1 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:43:15.07 7tIffwGI0 1/10

(俺の胸には、鋭い剣が深々と刺さっていた)

「いっ……! があ……!」

(いつから刺さっているかは分からない)

(ただ、気が付けばそこに刺さっていたんだ)

(ひどい火傷のようなぢくりとした痛みが、常に俺を蝕み続ける)

(俺はひたすらに、その地獄のような苦しみに耐え続けなければならない)

(痛みで立つ事も動く事も出来ず、ただ両膝をついて物乞いのように俯き続ける)

(いつまで経ってもこの痛みは消えない)

(いつになったらこの剣は抜けるんだろう)

(ただひたすらに、苦しいんだ)


元スレ
男「苦しみ、痛み、剣」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1606045394/

2 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:48:46.33 7tIffwGI0 2/10

(何度か、自分でこの剣を抜こうとした事があった)

(その度に、信じがたい激痛が俺の心を噛み潰した)

(まるで、焼けた針で目を刺されるような、ぱっくり開いた傷口を抉られるような)

(思い出すだけでも涙が出そうになる、そんな悍ましい痛みだった)

「お願いだ、誰か助けてくれ!」

(時折道を横切る人間に、俺は情けなく懇願する)

(それを見た人間は、嫌悪、哀れみ、侮蔑……様々な色をとった)

(それを受ける度に、俺の剣はさらに大きく成長し、さらに深く突き刺さった)

(人間に会う度に、俺の痛みはよりその鋭さを増す。俺の心は乾いていく)

(呼吸をする事すら苦しい)

(だが、それでも俺は助けを求め続ける)

(自分じゃどうにも出来ないんだ)

3 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:50:27.91 7tIffwGI0 3/10

(ある日、ついに助けてくれる人間と出会う事が出来た)

紳士「ほう、それは大変だ。どれ、私が助けてあげましょう」

「頼む……一気に引っこ抜いてくれ……!」

紳士「了解しました。では」

「ぎゃあああああっ!! はっ……はっ……」

紳士「うむ、抜けた。良かったですな」

「や、やった……抜けた……!」

(剣は、思っていたよりもあっさりと抜けた)

紳士「む? なっ!」

ギュン!!

「いぎっ⁉ な、何でっ……!」

(抜けたと思った瞬間、その剣は再び俺の胸に突き刺さってしまった)

「がっ……くそ……頼む、もう一度……」

紳士「やはり……その剣は私が抜いても無駄なようだ」

「ま、待ってくれ!」

紳士「貴方が自分で何とかしないと、きっとその剣は抜けないのでしょう」

(彼はそう言うと、立ち去ってしまった)

(中途半端な希望は、より心を深く深く削り取っていく)

(俺が何をしたって言うんだ、何も悪い事はしていないのに)

(痛みと絶望で、前が見えない)

「ウグッ……畜生……!」ボロボロ

(もう何をしても無駄なんだ。俺は一生このままなんだ)

(どうしてこんな物があるんだろう)

(俺はただ、泣く事しか出来なかった)

(誰かが俺の隣を去っていった気がする)

(俺の姿に驚いたようだが、助けてくれる事は無かった)

4 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:51:36.50 7tIffwGI0 4/10

(どれくらいの時が経ったんだろう)

(俺は全てを諦めた。もう剣を抜く気力も無い)

(乾ききったこの心は、どうやら剣に吸われているらしい)

(まるで植物が根を張って養分を吸収するみたいに)

(そうして、少しずつ俺の身体は死に向かっていく)

(もう全部どうでもいい。ただ早く終わってほしい)

(希望なんてありはしない。生きている意味も無い)

(そうして地面に這いつくばっている俺の前に)

紳士「おや」

(あの紳士が現れた)

5 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:53:09.44 7tIffwGI0 5/10

紳士「いやはや、まだ刺さり続けていたとは」

「もう全部どうでも良い……どうせ抜けないんだよ」

紳士「諦めてはいけませんよ。投げ出しても何も変わりません」

「……!!」ブチッ

「うるせえよ!! 偉そうな事言ってんじゃねえ!」

「お前に何が分かるんだよ! 平気な顔して楽に生きてるお前に!」

「剣が刺さってねえからそんな事言えるんだよ!! 俺の苦しみが分かんのかよ!」

紳士「いえ、貴方の苦しみは分かりません。ですが、諦めてはいけないのですよ」

「黙れ!! 黙れ黙れ!」

紳士「きっといつか、その剣は抜けますよ」

「無責任な事言ってんじゃねえ!」

紳士「何故なら、私もそうでしたから」

「……えっ」

6 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:54:13.95 7tIffwGI0 6/10

紳士「私も若い頃はそうでした。今でも時々刺さる事があります」

紳士「ですが、おそらくその剣は自分でしか対処出来ないのですよ」

紳士「その剣は心の剣。貴方の心は貴方のものなんですから」

紳士「突き立てられた刃は、自分で制するのです」

「……」

紳士「死に物狂いでやってみなさい。自分が変わるとは、そういう事です」

「俺は……」

紳士「貴方が解放されるのを願っていますよ。ではまた」

(そうして、紳士は片手を振って去っていった)

