男「ゲーム買ってきたぞー、さっそくプレイだ!」
男「いけっ! やれっ!」
ザシュッ! ズバッ! ザンッ!
俺はあるゲームをプレイしていた。
勇者を操作し、剣で敵を倒していくアクションゲーム。
勇者の目的は“どんな願いも叶うという聖地を目指す”というもの。まあストーリーはあってないようなものだ。
既にネットでうっかりエンディングのネタバレを見てしまったが、さしてダメージはなかった。
元スレ
男「ゲームの女ザコにマジ惚れしちゃった……どうしよう」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1636794305/
男「それっ!」
ザシュッ!
男「ん、新しいザコ敵だ。女のザコもいるんだな」
男「……ん?」
男(この子可愛くね? 俺の好みにドンピシャなデザインしてるんだけど!)
グアッ! グアッ! グアッ!
男(あ、やべ、そうこうしてるうちに攻撃されまくって勇者のHPが……)
GAME OVER
男「なにやってんだ、俺は……。密かにゲームオーバーにならずクリア目指してたのに」
男「もう一回やろう」
男「こっちから攻撃だ!」
ズバッ! キャッ!
男「あ、悲鳴……。そりゃ上げるに決まってるか。敵の声もフルボイスだし」
男(所詮ザコだし何回か斬れば倒せるはず……)
男(なのに斬れない! こんな可愛い子、斬れるわけがない!)
GAME OVER
男「アホか、俺は……詰まる場所じゃねえだろ」
男「もう一回!」
男(心を鬼にして――)
グアッ! グアッ! グアッ!
男(ダメだ、攻撃できない! サンドバッグにされる!)
グアッ! グアッ! グアッ!
GAME OVER
男「また死んだ……」
男「とっととクリアしなきゃ! せめてきりのいいボスまで倒したい!」
GAME OVER
GAME OVER
GAME OVER
……
……
惚れた弱み(?)というのは恐ろしいもので、俺は何度となく女ザコに勇者を殺された。
何度やっても、何日経っても、結果は変わらない。
GAME OVER
男「うへえ、また死んだ~!」
いっそもうゲーム自体やめた方がいいと思うのだが、女ザコ見たさについついプレイしてしまうのだ。
男「やっぱ可愛い~」
GAME OVER
そして死にまくった。
難しさでゲームが詰んだ経験はあったが、こんなことは初めてだった。
ある日――
男(ゲームで女ザコに会うだけじゃ満足できなくなってきた……)
男(それなりにプレイヤーのいるゲームだし、あんな可愛いんだもん! 絶対絵を描いてる奴がいるはず!)
男(人気イラストサイト≪ベクシブ≫で検索!)カタカタ
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男「ないのかよ!?」
男(マジかよ。普通一件ぐらいありそうなのに、一人もいないとは……)
男(同じゲームの……たとえば途中で出てくる女の子や女幹部はいくらでもイラストあるのに!)
男(だったら、6chでスレを立ててみよう。物好きが一人ぐらい……)
スレッド『○○ってゲームに出てくる女ザコ可愛いよな』
男「……」
男「1レスもつかずに落ちた!」
男(いっそSNSで同志を探そう……)
男「……」
男「一人も見つからねえ!」
俺の心境を喩えるなら、広大な砂漠でありもしないオアシスを求め彷徨う旅人、といったところか。
男「ううう……どうして女ザコなんか好きになってしまったんだ」
男「しかも、マジ惚れだよ、マジ惚れ」
男「生身の人間だって、こんなに好きになったことないのに……」
男「ううう……」
男「寝よう……」ゴロン
男(ああ……女ザコに会いたいよう……)
…………
……
「起きて」
男「……むにゃ?」
「ほら早く」
男「だ、誰だ……」
女ザコ「おはよう」
男「んん!?」
俺は一人暮らしで、誰かに起こされるなどありえない。
もし誰かに起こされたら、真っ先に逃げるなり叫ぶなりするべきなのだが、俺はすぐ分かった。
目の前にいるのは、あの「女ザコ」だと。
男「これは……夢か?」ギュッ
男「いでえ!」
女ザコ「なにをしてるんだ?」
男「あ、いや……」
男(夢じゃない……。俺が惚れて、あんなに会いたがってた女ザコが現実に……!)
