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妹「ねーちゃん」【前編】

477 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 18:16:01.56 hJ2IA3Tf0 270/532

◇ ◇ ◇ ◇


僕は旅人。

世界中の人たちにサッカーをする楽しさを教えて回っている。

特に最近行った東南アジア……、タイやスーダンでは子供達がサッカーボール一つで本当に笑顔になれるんだ。

そんな子達を見ているだけで、僕は生きていて良かったと思える。

どんな苦しい事があっても、どんな逆境だろうと、彼ら・彼女らに笑顔を絶やして欲しくは無い。

人生は苦しい事もあるけれど、苦しい事ばかりじゃない。

それを子供たちに自分の力で気づいて欲しい、

僕は少しでもそのお手伝いが出来れば……。大袈裟に言うと、それが僕の使命なんじゃないかとさえ思っている。


478 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 18:17:41.14 hJ2IA3Tf0 271/532

久々に日本に帰ってきたら梅雨だった。

なるほど、ジメジメとしていて日本の梅雨らしい。

けれどせっかく日本に帰ってきたのだから、部屋に篭りっきりなのもどうかと思って散歩でもしようかとホテルから傘を借りて少し歩く事にした。

この辺りは小さい頃一度来たことがある。

サッカーの試合だったか学校の行事だったかは覚えていないが、その時も友達とサッカーボールを蹴っていた気がする。

結局現役を引退した今もこうしてサッカーボールを蹴っているわけだけれども。

僕の人生は、それで良いんだと思う。

ふと目の前に大きな水溜りが見えたので、少し避けて歩く。

記憶ではそれほど都会ではないのに、マンションやらビルやらが立ち並び、すっかり近代的な街になってしまっている。

……うん、この国は凄いな。

ヨーロッパ、アジア、オセアニア……色々な国を見てきた、だからこそ思う。日本という国がどれほどの国かという事を。


479 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 18:21:34.91 hJ2IA3Tf0 272/532

「いくよー!」

「おー!」

それから少し歩くと雨音に紛れて声が聞こえてきた。

「何だろう?」

おそらく小学生くらいの子供の声だと思う。

こんな雨の中何をやっているんだろうか?

特に予定もなかった僕の足はその声の主達にひかれるように歩いていった。


480 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 18:33:29.31 hJ2IA3Tf0 273/532

ポツポツポツポツ。

雨はホテルを出た頃と比べると少しだけ小降りになっていた。

けれどさすがに、傘をさしていないと濡れるのが気になるな。

赤信号で止まる。

おそらくこの交差点を渡った先の河川敷だろう。

交差点の周りには最近立てられたのだろう看板に「香川うどん」の文字がでかでかと表記されている。

すると、その看板の向こう側からH●NDAのハイブリッドカーが颯爽と走り去っていき、

町内の掲示板に貼られていた電車のポスターには「あの島より、川島」というキャッチコピーが踊っていた。


481 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 18:42:22.11 hJ2IA3Tf0 274/532

……なんだかユニークな街だな。

そんな印象を残して、僕は交差点を渡った。


ちょっとした坂を昇って見下ろした河川敷では、

小さな女の子二人が雨の中だというのにサッカーボールを蹴っていた。

二人の服はドロドロ、靴はすっかり土色になってしまっている、

ボールも水分を吸って随分と重くなっている事だろう。

僕はいつだったかホンジュラス代表との試合を思い出していた。

あの日の前日も、確か雨が降っていたっけ。

……それにしても今日はサッカーをするにはコンディションが悪すぎるな、

何もこんな日にボールを蹴る事はないだろうと僕は

「小さなお嬢さん達、滑って危ないよ」

そこまで言おうとして、ハっと口を噤んだ。


482 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 18:49:02.95 hJ2IA3Tf0 275/532

何があの二人の少女にあったのかはわからない、

なんだろう、二人のあの表情は。

サッカーの技術云々の話ではない。

トラップもめちゃくちゃ、パスは相手に向かって飛んでいかない、

ドリブルをすればボールを置き去りにして走っていってしまっている。

有り体に言うととっても下手糞だ、おそらく初心者なのだろう。

けれど。

……けれど、とっても「楽しそう」だ。

アレはサッカーの神様に魅了された表情だ。

……そうか、ちゃんとあるんじゃないか。

世界を探さなくても、こんな身近に、日本という国にもあったんじゃないか。


483 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 18:52:44.21 hJ2IA3Tf0 276/532

その瞬間、何かにうたれたような感覚が全身を襲った。

僕はおそらく間違ってはいなかった。

けれど、大いなる勘違いをしていたのではないかという事だ。

僕が子供が笑顔になるお手伝いをする?

そんなもの、ハナから僕の勘違いだったんじゃないだろうか。

だってほら、あの子達はあんなに楽しそうじゃないか。

雨も気にせず、服が汚れても気にしない。

そこにサッカーがオマケでついてくる。

……きっと、そういう事なんじゃないだろうか。


485 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:06:03.09 hJ2IA3Tf0 277/532

しばらく二人を見ていると

ぽーん

ころころころ。

足元にボールが転がってきた。

僕は右足軽くボールを止めて、ふわりとしたゆるい浮き球で相手の足元に返してあげると。

「ありがと!」

小さい方の女の子がペコリとおじぎをしてくれた。

とても礼儀正しくて、なんだかこっちが少し恥ずかしくなって話題を探した。

「二人とも、こんな雨の中でどうしてサッカーをやっているの?」

「勝ちたいヤツがいるの」

大きい方の女の子が膝に手を付きながら言う。


486 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:16:45.89 hJ2IA3Tf0 278/532

「お兄さんも昔ちょっとだけサッカーをやっていた事があってね」

「へー!」

「そうなんだ」

「少しだけ、二人と一緒に蹴らせてもらってもいいかな?」

「うんっ」

「いいわよ」

革靴が邪魔だったので裸足になった。

ジーンズは少し高めのヴィンテージだけど、汚れても気にしない。

傘はゴール代わりにして置いた。

即席のサッカースタジアムの完成だ。

さあ、楽しもうか。


487 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:18:23.32 hJ2IA3Tf0 279/532

────────
────
──


それじゃあ頑張ってね、言うと二人は大きく頷いていた。

勝負の結果はどうなるかわからないけれど、

きっと良い結果になるんじゃないかな。


見上げるといつしか雨も止んでいた。

太陽が雲間から顔を出す。

差し込む金色の光が眩しくて目を細めた。

勝ちたいヤツがいる。

誰だったか、いつか僕にそう宣言したのは。

生意気な若者が増えたものだ、もっとも、それは僕にとって喜ばしい事だけれど。


488 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:24:28.13 hJ2IA3Tf0 280/532

帰り道、

行きと同じ場所に大きな水溜りがあった。

僕はそれを気にせず進み、晴れ晴れとした空を揺らす。


例えば空気や水のようなもの、

とても些細な事だけど、中々見つけられるもんじゃない。

そんな当たり前の何かを再認識した魔法の様な時間だった。

僕の人生にロスタイムがあと何分あるかわからないけれど、タイムアップのその瞬間まで、伝えていこう。

僕でしかできない事がまだまだあるはずだ。


小さな先生達にありがとうの気持ちを込めて、

僕は再び歩き始めた。


489 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:42:27.81 hJ2IA3Tf0 281/532

◇ ◇ ◇ ◇


先生「えーっと、妹さん、女の子さん。二人とも後で職員室に来てください」

「何でですか?」

先生「お届けものです」

女の子「お届けもの?」


490 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:43:49.00 hJ2IA3Tf0 282/532

この間は一緒にサッカーをしてくれてどうもありがとう。

二人のお陰で本当に大切な事に気がつきました。

これからすぐに外国に行かなくちゃいけなくて、ちゃんとしたお礼もできずに御免なさい。

自分の所で作ったボールで申し訳ないですが、よろしければ友達とこのサッカーボールを使ってください。

今度また一緒にサッカーをやりましょう。


                            HIDE.N


491 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:45:08.65 hJ2IA3Tf0 283/532

女の子「ひ、で……ん? あの人ヒデンさんって言うのかしら」

「わー、サッカーボールだ」

男の子「……サッカーボール?」

「うんっ、ほらっ、これこれ」

男の子「おま……! これ、NAKATAのサッカボールじゃねえの? どうしたんだよこれ日本じゃ売ってないんだぞっ?!」

女の子「どうしたもこうしたも、突然送られてきたの」

男の子「はぁ?! 誰からだよ!」

女の子「ヒデンさん?」

男の子「ひでん? ひでん……、……ヒデっ?!」


492 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:46:37.66 hJ2IA3Tf0 284/532

男の子「おい! いますぐ勝負だ! 俺が勝ったら、このボールくれよ!」

女の子「はぁ? 何でよ? あんたもうサッカーは辞めるんじゃないの? だったらボールなんかいらないじゃない」

男の子「サッカー辞めるの辞めるんだよ!」

女の子「……その台詞、嘘じゃないでしょうね」

男の子「男にニゴンはねぇ!」

「それじゃこれで皆でサッカーしようよ」

男の子「いいぜー!」

女の子「まったく……調子いいんだから、なんだったのよ。これじゃ心配したこっちがバカみたいじゃない」

男の子「へへっ」


493 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:52:01.70 hJ2IA3Tf0 285/532

女の子「あんたってやつはいつもいつも……」

くどくど

女の子「だいたいね……」

くどくど

女の子「そんなところがダメ……」

くどくど


「そんじゃ行こっか!」

男の子「グランドまで競争な!」

「ローカは走っちゃだめなんだよ」

男の子「走ってねぇ、はやあるきだ!」


494 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 19:53:07.75 hJ2IA3Tf0 286/532

女の子「めめしいっていうか……」

くどくど

女の子「バカっていうか……」

くどくど

女の子「……ちょっと、聞いてるの?」

しーん

女の子「はっ? 二人とも居ないっ?」


男の子「何やってんだよー、置いていくぜー」

「先いくよー」

女の子「ちょっとー! 私も混ぜなさいよー!」


497 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 20:41:20.77 hJ2IA3Tf0 287/532

────────
────
──

男の子「ゼェ……ゼェ……」

女の子「ハァ……ハァ……」

「あぁ~、疲れたぁ~」

男の子「お前らなかなかやるじゃねぇか……」

女の子「ふん、あんたがだらしないだけじゃない?」

男の子「んだと!」

女の子「で、……なんでサッカー辞めるなんて言い出したのよ?」

男の子「忘れた」

女の子「は?」

男の子「忘れちまったもんは忘れちまった、へへっ」


498 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 20:42:34.67 hJ2IA3Tf0 288/532

女の子「あんたってヤツは……」

男の子「お?」

女の子「あんたってヤツは…………」

男の子「な、なんだよ?」

女の子「あんたってヤツは……、もうずっと一生ボール蹴ってろーーーーーーーーーー!!」


ドガッ




500 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 20:54:58.33 hJ2IA3Tf0 289/532

◇ ◇ ◇ ◇

TV『今年は日本もコパアメリカ杯に参加しますが~……』

「む? コパアメリカはじまるのか」

「こぱあめりか?」

「この前のアジアカップは覚えているか?」

「日本が優勝したあれ?」

「それの南米版だな、大陸選手権ってやつだ。その地域の国で一番強い国はどこか決めるんだ。日本は招待国として参加するみたいだな」

TV『日本代表チームは予選ではエクアドル、メキシコと同じグループになりました……』

「ふぅん」

「ほう……勝てるのかな日本は」

「勝って欲しいね」


501 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 20:57:43.87 hJ2IA3Tf0 290/532

TV『中田さん、勝つためにはずばり何が必要でしょうか?』

『そうですね、日本が勝利するためには……』

「おお中田よ、お前がピッチに居ないのは未だに少し寂しいぜ……」

「あれ? このお兄ちゃん……?」

「知ってるのか?」

「この前一緒にサッカーしたよ?」

「ほほう? そうなのか?」

「うんっ」

「はっはっは、さすが我が娘だな。ところで今日は友達のサッカーを見にいくんだろ?」

「うんっ!」

「そっか、じゃあそのサッカーボールも忘れないようになー」

「はーいっ」


502 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 21:01:47.29 hJ2IA3Tf0 291/532

ちょっとひと段落。

※なおこのSSはフィクションであり実際の人物・名義・団体とは何の関係もございません



503 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 21:14:10.24 GafsJHtE0 292/532

中田がNAKATAじゃなくなってるんだね


506 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 21:58:12.07 hJ2IA3Tf0 293/532

◇ ◇ ◇ ◇


先生「それじゃあ、お父さんとお母さんについて作文を書いてきてください」

はーい

先生「提出は来週の月曜日だから、週末にしっかり書いてくださいねー」

はーい!


507 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:09:46.68 hJ2IA3Tf0 294/532

男の子「サクブンとかめんどくせーなぁ」

女の子「ちゃんと書いてきなさいよね、さすがに作文丸写しってのはだめよ?」

男の子「うっせーな、ちゃんと書いてくりゃいいんだろ?」

「お父さんとお母さんかぁ」

男の子「かーちゃん、怒ると怖いです。これでいいだろ」

ガン!

男の子「いってぇ!」

女の子「ダメに決まってるでしょそんなの!」

男の子「なんでだよ!」

女の子「はぁ……」


508 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:14:29.20 hJ2IA3Tf0 295/532

男の子「でも作文なんてどうやって書いたらいいんだよ」

女の子「そのままを書けばいいのよ、そのままを」

「そのまま?」

女の子「そうよ、仕事は何をしているとか、しゅみは何か、とか。怒ると怖いってのは書かなくてもいいと思うけど」

「ふうん」

女の子「例えば小さい時、どんな子供だったのか聞いてみるとか」

「へ~、それ面白そう。お父さんお母さんの子供の時の話かぁ」

男の子「うちのとーちゃんはかーちゃんのシリに敷かれてるからなぁ」

女の子「それ絶対書いちゃだめよ?」

男の子「なんで?」

女の子「なんでもよ、バカ」


509 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:20:33.66 hJ2IA3Tf0 296/532

────────
────
──

ニー

「ねー、お父さん」

「んー?」

「お父さんとお母さんって結婚してるんだよね」

「そうだぞー」

ニャー

「二人はどこで出会ったの?」

「どこ……って、なんでそんな事聞くんだ?」

「ふふふー、ナイショ」

「はっはっは! なんだなんだ? もう恋愛話に興味を持つお年頃なのか? いいだろう! 聞かせてやろうじゃないか!」


510 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:26:57.25 hJ2IA3Tf0 297/532

「──、というわけで! お母さんはこの俺にベタ惚れだったのだ! はっはっは!」

「へー!」

「ぶわっはっはっは!」



「あらあら、二人して何の話ですか?」

「あ、お母さん」

「はいはい、何ですか?」

「お母さんはなんでお父さんと結婚したの?」

「なんででしょうねぇ、もう忘れましたよそんな昔の事」

「お母さんがべたぼれだってお父さん言ってるけど」

「あらあら? そうでしたっけ?」

「そうだったじゃない」

「あなたのベタ惚れの間違いでは?」


511 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:27:46.64 hJ2IA3Tf0 298/532

「……」

「……」

「……」

「……お父さん……」

「……」

「うそつきは泥棒のはじまりなんだよ?」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! ゆ……ゆるしてくれぇええええええええええええええええええ!!!!」



512 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:30:36.75 hJ2IA3Tf0 299/532

「ふたりは小学校も一緒だったんだよね」

「そうよ」

「じゃあずっと一緒だったんだね?」

「そうね、ずっと一緒だったわ」

「ふぅん」

「なぁに? 今日は随分と色々聞くじゃない?」

「二人はどんな子供だったの?」

「どんな? ……ううん、お父さんはこのまま身長を縮めた感じ……って言ったらわかるかしら?」

「おい」

「何か間違ってますか?」

「反論のヨチが無さ過ぎて笑えない」

「あらあら」


513 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:38:39.51 hJ2IA3Tf0 300/532

「なるほど」

めもめも

「なんだ~? 取材か?」

「わとそん君には教えないのだよ」

「お前……まさかホームズ……」

「真実はいつもひとつ」

「じっちゃんの名に懸けて」

「"驚異の部屋 ヴァンダー・カンマー "をご案内します」


「オマエのやったコトは全部お見通しだッ!」


「なぜベストを尽くさないのか」

「また今度借りてくるか」

「わくわく」


514 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:44:34.30 hJ2IA3Tf0 301/532

