いつも通りの帰り道。
いや、今思えばあの帰り道から不穏な空気は感じ取れていた。
しかし、当時小学生だった僕にはそんな異常な雰囲気もある種の非日常のように楽しんでいた気がする。
なんといっても、僕にはドラえもんがついていたのだから。
ドラえもんは、なんでも出来た。
空を飛ぶことも、一瞬で目的地へ移動することも。
今思えばばかげたテクノロジーだった。
しかしそのテクノロジーが、あのときの僕には、生活のすべてで、僕の支えだった。
どんなことが起きても、ドラえもんがなんとかしてくれる。
そう、思ってたんだ。
のび太「ただいま」
男「こんにちは」
家のドアを開けると、そこには知らない男の人がいた。
元スレ
のび太「でも、僕は……」
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1210773540/
いつもすぐに迎えに来るママ、もしくはドラえもん。
だがそのとき二人の姿はなく、目の前にいたのは見知らぬ男ただ一人だった。
のび太「……あの、あなたは?」
男「私かい?私は……」
ママ「のび太!」
不意に、ママの声がした。
ああ、いたんだ。僕は安心した。
のび太「ママ、この人は?」
ママ「のび太!こっちにきなさい」
のび太「……?」
僕はママに呼ばれるまま家の中に入った。
その後ろについてくる、見知らぬ男。
この人は、いったい誰なんだろう。
居間にはママと僕、そして男の人の三人だけ。
男「はじめまして、のび太君。今日は突然お邪魔してごめんね」
男はかしこまっていった。
服はスーツ。しかも高そうだ。ネクタイはきちっと締められ、テレビに出てくる政治家みたいだった。
のび太「はぁ……」
それにしてもこの人は?
ママはさっきからひとこともしゃべらない。
男「あんまり固くならずに。じゃあ、自己紹介をしようか」
男は胸元に手を入れ、名刺をさしだした。
受け取る僕。
そこには、こう書いてあった。
防衛省。
僕は一瞬目を疑った。
防衛省?
防衛省って、あのジエータイとか、戦闘機とか……
男「私は、防衛省軍令局のものです」
男は僕の目をしっかり見据えていった。
僕には何がなんだかわからなかった。
男「すまない、のび太君。時間がないんだ。説明することはたくさんありすぎてすべては説明しきれない。かいつまんで説明するから、よく聞いてくれ」
そして、男はテレビの電源を入れた。
説明するといったのに、テレビを見ようとは、いったいどういうつもりなんだろう。
ニュース「昨日からの、横須賀基地での米軍の篭城は依然続いており、横須賀基地の周りには厳戒態勢の警察および自衛隊が基地を囲むように警戒しております」
のび太「これは……」
貿易摩擦と人権問題によって日本とアメリカの亀裂が決定的になったあと、
在日米軍の処遇をめぐって二カ国間で協議が重ねられていた。
しかし話し合いは平行線をたどり、昨日ついに在日米軍が基地に篭城することとなったのだった。
男「状況は切迫している。これはアメリカ側の描いたシナリオなんだ」
のび太「シナリオ……?」
そんなこと言われても、僕にはなにがなんだかわからない。
男「横須賀に刺激されて、全国の米軍基地が篭城する気配を見せている。自衛隊が本気を出せば、日本に存在するすべての米軍基地を押さえることは出来る。だが、問題はそのあとだ」
理解が追いつかないまま、話が進んでいく。
男「すべての在日米軍基地を押さえた後は、昨日横須賀を脱出した第七艦隊、そしてハワイから第三艦隊が連合艦隊として東京を目指すこととなるだろう。専守防衛に徹すれば、我々は首都を蹂躙されるようなことはない。だが、それではだめなんだ。国力で劣るわれわれが、アメリカに勝つようなことはありえない」
艦隊?
戦争が始まる、というのか?
小学生の僕の頭はきしみ、悲鳴を上げた。
のび太「で、でも」
男「ん?」
僕はなんとか声を絞り出した。
のび太「その戦争と、ぼくに、いったい何の関係が?」
何も関係ないはずだ。
男「それが、大有りなんだ」
男はいった。
男「この家に、青い色をしたロボットがいるよね」
どくんと、心臓が早く脈をうった。
男「目撃情報が、たくさんあるんだ」
男はかばんの中から何枚かA4サイズの紙を取り出し、僕に見せた。
男「黄色い装置を頭に載せて、空を飛ぶ君たち」
渡された紙には、タケコプターをつけて飛ぶ僕らの姿がはっきりと映し出されていた。
男「そして、これ」
二枚目には、通り抜けフープで壁をくぐる僕の姿。
男「そして……」
三枚目の紙には、どこでもドアの扉をあけている僕の姿。
男「君は、これらのことについて、知っているよね」
のび太「……知ってたら、なんだっていうんですか」
僕は男をにらんだ。
男「たとえばだよ、のび太くん」
男は続けた。
男「この、三枚目のピンクの扉。この扉は、本当のところどうかわからないが……我々が推察したところ、目的の場所へと一瞬で移動できる機能を持っている」
のび太「……」
男「使い方によっては、この扉は要人暗殺、奇襲、情報収集……などなど。戦略兵器としての機能を有していることとなる」
僕の理解の及ばないところに話が進んでいく。
男「日米安全保障条約はすでに破棄された。開戦はもう確定したんだ。しかし、我々に勝算はない。緒戦で連戦を重ねて、アメリカの世論が反戦に傾いたときに講和を結ぶしかない。それも、我々が有利な形で、だ」
そうじゃないと、何のための戦争かわからない、と男は続けた。
男「そこで、だ」
そのときの男の顔を、たぶん僕は一生忘れないと思う。
男「この家にいる、青いロボット。我々が徴収させてもらう」
男が手を上げると、どこに隠れていたのかわからない緑の服を着た男たちが、扉から、窓から、押入れからと現れて、僕とママに銃口を向けた。
ママ「きゃあ!」
のび太「……!!」
一瞬だった。
男「ドラえもん君。聞いていただろう」
僕は銃口を向けられたまま身動きが出来ない。
あご先に当てられた銃の先が、きらりと光った。
のび太「……ぐ」
男「君の大好きなのび太君がここでトマトソースになるのか、君が我々とくるのか、君の選択肢は二つだ」
ママは黙ったまま。
男のニヤニヤする顔がやけに視界の中で際立っていた。
そのとき、聞きなれた足音が聞こえた。
ドラえもん「……」
のび太「ドラえもん……!」
