第一話『俺は部屋に戻る!』
女「あんた、死臭がするねえ」
男「は?」
女「死臭というか、負け犬臭というか、ろくな目にあわない臭というか……」
男「なんなんだいきなり! 失礼な女だな!」
女「あー、ごめんなさい。気を悪くしないでねぇ」
男「道歩いてたらいきなり死臭だの負け犬だのいわれて気を悪くしない奴がいたらお目にかかりたいよ」
元スレ
女「死亡フラグはいかがですかぁ?」男「まだ死にたくねえよ!」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1610366536/
女「ようするに、死亡フラグ立ってるってやつね」
男「死亡フラグ?」
女「“負けフラグ”とか“失敗フラグ”とか言い換えてもいいかもねえ。聞いたことあるでしょ?」
男「聞いたことはある。漫画や小説で“登場人物がこういう行動をしたら死ぬ”みたいなお約束だよな」
女「そそ。ようするに、あんたにはよからぬことが起こる予感がするのよぉ」
男「そりゃ人間生きてりゃよからぬことの一つや二つぐらい……」
女「だけど、あたしは常々思ってたの。
死亡フラグだって正しく使えば、きっと人を助けられるんじゃないかって」
男「無視かよ」
女「そこで、あたしが作ったのはこの玉!」
卓球ボールぐらいの白い玉を取り出す。
男「なにこれ?」
女「これは≪死亡フラグ玉≫っていってね。死亡フラグパワーを玉にしたものよ」
男「意味が分からないんだが」
女「これを持ってればあんたはもう安心! 死亡フラグはいかがですかぁ?」
男「いや、いらないよ! まだ死にたくねえよ!
死亡フラグの話をしてから、なんでこんなもん勧めてくるんだよ!」
女「だからさっきもいったでしょ。あんたを助けるためよ」
女「この玉を肌身離さず持ってなさい。そうしたら、いざという時破裂して、
あんたを助けてくれる! ……かもしれないわぁ」
男「…………」
男「死亡フラグパワーだとか……バカバカしい」
女「そうやって未知の力を軽視するのは立派な死亡フラグよねえ」
男「あんたみたいな得体の知れない女に関わっちゃうのも死亡フラグだよな」
女「ヒヒ、上手い返ししてくるわねえ。で、どうする? 欲しい?」
男「…………」
男は考える。
女の話は意味不明で荒唐無稽だが、≪死亡フラグ玉≫の迫力がただならぬものであることも確かだった。
男「分かった……受け取るよ」
女「じゃ、一万円いただきまぁす」
男「え、金取るの!?」
女「そりゃそうでしょ。それにタダより高い物はないっていうわよ。
タダでもらった未知のアイテムなんてかえって不安でしょ? 浦島太郎の玉手箱みたいでさ」
男「一理はあるけど……」
(こんなわけ分からん玉に一万か……)
しばらく考えてから、
男「分かった。買うよ」
女「毎度ありぃ。なるべく肌身離さず持っててね」
男「せっかく買ったんだしそうするよ。ああ、それと――」
女「?」
男「≪死亡フラグ玉≫ってあまりにもそのまんまだし、なんかダサくない?
≪フラグボール≫のがかっこよくない?」
女「あたしのネーミングにケチつけないで! 大きなお世話よ!」
― 会社 ―
後輩「婚活合宿? へえ、そんなのがあるんですか」
男「ああ、登録してた結婚相談所の企画でな。
コンピュータが選び出した男女3対3でペンションに一泊するんだ」
後輩「楽しそう! だけどペンションなんて、ドラマだったら殺人事件でも起きそうな舞台ですよね」
男「物騒なこというなよ」
後輩「すみません。それはさておき、せっかくの合宿なんですからガツガツいった方がいいですよ。
先輩妙にお人よしなところあるから……」
男「分かってるよ」
男(≪死亡フラグ玉≫なんて、わけの分からん物買っちゃうぐらいだしな)
― ペンション ―
リビングには六人の男女がいた。
男(“ガツガツ婚活だ!”と意気込んで来たはいいものの……)
チャラ男「マジで~?」
ギャル「ウッソー!」
金髪「バイト先の店長、殴ってやったぜ!」
ミニスカ「かっこいい~!」
こんなノリで男女四人は延々と酒を飲んでいる。
男(あぶれてしまった……)
男(ていうか、どう考えても俺はあいつらと合わないだろ! なに考えてんだコンピュータ!)
男(寂しいからってペンションの管理人と話そうにも、管理人は――)
管理人『今日はちょっと街に用がありますので、私はペンションにおりません。
それにそっちの方が色々と都合がよろしいでしょう』
管理人『動物が入ってくることもありますので、くれぐれも戸締まりには気をつけて下さい』
男(とかいって留守だし。他に進行役みたいな人間もいない。
ようするに、この合宿って男女6人を一晩ペンションに閉じ込めてくんずほぐれつさせる……
みたいなのが狙いなんだろうな。ったく、とんだ結婚相談所だ!)
男(で、残る女一人はというと――)チラッ
眼鏡女「…………」
男(ずっと本読んでる。俺なんか眼中にないようだ。暗い印象はあるが綺麗ではある。
後輩もガツガツいけっていってたし、ようし……)
男「あの……ちょっとお話しでもしませんか?」
眼鏡女「いえ、結構です」
男「でも、せっかくこんな合宿に来たんだし、あなたも婚活してるんでしょ?
