白井黒子は夕暮れ時の喧騒を漫然と眺めながら、珍しく1人で歩いていた
黒子(たまには、こういうのもいいかも知れませんわね)
黒子(いつもいつもお姉様や初春と一緒じゃ、こんな風に気兼ねなく間食も出来ませんし)
ふふん♪と鼻を鳴らすと『スーパーデラックスハイパーメガダブルチョコストロベリーアンドナッツクレープ』と無駄に長い商品名の自称クレープと銘打った、大量の生クリームと巨大なチョコの塊を包んだ薄皮にかぶりつく
黒子(ん・・・?)
曲がり角を曲がった途端に、街の喧騒とは異質なざわめきが耳に届く
視線の先、ほんの数十メートル先に数十人の人だかり
控えめに見てもそれは、あまり好ましい状況ではない
黒子「・・・まったく」
1つため息をつく
『スーパーデラックスハイパーメガダブルチョコストロベリーアンドナッツクレープ』の残りを二口でやっつけると、右腕の腕章の位置を正し人垣へ向かって駆け出した
黒子「風紀委員ですの!ちょっと道をあけて下さいまし!風紀・・・ぎゃんっ!」
人だかりに割って入ろうとして、弾き出される。
受身を取り一回転して静止、そのままもう一度ダッシュで突入する
黒子「ジャっジっメっンっトっでっ・・・ぎゃんっ!」
再び弾き出される。
今度は受身を取れずにそのまま転がり、うつ伏せに倒れてしまう。
黒子「・・・」
彼女はうつ伏せに倒れたまま、次の瞬間に姿を消す
そして人だかりの中心に出現、場が一瞬どよめく
空間移動。彼女の能力である
黒子(はじめからこうすれば良かったんですわ)
黒子「風紀委員ですの!この騒動は一体な・・・」
言葉の途中で、声を失う。
彼女が見たのは――熊だった
正しくは『熊のようなもの』といった方がより正確だろう
その熊は、Tシャツと短パンを着用し、靴下とスニーカーを履き、
二足で直立し、いや、直立というレベルではなく、骨格がもはや人間のそれであり、
あろう事か・・・困惑に満ちた作り笑いしていたのである
黒子はその『熊のようなもの』をジッと見つめる
黒子(手ぶらですわね・・・)
まず、何かのキャンペーン告知や客引きの類を考える
だが見たところプラカードの類は持っていない
黒子「そんな格好で何してるんですの?」
意を決して尋ねてみる
熊?「僕にもワケが分からなくて」
ウフフ、と愛想笑いを浮かべながらも人語を返してきた
黒子(なんだ、やっぱり被り物でしたのね)
黒子は安心するとその『熊のようなもの』の顔に両手をかける
黒子「とりあえずそのふざけた被り物を外しなさいな」
そのまま渾身の力で上に持ち上げた
熊?「痛い痛い痛い!ちょっとやめてよ!」
黒子「結構キツいですわね・・っ!ふんぬぬぬぬっ!」
熊?「ギャーッ!とれる!首がとれるよ!」
ズボっと黒子の両手が引っこ抜ける
そして両者とも似たような格好で勢いよく後ろに倒れこむ
黒子はOLらしき女性に受け止めてもらい
どずしゃっ!
『熊のようなもの』は着地点付近の人たちが一斉に避けたので
そのままの勢いで地面に叩きつけられた
熊?「うう・・・ひ、酷いよ・・・」
しばし呆然とする黒子
黒子(・・・まさか精神系能力の幻視かなにかですの?)
その考えは即座に否定する
あの毛と肉と皮の感触は幻の域を超えている
黒子(・・・放っておくわけにもいかないですわね)
女性に礼を言うと体勢を直し、『熊のようなもの』へと告げる
黒子「ちょっと事情聴取させて頂きますわよ」
熊?「ちょ、ちょっと待ってよ!?」
『熊のようなもの』が弾け飛ばん勢いで抗議してきた
熊?「いきなり事情聴取って!?そりゃ確かに前科もあるけど、僕まだここで何もしてないよ!?」
黒子「・・・聞き捨てならない台詞ですわね」
はぁぁぁ、とため息をつく。
右腕の腕章を周囲の人間に見えるように突き出しながらゆっくり一回転
黒子「この案件は風紀委員が預かりましたの。皆様方は解散してくださいまし」
熊?「あ、案件!?」
黒子「もうっ!面倒ですわ!」
彼女は『熊のようなもの』の腕をとると、一瞬でその場から空間転移で消え去る
そしてポカンと口を開けて呆けていた野次馬だけが取り残された
風紀委員第177支部詰め所
彼女たちの転移先はそこだった
初春「あ、白井さん」
その一室には黒子の同僚である初春がいた
デスクに座り、パソコンのキーボードを叩いている
黒子「いい香りがしますわね?」
鼻をクンクンとさせながらいう黒子に、