男「君がドラえもんか」
ドラえもん「……」
男「で、どうだね。心は決まったかね?我々と来るのか、もしくはのび太君を殺すのか」
ドラえもん「……」
無言のまま、男の下へと歩いていくドラえもん。
のび太「ドラえもん……!」
ドラえもん「仕方ないよ……」
ずっと沈黙を守っていたドラえもんが、静かに口を開いた。
ドラえもん「僕がちょっと行って、この国のために働いてくるだけだよ。大丈夫、すぐに帰ってくる」
男「いい心がけだ」
男はドラえもんに手錠をかけようとして、かけられなかった。
当然といえば当然だ。
男「ぐ……」
あきらめて、緑の男たちに両腕をつかませてふすまの向こうに消えていった。
ドラえもんが、最後に僕を見た。
ドラえもん「……」
男「あ、そうそう」
ふすまからひょいと顔をだして、男が言った。
男「君の友達の……出来杉くんだったかな? 彼に礼を言っといてくれないか。君の情報のおかげだった、ってね」
のび太「……出来杉!?」
男「我々にとっては有益な情報だった。彼には本当に感謝してるよ」
男が消えてからも、その言葉が頭から離れなかった。
男が帰ったあと、僕は出来杉の家へと走ったが、すでに空き家になっていた。
隣人は、どこか外国に引っ越した、といっていた。
そしてその10時間後、アメリカから宣戦布告がなされ、開戦した。
緒戦、日本は連勝し続けた。きっとドラえもんのおかげだ。
だがあの男のもくろみははずれ、アメリカの世論は反戦に向かうことなく戦争は続いていき、不可侵を破って侵攻してきたロシアに日本は占領された。
北海道、東北はロシアに。関東より南はアメリカに。
日本は分断統治されることとなった。
その五年後。
僕が住んでいる場所はアメリカの51番目の州となり、僕は高校生になっていた。
ジャイアン「おいのび太、野球しようぜ」
ジャイアン、スネオ、しずかちゃん。
全員同じ高校に進学した。
のび太「野球?いいよ、僕。運動できないし」
ジャイアン「んだとう?いいからこい、やるんだよ!」
ドラえもんがいなくなっても、みんながいるから僕はがんばれた。
あのあと、ドラえもんがどうなったのか、結局わからなかった。
アメリカに破壊されてしまったのかもしれないが、僕はどこかで元気でやっている、と思っている。
スネオ「んじゃ僕内野ね」
ジャイアン「俺が打つから、のび太もちゃんと取れよ」
のび太「うん」
白球を追いかけているうちは、楽でよかった。
ドラえもんのことを、一瞬でも忘れられたから。
ジャイアン「そっちいったぞ、のび太!」
のび太「う、うん!」
大きく伸びたボールは風に吹かれて……
窓ガラスを割った。
ジャイアン「のび太てめぇ、なにやってんだよ!」
のび太「うわああ……やばい、雷さんの家だ!」
スネオ「早く謝ってこい!」
二人に促され、僕は雷さんの家の扉をたたいた。
返事はなかった。
いないんだろうか?
好都合だ。
僕は庭に入って、ボールを拾おうとした。
……庭に足を踏み入れたとき、カチリ、と地面から音がした。
のび太「……あれ?」
地面の色が一箇所、不自然だ。
のび太「これは……」
ジャイアン「おいのび太、おせぇ!……って、どうした?」
のび太「ジャイアン、これを見て」
ジャイアン「ああん?」
地面に向かい指をさす。
2×2メートルほどの、正方形の地面。そこだけ、明らかにほかと色が違っていた。
ジャイアン「これは……って、のび太」
のび太「……え?」
ジャイアン「お前、何か踏んでるぞ」
スネオ「なんだこれ」
よく見ると、僕の足元に、何かボタンのようなものが埋まっていた。
僕の足はその上。つまり、知らないうちにボタンを押していたことになる。
ジャイアン「……OPEN?」
ボタンの上にかかれた文字を、ジャイアンが声に出して読む。
スネオ「オープンって……なんだ?って、うわぁ!」
突如として、例の色の異なっていた地面がハッチのように開いた。
バン、と音がして、土が舞い上がった。
のび太「うわっ!」
僕らは三人とも、突如舞い上がった土煙に目をおおった。
土煙が落ち着き、視界が回復してくると、僕らは三人でその開いた地面のなかをのぞきこんだ。
ジャイアン「……はしご?」
そこには、はしごがあった。
ただの、縄梯子。
スネオ「下まで続いているね」
のび太「下には何があるんだろう?」
スネオ「そんなの知るわけがないだろう」
僕らはその縄梯子を引っ張り揚げてみようとしたが、
長さがあるらしく重くて引き上げることが出来なかった。
太陽の光は途中で途切れ、下のほうは真っ暗だった。
ジャイアン「……」
のび太「……」
スネオ「……」
僕らは三人でその穴をのぞきこんで、黙っていた。
僕らはこれでも、たとえば恐竜を育てたり、宇宙にいったり、いろんな経験がある。
でもそれは、ドラえもんがいたからの話であって、ドラえもん抜きのリアルな世界でこんな非日常があるなんて思いもしていなかった。
ジャイアン「……俺が先に行く。最後はスネオだ。いいな」
僕らは無言でうなずいた。
はしごは長く、僕は途中で何度もくじけそうになった。
おまけに中は真っ暗だったので、持つべきところに手がいかなかったり、足を踏み外しそうになったりと、かなりひやひやさせられた。
ジャイアン「もうすぐだ、のび太。がんばれ」
なにを根拠に。と思ったが、そのやさしさは素直にうれしかった。
暗いところにいると、時間の感覚がわからなくなってくるもので、いったいどれだけの時間はしごを下っていたのかわからなかった。
気づいたときには、僕は固い土を踏んでいた。
のび太「っと……」
ジャイアン「気をつけろ。スネオもだ。ここで終わってる」
ジャイアンは、ポケットからライターを出して明かりをつけながら言った。
なんだろう、ここは。
ライターの光では到底足りない。なにかもっと大きな光源が必要だ。
ジャイアン「横穴がある」
ジャイアンは言った。そしてそのライターのかざされる方向には、確かに大きな横穴が開いていた。
ジャイアン「俺から離れるなよ」
ジャイアンを先頭にして、僕らは一列になって進んだ。
真っ暗だった。僕は携帯電話を取り出して、ライトをつけた。
スネオ「それがあった」
のび太「でも、僕だけだ。電気は節約しよう」
何分くらい歩いたかわからない。
急に、世界が開けた。
大広間のようなものだろうか?