「あ、それからね。お父さん」

「お? なんだなんだ?」

「えっとね、土曜日の夜。友達の家にお泊りしたいんだけど、いいかな……?」

「……お泊り……」

「……」

「お泊り……だと……」

「え、うん」

「お泊り……だと……おぉ……」

「う……うん」

「いいよー」

「そっか……だめなら……いいのっ?!」

「うむ、大方今聞いた事を作文か何かにするんだろう。で、書き方がわからないから友達と一緒に書く……そんなところか」

「すごーい! なんでわかるの?」

「はっはっは! 初歩的なことだよ、ワトソン君?」


515 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 22:45:50.88 hJ2IA3Tf0 302/532

「お父さんかっこいい!」

「はっはっは! そうだろうそうだろう!」

「連絡帳に’作文’って書いてあったからですよね」

「しー!」


517 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:26:46.81 hJ2IA3Tf0 303/532

「いいですよ、でも相手のご家族にちゃんとご挨拶するんですよ?」

「うんっ!」

「お泊りだなんて、何か持って行かせた方がいいんでしょうか?」

「俺のサインとかどうだろうか?」

「焼きます」

「焼くのっ?!」

「良い火を起こせそうじゃないですか、良かったですね」

「や~~~きいも~~~~~」

「いしや~~~~~~きいも~~~~~~~~」

「おいもっ」


518 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:30:12.32 hJ2IA3Tf0 304/532

「なるほど焼き芋ですか」

「うむ、ホクホクしても美味しいし冷えても美味しい。手土産品には丁度いいのでは?」

「いいですね、じゃあ早速作りますか」

「うむ、なぜか今日買ってきたサツマイモがここにあるからな」

「丁度食べたかったんですよね」

「うむ、お母さんの作った焼き芋は格別に美味いからな」

「褒めても何もでませんよ」

「出るものはあるだr」

「それ以上言ったらどうなるかわかりますよね、うふふ」

「ご……、ごめんなさい……」


519 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:35:11.15 hJ2IA3Tf0 305/532

「ん~~~~~、良い匂いだなぁ」

「そうだねっ」

「早く食べたいな~」

「うんうん」

「まだかな~」

「まだかな~」

「もうちょっとかな」

「もうちょっとかな~」

「……そうやってジロジロと見られるとなんだか落ち着きませんね、心配しなくてもあと1時間はこのままですよ?」

「焼け加減をチェックするのが良いんじゃないか」

「良いんじゃないか」

「そうですか、それじゃあたっぷりお楽しみあれ」


520 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:38:46.86 hJ2IA3Tf0 306/532

「……あれ?」

「ん~?」

「ん~?」

「にーとにゃーを知りませんか?」

「あれ? さっきまで居たよね?」

「どっか遊びに行ったんじゃないか? あいつらいつもどこに居るのかわかんねーし」

「そうですか。ところで猫って焼き芋食べるんでしょうか?」

「いけるんじゃないか?」

「でもネコジタだよ?」

「冷やせば問題なかろう、俺がじきじきにふーふーしてやるから問題ナシだ」

「それじゃあお願いしますねお父さん」

「おう、任せろぃ」


521 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:42:17.57 hJ2IA3Tf0 307/532

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……まだ?」

「まだです」


522 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:46:28.52 hJ2IA3Tf0 308/532

「でも、ちょっとくらいなら」

「今ナベのフタを空けると美味しさ2割減です」

「ぐぬぬ……」

「まったく、我慢できない子供ですか」

「お父さん、お母さん」

「ん?」

「何ですか?」

「あのね、焼き芋みてるの楽しいねっ!」

「はっはっは! 当たり前だろ! 焼き芋なんだからなっ! 焼き芋は焼き始めてから食べ終わるまでが焼き芋だからなっ!」

「えぇっ! そうなのっ?」

「そうだぞー、だから今こうしてみてるのも焼き芋の一部だ」

「わかった!」

「ちょっと嘘教えないでくださいよ」

「あながち間違いでもあるまい、料理とはこうしてできている事を理解するべきだ」


523 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:51:12.26 hJ2IA3Tf0 309/532

────────
────
──


「……Zzz」

「……Zzz」

「……全く、出来上がるまで見てるんじゃなかったんですか二人とも?」

「……ムニャムニャ……ヤキイモ……ウマイ……」

「ヤキイモー……Zzz」

「これ同じ夢見てますよね、絶対」

「……Zzz」

「……Zzz」

「まったく、このままでは風邪をひいてしまいますね、何かかぶせておきましょう」


524 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:54:44.55 hJ2IA3Tf0 310/532

「スピー……スピー……」

「……スピー……スピー……」

「二人とも、起きてください」

「ふにゃ?」

「うみゃ?」

「ほら。出来ましたよ」

「お? おぉ、いつの間にかすっかり眠っていた様だな」

「わぁ、おいしそう」

「食べる前にその涎を洗い落として、ついでに手も洗ってきてください」

「はーい」


525 : 以下、名... - 2011/02/18(金) 23:59:02.28 hJ2IA3Tf0 311/532

「んー、うまい!」

「本当ですね」

「おいしいっ」

「もう一本!」

「まだまだありますからゆっくり食べてくださいな」

「うっ……」

「お父さんっ?!」

「……ぐぐぐ……」

「お父さんっ?! 大丈夫っ?!」

「う……ううう……うまああああああいいい!!!!!」

「ややこしいわ!」

すぱーん

「良いツッコミだ……ぐは」

ばたん


526 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:02:54.69 kiUY7ZUj0 312/532

────────
────
──


女の子「それで、結局そのまま焼き芋全部食べちゃったの?」

「う……うん、ごめんね? 美味しくてつい……」

女の子「いいわよ、くすくす」

「本当にごめんね?」

女の子「あなたの家族って本当に面白いわね」

「うー……」

女の子「くすくす、次は持ってきてくれると嬉しいわ」

「うん! 約束!」

女の子「約束ね」

「うん!」


532 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:38:10.47 kiUY7ZUj0 313/532

【閑話】 全盛期のイチロー


TV『さあスポーツニュースです、まずはメジャーリーグコーナー。今日のイチローから』

「イチローといえば3打数5安打は当たり前、3打数8安打も」

「先頭打者満塁ホームランを頻発」

「バントでホームランが特技」

カキーン!

TV『イチロー打ちました、センター前ヒットです。これでマリナーズはこの日初めてのランナーを出しました』

「おお! ナイスヒット!」

「イチロー、すごいですねぇ。今年はこれで何本目ですか?」

「わかんないけど……いっぱい!」

TV『なおマリナーズは3-5で……』


534 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:41:33.11 kiUY7ZUj0 314/532

【閑話】 shine

「shineってのは’あなたは太陽のような人だ’っていう意味だ」

「あの話は遣る瀬無かったですね」

「嫌な……事件だったね……」


536 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:47:08.87 kiUY7ZUj0 315/532

【閑話】 >>468-476


「ほ」

「し」

「の」

「あ」

「き」

「ぱ」

「ん」

「つ」

「クンカクンカ」

「……」

「……」

「え? なにその蔑んだ目線」


537 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:50:07.16 kiUY7ZUj0 316/532

【閑話】 中田が……


>>503「中田がNAKATAじゃなくなってるんだね 」

「中田がなかった」

「……」

「……」

「中田が中田じゃなかった」

「……」

「……」

「中田がなかなかみつからなかった」

「……」

「……」

「中田が……」

「……」

「……」


538 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:54:31.00 kiUY7ZUj0 317/532

【閑話】 >>288-293


「ほ」

「……」

「……」

「の」

「……」

「……」

「うぅ……、すまねぇ……」

「反省しましたか?」

「はい」

「よろしい」


539 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:55:19.50 kiUY7ZUj0 318/532

【閑話】 風緑?


「ねー、お父さん。カゼミドリって何?」

「なんだそれ新種か?」

「あの屋根の上に居てくるくる回るトリ」

「……?」

「?」

「そんな事よりコウノトリが運んでくるもんがあってだな──」

「何教えようとしてるんですか」


541 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:56:13.01 kiUY7ZUj0 319/532

【閑話】 携帯電話


「携帯電話欲しいか?」

「いらない」

「なんでだー? 学校の皆もってるんだろー?」

「必要ないもん」


「本当は欲しいんでしょ?」

「だって……お金、大変だから」

「もう、子供はそんな心配しなくてもいいのよ」


「……講義増やすか」


542 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:57:35.45 kiUY7ZUj0 320/532

【閑話】 野球

TV『打ったー! 大きい、入るか? レフトスタンドへー! 逆転のスリーランホームランですっ!!』

「よっしゃー! ホームランだ! はっはっは!」

「ねぇお父さん、あの人達って何で野球やってるの?」

「決まってるだろ」

「あん?」

「健康の為だよ」

「綺麗な顔してるだろ?」

「それは美顔機のお陰だな」

「んにゃ」


543 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 00:58:25.24 kiUY7ZUj0 321/532

【閑話】 ブラックデー


「しろの反対は?」

「ろし!」

「ぶっぶー、黒でした」

「むむむ、ヒッカケか!」

「じゃあホワイトデーの反対は?」

「ブラックデー!」

「ぶっぶー、バレンタインデーでした」

「ちっくしょおおおおお!!!」


544 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 01:01:16.88 kiUY7ZUj0 322/532

【閑話】 箱入り……①


「ノートPCがぶっこわれた」

「随分古いの使ってましたからね」

「新しいのを買おうと思うんだが、残念ながら俺はパソコンの知識が無い。どれが良いのかも皆目見当もつかん」

「ふむ、困りましたね」

「そこでいつも読んでるこの雑誌のプレゼントコーナーに応募しようと思うのだが、1等で最新式のノートPCプレゼントだとさ」

「どうせ当たりませんよ」

「送ることに意義があるんだよ」

「はいはい、切手は自分で買ってきてくださいよ?」


545 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 01:02:35.76 kiUY7ZUj0 323/532

【閑話】 箱入り……②

数週間後

「当たった……だと……」

「一生分の運を使い果たしましたねお父さん?」

「なぜか素直に喜べない、ハズれたらそれで笑いを誘おうとおもっていたのに……当たっちゃうなんて……空気の読めない芸人みたいじゃないか……」

「まぁまぁ、開けてみましょうよお父さん」

「あぁ、そうだな」

パカー

「……これは……! お父さん!」

「なんだお母さん?」

「このノートPC……! ハコだけで中身が入っていません!」

「……」キラーン

「……」キラリーン


546 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 01:05:19.95 kiUY7ZUj0 324/532

【閑話】 箱入り……③


「……」

「……」

「……」

「……なんでパソコンの代わりにあたしがダンボールに入ってるの?」

「これが本当の箱入り娘」

「アホか」


548 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 01:23:54.67 kiUY7ZUj0 325/532

【閑話】 春夏秋……?


「春といえば?」

「花粉症」

「夏といえば?」

「うみ!」

「秋といえば?」

「もみじ!」

「冬といえば……」


「こなぁあああああああ~~~~~~~~~雪ぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~」


「ねぇ」


550 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 01:30:40.31 kiUY7ZUj0 326/532

【閑話】 粉雪といえば?


「れみろめん」

「レミオロメンですよ」

「れみろめん♪ れみろめん♪」

「れみおろーめん」

「冷やしそーめん」

「つたんかーめん」

「むしろレミオロメン」

「れみろめん♪ れみろめん♪」


551 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 01:34:00.75 kiUY7ZUj0 327/532

【閑話】 お金がない!


「トシがバレるぞ」

「いいんですよ、20代後半って事になってるんですから」

「姉上……?」

「あらあら、うふふ?」


552 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 01:36:56.17 kiUY7ZUj0 328/532

【閑話】 猫と猫


ニー

ニャー

ニーニー

ニャーン?

ニー!

ニャァァァ

……ニー

ニャーニャー



ニャ


587 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:16:24.53 kiUY7ZUj0 329/532

◇ ◇ ◇ ◇


「猫はどこへ消えた?」

「チーズを探しているのでは?」

「あの本はなかなか面白かったな」

「そうですね、ところで」

「あん?」

「にーとにゃーはどこに?」

「そうだな、グリとグラはどこに行ったんだろうな」

「そんな安直なボケはスルーですよ?」

「なっ」

「うふふ」


589 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:21:26.21 kiUY7ZUj0 330/532

「焼き芋の匂いにも釣られず、あいつらは一体どこへ行ってしまったというのだ」

「きっとお腹が空いたら帰ってきますよ」

「ふむ、家出少年か」

「さて、あの子もお泊りに出かけた事ですし。我々はどうしましょうか兄上」

「お母さん言葉と姉上言葉が最近ごちゃ混ぜだな姉上」

「む」

「慣れとは恐ろしいものよの」

「確かに、だがバカにしないで欲しい」


「バカにしない~でよ~」

「そっちのせいよ~」

「ちょっと待って」

「プレイバック♪ プレイバック♪」


590 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:22:40.41 kiUY7ZUj0 331/532

「いま~の言葉」

「プレイバック♪ プレイバック♪」


「ほら、鈍ってはおるまい?」

「たしかに」


591 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:31:38.57 kiUY7ZUj0 332/532

「それにしても、グリとグラか」

「懐かしいだろ?」

「昔兄上が拾ってきたんだったな」

「そのわりに俺に全然懐かない猫達だったな、気まぐれな奴等だったよ、結局どっか行っちまったしな」

「私には随分と懐いていたが?」

「動物の心は謎のヴェールに包まれてるんだ、たぶん」

「得意の心理学で解き明かしてみたまえ」

「残念だが俺のとは分野が違う、仮説から実証・実験を繰り返すという意味ではある意味近いかもしれんが」

「ふむ、久しぶりに大学に戻りたくなったよ」

「復職なさるので?」

「そうだな、だがあの子の育児が一区切りついてからにしようと思っている」

「そういえば教授が’手のかかるお前が残って優秀な姉が離れていったのは残念だ’とか嘆いていたな……」


592 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:38:31.94 kiUY7ZUj0 333/532

「兄上は教授の懐刀だと思うよ、それはある意味愛情の裏返しだろう」

「どうりで面倒な書類を俺におしつけて悠々と地方の講演めぐりをしてるわけだよ」

「助手とはそういうものだよ、ワトソン君?」

「なるほど、すげー納得だわ。俺ってワトソン君だったのか」

「いいじゃないか、教授のおかげで講師の期間が短く済んだんだろう?」

「まぁそうなんだけどね、年齢だけで評価しないうちの査定に感謝だよ」

「真っ当に研究を続けていれば評価される、ありがたい時代だよ。昔はそうじゃなかったと多々聞くからな」

「そうだな」


593 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:41:24.10 kiUY7ZUj0 334/532

「……ふむ」

「どうした?」

「実はな、お前にずっと黙っていた事がある」

「黙っていた事?」

「いや、別にそんな大層な事ではないのだが」

「なんだよ改まって」

「というか、私の勝手な──」


Prrrrrrrrrrrr......


「む? すまん、出てもいいか?」

「いいよいいよ」

「もしもし?」


594 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:48:36.46 kiUY7ZUj0 335/532

ピ

「君か、随分久しぶりだな」

「私の記憶では君がアメリカに渡ってから初めての電話だよ」

「え? 本当か? 今日本に?」

「へぇ、それはそれは」

「君とは古い仲だからな、いつでも歓迎だよ」

「ん? そうか」

「まぁ向こうの裁判で忙しいだろうからな、こっちは暇な時で構わないさ」

「私か? 私は今、絶賛子育て中だ」

「む? そんなにおかしいか?」

……………………
…………
……


595 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:51:13.07 kiUY7ZUj0 336/532

「ふあぁ……、長電話だな姉上……」

「あの子もお泊りに出かけてるし……姉上は電話の真っ最中」

「遊ぶ相手がおらーーーーん」

「土曜日の午後だというのに、暇すぎる」

「というわけで寝るか……」

「Zzz……」

「Zzz……」

……………………
…………
……


596 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 21:55:12.64 kiUY7ZUj0 337/532

「ああ、それではまたな」

ピ

「兄上~?」

「Zzz……」

「全く……よくこんなソファーで寝られるものだな」

「Zzz……」

ファサッ

「これでよし、と」

カキカキ

「書置きしておけば買い物にいった事くらいわかってくれるでしょう」

「さーて、今日の晩御飯は何にしましょうか」

「それじゃ、行ってきますよ。お父さん?」


598 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:03:47.56 kiUY7ZUj0 338/532

◇ ◇ ◇ ◇



ああこりゃ夢だ、俺は今夢をみている。




夢だってわかってるから夢だ。

なんで夢ってわかるかって?

