1 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/28 17:07:29.90 Zyjx37Ao0 1/79




“ほら、夜明けはまだ 二人だけのもの”


出演
新田美波 速水奏


Inspired by “Secret Daybreak” by Dea Aurora




元スレ
美波・奏「二人だけの、秘密の夜明け」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1611821249/

2 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/28 17:08:12.63 Zyjx37Ao0 2/79


Day1


「ねえ、美波ちゃんはこれ、どう思う?」

美波「えっ? 何のこと?」

「これこれ」


【NA○A突然の声明 「巨大隕石の接近により、地球が滅びる可能性ある」】


美波「地球が、滅びる……」

美波「えっ、ど、どういうこと?」

3 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/28 17:09:11.40 Zyjx37Ao0 3/79


「うーん、私も昼休みにSNSで見たばっかりだから、あんまりよくわかってないんだけど」

「なんでも地球に、大きな隕石が迫って来てるんだって。本来は地球に当たらない軌道で回っていた星が、道を逸れて地球に向かってきてる……とか」

美波「なんだか海外の映画みたいな話だね」

「そうそう。あんまり突拍子すぎるから、まだ信じている人も少ないみたい。私もウソかなあって思うんだけど」

「美波ちゃんはどう思う?」

美波「……うーん」

4 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/28 17:10:02.65 Zyjx37Ao0 4/79


美波「私もあんまり信じられないなあ。ほら、少し前にもあったよね。ノストラダムスの大予言、だっけ」

美波「あんな風に、話を仰々しくしているだけなんじゃないかなあ」

「そうだよねー。まさか滅びるなんて、そんなことにはならないよね。映画じゃあるまいし」

「っていうか今滅びられたら困るよ。私たちまだ就職も結婚もしてないんだよー?」

<お待たせ致しました。季節のフルーツパフェでございます

「あ、きたきた」

美波「わあ、おいしそう! じゃあさっそく……」

「「いただきます!」」

5 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/28 18:57:25.44 Zyjx37Ao0 5/79



………………………………………………

美波「ただいま」ガチャ

「……美波、ちょっとこっちに来なさい」

美波「……なに?」

ピラ

美波「これは……新卒募集のお知らせ?」

「父さんの古い知り合いが働いている会社だ。信頼できる会社だから、ぜひ一度受けてみなさい」

「福利厚生もしっかりしているし、女性も多く活躍している。離職率も業界内ではトップクラスに低い。選ばない手はないと思うがね」

美波「そうなんだ」

美波(でも……営業職、か)

6 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/28 18:58:03.89 Zyjx37Ao0 6/79


美波「…………」

「あまり乗り気じゃなさそうだな」ハァ

「美波。興味がない、なんて言葉で自分の未来を狭めるのはよしなさい。父さんは美波の将来を思って提案しているんだ」

美波「……うん」

「ちゃんと受けてくるんだぞ。結果がどうだったか、また伝えてくれ」

「じゃ、父さん朝早いからもう寝るよ。明日は学校休みなんだろ? なら洗濯とゴミ捨て、よろしくな」スタスタ

美波「……」

7 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/28 18:58:48.53 Zyjx37Ao0 7/79