そう思った瞬間、まぶしい光で、僕らは照らされた。
のび太「うわっ!」
思わず声が漏れた。
村上春樹の小説で、地下にもぐった主人公が電車の光で目を傷めそうになる場面がある。
僕はそれを思い出していた。
ジャイアン「気をつけろ!」
こわばった体に鞭をうち、光源を見定めた。
人影があった。
だが、どうもおかしい。
人にしては体のバランスが異常である。
二頭身?
ジャイアン「誰だ!?」
ジャイアンの叫び声とともに、僕らは光の照射から逃れた。
そして、そこにたつ人影を見据えた。
のび太「……ドラミちゃん……?」
そこにいたのは、ドラミちゃんだった。
しかし、
のび太「ドラミちゃ……!?」
僕は絶句した。
そこにいたのは、正確にはドラミちゃんではなかった。
ジャイアン「……ひでぇ」
ドラミちゃん、だったもの、だった。
のび太「……う」
腕はもげ、体はえぐれて機械部が露出していた。
白と黄色の体は焦げて黒くくすみ、もう動くことはないようだった。
のび太「ドラミちゃん!」
近づくと、その悲惨さが際立った。
彼女は死んでいた。
もう動くことはない。
もう、僕に声を掛けることはない。
スネオ「なんで……」
ジャイアン「待て、スネオ!のび太!」
僕らの後ろで、ジャイアンが叫んだ。
振り返ると同時に、光で照らされた大広間がようやく視界に入ってきた。
そこは確かに大広間だった。
体育館くらいの大きさで、天井も高い。
壁はコンクリートで覆われて、なかなか頑丈そうだ。
そしてその大広間、僕らとドラミちゃんの距離を二倍したあたりの距離に、もうひとつの人影があった。
ジャイアン「雷さん」
そう、雷さんだ。
あの、大声でガラスの弁償を叫んでくるあの雷さんである。
違和感を感じるのは、その格好が甚平でなくつなぎの姿だからだろうか。
雷「……お前たちは」
雷さんは、僕らを一人ずつ物色するように眺めた。
雷「あの、いつも窓ガラスを割る三人か!?なぜこんなところに!?」
ジャイアン「質問するのはこっちだぜ!」
ジャイアンが叫んだ。
ジャイアン「てめぇ、ドラミちゃんに何をした!?」
もっともな質問だ。
僕の気持ちを代弁したジャイアンと一緒に、雷さんをにらんだ。
返事は、あっけなくかえってきた。
雷「ドラミ、そうか。ドラミは……そうだな」
雷さんは続けた。
雷「話すと長くなるが、もう時間もない。手短に話そう、ドラミは……」
雷さんが、言葉を続けようとしたそのときだった。
僕らの後方で、爆発が起きた。
強烈な振動と爆風が僕らを襲った。
スネオ「うああぁああ!!今度はなんだよお!マァマぁああああ」
雷「いかん、君たち、早くこっちに!」
叫ぶ雷さん。
ジャイアン「いくぞ!」
手を引っ張られる、僕とスネオ。
自然と走り始める足。
ジャイアン「説明、してくれよ!」
走りながら、雷さんをにらむジャイアン。
雷さんは僕らの先頭を走りながら、振り返らずに叫んだ。
雷「日本の統一と、日本人による政権樹立を目指すグループがおることを知っているだろう!?」
ジャイアン「ああ、テロリストだかなんだかに指定されてるけど、俺たちにしてみれば正義の味方だぜ!」
雷「わしが、そのグループのリーダーだ!ドラミもその一員だった。今だけは信じてくれ! わしたち基地がばれて、アメリカにここを襲われたんだ!」
のび太「それで!?」
雷さんは、僕を横目で一瞬見て、いった。
雷「『私が時間を稼ぐ』、とドラミは言った。わしは止めた。リーダーとして、全員で生き残る道を見つけたかった」
ジャイアン「……でも、できなかったんだな!?」
雷「……わしのせいなんだ」
ジャイアン「あとで一発殴らせろ!」
叫びながらも、とまらない足。
雷「仲間を全員安全な場所に逃がしたあと、わしはここに戻ってきた。ドラミを迎えに、だ!しかし、結果はあのとおり……わしは、無力だった!」
スネオ「そして、僕たちにあった?!」
雷「そうだ!……こっちだ!このままじゃ追いつかれる。やり過ごすぞ!」
雷さんは懐から銃を抜き、後方の壁に置かれていた消火器を打ち抜いた。
うわっ、
という声が後ろから聞こえた。
雷「よし、こっちだ!」
雷さんに続き、僕らは走る。
そこから、どういう順路で走っていたか覚えていない。
気がついたら、地上に出ていた。
いや、厳密には地上ではない。地下鉄だ。
地下鉄の、線路。
雷「ここまでくれば、もう大丈夫だろう」
はぁ、はぁ、と肩で息を整える僕ら。
だが雷さんは息ひとつ乱していない。
雷「あやうく、君たちを巻き込んでしまうところだった。すまない」
そういって、頭を下げる雷さん。
いつもの雷さんからはまるで想像できない、その姿。
ジャイアン「……まったくだぜ」
雷「ほんとうにすまっ……」
もう一度頭を下げかけた雷さんの顔に、ジャイアンのこぶしがヒットする。
雷さんはその勢いで倒れた。
雷「ぐっ」
ジャイアン「約束の一発だ」
そして、倒れた雷さんに手を差し出しながら、ジャイアンは言った。
ジャイアン「俺たちも、あんたの組織に案内してくれ」
どうもこの数年、僕の主体性というのは無視されている気がする。
そんなことをぼんやりと考えながら、僕は車に揺られていた。
雷「わしたちがつかんだ情報によれば……」
雷さんはハンドルを握りながら言った。
雷「ドラえもん君は、いまアメリカに接収されている。そういう形でかはわからない。ばらばらにされてないといいが……」
ミラー越に、雷さんをにらむ。
雷「すまない。ドラえもん君は、接収間際、未来からドラミちゃんを呼び、そしてすぐにタイムマシンを凍結した。また、スペアポケットもどこかに隠してしまったようだ」