男「どうしてここに?」
女ザコ「何をいってる。お前が呼び出したんじゃないか。私に会いたいって」
男「呼び出したって……」
女ザコ「私はゲームの住民だが、お前からの念が凄まじくて、こっちの世界に来てしまったのだ」
男「あ、そうだったんだ」
男「だけど……」
女ザコ「なんだ?」
男「俺の想いが通じて君を呼び出せた。ここまではいい。だけどこんなことが本当に起こるなんて……」
男「これが成立するなら、世界中で同じようなことが起きてなきゃおかしいんじゃ……」
女ザコ「おそらくそれはこういうことではないか?」
男「?」
女ザコ「例えば、他のキャラは複数の人間に想われている。その中の誰かだけのところに行くことはできない」
女ザコ「しかし、私のことを想ってくれたのは、世界中でお前ただ一人だけだった」
女ザコ「だから、呼び出されることができたのだ」
男「君が超マイナーキャラだったから呼び出せたってことか」
女ザコ「そういうことだな」
男(少し複雑だが、今この時ほどマイナーキャラ好きでよかったと思ったことはない)
男「まあ、とにかく君は具現化して、俺に会いにきてくれた!」
男「最高だぁ!」バッ
女ザコ「気安くさわるな」バシッ
男「はぐぅ!」
女ザコ「呼び出されはしたが、好きなようにさせてやるとはいってない」
男「す、すんません……」
男「じゃあ、眺めてもいいですか」
女ザコ「それぐらいならいくらでも」
男「……」
男(ああ、美しい……。ゲームキャラから実在の人物になったのに、その違和感が全くない……)
男「とりあえず、なんか食べる?」
女ザコ「ああ、食べる」
男「じゃあ、パンでも……」
女ザコ「……」パクッ
女ザコ「うん、おいしい」
男「ホント、よかった!」
女ザコ「もっと食べたい」
男「いいよ、食べさせてあげる」
……
男「じゃあ、仕事行ってくるよ」
女ザコ「行ってらっしゃい」
男(女ザコと同棲することになるなんて夢みたいだ!)
~
男「ふんふ~ん」
同僚「お? なんか今日やけにテンション高いな」
男「まあね」
同僚「女でも出来たか?」
男「出来た……というより“出てきた”かな」
同僚「なんだそりゃ?」
男「ただいまー」
女ザコ「お帰り」
男「ん、この匂いは……」
女ザコ「私も料理を作ってみたんだ」
男「え、作れるの!?」
女ザコ「どうやら作れたようだ」
男「“ようだ”ってまあいいや。いただきまーす!」
女ザコ「どうだ?」
男「おいしいよ! うん、グッド!」
男「いやー、幸せだな~」
女ザコ「私はゲームキャラなのにか?」
男「もちろんさ。あんなに恋焦がれてたんだから」
女ザコ「ところで、私がいたゲームはやらないのか?」
男「ん、いい、いい。君が現れてくれたんだもん。あれはもう詰みゲーから積みゲーになったよ」
女ザコ「そうか……」
男「それじゃ今後ともよろしく!」
女ザコ「ああ、よろしく頼む」
……
男「今日は休みだし、出かけない?」
女ザコ「私が……いいのか?」
男「ずっとその服でいるのもなんでしょ。俺が服買ってあげるよ」
女ザコ「お前がいいのならば、同行しよう」
男「よっしゃ! それじゃレッツゴー!」
女ザコ「れっつごー」
男「合わせてくれてありがとう」
女ザコ「いや、別に……」
女ザコ「どうかな?」
男「よく似合ってるよ!」
女ザコ「じゃあ、これ……」
男「うん、買おう!」
女ザコ「お金は大丈夫なのか?」
男「趣味はゲームしかなかったし、そのゲームも大したレベルじゃないし、貯金はあるんだ」
女ザコ「ならいいのだが」
男「ここのジェラートはおいしいんだ。一緒に食べよう」
女ザコ「うん」パクッ
男「どう?」
女ザコ「おいしい!」
男「でしょ」
女ザコ「うん、おいしい!」パクパク
男「ゆっくり食べないと頭キーンってなるよ」
女ザコ「う!」キーン
女ザコ「質問がある」
男「なんだい?」
女ザコ「私はしょせん倒されるだけの存在だ。なのになぜお前はここまでしてくれる?」
男「決まってるだろ。俺は……君に惚れたからだよ」
女ザコ「……!」
女ザコ「ならば私も……もしかしたら、お前のことが好きになってしまったかもしれない」
男「え」
女ザコ「ほんの少し。ほんの少し、だがな」
男「ほんの少しでも嬉しいよ。本来なら、君と話をすることすらできなかったんだから」
女ザコ「だが……」
男「?」
女ザコ「いや、なんでもない。帰ろう。少しでもこの生活を楽しんでいたいから……」
ある日――
男「ったく、終業時間直前に『これやっといてくれ』なんて頼むの反則だよな~」
男「今日は二人で鍋やるって決めてるし、早く帰ろう」タタタッ
「……」ギロッ
男「な、なんだ?」
男(男が、俺をものすごい殺気で睨んできてる……なんなんだ、あいつ。さっさと帰ろう……)
タタタッ…
男「ただいま……」ハァハァ…
女ザコ「息を切らしてるが、どうした?」
男「怖い男に会ったんだ」
女ザコ「怖い男?」
男「俺を物凄い目で睨んできて……。だけど、どこかで見たことあるような……」