もっとコミュニケーションした方が……」
眼鏡女「私は別に婚活がしたいわけではありません」
男「は……? どういうこと?」
眼鏡女「私は作家志望でして。今度の作品は“婚活”をテーマにしようと思っているので
体験を作品に生かすために、婚活とはどういうものか合宿に参加しただけのこと。
別に本気で結婚するつもりはありません」
男「はぁ」
眼鏡女「というわけで、あなたと雑談を楽しむつもりはありません」
男「そ、そうですか。失礼しました」
男(婚活を題材にするのなら、それなりに本気で取り組まなきゃ意味ないと思うけど……
いっても無駄だろうし、やめとこう)
男(あーあ、俺もなんか本でも持ってくればよかった)
男(あの死亡フラグ女の言うとおりだった。ろくな目にあわねえな、俺……)
ふと、この合宿にも持ってきていた≪死亡フラグ玉≫に手をやる。
時間は流れ……
チャラ男「ちょっと小便行ってくるわ~」
金髪「トイレあっちだぞ?」
チャラ男「せっかくだし大自然の中でやってくる」
ギャル「ウケる~!」
ミニスカ「かっこいい~!」
男(バカ四人組はずーっとあんなノリで……)
眼鏡女「…………」
男(作家志望女はずーっと本読んでる)
男(なんなの? なんなのこの空間?
もし、後輩の言う通りここで殺人事件が起こるとしたら、犯人は俺だな。
動機はこのわけ分からん空間に耐えられなくなったから。名探偵も呆れるだろうな)
それからしばらくして――
パァンッ!
男「!」
男(なんだ!? ≪死亡フラグ玉≫が弾けた!)
すると――
男「こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻る!」
大声でこう宣言すると、男の足は勝手に歩き出した。
男(なんだこれ……どういうことなんだ!?)スタスタ
四人組も作家志望女も一瞬驚いていたが、すぐ自分たちの世界に戻ってしまった。
スタスタ…
男(どこ向かってるんだ俺は。こっちは俺の部屋じゃないけど――)
スタスタ…
男(なんだ、この部屋? 倉庫? いい匂いするから食料でも入ってるのかな。他の部屋よりも頑丈そうだ)
スタスタ…
男(お、俺の部屋だ)
妙な回り道をしてから、自分の部屋にたどり着く。
男(死亡フラグ玉は弾け、俺は部屋に戻ってしまった)
男(たしかにミステリー物だとこうやって『部屋に戻る!』っていって戻った奴は
後で死体になって発見されるよな……)
男(これになんの意味が……?)
男(ま、いいや。こうして部屋に戻ったわけだし、一人でのんびりしてよう)
ふと窓の外を見る。
男「…………!」
男(熊じゃん……! 結構でかい……!)
まもなくリビングから悲鳴が上がる。
キャァァァ… イヤァァァ… クマダー!
男(おいおい、なんで入り込んで――)
男(さっき小便しに外に出た奴がいたな! あいつがドア開けっぱなしにしてたのか!)
男(かなりでかい熊だし、本格的に暴れられたらあいつらひとたまりもないだろうな。
それどころか俺が狙われる危険性もある。そうなったらこの部屋のドアじゃ頼りない)
男「あ、そうだ!」
男はさっき見かけた倉庫に走る。
バタンッ!
男「ここは他の部屋より頑丈そうだし、あの熊も入ってこられないだろう。あーよかった……」
男(これで俺だけ助かる……。ありがとう死亡フラグ……)
男「――って、やっぱりそういうわけにはいかないだろうがぁ!」
(やっぱり俺ってお人よしだぁ!)
男は倉庫に積まれた箱の一つを持ってリビングに駆けつける。
熊「ガァァァァ……!」
チャラ男「こっち来るなァ! 来るんじゃねェ!」
熊に向かって、空き缶を投げるなどの儚い抵抗をする四人組。
眼鏡女「…………」ガタガタ
本を持って震えている眼鏡女。
男(まだ全員無事だったか! よし、これを!)
熊の近くに箱を投げつける。中に入った果実が床に散らばる。
熊「ガァ……」
男(熊の注意が果物に向いた!)