自室

生放送主『じゃ、一曲歌いまーす。『アナタのIDOLになりたくて』!』

~~~~~♪

美波「……」

美波「いいなあ、サザナミちゃんは。好きな歌を好きなように歌えて、それだけでお金ももらってるなんて」

美波「……好きなこと、かあ」パタリ

美波(いつからだろう。私は人生の目標というものを、持ったことがなかった)

美波(自分の好きなことがわからない。何に興味を惹かれるのかもわからない。だから、本当の意味で満たされる体験をしたことはただの一度もなかった)

美波(私の人生は、空っぽだ)

8 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:32:37.40 RURRR5MZ0 8/79


Day2




美波(今日は就活のセミナーだった。界隈ではかなり有名らしい講師の人が登壇していて、自信一杯に就活のいろはを語っていた)

美波(何を話していたかは、覚えていない。耳を傾けてはいたけれど、ほとんどの言葉は泡のようにパチンと弾けて、跡形もなく記憶から抜け落ちてしまってい
た)

美波(……私の就活への意識の低さがそうさせたのかもしれないけど)

美波(講義は来週もあるらしい。来週までの宿題として、私は一枚のレジュメを配られていた)

美波「……はあ、疲れた」

9 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:33:42.80 RURRR5MZ0 9/79


ポチッ

サザナミちゃん『みんな、一日お疲れ様ー! こんな時だからこそ、元気になれる曲、歌いまーす! 『You can do it!』』

美波「……」ポケーッ

美波「そうだ、宿題やらなきゃ」ガサゴソ

美波「えっと……何これ。『これまでの人生を振り返って、あなたという人物をあなた自身で解釈してみて下さい』?」

美波「……これまでの人生……」

美波(私は半分思考停止している頭で、自分の過去を顧みることにした)

………………………………………………

10 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:34:19.96 RURRR5MZ0 10/79


美波(小学校の時)

美波(勉強もそこそこできて、友たちもそれなりにいた。どんな子だったかと聞かれても……どこにでもいる、普通の子どもだった、としか言えない)

美波(転機が訪れたのは、中学校の頃)

美波(興味本位で、生徒会に入った。そして、学内で揉め事が起きないよう監査する風紀委員……みたいな役割に就いた。それが裏目に出た)

11 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:34:50.54 RURRR5MZ0 11/79


美波(当時の私は正義感が強かった。生真面目な私の存在は、同年代の生徒からしたら目の上のたんこぶ、自由を侵害する邪魔な鎖でしかなかったんだろう)

美波(小学校の時に仲良くしていた子らも次第に離れていき、気づけば私は、周囲から孤立してしまっていた)

美波(私は生徒会の一員として、正しいことをしているはずだった。なのに、どうしてこんなに寂しい思いをしなきゃならないの?)

美波(私は、人に嫌われることの悲しさや辛さを覚えた。そして二度とあんな思いはするまいと、自身に誓った)

美波(だから高校時代はなるべく目立たないよう過ごした。自分を押し殺して、他人の目ばかり気にして、どうにか友達の輪から外されないよう必死だった)

12 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:35:27.68 RURRR5MZ0 12/79


美波(そうして生きていたら、いつの間にか自分を見失って、私は何がしたかったのか、どんどんわからなくなっていった)

美波(……だめだ。順繰りに記憶を辿ってみたけれど、悪い思い出ばかり蘇ってくる……)

美波「……ううーん……これは後回しにしよう」

美波「次は……『今の大学を選んだ理由』と『事務職を選んだ理由』、かあ」

美波(そういえば高校も大学も、パパやママから勧められた進路をそのまま選んできた。何となく、その方が安心感があったから)

13 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:36:00.57 RURRR5MZ0 13/79


美波(事務職を第一志望にして就活していることだって、どうしてと理由を聞かれたら……何となく、としか言えない)

美波(だって、OLといえばデスクワークをしながら会議の資料をまとめたり、お茶を出したり……そういうものだと思う、から)

美波(これも何となく、な想像でしかないけど)

美波(だから営業職には少し抵抗があった。でも昨日パパから受け取ったチラシは、まだ捨てきれずに机の上に寝かされている)

14 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:36:35.39 RURRR5MZ0 14/79


美波(いつからだろう。私は自分を表現することができなくなってしまった。先生や友達、家族にすらも、本心を打ち明けることができなくなった)

美波(私の主張が間違っていると思われるのが、怖いから。それで誰かに嫌われるのは、もっと怖いから)

美波(だから私は、『何となく』という言葉を言い訳に、みんなが選んでいそうな道のりを、何の疑いもなく選んできた)

美波(『何となく』、その方が私に合っている気がしていたから)

美波(……きっと、そんな適当な考えで生きてきたから、今こうして立ち往生しているんだろう)

15 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:37:04.17 RURRR5MZ0 15/79


美波「……どれも、書けない……」

サザナミちゃん『みんなスパチャありがとー! じゃあもう一曲いくねー。『私らしい歩幅で』!』

美波(……私らしい……)

美波(自分らしさ。なんて曖昧な言葉だろうか。みんな、どこでそれを見つけてくるのだろう)

美波「……今日はもう寝よう」パタリ

美波「……」

16 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/29 19:37:38.47 RURRR5MZ0 16/79


美波(自分は何がしたいんだろう。自分らしさって何だろう。何が私を満たしてくれるんだろう)

美波(私はこのままずっと、何となく生きていくのかな)

美波(他人の目に怯えながら、自分の人生を、自分で選んでいないような感覚で、生きていくのかな)