スネオ「どこかって?」
雷「それはわからない」
のび太「それが見つかれば……」
ジャイアン「おうよ。ドラえもんの道具さえあれば余裕だぜ」
雷「それがそういうわけにもいかないんだ」
スネオ「どうして?」
雷「米軍にいる、出木杉という人物が、ドラえもんの道具を次々にコピーしているらしいんだ」
のび太「出木杉!?」
雷「君らもよくしっているだろう。わしもおどろいた」
ジャイアン「……あのやろう……」
スネオ「だからドラミちゃんも……」
雷「終戦以来、ドラえもんは突発的に起こる武力衝突の前線ではまったく確認されていない。アメリカにとって、重要なサンプルだからな」
ジャイアン「道具はコピーされ、スペアポケットも見つからない。おまけにドラえもんは敵の懐の中。お手上げだな」
ジャイアンははき捨てるようにいった。
もっともだった。とても僕には打開策を見出せない。
雷「まぁとにかく、わしたちのもうひとつの基地にきてくれ。あわせたい人もいるし……な」
雷さんはにやっと笑い、車の速度をあげた。
たどりついた先は、都内では逆に目立たなくなるくらい高層のインテリジェントビルだった。
のび太「こんなところが……」
雷「ひとつは地下で……もう片方は雲の上だ」
ジャイアン「よくこんな金があるな」
雷「日本を独立させたいと思っている団体はたくさんある。かつての圧力団体とか。そういうところがスポンサーになってくれてるんだ」
最上階。エレベーターで向かった先。
エレベーターが開いた瞬間、僕は何者かに抱きつかれた。
ジャイ子「のび太さんっ!」
のび太「うぁああ!」
ジャイアン「ジャイ子!」
一瞬でもみくちゃにされた。
やめろへんなところさわるな顔がちかい助けてジャイアンうあああああ。
ジャイアン「ジャイ子!なんでお前がここに!」
んなこといいからはやく助けああああ。
ジャイ子「いいじゃない!私も正義の味方になりたいの! のび太さんの助けになりたいのよ!」
ジャイアン「わ、わかった。でもとりあえずのび太から離れろ。な?」
ジャイ子「はぁーい」
のび太「ぷはぁ……はぁっ」
???「大丈夫、のび太さん」
のび太「ん。ああ、大丈夫」
誰かに差し出された手を握って立ち上がる。
……この感触。
のび太「……しずかちゃん」
しずか「えへへ。実は私も」
驚くことに慣れすぎてしまった。
この流れで、しずかちゃんがいないわけないよなそりゃあ。
のび太「やっぱり……」
しずか「ごめんね。黙ってて」
そういって笑うしずかちゃんはやっぱりかわいくて、僕は思わずため息を漏らしてしまった。
しずか「どうしたの?あたしがいて、うれしくないの?」
のび太「そうじゃない。そうじゃないんだ」
二回繰り返して、咳払いをして、ごまかした。
しずか「?」
のび太「……あえて、うれしいよ」
しずか「ふふふ」
雷「さ、話すことがたくさんあるんだ。そのへんで、終わりにしてもらえるかな」
はっとして見渡すと、そのフロアには僕ら以外にもたくさん人がいた。
雷「同士さ。まだまだいっぱいいる、これだけじゃないぞ」
なるほど。そして僕らもこの中にはいって、日本独立のために戦うわけだ。
これだけで映画が出来そうだ。海底鬼岩城とか、ピリカとか。そういう夢のあるステージではないけれど。
雷「とりあえず、我々のこれからについて話そう」
雷さんはそういって、みんなを回りに集めた。
ずらっと見渡す限りでも知った顔がいる。
先生とか。
しずかちゃんのママとか。
先生「雷さん、第一基地のほう、手はずどおり爆破しておきました」
雷「ありがとう。……つらい役回りを、すまないね」
先生「そんなことはない」
雷「とにかく、ありがとう。列に戻ってくれ」
そして、雷さんは続けた。
雷「我々は見てのとおり窮地に立たされた。ドラミを失った今、もう対抗できないのかもしれない。だが、こころづよい仲間を三人も得た。これだけで十分じゃないか。我々は負けない。いつか自由を手にするときまではな!」
雷さんは叫び、そして僕らを手招きした。
雷「心強い、仲間だ!」
歓声と、拍手と。
ジャイアン「へへへ。わるくねぇな」
スネオ「だねぇ」
のび太「うん」
なんとか、やっていけるかも。
そんな気が、してきたんだ。
外はすっかり暗くなっていた。
おまけにおなかもすいていたから、夜食をとろう、といわれたときは僕らみんなよろこんだ。
しずか「はい、のび太さん」
渡された菓子パンを受け取り、僕は封をきった。
のび太「はぐっ。ああ、うまい」
しずか「よかった」
しずかちゃんは自分用に持ってきたパンをちぎって口にはこんだ。
上品に食べる。やっぱりしずかちゃんはかわいい。
しずか「……ドラちゃん、どうしてるかしらね」
のび太「わからない。よくわからないよ。でも、きっとなんとかやってるよ。それに……」
しずか「それに?」
のび太「絶対、僕が助け出す。だから、大丈夫」
しずか「そう、そうよね」
僕の腕を両手でつかんで、しずかちゃんは言った。
もたれ掛かった頭が肩に触れ、僕はどぎまぎしてしまった。
しずか「絶対、助けてあげてね」
しずかちゃんのその言葉に、僕は大きくうなずいた。
しずかちゃんは微笑み、僕の首に手を回して僕の髪に口をつけた。
そうして、僕らはお互いの心の隙間を埋めあっているのだと、思った。
あてがわれた部屋は勝手は悪くなかった。というより実際の僕の部屋よりも立派だった。
しかし僕は本当に疲れていたので、部屋にはいるなりベッドに飛び込んで寝てしまった。
体はひどくおもく、沈み込んでいくようだった。
突然、
爆音が響いたのは、その二時間ほどあとだった。