そりゃあんた、何度も見てるからいやでもわかるのさ。

それは、俺と姉上が小学校の卒業式を終えた夜の話。


599 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:12:45.95 kiUY7ZUj0 339/532

4月生まれの姉上に、

3月生まれの俺。

ほとんど1年離れているけど、日本の制度じゃギリギリで同じ学年だ。

入学してから同じクラスに入れられて、児童の数もそれほど多くない学校だったので結局6年間一緒に過ごす事になった。

女子からはいつもいつも弟とか弟くんとか言われて、当時は意味わからなかったけどたぶん面白がられてたんだと思う。

当然、姉弟だから比べられる事もたくさんあった。

例えば姉上はテストというテストでは毎度毎度殆ど満点かそれに近い点数をとってくる。

俺はよくて半分を超えるか超えないか、頭は悪くはないが良くもない。

ならば運動ではとマラソン大会で競争をしたらアッサリと負けてしまった。

俺の姉はスーパーマンじゃないだろうか? という疑問を抱き始めたのはその頃からだった。

よく考えたらスーパーマンじゃなくて、スーパーウーマンだったな。アホか当時の俺。……誰がアホじゃ。


604 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:24:40.86 kiUY7ZUj0 340/532

で、何だか悔しくてこの際「姉上より目立ってやろう」と思って学級委員に立候補したら僅差で姉上に負ける始末。

男子20人女子20人のクラスで、姉上に21票、俺に19票だった。……おい誰だ一人姉上に投票しやがった男子。

とまぁ。

こんな具合にいつも俺の前を歩いている存在、それが姉だった。

なんだかんだと俺もそんな関係に甘んじていて、買い物を行くのもいつも姉の後ろを歩いたし、姉の友達ともよく遊んだ。

友達の女子が家に来たら、部屋でゲームをやっていた俺の耳をひっぱって自分の部屋につれていき、何故かママゴトで俺にお父さん役を演じさせる。

「20年会社に勤めたが最近下からは叩き上げられ、上にはゴマをするが見向きもされなくなって、気が付けば窓際に机が配置されているサラリーマン」

とか。

「音楽で一山当てる夢を持って上京してきたが、結局夢が叶わずにCDショップの店員になった男が、ひょんな事から知り合った若手女性アーティスと恋に落ちる」

とか。

毎回毎回謎にリアルな設定を持ち込むもんだから、その度に演じさせられるこっちは大変だった。

あ?

そうだよ、あいつらママゴトがしたいんじゃなくて、困ってる俺の顔を見たいんだよ。


605 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:35:06.72 kiUY7ZUj0 341/532

ある日学校へ行くと、同じクラスの男子が泣いていた。

何事かと思ったら隣のクラスの男子に殴られたという。

……だったら、戦争だろうか。

昼休みに体育館裏で繰り広げられる喧嘩。

俺は体が他のヤツより一回り小さかったから、体格差でそもそも不利だ。

10回やったら6回負けた。

けど4回はこっちの勝ちだ。

なんでそんなにいっぱい喧嘩したのか、理由はもう覚えていないけど。

たぶん友達が泣かされるのが許せなかったんだと思う。



606 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:36:31.21 kiUY7ZUj0 342/532

けれど、その相手も懲りないヤツだった。

何回も何回もちょっかいをだしてきて、しまいにはクラスの男子総出の喧嘩に発展。

服はボロボロになるわ、鼻血は出るわで大変だった。

さすがに姉も見るに見かねたのか「何があったんだ」と聞かれたので「男の浪漫」と答えたら殴られた、一番痛かった。

なぜかその後に喧嘩相手の男子が俺のクラスに来て

「もう二度といじめなんかしないから許してくれ」

と謝ってきた。

その瞬間、姉を見たが知らないふりをしていたので俺もしらないふりをした。


607 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:41:03.58 kiUY7ZUj0 343/532

ああそうそう。

こんなやりとりもあった。


「なあ、ねーちゃん」

「なんだ弟」

「その弟って呼ばれるの、嫌」

「嫌も何もお前は私の弟だろ?」

「でも同じ学年だ、同じ学年で同じクラスなのに弟なのはおかしい」

「へりくつだな」

「へでも理屈だ」

「だったら何と呼べばいいのだ?」

「にーちゃん」

「阿呆」


610 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:42:37.61 kiUY7ZUj0 344/532

どうやら日本では姉が俺に対して「阿呆」と言う度に俺の頭にたんこぶができる法律が成立したらしい。

けれど、かくして俺の呼び方は弟から兄上になった。

結局姉から「にーちゃん」と呼ばれた事は、まだ一度もない。

おそらくそれが姉の中で精一杯の妥協だったのだろう。


612 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:47:45.46 kiUY7ZUj0 345/532

なんで「にーちゃん」って呼んで欲しかったって?

いや、だってほら。

そっちの方がいいじゃない?

え?

わかんない?

そんな年頃だったんだよ。


613 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:53:21.27 kiUY7ZUj0 346/532

もし俺に妹が居たら気軽に「にーちゃん」って呼んでくれるかなーとか思って

親に「妹が欲しい!」って言ったら苦笑いされたよ。



とにかくまぁ。

そんな「普通の小学生」だった俺と姉。

答辞を読む姉の姿が今でも印象に残っている。

先生達と離れ離れになるのは辛かったけど、逆にこれからどんな中学生活が待っているのか

わくわくの方が大きかった。

私立中学に行く人を除けばほぼ全員が同じ中学にスライド入学する。

あまり代わり映えしない面子で、これからもバカをやっていくんだろうな。

そんな事を思っていた。

その日の夜までは。


614 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 22:59:38.53 kiUY7ZUj0 347/532

嵐の前の静けさとはこのこと。

消える猫たち。

音もなく忍び寄る何か。

所詮幸せなんてもんは一瞬にして消えてしまうって事を知った。

沈む船からはネズミが居なくなるという話を聞いた事がある。

もしかして、グリとグラが消えたのはその「何か」を察知したからではないだろうか。

そして、自分の身を隠した。

沈む家から逃げ出したんだ。

動物の心はわかんねぇけど。

たぶん、そうじゃないだろうか。

……勝手な俺の仮説だけどな。


615 : 以下、名... - 2011/02/19(土) 23:03:22.42 kiUY7ZUj0 348/532



卒業式のその夜。

父親と母親は家に俺と姉上を残してどこかへ行ってしまった。

それから、俺と姉の孤児院での生活が始まる事になる。




625 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 00:43:17.34 SCLo0Eg90 349/532

────────
────
──


「……あん?」

しーん

「……あぁ……寝てたのか……」

「姉上は……、買い物か」

「ふあぁ……もう4時か、結構寝てたなぁ」


626 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 00:45:34.91 SCLo0Eg90 350/532

「まーたあの夢か、しょうもな」

「何が夢だ?」

「おかえり」

「ただいま、随分寝ていた様だな」

「おかげさまで」

「ふむ、そんな兄上の為に今日はニンニク料理だ。精々体力をつける事だな」

「なんのだよ」

「ご想像におまかせしよう」

「……面白がってるだろ」

「当たり前だ」


627 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 00:52:17.49 SCLo0Eg90 351/532

「ところでさっきの話って何だったんだ?」

「さっき? はて?」

「?」

「私は何か話そうとしていたか?」

「忘れたんか」

「待て、忘れてはいない。思い出せないだけだ」

「え? どう違うのそれ?」

「そうだな……た~と~えば~♪」


「ゆる~い幸せが~だらっと~つづいたとする~♪」

「きっと~、わるいたねが目をだして~♪」

「さよならなんだ~♪」


628 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 00:54:17.37 SCLo0Eg90 352/532

「まったく、もうすぐ夜だというのに」

「派手なレコードをかけるか?」

「ネタフリじゃねえよ!」

「ふむ、寝た振りとネタフリをかけるとは……ウデを上げたな?」

「え? ギャクを解説されるとすごい恥ずかしいんだけど」

「ふふっ」


629 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 00:58:05.21 SCLo0Eg90 353/532

「ふむ」

「どったの?」

「にーとにゃーはまだ帰ってないのか?」

「その様だな」

「まったく、どこをほっつき歩いているのか」

「探すか?」

「そうだな、散歩がてらすこし歩こうか?」

「合点承知でござる」


631 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:02:14.03 SCLo0Eg90 354/532

「おーーーーい、ねこーーーー、どこだーーーー」

「鳴き声を真似たら出てくるかも」

「ぬーーーーーー」

「絶対に出てこないだろうな、むしろ避けるぞ」

「ぬーーーーーーー」

「まったく、そんな声で出てくるわけが」

ニャオー

「お?」

「なん……だと……」


633 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:08:12.87 SCLo0Eg90 355/532

「いや、こいつにーでもにゃーでもないな。にゃおーっつったぞ?」

「ぶち猫だ」

「首輪がついてる、たぶんどっかの飼い猫だろ」

「はて、うちの猫に首輪など付けていましたっけ」

「……いや、あの子が’首輪なんて苦しそうだから辞めてあげよ?’って言ってたからな」

「ふむ、外見だけが頼りですか」

「あとはフィーリングだな、あいつら俺のこと超好きだから絶対寄ってくるぞ」

「何ですかその自信は」

「勘?」

「何故疑問系」

「勘的な何か」

「意味がわかりません」

「はっはっは」


634 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:11:12.85 SCLo0Eg90 356/532

「にー、にゃー。出ておいでー」

「でてこーい」

「ふむ……見つかりませんね」

「まだ15分くらいしか経ってないじゃないか、これからだよ。かくれんぼは得意だ」

「唯一得意な遊びでしたよね」

「あんまり隠れすぎるから姉上が帰った時は泣いたな、そういえば」

「時効です」

「時効にできる程思い出とは簡単に消えてはくれないものなのだよ」


635 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:16:26.39 SCLo0Eg90 357/532

「児戯ですから」

「ジギなんて言葉久々に聞いたぞ、びっくりした」

「ふふ」

「にしてもあいつらどこ行ったんだろうな」

「かくれんぼチャンピオンもこの程度ですか?」

「む?」

「チャンピオンが聞いて呆れますね」

「ククク……ヤツは我々四天王の中でも最弱のチャンピオンよ……」

「そうですか、じゃあさっさと移動しますよ」

「はい」


636 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:22:32.22 SCLo0Eg90 358/532

「おおーーーい、猫やーーーい」

「ねこーーー」

「でてこーーい」

「でておいでーーー」

「ねこーーー」

「どこーーー」


637 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:24:54.63 SCLo0Eg90 359/532

────────
────
──

「……アペプー」

「どんな声ですかそれ」

「ぐうの音だ」

「ギブアップですか」

「お腹がすいて力がでない……」

「おや? もうそんな時間ですか」

「アンパンマンはっ、きみっさ~!」

「私は君の姉だ」

「つっこむ力も無くなったか姉上」


639 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:31:21.09 SCLo0Eg90 360/532

「仕方ない、今日はそろそろ帰りましょうか」

「いや、……俺はもうちょっと探すよ」

「…………………………………………、ねぇ」

「ん?」

「なんだか、あの日を思い出しませんか? 私達、いつの日だったかこれと全く同じ事をしましたよね?」

「……」

「……もう、忘れてしまいましたか?」

「忘れもしないよ」

「そうですか」

「グリとグラが消えて……」

「……」

「父親と母親も消えたんだからな」


640 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:34:55.29 SCLo0Eg90 361/532

「例えば、ゆるい幸せがだらっと続いたとするじゃないですか」

「?」

「きっと、悪い種が芽を出すと思うんですよ」

「……うん」

「そしたら、さよなら……なんですかね」

「だとしても、だ」

「?」

「少なくとも俺達は、あの日とは違う。あの時は子供で、今は大人だ」

「違う結末が待っている……と?」

「俺達はどこにも行かない、あの子を置いて消えたりしない。そうだろ? 姉上よ」

「……」

「姉上?」


642 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:40:36.86 SCLo0Eg90 362/532

「………………」


「…………」


「……」


「ん? どうしたんだ?」

「昔の知り合いが警察に所属していたんです」

「ほう?」

「彼女は今、アメリカに住んでいます」

「アメリカとな?」

「そうです」

「ん? なんで今その話に?」

「最後まで聞いてください」

「お? おう」


643 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 01:46:41.63 SCLo0Eg90 363/532

「彼女のツテを頼って、とある調べモノをお願いしたんです」

「何を」

「あの子の身元です」

「──っ!」

「……」

「わかったのかっ?!」

「ええ、わかりましたよ。まさかこんなに簡単にわかるなんて思いませんでしたけどね」

「……そうか……、ははは、良かった。良かったじゃないか」

「知りたいですか?」

「え?」

「だから、知りたいですか? と聞いているんです」

「どういう意味だ」

「言葉のままですよ」


644 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:04:58.48 SCLo0Eg90 364/532

「当たり前じゃないか、教えてくれ」

「覚悟はいいですか?」

「覚悟、一体何の……」

「だから、言葉のままですよ」

「姉上、さっきから何をそんなに震えて……?」

「グリとグラは消えました、それは事実です」

「?」

「にーとにゃーも、消えちゃったじゃないですか」

「まだ消えたと決まった訳じゃ」

「そして今度は、今度は……私達です」

「……俺たち?」

「そうですよ……今度は、私達がっ!! あの子の、前から!! 消えるんですよ!!!!」


645 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:11:18.89 SCLo0Eg90 365/532

「どういう事だ姉上、さっぱり話がわからない」

「私はっ……こんな! こんなっ、事だっ、とは、思いっ……ません、でした……」

「落ち着け姉上!」

「こんなっ……人っ、を……バカっ、に、して……」

「いかん……過呼吸だ、おい姉上、それ以上喋るな!」

「親を……、命を……、なンだと思って……」

「姉上……」

「……く、……そ」

くたり

「……これほど姉上が取り乱すとは……何事だ……」


646 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:17:02.90 SCLo0Eg90 366/532

「とりあえず、背負って帰るか、大丈夫か姉上」

「ああ……すまない……」

「よ……しょっと」

「……すまない……、重くないか?」

「軽い軽い、日ごろ育児の疲れがたまっているんだろう、ゆっくり休むといい。話ならその後で聞こうじゃないか」

「ああ……すまない……」

「安心しろよ」

「うん?」

「猫なら見つける、俺達は消えない。以上だ」

「……君の背中は落ち着くな」

「ゆりかごから墓場まで」

「……?」

「人はいつゆりかごから出ればいい? 死ぬ時か? そんな訳あるか。けど、大人がゆりかごを使っちゃいけないなんてルールはどこにもない」

「……屁理屈を」

「屁でも理屈だ」


647 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:20:48.05 SCLo0Eg90 367/532

「君は変わらないな」

「変わったさ、少なくとも前よりは賢くなった、本も読むし新聞も読む、小難しいニュース番組も見るしラジオだって聞くぞ?」

「根本的には同じだろう、阿呆な所が」

「それ言われたら何も言い返せないんですけど」

「ふふ、前にも一度こうやって君の背中に乗った事があったな」

「そうだっけ」

「ああ……私が丁度あの子くらいの時だったか」

「もう忘れたよ」

「……そうか、ではそういう事にしておこう」


648 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:25:24.04 SCLo0Eg90 368/532

「……弟よ」

「あんだよ」

「お父さんとお母さんの事、今でも恨んでいるか?」

「……当たり前だろ」

「そうか」

「俺らを捨てたんだからな、唯一感謝するならこの世に生んでくれた事くらいか。あとは全部恨みだ」

「そうか」

「どうしたんだよ、今更。確認するまでもないだろ?」

「実は最近夢を見てな」

「夢?」

「ああ、私が居て弟が居て、お父さんが居てお母さんが居て、グリが居てグラがいる。家族で揃ってカレーを食べていた」

「……」

「有り触れた光景だよ。まるで、あえて語るまでも無いごく普通の家族だ」

「そうだな」


649 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:29:40.47 SCLo0Eg90 369/532

「でも……みんな笑顔だった……」

「そうかい」

「なぁ」

「なんだよ」

「私は、今でも家族とは良いものだと思っているよ」

「何を今更」

「……だからこそ」

「あん?」

「私達は……」

「……」

「……」

「おい? 姉上?」

「……」

くー

「……ったく、寝ちまったか。どんだけ無防備なんだよ……」


651 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:33:17.61 SCLo0Eg90 370/532

ガチャ


「ただいまー」

「……って、あの子はお泊りだったなそういえば」

「っと、姉上、ついたぞ」

「……すー……すー……」

「そうだった、一度寝ると大抵の事じゃ起きないんだったな……」

「……」

「仕方ねぇ、部屋まで……よっと」

「……すー……すー……」

「綺麗な顔してるだろ……、うそみたいだろ? 俺の姉なんだぜ?」


653 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:37:59.84 SCLo0Eg90 371/532