17 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 09:05:51.31 c8x8Yc2Z0 17/79


Day3


美波(……朝か……)

ガラッ

美波「……ん? 置き手紙?」

美波「パパの字だ」

『美波へ。父さんと母さんは会社に向かうことになった。帰りは遅くなるので、昼と夜は適当に何か買って食べてくれ』

『帰ったら家族会議を行うので、起きて待っているように』

美波「休日出勤……それに家族会議?」

18 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 09:06:26.03 c8x8Yc2Z0 18/79


美波「何かあったのかな……テレビ、見てみよう」ポチッ


『繰り返します。速報です。先刻起きた史上最大規模の噴火により、ハワイ全土は大混乱に陥っています』


美波「えっ……?」


『一斉に同じ方角へ駆け出していくサバンナの動物たちを捉えた映像がこちらです』


美波「こっちの番組も……何、これ……!?」

19 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 09:07:17.04 c8x8Yc2Z0 19/79


『当局によれば、大規模な隕石の接近により、地球全体の活動が活性化しているとのことです。その影響により、数日にかけて世界各地に『天変地異』と呼ぶべき災害が複数発生する恐れがあります』

『普通、地球上に落ちてくる隕石は大気圏で燃え尽きてしまうのですが、今迫っている隕石は……』

『そ、そんな!? じゃあ我々はいったいどうなるんですか!?』

『隕石に向けて爆弾を載せたシャトルを打ち上げれば――』

『あんなもんフィクションだろ! 夢を見るのも大概にしろ!!』

『陰謀論ダ! ○○が古代の魔術で隕石を地球に呼び寄せたんダー!』

20 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 09:08:00.06 c8x8Yc2Z0 20/79


美波(……目が覚めたら、世界に異変が起きていた)

美波(火山の噴火や動物たちの大移動。これは地球が滅びる前触れなんじゃないか――どのチャンネルを点けても、どのSNSを開いても、そんな話題ばかりが飛び込んできた)

『ねえ、美波ちゃんはこれ、どう思う?』

美波(……あのニュースを訝しんでいた二日前の夕方が嘘みたい。世界全体が、大騒ぎになっている)

美波「……あのニュース、本当だったのかな。本当に、地球が滅びちゃうのかな」

美波「○○ちゃん、いま何してるんだろう……メッセージ、送った方がいいかな」

美波「……いや、やっぱりいいや」

21 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 09:08:32.52 c8x8Yc2Z0 21/79


美波(正直、○○ちゃんともすごく仲が良いわけではない。一昨日カフェに行ったのも、向こうから誘われて、私もたまたま暇だったから)

美波(そう……あれも、何となく。○○ちゃんにメッセージを送らないのも、何となく。仲良くしているのも、何となく)

美波(……世界が大変なことになっているのに、私は結局、いつもと変わらない時間を過ごしている)

美波(……今日、何しようかな)

22 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 15:39:43.98 c8x8Yc2Z0 22/79


………………………………………………

アリアトヤシタァー

ウィーン

美波(……お昼ご飯と晩ご飯、一緒に買っておけばよかった。二回もコンビニに行く羽目になっちゃった)

「……よお、姉ちゃん」

美波「……?」

24 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 15:40:52.35 c8x8Yc2Z0 23/79


美波(派手なアクセサリーを身につけた二人の男性が、ふてぶてしい態度でこちらに向かってきた。そして馴れ馴れしく話しかけてきた)

美波「……どなたでしょうか」

チャラ男A「姉ちゃん、いま一人?」

美波「……はい」

チャラ男A「ふーん。カレシとかいんの?」

美波「いえ、いませんが」

チャラ男A「あっそう」

チャラ男B「いた方がよかっただろ。お前そういうプレイ好きじゃん」

チャラ男A「うるせえ。じゃーさ、ちょっとオレたちと遊ばない?」

25 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 15:41:24.50 c8x8Yc2Z0 24/79


美波「……?」

美波(こんな柄の悪い人たち、今まで見たことあったかな)

美波(いや、初めて見る。今までここのコンビニ前にはいなかった人たちだ)

チャラ男B「ねーいいんじゃんかよー。どうせもうすぐ姉ちゃんもオレらも死ぬんだしさ」

美波「……死ぬ? それってあのニュースのことですか」

チャラ男A「そーそー。あれマジっぽいし。だから姉ちゃんもしけた面してないでさ、最後くらいパーっと花開いて生きようや」

チャラ男B「何それ、花ってそっちの花のこと?」

ギャハハハハハ

26 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 15:41:50.84 c8x8Yc2Z0 25/79


美波(……最後くらい、か)

美波(それもいいのかもしれない。本当に地球が滅亡して、みんないなくなってしまうなら、今さら何をしたって)

美波(きっと彼らもそんな心持ちなんだろう)

美波(……どうせ何をしたって、私は空っぽだ)

美波「……いいでs」



「ちょっと待ってよ」

27 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 15:42:24.90 c8x8Yc2Z0 26/79


美波「??」

チャラ男A「……んん? なんだお前」

?「あなたたちの相手なら、私がしてあげるわ」

チャラ男B「はぁ?」

?「そんな化粧っ気のない女より、私の方があなたたちを楽しませられる自信あるわよ?」

チャラ男B「……ほー」

?「それにカレシもいるし。どう、私を選ぶ気になった?」

チャラ男A「ははっ! アンタもヤケになった身か。いいぜ、似たもん同士、今夜は熱くなろうじゃねえか」

28 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 15:42:50.75 c8x8Yc2Z0 27/79


美波「ちょ、ちょっと……!?」

