとは自分の本名です。海原光貴はこの顔の持ち主の名。つまり偽名なんですよ」
番外個体「はえー、そうなんだ。じゃあこれからはエっちゃんって呼んであげるよ」
海原「ッ……いえ、結構です」
番外個体「遠慮しなくてもいいのにー、照れちゃってー。エっちゃん♪」
そんな二人の様子を見てショチトルが肩を震わせながら、
ショチトル「エツァリ貴様ッ!! 学園都市に寝返った裏切り者がッ!! まさか『組織』を裏切った理由はそのアホみたいで下品な女のためとか言わないだろうなッ!!」
褐色の少女の咆哮に番外個体はピクリと反応する。
番外個体「あん? 誰がアホで下品だってー? あんま調子乗っちゃってると×××に電極ぶっ刺して、体内に直接二億ボルトの電流ぶっ放しちゃうよん? これぞまさしく電気マッサージだね、略して電マ!」
お上品とは対局な発言を息を吐くように述べる少女。
いつもの海原なら『下品じゃないですか』と一言ツッコミを入れるだろうが、今の彼にそんな余裕はなかった。
海原「ショチトル。まさか貴女は裏切り者の自分を追ってこんなところに……?」
ショチトル「ああそうだ。長かったよ。こんな気持ちの悪い街に半年以上も閉じ込められるとは思いもしなかった」
ショチトルが片手を振るう。すると突然、手の中に白い大剣が現れた。
サバイバルナイフのような鋭い凸凹が両刃に付いた白い玉髄で作られた刀剣が。
ショチトル「それも今日で終わりだ。エツァリ、貴様を処分することによってな」
海原「『マクアフティル』……! 貴女がそんなものを持ち出してくるなどとは、一体何があったのですか!?」
海原の問いかけに答えない。白い大剣を携えたまま、少女はゆっくりと距離を詰めてくる。
その姿を見た海原はごくりと唾を飲んで、
海原「番外個体さん」
番外個体「なに?」
海原「ここは自分に任せてもらえないでしょうか?」
番外個体「いーよ」
番外個体は軽く返事をした。何の迷いもない。
海原のことを信じているのか、はたまた面倒事に巻き込まれたくなかったからなのか。
獲物を持って近付いてくる少女に背を向け、番外個体は離れるように歩いていく。
番外個体「じゃ、あとは若いお二人さんでごゆっくりー。ミサカは適当に外で散歩でもしてくるかにゃーん」
手をひらひらさせながら番外個体は少年院の表門へと向かっていった。
海原「……ありがとうございます。番外個体さん」
海原は構える。目の前に立ち塞がるショチトルと対峙するために。
かつて師弟関係にあった少女と戦うために。
―――
――
―
第七学区と第一〇学区の境目辺りに建てられた建物。一階と二階が吹き抜けになっているのが特徴の巨大な倉庫だ。
中央には巨大な物資運搬用のリフトが設置されていて、広大な空間内でスムーズな荷の移動が可能となっている。
各階には外部から搬入された物資が詰め込まれたコンテナが、倉庫内に隙間がないと思えるほどたくさん並んでいた。
倉庫の一角に二つの人影と一つの獣の影が見えた。
一人は男だった。
ボサバサとした白髪にメガネを掛けている中年の男性。
白衣を羽織っていることから、いかにもな学者という風貌をしている。
もう一人の影は少女だ。少女は二メートル四方くらいの小さなコンテナの上に寝かされていた。
打ち止め(ラストオーダー)。先ほどまで御坂美琴と一緒にいた少女だ。
顔が風邪を引いているときのように紅潮しており、息を荒らげさせ、全身から流れる汗でパジャマの生地が皮膚に貼り付いていた。
打ち止めの側には銀色の獣が佇んでいた。まるで少女を見張る番犬かのように。
『T:GD(タイプ:グレートデーン)』と呼ばれる全身を金属で覆った犬型のロボットだ。
御坂美琴が交戦していたロボット、打ち止めを連れ去っていったロボットと同じような型に見える。
犬型のロボットが耳に当たる部分をピクリと動かし、音声を発する。
イヌロボ『博士。超電磁砲に向かわせていた対超電磁砲仕様のT:GD二〇機が全滅しました』
少年の声だった。淡々とした口調で事実だけを報告した。
博士と呼ばれた男が特に表情を変えることなく、
博士「そうか。ところで『最終信号(ラストオーダー)』を例の場所に運び出す準備の進捗はどうなっているかね?」
イヌロボ『あとニ分ほどで完了するかと』
博士「超電磁砲がニ分以内にこの場所を特定し、ここまでたどり着く可能性は?」
イヌロボ『ありえませんね。仮に最初からここだと決めて全力で移動しても四分弱はかかる。まず間に合いませんよ』
博士「それは結構。では『馬場』君。最終信号の搬送とともに『君自身』もここから離脱したほうがいいのではないかね?」
『君自身』というのは今会話しているロボットのことではない。
『馬場』と呼ばれるこのロボットを遠隔操作し、回線をつないで会話をしている少年のことだ。
イヌロボ『何を言っているんですか。『ヤツ』が来るかもしれないんですよ? そのときは僕がぶち殺してやって、無様に床へ転がる死体をこの目で直に焼き付けないと気が済まない!』
機械の声色が変わる。今までの淡々としていたものから恨み辛みを込めたものへと。
博士は不気味に口角を釣り上げながら、
博士「君という男には本当に困ったものだ。このために我々『メンバー』の資金を一体いくら注ぎ込んだことか」
イヌロボ『博士には感謝していますよ。僕のワガママを聞いて、実現してくれたのだから』
博士が自分たちのことを『メンバー』だと名乗った。
そう。彼らはショチトルと同じ暗部組織『メンバー』の構成員だ。
博士はその中でもリーダーという立ち位置にいる。
博士「気にすることはない。これは投資だ。こちらとしても良いデータが取れることだろう。すぐに回収できる」
イヌロボ『必ずあなたの期待に応えられるように――』
カッ、カッ。ペタッ、ペタッ。
メンバーの会話に割って入るように、二人分の足音が倉庫内に響いた。
一人はコルク製の靴裏が硬い床を叩くような大人の男の足音。
一人はスニーカーで軽くステップでもするような年端も行かない子供の足音。
博士と犬型のロボットは足音のする方向へ目を向ける。
照明がついていない暗がりの通路から、二人の人間がゆっくりと姿を現した。
その姿を捉え、博士はメガネのズレを直しながら、
博士「……来ると思っていたよ。『木原』君」
ニヤリ笑い、その者たちの名前を言った。
数多「よぉークソジジイ。こんな日も昇ってないような朝っぱらから犬連れて散歩とはよぉ、ついに深夜徘徊するような歳になっちまったっつーことかぁ?」
円周「あっ、打ち止めちゃんだ。おーい、元気ー?」
木原数多と木原円周。
『木原一族』の二人がメンバーの二人に立ちふさがる。
博士「一応聞いておくが、一体どうやってことの場所を特定した?」
世間話でもするように博士は質問した。
数多「あん? それはコイツに聞いたら快く教えてくれたぜ」
数多はそう言って何かを放り投げるように右手を放った。
ドサリ、とその何かは緩やかな放物線を描いて床に落下した。
それは少年だった。メンバーの構成員である、彼らにとっては見覚えのあるジャケットを来ている高校生くらいの。
イヌロボ『――さ、査楽……!』
犬型のロボットを操作する少年がその名を呟く。
それは査楽と呼ばれる『メンバー』の構成員の一人だった。
ただ、それは彼らの知っている査楽という少年の顔とはだいぶ変わっていた。
顔が全体的に赤青く染まっていて、まるで内側から膨らませたかのように大きく腫れ上がっている。
穴という穴から血液を流しており、頭蓋骨が砕かれたかのように輪郭が歪んでいた。
何度も何度も叩かれ、何度も何度も殴られ、何度も何度も砕かれたのだろう。
その様子が容易に思い浮かべられるほど、査楽という少年は惨ったらしい外見をしていた。
数多「いやー、ほんと心優しい少年だったわー。家の周りをチョロチョロ嗅ぎ回ってたようだったから、ちょこっと小突いてやっただけで、日時場所目的全部吐いてくれるなんてなぁ。こんな素直でいい子今時いないぜぇ?」
口の端を割りながらギョロリとした目付きで、地面に転がった査楽を見下ろす。
博士も査楽を見下ろしながら、
博士「たしかにそのようだ。物理的な拷問程度で情報を売るとは暗部組織の人間としては失格だな」
同意する。博士の目から査楽への興味が消え失せていた。
メガネの奥の瞳が木原数多へと向く。
博士「さて、君は私たちの目的を知った上でどうするつもりなのか」
数多「そんなの決まってんだろ」
数多は小さいコンテナの上で寝ている少女を指差す。
数多「そこに寝ているガキを返してもらう。それはこちらにとっては大事な商品なんでな」
博士「ふん、随分と丸くなったものだな。木原数多君」
数多「あん?」
博士がため息交じりに続ける。
博士「楽しいかね? 生温い表の世界で幼稚な会社を作り、お山の大将を気取れるその生活が」
博士「従犬部隊(オビディエンスドッグ)と言ったかね? 従業員は当時の猟犬部隊(ハウンドドッグ)の部下だったか。そんな使い捨てのクズどもを起用するとは情でも移ったのかね?」
博士「仕事で最終信号を預かっているそうだな。隣で無邪気に笑うこの少女を見て庇護欲でも湧いたのかね?」
語りかけるように質問を投げ続ける。
ただただ一方的に。
数多「…………」
木原数多は答えない。
博士を見たままその場を動かなかった。
博士「……なるほど」
博士が何かに気が付いた。
まるで長年持ち続けた疑問の答えを見つけたかのような表情を見せる。
博士「去年の九月三〇日。君が最終信号を捕獲しウイルスを打ち込むという任務を放棄し、アレイスターを裏切った理由がわかった」
数多「何が言いてぇんだテメェ」
博士「君はあの幼い外見に惑わされてウイルスを打ち込むことができなかった。ただの実験動物とは思うことができなくなっていた。違うかね?」
博士の問いを聞き、数多が目を逸らし、顔を伏せた。
