友「じゃあ、また明日なー」
男「ああ。じゃあな」
男「すっかり遅くなったな」
学校からの帰り道。
文化祭の準備が予想以上に長引き、辺りはもう真っ暗だった。
最近夜は冷え込むし、早く帰ろう。
順調に歩みを進めていた、そのときだった。
?「……!! …………!!」
男「ん? 女の子の悲鳴……? 気のせいか?」
元スレ
少女「いやぁーっ!」 男「あれって……レイプ!?」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1321076666/
いや。
確かに聞こえた……。
音が聞こえたほうに近づいて目を凝らしてみる。
うっすらと見える。
曲がり角から凄い勢いで現れた人影が、
追いかけてきたらしいもう一つの人影に捕まった。
そして……押し倒された。
男「なんだよ、あれ……」
暗くてよく見えないが、一人目のほうは多分女性だ。
小さい体に、ひらひらとスカートが翻っているのが分かる。
それに対して、もう一人のほうは体の大きさからみて男性。
女の子を押し倒してその手足を押さえつけている。
男「あれって……レイプ!? た、大変だ」
とんでもない場面に出くわしてしまった。
足が震えだす。怖い。怖くてたまらない。
情けないことに一番に出てきた感情がそれだった。
けれど、もう一刻の猶予もない。
女の子は必死に抵抗しているが、力で敵うわけがない。
男「そうだ! 警察、警察を……」
慌てて携帯をポケットから取り出す。
そして思った。
当然、通報を受けた警察官はとんで来るだろう。
けど、それで間に合うのか……?
手遅れになりはしないのか……?
男「……」
俺はもう一度二つの人影を見る。
そして、一歩前へ踏み出した。
少女「いやっ……やめてぇ!! いやーっ!」
?「……」
男「うあああああああ!!」
全力で走る。
そのまま、女の子に乗っかっている男に激突した。
?「っ……」ズシャア
奴は転がりながら吹っ飛び、右手を付いた。
女の子をかばうように前に出る。
足の震えはもう消えていた。
男「く、来るならこい! 警察はもう呼んだぞ!」
携帯を相手に見えるように突き出す。
画面には……110の数字。
?「っ!?」
少し間があった。
携帯の光でうっすらと顔が見えた。
映画に出てくる強盗が被るような、顔全体を隠すマスクを着けていた。
人影はゆっくりと身を翻すと、曲がり角へと消えていった。
男「は、はああ~~~」
気が抜けて、マヌケな声が出てしまった。
襲い掛かってくるんじゃないかと思っていたけど、
意外にも早く諦めてくれたようだ。
男「……はっ! 君、大丈夫……」
少女「……ぐすっ、えぅぅ……」ガタガタ
案の定、女の子は縮こまって泣いていた。
女の子は中学の制服を着ていた。俺の通っていた中学のものだ。
その制服はところどころが破られていて、女性の肌に免疫のない俺は慌てて目をそらした。
……大丈夫なわけがないか。
バカな言葉を発しそうになった自分を殴りたくなった。
男「……」
少女「……すっ、ぐす、ひっく、ぐす……」
どうすればいいんだろう。
気の利いた言葉なんか、少しも浮かんでこない。
俺は学ランを脱ぐと、女の子の肩に被せた。
少女「ひっく……?」
男「ちょっと汗臭いかもしれないけど……」
ほとんど声が出なかったのが自分でも情けない。
女の子は感触を確かめるように肩にかけられた服を握る。
そこで、初めて助けられたことに気付いたようだった。
少女「ふえぇ……ぐすっ」
男「な、泣くなって。ほら、あいつは追っ払ったからさ」
少女「……」コクコク
男(か、かわいい……何かしてあげるべきか……背中をさするとか? いや、でも、女の子の体に軽々しく触れるのも……)
少女「ぐすっ――あ、あの、ありがとうございます……」
ふらふらと女の子が立ち上がる。
男「あ、無理しちゃ……」
少女「ひゃ!?」
よろめいた女の子は、そのまま俺に倒れてきた。
反射的に抱きとめる。ふわっと、いい香りがした。
男「……」
少女「……あ」カァァ
ぷに、と色んな柔らかい感触が伝わってくる。
女の子の体って、柔らかいんだな。
そんなことを思った。
男「……」ゴクリ
少女「……」
その体勢からしばらく動くことができなかった。
密着しているからか、女の子の息遣いが伝わってくる。
やがて沈黙を切り裂いたのは女の子だった。
少女「あ、あの、よよよろしければ、おっお名前を教えてくれないでしょうか!?」
意を決したようにそう言って、俺を見る。
顔はトマトのように真っ赤だった。
そして、固まった。俺も……その女の子も。
男「……!?」
少女「……!?」
男「名前なら、よく知ってるだろ……」
妹「お、お兄ちゃん!?」カアアアア
俺は穴があったら入ってその中で死にたくなった。
しばらく二人とも呆然としていた。
だが妹がはっとして俺の体を押しのける。
妹「ちょ、ちょっと近い! 離れてよっ!」
男「あっ、悪い……」
妹(こここ、これどういうことっ! まさか助けてくれたのがお兄ちゃんだったなんて……)
男「妹」
妹「ひゃいっ」ビクッ
男「ど、どうした? どこか痛むのか?」
妹「なんでもないっ」
男「そっか……とにかく、家に帰ろう。あいつが戻ってきたら大変だし。父さんにもこのことを話さないと」
妹「あ、うん……っと」クラッ
男「!? おい、やっぱりどこか打ったんじゃ……」
妹「だいじょぶ……だって」
それが強がりだということはすぐに分かった。
昔からそうなんだ……こいつは。
男「意地っ張りだな……ほら、おんぶするよ」
妹「え、マジ? は、恥ずかしいって……」
男「頼むから言うとおりにしてくれ」
妹「……」
男「妹」
妹「……わかった! わかったよぅ……」
覚悟を決めたのか、背中に妹が乗っかる。
俺は立ち上がり体勢を立て直すと、家を目指して歩き出した。
妹「……」
男「なんだよ。急に静かになったな」
妹「……別に」
静かだった。
暗闇の中、足音だけが一定のリズムを刻んでいる。
どれほど時間が経ったんだろうか。
もうすぐ家に着くというときに、妹が口を開いた。
妹「……やさしい」
男「え?」
妹「だ、だから……優しいじゃん? なんか。いつもはあんまり話さないのに」
男「……」
そういえば……そうかもしれない。
高校生になってから、色々と忙しくなって……。
俺は次第に、妹に対して無関心になっていた。
嫌いなわけじゃない。ただなんとなく、避けていたような気がする。
男「そりゃあ、あんなことがあったからな」
妹「……そっか、そうだよね」
なんだか、声のトーンが落ちた気がした。
何か勘違いさせてしまったのだろうか?