「……ふぃー」

「……つかれたなぁ……」


ぐぅううううう~~~~


「……はら、へった……」


655 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:42:24.33 SCLo0Eg90 372/532

ガチャ

「ふむ……麺とキャベツとニンジンがある、あとニンニクも」

「体力ってこの事だったのかな」

「ったく、それで倒れてりゃ世話ねーよ」

「ヤキソバでも作るか……」

「ふむ」

トントントントン

ジュージュー

テキパキテキパキ

ジュージュー

「3分クッキング並の手際の良さで完成だっ」

「我ながら良いデキだろう」

パクッ

「うまい!」

テーレッテレー


656 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 02:48:52.93 SCLo0Eg90 373/532

「……ん、良い匂いがする」

「俺特製のヤキソバだ、食え」

「んむ、いただこう」

「まず手を洗ってくるんだな、はっはっは」

「む……いつもと立場が逆だな」

「そうだな」


「さて、いただくよ」

「……」ごくり

「……」

「……」どきどき

パクッ

「…………。こ……、このヤキソバを作ったのはだれだぁ!」

「わ、私です」

「……うまい!」

「テーレッテレー!」


657 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:00:28.45 SCLo0Eg90 374/532

「ふむ、復活だな姉上よ」

「そうだな弟よ」

「む?」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「そうか?」

「ああ」

「人生は喜劇、だな」

「三島由紀夫か?」

「バーナードだ、まぁ、どちらでもいい。人生は一度きりしかない、大いにこの状況を、人生を謳歌しようではないか」

「……そうだな」

「うむ」


658 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:04:04.61 SCLo0Eg90 375/532

「ところで姉上、話とは?」

「うむ? 話とな?」

「?」

「私は何か話そうとしていたか?」

「え、あ。うん。……忘れたの?」

「忘れてはいない。思い出せないだけだ」

「ちょっと待て……2回目だぞこれ」

「繰り返しのギャグを知らんのか」 

「ブオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」

「君はアイランドクジラか」

「ヒト科の人間です」

「そうか、それではヒトヒトの実でも食べるといい」

「そして、ヒトと成る……誰がじゃ!」

「ははっ」


659 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:10:32.73 SCLo0Eg90 376/532

さっさと猫達を探してしまおう、きっと近所で油を売ってるに違いない。

あいつらは何だかんだ俺(ついでにあの子)に懐いているから、きっと帰ってくる。

あいつらが帰ってきたら食べ損ねた焼き芋でも作ってやって、また皆で食べよう。

お金はあんまりないけど、家族3人小さい幸せをいっぱいにして生きていこう。

いけるかな? いけるさ。だって俺はあの子の前から消えたりしない。

あの子の親が例え誰であってもそうさ。これからも3人でやっていくんだ。



……そんな。


だらりと続くかのように思われたゆるい幸せは。


俺の意思とは裏腹に、さよならへと続いていくことになる。


661 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:13:40.21 SCLo0Eg90 377/532

◆ ◆ ● ◆ ◆


世界が真っ黒だった。

あたしは夢をみている。

夢だと思うからたぶん夢だ。


あたしにはお父さんとお母さんがいる。

お父さん、すき。

お母さん、すき。

ふたりとも、だいすき。


あたしにはペットの猫が二匹いる。

にーちゃん、すき。

にゃーちゃん、すき。

みんなみんな、だいすき。


662 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:16:08.27 SCLo0Eg90 378/532

けれど猫の鳴き声が聞こえないの。

にーちゃん。

にゃーちゃん。

どこ?

どこなの?

どこにいってしまったの?

それともあたし、耳が聞こえなくなっちゃったのかな。

あたしは二匹を探す。

どこにもいない。

学校からの帰り道の途中にある空き地。

土管の中にもいないし。

お隣の庭にも居ない。

花壇の中にも居ないし。

家の中にも当然居ない。


663 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:18:24.41 SCLo0Eg90 379/532

あれ?

そういえばさっきから目の前が真っ暗だ。

どうしたのかな。

目が見えなくなっちゃったのかな。

光は、光はどこだろう。

真っ暗だ、何も見えない。

何も、何も。なぁーんにも。

お父さんも、お母さんも。

何も、誰も。

にーちゃんも、にゃーちゃんも

みんなみんな、

居ない。

「もーいーかい?」

まーだだよ。

その返事は、無い。


664 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:19:54.66 SCLo0Eg90 380/532

なんでだろう、みんな、どこに行ってしまったんだろう。

大声で叫ぶ。

あれ?

今度は声がでない。

おかしいな。

もういっかい。

あれ……?

おかしいな。

全然、声が、でない。

声が、でないよ?

こえ、でないよ?

──、────?


666 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:21:45.43 SCLo0Eg90 381/532

次の瞬間

何かに抱きかかえられる様な感覚に襲われる。

何か、大きい何かに。

ふわりと体が浮かぶのがわかる。

足が地面とばいばいして、誰かに抱えられている。

でも見えない、聞こえない、助けての言葉もでない。

けれどわかる。

わかるんだ、匂いでわかるんだ。

お父さんじゃない、お母さんじゃない。

にーちゃんじゃない、にゃーちゃんじゃない。

誰? だれなの?

はなしてよ、はなして。

はなしてよ!


667 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:24:36.78 SCLo0Eg90 382/532

────────
────
──


女の子「ちょっと!」

「うぅ……はなして……」

女の子「ねぇ? ねぇ、大丈夫?」

「やだ……はなしてよ……うぅ……」

女の子「起きなさいっ!!」

「……ふぇ?」

女の子「起きた?」

「……お母さん?」

女の子「バカ、私よ。寝ぼけないで」

「……あ。ご、ごめん」


668 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 03:27:30.43 SCLo0Eg90 383/532


女の子「何だかうなされてたみたいだったから」

「……うん」

女の子「怖い夢でも見たのかしら?」

「ちょっとだけ……」

女の子「どんな夢?」

「えっとね」

女の子「うん」

「お父さんも、お母さんも、にーちゃんも、にゃーちゃんも……みんなみんな、居なくなっちゃうの」

女の子「うん」

「それで、あたし、誰かに連れられて、ううん。……それで……ふぇっ」

女の子「……もう、そんな泣いちゃって。怖かった?」

「ふえっ、ふえぇ……ふえぇぇぇええええん」

ぎゅ

女の子「よしよし」

「うえぇぇええええ~~ん」


671 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 04:05:38.71 SCLo0Eg90 384/532

なでなで

なでなで

女の子「うんうん、怖かったね? もう大丈夫だから」

「う~~~」

女の子「大丈夫、大丈夫」

「……うん」

女の子「落ち着いた?」

「……うん、ありがと」

女の子「どういたしまして」


673 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 04:50:09.65 SCLo0Eg90 385/532

女の子「ねぇ」

「うん?」

女の子「今から話す事は、私の友達の話ね?」

「うん」

女の子「その子は、理由があって本当のお父さんお母さんとは離れて暮らしていたの」

「え?」

女の子「でもね、ずっと楽しそうだった。私は羨ましかった、その時私のお父さんとお母さんは喧嘩してたから」

「……そうなんだ」

女の子「でも離れていても家族なんだって、その子は言ってた」

「……つよいね」

女の子「ふふ、あの子ったら’畑で取れたものはみんな野菜。スイカもメロンのイチゴも……だからみんな一緒の家族だ’なんて言ってたっけ」

「ヘンな子だね!」

女の子「そう、ちょっと変わってるわよね。でもね」

「うん?」

女の子「私も、そう思うんだ」


674 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 04:57:13.15 SCLo0Eg90 386/532

女の子「……ま、よーするに」

「うん」

女の子「そんな心配しなくても、あなたのお父さんとお母さんはちゃーんと家にいるから、安心して寝てもいいのよ」

「なんだか……おかあさんみたい」

女の子「よろこんでいいのかしら?」

「うんっ」

女の子「そ、じゃあ安心したところで寝ましょう」

「うん、おやすみっ」

女の子「おやすみー」

「……Zzz」

女の子「私ったら何でこんな話……」

「……すー……すー……」

女の子「……ふふ、すっかり安心して寝てるわね」

「……Zzz」

女の子「あなたとは良い友達……、ううん。ライバルになれそうね」


675 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:15:09.35 SCLo0Eg90 387/532

◇ ◇ ◇ ◇


「ふむ」

「うむ?」

「私達もそろそろ寝ようか」

「む? もうそんな時間か?」

「ああ」

「そうか、じゃあ歯磨きをして」

「ああ、だがその前に」

「うん?」

「話をしよう、私達の両親の話だ」

「……断る、今更話す事なんてないだろ」

「そうか、……まぁムリにとは言わないが」


676 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:17:56.59 SCLo0Eg90 388/532

「どうしたんだ姉上、今更両親の話なんか」

「いや……その、あの、だな」

「?」

「実は」

「実は?」

「……驚かないでくれよ? いや、君の事だからおそらく怒るかもしれないが、とにかく冷静になって欲しい」

「ああ、別にいいが?」

「来るらしい」

「来るって?」

「いや、だからな」

「?」

ピンポーン

「……? こんな時間に誰だろう?」


677 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:20:06.37 SCLo0Eg90 389/532

「……私は奥に行っていていいか?」

「あ? あぁ、いいけど?」

「頼むよ」

「ああ、あれだったら先に寝ててもいいぞ?」

「……」

ピンポーン

「はいはい、んな呼ばなくても聞こえてますよーっと」


678 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:22:12.45 SCLo0Eg90 390/532

ピンポーン

「はいはい、いま空けますよーっと」

ガチャ

「ただいま」

「……」

「……」

「……?」

「……」

「……」

「……お前、弟か?」

「そうですけど、どちら様?」


679 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:26:33.40 SCLo0Eg90 391/532

「そうかそうか、でかくなったな」

「……はぁ」

「お姉ちゃんはいないのか?」

「姉は居ますが、寝ています」

「む? そうなのか」

「ええ、はい……あの、どちら様ですか?」

「わからないか?」

「ええ、すみません」

「私はな」

「?」

「お前の父だ」

「……はい?」


680 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:31:35.28 SCLo0Eg90 392/532

「ただいま、弟。また家族5人で一緒に暮らそうじゃないか」

「……誰?」

「お前の父である」

「俺の父親死んだ」

「感動の再会に何を意地張ってるんだ」

「死んだ人間が何を言う」

「帰ってきた」

「そうか、ではお引取り願おう」

「ちょっと待ちなさい、久しぶりに帰ってきたのにそりゃないだろう」


681 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:34:31.30 SCLo0Eg90 393/532

「何を言っているのか理解できないな」

「強情だな息子よ」

「他人が知ったような口を」

「信じられない気持ちはわかる、こうして会うのはあの日以来だものな」

「あの日とはどの日の事だろうか」

「お前とお姉ちゃんの卒業式の日だよ」

「知らん」

「知っているだろう」

「何の事を言っているかわからないが、とにかく俺の父親は死んだ。だったら貴方はどこの誰だ? お引取り願おう」


682 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:37:17.51 SCLo0Eg90 394/532

「弟くん、ただいま」

「……おや、こちらのご婦人は?」

「お前の母親だ、顔くらい覚えているだろう?」

「すまないが最近物忘れがひどくてな、1週間前の晩御飯のレシピも思い出せないんだ」

「それは正常だ」

「うるさい」

「私はあなたの母親ですよ」

「俺の? 俺の母は死んだ、10年以上前にな」

「生きてますよ、ほら。足もある」

「だったら俺は新しい幽霊を見ているに違いない、最近は足のある幽霊も出ると聞く」

「この子ったら照れちゃって」

「なっ?! 触るなっ?!」


683 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:39:57.65 SCLo0Eg90 395/532

「なあ息子よ、お前がそういう態度をとる気持ちは充分理解できる。ある意味こっちにとっては想定の範囲内だ」

「俺にとっては範囲外です」

「だったらお互い話し合おうじゃないか、時間を埋めるには言葉が必要だ」

「ならば」

「うん?」

「壁にでも話しておくといい、その方が文字通り建設的だろう」

「はっはっは、面白い事を言う様になったな。お姉ちゃんの真似か?」


684 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 05:44:19.36 SCLo0Eg90 396/532

「……ち、俺らを捨てたその二人が今更この家に何の用だ」

「久々にお前らの顔が見たくなってな」

「……平気でその台詞を吐く神経を疑う、仮に貴方が親であった場合の話だがな」

「悪かったよ」

「安い言葉だな、そんな言葉で俺の心をどうかできるとでも?」

「思わないさ、だが私達は今日こうして戻ってきた。この意味をわかってほしい」

「知るか」

「ふむ……このままでは一方通行だな」

「道があるとでも思っているのか? 平行線だ、交わることはあるまい」

「揚げ足を取るのがうまくなったじゃないか、やっぱりそれお姉ちゃんの真似だろ? はっはっは、似てるなぁ」

「やかましい!」

「っと……あんま大声だすなよ、もうこんな時間なんだしご近所さんに迷惑だろう?」

「貴方は我が家の迷惑は考えないのか?」

「我が家だ、私の家でもある」

「はっ?! どの口がそんな台詞を?」


688 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:05:01.46 SCLo0Eg90 397/532

「とにかく、また家族5人で暮らそうじゃないか」

「やかましい、帰れ。ここは俺の家だ」

「お前の家じゃない、元は俺の家だ」

「借家に出されていたものを借りている、俺の名義だ」

「金なら出そう」

「金の問題ではない」

「売り言葉に買い言葉だな、冷静になろうじゃないか」

「俺は冷静だ!」

「何をそんなに怒っている、家族なんだから一緒にいるのが当たり前じゃないのか?」

「どの口が……そんな台詞を……ッ!!!」

「私はお前らの顔がみたくて必死で働いてだな」

「……?」

「ん? どうした?」

「いや、ちょっと待て。さっき何と言った?」

「あん?」


690 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:06:52.84 SCLo0Eg90 398/532

「答えろ、お前はなぜ戻ってきた?」

「金がたまった、借金も返した。もうお前らと離れて暮らす理由がないからな」

「違う、そうじゃない。さっき話した事だ」

「さっき?」

「いいから答えろ」

「……ふむ、そんなに知りたければ壁にでも聞いてみてはどうかな? その方が文字通り建設的だろう?」

「……いい加減にしろよクソ親父」

「父と認めてくれたか、はっはっは。いやー、嬉しいなぁ」

「っ?! い、今のはっ!」

「しっかり聞いたからな、忘れずに覚えておこう」


691 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:19:50.65 SCLo0Eg90 399/532

「……誘導尋問だ」

「人聞きが悪いな」

「いい事があると思うのか?」

「あるさ、お前が知らないだけでな」

「……くそっ!」

「はっはっは、昔からお前はツメが甘いからな。ボロが出る、すぐにつけこまれる。会話じゃお姉ちゃんの方が上手だろうに、なぜお前が出てきた?」

「……姉は体調が優れなくてな」

「それは大変だ、お見舞いをしなくては」

「悪化させる気か、急に会って一体どうするというのだ。辞めてくれ」

「急? 今日来る事はちゃんと事前に手紙を送ったのにな」

「……手紙だ?」

「なんだ? 知らずに居たのか?」

「……姉上め……姉だからってなんでもかんでも一人で背負いやがって……」


692 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:22:24.98 SCLo0Eg90 400/532

「なんだ、お前は何も知らされてなかったのか? ふむ、ならばさっきの反応は妥当か。仕方あるまい」

「……くそ……、なんなんだ、何だよ……今更帰ってきて……なんのつもりなんだよ……」

「だから、言っただろう? あの時は仕方なかったんだ、多額の借金でな。ああするしかお前らを生かす道はなかったんだよ」

「ああするしか? 俺達を孤児院にぶち込む事か?」

「そうだ、そうすれば借金のカタにとられることも無いと思ってな。国に喧嘩を売る金貸しは居ない」

「……」


693 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:24:22.89 SCLo0Eg90 401/532

「まぁ私の思惑通り、お前らは無事だった訳だ。私も外国で会社を立ち上げて自分の借金は全て返済した、時間はかかったがな」

「……」

「だから家族5人で一緒に暮らそうと」

「……5人?」

「なんだ? いるだろう妹が」

「妹……、俺には同い年の姉がいるだ……け、だ………………?」

「おかしいな、書置きを頼んだんだがな」

「………………………………???????」

「あん? してなかったっけ? いや、してたような? しなかったような? まあいいや、便利屋くんが届ける途中で何か手違いしたのかな?」

「何を……言っている」

「だから」

「何の事だと聞いている!」

「妹だよ、お前らの妹。どこに居るんだ? もう寝てるのか?」

「────ッ。おいクソ親父……俺の妹とは……、一体誰の事を言っている……俺には同い年の姉が一人居るだけだ」

「だから、えーっと。今6歳か? まぁとにかくその子をな、お前らに預けた子だよ、お前の妹だ」


695 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:31:13.96 SCLo0Eg90 402/532

