1 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:00:15.63 h2aLUo9m0 1/22


――事務所

北条加蓮(それは、奏が勢いよくその台本を閉じたところから始まった)

パタンッ

加蓮「ん?」

速水奏「……」

加蓮「……?」

 「……」ペラ…

加蓮「……」

 「……はーっ」

加蓮「な、なに? どうしたの頭抱えて」

 「目を疑ってしまって……一度台本を閉じたのだけど、やっぱり見間違いじゃなかったわ」

加蓮「どういうこと? 変な展開でもあった?」

 「悲劇……いいえ、悲劇を通り越して喜劇とすらいえるかもしれない……」

加蓮「その本筋をわからなくするところ、奏らしいけど良くない癖だよー。何がどうしたの?」


元スレ
速水奏「練習はキスシーンの後で」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1625065215/

2 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:01:50.94 h2aLUo9m0 2/22


 「これよ」

バサッ

加蓮「あ、ちょっとまって、ネイルはみ出る」

 「真面目に聞こうとしてくれてる?」

加蓮「してるしてる。ネイルも真面目に塗ろうとしてる……はい、と。なんなの?」

 「見てよこれ」

加蓮「その台本って……」

 「私いまドラマでてるでしょ。レギュラーの」

加蓮「あ、アタシも見てるよ」

 「ありがと。次の台本を貰ったんだけど……ほらここ」パラパラ

加蓮「えー。ネタバレ見たくないんだけどなぁ」ペラ

加蓮「んー……ふーん、ヒロインレースこうなるんだ」

 「もっと先、17P」

加蓮「はーい」ペラペラ

加蓮「へぇ、準主役の人とロマンスに発展して……」

加蓮「あら、強引にキスされちゃうんだ」

3 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:02:18.06 h2aLUo9m0 3/22


加蓮「キスシーンね…… これ?」

 「これ。問題でしょう?」

加蓮「えー、でもお芝居なんだし、カメラアングルで誤魔化すんじゃない?」

 「ダメなのよ、あの監督さんリアリティにこだわるの」

 「アクション映画の時は、ちょっとしたことじゃスタント使わないから……キスくらい普通にさせるわ」

加蓮「ふーん」

 「台本無視なんてそもそもできないし……どうしたら」

加蓮「NG出してないの?」

 「出していた、と思うけど……」

加蓮「覚えてないんだ」

 「その……自分で言うのも何だけど、私、唇が売りのひとつじゃない?」

加蓮「まぁ、そうだね」

 「アイドルなんだから、普通はNGなんだろうけど……そこのところ、自分でも曖昧で……」

加蓮「事務所の方針との兼ね合いもある、か。……プロデューサーさんに相談する?」

 「そうね……」

加蓮「でも、キスシーンかぁ。俳優さんとするとか、なかなか出来ないし、いい経験になるかも?」

 「えっ」

加蓮「ん?」

4 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:02:44.18 h2aLUo9m0 4/22


 「……経験とか、そういうことじゃなくて……」

加蓮「あー、奏のファンにも、相手のファンにも恨み買いそうだよねぇ」

 「そんなことでもなくて……」

加蓮「……」

 「……」

加蓮「……奏って、キスしたことない?」

 「……」

加蓮「……」ジー

 「……」ヒョイ

加蓮「目そらした! えーっ、そうなんだ!」

 「なによ……」

加蓮「だって、普段から1.2.キスキス」

 「曲の話でしょ」

加蓮「唇売りにしてるのに。ふふっ、LiPPSのリーダーなのに?」

 「ないものはないんだから、仕方ないじゃない!」

加蓮「あはは、ごめんごめん。そうだよね、無い以上はじたばたしても仕方ない」

5 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:03:16.42 h2aLUo9m0 5/22


加蓮「じゃあそうだ、私だってファーストキスじゃイヤかなぁ。初めての相手くらい、好きな人がいいよ」