初春が嬉しそうに答える
初春「わかりますかぁ?実はハーブティーの自作ブレンドに挑戦してみたんですよぉ」
両手を胸の前で握り締めて照れ笑いを浮かべる
初春「良かったら白井さんもいかがですか?」
黒子「そうですわね。二人分頂きましょうかしら」
初春「え?そんなに飲むんですか?」
顔に疑問符を浮かべながら尋ねる初春
それを受けて、黒子は視線を床に落としながら言葉を紡ぎだした
黒子「そういえばまだ名前を尋ねていませんでしたわね?」
その問いと同時に、『熊のようなもの』がデスクの影から立ち上がって頭をさすった
クマ吉。『熊のようなもの』はそう名乗った。
黒子と、困惑気味の初春もそれぞれ自己紹介を済ませる。
黒子「まず問題は・・・あなたが何なのか、という事ですわ」
クマ吉「それよりもここがどこだかの方が問題だよ!」
怒ったように言い返すクマ吉。まぁ、当然の反応と言えなくはない。
黒子「ここはわたくしと初春の仕事場。以上、ですの」
だから即座に回答、そして間髪入れずに質問
黒子「あなた一体何ですの?」
クマ吉「僕は僕だよ・・・家のベッドで寝ていたはずなのに、気がついたらあそこに立っていたんだ」
黒子「じゃあ、おうちはどこですの?」
クマ吉が答える住所に聞き覚えはない
即座に初春が検索をかけるが、該当するデータは一件もない
黒子「・・・胡散臭いですわね」
右手の親指と人差し指で顎をはさみながらうなる黒子
初春「でもでも、あまり悪い子には見えませんよ?」
何を根拠に・・・と答えかけて一瞬で納得する。動物好きの彼女の目が、あらん限りに輝いていた。
初春は満面の笑みを浮かべながらクマ吉に近づいていく
初春「だってだって、こんなに可愛いんですよー?悪い子のはずがありませんよー」
そしてクマ吉の頭を撫で回す。
初春「ほらほら、怖くないですよー?」
なでなでなでなで
クマ吉「ウフフフフ」
照れ笑いを浮かべるクマ吉。対照的に苦虫を噛み潰したような顔をするのは黒子。
黒子(り、理解不能ですわ・・・)
正直、クマ吉の顔は「可愛い」部類ではない
あえてそのカテゴリーに分類するなら、「キモ可愛い」の末席におくのが最大限の譲歩だ
初春「大丈夫ですよー、絶対におうちに帰してあげますからねー?」
クマ吉「ウフフ」
初春は夢心地でクマ吉の顔を眺めながら、頭をなで続ける
ピロリロリン♪
そのクマ吉の顔に、か細い女性の足と思しきものが
物凄いスピードで突き刺さった
クマ吉「ぷべらぁ!?」
横っ面に飛び足刀蹴りを喰らい、物凄い勢いで壁まですっ飛んでいくクマ吉
一瞬前までクマ吉がいた地点に、黒子がスタッっと着地する
初春「な、なんて酷い事するんですか!?」
慌ててクマ吉に駆け寄ろうとする初春に、黒子は半眼で答える
黒子「あなた、スカートの中身を盗撮されていましたわよ?」
一瞬で赤面し、ばばっと両手でスカートを抑える初春
その前を横切り、ボロ雑巾のように床に寝転がるクマ吉に歩み寄る黒子
そして屈みこむと、クマ吉の右手から携帯を拾い上げた
データフォルダ→暗証番号は?
黒子「暗証番号は何ですの?」
クマ吉「こんな事されて教えるわけないでしょ!?」
ガバっと上半身だけ起こし、烈火のごとく抗議してくる
だが次の瞬間、その眼前に鉄の矢を突きつけられた
黒子「暗証番号は何ですの?」
クマ吉「ぜ、0721です・・・」
データフォルダ→フォトデータ→削除→フォルダごと削除
ピロン♪
黒子「はい、お返ししますの」
ぽい、と携帯をクマ吉に投げて渡す
それを受け取ったクマ吉は慌てて中身を確認する
クマ吉「あああぁぁぁっ!?」
絶叫。携帯を握り締めた両手がワナワナと振るえ、ブルブルと顔が痙攣していく
クマ吉「ない!ない!苦労して撮りためてきた僕の秘蔵(盗撮)画像が一枚もない!?」
黒子「面倒でしたから一括削除してしまいましたわ。この機会に一度反省なさい」
クマ吉「おっおおぉっ・・・おおおおおぅ・・!」
両肘両膝を床につき大粒の涙を流しながら嗚咽を漏らすクマ吉
その光景を眺めていた初春が、ぐすっと鼻を鳴らしながら呟いてきた
初春「かわいそうですぅ・・・すんっ」
黒子「・・・あなたはどこまでお人よしなら気が済むんですの?」
その光景を見ていた黒子の頭にある考えが浮かぶ。
黒子「クマ吉の自宅の電話番号を調べれば全部片がつきますわね」
初春「あ、それもそうですね」
