<動物園>
ナマケモノ「……」ブラーン
女「いいなぁ、ナマケモノは……」
女「あんな風に一日中、木にぶら下がって怠けてられて……」
女「人間みたいに悩む必要もないんだから……」
ナマケモノ「本当にそう思うか?」ピシュンッ
女「ハッ!」
女(いつの間に後ろに――)
元スレ
女「このナマケモノ……速いッ!」ナマケモノ「怠けてるのか?」ピシュンッピシュンッ
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1596628210/
ナマケモノ「確かに俺らナマケモノは動きは鈍く、いつも寝てて、人間からすりゃ怠けてるように見えるだろ」
ナマケモノ「だが、それは――生きるための選択、進化して得た能力なんだ」
女「なんですって?」
ナマケモノ「動かず、他の動物と争わず、なるべくエネルギーを使わず……そうしてナマケモノは生き残ってきた」
女「……!」
ナマケモノ「ただし、俺は別だがな」
女「?」
ナマケモノ「体つきを見れば分かる。お前、武術の心得があるだろ」
ナマケモノ「来いよ……遊んでやる」クイックイッ
女「ふん……あいにく動物に手を出すほど落ちぶれてないわ」
女「だいたいあんたを殴ったら飼育員さんが怒るでしょ」
飼育員「かまいませんよ」ニコッ
女「え」
飼育員「殴れるものならね」
女「……!」
ナマケモノ「許しが出たぞ。どうする? まだ“戦わない言い訳”するつもりなら聞いてやるがよ」
女「いいわ、私もストレスが溜まってたの……ブチのめしてあげるッ!」
女「私の拳法を見せてやる!」タンッタンッ
ナマケモノ「拳法……打撃系か」
女「だああああっ!」ビュオッ
ナマケモノ「おっと」ピシュンッ
女「せやぁっ!」ブオンッ
ナマケモノ「よっと」ピシュンッ
女「このナマケモノ……速いッ!」ブンッ
ナマケモノ「全然当たらねえな……怠けてるのか?」ピシュンッ
女(ふん、だったらこれならどう? お父さん直伝、全身を駆動させて放つ突き――)ギュルッ
女「喰らえッ!」
ビュオッ!
ブラーン…
女「……へ?」
ナマケモノ「あまりに遅いんで、腕にぶら下がっちまったぜ」ブラーン…
女「く……くっそぉぉぉぉぉっ!」
ナマケモノ「……」
ピシュンッ… ピシュンッ… ピシュンッ…
…………
……
女「ぜはっ、ぜはっ、はぁっ……」
ナマケモノ「なんだい、もうバテたのか。プロボクサーは12R戦えるってのによ」
女「当たらない……! 一発も……!」
ナマケモノ「……」
女「ううっ、こんなんだから、私は道場を潰してしまうのよ……!」ガクッ
ナマケモノ「何か事情がありそうだな」
ナマケモノ「おい、飼育員。俺はこの嬢ちゃんについてく。しばらく動物園を留守にするぜ」
飼育員「別にかまいませんよ。ナマケモノ目当てで来る客なんてまずいませんから」フッ
ナマケモノ「ありがとよ」ニヤッ
<道場>
女「ここが私の道場よ」
ナマケモノ「なかなか立派な道場じゃねえか」
ナマケモノ「で、門下生はどれぐらいいるんだ?」
女「ゼロ」
ナマケモノ「は?」
女「ゼロよ……一人もいないの」
ナマケモノ「なんでまた、そんなことに……」
女「元々この道場は祖父が興したもので、受け継いだ父の代で隆盛を極めた」
女「一時期は50人くらい門下生がいた時期だってあるのよ」
ナマケモノ「そりゃすげえ。つまりお前は三代目ってわけか」
女「だけど、父が亡くなってから、潮が引くように門下生は去って行って……」
女「門下生はゼロになってしまったの」
ナマケモノ「……誰か他に家族はいねえのか?」
女「一人いるわ。だけど――」
女「ご覧の通り」
ナマケモノ「……」
弟「あ、姉ちゃんお帰り」
弟「今、僕ゲームやってるから邪魔しないでくれよな!」
女「う、うん。ちゃんとご飯食べなさいよ」
ナマケモノ「ニートじゃねえか!」
女「一日中引きこもってパソコンやゲームばかりやってるわ」
女「そして――」
ドンドンッ!
