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ムーブポイント
S4.結標淡希を追え
午前七時五五分。ファミリーサイド二号棟のエントランスに一人の少女が立っていた。
肩まで伸ばした茶髪に花形のヘアピンをした、名門常盤台中学の冬服を着用している少女。
御坂美琴。学園都市にいる八人の超能力者(レベル5)の中でも第三位。常盤台の超電磁砲(レールガン)の異名を持つ少女だ。
美琴「――号室の黄泉川さん、だったわよね? たしか」
美琴は住民呼び出し用のインターホンに四桁の部屋番号を入力した。
美琴「しかし黄泉川っていう名字どこかで聞いたことがあるような……まあいいか」
プルルルル、という呼び出し音が三回くらい流れたあと、ブツンという音とともに音声が聞こえてきた。
??『はい、黄泉川ですけど?』
美琴「あっ、えっと、私、常盤台中学二年の御坂という者なんですけど」
??『御坂さん?』
美琴「その、そちらに打ち止めちゃんっていう子がいると思うんですが、いらっしゃいますでしょうか?」
??『…………』
美琴「?」
しばらく沈黙が続いた。
思わず部屋を間違えたか? と思う美琴だった。
だが、二〇秒くらいするとガチャン、というエントランスにある入り口のロックが外れる音がした。
??『どうぞ入ってちょうだい。一三階だからエレベーターを使うことをおすすめするわ』
美琴「は、はい」
そう言うと電話口の声が切れた。
言われた通り美琴はエレベーターに乗り、一三階へと向かっていった。
美琴(……はぁ、まさかこんなことになるなんてね)
御坂美琴がこんな場所にいる理由。
それは昨晩の結標淡希に関する一方通行からの話を受けたあとのことだった。
~回想~
黒子「では、わたくしは一七七支部に戻って残っている仕事を片付けなければいけませんので」
一方通行との話が終わった黒子はそう言って、開いた盗難品のキャリーケースを閉じた。
しかし、一方通行が無理やりこじ開けたモノなので、なかなか良いように閉まらない。
軽くイライラしている黒子へ美琴が言う。
美琴「黒子。わかってるわね?」
黒子「……ええ、わかっていますわお姉様。ここで話したことは初春や固法先輩、他のジャッジメントの皆様には内密に、ですわよね?」
一方通行「ああ。下手に触れ回って連中に気付かれてもいけねェしな」
そう言って一方通行は忠告する。
今回の件に対して何かしらのアクションを起こしている者がいると向こうにバレれば、何かしらの対策を講じてくるかもしれないからだ。
それによって彼女たちの身に何が起こるのか。良いことにはならないことは確実だ。
黒子「承知しております、わっ!」
バキッ!! 黒子はキャリーケースを蹴り、無理やり閉めた。
蓋はきちんと閉まったが、外部に明らかに凹んだ跡が見える。彼女は犯人との交戦で破損したとか適当に言い訳でもするつもりなのだろうか。
黒子「ではこれで」
そう言うと黒子は一礼し、盗難品ということになっているキャリーケースを持って、空を切るような音とともに姿を消した。
美琴「さーて、私も帰りますか……げっ、よく見たら門限完全に過ぎてるじゃない!? あーこれはペナルティー&説教確定ね。はぁ」
美琴が携帯電話を開いて、時間を確認したあとため息交じりにぼやく。
そんな美琴に一方通行は話しかける。
一方通行「超電磁砲」
美琴「何よ?」
一方通行「オマエに頼みてェことがある」
美琴「頼み事? もしかして結標捜しを手伝えとか言わないわよね?」
一方通行「いや、そンなことは言うつもりはねェよ」
たしかにオマエが入れば捜すのは楽になりそうだがな、と一方通行は付け加えて続ける。
一方通行「打ち止めの面倒を見て欲しい」
美琴「打ち止めの? 何でよ?」
一方通行「アイツは結標と同じくらい、クソどもから価値のある研究対象として見られている」
一方通行の言葉は予測とか想像とかでもなく事実である。
その理由として過去に、打ち止めを狙った組織が彼女の面倒を見ていた木原数多たちを襲撃した事件があった。
彼が聞いた件はそれだけだが、もしかしたら水面下で数々の組織が彼女を狙い、木原たちに潰されていった可能性だってある。
一方通行「今までは俺の存在で躊躇していた三流組織が腐るほどいたかもしれねェ。だが俺が結標を追って裏に潜り込ンだことを知れば、ソイツらはこぞって動き出す可能性がある」
美琴「そんな状態で今までよく生活してこられたわね」
一方通行「一応は打ち止めの用心棒件保育担当のヤツがいる。だが、正直今はソイツを信用できねェ状況にある。そこで超能力者(レベル5)第三位のオマエのチカラを借りてェ」
美琴「なるほどね。私に打ち止めのボディガードをしろって言いたいわけ?」
一方通行「ああ。オマエなら妹達の事情のことも知っているし、戦闘力も申し分ねェ。何よりオマエなら信用ができる」
美琴「何か買いかぶり過ぎな気がするんだけど」
居心地が悪そうに美琴は頭を掻いた。
一方通行「オマエにも事情っつゥモンがあるってことはわかっている。オマエにも危険が及ンでしまうかもしれねェ。それについてはすまねェとは思っている」
一方通行「けど、オマエしかいねェンだ。あのガキを任せられるヤツはよォ。だから、頼まれてくれねェか?」
頼み事をする一方通行の目は真剣そのものだった。
それに対して美琴は、
美琴「うん、いいわよ」
即答だった。まるで消しゴムを貸してくれと言われて了承するように。呑気な笑顔で。
あまりの即答に一方通行は怪訝な表情を浮かべる。
一方通行「返答早ェよ。頼ンだ俺が言うのも何だがもっと考えて返事しろォ」
美琴「だって断る理由ないじゃない」
軽い感じに美琴は続ける。
美琴「大切な妹に危機が迫っているから助けてくれって言われて、それを嫌ですって断る姉がいる?」
一方通行「…………」
美琴「私だってあの子の、あの子たちの姉なんだから。その役割を果たさせてよ」
一方通行「……悪りィ。助かる」
美琴「それに……」
美琴が一方通行の顔から目をそらした。
彼女の表情にはどこか悲しげなものが映る。
美琴「アンタには、その、悪いことしちゃったみたいだしね」
一方通行「気にするな。いずれこォなることはわかっていた」
ふぅ、と美琴が息を吐いてから、再び一方通行を見る。
美琴「で、どのくらいの期間になるわけ? 一週間も二週間も預かれって言われたら、さすがの私にもキツいものがあるわよ?」
一方通行「わからねェ。この件が終わるまで何とも言えねェよ。明日になるかもしれないし、俺がくたばって永遠にその時が来ねェかもしれねェ」
美琴「たしかにそうね。暗部っていうのはそこまで簡単なことじゃないわよね」
一方通行「ああ」
美琴「まあ期間に関してはその時考えるとして、打ち止めはいつ迎えに行けばいいのよ? 今から? それならちょっとこっちも準備の時間が欲しいんだけど」
一方通行「それなら明日の朝でイイ。そォだな朝八時くらいにしとくか」
美琴「いいの? そんなのんびりしてて」
一方通行「まァ、その時間までは他の住人がいる上に、あのマンションのセキュリティもそれなりに高い。そンなすぐのすぐにあのクソガキが狙われることはねェだろ」
楽観的な考えだがな、と一方通行は付け加える。
一方通行「そォいうわけだ。クソガキを頼むぞ」
美琴「任せときなさい。だからアンタは絶対に帰ってきなさいよ? それまで絶対に打ち止めを守り切って見せるから」
~回想終わり~
美琴(学校が始まるのが三日後だからそれまでは何とかなりそうだけど、それ以降もとなるとちょっと辛いわねー)
そんなことを考えてながら歩いていると、美琴は目的の部屋の前へとたどり着いた。
美琴(やっぱり知らない人の家のインターホン鳴らすのって、なんだか緊張するわよね)
すぅ、と呼吸を整えて美琴はインターホンのボタンを押した。
ピンポーンと小さな音が聞こえる。室内にドアベルの音が流れたのだろう。
すると間髪入れずに施錠を解除する音がし、ドアが勢いよく開いた。
打ち止め「わーい!! お久しぶりお姉様ー!! ってミサカはミサカは喜びの気持ちともに飛びかかってみたり!」
美琴「ちょ、打ち止め、うわっ!?」
思わぬ突撃に耐えられず、美琴の体は打ち止めごと床に倒れ込んだ。
打ち止め「大丈夫? お姉様? ってミサカはミサカは心配してみたり」
美琴「あははは、大丈夫大丈夫。大丈夫だから降りてもらえる?」
はーい、と言って打ち止めは馬乗りを止め、美琴の体から降りた。
??「何をやっているのよ貴女たち。ご近所さんの目もあるし早く中に入りなさい」
玄関から一人の大人の女性が現れた。
肩に届かない程度の長さの黒髪で、シャツの上からカーディガンを袖に通している。
この人が黄泉川さんなのかな、と美琴は思った。
打ち止め「了解、ってミサカはミサカは敬礼してみる」
美琴「あ、はい。お邪魔します」
挨拶をし、美琴は打ち止めとともに部屋へと上がっていった。
美琴(うわー広いリビング。さすが高級マンションね)
普段は手狭な学生寮の部屋か、コインロッカー代わりに使っているホテルくらいしか見ない美琴の目には、高級4LDKマンションの一室は新鮮に映ったようだ。
??「御坂さん? そっちのソファに適当に座っててちょうだい。飲み物は何する? お茶? コーヒー? 紅茶?」
美琴「紅茶でお願いします」
そう返した美琴はL字型のソファの端の方へと腰をかける。
その隣を追うように打ち止めが飛ぶように座った。
打ち止め「ミサカは牛乳を飲んでいるんだ! 早く大きくなりたいから、ってミサカはミサカはマグカップを片手に願望を口走ってみたり」
美琴「もう二、三年すれば私くらいの大きさにはなっているわよ」
打ち止め「うーん、ミサカはもうちょっと大きくなりたいなぁ、ってミサカはミサカは意味深なことをつぶやいてみたり」
美琴「うふふ、それはどういう意味かな打ち止めちゃん?」
視線を顔から三〇センチほど下に落としやがった打ち止めを見ながら、美琴は引きつった笑顔を浮かべていた。
そんな彼女の目の前のテーブルにティーカップが置かれた。
??「はい、紅茶よ。と言ってもインスタントの安物だからお嬢様には物足りないかしら?」
美琴「い、いえ全然大丈夫です。ありがとうございます。えっと、黄泉川さん?」
芳川「ああ違うわ。私の名前は芳川桔梗よ。その子と同じここに住む居候の一人。家主の黄泉川愛穂は仕事で今いないわ」
美琴「あっ、ご、ごめんなさい!」
芳川「いいのよ。勘違いは誰にでもあるわ」
慌てふためく少女を見て芳川はくすりと笑みをこぼした。
コーヒーを一口飲み、芳川は話し始める。
芳川「その子から大体の経緯は聞いたわ。ウチの同居人たちの問題に巻き込んじゃって申し訳ないわね」
美琴「そんな。謝ることようなことじゃないですよ。私が好きでやってることですから」
芳川「ふふっ、ありがとうね。けど、こうやって子どもたちが大変なことになっているときに、大人として何もできない自分が悲しくなってくるわね」
美琴「…………」
そんなことないですよ、そう言おうと思った美琴だったが、そんな適当なことを言っていいのか? そんな身勝手なことを言っていいのか?
そういった考えが頭の中で交錯して言葉を飲み込んだ。
芳川「同じ大人でも愛穂はどうにかしようと頑張っているわ。けどたぶん、今回の問題に関してはおそらく空回りしそうね」
美琴「愛穂さん、って黄泉川さんのことですよね? どういう人なんですか?」
打ち止め「ヨミカワはアンチスキルなんだよ、ってミサカはミサカは説明してみる」
美琴「アンチスキル? 黄泉川さん、アンチスキル、……もしかして」
美琴の中には黄泉川という名前のアンチスキルに心当たりがあった。
美琴は過去結構な数の事件に首を突っ込んでいるような少女だ。
その中でアンチスキルに助けてもらう機会があったが、そのときに主で動いてくれた女性。
よく会ったり喋ったりしたから、なんとなく顔見知りみたいな感じになっていた。
芳川「思い当たるような人がいるみたいね。たぶん、その人で合っているわよ」
美琴「ここ、あのアンチスキルの人の部屋だったんですね」
改めて部屋をキョロキョロ見渡している美琴を無視して芳川は話を続ける。
芳川「アンチスキルはあくまで表の世界の治安維持をしている組織。何かしらの裏の敵対組織を相手にしようとするなら、その敵対組織を表に引きずり出さないといけない」
芳川「けど、今あの子たちが関わっている件はおそらく学園都市の深い闇の部分。一介のアンチスキルが動いたところで、どうにかできるようなものではないわ」
表の世界や学園都市の闇などという言葉を平然と口に出す芳川。
そんな彼女を見ながら美琴は尋ねる。
美琴「芳川さん。あなたは一体……」
芳川「私は学園都市の抱える闇の一端に触れていた元研究員。それは貴女もよく知っている闇だと思うわ」
美琴「……まさか」
美琴はふと隣に座る打ち止めを見た。
マグカップを両手に持った打ち止めがそれに気付いて、首をかしげる。
芳川「そう。『絶対能力者進化計画(レベル6シフト)』。貴女が最も忌み嫌っているだろう実験に協力していたたくさんの研究者たち、そのうちの一人よ」
美琴「ッ……!」
美琴の目が大きく見開く。バチッ、と彼女の体に紫電が走った。
その音にビクッ、とさせた打ち止めが慌てながら、
打ち止め「お、お姉様!? どうかしたの、ってミサカはミサカは聞いてみる」
打ち止めの言葉は美琴には届かなかった。
まっすぐと芳川を睨みながら美琴が問いかける。
美琴「なんであんな実験を行ったのよ……!」
美琴の鋭い視線に動じることなく、芳川は答える。
芳川「私は雇われの研究者だったから、と言っても貴女には言い訳にしか聞こえないかしら?」
芳川「それとも、この実験自体がなぜ行われたのかと聞いているつもり? それなら、貴女のほうがよく知っていると思うけど」
ぐっ、と美琴はたじろぐ。
たしかにこの質問には最適解などない。つまり、意味のない八つ当たりのような質問だ。
芳川という女性はそれを気付かせるために、あえてああいった答えを突き付けたのだろう。
それを理解した美琴は深呼吸して息を整える。
美琴「すみません、取り乱しました」
芳川「別にいいわよ。同じ立場なら誰だって激昂すると思うわ」
美琴「……けど、最後に一つだけ聞いていいですか?」
芳川「何かしら?」
美琴「あなたにとって、打ち止めは何なんですか?」
美琴は彼女の真剣な眼差しで問いかける。どうしても知りたいことを。
芳川「そうね」
前置きをして、芳川はコーヒーカップに口を付けてから、答える。
芳川「血の繋がっていない家族、かな? 彼女は娘であり、妹でもある。そんな感じの存在かしら?」
美琴「……そう、ですか」
その答えを聞いた美琴は、安心したように小さく微笑んだ。
打ち止め「うおおっ! ミサカもヨシカワのことお母さんのように思ってるよ! ってミサカはミサカは乗っかってみたり」
芳川「打ち止め。そこはお姉さんと言いなさい」
打ち止め「ええぇー? でもお姉さんというには歳が――」
芳川「お・ね・え・さ・ん・よ?」
美琴「……ふふっ」
二人の言い合いを前に、美琴は思わず笑いがこぼれた。
打ち止め「あっ、お姉様が笑ったー! ってミサカはミサカは指摘してみる」
芳川「あら? 何か言いたいことでもあるのかしら御坂さん?」
美琴「ご、ごめんなさい! つい何か笑っちゃって」
芳川「笑われてるわよ打ち止め」
打ち止め「えー? ヨシカワのほうでしょー、ってミサカはミサカは会話を思い出しながら言ってみる」
また同じようなことを始めて美琴は笑いそうになったが、出されていた紅茶を無理やり一気飲みして全部飲み込んだ。
芳川「……あら、もうこんな時間」
ふと、壁にかかった時計を見た芳川が呟く。
芳川は自分の使ったカップを流しに置き、床においていた鞄を手にした。
芳川「そろそろ私はバイトに行かなきゃいけない時間だからここを出るけど、貴女たちは?」
美琴「あ、はい。ここにいるわけにはいきませんので、私たちも一緒に出ます」
打ち止め「わーい!! お姉様とお出かけだー!! ってミサカはミサカは小躍りしながらハシャイでみたり」
芳川「じゃあ御坂さん。打ち止めのことをよろしくね」
美琴「はい、任せてください」
彼女たちは部屋をあとにし、それぞれの行き先へと足を進めた。
―――
――
―
とあるホテルの一室。
一方通行はベッドの上に座り、コンビニで買ってきたフライドチキンをかじりながら、テレビの画面を見ていた。
テレビ『今朝のニュースです。昨晩、学園都市内にある研究施設が何者かに襲撃されるという事件がありました』
テレビ『被害があった施設は三軒。阿部食品サンプル研究所第三支部、岡本脳科技工所、日野電子材料開発部門。いずれもデータを強奪されるという被害にあったようです』
テレビ『被害にあった研究施設の研究員からの証言で、その犯人は何かしらの能力者だということです。手口は全て同じなため、同一犯による犯行の線で捜査が進められています』
フライドチキンの骨を口に加えたまま一方通行は思考する。
一方通行(おそらく、このニュースの犯人は結標だろォ。理由はアイツの記憶が蘇って失踪してから今までの間に起きたから、っつゥ何のひねりもねェ推理だが)
結標淡希が記憶を取り戻し、逃走を始めたのが一九時頃。ネット記事によると最初の襲撃は深夜〇時過ぎ頃。
約五時間といったところか。これくらいあれば行動に移すには十分な時間だ。
しかし、これだけではこの犯人が結標だと断定はできない。稚拙過ぎて推理とも言えない。
こんなものに頼らないといけないほど、一方通行はよくない状況にあるということだ。
一方通行(結標。いまオマエは何を考えている? 何を目的に行動しているンだ?)
考えたところで答えは出ない。
なぜなら、今の彼女は自分の知っている結標淡希ではないのだから。
一方通行(……しかし、これを結標の犯行だとすると妙な点があるな)
ニュースを読んでいるうちに、彼の中に違和感が現れる。
一方通行(ヤツらは結標の確保を企てているはずだ。そのためにヤツの記憶を蘇らせて確保のしやすい裏に引きずり込ンだ)
一方通行(それならば結標が何かしらの事件を起こした場合、こォやってニュースなンかで表沙汰にする必要はねェはずだ)
情報操作は裏の連中からすれば十八番だ。都合の悪いニュースはもみ消したり、改竄したりする。
例えば今回の件に当てはめれば、わざわざ能力者の仕業などと言わずに、コソドロが忍び込んだとすればいいだけだ。
研究所に物理的に大きな被害が出ているのであれば、ただの事故として扱えば問題なく処理できるはずだ。
一方通行(表沙汰にすればアンチスキルが動く。そォなったら結標の動きが少なくなり、ヤツを補足するのが困難になる)
一方通行(さらに言うなら、結標を確保しようとする勢力も動きづらい状況になるだろうし、メリットなンざ皆無っつゥことだ)
このことから考えられるのは、この犯人を表沙汰にしたい連中がいるということ。
結標やそれを狙う組織の動きを制限させたい連中がいるということ。
一方通行(……つまり、この件に関係している勢力が一つだけじゃねェっつゥことだな)
結標の記憶を蘇らせた勢力と、その勢力を邪魔して先に結標を確保しようとしている勢力。
この二つの勢力がいるということにすれば、この疑問を解消できる。
しかし、この場合はある問題が起こることに一方通行は気付いた。
一方通行(……その他の勢力が一つだけとは限らねェかもしれないっつゥことか)
結標の記憶を蘇らせた勢力はほぼ間違いなく一つだ。だが、その勢力を妨害しようとする勢力が一つとは限らない。
それが二、三勢力くらいの可能性もあれば、一〇以上の勢力が入り乱れる混戦状態になる可能性もある
一方通行(そンな中、俺はたった一人でソイツらと渡り歩かなきゃいけねェっつゥわけだ。ソイツらの中にはグループやスクールみてェな暗部組織や、木原の野郎もいるかもしれねェ)
一方通行はフライドチキンの食べ柄をゴミ箱へ投げ捨て、舌打ち混じりに言う。
一方通行「面倒臭せェ……」
―――
――
―
第七学区。人通りの少ない裏通り。
道路沿いに黒塗りのキャンピングカーが一台停まっていた。
その中にある居住スペースに四つの人影があった。
黒夜「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!! どうだい!? 今までちまちまと守り続けたモンがあっさりとぶち壊される気分はさぁ!?」
土御門「…………」
黒を基調にしたパンク系衣装に身を包んだ見た目一二歳の少女、黒夜海鳥は高笑いしながら居住スペースに備え付けられているモニターに指をさす。
モニターには白の背景に黒色の文字が並んでいるというたんぱくなものであった。
書かれている内容は『座標移動(ムーブポイント)の回収。生体が好ましい。死体の場合、脳髄及び脊髄への損傷は避けること』。
これが暗部組織『グループ』へ通達された指令であった。
黒夜「この指令はおそらく他の暗部組織にも流れているよ。スクールとかアイテムとか同ランクの組織はもちろん、名前も知らないような弱小組織とかにもねェ!」
海原「…………」
黒夜「始まるのさ!! アンタらがビビって先延ばしにしてきた抗争がねッ!! 座標移動っていう獲物を巡って起こる楽しい楽しいコロシアイがなァ!!」
番外個体「嬉しそうだね。クロにゃんのそんな笑顔始めて見た気がするよ」
黒夜「そういうアンタもイイ顔してんじゃないのさ。番外個体(ミサカワースト)」
棒付きキャンディを口に咥えながら番外個体と呼ばれる少女はニヤリと笑う。
番外個体「そだね。座標移動が堕ちたってことは必然的にミサカのターゲットも堕ちてくるってことだからね」
咥えていたキャンディを噛み砕く。飴の欠片がソファや床にボロボロと落ちていった。
番外個体「早く会いたいなぁー、第一位♪」
土御門「……お前ら、盛り上がるのは勝手だがあくまで仕事の内容は座標移動、結標淡希の回収だ。それを忘れるな」
金髪サングラスでアロハシャツの上から学ランを着た少年、リーダー土御門元春は冷静に忠告する。
黒夜「ヘイヘイわかってるよ。だからわざわざ私が報道関係に働きかけて、あの女がやらかしたことを表沙汰に出してやったんでしょうが」
番外個体「へー、あれってクロにゃんの仕業だったんだ。そういうチマチマした仕事はやらなそーな感じなのにねー」
黒夜「まあたしかに好きじゃないよ。でもこれをすることで、一番最初に動いた組織をおびき出すエサにできるからね。さっさとバトりたい私からしたら大事な下準備ってわけさ」
海原「そんなエサに引っかかってくれるほど、簡単な相手ではないとは思いますけどね」
見た目爽やか少年の、海原光貴と名乗る男はやれやれといった感じに首を振る。
黒夜「うるせえな、そんなことはわかってるよ。だけど、これのおかげ座標移動の動きを制限させて生存率上げてやってんだ。感謝はされても文句を言われる筋合いはないね」
海原「ですがそのおかげで、こちらも結標さんの動向を掴むのに難航しているということも忘れないでください」
黒夜は舌打ちをし、バツの悪そうな顔でフライドチキンを頬張った。
土御門「とりあえず結標は生きて回収する。そのためにお前たちは常に対空間移動能力者用の拘束具を常に携帯しておけ」
黒夜「面倒臭いなー。脳みそが無事ならいいって書いてあるんだから、サクッと心臓ぶち抜いて上に報告すりゃいいと思うけどね」
海原「結標さんは仮にも超能力(レベル5)の能力者ですよ? そう簡単に殺せるとは思わないことですね」
黒夜「なにブルっちゃってんですか海原クン? ちょっと前まで大能力者(レベル4)だった女に、この私が遅れなんて取るわけないだろ?」
番外個体「同じくレベル4のミサカに手も足も出ないクロにゃんが随分と強気じゃないかにゃーん?」
自分の両手人差し指の先を向かい合わせて、間に電気を走らせながら番外個体はニヤニヤする。
黒夜「うるせェ! アンタは別だよ別ッ!」
番外個体「というか座標移動がレベル5になれたのって記憶喪失してたおかげじゃなかったっけ? トラウマを忘れているから自由自在に自分の転移をできるからって」
海原「ええ、たしかそのはずです」
番外個体「でも今の座標移動は記憶喪失治っちゃったんだよねー? てことはまた自分自身の転移ができないレベル4に戻っちゃったことじゃないの?」
土御門「それに関してはそう簡単ではなさそうだぞ」
土御門が報告書のようなものを見ながら、会話に割って入る。
土御門「結標と接触した下部組織の連中からの話によると、連続転移を使用していたらしい。それによる体調不良も見られなかったそうだ」
番外個体「へー。つまり、完璧な座標移動に加え、テロリスト時代の知識と戦闘技術を持っているってことか。クロにゃんじゃ負けそう」
黒夜「何だとッ!?」
海原「99.9999999%負けますね」
黒夜が額に青筋を立てながら、椅子から立ち上がった。
ギロリと目線を海原へと向ける。
黒夜「……よォし、まずオマエから殺してやる。座標移動はそのあとだッ!!」
番外個体「い・つ・も・の♪」
いつの間にか番外個体が黒夜の後ろに回り込んで、電磁波を浴びさせていた。
黒夜はサイボーグだ。二本の腕やそれを支える肩甲骨部分を中心に、上半身の各所を機械化している。
そのため、発電能力者の番外個体とは相性が最悪だ。
黒夜「あばばばばばばばばば!! だから電気はやめめめめめめめめめめめめ!!」
このように制御を奪われたりして玩具にされるからだ。
目を回しながらロボットダンスみたいなことをしている黒夜を見て、ため息交じりに土御門が頭を抱える。
土御門「……お前らいい加減にしろ。遊ぶなら任務が終わってから勝手にやれ」
はーい♪ という反省する気のない返事をして、番外個体は黒夜を開放した。
自由の身になった黒夜は、番外個体の座っている場所とは対角線の位置に座り、涙目でブツブツ何か言っていた。
静まったことを確認したあと土御門は続ける。
土御門「とにかく、オレたちの目的は結標淡希を生きたまま確保することだ。勝手に殺すのは認めない。その目的に立ち塞がる者がいれば全て潰せ。それがスクールだろうとアイテムだろうと――」
土御門のサングラスの奥の目付きが変わる。
いつもの悪ノリをしているときのようなおちゃらけた目付きから。
獲物を見据えた冷酷な狩人のような瞳へと。
土御門「第一位だろうと、な」
―――
――
―
上条「……げっ、昼メシに食べられるもん何にも残ってねえじゃねえか」
とある高校の男子寮にの中にある一室。
冷蔵庫と戸棚の扉を開けっ放しにしたまま上条当麻はつぶやいた。
上条「しょうがねえ。買い出しに行くか」
禁書「とうま? お出かけするの?」
純白の修道服に身を包んだ少女、インデックスが飼い猫スフィンクスと戯れながらたずねる。
上条「ああ、ちょっとスーパーへ買い出しにな。本当はタイムセールの時間に行きたかったけど、そのために昼飯抜きにするのもあれだしな」
禁書「そう。いってらっしゃい」
そう一言だけ見送りの挨拶をしたあと、インデックスは再びスフィンクスと遊び始めた。
それを見た上条の眉毛がピクリと動く。
上条「……インデックスさん? たまには買い物に付いてきてお荷物の一つでも持つの手伝いましょうかとか、そういう心温まる言葉くらい言えねえんですかね?」
禁書「ちょっと今スフィンクスと遊ぶのに忙しいかも」
遊ぶのに忙しいもクソもあるか! 心の中で上条はそうツッコンだ。
まあ、こんなやり取りは今に始まったことではないので、上条はため息交じりに諦める。
上条「もういいよ。いってきます」
そう外出の挨拶をしてから玄関へ向かう。
上条(まあよくよく考えたら、アイツが下手に付いてきてスーパーの道中にある食べ物屋とかに反応して、割高な食い物をせびられても困るしな)
そんな危険予知的なことをしながら上条は部屋を出ていった。
―――
――
―
春休み期間ということもあって朝から私服の学生たちが闊歩している街中の歩道。
その中で二人の少女が仲良く手をつないで歩いていた。
御坂美琴と打ち止め。知らない人が見れば姉妹が一緒におでかけしているのだと思うだろう。
背中にリュックを背負った打ち止めが聞く。
打ち止め「お姉様? ところでこれからどこに向かうの? ミサカ的には映画館とか行ってみたいな、ってミサカはミサカは要望を遠慮なく口にしてみたり」
美琴「映画館か。そういえばあの馬鹿と一緒に行ったっきり行ってないわね。というかあんときのアイツは本当に……」
ブツブツなにかをつぶやいている美琴に首を傾げる打ち止め。
それに気付いた美琴はごほん、と咳払いをしてから話を続ける。
美琴「とりあえず今私たちが向かっているのは、私の知り合いがいるジャッジメントの支部よ?」
打ち止め「ジャッジメント?」
美琴「そうよ。私のルームメイトが働いているところなんだけどね。昨晩帰ってきてなかったからどうしてるのかな、って様子見に行こうと思ってて」
打ち止め「へーそうなんだ。ミサカジャッジメントさんが働いているところに行くの初めて! ってミサカはミサカは胸を躍らせてみたり」
美琴「アンタが胸を躍らせるようなものは何もないと思うけどね」
他愛のない会話しながら二人はとある一棟のビルの前にたどり着いた。
入り口には『風紀委員活動第一一七支部』と書かれたプレートとそれが2Fもあるということを表したプレートがあった。
二人はその順路通り階段を上がっていき、二階にある一一七支部のドア前に着く。
美琴(黒子いるかな……?)
ドアの横に付いている呼び出しのインターホン。そのボタンを押そうとした瞬間、
??「――見損ないました!! 白井さんがそんな人だとは私思いもしませんでした!!」
少女の怒号が聞こえてきた為、美琴の指がピタリと止まった。
美琴(今のは初春さんの声? 一体何が)
と考える間もなく美琴はドアを開けてしまう。
美琴「どうしたの黒子!? 初春さん!?」
初春「み、御坂さん!?」
黒子「お姉様……」
美琴の目に映ったのはデスクチェアに座って腕と足を組んだ白井黒子と、その目の前に食って掛かるように立っている初春飾利だった。
美琴「ど、どうしたのよ二人とも。二人してそんな怖い顔して」
黒子「いえ、何でもありませんわ」
美琴「何でもないってことはないでしょ」
黒子「お姉様には関係ありませんの。わたくしたち一七七支部の中の問題ですので」
初春「…………」
支部内に重苦しい空気に包まれた。
なにを喋ろう。
この雰囲気をどうにかしようと頭をフル回転させる美琴をよそ目に一人の少女が発言する。
打ち止め「ねえねえ。よくわかんないけどケンカはいけないと思うよ二人とも、ってミサカはミサカは殺伐とした空気を和らげる清涼剤になってみたり」
黒子「!? ち、小さいお姉様!?」
初春「たしか御坂さんの従妹の……打ち止めちゃんでしたっけ?」
打ち止め「お久しぶりだねクロコお姉ちゃんにカザリお姉ちゃん! ってミサカはミサカは再会の挨拶をしてみる」
初春「どうしてこんなところに?」
美琴「ああ、ごめんね。今私この子の面倒見てて」
初春「そうだったんですねー。あっ、打ち止めちゃんなにか飲みます? って飲み物何かあったかなー?」
わーい、とハシャギながら打ち止めはソファの上に飛び乗った。
それに続いて美琴もソファに腰掛ける。
黒子「……言っておきますがお姉様? ここは託児所ではありませんのよ?」
美琴「わ、わかってるわよそれくらい!」
黒子「でしたらお姉様はどうしてここに来られたんですの?」
美琴「いや、昨日アンタ寮に帰ってこなかったでしょ? だからどうしてるかなーってちょっと様子見に」
黒子「そうだったんですのね。一応、寮監には門限延長から外泊許可への変更の連絡は入れておいたのですが、申し訳ございません。お姉様には連絡入れるの忘れてましたわ」
美琴「別にいいわよ。昨日あったことがあったことだし」
黒子「……ええ」
美琴「で、初春さんと言い合ってたのはその件についてかしら?」
黒子「…………」
黒子は喋らなかったが美琴はその雰囲気で何となく察した。
やはりこの子はあの場にいるべきじゃなかったんじゃないか、そんなことを思う美琴だった。
初春「打ち止めちゃん、オレンジジュースならありましたよ!」
打ち止め「わーい、ありがとー! ってミサカはミサカはきちんとお礼が言えるいい子!」
ストローを咥え、オレンジジュースを吸い込む打ち止めを横目で見ながら美琴は考える。
美琴(さて、これからどうしようかしらね)
ここはジャッジメントの詰め所だ。そこら辺の公園とかにぼーっと立っているよりはいくらか安全だろう。
しかし、それすら障害とは思わないような輩がここに攻め入ってくる可能性がないわけじゃない。
もしそんなことになれば、ここにいるみんなを巻き込んでしまうことになる。
美琴(あんまりここに長居するわけにはいかないわよね)
打ち止め「ところでお姉様? 映画館に行くっていう話はどうなったの? いつ行くの? ってミサカはミサカは聞いてみる」
初春「映画観に行くんですか? いいですねー何観るんですか?」
打ち止め「ミサカはそげぶマンが観たいな! 『劇場版そげぶマン 奇蹟の歌姫編』! ってミサカはミサカは映画タイトルまるまる言ってアピールしてみる」
初春「ああ、あれですか。面白かったですよー、最後はヒロインが――」
打ち止め「わーだめだめネタバレはNGだよー! ってミサカはミサカはカザリお姉ちゃんの暴挙を阻止してみたり!」
真面目な考え事をしている美琴のことなどつゆ知らず、打ち止めはこれからの遊びのスケジュールを一生懸命立てていた。
やれやれ、と美琴はため息を付いた。
―――
――
―
スーパーからの帰路。
上条当麻は食材やら何やらが入ったレジ袋を片手に街中を歩いていた。
上条(今日の昼飯は何にしようかなー)
何となく卵の気分だから親子丼とかいいなあ、いやオムライスも捨てがたい。
そんなことを考えながら歩いている上条の視界に見知った人が入った。
赤髪を二つに結んで背中に流していて、腰に巻いたベルトに軍用懐中電灯を付けている少女。
上条(あれは結標じゃねえか)
クラスメイトを発見した上条はおーい、と声をかけようとしたが、少女はすぐに路地裏の方へ入ってしまった。
上条(路地裏なんかに入ってどうしたんだアイツ?)
何度か彼女と街中を歩いたことはあるが、進んで路地裏なんていう場所を歩きたがるような人ではなかったはずだ。
違和感を覚えた上条は、結標淡希を追いかけて路地裏に入っていった。
上条(近道とかそんな感じじゃなさそうだよなー)
たしかここの路地裏を進んだ先は行き止まりだったはずだ
普段から怖いお兄さんたちとやりたくもない追いかけっこをしているため、裏道とかに詳しい上条にはすぐそれがわかった。
しばらく進んだところにある曲がり角。そこに彼女はいた。
ビルの壁に背中を預けて、荒げている息を整えている様子だった。
上条「……結標? どうしたんだよこんなところで?」
結標「ッ!? 誰!?」
いきなり声をかけられて結標は壁から背を離し、上条と対面して身構えた。
上条「誰、って俺だよ俺。上条さんですよ」
結標「だから誰よ!?」
上条「えっ?」
初対面のような反応をされて少し戸惑う上条。
もしかして人違いか? と思い何度も目の前の少女を目で確認するが、どう見ても自分の知る結標淡希だった。
ふと、そのとき上条は気付く。
彼女の着ている洋服のところどころに赤い染みのようなものが付いていた。
上条「お、おい結標。それなんだよ……? もしかして血じゃ――」
上条が近づこうとした瞬間、結標は腰につけている軍用懐中電灯を抜いた。
そしてそれを真横に振るう。
ドスリ。
上条の左肩に鋭い痛みが走った。
上条「なっ、があっ……!?」
思わぬ痛みに持っていたレジ袋を地面に落としてしまう。
中に入っていたものが散乱する。
上条(こ、これってテレポートの……!)