その様子を見た博士が白い歯を不気味に見せる。
博士「くだらない、実にくだらない。君はそういうものとは対局の位置にいるような人間だと思っていたがね」
博士「君たち木原一族はそこにいる木原円周のことを『木原』のなり損ないと称しているそうだな」
突然名前を呼ばれた円周が首をかしげる。
円周「?」
だが、それだけで円周は特に何も喋らない。
博士「私からしたら君のほうがよっぽど『木原』のなり損ないだよ。科学に巣食う木原一族が憐れみなどという、最も不必要な感情に流されてどうする?」
博士の言葉を聞いた数多の体は、震えていた。
彼の抱いている感情は、動揺か、怒りか、悔しさか。
数多「…………はは」
どれも違う。彼の抱いていた感情は、
数多「――ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
愉悦。
全てを卑しめるような笑い声が倉庫内に響く。
博士が眉をひそませる。
博士「何がおかしいのかね?」
数多「全部だよ」
一言で全てを突っぱねた。
数多「部下に情が移っただぁ? 新しい人員を補充するのが面倒だったからそのまま使ってやってるだけだ!」
数多「そこで寝ているクソガキに庇護欲が湧いただぁ? テメェは耳元でギャンギャン鳴く糞犬にそんな感情が湧くのかぁ? 俺には到底無理だねぇ!」
数多「『木原』のなり損ないだぁ? どこの誰が言ってんのか知らねえがそりゃ間違いだ。そもそも『木原』っつうのはなり損なえるモンじゃねえんだからよぉ」
数多は頭を掻きむしりながら続ける。
数多「『木原』っつのは生まれた時点で『木原』なんだよ。んなことがわからねえで『木原一族』を語るなんざ、愉快で素敵で馬鹿馬鹿しいヤツだよテメェは」
「まあたしかにぃ、円周は『木原』が足りてないのは事実だ。それは認めよう」と数多が補足する。
それを聞いた円周が頬を膨らませながら、
円周「ひどいよ数多おじちゃん。生まれた時点で『木原』は『木原』ってさっき言ったよねー? だから私も立派な『木原一族』の一員なんだよ!」
数多「そんなこと言ってる時点で足りてねえんだよクソガキが」
ギャーギャー問答している二人。まるで自宅でいつも通りやっているような他愛もないやり取りだった。
そんな光景に博士は気にすることなく数多に問いかける。
博士「だったらなぜアレイスターを裏切ったのかね? 君が私の言ったことを否定するというのなら、その選択肢を取ったことがまったくと言っていいほど理解ができない」
数多「そりゃできないだろうな。アレイスターの犬に成り下がっているテメェじゃあな」
博士たちが所属する『メンバー』は統括理事長アレイスターの直属の組織だ。
その役割は任務内容の善悪に関係なく、アレイスターの手足として動くことである。
数多「テメェはあのガキにウイルスを打ち込もうとした理由は何か知ってるか?」
博士「……ウイルスを打ち込んだ最終信号の上位権限で妹達(シスターズ)を使い、AIM拡散力場の流れを誘導することで虚数学区を展開させることだろう。そうすることで『風斬氷華』は『ヒューズ=カザキリ』へと進化を遂げる」
数多「そうだな。だがそのウイルスの影響でガキは完全に壊れちまう。ミサカネットワークは崩壊し、妹達はただのAIM拡散力場を世界中にばらまくだけの電波塔に成り下がっちまうっつーことだ」
博士「まさか、君はミサカネットワークなどという玩具を守るためだけに裏切ったというのかね? アレイスターの求めるものを拒否してまで」
数多「残念ながら、正解半分だ」
数多は鼻で笑う。まるで無知なものを見下すように。
数多「そもそもよぉ、必要なかったんだよ。あの任務自体がな」
博士「どういうことだ?」
数多「あん? お前知らねえのか? もしそうならとんでもないマヌケだっつーことになるんだがよぉ」
博士「だから、どういうことだと聞いている」
ニヤニヤとした顔付きで数多が告げる。
数多「『風斬氷華』はそんなまどろっこしい方法を使わなくても、既に自分で『ヒューズ=カザキリ』へと変貌を遂げてたんだよ。九月三〇日以前からな」
数多「そんな状態で実験材料を無駄に使い潰してぇ、無駄な労力使ってぇ、何にも変わりませんでしたっつー無駄な実験をするなんざ、面倒臭せぇだろうが」
その事実を聞かせられた博士は目を見開かせた。
目の当たりにした数多は確信したように、
数多「そんな面見せるってこたぁ、ミサカネットワークの利用価値もわかってなさそうだな」
博士「……第一位の代理演算をさせて延命措置をさせていることか? それとも一〇〇三一人分の死の記憶などというオカルトじみたもののことか?」
数多「たしかにそれもその一部分だ。けどやっぱわかってねえよ。そんな表に浮き出てきた誰でも知っている事実しか挙がってこねえ時点でな」
博士「他に利用価値があるというのか?」
数多「あるぜ。何十何百とな。そうだな、例えば――」
顎に手を当て三秒ほど考えてから、
数多「『ヘヴンズドア』って言葉、聞いたことあるか?」
博士「直訳すると天国への扉か。だとすると――」
博士が何を言おうとする前に数多は口元を引き裂きながら、
数多「ギャハハハハハッ!! そんな表面上の言葉にしか目が行ってねえ時点でテメェはアレイスターの犬、いや、その犬のケツから垂れ流される糞以下の価値しかねえヤツだっつうことだッ!! 残念だったなぁ!!」
博士の言葉を遮る。
まるで発言権を奪うように。可能性を潰すように。存在全てを否定するように。
叩き潰すような言葉を受けた博士は、
博士「……そうか」
ただ一言だけ。これといったリアクションを見せることなく。つぶやいた。
こめかみをポリポリと掻いた後、静かに語りかける。
博士「では君を処分した後で、ゆっくりとアレイスターからそれについて教えてもらうとしよう――馬場君」
名前を呼ばれた犬型のロボットは特に返事をしなかった。
その代わりにガシャン、という弾けるような音が倉庫内に何十も響き渡る。
数多は周りを見回した。倉庫内に置いてあった大量のコンテナの蓋が全て開いていた。
コンテナの中から何かがおもむろに姿を現す。
それは『T:GD(タイプ:グレートデーン)』と呼ばれる犬型のロボットだった。
しかし、それは目の前にいる博士の側で佇んでいる者とは違う形状をしている。
背中に巨大なドラム缶のようなものが載せられていた。そこから管が伸び、砲台のようなものへと繋がっている。
重量物を支えるため脚部にサスペンションのようなものが取り付けられていて、四足が大型化していた。
異形の機械を見た数多が何かに気付いたように呟く。
数多「あれは……『Gatling_Railgun(ガトリングレールガン)』か」
その言葉にかぶせるように馬場という少年が、犬型ロボット越しに、
イヌロボ『木原数多ぁ!! お前言ったよなぁ!? 俺を殺すなら第三位の『FIVE_Over(ファイブオーバー)』一〇〇機くらい用意しろってなぁ!! だから――』
ガシャン、ガシャン、と全方位からロボットが起動する音が聞こえてくる。
たくさんのコンテナの中から次々とドラム缶のようなものを背負った犬型のロボットたちが飛び出す。
イヌロボ『――用意してやったぞ!? ガトリングレールガンを搭載した『T:GD-C(タイプ:グレートデーンカスタム)』を!! 一〇〇機なあッ!!』
倉庫の一階と二階から。数多たちを取り囲むように全方位から。
一〇〇もののガトリングレールガンが銃口を向けられていた。
数多「……あー、そういやそんなこと言ったっけなぁ」
数多は面倒臭そうに頬を掻いた。
数多「よくもまあ、わざわざ俺なんかのためにそんなもん手間暇かけて準備してくれたもんだ」
イヌロボ『お前が全部悪いんだ!! あのとき素直に『最終信号(ラストオーダー)』を渡さなかったから!! 僕たちに歯向かったから!! 僕のプライドに傷をつけやがったから!!』
犬型のロボが咆哮する。
腹の中で凝り固まった負の感情を全てぶちまけるように。
イヌロボ『だからお前を殺すッ!! 吹き飛ばしてやるッ!! 粉微塵になるまで消し飛ばしてやるッ!! この一〇〇機のガトリングレールガンでッ!! この僕の手でッ!!』
ガシャコン!! と一〇〇機のガトリングレールガンの安全装置が外れる音が鳴る。
数多はため息をつき、隣に立つ円周を見て、
数多「円周。あの犬っころどもの相手はお前がやれ」
命令された円周は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
円周「えぇー? なんで私がー? 一人でイキり発言してに勝手にピンチへ陥ったのは数多おじちゃんだよねー」
数多「俺はそこのジジイの相手をしてやらなきゃいけねえからな。つーか、ピンチじゃねえし。俺一人でも余裕だからな残念でしたー」
それに、と数多は付け加える。
数多「今作ってる例の『装置』のテストにピッタリだとは思わねえか? この状況はよぉ」
そう言われた円周はしばらくボーッと考えた。
なるほど、と納得した様子を見せてから前線へスキップするように立つ。
それを見た犬型のロボは、
イヌロボ『木原円周か。そういえば君にも苦汁を舐めさせられたな。だったら、先に君から消し炭にしてあげるとするかッ!!』
円周から向かって正面の二階にいたガトリングレールガンを持つ獣が動く。
照準を少女に合わせる。ドラム缶の中からウォーン、という駆動音が鳴る。
数秒後、全てを貫き、全てを吹き飛ばし、全てを破壊する砲弾の嵐が木原円周へと発射されるだろう。
しかし、円周は気にせず首にかけた携帯端末を見ながら、ブツブツとつぶやいていた。
円周「うん、うん、うん、うん」
博士「……あれは」
博士はあることに気付いた。