借金取り「おうおう、借金返してもらおうかァ!」
女「待って下さい。もう少しだけ……」
借金取り「いっとくが、こうしてる間にも利息は増え続けてるんだぜェ!?」
女「すみません……」
借金取り「いいか……このまま返済が滞るようなら、この土地は頂くからなァ!」
女「はい……」
女「もう……終わりよ!」
女「この道場は私の代で潰れてしまうんだわ……!」
ナマケモノ「……」
ナマケモノ「焦るな」
女「え?」
ナマケモノ「道場は潰れかけ、弟はニート、借金まである……焦る気持ちは分かる」
ナマケモノ「だが、こういう時こそ怠けろ。リラックスして心を落ちつけるんだ」
ナマケモノ「とりあえず、稽古しようや」
ナマケモノ「さっきみたいにかかってきな」
女「……うん」
女「はっ!」ビュオッ
女「でやっ!」ビュッ
ナマケモノ「……」
ナマケモノ「やっぱそうだ」
女「え?」
ナマケモノ「お前の突きや蹴りそのものは一流だ。そこらの男にだって負けるもんじゃねえ」
ナマケモノ「だが、力みすぎなんだよ。力みすぎだから、軌道がバレバレだし、すぐバテちまう」
ナマケモノ「これはどんな世界でもいえる。勉強しすぎる受験生は体壊していい結果出せねえし」
ナマケモノ「働きすぎたサラリーマンは過労死しちまう。育児を頑張りすぎりゃノイローゼで虐待に走る」
ナマケモノ「一度道場のことは忘れて、初心に帰ってみろ」
女「う、うん」
女「せ……せやぁっ!」パシュッ!
女「あ……」
ナマケモノ「な?」
女「そうだ……私、このところ道場をどうするかばかり考えてて、お父さんの教えをすっかり忘れてた」
父『よいか、力むな。いかなる時もリラックスして心を落ちつければ、どんな相手も恐れるものではない』
女「ありがとう……ナマケモノ」
ナマケモノ「いいってことよ」
ナマケモノ「さて、次はあの怠けすぎ野郎をどうにかしねえとな」
弟「ぐぅ、ぐぅ、ぐぅ……」
ナマケモノ「起きやがれェ!」
ゲシッ!
弟「ぶげぁっ!」
弟「な……なにすんだ姉ちゃん! ……って誰!?」
ナマケモノ「ナマケモノだ」
弟「ナマケモノ!? あの動物の!?」
弟「なんでナマケモノがこんなところに……!? ナマケモノってもっとのろいはず……」
ナマケモノ「んなこたどうでもいい」
ナマケモノ「お前、道場のことは姉ちゃんにばっか任せっきりでお前はなにやってんだ?」
弟「……」
ナマケモノ「姉ちゃんは一生懸命稽古したり、借金どうにかしようとしてんのに、情けねえと思わねえのか?」
弟「……」
ナマケモノ「どうなんだ! 答えろ!」
弟「そりゃ思うさ……」
弟「だけど、僕は子供の頃に、姉ちゃんほど拳法の才能はないって分かっちまって……」
弟「男なのに女より弱いって気づいちまった僕の気持ちがお前に分かるかよ!?」
ナマケモノ「分かんねえよ」
弟「!」
ナマケモノ「だいたい強さってのはなんだ?」
ナマケモノ「殴り合い蹴り合いに強い奴のことか? そうじゃねえだろう」
ナマケモノ「殴り合いで勝てないなら別の分野で勝負してやるって切り替えられる奴のことだ」
ナマケモノ「現に俺らナマケモノだって、戦う力は乏しいが、絶滅せずに生き残ってきた」
ナマケモノ「拳法の才能がねえなら、他で戦えばいいだろうが!」
ナマケモノ「今のお前は才能を言い訳に怠けてるだけの、ナマケモノ以上のナマケモノだァ!!!」
弟「……!」
弟「だけど今更……やれることなんて……」
ナマケモノ「んなことねえ。お前……パソコン得意なんだろ?」
弟「うん……」
ナマケモノ「だったらそれで姉ちゃんをサポートしてやれよ」
弟「サポート……」
