まずい。
死ぬほどまずい。
いや本当はそこまでじゃない。我慢すれば飲める。
けど美味しくないことには変わりはない。
飲みたくない。
どうすればいいの。この500mlのペットボトル。
元スレ
凛「炭酸の抜けたサイダー」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1538854412/
一口だけ飲んでカバンの中にしまってそのまま忘れた私が悪いのはわかってる。
160円が無駄になったのも仕方がない。しょうがない。
けど私の手元には砂糖の味しかしない液体というものが残ってしまった。
これの処理をしなくちゃいけないという現実が私を鬱な気持ちにさせるのだ。
…その辺に流してしまえばいいって?
そんなことできるはずがない。
なぜなら世の中はエコブーム。
アイドルがそんなことしてるってバレたら炎上しちゃうかもだし、
なにより私の善意がそんなことしちゃいけないと無駄に引き留めるからだ。
もったいない精神ってやつかな。
いいことなんだろうけど今の私にはとてもつらい精神だ。
自分で飲めないなら誰かに飲んでもらおう。
誰かこの液体を飲んでくれる人はいないかと頭の中で人物を思い浮かべる。
卯月。
だめだ。あの子にこんなモノを押し付けるのはあまりに酷だ。
未央。
だめだ。押し付けるのはできるけど絶対押し返される。
加蓮。
だめだ。たぶん「捨てちゃえばいいじゃん」ってすぐにシンクにどばどばされる。
奈緒。
いけそう。「おーっサイダーじゃん!美味しそー!ブフォォアッッ!?げほっげふぉっ!炭酸ねーじゃん!」みたいな感じで…ってだめだ。これじゃ吐いてる。
蘭子。
だめだ。リアクションがたやすく想像できる。やめておこう。
まゆ。
だめだ。あの子なんだかんだでピュアだし無理して飲んでくれそうで良心がずたずたになる。
みく。
いいけどできるならカメラ回した状態で渡したいから今回はだめだ。
ハナコ。
いや死ぬ。冗談抜きで死ぬ。
乃々。
だめだ。絶対にダメだ。もし私が第三者なら炭酸抜きサイダーを渡した私を殺す。
乃々にそんなひどいことはできない。
炭酸抜きサイダーをあげるなんて恐ろしい。
それは暴力、いや拷問に近い、世界で犯罪であると取り締まられるべき悪い行為だ。
そんな行為を小動物みたいにビクビクオドオドしてる乃々にできる訳がない。
そんなことを一瞬でも考えた私はなんてバカな人間なんだ。
輝子、美玲、私を殴って。
彼女たちの仲間を一瞬でも傷つけようと考えた私は罪を償わないといけない。
話が逸れた。もう一度考えよう。
炭酸抜きサイダーを引き取ってくれそうな人…
かな子。
そうだ、かな子ならどうだろう。あの子は甘いもののスペシャリストだ。
例え炭酸が抜けたサイダーでも美味しく変えてくれる術を知っていてもおかしくない。
持つべきものは良き友人だ。早速行ってみよう。
「いや、さすがにそれはちょっといらないかな…」
断られた。なんで。
いや当たり前だった。そもそも炭酸抜きサイダーを好む方が異質だ。
いくらかな子と言えども、カブトムシのように炭酸の抜けたただの砂糖水を啜る訳がない。
そうだカブトムシ。莉嘉ならこの砂糖水を喜んで飲んでくれるかも。
「んなわけないでしょ…」
脳内からツッコミが飛んでくる。
どうやら私もそこまで常識が無い人間であるわけではないらしい。
私の頭の中の莉嘉が止めてくれるくらいの判断力はあったあようだ。
「へぇ、炭酸抜きサイダーか」
私とかな子の間に入る横やり。その声の正体は
「プロデューサー」
「プロデューサーさん」
Pだ。それ以上でもそれ以下でもない。本当だよ。
「凛、それいらないのか?」
Pがそんなことを聞いてくる。まさかP、炭酸が抜けたこれが欲しいなんて…
「俺炭酸抜けたサイダーなんだよな。バカみたいに甘くてさ。よかったらくれよ」
なんてこった。Pは異質な人間だった。
けどこれは願ってもないチャンス。
この炭酸の抜けたサイダーを処理できるチャンスだ。
私はPの言葉に甘えて炭酸の抜けたサイダーを差し出す。
「もう、それじゃ間接キスになりますよ!」
かな子の邪魔が入る。
余計なこと言いやがってこの巨乳。その肉が羨ましい。
別にそんなやましい考えがあって渡したわけじゃないし。本当だよ。
「ジョーダンだよ。あの凛がそんなことする訳ないだろ」
Pはそんな目で私を見ていたのか。心外だ。するに決まっている。
「冗談はここまでとして…炭酸が抜けたサイダーだろ?だったら花にあげればいいじゃん」
花?花ってフラワーのことだよね。そんなもの花に与えていいの?