黒子はいまだ泣き崩れるクマ吉の傍から携帯を拾い上げると、メモリー内の電話帳を調べる
黒子「自宅自宅・・・あ、『家』って、これですわね」
初春にすぐに番号を渡す。それを横目で見ながら猛スピードでキーボードを叩く初春
しかし結果は・・・
初春「該当番号なしっ!?」
さすがにこれには身を乗り出してモニターを凝視する
黒子「そんなはずは・・っ」
慌ててその番号に発信する黒子。しかし返ってきたのは、「使用されていない番号」を伝えるアナウンスだった
黒子「・・・別次元の世界」
ぽつり、と呟く。それが非現実的で、バカバカしい事は自分でも理解していた。
しかしそれを否定する言葉が続かない。傍らの初春からも、抗議の声は上がらなかった。
が、その沈黙は、けたたましく鳴り出した電話の音で破られる
事件発生・・・それを告げる緊急専用電話だった
初春「はい、こちら風紀委員第177支部・・・はいっはい、えっ・・?」
電話を受けた初春がちらりと黒子の方を見る
初春「ええ・・ちょうどここに・・・あの、ちょっと待ってください・・・」
電話の受話器を左手で押さえると黒子に告げる
初春「あの、警備員からの応援要請です・・・白井さんを名指しで」
黒子「・・・は?」
本来、警備員と風紀委員は目的と理念は同じだが、管轄が違う
その境を越権し始末書を書くことに慣れている彼女だからこそ、その要請に困惑する
初春「はい・・・わかりました・・・はい。お気をつけて」
電話を切る
黒子「どういう風の吹き回しかしら?」
初春「すぐに現場からのデータを送ると言ってましたので・・・あ、きました」
そういうと初春はモニターの着信アラームを解除し、さっとデータを開く
それを後ろから覗き込む黒子
初春「現場は・・・」
黒子「・・・第2学区?」
黒子「ますますもって分かりませんわ・・・」
第2学区とは、一言で言うとドンパチやる場所である。通常の生活圏ではない
その場所に風紀委員が出向くことは、訓練の他には特にない
そこで思考停止するわけにもいかずデータの続きに目を落とす
初春「被疑者は推定レベル3からレベル4の発火能力と推測される」
黒子「現状、高所からの破壊活動らしきものを行っており、主張、思想などは一切不明」
初春「年齢、性別、外見的特長など、一切不明・・・」
黒子「何ですのこれ?」
二人揃って更にモニターに顔を近づける
だがそれ以上の情報は何も出てこなかった
黒子「はぁー・・・また厄介な事になりそうですわね」
両手を腰に当てるとため息を1つ。
初春「行くんですか?」
心配そうに尋ねる初春に、黒子は苦笑しながら答える
黒子「せっかくのご指名ですわよ?断ったらきっと後が怖いですわ」
現場の座標を確認し、冷めたハーブティーをぐいっと一気飲み。
そのまま屈みこむと、一気に空間を跳躍した
黄泉川「おー、待ってたじゃんよ」
現場に到着した黒子は物々しい雰囲気の中、1人の女性警備員に声をかけられる
黒子「・・・あの意味不明なデータは何ですのよ?」
さすがに不機嫌そうな声音になった
黄泉川「そんな怒らなくてもいいじゃん」
苦笑しながら、くいっとあごで肩越しに後ろを指す
その先には窓も何もない、細長いビルのようなもの
高所には霧が掛かっており頂点を望むことは出来ない
黄泉川「アレが何か当ててみな」
黒子「ビル・・・にしては細すぎますわね。それに細さに対して高すぎますわ。第一、窓が一枚もありません」
黄泉川「つまり?」
黒子「お手上げ、ですわ」
ふぅ、と肩をすくめて黒子は降参する
そのまま視線で「もったいぶるな」と促す
黄泉川「あれは高さ170Mにも達し、音速の衝撃波にも耐える外壁を備えた『超音速昇降機試験塔』じゃん」
黒子「・・・よくわかりませんわ」
黄泉川「まー、要するに、ここで音速を超えて稼動するエレベーターの研究開発ってやつが行われていて」
黒子「・・・はぁ?」
黄泉川「で、あれは実験データを採取する塔。つまりエレベーターを音速で上げ下げするためだけの施設じゃん」
黒子「ばっかじゃないですの?」
どっと疲れた。意味不明すぎる。
音速で稼動させたら衝撃波で備え付けているビルは大破するだろう
そして中の人間は死ぬ
黄泉川「ま、そんなこんなで色々あって、まぁ当然その企業は倒産したわけ。ここは」
男性警備員「くるぞー!」
突然の怒号。そして上空からの閃光。一瞬にして周りがあわただしくなる
