<剣士の家>
隊長「久しぶり! 元気か?」
剣士「お前が来るまでは元気だったよ」
隊長「こないだ部隊を率いて、非人道的な暗殺組織を何とか潰したんだけどさ」
剣士「人道的な暗殺組織なんてあるのかよ」
隊長「お前もいちいち突っかかるね。友達なくすぜ?」
剣士「お前が家に来ると大抵ろくなことがねえからだよ! やれ強盗団と戦うの手伝えだ、裏の闘技場に潜入しろだ……」
隊長「いや、今回は平和的な頼みだ。この子を引き取って欲しいんだ」
少女「…………」
剣士「女の子?」
元スレ
剣士「ねえねえあいつ殺してもいい?系少女を引き取ることになった」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1638788407/
剣士「この子は?」
隊長「暗殺組織で教育を受けてた子でさ。どこかいい施設が見つかるまで預かってもらえないか」
剣士「なんで俺なんだよ!?」
隊長「強い・優しい・かっこいい。これほど子供を預かるに相応しい存在はお前しかいない!」
剣士「んなキャッチフレーズで売ってた覚えねーよ! お前が預かればいいだろうが」
隊長「俺は残務とか忙しいしさ……。捕まえた連中を事情聴取して、そのうち護送もしなきゃいけないし」
剣士「分かったよ……本当に少しの間だけな」
隊長「おほっ、助かる!」
少女「ねえねえ」
隊長「なんだい?」
少女「この人、殺していいの?」
隊長「ダメだよ。君はしばらくこのお兄さんと暮らすんだからね」
少女「はーい」
剣士「! ちょっと待て、なんだ今の」
隊長「あ、ああ……この子、暗殺訓練受けてたろ? だから何かと殺したがるんだ」
剣士「なんだそりゃ!?」
剣士「おい、そんな子、俺に預ける気かよ!」
隊長「大丈夫だって」
剣士「大丈夫じゃねえだろ。爆弾みたいなもんじゃねえか」
隊長「そこをお前の愛の力で矯正させてあげて欲しいんだよ」
剣士「なにが愛だよ。殺し合いになったらどうすんだ」
隊長「というわけで頼む! いいかい、今から君はこのお兄さんのいうこと聞くんだよ」
少女「はーい」
剣士「おい、待て! ……あ。行っちまった」
剣士「…………」
少女「これからよろしくね、お兄さん」
剣士「よろしく」
剣士「えーと、君の年は?」
少女「年齢? 分かんない」
剣士「分かんないってどうしてだよ」
少女「ほんとに知らないの。大人達は『お前らはいつ死んでもおかしくないから年を数えるなんて無意味だ』っていってたし」
剣士「マジかよ」
剣士(本当に非人道的な組織だったんだな。なんだか気の毒になってきた)
剣士「ちなみに……人を殺したことは?」
少女「ないよ」
剣士「そうか、ないのか」
剣士(いくらあいつでも、殺しの経験がある子をシャバに出す判断は流石にしないか)
剣士(『殺していい?』ってのはこの子なりのコミュニケーション手段なのかもしれない。聞きはするけど、実行はしないみたいな)
少女「何事も経験だよね」
剣士「まあ、そうだな」
少女「じゃあお兄さんのこと殺してもいい?」
剣士「いいとも」
ギュオッ!
剣士「!?」
シュバッ! ガシィッ!
少女「止められちゃった」
剣士「…………!」
剣士(あっぶねえ……隠し持ってたナイフで、俺の頸動脈を完璧に狙ってきたッ!)
剣士(とっさに反応できてなきゃ、俺は間違いなく死んでた……!)
剣士(俺だって、初めて敵を殺した時はかなり躊躇したし、しばらく立ち直れなかった)
剣士(なのにこいつは……そんなもん微塵も感じさせなかった……!)
