1 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 01:43:31.67 xt8eLDEu0 1/508

「ええと……」

男性「こんなことになって、君には申し訳ないと思っている」

「ちょっと待ってください。そ、それじゃ……」

男性「…………」

「あいつがいなくなって、あの子は……」

男性「他に頼める人間がいないんだ、君以外には」

「…………」

男性「やってくれるか?」

「……分かりました」



「僕が、彼女の兄になります」






元スレ
妹「兄さんって呼ばせて下さい」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1307378611/
妹「兄さんって呼ばせて下さい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1307782586/

5 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 01:48:21.95 xt8eLDEu0 2/508

──自宅

「……もしもし、母さん?」

「うん、うん」

「そうなんだ。仕事がやっと決まった」

「はは、やっぱり、母さんの言った通りだったね」

「うん……あ、でも、それは……」

「ごめんね、こっちが落ち着くまでは戻れそうもないんだ……」

「……うん」

「分かったよ、頑張る」

「母さんも元気でね? また時間できたら、すぐに向かうから」

「うん、じゃあ、バイバイ」

「…………」


9 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 01:51:41.55 xt8eLDEu0 3/508

コンコン。

「失礼しまーす」

ガラガラガラ……。

「……え?」

「よっ! どう、元気にしてたか?」

「……す、すみません……ええと」

「ん? どうかしたか?」

「その……わたし」

「?」

「…………」

「もしかして、俺のこと、覚えてない?」

「……すみません」


12 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 01:55:29.78 xt8eLDEu0 4/508

「そうか……そうだなぁ」

「…………」

「こういう場合、どう言っていいのか、分かんないな」

「はぁ……」

「この際、しょうがない。単刀直入に言うね」

「実は俺、君の兄なんだ」

「……え?」

「覚えてない? 顔とか、声とか」

「……え、す、すみません」

「……そうか、覚えてないかぁ」

「…………」

「あっ、そんなに落ち込まないで」


14 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 02:01:10.51 xt8eLDEu0 5/508

「わたし……昔のこと、全然覚えてなくて」

「…………」

「気がついたときには、このベットで横になってて」

「うん」

「何にも分かんないです……どうなったのかも、自分のことも」

「……うん」

「悪気があるわけじゃなくて」

「……いや、すみません。これは、ただの言い訳ですよね……」

「いいんだ。気にしなくていいよ」

「……はい」

「…………」

「ちょっと疲れさしちゃったみたいだね」

「……うん、日を改めて、また来るから」


15 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 02:05:45.51 xt8eLDEu0 6/508

──病室前

「…………」

男性「どうだった?」

「全く、気づいた様子ではないです」

男性「それは良かった」

「でも、いいんですか?」

男性「何が?」

「こんな偽るような真似して、後で問題になりませんか?」

男性「親の私がいいと言ってるんだ。その責任は、私が負う」

「でも……」

男性「君が、そんなに難しく考えることはない」

男性「ただ、言われた通りにあの子の兄代わりをして欲しい」

「…………」



19 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 02:13:06.51 xt8eLDEu0 7/508

男性「君も、あの子の手首を見ただろう?」

「それは……」

男性「大惨事だったんだ」

男性「風呂場が血の海で、それを見た妻は失神してしまった」

「…………」

男性「これ以上、もう誰も失いたくない。分かってくれるか?」

「はい……」

男性「良かった。それに、これは君にも利がある話なんだ」

男性「だからくれぐれも、良心の呵責に耐えきれなくなって」

男性「あの子に打ち明けるなんてことは、ないようにしてくれ」

「……分かりました」

男性「よし。なら、会社に行っていいぞ」

「はい、社長」


22 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 02:20:24.07 xt8eLDEu0 8/508

──会社

ドサッ。

「……え?」

上司「この仕事、明日までに終わらせておくように」

「ちょ、ちょっと待ってください」

上司「ん?」

「こんな量……ただでさえ、入ったばかりですし……」

上司「そんなの言い訳になるか?」

「……いえ、失言でした」

上司「徹夜してでも終わらせろ。いいな?」

「はい……」

上司「あ? なんだよ、その不服そうな返事は」

「…………」


26 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 02:25:31.68 xt8eLDEu0 9/508

上司「フン、いいよなー?」

上司「こんな不景気でもコネがあるお坊ちゃん様はさー」

「…………」

上司「中途採用のお前を入れるために、こっちは仲間を一人左遷してるんだ」

上司「加えて、新しく入った奴は即戦力にもならないと来てる」

上司「どれだけ皆の仕事が増えたと思ってるんだ?」

「申し訳ない……です」

上司「そんなのデスクワークなんだから、さっさと済ませろ」

上司「慣れたらすぐに、外出てもらうからな?」

「……はい」

上司「ほんと、上の奴は何考えてるか、分かんないわ」

上司「この糞忙しい時に、新卒より使えないボンクラ入れやがって……」

「…………」


29 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 02:31:18.14 xt8eLDEu0 10/508

──自宅

「……ただいまー」

「…………」

「はは、空しいな」

「返事がないの分かってるのに、慣れでいつも言っちゃう……」

「……ふぅー」

「さて、明日の出勤まで、残り二時間」

「……これじゃあ、眠れないなぁ……」

「…………」

「……俺が、兄……か」

「…………」

「なぁ、親友」

「なんで、お前……死んじゃったんだ……?」


33 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 06:00:55.21 xt8eLDEu0 11/508

──病院

コンコン。
ガラガラ……。

「……あ」

「うん、また来た」

「お、兄さん……?」

「もしかして、思い出した?」

「いや、違うんです。ただ、前にそう言ってたから……」

「あーそうか……ごめん」

「いえ……」

「え、ええとさっ」

「は、はい」

「……どう? 体の調子とか」


44 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 17:04:58.62 xt8eLDEu0 12/508

「体はもう回復してるみたいですけど……」

「お医者さんの話だと、まだ安静が必要だって」

「そうか」

「呼び方は、『兄さん』……でいいですよね?」

「あー……」

「えっと、前は違いました……?」

「……そうだなぁー、昔は──『お兄ちゃん』だったなぁ」

「『お兄ちゃん』?」

「うん、小さい頃からずっと、そう呼ばれてた」

「自分で言うのもなんだけど、本当に仲の良い兄妹だったんだぞ?」

「そうだったんですか……すみません、思い出せなくて」


45 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 17:06:10.16 xt8eLDEu0 13/508

「いいんだ、焦る必要なんてないから」

「はい……」

「うん」

「……『兄さん』……ね」

「…………」

「……あの、『お兄ちゃん』?」

「ん?」

「仲が良かった昔の話……聞かせてもらえないですか?」

「…………」

「それを聞いたら、わたし、もしかしたら……」

「……そうだなー」

「あれは、まだ俺が小学生で」

「近所にいる仲のいい友達といつものように遊んでたんだ」

……………。
………。


47 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 17:07:04.44 xt8eLDEu0 14/508

『おーい、こっちだ!』

親友『悪い悪い、遅くなって』

『約束の時間から、もう一時間も経ってるぞ?』

親友『実はさ……その』

『…………』

『ん?』

親友『ええと、なんだろ、俺の妹?』

『妹? お前に妹なんて、いたっけ?』

『うぅ……』

親友『すごく人見知りする奴でさ……ほら、挨拶しろって』

『そ、その……はじ、初めまして……』

『う、うん……』


48 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 17:08:26.01 xt8eLDEu0 15/508

親友『遊びに行くっつったら、今日は「私もついてく」って言うんだ』

親友『だからさ……』

『……うぅ』

『……別にいいよ』

親友『本当か? ごめん……ありがとう』

『気にすんなって! よし!』

『……ん?』

『今日から、お前は、俺の妹になるっ!』

『ふへぇ……?』

親友『は……?』


49 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 17:09:21.34 xt8eLDEu0 16/508

『親友の妹なら、それこそ、俺の妹でもあるわけだろ?』

『お、お兄ちゃん……』

親友『いや、えっと……』

『ん? 親友のことは『お兄ちゃん』って呼んでるのか』

『あ、うん……』

『なら、俺のことは……』



『──『兄さん』にしようっ!』





54 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:02:58.27 xt8eLDEu0 17/508

──社長室

「……失礼します」

ガチャ。

男性「おー、来てくれたかっ」

「はい……それで、ご用件は……」

男性「もちろん、あの子のことだよ」

男性「最近、余り時間が取れなくてな……病院に行けてないんだ」

「そうですか……」

男性「どうだ? 彼女の様子は?」

「日が経つにつれて、元気を取り戻してるように見えます」

男性「うん、うん。それは良かった」

「はい……」


55 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:10:26.87 xt8eLDEu0 18/508

男性「……ん? 浮かない様子のようだな?」

「え……」

男性「もしかして、会社内のことか?」

男性「確かに、無理やり入れこんだ感があるから」

男性「初めのうちは、君も苦労することだろう。しかし……」

「……いや、そのことではなくて」

男性「ん?」

「彼女のことです」

男性「私の娘の話か?」

「はい」

男性「……どうした? 何が問題だ」

「これは……いつまで続ければいいんでしょうか?」

男性「…………」


56 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:11:41.16 xt8eLDEu0 19/508

「今はまだいいです。彼女が思い出さないうちは、まだ」

男性「けれど?」

「僕には分からないんです。この仕事の、終わりが」

男性「終わり……か」

「何をもって達成とするんですか?」

「彼女が事実を一人で、受け止められるようになってから?」

男性「……それは、恐らくない」

「…………」

男性「事実がばれたら、そこで全て終わりだよ」

男性「私はまた大事なものを失う。それだけは避けたい」

「……だから、永遠に隠し通せと?」

男性「いいか。そう難しく考えることなんかじゃないんだ」

「…………」


57 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:12:47.15 xt8eLDEu0 20/508

男性「君は死んだ私の息子の代わりをする」

男性「自責の念にかられている娘の兄となる」

「……はい」

男性「幸いにも、生前の息子と私の関係は良好なものではなかった」

男性「会社の人間で、成人した彼の顔を知っているものはいない」

男性「それに……今、この会社には不穏な空気がたちこもっているからな」

「……というと?」

男性「時期が来たら、また知らせる」

男性「どう転んでも、君には悪い話ではない。だから、心配するな」

「……はい」

男性「あと、そうだな」

男性「そろそろ、機会を設けるから、私の妻にも会って欲しいな」

「……分かりました」

男性「よし、話は以上だ。職務に戻って欲しい」


59 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:35:33.93 xt8eLDEu0 21/508

──病院

「……お兄ちゃん?」

「あ、うん?」

「すごい思い詰める顔してましたよ?」

「そうだったか……いや、最近、少し仕事で疲れててね」

「大丈夫ですか?」

「はは、病人のお前に心配されるなんてな」

「ふふ、そうだ。お話でもしませんか?」

「話?」

「そうそう、両親のこと聞かせてください」

「ええと……」

「ん?」

「それは、お前の父親と母親の話か?」

「もちろん、そうですけど……」


60 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:36:17.11 xt8eLDEu0 22/508

「あっ、うんとな……」

「父さんは……その、ちょっと強面の人だったろ?」

「あ……はい」

「初めて見た時、どう思った?」

「その……正直な感想言っていいですか?」

「うん。親父には内緒にしとくよ」

「……実は、結構、怖かったんです……」

「はは」

「だから、その父に「明日、お前の兄が見舞いに来るぞ」って言われた時」

「どんな怖い男の人がくるのかと、心配でした」

「ほほう、それで」

「でも、実際の兄はとっても優しそうな方で」


61 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:36:55.22 xt8eLDEu0 23/508

「だから初めて会った時、兄じゃない人だと思ってました」

「……うん」

「……その……ええと」

「ん?」

「もしかしたら、わたしのこ、恋人だったり……したらなーみたいな……」

「『恋人』……か」

「いやっ、そのもちろん……違ったわけですけど……」

「昔のお前には恋人はいたのかなぁ……」

「その辺、お兄ちゃんも知らないですか?」

「プライベートについては、あまり話さなかったしなぁ」

「……私って、今」

「うん、大学生」

「だったら、恋人の一人や二人くらい、いてもおかしくないですよね……」


62 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:37:56.93 xt8eLDEu0 24/508

「二人いたら困るけど、まあ、そういう年頃だよな」

「もしかして……わたしって、ブスだったりします……?」

「……は?」

「その……恋人みたいな人が来ることもないですし」

「今は、自分の顔を見ても、なんだか自分のじゃない気がして」

「…………」

「お兄ちゃんから見て、わたしってどうですか?」

「……ええと」


63 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:38:44.36 xt8eLDEu0 25/508

「正直に言ってください。気を使ったりは、絶対しないで」

「…………」

「……綺麗だよ。普通に」

「ほんとに?」

「ああ、もしも、俺が兄じゃなかったら……」

「お前を好きになってたかもしれないな」

……………。
………。


69 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 18:58:35.82 xt8eLDEu0 26/508

親友『おらー、当たれっ!』

『きゃっ!』

ビューン……。

親友『あっ、やちった』

『おいおい、どこ投げてんだよ。草むらのほうに行っちゃったぞ?』

親友『くそぉ……なんで、お前、当たんないんだよ』

『お兄ちゃんこそ、本気で妹に当てにいくなんて、たち悪いよ……』

『いいから、取ってこいって。多分、川までには行ってないと思うから』

親友『うー、めんどくせぇなぁ』

『はやくっ』

親友『分かったよ……でも、今度こそ、お前に当ててやるからな!』

『はいはい』

たたたたっ……。


72 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:00:29.43 xt8eLDEu0 27/508

