1 : 名無しさ... - 20/04/17 00:07:15 By0 1/17

アイドルマスターシンデレラガールズです。

しゅがーはぁとこと佐藤心さんのお話です。

元スレ
佐藤心「頑張っている君と」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1587049635/

2 : 名無しさ... - 20/04/17 00:07:51 By0 2/17

 俺は役者になりたかったんだ。

 映画やドラマが好きで、子供の頃からなけなしの小遣い握りしめて映画館に行ったり、小遣いがなくなればテレビドラマをずっと見ている。そんな子供だった。

 画面の向こうの人達は俺にとってのスターだった。警察官になったり消防隊員だったり、時には犯罪者だったり、またある時にはヒーローだったりと。

 画面の向こうに居る人達はなんにだってなれた。色々な夢を叶える職業が役者だったんだ。

 いつしか見ているだけでは物足りなくなり、自然と演劇の道へ進むようになった。演劇部に入り、進路は演劇系の学校へ。役者になるのが俺の夢だったんだ。

 学校を卒業して、一度は夢だった役者になった。小さい劇団だったけど、俺は確かに役者になったんだ。夢を叶えたんだ。

3 : 名無しさ... - 20/04/17 00:08:33 By0 3/17

 でも、現実は厳しかった。チケットのノルマも最初の頃は友人たちが買ってくれたからなんとかなった。しかし段々とチケットがさばけなくなり、自腹を切る事が増えて行った。次第に生活費すらノルマに充てなければならなくなるほどチケットは売れなくなってしまった。

 ノルマを達成するためには金が要る。金を稼ぐためには働くしかない。バイトをいくつも掛け持ちしてなんとかお金を工面した。

 でもバイトをすればするほど演技の勉強に充てる時間は減り、舞台の稽古が始まれば長期でバイトを休まなければならなくて、その度にバイトをクビになり、またノルマをどうするかで頭を抱える。そんな日々が数年続いた。

 ……そうやってようやく俺は気付いたんだ。俺には役者の才能が無いって。

 才能が無いのに、努力する時間も無い。時間があれば金を工面するために働かなくていけない。働いていては勉強や稽古の時間が取れない。

 才能が無いのを自覚したその日のうちに俺は劇団を辞めた。

 才能が無いのだから仕方がない。そう言い聞かせて。



4 : 名無しさ... - 20/04/17 00:09:38 By0 4/17



「うぐぐ……」

 オーディションの結果を見てまた頭を抱える。一体何がダメなのだろうか。ルックスは良い。歌もダンスも良い。演技だってこなせる。どうしても落ちる要素が見当たらないのだが……。

「お疲れ様です。また心さんのですか?」

「あぁ、お疲れ様です。ちひろさん」

 俺がパソコンの前で頭を抱えているとちひろさんがコーヒーを淹れてきてくれた。美人で気が利く彼女は俺達スタッフのアイドルと言っても過言ではない。

「……また落ちたんですね、心さん」

「はい……。いやもう本当に何がダメなのか……。あ、いやわかってはいるんですけど」

 俺が担当するアイドルは佐藤心。26歳と言うアイドルとしては遅咲きな部類ではあるが、歌も上手いし、ダンスも上手い。演技だって色々な幅がある。

 見た目だって歳の割に幼い顔立ちをしているが、スタイルは抜群。女性にしては長身の部類の166センチ。出るとこは出ているし締まるところは締まっているメリハリのある身体。