女ザコ「そうか、やはり来てしまったか」
男「え?」
女ザコ「いつか奴が来ることは分かっていた」
男「奴? え? まさかゲーム内に恋人がいたとか?」
女ザコ「そうじゃない。お前を睨んだ奴の正体はおそらく――」
「俺だ」
男「わっ!? さ、さっきの……! どうやってここに……!」
女ザコ「……」
男「こいつ何者だ!? 君、知ってるのか?」
女ザコ「お前もよく知ってるはず」
男「え!?」
女ザコ「こいつは……勇者だ」
勇者「……」
男「あ……!」
勇者「俺の用件は分かってるな?」
女ザコ「ああ……」
勇者「お前を殺しにきた」
女ザコ「……」
男「ちょ、ちょっと待て! なんでそんな……」
勇者「なんで? 分からんのか?」
勇者「お前がこいつに恋心を抱いたせいで、俺は何度も何度も死ぬはめになった」
勇者「挙げ句、ゲームは放置され、俺は永久に目的を達することはできなくなった」
勇者「その怨念が、俺をこうしてこの世界に具現化させたのだァ!」
男「あ、あああ……」
男(たしかに俺は何度もゲームオーバーになり、ゲームをクリアせず積みゲーにしちゃった……)
男(俺のせいなのか……)
男「待ってくれ! 今からゲームをクリアするから……」
勇者「もう遅い。この怨念は、女ザコを殺さねば決して晴れることはない」
勇者「だが、安心しろ。プレイヤーに手を出すことはしない。お前は黙って見ていればいい」
勇者「俺がこいつを殺すところをなァ!」
女ザコ「……受け入れるよ」
女ザコ「私は本来、お前に倒されるだけの存在だった。これが本来あるべき姿なんだ」
女ザコ「私を……殺してくれ」
勇者「いい覚悟だッ! ならば死ねぇっ!」
男「やめろォ!」バッ
勇者「!」
男「俺を殺せ! この子の代わりに……俺を殺せ!」
勇者「邪魔な……。もういい……だったら二人まとめて殺してやるゥ!」
男(これでいい! マジ惚れした相手のためなら……ここで死んでもいい!)
ドンッ!
男「えっ……」
男(突き飛ばされ――)
女ザコ「ダメだ……お前は死んでは……」
男「あ……」
ズバァッ!
ドサァッ…
男「あ、あああああああっ!!!」
男「しっかりしろォ!」
女ザコ「……これでよかったんだ」
男「え?」
女ザコ「ただ倒されるだけの存在だった……私が……」
女ザコ「お前と……楽しい生活を……送る、こと……できて……」
女ザコ「しかも、愛した男のために……死ぬことが、できた……」
女ザコ「これほど……幸せなことは、ない……。今まで……ありが、とう……」
男「う……あああああああああっ!!!」
シュゥゥゥゥ…
男「……」
勇者「……すまない」
男「いや……このことを招いたのは俺だ。あんたは悪くない」
男「俺があとできることは、彼女に報いるためにも、ちゃんとゲームをクリアすることだと思う」
男「だから、あんたも……すぐ戻ってくれ」
勇者「そうさせてもらう……」
シュゥゥゥゥ…
男(ゲームキャラが俺に会いにくること自体、まさに奇跡だったんだ……)
男(君の想いに報いるためにも、すぐにクリアしてやるからな!)
その後、俺はゲームを再開し順調に敵を倒し、クリアを果たした。
長らく見ることのできなかったエンディングを見た。
エンディングの内容は――
勇者「願いは……叶えない。もっと他の誰かに譲ることにする」
結局こういうオチである。
俺は前もってネタバレを見てしまっていたので衝撃も落胆もなかったが、
「ここまでプレイしてきてそれかい」というプレイヤーは多かったらしく、この結末はかなり酷評されていた。
ネット上でのこのゲームの評価は「面白いが、ストーリーは酷い」というところに落ちついている。
男「やっとクリアできた……」
男「これで勇者は満足してくれただろうし、女ザコもきっと……」
男(それにしても、聖地の願いを叶える力がどうなったのかは結局語られないんだよな。投げっぱなし)
男(この辺りが、このゲームがいまいち一流になりきれなかった要因か)
男「ん~……さて、寝るか!」
男(だけど、できればもう一度……)
…………
……
男「クライアントのところに行ってきます」
同僚「新規だっけ? 頑張れよ!」
男「初めて会う人だから緊張するよ……」
上司「絶対契約取ってこいよ!」
男「ぜ、善処します」
上司「善処だぁ? ったく頼りないな」
男(あー……相手はどんな人だろ)
男「……」ドキドキ
女「お待たせしました」
男「いえいえ――」
男「え!?」
男(そんな……そっくりだ!)
女「どうしました?」
男「あ……いえ……失礼しました」
男(どういう力がどう働いたかはさっぱり分からない!)
男(だが、これは……どう考えても、俺の願いが叶えられたようにしか――)
男「それじゃ、打ち合わせを始めましょうか」
女「はい、よろしくお願いします」
男「じゃあ、こちらの資料を……」ガサゴソ
女「あの、なんとなくなんですけど……」
男「?」
女「あなたとは長いお付き合いになりそうですね」ニコッ
―おわり―