しかし黄泉川はそんなことを気にする風もなく話を続けていた
黄泉川「その跡地ってわけじゃん」
――瞬間
上空から降り注いだ火球は一瞬で着弾し垂直の火柱を上げる
黒子「くっ!?」
とっさに熱波と衝撃波に備え身構える
だが予想に反し、そのどちらも垂直に跳ね返ったらしく周りへの影響はさほどなかった
黄泉川「39回目」
火柱が収まった後にポツリと呟く黄泉川
黄泉川「今ので39回目の攻撃。でもこっちの被害はいまだゼロ、じゃん」
腕を組みなおし、更に言葉を続けようとした矢先・・・
クマ吉「なになに今の!?って、厳戒態勢ぇ!?」
秘蔵(盗撮)画像消失のショックから立ち直ったクマ吉が立ち上がりキョロキョろしている
が、そのまま再び地面に丸くなり震えだす
クマ吉「ぼぼぼぼ、僕、確かに前科もちだけど、まだ機動隊を動員されるようなことしてないよ!?」
あんぐり、と口を半開きにして力なくクマ吉を指差す黄泉川
黒子「言いたいことは大体分かりますが・・・」
疲れたように、にやっと笑う
黒子「アレは無視してくださいな。基本的に人畜無害なのは保証いたしますわ」
『基本的に』に力を込めて説明する。
黄泉川「あー・・・じゃあ話を続けるじゃん」
彼女の飲み込みは早かった
黄泉川「犯人はあの超音速昇降機試験塔、まぁ便宜上、実験塔と呼ぶけど、あそこの屋上から空爆じみた攻撃を繰り返してじゃん」
黄泉川「しかし着弾点は全て人のいないひらけた場所。ついでに言うと車両も物資も無傷」
黒子「でも」
話の途中で黒子が口を挟む
黒子「あんな高所から、しかも上空には霧が掛かっていますわ。目標を定めずに適当に撃ってるのなら・・・」
黄泉川「適当に39回撃って何にも当てないって方が奇跡じゃん」
黄泉川「あいつはさ、見えてるんだよ。見た上で狙って人も車両も物資もない場所をバッカンバッカン撃ってる」
黒子「・・・」
黄泉川「反撃しようにも狙撃は霧でダメ。で、霧とあの火球でヘリもダメ」
黄泉川「上に昇ろうにも、もともと屋上には立ち入るように設計されていないから梯子もない、階段も扉もない」
黄泉川「お手上げ」
へらっと無責任に笑うと肩をすくめる
黒子「つまり、わたくしの能力で強襲しようってワケですわね」
黄泉川「そう、それがプラン1」
黒子「まだありますの?」
黄泉川「プラン2、説得」
黒子「・・・」
黄泉川「・・・」
黒子は黄泉川の次の言葉を待った
しかし、いくら待てど続きは発せられない
黒子「プラン2の説明は終わり、ですの?」
黄泉川「終わりじゃん」
がくーんっと肩を落とす
眩暈がしてフラフラし始めた頃にいきなり肩を掴まれてガクガクと揺さぶられる
クマ吉「何で僕こんな場所にいるの!?おかしいよね!?おかしいよねぇ!?」
黒子「あんな事しておいて、初春と二人きりでおいておけるわけないでしょう」
クマ吉「だからってこんな・・・!?・・・?・・・・」
絶叫しようとして天を仰いだクマ吉の動きが止る
実験塔の頂上付近を眺めながら
クマ吉「ウフ、ウフフ」
不謹慎な含み笑いを漏らし始めた
黒子「・・・?」
つられて上空を見上げる。もちろん、霧で阻まれて何も見えない
黒子「何か見えますの?」
クマ吉「ええっ!?」
何気ない問いかけに雷に打たれたような反応をするクマ吉
クマ吉「み、見えてないよっ!全然見えてないよ!?」
何だか言い方が引っかかる。もしかして、と思い・・・
黒子「アレは女性ですわね」
クマ吉「えー?女性って歳じゃないよ。あれは僕と同じくらいだね」
黒子「・・・ふーん、かわいい、ですわね?」
クマ吉「僕のクラスメートより断然すすんでるね!黒のドレスに黒のミニスカート、それなのにパンツは純白とか」
黒子「・・・」
クマ吉「彼女は地上に舞い降りた天使!エンジェオ!だよ!」
ガシッと勢いよくクマ吉の首根っこを鷲掴みにする
黒子「あなたいい加減なこと言ってませんでしょうねっ!?」
クマ吉「ぼ、僕の女の子を見る目はまちがいな・・・っ」
そこまで言うとブクブクブクっと泡を吹いて白目をむく
そのクマ吉をポイッと地面に投げ捨てると携帯を取り出し発信履歴を表示する
黄泉川「・・・一体何事じゃん?」
一連のやり取りに面食らいながら黄泉川が尋ねてくる
とりあえず無視して携帯を操作する
発信履歴――初春。その項目で発信ボタンを押す
黒子(初春・・・!)