男「ま、それだけじゃないけどな」
妹「……え」
男「やっぱ、大事な妹だからさ。俺が守らなきゃ、って思ったんだ」
妹「……っ」
妹の体が少し強張った。
男「? どうかしたか?」
妹「別に……てゆーか、いきなりクサいこと言うなっ!」
男「俺は事実を言っただけだ」
妹「ふーん……お兄ちゃん、シスコンだね」
男「なっ……お前な、いい加減にしないと放り投げるぞ」
妹「やれるもんならねー」
男「くっ……」
なんて生意気なやつだ。
妹「そういえばさあ……」
男「ん、なんだ?」
妹「あいつの前に出たとき、なんか見せてたよね。あれなんだったの?」
男「ああ、携帯のことか? 警察呼んだって分かったら、怯むかなって思ったんだよ」
ポケットから再度携帯を取り出し開く。そこには110の数字。
さっき、暴漢を追い払うのに使ったやつだ。
男「……げ、よく考えるとこれ発信前の画面じゃないか……バレなくてよかった……」
妹「は……? お兄ちゃん、それで相手が襲いかかってきたらどうするつもりだったの?」
男「え、えーと。まあどうにかなるだろって」
妹「……なるわけないじゃん。ばっかみたい」
男「な! バカとはなんだバカとは!」
妹「だってホントのことだもーん」クスクス
あれ……。
楽しそうに笑っている妹の声を聞いて、疑問に思う。
俺たち、こんなに仲良かったっけ?
こんな楽しそうな妹を見るのも、こんなに妹と話すのも、随分と久しぶりだった。
妹「……でも、ありがと。お兄ちゃん……」ボソ
男「え? なんて?」
妹「な、なんでもないっ」
まもなく家に着く。
心なしか、肩を掴む力が強くなった気がした。
・・・
男「ただいま」ガチャ
妹を降ろすと、玄関を開けて中に入る。
その物音を聞きつけてか、リビングからひょこっと顔が出てきた。
父「おお、おかえり。遅かったな……珍しいな、二人一緒なんて」
男「いや、大変なことがあって」
妹「……」
俺は妹の姿が父に見えるように、横にずれた。
父「ッ!? これは……」
男「とにかく詳しいことは後で話すよ」
父「男、お前ついに妹に手を出したのか? しかも無理やり……」
男「いいからソファーにでも座ってろ。な?」
俺たちは、ひとまず先程の出来事を話すべく、リビングに向かった。
男「……とまあ、こういうことなんだ」
父「そんなことが!? ……二人とも怪我はないのか!?」
妹「……うん」
男「大丈夫だよ。わりとあっさり逃げてくれたから、怪我とかはしてない」
父「そうか……」ホッ
男「あ、でも……妹がちょっと具合悪いみたいなんだ。
父さん、ちょっと診てやってくれよ」
父「ああ、任せてくれ。妹、こっちに来なさい」
妹「ん……」
父さんは元医者だ。
今は近くの大学で教鞭をとっている。
腕は確かで、そこらへんのヤブ医者に任せるよりはよっぽど信頼できた。
父「めまいはまだするか?」
妹「……」ブンブン
妹は首を横に振る。
家に戻ってから、妹はいつもの調子に戻ってしまった。
さっきの生意気な様子がうそのように寡黙だ。
父「ふむふむ……心配ない。ショックを受けたことによる一時的な疲労だろう。休めばよくなるさ」
男「そうか、よかった」ホッ
父「警察には私が連絡しておこう。二人とも今日はもう休め。疲れただろう」
男「ああ……そうだな、そうさせて貰うよ」
無事帰宅して気が緩んだのか、どっと眠気が襲ってきた。
ふわあ、と大きな欠伸をする。
妹「……お風呂入る」トテトテ
妹はそういうとバスルームに消えた。
やれやれ、父さんにお礼ぐらい言えばいいのに。
父「新しい制服も買わないとな……全く、物騒な世の中になったもんだ」
父さんはぶつぶつと愚痴をこぼしながら携帯電話をいじっている。
邪魔をしないように、部屋にでも行ってるか……。
俺は二階に上がり、自分の部屋に入った。妹の部屋は廊下を挟んで向かい側だ。
ベッドにダイブして、一息つく。
そしてあの暴漢について考える。
男「あのくそ野郎……捕まったら、絶対一発殴ってやる」
ゆっくりと目を閉じる。
俺の意識は、だんだん遠くなっていった――
・・・
・・
・
男「おとーさん、おかーさん。そのこだれ?」
父「この子は、今日からお前の妹だ。仲良くするんだぞ」
男「いもうと……」
妹「……」ビクビク
母「怖がらないで、妹ちゃん」
男「おいで、いっしょにあそぼうよ」ニコッ
妹「……うんっ」
・
・・
・・・
男「――はっ」
目が覚めた。
時計を見ると、どうやら30分ほど眠っていたようだ。
男「夢、か……」
なにか懐かしい夢を見ていた気がする。
男「顔でも洗ってくるか」
階段を降り、洗面所に向かった。
男「ふー……」ガラッ
洗面所がある、脱衣所の引き戸を開ける。
妹「へっ……」
男「……」
妹「……」
一瞬時が止まったように感じた。
そこには、一糸纏わぬ姿の妹がいた……。
男「……あ”っ」
妹「……ッ」プルプル
男「ご、ごめ」
妹「バカぁーーーーーーーッ!!!!!!」
……その後必死に謝って何とか許してもらったあと、
俺は顔を洗うついでに入浴を済ませた。
男「さて、寝るか……」
電気を消してベッドに入る。
明日は文化祭だ。
よく寝ておかないとな……。
――――
男「眠れない……」
当然といえば当然なのかもしれない。
あんな強烈な体験をした後で易々と眠れるほど、
能天気な性格ではない。
男(妹は、寝てるんだろうか……)
ふと、向かいの部屋が気になった。
やはり心配だ。考えてみれば、
妹は俺よりずっと心に傷を負っているはずなのだ。
さっき見た夢を思い出す。
あの頃の妹は、泣き虫だったな……。
今も壁の向こうで妹が泣いている気がして、心が落ち着かない。
いっそ様子を見に行こうか。
そんなことを考えたときだった。
ドアがゆっくりと開いて、僅かに光が入ってくるのが見えた。
何者かが動く、衣擦れの音が聞こえる。
そのまま入ってくる……。
ドアがゆっくり閉じた。
男(誰だ?)