肩に手を当てる。
そこには錆びついた五センチくらいの長さの釘が突き刺さっていた。
それを確認したせいか、さらに痛みが増していくように感じる。
結標「貴方。さっきから私のことを追いかけてきているヤツらの一員ね? 一般市民の知り合いを装って話しかけて来るなんて姑息な手を使うわ」
上条「何言ってんだ、お前……」
結標「何? もしかして本当に一般の人だった? それならごめんなさいね」
軍用懐中電灯を適当にいじりながら結標は続ける。
結標「でも私は貴方のことなんか一ミリたりとも知らないわけだし、不用意に近付いてきた貴方が悪いってことで許してもらえないかしら?」
上条「知らない、だと? そんなわけねえ、だろ」
結標「事実よ。ま、貴方が無関係な一般人の可能性を考慮して、これ以上の攻撃をするのはやめてあげるわ」
結標は軍用懐中電灯を再び腰に付けて、上条に背を向ける。
結標「ただし、次私の前に姿を現したときは、私を追う刺客とみなして容赦はしないわ」
上条「ま、まちやが――」
結標「だから気をつけてね。上条君?」
軽い感じに手を上げ、結標は空気を切る音とともに姿を消した。
人がいなくなった空間を見つめて、上条は呆然と立ち尽くす。
上条「うそ、だろ? 結標……?」
少年の問いかけに答える者は、もうここには誰もいない。
―――
――
―
一方通行は第一〇学区にある阿部食品サンプル研究所第三支部という研究所の近くに来ていた。
ここは今朝のニュースで話題に上がった、能力者による襲撃を受けた場所の一つである。
事件が発生した場所だけあって、駐車場にはアンチスキルの使う車輌が複数台止められており、研究所周辺には見張りをしているアンチスキルも複数人いた。
一方通行(犯人は現場に戻るなンつゥ言葉があるが、まァそンな簡単な話はねェっつゥことだな。どォでもイイが)
一方通行は遠目で研究所の様子を見ながら手に持っているファイルを眺める。
一方通行(阿部食品サンプル研究所第三支部。中に入ることができりゃ分かるが研究所の名前はダミーで、ここは空間移動能力者(テレポーター)を専門している研究機関だ。他の二施設も同様にな)
一方通行(結標がテレポート関連の実験を受けた履歴の中に、コイツらの名前があった。つまり、アイツは過去に実験を受けた施設を襲撃しているということか)
一方通行(理由はなンだろォな。過去に受けた実験の復讐っつゥのが妥当なところか。いや、データを強奪されたとか言ってた気がするから何かのデータを探してンのか?)
一方通行は頭から余計な考えを飛ばすように頭を横に振った。
一方通行(……ンなモン考えたところでしょうがねェか。今考えるべきは結標のこれからの行動予測だ)
一方通行は携帯端末をポケットから取り出し、地図アプリを起動する。
一方通行(結標の今まで実験を受けた施設の数は、今回狙われたものを含めて全部で八九種類。当時存在したが現在は閉鎖されているものを減らせば三二種類か)
一方通行(これらの施設全部を回っていくことは不可能じゃねェが、回ったところでヤツと遭遇しなけりゃ意味がねェ)
一方通行(アイツが行きそォな場所を予測して、待ち伏せるなりなンなりして見つけ出さなきゃいけねェっつゥことだ)
一方通行(すでに狙われたところを抜いても二九種類。そン中から一つをドンピシャで当てるのは難しいっつゥレベルじゃねェ)
一方通行(例えばアイツの狙いが何らかのデータだっつゥなら、それを手に入れたらこの襲撃して回ンのが終了するっつゥことだ)
一方通行(そンな状況でいずれここに来るだろう、って特定の場所に一晩中張り込ンでいてもリスクが増すだけだ)
地図アプリを操作し襲撃のあった地点にマーカーをつける。
時間軸で並べるとそれは北へ北へ、第七学区方面へ向かっていることがわかった。
一方通行(おそらく第七学区にある寝床に向かっていったって考えるのが妥当だろォ。アイツがもともと使っていた住処か、はたまた普通にホテルか)
時間を見る。ちょうど昼の一一時を回ったところだった。
一方通行(昨日の最初の襲撃が深夜一二時から一時の間。これは人目のつかない深夜だからこの時間にスタートしたってことか……いや)
一方通行(そもそも記憶が戻ったのが夕方のことだ。そこから自分の状況を把握して、研究所襲撃をするという行動方針を決めるのにそれなりの時間がかかったはずだ)
一方通行(つまり、夜じゃねェと襲撃しねェっつゥ固定概念を持っちまうのは危険だ。大事なチャンスを逃すかもしれねェ)
携帯端末を眺める一方通行の耳に、なにやらざわついた音が聞こえてきた。
何かと思い、音のする阿部食品サンプル研究所第三支部の建物がある方へ目を向ける。
そこには慌てて研究所から出ていくアンチスキルの姿があった。
一方通行(……何だ? 昼休憩にはまだ早いだろォに)
たまたま近くに見張りを続行しているアンチスキルの男がいたため、一方通行は聞き込み調査を始める。
一方通行「オイ」
アンチスキル「うん? 何だお前?」
一方通行「あそこで大急ぎで退却しているお仲間がいるが、何かあったのか?」
アンチスキル「ああ、あれだよ。今朝のニュースでやってただろ? 研究所の襲撃事件。あれの四つ目が今発生したらしい……おっと、こんなこと一般人に言っちゃいけねえや。忘れてくれ」
一方通行「そォか。アリガトよ」
お礼を言って、研究所のある方向から真逆の道を歩いていく。
一方通行(表はオマエの襲撃で大騒ぎしてるっつゥ状況で、こンな昼間っから動くなンざ随分な余裕じゃねェかよ)
一方通行の口元は、引き裂いたような笑みを浮かべていた。
―――
――
―
佐天「――つまり映画とは、最初の一〇分でそれが面白いかどうかを判断することができるのだ!!」
打ち止め「うおおおおおおおっ!! ってミサカはミサカは拍手喝采を送ってみたり」
一時間ほど前に一七七支部に遊びに来た少女、佐天のネットから持ってきた眉唾ものの話一つ一つに目を輝かせる打ち止め。
そんな二人をヤシの実サイダーという缶ジュースを片手に美琴は眺めていた。
美琴(そろそろここを出ようかって思ってるけど、佐天さんと楽しそうにしているのを見るとなかなか言い辛いわね)
佐天「あとこの噂知ってる? 超能力者(レベル5)には何と幻の八人目の能力者がいるっていう話」
打ち止め「うん、さすがのミサカでもそれは知ってるよ、ってミサカはミサカは得意げに答えてみたり」
佐天「あちゃー、知られてたかー。やっぱこれは有名な噂話だったかな」
打ち止め「噂話というか、その八人目の人ってミサカがよくしって――はっ、これはトップシークレットだった、ってミサカはミサカはお口にチャックをしてみたり」
佐天「えっ!? もしかして打ち止めちゃん八人目が誰か知っているの!?」
打ち止め「し、知らないよー、すひゅーすひゅー、ってミサカはミサカは露骨な態度で誤魔化してみたり」
教えろー、と言いながら佐天は打ち止めの脇腹をくすぐる。
あまりのくすぐったさにギャーギャー騒ぐ打ち止め。
その騒音で仕事のためにキーボードを叩いていた黒子の額に青筋が浮かぶ。
黒子「ちょっと佐天! あんまり騒ぐようならここから出ていってもらいますわよ!」
佐天「ええぇー? ちょっとくらいいじゃん。ほらほら打ち止めァー、ネタは上がってるんだぜい! 吐け吐けー!」
打ち止め「し、しらっ、しらな、はひっ、ミサカは第八位の超能力者なんか――」
くすぐられて呼吸困難になっている中、打ち止めの脳裏には超能力者(レベル5)第八位の少女、結標淡希の姿が浮かんだ。
半年という短い期間。だが打ち止めにとっては、生まれてから今までの半分以上の期間を一緒に過ごしたお姉さんのような存在。
その楽しかった思い出たちが次々と流れていった。
それと同時に、一方通行から告げられた一言も思い出していた。
『オマエの知っているアワキお姉ちゃンは、もォこの世にはいねェンだよ』。
その瞬間、打ち止めのつぶらな瞳から大粒の涙が流れた。
それに気付いた佐天が少女からぱっと手を離す。
佐天「ご、ごめん! 痛かった!?」
打ち止め「う、ううん、平気だよ! ちょっと笑いすぎて涙出ちゃっただけだよ、ってミサカはミサカは最もなことを言ってみる」
黒子「まったく貴女って人は。加減というものを考えなさいな」
気をつけますー、と佐天は頭を掻いた。
そんな彼女を横目に、黒子はポケットからハンカチを取り出し打ち止めに差し出す。
打ち止め「あっ、ありがとクロコお姉ちゃん! ってミサカはミサカはお礼を言ってみる」
黒子「ふぐぅっ、い、いえ。どういたしまして」
佐天「どうかしたの?」
黒子「何でもないですの。ただ妹キャラのお姉様はやはり強力過ぎるというかなんというか……」
美琴「聞こえているわよー黒子ー?」
変態後輩に釘を差しておく美琴。
わたくしはお姉様一筋ですの、といういつもの発言を適当に流しながら、美琴は空になった缶ジュースを捨てるために立ち上がる。
そのとき、一生懸命ディスプレイとにらめっこしている初春飾利が目に入った。
よくこの一七七支部には顔を出すので彼女が仕事している風景はよく見かけるのだが、今の彼女の机の上の環境は今までとは明らかに違っていた。
外付けのディスプレイやノートパソコンなど全て合わせて八つの画面が机の上にあった。
気になった美琴は初春の席へ向かう。
美琴「初春さん?」
初春「はひっ!? あっ、何でしょうか御坂さん?」
美琴「大変そうね。ジャッジメントの仕事?」
初春「は、はい。ちょっといろいろありまして……」
初春はきまりが悪そうに愛想笑いを浮かべていた。
ちらりと目線をディスプレイの方へ向ける。たくさんの文字列やらグラフやらがずらりと並んでいた。
一般人なら視界に入れた瞬間理解することを諦めそうな画面だった。
そんな中、美琴は一枚の画像データがあることに気がつく。
美琴(あ、あれは、昨日の……!)
その画像は監視カメラの映像を停止したものだった。
時刻は昨日の一七時五七分三一秒。映っているのは街中。
たくさんの通行人の中に一人だけ、美琴にとっては異質な存在が映っていた。
昨日の夕方に会った、結標淡希と全く同じ格好をした少女。
結標淡希と断定しないのはその人物の顔がカメラからは写っていないからだ。
美琴(……なるほどね。やっぱり今朝のケンカの原因はあの件だったってわけか)
初春「?」
美琴「自販機行ってくるけど、よかったらついでに何か買ってきてあげましょうか?」
初春「わー、ありがとうございます。でしたらいちごおでんをお願いします」
どうせだし、と他のメンバーの分も買ってくるか。
人数分の欲しい飲み物を聞いて、美琴は自動販売機へ向かうために一七七支部をあとにした。
―――
――
―
ビルの入り口から徒歩一分もかからないところに自動販売機はあった。
中身のバリエーションは、相変わらず学園都市独特の変わった飲み物が並んでいる。
だが、彼女たち学園都市の住人からしたら見慣れたものなので、特に気にすることなく硬貨を自動販売機へ入れていく。
美琴「――黒子が黒豆サイダーに打ち止めもヤシの実サイダーで」
自販機で買い物をしていると美琴の耳にある足音が聞こえてきた。
足音というのは普通一定のリズムを刻んでいるようもなものだが、それは不規則かつ安定しないリズムで聞こえてくる。
こんな時間から酔っ払った大人でもいるのか、と美琴は怪訝な表情で音の発生する方向へ目を向けた。
その目に飛び込んできた光景を見て、少女はぎょっとする。
美琴「ちょ、ちょっとアンタ!? どうしたのよその怪我!!」
上条「……み、御坂、か?」
そこには左肩を抑えてふらつきながら歩く上条当麻がいた。
肩には釘のようなものが刺さっており、そこから出血したのか腕を伝って左の手から赤い液体がポタポタ垂れていた。
美琴は携帯電話を取り出し、
美琴「びょ、病院、救急車呼ばないと……!」
上条「ま、待て御坂! そんな大した怪我じゃねえよ」
美琴「でも、血が……」
救急車を呼ぶことを拒否した少年に戸惑う美琴。
しかし、本人が言うような大した怪我じゃないことは目を見て明らかだ。
何が何でも早く治療しないと、と少女は思い、
美琴「……私の肩に捕まって」
上条「な、何で――」
美琴「いいから!!」
上条「お、おう……」
美琴の迫力に負け少年は大人しく言う通りにした。
上条当麻の体を支えながら美琴は先ほどまで自分がいた、ジャッジメントの第一七七支部のあるビルへと足を進める。
ゆっくりとしたペースで階段を上がっていき、呼び出し用のインターホンを鳴らさずにドアを勢いよく開けた。
―――
――
―
黒子は自席で頬杖を突きながら、パソコンのディスプレイをぼーっと眺めていた。
画面には一人の少女のパーソナルデータが映し出されている。
黒子(……どうやらあの人の話は本当だったようですわね。たしかに結標淡希は去年の一一月に霧ヶ丘から別の高校へ籍を移している)
黒子が見ているのは結標淡希の情報。風紀委員(ジャッジメント)の権限を使い書庫(バンク)から入手したモノだ。
顔写真や能力、学歴といったプロフィールのデータがまとめられている。
彼女が見ているのは学歴の部分。『霧ヶ丘女学院 入学』の次の行には、以前見た時には書かれていなかった文字列があった。
黒子(――高等学校。……はて、どこかで聞いたことがあるような。まあ、その程度の認識ということは、別に名門校とかではないということですわね)
他にもいろいろ見てみたが、これと言って役に立ちそうな情報はなさそうだった。
黒子がため息を吐くと、
美琴「――黒子!!」
第一七七支部の部屋内に美琴の声が鳴り響いた。
それを聞いた黒子が体をビクッ、とさせて入り口の方を見ながら、
黒子「な、なんですのお姉様? そんな大声で呼んで……ってあ、貴方は!?」
入口の方向を見た黒子の表情に驚きと、嫌なモノを見たときのような色が浮かぶ。
目に映ったのは御坂美琴、と彼女に体を支えてもらっている少年、上条当麻だった。
応接スペースで遊んでいる二人の少女もそれを見て、
佐天「御坂さーん。このあとお昼にファミレスに行こうって話してて――あっ、上条さんだ! どうしてこんなところに!?」
打ち止め「わーい、ヒーローさんだ……ってええっ!? ち、血がだらだら垂れてる!? ってミサカはミサカは突然のバイオレンスな光景に戸惑いを覚えてみたり」
上条「あ、あれ? 俺ジャッジメントの支部に入ったんだよな? なんだこのメンツ」
明らかにジャッジメントと無関係そうな少女たちがワイワイ騒いでる様子を見たせいか、上条は困惑した顔をしていた。
美琴「黒子、ちょっと救急箱貸してちょうだい。コイツすぐに手当してあげないと」
黒子「そ、それはよろしいですが、そのような怪我なら病院に行ったほうが良いかと思いますが……」
美琴「なんか知らないけど病院行きたがらないのよコイツ」
上条「…………」
上条のバツの悪そうな表情を見て黒子はため息を付く。
黒子「何か訳ありってことですわね。わかりました。わたくしが治療いたしますので、その殿方をソファに座らせてくれます?」
美琴「えっ、でも黒子……」
黒子「お姉様。素人が下手に触って怪我を悪化させたりしたら大変ですの。ここはジャッジメントとして訓練を受けている、わたくしにお任せくださいませ」
美琴「……ありがと、黒子」
ソファに座っている少年の隣に黒子は座り、傷の確認をする。
黒子(錆びた釘が刺さっておりますわね。出血しているのは無理に抜こうとして傷口を広げたとかそんなところでしょうか。とにかく釘を抜いて傷口を洗浄する必要がありますわね)
黒子が見た通り、上条の肩には服の上から錆びた釘が突き刺さっていた。
釘の頭部が見えているところから、先端部分は体内だ。まるでトンカチで叩かれたかのようだった。
一体、何をしていたらこんな怪我を負えるのか、と黒子は疑問に思った。
黒子「初春!!」
黒子はパーティションの向こう側へ向けて声をかけた。
その声が聞こえたのか、パーティションの端から覗き込むように初春が出てきた。
初春「な、なんでしょうか……って上条さんじゃないですか!?」
黒子「初春。怪我人の応急処置をしますわ。今すぐ応急セットと新品のタオル何枚か持ってきてくださる?」
初春「は、はい! 了解です!」
そう返事すると、初春は頼まれたものを準備するために部屋の中を小走りに動き始める。
黒子「待っている間、上に着ている衣服を脱いでいただきますわ」
上条「あっ、うん。じゃあ」
黒子「いえ。脱ぐときに傷口に刺さった釘に接触して、傷口が広がってはいけませんので貴方は何もしなくてよろしいですわ」
失礼、そう一言告げて黒子は上条の衣服に触れる。
シュン、という音を立て上半身の衣服が消え、ソファの前にあるテーブルへと移動した。
美琴「なっ、えっ、なっ、ちょっ、ちょっとぉ!?」
佐天「おっ、おうふっ、たくましい身体ですね……」
打ち止め「うわー、あの人とはぜんぜん違うや、ってミサカはミサカは率直な感想を述べてみる」
黒子「貴女たち怪我人に失礼ですわよ?」
隣にいた少女たちが、三者三様のリアクションをしながらその風景を眺めていた。
それに対して黒子は呆れ顔で注意する。
初春「白井さん! 準備ができました!」
そう言って初春はテレポートされた衣服をどけて、そこに救急セットと封の開いていない袋入タオルを一〇枚ほどをテーブルの上に置いた。
黒子「では早速釘を抜きます。抜くときの痛みはないとは思いますが、一気に血が吹き出てきますので覚悟だけはしておいてください」
上条「ああ、やってくれ」
黒子は上条の左肩に刺さった釘に触れ、テレポートを行使する。
左肩から釘が消え、少女が言ったように栓を失った傷口からは大量の血液が溢れ出てきた。
黒子「続いて洗浄スプレーで傷口を洗い流します。少し痛むとは思いますが我慢してくださいな」
黒子は救急セットとからスプレー缶を取り出す。生理食塩水を噴射することができる医療用のスプレーだ。
蓋を開けて、傷口に向かって噴射する。
上条「ッ……!?」
上条が痛みで顔を歪める。
負傷部分の周りにあった血液や汚れが一気に流されていく。
黒子(こ、これは……!)
あらわになった傷口を見て黒子は目を細めた。それを見て何かに気付いたという様子だ。
だが、彼女は止まらず応急処置を続行した。
黒子は救急セットからチューブ状のものを取り出す。
黒子「対外傷キットですの。これで傷口を塞ぎますわ」
新品のタオルの封を一枚切り、そのタオルで肩の周りにある血液や水分を拭き取る。
そのあとチューブを押し、ジェル状のものを手にとって傷口に塗りつけた。
ドロドロだったジェルは次第に固まっていき、傷口を塞ぐ蓋となる。
傷口がふさがったことを確認した黒子は、包帯を取り出し鮮やかな手さばきで巻いていく。
黒子「これで処置は完了いたしましたわ」
上条「お、おう……」
黒子の手際の良さに驚いているのか、上条は唖然とした様子だった。
気にせず黒子はいくつか未開封のタオルを手に取り、
黒子「あとはタオルを何枚か渡しますので、血で汚れた体をそれで拭いてくださいな。それくらいは一人で出来ますわよね?」
上条「……ああ、サンキュー白井」
黒子「ふんっ、これはあくまで応急処置ですので。このあと病院に行き、然るべき処置を受けることをおすすめいたしますわ」
不機嫌そうに眉を上げて、黒子は推奨する。
一連の応急処置の様子を見ていた佐天が目を輝かせながら、
佐天「おおおおおっ!! さすが白井さん! 初春なんかとは比べ物にならないね」
初春「ちょ、ちょっと佐天さん! それは聞き捨てならないです! 私だって同じ訓練を受けているんですからね!」
初春が顔を真赤にしながら反論する。
何やってんだか、とそれを見ている黒子へ、美琴が名前を呼んで、
美琴「ありがとね。助かったわ」
黒子「いえ。ジャッジメントとして当然のことをしたまでですの」
じゃなければ誰が好き好んであんな腐れ類人猿の怪我の治療なんか。
ぶつぶつと負のオーラをまとっているような後輩を見て、美琴は苦笑いする。
佐天「よし! 一件落着しましたのでこれからみんなでお昼にいきましょー!」
初春「ちょっと佐天さん!? まだ話終わってませんよ!」
怒っていた初春の相手をするのが飽きたのか、空腹が絶えきれなくなったのか、佐天が拳を突き上げながら提案する。
打ち止め「うおおっ! お昼だファミレスだっ! ってミサカはミサカは子どもらしくハシャイでみたり!」
美琴「そんな話になってたの?」
黒子「みたいですね。あの子たちが勝手に決めただけでしょうけど」
佐天「……! そうだ!」
佐天が体の汚れを拭いている上条を見て、
佐天「せっかくだし上条さんも一緒にどうですか!?」
美琴「!?」
美琴が体をビクッっとさせる。
なっ、なっ、なっ、と戸惑いの声を上げているが、顔を紅潮させて少しニヤついた感じが見えるので嫌ではなさそうだ。
忌々しい、と黒子は誰にも聞こえないように舌打ちする。
少女たちに昼食を誘われた上条だが、表情を暗くし、視線を下げて、
上条「……ああ、悪い。ちょっと行くところあるから行けないんだ」
断りの言葉を入れた。
そうですか、と残念そうな顔をする佐天を見て「誘ってくれてありがとな」と礼を言ってから、上条は血が付いた自分の衣服を着直し、部屋を出て行こうする。
その姿を見て美琴は思わず呼び止める。
美琴「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
上条「何だよ? まだ何か用があんのか? あっ、そういやお前にもお礼言わなきゃな。サンキュー御坂」
美琴「お礼なんて別にいいわよ。それより私にはアンタに聞きたいことがあんのよ!」
上条「聞きたいこと?」
美琴「アンタ一体何があったのよ? そんな怪我してるってことは、また何か変なことに巻き込まれているんじゃないでしょうね?」
美琴は質問した。怪我をした彼を見てからずっと疑問に思っていたのだろう。
上条当麻はよく厄介事に巻き込まれる体質にある。だから、この怪我も何かしらの事件に巻き込まれて負ったものじゃないかと、美琴は勘を働かせたのだろう。
少女の茶色い瞳が上条を見つめる。
しかし、上条はあはは、と軽く笑ってから、
上条「いや、ほんと何でもないんだ。ちょっと変な感じにずっこけちまうっつー不幸があっただけだよ」
美琴「そ、そう……」
あっさりと軽い感じに返された。
この言葉が嘘か本当かは美琴では判断できない。
だが、仮にこれが嘘だとしてもこれ以上詮索することは彼に失礼に値する行為だ。
そう思ったから、美琴は変な相槌しか打てなかったのだろう。
上条「じゃあ行くよ。世話になった」
上条が出入り口のドアのノブに手をかける。
が、そのドアノブが回されることはなかった。
黒子「先ほど拝見させていただいた傷口についてなのですが、皮膚や肉がまるで釘に押しのけられたように周りに広がっていましたわ」
黒子が腕を組み壁に背を預けながら、上条の怪我についての話を始めたからだ。
黒子「普通に刺さったのでしたら、あのような形にはなりませんわ。しかし、わたくしはそのような怪我を負わせる方法を一つ知っておりますわ。なぜならわたくしも同じ怪我を負ったことがありますから」
全てを見透かしたように少女は言葉を続ける。
黒子「その傷、もしかして空間移動能力者(テレポーター)が行う物質の転移によって負ったものではありませんか?」
上条「ッ」
上条がピクッと少女の言葉に反応した。
それをは確認した美琴が彼女の言いたいことを察したのか、打ち止めの方を見る。
美琴「打ち止め。ごめんだけど私たちちょっと話があるから、先に佐天さんとファミレスに行っててちょうだい」
打ち止め「へっ? う、うんわかった、ってミサカはミサカは了承してみる」
美琴「佐天さん。お願い」
佐天「あっ、はい。……じゃあ行きますか打ち止めちゃん」
そう言って佐天は頭にハテナマークを浮かべている打ち止めの手を引いて、一七七支部の部屋を出ていく。
佐天もただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、特には言及することはなかった。
黒子「さて、初春。貴女も一緒にお昼に行ってきなさいな。居ない間はわたくしがここで留守番しておきますので」
初春「……白井さん。一つ聞いてもいいですか?」
黒子「何ですの?」
初春が黒子を見る。その表情からはいつもののほほんとした雰囲気は感じられない。
問い詰めるかのような口調で初春は聞く。
初春「もしかして上条さんの怪我の原因は、昨晩の事件に関係しているんじゃないですか?」
黒子「…………」
昨晩の事件。それだけで彼女が何が言いたいのか、黒子は理解していた。
理解していたからこそ、黒子は何も答えない。
喋らない黒子に対して、初春はジッと彼女を見つめながら、
初春「どうなんですか?」
黒子「……関係、ありませんの」
いつもらしからぬ少女の圧に、黒子は思わず口を開けた。
その言葉を聞いた初春は、
初春「嘘ですね?」
一蹴する。看破したように。
黒子「何で貴女にそんなことがわかりますの?」
初春「……そんなの決まっているじゃないですか。だって、……私は白井さんのパートナーなんですよ?」
黒子「ッ」
初春の言葉に聞いて、黒子はたじろいでしまった。
そんな様子を気にしていないのか、気付いていないのかわからないが、初春は内のものを吐き出すように続ける。
初春「だから、わかりますよ。白井さんが何か隠し事をしていることも、何か深刻なものを抱え込んでいることだって」
初春「もしかして、私を巻き込みたくないと思っているから話してくれないんですか? そうなら私を見くびらないでください!」
初春「私だって風紀委員(ジャッジメント)です! ですから戦う覚悟は出来ていますから!」
言い切った初春は息を荒げていた。目が潤んでいるように見えた。頬がほのかに赤く染まっていた。
それだけ一生懸命声に乗せたのだろう。自分の気持ちを。
黒子「初春……」
黒子は迷っていた。たしかに、彼女はジャッジメントであり、同僚であり、パートナーでもある。
だからといって、彼女をこれ以上こちらの問題に巻き込んでもいいものか、すぐには判断が下せなかった。
そんな黒子の様子を見ていた美琴がため息をつく。
そして語りかける。
美琴「黒子、もういいんじゃない?」
黒子「し、しかし……」
美琴「初春さんの決心は本物だと思う。昨日のアンタと同じでね」
黒子「…………」
黒子は考え込むように口を閉じた。昨日のことを思い出す。
自分は御坂美琴に帰れと言われて、何と言い返したのか。そのときの自分はどんな想いを持っていたのか。
黒子「…………はぁ」
黒子は呆れた。自分に対して。
そして少女は見る。目の前の少女を。こんな馬鹿な自分をパートナーと呼んでくれた少女を。
黒子「初春。覚悟はよろしくて?」
黒子の表情は今までのどこか張り詰めたようなものではなく、穏やかな友人に向けるものであった。
初春「……はい! もちろんです!」
同じように、初春も微笑むように笑い、そう返した。
上条「あのー」
少女たちが友情やら信頼やらの話をしている中、蚊帳の外にいた上条が発言する。
上条「よくわかんないけど、俺ってもう帰っていいのか?」
その言葉を聞いた三人の少女たちは目を見合わせた。
目線だけで会話をしたのか三人はにっこり笑い、一斉に上条の方へ顔を向ける。
「「「いいわけないでしょ!!」」」
三人のツッコミが一七七支部内に響いた。
―――
――
―
お昼時。とあるファミレスの一角にある六人掛けのボックス席に四人の少女たちが座っていた。
麦野沈利。フレンダ=セイヴェルン。絹旗最愛。滝壺理后。
学園都市の非公式の暗部組織『アイテム』の顔触れだ。
麦野「……やっぱりコンビニのヤツは微妙ね。チッ、無難に鮭弁にしとけばよかったか」
透明のプラスチック容器に入ったサーモンのマリネサラダを箸でかき混ぜながら、麦野はぼやく。
横に乱雑に置いてあるビニール袋と彼女のセリフからして、これはどこかのコンビニで購入されたものなのだろう。
フレンダ「結局それって、この前行った高級レストランで同じようなもの食べちゃったせいじゃない? 自分の中の期待値が高くなっているみたいな」
それに比べてサバ缶はいつ食べても期待通りの味で最高って訳よ、と付け加えながら、フォークに刺した鯖のカレー煮を口に運ぶフレンダ。
彼女の対面の席に座っている絹旗が、フライドチキンを片手に呆れ顔で見ながら、
絹旗「よくもまあ、そんな毎日毎日サバ缶ばかり食べて超飽きませんね? 私なら三日も同じものを食べたら超嫌気が差しますが」
フレンダ「大抵の人って主食としてご飯やパンを毎日食べてるじゃん? つまり、そういうことって訳よ」
絹旗「その魚類を主食として超カテゴライズしてもいいのか果てしなく疑問ですが。滝壺さんはどう思います?」
滝壺「……北北東から信号が来てる」
絹旗の左の席にだらんとした感じに座っている滝壺が呟く。
その眠そうな瞳の焦点はどこに合わせているのか傍から見てもわからなかった。
絹旗「……うん、滝壺さんもこう言っていることだし、サバが主食なのは超ありえませんよ」
フレンダ「えっ!? 今の言葉の中のどこにそんな意味が隠されていたの!?」
そんなコントのような会話を繰り広げている席に一人の少年が近付いてくる。
片手に二つずつ、合計四つのグラスを手にしドリンクバーから戻ってきた、アイテムの下部組織という名のパシリをやっている浜面仕上だ。
浜面「ほら、ドリンクバーのおかわり持ってきたぞ」
麦野「遅せーぞ浜面。飲み物汲んでくるのにどんだけ時間かけてんだよ」
浜面「しょうがねえだろ? 今は飲食店のピークタイムだ。ドリンクバーだってそりゃ人が並ぶよ」
弁解をしながら浜面はグラスを少女たちの目の前に置いていく。
置かれたグラスを手に取り、麦野はそれを一口飲んでから開口する。
麦野「さて、下僕が帰ってきたところで例の件の話を始めるとしましょうか」
絹旗「例の件というのは座標移動(ムーブポイント)の超捕獲任務のことでしょうか?」
麦野「そうそう。正直あんま乗り気じゃないけど、指令を受け取った以上やらないといけないわけだからね」
浜面「座標移動って結標の姉さんのことだよな? 何であの人を捕まえろなんていう指令が降りてきたんだ?」
麦野「さあね。ヤツは空間移動能力者(テレポーター)の中じゃずば抜けて優秀な人材みたいだし、それを実験動物にしたいっつーヤツが上層部にいるってことじゃない?」
浜面「実験動物って……ひでえ話だな」
浜面はその言葉に嫌悪感を抱き、苦虫を噛み潰したような顔した。
しかし、そんなことを思っている人は他にはおらず、滞りなく会話は進行する
絹旗「超捕獲するためにはまず座標移動を見つけなければいけないわけですが」
フレンダ「見つけるなら滝壺の能力追跡(AIMストーカー)を使えばすぐじゃない?」
滝壺「ごめん。私その座標移動のAIM拡散力場を記録していないから、それはできない」
フレンダ「あ、そっか。雪合戦のときは、第一位の分析に全力注いでたから記録できなかったんだっけ」
絹旗「ということは超面倒臭い任務になりそうってわけですね」
麦野「ま、でも宛がないというわけじゃないわよ」
麦野は携帯端末を操作し、ニュースアプリ表示させてテーブルの真ん中に置く。
そこには四箇所の研究施設が謎の能力者の襲撃を受けたという記事が載っていた。
浜面「これってたしか、今朝からニュースで大騒ぎになっているやつじゃねえかよ」
フレンダ「よく知ってるじゃん浜面。浜面でもニュースくらいは見るんだね」
浜面「お、俺もそれくらい見るっつうの!」
滝壺「このニュースがどうかしたの?」
麦野「ニュースに書かれている襲撃者、こいつが座標移動の可能性が高い」
絹旗「どういうことですか?」
麦野「あくまで推測の域だけどね。理由は三つあるわ」
そう言うと麦野は再び携帯端末を操作して、何かのリストのようなものを表示する。
そこに書かれていたのは研究施設の名前の羅列だった。
絹旗「これは?」
麦野「学園都市内にあるテレポーターについて研究している研究所の一覧。表に公表されているものはもちろん、秘密裏に動いているヤツ含めて全部よ」
麦野は携帯端末の画面をスクロールさせ、ある位置で止めた。
麦野「ここに書かれている研究所の名前、どっかで見たことないかにゃーん?」
そう聞かれて他四人は画面を覗き込む。
浜面「阿部食品サンプル研究所第三支部……ってたしかニュースで被害に遭ってた研究所の名前じゃねえか」
フレンダ「岡本脳科技工所、日野電子材料開発部門、SATO新エネルギー開発。うん、見事に四箇所全部あるって訳よ」
麦野「そ。つまりこの犯人はテレポーターに関する何らかの情報が欲しいヤツってことよ。しかも、四箇所も襲っているってことは、狙いは相当な機密データじゃないかと予測できるわね」
絹旗「しかし、それが座標移動が犯人だという超理由に繋がりますかね?」
麦野「ま、それだけじゃ無理ね。ちなみに今言ったのが一つ目の理由。次は二つ目だけど」
ドリンクをもう一度口へ運び、喉を潤してから麦野は続ける。
麦野「研究所を四つも襲撃してアンチスキルどもがまったく足取りをつかめていない状況。この時点で相当高位な能力、またはそれに準ずる技術を持ったヤツが犯人ってことにならないかしら?」
浜面「たしかにそうだな。現にニュースに書かれているのは謎の能力者っつー感じだし」
フレンダ「なんかいつかの第三位を思い出すね。電子的な警備を全部掌握して侵入してたとかいう話だったし」
麦野「嫌なモン思い出させてんじゃねーよ」
彼女たちの言うように、昔アイテムは超能力者(レベル5)第三位の少女、御坂美琴と交戦したことがあった。
そのときも今と同じような状況で、とある研究施設を襲撃しているインベーダーが御坂美琴だったというわけだ。
滝壺「むぎのは座標移動に、第三位と同じくらいのチカラあるって言いたいの?」
麦野「そりゃさすがにあのションベン臭いガキのほうが圧倒的に上よ? けど、座標移動でも同じ結果を出せるくらいのチカラはあるんじゃないのかとは思うわ」
絹旗「たしかにテレポートは壁を越えて超移動できますし、点と点の超移動だから監視カメラとかの死角から死角へ飛ぶとかすれば、超避けることもできそうですね」
麦野「そういうこと。これが二つ目の理由よ。で、三つ目だけどこれはシンプルね」
麦野は携帯端末を手に取り、素早い指さばきで操作してある画面を映して再びテーブルの中央に置く。
そこには『座標移動(ムーブポイント)の回収。生体が好ましい。死体の場合、脳への損傷は避けること』という文章が表示されていた。
麦野「この指令を受領した時期と事件が発生しニュースで騒がれだした時期が重なっている。これを偶然と片付けるにはちょっと無理があるんじゃないかしら?」
絹旗「た、たしかに……」
浜面「つまり、その襲撃犯を追っていけば自ずと結標の姉さんのところへたどり着ける、っつーことか?」
フレンダ「そういうことにはなるけど、かといってどうやってターゲットを追いかけるのよって話にならない?」
フレンダの言う通り、彼女がいくらテレポーターの関連施設を狙っているとわかっていたとしても、その襲撃候補の数は膨大だ。
そこからいつどこを彼女が襲撃するのかを予測するのは大変困難なこと。
しかし、麦野はニヤリと口角を上げた。
麦野「実はあるのよね。ヤツがいずれ狙うであろう研究施設の候補がわかる情報が」
テーブルの中央においてある端末をそのままの位置で操作し、別の画面を表示させる。
それは何かのリストのようなものだった。中身を読んだ絹旗が問う。
絹旗「これは……学園都市にある民間警備会社の超警備先のリストでしょうか?」
浜面「うわっ、すげえ。こんなの絶対外部に漏れちゃいけねえ企業機密みたいモンだろ」
麦野「私たちからすれば、こんなもん機密でもなんでもないけどにゃーん」
重大な情報を軽い感じに扱っている麦野を見て、浜面は改めてアイテムという組織のヤバさを認識して唾を飲み込んだ。
麦野「この中に今朝ある警備会社と新規に契約した研究施設があるわ。それが櫻井通信機器開発所」
滝壺「……もしかしてその研究施設も」
麦野「そう。さっき見せたテレポーターの研究をしている研究施設のリストに名前が載っているところよ。もちろん、名前の通り表向きにはそれを出してはいないけどね」
麦野「さらに言うとこの契約は、研究所を襲撃しているヤツがいるっていうニュースが流れてから行われているわ。つまりこの研究施設は、自分たちが狙われるとわかっているから警備会社に泣きついたってことにならない?」
フレンダ「なるほどね。ここを張っていれば座標移動と接触できる可能性が高いっていう訳か」
絹旗「そうと決まったら早く現場に超出向いたほうが良いのでは?」
せっかく来る場所がわかっていても、ターゲットが来たときに自分たちがいなければ意味がない。
一刻も早く動くべき状況だ。しかし、麦野は特に慌てた様子もなく、
麦野「それに関しては問題ないわ。四つ目に狙われたSATO新エネルギー開発の襲撃があったのが三〇分ほど前。そこから櫻井通信機器開発所に行くには車で飛ばしても二時間弱はかかる位置よ」
フレンダ「テレポーターって連続使用してまっすぐ進めば、時速換算でニ、三〇〇キロくらい出るんじゃなかったっけ? 間の障害物も越えられるし、もっと早く着くんじゃない?」
滝壺「いや、それは難しいと思う。一応は身を隠している逃亡犯なのだから、そんな派手な動きを取るのは理にかなっていないよ」
フレンダ「あっ、そっか」
麦野「滝壺の言う通りよ。ま、でもここでいつまでものんびりしていい理由にはならないし――」
そう言って麦野はぼーっと突っ立っている下っ端の方へ目を向ける。
麦野「というわけで浜面。さっさと足の確保しなさい。三分以内」
浜面「へいへい、わかりましたよー」
軽く返事をし、浜面はファミレスの外へ車を探しに出るためにファミレスの出入り口へと向かった。
そんな少年をなんとなく頬杖付いて眺めていたフレンダ。
すると、彼女の視界にある出入り口の扉から、ある人物たちが入店してくるのが目に入った。
フレンダ(ッ!? あ、あのコは……!)