木原円周は、電子端末を利用して状況に応じた他人の思考データを自分自身へと落とし込み、その他人の発想を得て戦術へと変えるという技術を持つ。
『木原』が足りていない彼女はそれを利用して『木原』を補うことで、あらゆる状況を対応する。それが彼女の戦い方。
彼は木原円周を何回か見かけたことがある。だから彼は木原円周の戦い方を知っていた。
だからこそ、博士は気付いた。その違和感に。
円周に会った何回か、その中で変わった部分はいくつかあったが、それはあくまで髪型や服装などというどうでもいい部分だけだ。
しかし、彼女は一貫して首から電子端末をぶら下げていた。上記の技術を使うために。
そんな過去に出会った彼女たちと、今目の前に立つ彼女には決定的に異なる点があった。
木原円周の首にはチョーカーのようなものが巻かれていた。
それには向かって右側に黒い機械のような物が取り付けれていて、そこから伸びたコードが二手に分かれて彼女のこめかみへと貼り付いていた。
博士はあるものが頭の中をよぎった。彼女と同じような装置を付けた人物を。
特殊な電極を取り付けたチョーカーを首に巻いた、学園都市の最強の超能力者を。
円周「うん、うん、そうだねアクセラお兄ちゃん」
円周は首元に付いた機械に手を伸ばし、それのスイッチを入れた。
ピーガガガガガガ、というノイズ音が走る。彼女の瞳に反射して映る、心電図のような線が上下に激しく動く。
携帯端末から手を離す。重力に従い落下し、ストラップに引っ張られるように首にぶら下がる。
円周「――『一方通行(アクセラレータ)』ならこォするンだよね」
彼女の瞳の色が変わる。全てを飲み込みそうな黒色から。
ドロドロに薄汚れた血のような赤色へと。
ドゴゴゴゴッ!! という連続した爆発の音が鳴る。
木原円周の正面に立つガトリングレールガンが発射された音だ。
音速の三倍を超える速度の砲弾が、毎分四〇〇〇発もの速度で、障害物を食い破りながら襲いかかる。
砲弾が着弾する。建物全体が地震のように揺れる。倉庫内に粉塵が巻き起こる。
ガトリングレールガンの音が止む。
木原円周の肉体が砕け散り、ターゲットを見失ったから砲撃をやめたのか。
今頃砲撃を撃ち終えたロボットは、砲身を冷却させながら次のターゲットへと銃口を移動させていることだろう。
しかし、現実は違った。
粉塵が晴れる。
ガトリングレールガンの発射地点の倉庫の二階、一機のガトリングレールガン搭載の獣が立っていた場所。
そこには誰もいなかった。その後ろにも何機か同じような獣が立っていたはずだ。だが。
その一帯はまるで爆撃でもあったかのように床は砕け、壁は吹き飛び、天井に大穴を開いていた。
粉塵が晴れる。
ガトリングレールガンの着弾地点と思われる場所、木原円周が立っていたはずの場所。
そこには人が一人立っていた。その姿は先ほどまでそこにいた少女だった。
木原円周が、ガトリングレールガン発射前と変わらぬ姿で、悠然とその場に立っていた。
博士「……ば、馬鹿な」
その一部始終を見ていた博士の顔が歪んだ。
この場で起こったことを説明できる一言を、その起こった現象の単語を呟く。
博士「――『反射』、だと……!」
着弾地点で首をゴキッと鳴らしながら円周はぼやくように、
円周「……うーン、反射角結構ズレてるねェ。威力も一〇〇パーセント跳ね返せてないし、まだまだ調整が必要かなァー」
まァイイか、と円周は思考をやめてガトリングレールガンを持つ獣達へと再び目を向ける。
円周「じゃ、とりあえず『一方通行』らしく、この一言は言っておかないといけないよねェ」
少女は赤い目を見開かせて、口端が裂けるくらい口角を上げて、
円周「――スクラップの時間だぜェ!! クソ野郎どもがッ!! って感じでお願いしまーす」
―――
――
―
スクールの二人組。『心理定規(メジャーハート)』と名乗る少女獄彩海美と誉望万化は、少年院の地下三階の通路を駆けていた。
通路にはバタバタと警備兵と思われる男たちが倒れている。通路を走る海美が倒れた警備兵たちを横目に、
海美「この死体、独房まで続いていそうね。この道を誰かが通ったってことかしら?」
誉望「おそらく第一位スよ。あんなえげつない殺し方しそうじゃないっスかアイツ」
誉望が言うようにその男たちは、決まって体にドリルのようなもので抉り取られたような傷を負っていた。
胸が裂け、腹に大穴を開けて。
海美「まあ、そう考えるのが妥当ってところかな。というか垣根のヤツが早く来てくれないと困るんだけど。このままじゃ私たちが第一位の相手をしないといけなくなるよ」
誉望「ゲッ、そいつは勘弁願いたいっスよ。アイツ相手にして一〇秒以上立ってられる自信ねえっス」
海美「言っておくけど私のチカラもアテにしないでよ? 何となく彼、逆上タイプな気がするし」
海美の能力は『心理定規(メジャーハート)』という精神系の能力だ。
彼女は対象の持つ他人との心理的な距離を、すなわち信頼度や親密度などを観測し、測定して数値化することができる。
例えるならある男が持つ恋人との心理的な距離は一〇、のような感じに。
さらに彼女の能力はそれだけではなく、その数値を元に自分と対象との心理的な距離を自由に操作することが出来るチカラがある。
彼女からすれば、見ず知らずの男と運命の赤い糸で結ばれた恋人同士にも為ることも、親を殺された宿敵同士のような関係性に為ることも、造作のないことだった。
海美の言う逆上タイプというのは、戦意を奪うためにチカラを使って親密な関係を偽装しても、『可愛さ余って憎さ百倍』という思考になり余計に襲ってくる人のことを指す。
実際、海美は一方通行に能力をかけたことはないが、彼女の勘がそうじゃないかと告げていた。
誉望「そんな状況で座標移動(ムーブポイント)を捕獲しろなんて、無茶言いますよねー」
海美「ま、最悪座標移動を私の能力で味方に付ければ何とかなると思うよ。彼女が相手なら第一位も全力は出せないでしょうし」
誉望「さすが心理定規さん。頼りになるっス」
会話をしながら進む内に通路の終わりが見えた。
その先にあるのは地下四階に繋がる階段。地下四階には地下独房まで繋がる隠し階段が存在する。
目的地はもうすぐそこまで来ている。
誉望「――ッ、誰かいる!?」
誉望の顔が強ばる。頭に付いた土星の輪のようなゴーグルに付いているケーブルの一本が大きく揺れる。
彼の念動能力は様々なことに応用することができる。
彼が今行っているのは、微弱な念動波を常に周囲に発することで周辺の物体の動きを感知するレーダー。
索敵や不意打ちを回避するために使用していたチカラが、誰かを感知した。
誉望の言葉を聞いて海美も警戒心を強める。
銃撃、爆発、刺突、あらゆる襲撃を警戒しつつ二人は通路の先にある階段前の広場へと飛び出した。
何も起こらない。
おかしいと思い、誉望はレーダーに反応した誰かがいるはずの方向を見る。
その先には壁伝いにベンチが置いてあった。おそらく看守が休憩するために置いているものなのだろう。
ベンチの上に何か黒いものが横たわっていた。誉望はそれが何かを確認するために目を凝らす。
それは少女だった。
見た目は一二歳位。パンク系の黒い服で身を包んでいる。
肩甲骨辺りまで伸ばした髪の毛の色は黒だったが、無理やり脱色させているのか先端だけ金色をしている。
そんな奇抜な格好をした少女が、ベンチの上で自分の両手を枕にして寝ていた。まるで暇潰しに昼寝でもしているかのように。
誉望「……なんだあれは?」
海美「たしか……あの子は――」
色物を見るように二人は少女を見る。
そんな二人の気配と視線に気付いたのか、寝転んでいた少女は目を覚ました。
少女は上体を起こして、首のコリをボキボキとほぐしながら、
??「ふわー、やべっ、寝ちまってた。ったく、暇過ぎんだろこの任務……おっ?」
辺りを見回した少女はスクールの二人の存在に気付く。
二人の姿を二秒くらい見つめた後、はぁ、とため息を付いてからゆっくりとベンチから立ち上がる。
??「チッ、アンタたちかよ。あー、クソッ、二択外しちまったなぁ」
海美「こんなところで何をしているのかしら? 『暗闇の五月計画』の生き残り、黒夜海鳥さん?」
黒夜と呼ばれた少女がニヤリと笑い、
黒夜「別に。ただのくだらない雑用さ」
黒夜海鳥という名前を聞いた誉望が何かを思い出し、耳打ちするように海美に話しかける。
誉望「黒夜、ってアレっスよね? 去年の九月くらいに垣根さんにボコボコにされた」
海美「そうね。垣根に圧倒的な力の差をわからせられたあの子よ」
黒夜「……聞こえてんだけど」
二人の会話に聞き耳を立てていた黒夜は体をプルプルと震わせていた。
事実、彼女は超能力者(レベル5)第二位の垣根帝督と相対したことがある。
そのときに超能力(レベル5)というチカラを見せつけられたことにより、戦意を完全に喪失させられていた。
屈辱的な過去を持つ黒夜はふう、と息を整えてから続ける。
黒夜「たしかにあのときの私はただのザコだった。それは認めるよ。けど、今の私はあのときの私じゃない。超能力者(レベル5)だろうと何だろうと全員ブチ殺せるチカラを持っているのさ」
黒夜「本当はここで、第一位を追ってきた第二位をプチッと潰して借りを返してやるつもりだったんだけどさ、実際に来たのはアンタら残念な三下どもってわけだ」
黒夜の発言を聞いた誉望の眉がピクリと動く。
誉望「垣根さんを潰す?」
黒夜「そうさ! 手足をぶった切って、内臓をグチャグチャにえぐり取って、脳みそコナゴナに吹き飛ばして、憐れな肉塊にしてやろうって言ってんだよ!」
両腕を大きく広げ、見下ろすように笑う黒夜。
絶対的な力を持っているような自信を少女から感じられる。
そんな黒夜に向けて誉望は手をかざした。ゴーグルに付いたケーブルたちが蠢くように動く。
何かを握り潰すように誉望はゆっくりとかざした手を握り締める。
ブチィ!!
