太陽系第七惑星天王星
時点軸が98度傾いたその惑星は
太陽に面している逆の地平では
ずっと夜だった
あかりちゃんはご満悦だった
元スレ
あかり「ずっと夜だよぉ」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1484585555/
毎日穴を掘っていた
夜と言うだけでは飽きたらず
自分の入る穴をひたすら掘って
自分の存在を暗闇からも
地表からも隠そうとしていた
疲れればその穴の中で休み
疲れが取れればまた穴を掘り進めた
あかりちゃんのその行為は
夜の間中ずっと続いてた
ちなみに天王星はずっと夜だった
あかりちゃんには都合が良かった
穴はどんどん深くなった
夜は常に闇を濃くしていて
そこに変化はなかった
あかりちゃんはたまに空を見上げる
夜のとばりが降りた天王星は
静寂そのものだった
あかりちゃんの欲していた夜が
ずっとずっと遠くまで続いていた
あかりちゃんはそれを確認すると
満足してまた穴を掘り進めた
天王星人が時折あかりちゃんの様子を見に来た
土地の所有権を持つ天王星人にとっては
勝手に土木工事を始めるあかりちゃんは
悪徳土建屋のなにものでもなかったからである
あかりちゃんは極力天王星人の存在を無視した
気の弱い天王星人はこちらから接触しない限り
あかりちゃんの作業を無理矢理中断させてくることはなかった
天王星人は不安そうにあかりちゃんの開けた穴を見て
そうしていつの間にか帰るのだった
あかりちゃんはせっせと穴を掘っていた
その作業に没頭していると
夜がますますあかりちゃんの上に強く降りていくように感じた
あかりちゃんには至福の時間だった
天王星の夜は長い
あかりちゃんがいるのは
天王星夜側の極点だった
最も太陽から離れ最も闇が深く
最も宇宙の深淵に近い場所だった
天王星の僻地とでもいうべきここは
太陽系主要部からは完全に隔離されていた
だけど逆に
海王星だけはよく見えた
天王星よりもさらに遠く楕円軌道を描く最果ての惑星
メタンにより宝石のように青く反射するその珠玉のような惑星を
あかりちゃんは大好きだった
夜にその惑星を見つけることがあれば
何日もあかりちゃんは作業を放棄して
その鮮やかな惑星に見惚れていた
そうしてあかりちゃんは穴を掘り進めた
穴を掘り進めることに意味はあるのか
あかりちゃんはもうそれすらもわからなかったけど
とにかく掘り進めた
掘り進めることで何かが変わると思っていた
たとえ何かが変わらなかったとしても
なにも悪いことはもう起こらなくなると思っていた
あかりちゃんが穴を掘るという行為は
そういう願いが仮託されていた
あかりちゃんの勝手な願いが
天王星の穴を掘るという事象に繋がり
天王星に穴が出来るという現象になっていた
気弱な天王星人の土地に勝手に穴を開けるという行為
その理不尽さにあかりちゃんは全く気が付いていなかった
自分が隠れるための穴を作るので
あかりちゃんは精一杯だったからだ
天王星人は気弱だったが
しかしなにより懐が深かった
穴を掘る作業に疲れたあかりちゃんの元へたまに酒を持ってきた
天王星人にとって土地の権利関係は緩やかな合意でしかなかったため
穴を掘るあかりちゃんにそこまでの敵意を感じていなかった
何故なら天王星は大きいから
あかりちゃんはたまに天王星人と一杯やった
そんなときはいつも夜空を見上げて星を見ながら
お酒を飲んだ
天王星の夜によって星星はその存在を光に奪われることはなかった
常にあかりちゃんに存在を報せ
あかりちゃんが見たいときにそこに居てくれた
天王星人との星見酒はとても心地よい安心感に包まれていた
学会では天王星の衛星は27個発見されていると公表されている
しかしあかりちゃんが知ってる天王星の衛星の数は39個だった
天王星人に教えて貰ったものもあるし
あかりちゃんが見つけたものもあった
それらに一つ一つあかりちゃんは名前を付けていた
あかりちゃんは衛星とは旧来の友達だった
しかしたまに星星の僅かな輝きさえ
あかりちゃんをどうしようもない不安に陥れ
あかりちゃんを狂ったように穴堀りに駆り立てることがあった
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい
より深く
より暗闇へ
逃げたい
逃げたい
あかりちゃんは自身の内面を形作る陶芸家のように
穴の深さにその心の闇を映し出させた
もっと深くもっと深くへ
あかりちゃんは狂ったように穴を掘り始めた