『やっと行ったな』

『だね』

『しかし、こんな遊びに参加しなくてもいいんだぞ?』

『うーん……』

『玉当たると、痛いぞ?』

『でも……外で見るだけじゃ、つまんないし』

『いいんだよ、女の子はそれで』

『学年も全然違うんだし、無理するなよ』

『……うぅ』

『怪我したらどうすんだ。俺の母さんがいつも言ってるんだ』

『なんて?』

『『女の子への傷は一生もんだから』ってさ』


74 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:01:20.77 xt8eLDEu0 28/508

『ええと……意味わかんないかも』

『実は俺も分かってない』

『なにそれ、ふふっ』

『ははっ』

『あっ、兄さん』

『ん?』

『ここほら、血が出てる』

『あーほんとだ……でも、これぐらいの傷……』

『駄目だよっ! ばい菌が入っちゃったらどうするのっ!』

『えっでも、いつもはこんなの……』

『ほら、こっち来て』

『お、おう……』


75 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:02:39.13 xt8eLDEu0 29/508

ガサガサ……。

『確かここに、キティーちゃんのバンドエイドがあったはず』

『お、おい……?』

『うん、あった!』

『やっ、やめろって、そんな女っぽいやつ』

『いいから、じっとしてて』

『…………』

『消毒して……貼って……これで、よしっと』

『……あ、ありがと』


76 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:07:39.35 xt8eLDEu0 30/508

『ううん、いつも兄さんには優しくしてもらってるし』

『それに……やっぱり、使う時に使わないとね』

『?』

親友『おーいっ! ボール見つかったぞっ!』

『あっ、お兄ちゃん戻ってきた』

『…………』

『ほら、兄さんっ! 行こっ!』

『う、うん』


77 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:23:18.90 xt8eLDEu0 31/508

──会社

「ふぅ……終わった」

上司「ん?」

がたっ。

上司「どうした? 俺はもう帰るぞ?」

「頼まれていた仕事、とりあえず、全て終わりました」

上司「ほう……」

「慣れるまで時間がかかってしまい、申し訳ないです」

「いままでパソコンを使った作業をしてこなかったもので」

「本当にご迷惑をおかけしました」

上司「……ふむ」

「それで、追加のお仕事があれば早速……」

上司「いや」


78 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:24:17.35 xt8eLDEu0 32/508

「え?」

上司「今日はもう帰りなさい。今まで毎日、残業だっただろ?」

「ですが……」

上司「いいんだ。警備の人からも話は聞いてる」

「ええと」

上司「毎日、夜遅くまで、時には明け方まで……本当に頑張ったな」

「…………」

上司「初めは全てにおいて鈍臭いし、やることは不慣れだし」

上司「本当に困ったやつを部下にさせられたものだと憤慨した」

「……申し訳ないです」

上司「だが、人一倍の根性は持ってるみたいだ」

「え?」


79 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:24:58.13 xt8eLDEu0 33/508

上司「そういう奴は大成する」

上司「文句も言わずに、仕事を黙々とこなす奴を俺はもう貶さない」

「……あの」

上司「四ヶ月、本当に大変だったな」

上司「明日からはもう新入りみたいな仕事はしなくていい」

「…………」

上司「俺が進めている新規の顧客との会談に付いてこい」

上司「少なからず、得るものはあるはずだと思うぞ?」

「……はいっ」

「よろしくお願いしますっ!」


82 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:35:46.59 xt8eLDEu0 34/508

──自宅

「……ふぅ……」

「今日も一日が終わった……っと」

「よし、母さんに電話しようか」

ピッ……ピピッ。

「……もしもし」

「あっ、うん。夜遅くごめんね」

「もう時間過ぎてる? あーそうか、でも電話、大丈夫?」

「うん……あ、うん」

「いや、こっちの仕事がうまくいきそうなんだ」

「ん……ははっ、やっぱり、声が違う?」


83 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 19:36:50.56 xt8eLDEu0 35/508

「うん……頑張るよ」

「みんなに認められるように……失敗はしちゃいけないよね」

「うん、それは分かってる」

「……そうだね」

「俺も戻りたいんだけど……まだ、ちょっと難しそう」

「うん……」

「土日はいつも用事が入っててさ……」

「もう少しすれば、こっちも落ち着けると思う」

「うん……だから、その時にね」

「ん、じゃあ、また」


102 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:27:36.17 xt8eLDEu0 36/508

──病院

「ちょっと質問してもいいですか?」

「ん? なに?」

「お兄ちゃんは……お父さんの会社で働いてるんですよね?」

「あ、うん」

「いつぐらいから?」

「そうだな……ぶっちゃけの話でもいいか?」

「はい」

「実は、今年に入ってからなんだ」

「ええと……じゃあ、その前は」

「んと……まあ、フリーターみたいなことをしてた」

「じゃあ、どうしてまた急に?」

「やっぱり、今のままじゃ駄目かなって」


103 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:28:23.46 xt8eLDEu0 37/508

「長い目で、将来のことも考えて……でも、そうだな」

「自分の限界を知ったというか、ある意味、逃げてきたのかもしれない」

「うん……そんなところだ」

「その実は……」

「ん?」

「昨日、初めてお母さんに会ったんです」

「あ、うん」

「その、今までは記憶を失ってるわたしと会う覚悟がなくて」

「でも、勇気を振り絞って会いにきたって、そう正直に話してくれました」

「……そうか」

「嬉しかったです」

「優しそうな方で、どことなく顔立ちも自分と似てて」


104 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:28:58.46 xt8eLDEu0 38/508

「本当にわたしはこの方の娘なんだなって……そう実感できました」

「それは良かった」

「それで、その時にこれ……」

「なんだろ? ええと……写真?」

「はい」

「映ってるのはお前だな。大学の入学式か?」

「そうです。お兄ちゃんも覚えてます?」

「……ああ」

「お母さんは、他にもいっぱい思い出の写真を持ってきてくれたんですけど」

「これだけは唯一、ちょっと違って」

「どういうことだ?」


105 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:29:28.16 xt8eLDEu0 39/508

「……お兄ちゃんが」

「俺が?」

「撮ってくれたんですよね」

「…………」

「お母さんが言ってました」

「『お兄ちゃんは写真家を目指してた』って」

「……それは」

「そう言った後、お母さんは……」

「少し、まずいこと言ってしまったような顔をしてました」

「……そうか」

「目指してたんですよね、写真家」

「うん」

「でも、どうしてやめちゃったんですか……?」

「…………」


106 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:30:44.85 xt8eLDEu0 40/508

「すみません、人の傷口をえぐるみたいな真似をして」

「でも、その話を聞いた時に何か胸の奥で、ひっかかるものがあって」

「きっとそれは、自分の記憶を取り戻すきっかけになるんじゃないかなって」

「本当に、ごめんなさい……でも、無理なら」

「……そうだな」

「お兄ちゃん?」

「俺は小さい頃から、写真の魅力に取り付かれてた」

「人の一瞬、物事の一瞬」

「その場面で一番最高な瞬間を、写真という形で後世に残す」

「そんな仕事をする写真家に、憧れていたんだ」

……………。
………。


112 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:44:41.46 xt8eLDEu0 41/508

親友『…………』

『あーつまんねーな……』

親友『そういえば、もうすぐ小学生卒業だな』

『うん、あっという間だった』

親友『中学生かー』

『正直、心配だよな』

親友『何が?』

『ほら、お前の妹』

親友『ああ……』

『俺たちがいなくなっても、ちゃんとやってけるかな』

親友『大丈夫だろ? 見てくれはいい方だしさ』


113 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:45:28.59 xt8eLDEu0 42/508

『どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら』

親友『はは、お前、そんなこと心配してんのか』

『……ちょっとだけね』

親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』

『どうする?』

親友『妹が必ず、俺たちに相談してくるはずだから』

『つまり、その時に──』

親友『『そいつをボッコボッコにしてやろうっ!』』

『ぷっ』

親友『くっ』

親友『『はははっ!』』


114 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:46:00.28 xt8eLDEu0 43/508

『やっぱり、お前とは気が合うよっ』

親友『俺も今、同じこと考えてた』

『このまま、二人で仲良くやっていければいいよな』

親友『それこそ、妹もいれて三人でな』

『ああ……』

親友『なんだ? どうかしたか?』

『いや、もしあいつが男の子だったらなって思ってさ』

親友『ああ、そしたらもっと楽しかっただろうな』

『うん……余計なこと考えなくても済むし』

親友『……余計なこと?』

『……察してくれ』

親友『まあ、もう少ししたら俺たちからは離れていくかもな』


115 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:46:34.85 xt8eLDEu0 44/508

『四年違いか』

親友『そういうこと』

『……で、さっきからお前、何見てんだ』

親友『これのこと?』

『うん』

親友『いや、世界を旅してる写真家の本』

『そんな本見て、楽しいか?』

親友『めっちゃ楽しい』

『ふーん……それはよく分かんないわ、俺』

親友『すごいんだけどなぁ……』


116 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:56:00.79 xt8eLDEu0 45/508

──親友宅

女性「今日は、よく来てくださいました」

「いえ、こちらこそ……」

「本来なら、もっと早く、お伺いすべきでした」

女性「いいですよ。その辺の事情は聞いていますから」

「申し訳ありません……」

女性「どうぞ、線香をあげていって下さい」

女性「きっと、あの子も」

女性「長いこと、あなたに会いたがっていたはずですから」

「…………」


118 : 以下、名... - 2011/06/07(火) 23:56:25.82 xt8eLDEu0 46/508

女性「久しぶりに親友同士が対面するんですね」

女性「きっと話したいこと、考えたいことがあると思いますので」

女性「私はリビングの方で待っております」

女性「全てが終わったら……そちらの方で、お話しましょうね」

「ご配慮ありがとうございます」

女性「気を使わず、ゆっくりとなさっていって下さい」

女性「こうやって遺灰をまだお墓に入れないのも、あなたのためでしたので」

「…………」

女性「では、また」

ガチャ……。


120 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:17:14.23 LURKkJPd0 47/508

「…………」

「…………」

「……っ」

「……は、はは……」

「久しぶりに会ったと思ったら……」

「こんな小さな壷に入っちゃうって……」

「……何してんだよ……お前」

「どうしてこんなことに……なっちゃったんだよ……」

「ああ……」

「…………」

「……昔のこと、お前は覚えてるか?」

「確か、あれは俺たちが中学生だった頃」


121 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:17:46.31 LURKkJPd0 48/508

「漫画の巻頭グラビアにあるアイドルに俺が目を離せなくて」

「そんで、お前にも共感して欲しくて見せたらさ」

「いちいち、アイドルのポーズについての批判しまっくって」

「そんなの誰も聞いてないって言うんだっ」

「そんで、俺が言った」

「『だったら、お前の言う最高のポーズはどれだよ』って」

「そしたらお前、嬉しそうに鞄からどこぞの写真集持ち出してきてさ」

「『このシーンはここが凄い』『このアングルはこの場面だから生きる』とかさ」

「でも俺からすれば、その写真は全部、白黒だったから」

「はっきり言って、微妙だったんだよ」

「そしたら、そんな俺を見かねて、お前はこう言ったよな」


122 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:18:47.02 LURKkJPd0 49/508

「『なら、この本の中でお前が一番好きな写真はなんだ?』ってさ」

「…………」

「分かったよ、もちろん、分かってる」

「本当、お前ってやつはさ……死んでもなお、厄介な奴だ……」

「でも……今は無理なんだよ」

「それよりも、大切なことがある」

「お前なら、全て成し遂げろって言うと思うけど」

「不器用な俺は、どうやったって器用にはできないんだ」

「結局、何かを為すためには、何かを犠牲にしなきゃいけない」


123 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:19:41.59 LURKkJPd0 50/508

「だから、分かってくれ」

「お前の気持ちは分かる……でも、それでも」

「本当に……ごめんな……」

「……要するに、俺は──」




「敗者になっちまったんだよ……」






126 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:46:15.71 LURKkJPd0 51/508

──病院

「……結局、あいつの形見を渡されちゃったな」

「カメラ……」

「……まだこれ、使ってたのか……」

「…………」

「よし、切り替えないと」

「ふー……」

コンコン。
ガラガラ……。

「あっ、お兄ちゃん」

「よっ!」

「今日も、来てくれたんですね」


127 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:46:52.02 LURKkJPd0 52/508

「そりゃ、愛しの妹のためだからな」

「ふふ。今日は一段と機嫌がいいみたい」

「何か、良いことでもありました?」

「そうだなぁ……」

「……久しぶりに、大切な人に会えたかな」

「……大切な人、ですか」

「深い意味はないよ。ただ、懐かしかったんだ」

「懐かしい?」

「今まで、無駄に逃げ回ってたんだけど」

「会ってみると意外と気楽に話ができた」

「……いいですね、そういうの」

「もっと早く、それこそな……」


128 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:47:55.61 LURKkJPd0 53/508

「色々、話さなきゃいけないことがあったはずなんだ」

「はは。俺は、やっぱり、どうしても駄目人間だよ」

「でも、お兄ちゃん」

「ん?」

「これからがあるじゃないですか」

「…………」

「やっと、その人と仲直りできたのなら」

「これからの関係を大切に。幾ら、過去を悔やんでも仕方ないんですから」

「……ああ」

「今度、また会ったら、色々話し合ってくださいね」

「そうすれば、今までのわだかまりもきっと……」

「いつかは時が解決してくれるはずですから」

「…………」


129 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:48:39.22 LURKkJPd0 54/508

「……そう、だな」

「また会ってみるよ」

「はいっ」

「それこそ、かなり時間がかかっちゃうかもしれないけど」

「いつか、きっと。また、会える日が来るはずだからさ」

「……?」

「気付かせてくれて、ありがとう」

「……あの」

「ん?」

「わたし、もしかして、見当違いなこと言っちゃいました?」

「そんなことないって」


130 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 00:50:10.97 LURKkJPd0 55/508

「……でも」

「それよりっ」

「え?」

「ほら、これ」

「……あっ、カメラ?」

「今から撮るぞ? 最高の表情してくれよ?」

「え、ええとっ、そんな急に……っ」

「ハイチーズ」

「あっ……」

……………。
………。


188 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 20:58:53.69 LURKkJPd0 56/508

パシャ!