弟(そうか……ネットを通じて道場をPRする方法ならいくらでもあるッ!)カタカタ
ナマケモノ「どうやら、何か閃いたみてえだな」
弟「姉ちゃん姉ちゃん!」
女「ん?」
弟「見てよ、ウチの道場のサイト作ったんだ!」
弟「強くなりたい人、ダイエットしたい人にもオススメってね」
女「あらすごい!」
弟「こんなの僕にかかれば楽勝だよ!」
女「へぇ~、あんたにもこんな特技があったのねえ」
ナマケモノ(ふん……弟だってちゃんと“強さ”を持ってたじゃねえか)
女「そろそろご飯にするけど……ナマケモノってなに食べるの?」
ナマケモノ「基本的には草食だな。あまり動かねえから一日8gも食えば生きてける」
女「8g……すごい!」
弟「燃費いいんだなぁ」
ナマケモノ「ま、俺はよく動くから、普通にご飯を出してくれりゃいいさ」
ナマケモノ「ぶ厚いステーキなんか大歓迎だぜ!」
女「そんなもん出せる余裕ないわよ!」
弟「ねえねえ姉ちゃん、型やってよ!」
女「え、なんで?」
弟「動画に撮って、配信するのさ!」
弟「若い女拳法家なんて珍しいし、きっとウケると思うんだ!」
女「えー、恥ずかしいなぁ」
ナマケモノ「ま、いいじゃねえか。物は試しだ。やってみろって!」
女「せやっ!」ビシッ
女「はっ!」ピタッ
女「だっ!」ピタッ
女「ハイヤァッ!」シュバッ
弟「おっ、いいよいいよ~」
ナマケモノ「余計な力が抜けて、突きや蹴りの軌道がスムーズになってるしな」
弟「よーし、これをアップして、門下生を募ろう!」
すると――
ワイワイ… ガヤガヤ…
「今日から入門したいんですが……」
「女さんの凛々しさに惚れました!」
「見学させてもらっていいですか?」
女「すごい反響!」
ナマケモノ「今はネット上での拡散ってのはバカにならねえからな」
弟「宣伝次第でいくらでも流行を作れる時代さ」フフン
弟「姉ちゃん」
女「ん?」
弟「姉ちゃん見てたら、僕も修行し直したくなってきちゃった」
弟「だから稽古つけてくれ!」
女「あんたってば……」
女「いいよ! 昔みたいに泣かせてやる!」
女「でやぁっ!」
バシッ!
弟「うぐぁっ……!」
弟「まだまだァ!」ダッ
女「だいぶ根性ついてきたじゃない」
女「ナマケモノも稽古しない?」
ナマケモノ「俺はいい。ぶら下がってる」ブラーン…
弟「ったく怠け者だなぁ」
ナマケモノ「これが本来の俺だからな」ブラーン…
アッハッハッハッハ…
借金取り「おい、借金――」
女「どうぞ」
借金取り「!?」
女「門下生も増えてきて、なんとか少しずつ返せるようになってきました!」
女「必ず完済してみせますから!」
借金取り「そ、そうか……」
ナマケモノ(このまま上手くいけば、俺も動物園に戻ってもよさそうだな……)ブラーン…
<アジト>
借金取り「――くそっ!」
借金取り「親父がくたばった後、当時の門下生に脅しをかけて辞めさせて、金貸し付けて、やっとここまできたってのに!」
借金取り「また盛り返してきやがった……」
借金取り「“組”のためにもなんとしてもあの土地は手に入れてえのに……」
傷男「ふん……だとしたら簡単な方法がある」
借金取り「え?」
傷男「昔から、道場を潰す方法といったら一つしかねえだろう」ニヤ…
<道場>
女「突き50本、始めっ!」
女「せやっ!」
「せやっ!」 「せやっ!」 「せやっ!」
弟「せやっ!」
ナマケモノ「上にぶら下がりながら稽古を眺めるってのもいいもんだ」ブラーン…
「邪魔するぜッ!!!」
ナマケモノ「……ん?」
女「なんですか、あなたは……?」
傷男「道場破りしにきた。俺がお前らに勝ったら、ここを立ち退くって条件でな」
女(こいつ……強い!)
