ねこ「カミナリ‥ご主人は帰ってこない。
洗濯物をとりいれなければならない。」
ねこは椅子を持ってくる。窓を開ける。
ベランダからは細い光の線が交錯しているのがみえる。
ねこ「カミナリ」
光る。
急いで洗濯物を運ぶ。
元スレ
ねこ「今日こそ出て行こう」
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考える。
ご主人はどこへいったのだろう。
いつまでこの四角い部屋で過ごしていればいいのだろう。
食料には困らないものの、
わからないことが多すぎる。
とりあえずごはんを作らなければならない。
ねこは椅子を運ぶ。
コンロの使い方も、いい具合に慣れた。
今日は、サカナにしよう。
冬の夕暮れ、マンションの一室からサカナの焼ける匂い。
ねこ「サカナ。味付けはマルヤ味噌。」
二人分の食事を並べ、5分だけ待ってみる。
ご主人は帰ってこない。
雷が近づいている。
ねこはひとりでサカナを食べる。
ねこ「今日のはよくできた。明日もサカナにしよう。マルヤ味噌はまだある。」
もう一人分のサカナは、もうとうに冷めている。
ねこはゆっくりと、それに「サランラップ」をかける。
ご主人は帰ってこない。
ねこはとっておいた昨日の夕食を捨てる。
ねこ「カミナリ。怖い。
今日はひとりで眠れるだろうか。
そしてご主人は誰と眠っているのだろう」
ねこは、ねこのような忍び足で、そっとベランダに出る。
冷たい空気が肺に侵入する。
光の線が細く、黒い空に溶ける。
雷が溶けた空気を、ねこは吸う。
街の光はまだ消えず、遠くのパチンコ屋がきらきら光る。
もっと遠くのマンションにも、光が残っているのがみえる。
もっともっと遠くで、パトカーのサイレンが鳴っている。
ねこ「カミナリ。落ちませんように。
ご主人に当たりませんように。」
ねこはソファで眠る。
寝室には入れない。鍵が開かないのだ。
いつもご主人と一緒に、寝ていた寝室。
天井をじっとみる。
綺麗好きのご主人のことだ。撫でたって埃などつかないだろう。
ねこは少し笑う。
1ヶ月に一度、大掃除をする間、ご主人はいつもぼくを机の上に乗せて、
「じっとしていてね」
と笑った。
ねこは少し泣く。いつもと同じ。
次に目を覚ますと、夕方になっている。
いつもと同じ。
雷はもういってしまったようだ。
窓の向こうに暗くて濃い紫色の空がみえる。
ご主人はまだ帰ってこない。
ねこ「電話」
電話がなる。
ねこは電話に出ない。
ご主人が電話をしているのは何度もみているが、
使い方でさえ、ねこはよく知らない。
―‥
留守電に切り替わる。
電話の向こうで、誰かが喋り出す。
「もしもしカナヤ、どこに行ってるの。
こっちの魚を送ってあげたからね、食べるんだよ。
たまには帰りなさいよ。父も待っているんだから。」
―‥
切れる。
ねこ「だれ。聞いたことのある声。
ご主人のお母さんかもしれない。
ご主人、誰にも言わずどこにいってしまったのだろう。」
ねこ「けれどサカナはありがたい」
ねこは昨日と同じ、サカナを食べる。
マルヤ味噌は、もうすぐなくなってしまう。
明日のサカナの味付けはどうすればいいだろう。
お醤油。照り焼きでもいいかもしれない。
ねこはまた「サランラップ」をかける。
昨日のサカナを捨てる。
ご主人はまだ帰ってこない。
ねこ「だれか来た」
椅子を運ぶ。
玄関を開けると、宅配便の制服を来た若い人間が立っている。
きっとサカナだろう。
人間は少し不信な顔をしたが、
荷物を渡すと行ってしまった。
外は色だけがしっとり暗く、乾いた冬の匂いがする。
ねこ「このまま出て行ってしまおうか」
はっとする。
ねこは自分の言葉に驚く。
何を考えているのだ。