『なっ……』

『もう不意打ちやめてよ、お兄ちゃんっ!』

親友『はは、ごめんごめん』

『ったく、このカメラ好きめ……』

親友『でも、我ながら、今のはいい感じに撮れた』

『ほんとに?』

親友『ああ。いつに増して、可愛く写ってる』

『ふふ、ならいいや』

『そうやってすぐに甘やかすなよ。だから、調子に乗るんだぞ?』


189 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 20:59:39.50 LURKkJPd0 57/508

『でも、兄さんとツーショットだったよ?』

『いや……まあ、うん』

『あとで、焼き増し貰おうね』

『……お、おう』

親友『はは、いつもお前は妹に弱いな』

『うるさい。いいから、お前も宿題手伝え』

親友『だから、俺の答えを見せてやってるじゃん』

『時間がないんだって。書き写し手伝ってくれよ』

親友『そこまでは面倒見切れないって。頑張れ』

『……はぁー』


190 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 21:00:07.22 LURKkJPd0 58/508

『兄さん』

『……ん?』

『わたしは手伝ってるから、えらいよね』

『ほんと、お前は兄と違って優しいやつだなぁ』

『いいのいいの。困ったときはお互い様』

親友『……ほー、お前もそんな言葉知るようになったのか』

『まあね』

『四歳も年下には見えないな。えらいえらい』

『へへへ』


191 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 21:00:44.31 LURKkJPd0 59/508

親友『…………』

親友『よし』

パシャッ!

『あっ、お前っ!』

『あれ? 今、もしかして、お兄ちゃん撮った?』

『フィルムをかせーっ!』

親友『やなこった!』

『ま、まてっ! 逃げるなぁ!』

だだだだだっ……。


195 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 21:21:58.27 LURKkJPd0 60/508

──親友宅

男性「わざわざ、来てもらってすまない」

「いえ」

男性「今後について、改めて、話し合う必要が出てきた」

女性「…………」

「それは……」

男性「母さん」

女性「実は、あの子の退院が昨日、決まったんです」

「……退院ですか」

男性「もちろん、私は反対したよ」

男性「ずっと病院にいてくれたほうが、安心だからだ」

男性「……だが」

女性「それじゃあ、あの子が可哀想だと思いまして」


196 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 21:22:51.99 LURKkJPd0 61/508

女性「私がこの人を説得したんです」

「……その、記憶の方は?」

男性「まだ戻ってない」

「……はい」

男性「だからこそ、形としては自宅療養となると思う」

男性「医者は前の環境に合わせたほうが、記憶の戻りの促進に繋がると言っている」

男性「いや……本当は、思い出してなど欲しくないのだがな」

女性「…………」

男性「私たちからすれば、今のままの彼女でいい」

男性「確かに、思い出を共有できないという悲しさはあるが」

男性「……あの子の命には替えられないからな」


197 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 21:23:20.53 LURKkJPd0 62/508

「じゃあ……大学は?」

女性「そのことなんですが、実は、学長さんに休学願いを提出しました」

「そうですか……」

女性「記憶がないあの子からしたら、見る人会う人が初対面のはずですし」

女性「下手に仲良かった人たちと出会ったら、逆に混乱しちゃうと思うんです」

「…………」

男性「……君が言いたいことは分かる」

男性「だが、私たちにはもう他に選択肢がない」

「はい……」

男性「分かってくれ……親の私たちでさえ本当は辛いんだ」

女性「…………」

「…………」

男性「……そこで、君に折り入って話がある」


204 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:16:21.60 LURKkJPd0 63/508

「……話?」

男性「いや、ここからが今日の本題だと言ってもいい」

「……どういった話でしょうか?」

女性「その前にまずは謝らせて下さい」

「謝るって……」

女性「あなた」

男性「ああ……」

男性「子供たちと昔からの付き合いだった君に」

女性「死んだ息子の代わりになってくれ、なんて残酷な真似をしてしまい」

男性「本当に、申し訳ないことをした……」

女性「この通り、申し訳ありません」


205 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:16:37.31 LURKkJPd0 64/508

「そ、そんなっ、いいから、顔を上げて下さいっ」

男性「にもかからずっ」

「……えっ?」

ダンッ!

「……立ち上がって、一体、何を……」

女性「……ごめんなさい」

「……あ……」

ドン……ドン……。

「…………」

「……あ」

「ああ」

男性「…………」

女性「…………」


206 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:17:05.61 LURKkJPd0 65/508

「──僕に土下座なんてやめて下さいっ!」

男性「頼むっ! この通りだっ!」

「いいからっ、早く立って……」

男性「あの子が退院しても、彼女の兄を演じ続けてくれ!」

男性「この家に住んで、この家で、あの子を支えてやってくれっ!」

女性「一生のお願いです……っ」

「……そんなこと、言われなくても……っ」

「……って」


207 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:17:33.71 LURKkJPd0 66/508

「……あれ?」

男性「……いいのか?」

「え?」

男性「文字通り、始めたら最後……」

男性「君は息子の代わりをするだけじゃなくなるぞ」

「……それは……」

男性「端から見れば、君は私たちの息子となる」

「……俺が……?」

「……息子……」

………。
……………。


208 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:17:57.31 LURKkJPd0 67/508

親友『なあ、知ってるか?』

『ん?』

親友『世の中には、「弱肉強食」って言葉があるだろ?』

『ええと、弱いものは強いものに食われるってことだっけ?』

親友『そうそう、もっと具体的に言うとさ』

親友『この社会は弱い奴の犠牲によって栄えてるってこと』

『……う、ん』

親友『お前はそれ、どう思う?』

『つまり、強者と敗者がいるってことだよな』

親友『そうそう。んで、敗者は要は社会の犠牲者みたいな感じかな』

『……んーなんだろうな』


210 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:18:26.53 LURKkJPd0 68/508

親友『結局、勝者ってのは、自分の思い通りになんでも出来る訳』

親友『でも、みんなが思い通りに行動をしてたら、社会が回らなくなる』

『それは俺でも分かるよ』

親友『じゃあ、我慢してるのは?』

『敗者?』

親友『そういうこと』

『……うわぁ……大人になりたくねぇな……』

親友『もし仮にさ、将来、俺たちが勝者じゃなくて敗者になっちまった時』

親友『どうすれば、そこから抜け出せられると思う?』

『いや、もう無理なんじゃない?』

『貧乏くじ引いてる時点で、もう泥沼じゃん』

親友『うん……そう普通は思うよな』


211 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:19:05.77 LURKkJPd0 69/508

親友『でも俺、気づいちゃったんだよ』

『何を?』

親友『とっておきの、抜け出し方法』

『……え?』

親友『実は、すごい簡単な事なんだ。なんで、みんな知らないのってぐらい』

『教えてくれよっ』

親友『仕方ないなぁ。本当は誰にも言いたくないんだけどな』

親友『……お前だけは特別だ』

『さすがっ!』

親友『方法は簡単さ。よく聞いとけよ?』

親友『それは──』

……………。
………。


212 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:19:36.52 LURKkJPd0 70/508

男性「……断るのなら、この瞬間にして欲しい」

男性「始めてしまったから、辞めたいと言われても困るんだ」

「…………」

男性「前に君は私に聞いた。『終わりはいつですか』と」

男性「分かるだろ? 終わりがあるとしたら、今だ」

「……はい」

男性「……終わりにしてくれてもいい」

男性「だが、今のあの子は、君をこの世界で一番頼りにしている」

男性「本当の兄じゃないと疑うことも知らずに、信じきっている」

「…………」

男性「実の兄が、自分のせいで死んでしまい」

男性「ついには自責と後悔の念に耐えきれず」

男性「自分が自殺未遂を謀ったということも知らない」

「……っ」


213 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:20:08.98 LURKkJPd0 71/508

男性「残念ながら、彼女に必要なのは私たちじゃないんだ」

男性「私たちが代わりをやれるなら、何を捨ててでも成し遂げる」

男性「けれど、現実は不条理だな」

男性「あの子が、この世界で、唯一必要としているもの……」

男性「皮肉にも、それは君なんだ」

「……それは」

男性「止めてくれても、一向に構わないぞ」

男性「けれど、君には捨てられるのか?」

男性「あの子を……──見殺しに出来るか?」

「…………」


217 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:34:20.65 LURKkJPd0 72/508

──病院

パーンっ!

「きゃっ」

「退院おめでとうっ!」

「お兄ちゃん……もう、びっくりしました……」

「はは、それは良かった」

「もう、病院でクラッカーなんて迷惑ですよ?」

「妹の新たな門出なんだ。せめて盛大にと思ってな」


220 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:51:29.01 LURKkJPd0 73/508

「めっ、ですよ」

「なんだそれ」

「あれ、わたし、なんか変なこと言いました……?」

「言っただろ。『めっ』て」

「俺をやんちゃな子供だと思って、言ったのか?」

「いや、その……なんか、不意に」

「ていうか、そもそも、お兄ちゃんが悪いんですから」

「もっとすまなさそうにしないと、駄目です」

「まあ、確かにそうだな」

「ニヤニヤしないっ!」

「無意識なんだから、許して」

「だーめーですー」


221 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:51:52.32 LURKkJPd0 74/508

「ならこの顔は?」

「どことなく小馬鹿にされてるみたいです」

「……んー、ならこれ」

「……今度は、イヤらしいですね」

「なら……んっ、よしこれでイケメンになったろ?」

「……はぁ」

「今日はいつになく、テンション高いですね」

「でも、そんなことしてると、彼女さんに嫌われますよ?」

「そう思うだろ?」

「……えっ」

「こう見えてもな、俺の学生時代はなー」

「は、はい」

「…………」


222 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:52:06.87 LURKkJPd0 75/508

「やっぱり、モテなかった」

「……ですよね」

「同意しないでくれない? ちょっと悲しいよ?」

「そう言われても……」

「しかし、最近のお前って、毒舌じゃないか?」

「ほんと、初めのしおらしい子が嘘のようだ」

「それはわたしが言いたいです」

「なんで?」

「お兄ちゃんも、前はもっと丁寧なしゃべり方でした」

「そうか?」

「覚えてないんですか? 例えば……」


223 : 以下、名... - 2011/06/08(水) 22:52:16.33 LURKkJPd0 76/508

「『いいんだ。気にしなくていいよ』」

「『ちょっと疲れさしちゃったみたいだね』」

「『……うん、日を改めて、また来るから』」

「……確かに」

「少女漫画に出てくる好青年みたいでした」

「いいんだ。今の方が本来の俺に近いし」

「ちょっとげんなりですね」

「それより……そろそろ、家に向かうか」

「あっ、はい」

「病院の横に車を止めてあるんだ。急ごう」


293 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:39:27.74 5XIqJLN+0 77/508

――車内

「そうだ、少し言い忘れたことがあった」

「何ですか?」

「ほら、父さんと母さんの二人、今日、病院に来なかっただろ?」

「……あ、はい」

「ちゃんとした理由があるんだ。話してもいいか?」

「別に……特に何とも思ってませんよ」

「いや、聞いてくれ。二人とも本当は来たがっていたんだけど」

「…………」

「親父は取引先との急な仕事が入って、休日出勤」

「お袋は、親戚の方が突然倒れたっていうんで、急いで病院に行ったんだ」

「……そうですか」


294 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:39:52.93 5XIqJLN+0 78/508

「二人とも悪気があったわけじゃない」

「お前の病院に行こうとするのを、俺が何とか食い止めて」

「だからさ、今日は俺だけだったけど、許してくれよ?」

「……ふふ」

「へ?」

「もうそんな必死にならなくてもいいですよ」

「今日、お兄ちゃんが異様にテンションが高い理由も分かりましたから」

「本当は、わたしに気を遣ってくれたんですよね?」

「……いや、それはだな……」

「それに、思うんです」

「ん?」


295 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:40:57.65 5XIqJLN+0 79/508

「逆に、お兄ちゃんだけでよかったなって」

「…………」

「もし二人がいたら、なんだか、緊張してしまって」

「気まずい空気が流れてたかもしれません」

「……そんなこと」

「本当は、もっと自然に振る舞えればいいんですけど」

「やっぱり、親と子の関係って、そう簡単にはいきませんね」

「なら、兄妹は?」

「『友達』……みたいな感じかな?」

「…………」

「どうかしました?」

「いや、気にしなくていい」

「それより、もうそろそろ、家に着くぞ」

「は、はい」


296 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:41:14.34 5XIqJLN+0 80/508

「緊張してる?」

「……ええと」

「…………」

「…………」

「……不安か?」

「え……?」

「知っているはずの家に戻るはずなのに」

「何の感慨も覚えない自分が怖い?」

「……それは」

「大丈夫、焦る必要はないから」

「仮に今後、過去を思い出さなかったとしても」

「あの二人はきっとお前を温かく迎えてくれるはずだ」

「…………」


297 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:41:36.53 5XIqJLN+0 81/508

「もちろん、俺も含めてね」

「……うん」

「よし、なら安心だな」

「お兄ちゃん……ありがと」

「はは、感謝されて嫌な奴はいないよなぁ」

「……ふふ」

「……さて」

キキッ……。

「我が家への到着です」

「……うん」

「ちょっと待ってろ。エスコートする」

「え?」

バンッ……トコトコ……。

……ガチャ。


298 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:42:01.45 5XIqJLN+0 82/508

「さて、どうぞ」

「……意外と紳士なんですね」

「だろ?」

「ふふっ」

「ほら見ろよ。豪華な周りの家々に引けを取らないぐらい」

「我が家も、捨てたもんじゃないだろ?」

「……うん」

「早速、入ろうか?」

「ちょっと待って」

「もしかしたら……何か……」


299 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:42:20.67 5XIqJLN+0 83/508

「……ん」

「……いや」

「だめ……みたいですね」

「無理するなよ?」

「……分かってはいるんですけど、やっぱり……」

「家にも思い出の品は一杯あるからさ」

「うん……」

「開けるぞ?」

ガチャリ……。

「…………」

「……え?」


300 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:42:37.41 5XIqJLN+0 84/508

パンッ、パーンッ!