思わず飛び起きた。
小学生のころの僕だったら布団をかぶったまま震えていただろう。
だが、僕はもう小学生じゃない。
のび太「しずかちゃん!」
今、一番すべきことをすぐに実行に移していた。
しずか「のび太さん!」
のび太「これは、いったいなんだろう!?」
しずか「わからない……でも」
のび太「でも?」
しずか「よくないこと、だってことはわかるわ!」
のび太「……僕もそう思ってたところだよ!」
二人で手をつないで駆け出した。
のび太「ジャイアン!スネオ!」
ジャイアン「よう、ずいぶん賑やかな目覚ましだったな!」
スネオ「マァマァああああ!!!」
のび太「とにかくビルを出よう!」
みんな「おお!」
爆発音は、まだ響いていた。
同時に、ビル全体が振動している。
エレベーターが危ないことはわかりきっていたから、僕らは階段を使ってビルを下っていった。
しかし最上階近いところにいたので、下まで降りるのは本当に苦労がかかる。
ジャイアン「なんなんだろうな、これ!」
しずか「わからないわ!しゃべってると舌かむわよ!」
僕らは必死で下っていく。
広いフロアに出た。
ビルの中間あたりだ。
そこは前面ガラス張りで、外の様子が丸わかりだった。
のび太「何かみえるかい?!」
スネオ「……音は聞こえるな」
僕らは窓から距離をとりながら外の様子を伺った。
ジャイアン「!」
のび太「あれは!」
一瞬、大きくなる爆音。
スネオ「ヘリコプター!?」
ヘリコプターだった。
米軍の、軍用ヘリ。
ジャイアン「これはだめかもわからんね……」
ジャイアンがぼんやりとそう言う横で、僕はそのヘリコプターを凝視して、その中に知っている顔がいることを発見した。
のび太「あそこ!出木杉がいる!」僕はさけんだ。
そこにいたのは、間違いなく出木杉だった。
ヘリコプターのハッチから体を出し、バズーカ砲のようなものを担いでいる。
ジャイアン「出木杉!てめえ!」
ジャイアンが叫ぶが、その声は聞こえるはずもなく。
しずか「逃げるのよ!早く!」
しずかちゃんの一声で、みんな駆け出した。
走り始める僕らの後ろのガラスが轟音とともに吹きとんだ。
ジャイアン「うおおおおおお!?」
のび太「うあああああ!」
たっていられるわけもない。僕らは全員床に倒れこんだ。
のび太「……ぐ」
早く、逃げないと。
そうは思っていても、体が動かない。
雷「うおおおおおおお!ドカン!」
そのとき、雷さんの声が響いた。
と、同時に響く爆音。聞いたことのある音だ。
空気砲だとわかったのは、その数秒後のこと。
雷さんが発射した空気砲――狙いはまさに完璧だった――は、出木杉の担ぐバズーカ砲を打ち抜き空中に吹き飛ばした。
のび太「雷さん!それは!?」
雷「ドラミが用意してくれた道具のスペアだ!君たち、早く逃げろ!」
ドカンドカン!
と雷さんは怒鳴る。
危険を感じたらしくヘリコプターは一度距離をとった。
ビルから離れ、上昇していく。
雷「いまだ!それ走れ!」
雷さんは叫び、僕らを急かした。
僕らは階段に向かい一直線に走る。
そう、僕らだけ。
雷さんは、その場を動かない。
再び高度を下げてきたヘリコプター。その銃座にはやはり出木杉がいた。
雷「君たち、これを!」
僕たちに向かって、雷さんはなにかを投げた。
黄色くて、ちいさいなにか。
のび太「雷さん!」
スネオ「だめだ、もう間に合わない!」
雷さんがもう一度ドカンと叫ぶのと、出木杉がミサイルを打ち出したのはほぼ同時だったと思う。
しかし、空気がミサイルにかなうはずもなく、ミサイルは雷さんの真下に直撃した。
のび太「雷さーーーん!!」
叫んでも、もう届かない。
床に落ちた黄色いなにか。それが爆風で飛ばされて、僕らの足元に落ちた。
タケコプターだった。
しかし、僕はそれをひろえない。
拾う気が、起きない。
しずか「なにやってるの!早く拾って!走って!」
しずかちゃんに急かされて、僕はそれをようやくひろうことが出来た。
手を引かれながら、階段を降り、三階下のフロア、そしてヘリコプターと正反対の場所から僕らは飛んだ。
久しぶりの感覚だった。
タケコプターって、こんなに不安になる道具だったのか。
しずか「北に飛んで!南は駄目!」
ヘリコプターに見つからないよう高度を低くとりながら、僕らはしずかちゃんが言うように北へ向かって飛んだ。
しずかちゃんが北を選んだのは横須賀と厚木を避けるためだということを、僕は一瞬送れて理解した。
風は冷たかったが、目頭は熱かった。
それはたぶん、みんながそうだった。
寝ながら飛んでいた時間も、おそらくあったと思う。
しずかちゃんは、榛名山の山頂、榛名湖に降りるよう言った。
そこまで離れれば大丈夫だろうということだったがロシアとの国境も近い。油断は出来ない。
しずか「フランカーが飛んできたら終わりね」
しずかちゃんは言った。
しずか「でも、この場合フランカーじゃなくてもなんだって危ないわね」
と彼女は続けた。
深夜の榛名湖に人気はなく、降りるのに苦労はなかった。
地面に足がつくと、僕は心底ほっとした。
ジャイアンが買ってきた熱いコーヒーを飲むと、体が生き返るようだった。
しずか「いよいよ、もう駄目かもしれないわね……」
コーヒーを飲み干すと、しずかちゃんがつぶやいた。
みんな、押し黙っていた。
あきらめるわけにはいかない、そうは思っていても、何も手がなかった。
ジャイアン「みんな死んじまったのかな……」
スネオ「……あの火の上がりようじゃあ……」
しずか「……」
僕らは、どうすればいいんだろう。
何か、状況を打開する方法は?
