医者「ふむ、両腕が動かないと……」
患者「はい……」
医者「どちらの腕もマヒしている。これは手の施しようがありませんな」
患者「なんですって!?」
医者「というわけで、匙投げまーす!」ポーイッ
患者「投げないでーっ!」パシッ
患者「……あ」
医者「はずみで動くようになったようですね。よかったよかった」
患者「あ……ありがとうございます!」
元スレ
医者「匙投げまーす!」ポーイッ 患者「投げないでーっ!」
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球児「いででで……!」
医者「どうしました?」
球児「練習中、肩を脱臼してしまって……」
医者「これはこれは……ふんっ!」
グキッ!
ナース(スプーンで肩を……!)
医者「これで治ったはずです。痛みもないでしょう?」
球児「ほ、本当だ!」グルグル
老人「耳が聞こえなくなってしもうたんじゃ……」
医者「いつ頃からですか?」
老人「今あんたがなんといっとるのかもよく分からん」
医者「問診などせずとっとと治療した方が早そうですね」
医者「むんっ!」グイッ
ズボッ!
医者「ほら取れた。大量に耳垢が溜まってたようですね」
老人「おお……ありがとう!」
ナース「さ、腕出して」
子供「注射やだー! やだー!」
ナース「痛くないから」
子供「やだーっ! びえぇぇぇぇぇん!」
ナース「ああ……どうしよう」
医者「私に任せなさい」
医者「これを見て」
子供「……?」
医者「スプーン曲げ!」クニャッ
子供「すごい! どうやったの!?」
医者(今だ)チクッ
医者「はい、終了」
ナース「鮮やかなスプーン曲げでした、先生」
医者「次の方どうぞー」
会社員「歯が痛いんです……」
医者「歯のことは歯医者に行って欲しいんですけど……」
会社員「行きつけの歯医者が休みで……」
医者「仕方ありませんね。匙で虫歯部分だけ削り取ります」グリッ
会社員「あ、痛みが治まった……!」
医者「詰め物もしときます」グリッ
会社員「噛み合わせバッチリ!」
医者「お大事にどうぞ」
医者「これで今日の患者さんは診終わったかな?」
ナース「はい、お疲れ様でした!」
医者「さて、ご飯にするか……」
ナース(カレーライス、茶碗蒸し、ポタージュスープ……どれもスプーンで食べるものばっかり)
医者「明日も匙を投げて、患者さんを助けよう」
ナース「はいっ!」
ナース(そう、この人はどんな怪我や病気も匙……スプーンで治す)
ナース(通称“匙投げ医”なの……)
ナース(だけど、変わったお医者さんだから当然敵も多い)
プルルルル…
ナース「はい、○○医院ですが」
ナース「はい……少々お待ち下さい」
ナース「先生、医師会からお電話です」
医者「……またあいつらか」
医者「もしもし……え、匙投げをやめろ?」
医者「悪いが、私は長年このスタイルで医者をやってるんだ」
医者「やめるつもりなど毛頭ない!」
医者「やめないと……免許剥奪? やれるもんならやってみろ!」ガチャッ
ナース「先生……」
医者「大丈夫だ。私のことが気に食わない連中のただの脅しだよ」
ナース(ただの脅しならいいんだけど……)
医者「今日はどうされました?」
主婦「体がだるくて……」
医者「熱を測りましょうね」ピトッ
ナース(先生はスプーンを額につけて熱を測る。その精度は体温計以上だ)
医者「37.2℃……少し熱がありますね。お薬出しておきます」
主婦「ありがとうございます」
医者「次の方……」
飼い主「この子が……急に元気がなくなってしまって……」
犬「クゥン……」
医者「え」
飼い主「お願いします、助けて下さい!」
医者「あの……犬は獣医さんに……」
飼い主「かかりつけの獣医さん、今日お休みで! お願いしますぅ!」
医者「ま、いいでしょう」
ナース(いいんだ!)
医者「匙で……ふんっ!」グイッ
犬「キャンッ!?」
飼い主「な、なにを!?」
医者「アメ玉を飲み込んでたようです。大きいから喉に詰まってたんですね」
犬「ワン! ワン!」
飼い主「ありがとうございます!」
医者「いいワンちゃんですね。大切にしてあげて下さい」ナデナデ
ナース「先生、手術のお時間です」
医者「ああ、すぐ向かう」
ザッザッザッ…
ナース(手術する時の先生の目つきは……一味違う)
医者「これより術式を始める」
医者「匙を」
ナース「はい」
医者「うむ、よく研がれている……」ギラッ
スパッ!