黒夜の左腕が捻じり切れた。
まるで雑巾を絞っているかのように螺旋を描き、肘の先からブッツリと。
黒夜「…………は?」
捻じり切れた腕の断面からボタボタと赤い液体が床に垂れ落ちていく。
それを見た黒夜は怪訝な表情を浮かべる。
誉望がかざした手を下ろして、
誉望「この強度、普通の腕じゃないな? 骨格を特殊な合金にした義手か何かってところか」
まあどうでもいいか、と誉望は淡々と続ける。
誉望「俺の攻撃を感知することが出来ず、無様に腕を切断されているようじゃ、垣根さんには足元にも及んでいない。お前にはウチのリーダーを潰すことはできないね」
誉望の念動能力は発火・透明化・無音化・電子操作などの多彩な力を包括的に扱うことができる汎用性の高いチカラだ。
しかし、それはあくまで彼の能力に付属したオマケのようなもの。念動能力の本質は見えないチカラを操ることで、触れずに物体を動かしたり、干渉することが出来るというものだ。
超能力(レベル5)級と自称するその念動力の出力が、黒夜の合金製の義手を捻じり切ったのだった。
黒夜「……はぁ」
肘から先が無くなった左腕から目を離し、黒夜はつまらなそうにため息をついた。
黒夜「ほんと、残念だよなぁ……」
誉望「残念? お前の今の無様さのことか?」
黒夜「アンタらのことだよ」
黒夜は憐れむように誉望を、そして海美を見る。
黒夜「私の左腕をスクラップにしてくれたチカラの強さはたしかにすごいよ。けど、何でアンタは私の首じゃなくて左腕をわざわざ狙って潰してくれたんだ? そしたら一瞬でケリが着いたっつーのに」
誉望「ッ……」
誉望は睨みつけるように目を細めた。
黒夜「心理定規だっけ? 獄彩海美だっけ? まあ、どっちでもいいや。アンタここにいるってことは銃なり何なり持ってんだろ? いくらでもチャンスはあったはずなのに、何で私を撃ち殺さなかったんだ?」
海美「…………」
海美は表情を変えることなく黒夜を見ていた。
黒夜「アンタらはどこかで思ってたんだ。ウチのリーダーの垣根帝督があっさりと打ち払った相手だから、自分たちでも余裕で処理できる相手なんだと」
黒夜「自分たちは会ったことはないけど、リーダーがクソザコだって言ったコイツは驚異になりえない相手なのだと、勝手に私のことを値踏みしてたんだ」
黒夜「だから、こうやって急所を狙わないなんていう舐めた戦いをしやがるし、後ろから呑気に観戦を決め込むことができるのさ」
黒夜はベンチに置いてあったイルカのぬいぐるみを手に取り、抱きかかえるように持つ。
パァン、とそのイルカのぬいぐるみは音を立てて破裂した。
黒夜が引き裂くように笑う。彼女のまとう空気が変わる。
黒夜「――つまり、オマエらは私を殺すことが出来る最後のチャンスを無様に失ったっつゥことなンだよッ!! わかったかなァー三下どもがッ!!」
ゴパァ!! 黒夜から爆発のような空気の流動が、階段前の広場で巻き起こる。
誉望「ぐっ!?」
誉望は咄嗟に目の前に念動力によって透明の壁を作り出した。
四トントラックと正面衝突しても破れない鉄壁の壁を。
しかし、黒夜の起こした爆風はそれを発泡スチロールのように突き破り、誉望の体を吹き飛ばした。
誉望「――ごぷっ!?」
背中から壁に叩きつけられた少年は吐血し、そのまま床に崩れ落ちた。
海美「誉望君!?」
あまりに急の出来事に海美が取り乱す。
しかし、即座に意識を倒れた誉望から黒夜に移した。
懐から取り出した銃を構え、銃口を向ける。
海美「……な、なによ、それ……」
海美は目を大きく見開かせた。
黒夜の腕が増えていた。比喩ではなく。横腹から左右合わせて二〇本近い数。
掌は赤子のように小さいが、長さは彼女の腕とそう変わらない。
色は肌色だが質感はビニール製品のようなもので、いかにも人工物的な光沢を放っている。
黒夜「コイツかァ? そォだな。いわゆる私の第二形態ってところかな? 私のチカラを大幅に増加させることができるね」
海美「気味の悪い姿ね」
黒夜「機能的と言って欲しいねェ」
海美は考える。
おそらくこの相手と正面からぶつかって勝つ確率などゼロに等しいだろう。
そもそもそういった戦いは海美が得意とする分野ではない。
海美(心理定規(メジャーハート)を使うしかない。もしかしたら逆上タイプかもしれない、とかそんなことを考えている暇はなさそうね)
海美が能力を使用するために意識を集中させる。
黒夜は『暗闇の五月計画』という実験の被験者だ。
超能力者(レベル5)第一位の一方通行の思考パターンの一部を植え付けることで、能力を向上させている能力者。
一方通行が逆上タイプかもしれないと思うように、黒夜に対しても似たようなものを海美は感じていた。
しかし、今そんなことを気にして何もしなければ殺されるだけだ。
海美(まずは、あの子の中の心理的な距離を――なッ!?)
海美の表情が歪む。彼女にとって信じられないことがわかったからだ。
彼女は心理定規のチカラを使い、黒夜の中にある心理的な距離を測定しようとした。
だが、それはできなかったのだ。
まるで、機械相手に能力を使用しているような感覚を、海美は覚えていた。
海美「――貴女は一体なんなのよ!?」
目の前に立つ人の形をした異形の化け物を見て、海美は叫ぶ。
黒夜「そォいえば私の方からきちンと名乗ってなかったか……」
再び黒夜は嘲笑うように腕を広げた。
それに連動して脇腹から生える腕たちも蠢くように広がる。
黒夜「――『グループ』所属。黒夜海鳥。いずれ暗部の頂点に立つ女だ。ヨロシク、お姉さン?」
―――
――
―
『スクール』に雇われている狙撃手、砂皿緻密は建設途中のビルにいた。
磁力狙撃砲を構え、スコープを覗き、何かをじっと見据えている。
彼の視線の先にあるのは少年院の正門だった。
このビルは少年院から大体五〇〇メートルくらい離れた位置にある。
ここからでは少年院の塀が邪魔をして敷地内までは見えないが、建物周辺の情報を探るのには十分な場所であった。
砂皿緻密の任務は外部からの侵入者の狙撃。『スクール』の害と為す者の排除。
先ほどまで少年院の裏門側にある似たような地形の建物に籠もり、五人ほどの狙撃し殺害したところだ。
スナイパーは位置をバレるわけにはいかない。そのため、砂皿は表門側にあるこのビルに移動をしたのだ。
砂皿(……今の所、外部から侵入しようとする者はいないか。こちら側はハズレだったか?)
表門側には人っ子一人いなかった。
裏門側にいたときは、頻繁に人が出入りしているのを見たからなおさら人通りがないように見える。
砂皿(任務の残り時間は五分もないか。しかし、また裏門側に戻る時間もあるまい)
安全のためとはいえ、狙撃場所を移動したことに若干の後悔を覚える砂皿。
そんな彼の覗いているスコープに一人の少女が映り込んだ。
肩まで伸ばした茶髪。手入れをしていないのか髪の毛の先があちこちへとハネていた。
野良犬のような鋭い目付きをした瞳の下には隈のようなものが見える。
砂皿(……あの女、裏の人間だな)
砂皿はスコープに映る少女のことを知らない。だが、薄汚い闇の世界に住み着く裏の住人だと一瞬で見抜いた。
理由は、彼女が少年院の正門から歩いて出てきたことを確認したからだ。
最初は脱獄犯か何かと思ったが、着ている服は囚人服ではなく白色の全身を包むような戦闘スーツのようなもの。
少年院に勤める警備兵かとも思ったが、銃火器も装備していないし、成人にも満たしていない幼い外見からそれはないと判断した。
砂皿(リストにない顔だな。ということは『グループ』の不明だった残り二人のうちどちらか、それ以外の誰かか……)
頭の中に記憶している暗部組織の構成員のリストと照合したが、あのような少女は見たことなかった。
しかし、砂皿はそんなことは気にもしていなかった。
砂皿(私の仕事は『スクール』に害を為す者の排除だ。その可能性のある者なら狙撃するだけだ。相手が誰だろうと関係はない)
砂皿は少女を狙撃するために周囲のビル風や空気抵抗などの計算をし、照準を合わせる。
スコープに映る少女はまるで目の前に立っているかのようにくっきりと見える。
この距離なら外すまい、と砂皿は引き金に指をかけた。
と。
スコープ越しに映る少女と目が合った。
一瞬目が合ったとかそんなものではなく、ハッキリとこちらを見るかのように、顔を正面に据えて、視線を向けてきた。
砂皿「ッ!?」
信じがたい出来事に砂皿は一瞬体がビクリと反応し、スコープから目を離してしまった。
砂皿の手にはじわりと嫌な汗がにじみ出てくる。
だが、彼もプロだ。すぐに息を整えて、狙撃の体勢へと戻り、スコープを覗き直す。
少女は何かをこちらに向けていた。
手だ。腕をこちらへ真っ直ぐと伸ばし、拳を握り締めるような形にして、親指と人差指の間に何かを挟み込むように持って。
真っ赤な舌で出して、舌舐めずりをした。
砂皿(……なんだあれは――)
砂皿がそれが何かを理解する前に、彼の視界がオレンジ色に染まった。
ゴシャン!!