何者かは、そろそろと俺の寝ているベッドに近づいてくる。
まるで起こさないように気をつけているみたいに。
何者かが、ベッドの横まで来た。
薄目を開けて確認してみる。
男(……妹)
感づいてはいたものの、本当にそうだとは。
男(一体、何が始まるんだ?)
妹「……」スッ
妹の手が布団にかかる。
そのまま布団をめくると、妹はその華奢な体を中に滑り込ませた。
男(え、ええー!?)ドキドキ
妹「……」
男(な、なんだ? どういうつもりだ……?)
妹「……」ギュ
そしてあろうことか、妹は俺の腕に絡まるように密着してきた。
腕に当たる何かの感触――心臓の鼓動が、妹に聞こえてしまわないか不安だった。
妹「……ん」
耳元に息がかかる。
甘い匂いがして、頭がクラクラした。
――もう限界だ。
その緊張に耐えられず、俺は寝たふりをやめる事にした。
男「……何やってんだ、お前?」
妹「ふわッ!?」ビクッ
声を出した瞬間、妹の体が飛び跳ねたような気がした。
妹「あ……う」カアア
男「……」
妹「これは……その、違う!」
男「何が?」
妹「し、仕方なく! お兄ちゃんが一人で怖がってるかなって思って、仕方なく来てあげたんだから!」バタバタ
男「あー……分かったから、少し落ち着け」
要するに、一人で寝るのが怖かったから、俺のベッドに潜り込んだ……という解釈でいいんだろうか。
妹「や、やっぱりあたし、戻る」
妹がベッドから出ようと身を起こす。
反射的に、俺はその手を掴んでいた。
男「……」
妹「な……離してよ」
ほんのり赤くなったその顔を見ると、
手を離してはいけないような気がした。
だから言う。
男「そうだな」
妹「え……?」
男「実は怖かったんだ。一人で寝るの。……だから、妹が一緒にいてくれると助かる」
妹「お兄ちゃん……」
男「……」
妹「……わかった。仕方ないなぁ、お兄ちゃんは」
男「そう、仕方ない」
妹「じゃ、じゃあ……おやすみなさい」
男「ああ……」
妹「……」
背中合わせになって転がる。
妹の体温が背中に伝わって、温かい。
男「なあ、妹」
妹「……なに?」
男「明日さ、高校の文化祭なんだ。……その、よかったら……一緒に回らないか?」
妹「文化祭に……あたしと?」
男「うん……ほら、気分転換にどうかなーって思ってさ」
妹「……」
妹は黙ったままだ。
迷っているのだろうか?