ここでご主人を待っているのが、自分の仕事のはず。
すこし疲れているのかもしれない。
否、ご主人がいなくて寂しいのだ。
ご主人のいない部屋にひとりでいるのは、本当は、すこし怖い。
ねこは重い荷物を押して、部屋に戻る。
部屋に戻ると、電話が光っているのがみえる。
電話があったのだろう。
誰からなのか気になるが、ねこは確かめる術を知らない。
ねこ「ご主人はまだ帰ってこない。もしかしたら」
自分は捨てられてしまったのではないだろうか。
ご主人は事故にあったのではないだろうか。
もしかしたら、これからずっと、自分はひとりなのではないだろうか。
ねこ「それでも、ずっと待っている」
翌朝、また電話が赤く光っている。
ねこは不安を覚える。
その赤をじっとみつめてみる。
ねこ「‥」
ご主人はまだ帰ってこない。
ねこ「だれか来た」
椅子を運ばなければならない。
そう思った瞬間、扉が開く音がする。
ねこは走る。ご主人かもしれない。
近づく足音に気付く。
ねこは身をすくめる。
ねこ「足音、4つ」
「やはり、誰もいない。
おい、とりあえず中を探そう。長い金髪の女性だ。」
ねこは隠れる。息を殺す。
遠く離れた田舎に住む両親が、マンションの管理人に様子見を頼んだのだ。
入ってきた二人の人間は、寝室の鍵をさわりはじめる。
ねこは震える。あれはだれだ。
勝手にご主人の部屋に入ろうとしている。ぼくのご主人の部屋。
ねこは動かない。
二人が部屋から出てきた。
ひどく慌てている。
声を荒げて電話を掛け、急ぎ足でどこかにいってしまった。
鍵のしまる音。
本当にいってしまったようだ。
ねこ「なにが起こったのだろう」
やっとのことで平静を取り繕う。
ねこは男達が開け放して行った寝室に、そっと向かう。
ねこは目を疑う。
ねこ「ご主人が寝ている」
ベッドで、いつものようにご主人が眠っている。
どうしてずっとここにいたのだろう。
しかし、ねこは安堵する。
ご主人の隣に潜り込むと、なぜだかすこし冷たい。
ねこはご主人を冷やした冬の温度を呪う。
自分を湯たんぽのように抱いて寝るご主人を思い出し、
境が溶けて体が繋がるほどご主人に縋りついてみる。
もう一度ねこはねむる。
30分も経たない頃、また扉が開く。
ねこは飛び起きる。
ねこ「ご主人、ご主人。だれか来た。」
またさっきの人間達かもしれない。
今度はもっと大勢の足音が聞こえる。
ご主人は起きない。
ねこはご主人に寄り添う。
ねこは目を覚ます。
ご主人はいない。
なぜだか体がだるい。
ねこはゆっくり思い出す。
頭がすこしだけキリキリと痛む。
そうだ、人間が大勢やってきたのだ。
やってきた人間達は、ご主人の薬箱の匂いがした。
ご主人を「たんか」に乗せて、攫って行こうとした人間を引っ掻いてやろうとしたのだった。
そこから後は、どうしたのだろう。
ねこは考えるのを止める。
ねこ「また、ご主人を待たなければならない。」
小さく記事が載る。もちろんねこが読むことはない。
××カナヤさん(24)死亡
昨夜自宅の寝室で死亡しているところをマンションの管理部が発見。
死因は睡眠薬の過剰摂取で、自殺とみられており、死後2週間ほど経っていた様子。
ねこ「夕食は、甘く煮たサカナ」
ねこは夕食に「サランラップ」をかける。
昨日の夕食は、後で捨てよう。
ねこ「ご主人はまだ帰ってこない。」
外ではまたカミナリが鳴っている。
あの細い光はご主人の眉に少し似ている。
ねこはわかっている。
ご主人は帰ってこない。
ねこは考える。
明日こそ出て行こう
51 : 以下、名... - 2009/07/21(火) 02:44:42.58 i/nYnpL/O 22/22
おわりです
支援してくださった方がたありがとう