男「みんな、こっちに来るんだ! そーっと、そーっと!」
チャラ男「わ、分かったぁ!」
四人組はどうにか移動を開始する。
男「君も早く!」
眼鏡女「ご、ごめんなさい……足がすくんでしまって……」
男「!」
眼鏡女「私はいいの……みんな逃げて……」
男「バカいうな! 作家になるんだろ!? ほら、手を貸せ!」サッ
眼鏡女「は、はいっ!」
女を背負うと、男は熊を刺激しないよう倉庫に駆け込んだ。
バタンッ! ガチャッ
男「この倉庫なら……あの熊も壊して入ってくるのは無理だろう」
男「スマホから警察に連絡する。これで後はどうにかなるはずだ」
チャラ男「俺のせいで……みんなごめん……」
金髪「助かったぁ……」
ギャル「怖かったよぉ……」
ミニスカ「絶対死ぬと思った……」
男(こんな連中でもこういう時はしおらしくなるんだな)
眼鏡女「…………」ギュッ
男(ところでこの子、いつまで俺にひっついてるんだ……? まぁいいけどさ)
やがて――
管理人「皆さん、ご無事でよかった! 熊は射殺されましたのでもう大丈夫です!」
管理人「それにしても、熊なんてここ数年見なかったのですが……」
ワイワイ… ガヤガヤ…
男「ふぅー、助かったね!」
眼鏡女「…………」ギュッ
男「もう大丈夫だよ。熊は退治されたから」
眼鏡女「はい……」
眼鏡女「ありがとうございました。あなたがいなきゃ、私は今頃熊の餌でした」
男「作家を目指してるんだよね。いい作家になってくれよ」
眼鏡女「……あ、あのっ!」
男「ん?」
眼鏡女「よかったら……また会ってくれませんか」
男「…………」ドキッ
(この子……こんなあどけない表情もできるのか……)
男「ふぁい」
かっこよく決めたつもりが気の抜けた返事になってしまった。
― 街 ―
デートを楽しむ二人。
男「新人賞取ったんだって? おめでとう!」
眼鏡女「ありがとうございます」
男「これで君も作家の仲間入りなわけだ」
眼鏡女「まだまだこれからですよ。もっともっと精進します!」
男(そういやこの辺りだったな。あの死亡フラグ女と会ったのは……)キョロキョロ
眼鏡女「どうしました?」
男「(いないか……)いや、なんでもない」
女「…………」コソッ
女「ヒヒ、よかったわねえ……」
女「熊と安全地帯の存在に気づいたのはあたしの道具のおかげだけど、
その後皆を助けて、あの子とくっついたのは紛れもなくあんたの力よぉ」
女「やっぱりあんたはあたしが助ける価値のある男だったのね」
客「あの、なに一人でボソボソいってるんです? この白い玉の説明をして欲しいんですけど……」
女「ああ、ごめんなさぁい」
女「これはね、≪フラグボール≫っていう玉でね……」
― おわり ―
第二話『勝率は99%です』
パシャッ パシャシャッ パシャッ
記者「今度の戦いはタイトルマッチ前の大事な前哨戦といったところですが、
ご自身で考える勝率はいかがでしょう?」
格闘家「俺と彼の実力は伯仲していますからね。五分五分といったところでしょうね」
記者「なるほど、蓋を開けてみるまで分からないと」
格闘家「そういうことです」
実況『あーっと判定負け! タイトルマッチに大きく影を落とす一戦となってしまいました!』
解説『後半のラウンドで勝利への執念が足らなかったように思えます。残念ですねえ』
ワァァァ… ザワザワ…
格闘家「くそっ……!」
観客A「またこれだ。強いことは強いけどいっつも肝心なとこで勝てないんだよな~」
観客B「こりゃタイトルマッチもダメだろ。チャンピオンは今日の相手より強いし」
観客C「そろそろファンも見放すだろ、これじゃ」
格闘家(あれだけ練習してるのに……どうして勝てないんだ、ちくしょう!)スタスタ
女「あ、負け犬だ」
格闘家「…………」ギロッ!
女「こないだの試合見てたわよぉ。惜しかったわねえ。
だけど競技の世界なんて結果が全てだし、惜しくても負けちゃあねえ」
格闘家「なんだお前は……」
女「次はタイトルマッチなんでしょ? だけど、いつもみたいに惜しいところで勝利を逃すでしょうねえ」
格闘家「…………」ムカムカ
女「ようするに死亡フラグ立ってるってやつぅ? ヒヒ」
格闘家「このぉっ!」ブンッ
女「あらよっと」ヒラリ
格闘家「!」
女「あたしが避けてくれてよかったわねえ。もし当たってたら格闘家生命終わってたわよぉ」
格闘家「す、すまん……!」
女「あたしはね、あんたみたいな死亡フラグ立ってる奴を死亡フラグで助けてあげるのが趣味なんだけど、
これ買わない?」
格闘家「この白い玉は……?」
女「≪フラグボール≫っていって、死亡フラグパワーが込められたボールよぉ」
女「これを肌身離さず持ってれば、いざという時破裂してあんたを助けてくれる。
……かもしれないわぁ」
格闘家「いくら勝ちたくても、インチキするのは……」
女「別にインチキじゃないわぁ。あんたが強くなるわけじゃないもの。
ただ、あんたが実力を出せるようになるかもしれないけど」
格闘家「実力を……?」
結局、格闘家は一万円で≪フラグボール≫を購入してしまった。
女「毎度ありぃ」
― ジム ―
格闘家「シュッ、シュッ、シッ!」
バシッ! バシッ! バシィッ!
トレーナー「分かってるだろうな。今度のタイトルマッチを逃したら、
多分お前はファンから見捨てられるし、こんなカード組んでもらえなくなる」
格闘家「……シッ!」バスッ
トレーナー「つまりラストチャンスだ。心してかかれよ」
格闘家「分かってますよ!」バスッ
格闘家(練習はしてる。才能だってあるはず。なのにいつもいつもでかい試合は落とす。
なんでだ……なんでなんだ……!)
バシィッ!
タイトルマッチ直前、記者会見が開かれる。
パシャッ パシャシャッ パシャッ
記者「いよいよタイトルマッチですね。意気込みをお願いします」
格闘家「やっと掴んだチャンスです。これがラストチャンスのつもりで臨みます」
記者「しかし、先日の戦いでは惜しくも判定で負けてしまい、
その敗北を引きずってるのではという声もありますが、いかがでしょう?」
格闘家「そんなことはありません。すでに気持ちは切り替えています」
記者「今回の戦い、ずばり勝率はいかがでしょう?」
格闘家「そうですね。相手が相手ですし、やはり五分――」
パァンッ!
格闘家「!?」
格闘家(≪フラグボール≫が……破裂した!?)