少女「今度こそ――」
剣士「ちょっと待てぇ!」
少女「?」
剣士「さっきのは無しだ! 俺を殺すのはやめろ! ……俺のいうこと聞くんだろ?」
少女「うん、聞くよ。キャンセルならしょうがないね」
剣士「(ホッ……)ついでにそのナイフ俺によこせ。危ないから」
少女「はーい」
剣士(よく研がれてやがる。とりあえず、これは預かっておくか……)
剣士「メシにしよう」
剣士「今日はスープとサラダと……」
少女「いただきまーす!」
少女「うん、おいしー!」
剣士「これでも料理には自信あるからな」
少女「今度教えてよ!」
剣士「ああ、いいとも」
剣士(こうしてると、本当に普通の女の子なんだが……さっきはマジで危なかった。まだ汗かいてる)
剣士(なんとかまともに生活できるよう、教育してやらないとな)
剣士「君は何かと殺したいようだけど、人ってのは殺しちゃいけないんだ」
少女「どうして?」
剣士「法律で決まってるからだよ」
少女「法律?」
剣士「“決まり”だよ、決まり。こういうことはしてはいけませんって決まり」
剣士「決まりを破ったら、罰を与えられてしまうんだ」
剣士「現に、君のいた暗殺組織だって法律に違反してたから、潰されちゃったわけだし」
少女「じゃあ、罰を与えられてもいいやって思ってたら殺してもいいの?」
剣士「いや……そりゃダメだろ」
少女「どうして? 罰を受けてもいいって思ってるんだよ?」
剣士「どうしてって、うーん……」
剣士「人が死んだら、悲しむ人が出るだろう?」
少女「悲しむ人?」
剣士「たとえばほら、その人の家族とか、友人とか……。君だって俺が死んだら……ちょっとは悲しいだろ?」
少女「別に」
剣士「だよね。だけど俺は君が死んだら、悲しくなってしまうんだ」
少女「なんで?」
剣士「そりゃあせっかく知り合った子が……死んでしまったんだから」
少女「よく分かんない」
剣士「ハハ、だよね(俺もなにいってんのか分からなくなってきた)」
少女「それに、その理屈だと死んでも誰も悲しまない人なら殺していいってことになるけど」
剣士「いや、ダメだ! 殺しちゃダメだ!」
少女「お兄さんのいってること、よく分からないんだけど」
剣士(俺も我ながらよく分からない)
少女「それにお兄さんだって、人を殺したことあるでしょ。あたし、分かるよそういうの」
剣士「これでもまあ、そこそこの剣士だし……」
少女「お兄さんが殺した人達は殺してもいい人だったの?」
剣士「悪い奴らだったからな……」
少女「じゃあ悪い奴は殺してもいいんだ!」
剣士「いや、よくないんだ! 特に君みたいな女の子が……」
少女「ずるいよ、自分ばかり殺してもいいなんて」
剣士「俺も殺したくて殺したわけじゃないんだが……」
少女「殺したくて殺したわけじゃなければ、殺してもいいの?」
剣士「決してそういうわけでは……」
剣士(ダメだ、無理だ。俺にこの子を矯正するなんて。もっとちゃんとした専門家じゃないと……)
剣士(無理に説得とかは考えず、この子と無事過ごすことだけを考えよう……)
…………
……
剣士(この子を引き取ってから三日経った……)
剣士「サンドイッチ、おいしいか?」
少女「おいしい!」モグモグ
剣士(殺しの話題さえ出さなきゃ普通の女の子だし、そろそろ家の外に出してみるか)
剣士「たまには出かけてみるか?」
少女「うん!」
剣士「じゃあ買い物行くから付き合え」
少女「はーい!」
<町>
剣士「なんか欲しいものないのか? 買ってやるぞ」
少女「別にないなぁ」
剣士「ぬいぐるみとかアクセサリーとか……」
少女「だったらよく切れるナイフが欲しい!」
剣士「ナイフはダメだ(俺が危ない)」
少女「ケチ!」
剣士(あそこにいるのは……)
チンピラ「オラァ、チンタラ歩いてんじゃねーよ! 殴られてーのか!」
通行人「す、すみません……」
剣士(タチの悪いのがいやがるな。今は面倒事は避けたいし、スルーしよう)
チンピラ「おい、そこの」ジロッ
剣士「!」
チンピラ「今俺のこと見てたよな? なに見てんだコラ」
剣士(やべっ、絡んできやがった。めんどくさっ)
チンピラ「やんのかコラァ!」
剣士「や、やりませんよ。どうもすみません」
剣士(ムカつくが、ここは下手に出てやり過ごそう……)
少女「ねえねえ、この人殺していいの?」
チンピラ「あぁ!?」
剣士「ちょっ!?」
チンピラ「てめえ、このガキ! 誰を殺していいっつった?」
少女「あんただけど」
剣士「バカ……!」
チンピラ「やってみろや、このガキィ!」ブオンッ
少女「うん、やってみる」サッ
チンピラ「えっ」
少女「えいっ」メキッ
チンピラ「うおっ……!」ガクン
剣士(膝への蹴りで、体勢を崩した!)