それは二人組だった。
一人は肩まで伸びた茶髪に自己主張の激しいアホ毛が特徴の見た目一〇歳前後の少女。
もう一人は背中まで伸びる黒髪ロングへアーに白梅の花を模した髪飾りを付けている少女。
その少女たちをフレンダは見覚えがあった。というかアイテムとか全然関係ないところでの知り合いだった。
フレンダ(や、ヤバっ!? 見つかったら絶対話しかけてくるって訳よ。今仕事中だってのに不用意に一般人と接触するわけにはいかない……!)
何という運の悪さか、二人組の少女はフレンダたちのいる席に近い場所を店員に案内されようとしている。
フレンダは不味いと思い被っているベレー帽を目深に被った。
その様子を見て三人は、
絹旗「何やっているんですかフレンダ? 新しい超ファッションかなにかでしょうか?」
麦野「フレンダがそんなダセーことするわけないでしょ。もしこれをファッションと言い張るなら幻滅だわ」
滝壺「大丈夫だよフレンダ。私はそんなださいフレンダを応援している」
フレンダフレンダフレンダと自分の名前を連呼する同僚たち三人に向かって、フレンダは人差し指を口元に持っていき黙れのジェスチャーをする。
もちろん意図がわからない三人は揃って首を傾げた。
そんなことをしているうちに、店員に席を案内されていた少女二人は斜向かいの席に座った。
席の配置の都合上、黒髪ロングの少女の目がこちらに向いた状態で。
フレンダ(ひ、非常にマズイ状況って訳よ……)
フレンダは出来る限り見えないようにしようと、対面に座る絹旗の陰に隠れようと身をかがめる。
だが、その動作が逆に目立ってしまったようで、黒髪ロングの少女の視線が明らかにこちらを向いた。
そのとき、
ピピピピピピピッ!!
甲高い電子音が鳴った。麦野沈利の携帯端末の着信音だ。
麦野は端末を手に取り、通話モードに切り替える。
麦野「はい」
浜面『ワンボックス一台かっぱらってきたぜ。いま表につけてるから早く来いよ』
麦野「タイムはニ分五二秒。ギリギリだけどよく出来ました浜面君♪」
浜面『ま、マジかあぶなっ!?』
どうやら下っ端浜面が移動手段の準備が出来た電話だったようだ。
その聞き耳を立てていたフレンダがバッ、と立ち上がる。
フレンダ「じゃ、私は先に行っておくって訳よ! それじゃっ!」
麦野「あ? ちょ、フレンダ――」
麦野の制止を耳にも止めず、フレンダは競歩の選手じゃないかと思うくらいの早足で出口へ向かい、駆け抜けた。
麦野「……? 何やってんだアイツ?」
滝壺「さあ? お腹でも痛かったんじゃない?」
絹旗「いや、それならそこにあるトイレに超駆け込むでしょ」
フレンダの奇行に疑問符を浮かべながらも、他のアイテムのメンツも彼女の後を追って店外へ出ていった。
―――
――
―
一方通行「チッ、遅かったか……」
一方通行は新井植物科学研という研究施設の周辺にいた。
この研究施設も彼の持つファイルの中にあるリストに載っていた、過去に結標淡希が実験を受けた空間移動能力者(テレ ポーター)を研究する施設だ。
なぜ一方通行がここにいるのか。
一方通行(建物ン中から次々と避難している研究員たち。つまり、予想だけは当たってたっつゥことか)
一方通行は狙われた研究施設四つの共通点を考えた。そこで浮かんできたのは規模の大きさだった。
大々的な研究をするためにはある程度のまとまった資金が必要だし、機材を置くためのスペースだって必要だ。
それに大きい研究所なら自然と集まるデータも膨大になる。
その共通点を前提に、一方通行は最後に狙われた施設であるSATO新エネルギー開発から最も近い、かつ同程度の規模の研究施設。
そこに結標淡希が現れると予想をして、この場にたどり着いた。
しかし、そこに広がっていた光景は、警報音のようなものを鳴らしている建物内から避難している研究員たちだった。
一方通行(あンだけ人が避難してるっつゥことは侵入してもォだいぶ経ってやがる。アイツはすでに逃げたあとだろう)
間に合わなかったものはしょうがない。
そう考え、一方通行は携帯端末で地図アプリを起動する。
一方通行(ここから近い同程度の施設っつったら……チッ、一〇キロ圏内だけでも三つもありやがる)
端末のディスプレイに表示されているのは自分の位置を表す三角形と、そこから東西南の位置に一つずつ目的地のマークが記されていた。
一方通行はとりあえず一番近い位置にある目的地へタップし、ナビゲーション機能を起動する。
それと同時に首元にある電極のスイッチを入れた。
地面を蹴り、目的地のある方角へ飛び上がる。
一方通行(クソが、こンなンじゃ一生アイツに追いつけねェぞ? どォにかしやがれ一方通行)
ビルの屋上を弾丸のような速度で飛び移っていく。
彼の表情はいつも以上に険しいものだった。
―――
――
―
上条「そう……だったのか」
上条が落胆したような声を出す。
ここは風紀委員活動第一七七支部の事務所。部屋の中にある応接スペースのソファに少年は腰掛けていた。
初春「まさかそんなことがあったなんて……」
上条の隣に居る初春も似たような反応だった。
美琴「そうよ。今話した話は憶測部分を除けば全部事実よ」
目の前に座っている美琴が肯定する。
美琴と黒子は昨晩あったことを二人に話した。
一方通行には口止めをされていた。
しかし、実際に事件の重要部分に関わっている初春と、事件の延長線上で関わった上条にはきちんと話しておくべきだ。
そういう判断だった。
初春「ぐっ、私がリアルタイムでダミーの映像に気付けなかったせいでそんなことに……情報分析担当失格ですっ」
葉を食いしばる初春。
あっさりと出し抜かれてしまった自分への戒めの気持ちと、電子戦という自分が一番得意とする分野で不覚を取ったことによる悔しさが、彼女の中で渦巻いているのだろう。
黒子「気にするなとは言いませんわ。しかし、過去をいくら振り返ったところで意味はないですの。考えるべきはこれからのことでは?」
初春「……はい!」
対面いる黒子からの言葉に、初春は力強く返事をした。
上条「結標の記憶喪失が治ってたなんて全然知らなかった。何で教えてくれなかったんだよ一方通行」
美琴「たぶん、アイツなりにアンタを巻き込みたくないと思ってのことだと思う」
上条「……ふざけんじゃねえ」
上条は膝の上に置いた拳を力強く握りしめる。
上条「巻き込みたくないって、俺だってアイツとは友達なんだよ。それなのに、友達が大変なことになってるってときに蚊帳の外なんて、そんなのねえよ……」
美琴「それでアンタはこの話を聞いてどうするつもりなのよ?」
上条「決まってんだろ! 結標を捜す!」
今まで伏し目がちだった顔を上げる。
上条「俺なんかが結標に会ったところで何が出来るかなんてわからない。けど、歯を食いしばってこのまま何もしないなんてこと俺には耐えられねえよ」
美琴「……はぁ、言うと思った。わかってたわ、アンタがそういうヤツってことは」
美琴はやれやれという感じに額に手を当てた。
黒子「しかし、捜すと言ってもどうやって捜すつもりですの?」
上条「そ、そりゃ決まってんだろ。街中走り回って……」
黒子「馬鹿ですの? もしかしてお猿さんは頭の中もお猿さんでしたの?」
上条「ぐっ……」
年下の女子中学生に憎まれ口を叩かれているが、言っていることは間違っていないため、反論できない上条だった。
言葉を詰まらせている上条に、隣りに座っている少女が恐る恐るという感じで、
初春「……あの、上条さん」
上条「なんだ? えっと、初春さんだっけ」
初春「はい。よろしければ結標さんを捜すのをお手伝いしましょうか?」
上条「えっ、いいのか?」
いいですよ、と初春が了承する。
それを見ていた黒子が机を叩く。
黒子「ちょっと初春!」
初春「何でしょうか?」
黒子「貴女この一般人である腐れ類人猿の為に、監視カメラ情報を取得してさしあげようと考えてますの?」
初春「ええ、まあ。私にはそれくらいしか出来ませんので」
黒子「そんな職権乱用行為、わたくしは認めませんわよ? もしバレたら始末書ではすみませんわ」
初春「たしかにそうですね。けど、ここで発想の転換ですよ」
そう言って初春は上条の方を向いて、
初春「上条さん、この一七七支部に電話してもらえませんか? 内容はそうですね、迷子の捜索依頼みたいな」
上条「ま、迷子? もしかしてその迷子って結標のことか?」
初春「はい、そういうことになります」
あまりに斜め上過ぎる言葉を聞いて戸惑いながらも、上条は携帯電話を出した。
こちらが番号になりますんで、と初春が番号の書かれたメモ用紙を差し出す。
黒子「……もしかして貴女、たかだか迷子の捜索程度で監視カメラ情報の取得をしようと考えておりますの?」
ジトーっと見ていた黒子が呆れたように尋ねる。
それに反論するように初春が、
初春「たかだかとはなんですか! 迷子の捜索だって立派なジャッジメントの職務です!」
鼻息を荒くする。
まあたしかにそうだが、と黒子も思っているのかそれに対しては言及しない。
だが、
黒子「そんなことでアンチスキルが監視カメラの情報を提供するとお思いですの?」
基本的に監視カメラの情報を管理しているのはアンチスキルだ。情報取得の許可を得るためには、様々な工程を経なければならない。
迷子の場合ならいなくなった地域や日時などを、その工程の中で報告する。
そのため、例えばアンチスキル側がそれを元に、何日の何時から何時の第七学区の一部分だけの監視カメラ情報だけ許可する、となればその一部分しか情報を得ることができなくなる。
今回の場合は結標淡希がどこにいるのか皆目検討も付かないので、その程度の情報では役に立たない可能性が高い。
逆に地域や日時がわからないと報告すれば、行方不明者となりアンチスキルの管轄になってしまうかもしれない。
そんな事情があることは初春も知っている。知っているからこそ初春は言う。
初春「大丈夫です白井さん。ちょちょっとハッキングして情報をいただければ問題ありません」
黒子「……言うと思いましたの」
黒子がげんなりとする。
黒子「というか最初からハッキングするつもりなら、わざわざ迷子の捜索などという名目を立てる必要ないんじゃありませんの?」
初春「何言っているんですか白井さん。私的な目的のためにハッキングするのは完全なコソドロですけど、ジャッジメントとしての使命を果たすためハッキングするのは『それならしょうがないかー』ってなりますよね?」
黒子「んなわけねえですの。五十歩百歩ですわ。どちらにしろバレたらただじゃ済みませんわよ?」
初春「平気ですよ。だって私、そんなバレるなんてヘマしませんので!」
ニコッ、と笑う初春飾利。
その笑顔の奥に何か黒いオーラのようなものが見えるのは絶対に気のせいじゃない。
上条「……す、すげえな御坂。お前の友達」
美琴「え、ええ、ほんとそう思うわ」
二人が初春飾利に圧倒されているとき、美琴の持つ携帯電話から着信音が鳴り響いた。
それに気付いた美琴はポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイを見る。
『佐天涙子』。
美琴「あっ、そういえばお昼にファミレス行くんだった……」
黒子「いってらっしゃいませお姉様。わたくしたちは外食するほどの時間が取れなさそうですので」
美琴「そう。わかったわ」
そう返事をして、美琴は電話を通話モードにしながら、部屋の外へ駆け出した。
―――
――
―
一方通行が目的地である日高新薬研究センターにたどり着いて三〇分ほど経過していた。
ずっと様子をうかがってはいたが、関係者と思われる人や車が何回か出入りしただけでとくに異変のようなものは見つからなかった。
一方通行(三択を外しやがったか……)
一方通行の中に焦りのようなものが渦巻いていた。
だが、この程度のことで動じていては彼女にたどり着くことは出来ない。
そう考え、一方通行は携帯端末を手に持った。
一方通行(外した、っつゥ判断をするのはまだ早ェか。状況が状況だからアイツもほとぼりが冷めるまで襲撃を控えたっつゥ可能性もある)
この短時間で二箇所の研究施設が襲撃されている。
そのため街中はたくさんのアンチスキルやその車輌、警備ロボ等がせわしなく動き回っていた。
こんな状況で好き放題動くのは至難の業だ。
一方通行(ニュースやSNS上にも六箇所目の襲撃情報は上がってねェ、てことはそォいうことだと思ってイイだろう)
一方通行(ま、それはアイツがまだ求めている情報を手に入れてねェっつゥ、楽観的な状況である前提だ)
一方通行(もし逆の状況にあったなら、俺はもォヤツを追うための最大のチャンスを逃した、つまり完全な敗北ってことになる)
一方通行(そォじゃねェこと神に祈るだけだな……ケッ、似合わねェなクソッタレ)
一方通行はため息を付いた。そのとき、ふと近くに自動販売機があることに気がつく。
コーヒーでも飲むか、そう思い自動販売機の元へと足を進める。
一方通行(しかし、考えるべきはこれからどォするかだ。このままここに待機するか、それとも監視場所を別に移すか)
一方通行(待機の場合他の場所を襲撃されたときに対応できず、別に移した場合入れ違いでここを狙われてしまえば対応できねェ)
一方通行(どっちも可能性がある以上、どっちが正解なンかわかりゃしねェ)
決断を迫られている一方通行だったが、彼には他にも気になる点があった。
一方通行(街ン中駆け回っているときに感じたあの気分の悪りィ感覚、やっぱりあのクソ野郎どもも動いているっつゥことだな)
学園都市の暗部組織。この街の裏の世界を暗躍する者たち。
一方通行は今まで何回かその者たちと接触したことがある。
そのときに感じた肌にまとわりつくような嫌な感覚、それと似たようなものを彼は感じていた。
一方通行(とにかく、俺に遊ンでいる時間なンざ残されていねェっつゥわけだ)
自動販売機で買った缶コーヒーを開け、一口含む。
少年に、近づく人影達があった。
一方通行「……あン?」
スキルアウト「よお。お前一方通行だろ?」
気付いたら一方通行は一〇人くらいの男たち囲まれていた。
彼らの格好を見る限り、健全な学生生活を送っているような者には見えなかった。
武装無能力集団(スキルアウト)。真っ当な学生というレールから外れた無能力達が集まった武装集団。
そんな男たちが一方通行の行き先を阻む。
一方通行「人違いだ。人ォ捜してンならアンチスキルかジャッジメントに行け」
スキルアウト「嘘ついてんじゃねえよコラ! わかってんだよこっちはよ!」
吠える男を見て一方通行は面倒臭そうに頭を掻く。
一方通行がとある無能力者(レベル0)に敗北してからは、こういう勘違いした馬鹿が絡んでくることはよくあった。
おそらく今回も同じようなことだろう。そんなことを思いながら左手を首元にある電極のスイッチへと運ぶ。
スキルアウト「ちょっと聞きたいことがあってよ。俺たち人を捜してんだけどな」
一方通行「オマエらの事情なンざ知ったことねェよ。これ以上邪魔しよォなンて考えてンならミンチにして――」
スキルアウト「お前『結標淡希』と知り合いだろ? アイツが今どこにいるかとか教えてくんねえかな?」
一方通行「……は?」
スイッチを押そうとした手が止まる。
明らかに無関係だろう人間から、今自分にとって一番優先度の高い名前が出てきたからだ。
スキルアウト「俺らちょっとやばいことになっててよ。どうしてもその女をある『場所』に連れて行かなきゃいけねえんだ」
この言動から彼らは何者かに脅されて、結標淡希を捜索していることがなんとなく分かる。
その何者かとは、結標を狙っている者、または組織。
彼らをたどっていけば、彼女を追っている何かに近付くことができるのではないか。
ひいては、結標淡希へたどり着くための何かを得ることが出来るのではないか。
一方通行「……喜べオマエら。オマエらにチャンスをやる」
スキルアウト「あ? 何言ってんだテメェ! 質問に答えやがれコラ!」
真ん中に立っていた男に同調するように周りに居た他の男達も野次をあげる、
だが一方通行はそれを気にも止めない。
一方通行「オマエらが結標を連れて行かなきゃいけねェっつゥ『場所』を吐きやがれ。そォしたらよォ――」
白い少年は口元を引き裂いたような笑顔を浮かべた。
一方通行「いつもなら愉快なオブジェになってもらうところを半殺しで勘弁してやるからよォ」
電極のスイッチが押される。
この場の全てを支配する、圧倒的なチカラを振るうためのスイッチが。
一方通行「っつゥわけで選べェ。まァ、オマエらにとっては選択肢なンざねェ、優しい優しいサービス問題なンだけどなァ?」
――――――
S5.空間移動中継装置計画(テレポーテーションけいかく)
固法「――まったく、ここは溜まり場じゃないって何度言えば……というか何か増えてるし」
佐天「あはは、すみません」
打ち止め「お邪魔してまーす! ってミサカはミサカは元気よく挨拶してみたり」
固法「誰この子? こころなしか御坂さんに似ているような気が……」
打ち止め「お姉様の従姉妹の打ち止めでーす、ってミサカはミサカは自己紹介してみる」
固法「そ、そう。固法美偉よ。よろしくね打ち止めちゃん」
部外者二人組が真面目なジャッジメントの先輩固法美偉と挨拶をしている中、他のメンツは初春飾利の席周辺に集まっていた。
初春がキーボードを高速でタイピングしている中、上条が問いかける。
上条「ところでどうやって結標を見つけるつもりなんだ?」
初春「えー、シンプルに監視カメラや衛星カメラの映像から捜す方法ですかねー」
美琴「でもそれって危険じゃないかしら? 昨日黒子の動きを誘導するために映像を差し替えられてたのよね?」
初春「そうですね」
美琴「その差し替えしたヤツらも結標を狙っている=他の勢力には狙わせたくないってことだから、今もなお結標の映像を隠している可能性があるわ」
初春「正解ですよー御坂さん。実際映像を偽装されている可能性が高いですねー」
そう言うと初春はキーボードのエンターキーを押す。
正面のディスプレイに監視カメラの映像と思われる動画ファイルのサムネイルがずらっと並んでいる映像が映った。
初春「なぜなら、昨日の朝六時から今現時刻にかけて結標さんと思われる人物を検索をかけたところ、出てきたのは事件当時のヤツだけでしたから」
上条「それはおかしいな。昨日は一日一方通行と結標は一緒に外出してたはずだ。だったらどっかのカメラに映っててもおかしくはないはずだ」
上条は昨日その二人に会っていた。場所はショッピングモールだった。
その建物内にも監視カメラは存在するだろうし、そこまで行く道中にも数え切れないほどの監視カメラがあるはずだ。
黒子「ということは、その結標を狙う勢力とやらは今現在も、監視カメラに映る結標淡希の映像を全て別の映像に差し替えているということですの?」
初春「そういうことになりますねー」
美琴「厄介ね」
美琴が考え込むように目を細める。
美琴「ああいうのって監視カメラが壊れてました、とか監視カメラを整備のため切ってました、とかみたいな言い訳して証拠隠滅するのがお決まりのパターンでしょ?」
美琴「それだったら映像が消えている監視カメラには結標が映っていた、ってことでそこを手がかりにすればいいわけだけど、それが使えないってことになるわよね。今回の場合」
同じく黒子も考え込みながら美琴に続く。
黒子「まあ、そもそも結標淡希が監視カメラの映る場所を歩いてくれているかどうかも怪しいですわね」
上条「どういうことだ?」
黒子「もともと彼女は裏の人間なのでしょ? でしたら監視カメラや衛星カメラを避けて移動する技術を持っていてもおかしくはないですし」
黒子「そもそもずっと監視カメラがない場所に隠れているというパターンもありますわね。ホテルとか自宅とかそういう場所にいるのならカメラに映りようがありませんし」
初春「それに関しては問題なさそうですねー。ここ数時間監視カメラの映像が偽装された痕跡がありますので、間違いなく彼女は映っていますよ」
美琴「えっ、そんなことがわかるの?」
初春「ええ、まあ。頑張ってあぶり出しました」
黒子「よくそんなことができますわね。偽装というのは元あった映像を違和感のない映像に差し替えているようなものでしょう? 傍から見たら絶対に気付けないと思いますが」
初春「たしかにこれをやった人は映像を差し替えた、という形跡自体消しちゃっているので普通に見ればまずわかりませんよ。けど、実はこの映像の差し替え自体は完璧な差し替えじゃないんですよねー」
黒子「完璧じゃない?」
はい、と返事をして初春はキーボードを叩く。
するとデスクの上にある八つのディスプレイが一気にある映像に差し替わる。
黒子「これは……昨晩の事件のときの映像ですの?」
初春「そうです。私たちが苦渋を味わされた忌々しい映像ですねー」
軽い感じで言ってはいるが初春の目の中は笑っていなかった。
初春「一番わかり易いやつだとそうですねー、この左上のディスプレイを見てください」
ディスプレイに映っていたのは三人の人物だった。
一人はサラリーマン風の男。バス停の前でバスを待っている様子だ
もう二人は男女の学生だった。仲良く談笑しながら画面から見て手前へ向かって歩いていく。
車道側を男子学生が歩いているところから見て、気配りのできる少年なんだとわかる。
上条「……? なにかこれおかしいのか?」
初春「いえ、これだけではおかしいかどうかは判断できません。この映像をAの映像として、次にその右隣の画面を見てください」
先ほどの映像と似たような風景のものだった。
ところどころ細部が違うためおそらく同じ場所にある別の監視カメラなのだろう。
その証拠に先ほど映像に映っている歩道の向きは逆になっている。
そのため男女二人組が左右同じ位置で奥に向かって、同じように談笑しながら歩いている。
しかし、その映像には結標らしき人物が歩道から路地裏に入るシーンが映っていた
初春「このカメラはAの映像を撮ったカメラと同じ場所にあるものです。この二つは死角を消すためにV字に隣接して設置されています」
美琴「なるほどね。つまりこのカメラは、さっきのカメラが映している場所から見て隣の位置を映しているわけか」
初春「そうです。ちなみにこの映像は見て分かる通り、結標さんが映っているので何者かに差し替えられた偽の映像です」
黒子「でしょうね。事実この時間帯では結標本人は別の場所にいたはずですから」
初春「では、この映像をBとしてさらに右隣の画面も見てください」
映っていたのはやはり同じような背景の映像だった。
角度が大幅に変わっているが先ほどのカメラたちと同じ歩道を映していることが分かる。
その映像にも相変わらず車道側に男、歩道側に女という並びで同じ男女が歩いていた。
初春「このカメラも設置場所は違いますが、先ほどの結標さんが映っていたカメラをカバーする形で映像を撮るようになっています」
黒子「それはなんとなくわかりますわね。三つとも同じ二人組が歩いていますので。で、これがどうかしたのでしょうか?」
初春「わかりませんか? この映像をCとして、ABCの映像を時系列通り順番に見てみるとある違和感が浮かび上がってくるんですよ?」
そう言われて三人は三つの画面を凝視する。
繰り返し流れる映像を見るうちに上条はなんだか目が回るような気分になってきた。
そんな少年に構わず少女二人は、
美琴「……なるほど。そういうことね」
黒子「……はい。わかりましたわ」
上条「えっ、マジで?」
呆気を取られる上条。
早抜け方式のクイズで他の人が次々と抜けていく中、答えがわからず孤立していく解答者はこういう気分なのだろう。
美琴「アンタこんなのもわからないわけ?」
黒子「しょうがないですわよお姉様。見るからしてこのような間違い探しみたいなものが不得意そうな感じですし」
上条「おのれ! 馬鹿にしやがって! 見てろよ!」
人を馬鹿にしたような目で見てくる女子中学生二人を尻目に、再びリピートされ続ける映像に目を向ける。
何度も眺めているうちに上条はあることに気付く。
上条(……あれ? 何かBの映像おかしくねえか? よく見たら女の子が車道側を歩いているように見えるんだけど)
上条の思っている通りBの映像に映っている少女は車道側を歩いていた。
Aの映像とは逆向きに歩道を映しているからなかなか気付けなかったのだろう。
上条(AとBの映像の中で入れ替わったのか? いや、待てよ? その場合Cの映像でまた同じ位置に戻ったってことにならねえか?)
上条の言ったことを実践した場合、AからBへ移り変わるタイミングで男女が位置を入れ替わり、BからCのタイミングで元の位置に戻ったということになる。
ハッキリ言ってそんなことをするのは不自然だ。狙ってやらないとそんな変な挙動が起きることはまずないだろう。
上条はBの映像は何者かに差し替えられたもの、という先ほどの初春の言葉を思い出していた。
上条「つまり、このダミー映像を作ったやつが男女の位置をミスって配置してしまった、ってことか?」
初春「はい! 正解です!」
初春が正解者に向かってにっこりと笑った。
初春「このような矛盾した映像が差し替えられたモノの中にいくつか見られました。もちろん、ここ数時間で差し替えられたものにも」
黒子「しかし、このようなところに穴があるとは、相手方も思ったより間抜けのようですので」
初春「いえ。おそらくこの差し替え用の映像はツールかなにかで機械的に作ったものだと思います。こんなものを人力でやるとしたら難易度と手間が一気に上がりますからね」
美琴「そっか。機械だからこそ矛盾点ってやつに気付かずに映像を作ってしまった。差し替えているやつも差し替える作業でいっぱいいっぱいだからそれに気付けかなかった」
初春「そうです。なので、リアルタイムで監視カメラ映像を監視していき、差し替えられた映像を見つけることができれば、その近くに結標さんがいるということがわかります」
美琴「……ちょっと待って初春さん」
美琴がなにかに気付いたように止める。
美琴「今リアルタイムにカメラの映像を監視するって言ったけど、学園都市の中には何十万単位で監視カメラが存在するのよ? それを全部一人で解析するつもり?」
初春「あっ、その点は大丈夫です。目には目を理論で機械相手にはこちらも機械を使います」
そう言うと初春は片手でキーボードを走らせる。
すると画面に『違和感さがすくん』というアプリが表示された。
初春「こんなこともあろうかと午前中に作ったものです。先ほどのような簡単な矛盾点程度なら自動で抽出してくれるツールですよ」
「それでも漏れはありますので、結局私が直に見て回らないといけないことは変わりませんけどね」と初春は付け加える。
黒子「貴女、そんなものを作っていたなんて最初からこの件に関わる気満々でしたのね?」
初春「はい。白井さんと同じですよ」
黒子「ッ」
黒子が体をピクリとさせる。
初春「知ってますよ? あれから結標さんに関する資料を片っ端から漁っていたのを」
美琴「そうだったのね」
黒子「……たまたま! たまたまですの!」
照れくさそうにほのかに頬を紅潮させ、黒子は目を逸らした。
その様子を見て微笑む他少女二人を見て「もう!」と声を上げる。
初春「ちなみにこの矛盾映像から結標さんの行動を分析してみたところ、どうやら今ちまたを騒がせている研究所襲撃犯が結標さんっぽいんですよね」
上条「えっ、結標がそんなことを!? なんでっ!?」
パイプ椅子から飛び上がるように上条は立ち上がった。
それに戸惑いながら初春は首を傾げる。
初春「さ、さあ? こればかりは私にもさっぱり」
黒子「たしか盗まれているものは研究データとかでしたか? 狙われている研究所のジャンルはバラバラのようですが」
美琴「何か共通点があるってことかもね。私たちにはわからない何かが」
上条「……ま、考えてても仕方がねえか」
そう言うと上条は部屋の出口へと体を向ける。
美琴「どこに行くつもりなのよ?」
上条「研究所を狙っているってことは、そういう施設が集まっている場所に結標がいるってことだろ? 行ってみればもしかしたらバッタリ会えるかもしれねえ」
初春「えっ、でもどこにいるかわかってから動いたほうが効率がいいと思うんですが」
上条「ああ、それはわかってる。けどこんなところでジッと待ってるなんて俺にはできねえ」
美琴「はぁ、アンタらしいわね」
上条「なんかわかったら携帯に連絡してくれ。番号は御坂が知っているから」
上条はそう言い残して部屋の出口へと足を進めた。
自席で仕事をしていた固法が気付く。
固法「……あら? お話はもういいのかしら?」
上条「はい、助かりました。部外者が長時間居座っててすんません」
打ち止め「あっ、ヒーローさんもう帰っちゃうんだ! もっと遊びたかったなー、ってミサカはミサカは残念がってみたり」
佐天「また遊びに来てくださいね上条さん! 御坂さんが待ってますよー?」
美琴「ちょ、佐天さん!! 変なこと言わないでよ!!」
姦しい少女たちの声を背に上条当麻は部屋の外へと出た。
上条「……さて、行くか」
階段を駆け下りる。結標淡希にもう一度会うために。
たとえ一方通行に恨まれようが。この足を止めることはない。
なぜなら、これが今の自分がやるべきことだと信じているからだ。
―――
――
―
とある高層ビルの中にある一室。
テーブルといくつかのイス、観葉植物が数本置いてあるだけの簡素な部屋。
暗部組織『スクール』の複数ある隠れ家の中の一つ。
そこに一人の少女がイスへ腰を掛けて携帯端末で通話していた。
海美「――つまり、私たちの工作がバレ始めている、ってコトかしら?」
ホステスが着るような丈の短いピンク色のドレスを着た中学生くらいの少女、心理定規(メジャーハート)こと獄彩海美が問いかける。
誉望『始めているってよりたぶんもうバレてますね』
通話先の相手は誉望万化。
彼女と同じくスクールに所属する少年だ。
誉望『こっちが情報操作した監視カメラがある周辺エリア、そこに対するアクセス数が明らかに増加しているんスよ。それってつまりそういうことっスよね?』
海美「どうやってこちらが操作した監視カメラを割り出したのかしらね?」
誉望『さあ? 俺の隠蔽工作にミスはないとは思ってますから、おそらくこのツールに何か穴があったとしか思えないスね』
海美「ああ、例の組織から共同戦線を張る代わりにもらったものね。あそこはそういうの専門の組織だった気がするから、不備があるとは思えないけど」
誉望『どうせあれっスよ。試作品を俺たちに押し付けてデータを取ろう、っつー魂胆スよ』
海美「ま、いずれにしろ今ウチに勝負を挑んできているハッカーさんは、相当の技術を持っているってことよね?」
羨望『そうスね。一体どこの誰だか』
海美「わからないの? アクセスログから逆探知するとかして」
羨望『あー、一応やってはみたんですが時間がかかりすぎそう、っつーか無理っぽいスね』
バツの悪そうに誉望は諦めた感じに、
誉望『何か複数の海外サーバーを経由してアクセスしてるみたいなんスよ。しかも一つ一つのサーバーの中にダミーをいくつも仕込ませて』
誉望『そんなもんに時間をかけてもあれだし、下手にやってこっちの情報すっぱ抜かれたらたまったもんじゃねえスからね』
海美は空いた手を顎に当て考える。
海美「たしかにそれは賢明ね。学園都市は外への情報流出対策に内外からSランクのセキュリティーを張っているわ。海外サーバーを利用しているということは、つまりそれらを掻い潜っているということ」
相手が悪すぎるわ、と付言する。
羨望『でもどうするんスか? このままいけば次座標移動が監視カメラに映れば、いくらこっちがダミーを張ろうが向こうは居場所を補足するってことになりますよ?』
海美「……そうね」
??「なーにコソコソ話してんだ心理定規」
電話をする海美の後ろから声がかかった。
少女は携帯電話を耳に当てたまま振り返る。
海美「あら? 垣根じゃない。別に。ただ誉望君とお仕事の話をしていただけよ?」
垣根「へー、そうか。スピーカーにしてどういう状況になっているのか話せ」
言われた通り少女は端末を操作してスピーカーモードにする。
そこから誉望により事細かく状況説明が行われた。
垣根は説明を聞き、口角を上げる。
垣根「別にいいじゃねえか。放っておけよ」
羨望『えっ、いいんスか? このままじゃ計画が狂ってアイツらとの協定違反になってしまうんじゃ……』
垣根「その謎のハッカーとやらの裏にヤツがいるかもしれねえんだ。俺が興味あるのはヤツだけだからな」
不敵な笑みを浮かべつつ垣根は続ける。
垣根「大体、協定違反になったところで俺たちには何にも関係ねえだろ。逆らえば潰す。それだけだ」
海美「正直、私はあの組織との正面衝突は避けたいのだけど。いくら超能力者(レベル5)第二位のあなたがいるからと言ってもね」
垣根「そうかよ。なら、せいぜい死なねえように周到に生き残る準備しとくことだな」
そういうわけでそのまま情報操作は続行だ。
そのセリフを聞いて電話先の羨望は「はい」と一言だけ返し電話を切った。
海美「ところで貴方は今までどこに行っていたのかしら?」
垣根「ただの昼休憩だよ」
海美「そう。せっかくなら誘ってくれたら良かったのに」
垣根「俺に昼飯代奢らせようとする気満々の女なんざ誘うわけねえだろ」
海美「それは残念」
クスリと笑う少女を見て、垣根は舌打ちをした。
そんな中、再び海美の持つ携帯端末に着信が入る。
垣根「あん? また誉望の野郎か?」
海美「いいえ、違いそう。……こちら心理定規」
?????『……私だ。進捗状況を聞くために電話した』
電話口から聞こえてきたのは少女の声だった。
幼さを残した声色とは裏腹に冷静かつ自信に溢れたような。
海美「どうでもいいけど名前くらい名乗ったほうがいいと思うけど? 誰かわからないから名乗れ、っていう面倒なやり取りが起こるかもしれないからね。ショチトルさん?」
ショチトル『貴様はそんな面倒なやり取りをさせるような輩ではないだろう』
彼女の名はショチトル。垣根たちスクールと同等のランクの暗部組織『メンバー』に所属する少女。
海美が知っているのはその程度の知識であった。
海美「進捗状況はあまり良くはないわね」
ショチトル『どういうことだ? こちらが送ったツールとやらを使ってはいないのか?』
海美「使っているわよ。そのうえで良くないと言っているのよ」
「このままじゃ他の組織が先にターゲットを捉える可能性があるわ」と海美は付け加えた。
ショチトル『それは困る。どうにかしろ』
海美「どうにかと言われてもこっちが困るのだけど。こちらも優秀なハッカーが工作しているけど、向こうは向こうでそれを上回る技術を持っているみたいだし」
ショチトル『そんな事情こちらとしては知ったことではない。出来ないというのであれば貴様らの目的のものをこちらで潰す。そういうことになるが』
ショチトルの発言をスピーカーで聞いていた垣根は舌打ちをし、海美の携帯端末を取り上げた。
海美「ちょ、ちょっと――」
垣根「わかったわかった。こちらとしてもスケジュールは守る。そのほうがこちらとしてもメリットがあるからな」
ショチトル『当然だ』
垣根「だが、これだけは言っておくぜ」
垣根の表情が変わる。いや、正確には彼のまとっている雰囲気が。
立ち塞がるものは全て破壊してやる。邪魔するヤツは全て殺す。歯向かうものは絶対に許さない。
そんな彼の意思をそのまま現したようなドス黒いものへと。
垣根「テメェらとは利害の一致で手を組んでいるに過ぎねえ。部下になったつもりも仲間になったつもりもねえ。だから、あんまり調子乗ってると皆殺しにすんぞ?」
そう言い残すと垣根は手に持った携帯端末を握り潰した。
バラバラになった端末が部品と残骸になって床に落ちて散乱する。
海美「……もう! その端末のデザイン気に入ってたんだけど?」
垣根「悪い。ついやっちまった。反省はしてねえ」
垣根は適当に謝りながら部屋の奥へと足を進めていく。
海美「どこに行く気かしら?」
垣根「誉望のところ。俺もそろそろ仕事しねえとな」
ニヤリと笑う垣根の背中に一瞬だが天使の羽根のようなものを海美は見た。
目の錯覚のような現象だったが海美は特に驚くことなく見送る。
なぜなら、それが彼の超能力者(レベル5)としてのチカラだと知っているからだ。
―――
――
―
第一〇学区にある廃工場。
錆びついた機械や中身のない埃のかぶったコンテナが積まれているところから長い間放置されていることがわかる。
人一人いないそんな廃墟に一台の白いバンが入ってきた。
物資の搬入口付近に停まり、中から一人の男が出てきた。
短髪に丸メガネをし、白衣を上から着ているいかにもな研究職の人間だ。
研究員「お、おい! 来たぞ! どこにいいる!」
周りに他の人がいないからか、大声で誰かを呼んでいる様子だ。
研究員「早く来い! 私も忙しいんだ! 座標移動を早く引き渡せ!」
しかし、いくら研究員の男が叫んでも誰一人返事がない。
おかしいなと思ったのか男がなにかを確認するためか、携帯端末を取り出したとき、
ガキキキキキッ!!