「俺の……妹……?」

「そうだぞー、お前昔は妹が欲しいって言ってたじゃないか。正真正銘お前の妹だ、喜べ、やったな?」

「俺、の……?」

「うんうん」

「あの、子……が?」

「そうだぞ?」

「……ははっ、……ははは。オイ、嘘だろ……?」

「嘘なものか、信じられなかったらDNA検査でもやればいい、そうすれば数値が証明してくれるさ」

「……嘘……だろォ……? なぁオイ、嘘だろ?」

「本当だ、その時はまだ充分な金が無くてな。少々大変だったがお前らに預けるしかなかったんだ」

「……、そんな……ことが……」


697 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:48:34.18 SCLo0Eg90 403/532

「そんな事が……あって……、そんな事が……許されて……いいのか……?」

「許されようとは思って居ない、そんな虫のいい話とは思って居ない。だからこそ一緒に暮らしたいんだ、私達5人は家族だからな」

「……どこまで……、どこまで人を怒らせれば気が済むんだ……」

「お前の怒りはわかる、最もだ。だが私達の事も理解して欲しい、そうするしか──」

「いつも……いつもそうなんだな」

「?」

「お前の都合じゃないか! 全部! 子供の幸せなんて一瞬たりとも……1ミリだって考えちゃいない! なにがそうするしかなかっただ?! 子育てってのはな! 責任なんだよ! 当たり前だろうがそんな事!」

「例え法律で決まってなくても! 絶対にそうなんだよ! 祝福されようが、されるまいが、親が子供をつくれば親子なんだからよォ! その親が何だ……何なんだよ……自分だけの都合でそんなに軽く子供の運命踏みにじっていいっていう決まりが! どこにあるんだよ!!」

「子供は親をえらべねぇ! 絶対! 絶対にだ! だから子供の願いはただ一つなんだ……たった一個しかねぇ……。わかるか? 贅沢な事じゃねぇ、もちろん金でもねぇ、わからねぇってんなら教えてやる! 子供の願いってのはなァ……!!」

「親と一緒に居る事なんだよ!!」


698 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:52:42.79 SCLo0Eg90 404/532

「それなのに……それなのに……、お前は何を同じ事を繰り返してんだよ!!

「俺を……いや、俺たち姉弟はまだ良い! 借金があったんだろ、そうするしか無かったんだろォ?! けどあいつは違う! お前らが、お前らが勝手に生んで! 勝手に預けて! 勝手に大きくなって! 勝手に……どこまで勝手なんだよ……」

「そんな勝手……なのに今更……何だよ……全部今更じゃねぇかよ……そうやって何もかも奪っていくのかよ……、俺は……また……失うのかよ……」

「昔も今も、……何も……かも」

「全部……」

「奪っていくのかよ……」

「……おい」

「かえってくれ」

「……おい?」

「帰れ、帰ってくれ」

「どうしたんだ?」

「だめだ、……なぁ頼むよ。あと1分でも一緒に居ると手が出ちまう、なぁ。……頼むよ?」



699 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:55:01.07 SCLo0Eg90 405/532

「ふむ、ほかならぬ息子の願いとあらば聞こうじゃないか」

「……」

「母さん、帰るぞ」

「はい」

「……」

「また来るからな」

「……」

パタン

「……」

「……」

「……」


700 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 06:57:40.18 SCLo0Eg90 406/532

────────
────
──


「帰った……か」

「……ああ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「すまない……なかなか、切り出せ無くてな」

「いいさ、……俺に気をつかってくれたんだろ? ……ありがとな」

「いや……」


702 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:02:08.96 SCLo0Eg90 407/532

「いつから、知ってたんだ?」

「実は最初から、疑いはあった」

「最初?」

「私達があの子の事を最初に何と呼んだと思う?」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………妹………………………………………………、か」

「……ああ」

「……阿呆か、俺らは」

「……ああ、……最高に阿呆だな」


704 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:10:26.96 SCLo0Eg90 408/532

「だったら輪郭が似ていたのは」

「目つきが似ているのは」

「そういう事だったのかよ……」

「灯台下暗しとはこの事だ……」

「文字通りの真っ暗闇だ、気づけって方が無理だ」

「……実は、いくつかヒントはあった」

「あん?」

「役所から当たり前の様に届いたあの子の幼稚園の入園書類がコレだ」

「……え? だって幼稚園は」

「そう、何だかんだと理由をつけて通わせなかった。……黙っていたかったから」

「姉上……」

「おかしいと思った、すぐに戸籍を調べたさ。そうしたら」

「……そういう事だったんだな」

「……ああ」


705 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:23:33.07 SCLo0Eg90 409/532

「……はぁ……、そうだな。なんで戸籍を見ようと思わなかったんだろうな、俺は」

「まさか自分の親族……よもや妹だとは思いまいて」

「最初に妹って呼んでおいてそれかよ……阿呆だな」

「……」

「道理で……調べても調べてもでてこない訳だ……」

「そして、裏もとってもらった」

「裏?」

「予防接種と偽ってあの子の血液と私の血液を鑑定してもらったんだ」

「……黒だったんだろ」

「ああ、真っ黒だ。姉妹のソレ、だそうだ」

「……本当かよ……」


707 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:32:13.40 SCLo0Eg90 410/532

「……うん」

「……だったら……でも、だからって……」

「……」

「どうするんだよ……」

「……」

「……姉上」

「なんだ?」

「……消えるって、……まさか、こういう事か?」

「……」

「おい! 辞めろよ! そんなエンギでもねぇ!」

「……しかし。親は、私ではない……あの子には権利がある、本当の親と暮らす権利が」

「だったら!」

「だったら! どうだと言うのだ! 嘘をつかれて一番傷つくのは……我々では、ないのだぞ……」


708 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:39:07.56 SCLo0Eg90 411/532

「……ヘンだと思ったんだ、人生は喜劇だ? 状況を楽しむ? それにいきなり両親……昔の家族の話なんかしだして。グリとグラの話まで引っ張ってきてよ」

「……」

「なんで俺の家の食卓に定番のカレーが並ばないか、それは姉上がカレーが嫌いだからだ。その姉上が……笑顔でカレーを食べる? おかしな話だ」

「……」

「今でも家族とは良いものだと思っている……それはそうだろう、そうじゃなけりゃこんな家族ゴッコなんて──」

「ゴッゴではない」

「……」

「絶対に、ゴッコなんかではない……」

「……そうだな、……ごめん。姉上を責めてもどうしようもない……最低だな俺……、本当にごめん」

「いや……いい」


709 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:42:06.88 SCLo0Eg90 412/532

「万事休す……か」

「私達に、両親と暮らすという選択肢は、」

「……それこそ、……ないだろ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あの子の、ためなら……」

「おい姉上っ?!」


710 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:44:36.19 SCLo0Eg90 413/532

「いやだ……私は、あの子と離れ離れになるなんて……いやだ……」

ぽろぽろ

「……姉上……」

「違うって! 絶対違うって! 何度も調べた! そんなわけがあるのかと!」

「あの子が、あんな親の子な訳がない! そう思って! 使える手は全部つかった!」

「でも……」

「でもね……?」

「調べれば調べるほど……全部が、そう言ってくるんだ……あの子は、妹だって……あの人達の、子供だって……」


713 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:51:08.29 SCLo0Eg90 414/532

「……だったら、そうだ。まずは教授に相談して」

「無駄だ」

「なぜ?」

「それはもうやった」

「姉上……?」

「個別の事象に対応するにはまず統計をとってからその後に傾向を判断する、いくつかの仮説・立証を経てそれが通説に変わる。確かに学問の世界はそれでいいのだろう、だが机の上の結論と、現実は往々にして異なる」

「……まさか……」

「教授は、本当の親と暮らすのが良いだろうと……。あの人の学派ならそう言うのが妥当だったんだろう……、それは君が、一番……わかってることじゃないか?」

「……そんな」


716 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:53:04.15 SCLo0Eg90 415/532

「私が、いや。私達ができる事はもう……、これ以上。あの子と一緒に暮らすには……」

「俺と姉上、あの子と……両親。……一緒に暮らすしかない?」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


718 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 07:55:48.00 SCLo0Eg90 416/532

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


720 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 08:01:19.20 SCLo0Eg90 417/532

「なぁ……ねーちゃん」

「……どうした?」

「覚えてる? 最後の夜の事」

「私は卒業式の後、疲れてしまってすぐに眠ってしまっていたからな、夜に君の泣く声で飛び起きた事しか覚えていないよ」

「……そこは忘れてくれよ」

「最後の言葉は何だったんだっけ」

「……’じゃあな’」


752 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 17:50:14.67 SCLo0Eg90 418/532

────────
────
──


ゴソゴソ

ゴソゴソ

『……んん、お父さん?』

『ん?』

『何、やってるの……?』

『なんだ起きてしまったのか? もう遅いぞ? よく寝てろ』

『……なんで、荷物、そんなにたくさん?』

『私は遠いところへ行く』

『……?』

『お前の成長をこの目で見れないのは残念だ、だがしかしいつか私はお前の前に戻ってくる。絶対だ』

『お父さん、……何を?』

『じゃあな』

『お父さん! まってよ! どこ行くのっ!?』


753 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 17:52:48.50 SCLo0Eg90 419/532

『会社が倒産しちまってな、金がない。だから逃げる』

『逃げるって、ちょっと、待ってよ! どういう事なの!』

『今説明した通りだ、方々手は尽くしたがな。結局お前らに迷惑をかけない方法はコレしか思いつかなかった、お父さん、バカだからな』

『な、なんだよ』

『これからつらい事がたくさんあるだろう、その分嬉しいことも多々あるに違いない。現実に絶望する事無く夢を見すぎる事無く、ただ、生きろ』

『生きろ、って……』

『死んだら最低だ、死んだら何もない。だから生きろ、いいか? どんな事があっても生きろ』

『なんだよ、それ! どういう事なんだよ!』

『俺からは以上だ、あんまり長居すると借金取りが追ってくる、それじゃあな』

『ちょっと! お父さん!』

『はっはっは! 強く生きろ息子よ! じゃあな!』


754 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 17:53:54.13 SCLo0Eg90 420/532

『あにうえ……? なにやら騒がしかったがどうしたのだ……?』

『……父さんが……父さんが、逃げた……』

『……ふえ? ちちうえが?』

『借金作って、会社が潰れて、追われて』

『兄上、落ち着こう。全く話がわからない』

『俺だってわかんねえよ!』

『母上はどこだ、母上に聞けば全てわかる』

『お母さん、居ない。たぶんお父さんと一緒に逃げたんだ……』

『逃げたって……どういう事なのだ……』

『そんなの、わかんないよ! わ……かんないよ……』

『阿呆が!』

『ひっ』

『日本男児がこの程度の事で泣いてどうする!』

『で、でも……』

『とにかく、冷静になろう。こういう時こそ落ち着いて考えれば良い』


755 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 17:54:51.39 SCLo0Eg90 421/532

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』


756 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 17:56:13.13 SCLo0Eg90 422/532

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『……』

『あねうえ』

『なんだ兄上』


757 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 17:57:03.33 SCLo0Eg90 423/532

『……何か思いついた?』

『兄上こそいつもの軽口はどうしたんだ』

『……ひっく』

『阿呆が、泣いたって何も解決しないだろう』

『うえええ~~~~~~~~~~~~~~~~~ん! おとうさああああああああああああん、おかあさあああああああああああああああああああん』

『阿呆、泣くな。泣くなったら』

『うえええええええええええええええええん~~~~~~~~~~~~』

『泣くんじゃない、泣くんじゃないよ……こっち、まで、泣きたくなってくるじゃないか……』


『うえぇぇぇぇえええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん』


758 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:07:34.32 SCLo0Eg90 424/532

その後。

身寄りの無くなった俺達は行政の指導で孤児院に入所することになる。

そこには俺達と同じ親を失ったもの、育児を放棄されたもの、虐待を受け親と離される事になったもの、親の離婚や再婚等で家庭環境が不良であるものなど。

未成年の子供が多く預けられていた。

それぞれここに居る理由はさまざまだが、ここの子供に共通なものがある。


それは親または親権者から

「要らない子」

の烙印を押された、という事だ。


759 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:09:46.20 SCLo0Eg90 425/532

親の一方的な都合で邪険に扱われた子供達、つまるところは社会的弱者の集まりだ。

みな表面上は明るく振舞ってはいるが、ふとした瞬間にはどこか闇を感じさせる。

ひとつの小さな施設に4~50人の子供が収容され、1つの大部屋に10人くらいで住まわされる。

住み慣れた家とは違う。風呂に入るのも時間が決まっているし、テレビやゲームももちろんない。使い古しのおもちゃや人形や積み木が申し訳程度にあるくらいだ。

朝は6時起床、その後ラジオ体操と施設の掃除が始まる。

それが終われば全員で同じ質素な朝食を食べて、制服に着替えてそれぞれの学校へ通う。

学校から帰ってきて7時に晩御飯を食べた後は2時間程度の自由時間が与えられて9時30分には消灯。

そういう事になっていた、規則・規律・ルールで。

親から「生きろ」と一方的に突き放された俺達を待っていたのは、そんな申し訳程度に「生きられる環境」だった。

同年代に比べて体が小さかった俺は、古株の入居者から壮絶ないじめを経験することになる。


760 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:13:24.36 SCLo0Eg90 426/532

それは晩御飯のささやかなおまけとして配布されるジュースが無くなっていた事から始まり、

靴の中に画鋲が入れられていたり、筆箱の中身が消えたり、

そして次第に、大人の目が見えない死角での暴行へと発展した。

けれど別にどうって事はなかった。

もともと喧嘩っ早い性格だ。

殴り殴られなんて慣れてる、そっちがそのつもりならこっちにもやりかえしてやる。

それくらいの気持ちだった。

だから、制服が泥水で汚れても耐えたし。

教科書がはさみでズタズタにされても気にしなかった。

けれどその度、忌々しい声で「生きろ」の言葉がリフレインしてきた。

……頼まれたって死んでやらない。


761 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:18:45.61 SCLo0Eg90 427/532

自分は。

こんなところから絶対に這い出てやる。

それしか見えなかった。

そんな場所に居たからだろうか、世の中の仕組みに興味をもった。

なぜ自分はこんな底にいるのか。

勉強をした。

わからない事だらけだった。

学校のテストは下から数えた方が早かったから

姉に教えてもらって必死に勉強した。

近所で一番良い高校に入った。

気がつくとある日、俺へのいじめはなくなっていた。

さらに勉強に打ち込んだ。

わからない事がわかる、それが楽しかった。

学問の探求とか、そんな大袈裟な意味ではなく。


762 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:22:56.96 SCLo0Eg90 428/532

ただ、

「自分はどうしてこんなところに居るのか」

「どうすればこんなところから出て行けるのか」

それが知りたかった。

高校2年の冬、進路相談を受けた。

「お前の成績なら大学へ行けるだろう」

担任は少し誇らしげに言ってくれた、その時だ、奨学金制度を知ったのは。

今でこそ孤児院で大学進学を目指すのは珍しい話ではなくなったが、それでもそもそも孤児院に在籍しているような子供にはお金が無い。

公の制度を利用するか、自分でお金を貯めるか、親からお金を出してもらうという選択肢を取れない以上は大学進学など夢のまた夢だ。

最も……、学費を出す奇特な親などいないが。

後になって聞いた事だが。当時、俺が所属していた孤児院から大学へと進学したものは居なかったらしい。

ようするに俺が進もうとしている道はそれくらいに難しいという事だ。

さらに勉強をした。

勉強して勉強して勉強して

いつしか姉の成績を少しだけ上回るまでになっていた。


763 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:25:00.03 SCLo0Eg90 429/532

姉は喜んでくれたが俺には不信感が残った。

姉の成績が伸び悩んでいるのだ。

いつも自分の一歩前を歩いていた姉、同じ学年だが誕生日が11ヶ月違う姉。

勉強にしろスポーツにしろ、常に自分の前に居た姉が今では俺の後ろに居る。

それは強烈な違和感だった。

ただ俺は、忘れていた。

なぜ俺へのいじめがなくなったのか。

そんな、簡単な事を。


765 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:25:45.53 SCLo0Eg90 430/532

あいつらは。

いや、あの悪党どもは

姉に手をだしていたのだ。

なぜ気がつかなかった?