格闘家「勝率は……99%です」
ザワッ……
ザワザワ… ドヨドヨ…
格闘家(あれ、口が勝手に!?)
記者「いつになく強気な発言ですね!」
格闘家(五分五分っていおうとしたのになんで……!)
記者「明日の一面記事は、『格闘家、勝率99%宣言!』でいかせていただきますよ!」
格闘家(待ってくれ、なんで……!)
― ジム ―
格闘家「はぁ……」
格闘家(なんで俺はあんなことを口走っちゃったんだ! 勝率99%だなんて……!
これで負けたら大恥じゃないか!)
格闘家(こういうでかいこという奴はだいたい負けるもんだろうが! それこそ死亡フラグ――)ハッ
格闘家(あれか! あの≪フラグボール≫が俺にそう言わせたのか!)
格闘家(くそっ、あんなもん買うんじゃなかった……!)
格闘家「くそっ! くそっ! くそぉぉぉぉぉっ!」
ドカッ! バスッ! ドカッ!
がむしゃらにトレーニングする。
試合が始まる――
― リング ―
ワァァァァ… ワァァァァ…
実況『リング中央で向き合うチャンピオンと挑戦者、まもなくゴングです!』
カァーンッ!
格闘家「せやっ!」
チャンプ「シッ!」
バシッ! ドカカッ! ガッ!
互角の攻防。チャンピオンは流石だが、格闘家も決して劣ってはいない。
トレーナー(今のところいい流れだ……あいつはトップに立てる実力を備えてるんだ!
だが、いつも勝負どころになると――)
ドカッ! ガッ!
格闘家(ぐ……!)
チャンプ「シッ、シッ!」
チャンピオンの猛攻。徐々に格闘家が防戦一方になっていく。
格闘家(なんて激しい攻撃だ……。勝てないかもしれない……)
トレーナー(また悪い癖が出てきた!)
トレーナー(いつも肝心なところで弱気になってしまい、勝機を逃してしまう!)
格闘家(明日のスポーツ新聞一面が見える――)
『貫録の王者! 挑戦者惨敗!』
『口だけ男“勝率99%”でKO負け!』
『格闘家、ラストチャンス逃す!』
格闘家(あーあ、勝率99%なんていわなきゃよかった……。
いつも通り五分五分っていっておけば……こんなことにならずに済んだのに……)
格闘家(いつも通り、冷静に戦力分析してれば……)
格闘家(いや……本当にそうだったか?)
格闘家(俺は本当に……)
格闘家(違うッ!)
格闘家(俺は手強い奴と戦う時はいつもいつも“勝率は五分五分”と口にしてた。なぜなら――)
格闘家(負けた時大口を批判されずに済むから)
格闘家(ファンにも言い訳できるから)
格闘家(そしてなにより――“五分五分だったししょうがない”と自分自身を慰められるから!)
格闘家(ハハ……戦う前から保険をかけてるような奴が、人生を賭けてる連中に敵うわけないじゃないか……)
格闘家(だけど今は違う! 俺は“勝率99%”っていっちまった!)
格闘家(俺は……勝つッ!)
ドゴンッ!
チャンプ「!?」
実況『おおっと、防御を固めていた挑戦者、鋭い一撃を返した!』
格闘家(俺はもう保険をかけない……。“五分五分”なんて言葉には逃げない!
これは99%勝つ戦いだ……だけど1%負けるかもしれない……)
格闘家(1%ぐらい……俺の実力でねじ伏せてやるッ!)ダッ!
チャンプ「なっ!?」
格闘家「うおおおおおおおおおっ!」
ドゴッ! バキッ! バスッ! ドッ! ドゴッ!
実況『す、凄まじい……! 凄まじい殴り合いです!』
解説『格闘家の形相がいつもとは違いますねえ。
いつもはどこか諦めたような表情で戦っているのですが、今日は違います』
トレーナー(これだよ……。俺はずっとこいつの“これ”を見たかったんだ!)
トレーナー「行けーッ!」
ワアァァァァァ……!
格闘家「ハァ、ハァ、ハァ……」
チャンプ「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
審判『勝者……格闘家!』
ワアァァァァァ……!
実況『激戦! まさしく激戦でした! 判定の結果、格闘家が新チャンピオンに輝きました!』
解説『挑戦者が押してましたからね。文句のない判定です。
無冠の帝王がついに冠をつける時が来ましたね』
チャンプ「負けたが……悔いはない。楽しかったよ」
格闘家「こっちこそ……楽しかったです。またやりましょう!」
ガシッ!
……
街中にて、スポーツ紙を読む女。
『勝率99%有言実行、新チャンピオン誕生!』
女「ヒヒ、よかったわねえ」
女「大きなこといって自分の逃げ道をなくすってのも、時にはいい方向に働くもんなのよ」
少年「…………」カチカチッ
女「あらあんた、面白そうなゲームやってるわね。ちょっと貸してよ」
少年「いいよ!」
女「ありがと。あんたきっといい男になるわよ」
ズガガーンッ!