プッ
初春『はい初春ですっ!!』
ずっと待っていたのだろう。一回目のコールがなり始めた瞬間に電話が繋がる。
黒子「初春!今から言う条件でデータの検索をお願いしますの!」
初春『はいっ!!』
黄泉川「・・・おーい?」
――実験塔屋上
そこに1人の少女がいた
おそらく10歳には届いていないだろう幼い顔立ち
黒い髪を赤いリボンでポニーテールに束ね、黒を基調としたゴスロリドレスを着込み
そして、目には涙を浮かべていた
少女「まだ来てくれないの・・・?」
少女「こんなに悪い子なのに・・・!」
少女「あたし、みんなに迷惑かけてるんだよ・・・!」
少女「パパぁ・・・ママぁ・・・!」
初春『出ました。条件に該当する対象は学園都市内に・・・』
黒子「要件だけお願いしますわ、初春」
初春『小学校低中学年、女性、レベル3以上、そして発火能力。以上の条件で尚且つ現在、本人の所在が掴めない人物』
初春『該当者は1人です。鎖原鳴海さん、9歳。スキャン結果は極めてレベル4寄りのレベル3となっています」
予想通りの報告だった。だからこそ背筋が凍る。
黒子「本人の携帯に連絡は?」
初春『出ません。番号を変えたり色々試したんですけど、ダメですね。おそらく知らない番号や非通知に出るつもりは毛頭ないと思います』
黒子は右手の親指の爪を噛んだ。プラン1とかプラン2とか悠長に言っている場合ではないだろう
黒子「ご両親は?」
初春『お父さんは海外出張となっています。お母さんは、本来休みだったのが急な仕事で出勤しています』
スピーカーフォンから聞こえる初春の声に黄泉川は頬を引きつらせた
黄泉川「・・・それ、絶対正規の情報収集じゃないじゃん?」
黒子「あの子は精神的にも能力的にも谷間で不安定な時期ですわ」
黒子「扱いをしくじると・・・下手なテロリストより大惨事をもたらしますわよ」
黄泉川「それにしても相手は子供か・・・こりゃもう、プラン2で行くしかないじゃん」
ふう、とヘルメットを被るとインカムで各員に通達する
初春『お母さんと連絡取れました。ですけど、とりあえず今は電話しないようにお願いしました』
黒子「それが賢明でしょうね」
初春『それから――』
初春『――彼女は今日が10歳の誕生日です』
来ない来ない来ない
どうして来てくれない
お勉強だって頑張ったお手伝いだって一杯した
みんなが持ってるゲームも我慢した
我慢した我慢した我慢した
PPPPPPPPP・・・
また電話
さっきから知らない番号からたくさん掛かってくる
自分の事がバレたのかもしれない
でもそれは逆に都合が良かった
パパとママにあたしが悪い子にしてるの、知ってもらえる
きっと叱りに来てくれる
PPPPPPPPPPPPPPPPPPP・・・
なかなか切れない
めんどくさい
携帯を開いてみる
着信中
マ マ ...
ママ・・!ママからの電話!
あたしは急いで身を乗り出して下を覗き込んだ
目を凝らす
あたしが作ったモヤモヤ
みんなはこれが邪魔であたしを見れない
でもあたしはみんなをみれる
黒の中で動く赤青緑の変な人形
ママの形は良く知ってる
遠くからでも絶対分かる
・・・・・・
いない。下にはいない
PPPPPPPPPPPPPPP・・・
いやだ・・・電話だけだなんていやだ・・・
早く来て、ママ・・・!
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP・・・・
黒子「レベル3って情報は、もう古いですわね」
黄泉川「何でそう言い切れる?」
初春『私も白井さんと同意見です。鎖原さんはレベル1から驚異的な速さでその能力を進化させてきてます』
初春『将来、レベル5に到達の可能性がある人材として期待されているホープですね』
黒子「おかしいと思ったんですのよ。最初に落ちてきたあの火球・・・」
黒子「着弾点と熱波と衝撃の指向性を完全にコントロールしていましたわ。アレはレベル3の域じゃ無理ですわね」
初春『それに昇る手段のないとっても高い屋上にいるんですよね?』
黄泉川「・・・能力を応用して飛行が可能?」
黒子「まず間違いありませんわね」
黄泉川「うわあああああああっ」
わしわしわしっと頭を掻き毟る黄泉川
黒子「まぁ、ここまで情報が出揃えば、出来るアプローチもあるでしょう」
初春『何か考えでもあるんですか?』
黒子「そのままですわ。・・・お誕生日を祝って差し上げましょう」
まだ来ない・・・
・・・まだ悪い子じゃないから?
もっともっと悪い事しないと来てくれないの?
下を覗き込む
あの車の傍には誰もいない・・・
あの車に当ててみよう
五分待って来なかったら別の車に当ててみよう
それでも来なかったら・・・ちょっとだけ人を怪我させてみよう
そうすればきっと来てくれる
そう念じると彼女は右手を振り上げて指先に小さな火の玉を作る
それが急速に回転、肥大し・・・目標へと・・・
黒子「おやめなさいな」
背後から急に声をかけられて鳴海は咄嗟に振り返る
そこには風紀委員の腕章をつけた女が立っていた
黒子「・・・・・・」
鳴海「う・・あ・・・!?」
予想外だった
ここは自分しか上れない場所
自分しか隠れられない場所
大切な秘密基地
そして、両親を呼ぶために秘密である事を捨てた場所
ママが来る前に・・捕まる・・・?
全部が無駄になる!?
その焦燥が彼女を突き動かした
一瞬で目の前に無数の火球を生み出す
それは単なる威嚇・・・のはずだった
黒子「もう一度言いますわよ、おやめなさい」
鳴海「うわああああああ!!」
絶叫、そして無我夢中に一発の火球を撃ち出した
鳴海「・・・?!ダメ!」
射出と同時に正気に返る
人に向けて火を使う、それは両親から硬く禁じられていることだった
黒子(・・・くっ)
黒子は恐怖で片目を閉じかける
黒子(黒子・・・凛としなさい!)