ガゴォッ!
チンピラ「ぶっ!」
少女「よいしょ」ガシッ
ベキッ!
剣士「…………!」
剣士(顎への掌底、さらに腕を一気にヘシ折った……。この子、素手でも強い……)
チンピラ「いぎゃぁぁぁぁぁっ!」
少女「後は……」
剣士「やめろっ!」ガシッ
チンピラ「ひ……ひいいいいっ!」ヨロヨロ…
少女「目に指突っ込んで、首を折ろうと思ってたのに……どうして止めたの?」
剣士「もう勝負はついてた!」
少女「勝負って、あの人はあたしを殺そうとしてたよ? なんで殺しちゃいけないの?」
剣士「それはな……それはなぁ……」
剣士「とにかく、やめろ!!!」
少女「…………」
剣士「帰るぞ!」
少女「はーい」
<剣士の家>
少女「すぅ……すぅ……」
剣士(寝顔は本当に可愛い子供なんだよな)
剣士(なのに、いざ戦いになると容赦なく急所狙ってトドメまで刺そうとする)
剣士(おそらく訓練を完璧にこなして、いざ実践ってところで組織が潰されたんだろう)
剣士(このままじゃ、いつかマジで人を殺してしまう)
剣士「…………」
剣士「やってやろうじゃないか」
剣士「お前と……真剣勝負を!」
…………
……
数日後――
<町>
少女「今日はどこ行くの?」
剣士「食料の買い出しだな」
スタスタ…
剣士「!」
チンピラ「へへへ……」
ゾロゾロ…
少女「あ、この間の!」
チンピラ「ガキィ! この右腕、よくも折ってくれたな! 借りを返しに来たぜぇ!」
少女「仲間連れてきたの? いいよ、やろっか」
剣士「…………」
剣士「いや、ダメだ」
少女「え、なんで?」
剣士「ここは俺がやるからだ」
チンピラ「なんだ、てめえはヘタれてた奴じゃねえか――」
ボグッ!
チンピラ「ぐ、ぐふっ!」ドサッ
少女「おおっ!」
剣士「どうした、お前らも来いよ。こいつの仲間なんだろ」クイクイ
仲間「て、てめえ……! やっちまうぞォ!」
剣士「お前らなんざ」
バキィッ!
剣士「剣を」
ボゴッ!
剣士「抜くまでもねえ!」
ガゴォッ!
「ぶぎゃああっ……!」ドサッ…
少女「お兄さん、つよーい!」パチパチ
剣士「まぁな」
剣士「ほれ」ポイッ
少女「これ……あたしのナイフ」
剣士「さっきから俺と戦いたくてウズウズしてるだろ。いや、“殺したくて”の方が正しいか」
少女「よく分かったね!」
剣士「…………」
少女「ねえねえ、お兄さんのこと殺していいの?」
剣士「ああ、いいぞ。かかってこい」
ギュオッ!
ギィンッ!
少女「受けられちゃった」
剣士「どうした、殺せてねえぞ」
少女「分かってるよ!」
ビュババババッ! ギギギギギンッ!
少女「くっそぉ~」
剣士(速いし、狙いも正確。さっきのチンピラ集団も苦もなく全滅できるだろう)
剣士(だが、軽い。真っ向勝負ならまだ俺の方が強いッ!)ブンッ
ボゴッ!