いじめが無くなって安心していた?

バカな。

あいつらが居る限りそんなもの無くなりやしない。

完璧に俺が甘かった。

いじめは無くなったのではない。

矛先が変わっただけだったのだ。

赤黒く染まった姉の肌を見た、その時。

その事実が、突きつけられた時、

自分の中で何かが壊れる音がした。


766 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:39:41.13 SCLo0Eg90 431/532

こんな社会の底にすらいじめが存在する。自分達が標的にされるまでそんな事も知らなかった、ゆるい幸せの中で育ってきた俺は。

一度は壊れた、だけど頑張っていれば……生きてさえいればいつか取り戻せると思った。

けれど、本当の幸せなんてのはここにはきっと存在しない。

……いつも姉は大切な事を何も言わない。

普段は何気なく会話している様で、本当は何を考えているのか弟の俺でさえ実はよくわからない。

黙って、俺の知らないところで一人で頑張って、全部が終わった後にしらない顔で笑っている。そんな姉だ、それが姉としての性分なんだろう。

自分の知らないところで姉は、一体何を……。

その度に思い知らされる。世の中は不公平だ、どこまでも不条理で、そして俺は無力だ。

幸せっていう二文字は誰の前にも平等だけど、だからといって皆が平等に幸せになれるわけじゃない。

けれど姉は。

こんな底にまで落ちてなお、俺の姉らしくあろうとしている。

「そうしないと、自分が自分でなくなってしまうから」乾いた笑みで告げる。

思わず抱きしめた、……随分と痩せていた。


767 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:44:58.37 SCLo0Eg90 432/532

もう、……もういいじゃないか。

二人ともよく頑張ったじゃないか。

なぁ? 頑張ったよ、あんなところでさ。

もう、いっその事……、二人で……、このまま……。

そんな時だ。

『死んだら最低だ、死んだら何もない。だから生きろ、いいか? どんな事があっても生きろ』

まるで見透かされたかのように心の隙間に入り込んでくる忌々しい声。

ハっとした。

自分は……今、一体何をしようと……。

襲ってくる後悔と、先の見えない暗くて重たい不安。

延々と続く何か。

その元凶が、……何の因果か俺の命を繋ぎとめた。


768 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 18:55:18.02 SCLo0Eg90 433/532

姉は怖いと言った。

俺も怖いと思う。

思い出に時効なんてない。

辛い時は思い出してしまうのだ、昔の、家族であった頃の事を。

けれど、それは逃げでしかない。

「いつかは」

ここに来た当時ならいざ知らず、そんな事はないと、高校生になっていた俺達はわかっていた。

わかっていたし、理解もしていたし、それより何より……だったらいっその事死んだ事にしようと言い出したのはどちらだっただろうか。

けれど寄り添えば怖くなかった。二人なら、悲劇さえ喜劇に変えられる。

明るく振舞うのが俺の役目であるというなら、甘んじて受け入れよう。

それから一年と少しして、二人で同じ大学へ通い、孤児院を出て同じ家に住んだ。

素晴らしき絶望からの、ハジマリの脱走だった。


770 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:08:44.07 SCLo0Eg90 434/532

────────
────
──

「脱走、か。うまい事を言う」

「そんなもんだろ」

「映画の大脱走を知っているか?」

「トム、ディック……なんっだっけ」

「ハリーだ」

「正解のトンネルだな」

「3本中2本はブラフだよ、ハリーが正解だ」

「……ふむ」

「私がトム、君がディック。だったらあの子がハリーだ」

「その先は幸せに続く……ってか?」

「詩人じゃないか」

「……どうも」


771 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:11:20.15 SCLo0Eg90 435/532

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……なぁ」

「……うん?」

「ここまでくるのに、随分と回り道をしたな。兄上」

「ここまでとは、何の事を指している。姉上?」

「全部さ」

「そうか、全部か」


772 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:15:36.66 SCLo0Eg90 436/532

「私は君の姉でよかったと思っている、それは変わらない」

「……」

「……けれど、どうしてだろうな」

「……」

「恨んでも……恨んでも、それと同時に、生んでくれた両親への感謝の気持ちが……私の胸を抉るんだ」

「……」

「バカな話だと思うか?」

「……あぁ、……バカげてる」

「生きてこそ人生、死んだら何も無い。だったらそもそも生まれてこなければ、最初から全てが無い。……遠足は生まれた時から始まっているんだな」

「だったら死ぬまでが遠足とでも言うのか姉上よ」

「スタートは同じだ、ゴールはそれぞれ違うがな」

「……言葉遊びだ」

「……かまわんさ」


773 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:24:27.50 SCLo0Eg90 437/532

「……いや、俺達の話は……とりあえず置いておこうじゃないか」

「そうだな」

「それより」

「……あの子が」

「……だな」

「幸せって、一体何なんでしょうね」

「さあな」

「何が、誰に、どこで、いつ、どうすれば幸せなんでしょうね」

「そんなもんはいつも主観的だよ、客観視されたらそれこそ宗教や哲学に走ってしまうからな」

「だったら」

「俺達の幸せはあの子の幸せとイコールではない……って言いたいだろ?」

「……はい」



775 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:35:49.96 SCLo0Eg90 438/532

「気にしすぎだ。幸せの定義とか、悲しみの置き場とか考え出したらキリがないだろ」

「生まれたら死ぬまで、私達はずっと探してるんですよ?」

「探すだけじゃないさ、今までみつけたモノは全部覚えてるよ」

「……そうですか」

「望遠鏡、のぞいて何か見えたか?」

「あの子の顔」

「親バカだな」

「君ほどではない」


777 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:41:55.95 SCLo0Eg90 439/532

「なぁ、ひょっとして俺らはさ」

「何でしょう」

「知らない間に……大袈裟な荷物を、背負いすぎていたのかもしれないな」

「……手、震えてますよ」

「怖いんだよ」

「私も、怖いです」

「何が怖いか当ててやろうか?」

「はい」

「……幸せが、怖いんだよな」

「……はい」


779 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:48:40.50 SCLo0Eg90 440/532

「背が伸びるにつれてさ」

「……」

「だんだん、わかってきたんだよ」

「……?」

「親がさ、どうして俺らを一緒に連れて行ってくれなかった。とか。なんで孤児院に入れたか、とか」

「……」

「そりゃ辛い思いさせたくなかったってのが一番なんだろうけどさ、それは幸せな事でもない」

「……」

「けど、自分と一緒に来たら、最悪死ぬかもしれない。どこかの国に売り飛ばされて、文字通り地獄を見るかもしれない」

「……」

「死ねば最低だ、死んだら何も無い。生きてこそ人生、生きてればいつかどこかからコロっと幸せがやってくるかもしれない」

「……」

「親父のさ、考え方なんだろうよ、それがさ」

「……ただ」

「ただ、一つ。イマも思い出すんだ。それでも、それでも一緒に居れてたら……って」


780 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 19:53:52.21 SCLo0Eg90 441/532

「ひとりよりふたり」

「ふたりより、さんにん」

「3人より……4つ子串だんごですか」

「……頭ではわかってるんだよ。ただ、頭と心は同じになってくれないらしい、何より一番許せないのが」

「……?」

「虐待だ」


786 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 20:57:14.87 SCLo0Eg90 442/532

「俺はな、姉上」

「何があっても子供への暴力なんか許さないし、許すつもりも無い」

「俺達が一緒に暮らす事と、その事実は、別問題だろう」

「あの人達が、また、同じ事を繰り返さないという保障は無いんだし」

「この先、仮に、1万歩譲って一緒に暮らすとして。それが行われた事実は消えな──」

「ねぇ」

「ん?」

「あの」

「なに?」

「すごく……その」

「?」

「あの……その、だな」

「どうしたんだ?」

「すごく、本当に、しょうもない事なんだが……。一つ、誤解を解いておこうと思ってな」


787 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 20:58:46.54 SCLo0Eg90 443/532

「ここは1階だぞ?」

「大事な話だ」

「すまん……、で。何だ?」

「私があの子のオムツを代えた時、そのアザを見つけたんだ」

「あ? あぁ、そうだったな」

「それ、もう消えてるんだよ。今は」

「は?」

「だから、消えてるんだ」

「それはそうだろう」

「いや、だからな……」


790 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:03:38.15 SCLo0Eg90 444/532

────────
────
──

「ただいまー」

「おかえり」

「おかえりなさい」

「どうしたの? ……二人とも?」

「なぁ」

「うん?」

「お尻、みせてくれないか?」

「……」

「……」

「……えっち」

「ばっ!! そういう意味じゃねぇえええええ!!!!」


792 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:08:04.04 SCLo0Eg90 445/532

「やだー、お母さん。助けてっ!」

「ふふ、面白いな君達は」

「……?」

「減るもんじゃないんだ、お尻くらい見せてやってもいいだろう?」

「……お母さん?」

「な、こうして頼んでるんだ。見せてくれないか?」

「う~? いいけど……あんまりじろじろみないでね?」


793 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:09:38.88 SCLo0Eg90 446/532

「……」

「……」

「……」

「……」

「見すぎだ、阿呆が」

ボカッ

「いてっ」


796 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:13:07.77 SCLo0Eg90 447/532

「なんだ……、俺の勘違いだったのか……」

「その様だ」

「……」

「……」

「お父さん? お母さん? 二人ともどうしたの?」

「……」

「……」

「?」

「いや、なんでもない。……ギョウチュウ検査の予行演習だ」

「ギョーチュー?」

「うむ、奴等の進行を阻止するためにだな。地球の平和を守っているんだ」

「ふーん?」


799 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:16:39.68 SCLo0Eg90 448/532

「よくわかんないけど、平和まもってね」

「おう、まかせとけ」

「あ、後ね。それから」

「?」

「おーい、入っておいでー?」

ニー

ニャー

「これは……」

「えへへ、みつけたから一緒に帰ってきたの」

「どこに、居たんだ?」

「んー? わかんない、でもピアノの音で踊ってた」

「踊ってた?」

「うん、なんだか楽しそうだったよ?」


800 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:23:21.47 SCLo0Eg90 449/532

「……ぬー……」

「……ふあぁ」

「ど、どうしたの二人とも?」


「……気が抜けた……」


「もう! だらしないよ!」


「だめだ……しばらく動けそうにない……」


802 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:26:53.62 SCLo0Eg90 450/532

「阿呆か……色々ありすぎだこの週末で……キャパがおいつかん」

「私もだ……すっかり処理落ちだ……」


「はい、おちゃ」

「おお、ありがと」

「ありがとね」


ズズズ

「ぷはー、うめー」

ズズズ

「おいしいです」

チューチュー

「あたしはオレンジジュース」

「はっはっは、お子様だな」

「いいもーん、子供だもーん」


804 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:32:21.14 SCLo0Eg90 451/532

「さて問題です」

「?」

「トイザらスの「ら」は何故平仮名なのでしょうか?」

「しらない」

「では第二問、このポーズは何?」

「大仏様……だけど何で両手がお金のポーズなの?」

「では第三問、……の前にこのビデオを見てもらおう」

「ビデオ?」


805 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:34:58.27 SCLo0Eg90 452/532

ピッ


……ザーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なにこれ?」

「映像問題だ、ちょっとしたら映るから待ってろ」

ザワザワ

ザワザワ

「あ、映った」

「ふふ、懐かしいな?」

「そうだな、俺も見るのは初めてだよ」

「これ、何の?」

「俺らの入学式のビデオだ」


806 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 21:37:48.15 SCLo0Eg90 453/532

「あ、本当だ。ここって……小学校の体育館?」

「おう、そうだ。さて問題です、俺はどこに居るでしょうか?」

「ええっ」

「制限時間は30秒だ」

「えーと……えーっと……」

「はやくしろよー、じゅー、きゅー、はーち、なーな」

「見つけたっ!」

「おおっ? どいつだ?」

「この小さいひと!」

「小さいのは余計だ……、けど正解っ」

「やったー!」


810 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 22:11:58.20 SCLo0Eg90 454/532

「じゃあ私はどこに居る?」

「簡単だよー?」

「ふふん? そうか?」

「隣に居るもん」

「おお、正解だ」

「やったー!」

「はは、すごいな。まんまと見つかってしまった」

「ふふん? 真実はいつも一つなんだよ?」

「そうか、……そうだな」


812 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 22:14:57.84 SCLo0Eg90 455/532

「真実は一つ……か」

「うんっ」

「はは……じゃあ最終問題だ」

「うん?」

「これを撮っているのは誰でしょう?」


816 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 22:23:01.33 SCLo0Eg90 456/532

「あれ?」

「どうした?」

「えーっと?」

「どうしたんだ?」

「あれ? お父さんとお母さんがそこに居て? 小さくて?」

「うむ、……小さいのは余計だぞ」

「ふふ」

「それで? あれ?」

「どうしたんだ? わからないか?」

「ええっと……?」


818 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 22:37:30.11 SCLo0Eg90 457/532

「それじゃーヒントをやろう、よく考えるんだな」

「うんっ」

「俺とおか………………」

「……」

「俺は誰から生まれたでしょう?」

「う~ん?」

「はっはっは! ちょーっと難しかったかー? そうかそうか、じゃあもうクイズ大会は終わりだ」

「お父さん」

「あん?」

「お父さんの、お父さん?」


819 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 22:44:13.22 SCLo0Eg90 458/532

「……半分正解、で、……半分ハズレ」

「えー?」

「はっはっは! まだまだだな娘よ、世界は広い、もっと精進する事だぶわっはっは」

「むー……」

「はっはっは……ははは、……うん……」

「?」

「あのな」

「……」

「私達が、これから言う事をよく聞いて欲しい」

「?」


820 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 22:50:20.22 SCLo0Eg90 459/532

「実はな……」

「うん?」

「……ジツはだな」

「うん?」

「……」

「なぁに?」

「……」

「?」

「あー……」

「あー?」

「あー……ダメだ、ダメだなぁ……やっぱり、だめだわ……」


824 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 22:55:01.98 SCLo0Eg90 460/532

「お父さん?」

「なぁ、もう一回だけ言ってくれないか?」

「え?」

「頼む、一回だけでいいから」

「お父さん」

「私もいいか?」

「お母さん」


「……ありがとう……」


843 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 23:31:43.62 SCLo0Eg90 461/532

「もー、どうしたの? なんで泣くの?」

「ばかやろう! ちがう、これはな……ただの塩水だ」

「心の汗だ」

「ヘンなの」

「俺がヘンなのはいつものことだろう!」

「そうだけど二人ともヘンだもん、おかしいもん」

「はは、否定しろーこのやろー、ぎゅーっとしてやる! ぎゅー!」

「私も」

ぎゅ

「わ、わわ。くるしいよー」

ニー

ニャー


844 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 23:34:26.19 SCLo0Eg90 462/532

「なんか、入学式の時みたいだね」

「ん?」

「ぎゅーって、みんなで」

「そんなことも、あったな。そういえば」

「うんうん」

「ははは、そうかそうか」

「ぎゅーって」

「ぎゅー!」

「むへっ」

「私も負けない」


847 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 23:37:47.40 SCLo0Eg90 463/532

「にーとにゃーも来るか?」

ニー

ニャー

「はは、来い来い。全員集合だ」

「まだ昼前だがな」

「最後の晩餐ならぬ最後の昼飯になるわけだな。しまらねぇなオイ」

「……私達らしくて良いじゃないか」

「それもそうか」

「さっきから二人は何を話してるの? わかんないよ」


850 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 23:48:10.86 SCLo0Eg90 464/532

────────
────
──


『……わっかんねぇよ……』

『……私にもわかりません』

『俺も、わかんねぇよ。どうすれば一番良いかなんて』

『……できません、私には。……私には決める事ができません』

『ごめんなさい! 知っていながら! 怖かったんです! 失うのが! 私は……私は卑怯な女です……』

『よせ! 自分を責めてどうするんだ』

『ですが!』

『……落ち着こう、また過呼吸にでもなったら大変だ』

『…………苦しいんです』

『……』

『ずっと、さっきから。何もしていなくても、ずっと。おかしいんです、息が、とても……』

『わかった……わかったから……うん、そうだな、俺もだよ……』


852 : 以下、名... - 2011/02/20(日) 23:54:18.70 SCLo0Eg90 465/532

『私は無力です』

『人間なんて無力なものだ』

『あの子の親の代わりをして、仮初の幸せに浸かって……満足していました』

『……俺もだよ』

『自分の悲しさを消すために、利用していたんです。私の悲しみの置き場は、あの子だったんですよ……非道でしょ……?』

『それでもいいさ、愛情は本物だ、ニセモノなんかじゃない。誰よりも一番俺が見てる』

『いいえ、私は……私は、あの子を利用して、自分だけ、自分だけ……』

『……もう、言うな……』

『私は……』

『……姉上……自分を責めすぎるな、誰のせいでもないだろ……』

『私は……それでも……』


854 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:02:39.77 lIRmdAWd0 466/532