そして火球は猛スピードで黒子に迫り――
弾けて爆ぜた
クマ吉「うわああああ!?」
どすん
黒子のちょうど真後ろにいたクマ吉が急な爆発に腰を抜かす
クマ吉「ひいいいいっ」
バチバチバチっと火花が散り火が舐めるように左右に落ちる
光が強すぎるて黒子の様子が分からない
クマ吉「あの女の子に会えるって言うからついて来たのに何じゃこりゃあ!?」
無意識に腰の辺りに持った箱を庇う
バースデーケーキ
その女の子と一緒に食べる予定だった
だからついて来たのに・・・目の前で事件発生
クマ吉「う、うさみちゃあああああああああん!」
黒子は・・・恐る恐る目を開けた
・・・見える
自分の両手を見る・・・ある
鳴海「ぅぅ・・・ぅぅ・・」
涙と鼻水でべろべろになりながらへたり込む鳴海が見えた
その目の前にもう火球の群れはない
黒子は自分の足で歩き、鳴海の傍まで歩いていく
その子は虚ろな瞳で見上げてきた
観念したのだろう、抵抗もしない
黒子はそっとかがみ込み、鳴海を胸に抱きしめる
制服が涙と鼻水で汚れたが、気にせずにそのまま抱き寄せる
黒子「気は済みました?」
鳴海「ぶぅぅ・・・えぅぅ・・」
黒子「ね?貴女には出来ないでしょう、人を傷付けるなんて」
鳴海「うえええぇぇぇぇ・・・」
鳴海は、せきを切ったように泣きじゃくった
―― 黄泉川「誕生日を祝うって、ケーキでも持っていくのか?」
―― 呆れたように言う黄泉川に、至極真面目に肯定の言葉を返す
―― 黒子「それいいですわね。至急準備してくださいまし」
―― 黄泉川「・・・お前が飛んで買いに行った方が絶対一番早いじゃん」
―― 黒子「それもそうですわね。あのクマが逃げないように見張っておいてください」
―― ひゅんっと消える
―― 黄泉川「ホントに行っちまったじゃんよ・・・」
―― ひゅんっと現れる
―― 黄泉川「はやっ!?」
―― 黒子「まぁ時間との勝負ですもの」
―― 黄泉川「逆じゃん?持久戦に持ち込んで直接母親に説得してもらえれば・・・」
―― 黒子「彼女は39回も何も壊さずに、緊張して、集中して、我慢してたんですの」
―― 黒子「彼女はきっと、誰かを傷付けるのがとっても怖い優しい子・・・でも」
―― 黒子「一度踏み外せば、理性のたがなんてそう簡単に戻らないですのよ」
黒子は泣きじゃくる鳴海の頭を優しくなでながら・・・生きている現実に安堵していた
黒子(火球の軌道を変えて外す、とかは予想してましたけれど・・・)
黒子(直前で破裂させて熱と炎の動きを完全にコントロール・・・分散・・・飛散・・・)
黒子(1メートル程しか離れていなかった私の髪は・・・焦げてもいませんわ)
黒子(これで10歳?末恐ろしい子ですの・・・)
と、背後から
クマ吉「うわ、生きてる!?」
黒子「おあいにくさま」
肩越しに振り返る
黒子「クマ吉、ちょっと後ろを向いてなさいですの」
クマ吉「え~?」
黒子「・・・」
睨みつけるとスゴスゴ後ろを向くクマ吉
黒子はポケットからハンカチを取り出すと
鳴海の涙と鼻水を拭き、汗で貼り付いていた前髪を整えてあげた
黒子「可愛い」
素直に褒めた。その言葉に頬を染める鳴海。
黒子「クマ吉、もういいですわよ」
鳴海「クマ・・・?」
ふと、黒子の視線を追う。
そこにいたのは・・・
鳴海「クマさん!?うわーっ本物?!かわ・・・」
ピクピクっと顔を引きつらせるクマ吉
次に来る言葉が容易に予想できて、必死に笑いを堪える
鳴海「・・・いくない」
クマ吉「酷いよ!」
黒子「ふふ、正常な感性ですのよ、鳴海ちゃん」
くすくす笑う少女二人
だが、その言葉を聞いて、ギシリ、と動きを止めるのはクマ吉
次第に体が小刻みに震えだす
唇をブルブルと震わせて、鼻の穴をヒクヒクと動かし
目を見開いたままボロボロと泣き始めた
黒子「げっ!?」
鳴海「く、クマさん?」
クマ吉「えっえうっえうっうぐっ」
歯を食いしばり、目を見開いて上を見たまま泣き続けるクマ吉
黒子「・・・」
クマ吉「おぐうっひぐうっ」
嗚咽を漏らしながら・・・ちらりと黒子の方を盗み見る
黒子「・・・抱きしめないですわよ」
その言葉を聞いてガックリとひざを落とす
クマ吉「僕はっ・・・何て孤独なんだ・・ふぐぅ・・ニャン美・・・会いたいよ・・ニャン美ぃ・・!」
鳴海「あ、あたしは鳴海だよ?」
そう問いかける鳴海の肩を抱いて引き止める。
黒子「お知り合いと、貴女の名前が似ていたんですのね」
クマ吉「ああっそうさ・・・!」
クマ吉は搾り出すように返事をする
クマ吉「ニャン美は・・共に愛し合った、僕の恋人さ!」
黒子「・・・」
クマ吉「でも、もう会えないかもしれない・・・2度と会えないかもしれないんだ・・・ふぐうっ」
再び泣き崩れる
鳴海「クマさん!」
クマ吉の傍に駆け寄る鳴海。しゃがみ込み、クマ吉の肩をなでながら話しかける
鳴海「あたしがお友達になってあげる、だから1人なんかじゃないよ?」
クマ吉「鳴海ちゃん・・・」
鳴海「それに・・・あたしのこと、ニャン美って、呼んでもいいよ?」
黒子(鳴海ちゃんそれはちょっと優しくしすぎですの!)