男性女性「「退院おめでとうーっ!!」」

「う、うそ……だっ、だって……」

「はははっ」

「まさか……」

「簡単な騙しのテクニックだよ」

「一度、小さなサプライズをやって、油断させる」

「そして、そこから……」

「お、お兄ちゃんっ」

「どうだ? 最高だったろ?」

「もうっ! 本当にびっくりしたんだから……」

「お叱りは後で聞くよ、今は……」

「あっ……」


301 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:42:57.69 5XIqJLN+0 85/508

女性「本当におめでとう……こっちに来て頂戴」

「は、はい」

ギュッ……。

「お、お母さん?」

女性「…………」

「あの……」

男性「お前が、どんなことになろうとも」

男性「決して、私たちの絆が切れることはない」

「…………」

男性「安心しろ」

男性「ここが、お前の居場所だから」

男性「家族四人で乗り切ろうな……」

「……っ」

「……は、はい……」

「…………」


302 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:43:19.80 5XIqJLN+0 86/508

──リビング

女性「さーて、準備は整ったかしら」

男性「おー、今日はいつに増して豪華な夕飯だなっ」

女性「お祝いの日だからね。かなり奮発しました」

「確かに、これはご馳走だなぁ」

「食べきれるかなぁ……」

「なんだ? みんなの分も全部、食うつもりか?」

「は……?」

「こりゃまた、凄い食欲だな」

「ち、違いますっ!」

男性「確かに、昔から食いっぷりは良かった」

「お、お父さんまで!」


303 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:43:41.70 5XIqJLN+0 87/508

「はは、やっぱりそうじゃん」

「お兄ちゃんっ!」

女性「そろそろ、可愛い妹弄りはその辺にしときなさい」

女性「ほら、温かいうちに食べましょ?」

女性「お父さん、いつものお願いしますね」

男性「分かった」

男性「じゃあ、みんな、手を合わせて」

「よし」

「は、はい」

男性「頂きます」

「「いただきまーすっ」」

……………。


304 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:44:06.02 5XIqJLN+0 88/508

「いやぁ……食った食った……」

「もう何も食べられないです……」

女性「ありがとうね。綺麗に完食してくれて」

男性「ふぅー、やっぱり母さんの作る飯はうまいな」

男性「さて……食後の一服を」

女性「お父さん、煙草はベランダで吸って下さい」

男性「まあ、そう堅い事は言わずにな」

男性「どうだ、お前も吸うか?」

「……ええと、止めとくよ」

女性「あら? いつ頃から吸うの止め……」

男性「母さん」

女性「……あっ」

「?」


305 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:44:36.01 5XIqJLN+0 89/508

女性「で、でも、いい傾向ですよ」

女性「やっぱり、このご時世、煙草を吸う男性はだめよね?」

「え? いや、どうでしょうか……」

「最近は、嫌いな人多いからね」

「父さんも早くやめないと、秘書の人たちに嫌われるよ?」

男性「今更止めたところで、好感度は上がらないさ」

「はは、そりゃそうか」

「あの、昔は、お兄ちゃんも吸ってたんですか?」

「……うん、そこそこね」

「へー意外」

「そうか?」

「なんか、そういうの吸う感じの人には見えないですね」

女性「顔が童顔だからね」


306 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:45:03.87 5XIqJLN+0 90/508

「ふふ、分かります。少し、男らしさには欠けてるかも」

「止めてくれよ、気にしてるんだから」

「今日の意地悪のお返しですよーだっ」

「根に持つ奴だなぁ……」

男性「…………」

男性「……本当に仲がいいな」

女性「そうですね」

「え?」

女性「こんなこと言うと、あなたは傷つくかもしれないけど」

女性「記憶を失ったとは、到底、思えないぐらい」

「そ、そう見えますか……?」

「…………」

男性「……ああ」


307 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:45:24.09 5XIqJLN+0 91/508

男性「かつての頃のままだ……」

男性「何もかも……」

女性「…………」

「……ええと」

「…………」

「……つまり、だ」

「え?」

「俺たち兄妹には、次元を超えた見えない絆があるわけさっ」

ぎゅっ。

「ちょ、ちょっと兄さんっ!?」

「過去なんて関係ないぞーっ」

「昔から大好きだー、妹よっ!」

「抱きつくの、止めてっ。禁止ーっ!」


308 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:45:39.94 5XIqJLN+0 92/508

「はは、顔真っ赤にしてやんの」

「はぁー……はぁー……」

「もう急になんてことするんですか……心臓に悪いです……」

「心の準備が必要だったか?」

「そうです。これから、抱きつく時には事前に言って下さいよ」

「いや、兄妹で抱きつくシーンなんてそうそうないから」

「あっ……そうでした」

「でも、お前が良いっていうなら──」

「へ?」

ぎゅうっ!

「何度だって抱きしめてやるぞーっ!」

「ちょっ、心臓がっ! 事前にっ! 約束違うーっ!」


309 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:46:02.45 5XIqJLN+0 93/508

──親友の部屋

「…………」

「……今日は、疲れたな」

バタン……。

「はー……」

「いいのかな……」

「……本当にこれで間違ってないんだろうか……」

「…………」

「……ええと、カメラはどこに……」

「ん、あった」

「……よし、これで」

「…………」

「……なあ、親友」


311 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:46:33.25 5XIqJLN+0 94/508

「もしかしたら、俺は、最低なことをしてるのかもしれない」

「アイツを騙して、お前に成り代わって」

「……うん」

「やっぱり、俺は最低だよ」

「…………」

「……お前の両親に頼まれた時な」

「正直、本当は困った」

「だって、ずっと前から、早くこの関係が終わればいいと思ってたから」

「他人だったお前を演じるのは、難しいし」

「それに……お前との友情を踏みにじってる気がするから」

「なぁ……?」

「お前……怒ってないか?」

「本来なら、この日常は、決して俺のもの何かじゃない」


313 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:47:09.96 5XIqJLN+0 95/508

「お前は死んじまったけど、俺が成り代わっていいものじゃないはずだ」

「結局、俺はさ……」

「土下座して頼み込んだ二人の願いを渋々聞いてやって」

「妹のためだから、見殺しにはできないから、なんて理由つけて」

「そんな体裁を守れないと、踏み出せないちっぽけな人間なんだ……」

「……多分、お前は言うと思う……」

「『やるなら、やりきれ』『迷うな』って」

「……でも、俺は」

「こうしている間も、この行動の善悪を決めかねてる」

「ぐだぐだと、正解のない問いを悩み続けてる」

「……そのくせ」


314 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:47:29.99 5XIqJLN+0 96/508

「俺が、とうの昔に失った……」

「家族っていう幸せの形を、楽しんでる……」

「……どうだ? 最低だろ?」

「……なあ、親友」

「……頼むからさ……」

「返事してくれよ……」

「……俺を……罵ってくれよ……」

「…………」

「……はぁ」

「…………」

「ん?」


315 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:47:53.19 5XIqJLN+0 97/508

ピピピピッ……。

「……え? 電話?」

「ええと……このタイミング……」

「いや、違う。そんなことある訳がない……」

「……母さんだ」

「そういえば、最近電話してなかったからなぁ……」

ピピピピピッ……。

「…………」

「…………」

ピピピピピピッ……。

「…………」


316 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 18:48:15.04 5XIqJLN+0 98/508

ピピッ……ピッ……。

「…………」

…………。

「……ふぅ……」

「…………」

「……出れるわけ、ないよな……」

……………。
………。


324 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:31:29.30 5XIqJLN+0 99/508

『…………』

『……すぅ……すぅ……』

──■■□ッ!

『……ん?』

『あれ……今、なんか音がしたような……』

『……一階?』

『…………』

『まだ父さんと母さん、起きてるのかな……?』

ガバッ……。

『……行ってみよう』

トコトコ……ガチャ。

……………。


325 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:31:51.88 5XIqJLN+0 100/508

トコトコトコ……。

『…………』

『……ん?』

『…………』

『……あっ』

『一体、こ……から……のよっ!』

『まだ家の……も、あなたっ……分……てるの!?』

「これは……』

『……母さんの声……?』

『もしかして……』


326 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:32:44.40 5XIqJLN+0 101/508

父親『うるせぇっ! 言われなくてもそんなこと分かってる!』

母親『だったらどうして!?』

父親『仕方ねぇだろ、クビになっちまったんだからさっ』

母親『いい加減にしてよっ! また酔って帰ってきたと思ったら』

母親『急に、会社を辞めさせられたじゃ、こっちも納得できないわっ!』

父親『何を聞きたいんだっ』

母親『辞めさせられた理由よっ!』

父親『……それは』

母親『いいから言って! あなた、一体、何したっていうのっ!?』

父親『……った』

母親『聞こえないわっ。もっと大きな声で言って!』

父親『あーもうっ! 殴ったんだよっ!』


327 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:33:11.35 5XIqJLN+0 102/508

母親『……殴った? だ、誰を?』

父親『前から言ってた、いけ好かない上司だよ……』

母親『……どこで』

父親『昼間、会社の中でだ』

母親『……そ、そんな……』

父親『腹が立ったんだ。いつも俺に雑用ばっかり押し付けて』

父親『その割に、何かあると責任は俺にあるとほざく』

母親『…………』

父親『それでも、俺は我慢した方だ』

父親『けど、結局、こうなる運命だったんだよ』

母親『……ああ……』

母親『…………』

父親『ふんっ……』


328 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:34:02.96 5XIqJLN+0 103/508

母親『…………』

母親『……ねぇ』

父親『あっ? まだ、文句あんのか?』

母親『……もしかして、あなた』

父親『何だよ』

母親『そのときも、酔ってたんじゃないでしょうね?』

父親『…………』

母親『質問に答えて』

父親『……だからさ』

母親『アルコール中毒のあなただけど』

母親『会社に酒を持ち込んでたりしないわよね?』

父親『…………』


329 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:34:27.31 5XIqJLN+0 104/508

母親『……なんで、黙ってるの?』

母親『何か、言ってよ』

父親『……それは……』

母親『なに?』

父親『……つい、な……』

母親『……なっ……』

父親『…………』

母親『最低よっ! あなたは本当に人間の屑っ!』

父親『……そこまで──』

ガシャーンっ!

父親『いてっ……』


331 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:35:06.62 5XIqJLN+0 105/508

母親『こんな時ぐらい、酒を飲むのはやめなさいっ!』

父親『な、なにすんだっ!』

母親『毎日、帰ってくるのは深夜をとうに回って』

母親『時には、女の香水つけた背広で機嫌良く帰ってくる』

母親『暇さえあれば、酒は飲むわ、煙草は吸うわ』

母親『あなたは夫としても、父親としても、失格よっ!』

父親『……っ』

ガタンッ……。

母親『な、何をっ……』


333 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:35:38.84 5XIqJLN+0 106/508

バチッ!

母親『きゃっ……』

父親『言いたいことを言わせておけばっ!』

父親『くそっ! なんで、お前に、そこまで言われなきゃいけない!』

母親『……叩いたわね……』

父親『あっ?』

母親『……もう嫌……もう、いやよ……』

母親『これ以上は耐えられない……』

父親『何だと?』

母親『……私と、別れて下さい』

父親『……あ?』

母親『お願いですから……もう、別れて下さい』

父親『なっ……』

父親『こ、この……糞女が……』


334 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:36:09.37 5XIqJLN+0 107/508

母親『……お願いです……』

父親『うるせぇっ!』

バンッ!

母親『……うっ』

父親『別れないぞっ! 絶対に別れてやるもんかっ!』

バゴッ!

母親『……くふっ……』

父親『お前だけいい思いをするなんて、そんなこと……』

たたたたたっ!