人気のないと思っていた榛名山だったが、タイヤのスキール音が聞こえてきたあたり、走り屋でも走っているようだ。
しずか「……落ち着きましょう、まず」
たぶん、しずかちゃんが一番落ち着いてない。
僕はそう思った。
そんなことを考えているうちに、どうも僕は冷静になってきたらしい。
物事を順序立てて考えられるようになってきた。
今までで、なにか。
なにか、現状を打開出来る手立てが、あった気がする。
思い出せ。
簡単なことだった。
のび太「あ……」
スペアポケットだ。
のび太「スペアポケットがある」
ジャイアン「あ……」
スネオ「そうだよ!それさえあれば出木杉もタイだ!」
僕らは叫んだ。
しずか「無理よ」
しずかちゃんが言った。
しずか「無理よ。スペアポケットなんて。どこにあるかわからないのよ? そんなのさがしてるうちに見つかって……」
のび太「大丈夫。僕に確信があるんだ」
僕は言った。
のび太「僕とドラえもんの仲さ。ドラえもんが考えていることは、ぼくも考えてる」
0点のテストを取ってきたとき。
僕はよく裏山に埋めに行った。
誰にも見つかっていないつもりだったけど、ドラえもんはしっかりそのことを知っていた。
ドラえもん『ちゃんと、ママに見せなきゃ駄目だよ』
ドラえもんはそういっていたが、決して答案を持って帰ってくることはなかった。
たぶん、僕自身に持ってきてもらいたかったのだろう。
僕は答案を結局持って帰ることはなかった。そのことを今、心から恥じた。
のび太「学校の裏山。たぶん、そこにある」
僕は言った。
みんな、僕の目をみて、うなずいた。
しばらく休んだ後、朝もやに隠れながら僕らはもう一度都内に入った。
目指すは僕らの町。僕らの小学校。
飛びなれた町でも、堂々と飛ぶことは出来なかった。
しずか「近くにいるわ」
何が、と僕は言った。
しずか「私たちを追ってるのよ」
アメリカ軍がね、としずかちゃんは続けた。
ジャイアン「ぞっとする話だね」
スネオ「まったく」
僕らはそれでも半笑いだった。
大丈夫、なんとかなる。
そう思わないと、やりきれないと知っていたから。
裏山にたどり着いたころには、タケコプターの電池は切れていた。
もう、後戻りは出来ない。
ここにスペアポケットがなかったら、もうおしまい。しかし、そうは思わなかった。
スペアポケットはここにある。
そういう確信が、僕にはあった。
のび太「山頂から、南に十歩歩くんだ」
そして、と僕は続ける。
のび太「そこから、西に五歩。そこに、僕はいつも答案を埋めていた」
山頂に立ち、南にきっちり十歩歩いた。
そして、差し込んできたばかりの太陽の位置を確認して、西に五歩、歩いた。
のび太「ここだ」
僕がそう言うと、ジャイアンは無言でその場所を掘りはじめた。
誰も、しゃべらなかった。
僕の頭の中では武田鉄矢の歌がずっと流れていた。
なんていう名前の曲だったか覚えていない。ただ、いつになれば僕は大人になるんだろう、という意味の歌詞だけは覚えている。
ねぇ、ドラえもん。
僕はあれから、ずいぶん年をとったよ。
5年。
5年だよ?
僕も高校生になった。中学生にも上がれないと思ってたのに。
いつごろ、僕は大人になるのだろう。
ドラえもん、今の君には、僕は大人に見えてるかなぁ?