女「あれえ!? なんでよぉ! 命中率99%なのに外れて、あたしが負けちゃったわ!」
少年「甘いなぁ。ゲームの99%なんて全く当てにならないよ」
女「クキーッ!」
― おわり ―
第三話『脇役に……』
女優(スターになるのを夢見て上京して、もう何年になるか……)
女優(貰える役は通行人とか脇役ばかり……)
女優(もう諦めて、他の道を探した方が……)
女優「ん?」
女優「なんですか? 私に何か御用?」
― 会社 ―
休憩室でテレビを見る二人。
後輩「あ、女優の○×がゲストですよ」
男「この子女優にありがちなお高くとまったところがなくて、結構好きなんだよね」
後輩「んなこといってると、せっかくできた彼女さんに怒られますよ?」
男「平気だよ。彼女そういうこと気にするタイプじゃないし」
後輩「分かんないですよ~。気にしないタイプのようで、実はメッチャ嫉妬深いなんてありますから」
男「経験則か?」
後輩「まあ……そんなようなものです」
男「だけどこの子もいきなりブレイクしたよな」
後輩「ええ、あるドラマで一言しか台詞がない銀行員の役が『いい笑顔だ』ってバズって……」
男「バズって?」
後輩「バズるってのは“話題になる”みたいな意味ですよ」
男「チョイ役で注目されて、今やあちこちのドラマに出るようになったわけか。
絵に描いたようなサクセスストーリーだな」
後輩「元々実力はあったけど埋もれてたタイプみたいですけどね。こういうことってあるんですねえ」
テレビに視線を戻す。
司会『大変ご多忙の中、お越し下さりありがとうございます』
女優『いえいえ、呼んで頂けて嬉しいです。
脇役専門だったところに急にスポットライトが当たったので、戸惑ってる部分もありますけど』
女優『しかし初心は忘れず、仕事に取り組みたいと思っています』
司会『現場でもスタッフの方々に常に気を使ってらっしゃるとか』
男「…………」
男「そういやさ、映画とかで“脇役にスポットライトが当たる”ってのも一種の死亡フラグだよな?」
後輩「ああ、ありますね。急に脇役の話が始まったと思ったら、すぐ死んじゃうっていう……
なんでいきなりそんな話を?」
男「あ、いや……なんでだろ……」
(ふとあの女のことを思い出してしまった……)
司会『ブレイクのきっかけはドラマの銀行員役だったわけですが、
その他になにかご自身の考えるきっかけのようなものってありますか?』
女優『はい、あのドラマの出演前に不思議な女性と出会って……』
司会『不思議な女性?』
女優『あの出会いが私の運命を変えてくれたのかな、と思ってます』
後輩「なんでしょうね。いい占い師にでも出会ったのかな」
男「…………」
女優『その人にご迷惑がかかるかもしれないので、詳しくは話せないんですけど、
卑屈になってた私の意識を変えてくれたというか……』
司会『どのような女性だったのですか?』
女優『ちょっと……モノマネしてみますね』
司会『おおっ、モノマネ! それではどうぞ!』
後輩「モノマネですって! 人気女優のモノマネなんてレアですよ!」
男「…………」
女優『ヒヒ、あんた幸薄そうな顔してるわねえ。
そんなんじゃ演技してたら、縁起でもないことが起こりそう!』
女優『こんな感じでした!』
司会『それは……変わった女性ですね』
男「…………!」
後輩「どうしました?」
男「いや……何でもない」
男(彼女もまた、死亡フラグで得たチャンスを掴み取ったんだな)
― おわり ―
第四話『回想』
― 大学 ―
教授「レポート忘れた?」
青年「書き上げたんですけど、つい……」
教授「まったく……明日中に持ってくること! ただし追加の課題を出しておく!」
青年「はい……」
― バイト先 ―
店長「こんな初歩的なミスしてくれちゃ困るんだよ。ここ入ってもうどのぐらいになる?」
青年「七ヶ月です。時が経つのって早いですね」
店長「なにしみじみ語ってるんだ! 進歩のなさを反省するところだろう!」
青年「すみません……!」
青年「ふぅ……」
女「冴えない奴はーっけん!」
青年「なんですか、あなたは……」
女「あたし? あんたみたいな死亡フラグ立ってる奴を助けたくなるおせっかい焼き!」
青年「はぁ……」
女「返事も冴えないわねえ。返事してんのかため息ついてんのか分かりゃしない」
青年「すみません……」
女「まぁいいや、あたしの話を聞いてちょうだいな」
……
青年「≪フラグボール≫?」
女「ええ、一万円で売ってあげる!」
青年「うーん……」
女「絶対損はしないわよぉ。これ詐欺師の常套句だけどさ」
青年「一万は冒険だなぁ……」
女「たまにゃ冒険ぐらいしなさいな! どうするの、買うの!? 購入するの!? どっち!?」
青年「わ、分かりました……買いますよ」
女「押しに弱いと話が早くて助かるわ。毎度ありぃ」
数日後、青年はまたもやらかしていた。
青年「あああああ……!」
青年「やってしまった……どうしよう……」
青年(こういう時、僕ってついてないから絶対最悪の結末になるんだ……)
パァンッ!
青年「うわっ!?」
青年(フラグボールが……弾けた……!?)
青年「!」ハッ
青年(頭の中に――)
赤ん坊『だぁ、だぁ、だぁ』
赤ん坊『ばぶ、ばぶ、ばぶ』
青年「…………!?」
青年(これは……赤ちゃんの頃の僕!?)