男「だ……ダメかな?」
妹「ううん……行く」
男「そうか」ホッ
体勢を変えて、妹の背中に話しかける。
男「俺は準備があるから……そうだな、昼に学校で待ち合わせしよう」
妹「うん、わかった」
男「一人で来られるか?」
妹「大丈夫だよ……お兄ちゃん、あたしのこと子ども扱いしてる?」ムッ
男「中学生になったばかりで、よく言うよ」
妹「子どもじゃ……ない」
妹がこちらを向いた。
向かい合う形になる。
月明かりに照らされた妹の顔は、いつもよりずっと綺麗に見えた。
妹「む、胸だって……大きくなってきてるし」
男「そ、そういうことじゃ……」
妹「確かめて……みる?」
男「へっ?」
そういうと、妹は俺の右手を掴んだ。
俺の手を誘導し……自らの乳房に押し付ける。
ぷにゅ、と生々しい感覚が手のひらに伝わった。
妹「……ッ」
男「ちょっ……」
妹の顔は真っ赤に紅潮している。
そんなに恥ずかしいならやらなければいいのに……。
妹「……ぁっ……」
男「!」
妹の口から甘い喘ぎが漏れる。
その官能的な響きに、無常にも俺のモノはしっかりと反応していた。
バカ……なに興奮してるんだ。
妹だぞ? ありえないって……。
必死に抑えようとするが、俺も男だ。
こればかりはどうにもならない。
妹「ふぁ……んっ、おにい……ちゃん」
耳元で俺を呼ぶ妹の声がする。
脳に直接麻薬を打たれたような、ふわふわとした高揚感があった。
きっと俺はもう理性を失っている。
妹「……あっ、ん……」ビクッ
右手に力を込める。
そのまま、円を描くように小ぶりな乳房を揉んだ。
男「……」
妹「んん……ふぁっ!?」
親指と人差し指で、中央の突起を摘む。
あまり力を入れすぎないように注意しながらこねくり回した。
刺激が強すぎるのか、妹の体が小刻みに揺れる。
妹「お兄ちゃ……おっぱい、もんじゃ……だめぇ……んっ、あっ……」
ふと、妹の手が俺の股間付近に伸びた。
服を押し上げていた怒張は、当然手に当たる。
妹「あ……ここ、おっきくなってる」
男「こ、これはその……仕方なくて」
妹「そ、そうなんだ」
本当に、どうかしている。
妹の胸を触って……妹の声を聞いて、勃起するなんて。
そんなことを考えていると、不意に、妹の手がそれに触れた。
男「……!?」
妹「えっと、こうすれば……気持ちいいんだよ……ね?」
ぎこちない手つきで妹がそれを扱く。
服の上からとはいえ、自分でするのとは全く違う快感が押し寄せた。
男「あ……」
妹「えへへ……気持ちいい?」
男「……」
俺は右手を布団の中へと移動させた。
ちょうど妹の手とクロスするような形になる。
妹「……え? やっだめ、そこは……」
俺は妹の制止を聞かず、パジャマの中に進入した。
さらさらしたショーツの上から、割れ目を優しくなぞる。
そこは既に、しっとりと湿り気を帯びていた。
妹「あっ……ん、あ……」ビクビクッ
触れただけで軽く達してしまったのだろうか。
妹の体がビクン、と波打った。
妹「お、にいちゃん……」
男「妹……」
もう、どうにでもなってしまえ。
俺が妹のズボンに手をかけた、そのときだった。
ドン、ドン、ドン、ドン
男「!?」ビクッ
妹「!?」ビクッ
階段を上る足音が聞こえた。
一気に意識が現実に引き戻される。
俺と妹は、弾かれるように背中合わせになった。
トッ、トッ、トッ、トッ……
足音は徐々に近づいてくる。
そして止まった。続いて、ドアが開いて、閉まる音。
この二階には、俺と妹の部屋以外に父さんの部屋がある。
そこの扉の音なのだろう……。
男「行った……みたいだな」
妹「う、うん」
きまずい空気が流れる。
男「……」
妹「……」
俺は心の中で父さんに感謝した。
完全に暴走していた……何してるんだ、俺は。
男「……もう寝よう。明日のこともあるし」
妹「……うん」
そう言うと、俺は目を閉じた。
翌朝――正午
友「男……どうした? 元気ないな」
男「別に……」ドヨー
学校の屋上。
俺は自分の仕事を終え、友と一緒に休憩をとっていた。
……昨日の夜のことが、朝から頭から離れなかった。
妹とは、朝から今まで一言も話していない。
男「嫌われたかなぁ……」
昼に待ち合わせの約束だが、来てくれるかは怪しいものだ。
俺は深いため息をついた。
友「ふーーーーーん……」
男「な、なんだよ」
友「女、だな……」
ドッキィィィィ!!
思わず飛び跳ねるところだった。
こいつ……なかなかに鋭い。
さすが、メガネをかけているだけの事はあるな。
友「図星か?」
男「そっそんなわけあるか! 妹のことだ……」
友「妹ぉ?」
男「ああ……ちょっと、色々あってな」
友「ケンカか?」
男「まあ、そんなとこだ」
友「しっかたねえなあ。じゃあいっちょこのオレが、親友を慰めてやろうかなっと」
友はそう言うと、俊敏な手つきでバッグから何かを取り出した。
男「なんだそれ……? ロボット?」
友「その通り! オレの発明品、スカートめくり君1号だ!」
そういや、友はロボット研究部員だったな。
しかし、そんなマヌケなロボットをよく顧問の先生が許してくれたもんだ。
男「で、どうなるんだよ」
友「いいからこっちに来い!」
俺は友に誘われるまま、屋上を出て下の渡り廊下まで来た。
友「ターゲット発見。初仕事だ。……ゆけ。スカートめくり君1号」
哀れにも犠牲者となったのは、一年生の女子だった。
友の手から放たれ、音もなく彼女の足元へ忍び寄った鋼鉄の悪魔は、
その両腕をスカートに掛ける……。
その滑らかで一瞬の隙もない動きは、
さながら背後から敵を暗殺する忍者を連想させた。
そして……次の瞬間、悪魔が両腕を一気に振り上げた!!
女生徒「……ふぇっ?」
見事に、いちご柄のパンツが露わになる。
そして甲高い機械音声が聞こえる。
「ピー。セイコウ。セイコウ!」
友「いちご柄はいい。心が洗われる」
女生徒「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
……大惨事だった。
女生徒はその場にしゃがみ込んで大泣きし、周りからの注目を集めている。
友「よし! 男、この調子で次いくぞ次! やっぱり縞パンも捨てがたいよなあ! それ!」ハハハ
続いて鋼鉄の悪魔は、スーツのスカートを捉える。
そして黒いレースのパンツが露わになる……。
……ん、スーツ?
男「と、友……!」
友「え?」
先生「楽しそうだな? 友」ゴゴゴゴゴゴ
友「くぁwせdrftgyふじこlp;@」
凄まじいオーラを伴って現れたのは、担任の先生だ。
確か、ロボ研の顧問でもあった。
スカートめくり君1号は、前に出すぎたのだ……。
先生「私に隠れてこんなモノを作っていたとはな……」
友「いいパンツでした。先生」
先生「来い……説教だ」
襟首を掴まれて連行される友の背中には、どこか哀愁が漂っていた……。
先生「ああ、そうだ。男」
男「は、はい?」
先生「さっき妹さんに話しかけられてな。お前を探していたぞ。一階の靴箱付近で待っているはずだから、行ってきなさい」
男「……!」
男「はい! ありがとうございます!」
妹が来た……!