父親『あ……』

『やめてっ!』

ガバッ……。

母親『……男……?』


335 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:36:41.62 5XIqJLN+0 108/508

『もう母さんに乱暴するなっ!』

父親『ち、違うんだ……』

『殴るなら俺を殴れっ。それで気が済むなら、我慢するからっ!』

父親『……あ、ああ……』

『母さん……母さん……』

母親『……う……うぅ……』

『もう大丈夫だから……大丈夫だからさ』

母親『……うぅ……ああ……うあああ……』

『うん……僕が、母さんを守るよ……』

父親『…………』

父親『……俺は』


336 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 19:36:53.50 5XIqJLN+0 109/508

父親『な、なんてことを……』

父親『………ああ』

父親『…………』

父親『……手が震える』

父親『……駄目だ……』

父親『……もう……』

父親『俺は……』

父親『…………』


342 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:19:06.58 5XIqJLN+0 110/508

……………。
………。

「…………」

……ン……ン。

「…………」

コンコンっ!

「あっ……」

……ガチャ。

「……お兄ちゃん?」

「な、何だ……?」

「結構、扉をノックしたんですよ」

「あ、ああ……気づかなかったみたいだ……」


343 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:19:24.58 5XIqJLN+0 111/508

「その、大丈夫……?」

「……何がだ?」

「顔、真っ青です……」

「……え」

「体調が悪いなら、また明日にしますよ?」

「いや、いいんだ……」

「で、でも……」

「ほら、入って入って」

「……お兄ちゃんがそう言うなら」

「よし」

「でも……ちょっとだけ、時間くれ」

「はい……」


344 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:19:48.71 5XIqJLN+0 112/508

「…………」

「…………」

「……ふぅー……」

「お兄ちゃん……?」

「いや、少し嫌な記憶を思い出してな」

「嫌な記憶?」

「まぁ、なんていうか……」

「思い出したくない過去って、誰にも一つや二つあるだろ?」

「……その」

「ん?」

「わたしは昔のこと覚えてないので……」

「……あっ、ごめん……」


345 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:20:11.60 5XIqJLN+0 113/508

「いや、いいんです」

「くそっ……何やってんだ俺」

「余り気にしないで下さいね?」

「本当に悪い……まだ頭がうまく切り替わってないみたいだ」

「……あの──」

「聞いてもいいですか?」

「ん? 今、思い出した過去をか?」

「そうじゃなくて……その」

「うん」

「昔の記憶があるって、どんな感じなんですか?」

「……それは」

「やっぱり、唐突にぱっと思い浮かんだりするんですか?」

「……たまにだけどね」


346 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:20:32.45 5XIqJLN+0 114/508

「それは楽しかった記憶も?」

「もちろんだ……というより」

「嫌な記憶を思い出すなんてことはめったにない」

「でも、時にはある……」

「……稀にだけど」

「そういう時、お兄ちゃんはどうしてます?」

「どうするっていうのは?」

「辛くて苦しくて、とっても悲しいような、嫌な思い出が沸き起こった時」

「お兄ちゃんは、それをどうやって対処してるんですか?」

「……そうだな」

「…………」


347 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:21:05.55 5XIqJLN+0 115/508

「受け入れる」

「『受け入れる』?」

「……どう足掻いたって、過去は変えられない」

「……はい」

「どんなにやるせなくて、なんとかしたくても」

「過ぎてしまった日々は、もうやり直すことは出来ないんだ」

「…………」

「だから、受け入れる」

「前へと進む」

「……ん」

「そうしないといけない」

「いや、そうするしか方法がない」


348 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:21:34.90 5XIqJLN+0 116/508

「……そうですか」

「俺もさ、昔やったヘマを今でも思い出す」

「何で、あの時、ああしてなかったんだろうって」

「悔しくて、でも、どうしようもなくて」

「…………」

「苦しいし、もがき続けてしまうこともあるよ」

「でも、それに意味はないんだ」

「本当に?」

「うん」

「後悔をし続けても、その先には何もない」

「終わり無き道が永遠と続いているだけなんだ」

「…………」

「だからこそ、時には振り返ってしまうかもしれないけど」

「ひたすらに、必死に、前へと足を進める」


349 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:22:03.30 5XIqJLN+0 117/508

「結局、それが一番なんだ」

「……凄いですね」

「……そう思うか?」

「はい、凄く強いと思います」

「……強くなんかないよ」

「でも、そうやって過去を乗り越えられるって」

「そう容易くできない気がするんです」

「……俺は、ただ」

「『今』に必死なんだと思う」

「……今……」

「だから、後ろを振り返る余裕がないだけなんだ」

「強くなんかないし、凄いわけでもない」

「ただ、がむしゃらに生きてるだけ」


350 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:22:32.68 5XIqJLN+0 118/508

「……それでも」

「わたしは、お兄ちゃんを立派だと思いますよ」

「…………」

「いつか、わたしも」

「……ん?」

「これから、仮に記憶が戻ったとしても」

「そうやって、前へと進むような強い意志があるといいです」

「…………」

「わたしが記憶を失った理由。自らで、自分の命を断とうと思った訳」

「お兄ちゃんは事情を知っていると思いますが」

「それを、わたしは何ひとつ知りません」

「……うん」

「相当、辛い過去なんだと思います」


351 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:23:01.31 5XIqJLN+0 119/508

「だからこそ、今のような自分になったんだと思います」

「……それは」

「お兄ちゃんのような、強い意志」

「躊躇わず、今を生きようとするその覚悟」

「…………」

「わたしに、その時が来ても」

「どうか、授かっていますように」

「……妹」

「もし、それでも──」


352 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:23:24.83 5XIqJLN+0 120/508

「わたし一人じゃ、どうにもならない程のものだったとしたら」

「お兄ちゃん……」

「……ああ」

「わたしの側にいて……」

「一緒に、背負ってくれますか? 助けてくれますか?」

「…………」

「……もちろん」



「──そのつもりだよ」



……………。
………。


357 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:55:35.21 5XIqJLN+0 121/508

『今度こそ、負けないからなっ』

親友『倒せるもんなら倒してみろよ』

『ちっ、いい気になりやがって』

親友『そりゃ、今まで全勝だから、いい気分ではあるね』

『くそっ……絶対に倒してやる』

『頑張れーっ!』

親友『……おい』

『もぐもぐ……ん? わたし?』

親友『菓子食ってばかりいる、そこのお前だよ』

『なによ、お兄ちゃん』

親友『そうだ、お前は俺の妹だろ?』

『だから?』


358 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:55:52.55 5XIqJLN+0 122/508

親友『応援するのは、俺にしろって』

『んー……』

『やっぱ、兄さんを応援する』

親友『なっ……』

『残念だったな。この子は優しい『兄さん』がいいみたいだ』

なでなで。

『ふふっ』

親友『ちっ……今に見てろよ』

『はは、燃えてきたじゃねぇかっ』

……………。


359 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:56:12.44 5XIqJLN+0 123/508

『よっしゃーっ!』

『やったね! 兄さんっ!』

親友『……まぐれだ……絶対、まぐれだ……』

『うおおおっ! 勝利の雄叫びっ!』

『ひゃあほおおおっ!』

ぎゅっ。

『この可愛いやつめっ!』

『うわっ、に、兄さん……』

『あ……ご、ごめん』

『……え、ええと』

『その……感極まってさ……本当に悪い……』

『い、いや、別に……』


360 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:56:31.76 5XIqJLN+0 124/508

親友『…………』

親友『おーい、そこのお二人さん』

『は、はいっ!?』

親友『キリもいいし、そろそろゲームを止めよう』

『ん? いいのか、俺の勝ちで終わりで』

親友『ふんっ、たかが一勝で何言ってんだよ』

『……まあ、そうりゃそうだけど』

『良かったね、兄さん。勝ち逃げだよ』

『お、おう』

親友『そんなことより──』

親友『じゃーん、これはなんでしょう?』

『ん? ビデオ?』

『あっ!』


361 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:57:16.42 5XIqJLN+0 125/508

親友『実は、こないだ借りてきた映画があるんだ』

『……それは……』

『?』

親友『他の奴は全部二人で見たんだが』

親友『この一本だけは、未だに見る事ができない』

『お兄ちゃん……やめようよ……』

『どういうことだ?』

親友『見てみろ』

『……ん……』

『……ホラー映画か?』

親友『正解』

『……うぅ……』

『ああ、だから嫌がってたわけか』


362 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:57:27.53 5XIqJLN+0 126/508

親友『そこで、今日こそは、これを見ようと思う』

『お兄ちゃん……やめようよ……』

親友『何だよ、お前、約束しただろ?』

親友『『兄さんも入れて、三人なら見る』ってさ』

『言ったけど……』

『…………』

親友『てなわけで、鑑賞タイムだ』

親友『部屋も暗くして、雰囲気も出そう』

……………。


363 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:57:45.26 5XIqJLN+0 127/508

──ぎゃあああああああっ!

『きゃああああああっ!』

ぎゅっ!

『……あっ……』

『やだやだっ! もういやっ!』

親友『うわぁ……想像以上にグロいな……』

『兄さん兄さんっ』

『……な、なんだよ』

『もう……怖いシーン終わった?』

親友『終わったぞ』

──うぎゃあああああああっ!

『嘘つきっ!』

親友『はははっ、騙されるほうが悪いんだぞ』


364 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:58:13.68 5XIqJLN+0 128/508

『もうやだよぉ……やめようよぉ……』

ぎゅっ!!

『……お、おう』

親友『本当に、妹は怖い系、苦手だよなぁ』

親友『あー、部屋からカメラもってくれば良かった』

親友『今なら妹のベストショット撮れたのになぁ』

『おい、タチが悪いぞ』

『そうだよ、お兄ちゃんっ!』

親友『分かってるって。撮らないからさ』

『……兄さん、終わった?』

『……うん、大丈夫』


365 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 20:58:52.08 5XIqJLN+0 129/508

『はぁ……やっと見れるよ……』

『…………』

『ねぇ、兄さん』

『ん?』

『終わるまで、手握っててもいい?』

『……え』

『だ、駄目かな?』

『……い、いいよ』

『ありがと、兄さん』

『…………』


370 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 21:57:25.41 5XIqJLN+0 130/508

──会社

「……あの」

上司「ああ、来てくれたか」

「その、何か、ミスでもしましたでしょうか?」

上司「いや……お前は、ここ最近、よくやってくれている」

「そうですか……でも、何の用件で?」

上司「聞いたぞ」

「……は?」

上司「なぜ、もっと早く言わなかった」

「すみません……その何の話か……」

上司「なかなか、隙を見せない奴だな」

上司「……いや、流石といったところか」

「……はい?」


371 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 21:57:48.90 5XIqJLN+0 131/508

上司「お前、社長の息子なんだろ?」

「……え」

上司「さきほど呼び出されたよ」

上司「『いままで黙っていたが、実は……』とな」

「社長からですか……?」

上司「ああ、全く気がつかなかった」

「……その」

上司「別に隠していたことを怒っている訳じゃない」

上司「ただ、そんな重大なことに気づけなかった自分を恥じると同時に」

上司「驕りや高慢な態度をとらないお前を凄いなと思ってな」

「……いや」

上司「正直に言おうか」

上司「ただただ、感心したよ。降参だ」


372 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 21:58:05.87 5XIqJLN+0 132/508

「……いや、そんなことは全くありません」

上司「それだっ!」

「へ?」

上司「その低姿勢が君の魅力なんだ」

上司「身分が判明したというのに」

上司「まだ続けようとする、根っからの素直さ」

「…………」

上司「今まで、なぜかと疑問に思っていたんだが」

上司「やっとしっくりとくる理由が分かった」

「……疑問ですか?」

上司「ほら、そのだな、初めのうちは君に厳しく当たっただろ?」

「いえ、それは僕に必要なことでした」


373 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 21:59:09.39 5XIqJLN+0 133/508

上司「君はそう言ってくれるが、やはり私怨がなかったとは言い切れない」

上司「かわいがっていた部下が飛ばされて、確かに、君へ当たった」

「そんなことは──」

上司「いや、そこは謝らせて欲しい。申し訳なかった」

「そんな、頭を上げて下さい……」

上司「けれどだ。君をいつの間にか、慕っている自分に気がついた」

上司「初めは無能な部下……いや、これまた、すまん」

上司「その、新入りを俺が鍛えてやろうという気持ちだと思っていたんだが」

上司「無駄に、私の仕事に連れて行きたくなり」

上司「多少のミスも何故だか、自然と許せるようになっていた」

「……そうだったんですか?」

上司「それが、君の魅力だよ」


374 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 21:59:39.51 5XIqJLN+0 134/508

上司「上の身分の者が醸し出す、独特な高圧感が君にはない」

「……はぁ」

上司「本当に、今まで、その才能を持っていたというのに」

上司「どこで胡座をかいていたというんだ」

「……その」

上司「……まあ、そんなことはどうでもいい」

上司「ただ、少しだけ忠告をしておこうと思ってな」

「忠告ですか?」

上司「というより、だてに長く生きていない年配者の知恵というか、だな」

上司「それを君に授けたい」

「あ、ありがとうございます……?」

上司「どうせ私は後数年経ったら、定年の身分だ」

上司「出世が遅くてね。もうこれ以上、上にはいけないだろう」

「いや、そんなことは……」


375 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 21:59:56.01 5XIqJLN+0 135/508