 「……わかる?」

加蓮「わかる。これはもう、直談判行った方がいいね」

 「ええ…… ……直談判といっても、別にプロデューサーさんが台本書いたわけじゃないわよ?」

加蓮「あはは、確かに。コトバのアヤってやつね」

 「ふふっ…… ところで加蓮は」

加蓮「んー?」

 「経験、ある方?」

加蓮「……」

 「……」ジー

加蓮「……」ヒョイ

 「あなたもないんじゃない!」

加蓮「あるなんて一言も言ってないもーん」

 「ありそうな口ぶりしていたくせに」

加蓮「奏ほどじゃないよー」

 「む、う……」

6 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:03:43.16 h2aLUo9m0 6/22


 「はー……」

加蓮「ふふっ」

加蓮「大切な乙女のファーストキス、ドラマに捧げちゃうのもねー。……あっ、じゃあもしもの為にさ、その前にしといたら?」

 「え……?」

加蓮「練習でも何でも、口実にはなるでしょ」

 「それは…… できたら、いいのかもしれないけれど……」

加蓮「もし台本が変えられなかったら?」

 「……」

加蓮「ピンチこそチャンスっていうらしいよ。奈緒が読んでたマンガにあったダケだけど」

 「チャンスね……これってピンチなのかしら?」

加蓮「十分ピンチでしょ。乙女の純情の」

 「それを盾に迫るっていうのも、必死過ぎじゃない?」

加蓮「それが奏の美学ならいいけど…… それで何かを失うならアタシは黙ってられない」

 「加蓮……」

7 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:04:13.39 h2aLUo9m0 7/22


 「そうね、その…… まずは台本の件を相談しに行かなきゃ」

加蓮「ヘタレてる時間あるの?」

 「う……」

加蓮「あ、でもどっちにしろ行くところは奏のプロデューサーさんか。まぁ、どっちに転んでも損はないでしょ」

 「え」

加蓮「別に脈が無いワケじゃないと思うんだよねー、あのプロデューサーさん。奏とのやり取り見てる限り」

 「あの……」

加蓮「んー?」

 「…………私、そういう話あなたにした?」

加蓮「違うの?」

 「ちが……」

 「わないけど…… 釈然としない」

加蓮「んふふ。奏は分かりやすい方だよ」

加蓮「キスして~とか、冗談に見せかけるけど、好きでもない人にやらないでしょ」

 「……」

8 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:05:02.02 h2aLUo9m0 8/22


加蓮「じゃ、報告はあとでゆっくり聞かせてねー」

 「いま、あなたに相談したことをちょっと後悔しているわ」

加蓮「先に立たないっていうよね。じゃあ、奏の指に合うの、がっつり仕上げるからさ」

 「……若干不服だけど、それで」

加蓮「はーい、交渉成立。いってらっしゃ~い♪」

――事務室前

(炊きつけられただけな気がする……)

「……」

「……」ドキ ドキ

(鼓動が、少しだけ早い)

カチャ

(まつ毛、よし。唇もいつも通り綺麗。……顔は赤くない)

パチッ

(いつも通りにできる。大丈夫……)

「ふー……」

コンコンコン

モバP(以下P)「はい」

ガチャ

「失礼。お疲れさま、プロデューサーさん」

「お疲れさま。どうした?」

「ちょっと、話があって……」

「わかった。すまないが、少し待ってくれるか」

カタカタ

「ええ……」

9 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:05:29.36 h2aLUo9m0 9/22


(まずは台本のこと。それがどうにもならなかったら……)

(……)

(実際に、する、ってどうすればいいのかしら……)

(キス顔を見せるくらいじゃなにもしてくれなかった)

(不意打ち…… それもいいけど)

(でも、やっぱり私は……)

「……」

カタカタ タン

「うーん……」

(ディスプレイに隠れて顔は良く見えない……でも、ちょっと近づけば、すぐにその顔が見える)

(もっと近づけば、真一文字に結ばれたその唇が)

(その唇に)

(……私が……?)