冬を感じ取った動物が寝床を作り出すように
あかりちゃんは一心不乱に穴を掘った
あかりちゃんがそうやって必死に穴を掘りはじめてから
2年が経とうとしていた
あかりちゃんは寝るのも忘れて
穴を掘り続けた
穴は深く深く
暗く暗くなった
あかりちゃんが疲れて穴の中で休んでいるとき
深く濃かった闇がその色を落ち着かせ
朧な色彩が少しずつ
だが確実に空に差し込んでいった
完全だった闇に一筋の水滴が落とされるように
神の意向があまねく伝わるように
世界の夜は夜でなくなろうとしていた
淡く白い光が天に差された
42年の夜が終わり
42年の昼が始まろうとしていた
あかりちゃんは深くなった穴の中で
光の存在に怯えていた
いつか来ると思っていた
だけどそのことを意図的に忘れていた
夜の暗闇に安寧を求めていた
さらに深く穴を掘って自分をそこに沈めた
いつか来る光から逃げるために
だけど光は容赦なくあかりちゃんを照らした
穴は
深く深く掘るほど光への恐怖を増大させ
そしてやがて必ず来る光からは逃れさせてくれなかった
あかり「あかりもうダメだよぉ」
あかりちゃんは弱音を吐いた
数十年ぶりの弱音だった
宇宙が誕生して数百億年の中で
最も力のない弱音だった
天は入れ替わろうとしている
あかりちゃんはそう簡単には変われない
古典物理学により説明される惑星運動での事象と
あかりちゃんの心の闇では
まったく性質を異にしていたからだ
ちなつ「だったら踊れば良いじゃない」
穴から差し伸べられる手がそこにあった
あかり「ちなつちゃん……」
一回の人生では数え切れないほど懐かしい手が
あかりちゃんの目の前に降りてきた
ちなつ「何万年かぶりだね、あかりちゃん。ずっと隠れてたから何処にいるか長いことわからなかったよ」
あかり「あかりはずっと隠れる場所を探してたんだよぉ」
ちなつ「それはもうおしまいだよ。ちーながあかりを見つけたんだからね」
あかり「やだよぉ。あかりはまた隠れるんだぁ。あかりは光が怖いよぉ」
ちなつ「馬鹿おっしゃい」
天王星にあるまじき鮮烈な音が響き渡った
あかり「ぐええビンタ痛いよぉ」
ちなつ「いいから娯楽部に帰るわよ」
あかり「だけどあかりは」
ちなつ「それは本当に望んでいること?」
あかり「そうだよぉ」
ちなつ「代償ではなく?」
あかり「……それは物の見方の違いだよぉ」
ちなつ「本当に欲しているものは?」
あかり「叶わないからいらないよぉ」
ちなつ「それは確定事項?」
あかり「それは……酷く主観的な評価だけど……」
ちなつ「主観は常に変わるものでしょ」
あかり「その為に人は……」
ちなつ「人は苦しむのよね、あかりちゃん」
あかり「そうだよぉ」
ちなつ「だから、逃げたい」
あかり「誰にも否定できないよぉ」
ちなつ「変えられる」
あかり「どうして人があかりを……!」
ちなつ「人を救えるのは人だからよ」
あかり「それも移り変わる価値観に壊されるよぉ」
ちなつ「だから穴なのね」
あかり「確かなものは自分で作るしかないよぉ」
ちなつ「そう……ならダンスは?」
あかり「え?」
ちなつ「そこに主観は入るかしら」
あかり「……入らないよぉ」
ちなつ「踊ればちーなは帰るわ」
あかり「……」
ちなつ「そのあと戻りたいなら戻っておいで、あかりちゃん。娯楽部に」
光の舞台で舞踏が始まる
穏やかなワルツ
天王星の空が明けていくのと呼吸を合わせるように
ゆっくりとそのワルツは進む
ちなつちゃんはとても心地よくワルツを踊っている
何万年かぶりに見つけた親友との一時を楽しんでいる
あかりちゃんは久々に踊るワルツに足を困らせている
だけどゆっくりとしたワルツの動きは次第に二人の体の合意がとれて
一つに溶け合っていく
天王星の夜と昼の狭間で
二人はワルツを躍り続けた
ちなつ「どう?帰る気になった?」
白い朝焼けがちなつちゃんの顔を照らす
神から約束の美を授かったかのようにちなつちゃんは輝いていた
あかり「あかりは……」
あかりちゃんは答える
そこに確定的な根拠はない
だけど伝えなきゃいけない
あかり「帰らないよぉ」
ちなつちゃんが悲しむ
あかり「あかりはあかりのいたい場所にいるよぉ。それは宇宙のどこだって良いんだぁ」
あかりちゃんはちなつちゃんの手を離す
ちなつちゃんが途切れた指先の向こうを見ると
もうあかりちゃんは天王星にはいなかった
途切れたワルツは天王星に残響を残し消えた
あかりちゃんはまた暗闇を探して宇宙をさ迷う
見付けられないものを見付けられないと知りながら見付けようとするように
おわり