上司「でも、君は違う」

「…………」

上司「創業者である社長の息子だ」

上司「今しばらくは下っ端で経験させているだろうが」

上司「もう少し経てば、自ずと上の役に就くだろう」

「……それは」

上司「今ではもう若くない社長も」

上司「ゆくゆくは、会社を息子に継がせたいと思っているはずだ」

上司「君が今後、幾ら無能だったとしても」

上司「自然と重役となり、ひいては、社の長となるだろう」

「…………」

上司「だが、それでは、部下はついてこないぞ?」

上司「馬鹿な上司だと思われて、身内は敵ばかりとなる」

「……はい」


376 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:00:31.49 5XIqJLN+0 136/508

上司「だからこそ、今の君の魅力を将来にも生かすんだ」

上司「加えて、実績も出せば、誰一人文句を言わないはずだ」

上司「例えそれが、コネでのし上がった若者であっても、な」

「……あ」

上司「分かっただろ?」

上司「少しでも私の想いが伝わればいいと思っている」

上司「しかし、本当に、君は恵まれているな」

「……そうでしょうか?」

上司「何を言ってるんだ。もっと親に感謝しなさい」

「親に……」

上司「君をこの世界に誕生させ、ここまで育ててくれたんだ」

上司「その魅力ある性格も加えてだ」

「……そう、ですね」

上司「ああ」


377 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:00:51.16 5XIqJLN+0 137/508

「そうだ……」

「……そうだよ……」

上司「ん?」

「今の自分がいるのは……親のおかげ……」

「だからこそ、俺は……」

上司「お、おい、どうした?」

「なんで、こんな大事なこと……」

「……でも」

「どうすればいい……?」

「俺は……一体……」

「…………」

「やっぱり……駄目だ」

「……この世界からは、もう抜け出せない……」

「母さん……」

「……ごめんね……」


384 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:51:44.33 5XIqJLN+0 138/508

──車内

「わたしに、月に一度の検査って、なんか不思議ですよね」

「どうしてだ?」

「だって、病院に行ったところで、記憶が戻るわけないじゃないですか」

「それはそうだが……」

「家に戻ってから数ヶ月」

「けれど、一向に過去を思い出す気配もないんですから」

「……それでも」

「やっぱり、お医者さんに見てもらうのは大事だよ」

「……分かってはいるんですが」

「どうも駄目ですね。最近、ネガティブな思考ばっかりです」

「…………」


385 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:52:37.39 5XIqJLN+0 139/508

「お兄ちゃんはなんでだと思いますか?」

「ん?」

「わたしの記憶が未だに戻らない理由」

「それは……」

「お兄ちゃんが、どう考えているのか、聞きたいです」

「……いや、俺は専門家じゃないから分からないよ」

「お願いします」

「…………」

「…………」

「……はぁ」

「こんなことは言いたくないんだが……」

「昔の生活をなぞっているのに、過去を思い出せないってことは」

「それが今の日々に必要ないってことなんじゃないか」


386 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:53:05.35 5XIqJLN+0 140/508

「……必要ない?」

「もしかしたら、記憶があること自体、問題なのかもしれない」

「思い出すことによって、今に支障をきたすからこそ」

「身体が無意識のうちにそうさせているんだと思う」

「……自殺未遂するほどですからね」

「もう、やめよう……」

「これが建設的な会話だとは、俺には思えない」

「でも、お兄ちゃんの意見はすごく参考になりました」

「何となく、わたしもそんな気がします」

「…………」

「最近、わたし、思うんです」

「……さっきの話の続きか?」

「はい」


388 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:53:33.24 5XIqJLN+0 141/508

「なら、今は聞きたくないな」

「病院に着いて、検査を受け終わってからにしよう」

「……これで最後にします」

「……ふぅ」

「分かったよ……」

「……ありがとう」

「…………」

「その、わたしが記憶が戻らないのには多分大きな訳があるんです」

「……どうして、そう思う?」

「調べたんですが、大抵の記憶喪失はすぐに治るみたいです」

「それは今までの生活をなぞったりすれば、次第に気づくから」

「……ああ、だから、今もそうしてるだろ?」


389 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:53:56.67 5XIqJLN+0 142/508

「本当ですか?」

「どういうことだ……?」

「なにか、欠けてるんじゃないんですか?」

「……は?」

「実のところ、わたしも全く思い出せないという訳じゃないんです」

「……そ、それは本当に?」

「はい。誰にも言いませんでしたけど、事実です」

「いや、待てっ。それは、かなり重要なことなんじゃないか?」

「でも、結果的に駄目なんですから意味はないですよ」

「それでも……」

「問題は、思い出そうとする瞬間」

「何かが、わたしの記憶が蘇るのを遮ることです」


390 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:54:28.27 5XIqJLN+0 143/508

「……遮る?」

「それが何なのか、前までは分からなかったんですけど」

「最近、違和感が」

「……なんだ?」

「昔通りと言っている生活に、何か、不自然さを感じるんです」

「……それは」

「昔のように、大学に行ってなかったりするからだろ?」

「そんな些細なことじゃなくて、もっと根本的な……」

「前提をひっくり返すような、そんな感覚です」

「…………」

「お兄ちゃんは、見当つかないですか?」

「……いや」


391 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:54:49.76 5XIqJLN+0 144/508

「俺には、分からないよ」

「……そうですか」

「すまん……」

「いや、お兄ちゃんがそう言ってるなら、わたしの勘違いなんでしょうね……」

「でも……何かが、おかしいんですよ……」

「…………」

「……少し、焦りが出てきてるみたいだな」

「え?」

「過去を取り戻せない自分に、憤りを感じているんだろ?」

「…………」

「よし、そうだ。今度、時間を作って、どこか──」


392 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:55:18.42 5XIqJLN+0 145/508

「『前に進みたい』」

「……え?」

「わたしも、前に進みたいんです」

「…………」

「今のままじゃなくて、わたしもお兄ちゃんみたいに」

「辛い過去を乗り切って、今を生きたい」

「……それは……」

「ねぇ、お兄ちゃん」

「……ん?」

「最近、見るからにお兄ちゃん、疲れてますよ?」

「俺が?」

「顔も窶れてるし、最近はふざけるのも少なくなりました」


394 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:56:20.52 5XIqJLN+0 146/508

「は、はは……それは、構って欲しいのか?」

「はぐらかさないで」

「…………」

「一体、どうしたんですか?」

「……別に、なんでもないよ」

「仕事のこと?」

「…………」

「それとも、人間関係がうまくいってない?」

「…………」

「或いは……」

「わたしのことで……」


395 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 22:56:56.25 5XIqJLN+0 147/508

「――違う」

「それは、本当に断言できますか……?」

「違う、お前のことじゃない」

「……でも、なら」

「…………」

「あまり、人には話したくはないことだ」

「…………」

「でも、強いて言うなら……」

「自分自身の存在意義に、疑問を感じてる……ってとこだ」

……………。
………。


399 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 23:24:25.59 5XIqJLN+0 148/508

担任『よし、配り終わったな』

担任『では、志望先を記入しておいてくれよ』

担任『書き終わったら、委員長に渡すか』

担任『それが嫌なら、職員室の私のところまで自分で持ってくるように』

キーンコーンカーンコーン。

担任『……チャイムが鳴ったな』

担任『くれぐれも、適当に書くことはないように』

担任『分かったな?』

担任『では、また明日』

……………。


400 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 23:24:49.07 5XIqJLN+0 149/508

『んー』

親友『どうした? もう書けたか?』

『今のところ、普通に進学するつもりなんだけど』

『どこの高校にしようかなって思ってさ』

親友『何だよ、俺と一緒じゃないのか?』

『だって、お前、頭いいだろ? 俺は入れそうもないよ』

親友『何言ってんだ。今まで通り二人三脚で助けるぞ?』

『それはありがたいが……』

『いつまでも、お前の足を引っ張ってばかりじゃなあ……』

親友『そんなこと言わず、これからも仲良くやろうぜ』

親友『俺はお前と同じ高校いけるなら、少しぐらい苦労構わないさ』

『……本当か?』

親友『もちろん』


401 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 23:25:16.30 5XIqJLN+0 150/508

『申し訳ないな……いつも、迷惑かけて』

親友『いいよ、気にすんな』

『はは、持つべきものはやっぱり友だ』

親友『だなっ』

『そうだ、この後どうする?』

親友『ん? どっか遊びにでも行くか?』

『隣街のゲーセン行ってみないか? 新型色々入ってるらしいぞ』

親友『ただ、今月厳しいからなぁ』

『それだと、無理そうだな……』

親友『……そうだ』

『ん?』

親友『久しぶりに俺ん家来ないか?』


402 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 23:25:36.70 5XIqJLN+0 151/508

『……お前ん家?』

親友『ああ、そこなら金もかからないし』

親友『古いゲームしかないけど、昔みたいに盛り上がろうぜ』

『あ、うん……』

親友『それにさ……』

親友『妹のやつも、最近、お前と会ってないし』

親友『この前、『兄さんはもう家来ないの……?』って、半泣きだったぞ?』

『……いや』

親友『どうしたんだ? 何が問題だ?』

『別に、何かあるってわけじゃないんだが……』

親友『なら、いいだろ?』

『……気乗りしない』

親友『…………』

『やっぱり、今日はやめとこう』


403 : 以下、名... - 2011/06/09(木) 23:26:08.12 5XIqJLN+0 152/508

『俺も、家でやることあるしな』

親友『……なぁ』

『ん?』

親友『お前、避けてるだろ?』

『……何の話だ』

親友『しらばっくれるなよ。こっちは分かってんだぞ?』

『聞きたくないな、その話は』

トコトコトコ……。

親友『お、おいっ』

『じゃあな、また明日』

親友『…………』

親友『……何でなんだよ』

親友「何で……』

親友『…………』


412 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:38:27.35 enymi4QR0 153/508

──リビング

男性「ふぅ、今日も疲れた」

女性「いつもご苦労様です。仕事の方は順調?」

男性「ああ、今のところはな」

女性「そう、それは良かったですね」

男性「ふむ。で、どうだ。最近、お前の方は」

「…………」

男性「……ん?」

「…………」

「……お兄ちゃん」

ゆさゆさ……。

「あっ……な、なに?」


413 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:40:47.16 enymi4QR0 154/508

男性「いや、最近どうだと聞こうと思ったんだが……」

男性「どうした? 疲れてるのか?」

「いや、大丈夫だよ。ちょっと……考え事を、ね」

女性「……ご飯もまだ全然食べてない」

女性「もしかして、口に合わなかったかしら?」

「……違うんだ。いつも通り、おいしいから安心して」

「…………」

「もぐもぐ……うん、やっぱり、母さんは料理上手だな」

男性「はは、そりゃそうだ」

男性「私が何度も何度も、アタックしたというのに」

男性「そうそう首を縦に振らなかったからなあ」


414 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:41:41.55 enymi4QR0 155/508

女性「だって、あの頃のあなたは、今みたいにお金なかったじゃないですか」

女性「やはり、家庭を築くなら、少ないよりあったほうがいいですし」

男性「でも、結局は、貧乏な私と結婚してくれたんだぞ?」

女性「あまりにもしつこいから、仕方なしです」

男性「はは、そりゃ困ったなぁ」

「仲いいんですね」

男性「ん?」

「両親が二人とも仲いいって、見てて幸せになります」

女性「そ、そう?」

「はい。ねっ、お兄ちゃん」

「…………」


415 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:43:00.76 enymi4QR0 156/508

「……お兄ちゃん?」

「……聞いてるよ。いいなぁ、仲良くて」

「う、うん……」

「妹がそう言う訳も分かるよ」

「家庭の幸せってこういうものなんだなって、つくづく実感する」

女性「あら、お父さん。息子が嬉しいこと言ってくれますね」

男性「……あ、ああ……」

「もし仮に、ここに不幸な家庭しか見てこなかった子供がいたとしたら」

「羨ましく……いや、妬ましく思う程、幸せな光景だよね」

女性「……え?」

男性「……ちょっと、席を外すぞ」

ガタン……。


416 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:43:28.54 enymi4QR0 157/508

「大丈夫だよ、お父さん。僕は、正気だから」

男性「本当か? やれるのか?」

「心配しないで。これでも、人一倍の親思いなんですから」

「今までの人生をかけてきた、実績もありますよ」

男性「…………」

「……え、ちょっと、どういう……」

「いいから、お父さん、座って下さい」

女性「あ、ええと……」

男性「……駄目だな……こっちに来──」

「どうしたんですか? 何か、問題でも?」

男性「自分でも分からないのか?」

「何がです?」

「……これはもう無理だな」

女性「…………」


417 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:43:45.29 enymi4QR0 158/508

男性「すまんな……気づけなかった私が悪い」

「ちょっと待って下さい。みんなも、何か変だと思いますか?」

男性「……………」

女性「……え、えっと」

「お、お兄ちゃん……」

「どうしたんだよ、妹」

「そんな、異常者を見るような目つきで……もう困るなぁ」

「……うぅ」

「お父さん、いい加減にして下さい」

「冗談だと言っても、からかわれ続けるのはいい気分がしません」

男性「……………」

「……く、口調」


418 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:44:30.75 enymi4QR0 159/508

「ん?」

「お、お兄ちゃん……喋り方が……」

「なに? 喋り方?」

「……お父さんに、敬語使ってますよ……?」

「は、はは……そんなことない──」



「です、よね……お父さん?」





419 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:45:10.78 enymi4QR0 160/508

男性「…………」

「……っ」

「ごめん、席を外す」

ガタン……。

男性「すまん、仕事で疲れていたみたいだ」

男性「会社での会話が、こっちまで入りこんでしまったんだろう」

男性「気にせず、食事を続けてくれ。なっ?」

女性「は、はい……」

「……お兄ちゃん……」

「……一体……」


420 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:45:36.97 enymi4QR0 161/508

──親友の部屋

「……くそっ!」

「なんて失態だっ! 何をやってるっ!」

「馬鹿なことを一人で考えてるから……」

「……こんな些細なミスを置かすんだっ!」

「……くっ……」

バタッ!