「……うん」カチ カチッ

「おまたせ……っとなんだ、近いな」

「あっ」

「?」

「ううん、なんでも……」

10 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:05:55.44 h2aLUo9m0 10/22


「なんか新しい悪戯でも思いついたか?」

「……そうね、そんなところ」

(私からしないと)

(この関係は、変わらない?)

  『別に脈が無いとワケじゃないと思うんだよね』
  『奏とのやり取り見てる限り』

(でも)

(……私から、なんて)

「仕事中にごめんなさい」

「それは大丈夫だけど……」

(できないならいっそ)

(演技とはいえ、ドラマの中でされてしまった方が)

(この変なわだかまりも消えるのかしら)

11 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:06:24.54 h2aLUo9m0 11/22


「奏?」

「あっ……ううん、なんでも。その……」

「ああ、その台本か」

「え? あ……ええ、これ」

「俺も目を通しておいた。もう読んだか?」

「うん…… それで、私」

「リテイク出してあるから」

「えっ」

12 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:06:50.04 h2aLUo9m0 12/22


「17Pだったっけ。キスシーンには修正だしてる。ちょうどいま送ったメール」

「……あ。そう、なの」

「そのことじゃないのか?」

「ううん、そのことだったけど…… 台本変えて大丈夫だった?」

「そのままが良かった、と言われてもちょっと困る」

「えっ」ドキッ

「未成年のキスシーンとかベッドシーンはあるといえばあるけど、PTAに槍玉にあげられたりするし」

「……そういうこと」

「そもそも事務所NG出していただろ」

「あ……やっぱり出していたのね」

「ああ。たぶん脚本家がノって書いたんだろう。もちろん通すわけにいかないから変えてもらうけど……まぁ、抱きしめられるくらいはあるかもしれない」

「そう……それくらいは大丈夫」

「話題性もなくはないし、話の流れとしてはあってもいいんだろうけどな。そこはそれ、これはこれ。オファーできた話なんだからNGはきっちり守ってもらうよ」

「……」ホッ

13 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:07:17.16 h2aLUo9m0 13/22


「これで解決したか」

「……そうね」

「でも、向こうがこの展開を無理矢理推してくる可能性はあるか。その時は……」

「その時は?」

「まぁ、どうにかして止めるよ」

「どうにかって」

「……カメラの前横切るとか」

「ふふっ、問題になりそう」

「なるかもなぁ。……まぁでも、些細なことだよ」

「アイドルを守るには」

「……ありがとう」

「いや。まぁ、仕事だしな」

「……」

「ん?」

「ふふふっ。照れ隠しが下手よ」

「……それは、どうも」

「はーっ…… なんか、一人で焦っていたの」

「そこは年相応で可愛かったかな」

「あら……プロデューサーさんに反撃されるなんて」

「はは、からかってるわけじゃなくて……」

「なくて?」

「……いや、なんでもない。可愛かったとはいえ、挙動不審だったのはいただけないか」

(誤魔化された……)

「あまり言い返せないのが悔しいわね」

14 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:07:48.79 h2aLUo9m0 14/22


「台本が変えられないかもって、焦って……キスシーンを演じるなら、練習が必要かな、なんて思っただけ」

「じゃあ練習は、いらなくなったな」

「そうね、残念。せっかく、いい練習相手がここに居るのに」

(そしてあなたはいつも、からかうなと、言ってくれる)

「からかうなよ」

(ほら。それでおしまい)

(の、はずだったのに)

「……でも、そうだな」

15 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:08:20.27 h2aLUo9m0 15/22


「え……?」

「うん。練習相手になれなくて残念かもって」

「……する気なんて無いくせに」

「奏ほどじゃない。なんて言ったら?」

「ずるい人」

「……でも、私もか。加蓮にも同じこと言われたわ」

「ふっ……はは、そうか」

「乙女の純情をからかって、どういうつもり?」

「ああ、いや悪い。怒らせるつもりじゃない」

「ただ、奏は…… あー」

「どうぞ」

「……ファーストキスは大切にしておきたいのかなって」

「!」

16 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:09:02.28 h2aLUo9m0 16/22