キッ

美波「……!」

美波(その時、私は咄嗟に背を向けて駆け出していた)

美波(彼女の鋭い目は私を軽蔑するような感情は一切なくて、代わりに、)

美波(今のうちに早く逃げなさい、とだけ伝えていたから)

美波(背中から、おい待て、と叫び声が聴こえたけど、私はただ全力で走った)

29 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/30 15:43:47.76 c8x8Yc2Z0 28/79



サザナミ『た、大変なことになっちゃったけど……こんな時だからこそ、歌いますっ!』

サザナミ『こんな時だからこそ、見てくれてるみんなを元気にしたいから! 聴いてください――』


30 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:03:12.75 hNlH72gB0 29/79


Day4


『現在、○○県では高潮警報が発令されております。海岸線に近づくのは非常に危険です』

『□□大学の教授によれば、現在世界全体において大規模な地殻変動が発生しているとのことです。これにより、間もなく断続的な地震が発生すると懸念されます』

『あの有名女優が突然の告白! 大富豪プロモーターとの蜜月の日々を吐露、ファン阿鼻叫喚』

『大御所俳優△△、実は反社組織の最高幹部だった。週刊誌でも見抜けなかった特大ゴシップがここに』

美波(……不穏なニュースが昨日からずっと続いている。いや、昨日以上にひどくなってきている)

31 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:03:55.29 hNlH72gB0 30/79


美波(ネットの中も、異常なほどの無法地帯になってしまった。芸能人のスキャンダルニュースとか、政治家の汚職問題とか……本当かウソかわからない情報が無差別に飛び交っている)

美波「……」

美波(私は昨日の少女のことが気がかりだった)

美波(コンビニの前で、私を助けてくれた女の子……どうして私を助けてくれたんだろう)

美波(明らかに私より年下だったし、たった一人で、虚勢とも見て取られそうな態度を貫いていた。あの子は、何者なんだろう)

美波(あの後、どうなったんだろう……)

32 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:04:25.83 hNlH72gB0 31/79


ピロリンッ

美波(……大学も休講になった。無理もない)

美波(なるべく人に会って、この不安を共有したかったんだけど)

美波(いや、そんなことをしても、結局は満足した気がするだけ。上辺だけで済ませるくらいなら、いっそ止めておいた方がいいのかも)

美波(ということは、今日もまた家に一人、か)

美波(……コンビニ、行かないと。次あの男の人たちに会ったら、全力疾走で逃げられるように、靴はスニーカーにしておこう)

33 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:04:53.41 hNlH72gB0 32/79



アリアトヤシタァー

ウィーン

美波(……よかった、今日は誰もいないみたい)

美波「……!!」

?「あら、偶然ね」

美波「あなたは……昨日の」

?「ここのコンビニ、よく利用しているのね。何となく、ここに来たらまたあなたに会えるんじゃないかって思っていたの」

?「ね、美波」

34 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:05:28.05 hNlH72gB0 33/79


美波「えっ……?」

美波「どうして、私の名前を知っているんですか? 私は、あなたとは面識がありませんけど……」

?「……あら、そう」

?「ああそうだ、私の名前を教えていなかったわね。奏よ」

美波「奏さん……」

美波(かなで。聞いたことのない名前だ。どこかで会った覚えもない)

美波「あの、昨日はありがとうございました。でもどうして私を助けてくれたんですか……?」

35 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:06:05.23 hNlH72gB0 34/79


「人を助けるのに理由なんていらないわ。それより美波。突然だけどお願いがあるの」

美波「お願い?」

「ええ。あなたも知っているわよね。近々、世界が滅びるかもしれないって噂が立っていること」

「あれはきっと真実よ」

美波「え……!?」

「もう少しでみんなこの世から消える。今さら足掻いても手遅れ。どうせ何も残らない。なら……」


「私と一緒に、夜の向こうまで逃げてみない?」

36 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:06:36.69 hNlH72gB0 35/79








ガタンゴトン ガタンゴトン

美波「……あの、奏さん」

「なに?」

美波「この電車に乗って、どこへ向かうんですか?」

「空港よ」

美波「……えっ?」

「だけどその先はまだ秘密」

「ああ、後戻りはなしよ。どうせなら、行けるところまで行ってやりましょう。お互いにもう失うものはないんだし」

美波(……空港だとは思わなかった。ということは今日は家に帰れない。両親にどう説明しよう……)

37 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:07:08.34 hNlH72gB0 36/79


「それに、心配しなくてもお金なら有り余っているわ。ほら」

美波「わっ、すごい数のお札……お金持ちなんですね」

美波「って、もしかして、このお金って……!?」

「ふふっ。美波ったら、何を想像したのかしら?」

美波「で、でも、昨日だって……!」

「あれはハッタリよ。あの後うまくコンビニに逃げ込んで、脅されたって体で通報してもらったわ。こう、か弱い女の子のふりをしてね」

38 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:07:40.99 hNlH72gB0 37/79


美波「……」

「私はそんなに安い女じゃないもの。残念だったわね、予想が外れて」

美波「ま、まあ、うまく逃げられたんですね……ほっ」

「このお金は両親のものよ」

美波「――じゃないです、りょ、両親?」

「ええ、財布から有るだけ抜き取ってきたわ。ついでにクレジットカードも」

39 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:08:17.14 hNlH72gB0 38/79