「砂糖水が花の栄養になるから長生きするらしいんだ。…っと、凛にはもう常識だったよな」
バカにしないでほしい。花屋の娘にだってわからないことはある。
「へぇー。私、初めて知りました!」
「詳しいメカニズムは凛に聞いてくれ。俺も夕美から話でしか聞いたことない知識だからな」
やめて。私も知らなかったんだから。
でもこれは良いことを聞いた。
花の水にするんなら捨てる訳じゃないし、私の良心も傷つかない。
そうと決まればさっそくこの炭酸水を花の栄養にしてみよう。
Pの机の上にまゆが持ってきたバラがあったはずだ。
私はさっそくPの机へと足を進める。
蒼い。蒼いバラが咲いた。
いや咲いたというのは語弊がある。変色したのだ。蒼く。
炭酸水を注いだらこうなった。それだけである。
どういうことなの。
「にゃはははー!驚いてるよーだね凛ちゃん♪」
こいつのしわざか。声の主は一ノ瀬志希。マッドサイエンティストとして悪名高い子だ。
「炭酸水を注ぐと蒼くなるようにバラに細工したの?アンタも暇だね」
「いやそれピンポイントすぎるでしょ。そんな成功率低いイタズラはさすがの私もしないよ…」
だったらなんなんだ。こんなことできるのは志希くらいでしょ。
「ふっふっふ。ついに私が追い求めた物質だよこれは!」
「何?早く本題を言ってくれる?」
「それは凛ちゃんが口をつけた炭酸水…つまり凛ちゃんの『蒼の力』をその炭酸水が媒介してバラに注がれたっていうことなのだー!」
意味わかんない。帰ろう。
「待って待って待って!アタシふざけてないよ!本気で言ってるんだよ!」
なんか私の考えを察したようだけど私は帰ることにしたんだ。止めないで。
「落ち着いて聞いて!これは類い稀なる能力なんだよ!植物を蒼くできる人なんて世の中に他にいないよ!!」
そんなこと言われても。
…確かにあの蒼くなったバラ、さっきまでの赤いバラと比べてもの凄くクールになった気がするけどさ。
「凛ちゃん聞いて。その能力はきっと何かの力になる。自分を信じて」
うん。やっぱりあのバラはものすごくクールだ。あれが蒼の力ってことかな。
けどこの力がなんになるって言うの。こんなカッコいいだけのバラ…。
気が付くと私は蒼いバラを量産していた。
あの蒼くなったバラを世間に公表した結果、うちの花屋に注文が殺到したのだ。
最高にクールになるということを前面に押し出したのがどうやら良かったようだ。
良いところは最大限に活かす。それがアイドルとしても基本だったはず。
蒼の力の良いところは存分に利用させてもらう。
ありがとう炭酸抜きサイダー。
私はあなたのおかげで億万長者になれた。
夢だった。
当たり前か。こんな話現実にあるわけがない。
夢の世界は何が起きても違和感を感じないから不思議でたまらない。
…さて。
こんな夢を視たってことは。
やっぱりカバンの中に炭酸の抜けたサイダーが入ってた。
サイダーの付喪神が見せた夢だったのかな。
なかなかロマンのある話だ。悪くない。
せっかくだし、今度こそこのサイダーを花にあげよう。
蒼の力なんてあるわけがない。ここは現実の世界。なにも奇妙なことは起きないはずだ。
私はカバンを抱え、アイドル事務所へと向かっていった。
「凛さん…その手に持っているのは…」
「あ、乃々。駄目だよ。これは炭酸の抜けたサイダー。美味しくないよ」
「もりくぼはしゅわしゅわが苦手なので炭酸が抜けた方が好きです…。いらないのなら貰いますね…」ゴクゴク
「おーっすしぶりーん…しぶりん?なんで倒れてんの?」
「わかりません…なぜかいきなり倒れて…」
夢は現実よりも奇なりとはよく言ったものだ。
私はそのまま、床に伏してしばらく寝ることにした。
おわり
アヤ「コーラじゃないか?」
比奈「コーラっス」
亜季「ごめんなさいであります」
乃々「あの…もりくぼは…別に戦いませんので…」