「……何が、何が不満なんだ……?」

「いや……」

「……俺は、一体、何を恐れてる?」

「…………」

「……あ……」


421 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:45:53.14 enymi4QR0 162/508

「カメラ……」

「……あいつの、大好きだった写真撮影」

「でも……」

「別に……好きじゃない……」

「……親友……」

「ああ……」

「俺は……」

「──一体、誰、なんだ……?」

「…………」


423 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:46:14.26 enymi4QR0 163/508

「……は、はは……」

「なんてことだ……」

「……そんな、自分を見失うなんて……」

「……親友を演じる事で……自分が分からなくなるなんて……」

「……はは、はははっ」

「……うぅ」

「なんて……滑稽なんだ……」

「……幸せな家庭」

「違う、違うっ」

「俺の家には……そんなものはなかった……」

「……なら、今は?」

「今は……」

「…………」


424 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:46:48.64 enymi4QR0 164/508

「分からない……」

「駄目だ……自分が自分でないようで」

「頭がおかしくなりそうだ……」

「……助けてくれ」

「おい、親友……」

「……近くにいるなら、狂った俺を助けてくれよ」

「もう、俺は……」

「壊れかけているみたいんだ……」

「…………」

「…………」

「……母さん」


425 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:47:18.44 enymi4QR0 165/508

「母さんしか、いない……」

「今の俺を……正気に戻してくれるのは……」

「……俺の、たった一人の母さんしかっ──」

……ピピピピピッ!

「……へ?」

「か、母さん……?」

……ガバッ!

「…………」

「……違う」

「……何だ? 知らない番号?」

……………。
………。


426 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:47:45.70 enymi4QR0 166/508

親友『少し話がある』

『なんだよ、朝っぱらから』

親友『……重要な話だ。来てくれ』

『ここじゃ、出来ない話なのか?』

親友『ああ……ここじゃ無理だ』

『……分かったよ』

『お前に付いて行けばいいんだろ?』

親友『助かるな……』

『いいさ、まだ朝礼までには時間がある』

親友『ああ、それまでには終わらせるよ』

『…………』

……………。


427 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:48:10.40 enymi4QR0 167/508

『……さて』

親友『…………』

『まさか、屋上が開いてるなんてな』

『確かに、内密な話をするには絶好の場所だが……』

『お前、このためだけに錠を壊しただなんて言うなよ?』

親友『……だったらどうする?』

『……え?』

親友『話をしよう』

『ちょっと待てって』

『本当にお前が……』

親友『今は、そんなことどうだっていいさ』

『……でも』

親友『お前に、聞きたいことがあるんだ』


428 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:48:32.53 enymi4QR0 168/508

『……何だよ』

親友『俺の……妹のことだ』

『…………』

親友『こないだは、うまく逃げられたからな』

『今日だって、走って逃げるかもしれないぞ?』

親友『残念だったな。扉に近いのは俺の方だ』

親友『そこまで話したくないっていうなら』

親友『俺を殴り倒していけよ』

『……そんなことするわけないじゃないか』

親友『そうか? よっぽど、話したくないことだと俺は考えてるけどな』

『…………』

親友『どうして、あいつを避ける』


430 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:49:30.63 enymi4QR0 169/508

『……避けてないさ』

親友『分かりきった嘘をつくなよ』

『嘘じゃない。ただ、巡り合わせが悪いだけだ』

親友『違うな。あまりにも、不自然さが臭う』

『……お前がそう思ってるだけだろ?』

親友『待て。そう、過剰に反発しないでくれ』

親友『ただ、俺は理由を聞いてるだけだ』

『別に……怒ってないさ……』

親友『そうか? 俺には凄く、感情的に見えるが』

『いいから、早く聞けよ』

親友『だから、避けている理由を聞いてるんだ』

親友『はぐらかしたら、また同じ質問を繰り返すからな?』

『……ちっ』


431 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:50:51.34 enymi4QR0 170/508

『……簡単だよ』

親友『ん?』

『もう、幼い女の子と遊ぶ気になれないんだよ』

『ああ……そういうことだ』

親友『……あんなにアイツに優しかったお前がか?』

『人は変わるよ』

親友『……違うな』

『違わない』

親友『いいか、小さい頃からの友達だった俺に嘘をつくな』

『……別に嘘なんて……』

親友『なら、はっきりと言ってやろうか?』

『……何を』


432 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:51:04.35 enymi4QR0 171/508

親友『お前が、妹を避けるようになった理由だよ』

『なっ……』

親友『俺が分からないとでも、思ったか?』

親友『そうだったとしたら、お前は、相当な大バカ者だ』

『……くっ』

親友『いいか、お前は……』

『や、やめろっ!』

親友『妹のことが好──』

『……ッ』


434 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 00:51:55.13 enymi4QR0 172/508

バゴッ!!

親友『……くっ』

『それ以上、言うなっ』

『分かっていても、言うんじゃないっ!』

親友『……何でだよ……何が問題……なんだ?』

『いいから、止めろ』

『頼むから、やめてくれよ……』

親友『……お前……』

『……っ』

たったったった……。

親友『…………』


441 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:25:07.82 enymi4QR0 173/508

──書斎

ドンドンドンッ!!

男性「……な」

ガチャ……。

「…………」

男性「……君か……」

「…………」

男性「ど、どうした? まだ、気分が悪いのか?」

男性「もしそうなら、数日間、仕事を休んでも──」

「……終わら、せましょう……」

男性「……は?」

「……もう、こんな芝居」

「……やめてしまいましょうよ……」

男性「ま、まて……」


442 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:26:04.29 enymi4QR0 174/508

男性「……君には言ったはずだと思うが」

男性「今のあの子には、君という兄が必要で……」

男性「それに、途中でやめる事は……」

「……昔」

男性「……ん?」

「……酒を飲んでは溺れて」

「暇さえあれば、煙草を吸っているような男がいましてね……」

男性「……な、何の話だ?」

「ヘビースモーカーっていうんですか……?」

「僕は煙草を吸わない事にしてるんで、よく分かりませんが」

「そんな骨の髄まで腐り切った、駄目人間がいたわけですよ……」

男性「……男君」

男性「もしかしたら、私が思っている以上に、君は……」


443 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:26:35.90 enymi4QR0 175/508

「でも、父親だったんです……」

男性「……え?」

「そんな駄目人間でしたけど、間違いなく、僕の父でした」

「……愛すべき、家族だったんです」

男性「…………」

「でも、そんな男ですから、家庭に幸せは訪れなくて……」

「気がついた時には、遅かったんです……」

「……既に、何もかも歯車が狂い始めていて……」

「不思議に思いませんでしたか……?」

男性「……何を?」

「どうして、僕が……この街に再びやってきたのか……」

男性「それは、知らない……」

「実はですね……」

「……仕事のあてを探しにきたんです」


444 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:27:02.32 enymi4QR0 176/508

「それも、ある程度、お金になる仕事をね……」

男性「……どういうことだ?」

「最後に頼むのは、親友っていうでしょ?」

「だから、何年も訪れていないこの街に……」

「……かつての友人を頼ってきたわけです……」

男性「…………」

「そしたらびっくり……まさか、ソイツが死んじまってて……」

「……妹は、記憶喪失……」

「……は、ははっ……」

「笑っちゃいますよね……どんなタイミングだよって……」

男性「……っ」

「でも、あなたは僕に提案した」


445 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:27:32.62 enymi4QR0 177/508

「……『息子の代わりをしてくれ』と」

「『妹の兄になってくれ』と」

「この際だから、はっきり言いますね……」

「……そんな大役、僕に務まるわけないんです」

「一人でさえ精一杯になのに……どうして、そんな余裕が?」

男性「……けれど、君は承諾したぞ」

「……その通りです」

「……だって、仕事が貰えたから」

「かなりの金が入る仕事が、得られたから……」

男性「いったい……どういう……」

「僕にはいるんですよ、お金が」

「……それも少しじゃなくて、大量に」


446 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:28:13.03 enymi4QR0 178/508

男性「……何のために?」

「……手術費用です……」

男性「手術費用……?」

「……父の話はしましたよね?」

「ヘビースモーカーの、煙草吸ってばかりの父がいたって話」

「それが、最悪なことに、母の病気を生みまして……」

「医者の話によると、副流煙は非常に身体に悪いそうです……」

「……で、それを大量に吸っていた母は……」

「──肺ガンになった」

男性「……そうだった、のか……」

「まあ、月々の医療費ぐらいならなんとかなったんですが」

「……有名どころの先生に手術を頼むとなると、相当かかるらしくて……」

「でも、母さんの残された命は僅かで……」


447 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:28:49.80 enymi4QR0 179/508

「……たった一人の守るべき家族なんです」

「かつて、僕は誓いました……けど、その母を救うことができない……」

「……そんな時に舞い込んできた、不幸の中の幸運だったからこそ」

「かつての……友人、妹のためになるという頼みだったから」

「今まで、精一杯、頑張れた……」

「……自分には不可能だと思える事も、やり通せた」

男性「……なら、これからも……」

「でも、もう意味ないんです……」

男性「……どうしてだ?」

「……さきほど電話がかかってきました」

「母が……」



「──死んだそうです」





448 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:29:50.96 enymi4QR0 180/508

男性「…………」

男性「……なっ……」

「もう……僕には無理ですよ……」

「こんな……自分の生きる方向性を見失った人間に……」

「守ると約束した人を救えない、裏切り者に……」

「……親友を演じて、その妹を救うなんて……」

「そんな、大役……無理なんです……」

男性「…………」


449 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:30:36.37 enymi4QR0 181/508

「そもそも、これからの人生……」

「一体、どうしていいのか……」

「……でも、まずは」

男性「帰るのか?」

男性「母親のいる故郷の病院に帰るんだな?」

「…………」

「……はいっ」

「……ごめん……なさい……」

男性「…………」


453 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:50:52.70 enymi4QR0 182/508

──路上

ザーザーザーッ……。

「……雨、か……」

「日中はあんなに晴れてたのになぁ……」

「……ここから、何時間かかるんだっけ……」

「ええと……」

「まあいいや……」

「とりあえず、車に乗らないと……」

「…………」

「『時間がかかってもいいから、落ち着いたら戻ってきて欲しい』か……」

「は、はは……」

「こんな自分を、まだ必要としてくれてるんだな……」

「…………」

「母さんに会いに……行こう」

「…………」


454 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:52:00.98 enymi4QR0 183/508










──『お兄ちゃんっ……』









「……え?」

「嘘だろ……だって……」


455 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:52:33.32 enymi4QR0 184/508

「!!」

「……あっ……」

「あいつの部屋は……そうか、道路沿いか……」

「……やっぱり、一言ぐらいかけたほうが……」

「…………」

「……おーい、聞こえるかっ!」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

「?」

「……だめ、か……」

「そうだよな……」

「雨降ってるもんな……これじゃあ、向こうに届かない……」

「…………」

「…………」


456 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:53:13.18 enymi4QR0 185/508

「……なぁ」

「本当のことを言うとな」

「実は、俺……」

「……お前の兄じゃないんだよ……」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

「昔、別れも言わずに消えた……ただの知り合いなんだ」

「お前にとってみれば、冷たくされた相手かもしれないな……」

「この前に、約束したよな」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

「……そばにいるって」

「助けてやるって」

「でも……ごめん」


458 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 01:53:54.23 enymi4QR0 186/508

「……もう、俺には出来そうもないんだ……」

「今のおれじゃ……お前に勘づかれちまう……」

「足引っ張っちゃうだけ……になるんだ……」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

「だから……」

「また、別れを言わなかった俺を」

「……恨まないでくれよ……」

「…………」

「じゃあな……」

「──さよなら……」

ガチャ……。

……………。
………。


466 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:16:36.23 enymi4QR0 187/508

『…………』

『……朝か……』

ガバッ……。

『昨日は、母さんと父さん、喧嘩してたけど』

『……でも、大丈夫だろ』

『一日経てば、二人とも冷静になれると思うし』

『……最後、父さん……自分のやったこと、後悔してるもんな』

『うん……きっと大丈夫』

『何事もなく、うまくいくはずだ』

『……やっぱり、家族は仲良しが一番だ』

『これを機に、父さん、変わってくれないかなぁ……』

トコトコトコ……。

『でも、会社をクビか……』


467 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:17:01.11 enymi4QR0 188/508

『……厳しいんだな、大人の世界は』

『腹が立っても、殴れない、か……』

『そんなこと言ったら、こないだ、親友を殴った俺は』

『学校をやめなきゃいけなくなるな……』

トコトコトコ……。

『うん……今日、謝ろう』

『やっぱり、殴った俺が悪い』

『それに……このままだと変な空気がずっと続きそうだからな』

『大切な友達を、そんなことで失ったらもったいない』

『……それに妹のことだって……』

トコトコトコ……。

『でも……どうしような……』

『もし仮に、あいつがあの子に言ったりしたら……』


468 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:17:19.91 enymi4QR0 189/508

『……気持ち悪がらないかな? 今までみたいに遊んでくれるかな?』

『あーわかんねぇっ、恋人いたことねぇからなー』

『それに……あの三人の関係を壊していいのか……』

『『兄さん』が『妹』を好きになったなんて……』

トコトコトコ……。

『……ふぅー』

『とりあえず、その件はひとまず置こう』

『まずは、親友と……』

『………ん?』

『なんだろ、この臭い……』

トコトコトコ……。

『リビングからかな? もしかして、誰か起きてる?』


469 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:17:48.35 enymi4QR0 190/508

ガチャ……。

『…………』

『……え』




父親『…………』




『……首を……』

『…………』

『……うっ!』

……ぐええええぇぇっ!!