美波「そ、それじゃあ……」

「ふふっ。今頃二人とも、顔を真っ赤にして家出娘を探しているでしょうね」

『まもなく、――駅。――駅』

「美波、飛行機は大丈夫よね? 酔い止めとか、買わなくても大丈夫?」

美波「は、はい」

「そう、ならここからは空の旅といきましょうか」

40 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/01/31 11:08:48.02 hNlH72gB0 39/79


『悲報 人気放送主・サザナミちゃん、同棲していた』

『悲報 サザナミさん、ヤケになった彼氏のせいであられもない姿を晒されるwww』

ピロリンッ
(サザナミちゃんさんがツイートしました)


『ごめんなさい、今日の生放送はお休みさせていただきます。』

41 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/01 15:31:01.40 fX6d0tvk0 40/79


Day5




美波「あ、奏さん。おはようございます」

「おはよう。ところで、まだ私に敬語を使うのね」

美波「あはは……奏さん、なんだか年上に見えちゃうので、つい」

美波「それにしても、まさか北海道まで来ちゃうなんて。それに、こんなにいいホテルに泊まったのも初めてでした」

42 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/01 15:32:14.98 fX6d0tvk0 41/79


「人間、その気になれば世界の果てにだって行けるものよ。さ、行きましょうか」

ビュゥゥゥゥゥゥゥゥ

美波「……それにしても、今日はなんだか風が強いですね」

「終わりが徐々に近づいてきているのね。……せっかくここまで来たんだもの。悔いのないように、過ごしましょう」



………………………………………………

美波「わあ……」

「赤レンガ庁舎ね。レンガの色合いが絶妙というか……あの建物だけ、別の世界線からやって来たみたい」

「屋内も無料で見学できるみたいだし、入ってみましょうか」

『国内線、国際線の全便の欠航が発表されました。突然の発表に、各地の空港では怒りの声が沸き上がっています』

43 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/01 15:33:02.16 fX6d0tvk0 42/79


………………………………………………

「この時計台は、有名な格言を持つ人が建てたらしいわね。えっと、誰だっけ」

美波「『少年よ、大志を抱け』……クラーク博士?」

「ああ、それだわ。ふふっ、美波って博識なのね」

『各地のスーパーやコンビニに客が殺到、店内はもぬけの殻 混乱に乗じ万引きに走る人影も』


………………………………………………

美波「動物園に来るなんて、何年ぶりだろう……」

「あら、デートとかで来たりしなかったの?」

美波「そうですね。私、誰かとお付き合いした経験はないから……」

「へえ。美波くらいの年頃だと、常に二人か三人くらいはそういう人、キープしていそうなのに」

美波「そ、それは偏見ですよ~っ」

『国会の緊急集会、未だ緊迫した討論続く』

44 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/01 15:33:53.03 fX6d0tvk0 43/79


………………………………………………

美波「……ん、このソフトクリーム、おいしいっ!」

「私にも一口分けて欲しいな。代わりにイチゴ味のシュークリームも分けてあげるわ」

美波「いいですよ! 奏さんはイチゴ味が好きなんですね」

「ええ。……昔の友だちの好みが移ったのかしらね」

『欧州北部で小型隕石が次々に落下 迫り来る巨大隕石の欠片と推測』



「……もう日が傾いてきたわ。楽しい時間は、過ぎるのがあっという間ね」

「ほとんど私の行きたいところに行ったわけだけど……美波、大丈夫だった?」

美波「え? ああ、はい! 私はすごく楽しかったです!」

美波「私、こうして年の近い女の子と観光、っていうのかな? 実はあんまり経験がなくて。奏さんと来れて、本当によかったです」

「ふふ、美波も昨日に比べてだいぶ明るくなったわね」

「でもお楽しみはまだこれからよ。私、明日はどうしても行ってみたい場所があるの」

45 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/01 15:34:28.12 fX6d0tvk0 44/79


美波「へえ、どこなんですか?」

「それはまだ秘密。ただ一つだけ言えるのは……死ぬまでに一度は行ってみたかった場所、ってことくらいかしら」

美波「ふふっ、奏さんは秘密って言葉が好きなんですね」

「誰にだって秘め事の一つや二つくらいはあるものよ。もちろん美波にだって、あるでしょう?」

美波「え? わ、私はそんな……」

46 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/01 15:35:07.80 fX6d0tvk0 45/79


「この際だから、ご飯でも食べながら、お互いの秘密を明け透けに語りあってもいいんじゃないかしら?」

「美波が私の秘密を知りたいと思うように、私だってあなたのことをもっと知りたいのよ」

美波「いや、私は……その……」

美波「…………晩ご飯、奏さんは何が食べたいですか?」

「……」

「そうね。ジンギスカンに海鮮料理……選択肢が多過ぎるのも、困ったものね」

美波「ふふっ。じゃあゆっくり歩きながら探しましょうか」

47 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 12:38:51.96 MLYQcmoy0 46/79


Day6




美波「……ん。おはようございます、奏さん」

「おはよう。昨日はよく眠れたかしら」

美波「はい。昨日に続いて、あんなに広い部屋に泊まれるなんて……」

美波「ちょっとだけ、チェックアウトするのが寂しかったです」

「こんな贅沢ができるのも、世界が滅びるからこそ。なんて、皮肉な話よね」

「ところで、両親は大丈夫なの? もう二日も家に帰っていないわけだけど」

48 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 12:39:23.53 MLYQcmoy0 47/79


美波「あ、はい。色々と言い訳を考えていたんですけど、結局、旅行ってことにしています」

