神「起きろ……」
男「むにゃ?」
神「突然だが、お前に力を授ける」
男「力?」
神「一生に一度だけナッパの“クンッ”を使えるようにしてやろう」
男「ナッパってドラゴンボールの? “クンッ”ってのは都を破壊した?」
神「そうだ。お前が使っても、それなりの都市を壊滅させるぐらいの威力はあるだろう」
男「いや、そんなの使えるようになっても」
神「ではさらばだ」
元スレ
神「一生に一度だけナッパの“クンッ”を使えるようにしてやろう」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1632914851/
チュンチュン…
男「……」
男「なんだ今の……夢か?」
男(いや、夢にしては現実感がありすぎたような……なんとなく本当って気がする)
男(試しにちょっとやってみるか? 二本指で……クンッ)
男(いやいやいや! 本当だったらこの辺のみんな死んじまう! やめとこう……)
男(それにしてもなんで僕なんだよ……)
ガタンゴトン…
男(あー……満員電車辛い、苦しい)
男(まず座れないし、一時間近く立ってなきゃならない)
ガサ…
男(んも~、こんな中で新聞読むなよ……)
シャカシャカ…
男(こっちの人はイヤホンの音漏れてるし……曲が特定できるレベルだ)
男(しかも、痴漢冤罪のリスクもあるからうかつに手を動かせないし……通勤地獄とはよくいったもんだ)
男(背が高い方だから、呼吸しやすいのはせめてもの救いだな)
男「……」
男(ここでクンッを使ったらどうなるだろう?)
男(スカッとするだろうなぁ……テトリスの長い棒を上手く差し込めた時みたいに……)
男「――!」ハッ
男(ダメだダメだ! 何十、何百人も死んじゃうじゃないか!)
男(危うく、スカッとしたいぐらいの理由で大量殺人するとこだった!)
会社――
男「おはよう」
同僚「おーっす」
男「今日はちょっと暑いね」
同僚「ああ、会社に来ただけで、もう汗かいちまってる」
男「僕もだよ」
同僚「シャワーでも浴びたいぐらいだ。その点お前は楽でいいよな」
男「アハハ、まあねー」
居酒屋――
同僚「ふぅー、今日も疲れた」
男「ね」
同僚「んじゃ、カンパーイ」
男「乾杯」
グビグビ
同僚「お前すぐ顔赤くなるな。顔に似合わず」
男「お酒ってのは顔で飲むもんじゃないだろ」
同僚「うぇっぷ……」
男「大丈夫? 飲みすぎだよ」
ドンッ
男「あ、すみません!」
酔っ払い「どこ見てんだ、ゴラァ!」
男「ひっ! すみませんすみません!」
酔っ払い「へっ、いかついわりにヘタレかよ!」
酔っ払い「おい、ケンカ買ってくれよ」
男「嫌ですよ……ケンカなんかしたことないです」
酔っ払い「俺のかめはめ波見せてやんよ。かめはめ波」
男(完全に酔っ払ってる……)
酔っ払い「か、め、は、め……」
男「そっちがその気なら、こっちはクンッするぞ!」ギロッ
酔っ払い「……! ちっ、悪かったよ……」
男(ふぅ、上手くやり過ごせた)
会社――
上司「今日から新しくお前らの上司になる。よろしくな」
ヨロシクオネガイシマース…
男(今までの上司は優しい人だったけど、怖そうな人だなぁ……)
上司「……」ジロッ
男「!」
上司「お前ナマイキそうなツラしてんなぁ。きっちり指導してやるから覚悟しろよ」
男(いきなり目をつけられた……!)
上司「よし、今日はここまで」
ハーイ… オツカレッシター…
男「じゃあ僕も……」
上司「お前はちょっと残れ」
男「え」
上司「残業頼むわ。これ全部明日までな」
男「そ、そんな……」
上司「おい、ここミスがあるぞ! 目玉ついてんのか!」
上司「なーにやってんだ、このウスノロ!」
上司「そんぐらい自分で考えろ! いちいち聞くんじゃねえボケナス!」
男(新しい上司になってから……地獄だ)
男(職場環境は上司次第なんていうけど、まさかここまで変わるとは……)
男(ああ……クンッしたくてたまらない……)
上司「おい、ちょっと来い!」
男「は、はい」
上司「お前が残業してやったやつ。またミスがあった。今日も残業な」
男「え……」
上司「ああ、それとうちの業界はファッションに大らかとはいえヒゲ剃れ。全然似合ってねえぞ」
男「あ、あの。僕、皮膚が弱くて……それで……」
上司「お前の事情なんか知らねえんだよ! 命令聞けなきゃクビにすんぞ!」
男「……!」
男(もう限界だ……! やってやる、クンッを……!)