俺は全速力で、一階に向かった。
・・・
妹「お兄ちゃん……どこいるんだろ」
まったく、待ち合わせるなら場所の指定くらいしなさいよ。
あたしは心の中で文句を言った。
ほんとに昔から抜けているのだ。
生徒A「ねーほら、あの子見てー」
生徒B「カワイー」
妹「……」
教室の影から、女の子の声が聞こえる。
どうやら、あたしのことを話してるみたいだった。
妹「かわいい、って……」
身に着けている、お気に入りの黄色いワンピースを見る。
今のあたしは、本当にかわいいのだろうか。
硝子に映った自分の姿を見て、ため息をついた。
お兄ちゃんは、かわいいって言ってくれるのかな……。
そんなことを思いながら。
男「はぁっ、はぁっ……おーい、妹ー」ゼエゼエ
階段からお兄ちゃんがやってきた。
ひどく息を切らしている。
妹「おそいよ。ばか兄貴」
男「悪い。まさか来るとは……ああいや、なんでもない」
妹「いいから行こ。お腹すいた」
男「あっちょ、待てって」
お兄ちゃんの手を掴んで歩く。
作戦が成功した瞬間だった。
女生徒「お待たせしましたご主人様♪アイスコーヒーでございます」
男「あ……はい」タジタジ
お兄ちゃんと昼食を取るためにやってきたのは、メイド喫茶だった。
フリフリの可愛い衣装に身を包んだメイドさんが、
せっせと働いている光景は新鮮だ。
テーブルにはオレンジジュースとサンドイッチセットが二つ、
そしてアイスコーヒーが並んでいる。
妹「なに緊張してんの? ばっかみたい」
男「う……」
妹「お兄ちゃんが列が出来てるからここにしようって言ったくせに」
男「しょうがないだろ、メイドさんは見慣れてないんだ」
そう言ってお兄ちゃんはサンドイッチを頬張る。
男「うん、やっぱ行列が出来てただけあってうまいぞ」
自分のサンドイッチを齧ってみる。
あ……ホントだ。
妹「おいしい……」
男「だろ?」
自分が作ったわけでもないのに、得意げなお兄ちゃんがおかしかった。
自然と笑みがこぼれる。
メイド喫茶を出て、校舎をぶらぶら歩く。
妹「そういえば、お兄ちゃんのクラスは何やってるの?」
男「俺のクラス? ……じゃあ行くか」
お兄ちゃんについていくと、やけに騒がしいところに来た。
なんだかわーだのきゃーだの、色んな悲鳴が聞こえてくる。
妹「ここって……」
男「お化け屋敷だ」
妹「……」
男「どうした? 怖いのか?」
妹「誰が! はやく入ろ」
受付「道なりにお進みください」
中は豆電球がぽつぽつと灯っているだけで、とても暗かった。
妹(昨日の夜みたいだ……)
なんとなく昨日のことを思い出して、身震いする。
男「妹、大丈夫か?」ギュ
妹「へ?」
お兄ちゃんの手が手に触れる。
……心配してくれているのかな。
妹「うん……ありがと」
手を握り返す。
温かさが心地いい。
暗闇の中を歩く。
すると突然、何処からか黒い塊が飛び出してきた。
黒い塊(てめー女連れできやがって! 死ね!)
男「うわ!?」
驚いてバランスを崩したお兄ちゃんの体が覆いかぶさってくる。
押し倒されたような形になった。
股の間に膝が入り込んでいて、ぎゅうっと奥に押し付けられる。
妹「ちょっ……」
さらに手が胸に着地する。
指が食い込む感触に、抗うすべもなく体が反応してしまう。
妹「はぅっ…………」ビクッ
男「妹、ごめん……」
妹「こ、こ、この……」カアア
頭にゲンコツをプレゼントした。
妹「お兄ちゃんがびっくりしてどうすんの!?」
男「いてて……足踏みやがったんだよあいつ」
そそくさとお化け屋敷を抜け、廊下を歩く。
お兄ちゃんの馬鹿さ加減には本当に恐れ入る。
ただ、お兄ちゃんに体を触られるのは嫌ではなかった。
男「ちょっとトイレ。ここで待っててくれ」
妹「うん」
男子トイレに消える背中を見送る。
一人になれて、実はホッとしていた。
ある決意をしていたからだ。
お兄ちゃんがそばにいると、どうにも心の整理がつかない。
一人で深呼吸をする。
少し気が楽になった、そのときだ。
DQN1「よお、俺たちと遊ばねえ?」
どきっとした。
ガラの悪い男が、目の前に2人いた。
一瞬自分に向けられた言葉だとは信じられなかった。
けれど、そいつの眼はじろじろと、舐めるようにあたしを見ている。
DQN2「おい、無視すんなよ」
そいつらの顔は知っていた。
同じ中学の3年生で、いつも悪さをしている奴だ。
もっとも、あっちはあたしの事なんか知らないだろうけど。
妹「は、はなして……!」
DQN2「来いよ」
男の手が肩にかかる。
いやだ、痛い。助けてお兄ちゃん……!