美波「こんな時期に旅行なんて、何を考えてるんだって思われていそうですけど」

「ふふっ、いいじゃない。見つかって連れ戻されるのが先か、世界が滅びるのが先か。私はどっちに賭けようかな」

美波「あはは……そういえば、奏さんは行きたい場所があるんですよね」

「ええ。今から稚内へ向かうわ」

美波「稚内……?」

「正確には南稚内ね。今から特急に乗って……五時間くらいかしら」

「だから今日はほとんど移動時間。今のうちに昼食を買っておきましょう」

49 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 12:39:54.07 MLYQcmoy0 48/79


………………………………………………

移動中

ガタンゴトン

「……♪」

美波(奏さんは窓の外を眺めている)

美波「あの、奏さん」

「ん?」

美波「奏さんは、その……どうしてこの旅を計画したんですか?」

50 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 12:40:21.15 MLYQcmoy0 49/79


「……あ、見て。あそこ、牧場かしらね。牛がたくさんいるわ」

美波「え、あ、ああ、そうですねっ」

美波(しまった……もしかして、聞いちゃいけない質問だったかな)

美波(……それじゃあ)

美波「奏さんは……どうして私をこの旅に誘ったんですか?」

「さあ、どうしてかしら」

美波「……じゃあ、どうして私の名前を、知っていたんですか?」

「それすらも秘密って言ったら?」

51 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 12:40:48.17 MLYQcmoy0 50/79


美波「えっ……?」

「太陽が私たちを照らしている間、月は沈んでいるわけじゃない。ただ見えていないだけで、同じように空に浮かんでいるわ」

「夜にしか見えない、闇があるから浮かび上がる存在もあるっていうこと。この話をする時は、今ではないわ」

「あいにく、私は素直な女の子じゃないの。ごめんなさい」

美波「い、いえ……私こそ、すみません」

「美波は悪くないわよ。それより、ほら」

美波「……! わあ、田園風景……!」

52 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 12:41:20.28 MLYQcmoy0 51/79


「見渡す限りの緑ね。現代っ子で都会っ子の私たちからしたら、珍しい景色だわ」

「そういえば美波は知ってる? どうして緑が目に優しい色って言われているのか」

美波「え? いえ、知らないです」

「緑は目に見える光の中でも中波長と呼ばれていて、要は刺激が少ない光なの。だから目にあまり負担がかからないのよ」

美波「へえ、そうだったんですね」

「だからこそ、人は緑の多い自然を好むんでしょうね。実際、この景色が全部赤色だったら、誰も見ようとはしないだろうし」

53 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 12:41:48.78 MLYQcmoy0 52/79


「……そう、刺激が強い色は、見続けるのが辛い。だから生活から淘汰されていく。人は都合の悪いものは見聞きしようとしないから」

美波「……こんなに綺麗な景色も、もうすぐ見れなくなっちゃうんですよね。この景色だけじゃなく、昨日行った場所や、動物園で見た動物たちも」

美波「なんだか、実感が湧かないです」

「……そうね」

54 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 17:21:49.53 MLYQcmoy0 53/79


………………………………………………

ビュゥゥゥゥゥゥゥゥ

美波「ふうっ……やっと着きましたね」

美波「それに、昨日より風が強い……海が近いからかな」

「美波、これ見て」

美波「?」

美波「世界各地で海面が上昇……今朝のニュースですね。このニュースがどうかしたんですか?」

55 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/02 17:22:18.14 MLYQcmoy0 54/79


「子どもの頃、見たことがあるのよ。もし巨大隕石が地球に衝突したらどうなるのか、っていうのをシミュレーションしたテレビ番組を」

「その番組では、衝突から二十四時間前になると隕石の引力に引っ張られて、風が強くなったり海面が上昇する現象が発生していたわ」

美波「……!」

「おそらく、これが最後の晩餐ね。お互いに、後悔しないような食事をしましょう」

56 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 01:16:24.34 yib00ICx0 55/79


プシューッ

「到着したわ。長旅、お疲れ様」

美波「ここは……」

「ええ、宗谷岬よ。聞いたこと、あるでしょう?」

美波「もちろん聞いたことはありますけど。でももう夜ですし、周りには何も……」

「それくらいがちょうどいいのよ。……いえ、むしろここを最後の場所に選びたかった」

57 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 01:16:53.32 yib00ICx0 56/79


「学校で学んだ時から興味があったの。日本最北端の地ってどんな場所なんだろう、って」

「そしてこの場所から見える朝日は、どんな景色なんだろう、って」

美波「朝日……もしかして、夜明けまでここにいるんですか?」

「ええ。さ、適当に座りましょう。夜はまだまだこれからよ」

58 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 01:17:58.12 yib00ICx0 57/79


ザァーッ…… ザァーッ……

「……今日は三日月ね」

美波「そうですね。でもすごくか細くて……新月になる一歩手前なんでしょうか」

「……もしもあの月の欠け具合が、私たちの寿命を表しているのなら。なんて、少し考えすぎかしら」

美波「……」

「美波」

美波「は、はい」

59 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 01:18:41.64 yib00ICx0 58/79


「ここまで付き合ってくれてありがとう。満足度はいかがかしら」

美波「ええっ、満足度なんて、そんな……」