覗き込んでいたスコープごと、磁力狙撃砲が弾け飛んだ。
砂皿「ごっ、がああああッ……!?」
砂皿の体は建設途中のビルの足場にのたうち回るように転がっていた。
右腕に傷を負ったのか血でにじむ長袖を左手で抑えている。
爆散した磁力狙撃砲に巻き込まれたのだろう。
砂皿(……まさか、狙撃されたのか!? この私が!?)
あの一瞬の出来事から砂皿はそう推測を立てる。
彼女は銃火器を持っている様子はなかった。手ぶらだ。つまり、彼女は何かしらの能力者だということ。
砂皿(チッ、いずれにしろ場所が割れている以上、ここに居座る道理はない。撤退だ)
側に置いていた大きな鞄を開け、磁力狙撃砲だった部品を乱雑に押し込める。
ここに自分がいた形跡を残すわけにはいかないからだ。
その最中に、部品と混じって転がっている、ある物が目についた。
砂皿(これは……釘、か?)
それは鉄製の釘だった。
ここは建設途中のビル。すなわち工事現場だ。釘の一本や二本落ちていてもおかしくはない。普通ならそう判断するだろう。
しかし、その釘は金槌で横から殴ったようにひん曲がっていた。そして、焼けたように真っ黒に焦げていた。
それを見て、砂皿はあることを思い出す。
学園都市にいる超能力者(レベル5)と呼ばれる能力者の第三位に当たる少女のことだ。
少女が使う超電磁砲(レールガン)という技。それは金属で出来たコインを音速の三倍で射出することによって莫大な破壊力を生むというものだ。
砂皿の覗くスコープがオレンジ色の光に包まれたのはなぜか。
莫大な電力が彼女の周りに放たれたからではないか。
鉄釘がなぜ黒焦げているのか。
電気を纏って射出されたため熱で焼けたからではないか。
超電磁砲は金属製のコインを飛ばす技だ。
コインが飛ばせるのなら鉄釘を飛ばせてもおかしくはないのではないか。
砂皿(……もしや、ヤツが第三位の超能力者(レベル5)、『超電磁砲(レールガン)』というヤツか)
片付け終わった砂皿は鞄を肩へ掛け、下の階へと降りるために階段のある方向へ目を向けた。
すると、
カン、カン、カン。
下から金属製の階段を歩いて上ってくる音が聞こえてきた。
誰かがこのビルへと上ってきている音だ。時間が時間だ。工事現場の人間ではないだろう。
砂皿は身構える。その階段の音は次第に大きくなっていき、距離が近くなっていく。
階段から人影が現れる。
????「――こんにちはー!! アナタだね? スクールに雇われてるスナイパーさんってヤツは」
砂皿「……貴様は超電磁砲か?」
砂皿は冷静に問いかける。
????「残念ながら違うよ。というかミサカをあんな幼児体型のおこちゃま趣味と一緒にしないで欲しいよねー」
砂皿「なら貴様は何者だ?」
再び尋ねられた少女はクスリと笑い。
番外個体「そうだね。名前なんてないけど、あえて名乗るなら『番外個体(ミサカワースト)』とでも言っておこうかな」
それを聞いた砂皿は肩にかけた鞄を床に落とした。
砂皿「……そうか。貴様は超電磁砲ではないのだな」
番外個体「だからそう言ってるじゃん」
砂皿「それはいいことを聞いた」
砂皿は懐から拳銃と、何かに使う機械のようなものを取り出した。
そして、番外個体と名乗る少女をじっくりと見据えて、
砂皿「ならば、何の問題もなく殺せそうだ」
その言葉を聞いた番外個体は唇をぺろりと一舐めしてから身構える。
番外個体「相当自信があるみたいだね」
砂皿「私がこの街に来てから半年となるか。『スクール』の所属となり、あらゆる者と戦ってきた。学園都市が作り上げた不気味な機械はもちろん、あらゆる能力者たちともな」
砂皿が拳銃の安全装置を外し、銃口を少女へと向けた。
砂皿「貴様は電撃使い(エレクトロマスター)だろ? 私は大能力者(レベル4)程度の電撃使いなら二人殺したことがある。もちろん狙撃ではなく、こうやって直にな」
番外個体「……なるほど、たしかに嘘は言っていないみたいだね。生存意識が薄いミサカでも死ぬかも、って思えるくらいのプレッシャーを感じるよ」
けど、と番外個体は続ける。
番外個体「それはあくまで、ミサカがレベル4程度のザコザコ電撃使いっていう前提の話だよねー?」
砂皿「何が言いたい?」
番外個体「だってさ――」
番外個体は笑う。
まるでこれからイタズラを仕掛けようとするかのような笑顔を見せる。
番外個体「――誰もミサカが大能力者(レベル4)の電撃使い(エレクトロマスター)だなんて、一言たりとも言ってないよねぇ?」
ふと、砂皿はある装置が目に入る。それは番外個体と名乗る少女のうなじに取り付けられている物だった。
まるで無理やり接着剤か何かで後付したような、取ってつけたような違和感を放つ機械だ。
その装置にはランプのようなものが点灯していた。薄い黄緑色だ。
そして、砂皿は見た。
そのランプの色が、黄緑色から赤色に変化するその瞬間を。
―――
――
―
上条当麻はエレベーターの裏にある隠し階段の前に、つまり、結標淡希がいると言われている場所へと繋がる入り口の前で立ち尽くしていた。
上条「……クソッ、何やってんだ俺は……! 早く動けよ。今さら何をビビってんだよ……!」
上条は呟くように自分を奮い立たせようとする。
しかし、少年の足は根を生やしたように動かない。
上条(さっき爆発みたいな音が聞こえた! 地震みたいなもんが起こった! もしかしたら結標の身に何かが起きているかもしれねえんだぞ!?)
結標淡希を助けたい。その気持ちはたしかに存在する。
上条(さっき決めただろうが! 俺がやりたいと思ったことが俺の『役割』なんだって! なのに、なんで動かねえんだよ!? 俺の身体!!)