ザクと、ジャイアンが土を掘るのをやめた。
そして、穴の中に手を突っ込んで、小さなビニール袋に包まれた何かを発見した。
確認しなくても、わかっていた。
僕らは、それを見つけた。
その白いポケットを見たとき、今までの苦労と一緒に、ドラえもんとの思い出が一気に溢れてきた。
いろんなこと。
言葉に出来ない。言葉に、するべきじゃないのかもしれない。
少なくとも、僕の心の中には確実に存在する記憶、思い出。
確かなもの。
のび太「やっぱり、あったね」
みんな黙って、そのポケットを見つめていた。
一言も、しゃべらずに。
その沈黙は、まったく不本意なものに破られた。
出木杉「いやぁ、やっとみつけてくれたんだねぇ」
じゃり、と土を踏む音がして、かっ、と照明が光った。
ポケットを持つ、僕らを真ん中に、迷彩服を着た男たちが円を作っていた。
そこから一歩、足を踏み出したところにいる、出木杉。
のび太「……出木杉」
出木杉「久しぶりだねぇ、みんな」
出木杉の手には、一丁の拳銃。
のび太「出木杉……おまえ」
出木杉「僕は昔から、のび太君。君が、ほんとうに憎かった」
出木杉は言葉を続ける。
出木杉「僕のほうが、勉強は出来た。スポーツも出来た。容姿だって悪くない。だけど、みんな僕の周りには集まってこない。なんでだ? そして、勉強もスポーツも出来ない君の周りには、なんでそんなに集まってくるんだ?!」
僕はしゃべらない。
何も、言うことはない。
出木杉「しずかちゃんも!僕はこんなに好きだった。なのに、なんでのび太くんなんだ! ドラえもんもだ!なんで、僕じゃなくて……」
しずか「……そんなこともわからないの?」
出木杉「なに……?」
しずか「簡単なことよ。それは、あなたが、他人を見下すことでしか自分を保てないからよ。自分より弱いものの存在を認めないと、初めて自分を自立させることが出来ない、そんな悲しい人間だからよ」
出木杉「……な」
しずか「もっと言ってあげるわ。あなたは、自意識過剰で寂しがりや。自分より弱いものを作って、それをみて悦に浸る。卑しい人よ。あなたはほんとうに」
のび太「……」
ジャイアン「……」
スネオ「……」
しずか「……本当は、こんなこと言いたくなかった。でも、あなたのためには……」
出木杉「はは……はぁーっはっはっはははははは!!!」
のび太「なんだ?!」
出木杉「はあーっはっははは。そうか、そうか女。言いたいことはそれで終わりか?ええ? そうさ、俺は自己権威欲の塊さ。弱いものをいじめて何が悪い?弱肉強食。強いものが勝つ。世界は、実にシンプルだよなぁ、ええ?」
しずか「な……」
出木杉「そうか、そうか。のび太君。しずかちゃんはきみを選んだ。ドラえもんも、君をえらんだ。そこにいる剛田くんも骨川君も、そうだ。君、君、君!君を選んだ。僕じゃなくて、だ!君なんだ!」
のび太「だから、なんだって……」
出木杉「僕は負けた。つまり敗者だ。敗者はステージを降りる。それがルール。はっ、いやだね!俺は降りない。ステージを降りるのは君だ!なぜなら……」
出木杉は狂ったように言う。
僕らは何も言うことが出来ない。
出木杉は後ろにいた迷彩服の男に何か命令した。
そして、命令された何かを運んできた。
出木杉「じゃんじゃんじゃーん。ドラえもんの登場で~す」
のび太「ドラえもん!」
出木杉「はっ、無駄だね。僕が何もかも変えた。これは君が知っているドラえもんで、ドラえもんじゃない。そうだな、いうなれば怒羅江門だなぁ~あっははははははは!!」
のび太「ドラえもん!」
それは、見かけはぼくの知っているドラえもんだった。
青くて、ひげの生えた。でかい顔をした、耳のない。
見た目は思いっきり狸なのに。猫だって言い張る。
のび太「ドラえもん!」
ドラえもん「……」
ドラえもんは、答えない。
出木杉「のび太君!僕とゲームをしよう」
のび太「ゲーム……?」
出木杉「そう、簡単なゲームさ」
出木杉はニヤニヤ笑って、胸元からもう一丁銃を取り出して、僕に投げた。
出木杉「それをとるんだ。のび太君!なぁに、簡単なゲェムさ。このドラえもんを的にして、どっちが当てられるか勝負するんだ!」
のび太「的……ドラえもんを!?」
出木杉「だぁから、これはドラえもんじゃないってぇ。怒羅江門!わかった? こいつを的にして、せーので撃つ。当てたほうが勝ち。いいかい? 負ぁけたほうは、敗者!すなわちステージを降りる! この場合のステージがなんのことだか、さすがの君でもわかるだろぉ?」
出木杉「君がかぁてば、君たち開放!ドラえもんも、君にあげる! もっとも、もう二度と動かないだろうけどねぇ。逆に、僕がかぁてば、君たち死刑! おk?わかりやすいだろぉ?」
なんなんだ、こいつは。
僕は、狼狽した。
これ以上ないほどに。
これほどの狼狽は、生まれて初めてだった。
出木杉「早く銃をとりなよぉ?じゃないと僕撃っちゃうよぉ~?」
のび太「やめろ!やめてくれ!」
僕はあわてて銃を拾う。
出木杉「やぁる気マンマンだねぇ~」
のび太「ぐ……」
出木杉「さぁ、ここまできなよぉ。ドラえもんは、そうだねぇ。このへんでいいかなぁ~?」
のび太「う……」
銃が、重い。
銃本来の重さではなく、何か、のしかかってくる何かが。
出木杉「準備はいいかなぁ?のび太くぅん」
出木杉の隣にたって、銃を持つ。
目の前には、ドラえもん。
青いからだの、ドラえもん。
出木杉「さぁ、せぇのっ!で撃つよぉ」
のび太「ドラえもん……」
でも、僕は……
一瞬。
飛び出す。
空薬莢。
撃ったのは、
出木杉だった。
僕は、撃たなかった。
ただし、この場合。
出木杉「あれ、れれれれれれっ?」
出木杉の撃った弾は、大きくそれて外れていた。
出木杉「……ひぃきわぁけだぁねぇ~」
ひっひ、と出木杉が笑う。
そして、僕は。
のび太「うっ……」
なんだよ、これ。
なんで、こんなこと、やってるんだ!?