『……』

『ねぇ、弟くん』

『……なんだ』

『これから、……私達どうなるんだろう』

『さぁな……ただひとつわかる事は』

『……?』

『俺達は、あの子の親ではない……って事だ』

『っ』

『選択肢はいくつかある、例えば雲隠れ、夜逃げ、親に合わさないように墓まで持っていく……そうだろ?』

『……えぇ』

『だが、おそらく。俺と姉上が考えている事は一緒だと思う、これほど悩んでいるんだ……何を悩む事がある……あの子の事しかないだろう』

『……えぇ』

『どこかで、一番良い答えを、誰かがもってきてくれるんじゃないか。誰もが笑って暮らせる、そんな最高のハッピーエンドを、誰かが用意してくれるんじゃないかって』

『ハッピーエンドは、……一体誰にとってのHAPPYなんだろうな』

『物語は主観だ、人の数だけ終わりがある。人生と同じだ』


857 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:09:03.14 lIRmdAWd0 467/532

『だが……』

『ああ、主観であるからこそ。誰かが終わりを用意してくれる……そんな事はありえない』

『……そうだな、……』

『主人公は、俺であり、姉上であり、あの子でもある』

『……』

『今あの人達から逃げたところでどうなる、あの人達が生きている限り永遠に付きまとう問題だ、解決はしない。絶対に』

『……随分と、大人な解答じゃないか、弟くん』

『俺だって成長したんだよ』

『……その点私はだめだな……君を引っ張るどころか、いつしか完全に立場は逆転していたんだな……』

『どっちが偉いとか、関係ない。きょうだいだろ俺ら』

『……そう言ってくれるか』

『当たり前だ』


860 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:16:54.54 lIRmdAWd0 468/532

『しかし、もはや俺の小さな脳みそは既にショートを起こしてる、たぶんこれ以上考えてもロクな答えなんざでてこないと思う』

『私も、とうの昔に容量を超えたよ』

『そこでだ』

『?』

『簡単なクイズを用意した』

『クイズ?』

『あの子に決めてもらう、サイコロを他人に振らせる様で一番最低だが一番最高だと俺はそう思う。あの子の人生だ、だったらあの子にも選ぶ権利はあるだろう』

『どうするというんだ?』

『ビデオだ』

『ビデオ?』


861 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:21:23.49 lIRmdAWd0 469/532

『ここに俺と姉上の小学校入学式のビデオがある』

『そんなものどこから……』

『天井裏。全く、バカな場所に仕舞ったヤツが居るもんだよ。どこのどいつだ、顔が見てみたい』

『……はは、全くだ』

『……泣くなよ? まだ早いぞ?』

『保障はできない』

『……俺は絶対泣かない、あの子の前では』

『君が泣くまでは泣かない』

『……とにかく、このビデオで』

『ああ、わかった……撮影者は誰か、そう聞くんだろ?』


863 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:26:56.41 lIRmdAWd0 470/532

『ああ』

『……』

『もし正解したら』

『私達は』

『……うん』

『いいのか?』

『決めた事だ』

『答えるのはあの子だろう』

『それしか思いつかなかったんだよ』

『実に君らしい、曲がりくねったやり方だ』


864 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:30:00.46 lIRmdAWd0 471/532

『曲がりくねった道の先に、一体何があるんだろうな』

『この道を行けば、どうなるものか』

『危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし』

『踏み出せば、その一足が道となり』

『その一足が道となる』

『迷わず行けよ』

『行けばわかるさ……、か』

『弟くん』

『あん?』

『私は、君が好きだ。人間としてな』

『そうか、ありがとよ』


869 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:39:24.61 lIRmdAWd0 472/532

『こんな時に聞くのもヘンな話だが』

『まともな答えを出す自信が無いが聞こう』

『愛に形があるとしたら、きっとまるいんだろうな』

『形なんてそれぞれだろ、例えば、孤児院にぶち込むとかな』

『兄姉なのに妹を娘として育てるとか』

『他にもあるぞ』

『あん?』

『俺も、姉上の事が好きだ、人間としてな』

『そうか、ありがとう』


870 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:42:51.92 lIRmdAWd0 473/532

『なぁ』

『うん?』

『このビデオさ、すげー手ブレひどくないか?』

『たしかにな』

『親父とお袋の声、モロに入ってるし』

『たしかに、校長先生の演説が全く聞こえないな』

『俺らなんて、こっちをチラチラみて’うるせーぞそこの親二人’とか思ってるんだろうか』

『思っているだろうな』

『阿呆だな』

『阿呆だ』

『でも……底抜けに笑顔だな』

『もらった笑顔だ、……撮っている人間からな』


875 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 00:51:40.81 lIRmdAWd0 474/532

『そうかも、な』

『だったら、決まりだな』

『……後は野となれ山となれだ』

『さて、出て行くとなればどうする?』

『生きていけるさ、孤児院だってその後だってどうにかなった。だからこれからも、きっとどうにかなる。死んだら最悪。何も残らない、生きてこそ人生だ』

『どうにかして、いいのか?』

『良いに決まってるだろ』

『……嘘が下手糞だな』

────────
────
──

「……え?」


886 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:31:08.69 lIRmdAWd0 475/532

「……」

「……」

「……あの、ええと……?」

「そういう事だ、今まで黙って……嘘をついて……すまない」

「……お父さん?」

「お父さんじゃない、俺はお前の兄だ」

「……お母さん」

「私は、お前の姉だ……今まで騙していて……本当にすまなかった」


887 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:34:39.42 lIRmdAWd0 476/532

「許してもらおうとは思わない、そんな都合の良い話はないからな」

「お前の本当のお父さん、お母さんが、もうすぐやってくる」

「半分は正解したんだ、俺は……もう」

「……強く、生きて……それだけ、が」


「なに、言ってるの、二人とも」


「……事実だ」

「嘘じゃない、本当の事だ」


888 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:36:26.01 lIRmdAWd0 477/532

「俺には父親が居る」

「私には母親が居る」

「俺と姉は姉弟だ」

「私は弟と姉弟だ」

「そしてお前は」

「私達の、妹だ」


「……」


「……父親は、俺じゃない」

「……母親は、私ではない」


889 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:39:04.91 lIRmdAWd0 478/532

「なんで……なんで、二人が謝るの?」

「大人の問題だ」

「お父さん、お母さん、ふたりとも悪くないよ!」

「もう父母ではない」

「そんな……」

「だがわかって欲しい、俺達はお前を騙す為にこんな事をやっていた訳ではないんだ」


890 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:40:31.75 lIRmdAWd0 479/532

「お父さんが……おにーちゃん?」

「……」

「お母さんが……おねーちゃん?」

「……」


892 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:46:53.38 lIRmdAWd0 480/532

「……あぁ」

「だから……」

「ああ、やっとわかった、すっきりした」

「……は?」

「……え?」


893 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:47:44.59 lIRmdAWd0 481/532

「だってふたり、たまに兄上姉上って呼び合ってたもん、あたし知ってるもん。このことだったんだ」


「な”あ”っ?! な、なぜそれを!」


「ふふん? きほんてきな事だよ、わとそん君」

「おまおまおまおま……お前っ?!」

「なん……だと……」

「お父さんとお母さんの娘なんだから、これくらい当たり前なんだから」


894 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:49:25.13 lIRmdAWd0 482/532

「いや、だからと言ってだな」

「そ、そうだぞ? 私達はお前とは……」

「かぞくは」

「っ」

「……っ」

「何があっても一緒だから、離れていても、遠くにいても……かぞくは、かぞくなんだから」

「……」

「……」

「あたしね、夢みたの」

「夢?」

「うん」


895 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:52:09.23 lIRmdAWd0 483/532

「にーちゃんもにゃーちゃんも、お父さんもお母さんも、みんなみんな、消えちゃって。どこかに行っちゃうの」

「……」

「……」

「でも、にーちゃんもにゃーちゃんも居る。お父さんもお母さんもいる、みんなみんなここに居るもん! かぞくだもん!」

「……」

「……」

「ねぇ、お父さん。あたしもクイズ出すよ、イチゴは野菜だとおもう?」

「……果物か?」

「じゃあスイカは? メロンは?」

「果物だろ……うん」

「ぶっぶー、はずれ。答えは野菜でした」


896 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 01:54:58.87 lIRmdAWd0 484/532

「……」

「あのね、畑から取れたものはみんなみんな野菜って言うんだって」

「どこかで聞いたが事あるな」

「だから、お父さんもお母さんも、お父さんお母さんのお父さんとお母さんも! みんなみんな家族だよ! 一緒なんだよ!」

「一緒……か」

「だから! どこかに行かないで! 一緒に居て!」

「……っ」

「……弟くん、私達の負けだよ……」


901 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:00:49.67 lIRmdAWd0 485/532

「……グーで勝って、パーやチョキで負ける」

「負けるが勝ち、……教えたのは私だったな。……とても、とても優しい……優しい敗北だ……」

「……いや、……だけど」

「ねーちゃん」

「……ん?」

「えへへ、なんだかヘンな感じ」

「……そうか、……こんな私を、姉と呼んでくれるのか……」

「うんっ!」



905 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:03:41.44 lIRmdAWd0 486/532

「……」

「お父さん」

「……?」

「捨てないよ」

「っ!!」

「どこに行っても、絶対。探すから」

「お前……」

ニー

ニャー

「だってほら、にーちゃんとにゃーちゃんも、ちゃんと帰ってきたんだよ!」


906 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:10:49.73 lIRmdAWd0 487/532

「猫は……」

「グリとグラじゃないもん! にーちゃんとにゃーちゃん」

「っ」

「にーちゃん」

「兄……だぞ……? いいのか……? それでも」

「うん!」


908 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:13:33.54 lIRmdAWd0 488/532

「……ククク……そうか……そうかよ」

「……なぁ」

「うん?」

「それじゃあ言わせてもらうがな……」

「うん」


「もう一回にーちゃんって言って?」


「阿呆が」

ガン!

「」

「あははっ」


912 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:14:57.82 lIRmdAWd0 489/532

「……ぷ」

「……くく」

「あははっ」

「ククク……はっはっは!」

「ははっ」

「ふふふ」

「ぶわっはっはっは! ぶわーーーっはっはっは!」


913 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:17:10.45 lIRmdAWd0 490/532

「はっはっはっはっは! ははは! はぁー、はぁ、笑った……」

「お腹が痛い」

「のどいたい」

「生きてるって事だ」

「そうなの?」

「そうさ」


918 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:20:16.60 lIRmdAWd0 491/532

「あー、だめだ。やっぱりだめだな。……シリアスなんて俺のガラじゃねーわ」

「そうだな」

「似合わない事はつづかねぇ、何事もな」

「そうだな」

「けど、6年続いたって事はそれなりに似合ってたって事だろうか」

「そうだな……弟くん」


919 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:24:34.44 lIRmdAWd0 492/532

「ねーちゃん」

「ん? どうした?」

「あたし、二人の妹なんだよね?」

「ああ、そういう事だぞ?」

「耳貸して」

「うん?」

「妹って、兄と結婚できるの?」

「さあな、おにーちゃんに聞いてみたらどうだ?」

「えー! おしえてよー! けちー!」

「なんだなんだ?」

「いや、この子がな」

「ねーちゃん!」

「ふふっ」

「?」


32 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:45:51.35 lIRmdAWd0 493/532

「はっはっはっはっは! ははは! はぁー、はぁ、笑った……」

「お腹が痛い」

「のどいたい」

「生きてるって事だ」

「そうなの?」

「そうさ」


35 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:47:04.09 lIRmdAWd0 494/532

「あー、だめだ。やっぱりだめだな。……シリアスなんて俺のガラじゃねーわ」

「そうだな」

「似合わない事はつづかねぇ、何事もな」

「そうだな」

「けど、6年続いたって事はそれなりに似合ってたって事だろうか」

「そうだな……弟くん」


36 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:48:29.27 lIRmdAWd0 495/532

「ねーちゃん」

「ん? どうした?」

「あたし、二人の妹なんだよね?」

「ああ、そういう事だぞ?」

「耳貸して」

「うん?」

「妹って、兄と結婚できるの?」

「さあな、おにーちゃんに聞いてみたらどうだ?」

「えー! おしえてよー! けちー!」

「なんだなんだ?」

「いや、この子がな」

「ねーちゃん!」

「ふふっ」

「?」


37 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:50:47.81 lIRmdAWd0 496/532

ニー

ニャー

「んー? おなかすいたのー?」

ニーニー

ニャー

「もう、食いしん坊なんだから、ちょっとまっててね」

トテトテ

ニー

ニャー


40 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:55:11.74 lIRmdAWd0 497/532

「必要な事は全て子供から教わる……か」

「誰の名言だそれ」

「名無しの母親」

「だったら名無しの父親の願いは一つだ」

「うん?」

「’にーちゃん’と呼んでもらう」

「……にーが居る限り難しそうだが……」


41 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 02:56:55.64 lIRmdAWd0 498/532

「猫などには負けん」

「猫に対抗意識を向けてる事が問題ではないのか」

「ふーーーーーー!!!」

「やれやれ……」

「ふん、どうせやるなら壁は高い方がいい」

「そうか、相変わらず君らしくて安心したよ」

「ねーちゃんこそ、すっかり口調が戻ったな」

「私はもう……母である必要がないからな。そういう君こそ」

「姉上、懐でオムツを暖めておきましたでござる」

「介護用か」

「口の調子も戻ってきたな」

「……ふふ」


47 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 03:19:01.06 lIRmdAWd0 499/532

名無しの母親なんて大したことはない。


小学校入学時よりテストというテストでは殆ど満点かそれに近い点数を連発。
5・6年生の時に児童会長を歴任、得票率99%で当選する。
小学校卒業のときに両親が蒸発、行政の指導により孤児院に入居させられるも、
いじける事無くスポーツ・勉学に励む。
孤児院という閉鎖的な環境で周囲からのいじめをうける事があったがこれに屈せず、
同い年に不出来な弟が一人居たがその弟の家庭教師も勤めつつ、自信も中学校・高校もトップの成績を維持。
所属していた陸上部では200mでインターハイ出場を果たす。
実業団、体育大学、地方の陸上強豪大学などからスカウトされたが、
弟と同じ大学に通い、生活費を減らすという名目でワンルームのマンションに二人で暮らす。
大学では心理学を専攻、勉学の傍ら「アルバイトをして生活費を稼がないといけない」という理由で陸上を断念し、
時給720円のスーパーのレジ打ちを始める。老若男女に評判はよく、彼女を目当てにレジに並ぶ客も居たという。
就職はせず院に進学しようとしていたところに、娘(妹)と出会う。
その時母になる事を決断、育児のため学業をスッパリ断念。
娘が夜泣きをすれば一晩中置き続け、背中を優しく撫でるという溺愛っぷり。
母乳で育てられない事に悩むが、弟曰く「研究熱心な性格」が幸いし
独自の製法で作ったミルクを作る事で悩みを断ち切る。
裁縫も得意で、娘の服を作っては着せるという趣味がある。
ご近所との付き合いも良く、近所の奥様の間では「悩みがあれば一番最初に相談したい人」と認識されている。


そんなどこにでも居る名無しの母親、それが姉。


52 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 03:51:29.46 lIRmdAWd0 500/532

