病院――
老人(体が弱っていくのが分かる……ワシの命はここで尽きる……)
老人(せめて孫が中学生になるまでは……生きたかったが……)
老人「みんな……元気でな」
息子「オヤジ!」
嫁「お義父さん……」
孫「おじいちゃん!」
ガラッ!
葬儀屋「失礼しまーす!」
葬儀屋「あ、ちょうどよかった。こちらのおじいちゃん、そろそろ死にそうなので来ちゃいました!」
元スレ
老人「みんな……元気でな」孫「おじいちゃん!」葬儀屋「失礼しまーす!」
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老人「なんだ、あんた……」
葬儀屋「葬儀屋です。なにしろこの業界も競争が激しいんでね」
葬儀屋「死にそうな方に生前からツバつけとくのが慣例となってまして、ハッハッハ」
葬儀屋「私もプロとして、最高のお葬式を提供いたしますよ!」
老人「……!」
葬儀屋「さて、弊社の葬儀なんですけど……」
葬儀屋「Aコース10万円、Bコース100万円、Cコース1000万円とありますけど、どれがいいですか?」
葬儀屋「私としては出来ればCコース……」
老人「……」ピクピクッ
老人「出てけぇっ!!!」
葬儀屋「Dコースですか? Dコースは素人にはオススメできない――」
老人「Dじゃない、出ていけといったんだ!」
葬儀屋「なぜです? せっかく葬儀屋に連絡する手間を省いてあげたのに」
老人「誰が貴様の世話になるか! 出ていけぇ!!!」
葬儀屋「わ、分かりましたよ。それじゃ失礼しまーす!」
ピシャッ!
老人「はぁ、はぁ、はぁ……」
医者「信じられません。まさかあの状態から持ち直すとは……!」
息子「オヤジ……まだあんな怒鳴れる体力があったんだな」
嫁「よかった……」
孫「おじいちゃーん!」
老人「……」
老人「ふん、あれだろう。蝋燭の火の最後の輝きというやつだ」
老人(生き永らえてしまった……)
老人(しかし、このまま生きていたところで……家族に迷惑かけるだけ……)
葬儀屋「失礼しまーす!」ガラッ
老人「わっ、またあんたか!」
葬儀屋「家族に迷惑をかけないために、遺言状を作っておくのはいかがですか?」
葬儀屋「相続というのは何かと揉めますからねえ」
葬儀屋「いつくたばってもいいように、ああ失礼、亡くなってもいいように最高の遺言状を……」
老人「出ていけぇ!!!」
看護師「ご飯でーす」
老人「どうも」
老人「……」パクパク…
老人「ふぅ……病院食というのはまずいなぁ。とても食べる気がせんよ」
ガラッ!
葬儀屋「失礼しまーす!」
老人「葬儀屋!」
葬儀屋「お、全然ご飯食べてない。いよいよ死期が近いみたいですね! というわけで――」
老人「……!」
老人「誰が食べてないだと!?」
葬儀屋「へ?」
老人「食ってやる!」
ガツガツ ムシャムシャ
老人「ふぅ、ごちそうさま!」
葬儀屋「あまり長生きしないで下さいよ。こちとら商売あがったりだ」
老人「うるせえ、出ていけ!」
白衣「ほら、あと一歩!」
老人「ふぅ、ふぅ……」ヨロヨロ…
老人(リハビリがこんなにキツイものとは……)
老人「も、もう無理……」ヨロッ
葬儀屋「……」ニヤニヤ
老人「!」
葬儀屋「もう諦めなさいって、退院なんかできないから。だから、この契約書にサインを……」
老人「なんだと……!?」
老人「このクサレ葬儀屋がァ!」
葬儀屋「ひっ!」
老人「杖でブッ叩いてやる!」ブンッ
葬儀屋「わっ、危ない!」
老人「待ちやがれ!」ダダダッ
葬儀屋「ひいいいっ、病院内は走っちゃダメですって!」ダダダッ
老人「この病院を貴様の墓場にしてやる!」ダダダッ
葬儀屋「いやだぁぁぁぁぁ!」ダダダッ
老人「なにも家族総出で来なくてもよかったのに……」
息子「退院おめでとう!」
嫁「お元気になられてよかった」
孫「おじいちゃん、また一緒に遊ぼうね!」
老人「……ありがとう」
老人「で、なんで貴様もいるんだ!?」
葬儀屋「チッ」
老人「露骨に舌打ちするな!」
老人(あのまま病院で人生を終えると思ったが、まさか自宅に帰れるとはな)
老人「人生何が起こるか分からんもんだな」
葬儀屋「ホント何が起こるか分からないですねえ」
老人「わっ、なんでここに!?」