「……知ってたの?」

「いや、知らないけど」

「……」

「……」

「私って、そんなにわかりやすい?」

「まぁ、自分で思っているよりは。……もちろん、俺の知らないところもたくさんあるだろうけど」

「あまり見くびらないでくれよ」

「これでも速水奏のプロデューサーなんだから」

「……」

「表に見せる顔も、見せない顔も。どっちも見なきゃいけないし、見ることができる」

「だからアイドルじゃない奏に興味が無いってわけじゃ……」

「私、に?」

「あ…… いや、失言だ。忘れてくれ」

「……出来るかしら」

「頼むよ」

「ふふ…… 忘れないでいいなら、全部許してあげる」

17 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:09:28.03 h2aLUo9m0 17/22


「余計なこと言ったなぁ……」

「そっか。そんな風に想っていただけてるなんて」

「……参った。忘れなくていい」

「ふふっ。嬉しい」

「……」

「……やっぱり、キスは自分からする物じゃないわね」

「うん?」

「さっきまで、ドラマに捧げてもいいか、なんて思っていたの」

「それはまた……豪気だな」

「でも、プロデューサーさんが守ってくれるなら……無理に変わる必要は無いのね」

「ああ」

「でも奏は、だいぶ変わったと思う」

「そうね」

「プロデューサーさんに合っていなかったら、こんな風に笑っていなかったかもしれない」

18 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:10:05.66 h2aLUo9m0 18/22


「ねぇ。プロデューサーさん。立っていただける?」

「え? ああ」

ギッ

「……?」

「……うん。あの時も、こうだった」

「あの時……」

「プロデューサーさんに初めて会った時のこと」

「私、あの時からたくさん、たくさん変わってきたけど」

「変わってないものもあるのよ」

「海岸で出会った時のこと。覚えている?」

「……ここでキスできるか、って?」

「あの時の気持ち。まだ変わってない」

「……」

19 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:10:31.89 h2aLUo9m0 19/22


「ほら」

「あるよ、すぐここに。私の大切な物」

「少し背伸びをしたら、気付いてくれる?」

グッ…

「おい……ちょっ……」

「なんてね」

「……」

「ふふっ」

「顔が赤いよ。プロデューサーさん」

20 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:10:58.65 h2aLUo9m0 20/22


「やっぱり、キスは自分からするものじゃないわね」

「……待ってるって?」

「言わせないで欲しいし、言ってあげない」

「でも…… 私という台本の中で、いつかあなたに演じてもらわないといけないって。そう、思ってる」

「……」

「私の台本に、もうあなたの名前は消せないから」

「だから……ねぇ、立っていただける? プロデューサーさん」

「私の舞台に」

「…………ああ。光栄なことだと思っておくよ」

「願わくば悲劇より、喜劇がいいわ」

「保証はできないけど……やっぱり、練習しておいた方が良さそうだ」

「楽しみにしてる」

「続きは、無くなったキスシーンの後で」

「ね」

21 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:11:24.25 h2aLUo9m0 21/22


――事務所

ガチャ

神谷奈緒「おはようございます」

渋谷凛「おはよう」

加蓮「おっはよー♪」

「……加蓮?」

奈緒「なに、ニヤニヤしてんだ」

加蓮「えー、顔に出てた? うーんとねぇ……」

加蓮「喜劇的なおせっかい、ってとこかな」

奈緒「「?」」

加蓮「うふふふっ」





おわり




22 : ◆WO7BVrJPw2 - 2021/07/01 00:11:50.54 h2aLUo9m0 22/22


お読み頂きありがとうございました。
誕生日全く関係ない話だったけど、誕生日SSです。
書きたいこと書いてたらこうなった。
奏、誕生日おめでとう。あと、総選挙7位もおめでとう。


過去の奏誕生日SS よろしければどうぞ。

速水奏「特別な、プレゼント」
https://ayamevip.com/archives/53955111.html

速水奏「月の丘の裏側まで」
https://ayamevip.com/archives/54783524.html


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