470 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:18:10.26 enymi4QR0 191/508

『はぁ……はぁ……はぁ……』

『いいか、落ち着け、落ち着くんだ……』

『……今、この家に男は俺しかいない』

『だから、俺がしっかりしないと……』

『そうだっ、まずは母さんをここに入れちゃいけないっ』

『こんな父さんの姿は……見せちゃいけない……っ』

『ことがすむまでは……絶対に……』

『…………』

『……父さん』

『今、降ろして上げるからね』

『ちょっと待っててよ……今、椅子と鋏を』

ががっ……。

『……よし』


471 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:18:42.72 enymi4QR0 192/508

父親『…………』

『…………』

『……うぅ……くっ……』

『駄目だっ……泣くな……男は泣くなっ!』

『全てが終わったら……一人で泣くんだっ』

『……父さん』

『約束する……』

『俺……絶対に強い男になるから』

『母さんを守るから』

『俺が……必ず……』


472 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:19:15.72 enymi4QR0 193/508

『……ん』

『……今、降ろすね』

『少し乱暴になるかもしれないけど、許して』

『父さんの身体を支えられるだけの力はないんだ』

『……だから、地面に落ちる時、少し痛いかもしれない』

父親『…………』

『うん、じゃあ切るよ』

『……よし』

『せいのっ……』

……バタンッ!


475 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:39:31.57 enymi4QR0 194/508

──病院 霊安室

看護婦「……お母様のご遺体はこちらに」

「…………」

看護婦「……その」

「……はい」

看護婦「お母様、癌の病にしては、とても安らかに亡くなられました」

「…………」

看護婦「それに……」

看護婦「いつも、自慢の息子がいるのだと、誇らしげに言っておられまして」

看護婦「亡くなられる直前も、あなたの自慢話を聞かせて頂きました」

「……そうですか」

看護婦「……はい」


476 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:40:33.88 enymi4QR0 195/508

「すみません……」

「少しの間だけ……母と二人だけにして頂けますか?」

看護婦「……もちろんです、失礼します」

「……本当に申し訳ないです」

ガチャン……。

「…………」

「……やあ、母さん」

「半年ぶりかな? それとも、それ以上、経ったっけ?」

「ここ最近忙しくてさ、あんまり時間の感覚が分からないんだ」

「……うん」

「そうか、死んじゃったんだね」

「せっかく、この業界で有名なお医者さんに手術を頼もうと思ったんだけど」

「間に合わなかったみたいだ」


477 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:40:57.44 enymi4QR0 196/508

「……結局、俺、何も出来なかった」

「こんなことになるならさ……」

「前の街になんか戻らずに、母さんの側にいれば良かった」

「前の仕事だと給料は安かったけど、結構、時間は取れたからね」

「もっと病院へ通って、母さんと話が出来たはずだ」

「……ごめん……本当にごめん……」

「電話も何度もしてくれたのに、それも出なくて……」

「……本当に、俺は親不孝者だよ」

「役立たずにも程があるよ……」

「……父さんが死んだ前の夜、結局、俺は止められなかった」

「いつもと様子が違ったのに……気づけなかったんだ」

「……あの時から、何も変わってない」


478 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:41:17.03 enymi4QR0 197/508

「身体は大きくなったけど、中身は成長できていないんだ」

「いつもそうなんだよな……」

「俺って不器用だからさ、どうあがいても器用にはいかない」

「大事なところで、肝心な場面で」

「……ミスをおかす」

「ただただ、運命に翻弄され続けてる」

「…………」

「ごめん……母さん……」

「……本当に……」

「……父さんと約束したはずのに……」

「守るって……言ったのに……」

「……うぅ……くっ……」

「……で、でもっ」


479 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 02:41:34.26 enymi4QR0 198/508

「今は、涙をこらえるよ……」

「母親の前で、大きなった息子が泣くなんて」

「あまりにも、みっともなさすぎるからね……」

「……だけどね、母さん」

「……俺さ」

「正直、これからどうしたらいいか、分からないんだ」

「……もう、何もかも、失った気がするんだ……」

「……俺は……」

「一体……どうすればいいんだろう……?」

「…………」

……………。
………。


486 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:09:47.46 enymi4QR0 199/508

親友『……大変なことになったな』

『ああ……』

親友『明日、引っ越すんだろ?』

『うん』

親友『……遠いな、自転車じゃ行けないぐらい、遠いよ』

『……ああ』

親友『高校はどうするつもりだ?』

『向こうで、働く予定』

親友『……そう、か』

『それよりさ……』

親友『ん?』

『悪いな、妹に黙っててもらって』


487 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:10:42.43 enymi4QR0 200/508

親友『ああ、気にすんな……こうなったら、仕方ない』

『うん……』

親友『……でもさ』

親友『ほんと、こういう時って、何て言っていいのか、分かんないな』

親友『何言っても、下手な同情みたいだし』

親友『俺たちの間に、そんな感情があったら駄目だし』

『……ありがとうな』

親友『……なあ、男』

『ん?』

親友『「頑張れ」なんて有り触れた言葉は言わない。てか、言えない』

親友『でもな、これだけは分かってて欲しいんだ』

『……何だ?』


488 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:11:18.03 enymi4QR0 201/508

親友『どこに行ったとしても、お前には、俺がついてるから』

親友『どんなに辛くても、苦しくても……』

親友『悲しい時は、一緒に悲しんでやる』

親友『泣きたい時は、一緒に泣いてやる』

親友『それで……時間が経ってな』

親友『大丈夫って、胸を張って言えるようになったらさ』

『…………』

親友『そん時は……』



親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』



……………。
………。


494 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:45:50.63 enymi4QR0 202/508

「……ああ……」

「……一緒になって……か……」

「はは……」

「……懐かしい、な……」

「……でもよ……」

「お前も……もう、死んじまったじゃないか……」

「……何で……」

「何で、俺の大事な人たちはみんな……」

「……俺だけを残して、死んじまうんだ……」

「……うぅ……」

「くっ……うっ……うぁっ……」

「……何でだっ」

「どうして、こんなにうまくいかないっ……」


495 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:46:19.97 enymi4QR0 203/508

「これ以上、俺に……」

「俺に……どうしろって言うんだ……よ……」





──『先に、■きになったのは■■じゃないから』





「……あ」

「違う……」

「まだだ……」

「……まだ、俺には……」

「……そうだよ」


496 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:46:43.81 enymi4QR0 204/508

「……アイツがいるんだ……」

「俺のことを必要としてくれる……あの子が……」

「俺はっ!」

──……さんっ……さんっ

「……ん?」

「あっ……もしかして……」

「……これは夢だったのか……?」

……………。
………。


497 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:47:23.99 enymi4QR0 205/508

──待合室

ゆさゆさっ!

看護婦「男さん、男さんっ!」

「……えっ?」

……ピピピピピッ!

「電話……?」

看護婦「さっきから、男さんの携帯が鳴ってますよ?」

「ええと、う、うん……」

看護婦「大丈夫ですか? 目覚めてますか?」

「あ、うん。もう、大丈夫」

ピピピピピッ……。

看護婦「なら、そろそろ電話出てあげたほうがいいですよ」

看護婦「この時間です。きっと緊急の用のはずですから」

「ありがとう……出るよ」

看護婦「はい」


498 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:48:18.96 enymi4QR0 206/508

ピッ。

「もしもし……」

父親『男君かっ……!?』

「は、はい……一体どうしたんですか?」

父親『今、君は母親の元に行ってるんだよなっ?』

「そうですが……その」

「多分、今週中には戻れると思います」

父親『……そ、そうなのか?』

「……はい」

「恥ずかしいことですけど」

「一度回りきって……やっと大事なことに気づけたみたいです」

父親『そ、そうか……それは良かった』

「で……あの、どうかしたんですか?」


499 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:48:46.63 enymi4QR0 207/508

父親『いや、そのだな……実に言いにくいことなんだが』

「はい?」

父親『……今の君に聞かせるのは、正直、心許ない……』

父親『だが、覚悟を決めてくれたのなら』

父親『今はもう、家族の一員である君に伝えるほかない』

「……ええと」

父親『……実はだな』




父親『君がいなくなった後……妹が────────」




「…………」


501 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:50:11.29 enymi4QR0 208/508

ぽとっ……。

『男君……? 聞いてるのか、男君っ……!?』

看護婦「あ、あの……」

「……ん?」

看護婦「その……ええと、携帯」

「ああ」

看護婦「いいんですか? 床に落ちちゃって……」

看護婦「……その、相手先の方はまだ、お話が」

「気にしなくていいよ」

看護婦「で、でも」

「いいんだ。もう終わったからさ」

看護婦「……それなら、私は別にいいですけど」

「それより、少し話を聞いてくれないか?」


503 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:51:33.98 enymi4QR0 209/508

看護婦「は、はい」

「雨だったんだ」

看護婦「え?」

「もっと早くに気づくべきだったよ」

「俺とした事が、やっぱり、ミスをしてた」

看護婦「そ、その……一体……」

「彼女の俺を呼ぶ声が聞こえた」

「つまりいえば、彼女の声は俺に届いてた」

「雨だったけどね」

看護婦「…………」


504 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:52:09.42 enymi4QR0 210/508

「ってことはだよ? 逆もしかりと言える」

「俺の言葉は……その実、全部向こうに伝わってた」

看護婦「……あの」

「やっちまったなぁ」

「せっかく、思い出せたっていうのにさ」

「本当に自分がやらなきゃいけないこと」

「大切にしなければいけなかったこと」

「それが全部、さっき、分かったはずだったんだ」

看護婦「…………」

「でも、また、駄目だった」

「失敗した。間に合わなかった」

「また失った。無くした」

看護婦「……男さん?」


505 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:52:25.77 enymi4QR0 211/508

「今度こそ、綺麗さっぱり、俺は失った」

「俺の生きる意味はもう……」

「──ない」

看護婦「…………」

「……はは、はは」

「笑える。最高に笑えるよっ!」

「なんて滑稽なんだっ!」

看護婦「これは……もしかして……」

「く、くははっ」

「くはは、ははははっ!」

「ははははははははははははっ!」

看護婦「……だ、誰かっ!」

看護婦「誰か来てっ! こちらの方が──」

……………。


506 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:54:00.89 enymi4QR0 212/508

──ふあふあする

──全ての枷が取り除かれたように……
   あたかも、風船のように空に飛んで行けるような、
    そんな気持ち

──世界は歪んでいき、滲んでいき……
   滲む? もしかして、俺は泣いてるのかな?

──でも、いいんだ

──だって、もう、終わりだから

──これで終わり

──何も出来ずにおしまい

──…………

──……なあ、親友



──また、俺たち二人が笑え合える日って、くるのかなぁ……



……………。
………。


508 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:54:57.63 enymi4QR0 213/508

親友『そん時は……』

親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』

『……お前』

親友『俺だけじゃない。俺の妹も……』

『…………』

親友『癪だから、お前には絶対言いたくなかったけどさ』

『……ん?』

親友『先に、好きになったのはお前じゃないから』

『……は?』


509 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:55:52.84 enymi4QR0 214/508

親友『お前と初めて出会った時』

親友『悔しいけど、その時から、アイツはお前に惚れてんだよ』

『そ、そんな……』

親友『…………』

『……嘘だろ……』

親友『……本気で言ってんのか?』

『…………』

親友『妹と仲良しの『お兄ちゃん』が言ってるんだぞ?』

親友『いいか、どうせ、お前はさ……』

親友『別れるって分かってるなら──』

親友『アイツに会っても意味はないって、思ってるんだろ?』

『…………』

親友『でも、忘れないでくよ』


511 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:56:35.36 enymi4QR0 215/508

親友『アイツは……今も昔も……』

親友『──『兄さん』のことが、大好きなんだから』

『……っ』

親友『そう遠くない未来、戻ってこい』

親友『そして、想いをアイツにぶつけてやれ……』

『……ああ』

『……約束する……』

親友『よし、なら、もう俺から言う事はない』

親友『でも、早くしないと、他の誰かに奪われちまうかも知れんぞ?』

『はは……よく言うよ』

親友『どうしてだ?』

『お前なら、きっと覚えてるはずだ』

親友『……ん?』


512 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:56:59.96 enymi4QR0 216/508

『「どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら」』

親友『……あ』

「頼むぜ、俺は信じてるからな?』

親友『……ふん……』

『……言うぞ……』

『……ふぅー……』

『どうするんだよ、俺のいない間にアイツに寄ってくる男がいたら』

親友『…………』

親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』

『どうする?』

親友『妹が必ず、俺に相談してくるはずだから』


513 : 以下、名... - 2011/06/10(金) 03:57:33.21 enymi4QR0 217/508

『つまり、その時に──』








──そいつをボッコボッコにしてやろうっ!












続き
妹「兄さんって呼ばせて下さい」【後編】


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