という金属が捻じ曲がるような音が背中から聞こえてきた。
研究員「なっ、何だ!?」
異様な音に驚き、後ろへ目を向ける。
そこに映ったのは、上から落石でも受けたように天井から潰れているバンだった。
予想外の光景に男はひっ、と小さな悲鳴を上げる。
潰れたバンの中から一人の少年が立ち上がった。
学園都市最強の少年が。
一方通行「よォ、オマエだよなァ? あのスキルアウトどもに結標淡希の捕獲を依頼した三下野郎はよォ?」
研究員「お、お前はあ、一方通行ッ!?」
一方通行「ほォ、俺のこと知ってンのか? それなら話が早ェ」
そう言うと一方通行は軽くバンを踏みつける。
バガン、という轟音を上げ足元にあったバンが鈍角のVの字にひん曲がった。
同時に少年はふわっと宙に浮かび上がり、男の目の前に着地する。
一方通行「この俺に逆らったらこォいうことになるってことぐれェ、すでに理解しているっつゥことだよなァ?」
研究員「な、なぜお前がこんなところにッ!? スキルアウトどもはどうしたッ!?」
一方通行「さァな? その不細工な顔ォグッチャグチャに整形してみれば、もしかしたらわかンじゃねェのかなァ?」
研究員「ひっ、ひぃ!?」
男はあまりの恐怖に腰を抜かして尻餅をついてしまう。
一方通行はそれを見下ろしながら、悪魔の笑顔を浮かべ、
一方通行「オマエらのアジトを教えろォ。そォしたらこのまま何事もなかったかのよォに見逃してやるからよォ?」
人一人すらいないはずの廃工場。
そこから悲痛な断末魔が鳴り響いた。
―――
――
―
円周「……うーん、ここをどーんってやってかーんって感じでやればいけるかなあ?」
木原円周。
お団子頭を左右に揃えた黒髪で、首には携帯電話・小型ワンセグテレビ・携帯端末をストラップをつけてぶら下げているのが特徴。
『従犬部隊(オビディエンスドッグ)』という会社のオフィスに居候している中学生くらいの少女だ。
フローリングに座って、部品やら工具やらを広げて何かを組み立てている様子だった。
円周「やっぱり違うかなあ? ぽーん、って感じ? いや、きゅいーんってのも捨てがたい」
数多「何一人でわけのわからねえことブツブツ言ってんだ?」
円周「あっ、数多おじちゃん」
円周を見下ろしている数多おじちゃんと呼ばれている男。
木原数多。色素を抜いたような金髪と顔面左部分に大きく刺青を入れている、従犬部隊の社長をしている科学者だ。
科学者だからか会社の社長という立場なのに白衣を袖に通していた。
円周「ちょっといろいろ実験しているんだー。ねえ数多おじちゃん、ぱこーん、と、どかーん、はどっちが正解だと思う?」
数多「わかるか。ちゃんと日本語で喋れ」
円周の奇天烈発言を適当に流し、数多はA3用紙が丸々入りそうな大きな黒いカバンを持って玄関の方へ向かう。
円周「あれ? 数多おじちゃんおでかけ?」
数多「昼飯食ってるときに言っただろうが。仕事だよ仕事」
円周「本当にー? 真っ昼間からえっちな店に行くつもりなんじゃないのー?」
数多「そんな暇人みてぇなことはしねぇっつーの。俺はあいにくと大忙しなんだよ」
円周「じゃあ一体何の仕事に行くつもりなの?」
数多「何って、ただの開発関係の打ち合わせだ」
円周「曖昧な言い方だなー。これはあれだね、女の子身体を開発する的な意味の開発なんだね」
数多「んなわけねぇだろ。つかお前最近下ネタ多いぞ? 一体誰の思考をトレースしてやがんだ」
数多は呆れた顔で靴を履き、玄関のドアへ手をかける。
数多「晩飯までには帰る」
円周「帰りにケンタッ○ーのフライドチキン買ってきて」
数多「あん? お前そんなもんが食いてぇのか?」
円周「うん。今日の私はそういう気分なんだあ」
目を輝かせながらこちらを見てくる円周を見て、数多はため息を吐いて、
数多「へいへい。買ってきてやるから帰るまでにそのガラクタ片付けとけよ」
円周「わあい」
無邪気に喜ぶ少女をよそ目に、数多はドアを開け部屋の外へと繰り出した。
―――
――
―
櫻井通信機器開発所。一般的には通信機器の開発をしていると公表されている施設だ。
一〇階建てのビルを、しかも一号棟と二号棟の合わせて二棟をそのまま与えられていることから、この研究機関の大きさが伺える。
その付近に一台の黒塗りのワンボックスカーが停車されていた。
滝壺「……なかなか動きがないね」
滝壺がぼーっと車の窓から外を見ながら呟く。
絹旗「というか座標移動(ムーブポイント)の動き自体超なくなってますよ? 新井植物科学研襲撃のニュースから超更新がないところから見るに」
座席にもたれ掛かりながら、絹旗が携帯端末を操作してニュースサイトを確認する。
何度更新をしても変わらず同じニュースがトップに上がった。
フレンダ「もしかしてこれって、ターゲットが欲しいモノ手に入れちゃったってことじゃない?」
麦野「そうかもね」
麦野が頬杖を付き、窓の外の景色を眺めながらフレンダの問いかけに適当に返した。
フレンダ「ちょ、それってマズイんじゃない!? このままじゃ私たち、タバコ臭い車でドライブだけして任務終了報酬なしってことになる訳だけど!」
麦野「うるせーな。まだそうと決まったわけじゃないでしょ。そういう言葉は一晩明けてから言いやがれ」
絹旗「たしかにそうですね。こういう破壊工作がやりやすいのは超夜中です。少なくとも夜が明けるまで様子を超見ないと判断がつきませんね」
フレンダ「えぇー? もしかして最悪こんな場所でこんな車の中で一晩を明かさなきゃいけないって訳? 嘘でしょ?」
麦野「ま、そうならないことをせいぜい祈ることね。神様に、いやこの場合は座標移動様、にかな?」
その言葉を聞いてフレンダはくたびれた表情をする。本当に疲れたのか座席をめいいっぱい後ろに倒してから寝転んだ。
やれやれ、と言った感じに麦野は視線を運転席の方へと移す。
麦野「つーわけで浜面? そろそろティータイムの時間だから適当にお菓子と飲み物買ってきて」
今まで会話に参加せずハンドルに顔を突っ伏していた浜面は、ゆっくりと顔を上げる。
はいはい、と適当に返事をして車のパーキングブレーキを解除し、シフトレバーをDに持っていく。
麦野「は? 何やってんのよ浜面?」
浜面「何って車の発進準備をしてんだけど?」
麦野「誰が車使って買いに行けっつったよ?」
浜面「はあ!? おま、近くのコンビニまで徒歩二〇分くらいかかんだぞ!? それを歩いていけって言うのかよ!」
ぎゃーぎゃー吠える浜面を麦野は舌打ちしてから睨みつける。
その迫力に思わず浜面はひっ、と声を上げた。
麦野「私らがここ離れている間にターゲットがここを襲撃しにきたら駄目でしょ? だから、ここで待機しとかなきゃいけないってわけ」
浜面「だ、だったらお前らだけ車から降りて待機しとけばいいだろ?」
その発言を聞き、女性陣が一斉に浜面仕上を見る。
麦野「は? 何で私たちがこんなクソみてえな道端で突っ立ってなきゃいけねえんだ?」
フレンダ「そうだそうだ麦野の言う通り! 結局、そんなことで仕事に使う大事な体力を使うわけにはいかないって訳よ」
絹旗「アスファルトの上って立っているだけでも超体力持っていかれますからね。私たちがそれで消費する体力と浜面がコンビニまで往復する体力、どっちが超重要か考えるまでもないですよね?」
滝壺「大丈夫だよはまづら。そんなはまづらを私は応援してるから」
ひでえ女たちだ。
そう思いながら浜面は車を降り、近くのコンビニがある方向へ走った。
―――
――
―
初春「――ッ!? こ、これは」
黒子と初春は監視カメラの情報の監視を続けていた。
先程まで一緒に居た美琴は、本来の役目でもある打ち止めの面倒を見るために、応接スペースに行き佐天と一緒に遊んでいる。
黒子「どうかなさいましたの?」
黒子は大きく目を見開いている初春を見て、その視線の先へ目を向ける。
そこには学園都市全体の地図が映っているディスプレイがあり、その中にある第七学区の南東部分に赤い点の集合があった。
黒子「もしや結標淡希に動きがありましたの?」
初春「いえ、そうじゃありません。くっ、やられたっ……!」
初春が苦虫を噛み潰したような表情をする。
そんな彼女を見て、黒子はもう一度地図の映っているディスプレイに目を向けた。
そしてその原因に気付く。
黒子「監視カメラの偽装情報が複数箇所にある……?」
彼女の言う通りディスプレイに映っている地図には点の集合が複数あった。
最初に気付いた第七学区の南東部分、第一〇学区の中心部分、第一七学区の東部。
計三箇所の地域に監視カメラの映像を操作された形跡が残されていた。
初春「この展開を予想していなかったわけではありませんが、いざやられると辛いものがありますね」
黒子「いろいろな地域に偽装情報をばら撒き撹乱させるのが目的ですわね」
初春「一度に作成できる偽装映像の数は一地域分が限界だと踏んでいたのが仇になりました」
黒子「一地域分の物を三つに分散したのではありませんの?」
初春「いえ、作りの粗い偽装映像しか抽出しないとはいえ、一箇所にある点の数は今までの一箇所分とほぼ同等の数はあります」
ツールの性能を上げたか同じツールを三つに増やしたか。
初春は次々と予想を口にするがいくら考えても答えがわかるわけではない。
黒子「この中のどれかが本物で、そこには結標がいる可能性があるってことですわよね? 正解が分かればそこに向かうことが出来ますのに、歯がゆいですわね」
初春「断言は出来ませんがこの中に本物はないと思いますよ?」
黒子「そうなんですの?」
初春「結標さんはほとんど研究所周辺のカメラに映り込んでいます。つまり、襲撃するときだけ顔を表に出しているということです」
初春はマウスを操作して三箇所それぞれを拡大表示し、周辺情報を見えるようにした。
初春「見ての通り周囲一〇キロ以内に研究施設は存在しません。今までは遠くても二、三キロ以内でした」
黒子「つまり、これらのダミーは我々を混乱させるためだけに作られたものというわけですわね?」
初春「そうです。が、その可能性が一〇〇パーセントというわけではないので、さっきも言ったとおり断定はできませんが……」
黒子「しかし、そう考えねば相手の思うつぼになってしまいますの」
初春「幸いなのは、相手がまだ私たちが襲撃犯=結標淡希という前提で動いているということに気付いていないことですね」
もし気付いていたら、研究所三箇所にダミーを撒くなどしてくるはずだろう。
初春は冷や汗のようなものを額に浮かべながら、
初春「仮に相手がそれに気付いてしまったら、今までの方法では正確の情報を掴むのが困難になってしまいます」
黒子「……何か策はありますの?」
初春「今の所お手上げですねー残念ながら。けど、どうにか出来ないか考えてはみますよ!」
ふんっ、と鼻息を荒げ両手ガッツポーズを胸辺りに持ってきてやる気アピールをする初春。
明るく見せているが内心焦りやプレッシャーに苛まれていることに、黒子は何となく察していた。
黒子「しょうがないですわね。息抜きにでも、わたくしが紅茶でも入れて差し上げますわ」
初春「わぁ、いいんですか? どうせならティースタンドにお菓子とか載せてアフタヌーンティーやりましょうよ!」
黒子「調子に乗るんじゃありませんの」
黒子はえへへと誤魔化し笑いをする初春を背に給湯室へと向かう。
ふとその道中に応接スペースの方へ目を向けると部外者三人組がトランプをして遊んでいた。
注意をしていた固法はもう諦めたのかデスクに座って事務作業をこなしていた。
黒子(……そういえば映画映画言っていましたが、結局行かなかったのですわね)
そんなことを考えながら給湯室にたどり着き、ティーポットに入れるための湯を沸かし始める。
その様子をぼーっと眺めていた黒子に近付いてくる者がいた。
美琴「黒子?」
黒子「あっ、お姉様?」
肩をトンと叩かれたため少し体をビクつかせる。
黒子「な、なんでしょうか?」
美琴「あんまり状況は良くなさそうね」
美琴は黒子の浮かない表情から事態を察したようだ。
大切なお姉様に余計な心配をさせるなんて何をやっているんだ。
黒子は自分を戒める。
美琴「私に手伝えることある?」
黒子「いえ、大丈夫ですわ。お姉様はお姉様の役割を果たしてくださいまし」
黒子の言う通り彼女には彼女のやることがある。打ち止めという少女の面倒を見ること。
嵌められたとはいえ、自分たちのせいで今もどこかで戦っているだろう少年、彼からの頼み事だ。
彼女にはそれを疎かにしては欲しくはなかった。
美琴「……わかったわ。でも、何かあったら私を頼りなさいよ? 私はアンタのお姉様なんだからね」
黒子「ありがとうございますお姉様」
心強いお姉様の言葉を聞き、黒子は柔和な表情を浮かべた。
―――
――
―
第一〇学区にある閉鎖された研究施設。
有刺鉄線に巻かれ錆びついた鉄柵に囲まれており、敷地内は整備されていないのか雑草がところどころ生い茂っている。
正門には『関係者以外立ち入り禁止』の看板がでかでかと番線で括り付けてあった。
その看板の前で、一方通行は腰を落としながら首に付いている電極をいじっていた。
一方通行「――よし、予備のバッテリーに交換完了だ。とりあえず用が終わったらメインの方を充電しねェとなァ」
一方通行の電極には今サブのバッテリーが取り付けられている。
能力使用モードの持続時間は一五分間とメインの半分だが、彼にとっては有用な戦力だということには変わりない。
バッテリーの交換が終わった一方通行は立ち上がり、敷地内を眺めながら柵の外を歩いて回る。
一方通行(ここがヤツらの住処だということは間違いないだろォ。ヤツの状態からして嘘は付いていなかったはずだ)
ここの情報は先程接触した研究員から得たものだ。
口で脅しても吐かなかったから、軽く拷問じみたことをしただけですぐに吐いた安い情報。
その真偽は一方通行が能力による生体電流の読み取りと、嘘にまみれた世界で磨き上げた洞察力によって正しいものだと判断した。
もしこれが嘘だとしたら、あの研究員はハリウッド俳優も霞むほどの名演技をしたということだろう。
そんなことを考えていた一方通行だが、あるものを見てこの考えが杞憂だったことにすぐに気付いた。
一方通行(この監視カメラ、一見劣化して機能停止したスクラップ品に見えるが、動いてやがンな)
金属部分は錆びついており、起動しているということを表すランプも消えている。
電気を通すためのケーブルは断線しており、誰がどう見ても壊れた監視カメラだった。
しかし、一方通行はそれらの情報などまったく気にしていない。見ているのはレンズの奥。
機械の内側で目の前の景色を映し出そうとする部品の動きを。
一方通行(さて、住処の入り口はどこだァ? 普通に考えりゃあそこにある施設の建物だろォが)
壁は土で汚れ、窓は割れ、中は埃でまみれている。
扉の蝶番の部分は遠目で見ても錆びついているし、付近は草で生い茂っていた。
どう見ても人の入ったような形跡は見られない。
一方通行(……となると)
一方通行は敷地内にある研究施設にしては広い庭地に目を向ける。
背の低い草が点々と生えている以外はこれといった特徴はない、普通の人間ならそう判断するだろう。
しかし、一方通行の眼はそれを見逃しはしなかった。
一方通行(あそこだけ一センチくらい地面が浮いてやがンな。しかも不自然なことに直線にな)
一方通行の目線の先にある地面は彼の言うように他の部分より一センチほど高かった。
ただ高いだけなら地面が荒れることによってできた凹凸として判断できるが、その一センチの高台は一〇メートルほど直線に伸びていた。
一方通行は電極のスイッチを入れ、鉄柵を伸び越えてその不自然な地面の前へと着地する。
よく見てみるとその直線は別の直線と繋がっており、それらを全て繋げると一〇メートル四方の正方形が出来上がった。
一方通行「……ここだな」
そうつぶやき、一方通行はその一センチの台を蹴る。
すると、その四角形は金属が無理やり折り曲げられたような鈍い音を上げ、地面と垂直になるように跳ね上がった。まるで蓋が開くように。
四角形のあった場所には地面の中へと続く坂道が地下へと伸びていた。
そこの風景は、地上にあるまったく整備の行き届いていない廃墟と違う、明らかに作りの新しい研究所を思わせるようなものだった。
一方通行「ここがヤツらの巣かァ? アハッ、害虫駆除と行くかァ」
能力使用モードを切り、機械的な杖を使いながらそのスロープを降りていく。
一〇〇メートルほど進んだところでスライド式の扉が見えた。
扉は分厚い鋼鉄製で、扉の横ではパネルのようなものが設置されていた。
パネルには手形のようなものが書かれているところから、指紋や生体電流等が一致しないと開かないセキュリティのようだ。
一方通行はそれを見て何となく手と手形を合わせてみる。当たり前だが『ERROR』の赤文字がパネルのディスプレイ部分に浮かび上がる。
一方通行「……はァ、面倒臭せェ」
そう言って電極のスイッチを入れ、能力使用モードを起動する。
右手を鋼鉄の扉に押し付ける。
扉から働く抗力等のベクトルが反射され、五指が全て扉の中に埋まった。
そのまま一方通行は扉を無理やりスライドさせる。
機械をプレス機にかけたときのような激しい音を上げ、扉が強引に開かれた。
その瞬間、建物内に警報が流れた。
一方通行「遅せェな。監視カメラに俺が映った時点で鳴らしとけよ。もしかして俺のこと舐めてンのかァ?」
グシャグシャに破壊された玄関を後にし、一方通行は奥へ奥へと進んでいく。
横幅五メートルもない殺風景な廊下をしばらく行くと、広間のようなところに出た。
そこは一言で言うなら工場。
何に使うのかわからない機械があちらこちらに設置されていて、迷路のように入り組んでいる。
壁や天井を見る限り、高さは二〇メートルくらいで、横幅はざっと二〇〇メートルほど、奥行きは四、五〇〇メートルはあるだろうか。
あの廃墟の地下にこんな広大な空間があるという事実に、一方通行は驚きを覚えた。
一方通行(一体ここで何を作ってやがンだ? 見たところ機械は動いてねェよォだが)
侵入者が現れたから急遽停止したのかと思ったが、そもそも機械が動いていた形跡はなかった。
その点から考えられるのは、作るものを作ったからもう機械を動かす必要のないということだろう。
一方通行(まァイイ。ンこと気にしても仕方がねェ。俺に出来ることは前に進むことしかねェンだよ)
一方通行は再び歩き始めた。
入り組んだ迷路を進んでいき、行き止まりになればベクトル操作で障害物を退かす。
そうしながら進んでいくうちに一方通行はあることに気付く。
一方通行(別に素直に下の道進まなくても、上から跳ンで行きゃイイじゃねェか)
何やってンだ俺は、そう思いながら一方通行は電極のスイッチに手を伸ばす。
すると、
ドスリッ。
左腕に何かが刺さった音が聞こえた。
一方通行「がっ……!?」
左腕を見る。そこには一〇センチくらいの長さの金属矢が突き刺さっていた。
あまりにの痛さに壁に寄りかかりながら、右手で左腕を押さえる。
ふと、自分の歩いてきた方向を見る。
一方通行(駆動鎧……!?)
そこには真紅の駆動鎧を着た何者かが立っていた。
アンチスキルが使っているタイプよりは少し小型になっており、手には釘打機にサブマシンガンのマガジンが取り付けられたようなものを持っている。
駆動鎧はその釘打機のようなものを一方通行へ向けて、引き金を引いた。
それを見た一方通行は反射的に地面に倒れ込むように横に飛ぶ。
すると、一方通行のちょうど頭のあった空間に金属矢が突然現れた。
一方通行(あれは空間移動(テレポート)ッ!? あの野郎ォ空間移動能力者(テレポーター)かッ!!)
駆動鎧が再び一方通行へ向けて引き金を引く。
一方通行は無傷の右手で無理やり首筋にある電極のスイッチを入れる。
反射という圧倒的なチカラが一方通行の体にまとわれた。
一方通行の頭部を狙った金属矢は彼に届くことなく跳ね返る。一一次元のベクトルを介して、元あった釘打機のようなものの銃口の中へ。
金属矢が発射されたときとは釘打機の位置に微妙なズレがあったのか、金属矢は銃身へと突き刺さっていた。
反射により武器が破損し戸惑っている姿を一方通行は見逃さない。
一方通行は飛び上がり、脚力や空気抵抗等のベクトルを操り、弾丸のような速度で駆動鎧へと突撃する。
しかし、衝突する前にその駆動鎧は姿を消した。一方通行はそのまま地面に激突し、床に亀裂が走った。
一方通行「チッ、消えやがった。どこに行きやがったッ!?」
一方通行は三メートルくらいの高さがある機械の上に飛び乗った。
辺りを見回し消えた赤い駆動鎧を捜す。
テレポーターはモノを七、八〇メートル近い距離飛ばすだけで優秀と言える。
つまり、大抵のテレポーターは長距離の転移をすることはできないということだ。
ましてや緊急回避で高度な演算をする余裕のない状態での転移などなおさら長距離飛べるわけがない。
そう考え、近くを見渡したが見つからなかった。
一方通行(連続で転移してここを離れたか、物陰に潜ンでやがるか。いずれにしろ厄介な状況には変わりねェ)
首元にある電極に手を触れる。
この電極には一五分間のタイムリミットがある。
いや、ここまで来るのに能力を度々使っていた為、もっと短い時間になっているだろう。
バッテリーの節約の為にスイッチを切りたいが、切ると当たり前だが能力が使えなくなる。
無防備な状態で物質の転移などと言う凶悪な不意打ちを受けてしまえば、命など容赦なく消えてしまうだろう。
そのため一方通行は一刻も早く敵を始末したかった。
そんなことを考える一方通行の身体にある感覚が走った。
反射が働いたという感覚。それはつまり、攻撃を受けているということ。
一方通行はその感覚を頼りに後方を見る。
二〇メートルほど先の床の上、そこには先ほど見たものと同じタイプの赤い駆動鎧が釘打機のようなものを構えていた。
しかし、それが先ほど自分と交戦した駆動鎧ではないことはすぐにわかった。
なぜなら、
一方通行(三機だとッ!? )
同タイプの駆動鎧が三機いた。
直近に戦った駆動鎧は金属矢を反射することにより釘打機のようなものを破損させている。
だが、その三機の手に持つ物は全て無傷だ。
つまり、まったくの別の個体ということになる。
一方通行(テレポーターが四人。笑えないねェ。厄介ってレベルじゃねェぞこれは)
一方通行は足元にある機械を踏み付ける。
機械は軋むような音を上げる。
ネジやナットを等の細かい部品が外れ、銃弾のような速度で駆動鎧達の方向へ飛んでいく。
部品の弾丸は道中にある鉄板等の障害物を突き破りながら進む。散弾銃が如く破壊が駆動鎧達へ襲いかかる。
しかし、攻撃が届く前に駆動鎧三機は姿を消した。
一方通行(チッ、ヤツらあと何機居やがるッ!? 四機いたっつゥことはもっと居てもおかしくねェっつゥことだ)
一刻も早く敵を殲滅しなければいけない状況、だがまずは敵の戦力を把握することが重要だと一方通行は考えた。
再び少年は足元の機械を踏みつけ、二〇メートルほどの高さがある天井に向かって飛び上がる。
そしてベクトル操作をして手と足を天井に張り付けて、獲物を捜すトカゲのように工場の中を見回した。
一方通行(……全部で一二機か。面倒臭せェことになってきやがった)
工場の中をうごめく赤い影は一二機。
一機で行動する者も居ればスリーマンセルを組んでいる者も居る。
駆動鎧たちはターゲットが射程距離外にいるためか、攻撃を行わずただただ天井にいる少年をじっと見つめているようだった。
一方通行(おそらくアイツらは全員テレポーターだろう。そういえば学園都市にいるテレポーターの数は五八人とか聞いたことあるが、アレはそのうちの一二人っつゥことになンのか?)
その五八人には結標淡希や白井黒子も含まれている。
そんな希少な能力者の二〇パーセントがこんな場所にいるということに、一方通行は疑問を感じていた。
一方通行(全員が駆動鎧を着て同じ武器を携帯している、っつゥことはヤツらの使っているテレポートは機械のチカラっつゥこととも考えられる)
だが一方通行はその考えも素直に納得できるものではなかった。
空間移動の機械での再現は困難だ。発電能力の電気や発火能力の炎を再現するのとは次元が違う。
そんなものを駆動鎧という小さな機械で再現し、ましてや量産しているなどとは信じがたいものがあった。
一方通行(ま、今はそンなこと考えたところでしょうがねェ。今はどォやってこの場を切り抜けるかだ)
電極のバッテリーの残り時間はおそらく一〇分もない。
その状態でテレポーター一二人と戦わないといけない状況。
一方通行(ヤツらは俺のことを知っているはずだ。もちろンこの能力使用モードのこともな)
つまり、相手からしたら一〇分間逃げ回るだけで勝ちということだ。
対してこちらは一〇分以内に敵を殲滅。さらに言うなら敵はこの駆動鎧だけではないかもしれない。
余力を残した状態でここを潜り抜けなければいけないということ。
厳しい勝利条件を突きつけられた一方通行。しかし彼は止まらない。逃げ出さない。
一方通行(こォいう状況になるなンてこたァ初めからわかってたことだ。あの女を追うと決めた時からなァッ!!)
一方通行は天井を蹴り、一番近くにいる駆動鎧目掛けて滑空する。
命をかけた一〇分間の鬼ごっこが始まった。
―――
――
―
第一〇学区のとあるマンション。その中の一室に大勢の人影があった。
リビングに当たる部分には武装した男たちが一〇人以上。
その隣にある部屋に男一人女二人の三人組がいた。
熊のような大男、佐久が携帯端末を片手に電話の向こうの相手に喋りかける。
佐久「山手。そちらの状況は?」
山手『問題なしだ。大事なモンは全部積んで離脱した。もちろん、例の置き土産は残してきたがな』
山手と呼ばれる男の声の後ろからエンジン音のようなものが聞こえてくる。
彼は現在車か何かの車輌に乗っているようだ。
佐久「ご苦労。これでヤツがくたばってくれるのが一番だが、少しでも心が折れてくれれば成功といったところか」
佐久の隣にいる筋肉質な長身な女、手塩が腕を組みながら質問する。
手塩「本当に、あの程度のもので、心が折れるのか?」
佐久「さあな? まあ心が折れるというより動揺してくれれば、って言ったほうがいいか。そうなればヤツも冷静な行動ができなくなりこちらも動きやすくなる」
佐久が質問に答えたことを電話越しに確認した山手は会話を続ける。
山手『あと例の情報封鎖の件だ。こちらからメディアに手を回したから、これ以後ニュースに流れるとかはないだろうよ』
佐久「ネット関係は?」
山手『そいつは今から向かうところだ。ついでにわかったことだが、今回の情報を無理やり開示させたヤツらは俺たちと同程度の権限を持っている組織だ』
どこのどいつだかはわからなかったがな、と山手は付け加える。
佐久「だろうな。おそらく情報を封鎖したことはそいつらもいずれ気付くだろう。用心はしておけ」
山手『了解』
佐久「手塩。アンチスキルどものほうはどうだ?」
手塩「問題ない。やつらが今できることは、せいぜい襲われた後の、研究所の警備くらい。ターゲットを捕縛するために、大部隊を派遣なんてことは、ないわ」
特に表情を変えることなく、冷静な口調で返答する。
手塩「一人、座標移動について騒いでいる、アンチスキルの女がいるみたいだが、所詮は個人。対して影響はないだろう」
佐久「例の警備の件は?」
手塩「すでに、当日に配置されるアンチスキルは、我々の息のかかった者たちに、なることは確定しているよ」
佐久「そうか。では山手、情報封鎖の件は頼むぞ。手塩は引き続きアンチスキル関連の監視だ」
そう言われて電話越しの山手と手塩は了解と一言返事し、山手は通話を切り、手塩は五、六人ほどリビングにいた男たちを連れて部屋を出ていった。
それを見届けると佐久は同じ部屋にいたもうひとりの少女。白を基調としたセーラー服を着た鉄網に話かける。
佐久「鉄網。これから例の外部組織の代表と直接接触する。お前も付いてこい」
鉄網「了解した」
そう一言だけ返して鉄網は部屋の外へと向かう佐久の後ろをついていく。
そのあとを残った男たちがゾロゾロとついていった。
佐久「……さて、散々今までこき使ってくれやがったクズどもめ。『ブロック』による反逆までの時間は残り一二時間は切った。せいぜい首でも洗って待ってやがれ」
彼らの所属する組織の名前『ブロック』。
グループ、スクール、アイテム、メンバー。それらと同等の権限を持った暗部組織の一つである。
―――
――
―
閉鎖された研究施設の地下にあった工場のような場所。
その中の一角で一方通行は息を荒げながら立っていた。
一方通行「――クソがッ!! ちょこまかちょこまかとうっとォしいィ!!」
一方通行が空間移動(テレポート)という超能力を使用する一二機の赤い駆動鎧との戦いを始めて、既に五分経過していた。
つまり、彼には時間がほとんど残されていないということだ。
五分間という貴重な時間を使って減らせた敵の数はゼロ。
その事実に一方通行は額に汗を浮かべていた。
一方通行(どォやって倒すッ!? 思い切って天井を崩して生き埋めにしてやるかァ?)
地上には使われていない廃墟とした研究所の建物がある。
天井を崩せばそれらが二〇メートル上空から落下してくるということなので、相当な能力者ではないと切り抜けられない状況へと持っていけるだろう。
だが、
一方通行(それは最終手段だ。もしそンなことをしてこの地下施設全体が崩壊しちまったら、情報やらなンやらが全部下敷きになるってことだからな)
そんなことになったら今自分がわざわざこうやって施設に潜り込んで戦っている意味がない。
そのため、一方通行はその手段を取ることを避けていた。
焦燥している少年の後方に一つの大きな人影が現れる。
赤色に塗装された駆動鎧一二機のうちの一機だ。
ヤツらはこうやって急に出てきてはおちょくるように攻撃して、こちらが仕掛ければテレポートして離れるヒットアンドアウェイ戦法を取っていた。
一方通行のチカラは強力だ。その手が駆動鎧に触れるだけで機能停止に陥られるほどに。
だが、それは当たらなければ意味のないチカラ。そのためこの相手は相性が最悪と言えるだろう。
一方通行「ぐゥっ、くたばりやがれクソ野郎がァああああああああああああああああッ!!」
どうせテレポートで逃げられるだろう。しかしわかっていても攻撃しないわけにはいかない。
半ばやけくそ気味に一方通行は地面に転がっていたレンチを蹴り飛ばし、駆動鎧に目掛けて発射する。
駆動鎧へそれが到達する三メートルほど前。転移して逃げるだろうタイミング。
そのとき、なぜか駆動鎧はいつもとは違う動きを見せた。
駆動鎧『――なっ、しまった!! 転移できなッ!?』
駆動鎧は転移せずに焦ったような様子で床を見ていた。
すなわちそれは、一方通行が放った一撃が直撃するということだ。
ガンッ!!
という金属音を上げながらレンチは駆動鎧の頭部へと直撃する。
重要な装置か何かを頭部に積んでいたのかわからないが、機能停止して駆動鎧は動かなくなった。
一方通行(……どォいうことだ。ヤツはなぜテレポートして逃げなかった?)
一方通行は状況の分析を始める。
今自分が行った攻撃は金属で出来た小物を弾丸のような速度で飛ばすベクトル操作。
この戦いの中でも同じようなことは何十回とやってきた。ヤツらはテレポートを使ってそれを容易に回避してきた実績がある。
なのに、コイツは回避せずに攻撃を受け入れた。焦った様子を見る限り、あえて攻撃を受けたということはないだろう。
つまり、
一方通行(空間転移をするためには何らかの条件があって、それを満たせなかったから避けられなかった、ってことか?)
そう考えた一方通行ふと気付いたことがあった。
一方通行(そォいや、ここって最初に駆動鎧のクソ野郎に会ったところじゃねェか)
後ろから突然現れたヤツの釘打機のようなものによる不意打ちより左腕を負傷した場所。
カウンターに空中から駆動鎧目掛けて突撃をしたが、テレポートで逃げられて砕けたのは床だけだった。
そういう出来事があった場所だ。
一方通行はさらに気付く。
一方通行(床……?)