少女「がっ……!(蹴りが、お腹に……)」
剣士「そりゃっ!」ガンッ
少女「きゃっ!」ドザッ
剣士「俺の勝ちだな」チャキッ
少女「…………」
少女「あーあ、負けちゃった」
剣士「…………」
少女「じゃあ、刺してよ。あたしの負けだから」
剣士「…………」
少女「どうしたの?」
剣士「…………」ポロッ
少女「え!?」
剣士「…………」
少女「なんで? どうして泣いてるの?」
剣士「分かんねえよ……」
少女「分かんないって、泣いてるのあなたじゃん」
剣士「なんでお前がこんな風になったとか、なんで俺は女の子に剣を突きつけてるんだとか……」
剣士「色々考えてたら……なんか泣けてきたんだよ」
少女「…………」
剣士「どうした、今ならスキだらけだぞ。今の俺なら殺せるだろ」ゴシゴシ
少女「なんでだろ……」
剣士「?」
少女「あたしもお兄さんのこと攻撃したくなくなっちゃった」
剣士「……そうか」
剣士「じゃあさっきの“俺を殺してもいい”はキャンセルだ。帰ろう」
少女「うん、分かった」
スタスタ…
<剣士の家>
剣士「ほらメシだ」
少女「ワーイ!」
剣士「今日はお互い運動したからおいしいな」
少女「うん、おいしい」
剣士「さっき俺が蹴ったところ、大丈夫か?」
少女「ぜーんぜん平気!」
剣士「そうか、よかった(やっぱ鍛えられてるな。少しプライドが傷つくが)」
少女「できたらお兄さんとまた戦いたいな」
剣士「俺はごめんだ。色々な意味で(次やったら負けるかもしれんし)」
少女「え~」
ある日――
<町>
剣士「今日はなにか食べたいものあるか?」
少女「特にないなぁ」
剣士「ったく、たまには何かねだれよな。子供なんだから」
少女「そんなこといったって」
ニャーン…
剣士「ん?」
少女「猫の鳴き声だ!」
剣士「どこだ?」キョロキョロ
少女「こっちこっち!」
剣士「こういうことは流石だな。かなわねえ」
少女「気配を探る訓練はたっぷりやらされたもん!」
子猫「ニャン……」
剣士「建物と建物の隙間に挟まってる……。ったく、どっかの悪ガキがやったんだな」
剣士「どれ、取ってやるか。くっ……!」グイグイ
剣士「ダメだ、俺の腕じゃ太くて……」
少女「あたしがやってみる!」
剣士「え……?(こいつが……人助け? いや、猫助けか)」
少女「んしょっ……」ゴソゴソ
少女「少しずつ……」
剣士「一気に引っぱるなよ。猫が痛がるからな」
少女「分かってる!」
スポッ
少女「抜けたーっ!」
剣士「よくやった!」
少女「それじゃあね」
剣士「もう悪ガキにつかまるなよ」
子猫「ニャアン……」トコトコ
少女「え」
子猫「ニャンニャン」トコトコ
少女「やだ、寄ってくる」
剣士「どうやら懐かれちゃったみたいだな」
子猫「ニャアン……」スリスリ
少女「…………」
少女「お兄さん……」
剣士「ん?」
少女「この子……飼いたい!」
剣士「!」
少女「飼ってもいい?」
剣士「いいとも。ただし、世話はしっかりしろよな」
少女「うん!」
<剣士の家>
少女「猫ってなに食べるんだろ?」
剣士「とりあえず、魚とミルクでも与えてみるか」
少女「そうだね」
子猫「ニャン……」ペロペロ
子猫「ニャァン」パクパク
少女「あ、食べてる食べてる!」
剣士(動物を飼う、か……。案外いいかもしれないな)
それから――
少女「おいでー!」
子猫「ニャン!」タタタッ
剣士「おー、早くも息ピッタリだな」
少女「でしょ!」
子猫「ニャーン」
剣士「おいで!」
子猫「…………」
剣士「おいでぇ!」
子猫「…………」プイッ
剣士「なんでだよ!」
少女「そりゃお兄さんはこの子助けられなかったんだし。ねえ?」
子猫「ニャン」
剣士「あれは俺の腕が太かったからで……くそっ」
少女「おー、よしよし」ナデナデ
子猫「ゴロニャン……」
剣士「変なこと聞くが……もし、その猫が死んだら悲しいか?」