DQN1「今日はこいつにしようぜ、へへ」
DQN2「カワイイねー、君」
大声を出してやろうか。
そう思ったとき、あたしの肩を掴む男の腕を、掴む手があった。
男「ストップ」
DQN2「……あ? なんだてめえ」
DQN1「邪魔すんじゃねーよ」
男「まいったな。せっかく手を洗ったのに、
こんな汚い腕を触ったら台無しじゃないか」
DQN1「殺すぞコラァ!」
DQN2「てめー……」
DQN1「殺すぞコラァ!」
DQN2「てめー……」
男「妹! 走れ、こっちだ!」
妹「うん!」
肩から手が外れた瞬間、お兄ちゃんの手を掴んで走り出す。
「昔ながらの遊び体験コーナー」と描かれた看板が目に入った。
お兄ちゃんは、すぐそこに置いてあったビー玉のたくさん入った袋を取ると、
床に撒き散らした。
DQN1「うおっ!?」
DQN2「おわっ!?」
ビー玉に足を取られて、男たちがすっ転ぶ。
思わず小さくガッツポーズを取った。
男「こっちだ!」
あたしたちは階段を上っていった。
怖い先生「オラァそこ何を暴れてる!」
DQN1・2「ヒィィィィィ!!」
――屋上
男「はあっ、はあ……ここに来れば大丈夫だろ」
妹「はあ、はあ……なんで、屋上?」
男「今日は誰もこんなとこ来ないだろ。あいつらここの生徒じゃなさそうだし、たどり着けない」
言われて気付いた。
ここにはあたしたち以外の人は居なかった。
金網の外に見える景色を眺めながら、呼吸を整える。
妹「わー……高いね」
男「そりゃそうだ。屋上だからな」
そっか、と二人で笑う。
妹「……お兄ちゃん、ありがとう」
男「お、おう」
男(なんだ? いやに素直だな)
妹「なんか、昨日からあたし、守られてばっかりだね」
昨日のことを思いながら言う。
男「そんなこと気にすんなよ。ああそうだ、昨日といえば、その……」
妹「なに?」
男「いや、昨日の寝る前のことなんだけど」
妹「あ……」カアア
お兄ちゃん……あのことを気にしてたのかな。
昨日の深夜を思い出して、照れくさくなった。
自分でも、お兄ちゃんからああいうことをするとは予想外だったから……。
男「ごめんな、変なことして。一時の気の迷いっつーか、なんつーか……」
妹「あ、あたしは……全然嫌じゃなかったよ?」
男「それ……どういう」
心臓が弾む。今日言うって、決めていた。
ここなら――誰も見ていない。誰にも邪魔はされない。
妹「お兄ちゃん、あのね」
男「なんだ?」
妹「あ、あたし……」
そして、その言葉を口にした。
妹「男の人として……お兄ちゃんが、好きです」
男「――――」
お兄ちゃんの眼が、真っ直ぐにあたしを見た。そして……
男「それは嬉しい……でも」
悲しそうな顔で言った。
男「俺たちは……兄妹だ」
妹「あ……」
瞬間、頭が割れるような痛みに襲われた。
拒絶された? 心が痛い。意識が遠くなる。
あっ、と思った瞬間、重力が何倍にもなった気がして……体が崩れ落ちた。
目の前が暗くなる。最後に見たのは、驚いているお兄ちゃんの顔だった。
・・・
男「……妹っ! 妹っ!?」
妹の体を激しく揺さぶってみる。
反応がない。
うっすらと開いた眼には生気がなく、まるで死人のようだ。
男「保健室っ!」
あれこれ考えている暇はない。
俺は妹を抱え上げると、保健室を目指して走り出した。
男「着いた……っ」
「文化祭中使用禁止」
保健室のドアには、そんな張り紙がある。
男「うそだろ……」
絶望感が体中に駆け巡った。
力が抜け、その場に膝をつく。
友「うう……ひどい目にあった」
先生「ほら、しっかり歩け」
奥のほうから、見慣れた顔が歩いてくる。
男「あ……先生! 友!」
友「おお、男……ってなんだそりゃ!?」
先生「どうした!? 何があった?」
男「分からないんです! 急に倒れて……でも保健室が開いてなくて、俺、どうしたらいいか!」
先生「落ち着け。近くの病院に行くぞ。一緒に来い」
友「おっし。オレも協力するぜ」
先生「お前は反省文があるだろう。来るな」
友「そりゃないぜ……」シクシク
体に力が戻った。
俺は先生と協力して妹を担ぐと、病院に向かった。
・・・
――病院
意識を失った妹には、すぐに医師による診察が行われた。
やがて診察が終わると、俺と先生は診察室に呼びだされた。
先生「それで、妹さんの容態はどうなんですか」
医者「一体……何と申し上げればいいのか」
医者は、苦虫を噛み潰したような表情で口ごもった。
妹は、そんなにも危険な状態なのだろうか。
先生「大丈夫か、男」
男「……俺は大丈夫です」
先生「お願いします。どうか、ありのままを伝えて貰えませんか」
医者「……分かりました」
医者は、意を決したように俺たちに向き直る。
医者「結論から言いますと、私どもにも、よく分からないのです」
男「分からない?」
医者「ええ……妹さんは全くの健康体なんです。ただ、倒れた際に頭を打ったようなので、念のためにレントゲンを撮ったんです」
医者はテーブルに伏せてあった一枚のレントゲン写真を持つと、
こちらです、と呟いてホワイトボードに貼り付けた。
医者「後頭部の部分です。ここを良く見てください」
俺は、医者が指差した部分に目を凝らした。
男「なんだ、これ……」
先生「……!」
医者「そう……あるんですよ。非常に小さい、きっちりと正方形をした、何らかの物体が。おそらくこれは、マイクロチップのようなものです」
医者「更に、妹さんの後頭部付近には、切開の後がありました」
男「つまり……」
先生「……」
医者「ええ。誰かが故意に、これを埋め込んだと見て間違いないと思います」
男「何かの治療ですか?」
医者「いえ、仮に使うとしても、もっともっと小さなものです。神経を傷つける恐れがある以上、こんなことは考えられません」