園児『ヒーローがんばれー!』
園児『まけるなー!』
青年(幼稚園の頃の僕かな。ヒーローを一生懸命応援してる)
小学生『セリヌンティウス、待っていろー! うわっ!』ズテンッ
青年(小学生の頃だ。走れメロスのメロス役をやったっけ……思い切り転んだけど)
中学生『ボールどこだー?』
青年(中学の時、僕は野球部だった。三年間球拾いだったけど、精一杯やったよな)
高校生『付き合って下さい!』
女子『ごめんなさい……』
青年(高校の時の僕。フラれたなぁ……一週間はまともにご飯食べれなかった)
青年(なんで僕はいきなり昔のことを思い出してるんだ?)
青年(これってもしかして……死亡フラグ?
走馬灯のような回想シーンの後、死んじゃうキャラクターって結構いるもんな)
青年(そうか、僕は死んじゃうのか……)
青年『ひいい……お腹痛い……!』タタタッ
バタンッ!
青年(これは今日の僕だ……ついに回想が終わる時が来たか)
青年(きっと回想が終わったら、僕死ぬんだろうな)
青年『和式か……このままじゃやりにくいな。財布……この棚に置いちゃえ』サッ
青年「あーっ!!!」
― 公衆トイレ ―
青年「あったー!」
青年「よかったぁ……紛失物が見つかるなんて生まれて初めてかも!」
青年(まさか、“財布をどこに失くしたのか”を思い出すための回想シーンだったなんて……
こんなしょうもないことのための回想シーンが今まであっただろうか)
青年「だけど……見つかってよかった……! なくしたらまずいカード類も入ってたし……!」
青年(それに自分の人生を振り返ったら、自分だって意外と頑張ってるなってことが分かった……。
もっと自分に自信を持って、しっかりした大人になろう!)
― おわり ―
第五話『やったか!?』
― 自宅 ―
夫「ただいまー」
妻「…………」
夫「飯は?」
妻「そこ」
夫「そうか」
高校生の娘が通りがかる。
夫「おお、いたのか。元気でやってるか?」
娘「普通」プイッ
夫「ハハ……」
レトルト食品を一人寂しく食す。
夫「行ってきまーす」
妻「はいはい」
夫「しっかり勉強しろよ」
娘「ふん」
夫(二人ともこっちを見もしない……)
家を出てから――
夫「なんだ二人して! 私は一家のあるじだぞ!
そりゃあ高給取りとはいえないが、誰のおかげで食えてると思ってるんだ!」
夫「……はぁ。これを面と向かっていえないのが情けない」
帰り道――
夫(帰りが憂鬱だ……。あんな家に帰ったって……)
女「あらぁ、不幸がスーツ着て歩いてるようなおじさん見つけた」
夫「え?」
女「あんた、近いうちひどい災難にあうわよ。あたし、なんとなく分かるの。
ようするに、死亡フラグ立ってるってやつ」
夫「死亡フラグ……?」
女「だけど、あたしと出会ったからにはもう安心!」
夫(宗教の勧誘か……?)
夫「≪フラグボール≫……?」
女「そう、今ならたったの一万円!」
夫「買うよ」
女「あら即決! 珍しい!」
夫「自分でも驚いてるよ。たまにはこういう買い物もいいだろう」
女「毎度ありぃ」
スタスタ…
夫(なんでこんなもの買っちゃったんだろう……)
家庭に居場所がなく、無駄遣いすらめったにしない彼なりの、
家族あるいは自分自身に対するささやかな反逆だったのかもしれない。
― 会社 ―
同僚「最近放火が多いよなぁ」
夫「放火?」
同僚「ああ、今月だけでもう五件。手口からして同一犯なのは間違いなし。
警察は何やってんだろうな」
夫「放火……か」
同僚「放火は最低の犯罪だからな。江戸時代だったら市中引き回しの上、火あぶりだし。
とっとと捕まえて欲しいよ」
夫「いっそウチなんか燃やしてくれればいいのに」ボソッ
同僚「今なんかいったか?」
夫「いや……」
夫「ただいまー」
妻「…………」
夫「飯は?」
妻「そこ」
いつものようにレトルト食品を食す。
夫「ごちそうさま」
夫(娘とも、もうまともに会話してない……)
夫(こんな家、燃えちまえばいいんだ……。いっそリセットされた方がせいせいする……。
身軽になってかえっていい人生歩めたりして……)
― 会社 ―
夫(しかし、なんで私はこうして働いてるんだろうな)
夫(本当にあいつらが嫌いならとっとと離婚でもしてしまえばいい。
独り身ならもっと楽な仕事でも食っていけるだろうに)
女『あんた、近いうちひどい災難にあうわよ』
夫「…………!」ゾクッ
夫(なぜあの女の言葉を思い出してしまうんだ? こんな時に!)
同僚「どうした? 顔が怖いぞ?」
夫「いや……なんでもない」
ドクン… ドクン… ドクン…
夫(妙な胸騒ぎがする……なんなんだこれは!)
女『あたし、なんとなく分かるの』
女『ようするに、死亡フラグ立ってるってやつ』
夫「…………ッ!」
夫「課長ッ!」
課長「な、なんだね?」
夫「早退させて下さい……お願いします!」
胸騒ぎに従い早退し、自宅近くにたどり着く。
ウウー… カンカンカン…
夫(消防車の音だ……)
夫(まさか……)
夫(まさか――)
夫「まさかッ!」
タタタタタッ…
何年ぶりか分からないほど久しぶりの全力疾走。
胸騒ぎは的中してしまうことになる。
消防車と野次馬に囲まれ、激しい炎と煙に包まれる我が家。
ゴォォォォォ… ゴォォォォォォ…
夫「家が!」
消防士「ちょっと! 危ないですよ!」ガシッ
夫「私はこの家の主人です! 妻と娘は!?」
消防士「外におられるという報告は受けていませんが……」
心が黒く塗り潰される。
夫「うわあああああああっ!」ダッ
消防士「ダメですよ、もう間に合いませんッ!」ガシッ!