美波「すごく、楽しかったです。私、こうして誰かと長い旅行なんて行ったことなかったから。目に映るもの全部が新鮮で、奏さんとのおしゃべりも楽しくて」

美波「……こんな経験、したことなかったから」

「……」

美波「あ、ごめんなさい。なんだか湿っぽい話になっちゃいましたね。その――」

「いいわ、続けて」

美波「…………」

美波「……」

60 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:01:54.61 yib00ICx0 59/79


美波「私は、ずっと独りだったんです」

美波「中学の時に、みんなに嫌われることはすごく苦しいことなんだって気付かされて。もうあんな思いはしたくない。そう考えたら、いつの間にか人と関わる
ことが怖くなってしまいました」

美波「だから心からの親友なんて、今までいなかったんです。それこそ、こうして旅行するような間柄の友だちなんて一人も」

美波「だから奏さんに誘われた時は、すごく不思議な気持ちでした。他に過ごしたい人がいてもいいはずなのに、どうして私なんだろう、私なんかでいいのかなって」

61 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:02:25.37 yib00ICx0 60/79


「……よくなければ、こんな場所まで連れ出したりしないわ」

美波「ふふっ。ありがとうございます」

美波「でも……不思議ですね。こんなこと、誰かに話したことなんてなかったのに。奏さんになら、話してもいいような気がするんです」

美波「そう、中学の時から……誰にも、自分の思っていることを打ち明けられなくなったんです。嫌われたらどうしよう、受け止めてくれなかったらどうしよう、って不安ばかりが先走って、自分で自分を信じられなくなって……」

62 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:02:54.11 yib00ICx0 61/79


美波「そしたらいつの間にか、いろいろと失くしていたんです。自分は何をやりたいのか、何に向いているのか、何をすれば満足できるのか……」

美波「道に迷った時は、『何となく』と感じた方へ進んできました。でもいつまでもそんな方法を選んでいてはダメで、それも頭の片隅ではわかっていたはずなんですけど……」

美波「そうやってぼんやりと生きていたら、こんな歳になっていました。だから世界滅亡のニュースを知った時も……あまり悲しくならなかった。私には目指す夢も目標もなかったから」

63 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:03:19.32 yib00ICx0 62/79


美波「でも、こうして奏さんと過ごせて、せめて最後くらいは自分に正直に生きたかった……って願いは叶った気がします。この旅が、すごく楽しかったから」

美波「奏さん、本当にありがとうございました」

「……」

「私も、悲しくなかったかな。どうせ死ぬなら……というよりも、ずっと死にたかったから」

美波「……えっ?」

64 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:03:47.37 yib00ICx0 63/79


「こうして夜更けに水面を見つめながら、何度も飛び降りることを考えていたわ。……中学の頃までは」

美波「……中学の、頃……」

「あの頃は、私もまだ純粋な女の子だった。子供はコウノトリが運んでくる、って寓話を本気で信じていたくらいにはね」

「どうして私が標的に選ばれたかはわからない。でも彼女たちの判断基準に、私はすっぽり当てはまってしまったんでしょうね」

65 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:04:22.56 yib00ICx0 64/79


「……今思い返しても、かなり執拗な手口だったわ。スカートを切られる、靴に画鋲を入れられる、名前も知らない男子とあらぬ噂を立てられる……なんて」

美波「……!!」

「乙女のハートはもうぼろぼろ。変わらない現実。見て見ぬ振りのオトナ。私は何度も、身投げして楽になろうと思った」

「そんな時にね、女神が現れたの」

66 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:04:51.60 yib00ICx0 65/79


「『生きよ、そなたは美しい』。なんて、そう伝えたかったのかしらね。彼女は事あるごとに私を庇ってくれた」

「自分が傷つくことを厭わず、顔も名前も知らない、学年も違う私を、ただ手放しで守ってくれたのよ」

「そんな彼女の健闘が実を結んだのでしょうね。ある日突然、私は転校させられた。いじめの噂が見て見ぬ振りをしないオトナたちに届いて、私を遠くに逃がしてくれたの」

「きっと、風紀委員として、自分の役目を果たしたかっただけかもしれない。もしかしたら、オトナに褒めてもらいたかっただけかも」

「だけど、私にとって、それはかけがえのない救済になったのよ」

67 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:05:22.10 yib00ICx0 66/79


「……ありがとう、美波」

美波「………………そ」

美波「それじゃあ、奏さんは、あの、時の……」

「昼間にあなたからもらった質問、返していくわね」

68 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:05:49.03 yib00ICx0 67/79


「私が美波の名前を知っていた理由はもう言わなくてもいいよね。旅、というか逃避行を計画したのも、私がここに来たかったから」

「それで、美波を連れ出した理由、だっけ」

「……たまには月が太陽を照らすようなことがあってもいいんじゃないか、って思ったから。かな」

美波「…………」

69 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:06:26.90 yib00ICx0 68/79


「ずっと不安だったの。私がいなくなれば、おそらく次はあなたが目をつけられる。それであなたが必要以上に傷ついて、心に檻を築いてしまうんじゃないかって」

「間接的に考えれば、それって私のせいよね。私が一人で抱え込んでいれば、あなたが巻き込まれることはなかったんだから」

美波「…………ち、ちがう、の。それ、は……」

「そう言うと思った。美波は昔からそうだったわ。話しても話させてはくれなくて、誰にでも完璧で、与えるばかり。決して弱みを見せようとしない」