少女「…………」
少女「悲しい、かもしれない」
剣士「フッ、そうか」
剣士「じゃあ、俺が死んだらどうだ? 悲しいだろ? 悲しいよな?」
少女「悲しくない」
剣士「ちくしょおおおおお!!!」
少女「だってお兄さんは死なないもの」
剣士「へ?」
少女「あんなに強いんだから死なないよ。だから……悲しくならない」
剣士「買い被りすぎだっての。俺だって死ぬ時は死ぬだろうよ」
少女「ううん、絶対大丈夫」
剣士「んじゃ、そういうことにしておくか」
少女「うん! それじゃさっそく……」
剣士「頼むから刺してくるんじゃないぞ。死ぬから」
少女「ケチー!」
剣士「一つしかない命を大盤振る舞いできるか!」
子猫「ニャーン」
<部隊駐屯地>
隊長「…………ッ!」
隊長「どうした、何があった!?」
隊員A「す、すみませ……」
隊員B「つ、強い……」
隊員A「近々護送予定だった……暗殺組織の……者が……一人……逃げ……」ゴホッ
隊長「なんだと!?」
隊員A「組織の……教育係で……大人しい奴だったので……油断、しました……」
隊長(油断していたとはいえ、屈強な隊員10名近くを……)
隊長「すぐに捜せ! 近隣住民には家から出るなと呼びかけろ!」
隊員C「はっ!」
<町>
隊員C「凶悪犯が逃げ込んでる可能性があります! すみやかに家に避難して下さい!」
ザワザワ…
剣士「おい、何があった」
隊員C「それが――」
剣士「暗殺組織の奴が……!?」
隊員C「どこに潜んでいるか分かりません。お気をつけ下さい」
剣士「そっちこそな。あの隊長(バカ)も百戦錬磨だ。きっと見つけられる」
少女「どうしたの?」
剣士「……騒ぎが起きてるらしい。家に帰ろう」
剣士(変わりつつあるこの子の前で、暗殺組織のことを話すこともない……)
<剣士の家>
少女「町がざわついてたけど、何かあったの? 悪いニュース?」
剣士「どこぞの凶悪犯が町に逃げ込んだらしい。しばらくは家を出ない方がいい」
少女「凶悪犯? ウチに来ればいいのに。そしたら、あたしたちがやっつけちゃう」
剣士「そうなればたしかに話は早いな」
剣士「ま、しばらく猫と遊んでろ」
少女「はーい。あそぼ、猫ちゃん」
子猫「ニャーン」
剣士(“やっつけちゃう”か。このままいけばきっと変われる。普通の子供になれる)
<町>
チンピラ「ぐえっ!」ドザッ
チンピラ「ひっ、なんなんだよぉ、あんた……」
チンピラ「へ? 物騒な女の子? たしか……見たな……。剣士と一緒に……」
チンピラ「その剣士の住んでる場所? 詳しくは知らねえが……たしか……」
暗殺者「……どうも」
暗殺者「せめてものお礼です。脱走する時、兵から失敬したものですが受け取って下さい」ジャラッ
チンピラ(血塗れの金貨……!)
チンピラ「ひ、ひいいいいい……!」
暗殺者「お気に召しませんでしたか、残念」
――
少女「!」ピクッ
少女「…………」ガタガタ…
剣士「どうした?」
子猫「ニャン?」
少女「近くにいる……」
剣士「何がだ?」
少女「あの人がッ! あの人が近くにいるの!」
剣士「あの人……!?」
少女「あの人が近くにいるよぉ! 怖いよぉ!」
少女「いやぁぁぁぁぁっ!」
剣士「…………!」
剣士「落ちつけ、大丈夫だ! 俺たちがいるから!」
子猫「ニャオン!」
少女「うん……」ガタガタ…
剣士(死すら恐れてないこいつが、こんなに怯えてる……)
剣士「あの人ってのは?」
少女「組織の……あたしたちを教育してた人……」
剣士「どんな奴なんだ?」
少女「ものすごく冷酷で、恐ろしい人……しくじった子にはたくさん罰を与えて……」
少女「中には……“処分”された子もいる……」
剣士「なんて奴だ……」
少女「そしてなにより……ものすごく強かったの」
剣士「…………!」ゾクッ
子猫「ニャッ!」ゾワワッ
剣士(何かいる!)