名無しの父親なんて大したことはない。


桜もそろそろ咲こうかという季節に会社経営者の父、良妻賢母の母の元に産まれる。
何をするにもどこに行くにも11ヶ月早く生まれた姉の後をくっつくように歩き、その姿は母おして「カルガモの子供」と言わしめる程。
甘やかされるようにして育った為我慢には弱く、自他共に認める「喧嘩っ早い性格」で、同じクラスの男子を泣かせた隣のクラスの番長と喧嘩をする極悪人。
クラスの女子からは弟とか弟くんとか呼ばれるのが気に入らずに姉に向かって「兄と呼べ」と要求する破天荒っぷり。
結局姉には勉学でもスポーツでも勝てずに、ならばと立候補した学級委員では姉21票弟19票の2票差で破れている。
これは「姉は優秀だ、自分なんかに負けるはずはない」と自分の票を姉に入れたためであり、姉泣かせな罪深い弟である。
しかし、人生もこのまま順風満帆にいくかと思われた矢先、父の会社の経営が立ち行かなくなり倒産してしまう。
小学校卒業のその日、父から別れを告げられ孤児院へと入所させられる。
孤児院では壮絶ないじめに遭うもそれを持ち前の「喧嘩っ早い性格」で跳ね除ける。
父を恨み、その恨みが生きる糧になっていた。その恨みを晴らす方法を模索し、それが勉強にあると勘違いした男は姉に対して
「俺の勉強をみてくれ、頼む」と無茶な要求をする。中学時代は底辺を彷徨っていた成績は嘘の様に上昇カーブを描き、いつしか姉を上回る程になっていった。
さすがに「自分が姉に勝てる訳が無い、これには理由がある」と思ったらしく、その原因が孤児院に入居する他の人間からのいじめである事を特定。
身を挺して姉を守るという偽善者っぷりをこれでもかと発揮する。
その後、姉と同じ大学・同じ学部に通う事になり二回生の時に書いた論文が賞を獲る等、父に対する恨みを昇華させていく。
「生活費を稼ぐ」という名目で工事現場や塾講師等のアルバイトを週8回以上入れるも体だけは頑丈だったため風邪等引くことも無く過ごす。
姉曰く「阿呆は風ひかない」という事らしい。
就職はせず大学院へと進学しようとしていた時期に娘(妹)と出会う。
その時父になる事を決断、勉学の傍ら育児をこなして姉の家事の負担を減らすというセコい男。
仕事では異例の出世スピードで20代最終年にして准教授の立場までのし上がるという野心家。
姉への負担を少しでも減らしたいという思いからか姉に対して「パートには絶対行くな」という命令を下し、自身の稼ぎだけで一家を支える阿呆な男。
趣味は娘の観察、休日は仕事でヘトヘトになっているというのに家族サービスでドライブをする。
「娘が好きだが、綺麗なおねえさんはもっとすき」と公言する下心満点なスケベ男。


そんなどこにでも居る名無しの父親、それが兄。


55 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 04:20:11.94 lIRmdAWd0 501/532

もぐもぐ

もぐもぐ

「なんだなんだ、よく食べてるなオイ」

「そうだな」

「そだちざかり!」

「なにー? それは本当かー?」

「うん!」

「ふふ、可愛いな」

「にーちゃん、にゃーちゃん。好き、ねーちゃんも……ええっと」

「?」

「にーちゃんと、……にーちゃん?」

「ややこしいな弟くん、この際パパとでも呼ばせるか?」

「パパ? パパ、パパ」

「か……勘弁してくれえぇ」


57 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 04:31:13.60 lIRmdAWd0 502/532

「……いつだったか、私がこんな事を言ったのを覚えているか?」

「何を?」

「間違いを認めていく強さが我々には必要……だと」

「さー……、言ったとしてももう忘れたよ」

「認めるって事は、強さなんですね」

「それはどっちの言葉だろうか」

「さあな……もう忘れてしまったよ」

「人間と機械との違いをしっているか?」

「知っている」

「人間は忘れる事ができる、次々とな。それこそ完全記憶能力でも備えて居ない限りな」

「記憶も、感情も」

「恨みも妬みも」


58 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 04:33:17.71 lIRmdAWd0 503/532

「忘れて忘れて」

「覚えて覚えて」

「その繰り返しです」

「毎日な、ただ忘却と記憶の繰り返しだ。でもな」

「でも、忘れないものもある」

「……家族の顔とか」

「お互いの呼び名」


59 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 04:39:59.76 lIRmdAWd0 504/532

「……だからと言って、全てを無かった事にするのは……ムリだぞ」

「だからこそ、だろう」

「ん?」

「人間と動物の違いは知っているか」

「知っている」

「人は意思疎通に言葉を用いることができる、感情のぶつけ合いなら動物にもできるが、おこがましい言い方をすれば言葉というものは人間に許された最高のツールだ」

「使わなければ動物と同じ……か」

「あるいはそれ以下か」

「……獅子の子落とし」

「獅子は我が子を谷底に突き落とし、這い上がってくる子だけを育てる……という故事成語だな」

「知らなかったな、俺達はライオンだったんだな」

「久しぶりにやるか」

「ああ」

「し~~~~~んぱい無いさ~~~~~~~!!!!!!!」


62 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 04:49:35.57 lIRmdAWd0 505/532

「わ、二人して何やってるの?」

「大西ライオンごっこ」

「まぜてまぜて」

「ふむ……しかしこれには高度なテクニックが必要だぞ? 大丈夫か?」

「しんぱいないさー!」

「はは、息ぴったりじゃないか」

「姉妹ですから」

「シマイですから」


63 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 04:54:28.16 lIRmdAWd0 506/532

「……やっぱ、なんかこういうのがしっくりくるわ。俺」

「奇遇だな、私もだ」

「素直が一番ね」

「そうだな」

「まさか野菜に例えられるとは思わなかったけどな」

「私はそれで、……目が覚めたよ」

「……そうだな」


64 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 04:59:02.47 lIRmdAWd0 507/532

「ねぇねぇ」

「うん?」

「なんだ?」

「もう大西らいおんごっこおしまい?」

「いや、だってあの人心配ないさーしか印象ないんだもん」

「うむ、そうだな」

「しんぱいないさー!」

「この世の事は~」

「悩み蹴飛ばす~生き方~」

「ハクナマタタ~♪」


65 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:01:20.48 lIRmdAWd0 508/532

ニー

ニャー

ニー

ニャー

ニャニーニャニニニー♪


66 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:02:02.90 lIRmdAWd0 509/532

ピンポーン

「あ、誰だろ」

「さあ、誰だろうな」

「皆目検討がつかないな」

「お客さんだ、行ってくれるか?」

「うん!」



67 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:07:36.60 lIRmdAWd0 510/532

トテトテ

「……いいんですか?」

「何を今更」

「……そうですね、今更ですね」

「そうだよ、お母さん?」

「……ここの雪解けには、きっと時間がいりますね」

「季節だって巡る、冬が終われば雪も溶けるさ」

「大丈夫でしょうか……」

「心配ないさ、あの子を見てみろ」

「……はい、そうで……そうだな」



68 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:09:47.86 lIRmdAWd0 511/532

「後は俺たちの問題だ。だが誰かも言っていたが人生は喜劇だ、ミュージカルだ。ならば楽しもうではないか、そうだろう?」

「……そうだな、弟くん」

「そうさ、いつだってハッピーエンドは自分達の手で掴むしかない、全員が主人公だからな、筋書きだって変える力を、誰だって持っているんだ」

「それを気づかせてくれたのは」

「他でもないあの子だ」

「……努力しよう」

「そうだ。努力しようじゃないか、誰でもない、自分の為に、あの子の為に、そして、家族の為に」

「ああ、そうだな。弟くん」


ガチャ


70 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:14:43.79 lIRmdAWd0 512/532






エピローグ





71 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:15:37.31 lIRmdAWd0 513/532

春が来て、夏が過ぎて、秋が深まり、冬が明ける。

いくつかの季節を繰り返して、あたしはこの春、東京の大学に通う事になった。

住み慣れた家とお別れするのは少し悲しいけど、新しい生活への期待も同じくらいは胸の中にある。

引越しをするために部屋の整理をしていると小学校の卒業アルバムが出てきた。

「うわぁ、なつかしいなぁ」

掃除をほったらかして、くすぐったい思い出の欠片がページを捲る手を進める。


72 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:23:50.43 lIRmdAWd0 514/532

この集合写真で「NAKATA」のサッカーボールを片手に笑ってる男の子。

昨日テレビのスポーツニュースに映ってたんだよ?

冬の選手権じゃ国立のピッチに立って、詳しい人によると世代別の代表にも選出されているらしい。

同級生がプロサッカー選手になるなんてちょっと誇らしげだなぁ。

その「NAKATA」のボール、なぜかあたしの部屋にあるんだけどね。


73 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:25:31.84 lIRmdAWd0 515/532

それから、男の子の隣でぷくっと笑っているのは、高校は別々になっちゃったけど今でもよく遊ぶ女の子。

お互いの家に泊まりにきたり泊めてもらったり、

勉強の相談だったり学校の愚痴だったりを言い合ったりする、私の親友だ。

彼女曰く私はライバルらしいのだけれど、ライバルの意味については未だ教えてもらっていない。

この間、恋は実ったのか? と聞くと顔を真っ赤にしていた。

真相は有耶無耶にされたけど。


74 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:28:52.19 lIRmdAWd0 516/532

教えてもらった先生、クラスの友達、古ぼけた校舎。

懐かしい顔がたくさん写っていた。

そこまで見てピンポーン! チャイムが鳴った

「あ、やば? もうこんな時間だ」

大きい荷物だけ先に引っ越し業者にお願いしてる手はずになっていたんだっけ。

あ……、どうしよう部屋の片付けまだ終わってない……。


75 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:32:23.69 lIRmdAWd0 517/532

「もう終わったか? って、うわ。服! いっぱい!」

「ねーちゃん……うぅ……おわんなかった……」

「まったく……どこをどうすればこんな事に……、まってろ、今すぐ掃除要員兼荷物運び要員を連れてくる」

「ありがと、ねーちゃん大好き」

「はいはい、ありがとね」

「本当に大好きだもん」

ぎゅ

「ぐへ、いきなり抱きつくな」

「むふふっ」


76 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:34:25.35 lIRmdAWd0 518/532

「オイオイ……なんだぁこの部屋は……片付けるどころかさっきみた時より散らかってねぇか?」

「う~……そんな事は……」

「いいか! 掃除の基本はな! 上からなんだよ! ホコリやクズを上から落として! 下で回収する! そして決してベッドは服置き場ではないっ!」

「耳にタコができそうです」

「ほほう? ならば作ってやろうか?」

「うきゃ~」

「まてこら!」


77 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:37:48.02 lIRmdAWd0 519/532

「なんだなんだ、騒がしいな」

「お父さん助けて! 妖怪掃除マンが襲ってくる」

「なんだと! 我が家に妖怪が! それは大変だ!」

「ぐぬぬクソ親父が……! 俺の掃除の邪魔をするでない! 今すぐその子を渡せ!」

「はっはっは! オマエにくれてやる娘はおらん!」

「ぬわーーーんだとぅ!」

「あらあら、二人とも。ホコリが舞いますから喧嘩なら外でお願いしますよ?」

「は……はい……」


78 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 05:48:39.14 lIRmdAWd0 520/532

「母上」

「うん? なんでしょうか?」

「何か手伝う事はないか?」

「ううん、今日は買い物ももう終わってますからね……それじゃあ晩御飯の下ごしらえ、やっちゃいましょうか」

「承知した」

「女手があると助かりますね」

「ただ一つ、後悔してる事がある」

「何でしょう?」

「あの子に料理を教えなかった事だ……これでは一人暮らしで苦労するだろう……、どうするべきか」

「まさか通い妻をやるつもりですかお姉ちゃん」

「それも辞さない考えだ」

「あらあら、でも大丈夫。私達の家族なんですから、一人でもやっていけますよ」

「そうだろうか……」

「そうですよ」


79 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:01:11.72 lIRmdAWd0 521/532

「おいクソ親父……今何つった?」

「この前の学会でヘマをしたそうじゃないか、プレゼン資料を忘れるとはな、オマエらしいと言っているんだ」

「ぐぬぬ……人のミスを笑うとは貴様! 最低だな!」

「最低で結構! これでもオマエの父だ、はっはっは!」

「……くくく……」

「ほら、笑え。悲しい事があったら笑って誤魔化せ、そうだろう?」

「ああ、そうだな。はっはっは!」

「はっはっは!」

「……でもそれとこれとは別モンじゃ!」

「ぐあぁ! 不意打ちとは貴様卑怯なり!」

「二人とも!」

「ご……ごめんなさい母さん……」


80 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:03:35.84 lIRmdAWd0 522/532

「あはははは」

「笑うなー」

「ごめんごめん……面白くて……」

ニー

ニャー?

「おーよしよし、可愛いねーにーちゃん、にゃーちゃん」

「なぁ俺の事」

「さて部屋の掃除でもするかな」

「露骨に無視ですかそうですか」

「ふふ? それじゃあ手伝ってくれる? おにーちゃん?」

「……」

「どうしたの? 先いくよー?」


81 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:06:12.77 lIRmdAWd0 523/532

オニーチャン

オニーチャン

オニーチャン

……………………
…………
……

「はっ?! 別世界にトリップしていた様だ」

「ちょっと大丈夫?」

「しんぱいないさー! 掃除くらい俺に任せとらんかあああい!!」

「息子には負けん!」

「年寄りは引っ込んでろ!」

「ぬわあああんだとおお!!!」

「す……すごい……部屋がみるみる片付いていく……」


83 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:08:28.99 lIRmdAWd0 524/532

「あらあら? すごいスピードね」

「その有り余る力を地球の為に使えばどれだけ良いだろうか」

「がんばれー二人ともー」

「おうよ!」

「二人とも、それ終わったら晩御飯ですから。手を洗ってきてくださいね」

「はーい」

「今日は何?」

「今日はヤキソバです、それから焼き芋と、それからあとは──」


84 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:11:08.57 lIRmdAWd0 525/532

「……ん? これは、小学校の時のアルバムか?」

「うん」

「ほほう? なつかしいなぁ、うわ、お前ちっさいなぁ」

「小さい所はオマエに似たな」

「うるせー! でかく生みやがれ!」

「私に言うな、DNAに文句言え」

「もー……二人ともいっつも喧嘩なんだから、あたしが居なくなっても続けるの?」

「「死ぬまで続ける!」」

「そ……そうですか……」


85 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:14:23.74 lIRmdAWd0 526/532

「おい妹、勘違いしてる様だから言っておくぞ?」

「奇遇だな、私も一言言っておきたい事ができた」

「うん?」

「お前は居なくなるわけじゃない、ちょっと遠くへ行くだけだ。離れていても家族なんだからな」

「……うん、わかってる」

「うむ、わかっているなら良い」

「も~、二人とも心配性なんだから」


86 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:17:28.44 lIRmdAWd0 527/532

「……お? 文集か、そういえば何書いてたんだっけ」

「ちょっと! 勝手に見ないでよ」

「減るもんじゃなし、いいじゃないか。昔は尻を見せてくれたんだぞ?」

「いやなもんは嫌なの、恥ずかしいじゃない」

「……ケチ」

「おい、なんだ尻って」

「ナイショだクソ親父」

「ああん?」

「あーーもーー、喧嘩すんなーーーー!!」

ゴン!

「……母さんの一撃より痛い……」

「姉上を超えたな……」


87 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:20:12.18 lIRmdAWd0 528/532

「で、結局見せてくれないのね」

「気が向いたらね」

「ならば待とう、いつまでもな」

「諦めてよ」

「ふはは! 俺が諦めるなどあるものか!」

「もう!」


88 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:27:28.99 lIRmdAWd0 529/532

私の家族はいつもこんな感じ。

賑やかで、騒がしくて、いつも笑顔だ。

最初の頃は、みんなぎこちなかったけれど、いつしかこんな風になっていった。

きっと戻っているだけなんだと思う。

本当の事は皆、いわないけれど、本当の事は皆、わかっている。

それが、あたしの家族なんだと思う。

卒業文集のタイトルと同じだ。

結局、なんだか恥ずかしくて二人には見せられなかった。


89 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:29:45.47 lIRmdAWd0 530/532

────────
────
──

晩御飯を食べた後

一人部屋でこっそりアルバムをめくっていると

ノリか何かでくっついた最後の空白のページに気がついた。

おかしいな、と思ってぴりぴりとめくってみると

そこには見慣れた文字でこう書かれてあった。



「ねーちゃん」



おわり。


96 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 06:58:51.86 lIRmdAWd0 531/532






引越し業者「……遅いな、何回も呼び鈴ならしてるんだけどな……」




おしまいおしまい。


98 : 以下、名... - 2011/02/21(月) 07:10:56.89 lIRmdAWd0 532/532

月曜の朝まで付き合ってくれた皆さんありがとうございます。
>>1スレ立て感謝です。8日ルールひっかかるくらいのダラダラ行進でごめんなさい。

幼女「とうもろこし、いる?」
https://ayamevip.com/archives/25628850.html

の続きというか微妙に登場人物が被っているというか。時系列では後になります。
あんまり本編とは関係ないですけれど、よければ合わせてどうぞ。



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