駆動鎧が立っていた足元を見る。
そこにはベクトル操作によって破壊されひび割れた床があった。
近付いてその床をよく見てみると、ランプのようなプラスチック製の黄色い破片があちこちに転がっている。
そしてひび割れた床下部分には断線したケーブルのようなものが埋まっていた。
一方通行「……もしかして、コイツが駆動鎧が好き放題テレポートすることが出来た理由の答え、っつゥことか?」
一方通行は一五メートルくらい上空を飛び上がり、工場全域の床を見回す。
今まで気付かなかったが、床のあちらこちらには直径二メートルほどの黄色い円形のパネルのようなものが埋め込まれていた。
それを見て一方通行は、
一方通行(試してみる価値はあるな)
一方通行は天井から吊るされていた重量物移動用のクレーンを掴み、引きちぎる。
そしてそれをそのまま一機でいる駆動鎧のいる場所へと投げつけた。
攻撃に気付いた駆動鎧は一歩後ろにバックステップをして、クレーンが到達する前に転移して回避する。
一方通行はその光景を見て、
一方通行(思った通りだ。さて、あとは効率のイイ方法を取れるかどうかだ)
空中から床へと着地した一方通行はすぐさま床に埋まっているパネルへ右手を当てる。
そして一方通行は反射以外の演算能力を全て右手に集中させた。
しばらくして一方通行は『何か』のベクトルを操作する。
すると、目の前の直径二メートルの円形のパネルから、空気を切るような音とともに現れた。
真紅の駆動鎧が一機。
一方通行「あはっぎゃはっ!! 残念だったなァ!? 自分の思っていた場所へ転移出来なくてなァ!!」
口元が裂けるような笑顔のまま一方通行は、目の前にいる駆動鎧を思い切り殴りつける。
グシャリ、と金属が砕ける音を上げ、吹き飛んだ。駆動鎧は為す術なく進行方向上にあった機械へ体を叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
一方通行(コイツらのテレポートは能力によるモノじゃなく機械によるモノ。この床のあちこちにあるパネルが全部繋がっていて、そのパネル間を自由に転移できるっつゥヤツだ)
おそらくこの施設内にテレポートを再現する巨大な演算装置が設置されていて、パネルからパネルという限定条件をつけることで制御しているものだろう、と一方通行は適当に推測する。
一方通行(テレポートにもベクトルは存在する。つまりやろうと思えば俺でもそのベクトルを操作することは出来るっつゥことだ)
再び一方通行はパネルに手を当て、『何か』のベクトルを操作する。
そして目の前に別の駆動鎧が一機、再び出現した。
一方通行「つまり、このパネルを介して行うテレポートだってわかってりゃよォ、パネル間に存在するテレポートのベクトルを操作すりゃ出現場所くらい好きに操作することができンだよォ!!」
駆動鎧を蹴り上げる。
ロケットのような速度で駆動鎧は天井へ頭から突き刺さった。
短時間に二機の味方がやられるという異常事態。
それ察知して、様子を見るためか一方通行の後方へ駆動鎧が二機現れた。
気付いた一方通行は右手を近くにあった機械へ突っ込み、引き抜く。
ネジやナット等の部品という名の武器を大量に手にした。
一方通行「ほらほら逃げろ逃げろォ!! こォいう投擲物避けンの得意だろオマエらァ!?」
手にした部品の半分を前方にいる駆動鎧達へ投げ飛ばした。
それを確認した駆動鎧達はテレポートの姿が消えた。
テレポートした瞬間、一方通行は後方へ残りの部品を投げ飛ばす。
ガガガッ、と部品が何かに命中した音がした。
音源のある方向を見る。そこには先ほど消えた駆動鎧二機が転がっていた。
一方通行「タネさえわかりゃ楽なモンだよなァ?」
一方通行は靴裏でずっとパネルに触れていた。
一度目の投擲で駆動鎧達のテレポートを誘い、そのベクトルを察知し、転移の方向を後方にあるパネルへと操作した。
だから、一方通行にはどこにヤツらがテレポートするのかがわかった。
だから、迷いなく転移先の後方へ攻撃した。
一方通行「残りの能力使用モードの時間は四分っつゥところかァ? こンな鉄屑どもォ片付けるだけだったら十分過ぎる時間だなァ、オイ」
一方通行は楽しそうに笑った。
駆動鎧の数は残り八機。
約一分後。その数はゼロとなった。
―――
――
―
初春「――この状況を打破する方法、一つ思いつきました」
風紀委員活動第一七七支部の一角。
自席でキーボードを高速タイピングしながら初春がポツリと呟いた。
黒子「本当ですの初春!?」
初春「ええ、少々危険で真っ黒な方法ですが」
そう言うと初春はディスプレイの一つにあるプログラムを映した。
それを見て黒子が首を傾げる。
黒子「これは?」
初春「ウイルスです。ダウンロードした瞬間、そのコンピュータに自動的にバックドアを作成する強力なヤツです」
黒子「……なんで貴女がそんなものを持っていますの?」
初春「いやー、蛇の道は蛇って言うでしょ?」
黒子は軽く頭痛がするのを感じた。
もちろん原因は一線を走り幅跳びで越えていく目の前にいる相棒である。
初春「安心してください白井さん! これは一般的なウイルス対策ソフトはもちろん、機密程度のセキュリティレベルなら絶対に引っかからない代物ですので」
さすがに書庫(バンク)のセキュリティレベルには引っかかりますが、と初春は付け加えた。
黒子「そんなことは心配してませんわ。貴女はそれを使って一体何をするつもりですの?」
初春「ヤツらのコンピュータにこのウイルスを仕込んでバックドア作り、そこを起点にハッキングして監視カメラ偽装ツールを破壊します」
黒子「……はぁ、見事に予想通りの返答で逆に驚きもしませんわ。しかし、そのウイルスを一体どうやって相手のコンピュータに仕込むつもりですの?」
まさか馬鹿正直にメールで送りつけるとかいいませんわよね? と黒子は顔をしかめる。
質問に対して初春はニッコリ笑顔で、
初春「その辺はたぶん大丈夫だと思いますよ。偽装ツールを使うときは必ず監視カメラから動画データをダウンロードしているはずです。だから、そこを狙います」
黒子「なるほど。偽装されそうな監視カメラを特定して、そこにウイルスを仕込むということですわね。バレたら少年院行き確定ですわよ?」
初春「少年院に行かせるような人たちにはバレないとは思いますので、そこは問題ないと思います。しかし」
初春の顔に少し陰りが見えた。
初春「バレるとしたらこの相手に、ですかね」
黒子「たしかに初春に匹敵する技術を持っている相手ですから、ウイルスに対応できるようなセキュリティを持っているかもしれませんわね」
初春「いや、そこはたぶん大丈夫だとは思うんですけど。問題はハッキングしているときです」
黒子「どういうことですの?」
初春「相手のコンピュータ内部のプログラムを破壊するんですから、こちらもそれなりの代償を払わなければいけないということですよ」
代償。
その重苦しい言葉を聞き黒子は息を飲み込んだ。
初春「あくまで最悪なケースの話ですが、こちらの位置情報等のパーソナルデータが相手に抜かれるかもしれません」
黒子「貴女いろいろな国のサーバーを経由して、そういう逆探知の対策を取っていると言っていませんでしたか?」
初春「それだと処理速度が落ちてしまうんですよ。今回のハッキングは一刻を争う作業です。だから、そういうのは抜きで直接やります」
黒子「しかしそれだと」
初春「そうです。仮にデータを抜かれたら風紀委員(ジャッジメント)の、一七七支部の皆さんに迷惑を掛けてしまうことになります。ですが」
初春は何かを言いかけたまま自分のリュックを開く。
その中から一台のノートパソコンを取り出した。これは初春が個人で使用している私物だ。
初春「これは私が個人的にやろうとしていることです。ハッキングもこれでやりますので、抜かれたとしても私個人のデータです」
初春「ですので、それが原因で一七七支部自体が糾弾される事態になりましたら、遠慮なく私を売っちゃってください」
そう言って初春は微笑んだ。
それに対して黒子は一言言った。
黒子「ふざけんじゃねえですの」
初春「えっ?」
黒子「貴女自分で言っていることわかっていますの? 相手は暗部組織。もしそんなことになったら、貴女の身に何が起こるかわからないわけではありませんよね?」
初春「……そうですね。わかっています」
黒子「でしたら、そんな馬鹿なことなどせずに別の方法を――」
初春「ありませんよ。他に方法なんて」
黒子が言い切る前に初春は否定する。
少女の冷静な口調からしてその言葉は真実なのだろう。
だからこそ、黒子は問いかける。
黒子「どうして貴女はそこまでやりますの? ここでさじを投げても誰も文句を言わない立場だというのに、なぜそこまでの危険を犯してまでこの件に関わろうとしますの?」
黒子にされた論理的な問いを聞き、初春は目を丸くさせた。
そのあと小さく笑いながら、
初春「……ふふっ、すみません。私にもなんでかわかりません」
黒子「はぁ?」
初春飾利から出た予想外な答えに思わず黒子は素っ頓狂な声を上げてしまった。
初春「何と言いますか、上条さんのことを見ていると、その、私にでも何かできることがあるんじゃないか、って思いまして」
黒子「……貴女、もしかしてあの腐れ類人猿のことが……!?」
初春「い、いえそういう意味じゃないです!」
両手を手の前でバタバタさせながら初春は精一杯否定する。
すぐそこにいる誰かさんに聞かれて変な誤解をされても困るからだ。
初春「私たちは強盗犯の結標さんしか知りません。まあ、私に限っては会ったことすらないんですけどね」
黒子「そうでしたわね。あの事件はあのあとすぐアンチスキルに引き継がれましたから、貴女には出会える機会などありませんでしたわね」
黒子のいう事件というのは『残骸(レムナント)』に関わった事件のことだ。
あのとき初春は後方で黒子のバックアップをしていたので、直接現場に赴くことはなかった。
初春「けれど、上条さんや一方通行さんは私たちの知らない結標さんをたくさん知っています。そんな彼らが一生懸命結標さんを追いかけているということは、それだけ大切な存在だったということです」
黒子「しかし、その大切だった彼女はもう既に……」
彼らが接してきた少女は記憶喪失をしていたときの結標淡希だ。
しかし、今彼らが追っている少女は記憶を失う以前の結標淡希。
悪い言い方をすればまったくの別人ということになる。
その意味を理解した上で初春は、
初春「それはあの人たちが一番わかっていることです。なのに、彼らは追いかけることをやめていません」
初春「きっと彼らは信じているんじゃないでしょうか。例え記憶がなくったって、またわかり合うことが出来るんじゃないかって」
勝手に私が思っているだけなんですけどね、と照れくさそうに初春は笑って誤魔化す。
しかし、彼女が冗談で言っていることではないことは目を見ればわかる。
初春「そう考えたら、なんか私も手伝いたいなって思ってしまいまして、なんて」
黒子「……はあ、何と言いますか、甘いですわね。お花畑なのは頭の上だけかと思ったら中までそうだったのですの?」
初春「なんのことですか?」
真顔で首を傾げる初春を見て黒子はたじろいだ。
なんでもないですわ、と黒子が有耶無耶にして目を逸らす。
そんな黒子の様子を見てまた首を傾げながらも、初春は話を続ける。
初春「それに、一度会って話してみたいと思いまして」
黒子「話してみたい? 誰とですの?」
初春「もちろん決まっているじゃないですか。あの人たちがあんなに大事に思っている結標淡希さんっていう人とですよ」
黒子はのん気そうな笑顔で変なことを言う友人を見て再びため息を付いた。
片手で軽く頭を抱えながら黒子は口を開く。
黒子「……ふん、あまり変な期待をしないほうがよろしいかと。ただのいけ好かない女ですの」
初春「ええぇー?」
―――
――
―
ジャッジメント二人がいるブースから少し離れた場所にある応接スペース。
ソファに座ってトランプのカード一枚を片手に何かを考えている御坂美琴がいた。
美琴「…………」
打ち止め「……お姉様? 次はお姉様がカードを引く番だよ、ってミサカはミサカは二枚のカードを突き出して催促してみる」
美琴「あっ、ごめん」
一言謝り打ち止めが持つ二枚のカードのうち一枚を手に取る。そのカードはハートの2。美琴の持つカードはダイヤの2。
美琴は二枚のカードをまとめてテーブルの真ん中へと置く。
どうやら美琴、打ち止め、佐天の三人でトランプのババ抜きをやっているようだった。
打ち止め「ああああ、また負けちゃったー! ってミサカはミサカは悔しさをロックバンド風に体で表現してみたり」
軽いヘッドバンギングのようなことをして、打ち止めの茶髪が上下に激しくなびいた。
生き物のようにアホ毛が揺れる。
佐天があははと笑ってから、
佐天「打ち止めちゃんは表情に出やすいからねー。それに語尾のセリフで何となくババ持っているかどうかわかるし」
打ち止め「な、なんと!? ミサカにそんな弱点があったなんて、ってミサカはミサカは驚愕してみたり」
佐天「その語尾って我慢できないの? そうすれば少しはババ抜きの勝率も上がるんじゃないかなー?」
打ち止め「なるほど。ならちょっとチャレンジしてみようか、ってミサカはミサカは意気込んでみたり」
佐天「もうすでに我慢できてないじゃん」
打ち止め「わわわ、今のはなし今のはなし! ってミサカはミサカはうわあああまた勝手に出てきた、ってミサカはミサカは頭を抱えてみたり」
二人がそんな他愛のない会話をしている中、美琴はソファから立ち上がり、
美琴「さて、打ち止め。そろそろここ出るわよ?」
打ち止め「ん? どこか行くの? もしかして映画館ッ!? ってミサカはミサカは期待の眼差しを向けてみたり」
美琴「違う違う。今日私たちが泊まる予定にしてるホテルよ」
打ち止め「うおお!! ミサカホテルに泊まるの初めてなんだ、ってミサカはミサカはまだ見ぬ世界にハイテンションになってみたり」
佐天「もう帰っちゃうんですか?」
美琴「うん。黒子たちも忙しそうだし、あんまり長居しても迷惑でしょうし」
美琴はパーテーションの向こうで今も戦っているだろう二人の方向を見た。
佐天「そうですね。じゃあ、あたしも帰ろっかな」
その様子を見た佐天も立ち上がり、背伸びをして体のコリを解す。
美琴「黒子ー!」
美琴がパーテション越しにいる黒子に聞こえるように名前を呼ぶ。
呼んだ一秒後、美琴の前に空を切る音とともにツインテ少女がいきなり現れる。
黒子「なんでしょうか?」
美琴「私今日は打ち止めとホテルで寝泊まりするから寮には戻らないわ」
黒子「わかりましたわ。ところでその楽園はどこのホテルの何号室で?」
美琴「来ようとするな!」
冗談ですわ冗談、と黒子はおどけた感じに笑う。
黒子「外泊申請はきちんと出してますの?」
美琴「う、うん。まあ、なんとか、ね……」
遠い目をしながら疲れた笑顔の美琴を見て黒子は不思議な表情をする。
美琴は昨晩門限破りをした。そのため今朝ペナルティを受けたばかりだった。
そんなあとに外泊の申請を出したので凄まじい追求を受けて何とか許可を得たことは、昨晩寮に帰っていない黒子には知りようにないことだ。
美琴「ま、私は帰るけどアンタも早く仕事終わらせて帰りなさいよ?」
黒子「はい、わかっていますわ」
美琴「……じゃ、打ち止め行きましょうか」
打ち止め「はーい!! お邪魔しましたー!! ってミサカはミサカは別れの挨拶をしてみたり」
二人は部屋の奥で親友と適当に挨拶を済ませた佐天と一緒に、一七七支部を後にした。
―――
――
―
一方通行はテレポートを使用する赤い駆動鎧を全滅させ、地下施設の奥に来ていた。
先程までの工場のような背景からは一転して、いかにもな研究施設の中のような廊下を一方通行は歩いている。
しばらく歩くと、分厚そうな鋼鉄の扉に五種類くらいの認証システムを取り付けた、いかにも大事なモノを置いていますよと言う雰囲気を放つ部屋を見つけた。
一方通行(ダミーや罠の可能性も無きにしもあらずだが、迷っている時間はねェ。入るか)
首に巻いたチョーカーに取り付けられた、電極のスイッチを入れる。
地面に転がった空き缶でも蹴るような感覚で、つま先を扉にぶつけた。
グシャリ、と扉は大きく凹み周りの壁にひびが入る。
それを見て舌打ちをし、一方通行は片足を膝くらいの高さまで上げ、足裏で押すように扉を蹴った。
すると扉は床に音を立てて倒れていく。
一方通行「これは……」
中の部屋を見る限り、そこはモニター室のような場所だった。
正面の壁に大きいモニターがあり、それと隣接するように左右斜めの位置にもモニター。
一体化するようにモニター前には、何かのボタンやランプ、小さいモニターみたいなものが付いた機械が置いていた。
一方通行「どォやら当たりだったよォだな。いや、正確に言うなら外れ、か?」
一方通行はこの部屋に入ってからいくつかの違和感を覚えていた。
ここはおそらく実験をモニタリングしてデータを収集したり、それらを解析したりするための部屋だろう。
しかし、
人が一人も居ない。パソコンや実験機器といったものがほとんど見当たらない。
置かれているデスクや戸棚の引き出しが、まるで空き巣にでも入られたかのように乱雑に開かれ、空になっている。
それらの状況を見て一方通行は確信した。
一方通行「チッ、クソどもは大切なモンを抱えてすでにトンズラこいた、ってかァ?」
ここにいた研究員は既に大事なデータを持ち出して逃げた後なのだろう。
すでにここは引き払われる予定だったか、一方通行の襲撃を察知してからか理由はわからないが。
駆動鎧という兵隊を残して時間を稼がせていたところからして、おそらく後者だろうが。
とにかく、一方通行にとって欲しい情報は既にここにはないということを表していた。
一方通行「何もねェンだったらこンなところにいつまでも長居してもしょうがねェか。かえ……あン?」
部屋の中を適当に歩き回りここを後にしようとしたとき、一方通行は地面に転がったトレイの下にある物が隠れているのに気付いた。
トレイを蹴り飛ばしてどける。そこに落ちていたのはメモリースティックだった。
一方通行「ンだこりゃ? ぎゃはっ、もしかしてこれはアレかァ? 慌てて逃げ出したから落としたことに気付かず、ここへ忘れて行っちまったっつゥマヌケがいたってことかァ?」
にやり、と口角を上げ一方通行はそれを拾い上げた。
一般的な電気屋等に並んでいるタイプの物で、自分の持っている携帯端末でも読み込むことができる。
迷わず一方通行はそれを自分の端末へ差し込んだ。
特にパスワード等が掛けられているわけではなく、すぐにダイアログボックスが開いた。
一方通行「パスも掛けてねェなンてなァ。こンなクソみてェな組織に俺はあそこまで追い詰められたってのかよ。とンだ学園都市最強様だよ俺はよォ」
一方通行は皮肉を述べながら端末を操作する。
中に入っているのは実験データだった。
いろいろな能力者や機械類の実験データがフォルダ分けされていたが、中でも一番容量を食っていたのは空間移動能力者(テレポーター)の実験データだった。
そのフォルダを開き中を確認する。中に入っているのは表題通り実験のデータ類だが、一方通行はその中にあった一つのテキストデータを目に付けた。
一方通行「……『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』、だと?」
一方通行は思わず息を飲んだ。
直感でわかった。これは絶対に目にしてはいけないものだと。
だが、これはあの女に繋がる手がかりになるかもしれない、そうだとも感じた。
だから一方通行は、このファイルを開くことに何の躊躇もなかった。
―――
――
―
『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。
この計画は空間移動能力者(テレポーター)の転移能力を機械的に再現し、非能力者でも再現できるようにすることを目的とした計画。
これが実用可能になれば、学園都市内の交通、流通、運送等あらゆる分野での発展が望めるだろう。
(中略)
最終的には、その転移可能範囲を世界へ広げることにより、学園都市外の全ての国を牽制し優位に立てる戦術兵器にもなりえるだろう。
~~
二〇〇X年三月A日。
予測装置『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を用いて演算した結果。
ある一定の数値に達した空間移動能力者を素体とし、一定水準のスーパーコンピューターを一〇八台と連結させ、並行演算させることにより以下の性能を発揮する装置が完成する。
・最大重量:四六万五七三○トン。
・最大飛距離:一万九一三〇キロメートル。
(中略)
素体の候補は、現段階で空間移動能力者最高位の位置にいる大能力者(レベル4)の座標移動(ムーブポイント)、結標淡希が適していると判断。
転移の始点が固定されない能力のため、装置として完成したときにはこの点が強みになるだろう。
~~
二〇〇X年四月A日。
身体検査(システムスキャン)により座標移動の能力をレベル4と判定。
最大重量四五二〇キロ。最大飛距離八〇〇メートル。
現状のスペックでは素体としては不十分だと判定。
座標移動には推定値に達するまでの成長が必要である。
しかし、一年前のシステムスキャン時から見てもまったくの進歩が見られていないことが懸念材料だ。
~~
二〇〇X年四月B日。
座標移動の成長を阻害する要因が判明。
彼女は二年前のカリキュラムにより自分自身の転移に失敗し、大怪我を負う事故に遭っていた。
以降、それがトラウマとなり自分自身の転移が困難となっている状態である。
(中略)
このトラウマを打ち消すことが、彼女の成長へと繋がるきっかけになることになるだろう。
~~
二〇〇X年四月C日。
様々な専門家の意見を統括し、座標移動のトラウマを消すためには超能力者(レベル5)第五位。
心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈の手を借りることが適していると断定。
~~
二〇〇X年五月A日。
心理掌握への三度目のコンタクトを取ったが交渉は決裂。
これ以上の彼女への接触は危険とし、心理掌握の能力によるトラウマ削除の計画は白紙とする。
~~
二〇〇X年七月二九日。
(中略)
ツリーダイアグラムが正体不明の高熱源体直撃を受け、大破した旨の報告を受ける。
本件に関しての再演算ができなくなったことは痛いが、最初の演算結果を元に計画を続行することを決定。
~~
二〇〇X年九月A日。
結標淡希の消息が不明となる。
所属する霧が丘女学院に問い合わせても『特別公欠』しているとの一点張り。
一刻も早く彼女を見つけなければ本計画自体が白紙になってしまうだろう。
~~
二〇〇X年九月一四日。
結標淡希が発見される。
科学結社という外部組織と協力し、ツリーダイアグラムの『残骸(レムナント)』を手に入れようとしていたようだ。
その件で重症を負い、第七学区の〇〇病院にて入院している。
~~
二〇〇X年九月B日。
結標淡希が記憶喪失になっていることが発覚する。
彼女と直接接触し、トラウマも消失していることを確認した。
~~
二〇〇X年九月C日。
記憶を失った結標淡希に自分自身の能力について教え、自分自身の転移を試みさせる。
結果、失敗。
記憶はないが、身体にトラウマが染み付いていたようで転移後意識を失った。
そのとき、壁に頭部及び鼻部を強打。
前後の記憶を失い、鼻部を骨折する怪我を負う。
~~
二〇〇X年一〇月A日。
ある科学者が発表した実験結果を入手する。
『同系統の能力者が生活を共にすることで、下位の能力者の成長速度が平均三八%向上したことを発表』。
この結果を、当計画にも反映できないか検討。
~~
二〇〇X年一〇月B日
座標移動は空間移動能力者の中で最上位の能力の為、彼女の上位の能力者を用意することはできない。
そこで、別系統でも明確に上位の能力者と組み合わせることで同様の結果を生み出すことは出来ないか、と考える。
(中略)
以上のことから、学園都市で最高位の演算能力を持つ一方通行(アクセラレータ)と組み合わせることが適していると断定。
一方通行は現在警備員第七三活動支部所属の黄泉川愛穂宅に居候している。
このことから警備員(アンチスキル)の上層部と交渉、黄泉川愛穂へ結標淡希を預けることが決定。
~~
二〇〇X年一〇月C日。
結標淡希が退院。そのまま黄泉川宅への居候生活を開始する。
以降、経過を観察していく。
~~
二〇〇X年一一月一九日。
あれから約一ヶ月経過。現状、結標淡希に変化は見られない。
環境を変化させるために学生として学校へ通わせることにする。
高位の能力者が多数在籍している『長点上機学園』が編入先として適していると考え、その方向で話を進める。
~~
二〇〇X年一一月二〇日。
結果、結標淡希及び一方通行は――高等学校へ編入することとなった。
統括理事会のメンバー『貝積継敏』が手を回したことにより決まったことらしい。
こちらとしては不本意だが、あの学校には『幻想殺し(イマジンブレイカー)』や『吸血殺し(ディープブラッド)』といった詳細不明の能力者が在籍している。
それらの存在が結標淡希に大きい影響を与えてくれることを期待して、経過観察を進めていく。
~~
二〇〇X年一一月二六日。
結標淡希及び一方通行が――高等学校へ編入。
結標淡希と一方通行が常に行動をともにすることが必要条件の為、結標淡希を一年次へ編入する特例措置を行使する。
~~
二〇〇X年一二月七日。
結標淡希が居候生活を始めてから最初のシステムスキャン。
これといった変化は特に見られない。相変わらず自身の転移を行うことができない状況。
~~
二〇〇X年一二月一三日。
ヒトは大きな困難を乗り越えることにより、大きな成長へと繋げることが出来る。
結標淡希が成長する舞台を用意し、著しい成長を促すことにする。
(中略)
以上の点から、我が部門とも関係性のある△△スキー場をその舞台と設定する。
結標淡希をその場所に連れて行く為に、――高等学校へ能力有りのマラソン大会を開かせる。
そのクラス単位での大会優勝賞品をスキー場への無料券とすることで、違和感のない道筋を作る。
同クラスには一方通行が在籍している為、優勝は確実だろう。
~~
二〇〇X年一二月一六日。
マラソン大会当日。
一方通行が予定通り優勝。
~~
二〇〇Y年一月一日。
結標淡希他が△△スキー場へ来場する日程が二〇〇Y年一月四日に決定。
結標淡希が成長する舞台を能力有りの雪合戦大会とし、それに伴い超能力者(レベル5)を持つ暗部組織『スクール』・『アイテム』へ雪合戦大会出場を依頼。
~~
二〇〇Y年一月四日。
予定通り結標淡希他が来場。
同様にスクール・アイテムも来場を確認。
~~
二〇〇Y年一月五日。
能力有り雪合戦大会を予定通り実施。
結果、結標淡希はトラウマを乗り越え自身の転移を成功させる。
この大会で得られたデータを上層部へ報告。
~~
二〇〇Y年一月六日。
報告したデータから座標移動(ムーブポイント)を超能力者(レベル5)判定とされた。
大々的に発表する必要性は皆無とし、この情報は機密事項とし本人通達するとする。
~~
二〇〇Y年一月七日。
結標淡希へレベル5判定を受けたことを通達。
~~
二〇〇Y年一月八日。
他組織で結標淡希に価値を見出し取り込もうとする者の動きが見られる。
ある程度の組織ならこちらで対処できるが、実力行使で来た場合の対応が難しい。
そこで、結標淡希とクラスメイトであり友人でもある土御門元春。彼が所属する暗部組織『グループ』に目をつける。
それらの組織を不穏分子として扱い、グループへ処理の依頼をかけることとする。
~~
二〇〇Y年二月二二日。
結標淡希が超能力者(レベル5)になってから最初のシステムスキャン。
結果から言うと著しい能力の向上が見られた。トラウマという足かせがなくなったことによる効果だろう。
さらに、こちらの想定より上昇値が二一%高いことから、一方通行との共同生活も関係していることも大きな要因と考える。
(中略)
この結果なら、『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』の素体として十分運用可能と判断。
計画を再び進行することを決定する。
~~
二〇〇Y年三月二○日。
計画の進行が決定してからあれから約一ヶ月。
結標淡希をこちら側に引き込むために、本計画を隠蔽し別の実験として協力の依頼を一七回掛けたが全て断られる。
報酬金額を予算限界額まで設定しても拒否をされた為、この方法では引き込めないと判断。
(中略)
その為、結標淡希の記憶を戻し、学園都市に仇をなす犯罪者として捕縛することにより、計画に引き入れることが有効とする。
~~
二〇〇Y年三月二一日。
記憶を回復させるファーストプランとし、再び心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈へ依頼する案が上がる。
以前のこともあるため、一度だけと決め、コンタクトを取った。
そのあと直接接触して交渉するところまではいったが、やはり決裂。
~~
二〇〇Y年三月二二日。
記憶を回復させるセカンドプランとし、記憶が回復するきっかけを能動的に起こすことにより対処する案が上がる。
不確定な案なため反対意見が多数上がるが、他に容易に解決出来る案が上がらなかった為、この案を進行させる。
(中略)
以上のことから『残骸(レムナント)』事件の関係者、『白井黒子』、『御坂美琴』、『一方通行』を起点とした計画を他組織へ依頼することが決定する。
これ以降、このテキストファイルには何も書き込まれていなかった。
―――
――
―
一方通行「……何だよ、これ」
中に書かれていた内容は、簡単に言えば『空間移動中継装置(テレポーテーション)』というおぞましい装置についての詳細と、この計画が発足してから現在に至るまでの経緯だ。
一方通行がまったく知らない情報も書かれていれば、一方通行がよく知る情報も書かれてあった。
彼がこれを一読して思ったことは一つ。
まあ、これくらいの闇は学園都市だったら当然存在するだろう。
ただ、それだけだった。
一方通行は以前『絶対能力者進化計画(レベル6シフト)』という暗部の実験に関わっていたこともあるし、それ以前にも聞いただけで反吐が出るような実験にも関わっていた。
そのためこの程度の計画が立案されていてもおかしくはないと予想はしていたし、自分たちがのうのうと生活している裏で、何かが蠢いているとは感づいてはいた。
だから、今さらこのようなものを見たところで驚きもしなかった。
だが、
一方通行「…………ッ!!」
一方通行は怒りで、奥歯が砕けてしまうかと思うくらいの力で歯を食いしばっていた。
予想はしていた。
おかしくはないし、当然だとも思っていた。
驚愕もしなかった。
なのに、一方通行の中ではドス黒い憤怒の感情が渦巻いていた。
一方通行はなぜこんな感情が生まれてきたのか、自分では理解できなかった。
人間をまるでパソコンパーツのように扱う計画が進行しているからか?
そのパーツに結標淡希を使おうとしているからか?
この計画の為に自分が利用されていたことを知ったからか?
自分だけではなく自分の守るべき存在である少女や、その同居人たちも利用されていたからか?
さらに言うなら、同じ学校へ通う友人たちも利用されていたからか?
この約半年間の間にあった全ての思い出というものは、この計画した者たちによって与えられたものだということに気付いてしまったからか?
自分が初めて明確に好意というものを抱くことができたのも、この者たち計画というお膳立てがあったからではないかと気付いてしまったからか?
学園都市最強の超能力者(レベル5)も、所詮はこの者たちの手のひらの上で踊るお人形さんだということに気付いてしまったからか?