頭ではそう思っていても身体は正直、というヤツか。
どこか無意識の部分で恐れているのか。再び、結標淡希に拒絶されるかもしれないということを。
くっ、と上条当麻は右拳を壁に打ち付けた。
拳にじわりとした痛みが広がる。
上条「はっ、何やってんだ俺!? 今何時だ!? あと何分残ってんだ!?」
上条当麻はポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認しようとする。
ゾクッ、
背筋に這い寄るような悪寒が走り、携帯電話を開こうとする上条の手が止まった。
上条「なっ、なんだっ!?」
上条当麻は振り返る。当たり前だが誰もいない。
小走りでエレベーターの裏からエレベーター前への廊下へと行き、確認する。誰もいない。
それを確認したのになぜか上条が感じる悪寒は一向に収まらなかった。いや、むしろ段々と強くなっていく。
カツン、カツン、カツン。
なにかの音がこちらへ向かって近付いてくるのを上条の耳が捉えた。
これは革靴で硬い廊下の床を歩いてできる足音だろうか。
とにかく、何者かがエレベーターの裏にある隠し階段を、その先にいる結標へ向かって近付いてくる。
上条「…………」
上条は息を飲む。心臓の鼓動が加速する。じわりと嫌な汗が全身に流れる。
じわりとにじみ寄ってくるプレッシャーに上条当麻の息が荒くさせる。
ついに、その悪寒が全身を包んだ気がした。
そして、男は現れた。
廊下の二〇メートルくらい先にある曲がり角から、革靴の音を鳴らしながら、ゆっくりと歩いて。
その姿を見た上条当麻の全身が強張った。
上条「――て、テメェは……!」
上条当麻はその男のことを知っていった。
たった一度しか会ったことはなかったが、しっかりと脳裏に焼き付いていた。
その男と出会ったのは冬休みの時に行ったスキー場。そこで開催されていた雪合戦大会の準決勝のときだった。
正体不明のチカラを使い、自分だけではなく他のチームメイトである友達にまで、雪合戦という領域を遥かに超えた攻撃をしてきた男。
上条当麻はその男の名前を知っていた。
叫ぶように、吠えるように、嘆くように、上条はその名前を口に出す。
上条「――垣根提督!!」
垣根「あ?」
名前を呼ばれた垣根は今気づいたかような様子で上条へ話しかける。
垣根「テメェは雪合戦のときにいた無能力者(レベル0)じゃねえか。何でこんなところにいやがんだ? もしかして、何かやらかして捕まっちまったのか?」
垣根は軽い冗談のようなものを交えながら上条へ問う。
しかし、上条の耳にはそんな言葉は届いていない。
上条「何でテメェがこんなところにいるんだ!?」
敵意剥き出しの上条を見て、垣根は面倒臭そうに頭を掻いた。
垣根「ったく、質問を質問で返してんじゃねえっつうの。俺はここに用があって来ただけだよ。少なくともテメェには一ミリたりとも関係のな……うん?」
関係のないという言葉を言いかけた垣根が何かに気が付き、言葉を止めた。
顎に手を当て、何かを考えている様子だ。
しばらく考えてから、垣根の表情が変わる。
禍々しさを放つような笑顔へと。
垣根「――テメェ、もしかして座標移動(ムーブポイント)を助けにこんなところまで来やがったのか?」
上条「ッ!?」
図星を突かれた上条の身体に緊張が走った。
垣根が笑いながら続ける。
垣根「ぎゃははっ、正解かよ? カッコイーなぁお前。そんなくだらないことのために一人で少年院にまで乗り込んだのか? 傑作だぜ」
上条「くだらないこと、だと?」
上条は垣根を睨みつける。
上条「困っている友達を助けることがくだらないことなのか!? 鼻で笑われるような馬鹿馬鹿しいことなのか!?」
垣根「何をマジになってやがんだ。コイツもしかしなくても本物か? 気色ワリー」
上条「質問に答えろよ!!」
お前が言うなよ、と垣根は呟く。
ため息をついてから氷のような冷たい目で問う。
垣根「お前、座標移動とはどういう関係なんだ?」
上条「言っただろ! 友達だ!」
垣根「いつからだ?」
上条「ッ」
上条は垣根の言いたいことを瞬時に理解した。
それは今の上条がここに立っているという意思を打ち砕くような致命的なこと。
だから、言葉が詰まり、返答をすることが出来ない。
垣根「幼稚園の頃からの仲か? 小学校の頃からか? 中学校の頃からか? 高校へ入学してからか?」
垣根はそのまま続ける。
垣根「――アイツがテメェらのいる高校へ転入してから、か?」
上条「…………」
上条は答えない。答えたくない。認めたくない。
垣根「もしそうだとするならよ、今の座標移動とお前は友達どころか知り合いですらねえ、完全な赤の他人ってことになるよな?」
ダメだ。やめろ。やめてくれ。
垣根「だったらさ、今の座標移動がお前なんかの助けを待ってるわけねえだろ。そんなヤツを勝手に友達認定して助けに行くなんて、一体何様のつもりだよヒーロー気取りクン?」
上条「…………ぁ」
少年の中にある芯が叩き折られた。
上条は腕をだらんと下ろし、力なくその場に立ち尽くす。
今まで自分を奮い立たせていたものが崩れ、気力が削がれる。
垣根「チッ、つまらねえヤツ」
吐き捨てるように言った垣根は再び歩みを進める。
独房へ繋がる階段のある、エレベーターのある方向へ向けて。
呆然と立つ上条と目的地へと進む垣根がすれ違う。
その際に垣根が、
垣根「さて、やっと会えるぜ『一方通行(アクセラレータ)』。今からぶち殺せるかと思うと楽しみで仕方がねえ」
白い歯を不気味に見せながら、呟くように宿敵の名前を呟く。
上条「あくせら、れーた……?」
上条当麻の耳にもその名前が届いた。少年の止まった思考が再び動き出す。
なぜ、一方通行の名前をつぶやきながら結標のいる独房へと向かっているんだ?
そういえば、結標を救うために暗部という闇に立ち向かっている一方通行は今どこにいるんだ?
そんなの決まっている。今も結標を捜してどこかを駆け回っているはずだ。
いや、違う。一方通行は頭のいいヤツだ。絶対に場所を突き止めて、そこにいるはず。
そうか。だから、垣根帝督は――。
上条「――おい、垣根」
上条は呼び止める。
垣根「あん?」
垣根がどうでもよさそうに振り返り、呼び止めた少年の方へと目を向ける。
垣根「ッ!!」
そこにいたのは右手を握り締め、右腕を振りかざし、右拳を垣根に叩き込もうとする上条当麻の姿だった。
ゴガッ、と上条の鉄拳を垣根は腕をクロスすることで防御する。
その衝撃で垣根の体が二メートルほど後ろへ下がった。
腕に痺れを感じているのか、垣根は手を握ったり広げたりしながら、
垣根「一応、俺の体にはオートで能力の防衛機能が働いてたんだがな。相変わらず、気持ちの悪いみぎ――」
上条「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
垣根が言い切る前に上条は叫びながら再び右拳を振りかざす。
大ぶりで腕を振り回すように放たれた右ストレート。
チッ、と垣根は舌打ちをしてからそれを飛び越えるように跳躍して避けた。
バサリ、と空中に滞在する垣根の背中から六枚の天使のような白い翼が現れる。
そのうちの一本が巨大な杭となって、上条当麻の心臓を貫くために射出された。
バキン。
上条はまるで投げられたボールを掴むように杭を右手で捕らえ、握り潰した。
静かに床に着地した垣根がそれを見て、忌々しそうに言う。
垣根「ホント、何なんだその右手? スキー場んときは何かの間違いかと思っていたが今ので確信したよ。テメェは異常だ」
上条「そうだよな。俺ってホント馬鹿だよな」
垣根「はあ?」
一見、会話になってそうでなっていない上条の返答を聞き、垣根は眉をひそめた。
それもそのはずだ。上条は自分に対してその言葉を言ったのだから。
上条「たしかに俺はヒーロー気取りの大馬鹿野郎だよ。勝手にそれが自分の『役割』だと思い込んで、一人で勝手に背負い込んでたんだからな」
上条「本当のヒーローは俺なんかじゃない。結標淡希っていうヒロインを助け出すのは『アイツ』なんだよ。俺はせいぜいそれを傍から見守るだけのエキストラだ。通行人Aだよ」
上条当麻は誰かに問いかけるように続ける。
上条「だったらさ、通行人Aの俺が出来ることってなんだろうな? 俺の『役割』ってなんなんだろうな?」
上条当麻は睨みつけるように垣根を見る。その瞳は先ほどまでの迷いのあった少年のものではない。
希望のような、勇気のような、進むべき方向を見つけた、ハッキリとした意思を持った目だ。
上条「そんなの決まってんだろ? ヒーローとヒロインが一緒に困難を乗り越えようとしているのに、それに水を差すどころか泥水をブッ掛けようとしてるヤツが目の前にいるんだ」
上条は右腕を真横に広げる。道を塞ぐかのように。
上条「そいつをこっから先へ通さねえことだよ。例え、この体が真っ二つに切り裂かれようが、全身の骨がコナゴナに砕けようが、この心臓が止まって死んじまっても、な」
垣根「……くっはっ」
立ちはだかる少年を見て、垣根は吹き出すように笑った。
垣根「面白れえじゃねえかよテメェ。まさか、この俺が超能力者(レベル5)第ニ位の垣根帝督だと知った上で、そんな舐めた口を利いてくるヤツがいるとはな」
垣根「けど、残念だよ。いつもの俺なら少しくらい遊んでやろうっていう気も回してやれただろうが、今は状況が違う」
垣根「俺は今からその後ろにいるクソ野郎をぶっ殺してやらなきゃいけねえんだよ! 悪いが死んだっつうことに気が付けねえくらい、一瞬で終わらせてもらうぞ!」
垣根の背中から伸びる白い翼が膨張するかのように大きく広がる。
まるで裁きを与える大天使のように。
垣根「今日は雪合戦みたいな遊びじゃねえぞ!? 純粋な、混じり気の一切ない、一〇〇パーセント完全な未現物質(ダークマター)だ!! テメェの中の常識を百万回ひっくり返しても足りねえくらいの異常空間を、せいぜい楽しみなッ!!」
上条当麻は宣戦布告する。超能力者(レベル5)第二位の男、垣根帝督へ。
上条「――殺してやるよその幻想。二人の邪魔をしていいなんていう思い上がった考えや、そんなくっだらねえチンケなチカラごと。この俺が、全部ッ!!」
全ての現実を歪める異能の翼と、全ての異能を破壊する右手が、少年院内の廊下で交差した。
―――
――
―
地下独房前の廊下で一方通行と土御門元春はその場で立ち尽くしていた。
顔をしかめ、ある一点を見つめ、体を微動だにもせず、まるで身動きが取れなくなったように。