クマ吉「ほ、ほんと・・・ホントにいいの、ニャ、ニャン美・・・」
鳴海「うん!」
両腕を股にはさむように屈みこみ、ひざ立ちのクマ吉を見上げるような態勢をとる
屈託のない笑顔、少し大きめのゴスロリドレス、その胸元の隙間から覗く、まだ膨らみを知らない二つの青い果実
ピロリロリン♪
黒子「あー、鳴海ちゃん。あそこにUFOですのー」
鳴海「え、どこどこ?」
クマ吉「え、どこドコンッ!
クマ吉の台詞は途中から衝突音へと変わる
黒子「くぅ~まぁ~きぃ~ちぃ~!」
クマ吉の頭を左足で踏みつけ、音速の衝撃波でも壊せない外壁にめり込ませる
黒子「地獄と煉獄や辺獄・・・行きたい場所をどこか1つ選びなさい・・・」
クマ吉「ぜ、全部死後の世界じゃないか!」
鳴海「どうしたの?」
ぱっと足をどける黒子。同時に顔面を床から抜き平静を装うクマ吉
黒子「ううん、何でもありませんわ。あ、あそこに飛行機が」
鳴海「え、どこどこ?」
ドゴォンッ!
痙攣するクマ吉の手から携帯をもぎ取る
・・・暗証番号が変更されていた
黒子「なかなか舐めた真似してくれますわね・・・」
ワナワナと怒りに震える黒子
クマ吉「こ、今度こそ教えないぞ!」
黒子「ぶっ壊す」
クマ吉「1107です」
暗証番号を入力しフォトフォルダを選択
削除
クマ吉「ああああ・・・また僕のマイメモリーズが・・・」
ガックリとうなだれる
黒子「いい加減に学習しなさいですの」
携帯を握り締めて咽び泣くクマ吉に、鳴海が声をかける
鳴海「クマさん、写真が欲しいの?」
力なくコクンと、クマ吉
鳴海はモジモジしながら後を続けた
鳴海「その、あたしと一緒に、写真、とる?」
黒子(ふ、不本意ですわ・・・)
シャッター役を任された黒子は不条理に嘆いていた
黒子(クマ吉・・・あんなキモイ目をして・・・なんで体を極端に斜めにしてるんですの?意味が分かりませんわ・・・)
救いは鳴海が可愛かったことだ。クマ吉は路傍の石と思い込んでシャッターを切ることにする
黒子「いきますわよー」
ピロリロリン♪
クマ吉「やった・・・やった!」
クマ吉「遂に女の子とツーショット写真を撮れたよ!」
黒子「あなたさっき恋人がいるって言ってましたわよね」
疲れて半眼で投げやりに投げかける黒子、困ったような笑顔を浮かべる鳴海
その鳴海の頭に、優しく手を乗せる
黒子「帰りましょう、みんな心配していますの」
鳴海「・・・うん」
黒子「でもその前に・・・」
その視線の先には、少しひしゃげた箱が転がっていた
鎖原鳴海は後悔していた
迎えに来てくれた母親はずっと涙を流していた
会う人全員に深々と頭を下げていた
泣きながら自分の手を引いて、歩いていた
しばらくたって、母親は泣き止んでいた。チャンスだ、と思った
鳴海「ママ・・・」
母親「・・・」
鳴海「ママ・・・ごめんなさい・・・」
母親「・・・」
鳴海「・・・」
嫌われた。そう思った。それだけの事をしたと思った。
泣きそうになりながら母親の顔を見上げると
母親はまた泣いていた
何で泣いてるのか分からなかった
だから友達が出来たことを話してみる事にした
風紀委員のお姉さん
本物のクマさん
一緒に写真を撮ったこと
三人でロウソウの火を消したこと。一緒にケーキを食べたこと。
そしてとうとう母親は立てなくなった
座り込んでボロボロ泣いていた
自分の不甲斐なさに泣いた
自分の無責任さに泣いた
自分の情けなさに泣いた
泣きじゃくりながら何度も何度も娘に謝った
鳴海も無性に悲しくなって一緒に泣いた
娘も同じだけ謝ってきた
いたたまれなくなった
いとおしくなった
その日、母親は仕事をやめる決心をした
クマ吉「あー、ケーキ美味しかった」
黒子「もうちょっとマシなこと言いなさいな・・・」
疲れ過ぎて長距離のテレポートなんてする気にもならない
日が暮れた街中をとぼとぼと歩く
クマ吉「ニャン美ちゃん、だいじょうぶかな」
黒子「それを先に言いなさい」
まぁ、大丈夫でしょう、と返した
風紀委員2名と警備員数名の連名嘆願書を即日提出したのだ
それに実質、何も被害がなかった