一方通行はわからなかった。自分が何に対して激昂しているのかが。
そんな中、一方通行は携帯端末のディスプレイの中からある単語が目に入った。
『試作空間移動中継装置(テレポーテーション・プロトタイプ)』。
一方通行は反射的にそのファイルを開く。
内容は、計画の予行演習のテスト品ということで作成した擬似的な空間移動中継装置についてのレポートだった。
中を読み進めてわかったことだが、特殊素材で作った複数の電磁パネルを裏から配線で繋げることで、パネル間でテレポートが自在に可能という物。
つまり、先ほど戦闘した駆動鎧達が使っていた物のことが書かれていた。
ということは、この建物の中のどこかにこの装置が存在しているということになる。
一方通行(……そォいえばアレは)
今まで気付かなかったが、一方通行はモニター室の隅に横開きの自動ドアのようなものを見つけた。
暗がりだったのと、物があちこちに散乱している状況だったから視界に入らなかったのだろう、と適当に一方通行は理由付けした。
一方通行は吸い込まれるように自動ドアの前に立つ。すると、まるで中へ誘い込むようにドアは左右へ開いた。
一方通行「…………」
一方通行は息を整えて、暗がりの部屋へと入っていった。
部屋の中はお世辞にも綺麗な部屋とは言えなかった。
地面には配線だらけでごった返していて、空やゴミが詰め込んでいるダンボールがあちこちへ転がっている。
部屋の奥へと進んでいくと、暗闇から明かりのようなものが浮かび上がってきた。
一方通行はさらに奥へ行く。光の発生源へとたどり着いた。
そこには複数台の大型コンピューターのようなものが床を埋め尽くしており、その隙間に人一人は入れそうなカプセルのようなものが置いてあった。
一方通行「…………ッ!?」
カプセルの中を見て、一方通行は絶句する。
中は培養液のようなもので満たされていて、あるものがその中を浮かんでいた。
それは人間の脳髄と脊髄。
至るところに電極が取り付けられていて、まるで機械の部品かのように扱っていた。
一方通行「……コイツが、『試作空間移動中継装置(テレポーテーション・プロトタイプ)』ってヤツの本体ってことか」
見るだけで吐き気を催すような装置を見て、一方通行は先ほど読んだレポートに書いてあった文章を思い出していた。
この装置の素体に使われたのは、少年院に収容されていた強能力者(レベル4)の空間移動能力者(テレポーター)だった。
収容された理由は、半年もすれば出てこれるような罪。しかし、その者からすればそれは長すぎたらしい。
毎年年度末に行われるAIMジャマーの一斉メンテナンス、そのときに脱獄しようと試みる。そして再度捕まり、さらに奥深くへと収容された。そういう人物だ。
当初、人体五体満足のまま培養液で満たしたカプセルで生命維持しつつ装置にする予定だった。後々、この素体に人間的な価値を見出したときに再利用するためだ。
しかし、素体本人が反旗を翻したことにより当研究所に甚大な被害が起きてしまった為、素体を殺害して必要な部品のみを取り出し使用した。
この経験を活かし、『空間移動中継装置(テレポーテーション)』で座標移動(ムーブポイント)を素体にする際も、同様に殺害して必要な部品だけ回収して使用することとする。
一方通行「――――」
一方通行の中で渦巻いてた怒りが消え去った。
その代わりに何かが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
支えるものが無くなった理性が侵略するように全ての感情を塗り潰す。
そして、彼の中で何かが生まれた。
この日、第一〇学区の一角で深さ五〇メートルを超える地盤沈下が起こり、施設が崩れ去るというが大事故が発生した。
―――
――
―
初春「引っかかりました! これよりハッキングを開始します!」
そう言って初春はデスクに置いた私用のノートパソコンのキーボードを尋常でない速度でタイピングする。
黒子「ッ……」
その様子を見て黒子は息を飲む。
ディスプレイには大量のウインドウが出たりは消えたりを繰り返していた。
黒子にはわからないがハッキングに関するなにかのプログラムを走らせているのだろう。
黒子「……タイムリミットは『二分』」
黒子はそう呟いたあと、先ほど初春とした会話を思い出す。
『どんな凄腕のハッカーでも、おそらく侵入した私を補足して完全に動きを封じ込めるのには『二分』はかかるでしょう』
初春いわく、侵入すると同時に一〇〇以上のダミープログラムを侵入させる為、補足するのには時間がかかるらしい。
それを終えるまでの時間二分間を初春の中でのタイムリミットととしていた。
だが初春は、
『まあ、たぶん私なら一分ちょっとで完全掌握出来ると思いますので、心配しなくても平気ですよ』
と言っていたため、今から約一分後には向こう側にあるコンピューターを掌握して、偽装ツールを破壊していることだろう。
しかし、その会話をしていたとき黒子は一つの疑問を感じた。
もし、それが成功せずに、逆に完全に動きを封じ込められてしまったらどうなるのか。
それを聞いたとき初春は言った。
『うーん、そうなっちゃったら完全に詰みですね。その時点で履歴データとかは全部抜かれていると思いますので、こちらの情報が向こうに漏れてしまいますから』
だから、やられた時点でパソコンを物理的に破壊しても身バレは避けられないでしょうね、とも初春は言った。
黒子(頑張りなさい、初春……)
電子戦になると黒子には何も出来ない。
大能力(レベル4)という大きなチカラを持っていても、そんなもの何の役にも立たない。
だから、黒子は初春の勝利を祈るしかなかった。
―――
――
―
スクールの隠れ家にある情報処理室。
そこは窓のない部屋で、真ん中に椅子とディスプレイが一つずつポツンと置かれており、それを囲むように周囲にはたくさんの巨大な黒いサーバーが円形に設置されている。
その椅子に座っている少年、誉望万化の頭に装着している土星の輪のような特殊ゴーグルから伸びたケーブルが、全てのサーバーへと繋がれていた。
誉望「……ふん、予想通りこちらに侵入してきたな。じっくり料理してやりたいところだが、向こうもそれなりにやるようだしさっさと終わらせてやるとするか」
誉望万化は念動能力(サイコキネシス)を持つ大能力(レベル4)の能力者。
彼が今行っていることは念動力を応用した電子制御だ。
つまり、スクールのコンピューターへ侵入してきたハッカーから、コンピューターを防衛する電子戦を行っていることになる。
そんな彼をぼーっと眺める男がいた。
垣根「本当に大丈夫なんだよな? もしミスってデータ抜かれでもしてみろ? その時点で処刑だぞ処刑」
誉望の席の前方にある二つのサーバーの間に置いてある白い箱状の物。その上に足を組んで座っている垣根は警告する。
誉望「問題ないっスよ。この俺が電子戦で、ましてやホームでの防衛戦に負けるわけないじゃないっスか」
垣根「そんないかにもな三下の負けゼリフ言ってんじゃねえよ」
呆れながら垣根は続ける。
垣根「ったく、負けたりなんかしたら、何のために俺がこんな陰気臭せえ部屋に一緒に籠もってやったのかわからなくなるからな」
そう言いながら垣根は自分の下にある白い箱を数回叩いた。
その箱からは白いケーブルが伸びていて、部屋に備え付けられているサーバーのうち一つと繋がっていた。
誉望「垣根さんには感謝してるっスよ。それのおかげでこうやって敵をおびき寄せることが出来たんスからね」
垣根「当たり前だ。俺の未現物質(ダークマター)には常識が通用しねえんだからよ」
この白い箱は垣根の能力未現物質によって作られたサーバーだ。
中にはメンバーからもらった監視映像偽装ツールを真似して作ったプログラムがインストールしてある。
これ単体では意味はないが、既存のツールと併用することによって偽装能力が向上するという物。
これのおかげで相手ハッカーをおびき寄せることができたということだ。
誉望「おびき寄せさえすればこっちのもんスよ。スクールのサーバー内は俺の庭みたいなもんスからね。何か無駄にダミーを大量にバラ撒いているみたいスけど、そいつらの処理は秒で終わるんだよなぁ」
消えていくダミーの信号を確認し、最後に残った動きの速い信号を確認した。
誉望「随分と活きの良い獲物じゃねえか。でもなあ」
誉望がニヤリと笑みを見せる。
誉望「俺が全力でやればこんなヤツを補足して掌握するのに『一分』もいらないんだよ」
誉望の目の前に置いているパソコンにある一文が浮かび上がった。
『Complete』。侵入者を完全に補足し、捉えたという合図だった。
誉望「はい、終わりっと。これでコイツは何もできないし、逃げることも出来ない」
垣根「つーことはそのハッカーの情報を抜けたっつーことだよな? お前が言うにはスピード勝負のハッキングはどっかのサーバーを経由とかしてねーんだろ?」
誉望「問題ないっス。何なら今から情報開示して近くにいる下部組織の連中に襲わせてやりましょうか?」
そう言うと誉望は能力を使い電子操作をする。するとディスプレイに侵入者のパーソナルデータが出てきた。
そこに出てきた位置情報を誉望は読み上げる。
誉望「ハッカーの居場所は……第七学区ふれあい広場近くにある公衆電話っスね」
垣根「ほう。そんな場所からお前とやり合えるなんて相当のやり手だな」
誉望「そうっスね。せっかくだしどんなヤツか一度顔でも拝んでやりましょうか。周辺の監視カメラの映像をハッキングします」
そう言うとディスプレイには大量の監視カメラの映像が映る。
いや、映ったものは正確に言うと映像ではなかった。
誉望「なっ、なんだと!?」
垣根「あん? どうかしたかよ」
驚きの表情を見せる誉望を見て、垣根も同じディスプレイを覗き込む。
そこに映っていたのは監視カメラの映像ではなかった。
真っ黒の背景に白い文字で『No entry』。
それは監視カメラ側からの情報を閉鎖していることを表すものだった。
誉望「どういうことだ? 別のパソコンを使って監視カメラをハッキングしてブロックしているってことか? いや、そんなことするためなら全部監視カメラに直接有線で繋げるくらいしないと無理なはず」
垣根「チッ、よくわかんねえがとりあえず下部組織の連中に周辺を捜索させろ」
誉望「了解っス。下部組織へ――」
誉望が指示を出す前に何か嫌な信号が彼の頭の中をよぎった。
誉望「がっ……!?」
垣根「今度はどうした?」
誉望「ば、馬鹿なッ……コンピューターの制御が、奪われた……?」
ディスプレイには誉望の考えとはまったく違う動きをしているコンピューターが映った。
なぜそれが考えとは違うとわかったのか。それは監視カメラ偽装ツールを完全削除しようとしているからだ。
垣根「……チッ」
垣根は背中から三対の白い翼が現れる。
その瞬間、部屋にある全てのサーバーや電子機器が木っ端微塵に破裂した。
誉望「なっ、べ、別に物理的に破壊なんてしなくても……」
垣根「制御を奪われたっつーことは完全にフリーになったってことだろうが。そんな状態を一秒でも許すってことはどれだけの情報が奪われるかなんてこと、わからねえわけじゃねえよな?」
誉望「す、スンマセン!!」
垣根「……まあ、いいや」
面倒臭そうに頭を掻きながら垣根は続ける。
垣根「十分時間は稼げただろ。あとは時を待つだけってな」
そう言って垣根は部屋の出口へ向かって歩き出した。
こんな状況なのに、垣根の顔にうっすら喜びの表情なものを見たとき、誉望は背筋がゾッとしたのを感じた。
部屋の出口の前にたどり着いたとき、垣根は振り返って誉望の方を見た。
垣根「そういやさっき電子戦は負けねえとか抜かしてたヤツがいたよな?」
誉望「うぐっ」
垣根「それに対して俺はミスったら処刑だぞとも言ったよな?」
誉望「ッ!!!?」
誉望万化は体の中にある内臓が全部口から出てくるんじゃないかと思えるくらい、大量の吐瀉物を吐き散らかした。
―――
――
―
初春「ふぁー疲れましたー」
椅子の背もたれにぐったりともたれ掛かっている初春。
その様子を見て黒子は問いかける。
黒子「成功したみたいですわね?」
初春「完全勝利とは行きませんでしたけどねー。偽装ツールっぽいものは破壊できましたが、そのあとは反応が完全にロスト」
「物理的切断されちゃったから大したデータを抜き出すことも出来なかったので、個人的には負けですね負け」と悔しそうに初春はそう言う。
黒子からすれば偽装ツールを破壊しただけでも十分と感じるものだが、電子戦に対してのプライドの高さ伺える発言だった。
初春「抜いた情報もあまり役には立たなそうですね。位置情報を辿って現場に行ってもたぶんもうもぬけの殻だろうし、機材の型式番号とかから相手を追ってもどこかしらでルートが潰されてそうですし……おっ?」
奪った情報を眺めている初春の目が少し見開く。
初春「『スクール』? たぶんこれが相手さんの組織の名前か個人のコードネームですね」
黒子「ふん、『学校』ですの? 暗部組織などという相反する位置にいる者がそのような名前を名乗るなどとは、面白い皮肉ですわね」
鼻で笑っている黒子。
しかし、初春は何かを考えて込んでいるような表情をしていた。
黒子「どうかしましたの?」
初春「いえ、さっきのハッキングのときのことなんですが、何か妙だったんですよねー」
黒子「妙?」
初春「相手の動きですよ。たしかにこっちは一〇〇以上のダミーをバラ撒いたんですけど、私本人の攻撃にまったく興味を示さなかったんですよねー」
黒子「……それは単にダミーに引っかかったということではありませんの?」
初春「それはないですよー。あんなものに苦戦するようなヤツだったら、私が直々にこんな危険なことしませんってー」
あははは、と笑いながら初春はテーブルに置いてあるティーカップを手に取り、冷めた紅茶を口に含んだ。
初春「なんと言いますか、まるでもう一人凄腕のハッカーが侵入していて、そっちに意識が向けられていた、って感じなんですよねー」
黒子「そんなことがありえますの? 相手は暗部組織ですわ。そんな相手を特定して狙いを付け、ハッキングする奇特なハッカーなど他にいるとは思いませんが。しかも貴女と同タイミングで」
初春「まーあれですよ。悪い組織だから敵も多そうだし、敵対している組織の凄腕のハッカーさんと攻撃タイミングばっちり合っちゃったとか、そんな感じじゃないですか?」
初春はぐっ、と背伸びをしてから再びパソコンのディスプレイに目を向ける。
初春「さて、本来の仕事に戻らないと! 早く結標さんを見つけて上条さんに知らせなきゃ」
そう言って初春はキーボードを叩き、監視カメラ情報の収集を始めた。
―――
――
―
第七学区のふれあい広場。
そこの近くにある公衆電話ボックスから一人の少女が出てきた。
御坂美琴。
その手には彼女がいつも使っているゲコ太仕様の携帯電話ではなく、PDAという情報端末が握られていた。
打ち止め「あっ、お姉様ー! 友達への電話は終わったの? ってミサカはミサカは駆け寄りながら聞いてみたり」
美琴「あ、うん。終わったわよ。待たせてごめんなさいね」
美琴は謝りながら手に持っていたPDAをスカートのポケットに仕舞い込んだ。
打ち止め「しかし携帯の充電を忘れてて電池切れだなんておっちょこちょいだね。というか能力使って充電すれば携帯使えたんじゃなかったのかな、ってミサカはミサカは今更な打開案を挙げてみたり」
美琴「まあたしかに出来ないことはないけど、変に電気流して携帯壊しちゃってもいけないしね」
充電用のケーブルとかあれば別だけどね、と美琴は付け加える。
打ち止め「なるほど。だからミサカの前の携帯はお亡くなりになられたのか、ってミサカはミサカは同じ過ちを繰り返さないこと決心してみたり」
美琴「電子ロックを無理やり解除とかもあんまりやらないほうがいいわよ? 私だって何十個壊したか覚えてないくらいだし」
打ち止め「うおお、なんかカッケーぜ! ってミサカはミサカは武勇伝を語るお姉様に羨望の眼差しを向けてみたり」
美琴「そんなことに憧れちゃいけません」
説得力のない戒めの言葉を美琴は告げた。
――――――
S6.vsアイテム
美琴と打ち止めはふれあい広場から移動し、とあるホテルの前に立っていた。
そびえ立つ建物を眺めながら美琴が言う。
美琴「というわけで着いたわよ? 今日泊まるホテル」
打ち止め「すごく大きくて立派なホテルだね! ってミサカはミサカは素直な感想を述べてみたり」
美琴「そんな高級ホテルとかじゃないから、変な期待はしないほうがいいわよ?」
打ち止め「でもエントランスにはお金持ちっぽい老夫婦とか、高そうな服を着た生意気そうな子どもとか見えるんだけど、ってミサカはミサカは疑いの目を向けてみたり」
そんなやり取りをしながら二人はホテルの入り口をくぐってエントランスへと入った。
入り口には屈強なガードマンのようなホテルマンが立っていた。打ち止めはますます怪訝な表情を浮かべた。
彼らは少女二人を見るなり一礼する。
美琴は軽く会釈して返す。つられて打ち止めもアホ毛を揺らした。
打ち止め「でもどうせ外泊するならお姉様のお部屋とか行きたかったな、ってミサカはミサカは少し残念がってみたり」
美琴「あー、それはちょっと厳しいわね。ウチの寮いろいろ規則とか厳しいから」
打ち止め「はえー、なんだか大変そうだね、ってミサカはミサカは同情してみたり」
美琴「それに私の部屋には変質者が出るから、ほんとやめたほうがいいわ……」
美琴はツインテールの後輩を思い浮かべながら力のない笑いを浮かべた。
美琴「そういうわけだから、もし明日も泊まることになったらまた別のホテルに行くわ」
打ち止め「ふーん。まあ、ミサカとしてはどこに泊まろうと旅行気分で楽しめるから問題ないよ、ってミサカはミサカはとりあえず京都とか行ってみたい気分になってみたり」
美琴「さすがに学園都市の外へは連れて行くことはできないわね……」
逆に外へ出ればこの子を狙う組織とやらから離れることが出来るのでは?
と一瞬美琴は思ったが、よくよく考えたら無理やり外へ出たことによってお尋ね者にでもされそうなことに気付いて、頭を振って考えを消し去った。
会話をしているうちに二人は受付にたどり着き、チェックインの作業を終える。
二人の部屋は七階。階段で行くには面倒な階層なのでエレベーターの方へ向けて足を動かした。
―――
――
―
ぼーっと車の座席に座っている滝壺がぴくりと反応する。
滝壺「……! むぎの」
麦野が小さくうなずく。
麦野「ええ、来たわね」
彼女たちの視線の先には櫻井通信機器開発所という施設がある。
その敷地内で警備員のような服装をした男たちが忙しく動き回っていた。
絹旗が携帯端末につなげたイヤホンを片耳へ当てながら、
絹旗「……無線情報を拾えました。例の侵入者で超間違いないようです」
フレンダ「よっし! こんな狭っ苦しい車の中で一晩過ごすなんて展開にならなくってよかった訳よ」
フレンダは車のスライドドアを勢いよく開き、車外へと飛び降りた。
浜面「せっかくの電動ドアをフルパワー開閉すんじゃねえよ壊れんだろ? まあ、別に俺の車じゃないからいいけど」
ボヤきながら浜面は手元にあるドアの開閉スイッチを押して、開いていない方のスライドドアを開いた。
麦野、滝壺、絹旗も車外に降りたことを確認して、浜面は再びボタンを押してドアを閉めてから、車のエンジンを切って降車する。
麦野「さて、予定通り五分以内に絹旗とフレンダはそれぞれのポイントへ移動しなさい」
二人は了解、と一言返事してそれぞれ別方向へと走り去っていった。
それを確認してから麦野は続ける。
麦野「滝壺は私と来なさい。ターゲットの座標移動へ一言挨拶しに行くわよ」
滝壺「うん」
麦野「浜面はいつも通り滝壺の援護。肉壁としてきっちり働きなさい。もし滝壺に少しでも傷を付けやがったら、その股間に付いてる粗末なモン焼き切ってやるわよ?」
浜面「ひぃ!? が、頑張ります!」
股間を押さえながら返事をする浜面を冷ややかな目で見ながら、女子二人は施設の方へと歩みを進める。
それを追いかけるように浜面も小走りを始めた。
研究施設へ近付いてくる麦野たちに三人組の警備の者たちが気付く。
「貴様ら何者だ、これ以上近付くと撃つぞ」。機関銃を構え、警告を出そうとした瞬間、
クアッ!!
という音と共に警備員たちの胴体が焼き払われて、上半身と下半身が真っ二つに分かれた。
超能力者(レベル5)第四位。『原子崩し(メルトダウナー)』という麦野沈利の圧倒的な破壊のチカラが振るわれたのだ。
周りに赤い液体が飛び散る。男たちのうめき声が漏れる。
その光景を見た浜面は吐き気がこみ上げてくるのを感じる。
同じモノを何度も見たことはあるが全く慣れないものだ、と浜面は思った。
サクッと目の前にいた人間を殺してから麦野はハッ、と何かに気付いたような表情をしてから携帯端末に向けて喋りかけた。
この端末は既に複数人同時通話用のアプリを起動している為、その声はアイテムのメンバー全てに届く。
麦野「言い忘れていたけど、ここの建物にいるヤツらはどっちかと言ったら裏の人間よ。だから、ターゲット以外は好きに殺して構わないから。あの糞女にも許可は得ているから安心しなさい」
殺してから言うなよ、と浜面はツッコミたかったけど殺人ビームがこちらに飛んできそうだからやめた。
フレンダ『ちょっと麦野ー、それもうちょっと早く言ってよー? 無駄に気絶とかさせて二〇秒くらいロスしちゃったって訳よ』
絹旗『拳が超際どい角度で入ってピクリとも動かなくなった人がいたので、それを聞いて超安心しました』
滝壺「まあでも、あんまりやりすぎて勢いで座標移動を殺しちゃった、みたいなのはなしだよ」
彼女たちの軽い感じの返しを聞いて、浜面はげんなりする。
浜面(……毎度思うが、ほんと俺だけ場違いだよな。何でこんなことになっちまったんだろうなぁマジで)
一〇〇人以上のスキルアウトを束ねるリーダーだったときは輝いていたよなぁ、とかぼーっと浜面は考えているとそれに気付いた麦野が、
麦野「浜面テメェ何一人で楽しく妄想にふけってやがんだッ!! さっさとしろ!!」
施設の入り口の前に立って青筋立てていた。
入り口の扉周りが、炎であぶられて溶けた金属みたいになっているところからして、麦野がセキュリティをガン無視して能力でこじ開けたのだろう。
このまま立っていたら今度は俺があの扉みたいになっちまうな。
そんなことを考えながら、浜面は二人のあとを追い施設の中へと踏み込んでいった。
―――
――
―
上条当麻は結標淡希を探して研究施設が比較的に多い第一〇学区をさまよっていた。
第一〇学区は研究施設が多いと同時に学園都市で一番治安の悪い学区でもあったため、スキルアウトに絡まれては逃げて、スキルアウトに絡まれては逃げてを繰り返していた。
そんな中、上条はある場所へとたどり着く。
上条「……うわぁ、なんだこりゃ?」
目の前にあったのは巨大な穴。
学校の校庭くらいの広さがあり、深さは五〇メートル前後あるか。
周りには進入を禁止するようにバリケードが張ってあり、その前でアンチスキルが見張りをしていた。
穴の中を覗き込んでみると、巻き込まれた人の救助でもしているのか、駆動鎧が瓦礫の撤去作業をしているのが確認できる。
危険な現場でうろちょろしている上条を見て、見張りをしていたアンチスキルが近付いてきた。
黄泉川「――ちょっとそこの少年! ここは危険だから近づかないほうが……ってありゃ? お前上条じゃんか」
上条「黄泉川先生?」
話しかけてきたアンチスキルは、上条の通う高校で教師をしている黄泉川愛穂だった。
上条「これなんかあったんすか? こんなでっかい穴が空くなんて不発弾でも地面に埋まってたのか?」
黄泉川「あー、まあ爆弾じゃないけどとんでもないものが地面に埋まっていた、っていうのは間違いないかな?」
上条「とんでもないもの?」
首をかしげる上条を見て、黄泉川は穴の方へ目を向ける。
黄泉川「ここはもともと廃棄された研究施設があったじゃん。けど、そこの地下にはまだ稼働している巨大な施設があったみたいで、それがなにかの衝撃で天井から崩れてって感じじゃんよ」
上条「へー、そりゃ大事故だなぁ。下手すりゃ死人とか出てそうだな……」
黄泉川「それなら安心するじゃん。ここの職員と思われるヤツらはみんな変わったデザインの駆動鎧を着てたみたいでな。多少は怪我しているが全員無事生還しているじゃん」
上条「そっか」
こんな大規模な事故でも生き残れるなんてやっぱ学園都市の技術はすげえな、と上条は感心した。
すると黄泉川は言い忘れていたことを思い出したような顔をして、
黄泉川「あっ、そうだ。実際は全員じゃ――」
となにかを言いかけて口が止まる。
黄泉川「…………」
上条「?」
黄泉川は険しい表情を浮かべたまま黙り込んだ。
しばらくして、表情をいつもの軽い感じに戻して再び口を開いた。
黄泉川「いや、何でもない。忘れてくれ」
上条「はあ」
黄泉川「ところで上条はこんなところで何やってるじゃん? この辺りにお前の好きそうなものなんてないと思うけど?」
上条「うっ、え、えっと……」
上条は突然の質問に体をビクつかせた。
彼がここに居る理由は結標淡希を捜すためだ。
だが、上条はそれを目の前にいる女性に話していいものか悩んでいた。
結標と同居人である彼女は今の結標のことについてどこまで知っているのか。そもそも、彼女に話をしていいのか悪いのか。
上条「あー、その、なんと言いますか」
そんなことばかり考えてしまっているため、気の利いた言い訳が全然出てこなかった。
その様子を見た黄泉川は、不審感のようなものを抱いてしまったようで眉をひそめる。
黄泉川「上条。お前もしかして何か先生に言えないようなことやってんじゃないだろうな?」
上条「へっ? い、いやーそんなわけないじゃないですかあはははは」
黄泉川「じゃあこんなところで何やっているのか、きっちり説明してみるじゃん」
黄泉川のあまりの迫力に上条は思わずたじろぎ後ずさりしてしまう。
冷や汗が全身から滲み出て、目があちらこちらへとバタフライする。
そんな状況にある上条に、救いの女神様から手が差し伸べられた。
タラララ~♪
上条のズボンのポケットに入っている携帯電話から電子音が流れる。
この音楽は電話の着信音だ。
上条はポケットから携帯電話を取り出した。
上条「あっ、友達から電話だ! すみません黄泉川先生! あんまり先生たちの邪魔しちゃいけないし、俺行きますんで!」
黄泉川「ちょ、上条!?」
上条は逃げるように黄泉川のいる方向から逆向きへ走り出した。
走りながら携帯電話を通話モードにして耳へ持っていく。
上条「もしもし?」
??『え、えっと、上条さんの携帯電話で間違いないでしょうか?』
上条「その声は初春さんか」
電話口から聞こえてきたのは、結標の捜索を買って出てくれた初春飾利という少女の声だった。
彼女から電話がかかってくるということは、
上条「もしかして結標が見つかったのか!?」
初春『はい。五分程前の映像ですが、間違いなく結標さんの姿を捉えました』
上条「結標は今どこにいるんだ?」
初春『この映像は第一〇学区にある第三廃棄場近くの街頭カメラからのものです』
上条「わかった。すぐそこに行ってみるよ」
上条は携帯電話の通話を切ろうとするが、
初春『あー! 違います待ってくださいー!』
上条「ん? 違うって何が?」
初春『この映像はあくまで五分前のものです。映っていた様子からしてどこかへ移動中のようでした。なので、今からそこに行ったところで出会えませんよ』
上条「ああ、そっか」
たしかに徒歩でも五分あれば四、五〇〇メートルは移動できる。
さらに早足や走りならなお広範囲に移動できるだろう。
初春『結標さんが研究施設を襲撃している犯人じゃないか、という話はしましたよね?』
上条「ああ。だから俺もこうやって施設の多い第一〇学区で結標を捜してんだから」
初春『私が見た限りだと、結標さんが監視カメラ等に映るときは研究施設を襲おうとして動いたときです』
上条「つまり、今結標はどこかの研究施設に行っている可能性が高いってことか?」
初春『そうです。このカメラの位置から一番近い研究施設は……櫻井通信機器開発所です』
上条は一度携帯端末を耳から離し、研究施設の名前を地図アプリへ入力して検索する。
画面に地図が映し出されて目的地へマーカーが表示され、ナビゲーションが開始された。
上条「……この距離なら走って一〇分くらいだな。よし」
上条は目的地のある方へと進行方向を変えて走り出す。
すると、電話の向こうの初春が神妙な声のトーンで、
初春『上条さん』
上条「何だ?」
初春『場所を教えてから言うのもあれなんですが、私はあなたに櫻井通信機器開発所へ行って欲しくないです』
上条「どうしたんだよ急に」
初春は一呼吸置いて、ジャッジメントが現場で危険を民間人へ説明するときのように、
初春『櫻井通信機器開発所周辺の監視カメラが全部壊されています。今までの傾向からしてこれは結標さんの仕業ではないことはわかります』
上条「……まさか」
上条は一七七支部で聞いた話を思い出していた。
結標淡希を追っているのは一方通行や自分だけではない。
初春『はい。おそらく、結標さんを狙っている暗部組織の人たちもその場所にいる可能性が高いです。そんな場所へ一般人であるあなたが一人で行くなんて危険過ぎます』
彼女の言うことは至極真っ当なことだろう。
上条当麻はそれを自慢だとは思わないが、今までそれなりの修羅場はくぐってきた経験がある。
だが、それに対してとある少女は生き残れたのはラッキーだっただけ、と言ってきた。
たしかにそうかもしれない。前と同じ状況を一〇〇回やって一〇〇回同じ結末に出来るほどの技術や力など上条にはない。
そんな人間が裏で動いている組織みたいなヤツらがいるところへ行くのは無謀だ。
しかし、
上条「ありがとう初春さん。けど、俺は行くよ。もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれねえんだ。これを逃したら、たぶん俺は一生後悔する」
上条当麻の意思は変わらなかった。
彼の中には『結標淡希にもう一度会う』。それ以外のことは存在しない。
初春は諦めた様子でため息をつく。
初春『やっぱり白井さんの言った通りの展開になっちゃいましたねー。わかりました、もうこれ以上は止めませんよ』
ただし、と初春は補足する。
初春『今、白井さんが現場に全速力で向かっています。たぶん二〇分くらいで着くと思いますので、それまでは無茶なことはしないでください』
上条「……ああ、わかった」
初春『では、私は白井さんのバックアップに戻らなきゃなんで電話を切りますね。……もう一度言いますけど無茶はしないでくださいよ?』
上条「信用されてねえなぁ。何度も言わなくてもわかってますよ」
そう再確認して通話を切った。
電話という並行作業を終えることで、上条の走行速度が速くなる。
上条(俺が着くのが一〇分後で白井は二〇分後。その一〇分で結標が用事を済ませて姿をくらませる可能性だってある)
そうなったら次会えるのがいつになるのかわからなくなる。
もしかしたらもう次の機会なんてないかもしれない。
上条は心の中で謝った。
上条(悪いな初春さん、白井。俺、先に行ってるよ)
夕日が沈みかけて暗くなった街中を上条当麻は全力で駆け抜けていく。
―――
――
―
櫻井通信機器開発所八階にあるモニター室。
その中にある中央モニター前に立っている人影が二人。
一人はモニターの前にあるパネルを操作している白衣を着た、見るからに研究員の男。
一人はその男の後ろに立ち、まるで監視でもしているように腕を組んでその様子を見ている少女。
赤色の髪を二つに結んで背中に流し、軍用懐中電灯を片手に持っている。
結標淡希。
今学園都市の中でトップニュースに上がっている研究施設襲撃事件。
それを引き起こしている張本人だ。
研究員の男は額から脂汗をにじませ、体を震わせながらモニターを操作している。
このことから、彼は結標に脅迫されて仕方がなく動いているのだとわかる。
モニター室の中には、体の至るところから血を流している研究員が複数倒れているところから、その脅迫は『痛い目にあいたくなかったら言うことを聞け』とかそういったモノだと思われる。
必要な作業が終わったのか、研究員は手を止め結標へ背を向けたまま投げやり気味に喋りかける。
研究員の男「ほらっ、終わったぞ」
結標「そう、ありがとう」
礼を言い、結標は研究員の男の後頭部目掛けて軍用懐中電灯を横振りする。
ゴッ、という鈍い音と共に男の体は床に投げ出されて、意識を失ったのか動かなくなった。
軍用懐中電灯を腰のベルトへ戻し、結標はモニターを操作する。
画面には目次のように様々な表題が羅列していた。
ひたすら画面をスクロールしていくと、ある場所でそれを止め結標は大きく目を見開かせた。
結標「……やっと、見つけた」
そう呟く彼女の表情は安堵のようなものを浮かべていた。
その項目を選択して中身を確認する。
内容は間違いないと確認した結標は、メモリースティックをポケットから取り出し、目の前にある機器へと差し込んだ。
モニターを操作して目的のデータをメモリースティックへコピーする。
ディスプレイにコピー状況を表すバーが表示され、パーセントが時間経過とともに増加していく。
……70%、80%、90%。あと少しでコピーが完了する。
瞬間、
目の前の機器に青白い光線が突き刺さった。
結標「ッ!?」
機器から火花が散ったのを見て、結標はとっさに五メートルほど後方へ転移する。
同時に機械は爆発し、火を吹いた。あの場にいたら火傷程度では済まなかっただろう。
一体何が起こったのか。結標は目の前の炎を見つめながら考えていたが、それは即座に中断された。
背中から刃物で突き刺されたかと思うような殺気を感じたからだ。
結標は後ろへ体ごと向ける。
モニター室の入り口に一人の女が立っていた。
ふわふわ茶髪にモデルのようなプロポーションをした長身の女だった。
そんな女を見て、結標は問う。
結標「……誰よ? 貴女」
その質問を聞き、女は少し驚いた様子を見せてから、軽く笑った。
麦野「おいおい、まさかこの超能力者(レベル5)第四位、麦野沈利の顔が忘れられているなんて思いもしなかったにゃーん?」
結標「第四位……貴女が?」
麦野「たしかに会ったのは、雪合戦大会とかいうクソみてえなお遊びしているときだけだし、そのときも一言たりとも会話してなかったけどさ」
麦野の言った通り彼女たちは一度だけ同じ場所に居合わせたことがある。
ただ、それは結標淡希が記憶を失っているときのことであり、記憶を取り戻している今の彼女には知る由もなかった。
麦野「ま、いいや、そんなこと」
本当にどうでも良さそうに麦野は話を切り上げた。
麦野「今私はアンタの前に立ちはだかっているってわけだけど、何となくその理由は察しているわよね?」
そう言われて、結標は不敵な笑みを浮かべる。
結標「そうね。大方、あちこちの研究施設を荒らしている犯人を殺してこいとか言われて、ずっと私にまとわりついて来ているヤツらの中の一人、ってところかしら?」
麦野「いいや。違う」
バッサリと切り捨て、麦野は続ける。
麦野「私はアンタを生け捕りにして連れてこいって命令をされているわ。そんなチンケなコソドロ事件なんて関係ない」
結標「生け捕り?」
麦野「襲った施設で研究データとか盗みまくってんだろ? それなら思い当たる節の一つや二つ、思いつくんじゃないかしら?」
結標「…………」
結標は眉をひそめた。手の中を見る。
そこには先ほど機器に差し込みデータのコピーに使ったメモリースティックがあった。
機器が攻撃をされ炎上しようとするときも、結標は画面から目を離さなかった。
だから、彼女は画面にコピーが完了した文章を見逃さなかった。
だから、メモリースティックをアポートしメモリースティックを回収することが出来た。
メモリースティックを懐にしまい込み、そのまま腰のベルトに取り付けられた軍用懐中電灯に手を当てる。
そんな様子を気にすることなく麦野は、
麦野「そういうわけで、私はアンタを殺せないわけ? だから大人しく付いてきてくれればこちらも手を上げるつもりもないし、最低限の安全は保証してあげるわ。けど――」
引き裂くような笑みを浮かべ、結標へ忠告する。
麦野「少しでも反抗する意思や逃走しようとする動きが見えれば、手足の一本や二本吹っ飛ばされても文句言えないってことなんだけど、そこんとこわかってんだよなぁ!? 座標移動ォ!!」
結標は軍用懐中電灯を抜き、横に振る。同時に麦野は後ろへ一歩下がる。
シュン、と空気を裂く音が鳴り、三本の金属矢が現れた。麦野の右胸部、右横腹、左足首、があった場所へ。
そのまま金属矢はカランという音とともに床へ落下した。
それを見て麦野があざ笑う。
麦野「この期に及んで急所を狙わないなんて、まさかテメェ……人も殺したことがないとかいう処女発言するつもりじゃねェだろうなぁ!? アッハッハッ!!」
麦野の周囲に青白い光の玉が複数浮かび上がった。
あれはやばい、と結標は直感する。
青白い光の玉たちは一斉に電子の線となり、結標淡希へ向かってまっすぐ伸びる。
電子線が結標へ到達する前に彼女の姿が消えた。
自身の体をテレポートさせることで麦野のレベル5のチカラを回避したのだ。
モニター室へいるのは麦野とその他倒れている有象無象だけとなった。
―――
――
―
麦野「…………」
麦野は部屋の中を見回した。
結標淡希の姿がないことから、この部屋ではないどこかへ転移して逃げたのだろうと予測する。
それを確認して麦野は特にイラついたり、悔しがるような様子を見せることなかった。
計画通りと言わんばかりの薄ら笑いのまま部屋の外の廊下へと目を向ける。
麦野「滝壺? ちゃんと記録できた?」
滝壺「――問題ない。座標移動(ムーブポイント)のAIM拡散力場の記録は終了した」
麦野の視線の先には滝壺理后がいた。
彼女の様子はいつもと違っている。
ぼーっとして眠たそうにしている彼女の目が、大きく見開いていて瞳には光が灯っていた。
『能力追跡(AIMストーカー)』。一度記録したAIM拡散力場を持つ能力者を、例え地球の裏側に逃げようが捕捉し続ける能力。
それを発揮しているという証拠だ。
滝壺は携帯端末を口に近づける。
滝壺「座標移動は現在この建物の七階廊下西側を移動中。パターンCが有効だと判断する」
端末のスピーカーから了解と二人分の声が聞こえた。
その声を確認した麦野は、
麦野「パターンCね。じゃ、私も所定の位置に移動するかー。浜面? このまま滝壺を車のところまで護衛して連れていきなさいよ」
浜面「お、おう。わかってるよ」
滝壺の後ろにいた浜面仕上からの返事を聞き、麦野は青白い光の玉を一つ手の中に浮かべてからそれを真下の床へ放った。
玉は一筋の光線となり、床を食い破るように突き刺さる。
麦野の放つ光線は『粒機波形高速砲』という正式名称で、簡単に言うなら障害物を全てぶち抜く電子ビーム砲。
電子線は床貫通してから下の階の床も貫通し、それが地下一階の床まで貫いた。
床は直径五メートルのくらいの大穴を開け、下の階へ簡単に降りられる移動手段となる。
麦野「じゃ、ポイントへ着いたら連絡するからよろしくー」
軽く言って麦野は目の前に空いた大穴を飛び降り、下の階へと移動した。
これから『アイテム』による狩りが始まる。
―――
――
―
上条「――はぁ、はぁ、はぁ」
上条当麻は第一〇学区の街中を走り、目的地である櫻井通信機器開発所の建物が肉眼で見えるくらいの位置まで来ていた。
このペースでいけばあと二、三分でたどり着くだろう。
走りながら施設の建物を眺めていると、
上条「なっ!? なんだあれは!!」
建物の中から夕空に向かって青白い光線が発射されたのが見えた。
サーチライトや花火とかそういうものと違う、禍々しい青白い閃光。
それは一度だけではなく、五秒くらいの間隔で色々な角度で発射されている。
光線はこちら側に向かって伸びてこないことから、建物の向こう側へ放たれていることがわかる。
上条当麻はそれが何かはわからないが、これは能力者が何らかのチカラを使って放っている攻撃なのだと直感的に感じ取った。
そこで思い出したのが、先ほど電話での初春飾利との会話。
結標淡希を狙う暗部組織がいるかもしれない。
上条(まさか、あのビームみてえなのが発射されている先に結標が……?)
この推測が当たっているのなら建物の向こう側へ行けば結標に会えるかもしれない。
そうすれば上条にとっての第一目標が達成される。
だが上条の視線はそちらではなく、青白い光線が発射地点に向いていた。
あの光線の射程がそのまま光の線の長さだとするなら、それは数百メートルどころかキロ単位はあるように見える。
建物から様々な角度で発射されているところから、建物の下の階の方から壁や天井をぶち抜いて外へ飛び出しているということになる。
つまり、人間があの光線に命中してしまったらただでは済まない威力だということだ。
だから上条は、結標がいるだろう方向ではなく光線が発射地点がある方向へと駆け出す。
結標淡希に危機が訪れているかもしれない。その危機を取り除くことが出来るかもしれない。
そんな不確定な可能性だけでも、上条当麻が動くための理由としては十分なものだった。
―――
――
―
麦野沈利は施設の一階にあるロビーのようなところにいた。
来客が待ち合いの為に座るようなソファに腰掛けながら、片手に携帯端末を持って耳に当てている。
携帯端末から滝壺の声が聞こえてきた。
滝壺『――のポイントに砲撃』
麦野「りょーかい」
軽く返事をして麦野は斜め上の方向へ手をかざす。
掌から青白い電子線が一直線に発射された。
発射されてから五秒後くらいに、また携帯端末から滝壺の声が聞こえる。
滝壺『予定通り座標移動はポイントαに向けて移動中。あと三回の砲撃で到達する予定』
彼女たち『アイテム』が今行っているのは、結標淡希を生かして捕獲するための作戦の一つだ。
麦野の役割は誘導。
滝壺が能力追跡で敵を捕捉し、ターゲットである結標を目的地のポイントへ移動させるために、適切な位置へ砲撃して誘導するというもの。
結標はテレポートを使用して間の障害物を無視して立体的に移動する。
それを利用して彼女に移動して欲しい方向とは逆の位置へわざと外すように砲撃して移動させるという具合だ。
誘導先のポイントαには絹旗、ポイントβにはフレンダが待ち受けている。
そこに誘われた結標を各ポイントにいる彼女たちが、それぞれ持っている手段で結標を捕縛するという作戦だ。
α・βと並んでいることからわかるように、絹旗が失敗した場合の予備プランとしてフレンダは待機している。
今回の作戦、超能力者(レベル5)である麦野が誘導というサポートに徹しているのは理由がある。
麦野の能力『原子崩し(メルトダウナー)』は、人を殺したり物を破壊したりすることに関しては最強格のチカラだ。
しかし、今回のようなターゲットを生かしたまま捕獲するという条件が付いてしまうと、途端にこのチカラは使いづらいものとなってしまう。
この能力は出力が大きい分正確な位置を狙って狙撃するような器用なことをするのが難しい。
結標はテレポートという回避や逃げることに関しては最高位のチカラを持っている。
そんな相手をこの原子崩しで手足を奪って捕獲、なんてことをするのは困難なことだ。
一応、今回の命令は『死んでいても脳髄と脊髄が無事ならセーフ』みたいな感じなのだが、麦野のチカラではそれすらあっさり破壊してしまうかもしれない。
そうなった場合は任務失敗どころか、違約金を取られて一方的にこちらが損する状況になってもおかしくない。
だがら麦野は、今回の作戦のメインを絹旗とフレンダに任せることを決めた。
滝壺『――きぬはた。次の砲撃後、約三〇秒後に結標がポイントαに到達する予定。準備して』
絹旗『了解です。任せてください、私のところで超決めてやりますよ』
フレンダ『気楽にやっちゃってくれていいよ絹旗。後ろには私が控えてるから安心して失敗してくれればいいって訳よ』
絹旗『フレンダでは超失敗しそうなんで、そういうわけにはいきませんね』
フレンダ『にゃにぃー!?』
麦野「はいはい仕事中にペチャクチャ余計なこと喋らない。さて、最後の砲撃行くわよー?」
そう言って麦野は滝壺に指定されたポイントへ向けて粒機波形高速砲を放った。
三〇秒後、結標淡希と絹旗最愛の戦いが始まるだろう。
―――
――
―
櫻井通信機器開発所の一号棟と二号棟をつなぐ搬入通路。
長さは一〇〇メートルくらいあり、巨大な機材を運ぶ用途で作られた通路なのか道幅は八、九メートルほどある。
機密のためか四方はコンクリートの壁で覆われており、窓一つない空間だ。
今は搬入という用途で使われていないのか、通路のあちこちに使われていない機材や備品、書類などが詰められたダンボールなどが転がっていた。
そんな通路の物陰に絹旗最愛が片膝をついて隠れていた。
ここはアイテムが指定したポイントα。絹旗が結標と交戦しここで捕獲すると決めたポイントの一つだ。
通信により麦野が最後の砲撃をしたことは確認している。
あと数十秒くらいで結標淡希がこの場を通るはずだ。
絹旗(……早く来てくれませんかねー? こっちとしては早くやりたくて超うずうずしているんですが)
そんなことを考えていると、通路の入口の方向から足音が聞こえてきた。
足音の数は一つ。足音の大きさとターゲットはスニーカーを履いていたという麦野からもらった情報から、結標淡希だと断定する。
絹旗(さて、やるとしますか……)
絹旗はポケットからテニスボール大の機械で出来た球体を取り出した。
結標の足音が近付いてくる。物陰を挟んで向こう側に来た。
絹旗(――今だッ!)