「だから、もし美波が傷ついていたら……その時は、私が手を差し伸べたかった。美波の痛みを、私が受け止めたかった」

70 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:07:16.55 yib00ICx0 69/79


「あのコンビニで美波を見つけたとき、心臓が飛び上がるかと思ったの。まさか会えるなんて、って、自分の目を少し疑ったわ」

「でもまぎれもなく美波だった。男たちに言い寄られて、困っている様子だった」

「だから勇気を出して助けようと思ったの。あの時、美波がそうしてくれたように」

「全てはあくまでも私のエゴ。私のワガママだったってわけ」

「だから最初に言ったの。ここまで付き合ってくれてありがとうって。……ようやく、話してくれたね」

美波「………………」

71 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:08:13.81 yib00ICx0 70/79


美波「……私はずっと、自分は、空っぽだと、思っていました。自分の選んだ道は、ずっと間違っていたって、そう、思って生きてきました」

美波「もしも、風紀委員をやっていなければ、こんな人間にならなかったのに。そう思って生きていました」

美波「……でも……間違いじゃ、なかった、んですね……」

「きっと誰もが、自分は間違っていなかったって思われたくて生きているのなら」

「今度は私があなたを肯定するわ、美波」

美波「うっ……ううっ……ううっ…………!」


美波「っっっ………………!!」

72 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:08:55.51 yib00ICx0 71/79




………………………………………………

「見て、美波」

美波「……! 空が、だんだんと明るく……」

「きっとこれが、最後の日の出になるでしょうね。この場所から見ることができて、本当によかったわ」

美波「……はい。私も、奏さんと一緒にこの景色を見れて、幸せです」

美波「……本当にもうすぐ、この世界はなくなってしまうんでしょうか」

「もしそうだとしたら?」

美波「もう、奏さんはイジワルですねっ」

73 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:09:31.84 yib00ICx0 72/79


美波「……私、怖いんです。これまでそんな気持ちは全くなかったのに、今さら死ぬのが怖くて……だって今、こんなに私は満たされているのに。幸せなのに」

美波「もっと一緒にいたい。これからもずっと、仲良くしていたい。奏さんとの思い出を、一つも忘れたくない。なのに、全部消えてしまうなんて……」

美波「奏さん……私……」

「……美波。悲しむことはないわ」

「咲いた花はいつか散る。遅かれ早かれ、人はいずれ死ぬ。永遠なんてない。そういう運命なの」

74 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:10:11.57 yib00ICx0 73/79


「だけど、お互いの秘密を分かち合ったこの夜や、二人でここから見た曙光は、ずっと生き続ける」

「たとえ身体がなくなっても、頭が忘れてしまっても、魂の中でずっと……なんて、夢物語もいいところかしら」

「でも、私はそう思っていたいわね」

美波「魂の、中で……」

「ええ。だからいつか生まれ変わったら、また此処で会いましょう」

美波「……わかりました。私も、奏さんとの思い出を、魂の中に大事にしまっておきます」

75 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:10:48.73 yib00ICx0 74/79


「そうだ。ずっと気になっていたんだけど」

美波「はい?」

「私って美波よりも年下よね。なのにずっとさん付けで……そろそろ、呼び捨てでもいいんじゃないかしら」

美波「わわっ、それはその……奏さん、初めて会った時はすごく大人びていて、年上みたいだなあって思ったから……」

「ほら、また言った。それになに、『初めて会った時は』って」

美波「ふふっ。こうして一緒に過ごして、年頃の女の子っぽいところもあるんだなあって思ったんですよ。だから……そう、だね」

76 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:11:21.21 yib00ICx0 75/79


美波「これからは、奏ちゃんって呼ばせてもらうね!」

「あら、何を今さら」

美波「指摘したのは奏ちゃんじゃない! ……ふふっ」

「でもこれで、ようやく美波と対等な立場になれた気がするわ」

美波「えっ、今まで対等だと思っていなかったの!?」

「誰かさんがいつまでもよそよそしい呼び方をするからね」

美波「も、もうっ。それならもっと早く言ってくれたらよかったのにっ」

77 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:11:49.64 yib00ICx0 76/79


美波「……ねえ、奏ちゃん」

「どうしたの?」

美波「私ね、奏ちゃんに会えて――」

美波「……!?」

「――――――」

美波「――――んっ」

78 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:12:16.59 yib00ICx0 77/79


美波「も、もう、急にどうしたの。女の子同士でキスなんて――」

「美波。もう一つだけ、私のワガママを聞いてもらえる?」

美波「……!」

美波「……うん」

79 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:12:50.60 yib00ICx0 78/79


美波(吹き付ける風の寒さがそうさせたのか、死への恐怖がそうさせたのか。奏ちゃんの華奢な身体は、小さく震えていた)

美波(私は奏ちゃんを抱き寄せた。そしてもう一度、口づけを交わした)

美波(愛情を示すためのキスじゃない。サヨナラの先でまた会うための、約束のキス)

美波(ねえ、奏ちゃん)

美波(私、奏ちゃんに会えて、幸せだったよ――)

80 : ◆7P/ioTJZG. - 2021/02/03 08:13:21.18 yib00ICx0 79/79



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end.

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