その原因は彼らの視線の先にあった。
佐久「――へへっ、動くんじゃねえぞクソ野郎ども」
結標「ぐっ……」
佐久という大男が結標淡希の首に腕を回してホールドしていた。
首へ回した手にはコンバットナイフが、もう片方の手には拳銃が握られている。
人質。
この空間の支配権をブロックが再び引き戻していた。
佐久「少しでも動いてみろ。この女の首を掻っ切る。別に俺からすりゃコイツの命なんざどうでもいいんだがよお、テメェらからすりゃそうじゃねえんだろ?」
土御門「チッ……」
舌打ちする土御門の額には汗のようなものが見える。
想定外の状況に焦りを出てきているのだろう。
しかし、一方通行は違った。
一方通行「…………」
冷静に。表情を変えることなく。結標を。彼女を捕らえる佐久を。
ただただ黙ってそれを見つめていた。
佐久「さて、人質を助けたいんだろ? こちらの指示に従ってもらおうか」
形勢が逆転した佐久は一方通行を見る。
佐久「まずはその厄介な『AIMジャマーキャンセラー』とかいう玩具をぶっ壊してもらおうか」
手に持った拳銃で一方通行の首元に付いている装置を指す。
これがなくなると彼はAIMジャマーという装置の効力が働いているこの場所で、能力を自由に使うことができなくなる。
まさしく絶体絶命な状況に陥ってしまうだろう。
しかし、
一方通行「ああ」
グシャリ。一方通行は間髪入れず返事をし、首の右側にある装置を握り潰した。
装置の部品が床にバラバラと落下していく。
一方通行「ッ……!」
一方通行の身体がふらついた。
今まで受けていなかったAIMジャマーの影響を受けたせいだろう。
これで一方通行は自由に能力を使うことができなくなった。
佐久「よくできました。それじゃあ、お次は――」
そう言って佐久は銃口を一方通行へ向ける。
佐久「テメェらにはここでくたばってもらおうか。安心しろ。みんな仲良くあの世に連れて行ってやるよ」
土御門「みんな、だと?」
土御門が佐久の言葉に怪訝な表情をする。
一方通行と土御門を殺すのなら『二人』という単語を使うはずだ。
なのに、佐久は『みんな』と言った。
佐久「そうだよ。どうせこの女もすぐくたばるんだからな」
それを聞いて一人だけ驚愕の声を上げる者がいた。
一方通行でもなく、土御門でもなく、結標淡希でもなく。
手塩「どういうことだ佐久!? 座標移動は、生きたまま上層部へ、引き渡す予定だっただろ!?」
同じブロックの構成員である手塩だった。
まるで初めてそのことを聞かされたような、戸惑いの表情を浮かべている。
手塩からの質問に面倒臭そうに佐久が答える。
佐久「そういえばお前には言ってなかったか。この女は上層部には引き渡さねえ」
手塩「何だと? では一体、座標移動を、どうするつもりなんだ?」
佐久「決まってんだろ。こいつは俺たちが使うんだよ」
手塩「使う?」
佐久「そうだ」
不気味に口角を上げて佐久が笑う。
佐久「――『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。座標移動(ムーブポイント)はその計画の礎となってもらう」
一方通行がピクリと体を震わせる。
『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。その言葉の意味を彼はよく知っていた。
一定水準に達した空間移動能力者(テレポーター)を素体とし、一〇八台のスーパーコンピューターと連結させることにより、莫大な演算能力を与える。
そして、それらは一つの装置として扱われるため、誰でもボタン一つでテレポートというチカラを使うことが出来るようになるというもの。
この装置を作るためには空間移動能力者の肉体は必要なく、脳髄と脊髄が残っていれば運用が可能となっている。
つまり、彼らが欲しているのは座標移動の脳であり、結標淡希という少女は必要ないということだ。
手塩「その計画については、簡単にだが知っているつもりよ。だが、あれは我々だけで、再現できるものではないはずだ」
佐久「たしかにそうだな。けど、その点に関しては問題ないぜ。既にそれを再現してくれるスポンサーは見つけてある」
手塩「スポンサーだと?」
佐久「外部には学園都市の科学技術を狙う輩はたくさんいんだよ。その中には、それを再現できるだけの技術を持つ組織だって存在する」
結標「…………」
結標が顔を曇らせる。
かつての彼女も、学園都市の外部にある『科学結社』という組織と取引をしていたからだろう。
土御門「外部組織だと? 馬鹿な」
土御門が問う。
土御門「上層部が一番気にしているのは外部への情報流出だ。だから、外部組織との連携の監視は一番力を入れている。そんな中、貴様らはどうやってコンタクトを取った」
質問に対して佐久はあっさりと答える。
佐久「知らないのか? 俺たち『ブロック』の仕事は学園都市の外部協力機関との連携を監視することだ」
土御門「……なるほど、そういうことか」
土御門は納得したように呟いた。
佐久「はぁ、余計なこと喋りすぎたな。あんまりここに居座ってクソどもを増やしてもしょうがねえか」
再び、佐久は拳銃の照準を一方通行へ合わせる。
引き金に指をかけた。
佐久「――くたばりやがれ第一位!! せいぜい、地獄に落ちねえように閻魔大王様に許しを乞うんだなァ!!」
銃口を向けられた一方通行は目を逸らさない。佐久だけを見ている。
佐久が引き金にかけた指に力を入れる。
あと数ミリで銃弾が発射される位置まで押し込まれる。
しかし、発砲音がなる前に別の音が通路内に鳴り響いた。
ピピピピピピピピピッ!! という不安感を煽るような甲高い電子音が。
手塩「……これは、非常時の支援要請の音か?」
手塩はこの音を知っていた。
『ブロック』内で使われている携帯端末の着信音。
それは緊急事態に陥っており、助けを求めている仲間からの連絡が来ていることを表していた。
佐久「…………」
佐久の指から力が抜ける。どうやら、その着信音は佐久の端末から鳴っていたようだ。
そのまま引き金から指を離し、拳銃を持ったまま腰に付いた携帯端末を取る。
ピッ、と端末のボタンを押すと甲高い電子音が鳴り止み、通話モードとなった。
佐久は端末を耳に当てる。
佐久「鉄網か? 何があった?」
電話の先は鉄網という、同じブロックの幹部を担っている少女らしい。
だが、電話からは声が帰ってこない。
佐久「まさか例の組織との連携で何か問題でも起きたのか? おい!」
再び声をかけるが帰ってこない。
と、思ったらザザッ、という音が聞こえたあと、女の声が聞こえてきた。
??『どーもー! 『ブロック』のリーダー佐久ちゃーん? お外にいるお友達と随分楽しいことやってたみたいだねえ?』
その声は佐久の知っている鉄網という少女の声ではなかった。
少女と比べたら低く、大人びたような声色をしている。
佐久「……誰だテメェは?」
??『あれれー? もしかしてわからないわけー? うーん、しょうがないなー。ちょっとだけヒントあげちゃおうかにゃーん?』
佐久「ふざけてんのか!! いいからさっさと名乗れ!!」
??『アンタらブロックと同等の機密レベルを持っていてー、上層部や暗部組織の監視や暴走の阻止を業務としている組織はなんでしょーか?』
佐久「なっ……!」
クイズのような問いの中にある言葉言葉を聞いて、佐久は気付く。
恐る恐るという感じに、電話口に答える。
佐久「『アイテム』、そのリーダーの麦野沈利か?」
いひっ、と電話口の女は小さく笑う。
麦野『だーいせいかーい!! ま、って言っても正解したところで景品やら特典なんてものは、なーんにもないんだけどねー?』
佐久「ッ」
佐久の端末と繋がっているのは同じブロックの構成員である鉄網の端末だ。
その端末を麦野沈利が使っている。つまり、電話の持ち主が既にいなくなっているということ。
佐久が鉄網に与えた仕事は外部組織との連携。
ブロックの仕事をしている中で佐久が作った外部への運搬ルートを利用し、鉄網は学園都市の外へ出た。
そして、外部組織のアジトへと向かい、今組織の人間とこれからの流れを打ち合わせしていることだろう。
麦野沈利がその学園都市外にいる鉄網の携帯端末を持っているということは――。
佐久「――テんメェええええええええッ!! よくもやりやがったなあああああああああああああああああッ!!」
佐久が電話口に向かって吠える。
肺の中にある空気を全部吐き出すような声量で。
麦野『やりやがった、って一体何のことなのかにゃーん? アンタらの仲間の陰気臭えガキをブチ殺したこと? アンタらのお友達の組織とやらを皆殺しにしたこと?』
電話の先の麦野の声が、嘲笑するようなトーンへと変わる。
麦野『――それとも、テメェのコツコツと積み上げてきた全部を、跡形もなく叩き潰してやったことかなー?』
ガシャン!! 怒りで頭に血が上った佐久が携帯端末を壁に投げつけた。
衝撃に耐えきれなかった端末は砕け散るようにバラバラの部品となり、床に散らばった。
―――
――
―
麦野「ぎゃははははははははッ!! 全然物事がうまくいかないからって物に当たるなんて、ガキかよこのオッサン!?」
血塗られた端末を片手にアイテムのリーダー麦野が笑い声を上げていた。
滝壺「しょうがないよむぎの。あそこまで小馬鹿にされたら、誰だって怒ると思うよ?」
高笑いする麦野の言葉に、ぼーっとした感じで滝壺が反応する。
絹旗「こんな周到に超準備してるようなヤツですからねえ。プッツンとキてもおかしくはありませんね」
冷静な表情で絹旗が言う。
彼女たち『アイテム』は今、学園都市の外にある廃病院のような建物の中にある一室にいた。
廃病院なのは外見だけだった。学校の教室二つ分の広さのある部屋には、研究機材等の設備で溢れており、いかにもな研究所という感じだ。
あちこちには研究員と思われる男たちが倒れており、施設の床が血の海のように赤く染まっていた。
そんな中をアイテムの構成員フレンダが室内を歩きながら考え事をしていた。
フレンダ(……昨日今日の私、ほんとダメダメって訳よ)
この施設の中には五〇人近い死体が転がっている。そのほとんどが麦野沈利、絹旗最愛がやったものだ。
しかし、フレンダはここでは一人たりとも倒せてはいなかった。
自分ではいつも通りやっているつもりだった。頑張っているつもりだった。
だが、なぜだかフレンダの思うような結果は付いてこなかった。
フレンダ(……もしかして私、弱くなってる……?)