僕は銃を捨て、ドラえもんにふらふらと歩みよる。
出木杉「なぁにぃしてんのぉ?」
もう、かまわない。
僕は、歩いて、ドラえもんに触れる。
ドラえもんに、触れることが出来る。
のび太「ドラえもん……」
5年ぶりの、ドラえもん。
そのすがた。そのいろ。
涙が、落ちた。
ジャイアン「のび太!」
スネオ「のび太!」
しずか「のび太さん!」
何も聞こえない。
何も感じない。
ドラえもんは、とまったまま。
のび太「……」
そのときだった。
手に、振動を感じた。
何かの、稼動音がした。
何か、独特な、歩くような、すべるような、そんな音が。
のび太「……ああ」
僕は、これを知っている。
懐かしい。
もうずっと前になくした感覚だ。
のび太「ああ……」
戻ってきて、くれたんだ。
僕の腕の中で、何かが動いて、言った。
ドラえもん「ただいま。のび太君」
のび太「ドラえもん!」
出木杉「なにぃ!?」
しずか「ドラちゃん!?」
ドラえもん「なくなよ、のび太君」
ドラえもんは、動いていた。
僕の知っている、あの声で。
ドラえもん「逃げるよ。ここから」
ドラえもんが、ポケットに手を突っ込む。
出木杉「やばい、お前ら、撃て!」
出木杉の指示に、迷彩服の男たちが反応する。
銃撃。
しずか「きゃぁっ!!」
ジャイアン「うああああああ」
スネオ「……オワタ」
ドラえもんのほうが、一瞬早かった。
飛んできた銃弾は、すべて、ゆっくりになり、ついにはとまって、落ちた。
出木杉「なに!?」
ドラえもん「スモールライトでいいかな?」
出木杉の後ろに、一瞬で回り込むドラえもん。
……これは、快速シューズだ。
出木杉の真後ろで、ぴたりとライトを押し付けてホールドアップの姿勢をとるドラえもん。
ドラえもん「さぁ、どうする?小さくなって、この山の動物に食われるかい?」
出木杉「ぐ……」
ドラえもん「まずは」
ドラえもんがあごでしゃくって迷彩服の男たちの武装解除を要求する。
出木杉「……ち」
男たちの、小銃がおろされる。
ドラえもん「ありがとう。でも、ごめんね。約束を破るようだけど、君には小さくなってもらうよ」
出木杉「なっ……」
ドラえもん「じゃないと、ポケットの中で何をされるかわかったもんじゃない」
ライトが、つけられる。
一瞬で小さくなる出木杉。その声も、だんだんと小さくなって、ついには聞こえなくなった。
迷彩服の男たちも、それには少なからず動揺したようで、反撃のそぶりは一切見せなかった。
ドラえもんは小さくなった出木杉をポケットに放り込み、僕に向かって笑いかけた。
ドラえもん「……やぁ、のび太君。おっきくなったねぇ」
のび太「……ドラえもんはかわらないね」
視界の隅で、ジャイアンとスネオがスペアポケットを蹴っ飛ばしていた。
ドラえもん「いやぁ、ほんとうに大きくなったよ。すごい、なんだか感動だなぁ」
しずか「ドラちゃん!」
ドラえもん「しずかちゃん!かわいくなったねぇ!」
ドラえもんは、ほんとうにうれしそうに言う。
のび太「ドラえもん、体のほうは、大丈夫なのかい?」
ドラえもん「え……ううん、大丈夫」
ドラえもんは言った。
ドラえもん「タイムマシンを解凍して、未来に行けばたいていは直るよ」
のび太「そっか」
僕は言った。
のび太「また、一緒に暮らせるのかい?」
ドラえもん「もちろん」
のび太「こんなへんてこな日本になっちゃったけど」
ドラえもん「大丈夫、ちゃんと未来は用意されてるよ。君があきらめなければね」
のび太「あきらめなければ……?」
ドラえもん「未来への筋道が、少しずれたんだ」
ドラえもんは、僕の目を見ていった。
ドラえもん「いいかい?ここからが重要だよ?」
ドラえもん「このまま、この世界が続けば、僕がいる未来はこない」
のび太「どういうこと?」
ドラえもん「現在が変わりすぎて未来とのレールがつながらなくなったのさ」
ドラえもんは言った。
ドラえもん「だから、正しい方向に修正するために、僕が呼ばれたんだ」
のび太「誰に?」
ドラえもん「君にさ」
どういうことだろう?
ドラえもん「君が、僕に会いたい、と思っただろう? 僕がいる未来を引き寄せるために君が僕を呼び覚ましたんだ。さっきね」
のび太「……よくわからない」
ドラえもん「つまり、君が努力して、元の日本に戻してくれれば、僕はまた君に会えるんだよ」
未来でね、と、ドラえもんは付け加えた。
ドラえもん「時間だ」
ドラえもんは言った。
ドラえもん「ほら、僕の体が消えかかってる」
手を、僕に見せてくる。
丸い手。何でもつかめる手。
半透明で、向こう側が見えていた。
ドラえもん「僕が生まれる未来を、作ってくれよ」
のび太「……ドラえもん」
ドラえもん「泣くなよ。そんなんじゃ、僕にまた会えないぜ」
ドラえもんの体は、もう半分以上消えていた。
ドラえもん「未来で待ってるよ!」
そう、言い残して、ドラえもんは。
のび太「ドラえもん!」
消えた。
しずか「……ドラちゃん」
ジャイアン「なんでぇ、スペアポケットももっていっちまいやがったのか」
スネオ「蹴り足りなかったねぇ」
のび太「いや、大丈夫だよ」
大丈夫。
のび太「僕が、きっとみんなをドラえもんにあわせて見せるよ」
決意をこめて、言った。
しずか「そうだね」
しずかちゃんが言った。
上ってきたばかりの朝日はやっぱり明るくって、僕はその光をまともに見ることが出来なかった。
だけど、気持ちのいい朝だった。
……じゃあ、未来で会おうね、ドラえもん。
吐く息は白かった。
しずかちゃんが僕の手を握ってくれたけど、それでもちょっと寒かったから僕のポケットに一緒に突っ込んでやった。
いいね、これやりたかったんだ。
いいじゃん、これくらい。これから先が、大変なんだから。
ね。
のび太「じゃあ、帰ろうか」
僕は言った。
終わり。
590 : 以下、名... - 2008/05/15(木) 04:47:47.36 UetgMigH0 81/81わかりにくかったようなので補足を書いておくと、
アメリカとロシアに分割統治されている日本は、ドラえもんがいる未来の日本につながらないんです。
ドラえもんに会いたい、とのび太が願ったので、ドラえもんが再起動して自分が生まれる未来へとつながるようにポイントを変えたんですね。
のび太が、これから日本をしっかり独立させて、普通の国にしていかないと、ドラえもんに会えないわけです。
だからまぁ、俺たちの戦いはこれからだ!っていう感じの終わりなんですが……
まぁ、後の話は想像に任せます。