医者「腫瘍は……ここか」
医者「これをまた別の匙で……」グリッ
ナース(動脈の近い難しい位置なのにあっさりと……)
医者「摘出完了、縫合に入る」
ナース「先生、お疲れ様です」
ナース(難しい手術だってスプーンでこなしてしまう……)
医師会――
会長「例の“匙投げ医”はどうしてる?」
エリート医「我々の忠告を無視し、いまだに診察を続けているようです」
会長「匙を投げて治療をする……あのような輩がいては、我々医者の権威に関わる」
会長「放っておくわけにはいかんな」
エリート医「では……?」
会長「うむ、私自ら出向くとしよう」
ピーポーピーポー
ブロロロロロ…
女「うわっ、なにあれ!?」
男「あれは……黒塗りの救急車だ!」
女「そんなのあるの!?」
男「なんでもトップクラスの医者しか乗れない、超高級救急車らしいぜ」
女「救急車も高級だと黒塗りなんだね……」
ブロロロロロ… キキッ
運転手「どうぞ」
会長「うむ、ご苦労」
エリート医「さ、参りましょう」
ナース「あ、あれは……最上級救急車!?」
ナース「先生、医師会の会長さんが来られました!」
会長「やあ、久しぶりだね」
医者「会長……」
会長「こうして直接会うのは何年ぶりだろうね?」
医者「さあ、覚えてないですね」
会長「今日こうして私がやってきた用件は分かっているかね?」
医者「分かりませんね。ボケの治療ですか? 多分治らないと思いますけど」
エリート医「貴様……!」
会長「ああ、よいよい」
会長「今日こそ君の医師免許を剥奪させてもらうよ」
医者「……」
エリート医「匙を投げる……医者として最低の行為だ」
エリート医「そんな医者を我々は認めるわけにはいかんのだ!」
会長「というわけだ」
会長「医師会の権限をもって、君の医師免許……取り上げさせてもらおう」
医者「くっ……」
ナース(どうすればいいの……?)
後輩「大変です!」
ナース「どうしたの?」
後輩「急患の方が……運ばれてきました!」
ナース「なんですって!?」
医者「!」
エリート医「!」
会長「!」
医者「患者の容体は?」
ナース「交通事故にあわれたようで……瀕死の重体です!」
医者「すぐ処置にかからねば!」
医者「二人とも! 悪いが話は後だ!」
エリート医「……」
会長「……」
怪我人「……」
医者(もうほとんど死んでるといっていい……)
医者(匙をフル活用しても、助けられる確率は五分五分……)
医者(せめてもう一人、もう一人……私に匹敵する医者がいれば――)
エリート医「おい」
医者「お前……!」
エリート医「私も手伝おう」
医者「助かる!」
エリート医「私はこいつを使わせてもらう」
ナース「えっ、フォーク……!?」
エリート医「このフォークを……」
プスススッ
ナース(フォークを全身に突き刺した!)
エリート医「これで生命維持と麻酔は完了だ」
医者「さすがだな」
医者「ではここからは私の出番だ!」
医者「手術開始!」
医者(匙で溜まってる血をすくいとり……)
医者(曲がってる骨を治し……)
医者(めくれてしまった皮膚を整え……)
エリート医「流石だ、手順に迷いがない。私も手伝おう」サッサッ
ナース「スプーンとフォークで患者さんを……!」
ナース「脳波や血圧がみるみる正常値になっていく……!」
会長「……」ウズウズ
ナース(会長さんもなにやらうずうずしている)
会長「どうやら、あの患者は助かりそうだね」
ナース「そうみたいですね」
会長「残念ながら……私の箸の出番はなかったようだ」
ナース「箸!?」
エリート医「会長が出てきてしまったら、我々の出番はありませんよ。少しは後進に任せて下さい」
医者「相変わらず腕は衰えてないようですね……会長」
ナース「……!」
手術は無事成功し――
医者「さて、話の続きをしましょう」
会長「もういい」
医者「え……?」
会長「我々は“匙投げ医”などというふざけた医者を認める気はなかったが……」
会長「あの真摯に患者に向き合う態度、どうやらホンモノのようだ」
会長「これからも“匙投げ医”として思う存分活躍してくれ」
医者「……! ありがとうございます!」
エリート医「ではまたな」
医者「ああ」
エリート医「お前とは医学部時代からのライバルだが、いつかまた対決する日も来るだろう」
医者「楽しみにしているよ」
会長「同窓会は済んだかね? では帰るとしよう」
エリート医「はっ!」
ナース「よかったですね……認めてもらえて!」
医者「失業せずに済んでほっとしてるよ」
ナース「だけどあの人たちもフォークやら箸やらを使ってましたね」
ナース「医者ってあんな人たちばかりなんですか?」
医者「うん……まあね」
ナース「あーあ、なんだか私も匙投げたくなってきた」
医者「投げないでー! 今君に辞められたら困る!」
ナース「冗談ですよ」クスッ
医者「匙を投げられる患者さんの気持ちがちょっと分かったよ……」
― 完 ―