弟「姉ちゃん」ボソッ
女「うん、分かってる」
女「悪いけど、ウチの道場は他流試合はやらない方針なの。帰ってちょうだい」
傷男「とんだ腰抜け道場ってわけか」
女「なんとでもいってちょうだい。挑発には乗らないわ」
弟「そうだそうだ!」
傷男「たしか前の道場主は、どこぞの子供を助けるため車にはねられて死んだんだっけか?」
傷男「そんなマヌケ野郎のガキどもじゃ、こんな挑戦怖くて受けられねえか……」
女「く……!」
女(我慢よ……ここで力んじゃいけない!)
弟「……」
傷男(ちっ、乗ってこねえか。しゃあねえ、別の方法を――)
弟「父さんを……バカにするなァ!」
弟「このぉっ!」ブンッ
傷男「ケッ、バカが!」
ドゴッ!
弟「ぶげっ!」
傷男「ニートの分際で、ハネッ返りやがって!」
ドカッ! ガッ! バキッ! ゴッ! ガッ!
弟「あ、あぐ、ぅ……」
傷男「また来るぜ。邪魔したな」クルッ
女「……待ちなさい」
傷男「あ?」
女「あんたの挑戦、受ける!」
女「試合は一週間後この道場で……どう?」
傷男「いいだろう」ニヤッ
弟「ね、ねえちゃ……」
女「しっかりして!」
女「門下生のみんな、悪いけど今日はこれで解散!」
ザワザワ… ガヤガヤ…
ナマケモノ「……」ブラーン
ナマケモノ(なにやら妙な展開になってきやがったな……)
弟「ご、ごめん……僕のせいで……」
女「ううん、いいの」
女「それに嬉しかった……あんたがお父さんのために怒ってくれたことが」
女「きっとお父さんもお母さんも天国で喜んでるわ」
弟「あ、ありがとう……」
弟「だけど、あいつ……メチャクチャ、強いよ……」
女「分かってるわ。けど安心して。道場は私が守るから」
女(それにしても、あいつは何者なの……?)
<アジト>
借金取り「流石ですねえ! あいつら焚きつけて道場を賭けた試合に持ち込むなんて!」
傷男「まぁな」
借金取り「だけど、あの女もかなり強いですよ。勝てますか……?」
傷男「てめえ、誰にいってんだ……?」ギロッ
借金取り「あ、いや……」
傷男「ハァッ!」シュピンッ!
シュワワワワワ…
借金取り「……! ビール瓶を手刀で……!」
傷男「負けるわけねえよ。あんなボロ道場の……ましてや女なんぞに」
借金取り「そうですよね! あんたはプロ格闘家崩れをボコボコにしたこともあるんだ!」
借金取り「あの女の顔面がボコボコになるとこが楽しみですよ!」
傷男「そしたらブス専ばかり集まる店にでも売っ払ってやるか!」
ナマケモノ「……」ブラーン…
ナマケモノ(なるほど……こういうことか)
<道場>
女「――ハッ!」ビュオッ
女「あらナマケモノ、どこ行ってたの?」
ナマケモノ「ちょいと敵情視察にな」
ナマケモノ「まず、さっきの奴は……借金取りとグルだ」
女「え……!」
ナマケモノ「どうやら奴らはなんとしても、この土地を手に入れたいらしいな」
ナマケモノ「きっといかがわしい店を建てたいとか、ろくでもねえ計画があるんだろう」
ナマケモノ「だが、今はそんなことは問題じゃねえ」
ナマケモノ「問題は……あの対戦相手だ」
ナマケモノ「あいつは一筋縄じゃいかねえぞ」
女「でしょうね」
ナマケモノ「今のお前だと、正直いって勝つのは厳しい」
女「うん……」
ナマケモノ「だから……この一週間、お前を徹底的に鍛え直してやる!」
女「……ありがとう!」
女「でぇやぁぁっ!」ビュオッ
ナマケモノ「よっと」ピシュンッ
女「は……速いッ! けど!」ブオンッ
ナマケモノ「よく動きを見てたな。今のは危なかったぜ」
弟(今の僕なら分かる……なんてレベルの高い組み手だ……!)