取り扱いは補導、身元引受人が来れば放免、
そんなトコだろう、と付け加えた
クマ吉「そっか、よかった」
本当に、そう思ってる、それが伝わる声
黒子「・・・」
ふと空を見上げ月を眺めながら考える、クマ吉に下宿先を探してあげよう
しばらく一緒にいるのも楽しいかもしれない、そうしよう、うん
黒子「ねぇクマ吉・・・」
振り返ると、そこにはもう彼の姿はなかった
黒子「クマ・・吉・・・?」
隠れる場所はない
走って逃げ切れるほど目を離してもいない
・・・・・・
黒子は、何となく微笑んだ
何故だか笑みが零れてくる
黒子(そっか、クマ吉、ちゃんと帰れましたのね)
根拠はないが確信はあった。
強いて言うならテレポーターの直感
くすくすくす、と笑う。
こんなはなし、お姉様はきっと信じないだろう。
初春と二人で必死になって説明し続けるのだ。
黒子(そしてなぜか私の方だけ怒られますの)
ふふふっ
疲れも忘れ、彼女はお姉様のいる部屋へと一気に跳んだ
携帯「クマ吉君、ダイ、ス、キ・・・クマ吉君、ダイ、ス、キ・・・クマ吉君、ダイ、ス、キ・・・」
クマ吉「う、うーん・・・」
目覚まし代わりの携帯が彼に朝を告げる
学校で盗聴録音し、編集した彼渾身の目覚ましアラームである
クマ吉「・・・ニャン美?」
クマ吉「ニャン美ー!?」
ガバッ ズル、ドテン
勢いあまってベッドから落ちた
逆さから見ても分かる、自分の部屋だ
クマ吉「・・・夢?」
携帯を手にとってみる
フォトデータ 1件
・・・何となく驚かない
再生してみると、そこには最高にクールな眼差しで
カッコイイい角度に体を傾け、自分とは見た目が違う、
だけどとっても可愛い子供が写っていた
クマ吉「夢じゃない・・・よね」
クマ吉「・・・という事があったんだ」
その日の学校の放課後。クマ吉は仲のいい友達に事実と異なる武勇伝を話していた。
ニャン美「えー、すごーい」
うさみ「そんな妄想はどうでもいいから早く焼死体になってよ」
クマ吉「ならないよ!・・・ホントに炎を操る女の子をきつく抱き締めて改心させたんだよー」
うさみ「だからそんな妄想はどうでもいいから早く何かの死体になってよ」
クマ吉「いやだよ!・・・証拠だってあるんだよ!その子と一緒に写った写真が携帯に入ってるんだ!」
ニャン美「ホントに?見たーい見たーい」
うさみ「そうね、それを見せてくれたら話しぐらいは聞いてもいいかもね」
クマ吉「話くらいはタダで聞いてよ!あ・・・ごめん」
何かに気付きバツが悪そうに謝るクマ吉
クマ吉「今朝はバタバタしててさ、携帯、家に忘れてきちゃった」
ニャン美「えー!見たい見たい見たい!」
クマ吉「じゃ、じゃあさ、ニャン美ちゃん、今日うち来る?見せて上げるよ」
ニャン美「ホントにー?行っちゃおうかなー?」
〔 Ф 〕 〔 Ф 〕
その時!
クマ吉(うさみちゃんの目つきが鋭くなった!)
クマ吉(これは うさみちゃんの犯罪観察眼が最大限に働いてる証だ!)
クマ吉(一体、誰が・・・どんな犯罪を侵そうって言うんだ!?)
・・・・・・・・・・・・
うさみの視線の先には
ニャン美のスカートの下に潜り込もうとしている
携帯をくくりつけたクマ吉の右足先があった
ファンファンファンファン・・・
手錠をかけられ、歩くクマ吉・・・
それを見送る人影があった
立ち止まる。だが、顔は上げない
クマ吉「見事な推理だったよ・・・写真だとシャッター音で犯行がバレる・・・」
クマ吉「それを逆手にとって、音のしない動画撮影を用いるトリック・・・」
クマ吉「まさかこれを見破られるとはね・・・」
うさみ「・・・」
クマ吉「でも、うさみちゃん・・・君はひとつだけ思い違いをしている」
うさみ「・・・何ですって?」
クマ吉「この事件に、加害者はいないのさ・・・」
クマ吉「だって僕もまた・・・」
クマ吉「携帯の多機能性という魔力に魅せられた・・・」
クマ吉「・・・被害者の1人なのだから」
その言葉を最後に、クマ吉を乗せたパトカーは、
茜色に染まる地平線をと消えていった――
おしまい