夫「放せッ! 放してくれェッ!」
夫(やっと気づいた……どんなに邪険にされても……たとえ居場所がなくても……)
夫(私は……妻と娘を愛してたんだ!!!)
夫「放してくれぇっ! 私も死ぬぅ!」
消防士「落ちついて! 落ちつくんだ!」
夫(誰でもいい! 何でもいい! 妻と娘を救い出してくれ――!)
その時だった。
パァンッ!
≪フラグボール≫が弾ける。
夫「やったか!?」
消防士「え?」
夫「あれ……? 私は何を……」
すると――
ゴォォォォォォ…
消防士「煙の中から誰か出てきた……!?」
妻「あなた……」
娘「お父さん……」
夫「二人とも……!」
夫「よかったぁ、無事だったか!」ガシッ
妻「私たちがいたリビングはもう炎に包まれてダメかと思ったの。二人とも火傷もして……」
娘「だけど、お父さんの『やったか!?』って声がかすかに聞こえた途端、体の傷がみるみる治って……。
炎が避けるように道を開けて……」
夫「…………?」
夫(これはどういうことなんだ……? なぜ『やったか!?』でそうなるんだ……?)
夫(――いや、理由はどうでもいい。とにかく助かったんだから)
夫「よかった……よかった……!」
消防士「これ以上の延焼はなんとしても防ぐ! もっともっと放水しろ!」
部下「はいっ!」
野次馬の中、動画を撮影しつつ舌打ちする男が一人。
放火犯「チッ……」
放火犯(助かりやがったか……つまらねえ)
放火犯(まぁいい。そしたらまた他の建物を燃やすだけさ。
証拠を残さないコツは掴んだし、警察なんかにゃ絶対捕まらねえ……)
……
放火犯(次のターゲットは……どうするか。いっそ警察署でも狙ってみるか……。
俺ならやろうと思えば国会だって燃やせる……)
女「あらぁ、死亡フラグ立ってる奴はーっけん!」
放火犯「なんだお前は……」
女「いつもならここで死亡フラグはいかがぁするとこだけど、
あいにくあたし、あんたみたいな奴を助ける気にはならないのよねえ」
放火犯「わけの分からないことを……」
女「だけど一つだけご忠告。“自信過剰”は典型的な死亡フラグよ。ヒヒ」
放火犯「ムカつく女だ……殴られたくなきゃ消えろ!」
女「はぁーい」
……
夫「燃えた家は保険で何とかなりそうだ。しばらくは弟の家で厄介になろう」
妻「ご迷惑はかけちゃうけど……ひとまずよかったわね、あなた」
夫「ああ、また一からやり直そう。私もはりきって仕事しなきゃな」
娘「うん! 私も勉強頑張るよ!」
夫「それにしてもこの記事……天罰っていうのはあるもんだな」
『郊外の空き地で、男性の焼死体が発見された。
可燃物の調合をしている最中、誤って自分を燃やしてしまったと思われる。
自宅からは放火の被害に遭った家屋を撮影する動画が多数発見されており、警察は一連の放火犯と断定……』
― おわり ―
最終話『プロポーズ』
― 会社 ―
後輩「うーん……」
男「どうした? 虫歯か?」
後輩「違いますよ。実は悩みがありまして」
男「悩み?」
後輩「それも二つも」
男「二つもあるのか。死亡フラグ立ってるな」
後輩「変なこといわないで下さいよ」
後輩「一つは……彼女にプロポーズする決心がつかなくて」
男「すりゃいいじゃないか」
後輩「先輩はしっかりしてる人だからプロポーズも出来たでしょうけど、
僕はこの通りだらしないから、断られるんじゃないかって不安で……」
男「んなことないよ。俺だってプロポーズの時は清水の舞台から飛び降りる気分だったよ」
後輩「で、飛び降りた結果、今や売れっ子作家の旦那さんですもんね。羨ましい」
男「女房の方が忙しくて、なかなか二人でゆっくりも出来ないけどな。で、もう一つは?」
後輩「変な女から変なボールを買っちゃったんです……」
男「変なボール?」
後輩「これなんですけど」
見覚えのある白い玉であった。
男「これは……!(≪死亡フラグ玉≫……!)」
後輩「知ってるんですか?」
男「あ、いや、卓球ボールみたいだな。で?」
後輩「これ死亡フラグパワーとやらが詰まってる≪フラグボール≫っていうんですけど、
こんなもん持ってて大丈夫かなぁって」
男「ちょっと待て。今名前なんていった?」
後輩「≪フラグボール≫ですけど」
男「もう一回」
後輩「だから……≪フラグボール≫」
男「ぷっ……アハハハハッ! アーッハッハッハッハッハ! アハハハッ、フヒヒッ、アハハッ!」
後輩「なにいきなり大笑いしてるんです!?」
男「ああ、ごめんごめん」
後輩「ビックリしましたよ」
男「持っておけ」
後輩「え?」
男「多分悪いことにはならないはず。それ……ずっと持っておけよ。俺が保証する」
後輩「わ、分かりました……」
次の日曜日、後輩は恋人とデートをしていた。
― テニスコート ―
後輩「よーし、ひと勝負しようか!」
恋人「うん!」
後輩「今日も僕のショットが火を吹くぜ!」
恋人「負けないんだから!」
後輩(この雰囲気……今日もプロポーズできずに終わりそうだな。このままずるずるいきそう……)
後輩「いくぞっ!」パシュッ!