絹旗は球体の中心部にあるボタンを押し、結標が通るであろう場所へそれを転がした。
そして球体の進行方向上に現れた。結標淡希が。
―――
――
―
結標「何っ!?」
突然地面を転がってきた球体を見て結標の表情が強ばる。
その形から結標は手榴弾のような爆発物を警戒した。もしそうなら一秒もしないうちに爆発するかもしれない。
このタイミングで自身のテレポートでの回避は間に合わない、そう判断した結標は腕を交差させ、上半身を守りながら無理やり後ろへ飛んだ。
しかし、
爆発などしなかった。
代わりに球体からキイィン、という甲高い音が通路に鳴り響いた。
例えるなら黒板を引っ掻いた音を無理やり高音にしたような不快な音。
結標(……? 何よのこの変な音は? 爆弾じゃなかったわけ?)
何が起こっているのか理解できず、混乱する結標に凄まじい速度で接近する影が一つ。
絹旗「残念、その判断は超失敗ですよ!」
絹旗最愛。丈の短いニットのワンピースを着た中学生くらいの少女が。
身をかがめながら拳を握りしめて、結標に突進するように近付く。
結標「ッ、今度は誰よ!?」
結標の反射神経はそれに反応することが出来た。
自身をテレポートすることによってこの少女の接近を回避することができるだろう。
彼女は頭の中でテレポートするための演算式を――
結標「――えっ!?」
立てられない。
あまりにも予想外の状況で結標の動きが止まる。
絹旗はその隙を決して見逃さない。
握りしめた拳に自分のスピードと体重を乗せて、結標淡希の腹部へ突き刺した。
結標「あっ、がァ……!?」
強力な一撃で結標の体がくの字型になって後方へ吹き飛んだ。
そのまま彼女は通路の床を転がり、積み上げらたダンボールの山へ体ごと突っ込んだ。
ダンボールの山は雪崩が起きるように崩れ去って結標の体に降りかかる。
絹旗「そこそこ鍛えているみたいですね。腹をそのまま突き破れると超思ったんですけど。まあ、これで気絶してくれていると超助かるんですが」
絹旗はダンボールが散乱した場所へと歩いて近付く。
集まって出来た小さなダンボールの塊が崩れた。
結標「ごほっ、ごほぉっ、おぇ、うっ!?」
結標淡希が胃の中の物を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
それを見て絹旗は舌打ちをする。
絹旗「やっぱり素直に顎を狙って脳みそ超揺らして意識奪ったほうがよかったでしょうか?」
結標「はぁ、はぁ、貴女も、あの麦野とかいう女の仲間ってことで、いいのかしら?」
結標は荒げた息を整えながら問いかける。
その問いに絹旗は目を丸くさせながら、
絹旗「あれ? もしかして私のこと超忘れられちゃってますか? スキー場でのことが道端で挨拶した程度の出来事で超処理されているんですか?」
結標「スキー場? 何を言っているのよ?」
絹旗「……少し超ムカつきましたが、まあいいです。いずれにしろ私のやることは超変わりませんから」
ドンッ、と床を蹴り、一歩で結標との距離を詰める。
右拳を振るう。彼女の次の狙いは結標の下顎。
結標は体を大きく左へ逃がすことでそれを避ける。
回避をされたことを瞬時に理解した絹旗は、離れていく結標の頭部を追い左フックを繰り出す。
結標を右腕を左手で支える形で受ける。右腕からミシリと嫌な音が聞こえた気がした。
結標「う、ぐっ」
結標の体が受けた勢いに押され床へ倒れ込む。
次の一撃に備えなければ、と結標は痛みを堪えながらも絹旗のいる方向に目を向ける。
そこにいたのは、床に倒れ込んでいる結標を狙い、飛び上がりながら右拳を体の後ろへ引いている絹旗だった。
バゴン!! 結標がとっさに体を横に転がしたことで、絹旗の拳は床に突き刺さる。
ひび割れた床を横目で見て、結標全身に冷や汗が流れた。
転がった勢いで結標は中腰気味に立ち上がり、腰のベルトにある軍用懐中電灯を抜く。
鈍器にもなる懐中電灯を両手で握り、床に拳を付けているため低い位置にあった絹旗の頭目掛けてフルスイングする。
ガゴン!!
軍用懐中電灯は絹旗の頭部に直撃した。だが、彼女の体は特にのけぞることもなければ、ダメージを受けている様子もない。
結標「なっ、痛ッ……!?」
むしろダメージを受けているのは、攻撃した結標淡希の方だった。
まるで鉄柱を思い切り殴りつけたような感覚。両手が痺れて震えているのがわかる。
予想外の反撃を受けて動揺している結標へ、絹旗がすぐさまに狙いをつける。。
絹旗は拳を握り、結標の下顎を目掛けてアッパーカットの要領で拳を突き上げた。
結標の顎が空を見る。
投げ出されたようになった彼女は意識を、
結標「――こっ、のぉッ!!」
失わなかった。
結標は絹旗の腹部に前蹴りを繰り出す。
だが、先ほどの軍用懐中電灯での打撃と同じように絹旗にはダメージが入っている様子はない。
結標もそのことは百も承知だった。
そのまま結標は絹旗の腹を壁のようにして、脚力を使って後方へ飛んで距離を取る。
絹旗「……なるほど、なかなかやりますね。とっさに私の拳を超避けていたとは、大した体捌きです」
絹旗の言う通り、結標は先ほどの絹旗の顎への一撃を回避していた。
オーバー気味に体を後方へ仰け反らせることで、拳から逃れていたため意識を奪われるという最悪の結果から逃れたのだ。
結標「貴女の能力……体に何か見えない鎧みたいなものを纏っている、みたいな感じかしら? 肉体強化なら私の攻撃に傷一つ付かないなんておかしいもの」
絹旗「私の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』のことまで超忘れられているなんて、私の影も随分と薄くなったものです」
『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。
空気中の窒素を操る能力で、それは鉄板を拳で叩き割るような破壊力や銃弾をも通さない窒素の壁による防御力を再現できる出力を持つ。
射程は体表面から数センチほどしかないという欠点はあるが、それを補って余りある攻防一体の強力なチカラだ。
まあいいか、と絹旗が続ける。
絹旗「さっきからお得意の空間移動(テレポート)を超使っていないようですけど、身体の調子でも悪いんでしょうか?」
結標「…………」
たしかに彼女の言う通り、結標はこの攻防で自身の転移はおろか物質を転移させるということすら行っていなかった。
結標は能力を使わなかったわけでもなく使いたくなかったわけでもない。使いたくても使えない状況にあったのだ。
なぜか。
結標(何なのよこの妙な感覚は? まるで目隠しでもされたかのような、五感のうちの一つが失われたような感覚は?)
結標はその妙な感覚のせいで能力を使うことができなくなっていた。
演算が出来ない。例えるなら電卓から数字のキーを抜かれたような。
何か致命的なモノを奪われた感覚に、結標は陥ってしまっている。
結標はふと、あることを思い出した。絹旗との戦闘が始まる前に起こったことだ。
まるで開戦の狼煙を上げるかのように奇妙な音を発した機械製の球体があった。
思えばあのときからだ。自分が能力を使えなくなったのは。
結標「……まさか」
地面に転がっている球体に目を向ける。
その様子を見て、絹旗は小さく笑う。
絹旗「さすがに超気づきましたか? あなたが能力を超使えなくなったのはあれのせいですよ」
そう言って絹旗は地面を蹴り結標に突っ込む。左右の拳による連打を結標に向けて放つ。
結標はそれを紙一重のところで避けたり、受け流したりし、何とか直撃を免れる。
絹旗「あの球体は『空間認識阻害(テレポーターキラー)』と言いまして、簡単に言うなら空間移動能力者(テレポーター)の持つ突出した空間認識能力を一時的に奪うジャミング装置ですよ」
乱打を止めずに絹旗は話を続ける。
絹旗「テレポーターっていうのは普通の人間とは違う空間認識能力を持っているみたいで、それを特殊な音波を聴覚から脳に流すことによって麻痺させ、能力を超使えなくなるという仕組みです」
絹旗「厳密には能力が使えなくなるというわけではなく、演算式を立てるために必要な物質の位置情報がわからなくなるというだけなんですが」
だけとは言うが、結標はこれが絶望的な状況だとすぐに理解した。
テレポートを実行するためには空間内のどこに何があるかという情報は必須だ。
それがなければ物を正確な位置へ飛ばすどころか狙った物を飛ばすことすら出来ないし、自分自身を転移させた場合自分の身体が壁や床の中に転移するという事故が起きてしまう可能性が高い。
後者に関しては自分も過去に一度経験があるため、絶対に避けたいことだと心の底から思っている。
つまり、結標は今絶体絶命な状況にある、ということだ。
しかし、結標はあることに気付く。
それはさきほど言っていた絹旗の言葉の中にあったものだ。
結標「でも、この状況は長時間続かないんじゃないかしら?」
絹旗最愛は先ほど『空間認識能力を一時的に奪う』と言った。
そもそも能力者の能力を奪ったり、制限をかけるような装置はそれだけ電力が必要となる。
少年院などに使われているAIMジャマーのような装置だって、莫大な電力を消費して効力を発揮している。
それは今回絹旗が使ったものも同様だと結標は推測した。
テニスボールくらい小さな球体の中にあるバッテリーが、それを長時間実行し続けるほどの電力を蓄えているとは思えなかった。
結標の核心を付いた発言に、絹旗は拳を引っ込め、にやりと笑みを浮かべる。
絹旗「ええ、たしかのその通りです。技術班からの話によると長くても一分間の効力しかないそうですよ。ちなみにあれを使って今五〇秒くらい経ちましたので、そろそろ音が超鳴り止むことでしょう。けれど――」
音が鳴り止むということは結標の空間認識能力が戻ってくるということ。
すなわち能力を自由に使うことが出来るということになる。
絹旗にとってそれは避けなければ行けない状況だ。
だが、彼女は不気味な笑みをやめることはなかった。
絹旗は懐から何かを取り出す。
絹旗「弱点が超わかっているというのに、私がそれをそのまま放っておくような超馬鹿な女に見えますか!?」
手に持っているのは機械で出来たテニスボール大の球体。
『空間認識阻害(テレポーターキラー)』。
再び恐怖が現れ、結標淡希の身体にゾッと悪寒が走る。
絹旗「効力が切れて能力で超逃げられる前に、もう一度これを起動すれば、楽しい楽しい一分間の延長戦の始まりですよッ!!」
絹旗が装置を起動しようと動く。結標淡希は脳みそフル回転させて考える。
能力は今現在使えない。
軍用懐中電灯で彼女を殴っても通じない。
その他体術を使っても彼女には通用しないだろう。
だからこそ、結標は今自分がやるべきことが明確にわかった。
結標「――させないッ!!」
結標淡希は軍用懐中電灯を絹旗の目先に向けた。
軍用懐中電灯は鈍器としても使用できる懐中電灯。
本来の用途は。
強力な光の点灯による『目眩まし』。
―――
――
―
カッ!! 絹旗の視界に閃光が走った。
絹旗「なっ!?」
とっさのことに絹旗は空いた腕で目を覆って光から守る。
わずかに遅かったのか視界の色が白一色に染まった。
そんな状況だが絹旗は冷静だった。
絹旗「目が見えなくてもこれを起動するくらいは超出来ますよ!」
絹旗は手の中にある球体のスイッチを押す。
キイィン、という不快な高音が鳴り響く。
これで再び結標は能力の使えない一分間を過ごすことになるだろう。
ガキン、ガキン!!
その音は即座に鳴り止んだ。
金属と金属が擦り合うような音を上げてから。
絹旗「い、一体何が――」
奪われた視力が回復してきた絹旗は、真っ先に自分の手の中にある球体へと目を向ける。
そこにあった球体はただの球体ではなくなっていた。
二本のボルトが突き刺さり、機能の停止した鉄屑が手のひらに転がっているの見て、絹旗は目を大きく見開かせる。
絹旗「これはもしかしてテレポートによる物質の転移ッ!? 馬鹿なッ!! 一度目のジャミングも超残っていたはずなのになぜッ!?」
驚愕の表情のまま絹旗は目の前にいる結標の方を見る。
絹旗「ッ――!?」
絹旗は目を大きく見開かせる。
結標淡希は両人差し指を両耳に突っ込んで耳をふさぎ、口に軍用懐中電灯の底の部分を咥えているという奇妙な格好をしていた。
至って単純な対策だ。聴覚から脳へ働くジャミングならその聴覚を断てばいい。
そんな安っぽい手で学園都市の技術を使った最新鋭の兵器が破られたのだ。
結標は軍用懐中電灯を咥えたままニヤリと笑い、首ごと軍用懐中電灯を横振りする。
トン、という肉を断つような音が、絹旗の体から鳴った。
左肩、右横腹、右太腿。その三箇所には先ほどの絹旗の持っていた武器を破壊したものと同じ種類のボルトが、肉体を押しのけるように突き刺さっていた。
絹旗「あぐぁ……!?」
テレポートによる物質の転移。
転移先の物質を押しのけて出現するという性質があるため、どんな強度があるものでもそれを無視することが出来る強力な矛。
それは窒素装甲という鉄壁の鎧に対しても同じことであった。
鋭い痛みが走り、絹旗はその場にひざまずく。
それを見て結標は耳穴をふさいでいた指を抜き、咥えていた軍用懐中電灯を手に取った。
結標「勝負ありね」
絹旗「なっ……!」
結標「これ以上どうにかしようとか別に思っていないから、安心してそこで休んでいるといいわ」
絹旗「……ふざけているんですか……! 私がこの程度で超戦えなくなるような貧弱な雑魚だと本気で思っているんですか?」
絹旗は獣のような獰猛な瞳で結標を見上げる。
だが、結標は特に気にする様子もなく絹旗の横を通り過ぎていった。
瞬間、絹旗は頭の中の血液が全て沸騰したかと思うくらい、怒りの感情が爆発する。
絹旗「舐めてンじゃねェよッ!! このクソアマがァ!!」
咆哮とともに絹旗は近くに置いていたデスクの足を掴む。
それを結標淡希が歩いている後方へ向けて、身体中に走っていた痛みも忘れ全力で投げ飛ばした。
五〇キログラムほどの物体が、砲弾のような速度で結標の背中へ向かう。
結標「…………」
シュン、と結標は特に後ろを見ることもなく、テレポートをして姿を消した。
目標を失ったデスクがそのまま先に置いてあった機材へと激突し、部品がバラバラに散らばった。
絹旗は脱力して床に座り込む。
絹旗「……はぁ、これは私の超負けってことですか?」
ため息交じりに呟く。
絹旗「やっぱり敗因は、初撃で顎を超狙わなかったせいですかねー」
一人反省会を開きながら絹旗は、懐から携帯端末を取り出す。
他のアイテムのメンバーに現状を報告するために電話口へ喋りかける。
絹旗「えー、こちら絹旗。すみません、超失敗しちゃいました」
―――
――
―
上条当麻は何故かフェンスに開いていた大穴をくぐって、櫻井通信機器開発所の敷地内へと入っていた。
あとは何故かぶち破られているドアから建物の中に入るだけだ。
しかし、上条は建物の中に入れず、物陰に隠れているという状況にあった。
上条(……クソっ、あと少しで中に入れるっていうのによ)
建物の周りにはいかにもな男たちが周辺を警戒していた。
その手には拳銃が握られており、あの中を強行突破しようとしても上条当麻では逆立ちしたって無事ではいられないだろう。
上条(さっき建物の中から茶髪のチンピラみてえなヤツとジャージ着た女の子が出てきたけど、たぶんあいつらのことだよな? 結標を狙っている暗部組織って)
その二人は周りにいた男たちを数人引き連れてどこかへ歩いて消えていった。
おそらくあの二人は、というより厳密に言うと女の子のほうがあの男たちの上司か何かに当たる人なのだろう。
女の子のほうにだけ男たちはペコペコと頭を下げていたのを見ていた上条は、勝手にそう予想した。
上条(……というかさっきの二人どっかで見たことあるような気がしないでもないような)
上条はしばらくぼーっとそんなことを考えたあと、首を振ってその考えを飛ばす。
今はこんなことを考えている場合じゃねえだろ、と再び建物の周りにいる男たちの方へ目を向ける。
上条(全然あの場から動こうとする様子が見られねえな。このまま待っててもジリ貧だろうし、どっか別の入口探すか?)
この建物はかなり大きい上に二棟が連なっている。
ということは、入り口は複数あってもおかしくはない。
こんなところで隙を伺うくらいなら、別の安全な入り口を探したほうがいいんじゃないか。
そう思って上条は動こうとした時、
上条「……って、あれ?」
突然、建物の周りに立ち入り口を監視していた男たちが一斉にどこかへ向かって歩き始めた。
そのまま男たちが姿を消していき、入り口が完全にガラ空きになったことを確認する。
上条「何かあったのか? みんなで仲良く連れションに行ったわけじゃねえだろうし、もしかして罠かなんかか?」
いろいろ考えて辺りを見回してみたが、特にその罠らしいものは見当たらない。
考えててもしょうがない。こうなったら行き当たりばったりだ。
そう考えて上条当麻は、物陰から飛び出して入り口へ向かって走った。
―――
――
―
麦野は相変わらず施設の一階のロビーで、滝壺の指示通りのポイントに向けて砲撃をしていた。
何度も同じような場所に電子線が発射されているからか、天井にはたくさんの穴が集まるように空いている。
砲撃を続けながら麦野は携帯端末へ話かける。
麦野「アンタが失敗するなんて珍しいわね。さすが座標移動(ムーブポイント)ってところかしら?」
絹旗『完全に私の判断ミスです。超反省しています』
いつもよりワントーン声が低い絹旗のことを気遣っているのか、
フレンダ『大丈夫だってへーきへーき! おかげでボーナスは私のモノって訳だから問題ナシ!』
麦野「へー、もう任務を達成した気でいるなんて随分と余裕じゃないか? しくじるんじゃないわよフレンダ」
フレンダ『任せてよ麦野! 結局、こういう作戦は私のほうが向いているって訳よ』
自信満々のフレンダの声を聞いて麦野はため息をつく。
本当に大丈夫なのか。麦野の中に不安の気持ちはあった。
しかし、彼女はやるときはきっちりやってくれるヤツだということは麦野がよく知っている。
なぜなら彼女も『アイテム』の一員なのだから。
滝壺『フレンダ。三〇秒後にポイントβに到達する。準備はいい?』
滝壺がアナウンスをする。それに対してフレンダはいつもの調子で、
フレンダ『オッケー! さーて、勝負だ座標移動!』
滝壺『了解。むぎのこれが最後。――のポイントに三秒後砲撃』
麦野「はいはい」
軽く返事をして麦野は手を斜め上へとかざす。
この砲撃がフレンダと結標の戦いの開始を知らせるゴングとなるだろう。
麦野の掌から青白い光の玉が発生する。
その瞬間、
何者かの気配がこのロビーへ侵入したことに麦野は気付いた。
麦野「あ?」
だが麦野は特に動揺することもなく予定通り砲撃を放つ。
建物の壁や天井を突き抜けて電子線が一直線に伸びた。
滝壺『予定通り座標移動はポイントβに――ごほっ!?』
滝壺は突然咳き込み言葉を中断させた。
彼女の能力は『体晶』という特殊な薬品を摂取することにより起こる暴走、それによって使用できるチカラだ。
だが、それは彼女の身体に大きな負担がかかるというデメリットがある。
それを知っている麦野は、
麦野「滝壺。もういいわ。あとは適当に休んどきなさい」
滝壺『でも』
麦野「これが最後の仕事じゃないのよ? だから、こんなところで潰れてもらっては困るのよ。わかる?」
滝壺『……うん。わかった』
滝壺の了承の返事を聞いて、麦野は端末のマイクを切って懐にしまう。
麦野の目はロビーの入り口のある方向へ向いた。
麦野「さて、待たせたわね。見たところここの職員でも警備会社のヤツでもないみたいだけど、あなたは一体何者かしら?」
麦野の視線の先には一人の少年が立っていた。
ツンツンした短い黒髪を頭に生やした少年。それ以外これと言った特徴はない。
こちらをじっと見つめてくるその瞳からは、明らかな怒りのような感情が感じられる。
少年の口が開く。
上条「……上条、いやそんな名前なんて名乗ったところで意味ねえよな」
上条と名乗る少年は続ける。
上条「テメェだな。さっきからビームみてえなのをバカスカ撃ってやがるヤツは」
麦野「はぁ? ビームだぁ? あれは『粒機波形高速砲』っていう正式名称があるのよ? そんなダセェ名前で呼ぶのはやめてもらってもいいかしら?」
上条「名前なんてどうでもいいんだよ!」
上条はバッサリと切り捨てる。
上条「テメェはそのチカラを使って一体誰を攻撃してんだよ?」
麦野「別に。適当に壁に撃って遊んでいただけよ?」
上条「とぼけてんじゃねえよ!! テメェら結標のことを狙ってやがる組織とかいうヤツの一員だろ!? あのチカラの矛先は結標に向けられていたんじゃねえのか!?」
上条の口から結標淡希の名前が出てきて、麦野は眉をピクリと動かした。
こいつは結標淡希のことを知っているし、結標淡希がターゲットとなって狙われているという事実を知っている。
そして、その現場にこうして現れて麦野の前に立ちはだかっている。
このことから同じ暗部組織の人間か、と思った。が、あんな善人臭いガキが暗部の人間か? という疑問が浮かんだ。
麦野「……アンタ、座標移動と知り合い?」
上条「友達だよ」
即答した。
暗部の世界には全く似つかわしくない言葉が出てきたことに麦野は笑いをこぼす。
麦野「友達、ふふっ、友達かー、くふっ、友達ねー」
上条「何がおかしいんだよ?」
麦野「別に何でもないわよ。ところでその座標移動とお友達の上条君は、こんな場所に一体何しに来たのかにゃーん?」
麦野の逆撫でするような問いかけに、上条は眉をひそめながら答える。
上条「最初俺は結標に会うためにここに来た。けど、いざここにたどり着くと結標を傷つけようとしているヤツらがここにいるってわかった」
上条「だから、俺がそいつらぶっ飛ばして止めてやらなきゃって決めたんだ。結標と会うのはそれからでも遅くはねえはずだ」
上条の言葉に嘘や偽りなどない本心の言葉だということを麦野は理解した。
だからこそ麦野は再び笑みをこぼす。
麦野「つまり、私をぶっ飛すことで座標移動を守れると思って、アンタはこの場に立っているってことでいいかしら?」
上条「ああ、そうだ」
麦野「だったらそれは間違いよ」
麦野は即座に否定する。
麦野「私の仕事は座標移動をある地点に誘導すること。実際にアンタの言う傷つけるような行いをするのは、その地点で待機している捕獲係のヤツよ」
上条「何だと?」
麦野「その目的を果たすためには捕獲係がいる地点に行かないといけない。つまり、アンタは無駄足を踏んでいるってことよ。おマヌケさん?」
ぐっ、と上条は焦る様子を見せた。
それを見た麦野は、
麦野「教えてあげましょうか? その捕獲係がいる地点」
上条「なっ」
麦野「二号棟の地下から外へ出る時に使う非常通路。そこが私たちが座標移動を捕獲するためのポイントとしている場所よ」
上条はきょとんとした表情で麦野に問う。
上条「な、何でそんなことを俺に教えてくれるんだよお前」
麦野「何で、か。そんなの決まっているじゃない。だって――」
麦野はブチブチと引き裂くような笑顔を浮かべた。
麦野「そうしねえと場所がわかってても絶対にたどり着けないことを理解して浮かべる、テメェの絶望に満ちた表情が見られねえじゃねえかッ!!」
―――
――
―
青白い光の玉が複数、麦野の体の周辺に現れた。
上条当麻はその光に見覚えがあった。先ほどから研究施設から空に向けて放たれていた光線。
それが今、自分に向かって放たれようとしている。
麦野「てかそもそも今から現場に向かったところでもう間に合いはしねえんだ!! ここに来た時点でテメェはもうゲームオーバーなんだよ!!」
麦野から複数の電子線が発射される。
『粒機波形高速砲』。
一人の人間を破壊するだけなら十分過ぎる威力を持つ、圧倒的なチカラが、複数。
上条「ッ!?」
上条は反射的に横へ飛んだ。電子線が上条がいた場所を的確に通過する。
着地点に置いてあった四人がけのソファに激突して、ソファごと上条は床に倒れ込んだ。
追うように、麦野は再び電子線を複数放つ。
それに気付いた上条は、不安定な体勢から無理やり前転するように移動して着弾地点から逃げる。
だが、その行動は麦野沈利に読まれていた。
いつの間にか上条の目の前に彼女が立ちふさがっていたのだ。
麦野「ほらほら、どうしたッ!? もっと楽しませてみろよクソガキィ!!」
位置が下がっていた上条の顔面に麦野の靴が突き刺さった。
上条「ぐがッ……!?」
強力な蹴りを受け、上条の体は二メートルほど宙に投げ出され、勢いのまま壁に背中から叩きつけられた。
頭部と背中に意識が飛びそうなほどの痛みが走る。吐き気と目眩が頭と意識をぐらつかせる。
だが、ここで倒れるわけにはいかない。体にムチを打ち、ふらつかせながら上条はゆっくりと立ち上がる。
その様子を見て麦野はつまらなそうに右手をかざす。
掌からは青白い光の玉が現れる。
麦野「見たところ何の能力のも持たないただの無能力者(レベル0)ってとこかしら? そんなのでよく超能力者(レベル5)第四位である私に楯突こうと思えたわね」
麦野の見下した言葉を受けても上条は特に反応ない。
ぜぇぜぇと呼吸を整えているだけだった。
麦野「チッ、つまんねえ。大人しく死んでなさい」
そう言って麦野は電子線を上条へ放った。
一秒もしないうちにそれは少年の元へたどり着き、ただの肉塊に変えてしまうだろう。
しかし、その驚異は上条当麻を破壊することはなかった。
バキン!
上条当麻の右手。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。
どんな異能なチカラも触れるだけで打ち消してしまう上条の持つチカラ。
それが麦野の原子崩し(メルトダウナー)を消し去ったからだ。
麦野「は?」
予想外の状況に麦野の表情に困惑が見えた。
過去に麦野のチカラを受け流すことができる能力者はいた。
それは自分と根っこが同じの同系統かつ同等のチカラを持つ能力者だから出来た行為だ。
過去に麦野のチカラを跳ね返すことができる能力者はいた。
そいつは学園都市最強のチカラを持つ能力者だから出来た行為だ。
しかし、このチカラが直撃しても打ち消されるという現象にまだ麦野は出会ったことがなかった。
上条「……たしかにテメェの言う通りかもしれねえよ。今からアイツのところに向かったところでもう手遅れなのかもしれない」
麦野を睨みつけながら、上条は一歩一歩前へ歩みを進めていく。
上条「けど、それはテメェが勝手に言っているだけの想像に過ぎねえ。だってそうだろ? 本当はどっちが正解かなんて実際に行ってみなきゃわからねえんだからな」
結標淡希ならきっと困難を乗り越えてくれる。
上条はそれを信じている。だからこそ、彼は何をしなければいけないのかを理解した。
上条「だったらな、邪魔するテメェをぶっ飛ばして結標のところに行く。それ以外の方法なんて思いつくわけねえだろ!!」
上条は床を蹴り、麦野へ向かって飛び出した。
歯を食いしばる。右拳を握る。
迷っている時間などない。こんなところで立ち惚けていい時間なんて一秒たりとも残されていないのだから。
―――
――
―
櫻井通信機器開発所の二号棟に爆発音が鳴り響く。
一度だけではない。何度も何度も、花火大会の花火の打ち上がるような頻度で。
フレンダ(ふっふっふっ、いい子いい子。ちゃーんと私の思惑通り動いてくれて大助かりって訳よ)
フレンダは二号棟の地下にある非常用の出口に繋がる通路にいた。
このような大きな施設には避難のときに使われる通路は複数あり、この地下通路もその一つだった。
地下だからかあちこちに人間が丸まれば入りそうな太いパイプが張り巡らされており、かくれんぼをすれば鬼が泣いて家に帰るくらい暗くて入り組んでいる。
そんな通路の道沿いにあるパイプの後ろに隠れ、フレンダはポータルテレビを見ながら携帯端末を操作していた。
ポータルテレビに映っているのはフレンダがこの施設内に仕掛けた監視カメラの映像。
安物で画質は悪いがその場所の状況を見るだけなら十分な性能のものだ。
その映像に映っているのはもちろん、ターゲットである結標淡希の姿。
フレンダ(ん? ちょっとルート外れようとしてるなー)
結標がT字路の通路を左に曲がったのを見てフレンダは眉をひそめた。
すかさずフレンダは手に持つ携帯端末を操作する。
ドゴォン!!
再び二号棟に爆発音が鳴り響く。
すると、監視カメラに先ほどのT字路に戻って来てもう一つの道へと走る結標の姿が映った。
フレンダがやっているのは麦野のような誘導。
監視カメラで逐一結標の動向を探り、自分の決めている道筋から外れようとしたときに、その先に仕掛けた爆弾を爆破して道を塞いで誘導する。
それだけをしていた場合、頭のキレる者なら誘導されていると気付くかもしれないが、フレンダにはその点は抜かりはなかった。
正規の通路にも先ほど使ったような遠隔操作型の爆弾はもちろん、センサー式の自動爆弾を仕掛けており、それらを逐一爆破させることでカモフラージュさせている。
今回の彼女たちの任務は結標淡希を生きて回収することだ。
そのため今回使用している爆弾は威力は抑えられており、爆風が体に少しだけ掠るように設置場所にもこだわっている。
フレンダ(ま、でも結局こんな面倒臭い設定しなくても、座標移動なら全力で殺しに行っても突破されそうな気はする訳なんだけどねー)
ポータルテレビを見て携帯端末を操作する。そんな作業をしながらフレンダはあることを考えていた。
それは座標移動、結標淡希のことだ。
アイテムのメンバーの中で、フレンダは結標本人と比較的に接点がある方だった。
フレンダ(最初に会ったのは、クリスマスのとき浜面と一緒にケーキを買いに行ったときだったっけ?)
去年のクリスマスイブの時にアイテムはクリスマスパーティーを開催した。
女四人と奴隷一人という寂しいパーティーだったがそれなりに楽しかった記憶がある。
そのとき『よく見たらケーキがないじゃん』という麦野の言葉で、誰かと浜面がケーキを買いに行くという展開になった。
ジャンケンに負けたフレンダは罰ゲームとして、浜面仕上と一緒にケーキ屋にクリスマスケーキを買いに行った。
そのケーキ屋で売り子のバイトをしていたのが結標淡希、彼女だった。
ミニスカサンタ服という寒そうなコスプレをしていた姿を思い出す。
あのときは同行していた浜面の知り合いということで適当に挨拶を交わして終わり。そんな感じだったような気がする。
フレンダ(次に会ったのがスキー場での雪合戦大会のときかな?)
今年の一月月初、一般的な学生からしたら冬休みという時期にアイテムは『第二〇学区にあるスキー場で開催される雪合戦大会に出場しろ』という依頼を受けていた。
そのとき結標は、学園都市の最強の超能力者(レベル5)一方通行と、アイテムと同等の暗部組織グループのリーダーである土御門という少年と組んで、同じ大会に出場していた。
初めて彼女と会ったときは、彼女が座標移動(ムーブポイント)という強力なチカラを持っていることは知らなかった。
だからこそ、フレンダは初めて結標の能力を見たときは恐怖のようなものを覚えていたと記憶していた。
結局、アイテムチームと一方通行チームが準決勝で当たって、いろいろあってアイテムチームは敗北。
まあ、勝つことが目的ではなかったとは言え、少し悔しい思いをしたな、とフレンダは思い出す。
フレンダ(で、最後に会ったのが焼き芋大会のとき、か)
三月の中旬頃、今から三週間くらい前の話。
フレンダは町内会主催の焼き芋大会へ妹のフレメアと一緒に焼き芋大会に参加していた。
そのときにもフレンダは結標と出会っていた。
彼女は先ほども名前が出た一方通行と、打ち止めと呼ばれる少女と一緒に来ていた。
一方通行曰く、来られなくなった主催側の人の代理で来たとかそんなことを言っていた。
今まで挨拶程度の付き合いでしかなかったフレンダと結標。
初めてそこでまともな会話らしい会話をしたような気がしていた。
そこでフレンダが抱いた結標に対する感想は、料理センスがおかしい以外至って普通の善人だ、というものだった。
それだけに、フレンダがこの裏の世界で結標淡希の敵として立ちはだかっている状況に、少し寂しさのような感情を抱いていた。
フレンダ(何で今さらこんな汚い世界に堕ちてきたのか知らないけど、まあ私からしたらそんな事情知ったこっちゃないって訳なんだけどね)
フレンダはポータルテレビに映る監視映像を確認する。
そろそろか、そう呟いてフレンダは座っていた状態から中腰の状態へと移行した。
フレンダ(ここから先は一本道。あの速さだとあと二〇秒くらいでポイントに到達、ってところかな)
フレンダはスカートの中からリモコンを取り出す。
このリモコンは、目の前にあるパイプ管を挟んだ向こう側の通路に設置してある爆弾と繋がっているもの。
専用のリモコンを使用している理由は、絶対に間違えるわけにはいかないため、携帯端末での制御から切り離しているからだ。
あの爆弾はもちろんフレンダが自らの手で設定した特別製だ。
爆発の指向性を調整してあり、普通の人間が適切な位置で爆発を受ければ両足が吹き飛ぶような調整をしている。
ただ、この適切な位置というのが曲者で、爆発のタイミングが早すぎたり遅すぎたりすれば、威力が足りずに火傷程度で終わってしまうかもしれない。
だからこそ、フレンダはこうやって直接目視できる位置に待機して、爆破スイッチを握っているのだ。
フレンダの狙いはこうだ。
専用の爆弾で結標の両足を奪うことで移動手段をなくす。
しかし、彼女にはテレポートという移動手段がまだ残っている。が、問題なし。
空間移動能力者は少し動揺しただけで、まともに演算が出来なくなってしまうなんて話は、暗部の世界では常識だ。
両足を失うということは、今まで味わったことのないほどの激痛を味わうということでもある。
そんな状態で平然と思考できる人間などいるわけがない。
仮に足を失ったことによる痛みでショック死した場合でも、フレンダは問題ないと思っている。
傷ついているのは脚部だけなので、傷つけるなと言われている脳髄と脊髄を傷つける確率はほぼゼロ。
我ながら完璧な作戦だ、とフレンダは笑みを浮かべる。
フレンダ(さて、そろそろターゲットがここを通る時間ね……)
物陰に息を潜めるように隠れ、フレンダはリモコンを構える。
足音が聞こえてきた。すぐそこに結標が来ている。
そして、
フレンダの視界に結標淡希の姿映った。
フレンダ(――今だッ!)