男「そう、ですか……」
先生「……」
話はそれで終わった。
とりあえず命に別状はないとのことで、
俺と先生は病室に運びこまれた妹の横顔を見ながら、途方に暮れていた。
男「とりあえず……親に連絡しないと……先生」
先生「……」
男「先生?」
返事がない。
どうも妙だ。
さっきから先生の様子がおかしい。
変にそわそわしていて、何か考え事をしている風にも見える。
先生「……」
男「先生」
先生「……」
男「先生!」
先生「わっ!? な、なんだ男?」ビクッ
男「先生……何か心当たりがあるんですか?」
先生「いや、何もない」
先生は目を逸らしながら、否定した。
だが、たとえ心理学の心得がなくてもそれは嘘だと分かる。
男「嘘だ」
俺は立ち上がる。
先生にじりじりと詰め寄る。
先生「な、なんだ? こら、やめなさい男……ひゃっ」ドッ
床に押し倒した。
両肩を掴んで、正面から目を見つめる。
男「お願いします……!」
先生「……」
男「……」
先生はキッと、俺の眼を睨んだ。負けじと睨み返す。
……しばらくの間があって、先生は負けを認めるように目を逸らした。
先生「……君の決意は分かった。話すよ」ハァ
男「先生!」
先生「ただ……本当に眉唾ものの話だ。参考になるとは思えないがな」
そう言って立ち上がると、先生は語りだした。
先生「――最近、とある大学で、脳科学の実験が行われた。それは猿の脳にマイクロチップを埋め込み、脳波を用いてロボットアームを動かすというものだ」
先生「私は依頼されそのロボットアームを作成し、提供した」
先生「実験は成功……見事、猿はロボットアームを自分の手のように動かした」
俺は、どことなく恐怖を感じた。
それは、人間の踏み込んではいけない領域ではないかと思ったからだ。
先生「そのときのマイクロチップ……あのレントゲンに写っていたものとそっくりなんだ。いや、気のせいかもしれないが」
男「……」
先生「すまない。男の気持ちも考えずに、こんなことを……」
男「構わないです。それは、どこの大学ですか」
先生「ほら、近くの――」
男「……!」
それを聞いた瞬間、考えるより先に体が動いた。
男「先生。妹を頼みます」
先生「……え? 待ちなさい、何処へ……」
先生の制止を無視し、病室を出る。
そのまま、病院の外へ出た。
男「しまった」
近くとは言っても、ここから例の大学までは結構な距離がある。
徒歩で行くのは悠長すぎた。
男「仕方ない。途中でタクシーでも拾って……」
歩き出したときだった。
前から、一台のスクーターが走ってくる。
そして俺の目の前で止まった。
友「よう。取り込み中かい?」
男「友……!」
俺は友の後ろに跨る。
友「あんまり暇だったから、反省文放り出して来ちまったよ。……っておい! いきなりなんだよ!」
男「○○大学に連れてってくれ」
友「なんだよ……訳アリか?」
男「頼む」
友「…………しっかり掴まってろ」
スクーターが発進する。
・・・
――大学前
友「おし、着いたぜ」ブロロロ
男「今すぐ警察を呼んでくれ」
そう言って、スクーターから降りた。
友「け、警察ぅ!?」
男「乗せてくれてありがとな!」ダッ
大学内へと走る。
友「おい! 待てって! ……なんなんだよ?」
・・・
休日の大学は、思った以上に閑散としていた。
だが、駐輪場に多くの自転車があるのを見ると、人がいないというわけではないのだろう。
この大学には、前に一度見学に来たことがある。
目当ての場所へは、すぐにたどり着けた。
医学部――研究棟。
中に入り、階段を上る。
二階に入ってすぐのところにある部屋の前に立つ。
脳科学研究室……父さんの研究室だった。
深呼吸をする。
息を整えてから、ドアをノックした。
「どうぞ」
声が聞こえた。
ドアを開き、中に入る。
男「失礼します」
室内は、何かの機材で埋め尽くされている。
雑然とした状態の中、父さんは奥に座ってキーボードを叩いていた。
父「男……!? お前こんなところでなにしてる?」
男「父さん……」
父「何かあったのか?」
キーボードを叩く手を止め、父さんはこちらに向き直る。
俺は意を決して、その言葉を口にした。
男「――どうして妹を襲ったんだ」
父「……なに? お前、まさか私を疑っているのか」
男「……その怪我、どうしたんだ?」
昨日は気がつかなかったが、父さんの右の手のひらには、絆創膏が貼られていた。
父「こけて擦りむいたんだ」
男「父さん……昨日、妹を診てもらったときのことを覚えてるか?」
父「ああ……軽いめまいがしただけだろ? たいしたことは……」ハッ
男「なんで、めまいがしたって分かったんだ? 妹は何も言ってない。もちろん俺もだ」
父「……」
男「分かるんだろ? 妹の頭にあるチップで。そういうことが」
父「……おしい。70点といったところだな」
父さんは薄い笑みを浮かべ、こちらを見る。
父「あのチップではそんなことまで分からないよ。正解は、頭の中の盗聴器で聞いていたから……だ。埋まっているのが一つだけと誰が言った?」
馬鹿にしたような口調で言う。
父「……残念だ。お前は殺すつもりはなかったのにな」
男「父さん……なんでこんなこと」
父「なんで? はっ!」
愚問だ、というように鼻で笑う。
父「……それはこちらの台詞だな。いつもそうだ。誰もが私の研究を否定し、笑う。マイクロチップで脳波をコントロールし、人間を思うがままに操る。まるでロボットみたいにな」
父「その技術が完成すれば、どうなると思う? 私は神に一歩近づく。この偉大な研究を理解できないとは、愚かなことだ。お前の母さんも、それはそれは頑固だったよ」