恋人「それっ!」パコーンッ!
コート上でテニスボールが往復を繰り返す。
二人のテニスの腕はほぼ互角。さわやかな時間が流れる。
後輩「そりゃっ!」パコーンッ!
恋人「きゃっ!」
後輩「よっしゃ、サービスエース!」
後輩(白熱してきたな……このゲームは頂きだ!)ポーンポーン
パァンッ!
後輩「!?」
後輩(≪フラグボール≫が……破裂した!?)
後輩「この戦いが終わったら……僕、結婚するんだ!」パシュッ!
後輩(あれ、なにを口走ってるんだ!? まるで死亡フラグみたいな台詞を――)
パコーンッ!
パコーンッ!
パコーンッ!
ラリーの応酬。
恋人「結婚って……誰と?」
後輩「もちろん……君とッ!」
パコォーンッ!
鋭いショットがコートを射抜いた。
後輩「はぁ、はぁ、はぁ……」
後輩(負けちゃった……)
恋人「やったー!」
後輩(『結婚するんだ』はやっぱり負けフラグ……死亡フラグだったか)
恋人「ところで、さっきのやつ……」
後輩「!」
恋人「あれって……プロポーズだよね?」
後輩「ああ……もちろん! 戦いが終わったから、僕は君と結婚したい!」
恋人「よろしくお願いします!」
後輩「…………!」
後輩「あ、ありがとう! よろしく! 必ず幸せにするよ!」
砕けた≪フラグボール≫を見て思う。
後輩(もしかして、こいつが僕にプロポーズさせてくれたのかな……?)
後輩(ありがとう、死亡フラグ……)
…………
……
……
引き出物を持ち帰る若い夫婦。
男「後輩の結婚式、よかったなー」
眼鏡女「あなたのスピーチもなかなかだったよ」
男「……ん?」
ファンA「すいませーん! 女流作家の先生ですよね! 新作も面白かったです!」
ファンB「もしよろしければサインを……」
眼鏡女「あ、はい……」
サインを書くと、ファンは一礼して立ち去っていった。
学生A「昨日のドラマ見た? 女優がますます演技上手くなって……」
学生B「格闘技もチョー面白かったぜ。チャンピオンがKOで防衛成功だ!」
ワイワイ…
男「ファンがいるっていいな。俺には一人もいないもん」
眼鏡女「あら、一人いるじゃない」
男「どこに?」
眼鏡女「私」
男「あ……」
眼鏡女「あなたのファンは私一人でいいの。他にはいらないんだから」
男「おいおい……照れるだろ」
夫「たまにはみんなでレストランってのもいいもんだな」
妻「こういうの何年ぶりかしら」
娘「もうすぐ家も建つし、お祝いだー!」
男「…………」
男「もし子供が出来たら、ああやって食事するのもいいかも」
眼鏡女「家族で私たちが出会ったペンションに行くのもいいかもね」
男「また熊出てきそうで怖いなぁ」
眼鏡女「そしたらまたあなたが助けてくれるんでしょ?」
男「……も、もちろん」
いまいちハリのない声で答えてしまう。
青年「まさかお会いできるなんて……。いやー、今の僕ってツイてるな~」
眼鏡女「えぇとこのノートにサインですね?」
男(歩いてたら、またファンに絡まれてる。売れっ子作家も大変だな)
女「彼女……いえ、奥さんとデートぉ?」
男「!?」
男「あんたは……!」
女「お久しぶり。元気してた?」
男「おかげさまでね。ひょっとして、また俺に死亡フラグが立ってるのか?」
女「いいえ、今のあんたにはそういうの見えないわぁ。
今のあんたにゃ死亡フラグなんて寄り付かないでしょ」
男「あれから少しは成長できたってことかな」
男「ところで……」
女「?」
男「あの玉の名前、≪フラグボール≫に変えたんだって? 俺の案を採用してくれたんだな」
女「!?」ギクッ
女「ふん……たまには名前変えてみたくなっただけよ」
男「おっ、あんたも少しは可愛らしいところあるんだな」
女「からかわないで。離婚フラグ立ったって知らないわよぉ」
男「そりゃ死亡フラグより怖いよ」
男「その節は世話になったよ。改めて本当にありがとう」
女「どういたしまして。死亡フラグが役に立ったんなら本望だわぁ」
女「死亡フラグ乗り越えたんだから、せいぜい幸せになりなさいよ」
男「もちろん。人生の最後まで生きるのを楽しんでみせるさ!」
― おわり ―
……
女「――これで話はオシマイ」
女「いずれ、これ見てる人と出会う日も来るかもしれないわねえ」
女「え、あたしが何者かって?」
女「天使? 悪魔? ただのイカれた女? それとも……“死亡フラグ”という概念が人間になった存在?」
女「どれかが当たってるかもしれないし、どれもハズレかもしれないわねえ」
女「だけど気をつけてねえ。“未知の存在の正体を探ろうとする”ってのも立派な死亡フラグだから」
女「じゃあねぇ……ヒヒ」
……
102 : 以下、5... - 2021/01/12(火) 01:12:54.269 OElkN+820 85/85以上で完結です
ありがとうございました