同僚女「いい加減にして下さい!」
上司「!」
男「同僚女さん……」
同僚女「いつもいつも男さんをいびって! 立派なパワハラですよ!」
上司「パワハラだとぉ……生意気な!」
同僚女「今までのやり取りの中には録音してるものもあります。出るところに出れば、こっちが勝ちますよ」
上司「ぐ……く! 悪かったよ……」
男「……」
男「……さっきはありがとう」
同僚女「ううん、いいの。あの新しい上司、私もずっと気に食わなかったし」
同僚女「こっちこそ、今まで助けられなくてごめんなさい」
男「そんな……。ところで、録音してたってのは……」
同僚女「あんなの嘘よ。ウ、ソ。だけど単純そうな人だからこれからはもういびりは控えるでしょ」
男「うん……本当に助かったよ」
男(おかげでクンッしないで済んだし……)
同僚女「それにしても、あなたって結構優しくていい人ね」
男「そうかな?」
同僚女「うん、ぱっと見だとちょっと怖そうだし」
男「よくいわれるよ」
同僚女「これからはもっと、あなたとお話ししたいな」
男「こ、こちらこそよろしく!」
同僚女「そんな堅苦しくしなくていいから! 同僚だし」
アハハ…
男(あれから、すっかり上司も大人しくなったな……)
上司「もしもし……ああ、今夜は遅くなるから」
男「!」
上司「今度の日曜はちゃんと遊園地に三人で行くよ。な、だから……」
男(そういえば、奥さんと子供がいたんだっけ……)
男(僕がパワハラを受けたのは事実だけど、奥さんや子供に罪はないよな)
男(僕は危うく罪のない人を不幸にするところだった……)
男(せっかくすごい力をくれた神様には悪いけど……僕はもう絶対クンッしない!)
男(クンッなんかに頼らず、人生を生き抜いてみせるぞ!)
やがて、男は同僚女にプロポーズをした。
男「これ……受け取って下さい」
同僚女「これは……指輪!」
男「これからの人生、僕と一緒に歩んでくれませんか」
同僚女「はい、喜んで……」
男「必ず幸せにしまぁす!」
同僚女「もう、力みすぎ!」
男「……妻と子供は!?」ハァハァ
ナース「元気な男の子ですよ」
妻「産まれたよ」
男「よかった……」
赤子「ばぶ、ばぶ」
男「お父さんだよ……」
赤子「ひっ……おぎゃぁぁぁぁぁ!」
男「ハハ、怖がられちゃった……」
息子「……」
男(今時の子供もドラゴンボール見るんだな。今も新しいストーリーやってるしな)
息子「ねえねえお父さん」
男「ん?」
息子「ドラゴンボールで一番好きなキャラは?」
男「うーん、悟飯かな。大人しくて優しいし、怒ると怖いけど」
息子「あれ? ナッパじゃないんだ」
男「どうしてナッパなんだよ!」
男(まさか、クンッを使えることを知ってるとか……? んなわけないよな)ドキドキ
男「就職おめでとう!」
妻「おめでとう!」
息子「ありがとう、父さん、母さん!」
男「それじゃ……ビール飲むか」
息子「うん」
グビグビ…
男「うまい!」
男(立派に育った息子と酒を酌み交わす……最高の気分だ!)
男「……」
男(僕もずいぶん年老いた……)
男(体だけは大きかったけど、すっかり細くなって……)
男(髪も薄く……あ、元々剃ってたっけ)
男(今さらクンッしようとしても、腕が上がらないだろう)
男(結局、使わなかったな……クンッ……)
男(神様はなぜ、僕にクンッを与えたんだろうか)
男(いくら考えても、答えなんて出ないだろうな……)
男(神様、今あなたの元に参ります……)
男「……」
孫「?」
孫「おじいちゃん、どうしたの? おじいちゃーん!」
…………
……
葬儀場――
ガヤガヤ…
弔問客A「大往生でしたねえ」
弔問客B「ええ、理想的な亡くなり方ですよ。誰にも迷惑をかけず……」
子供「ねーママ、あの写真なにー?」
婦人「亡くなった人の写真よ。少し若い頃の写真みたい」
子供「ふーん」
子供「頭つるつるで、顔いかつくて、ヒゲ生えてて……ドラゴンボールのナッパそっくり!」
婦人「コ、コラッ!」
END