…………
……
一週間後――
<道場>
女「いよいよ今日だわ」
弟「うん」
ナマケモノ「いっとくが、俺は一切手助けしねえ。道場破りはお前たちで何とかしろ」
女「もちろん! あんたは安心して怠けてていいわよ」
ナマケモノ「へっ、いうねえ」
ドンドンッ!
弟「き、来た……!」
女「……待ってたわ」
弟「ううう……」
傷男「よく逃げなかったもんだ」
女「借金取りさんも、もう関係を隠すつもりはないのね」
借金取り「ああ、もう意味がねえからな。この件は今日でカタがつく」
傷男「いいか、俺が勝ったらお前らは看板を外し、この道場から出て行ってもらう」
傷男「その代わり、女が俺に勝てたら、借金はチャラになる。お前らは晴れて自由だ」
女「分かったわ」
借金取り(ふん……万に一つもあり得ねえけどな!)
傷男「それじゃ始めようぜ」
女「合図お願い」
弟「うん、分かった……」
傷男「……」ザッ
女「……」サッ
弟「始めっ!!!」バッ
傷男「いくぞぉぉぉぉぉ!!!」
女「……」
傷男「オラァッ!」ブンッ
女(力を抜いて……攻撃をかわす)スッ…
傷男「!」
女(ここっ! 突きを当てる!)シュッ
ドンッ!
傷男「ぐっ!?」
弟「や、やった!」
借金取り「マジかよ!」
ナマケモノ(いいぞ……このままペースを掴めば――)
女「はっ! でやっ! ――せいっ!」ドガガガッ!
傷男「ぐっ……!」
傷男(なるほど……思った以上にやりやがる。こいつを使うことになるとはな!)
シュッ!
女「ぐっ!?」
弟「手刀!」
傷男「そこだっ!」
シュバッ!
女「うぐっ……!」ブシュ…
借金取り「すげえ切れ味だ! 当たったとこから血が出てやがる!」
傷男(出血ってのは、ダメージ以上に焦りを生むもんだ)
傷男(焦れば当然……隙も生まれるッ!)
ドゴォッ!
女「ぐえっ……!」
弟「姉ちゃん!」
借金取り「いい蹴りが入ったァ! 脇腹にモロだ!」
女「このぉっ!」シュッ
傷男「もう息するのも苦しいだろう……それじゃ技なんか出せねえよ」
女「う、ぐ……っ!」ヨロッ…
傷男「勝負あったな!」
傷男(あとはなぶり殺しだ! 一度、思う存分女を痛めつけてみたかったんだ!)
ドカッ! ガッ! バキッ!
女(お父さん……お母さん……弟……ナマケモノ……)
女(やっぱりこいつ、強い……どうしても焦っちゃう……!)
女(こういう時にこそ――)
女(怠けるッ!)ダラーン…
傷男「……へ?」
女「……」ダラーン
女「初めてやるけど……悪くないものね、試合中に怠けるってのも……」
傷男「ナメてんのかァ!」ブオンッ
女「よっ」ヒョイッ
傷男「こ、このっ!」ブオンッ
女「ほいっ」ヒョイッ
傷男「クソがっ……!」
女「全然当たらないわね……怠けてるの?」
傷男「くそぉぉぉぉぉっ!!!」
ブオンッ! ブンッ! シュッ!
借金取り「どういうことだ……こりゃ……」
弟「まるでナマケモノみたいだ……」
傷男「だったらぁ……手刀で頭カチ割ってやるゥ!!!」
ブオンッ!
女「……」ブラーン
傷男「な……!」
女「あら、ごめんなさい。思わずぶら下がっちゃった」ブラーン…
傷男「くっ!」
傷男「このぉっ!」
ドガッ!
女「うぐっ!」
女(さすがにずっと避けるのは無理か……)
女(でも、今の怠けは攻撃を避けるためというより、怒らすためにやってたの)
ナマケモノ(怒れば当然――)
傷男「ふぅ~……ふぅ~……! ナメやがってぇぇぇ……!」ブチブチッ
傷男「ケリつけてやるぅぅぅぅぅっ!!!」ドドドドドッ
女(こうなる!)