7 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:55:45.77 7tIffwGI0 7/10

(あれから、一晩中考えていた)

(あの紳士にも、剣が刺さっていたのか)

(いや、もしかしたら、誰もが刺さっているのかもしれない)

(俺はただ、人に何とかして貰う事ばかり考えていた)

(自分で考えずに人任せにしてるから、こんなにも剣は強くなってしまったんだろう)

紳士『死に物狂いでやってみなさい。自分が変わるとは、そういう事です』

(死に物狂いで……か)

スッ

(俺は両手を剣に伸ばす)

(触れたのは久しぶりだ。随分と長く触っていなかったからな)

「やるぞ……俺は……やるぞ!」

(自分を精一杯鼓舞して、俺は柄をぎゅっと握りしめる)

(震える喉で沢山の息を吸って、止めて)

(全身全霊、ありったけの力を込めて)

(俺はそれを、勢い良く引っ張った)

グッ!!

8 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 20:57:17.22 7tIffwGI0 8/10

「ッぎゃあああああぁぁぁ――!!」

(今までとは次元の違う痛みが弾け出す)

(目の前が真っ白になる。激痛で脳が上手く働かない)

(自分が今、どこに居るのかも分からない)

(それでも、握った剣だけは離さない)

(俺は変わるんだ、俺は剣を抜くんだ!)

(奥歯を噛み締めて、腹の底から力を出して、俺は全ての力を剣に込める)

「おおおおおぉ――」

……ズッ!

「――あぁっ!!」ドサッ

(勢いの反動で、ずだんと背中が地面に叩きつけられる)

(だが、確かに)

「……やった……!」

(両手の中でどくどくと脈打つ、それは抜けていたんだ)

9 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 21:01:17.13 7tIffwGI0 9/10

「……お、あんたか」

紳士「おや。どうやら上手くいったようで」

「あんたには感謝してもしきれない。おかげでようやく楽になった」

紳士「とんでもない。貴方自身が頑張ったからです」

「謙遜しないでくれ。お礼に飯でもご馳走させてくれないか?」

紳士「それではお言葉に甘えましょう。良い店を知っています」

「へえ、そりゃ楽しみだな」

(俺は紳士と歩き出す)

(これから先、どうなっていくかは分からない)

(それでも、きっと大丈夫な気がする)

紳士「どうしました?」

「いや、何でも無いよ」

紳士「……乗り越えた苦しみは、そのまま貴方の力になります」

紳士「何を考え、どう動いたか。その経験全てが、この先貴方を守ってくれますよ」

「おいこら、勝手に人の心を読むな」

紳士「これは失礼。さ、見えてきましたよ」

「良いね。旨そうな洋食店だ」

(もう俺は何処にだって行ける)


(心の中に仕舞った剣が、今も俺の中で熱く脈を打っていた)

10 : ◆XkFHc6ejAk - 2020/11/22 21:06:07.37 7tIffwGI0 10/10

終わりです。ありがとうございました。

過去作です。

男「夏の通り雨、神社にて」
https://ayamevip.com/archives/44942633.html

少年「鯨の歌が響く夜」
https://ayamevip.com/archives/45154503.html

少年「アメジストの世界、鯨と踊る」
https://ayamevip.com/archives/46799899.html

男「慚愧の雨と山椒魚」
https://ayamevip.com/archives/46046779.html

男「路地裏、三日月の負け犬」
https://ayamevip.com/archives/49544308.html

男「とある休日、昼下がり」
https://ayamevip.com/archives/47239140.html

男「とある平日、春の夜に」
https://ayamevip.com/archives/47336575.html

男「とある街の小さな店」
https://ayamevip.com/archives/47135235.html

「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」
https://ayamevip.com/archives/47239149.html

「喧々囂々、全てを呑み込むこの街で」
https://ayamevip.com/archives/48227151.html

「死屍累々、全てを呑み込むこの街で」
https://ayamevip.com/archives/48898365.html

旅人「死者に会える湖」
https://ayamevip.com/archives/47560979.html

少年「魚が揺れるは灰の町」
https://ayamevip.com/archives/47616947.html

少年「色とりどりの傘の町」
https://ayamevip.com/archives/49840208.html

男「浮き彫り」
https://ayamevip.com/archives/47750243.html

青年「蛍月夜の猩々参り」
https://ayamevip.com/archives/52259909.html

男「リビングデッド・ジェントルマン」
https://ayamevip.com/archives/48214419.html

青年「風鈴屋敷の盲目金魚」
https://ayamevip.com/archives/50361840.html

「黒山羊怪奇譚」
https://ayamevip.com/archives/52302518.html

男「虹色の珈琲」
https://ayamevip.com/archives/54945452.html

少年「ミッドナイト・シーラカンス」
https://ayamevip.com/archives/55015541.html

少女「涙の夜行に彼岸花」
https://ayamevip.com/archives/55143273.html

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