暗殺者「見つけましたよ」
剣士「いつの間に……。どうやってここに!? 戸締りはしてたのに!」
暗殺者「あんなもの、私からしてみればドアが開け放たれてるのと大差ありませんよ」
剣士「くっ!」
暗殺者「さあ、一緒に行きましょう」
少女「!」
暗殺者「あなたは私の最高傑作です。まだ幼いが、殺しの才能はピカイチだった」
暗殺者「だからあえて、組織が攻め込まれた時“抵抗せず従順にするように”と命令したのです」
剣士「…………!」
剣士(そうか。下手に反抗すれば、部隊に殺される可能性だってあったしな)
暗殺者「残念ながら、組織は潰れてしまいましたが、私さえいればいくらでも再起は可能です」
暗殺者「あなたという暗殺者のタマゴもいますしね」
暗殺者「むしろ、余計な足手まといが減ったというもの。私と二人で新しい暗殺組織を作るのです」
少女「……いや」
暗殺者「おや?」
少女「あたし……もう組織には戻りたくない」
少女「ここで……暮らす!」
剣士「…………」
暗殺者「何をいってるのやら。組織が潰れてからそう時間も経ってないのにどうしたんです?」
暗殺者「まさか、私の恐ろしさを忘れたんですか?」
少女「ううっ……」
剣士「だとさ」チャキッ
暗殺者「ん?」
剣士「この子はもう、殺しはやりたくねえんだよ。やりたいなら一人でやってろ」
暗殺者「そうはいきません。これほどの殺しの才能、手放すわけにはいかないのでね」
剣士「この子にゃ殺しの才能なんかねえよ。猫が好きな普通の子だ。見込み違いなんだよ」
暗殺者「普通? この子が? 笑わせてくれる!」
暗殺者「この子は普通になんかなれませんよ。殺し殺されの世界で生きていくしかないのです」
剣士「んなことはねえ!」
暗殺者「聞き分けのない方ですね。まぁいいでしょう。私も下らぬ議論などしてる暇はありません」
暗殺者「とりあえず、あなたは邪魔なので消しておきましょうか」ヒュッ
剣士(えっ、速――)
ズバァッ!
剣士「ぐ、あぁ……」ドザッ
少女「お兄さん!」
子猫「ニャン!」
暗殺者「ま、市井の剣士などこんなものでしょう」
暗殺者「さあ、行きましょう」
子猫「ニャーン!」バッ
暗殺者「邪魔だ」
ドガッ!
子猫「ニ゛ャッ!」
子猫「ニャア……」ガクッ
少女「ああっ!」
暗殺者「まったくこの短期間でだいぶ悪い子になったようですね。また調教し直さなければ……」
少女「ひっ……!」
剣士「ま、待て……よ……」ヨロ…
暗殺者「!」
剣士「せっかく仲良くなったのに……そいつを持っていかれたら困る……」
少女「お兄さん……!」
暗殺者「なかなか頑丈ですね。仕留めたと思ったのですが」
剣士「詰めが甘いな……。お前、ひょっとして暗殺者としちゃ二流なんじゃねえの?」
暗殺者「!」ピクッ
剣士「ちなみに教育者としちゃ三流だな」
剣士「何年もかけて、こいつを暗殺者にし損ねてるんだからな……ざまあねえぜ」ククッ
暗殺者「死に損ないの分際でうっとうしいですねえ……ならば今度こそ殺してやるッ!」
暗殺者「はあっ!」ギュンッ
ビュンッ! ヒュオッ! シュバッ!
剣士(やっぱ速え!)
暗殺者「とっとと死ねぇ!」
ザグゥ!
剣士「うぐ……!」
暗殺者「最初の一撃が効いてるようだな! 動きにキレがないぞ!」
剣士「あんなの効くかよ!(痛い痛い痛い!)」
少女「もうやめて! 死んじゃう!」
剣士「安心しろ……。俺のキャッチフレーズは……強い・優しい・かっこいい、だ。こんな奴には負けねえ」
少女「そんなの聞いたことないよ!」
剣士「じゃ、今から覚えとけ。それに……約束したろ? 俺は死なねえって」
剣士「はああっ!」ブンッ
ギンッ!
暗殺者「ぐうっ!?」
暗殺者(こいつ、まだこんな底力が!?)
剣士「せやぁっ!」ブンッ
ビュオッ!
暗殺者「ぬおっ……!」
剣士「シッ!」
ビシュッ!