男「母さんを……殺したのか!?」
父さんは、俺を無視して話を続ける。
父「妹はただのモルモットだった。そのために孤児院からわざわざ引き取った。だが……アクシデントが起きた。チップが故障して電気信号を受け付けなくなってしまった。実験は失敗だ。やがて体に異常をきたし放っておいても死ぬだろうが、危険な証拠は消さなければならない。妹は昨日友達とカラオケに行った帰りに、通り魔に襲われ死ぬ。そのはずだったのに……邪魔しやがって」
男「……てめえ」
俺は、腹の底から湧き上がる怒りを感じていた。
――突き放してしまった。
学校で告白した妹を、兄妹だからという理由で。
どれほどの勇気が必要だったのだろう。臆病な俺には分からない。
だけど、俺なんかを好きになってくれたあいつを……
妹をそんな風に言うのは、我慢ならなかった。
男「違う」
父「……ん?」
男「妹は、モルモットなんかじゃない! 人間だ!!」
目を真っ直ぐ見据え、叫ぶ。
父さんは嫌悪感を露わにした表情を浮かべ立ち上がった。
父「さて、話は終わりだ。天国に行く前に真実が知れたんだ。感謝しろよ」
男「な、何言ってる! 今すぐ外に出て、お前のしたことを言いふらすことだって出来るんだぞ!」
父「男……チップを埋め込んだのが妹だけだと誰が言った?」
男「ッ!?」
父「この携帯端末を見ろ。私がボタンを押すだけで、脳に電気信号が流れてお前は死ぬ」
父さんの右手には、電子辞書のような形の機械があった。
それを見せびらかすように持ち、俺を威嚇する。
男「ちくしょう……ちくしょう!」
父「よく考えるべきだったなあ男。じゃあな」
指がボタン目掛けてゆっくりと動く――。
……それは、一瞬だった。
父さんの右手から、端末が消えていた。
驚いて、そこに視線が集中する。
銀色の腕が、それを高々と取り上げていた。
そして甲高い機械音声が聞こえる。
「ピー。セイコウ。セイコウ!」
友「いよっしゃあ!」
背後で友の声が聞こえると同時に、走り出した。
父「くそッ! 返せ! こいつ!」
男「おおおおおおおお!!」
手が端末を取り返す、一瞬前。
父さんの顔面に、渾身の右ストレートを叩き込む。
体が吹き飛び、すごい音を立てながら機材に突っ込んだ。
男「人を機械なんかで支配できると思うなよ、クソ親父……」
遠くから、サイレンの音が聞こえる――。
・・・
事件から、三日後。
俺たち兄妹は、マイクロチップの摘出手術を受け、入院していた。
もう体はピンピンしているのだが……どうもあと少し入院しないと駄目らしい。
自動販売機から二つのジュースを取り出し、病室に向かった。
妹「あ、お兄ちゃん!」
病室に戻ると、妹が顔を輝かせて手招きをする。
友「よっ! 安静にしてるか?」
先生「具合はどうだ、男」
お見舞いに来てくれたのだろう、二人に出迎えられる。
男「具合も何も、おかげさまで超健康体です」
妹のベッド前にある椅子に座る。
友「ま、そりゃそーか。オレのおかげで無傷だもんな」
男「何回目だよ、その台詞……」
先生「本当に、男。君はなんて無茶をするんだ。せめて私に相談してくれれば……」
男「ごめんなさい、先生。一応あんなんでも父親だから……自分でなんとかしたかったんです」
先生「むう……気持ちは分からんでもないが」
妹「あ、あの、お兄ちゃんそんなに危ないことしてたんですか?」
妹がおずおずと口を開いた。
俺が殺される寸前だったことは、知らせていなかった。
友「大丈夫! 心配ねーよ。オレの活躍によって、危険は去ったからな!」
妹「は、はあ……」
友がフォローを入れてくれる。
俺は心の中で、友に感謝の言葉を述べた。
男「でも、先生がヒントをくれたおかげで助かりました」
先生「ああ、あのときの君は、強引だったな……」ポッ
唐突に先生の頬が赤く染まった。
そういえばあの時は必死だったせいか、何か失礼なことをしでかしたような気がする。
友「何!? 男てめーまさか先生に×××や×××みたいなことを!」
男「しとらんわアホ! 先生も何か言って下さいよ!」
先生「……」ポッ
なんで何も言わずに頬を染めてるんですか。
妹「……」ジトー…
背中に凄まじい殺気を感じる。
その殺気に友も気付いたようで、冷や汗を流しながら立ち上がった。
友「あ~……ほ、ほら先生、もう行きましょう」
先生「何? 何故だ。まだ来たばっかりだぞ」
友(いいから早く!)
友が引きずるように、先生を連れて行く。
まるで立場が逆だな、と笑ってしまいそうになった。
ドアが閉まって、嘘のような静寂が俺たちを包み込む。
妹「……あの先生、美人だね」
ムスーっとした表情で、妹が言う。
男「そ、そうか? 別に普通だと思うけど……」
妹「ふ~~~ん……」
妹の視線が痛かった。
男「はぁ……」
何をやってるんだ俺は。
今日は決意していたはずなのに。
三日前……文化祭での告白を思い出す。
あのときは妹が勇気を出した。
今度は、俺が出す番だ。
意を決して口を開く。
男「なあ、妹」
妹「なによ」
男「俺、お前が好きだ。女の子として」
妹「……え?」
妹は、一瞬何を言われたのか理解出来ていないようだった。
だがすぐに、顔全体が真っ赤に染まる。
妹「う、うそ? だっておにいちゃ……ひゃっ!?」
妹の体を持ち上げて、抱き寄せる。
分からないのなら、何度でも言ってやる。
男「大好きだ。妹」
妹「……っ! ひっく……!」
妹の目から、大粒の涙がこぼれる。
それをそっと拭って、妹の言葉を待った。
妹「兄妹……だよ……?」
男「血は繋がってない。構うもんか」
妹は手で涙を拭うと、笑って言った。
妹「……私も。お兄ちゃんが、大好き」
二人の唇が重なった。
――その心が、重なるように。
終