 何をやらせてもそつなくこなすし、本人にも向上心があるから努力だって怠らない。

5 : 名無しさ... - 20/04/17 00:10:33 By0 5/17

 そんな一見すると完璧な彼女なのだが、オーディションとなるとことごとく落ちる。落ちる。落ちる。とにかく落ちる。全滅する。

「あはは……。でも、それが心さんの良いところですし……」

「わかっちゃいるんですけどね……」

 思わずちひろさんが苦笑いをしてしまう、心さん唯一の欠点……。それが――

「おっつスウィーティー☆ オーディションどうだった? ねぇ、どうだった!? 今度こそ受かってるでしょ!? だってはぁとってばとってもスウィーティーだったし☆」

 これである。

 もちろんこの『しゅがーはぁと』こそが彼女の美点でもあるのだが。

6 : 名無しさ... - 20/04/17 00:11:49 By0 6/17

「……」

「ん? どうしたんだ、プロデューサー☆ 顔が暗いぞ☆ ほら笑顔笑顔♪」

「お疲れ様です、心さん」

「お疲れ様、ちひろちゃん☆ で、はぁとのオーディションの結果は!?」

 黙っていれば完璧な、大人の魅力溢れる佐藤心は、口を開けばこんなんだ。

「また落ちましたよ、心さん」

「えー……。またダメだったのかぁ……。んー……そっか……。でも仕方ない! もーっと一杯レッスンして次こそ頑張ろう☆ あ、あとはぁとって呼んでって言ってるだろ☆」

「はは……」

 これが俺の担当アイドル佐藤心。しゅがーはぁとこと佐藤心だ。



7 : 名無しさ... - 20/04/17 00:12:19 By0 7/17



「いやー、でも本当に何がダメなんだろうね」

「いやいや。心さんもわかってるでしょ」

「わかってても認めないぞ☆ はぁとははぁとだし☆ しゅがーはぁとじゃなきゃ意味ないもん☆」

 まったくこの人は……。自分でもどうすればいいかは分かっているはずなのに。それでも『しゅがーはぁと』は夢だからと言って譲ろうとしない。

 夢を諦めずにがむしゃらに走り続けるのが彼女の良いところではあるのだが。

「っとと……。ステップこんな感じでいいよね?」

「はい。オッケーです。さすが完璧ですね。まだこの曲2回目ですよね?」

「だってやっと念願だったアイドルになれたし? 努力くらいいくらでもしてやるぞ☆」

 心さんはこの歳までアイドルを諦めずにひたすらにもがき続けていた。ずっとこのしゅがーはぁとってキャラで一人きりで地道にコツコツと努力を続けていた。

「……報われて欲しいな、やっぱり」

「ん? なに?」

8 : 名無しさ... - 20/04/17 00:12:48 By0 8/17

「なんでもないです。じゃあダンスは完璧っぽいんで、次は歌と合わせてやってみましょうか。歌詞も大丈夫ですよね?」

「もち☆ はぁとを誰だと思ってるんだ☆」

「はいはい。さすがしゅがーはぁと様。じゃあいきますよー」

 心さんには才能がある。才能がなかった俺と違い、彼女には才能がある。それに努力だってできる。結果が見えなくても努力できる彼女は間違いなく才能がある。

「……なんでうまくいかないんだろうな」

 彼女が歌い踊る姿を見つつポツリと呟いてみたのだが俺の疑問には誰も答えてくれそうはなかった。



9 : 名無しさ... - 20/04/17 00:13:21 By0 9/17



「……またダメか」

 今回は自信があったのだが、届いた結果には不合格の文字が。今回のオーディションはいっその事『しゅがーはぁと』の部分を活かしたものを選んで受けてもらった。コンセプトがキュートだったので『しゅがーはぁと』にはぴったりだと思ったのだが。

「……オーディション受けてたの、若い子ばっかだったしな」

 コンセプトがキュートってだけあって、受けに来ていたアイドルは可愛いと言う言葉がよく似合う女の子達ばかりだった。心さんより10歳くらい下の子達が多かったように思う。甘い感じってなると大人には厳しいのだろう。

「26歳の大人を活かせば『しゅがーはぁと』がネックに。『しゅがーはぁと』を活かせば26歳って大人がネックになる」

 この相反する二つの要素を両立させられない限り彼女がオーディションに受かるのは無理なんじゃないだろうか。

「いっそクール路線で一度売り出してからキュート路線に方向転換させるか……?」

 黙っていればクールもいける心さんだ。スタイルも悪くないし、モデル路線で一度売り出して知名度と人気が上がってきたらバラエティなどで『しゅがーはぁと』を売り出すのもありかも知れない。ギャップでウケる可能性だって充分にある。

10 : 名無しさ... - 20/04/17 00:14:03 By0 10/17

「……一度心さんに相談してみるか」

「はぁとに相談?」

「ぎゃあっ!?」

 人生でもそうそう上げる事のない叫び声をあげてしまった。急に後ろから冷めたトーンで声かけられたら誰でもそうなってしまうだろう。決して俺がビビり倒したわけではない。

「し、心さん……! 脅かさないでくださいよ」

「あはは。ごめんね。プロデューサー」

「……何かありました?」

 さっきからいつものような溌剌とした元気さがない。落ち込んでいるようなそんな感じ。

「それってさ」

「はい?」

 俺が手に持っている書類を指さして言う。

「……またダメだったんでしょ?」

「……はい」

「うん。だよね。知ってた」

11 : 名無しさ... - 20/04/17 00:14:37 By0 11/17

 彼女はそう言うと若干肩を落としてソファーに倒れるように沈み込んだ。

「……私、才能ないのかな」

 ソファーに突っ伏したまま彼女は言葉を紡ぐ。くぐもって聞こえるからか先ほどよりも覇気がない。いや……実際ないのだろう。

「そんな事ないですよ」

「……ありがと。でもさ、もうずーっとオーディション落ちてばっかりじゃん? だからさ、才能ないのかなって」

「それは……」

 彼女には才能があると俺は思っている。だけど、オーディションに落ちてばかりと言う部分は事実なのですぐには反論が出来ない。

「『しゅがーはぁと』は夢を見られないのかなぁ」

 彼女の姿にどことなく既視感を覚える。役者を諦めた頃の俺に似ている気がする。信じていた夢が叶わないっていう現実が無視できなくなってしまったあの頃が今の彼女にそっくりだった。

12 : 名無しさ... - 20/04/17 00:15:06 By0 12/17

「心さんは才能ありますよ」

「気休めはいいって☆ ……結果、出せてないし」

 彼女は起き上がるとトレードマークだったツインテールを解いてソファーに座り直した。彼女お手製の黄色とピンクのド派手な服と、年相応になった彼女の首から上がどこかミスマッチな気がしてならない。