暗殺者「ぐおおっ……!」
暗殺者(強い! だが、やはり最初に浴びせていた傷は……深いぞ!)ヒュッ
剣士「あぐっ!(針が傷口に――)」
暗殺者(足が止まった!)
少女(このままじゃ、お兄さんが殺されちゃう……!)
少女(あたしが……やらないと)
少女(あたしが……あの人を殺らないとッ!)
暗殺者「!」ピクッ
暗殺者(殺気を感じる……! そう、それでいい……!)
暗殺者(しょせんお前は暗殺者になる運命から逃げられない!)
暗殺者(この剣士を始末して再教育すれば、必ず暗殺者に戻せるッ!)
暗殺者(いかなる権力者もひれ伏し恐れる、最凶の暗殺組織を作れるッ!)
剣士「余計なマネすんな!!!」
少女「!」ビクッ
剣士「お前は……もう誰も殺さなくていいんだからな」
少女「う、うん!」
暗殺者「バカが……。あの子を加勢させてれば、勝ち目もあったものを」
剣士「いらねえよ……。俺は一流だぜ? 二流相手になんで助けを借りる必要がある?」
暗殺者「…………!」
剣士「ていうか、全然死ぬ気がしないんだけど。お前、暗殺者っていうか医者なんじゃねえの?」
剣士「お前に切られたおかげで寿命延びたわぁ~、ありがとぉ! 百まで生きれそうだ!」
暗殺者「ほざけェ!!!」
ギュオッ!
暗殺者(一瞬で頸動脈をかっ切る!)
剣士(やっぱり、な……。こんだけ煽ったんだ。完璧に狙ってきた……)
剣士(初めてあの子にナイフで切りかかられた時と同じ……。あの経験がなきゃ……殺られてた)
暗殺者(しまっ、読まれ――)
剣士「消えろ……。この世からも、あの子の中からもなァ!」
ザンッ……!
暗殺者「あ、がぁ……!」
少女「お兄さん! しっかり!」ダッ
剣士「うぐ……! ……猫は?」
少女「大丈夫、この通り!」
子猫「ニャン……」
剣士「よかった……俺より頑丈かも、な……」
少女「お兄さん死なないで!」
剣士「大丈夫だよ、このぐらいで死ぬ、もんか……」
少女「お兄さん、しっかりして! お兄さぁん……!」
…………
……
<病院>
隊長「今回は本当に助けられた。ありがとう」
剣士「“今回も”だろ」
隊長「怪我人だってのに、突っかかりの切れ味は落ちてないな」
剣士「当たり前だ。こっちは死にかけたんだぞ……あいたたた……!」
少女「お兄さん! お見舞いに来たよ!」
剣士「お、来てくれたか」
少女「えーとね、サンドイッチ作ってきた!」
剣士「いただきまーす!」
隊長「入院中なのに食っていいのか?」
剣士「腹を刺されたから、お腹がすくんだよ」
隊長「ところで、この子なんだが……」
剣士「!」
隊長「引き取ってくれる施設が見つかった。そこでなら心のケアも可能だろう。どうする?」
剣士「…………」
剣士「いや、この子は俺が育てる。俺が退院してしばらくしたら、学校にも通わせたい」
隊長「!」
剣士「いいよな?」
少女「うん!」
隊長「フッ、お前を選んだ俺の目に狂いはなかったようだな」
剣士「したり顔でそういわれるとなんか腹立ってくるわ」
少女「早く退院してね!」
剣士「ああ、分かってる」
少女「退院したら、またバトルしようね!」
剣士「しねーよ! また入院することになりかねないだろ!」
隊長(いざという時、この子を押さえられるという意味でも、こいつに引き取ってもらえるのはありがたい……)
…………
……
……
<家>
少女「ほーら、ご飯だよ」
子猫「ニャー!」
剣士「餌あげたか? んじゃ、散歩に出かけるか」
少女「うん! お留守番しててねー」
子猫「ニャーン」
<町>
少女「いいお天気だね」
剣士「ホントにな」
少女「こういう日は運動したくならない?」
剣士「たしかにな(運動ってまさか……)」
少女「ねえねえ、あのボール買ってもいい? 猫ちゃんも入れて遊ぼうよ!」
剣士「…………!」
剣士「ああ、いいとも!」
― 完 ―