傷男「うおおぉぉぉぉぉっ!!!」
女(今こそお父さん直伝! 全身を駆動させて――)
女「撃つッ!!!」
ズドォンッ!!!
傷男「が……っ!」
傷男「がはぁ……っ!」ドザァッ
弟「やったぁ! カウンターが決まったァ!」
借金取り「な、なんだと……!?」
傷男「……」ピクピク…
女「さぁ……約束守ってもらうわよ」
借金取り「……約束ぅ? なんのことかな?」
女「あなた、まさか――」
借金取り「こうなったらしかたねえ……みんな、出番だ!」
ドカドカドカ… ドカドカドカ…
女「な……!」
弟「仲間がこんなに……! 外に待機させてたのか……!」
借金取り「もう道場破りもクソもねえ! てめえら二人血祭りに上げて、道場潰してやる!」
女「くっ……!」
女「ここまできたら最後まで戦ってやるわよ!」サッ
弟「姉ちゃん……僕もやるよ!」サッ
借金取り「へっ、たった二人でこの人数に勝てるもんかよォ!」
「ちょっと待った」
借金取り「?」
「今お前、“道場破りもクソもねえ”っていったよなァ? だったら――」
ナマケモノ「俺の出番だ」ピシュンッ
借金取り「わっ!?」
女「えっ!」
弟「どうして……!」
ナマケモノ「お前ら姉弟はもう怠けてていいぜ」
借金取り「誰だ!?」
ナマケモノ「見て分かんねえか? 動物園のアイドル、ナマケモノだよ」
借金取り「ナ、ナマケモノ……!?」
ナマケモノ「道場破りは文句なしに、こいつらの勝利……」
ナマケモノ「残りのゴミ掃除ぐらいは、俺が働いてやらねえとな」
借金取り「ゴミだとぉ~? わけ分かんねえが、先にこのナマケモノからやっちまえ!」
ワァァァァァ…
「ぶっ殺せ!」 「ナメんじゃねえぞ!」 「この野郎!」
ナマケモノ「おいおい、俺に殴りかかるのに何秒かけるつもりだよ」
ナマケモノ「どいつもこいつも……遅すぎるんだよ」ピシュンッ
借金取り「消えた!?」
ナマケモノ「さっさと怠けたいんでな……さっさと終わらせるぜ」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
「ぐへ!?」 「ごはっ!」 「ぎゃふっ!」 「いだいっ!」 「ぎゃああっ!」
ギャァァァァァァ…
女「さっすがナマケモノね」
弟「うん」
借金取り「ナマケモノってこんな速いのォ!?」
ヒュゥゥゥゥゥ…
ナマケモノ「終わったぜ」
女「さあ、どうするの?」
借金取り「……!」
借金取り(組で集めた精鋭がこのザマなんて……)
借金取り(もうこんな道場に手を出すもんじゃねえ……!)
借金取り「すみません、借金はチャラにしますんで! だから許して下さい!」
弟「二度と来るな!」
借金取り「ひえええええっ!」タタタタタッ…
女「ありがとう、ナマケモノ」
弟「君がいなきゃ僕らは今頃……」
ナマケモノ「よせやい。お前ら見てたら、俺も少しは働きたくなっただけだよ」
女「よーし、今日はナマケモノのリクエストに応えて、夕飯はステーキにしちゃおう!」
ナマケモノ「おっしゃあ!」
弟「ステーキに喜ぶナマケモノなんて、世界に一頭しかいないだろうね……」
…………
……
ナマケモノ「んじゃ……俺はそろそろ帰るわ」
ナマケモノ「いつまでも動物園を留守にできねえしな」
女「ナマケモノ、本当にありがとう!」
弟「二人で動物園に遊びに行くからね!」
ナマケモノ「ああ、ぶら下がって待ってるぜ」
ナマケモノ「お前らこそ、姉弟でもっともっと道場でっかくしろよ!」
女「もちろんよ!」
弟「いつか君の動物園と一緒にイベントをやってみたいな!」
<動物園>
ナマケモノ「ただいまー」
飼育員「お帰り」
ナマケモノ「すまねえな、ワガママいって」
飼育員「かまわないさ。私と君の仲だしね」
ナマケモノ「今回は働きすぎた……それじゃまた怠けるとすっか!」
ブラーン…
― 完 ―