フレンダは手元にある爆破スイッチを持つ指に力を入れようとする。
しかし、彼女の顔を見た瞬間、
『結標さんもまた……いや、もしかしたらもう会うことはないかもしれないね』
『何で? きっと会えるわよ。学園都市はそんなに広くないわ』
『……そうだね。それじゃ、また会おうね』
フレンダの脳裏に浮かんだのは過去にあった結標との会話。
一瞬、彼女の動きが硬直した。
フレンダ「――はっ、しまっ」
とっさにフレンダはリモコンのスイッチを押す。
ドガン!! という音とともに通路に爆風が広がった。
―――
――
―
フレンダ「……はぁ、はぁ、ま、間に合った?」
フレンダが爆風から目を腕でかばいながら辺りを見回す。
爆煙に埋め尽くされて通路が今どうなっているのかが見えない。
予定通りなら、煙が晴れると両足を失い地面に這いつくばっている結標淡希の姿が現れるはずだ。
だが、現実はそうではなかった。
フレンダ「…………」
煙が晴れた爆心地には爆発の炎で黒焦げた床しか目に映らなかった。
人一人どころか物一つすら落ちていない。
フレンダ「……はあ、やっちゃった」
フレンダは体中の力が抜けて地面にへたり込んだ。
ぼーっと何もない空間を眺めながらフレンダは後悔の念に駆られていた。
フレンダ(結局、いくら偶然だったとはいえ、表の世界で不用意に彼女と接触してしまったことが失敗だったって訳よ。あーあ、ほんと何やってんだろ私……)
フレンダは懐から携帯端末を取り出してミュートを解除する。
フレンダ「えっと、こちらフレンダ。ごめん、失敗しちゃった」
フレンダの言葉に返事はなかった。
全員の回線がオープンになっていることから聞いていないわけではないだろう。
ただ、その事実を受け入れられないだけなのかもしれない。自分たちは任務を失敗したという事実を。
そんな中、口を開いたのは滝壺理后だった。
滝壺『大丈夫だよフレンダ。私が能力追跡を使えば座標移動を追うことが出来る。まだチャンスは残っているよ』
たしかに滝壺のチカラを使えば、例え学園都市の外へ結標が逃げようとその後を追跡することが出来る。
しかしフレンダはその提案を素直に飲むことが出来なかった。
フレンダ「で、でも滝壺。アンタ今日はもう身体が……!」
滝壺『問題ないよ。少し休んだら楽になったから』
嘘だ。フレンダは彼女の声色でそう感じた。
絹旗『しかし、再追跡するとしても作戦は超必要ですよね? ただいたずらに座標移動を追ってもこちらが超消耗するばかりで得策とは言えませんよ』
絹旗が話に割って入る。
彼女の言う通りテレポートは逃走することに関しては優れた能力だ。
無闇に追いかけても捕まえられる確率は相当低いだろう。
絹旗『そういうわけで麦野? 一度退いてから作戦を立て直すことを超提案します』
アイテムのリーダーは麦野沈利だ。
こういうときに皆の行動指針を決めるのは彼女の仕事。
アイテム全員が麦野の判断を待つ。
しかし、
滝壺『……むぎの?』
麦野沈利からの言葉はなかった。通信回線はたしかに繋がっている
なのに、なぜか彼女からの言葉は一向に流れない。
この状況にフレンダは恐る恐ると喋り始める。
フレンダ「も、もしかして麦野の身に何かあったんじゃ……?」
麦野が超能力者(レベル5)の第四位という強力なチカラを持つ能力者だということは誰もが知っている。
そんなことありえないだろうという考えがまず最初に浮かぶ。
しかし、この麦野からの返答がない異常な状況。
放っておくことができない状況だということは全員が理解できる。
絹旗『……こちら絹旗から下部組織へ通達。班を三つに分けろ。一つは一棟の一階ロビーで待機しているはずの麦野のところへ行き状況確認。一つは搬入通路にいる私のところへ。残りは現状のまま周辺を警戒せよ』
絹旗が別の端末で下部組織の人間に指示を出した。
そしてそのままアイテムとの通話に戻る。
絹旗『とにかく一度全員集合しましょう。浜面? 表に車を超回してください』
浜面『りょ、了解!』
絹旗の提案に全員乗り、それぞれ動き出す。
これからどうするかを決めるために。
―――
――
―
黒子「――うっ、これは……」
白井黒子は結標淡希がいるかもしれない場所であり、上条当麻との待ち合わせ場所でもある櫻井通信機器開発所の周辺へとたどり着いていた。
そこはまるで別世界のようだと黒子は顔をしかめる。
敷地内の庭には血と思われる赤い液体が至るところに飛び散っており、建物は焼け焦げた跡や壊されたような跡がところどころに見える。
黒子(十中八九暗部組織と呼ばれる連中の仕業でしょうね。初春の予想は大当たりですの)
黒子は辺りを見回すが上条当麻らしき人物は見当たらない。
状況が状況のため、尻尾巻いて逃げていったのだろうと判断するのが妥当だ。
それなら彼は今、安全地帯で事なきを得ていることだろう。
だが、黒子はその判断を下すことが出来なかった。
黒子(あの類人猿がそんな利口な判断が出来るとは到底思えませんの。絶対あの中に単身で突入などという馬鹿丸出しなことをやっているに決まっていますわ)
黒子は呆れたような表情で、物陰から施設の建物を眺める。
上条当麻があの中に入っていると仮定をした場合、自分はどうするべきか。
白井黒子は風紀委員(ジャッジメント)だ。しかしジャッジメントには怪しいからと言って無断で施設へ突入していいなどという権限はない。
許可もされていないあの建物に入るということは、扱い的にはコソドロとまったく同じになるだろう。
そんな状態で施設に入って職員にでも見つかりなどしたら、即アンチスキルに通報されてもおかしくはない。
黒子(とはいえ研究所は今異常事態に陥っている。それを理由に突入すれば始末書程度で済ませることもできるか……?)
などと考えながら施設の周辺を観察しているとある光景が目に入った。
施設の入り口の前に一台の黒塗りのワンボックスカーが停まっていて、その周りに六つの人影が見える。
人影たちの背丈やたたずまいからして男。よく見えないが車の中にも何人か人が乗っている様子だった。
黒子(ここの職員……ではありませんわよね? 格好からして)
一人の格好を例にするとニット帽にナイロン素材のジャケットに下はジーパン。
男たちの格好は皆似たような感じのコーディネートをしているところから、この研究所の職員とは到底思えなかった。
黒子(……となると)
黒子は深呼吸をして息を整える。
そして、物陰から飛び出した。
黒子「ジャッジメントですの! そこの入り口付近でたむろしている方々? このような場所で一体何をしているか話を聞かせてもらいますわよ?」
「ジャッジメントだと!?」「なんでこんなところにいやがるんだよ!?」。
男たちのうろたえている様子を見て黒子は拍子抜けする。
暗部組織の連中だと思い警戒していたが、ジャッジメントが目の前に立つだけであの様子だと大した勢力ではないようだ。
そう思って黒子は彼らに近づこうとする。
しかし、
六人の男が一斉に拳銃をこちら向けてきたことで、黒子の足が止まる。
黒子(実銃ッ!? 不味い――)
黒子はとっさに空間移動(テレポート)のチカラを使い、先ほどいた物陰に移動する。
ダガン!! ダガン!! という何発もの銃声が聞こえてきたことで、黒子は顔から血の気が引くような感覚が走った。
黒子(躊躇なくこちらへ発砲してきたところからして、やはりただのスキルアウトとかとは違うようですわね)
スキルアウトの中にはああいった装備品を、どこからともなく仕入れて使っている過激派集団もいる。
だが、所詮はチンピラの集まり。実際に使用する時が来ると怖くて撃てなかったり、うまく使いこなせなかったりする。
それが黒子の中での認識だった。
黒子(相手は六人。位置取りや動きさえ間違えなければ負けはしないはず)
この状況の打開策を打ち出すため頭を回転させる黒子。
手持ちの武器や周辺の壁になりそうな障害物を確認する。
そんな中、
ブオオオオン!!
という耳障りな大音が黒子の耳に飛び込んだきた。
黒子(これは車のエンジン音?)
物陰から音のする方向を確認しようとする。
彼女の横を一台の車が猛スピードで通り過ぎていった。
茶髪のツインテールが風で大きくなびく。
先ほど男たちと一緒にいた黒塗りのワンボックスカーだ。
後ろにあったフェンスを突き破り、夜の街へと飛び出していった。
黒子「しまったッ!! 逃げられたッ!?」
黒子が車の後を追うために物陰を飛び出す。
パァン!!
その瞬間、黒子の頬を掠るように何かが通り抜けた。
頬から熱と痛みを感じ、たらりと生温い液体が流れる。
何が起こったかを黒子は即座に理解して、再び物陰に飛び込んだ。
銃を持った六人の男は逃げてはいなかった。
黒子は思い出す。そういえば車の中にも何人か人が乗っていた。
この状況から、車で逃走した者たちが暗部組織の幹部で、ここに残っている男たちは下っ端の兵隊なのだと黒子は断定する。
黒子(なるほど。上の者を逃がすために、この場に残ってわたくしを足止めするということですのね。大した忠誠心ですの)
黒子は物陰で思考する。これからどうするべきかを。
逃げていった車は結標淡希を狙った組織の幹部が乗っていると考えられる。
最悪なケースを想定するなら、あの中には捕まった結標も一緒に乗っているかもしれない。
あの車をここで逃してしまうということは、結標が自分たちには一生手の届かない場所に行ってしまうということに等しい。
黒子にはもう一つ気がかりなことがあった。
それはここで待ち合わせしていたはずの上条当麻の存在だ。
彼が黒子を待ちきれずに建物内に侵入したとすれば、例の組織の連中と接触した可能性が高いだろう。
黒子が知っている限り、あの少年は銃火器を持った人間とまともに戦えるような武器やスキルなど持ってはいない。
だから、彼は今頃あの建物の中で最悪死体として、運が良ければ大きな怪我を負う程度で済んでいる可能性がある。
その上条を助けに行こうとするなら、今現在自分を殺そうとしている六人の男を相手にしないといけない。
二つの考えを巡らせて選択をしようとする。そんな少女の頭を一瞬で真っ白にする出来事が起こった。
ボゥン!! という轟音とともに櫻井通信機器開発所の施設が燃え上がる。
黒子「なっ……!? もしや自分たちがいたという痕跡を消すために建物へ放火を……!」
目撃者はジャッジメントだろうと消そうとしている組織だ。
建物ごと全てを消してしまうという判断を下しても何らおかしくはない。
パリン、と建物の上階の窓ガラスが割れる音がした。黒子はその方向へ目を向ける。
割れた窓枠から上半身を出して、必死に手を降っている男が見えた。
耳を澄ませると「助けてくれ」という声が何度も聞こえてくる。
黒子は耳に付けている携帯端末を操作し、初春飾利との回線をつなげる。
黒子「こちら白井。櫻井通信機器開発所で火災は発生しておりますの。至急、アンチスキルへ消防と救急の要請を」
電話口から『了解しました』という初春の声を聞いてから端末のマイクを切る。
黒子(わたくしは風紀委員(ジャッジメント)ですの。目の前で助けを求めている人を放っておくわけにはいきませんわね)
そもそも結標淡希はそう簡単に捕まるようなヤワなヤツではない。それは黒子自身がよくわかっていることだ。
だからさっき通った車の中に彼女はいない。黒子はそういうことにして、目の前の問題へと注力する。
黒子(類人猿がもし建物内に侵入していたとすれば、彼はあの火の中ということになりますわね。ほんと世話の焼ける殿方ですの)
黒子は太ももに巻いているホルダーに手を当てる。
収められていた金属矢が数本、黒子の手の中へ転移した。
黒子(何をするにしても、あの厄介な男ども制圧しなければなりませんわね)
拳銃を持ちながらジリジリとこちらへ距離を詰めてくる六人組。
彼らに聞こえるよう黒子は声を張り上げる。
黒子「わたくしはこれからあの火事の現場へ人命救助を行います!! もし、それを邪魔しようとお思いなっているのでしたら――」
物陰にいた黒子の姿が消える。
ドゴッ、一番遠くの位置にいた男の後頭部へ黒子の両足裏が突き刺さった。
その勢いに負け、男の体が地面に転がる。
黒子「――容赦はいたしませんので、ご注意くださいませ」
―――
――
―
麦野(…………んん)
麦野の意識が覚醒する。
ここはどこだ? 私はなにをやっていた? どうして私は寝ていたんだ?
いろいろな疑問を浮かべながら、麦野は目を開ける。
目に入ってきたのは、心配そうな表情でこちらを見る同僚であるアイテムの少女三人だった。
フレンダ「む、麦野!! よかった!! 目を覚ましたんだね!!」
フレンダの表情が喜びで満ち溢れていた。
絹旗「……ほっ、まあ生きていることは超分かっていましたが、無事意識を取り戻してくれてよかったです」
冷静な言葉を使っているが、さっきまで焦っていたのか絹旗は息を吐いて胸を撫で下ろしていた。
滝壺「本当によかった……」
『体晶』の副作用で病人のように顔色の悪い滝壺も、静かに微笑みを浮かべていた。
麦野「……はあ? 何よこの状況? つーかここどこよ?」
麦野は周りを見渡す。見覚えのある風景だった。
二つ横に並んだシートが縦に三組の六人乗りの車の中。
今日アイテムの足として使っていた盗難車のワンボックスカーの中だ。
窓を眺めると景色が後ろに流れていっているところからして、この車は移動しているのだとわかる。
麦野「車ん中、ってことは任務は終わったってことか。ターゲットは捕まえられた?」
麦野の問いかけに他の少女たちの顔が曇る。
その様子から麦野は何となく察した。
フレンダ「……ご、ごめん麦野。私が、私のせいだ」
うつむいて膝の上で拳を握り締めながら、フレンダは瞳に涙を浮かべていた。
絹旗「ち、違いますよ! そもそも私が超しくじらなかったらこんなことにはならなかったんです! だから私が悪いです!」
擁護するように絹旗は自分の責任を主張する。
そんな二人を見ながら麦野はため息を付いた。
麦野「もういいわよ。私はあなたたちなら座標移動を捕まえられると思って役割を任せた。それで駄目だったってことは役割を与えたリーダーである私の責任よ」
だからあなたたちは悪くないわ、と麦野は付け加える。
フレンダ「む、むぎのぉ……」
絹旗「……すみません、次は絶対に失敗しません」
リーダーの言葉に少し明るさを取り戻した二人。
何からしくないことしているな、と思いながら麦野は頬をかいた。
滝壺「……ところでむぎの。気絶するなんて一体何があったの?」
滝壺の言葉に麦野は顔をしかめる。
麦野「気絶? この私が?」
絹旗「は、はい。麦野からの通信が途絶えて、下部組織の連中に超様子を見に行かせたら、麦野が倒れていると報告を受けまして」
フレンダ「それでこれは不味い状況だってことで、麦野をこの車に乗せて櫻井通信機器開発所から脱出したって訳よ」
少女たちの言葉を聞き麦野は当時のことを思い出す。
たしか自分は櫻井通信機器開発所一棟の一階ロビーに待機して、滝壺の指示を受けながら能力を使って結標の動きを誘導する役割だったはずだ。
絹旗の待機場所への誘導はもちろん、予備プランのフレンダの位置までの誘導もこなした記憶がある。
そんな自分がなぜ気絶などしていたのか。ふと、麦野はある光景が頭の中をよぎった。
自分の前に立ちふさがったツンツン頭の少年を。
麦野「――あんのクソガキィ!!」
先ほどまでの穏やかな表情から一転し、麦野の顔は怒り一色に染まった。
突然の怒号に少女たちがビクつかせる。
麦野「浜面ァ!! 今すぐさっきの場所へ車を戻せッ!!」
運転席の浜面がバックミラーで麦野を見ながら、
浜面「なっ、今から戻んのかよ!? もうあそこには結標の姉さんはいねえだろうし、今頃他の下部組織の連中が後始末で建物に火を放ってるところだぜ?」
麦野「それでも戻れッ!! あの上条とかいうクソ野郎をブチコロシに行くッ!! たった一発のラッキーパンチで図に乗ってんじゃねえぞゴルァ!!」
激昂する麦野をアイテムのメンバー+下っ端で何とか説得し、第三学区にある隠れ家へと帰還したのだった。
―――
――
―
第一〇学区。櫻井通信機器開発所から一キロほど離れた場所にある寂れた公園。
園内に設置されている遊具は錆びついているところから、すでに管理から外れていて手入れがされていないことがわかる。
公園の入り口から少し離れた位置にある自動販売機、その前に設置されているベンチに結標淡希は腰掛けていた。
彼女の様子は一言で言えば満身創痍。
肌が見えるところだけでも至るところに切り傷や打撲痕が見られ、着ている服もところどころに破れた跡や焼け焦げたような跡があった。
顔を伏せながら息を荒げている様子から、相当な疲労やダメージが蓄積されていると見える。
ボロボロの結標は呟く。
結標「……あと、もう少しよ……」
言葉を発することで動かない身体を鼓舞する。
もうすでに限界が近いのだろう。
結標はおもむろに腰に付いた軍用懐中電灯へ手を伸ばす。
それを握り、引き抜き、立ち上がって、結標は軍用懐中電灯で空を切った。
カラン、という軽い金属のようなものが地面に落ちる音が公園入口から聞こえてきた。
金属矢。彼女が携帯していた武器が地面に転がっている。
その落下地点の側に、一人の少年が立っていた。
結標「止まりなさい。上条君」
―――
――
―
上条「結標……」
上条当麻は公園の前に立っている。
彼の格好も結標のように傷だらけだった。
切り傷や打撲痕はもちろん、額からは血を垂らしており、高熱の金属か何かで焼かれたのか左足の脛の皮膚がズボンごと焼けただれていた。
そんな状態でも上条当麻は地面に立ち、しっかりと結標のことを見据えている。
上条「探したよ。こんなところにいたんだな」
左足を引きずりながら、上条はゆっくりと前に進む。
結標はそれを制止するように、
結標「私は止まりなさいと言ったわよね? これ以上近づこうものなら、脳天にコイツ打ち込むわよ?」
手に持った金属矢を見せつけながら結標は続ける。
結標「何でこんなところにいるのかしら? 私は関わるなと忠告したはずだけど」
上条「関わるなとは言ってないだろ? たしか追ってきたら刺客とみなすって言っていた」
結標「屁理屈を言わないでちょうだい。どちらも同じ意味よ」
上条「いいや違う。俺はお前を追いかけている刺客だ、って名乗れば追っていいってことになる」
上条の滅茶苦茶な言い分を聞いて結標は鼻で笑った。
結標「なるほどね。つまり、貴方は私を力尽くで取り押さえようとしているってわけか。ふふっ、いいわよ。貴方程度に捕まるような私じゃ――」
上条「そんなつもりはねえよ」
結標の言葉を遮りように上条は否定する。
眉をしかめながら結標は問う。
結標「だったら貴方は何でこんなところにいるのよ? 何で私の目の前に立っているのよ?」
上条「……決まってんだろ」
上条は右手を差し伸べる。
上条「結標、一緒に帰ろう。お前がいたあの場所に。みんながいるあの場所に」
まるで友達に向けるような笑顔で。
上条当麻は彼女を呼びかける。
結標「…………帰る?」
上条「ああ」
顔を下に向けながら、結標は再び問う。
結標「帰るってどこによ? 私にはもう帰る場所なんて残されていない」
スカートのポケットから携帯端末を取り出し、その画面を眺めながら結標は続ける。
結標「みんなって誰よ? 『青髪ピアス』? 『土御門元春』? 『姫神秋沙』? 『吹寄制理』? 『芳川桔梗』? 『黄泉川愛穂』? 『打ち止め』?」
かつての結標淡希と親交のあったものたちの名前が並ぶ。
携帯端末の電話帳に登録されている名前を片っ端から読み上げているのだろう。
結標「私の知っている名前の人なんて誰一人いないわ。そんなところに帰って一体何になるというのかしら?」
上条「……そう、だよな。お前は記憶が戻って……、記憶がないんだよな。この半年間の」
結標「ええそうよ。だから無意味なのよ。貴方のしようとしていることは」
上条「…………」
上条の表情が曇る。
たしかに結標の言うことは正論だ。
彼女からするなら初対面の人しかいない場所へ、得体のしれない人間しかいない場所へ連れて行かれようとしているのと同意義だ。
だが、上条は話すことをやめない。
上条「なあ、結標。なんつうか、すっげえ個人的な話なんだけど、聞いてくれないか?」
結標「嫌よ。これ以上貴方との茶番を続けるつもりはないわ。ここから立ち去らせてもらうから」
結標は上条に背を向け、反対側の出口へと足を進める。
そんな結標に気を止めず、上条は恐る恐る、だけど彼女には聞こえるようにしっかりとした声で、
上条「――実は、俺も記憶喪失なんだよ! 去年の七月の終わり頃、それ以前の記憶がねえんだ!」
言った。
墓場まで持っていこうと思っていた秘密を、上条当麻はここで打ち明けた。
絶対に誰にもバレてはいけないと隠し続けていた、その秘密を。
上条の明かした真実を聞き、結標は足を止めた。
結標「へー、そうなんだ」
体ごと振り返り、
結標「で、それがなに? 同じ記憶喪失者だから私の気持ちが分かるとか言うつもり? もしそうならやめてもらえるかしら? 反吐が出る」
結標は吐き捨てるように言って、一蹴した。
が、
上条「言わねえよ。そんな自惚れたような言葉」
上条は静かに否定する。
そのまま語りかけるように続ける。
上条「記憶を失ったときにさ、自分が何者なのかもわからなくて、これから俺はどうすればいいんだよって不安に駆られてたんだ」
上条「そこで俺はある女の子に出会ったんだ。その子は俺が記憶喪失になる前からの知り合いだった」
上条は純白の修道服を着た銀髪碧眼の少女を思い出す。あのときの病室を思い出す。
上条「その子は俺が記憶喪失だって知って泣いてくれたんだよ。まるで自分のことかのように、大粒の涙を流しながら。それで俺はとっさに嘘を付いちまったんだ。記憶喪失なんてしてないぜ、って。何でだと思う?」
結標「…………」
上条の問いかけに結標は答えない。
だが、彼女の瞳はたしかに上条当麻を見ている。
上条「俺はそのとき思ったんだ。あの子には泣いて欲しくないって、あの子を泣かせちゃいけないって」
上条は心臓のある左胸を拳で叩き、
上条「たしかに言ったんだよ。俺の『心』が、この子は俺が守らなきゃいけない、って!」
その答えに結びつけるように、上条当麻は結標へと確認する。
上条「結標。お前もそうなんじゃねえのかよ!? お前の中にもそういう人がいるんじゃねえのか!? そいつに対する想いってのがあるんじゃねえのか!?」
先ほど結標淡希が名前を挙げなかった一人の少年を思い浮かべながら、
上条「もしそうなら、それは『幻想』なんかじゃねえ!! 紛れもないお前の中にある『心』の声だよ!!」
結標「…………」
結標は黙り込んだまま顔を伏せる。
何かを考え込むように。何かを隠すように。
十数秒の間を空けて、結標は囁くように、
結標「……ないわよ」
上条「結標?」
下げていた視線を上げ、
結標「勝手なこと言ってんじゃないわよ!! 私にはそんなものは存在しない!! 貴方の独りよがりな妄想を押し付けないでよ!!」
結標の叫びが公園内に響き渡る。
だが、それを見た上条はなにかに気付く。そして臆することなく結標へ向かう。
上条「……何をそんなに怖がってんだよ、お前」
結標「――――!」
その言葉で結標の中で何かが切れた。
目を大きく見開き、犬歯をむき出しにさせながら、手に持った軍用懐中電灯を真横に振った。
瞬間、上条当麻の居る地面に巨大な影が映る。
上条「…………」
上条はゆっくりと上空を見上げた。
そこにあったのはさっきまで公園内に設置されていた物たちだ。
ゴミ箱。その中に入っていた大量の空き缶。その近くに置いてあったベンチ。
そして公園に設置されていた自動販売機。
上条当麻に大量の凶器が降り注ぐ。
地面に落ちた質量で周辺に風を巻き起こし、砂煙が上がる。
落下を確認した結標は腰のベルトに軍用懐中電灯を戻し、再び背を向け公園の出口へと向かう。
背中越しに結標は告げる。
結標「――さよなら上条君。二度と私の前に姿を現さないで」
ふらふらとした足取りで、結標淡希は暗闇の中へと消えていった。
―――
――
―
すっかり日が暮れて夜に包まれた学園都市の街中。
車の通りもなく静かな道沿いの歩道をゆっくりと、杖を突きながら歩く少年が一人。
一方通行。
その顔から生気が消え、地面を踏みしめる一歩一歩に彼の意思はなく、ただ流されるように前に進んでいる人形のようだった。
少年の頭に何か冷たいものがポツリと一滴落ちた。
その一滴は次第に数を増やしていき、やがてそれは数多の水滴となる。
学園都市にパラパラと雨が降ってきた。
傘を差さないとずぶ濡れになりそうな強さの雨が。
一方通行「…………あ」
頭上から落ちてくる雨に当たり、一方通行の目は目覚めるように生気を取り戻した。
同時に停止していた一方通行の思考が回り始める。
一方通行「……ここはどこだ?」
道路を見渡す。『第七学区』の中にある道路だと表す看板が立っていた。
一方通行「……今何時だ?」
ポケットの中から携帯端末を取り出しディスプレイを見る。
『18:24』と表示されていた。
一方通行「……俺は一体、何をやっていたンだ?」
一方通行は記憶を必死に手繰り寄せる。
たしか午後四時を過ぎたくらいに廃棄された研究所をカモフラージュした、敵勢力の住処である地下施設に侵入したはずだ。
そこでテレポートを使う駆動鎧と交戦し、苦戦しながらもソイツらを退けた。
そのあとは……。
一方通行「あン?」
ふと、一方通行は携帯端末が入っていたポケットに他の物が入っていることに気付く。
何かと思いそれを掴み、取り出した。
それは家電量販店とかに売っているどこにでもありそうなメモリースティックだった。
一方通行「…………がっ」
『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。
その単語と、それに付随する情報が土石流のように一方通行の頭の中に流れ込んでくる。
あのときの、モニター室での記憶が全て蘇る。
一方通行「がァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
一方通行は咆哮する。
手に持ったメモリースティックをアスファルトの上に叩きつけ、それを靴裏で踏み付ける。何度も、何度も、何度も。
一方通行「……はァ、はァ、はァ、はァ」
息を整えながら一方通行はぐちゃぐちゃになった思考を落ち着かせる。
こんなちっぽけな物を破壊しても何も解決しない。
本能のまま怒りに任せたところで何も変わらない。
現実から目を背けたからといって彼女は帰ってこない。
一方通行「……そォだ。結標を、アイツを早く見つけねェと」
一方通行は再び携帯端末を手に取り、今日のニュースのページを表示する。
それを見て一方通行は目を見開かせた。
『第一〇学区にある櫻井通信機器開発所に原因不明の火災が発生』。
『櫻井通信機器開発所』。
その名前に一方通行は覚えがあった。
結標淡希が過去にテレポートの関係で実験で赴いた施設の中の一つ。
現在、結標と思われる襲撃者がターゲットにしていると予想できる施設の一つ。
だが、今までの襲撃のニュースとは決定的に違う部分が一つあった。
それは襲撃されたというニュースではなく火災が起こったというニュースだという点。
今までの襲撃犯は人を傷つけ情報を盗むことはしていたが、建物を燃やすなんていうことはしていない。
たまたま手違いで火が点いて施設が燃え上がったと考えればそれまでなのだが、一方通行はもう一つの可能性の方が脳裏によぎってしょうがなかった。
一方通行(ついに、どっかの暗部組織と結標が接触したっつゥことか……?)
結標が空間移動能力者の関係の研究施設を狙っていることを暗部組織が予測し、それを的中させて結標と接触したという可能性。
暗部の人間なら自分たちがいたという証拠隠滅に放火を行ってもおかしくはない。
そして一方通行は、その可能性と連動して最悪なケースを頭に浮かべてしまう。
結標淡希が抵抗虚しく暗部組織に捕まってしまうという、最悪なケースが。
一方通行「あっ、ああ、あァ、アア、あああ、ァァ、あ、アッ」
言語にもなっていない声を吐く。
携帯端末ごと手をガタガタと震わさせる。
足から力が消えて膝から崩れ落ちる。
目頭が引き裂けるくらい目を大きく見開かせる。
心臓の音が今までで一番大きく聞こえる。
パニック状態に陥った一方通行は気付いたら、ある人物へと電話を掛けていた。
それは一方通行が頼るべきではないと考えていた人物。
切羽詰まった少年にそれを判断できる思考能力は残されていなかった。
端末のスピーカーから呼び出し音がなる。
一コール目。二コール目。三コール目。
四回目のコール音に差し掛かったところで電話が繋がった。
雑踏の音や電子音のようなものが混じった背景音の中から、その人物の第一声が聞こえてきた。
???『もしもしー? アクセラちゃんが電話してくるなんて珍しいにゃー、どうかしたのか?』
聞こえてきたのは軽い感じの男の声。
それは一方通行にとってよく知る者の声だった。
一方通行「土御門ォ!!」
受話器の向こう側にいる男は土御門元春。
一方通行のクラスメイトであり、暗部組織『グループ』のリーダーでもある男。
土御門は一方通行の荒げた声を聞き、
土御門『いつっ、ほんとどうした? いきなりそんな大声出して。鼓膜が破れるかと思ったぜよ』
土御門の言葉を無視して一方通行は吠える。
一方通行「オマエ今の結標のこと知ってンだろッ!? 結標が今どォなってンのか知ってンだろッ!? 結標が今どこにいるのか知ってンだろッ!? 結標がこれからどォなるのか知ってンだろォッ!?」
一方通行は思いつく限りの質問を吐き出す。抑えきれない思いが溢れ出していくように。
一方通行「教えろ土御門ォ!! オマエの知っていることォ、洗いざらい全部ゥ!!」
土御門『…………』
電話の向こうの土御門は黙り込んだ。
数秒間沈黙が続き、騒がしい雑音だけがスピーカーから漏れてくる。
土御門はため息をつき、声のトーンを落として、
土御門『――無様だな。一方通行』
吐き捨てるように言った。
一方通行「何だとッ!? オマエ今なン――」
土御門『無様だと言ったんだ。聞こえなかったのか?』
声を荒げる一方通行を無視して続ける。
土御門『一人でどうにか出来ると思ったか? この学園都市の闇を。たしかにお前は学園都市最強の超能力者(レベル5)だ。が、それだけだ』
土御門『いくら圧倒的なチカラを持っていたとしても、お前は所詮表の住人だということだ。今回の件で十分身に染みただろう』
土御門『そもそもオレは忠告しておいたはずだが? 何があってもこちら側に堕ちて来るな、と』
忠告、その言葉を聞いて一方通行は反発するように、
一方通行「ふざけるなァ!! オマエ言ったよなァ!? 裏のことは全部オマエらが片付けるってよォ! 俺に余計な手間を掛けさせないようにするってよォ!」
一方通行「だから俺はオマエを信じた! 結標に関わる裏の事情は詮索しなかった! 表の世界でのうのうと過ごした! そしたらこのザマだッ!!」
一方通行の反論に土御門は冷静な口調で、
土御門『そうだな。それに関してはこちらの落ち度だ、謝ろう。すまん』
一方通行「すまン、だと?」
たった一言の謝罪、それを聞いて一方通行はガリッと音が鳴るくらい歯噛みする。
一方通行「そンな安い謝罪なンざいらねェンだよ!! 寄越せェ!! オマエらの持っている結標に関する情報をッ!! アイツの居場所をッ!!」
土御門『断る』
土御門は一言でバッサリと切り捨てた。
土御門『先ほども言っただろ? お前は所詮表の住人。そんなヤツにオレたちが持っている情報を与えたところで何も出来ない。ただ闇雲に動いてくたばるだけだ』
土御門『オレたち『グループ』も結標を追っている。もちろん、ヤツは生かして保護するつもりだ。そのための算段も大方付いている』
土御門『そんな状態でお前なんかに下手に動かれて、オレたちの計画を狂わされても困るんだよ。素人は引っ込んでいろ』
土御門の言葉を聞いて一方通行は嘲笑うように、
一方通行「ぎゃはっ、信じて任せろってかァ!? 散々偉そォなことォ言ってこンなクソみてェな状況にしやがったオマエらを!? 悪りィがそれが出来るほど俺ァ馬鹿じゃねェ!」
一方通行「俺の方がオマエらみてェな糞の集まりなンかよりよっぽどうまくやれる自信があるねェ。三下どもは引っ込ンでろってンだ!」
一方通行の挑発じみた発言。
それが効いたのか効いていないのかわからないが、土御門は声のトーンをもう一段落として、
土御門『まるでお前のほうがうまくやれると言っているようだな?』
一方通行「その通りだ」
一方通行の即答を聞き土御門はしばらく考えてから、
土御門『面白い。だったらお前にチャンスをやろう』
一方通行「チャンスだと?」
土御門の提案に一方通行は眉をしかめた。
一方通行の返しを気にすることなく土御門は続ける。
土御門『この学園都市にはオレたちグループが使っている隠れ家が大小含めて一〇〇近く存在する。その中のどこかにいるオレたちを見つけ出してみろ』
土御門『そうしたら、オレたちの持っている情報を欲しいだけくれてやろう。タイムリミットはそうだな、今日の日付が変わるまでとしておこうか』
土御門の言ったことは要するに『かくれんぼ』だ。
舞台は学園都市。その中のどこかに隠れている土御門たちグループを日付が変わるまでに見つけ出す。
東京都の中央三分の一を占める広大な土地で、ビル等の建物で入り組んだ場所で、残り時間はもう六時間も無いという無茶苦茶な『かくれんぼ』。
だが、一方通行はそれを聞いても決して戸惑ったり恐れたりすることなく、ただ笑った。
一方通行「上等だァ。すぐさまに見つ出してェ、全員まとめて愉快なオブジェにしてやるからよォ? 楽しみにしてろォ」
土御門『ふん、威勢のいい小僧だ。まあ、だがお前程度ではこの条件はちと厳しいか。少しヒントをやろう。オレたちは今『第七学区』のどこかにいる』
学園都市には二三に仕切られた学区が存在する。
その中で一つに絞られるのは一方通行にとって有益な情報だが、第七学区は学園都市の中でもトップクラスの面積を持つ学区。
しかも一番学生などの人通りが多い学区でもあるため、難易度的には焼け石に水かもしれない。
ヒントをもらった一方通行はニタニタした表情のまま、
一方通行「ンだァ? いきなり難易度緩和してくるとは気前がイイねェ? そンなミンチにして欲しいなら面倒臭せェゲームなンてまどろっこしいことせずに、直に場所ォ教えてくれやりゃイイのによォ」
土御門『調子に乗るな。ゲームにならないから言ってやったに過ぎないさ』
一方通行「そォかよ」
一方通行は適当に返した。
土御門『さて、これからすぐにオレたちは打ち合わせの時間なんだ。そういうわけだから、これ以降お前と電話で話すことはないだろう』
一方通行「ああ、必要ねェな。次に話すときは俺とオマエ直に会って目ェ合わせながら話すンだからなァ」
土御門『では、無駄な悪あがきに、ご武運を』
土御門は薄っぺらい応援の言葉を吐いて、通話を切った。
一方通行はふと雨がやんでいることに気付く。どうやら通り雨だったのだろう。
濡れた白髪をぐしゃりと掻きむしり、ただただ彼は笑った。
――――――
続き
結標「私は結標淡希。記憶喪失です」【蛇足編・3】


日高って研究所の名前ワロタ