具体的に何が弱くなったとか、フレンダ自身は理解していない。
ただ、自分の中で何かが変わってしまったのじゃないか、と漠然とだがそんなもの感じていた。
フレンダ(このままじゃ足手まといになってしまう……どうにか、どうにかしないと)
今日の自分の調子が悪いのは、しょうがないで済むかもしれない。
だが、これ以上はそれでは済まないかもしれない。
もし明日も調子が悪く、このままだったら。
もし一週間後も調子が悪く、このままだったら。
もし一ヶ月後も調子が悪く、このままだったら。
もしずっとこのままだったら、フレンダはもう『アイテム』というこの居場所にいることができなくなる。
役立たずの烙印を押され、排除されてしまうだろうからだ。
そんなことを考えているフレンダの表情には陰りのようなものが見えた。
室内をにある扉のない物置のような小部屋の前に、フレンダはたどり着いた。中にあるダンボールや機材をぼーっと眺める。
そんな彼女に一人の少年が近付く。
浜面「どうかしたのか? フレンダ」
下部組織の一員の浜面仕上が何気ない感じで話しかけた。
フレンダ「……ううん、別にどうもしないけど」
浜面「そ、そうか。ならいいんだけど」
フレンダ「というかまだ仕事中だよ? 持ち場から離れちゃって、こんなところでサボってたら麦野に怒られちゃうって訳よ」
呆れるようにフレンダは言う。彼はこの部屋の入り口を見張る役目だったはずだ。
何でこんなところにいるんだ、とか思いながらフレンダは彼を持ち場へ戻させるために手をひらひらとさせる。
すると、急に浜面の表情が強ばる。
浜面「――フレンダ!! 危ねえッ!!」
フレンダ「えっ」
浜面仕上が急に目の前の少女の両肩を掴み、床へ横向きに押し倒すように力を加える。
突然のことでフレンダは踏ん張ることが出来ず、そのまま横向きに床へと倒れ込む。
ドガッ!!
鈍い打撃音のような音が聞こえた。
フレンダ「……痛ッ、な、何なのよいきなりぃ」
肩と背中を硬い床へ軽く打ち付けたのか、フレンダは肩の後ろ部分を手で抑えていた。
苦痛の表情に怒りを混ぜて、フレンダは現在進行系で自分を押し倒している少年を睨むように見る。
フレンダ「ちょっと浜面ぁ! アンタ一体――へっ?」
浜面「け、けがは、ねえか? フレンダ……」
フレンダの目の前にいる少年は安堵の表情を浮かべている。
しかし、その少年のこめかみの辺りから、赤い液体がダラリと流れていた。
顔を伝って流れる液体は重力に従い落下し、ぽたりと真下いる少女の頬へと雫となって垂れ落ちる。
フレンダ「なっ、何でアンタ怪我して……ッ!?」
フレンダは目だけを動かして、浜面の頭より後方を見る。
そこには鉄パイプのような棒を持った、研究員のような格好をした男が立っていた。
一体どこから現れたんだ、とフレンダはふと思い出す。
自分は今扉のない物置のような部屋の前に立っていた。
物置ということは物がたくさん置いてあり、その数に比例して物陰がたくさんできるということだ。
つまり、あの男は今の今まであの部屋の中にある物陰に隠れて、ずっと機会を伺っていたということだろう。一矢報いれるチャンスを。
そんなことを考えている中、男が鉄パイプ強く握り締め、大きく振りかぶったのが見えた。
このままあれが振り降ろされたら、目の前にいる少年に硬い鉄パイプが当たってしまう。
大怪我、最悪死ぬ。
フレンダ「浜面ッ、避け――」
ドグシャ!! 鉄パイプが振り下ろされる前に、男の頭部がコンクリートの壁に叩きつけられた。
同じアイテムのメンバーである絹旗最愛が、獣のような表情をして拳を男の顔面に叩き込んだからだ。
鉄板をも容易に貫く絹旗の拳を受けた男の頭は、砕け散ってザクロのように赤い物体を周りに撒き散らした。
絹旗「調子に乗ってンじゃねェぞ、クソザコ野郎がッ……!」
吐き捨てるように言った絹旗は、視線を男だったものから床に倒れ込んでいるフレンダたちへ向ける。
絹旗「超大丈夫ですか? 二人とも」
フレンダ「う、うん」
浜面「あ、ああ、助かったぜ絹旗……」
そう言って浜面はゆらりと立ち上がった。それを追うようにフレンダも立ち上がる。
別の場所にいた麦野と滝壺が、騒ぎを聞きつけたのかこちらへと駆け寄ってきた。
麦野「おーおー浜面クーン。随分と男前な面になったもんだねー」
滝壺「大丈夫? 血が出てる」
滝壺はポケットからハンカチを取り出して、それを浜面へ差し出す。
それを受け取った浜面が薄く笑って、
浜面「……あ、ありがとうな、た、きつ、ぼ……」
浜面仕上の意識が消え、体が床へと倒れ込んだ。
滝壺「はまづら……!」
麦野「あっちゃー、当たりどころが悪かったのかねー? 絹旗。下部組織に連絡してここの後始末の指示と、浜面の代わりの運転手を一人こっちに寄越させなさい」
絹旗「了解です」
アイテムのメンバー三人が忙しなく、手際よく動いている中、フレンダは倒れた少年を呆然と見ていた。
フレンダ「…………」
フレンダは考える。
この少年が怪我をしたのは自分のせいなのではないか、と。
普通に考えれば、あんな隠れる場所が多くある物置に伏兵がいないわけがない。例えいなかったとしてもいる前提で行動するべきだ。
フレンダはそこまで考えられていなかった。いつもなら絶対にやらないミスだ。
そのミスのせいで、この少年は怪我を負った。下部組織の下っ端だとはいえ、仲間を危険に晒した。
私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで――。
―――
――
―
土御門「……電話の内容まではわからないが、どうやらお前らの思惑はうまくいかなかったようだな」
土御門は、携帯端末を通路の壁に叩きつけて、息を荒げている佐久を見て、言った。
彼はブロックの二人に暗に『これ以上の抵抗は無駄だ。投降しろ』と言っている。
それは佐久も手塩もよく理解していた。
手塩が佐久の方を向いて、
手塩「……もう潮時だ。佐久」
諦めの言葉を聞いた佐久はギリリと歯を鳴らす。
佐久「ふざけんな手塩ッ!! 俺たちはまだ負けてねえッ!!」
結標「うぐっ……!」
人質を抱えている腕の力が強まり、結標から息が漏れる。
佐久は手に持ったコンバットナイフの刃を少女の首筋に突きつけ、威嚇するように叫ぶ。
佐久「オラオラッ!! 俺たちにはまだこの座標移動がいんだよッ!!」
土御門「無駄だ。そんなことをしても貴様は生き残れない。仮にここから逃げ切れたところで、学園都市から反逆の罪で追われるだけだ。例え、外へ出られたとしてもな」
佐久「それはどうかな?」
白い歯を見せながら土御門を否定する。
佐久「コイツは俺たちトップシークレットの暗部組織全部に回収命令を出すくらい、上層部から価値があると見られている存在だ。コイツを交渉材料に使えば活路はある」
手塩「活路だと? これ以上、何が出来るというのよ?」
率直に疑問に思った手塩が聞く。
佐久「んなモン後から考えりゃいいんだよ!! 今はここを無事出ることだけ考えろ手塩ォ!!」
手塩「馬鹿な……」
手塩の顔が曇る。
リーダーの場当たり的な判断に嫌気が指したのだろう。
そんなことも気にせず佐久はぼやくように続ける。
佐久「大体、あんなに苦労して手に入れたんだからよお、しっかりと有効活用しなきゃ割に合わねえだろうよクソッたれが……!」
一方通行「……苦労、した?」
ずっと無言で佐久を見ていた一方通行が口をはさむ。
まるで何かに引っかかったかのように。
それを聞いた佐久が待ってましたか、とでも言うような笑みを見せる。
土御門「――よせ! これ以上ヤツの言葉を聞くな! 一方通行ッ!」
佐久に気付いた土御門が止める。
しかし、無力にも佐久の言葉が一方通行の耳へと届く。
佐久「そうさ!! コイツの記憶を戻すように動いたのも、コイツがここに来るように仕組んだのも、こういう環境を作り上げたのも、全部俺たちだッ!! 今まで散々コキ使ってくれたクソったれな上層部を潰すためになッ!!」
佐久「だったらよ、その努力が少しくらい報われてくれるような展開があってもいいよなぁ!? なあオイッ!?」
滅茶苦茶な理論を正当な発言かのように、佐久は己の言葉を全部ぶちまける。
身勝手で、禍々しい悪意が彼から発せられたように思えた。
その悪意に触れた一方通行の目が剥かれる。赤い瞳の中にある瞳孔が収縮する。
一方通行は呟くように、
一方通行「……そンなことのために」
――二人の未来が奪われたのか。
一方通行「……そンなことのために」
――あのガキは涙を流したのか。
一方通行「……そンなことのために」
――結標淡希はあンなにも酷く傷付けられたのか。
一方通行「……そンなことのためにィッ!!」
――自分たちの居た世界は跡形もなく破壊されてしまったのか。
ブツッ。
一方通行の中にある何かが壊れた。それが何かはわからない。
だが、それが何か重要なものなのだということはわかる。なぜなら、それを失ったことによって彼の中にドス黒い何かが流れ込むのを感じたからだ。
決壊したダムの水のように、土石流のように流体は一方通行の意識を侵略していく。
喜怒哀楽。彼を構築するあらゆる感情の輪が全て崩壊する。バラバラになった様々な色の粒子が全て流体に飲み込まれた。
一方通行の中にたった一つの色だけが残る。
『黒』。
その意味――『純粋な殺意』。
一方通行「ゴガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
その黒い殺意は現出された。
少年の背中から。
噴射されるように溢れ出る一対の黒い翼として。
――――――
続き
結標「私は結標淡希。記憶喪失です」【蛇足編・完】