葬儀屋「そりゃもちろん、あなたが亡くなる瞬間を目撃しにですよ。何が起こるか分かりませんから」
老人「確かなことは、ワシがくたばっても絶対貴様の会社だけには式はやらせん」
老人「まぁいい。お茶でも飲んでけ」
葬儀屋「お、よろしいんですか?」
老人「ほれ」
葬儀屋「では」ズッ…
葬儀屋「苦っ! にっがっ! なんか入れましたね!?」
老人「うわははは、ざまあみろ! たまにはお返しせんとな!」
葬儀屋「クソジジイ……!」
息子「おいおい、無茶だよ!」
嫁「そうですよ、運転なんて!」
孫「やめた方がいいよ、おじいちゃん!」
老人「大丈夫、ワシもだいぶ元気になった。買い物ぐらい一人で行ける!」
老人「キーを差して……」
キュルルル…
老人「ん?」
葬儀屋「どうも~」
老人「後部座席に!? いつの間に!?」
葬儀屋「あなたが運転されると聞いて、飛んできちゃいました」
葬儀屋「お年寄りらしく派手に事故って下さいね。そしたらすぐに最高のお葬式を……」
老人「……!」
老人「分かった。分かったよ! 免許は返納する!」
孫「おじいちゃん、行くよー!」
老人「おーう!」
孫「それっ!」ポーイッ
老人「いい球だ!」パシッ
葬儀屋「お、人生最後の思い出にキャッチボールですか。いいですねえ!」
老人「貴様にはデッドボールを喰らわせてやりたいよ」
葬儀屋「やれるもんならどうぞ」
老人「オラァッ!」ブンッ!
葬儀屋「いだいっ!」バチッ!
孫「あ、ドッジボールやるの?」
孫「あー、面白かった」
老人「またやろうな」
スタスタ…
老人「おっと、信号が赤になってる。止まらんといかんぞ」
孫「はーい!」
パッ
老人「信号が青になった。渡ろう」
孫「うん!」
ブロロロロッ!
老人「え!?」
老人(この車、赤なのに突っ込んでくる――)
孫「お、おじいちゃんっ!」
老人(ダメだ……かわせん!)
シュバババッ
葬儀屋「……ふぅ」
老人「き、貴様が助けてくれたのか……」
孫「助かったぁ……」
老人「なぜ助けた? ワシがくたばった方が都合がよかったろうに……」
葬儀屋「勘違いしないで下さい。あなたの葬儀をあげるのは、この私ですからね」
老人「なんだそりゃ」
孫「まるでおじいちゃんのライバルだね!」
葬儀屋「では!」シュタタタッ
老人「……」
孫「おじいちゃん……あの人不思議な人だね」
老人「まあな」
老人「あんな奴に葬式あげさせてたまるか! 長生きするぞぉ!」
孫「いつまでも元気でいてね、おじいちゃん!」
――――――
――――
――
孫「……おじいちゃん、今日中学の入学式があったよ」
老人「ゴホッ、ゴホッ、おめでとう」
孫「大丈夫?」
老人「ああ、大丈夫だよ……。しっかり勉強するんだよ……」
孫「うん、もちろんだよ!」
老人(中学生になった孫を見られた……もう悔いはない……)
葬儀屋「失礼します」
老人「おお、あんたか」
老人「見ての通り……今度こそ流石に死ぬだろう……」
葬儀屋「……」
老人「あんたがワシをもう死ぬもう死ぬと囃し立ててきたのは……」
老人「単にワシを怒らせて長生きさせるため……ではないのだろう?」
老人「最高の葬式をあげるため……なのだろう?」
葬儀屋「その通りです。悔いを残した死者の葬儀はやはり“最高の葬式”とはいえません」
葬儀屋「私はプロとして、あなたに悔いを残させたくなかったのです」
老人「ふふ……ありがとうよ。あんたはまさしくプロだったよ」
老人「あんたのおかげで、ワシはいい死に方をできそうだ……」
老人「葬式のことは……全部あんたに任せる」
葬儀屋「……はい、お任せ下さい」
数日後――
プルルルル…
葬儀屋「もしもし」
葬儀屋「そうですか……未明に亡くなられたのですか。お悔み申し上げます」
葬儀屋「分かりました……。最高のお葬式をあげさせていただきます」
――
――
葬儀屋「今回もいい葬式ができた……。あのご老人、いい顔をされていた」
葬儀屋「……ん」
青年(ここから飛び込めば……死ねる。心残りはあるけど、もう生きていたくない……)
葬儀屋「あ、もしもし! 私、葬儀屋ですけども!」
青年「うわっ、なんだ!?」
葬儀屋「死ぬのでしたら、ぜひ我が社で葬式を――」
おわり