「うすうす気づいてはいたんだよね。才能ないなって。あ、でもプロデューサーは才能あるって言ってくれてるし、正確には違うか。才能足りてないのかな」

 先ほどまで結っていた髪ゴムを持て余しながら寂しそうな表情で彼女は続ける。

「足りない才能は努力で補えばいいんですよ。努力できるのだって立派な才能です。アイドルの才能が足りないって心さんが思うなら努力すればいいんです」

 努力できなかったあの頃の自分が頭の片隅をよぎる。金が無い、時間が無いを言い訳に努力する事から逃げてしまったのあの頃の自分。

 でも、彼女は……佐藤心は違う。金とか時間とかそういうものを言い訳にせず、ずっとずっと努力している。俺が見てないところでもずっと努力している。彼女が頑張っている事をちゃんと知っている。

13 : 名無しさ... - 20/04/17 00:15:45 By0 13/17

「じゃあ……プロデューサーも才能あるんだね」

 しばしの静寂のあと、彼女は優しく笑いかけてくれた。

「いや、俺は才能ないですよ」

 才能あったら俺は役者を続けていただろう。芸能界から離れられずプロデューサーって職に就いてまでもしがみついている俺に才能はない。

「そんな事ないじゃん? だってプロデューサーははぁとのためにすごく努力して頑張ってくれてるし。努力できるのは才能なんでしょ? って! なんで泣くんだよ☆」

「え……? あれ……。本当だ……」

 彼女の言葉を聞いていたらなぜか涙が出てきてしまった。

 才能があるって言ってもらえた事なんて初めてだった。誰かに頑張ってるって認めてもらえたのも初めてな気がする。

「もう……☆ 泣きたいのははぁとの方だって言うのに。仕方ないなぁ」

 泣きながら立ち尽くしてる俺の身体をふわりと暖かいものが包み込んでくれた。いい歳した大人が抱きしめてもらうなんて情けない。

14 : 名無しさ... - 20/04/17 00:16:19 By0 14/17

「ほら。なんで泣いてるのかはぁとお姉さんに話してみ?」

「……俺の方が年上ですよ」

 泣きながら抱きしめられてる状態で言っても説得力なんてないのだが。それでも男としての矜持はある。……たぶん。

「なんだ☆ 軽口叩けるって事は元気じゃん☆」

 優しく包み込んでくれていた体温が離れていく。少し寂しい気もするけど……。

「……はい。その笑顔を見たら元気になれました」

 心さんが見せてくれた、とても優しい笑顔。優しさですべてを包み込んでくれる花のような笑顔。

「ふふっ☆ でしょでしょ♪ はぁとの笑顔は全人類に元気を分け与えちゃうんだぞ☆」

 ニッと歯を見せていたずらっぽく笑う彼女。あの花のような笑顔も素敵だったけど、やっぱり『しゅがーはぁと』にはこの太陽のような笑顔が似合う。

15 : 名無しさ... - 20/04/17 00:16:38 By0 15/17

「……はい。じゃあ元気貰っちゃいましたし、今ならもっと良い心さんのプロデュースプラン思いつけそうです」

「おう☆ じゃあ頼むぞ、プロデューサー☆」

「任せてください!」

 と、これで終われたらまだカッコがついたのだが……。

「でももうアイデア出ないので一緒に考えてもらってもいいですか……」

「えーっ……。もう締まらないなぁ……」

 俺の才能はまだまだ足りていないらしい。もっともっと努力しよう。この人のためならいくらだって努力できる。この人のために頑張る事に関しては誰にも負けない。これは俺にしかない才能だから。やっと見つけた俺の才能。

 夢のステージに向かってこれからも努力しよう。二人でならきっと輝ける。彼女も俺も誰にも負けない努力するって才能があるのだから。


16 : 名無しさ... - 20/04/17 00:17:02 By0 16/17



 歓声が地響きとなって伝わってくる。割れるような拍手喝采が聞こえる。

「はぁはぁ……。あー……もうすっごい楽しい☆」

「俺もですよ、心さん! はい、水です」

 才能がないと嘆いたあの日からどれだけだっただろうか。

「ありがと☆ あと何秒ある?」

「あと20秒です。すぐですよ」

 俺は才能がないと嘆いて夢を諦めてしまった。

 彼女も一人では才能がないと嘆いて夢を諦めてしまったかもしれない。

 でも、二人だったからここまで来れた。

「よし! じゃあもう一度行ってくるぞ♪」

「はい。俺はここからちゃんと見てますから」

 二人の夢、トップアイドルはもうすぐそこだ。

「じゃあ行こう! プロデューサー!」

「はい!」

「「トップアイドルを掴みに!」」

End

17 : 名無しさ... - 20/04/17 00:18:18 By0 17/17

以上です。

いよいよ今日から第9回シンデレラガール総選挙が始まりますね。
私の担当アイドルである、しゅがーはぁとこと『佐藤心』ともう一人の担当アイドルである『神谷奈緒』をなにとぞよろしくお願いします。

それではお読み頂ければ幸いです。

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